亜玖夢博士の経済入門 / 橘玲
しかし、よくもまぁこんな話を考えつくものだ。
経済入門とは名ばかりで、経済の話題を盛り込んだブラックユーモア満載のコメディである。
博士に相談した登場人物は、ことごとく報われない。
落ちるところまで落ちぶれて行く過程が、読み物として秀逸。
ただの読み物とはいえ、経済学に親しくない人にとっては、今話題の「行動経済学」や「ゲーム理論」のさわり部分を理解することができる。
この本が楽しませてくれるのは、話だけではなく登場人物のキャラが立っているからだ。
頭が異様に大きい博士。
謎の中国美女フェイフェイ。
その弟で、フリルフリフリのリンレイ。
中国マフィアとつながりがある「らしい」コックの陳さん。
これだけ役者がそろっていれば、続編の可能性もありと見た。

橘 玲
亜玖夢博士の経済入門
経済入門とは名ばかりで、経済の話題を盛り込んだブラックユーモア満載のコメディである。
博士に相談した登場人物は、ことごとく報われない。
落ちるところまで落ちぶれて行く過程が、読み物として秀逸。
ただの読み物とはいえ、経済学に親しくない人にとっては、今話題の「行動経済学」や「ゲーム理論」のさわり部分を理解することができる。
この本が楽しませてくれるのは、話だけではなく登場人物のキャラが立っているからだ。
頭が異様に大きい博士。
謎の中国美女フェイフェイ。
その弟で、フリルフリフリのリンレイ。
中国マフィアとつながりがある「らしい」コックの陳さん。
これだけ役者がそろっていれば、続編の可能性もありと見た。

橘 玲
亜玖夢博士の経済入門
日々、新生
昨日は2月度致知読者の集いだった。
先月の桜井先生の講演会を拝聴して以来、俄然致知の講演会に出席する意欲が出てきた。
これまでは興味があっても、最後の一歩に踏み切れていなかったが、これからはできるかぎり毎月出席したいと考えている。
本日の講師は托鉢者、石川洋先生。
下坐に生きてこられた先生のお話を伺おうと、200人を超える読者で部屋は熱気が溢れていた。
出席者の中で間違いなく、自分は年齢が一番若いようだったが、皆さん真剣に先生のはなしに耳を傾けられていた。
石川先生は先日78歳の誕生日を迎えられたばかり。
しかも、講演前の午前中には2時間の透析を受けてこられたそうだ。
「普通であれば疲れてここには立てないが、偉大なる何かの力によってここに立たせてもらっている」とおっしゃる先生の言葉は、力強く、一言一言が心に響き渡るものだった。
先生の元には多くの相談者が訪れる。
多くの悩み、苦しみを抱えてすがる思いで先生に相談する。
相談者は口々に「死にたい」と先生に言うのだそうだ。
先生はそんな方々に向かって
「死にたいのではなく、死ぬほどの苦しみを持っているんでしょ」
とおっしゃるそうである。
そして
「本当は生きたんでしょ」
と聞くのだそうだ。
すると、若者から90を超えるおばあさんまで、皆一様にボロボロと泣くという。
みんな本当は生きたいんだ。
だから、「死ぬ覚悟ではなく、生きている間は生きる覚悟で生かしていただく」
ことが大切だ、と言うお話をされていた。
また、
「手伝ってくれる人はいても、寂しさを救ってくれる人はいない」
というお言葉も印象に残っている。
その寂しさに耐えるためには
「生きとし生けるものは全て寂しい。そのことに気づくかどうか」
が重要だとおっしゃっていた。
まだまだ盛りだくさん。
1時間半の予定が2時間たっぷりお話しいただき、手帳はメモで真っ黒になった。
帰りの電車で読み返し、こうしてまた今読み返して復習している。
素晴らしいお話、素晴らしいお時間をありがとうございました。
講演の後、ホワイトボードを自ら綺麗にお消しになっている石川先生のお姿を見て、いつも自ら黒板をきれいにされていたという修身教授録の森信三先生が重なりました。
先月の桜井先生の講演会を拝聴して以来、俄然致知の講演会に出席する意欲が出てきた。
これまでは興味があっても、最後の一歩に踏み切れていなかったが、これからはできるかぎり毎月出席したいと考えている。
本日の講師は托鉢者、石川洋先生。
下坐に生きてこられた先生のお話を伺おうと、200人を超える読者で部屋は熱気が溢れていた。
出席者の中で間違いなく、自分は年齢が一番若いようだったが、皆さん真剣に先生のはなしに耳を傾けられていた。
石川先生は先日78歳の誕生日を迎えられたばかり。
しかも、講演前の午前中には2時間の透析を受けてこられたそうだ。
「普通であれば疲れてここには立てないが、偉大なる何かの力によってここに立たせてもらっている」とおっしゃる先生の言葉は、力強く、一言一言が心に響き渡るものだった。
先生の元には多くの相談者が訪れる。
多くの悩み、苦しみを抱えてすがる思いで先生に相談する。
相談者は口々に「死にたい」と先生に言うのだそうだ。
先生はそんな方々に向かって
「死にたいのではなく、死ぬほどの苦しみを持っているんでしょ」
とおっしゃるそうである。
そして
「本当は生きたんでしょ」
と聞くのだそうだ。
すると、若者から90を超えるおばあさんまで、皆一様にボロボロと泣くという。
みんな本当は生きたいんだ。
だから、「死ぬ覚悟ではなく、生きている間は生きる覚悟で生かしていただく」
ことが大切だ、と言うお話をされていた。
また、
「手伝ってくれる人はいても、寂しさを救ってくれる人はいない」
というお言葉も印象に残っている。
その寂しさに耐えるためには
「生きとし生けるものは全て寂しい。そのことに気づくかどうか」
が重要だとおっしゃっていた。
まだまだ盛りだくさん。
1時間半の予定が2時間たっぷりお話しいただき、手帳はメモで真っ黒になった。
帰りの電車で読み返し、こうしてまた今読み返して復習している。
素晴らしいお話、素晴らしいお時間をありがとうございました。
講演の後、ホワイトボードを自ら綺麗にお消しになっている石川先生のお姿を見て、いつも自ら黒板をきれいにされていたという修身教授録の森信三先生が重なりました。
Police in Tokyo Dome
待ちに待ったPoliceの再結成ライブ。
2/13@東京ドームは「ウソみたい」の一言。

