ひじり亭@大門
先日読んだ「がんばらない」で、おばあちゃんを朝まで往診したまま寝てしまい、朝ご飯をご馳走になってから出勤する医師の話が出てくる。
「がんばらない」の解説は荻野アンナが書いており、荻野は著者の鎌田に「ウチはもし往診に来てもらっても出す食事がありません。」と相談する。
鎌田さんは「気持ちの問題ですから」といいながら、「でも、ご飯と味噌汁だけでもいいんです。私も疲れたときにはおいしいご飯と味噌汁で生きる力がわいてきます。」と言った趣旨のことを言ったのだそうだ。
よく考えてみると、おいしいお店は多々あれど、おいしいご飯と味噌汁を出してくれるお店はなかなか思い浮かばない。
最高にうまい食材でも、ご飯はねっとり、味噌汁はお湯を注いだだけ、そんな店が多い。
大門交差点のほど近く、路地にひっそりたたずむ「ひじり亭」は地酒、焼酎の種類が豊富で、夜は予約なしには入れない人気店。
その「ひじり亭」が実はランチもおいしいとはあまり知られていない(かどうかかは知らない)。
とにかく、
ご飯「つやつやふっくら」
味噌汁「早朝のようなあつあつ具沢山」。
まず、席に着くと、この季節にはうれしい小鉢と「湯豆腐」。

心のこもったひと手間だけが「幸せ」を感じさせる。
その温めてくれるひと手間が、ココロをほぐしてくれるのだ。
この日のおかずは鶏の唐揚げアツアツ。

女性二人で切り盛りする店内は、必ずしも切り回しは良くない。
料理が出てくるのにも時間がかかる。
でも、手作りの温かさ。
ご飯のおいしさ。
味噌汁のうまさ。
そんな基本的な「生きる力」をいただけるお店。
「がんばらない」の解説は荻野アンナが書いており、荻野は著者の鎌田に「ウチはもし往診に来てもらっても出す食事がありません。」と相談する。
鎌田さんは「気持ちの問題ですから」といいながら、「でも、ご飯と味噌汁だけでもいいんです。私も疲れたときにはおいしいご飯と味噌汁で生きる力がわいてきます。」と言った趣旨のことを言ったのだそうだ。
よく考えてみると、おいしいお店は多々あれど、おいしいご飯と味噌汁を出してくれるお店はなかなか思い浮かばない。
最高にうまい食材でも、ご飯はねっとり、味噌汁はお湯を注いだだけ、そんな店が多い。
大門交差点のほど近く、路地にひっそりたたずむ「ひじり亭」は地酒、焼酎の種類が豊富で、夜は予約なしには入れない人気店。
その「ひじり亭」が実はランチもおいしいとはあまり知られていない(かどうかかは知らない)。
とにかく、
ご飯「つやつやふっくら」
味噌汁「早朝のようなあつあつ具沢山」。
まず、席に着くと、この季節にはうれしい小鉢と「湯豆腐」。

心のこもったひと手間だけが「幸せ」を感じさせる。
その温めてくれるひと手間が、ココロをほぐしてくれるのだ。
この日のおかずは鶏の唐揚げアツアツ。

女性二人で切り盛りする店内は、必ずしも切り回しは良くない。
料理が出てくるのにも時間がかかる。
でも、手作りの温かさ。
ご飯のおいしさ。
味噌汁のうまさ。
そんな基本的な「生きる力」をいただけるお店。
神さまに好かれる話 / 小林正観
我が家では勝手にメンターとなっている小林正観さん。
この本の題名はいかにも「怪しい」のだが、内容はいつもの正観さん。
やはり、同じ内容でも、自分には西洋文化の手で示される成功哲学よりも和製の成功哲学の方がしっくり来るようだ。
正観さんの言葉はいつでも心にジワーッと浸透していく。
たとえば、
「恵まれていることに感謝しましょう」と言う言葉。
これだけではよくわからなくても、
結婚7年で子供ができずに悩んでいる女性が相談に来たとする。
正観さんはそれを聞いて「旦那さんはとてもやさしい人なんでしょうね。結婚して7年も経つのにまだ子供が欲しいと思っているということは、お姑さんもお舅さんも温かい人たちなのでしょう。」と言うのだ。
己ばかりで、周囲が見えなくなると感謝の気持ちもうすれがち。
「否定的な言葉を使わない」
これはこんなところでも役に立つ。
ある宿で「お風呂は11時までに入ってください」と書いてある。
より強い言い方では「11時以降入浴禁止」。
より柔らかくすると「お風呂は11時までご利用いただけます」
全く同じ内容でも、受け取る側の感じ方はこれほど異なってしまう。
であれば、相手だけにではなく、自分に対してももっと温かい言葉をかけてあげなければならないことは明らか。
内容がこれほど素晴らしいのに、この題名では初めて見た人は手に取ることはないだろうなぁ、と思いながらも、この題名を理解出来なければ正観さんの本は読めないんだよな、とも考えてしまうのだった。

小林 正観
神さまに好かれる話―悩みを解消する法則
この本の題名はいかにも「怪しい」のだが、内容はいつもの正観さん。
やはり、同じ内容でも、自分には西洋文化の手で示される成功哲学よりも和製の成功哲学の方がしっくり来るようだ。
正観さんの言葉はいつでも心にジワーッと浸透していく。
たとえば、
「恵まれていることに感謝しましょう」と言う言葉。
これだけではよくわからなくても、
結婚7年で子供ができずに悩んでいる女性が相談に来たとする。
正観さんはそれを聞いて「旦那さんはとてもやさしい人なんでしょうね。結婚して7年も経つのにまだ子供が欲しいと思っているということは、お姑さんもお舅さんも温かい人たちなのでしょう。」と言うのだ。
己ばかりで、周囲が見えなくなると感謝の気持ちもうすれがち。
「否定的な言葉を使わない」
これはこんなところでも役に立つ。
ある宿で「お風呂は11時までに入ってください」と書いてある。
より強い言い方では「11時以降入浴禁止」。
より柔らかくすると「お風呂は11時までご利用いただけます」
全く同じ内容でも、受け取る側の感じ方はこれほど異なってしまう。
であれば、相手だけにではなく、自分に対してももっと温かい言葉をかけてあげなければならないことは明らか。
内容がこれほど素晴らしいのに、この題名では初めて見た人は手に取ることはないだろうなぁ、と思いながらも、この題名を理解出来なければ正観さんの本は読めないんだよな、とも考えてしまうのだった。

