天正六年(1578年)、それまで麾下にあって活躍目覚ましかった荒木村重が、石山本願寺、毛利と結んで織田信長に対して反旗を翻しますですね。戦はもっぱら籠城戦に。堅城だった有岡城に村重たちは籠って毛利の援軍を待つも、囲む織田軍を蹴散らしに毛利がやってくることの無いまま1年余り、大将・村重の出奔などもあるわけですが、結果としては有岡城は開城し、反乱は鎮圧されたのですな…。

 

先には松永久秀、後には明智光秀と頼りにした武将たちが離反することたびたびであった織田信長という人、続く秀吉・家康ともども天下人の系譜として歴史に名を留めているわけで、ともすると児童向け偉人伝のラインナップに加わったりもしているものの、やっぱり相当以上に癖の強い人物だったのでありましょうなあ。歴史の知られようとしては、とにもかくにも主君への謀反が仇となるのか、松永久秀、荒木村重、明智光秀らは陰の存在になりがちかと。それだけに、光秀を主人公とした2020年の大河ドラマ『麒麟がくる』は斬新な視点であったかもしれません。

 

そして、続いての脚光は荒木村重に。といっても、大河ドラマのことではなくして小説のお話。それが直木賞を受賞したのですから、村重の知名度は一気にアップしたことでありましょうねえ。有岡城籠城戦を扱った米澤穂信の『黒牢城』でありますよ。

 

 

さりながら有岡城籠城戦を扱ったとはいえ、籠城は籠城であって、派手な一大会戦とは話が違いますな。長い時間を城に籠って、果たして中では一体何が行われていたものか、小田原評定でもしていたのでは…くらいなことになってしまいそうなだけに、そこはそれ、想像を働かせた物語の作りようもあろうという。コロンブスの卵的な目のつけどころでもあろうかと。

 

そして、この城には織田方の使者としてやってきた黒田官兵衛があろうことか幽閉されていたという史実(?)が加わって、作者にすればお膳立てが整えられた感があったかもです。有岡城の城内でどんなことが起こっていたのかは想像し放題。出来事をミステリー小説さながらの謎として提示し、村重が城主として解決せねばならん立場に置かれながらも、この謎ときに知恵を貸すのが囚われの黒田官兵衛なのですものねえ。

 

地下牢に押し込めれて全く自由の無い状態であるにも関わらず、話術でもって牢番を味方につけ、時折訪ねてくる村重を狙わせるという異能をも見せる官兵衛、城中で行った謎の出来事を持て余した村重の話を聴いて、これまた謎のような話を返すも結果、これが解決の道筋を示していたとは、映画『羊たちの沈黙』に見るハンニバル・レクターのようでもありましょうか。

 

この歴史小説とも推理小説ともつかない、いわば両者を融合させて、なおかつ籠城という極限状態の最中に配下の武将たちとの心理的葛藤、場外を取り巻く織田方との心理戦の様相は、つくづくよく作られた話だと思ったものです。それでいて、語り口は至って平易、なるほど直木賞とはこういう作品に与えられるのでありましたか。大衆小説の面目躍如かもしれません。といっても、何々賞の受賞作だからと本を手に取ることはありませんので、あくまで個人の感想ですけれどね。ま、面白かったのは間違いないところでありますよ。