86年の「高校教師’86」で再結成かと思いきや、淡々と終了。
20年待たせて、やっと3人そろって姿を見せてくれた。
前座はStingの息子のバンド「Fiction Plane」。
ドームに到着するや、いきなり演奏開始。
しかし、19:30の本番まではゆっくりと生ビールを飲みながらウォームアップ。
モニターが小さすぎてS席からはよく見えないが、ストレートなR&Rは父親とは路線が異なるも、気持ち良い音を出すバンドだった。
時刻は19:30。
Bob Marleyの「Get Up, Stand Up」が大音量でかかると、場内ヒートアップ。
しかし、S席とは言え、1階のスタンド席。
アリーナはみんなプレミアムの30,000円払っているのだろうか。
肉眼ではステージ上の人物がよく見えない。
と、Andyのあの印象的なギターリフから「Message in a Bottle」で、場内大爆発。
最後まで息をつかせぬ約1時間45分はあっという間だった。
ずっと演奏しっぱなしでMCは全くなかったが、三人の演奏を体中で満喫できた。
Stingの声も衰えがみられない素晴らしさだった。
以前にストーンズとサザンのライブで東京ドームに言ったときは音響のひどさにがっかりしたが、今回は音が格段に良くなっていた。
スピーカーの設置位置の関係もあるのかもしれない。
世紀のイベントに参加出来て幸せな夜だった。
でも、ヨーロッパでは非常に入手こんなんなチケットなのに、A席には空席が目立ったのが残念。
以下本日のSet List(覚えているかぎり)
Message in a Bottle
Synchronicity II
Walking On The Moon
Voices Inside My Head
Don't Stand So Close To Me
Driven To Tears
Hole In My Life
Every Little Thing She Does Is Magic
Wrapped Around Your Finger
De Do Do Do De Da Da Da
Invisible Sun
Walking in Your Footsteps
Can't Stand Losing You ~ Reggatta de Blanc
Roxanne
(アンコール1)
King Of Pain
So Lonely
Every Breath You Take
(アンコール2)
Next To You
たくぞうさん、曲目のご指摘ありがとうございました。
2/13@東京ドームは「ウソみたい」の一言。