小林 正観
神さまに好かれる話―悩みを解消する法則
味芳斎 @ 芝大門
芝大門の交差点のほど近くにある中華料理屋。
といってもただの中華ではなく、薬膳料理のお店でランチも夜も大人気なのが、「味芳斎」。
ここは何を食べてもおいしくて、ランチは12時前から行列必至。
大門の交差点近くの本店は小さいが、芝パークホテルそばの支店は店内も広く席数も多いことから回転も早い。
なので、本店の方が盛りが良いがいつも少し足を伸ばして支店で食べることが多い。
そんな、何を食べてもおいしいこの店の大人気メニューは「牛肉飯」(本店では牛肉丼)。

牛肉あんかけご飯に名前は似ているが、中身は全く異なる。
どちらかというと、中華よりもカレーに近い風味。
口に入れると、途端に口中が薬膳の風味で満たされる。
ダイエットに良いとか、二日酔いに効くとか言われているが、確かに納得。
山椒やら唐辛子やら八角やらのスパイスが舌を刺激して、ご飯が進む、進む。
多めに乗っているモヤシのナムルが箸休めにちょうど良い。
そして、何と言ってもメインの牛肉は「頬肉」を使ってるため、噛めばホロホロと崩れる柔らかさ。
激辛カレー好きなら、辛さはなんとも感じないが、苦手な人は頭から汗を噴き出しながら食べている。
ここの牛肉飯のうまさは不思議なうまさなのだ。
食べ終わった後よりも、数日後に思い出すと猛烈に食べたくなる、中毒性のある不思議な味。
今はなき三越前の「つたカレー」の中毒性に類似する。
日によって味付けの濃さに違いがあり、塩辛い日に当たるとそれは「はずれの日」
「麻婆豆腐」も「麻婆茄子」も食べたくなるから、いつもメニューの選択に困る店である。
といってもただの中華ではなく、薬膳料理のお店でランチも夜も大人気なのが、「味芳斎」。
ここは何を食べてもおいしくて、ランチは12時前から行列必至。
大門の交差点近くの本店は小さいが、芝パークホテルそばの支店は店内も広く席数も多いことから回転も早い。
なので、本店の方が盛りが良いがいつも少し足を伸ばして支店で食べることが多い。
そんな、何を食べてもおいしいこの店の大人気メニューは「牛肉飯」(本店では牛肉丼)。

牛肉あんかけご飯に名前は似ているが、中身は全く異なる。
どちらかというと、中華よりもカレーに近い風味。
口に入れると、途端に口中が薬膳の風味で満たされる。
ダイエットに良いとか、二日酔いに効くとか言われているが、確かに納得。
山椒やら唐辛子やら八角やらのスパイスが舌を刺激して、ご飯が進む、進む。
多めに乗っているモヤシのナムルが箸休めにちょうど良い。
そして、何と言ってもメインの牛肉は「頬肉」を使ってるため、噛めばホロホロと崩れる柔らかさ。
激辛カレー好きなら、辛さはなんとも感じないが、苦手な人は頭から汗を噴き出しながら食べている。
ここの牛肉飯のうまさは不思議なうまさなのだ。
食べ終わった後よりも、数日後に思い出すと猛烈に食べたくなる、中毒性のある不思議な味。
今はなき三越前の「つたカレー」の中毒性に類似する。
日によって味付けの濃さに違いがあり、塩辛い日に当たるとそれは「はずれの日」
「麻婆豆腐」も「麻婆茄子」も食べたくなるから、いつもメニューの選択に困る店である。
がんばらない / 鎌田 實
若い頃は「長生きはしたくない」などと言ってみたが、やはり子供ができ、失うものが多くなると、
「もう少し死ぬのは先でも良いな」
と思う。
それ以前に漠然とした死への不安もある。
諏訪中央病院。
現在名誉医院長をされている鎌田さんが地域の方々と作り上げた現代のユートピア。
鎌田さんが若い頃にこの田舎病院へ赴任し、温かい地域の方々と心を通わせながら、「人間として喜ばれる医療」を目指した答えがここにある。
これは都会の病院ではなし得なかった。
この本を読むと、生きること、死ぬことは「ゆるやかに」つながっているのだと感じる。
そして、死ぬのが少し怖くなくなるかもしれない。
なお子さんが諏訪中央病院にやってきたのは、49歳のときだった。
すでに隣町の大きな病院で卵巣がんの手術を行い、10クールの抗がん剤の治療も受けていた。
「家にいさせてほしい。動きたいのに、動けるのに動いてはいけないと言われるのはつらい。三度の食事を運んでもらって、食べて、薬飲んで、あとは寝てるだけなんて生活はいやです。私は病人だけど、病人になりたくないのです。わかりますか。」
そう言ってなお子さんは諏訪中央病院にやってきた。
訪問看護が始まり、一ヶ月たった頃。
調子もよく草むしりをするなお子さん。
休憩には子供たちとひとときのティータイム。
そんな当たりまえの生活を目にし、初めてなお子さん宅を訪れた訪問看護婦は他の病院のターミナルケアとの違いに驚く。
なお子さんがなくなる一週間前、車で3時間かかる「大鹿村へ行きたい」と言いだした。
なお子さんが散骨して欲しいと希望していた場所である。
「行きたい、行きたい。だって最後だもん・・・」
なお子さんは顔をくしゃくしゃにして泣く。
次女も賛成した
「そうだよね、行こう、お母ちゃん。こうやってベッドに寝ているだけじゃなくて、大鹿村へ行こう!」
看護婦が相談すると、医師はすぐに賛成し、寝台タクシーが用意され、主治医は東京から戻ってきた。
同行する看護婦も決まり、点滴や各種の鎮痛剤や突然の呼吸停止にそなえての医療器具、ポータブル・トイレなどすべてが準備された。
大鹿村に行った三日後、なお子さんは家族に見守られながら、大好きな自宅で静かに息をひきとった。
なお子さんの旅立ちの衣装は、生前気に入っていたカラフルな配色のブラウスとブレザー、そして黒のスパッツ。
すべて娘さんたちの手で用意された
部屋にはお気に入りのブラームスが流れ、テレビには大鹿村へのドライブのビデオが流れていた。
魂への心配りの医療。
諏訪では究極の医療のかたちを見ることができるようだ。

