知恵を求める人のためのブログです。

思いつくままに。
前回は6月2日に投稿しました。

初めに、近況から。
落花生、サツマイモ、14本の果樹、南天・シャクヤク・クチナシ・バラすべてが順調です。
この先も油断なく世話をしたいと思っています。

ビワが沢山なり、袋を掛けたビワは奇麗で甘みが強いです。
今年は獣の被害には全く遭いませんでした。
不思議なことに、昨年、柿の食べ残しを置いておくと翌日にはすっかりなくなっていたのに、
ビワの実が沢山落ちているのに鳥も獣も食べに来ません。
ビワが嫌いなのでしょうか?
ビワは、昨年は袋を掛けていても全部食べられてしまったのに、不思議です、分かりません。

ただ、ムクドリのような小鳥が樹になっている熟した実を食べているところは見かけました。
それ以外は、今年流行りの「カメムシ」が沢山います。
傷んでいる実に寄ってたかっています。
見つけ次第「踏みつぶしています」
臭いますが、屋外ですから問題はありません。
殆どがまだ小さく緑色をしていました。
成虫は黒っぽいですがビワについているカメムシは小さく緑色をした、おそらく生まれたばかりのカメムシだと考えられます。
畑の周りに松の木の大木が9本ほどあります。
カメムシは松の木にも卵を産み、落ち葉で越冬し6月ごろに果実の樹に飛来してくるようです。
ビワの葉に卵を産み付けた訳ではなさそうです。
来年は殺虫剤などを散布する必要があるようです。

皮と種を取りミキサーに掛けジュースにし、それを一度煮沸し灰汁を取って冷ましたものを果肉入りジュースのようにして飲んでもいます、美味しいです。
砂糖もしくはレモン汁を入れると変色しませんのでいつまでも美味しく飲めます。
多分、早く飲んでしまわないと常温では直ぐにカビが生えそうな気がします。
我が家では冷蔵庫に入れていますが2-3日で無くなります。

すべて私が飲んでいます。
一度に50個位ですからそれ程の量にはなりません。
それ以上になると皮をむくのが大変なのです。

柿の実も順調に育っています、秋が楽しみです。
昨年は沢山食べ、兄姉にも送ることが出来ましたが今年も出来そうです。
柿の樹は「頭が良い」と思いました。
なぜなら、自分で育てきれない実は自分から落とすからです。

普通は人間が摘果して実を大きくするものですが、
柿はそれを樹が自ら行うのです。
ですから、柿の実に大きさの違いは余りありません。
殆どは同じ大きさです。
今までは、何気なく見ていました。

不思議な樹です。

ビワは人間が摘果しないと実が小さくなってしまいます。
摘果しないと一つの房に沢山実を付けますが小さいですし美味しくないです。

今年の秋ごろから本格的に沢山の作物を作りたいと考えています。

野菜が高騰している昨今自分で育てることは食生活の安定に繋がります。

今年はジャガイモを作りませんでしたが、
畑を貸してくれている人が、お裾分けしてくれると言ってくれました。
私自身は、今は余り食べませんが(好きなので食べ過ぎてしまいお腹が出てしまうので)家族は喜びます。

実は、ビワの実を獣に食べられる「危機一髪」でした。
6月6日朝畑に行くと私が通る道筋に「これ見よがし」に獣がビワを食べ種をそのまま出した糞をしていました。
以前は、
ため池として掘った穴にしていたのですが、奇麗に草を刈った後は見かけていませんでした。
それがこの日に突然現れたのです。
おそらく、イタチだと思います。
以前、うろついているの見かけたことがあります。

キジやカラスは食べるといっても僅かです。
ただ、キジは新芽を食べるの厄介です。
特に、大豆などの新芽が好物です。
キジもカラスも虫などを食べているものと思っていましたが、違いました。
カラスは落花生が好物です。
柔らかいものは、おそらく、食べにくいのだと思いますが、熟した柿をわざと畑に捨てたら目の前で食わえて持って行ってしまいました。

何年かして他の果実の実がなった時のことを考えると今から対策を練っておく必要があると感じています。

柿は樹に生っている状態では殆ど食べません。
獣は私が食べ残したものしか食べません。
カラスもそうです。
獣はビワなどの甘い匂いを出すものを食べますが、柿のように余程熟れないと甘い臭いを出さないものは食べません。

ですから、ミカンなどは殆ど獣の被害はなく、モモやイチジクなどは必ず被害に遭います。

関東も遅い梅雨入りしましたが、晴れ間を縫って、昨日、やっと落花生の黒マルチを取り除き、土寄せ、追肥と石灰を混ぜ中耕しました。
雨が続きすこしぬかるんでいましたが落花生に花が咲き始めたので悠長にはできないからです。

 

サツマイモは手が掛からず順調に育っています。

良い作物です。

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さて、本題ですが、
誰しもが思うことですが、
物事を成功させる秘訣はなんでしょうか?