86年の「高校教師’86」で再結成かと思いきや、淡々と終了。
20年待たせて、やっと3人そろって姿を見せてくれた。
前座はStingの息子のバンド「Fiction Plane」。
ドームに到着するや、いきなり演奏開始。
しかし、19:30の本番まではゆっくりと生ビールを飲みながらウォームアップ。
モニターが小さすぎてS席からはよく見えないが、ストレートなR&Rは父親とは路線が異なるも、気持ち良い音を出すバンドだった。
時刻は19:30。
Bob Marleyの「Get Up, Stand Up」が大音量でかかると、場内ヒートアップ。
しかし、S席とは言え、1階のスタンド席。
アリーナはみんなプレミアムの30,000円払っているのだろうか。
肉眼ではステージ上の人物がよく見えない。
と、Andyのあの印象的なギターリフから「Message in a Bottle」で、場内大爆発。
最後まで息をつかせぬ約1時間45分はあっという間だった。
ずっと演奏しっぱなしでMCは全くなかったが、三人の演奏を体中で満喫できた。
Stingの声も衰えがみられない素晴らしさだった。
以前にストーンズとサザンのライブで東京ドームに言ったときは音響のひどさにがっかりしたが、今回は音が格段に良くなっていた。
スピーカーの設置位置の関係もあるのかもしれない。
世紀のイベントに参加出来て幸せな夜だった。
でも、ヨーロッパでは非常に入手こんなんなチケットなのに、A席には空席が目立ったのが残念。
以下本日のSet List(覚えているかぎり)
Message in a Bottle
Synchronicity II
Walking On The Moon
Voices Inside My Head
Don't Stand So Close To Me
Driven To Tears
Hole In My Life
Every Little Thing She Does Is Magic
Wrapped Around Your Finger
De Do Do Do De Da Da Da
Invisible Sun
Walking in Your Footsteps
Can't Stand Losing You ~ Reggatta de Blanc
Roxanne
(アンコール1)
King Of Pain
So Lonely
Every Breath You Take
(アンコール2)
Next To You
たくぞうさん、曲目のご指摘ありがとうございました。
この世の悩みがゼロになる / 小林正観
年齢を重ねると、経験を積んだ分だけ人生が楽になると思っていた。
実際は年を重ねるたびに悩みごとが増えて行くような気がする。
柔らかな心で、確実に以前よりも「幸せ」を感じる心が養われていることは疑いないのだが。
斉藤一人さんとともに我が家で絶大な人気を誇るのが小林正観さん。
今回読んだ正観さんの本は
「この世の悩みがゼロになる」。
この本も読むだけで心が晴れる有り難い話が盛りだくさん。
誤解しないで欲しい。
有り難いとは言っても、何か答えを授けてもらうのではない。
考え方のアドバイスをしてもらえるのだ。
しかも、答えはすべて自分の心の中にあることなので、解決するのは簡単。
「思い」を変えられるか否か。
思いが強ければ強いほど、その強さと同じ分だけ、痛みが自分の胸に刺さるようになっています。「思い」がなければ、どこにも、何も突き刺さりません。
「思い」がある人ほど、心が重い。
「ほかにもっと悪いことをしている人がたくさんいるのに、その人たちには何も起こらなくて、何も悪いことをしないで正しく生きてきた私にはなぜこんなことが起きるのか」という質問は、自分の運命を恨み、呪って、受け入れなかったことのストレスゆえのものだったのかもしれません。
自分が「正しく」生きてきたかどうかではなく、問題は「楽しく」生きてきたかどうかなのです。
最後に、北海道在住・出身の方なら知らない人はいないであろう、登別の温泉旅館、第一滝本館を発展させた「南外吉」について正観さんに教えていただいた。
南外吉は、空知川のたもとで水運会社を経営し巨万の富を築いていた。しかし、折からの台風のために倉庫も船も流され、無一文になる。
生活に困った外吉は、札幌の銭湯で銭湯の三助をすることになるも、銭湯が倒産のために再び失業。
今度は北見に300坪の土地を借り、大豆を作付けたところ大豊作。経営拡大のため全財産で3,000坪の土地を借りて作付けるも、今度は大雨のために逆に借金生活となる。
その後は、旅館に養子にやっていた息子を頼って、その旅館の下男をすることになる。外吉は苫小牧の駅前で旅館の案内のために、吹雪の日も一日も休まずに立って客を待っていた。
明治の初期、登別で二件の旅館を経営していた滝本夫婦は後継者がいないため、旅館を売りに出していた。
そこへ、登別森林軌道の社長が外吉に旅館を買い取ることを勧めた。社長は、毎日、吹雪の日でも駅に立ち尽くしている外吉の姿をずっと見ていた。
その社長が資金をすべて融資し、外吉は旅館を買い取り、30年間で客室5室から400室の温泉旅館へと育てた。
一つ目、空知川で船運をやっていた。
二つ目、公衆浴場に勤めていたけれども、それもダメになった。
三つ目、大豆の作付けをやったが大雨で全部ダメになった。
四つ目、旅館で釜焚き男をやっていた。五つ目その結果として温泉旅館を持たないかと言う話になった。
この四つを全部コントロールしているものがありますね。水の神様です。
・・・・・
このような話を知っているのと知らないのとでは、人生、全然違います。倒産するとかは関係ない。外吉がものすごく大きな足跡を残したというのは、旅館を5室から400室にしたことではなくて、どんなときでも愚痴を言ったことがないことです。そんなにひどい目に4度も遭ったのに、どうしていつもニコニコしていられたのか。外吉は「不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句」を言う人ではなかった、ということです。
・・・・・
時計の振り子があります。その振り子を9時の方向まで振りたいんです。すると、神様はどのようにするかと言うと、この振り子を3時の方に引っ張っていくんです。ずーっと引っ張っていって、3時のところで手を放すと、この振り子は9時までいきます。6時の位置にある振り子を5時のところまで引っ張っていったら、7時のところまでしかいきません。これが人間の苦労とか大変さとかを呼んでいるものです。