鎌田 實
がんばらない (集英社文庫)
「もう少し死ぬのは先でも良いな」
と思う。
それ以前に漠然とした死への不安もある。
諏訪中央病院。
現在名誉医院長をされている鎌田さんが地域の方々と作り上げた現代のユートピア。
鎌田さんが若い頃にこの田舎病院へ赴任し、温かい地域の方々と心を通わせながら、「人間として喜ばれる医療」を目指した答えがここにある。
これは都会の病院ではなし得なかった。
この本を読むと、生きること、死ぬことは「ゆるやかに」つながっているのだと感じる。
そして、死ぬのが少し怖くなくなるかもしれない。
なお子さんが諏訪中央病院にやってきたのは、49歳のときだった。
すでに隣町の大きな病院で卵巣がんの手術を行い、10クールの抗がん剤の治療も受けていた。
「家にいさせてほしい。動きたいのに、動けるのに動いてはいけないと言われるのはつらい。三度の食事を運んでもらって、食べて、薬飲んで、あとは寝てるだけなんて生活はいやです。私は病人だけど、病人になりたくないのです。わかりますか。」
そう言ってなお子さんは諏訪中央病院にやってきた。
訪問看護が始まり、一ヶ月たった頃。
調子もよく草むしりをするなお子さん。
休憩には子供たちとひとときのティータイム。
そんな当たりまえの生活を目にし、初めてなお子さん宅を訪れた訪問看護婦は他の病院のターミナルケアとの違いに驚く。
なお子さんがなくなる一週間前、車で3時間かかる「大鹿村へ行きたい」と言いだした。
なお子さんが散骨して欲しいと希望していた場所である。
「行きたい、行きたい。だって最後だもん・・・」
なお子さんは顔をくしゃくしゃにして泣く。
次女も賛成した
「そうだよね、行こう、お母ちゃん。こうやってベッドに寝ているだけじゃなくて、大鹿村へ行こう!」
看護婦が相談すると、医師はすぐに賛成し、寝台タクシーが用意され、主治医は東京から戻ってきた。
同行する看護婦も決まり、点滴や各種の鎮痛剤や突然の呼吸停止にそなえての医療器具、ポータブル・トイレなどすべてが準備された。
大鹿村に行った三日後、なお子さんは家族に見守られながら、大好きな自宅で静かに息をひきとった。
なお子さんの旅立ちの衣装は、生前気に入っていたカラフルな配色のブラウスとブレザー、そして黒のスパッツ。
すべて娘さんたちの手で用意された
部屋にはお気に入りのブラームスが流れ、テレビには大鹿村へのドライブのビデオが流れていた。
魂への心配りの医療。
諏訪では究極の医療のかたちを見ることができるようだ。

鎌田 實
がんばらない (集英社文庫)
金華豚ヒレカツ@平田牧場
日本橋で夕食。
ますたにラーメンにしようかと考えたが、平牧のとんかつが無性に食べたくなり日本橋コレドへ。
夜の8時を過ぎているのに行列、でも15分待ち。
席について、まずはビールでのどを潤す。
つまみは、

だだちゃ豆のかまぼこ。
香りが違うんだな、山形のだだちゃ豆は。
かまぼこにしても、大豆の味が濃厚。
今日のご飯は、金華豚のヒレカツ。

平牧のとんかつは何を食べてもおいしいが、金華豚を食べるのは初めて。
これは「とんかつ」の仲間に入れていいのだろうか。
この肉はジューシーとか、柔らかい、という言葉では説明はできない。
「ふわふわ」。
肉厚なのに、ふわふわ。
ステーキでもなかなかこの感触は出ないだろう。
¥2,100はいつも食べられる値段ではないけど。
とんかつ嫌いでも余裕で食べることができる、平田牧場の豚肉。
奥が深い。
ちなみに、千葉では幕張カルフールで平牧の肉が入手可能。
ますたにラーメンにしようかと考えたが、平牧のとんかつが無性に食べたくなり日本橋コレドへ。
夜の8時を過ぎているのに行列、でも15分待ち。
席について、まずはビールでのどを潤す。
つまみは、