物事を成功させたいというのは、
簡単に言えば、自分の思うような結果を出したい、残したいということです。

しかし、反面、誰しもが物事は自分の思うようには成らないということを知っています。

それだけ社会が複雑で簡単には行かないということです。
欲しいものをスーパーやデパートなどで買うという訳には行かないからです。

人の望みは千差万別ですから、その望みを叶える方法や手段も人により異なります。
お金持ちの家庭もあればそうでない家庭もあります。
自分の収入が多い人もいれば少ない人もいます。
家族を養うために自分が使えるお金が少ない人もいます。
ローンを抱えている人もいます。

お金だけではなく、個人の能力や技術によるものもあります。

中学、高校、大学などの進学と国家試験などはそれぞれの範囲の中でどれだけ覚えているかで決まるものです。
数学のように工夫が必要な科目や作文など自分の考えや表現の仕方などは出来るだけ沢山練習し経験を積むことで上達するものです。
面接も沢山練習することで、実際の面接の時にそれ程緊張しないものです。
緊張するのは何を聞かれるのか、どう答えようかなどと不安になるからで、何を質問されても良いように準備して置けば、好印象を与える余裕も生まれるというものです。

運転免許など資格試験は簡単に言えば「慣れること」です。
するべき動作のすべてを頭と体で覚え、状況に応じて適切に操作出来れば良いのです。
取得するための時間が限られてはいますが焦る必要はありません。
一つひとつ確実に覚えて行けば殆どの人は取得出来ます。

この他に人間関係や恋愛、結婚した後の夫婦関係の在り方、子供を設けるか否か、子育ての仕方、マイホームをどうするか、スポーツで上手くなりたい、スポーツ選手になりたい、プロ選手になりたい、大学院で研究したい、研究者になりたい、外国語に堪能になりたい、楽器を上手に弾きたい、
アナウンサーになりたい、DJになりたい、歌手になりたい、
まだまだ他に沢山あります。

しかし、
すべてにおいて成功するための法則は、つまり、考えや行うことに関する方程式、つまり、理念や理屈は皆同じなのです。

従って、何事に於いても成功したい人は、原因と結果という理論を理解している必要があります。
簡単に言えば、○○すれば××になるということを理解しそれを実行するだけなのです。

おそらく、こうしたことは、誰でも深く考えなくても直感的に分かっています。
人生経験が少ない若者でも頭では分かっているのです。

いろんな人生を経験している人は、こうしたことに対する意識は常に持っているものです。
逆に、それが強すぎると、新しいことや変化が出来なくなってしまいます。

単に「そういうことは当たり前」だと知っているだけでは不十分なのです。

物事は原因と結果で成り立っていることは誰でもが知っています。
仏教用語で「因果応報」という言葉がありますが、正にその通りなのです。
聖書でも、人間の活動に関しては基本的に同じ考えです。

何かを成し遂げたければ、「その行い」が重要な要素となることは誰でも分かります。
しかし、
何にせよ「ある事柄が生じる=結果」には必ず原因があるのです。

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私は20歳ごろに「人生には方程式がある」と考えたものです。
つまり、
こうすれば○○になるという法則が存在することに既に気が付いていました。