小林 正観
この世の悩みがゼロになる
実際は年を重ねるたびに悩みごとが増えて行くような気がする。
柔らかな心で、確実に以前よりも「幸せ」を感じる心が養われていることは疑いないのだが。
斉藤一人さんとともに我が家で絶大な人気を誇るのが小林正観さん。
今回読んだ正観さんの本は
「この世の悩みがゼロになる」。
この本も読むだけで心が晴れる有り難い話が盛りだくさん。
誤解しないで欲しい。
有り難いとは言っても、何か答えを授けてもらうのではない。
考え方のアドバイスをしてもらえるのだ。
しかも、答えはすべて自分の心の中にあることなので、解決するのは簡単。
「思い」を変えられるか否か。
思いが強ければ強いほど、その強さと同じ分だけ、痛みが自分の胸に刺さるようになっています。「思い」がなければ、どこにも、何も突き刺さりません。
「思い」がある人ほど、心が重い。
「ほかにもっと悪いことをしている人がたくさんいるのに、その人たちには何も起こらなくて、何も悪いことをしないで正しく生きてきた私にはなぜこんなことが起きるのか」という質問は、自分の運命を恨み、呪って、受け入れなかったことのストレスゆえのものだったのかもしれません。
自分が「正しく」生きてきたかどうかではなく、問題は「楽しく」生きてきたかどうかなのです。
最後に、北海道在住・出身の方なら知らない人はいないであろう、登別の温泉旅館、第一滝本館を発展させた「南外吉」について正観さんに教えていただいた。
南外吉は、空知川のたもとで水運会社を経営し巨万の富を築いていた。しかし、折からの台風のために倉庫も船も流され、無一文になる。
生活に困った外吉は、札幌の銭湯で銭湯の三助をすることになるも、銭湯が倒産のために再び失業。
今度は北見に300坪の土地を借り、大豆を作付けたところ大豊作。経営拡大のため全財産で3,000坪の土地を借りて作付けるも、今度は大雨のために逆に借金生活となる。
その後は、旅館に養子にやっていた息子を頼って、その旅館の下男をすることになる。外吉は苫小牧の駅前で旅館の案内のために、吹雪の日も一日も休まずに立って客を待っていた。
明治の初期、登別で二件の旅館を経営していた滝本夫婦は後継者がいないため、旅館を売りに出していた。
そこへ、登別森林軌道の社長が外吉に旅館を買い取ることを勧めた。社長は、毎日、吹雪の日でも駅に立ち尽くしている外吉の姿をずっと見ていた。
その社長が資金をすべて融資し、外吉は旅館を買い取り、30年間で客室5室から400室の温泉旅館へと育てた。
一つ目、空知川で船運をやっていた。
二つ目、公衆浴場に勤めていたけれども、それもダメになった。
三つ目、大豆の作付けをやったが大雨で全部ダメになった。
四つ目、旅館で釜焚き男をやっていた。五つ目その結果として温泉旅館を持たないかと言う話になった。
この四つを全部コントロールしているものがありますね。水の神様です。
・・・・・
このような話を知っているのと知らないのとでは、人生、全然違います。倒産するとかは関係ない。外吉がものすごく大きな足跡を残したというのは、旅館を5室から400室にしたことではなくて、どんなときでも愚痴を言ったことがないことです。そんなにひどい目に4度も遭ったのに、どうしていつもニコニコしていられたのか。外吉は「不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句」を言う人ではなかった、ということです。
・・・・・
時計の振り子があります。その振り子を9時の方向まで振りたいんです。すると、神様はどのようにするかと言うと、この振り子を3時の方に引っ張っていくんです。ずーっと引っ張っていって、3時のところで手を放すと、この振り子は9時までいきます。6時の位置にある振り子を5時のところまで引っ張っていったら、7時のところまでしかいきません。これが人間の苦労とか大変さとかを呼んでいるものです。