だだちゃ豆のかまぼこ。
香りが違うんだな、山形のだだちゃ豆は。
かまぼこにしても、大豆の味が濃厚。
今日のご飯は、金華豚のヒレカツ。

平牧のとんかつは何を食べてもおいしいが、金華豚を食べるのは初めて。
これは「とんかつ」の仲間に入れていいのだろうか。
この肉はジューシーとか、柔らかい、という言葉では説明はできない。
「ふわふわ」。
肉厚なのに、ふわふわ。
ステーキでもなかなかこの感触は出ないだろう。
¥2,100はいつも食べられる値段ではないけど。
とんかつ嫌いでも余裕で食べることができる、平田牧場の豚肉。
奥が深い。
ちなみに、千葉では幕張カルフールで平牧の肉が入手可能。
誕生日
映画「1/4の奇跡」で語られる雪絵ちゃんの話を書いたが、雪絵ちゃんが書いた詩で、読むと元気が出てくるものがある。
誕生日
私今日生まれたの。
一分一秒のくるいもなく、今日誕生しました。
少しでもずれていたら、今頃 健康だったかもしれない。
今の人生をおくるには、一分一秒のくるいもなく生まれてこなければいけなかったの。
けっこうこれってむずかしいんだよ。
12月の28日、私の大好きで大切で幸せな日、
今日生まれてきて大成功。Snowに生まれてきて、これまた大成功。
snowとは雪絵ちゃんのペンネーム。
この世に生きる苦しみを全て受け入れた上での感謝の言葉。
雪絵ちゃんのお葬式は、雪絵ちゃんが大好きな誕生日に行われた。
出会いと別れの3月。
すべてがうまくいきますように。
誕生日
私今日生まれたの。
一分一秒のくるいもなく、今日誕生しました。
少しでもずれていたら、今頃 健康だったかもしれない。
今の人生をおくるには、一分一秒のくるいもなく生まれてこなければいけなかったの。
けっこうこれってむずかしいんだよ。
12月の28日、私の大好きで大切で幸せな日、
今日生まれてきて大成功。Snowに生まれてきて、これまた大成功。
snowとは雪絵ちゃんのペンネーム。
この世に生きる苦しみを全て受け入れた上での感謝の言葉。
雪絵ちゃんのお葬式は、雪絵ちゃんが大好きな誕生日に行われた。
出会いと別れの3月。
すべてがうまくいきますように。
たんぽぽの仲間たち / 山元加津子
この本は、かっこちゃん先生の講演会で購入した。
会場ではどの本もものすごい売れ行きで、あまり選択の余地がなかったのだが、この本は選ばれるべくして私の手元にやってきたのだと思う。
かっこちゃん先生と仲間たちの心のふれあいが濃縮して詰まっている。
大ちゃん、きいちゃん、吉川くん、一樹くん、みんな素敵だ。
みんなまっすぐで、正直で、素直で、やさしくて、裏切らなくて、純粋で。
どう考えても私の方がおかしな生き方や考え方をしている。
「1/4の奇跡」の映画にも出てくる「大ちゃんの話」は、この本でも味わうことができる。
大ちゃんの絵に描かれる人は、みんなまつげが長くて、やさしそうで、手が大きくて、みんなを包み込んでくれるような朗らかさを見るものに感じさせる。
そして、大ちゃんが書く詩もハートに直接語りかける。
でも中には、「こんなにうまく詩を書くのは、大人が手伝っているに違いない」と中傷してくる人もいるのだそうだ。
あまりに悲しくてかっこちゃん先生はそのことを大ちゃんに伝えてしまう。
すると、大ちゃんは少し考えて、
「朝顔のたねは黒いけど、青い花がさく、赤い花がさく。だからぼくは詩をつくる」
と言ったのだそうだ。
見かけにこだわるな、ということを言いたかったのか、それとも、誰にでも赤くされた才能はある、と言いたかったのか。
また、かっこちゃん先生に子供が生まれた後、一生懸命離乳食を作るのだが子供が怒って食べてくれずに途方に暮れてしまう。
そして、かっこちゃん先生は養護学校にいる吉川くんに相談に行く。
当時、入学に適当な学校がない場合、「就学猶予」といって自宅で生活し、学校に行けない子供たちがたくさんいたのだと言う。
現在では養護学校が充実しているが、吉川くんは就学猶予だったために、養護学校に通っているとはいえ、年齢はかっこちゃん先生に近かった。
先生が相談すると、吉川くんは「ちゃんと子供の気持ちを聞いとるんか」と言う。
「どういうこと?気持ちって何?生まれたばかりの子供でも何か考えているの?」と聞き返すと、
吉川くんは「きっと先に食べたいものとか、食べ方とかいろいろあるんだよ」と当たり前のように答えた。
家に帰ったかっこちゃん先生は、用意した離乳食を一列に並べて子供の目を見ながら食べさせると、笑顔を食べ始めた。
この本を読むと、かっこちゃん先生が本当に生徒の気持ちを思って、一人の人間として、また友達として何の気負いもなく接しているのだということがよくわかる。
講演会の後に読んでみて、ますます山元加津子先生のファンになった。

