日々、新生
昨日は2月度致知読者の集いだった。
先月の桜井先生の講演会を拝聴して以来、俄然致知の講演会に出席する意欲が出てきた。
これまでは興味があっても、最後の一歩に踏み切れていなかったが、これからはできるかぎり毎月出席したいと考えている。
本日の講師は托鉢者、石川洋先生。
下坐に生きてこられた先生のお話を伺おうと、200人を超える読者で部屋は熱気が溢れていた。
出席者の中で間違いなく、自分は年齢が一番若いようだったが、皆さん真剣に先生のはなしに耳を傾けられていた。
石川先生は先日78歳の誕生日を迎えられたばかり。
しかも、講演前の午前中には2時間の透析を受けてこられたそうだ。
「普通であれば疲れてここには立てないが、偉大なる何かの力によってここに立たせてもらっている」とおっしゃる先生の言葉は、力強く、一言一言が心に響き渡るものだった。
先生の元には多くの相談者が訪れる。
多くの悩み、苦しみを抱えてすがる思いで先生に相談する。
相談者は口々に「死にたい」と先生に言うのだそうだ。
先生はそんな方々に向かって
「死にたいのではなく、死ぬほどの苦しみを持っているんでしょ」
とおっしゃるそうである。
そして
「本当は生きたんでしょ」
と聞くのだそうだ。
すると、若者から90を超えるおばあさんまで、皆一様にボロボロと泣くという。
みんな本当は生きたいんだ。
だから、「死ぬ覚悟ではなく、生きている間は生きる覚悟で生かしていただく」
ことが大切だ、と言うお話をされていた。
また、
「手伝ってくれる人はいても、寂しさを救ってくれる人はいない」
というお言葉も印象に残っている。
その寂しさに耐えるためには
「生きとし生けるものは全て寂しい。そのことに気づくかどうか」
が重要だとおっしゃっていた。
まだまだ盛りだくさん。
1時間半の予定が2時間たっぷりお話しいただき、手帳はメモで真っ黒になった。
帰りの電車で読み返し、こうしてまた今読み返して復習している。
素晴らしいお話、素晴らしいお時間をありがとうございました。
講演の後、ホワイトボードを自ら綺麗にお消しになっている石川先生のお姿を見て、いつも自ら黒板をきれいにされていたという修身教授録の森信三先生が重なりました。
先月の桜井先生の講演会を拝聴して以来、俄然致知の講演会に出席する意欲が出てきた。
これまでは興味があっても、最後の一歩に踏み切れていなかったが、これからはできるかぎり毎月出席したいと考えている。
本日の講師は托鉢者、石川洋先生。
下坐に生きてこられた先生のお話を伺おうと、200人を超える読者で部屋は熱気が溢れていた。
出席者の中で間違いなく、自分は年齢が一番若いようだったが、皆さん真剣に先生のはなしに耳を傾けられていた。
石川先生は先日78歳の誕生日を迎えられたばかり。
しかも、講演前の午前中には2時間の透析を受けてこられたそうだ。
「普通であれば疲れてここには立てないが、偉大なる何かの力によってここに立たせてもらっている」とおっしゃる先生の言葉は、力強く、一言一言が心に響き渡るものだった。
先生の元には多くの相談者が訪れる。
多くの悩み、苦しみを抱えてすがる思いで先生に相談する。
相談者は口々に「死にたい」と先生に言うのだそうだ。
先生はそんな方々に向かって
「死にたいのではなく、死ぬほどの苦しみを持っているんでしょ」
とおっしゃるそうである。
そして
「本当は生きたんでしょ」
と聞くのだそうだ。
すると、若者から90を超えるおばあさんまで、皆一様にボロボロと泣くという。
みんな本当は生きたいんだ。
だから、「死ぬ覚悟ではなく、生きている間は生きる覚悟で生かしていただく」
ことが大切だ、と言うお話をされていた。
また、
「手伝ってくれる人はいても、寂しさを救ってくれる人はいない」
というお言葉も印象に残っている。
その寂しさに耐えるためには
「生きとし生けるものは全て寂しい。そのことに気づくかどうか」
が重要だとおっしゃっていた。
まだまだ盛りだくさん。
1時間半の予定が2時間たっぷりお話しいただき、手帳はメモで真っ黒になった。
帰りの電車で読み返し、こうしてまた今読み返して復習している。
素晴らしいお話、素晴らしいお時間をありがとうございました。
講演の後、ホワイトボードを自ら綺麗にお消しになっている石川先生のお姿を見て、いつも自ら黒板をきれいにされていたという修身教授録の森信三先生が重なりました。