小林 正観
この世の悩みがゼロになる
なぜ占い師は信用されるのか / 石井裕之
入社したての頃。
バブルも終わりに近き頃。
酔った勢いで、3,000 円を払って街角の手相占い師に、仕事について見てもらったことがある。
随分昔のことなので詳しくは覚えていないが、確か転職も視野に入れて仕事をしなさい、と言われた記憶がある。
しかし、酔いながらも、なんとも「うさんくさい」感じは拭えず、
それ以来一度も占ってもらったことはない。
今回、この本を読んであの「うさんくささ」の理由がよくわかった。
あの占い師は、コールドリーディングを使っていたと断言出来る。
そもそも、すべての悩みは
・人間関係
・お金(豊かさ全般)
・夢(目標)
・健康
にカテゴライズされる、というこの単純な驚き。
確かに、自分のこれまでの苦悩を思い出すと、この中のどれかに当てはまっている。
インチキ占い師は、話をしながら悩みを絞り込んでいき、あたかも自分が知っていたかのように事象をならべることができる。
すべてはテクニックなのだ。
占い師全体を否定するわけではないが、占い好きの方はこの本を読めば、占い師が本物か否かがすぐわかる。

石井 裕之
なぜ、占い師は信用されるのか? 「コールドリーディング」のすべて
バブルも終わりに近き頃。
酔った勢いで、3,000 円を払って街角の手相占い師に、仕事について見てもらったことがある。
随分昔のことなので詳しくは覚えていないが、確か転職も視野に入れて仕事をしなさい、と言われた記憶がある。
しかし、酔いながらも、なんとも「うさんくさい」感じは拭えず、
それ以来一度も占ってもらったことはない。
今回、この本を読んであの「うさんくささ」の理由がよくわかった。
あの占い師は、コールドリーディングを使っていたと断言出来る。
そもそも、すべての悩みは
・人間関係
・お金(豊かさ全般)
・夢(目標)
・健康
にカテゴライズされる、というこの単純な驚き。
確かに、自分のこれまでの苦悩を思い出すと、この中のどれかに当てはまっている。
インチキ占い師は、話をしながら悩みを絞り込んでいき、あたかも自分が知っていたかのように事象をならべることができる。
すべてはテクニックなのだ。
占い師全体を否定するわけではないが、占い好きの方はこの本を読めば、占い師が本物か否かがすぐわかる。

石井 裕之
なぜ、占い師は信用されるのか? 「コールドリーディング」のすべて
親の品格 / 坂東眞理子
「女性の品格」が基本的なマナー集だったこともあり、この方のこの類いの本はもう読まなくても良いと思ったのだが、「女性の品格」と同時に購入してしまったため、さらっと読み進める。
この本も、おそらくお子さんのいらっしゃる方は、みなさん育児書を何冊も読んでいるであろうし、わざわざ読む必要はない。
「悪口を言わない」
「挨拶から始めよう」
「自信を持たせよう」
買ってしまって言うのもなんだが、この本も常識の範疇を超えない。
親の「品格」とはなんだろう。
親の威厳ならわかる。
人間としての品格も理解出来る。
が、親の品格とは果たして何なのだろう。
品格という言葉がおかしくなっている。