山元 加津子
たんぽぽの仲間たち
会場ではどの本もものすごい売れ行きで、あまり選択の余地がなかったのだが、この本は選ばれるべくして私の手元にやってきたのだと思う。
かっこちゃん先生と仲間たちの心のふれあいが濃縮して詰まっている。
大ちゃん、きいちゃん、吉川くん、一樹くん、みんな素敵だ。
みんなまっすぐで、正直で、素直で、やさしくて、裏切らなくて、純粋で。
どう考えても私の方がおかしな生き方や考え方をしている。
「1/4の奇跡」の映画にも出てくる「大ちゃんの話」は、この本でも味わうことができる。
大ちゃんの絵に描かれる人は、みんなまつげが長くて、やさしそうで、手が大きくて、みんなを包み込んでくれるような朗らかさを見るものに感じさせる。
そして、大ちゃんが書く詩もハートに直接語りかける。
でも中には、「こんなにうまく詩を書くのは、大人が手伝っているに違いない」と中傷してくる人もいるのだそうだ。
あまりに悲しくてかっこちゃん先生はそのことを大ちゃんに伝えてしまう。
すると、大ちゃんは少し考えて、
「朝顔のたねは黒いけど、青い花がさく、赤い花がさく。だからぼくは詩をつくる」
と言ったのだそうだ。
見かけにこだわるな、ということを言いたかったのか、それとも、誰にでも赤くされた才能はある、と言いたかったのか。
また、かっこちゃん先生に子供が生まれた後、一生懸命離乳食を作るのだが子供が怒って食べてくれずに途方に暮れてしまう。
そして、かっこちゃん先生は養護学校にいる吉川くんに相談に行く。
当時、入学に適当な学校がない場合、「就学猶予」といって自宅で生活し、学校に行けない子供たちがたくさんいたのだと言う。
現在では養護学校が充実しているが、吉川くんは就学猶予だったために、養護学校に通っているとはいえ、年齢はかっこちゃん先生に近かった。
先生が相談すると、吉川くんは「ちゃんと子供の気持ちを聞いとるんか」と言う。
「どういうこと?気持ちって何?生まれたばかりの子供でも何か考えているの?」と聞き返すと、
吉川くんは「きっと先に食べたいものとか、食べ方とかいろいろあるんだよ」と当たり前のように答えた。
家に帰ったかっこちゃん先生は、用意した離乳食を一列に並べて子供の目を見ながら食べさせると、笑顔を食べ始めた。
この本を読むと、かっこちゃん先生が本当に生徒の気持ちを思って、一人の人間として、また友達として何の気負いもなく接しているのだということがよくわかる。
講演会の後に読んでみて、ますます山元加津子先生のファンになった。

