この世の悩みがゼロになる / 小林正観 | [A] Across The Universe

この世の悩みがゼロになる / 小林正観

年齢を重ねると、経験を積んだ分だけ人生が楽になると思っていた。
実際は年を重ねるたびに悩みごとが増えて行くような気がする。

柔らかな心で、確実に以前よりも「幸せ」を感じる心が養われていることは疑いないのだが。

斉藤一人さんとともに我が家で絶大な人気を誇るのが小林正観さん。

今回読んだ正観さんの本は
「この世の悩みがゼロになる」。

この本も読むだけで心が晴れる有り難い話が盛りだくさん。

誤解しないで欲しい。
有り難いとは言っても、何か答えを授けてもらうのではない。
考え方のアドバイスをしてもらえるのだ。
しかも、答えはすべて自分の心の中にあることなので、解決するのは簡単。
「思い」を変えられるか否か。



思いが強ければ強いほど、その強さと同じ分だけ、痛みが自分の胸に刺さるようになっています。「思い」がなければ、どこにも、何も突き刺さりません。
「思い」がある人ほど、心が重い。



「ほかにもっと悪いことをしている人がたくさんいるのに、その人たちには何も起こらなくて、何も悪いことをしないで正しく生きてきた私にはなぜこんなことが起きるのか」という質問は、自分の運命を恨み、呪って、受け入れなかったことのストレスゆえのものだったのかもしれません。
自分が「正しく」生きてきたかどうかではなく、問題は「楽しく」生きてきたかどうかなのです。




最後に、北海道在住・出身の方なら知らない人はいないであろう、登別の温泉旅館、第一滝本館を発展させた「南外吉」について正観さんに教えていただいた。


南外吉は、空知川のたもとで水運会社を経営し巨万の富を築いていた。しかし、折からの台風のために倉庫も船も流され、無一文になる。
生活に困った外吉は、札幌の銭湯で銭湯の三助をすることになるも、銭湯が倒産のために再び失業。
今度は北見に300坪の土地を借り、大豆を作付けたところ大豊作。経営拡大のため全財産で3,000坪の土地を借りて作付けるも、今度は大雨のために逆に借金生活となる。
その後は、旅館に養子にやっていた息子を頼って、その旅館の下男をすることになる。外吉は苫小牧の駅前で旅館の案内のために、吹雪の日も一日も休まずに立って客を待っていた。
明治の初期、登別で二件の旅館を経営していた滝本夫婦は後継者がいないため、旅館を売りに出していた。
そこへ、登別森林軌道の社長が外吉に旅館を買い取ることを勧めた。社長は、毎日、吹雪の日でも駅に立ち尽くしている外吉の姿をずっと見ていた。
その社長が資金をすべて融資し、外吉は旅館を買い取り、30年間で客室5室から400室の温泉旅館へと育てた。

一つ目、空知川で船運をやっていた。
二つ目、公衆浴場に勤めていたけれども、それもダメになった。
三つ目、大豆の作付けをやったが大雨で全部ダメになった。
四つ目、旅館で釜焚き男をやっていた。五つ目その結果として温泉旅館を持たないかと言う話になった。
この四つを全部コントロールしているものがありますね。水の神様です。

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このような話を知っているのと知らないのとでは、人生、全然違います。倒産するとかは関係ない。外吉がものすごく大きな足跡を残したというのは、旅館を5室から400室にしたことではなくて、どんなときでも愚痴を言ったことがないことです。そんなにひどい目に4度も遭ったのに、どうしていつもニコニコしていられたのか。外吉は「不平不満、愚痴、泣き言、悪口、文句」を言う人ではなかった、ということです。

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時計の振り子があります。その振り子を9時の方向まで振りたいんです。すると、神様はどのようにするかと言うと、この振り子を3時の方に引っ張っていくんです。ずーっと引っ張っていって、3時のところで手を放すと、この振り子は9時までいきます。6時の位置にある振り子を5時のところまで引っ張っていったら、7時のところまでしかいきません。これが人間の苦労とか大変さとかを呼んでいるものです。










小林 正観
この世の悩みがゼロになる