坂東 眞理子
親の品格 (PHP新書 495)
この本も、おそらくお子さんのいらっしゃる方は、みなさん育児書を何冊も読んでいるであろうし、わざわざ読む必要はない。
「悪口を言わない」
「挨拶から始めよう」
「自信を持たせよう」
買ってしまって言うのもなんだが、この本も常識の範疇を超えない。
親の「品格」とはなんだろう。
親の威厳ならわかる。
人間としての品格も理解出来る。
が、親の品格とは果たして何なのだろう。
品格という言葉がおかしくなっている。

坂東 眞理子
親の品格 (PHP新書 495)
女性の品格 / 坂東眞理子
昨年の売り上げ第1位と聞いて遅まきながら読んでみた。
まず本の後ろから見てみると、また驚く。
初版は2006年10月3日となっている。
なんと一年以上も前に発売されて、ずっと売れ続けている。
私のように、とりあえず話題のために読んでみる人もいるだろう。
しかし、基本的には「品格」に惹かれて読む人が多いのだろう。
世の中はそれほど女性の「品格」対して興味が高いのだろうか。
それとも「品格」を高めるべく、向上心の強い方が多いのだろうか。
とりあえず通読してみたが、なぜこれがベストセラーになるのか全くわからない。
内容は世間の常識が網羅されているに過ぎない。
まさか、こんなことを教えていただかなければならないほど世間は乱れているのだろうか。
「花の名前を覚えよう」
「無料のものはもらわない」
などは、確かに「品」につながるかもしれない。
「品格バブル」と言う言葉が頭に浮かんだ。

坂東 眞理子
女性の品格 (PHP新書)
まず本の後ろから見てみると、また驚く。
初版は2006年10月3日となっている。
なんと一年以上も前に発売されて、ずっと売れ続けている。
私のように、とりあえず話題のために読んでみる人もいるだろう。
しかし、基本的には「品格」に惹かれて読む人が多いのだろう。
世の中はそれほど女性の「品格」対して興味が高いのだろうか。
それとも「品格」を高めるべく、向上心の強い方が多いのだろうか。
とりあえず通読してみたが、なぜこれがベストセラーになるのか全くわからない。
内容は世間の常識が網羅されているに過ぎない。
まさか、こんなことを教えていただかなければならないほど世間は乱れているのだろうか。
「花の名前を覚えよう」
「無料のものはもらわない」
などは、確かに「品」につながるかもしれない。
「品格バブル」と言う言葉が頭に浮かんだ。

坂東 眞理子
女性の品格 (PHP新書)
木のいのち木のこころ (2)/ 西岡常一、小川三夫、塩野米松
前回に続いて「木のいのち木のこころ」
代々伝わる口伝に忠実に従い、宮大工としてのプライドを保ちつつ法隆寺を守り通してきた西岡常一師匠。
その生活の厳しさから、自分の子供も跡継ぎにはしなかった。
しかし、たった一人だけ弟子をとった。
その人が小川三夫。
栃木の進学校に籍を置き、修学旅行で訪れた法隆寺の五重塔に心を奪われる。
みんなと同じ進学ではなく、1300年間もびくともしない建物を造る職人の技術を受け継ぎたい。
卒業間際の小川は、つてもなく奈良県庁を訪れ、宮大工を紹介してもらう。
それが師匠となる西岡常一だった。
しかし、仕事がないと追い返される。
彼は仏壇屋、家具屋、図面引きの勉強をしながらひたすら待った。
そして3年後、法輪寺の三重塔の再建の仕事でやっと弟子入りがかなう。
弟子入りして最初にいわれた言葉が「道具を見せてみい」。
そして、小川の道具を見てポイと捨てる。
そして「納屋を掃除しておき」。
これは、納屋には自分の道具が置いてあるから、それを良く見ておけ、ということだった。
そんな、直伝の技を吸収しつつ、徐々に一人前になっていった小川は、薬師寺にかかりきりの西岡の代わりに、中断していた法輪寺三重塔の棟梁を26歳で任される。
2年後に塔は完成した。
塔の回りの素屋根をはずしていく。
一番上がはずされ、相輪が見えた。
三重の屋根が現れたとき、小川は真っ青になる。
屋根が大きく傾いて空に向かって反り返っていた。
これは腹を切ってお詫びしなければならないと小川は思った。
しかし、二重、初重が現れたとき、反り返っているように見えたのが錯覚だったとわかる。
この始めての仕事は、今でも反り返っている屋根の夢を見ると言う。
その後小川は西岡に弟子入りしたまま、宮大工を「食える」職業にすべく、鵤(いかるが)工舎を作る。
日本全国、請われれば出向いて自社を作る宮大工養成所である。
弟子を持つようになり、自分と同じように同じ釜の飯を食いながら育てる小川はこう言う。
「個性なんてものがなければ、誰にでも同じ方法で教えてやれるけど、人は木と同じでそれぞれ癖があるんだ。それを無視したらだめになってしまう。癖を生かすように、それを伸ばしてやるのが教える側の勤めや。」
「いまの時代は何でも早くやりたがり、究極の目的を儲けることに置いているから、このように時間をかけてものを教えたり、教わったりすることはなかなかできにくいわ。人間はみな不揃いなんだ。そのことを忘れているから教育が問題になるんやないか。」