山元 加津子
たんぽぽの仲間たち
きいちゃん
先週日曜日のかっこちゃん先生の講演会。
週半ばだが、まだ余韻が残っていて、心がほんわか温かい。
映画も素晴らしかったが、お話も素晴らしかった。
特に「きいちゃん」のお話は、みなさん泣いていた。
職員室にいると、きいちゃんがとってもうれしいそうな顔をして、とびこんで
きました。きいちゃんは、いつもどちらかといえば元気のない印象をあたえる子
だったので、驚いてたずねると、「お姉ちゃんが結婚するの。私、結婚式に出
るのよ」と言いました。
どんな洋服を着て出ようか、結婚式ってどんなかしらとそれは楽しみにして
いたのでよかったなあと思っていた矢先、ある日、教室で泣いているきいちゃん
を見つけました。聞けば、お母さんがきいちゃんにお姉ちゃんのために結婚式に
出ないで欲しい、と言ったとのことでした。
「私のことが恥ずかしいのよ。お姉ちゃんばっかり可愛いのよ。私なんか産まれ
なければよかったのに」と言って泣くのです。これがきいちゃんの本心ではない
と思うのですが、きいちゃんも、そう、きいちゃんに言われたお母さんもとても
傷ついているのだろうなあと思いました。
お母さんは、決してきいちゃんよりお姉さんを可愛がっているのではなく、
かえってきいちゃんのことばかり考えているような方でした。でも、結婚式に出
ることで、お姉ちゃんが肩身の狭い思いをするのではないか、お姉ちゃんの子供
に障害をもった子が生まれるのでは、と他の人に思われるのではないかと、
お母さんは考えられたのだと思います。
そんなきいちゃんに私は何も言ってあげられなくて、一緒にきいちゃんの
お姉ちゃんにプレゼントを作ろうと言いました。お金がないので、さらしの布を
買い、金沢の山のほうにある二股町というところで染めをならって、白い布を
夕日の色に染め、きいちゃんは、お姉さんに浴衣を縫い上げました。きいちゃん
は小さいときに、高い熱が出て、思った場所に手を持っていくのが大変になりま
した。アテト-ゼといって、手を持っていこうとする所の前へいったり、後ろへ
いったり・・・なかなかその場所にいかないのです。だからきいちゃん自身は、
縫い物ができるとは思っていなかったと思います。
そして、私自身もきいちゃんが一人で縫い上げるのはむずかしいと思っていまし
ました。でもミシンもあることだし「とにかく作ってみようよ」と最初、提案し
たのでした。
でも、きいちゃんはとてもがんばりやさんでした。毎日毎日縫っていくうちに、
縫い目はだんだんと揃ってきました。私はとても驚きました。そして、きいちゃ
んは学園へ持って帰ってからも学校で丁寧に縫いつづけ、それは結婚式の十日前
に仕上がりました。
きいちゃんがプレゼントした二日ぐらい後だったと思います。きいちゃんの
お姉さんから私のところに電話がありました。びっくりしたことに、お姉さんは、
きいちゃんと、そして私にまで、自分たちの結婚式にぜひ出てほしいとおっしゃ
るんです。最初はお母さんのお気持ちを思い、ためらっていたのですが、きいち
ゃんと相談して、式に出席することにしました。
きいちゃんのお姉さんはそれはそれはきれいで、幸せそうでした。でもきいち
ゃんを見て、なにかひそひそ話をしている人が何人かいるのが私には気になり、
きいちゃんはどう思っているかしら、出席しないほうがよかったのではないかし
らと思ったりしていました。
そんなことを思っていたころ、お色直しで扉から現われたお姉さんはなんと、
あのきいちゃんが縫った浴衣を着ていたのです。お姉さんはとても清楚で可愛ら
しく、浴衣がとても映えてみえました。感激していたらお姉さんは、旦那さまに
なる人とマイクの前に立ち、話しだしました。
「この浴衣は、私の妹が自分の力で縫って、私にプレゼントしてくれました。
妹は小さい頃、高い熱が出て、体が不自由になりました。その不自由な手で、
こんなにすてきな浴衣を縫ってくれました。妹は小さいころから家から離れて
生活しなくてはなりませんでした。私は妹が両親といっしょに生活している私を
恨んでないかしらと思ったこともありました。でも妹はそんなことは決してなく、
私のために浴衣を縫ってくれました。今、高校生で浴衣を縫える人は何人いるで
しょう。私の妹は、手が不自由にもかかわらず、浴衣を縫いました。妹は私の誇
りです」
そしてきいちゃんと私を呼んで、私たちを紹介してくれました。
「これが私の誇りの大事な妹です」と・・・。
今になって私は、なぜきいちゃんのお姉さんが結婚式で浴衣を着られたのか
しらと考えることがあります。きいちゃんは家では、何もできない不憫な子と
考えられていたそうです。でも、こんなにもすてきな浴衣が縫えたのをご覧に
なった時、お姉さんは、おそらくきいちゃんに対する気持ちを変えられたのでは
ないかと思います。たとえ障害があっても、いいえ障害を持っているからこそ
なお、きいちゃんはきいちゃんだということを、ご自分や家族やこれから家族に
なる人たちに示したいと考えられたのだと思います。
このお話は本にもなっており、小学校の副読本にもなっているとのこと。
講演会では後日談としてお話されていたが、きいちゃんはその後和裁に自信を持つようになり、現在は能登で和裁の仕事をされているそうだ。
こんな心が震えるような経験を積み重ねてこられたかっこちゃん先生こと山元加津子先生。
機会があれば、またお話を聞いてみたい。
ありがとうございました。
週半ばだが、まだ余韻が残っていて、心がほんわか温かい。
映画も素晴らしかったが、お話も素晴らしかった。
特に「きいちゃん」のお話は、みなさん泣いていた。
職員室にいると、きいちゃんがとってもうれしいそうな顔をして、とびこんで
きました。きいちゃんは、いつもどちらかといえば元気のない印象をあたえる子
だったので、驚いてたずねると、「お姉ちゃんが結婚するの。私、結婚式に出
るのよ」と言いました。
どんな洋服を着て出ようか、結婚式ってどんなかしらとそれは楽しみにして
いたのでよかったなあと思っていた矢先、ある日、教室で泣いているきいちゃん
を見つけました。聞けば、お母さんがきいちゃんにお姉ちゃんのために結婚式に
出ないで欲しい、と言ったとのことでした。
「私のことが恥ずかしいのよ。お姉ちゃんばっかり可愛いのよ。私なんか産まれ
なければよかったのに」と言って泣くのです。これがきいちゃんの本心ではない
と思うのですが、きいちゃんも、そう、きいちゃんに言われたお母さんもとても
傷ついているのだろうなあと思いました。
お母さんは、決してきいちゃんよりお姉さんを可愛がっているのではなく、
かえってきいちゃんのことばかり考えているような方でした。でも、結婚式に出
ることで、お姉ちゃんが肩身の狭い思いをするのではないか、お姉ちゃんの子供
に障害をもった子が生まれるのでは、と他の人に思われるのではないかと、
お母さんは考えられたのだと思います。