西岡 常一, 小川 三夫, 塩野 米松
木のいのち木のこころ―天・地・人 (新潮文庫)
代々伝わる口伝に忠実に従い、宮大工としてのプライドを保ちつつ法隆寺を守り通してきた西岡常一師匠。
その生活の厳しさから、自分の子供も跡継ぎにはしなかった。
しかし、たった一人だけ弟子をとった。
その人が小川三夫。
栃木の進学校に籍を置き、修学旅行で訪れた法隆寺の五重塔に心を奪われる。
みんなと同じ進学ではなく、1300年間もびくともしない建物を造る職人の技術を受け継ぎたい。
卒業間際の小川は、つてもなく奈良県庁を訪れ、宮大工を紹介してもらう。
それが師匠となる西岡常一だった。
しかし、仕事がないと追い返される。
彼は仏壇屋、家具屋、図面引きの勉強をしながらひたすら待った。
そして3年後、法輪寺の三重塔の再建の仕事でやっと弟子入りがかなう。
弟子入りして最初にいわれた言葉が「道具を見せてみい」。
そして、小川の道具を見てポイと捨てる。
そして「納屋を掃除しておき」。
これは、納屋には自分の道具が置いてあるから、それを良く見ておけ、ということだった。
そんな、直伝の技を吸収しつつ、徐々に一人前になっていった小川は、薬師寺にかかりきりの西岡の代わりに、中断していた法輪寺三重塔の棟梁を26歳で任される。
2年後に塔は完成した。
塔の回りの素屋根をはずしていく。
一番上がはずされ、相輪が見えた。
三重の屋根が現れたとき、小川は真っ青になる。
屋根が大きく傾いて空に向かって反り返っていた。
これは腹を切ってお詫びしなければならないと小川は思った。
しかし、二重、初重が現れたとき、反り返っているように見えたのが錯覚だったとわかる。
この始めての仕事は、今でも反り返っている屋根の夢を見ると言う。
その後小川は西岡に弟子入りしたまま、宮大工を「食える」職業にすべく、鵤(いかるが)工舎を作る。
日本全国、請われれば出向いて自社を作る宮大工養成所である。
弟子を持つようになり、自分と同じように同じ釜の飯を食いながら育てる小川はこう言う。
「個性なんてものがなければ、誰にでも同じ方法で教えてやれるけど、人は木と同じでそれぞれ癖があるんだ。それを無視したらだめになってしまう。癖を生かすように、それを伸ばしてやるのが教える側の勤めや。」
「いまの時代は何でも早くやりたがり、究極の目的を儲けることに置いているから、このように時間をかけてものを教えたり、教わったりすることはなかなかできにくいわ。人間はみな不揃いなんだ。そのことを忘れているから教育が問題になるんやないか。」