そんなきいちゃんに私は何も言ってあげられなくて、一緒にきいちゃんの
お姉ちゃんにプレゼントを作ろうと言いました。お金がないので、さらしの布を
買い、金沢の山のほうにある二股町というところで染めをならって、白い布を
夕日の色に染め、きいちゃんは、お姉さんに浴衣を縫い上げました。きいちゃん
は小さいときに、高い熱が出て、思った場所に手を持っていくのが大変になりま
した。アテト-ゼといって、手を持っていこうとする所の前へいったり、後ろへ
いったり・・・なかなかその場所にいかないのです。だからきいちゃん自身は、
縫い物ができるとは思っていなかったと思います。
そして、私自身もきいちゃんが一人で縫い上げるのはむずかしいと思っていまし
ました。でもミシンもあることだし「とにかく作ってみようよ」と最初、提案し
たのでした。
でも、きいちゃんはとてもがんばりやさんでした。毎日毎日縫っていくうちに、
縫い目はだんだんと揃ってきました。私はとても驚きました。そして、きいちゃ
んは学園へ持って帰ってからも学校で丁寧に縫いつづけ、それは結婚式の十日前
に仕上がりました。
きいちゃんがプレゼントした二日ぐらい後だったと思います。きいちゃんの
お姉さんから私のところに電話がありました。びっくりしたことに、お姉さんは、
きいちゃんと、そして私にまで、自分たちの結婚式にぜひ出てほしいとおっしゃ
るんです。最初はお母さんのお気持ちを思い、ためらっていたのですが、きいち
ゃんと相談して、式に出席することにしました。
きいちゃんのお姉さんはそれはそれはきれいで、幸せそうでした。でもきいち
ゃんを見て、なにかひそひそ話をしている人が何人かいるのが私には気になり、
きいちゃんはどう思っているかしら、出席しないほうがよかったのではないかし
らと思ったりしていました。
そんなことを思っていたころ、お色直しで扉から現われたお姉さんはなんと、
あのきいちゃんが縫った浴衣を着ていたのです。お姉さんはとても清楚で可愛ら
しく、浴衣がとても映えてみえました。感激していたらお姉さんは、旦那さまに
なる人とマイクの前に立ち、話しだしました。
「この浴衣は、私の妹が自分の力で縫って、私にプレゼントしてくれました。
妹は小さい頃、高い熱が出て、体が不自由になりました。その不自由な手で、
こんなにすてきな浴衣を縫ってくれました。妹は小さいころから家から離れて
生活しなくてはなりませんでした。私は妹が両親といっしょに生活している私を
恨んでないかしらと思ったこともありました。でも妹はそんなことは決してなく、
私のために浴衣を縫ってくれました。今、高校生で浴衣を縫える人は何人いるで
しょう。私の妹は、手が不自由にもかかわらず、浴衣を縫いました。妹は私の誇
りです」
そしてきいちゃんと私を呼んで、私たちを紹介してくれました。
「これが私の誇りの大事な妹です」と・・・。
今になって私は、なぜきいちゃんのお姉さんが結婚式で浴衣を着られたのか
しらと考えることがあります。きいちゃんは家では、何もできない不憫な子と
考えられていたそうです。でも、こんなにもすてきな浴衣が縫えたのをご覧に
なった時、お姉さんは、おそらくきいちゃんに対する気持ちを変えられたのでは
ないかと思います。たとえ障害があっても、いいえ障害を持っているからこそ
なお、きいちゃんはきいちゃんだということを、ご自分や家族やこれから家族に
なる人たちに示したいと考えられたのだと思います。
このお話は本にもなっており、小学校の副読本にもなっているとのこと。
講演会では後日談としてお話されていたが、きいちゃんはその後和裁に自信を持つようになり、現在は能登で和裁の仕事をされているそうだ。
こんな心が震えるような経験を積み重ねてこられたかっこちゃん先生こと山元加津子先生。
機会があれば、またお話を聞いてみたい。
ありがとうございました。
1/4の奇跡
昨日は、虎ノ門で開催された「1/4の奇跡」という映画を家族で見てきた。
主催してくださったのは、10代の子供を応援するNPO法人SEEで、映画の主役の山元加津子先生、監督の入江富美子さんもいらっしゃっており、妻は監督の著書にサインをもらって喜んでいた。
会場には親野智可等先生もいらっしゃっていた。
映画を見て心の芯からあったかい気持ちになり、そして実際に山元先生(かっこちゃん)のほんわかしたお話を伺い、帰りの電車も、そして寝るまで、家族全員が柔らかな暖かい気持ちに包まれた。
映画の内容は、金沢で養護教諭をしているかっこちゃんとその仲間のドキュメンタリー。
かっこちゃんは子供たちと触れ合う日々の中で、彼らの素晴らしさ、偉大さに気づいていく。
映画は、その一部をあるがままに抜き出して、私たちに見せてくれる。
そして、その素晴らしさは私たちの心にストレートにぶつかってくる。
詩人のだいちゃん、盲目のアスリート稲葉さん、その他たくさんの素晴らしい方々が登場される。
観覧している皆さんが、すすり上げる声がずっと続いていた。
私が声を上げて泣きそうになって困ったのが、かっこちゃんと雪絵ちゃんとのお話。
雪絵ちゃんはMSという名前の病気を持っていた(MS,別名多発性硬化症)。
訓練をしている間に、だんだん見えるようになったり、動くようになったりするが、発熱する前のところまで回復するというのは難しく、だんだん見えなくなったり、だんだん動かなくなっていく。
雪絵ちゃんは12月28日生まれ、雪の降ったきれいな朝に生まれた。
だから雪絵。
雪絵ちゃんは口癖のように「私はMSであることを後悔しないよ」と言っていた。
「どうして?」と聞くと、
「だってね、MSになったからこそ気がつけたことがいっぱいあるよ。もしMSでなかったらその素敵なことに気がつけなかったと思う。」と雪絵ちゃんは言う。
「そしてね、MSになったからこそ出会えた大好きな人が周りにいっぱいいるよ。かっこちゃんにも会えたしね。もしMSでなかったら違う素敵な人に会えたかもしれないけれど、私は今周りにいる人に会いたかった、かっこちゃんに会いたかったから、これでよかったよ。目が見えなくなっても、手や足が動かなくなっても、息をするときに、人工呼吸器をつけなくてはならなくなっても、私はMSであることを決して後悔しない。MSの雪絵を丸ごと愛しているって。」
そして雪絵ちゃんは、こんな詩を書いた。
ありがとう
ありがとう、
私決めていることがあるの。
この目が物をうつさなくなったら目に、
そしてこの足が動かなくなったら、足に
「ありがとう」って言おうって決めているの。
今まで見えにくい目が一生懸命見よう、見ようとしてくれて、
私を喜ばせてくれたんだもん。
いっぱいいろんな物素敵な物見せてくれた。
夜の道も暗いのにがんばってくれた。
足もそう。
私のために信じられないほど歩いてくれた。
一緒にいっぱいいろんなところへ行った。
私を一日でも長く、喜ばせようとして目も足もがんばってくれた。
なのに、見えなくなったり、歩けなくなったとき