西岡 常一, 小川 三夫, 塩野 米松
木のいのち木のこころ―天・地・人 (新潮文庫)
木のいのち木のこころ / 西岡常一、小川三夫、塩野米松
宮大工。
寺社仏閣を専門に建築、修繕を行う職人だが、昔は寺ごとに材木屋、瓦屋、左官屋などの職人がいた。
しかし、明治維新の廃仏毀釈によって仕事がなくなった職人たちは一人また一人と寺を離れ、昔ながらの宮大工もほとんどいなくなってしまった。
しかし、たった一人、法隆寺の宮大工としてありつづけた職人がいた。
西岡常一。(1995年没)
愚直なまでに昔からの教え(口伝)を守り、どんなに生活が苦しくても寺以外の仕事は受けなかった。
そのため暮らしは厳しく、跡継ぎとなる子供たちはほかの仕事を見つけることになった。
そんな西松氏が生前に語った宮大工の仕事は、人生に通じる奥深いものだ。
宮大工の仕事で大事なことは、まず樹の性質を見抜くこと。
木にも性質があり、山の南側の木は細く強いが、北側は太く柔らかい。左にねじれている木は、右にねじれている木と組み合わせればうまくいく。
しかし、現在では全て材木屋まかせだが、きれいに機械で製材した木でも後からその木のくせは出てくると言う。
後々くせが出ないようにするにはどうしたら良いか?
効率主義の世の中は「合板」を作り出して、木の性質、個性をなくしてしまった。
西岡は言う
「癖というのはなにも悪いもんやない、使い方なんです。癖のあるものを使うのはやっかいなもんですけど、うまく使ったらその方がいいということもありますのや。人間と同じですわ。癖の強いやつほど命も強いという感じですな。癖のない素直な木は弱い。耐用年数も短いですな。」
宮大工の技術は、徒弟制度によって伝承されていく。
住み込みで働いて、寝食を共にし、まずは刃物研ぎから修行が始まる。
この刃物研ぎは早くて一年。たいていはものになるまで二、三年はかかる。
しかし、手取り足取りするわけではない。
師匠は考えや想像力が膨らむようなことをポツリと呟く。
その一言が何かの拍子に理解出来たとき、そこからの上達は驚くほど早くなると言う。
「ものや技術は教われるものやおまへんのや。その人が覚えたいと思って、やる気にさせて、個性に合わせて伸びるように助けてやるんですな。」

西岡 常一, 小川 三夫, 塩野 米松
木のいのち木のこころ―天・地・人 (新潮文庫)
寺社仏閣を専門に建築、修繕を行う職人だが、昔は寺ごとに材木屋、瓦屋、左官屋などの職人がいた。
しかし、明治維新の廃仏毀釈によって仕事がなくなった職人たちは一人また一人と寺を離れ、昔ながらの宮大工もほとんどいなくなってしまった。
しかし、たった一人、法隆寺の宮大工としてありつづけた職人がいた。
西岡常一。(1995年没)
愚直なまでに昔からの教え(口伝)を守り、どんなに生活が苦しくても寺以外の仕事は受けなかった。
そのため暮らしは厳しく、跡継ぎとなる子供たちはほかの仕事を見つけることになった。
そんな西松氏が生前に語った宮大工の仕事は、人生に通じる奥深いものだ。
宮大工の仕事で大事なことは、まず樹の性質を見抜くこと。
木にも性質があり、山の南側の木は細く強いが、北側は太く柔らかい。左にねじれている木は、右にねじれている木と組み合わせればうまくいく。
しかし、現在では全て材木屋まかせだが、きれいに機械で製材した木でも後からその木のくせは出てくると言う。
後々くせが出ないようにするにはどうしたら良いか?
効率主義の世の中は「合板」を作り出して、木の性質、個性をなくしてしまった。
西岡は言う
「癖というのはなにも悪いもんやない、使い方なんです。癖のあるものを使うのはやっかいなもんですけど、うまく使ったらその方がいいということもありますのや。人間と同じですわ。癖の強いやつほど命も強いという感じですな。癖のない素直な木は弱い。耐用年数も短いですな。」
宮大工の技術は、徒弟制度によって伝承されていく。
住み込みで働いて、寝食を共にし、まずは刃物研ぎから修行が始まる。
この刃物研ぎは早くて一年。たいていはものになるまで二、三年はかかる。
しかし、手取り足取りするわけではない。
師匠は考えや想像力が膨らむようなことをポツリと呟く。
その一言が何かの拍子に理解出来たとき、そこからの上達は驚くほど早くなると言う。
「ものや技術は教われるものやおまへんのや。その人が覚えたいと思って、やる気にさせて、個性に合わせて伸びるように助けてやるんですな。」

西岡 常一, 小川 三夫, 塩野 米松
木のいのち木のこころ―天・地・人 (新潮文庫)