「なんでよー」なんて言ってはあんまりだと思う。
今まで弱い弱い目、足がどれだけ私を強く強くしてくれたか。
だからちゃんと「ありがとう」って言うの。
大好きな目、足だからこんなに弱いけど大好きだから
「ありがとう。もういいよ。休もうね」って言ってあげるの。
たぶんだれよりもうーんと疲れていると思うので……。
その後、雪絵ちゃんは全てに感謝しながら、12月になくなってしまう。
しばらく、打ちひしがれ、放心状態となっていたかっこちゃんは、ある日突然雪絵ちゃんとの約束を思い出す。
それが「1/4の奇跡」という映画の題名につながっていく。
長くなるので、ほんのさわりの部分だけだが、お近くで試写会がある、と耳にされた方は、お時間が許せば、是非ご覧になっていただきたい。
そして、また誰かにこの真実を伝えていただきたいと、切に願う。
私はしばらく、かっこちゃんの世界から抜け出せそうにない。
主催してくださったのは、10代の子供を応援するNPO法人SEEで、映画の主役の山元加津子先生、監督の入江富美子さんもいらっしゃっており、妻は監督の著書にサインをもらって喜んでいた。
会場には親野智可等先生もいらっしゃっていた。
映画を見て心の芯からあったかい気持ちになり、そして実際に山元先生(かっこちゃん)のほんわかしたお話を伺い、帰りの電車も、そして寝るまで、家族全員が柔らかな暖かい気持ちに包まれた。
映画の内容は、金沢で養護教諭をしているかっこちゃんとその仲間のドキュメンタリー。
かっこちゃんは子供たちと触れ合う日々の中で、彼らの素晴らしさ、偉大さに気づいていく。
映画は、その一部をあるがままに抜き出して、私たちに見せてくれる。
そして、その素晴らしさは私たちの心にストレートにぶつかってくる。
詩人のだいちゃん、盲目のアスリート稲葉さん、その他たくさんの素晴らしい方々が登場される。
観覧している皆さんが、すすり上げる声がずっと続いていた。
私が声を上げて泣きそうになって困ったのが、かっこちゃんと雪絵ちゃんとのお話。
雪絵ちゃんはMSという名前の病気を持っていた(MS,別名多発性硬化症)。
訓練をしている間に、だんだん見えるようになったり、動くようになったりするが、発熱する前のところまで回復するというのは難しく、だんだん見えなくなったり、だんだん動かなくなっていく。
雪絵ちゃんは12月28日生まれ、雪の降ったきれいな朝に生まれた。
だから雪絵。
雪絵ちゃんは口癖のように「私はMSであることを後悔しないよ」と言っていた。
「どうして?」と聞くと、
「だってね、MSになったからこそ気がつけたことがいっぱいあるよ。もしMSでなかったらその素敵なことに気がつけなかったと思う。」と雪絵ちゃんは言う。
「そしてね、MSになったからこそ出会えた大好きな人が周りにいっぱいいるよ。かっこちゃんにも会えたしね。もしMSでなかったら違う素敵な人に会えたかもしれないけれど、私は今周りにいる人に会いたかった、かっこちゃんに会いたかったから、これでよかったよ。目が見えなくなっても、手や足が動かなくなっても、息をするときに、人工呼吸器をつけなくてはならなくなっても、私はMSであることを決して後悔しない。MSの雪絵を丸ごと愛しているって。」
そして雪絵ちゃんは、こんな詩を書いた。
ありがとう
ありがとう、
私決めていることがあるの。
この目が物をうつさなくなったら目に、
そしてこの足が動かなくなったら、足に
「ありがとう」って言おうって決めているの。
今まで見えにくい目が一生懸命見よう、見ようとしてくれて、
私を喜ばせてくれたんだもん。
いっぱいいろんな物素敵な物見せてくれた。
夜の道も暗いのにがんばってくれた。
足もそう。
私のために信じられないほど歩いてくれた。
一緒にいっぱいいろんなところへ行った。
私を一日でも長く、喜ばせようとして目も足もがんばってくれた。
なのに、見えなくなったり、歩けなくなったとき
「なんでよー」なんて言ってはあんまりだと思う。
今まで弱い弱い目、足がどれだけ私を強く強くしてくれたか。
だからちゃんと「ありがとう」って言うの。
大好きな目、足だからこんなに弱いけど大好きだから
「ありがとう。もういいよ。休もうね」って言ってあげるの。
たぶんだれよりもうーんと疲れていると思うので……。
その後、雪絵ちゃんは全てに感謝しながら、12月になくなってしまう。
しばらく、打ちひしがれ、放心状態となっていたかっこちゃんは、ある日突然雪絵ちゃんとの約束を思い出す。
それが「1/4の奇跡」という映画の題名につながっていく。
長くなるので、ほんのさわりの部分だけだが、お近くで試写会がある、と耳にされた方は、お時間が許せば、是非ご覧になっていただきたい。
そして、また誰かにこの真実を伝えていただきたいと、切に願う。
私はしばらく、かっこちゃんの世界から抜け出せそうにない。
アロイナタベタ @ 有楽町
有楽町のガード下にあるタイ料理店。
全品630円。
この有楽町店は支店で、本店はなんとプーケットなのだと言う。
店内はなんだか、タイの屋台風。
ちなみに、私はタイには行ったことない。
注文するたびに、お金を払うキャッシュ・オン・デリバリーのシステム。
これだと、飲み過ぎずに良いかもしれない。
実際飲んでいる人もいるが、出来上がっている風の人はあまりいない。
基本的に、さっさと食べて楽しんで帰るのが大勢のようだ。
私は基本的に甘いものが苦手なので、タイ料理も甘めの味付けはちょっと遠慮する。
ここの味付けは現地風と言われているが、全般的に「やや」甘めかもしれない。
以前食べたトム・ヤム・クンはそうでもなかったが、タイ風焼きそばは結構甘かった。
だったら行くのは止めておけば良いのだが、思わず足が向いてしまう。
今日は「トム・ヤム・クン・チャーハン」。

これは甘くない。
キムチ・チャーハンともまた違った、タイ風のピリ辛が絶妙。
でも、本当のトム・ヤム・クンの方がやっぱりおいしい。
全品630円。
この有楽町店は支店で、本店はなんとプーケットなのだと言う。
店内はなんだか、タイの屋台風。
ちなみに、私はタイには行ったことない。
注文するたびに、お金を払うキャッシュ・オン・デリバリーのシステム。
これだと、飲み過ぎずに良いかもしれない。
実際飲んでいる人もいるが、出来上がっている風の人はあまりいない。
基本的に、さっさと食べて楽しんで帰るのが大勢のようだ。
私は基本的に甘いものが苦手なので、タイ料理も甘めの味付けはちょっと遠慮する。
ここの味付けは現地風と言われているが、全般的に「やや」甘めかもしれない。
以前食べたトム・ヤム・クンはそうでもなかったが、タイ風焼きそばは結構甘かった。
だったら行くのは止めておけば良いのだが、思わず足が向いてしまう。
今日は「トム・ヤム・クン・チャーハン」。

これは甘くない。
キムチ・チャーハンともまた違った、タイ風のピリ辛が絶妙。
でも、本当のトム・ヤム・クンの方がやっぱりおいしい。