善いことでも悪いことでもこの「法則」が成り立つことを理解していました。
その法則に基づいて生きて来て今があります。

物事の成功とは
出世したり有名人になったり大金持ちになったり有名大学を卒業したり社長になったり政治家になったり、
ということだけではありません。

人には分相応というものがあります。
人と比べてではなく、自分に適した人生を送ることが「成功」なのです。

それがすべて善いことだけとは限りません。
中には、人を騙すことに天才的な人もいるからです。

こういう人でも、成功の秘訣、法則というものを持っているのです。
普通の人と違うのは、遵法精神があるか否かだけだと思います。

ギフテッド、サイコパス、カメラアイ、サバン症候群と言った特殊能力の持ち主もいます。
サイコパス以外は犯罪には関わりません。

しかし、サイコパスの人は「人を見分ける能力に長けている」のです。
サイコパスは精神病質者と言われ、悪く見られがちですが、
その人を見ただけで「性的異常者か否か」を即座に判断できる人もいるのです。
これには当人しか分からない「理屈」を持っているのです。
実は、犯人捜しにサイコパスの人を用いている国もあるのです。
ただし、捜査官はその裏付けとなる証拠を見つけなければなりませんが。

現実には、
すべての人は何らかのサイコパス性を持っているとさえ言われていますから、あながち他人事ではないのです。

人は、その人を見ただけで直感的に分かることがあるものです。
その直観が良い印象であれば、その人に好意を持つのです。
ただし、普通の人は「見かけに騙されやすい」ので、自分の印象が「思い込み」であることの方が多いものですが。

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法律は人の行動を規制したり制限するものです。
しかし、これを「無視すると、可能性は格段に広がる」ことも事実です。

今の若者は、自分のやりたいこと、可能性を見出すために「法を無視する」ということが横行しています。
つまり、善悪を余り考えずに、自分のしたいことをするという気持ちが強く、他人のことを配慮するという道徳観念が薄れているのです。

この逆、つまり、誰かに嫌なことをされると、いわゆる「逆ギレ」をするという態度を取る傾向にあります。
これは暴力的な「漫画やドラマや映画」の影響だと考えています。

普通は嫌なことは他人にもしないものです。

したがって、犯罪者にならず人間らしく自分の思うように生きるには
道徳心を身に付け人生の方程式を理解しそれを実行する必要があります。
悪を決して行わないことです。
法律違反は勿論のこと人間関係に於いても自分自身に対してもです。

一例として、
我の強い人、短気な人、怒りっぽい人などは、絶えず問題を抱えます。
一方、柔軟な思考の人は人間関係における問題を抱えることは少ないものです。
更に、人間関係を避け自分の殻に閉じこもっても問題を抱えることになります。

善悪をわきまえ柔軟な思考を持ちオープンマインドであれば、問題の少ない人生を送ることが出来るのです。

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かつて野村克也は、「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし
つまり、不思議な勝ち(よく分からない勝ち方をする場合)はあるが負けるには必ず理由、原因があると言ったことがあります。
偶然上手く行くことはあっても失敗には必ず原因があるということです。

勝負事はすべてどちらかが勝ち、どちらかが負ける訳で(ルール上の引き分けはありますが)、
負けた方に必ず何らかの原因があるという理屈でもあります。

勝つ方は運にせよ偶然にせよ「やろうとしていることが上手く行く」ものです。
勝つ方は「上手く行き」負ける方は「失敗」が表裏としてある訳です。

少し考えれば分かる当然の理屈です。

イレギュラーや突然の突風や雨や太陽や照明といった要素もあり、それらが偶然に作用し勝つことも負けることもあるものです。

野村克也が言ったことは、自然や偶然のことではなく「選手のプレー」に関して述べたものです。
ピッチャーが投げたボールがたまたま良いコースに行って三振に取れたとか、
その逆に、打たれるべくして投げたということもあるのです。
更には、エラーを引き起こす要因について述べたのです。

野村はこれを言っているのです。
打たれるべくして投げないように十分「頭を働かせろ」という間接的な発言だったのです。
ミスをしないような姿勢で捕球する備えをするとか。
相手のちょっとしたしぐさから、相手の次の攻撃を予想し備えるとか。
データを活用しシフトを敷くとか。

この点に関して、ある人が次のように解説しています。
孫子は言う。
「先ず敵に負けない態勢をつくれ。次に敵に勝てるチャンスを待て」
負けない態勢を作るのは自分の問題だ。こちらが勝てる隙をつくるのは敵の問題だ

負ける原因は、自分の中にある。
だから、負けないということは努力すれば作れる。
だから先ず負けない態勢をつくるべきだ。

「攻め」ではなく「守り」から入るべきだ。
勝つためには、その上で、「不思議のタイミング」を待って、捉えなければならない。

とその人は解説しています。
「不思議のタイミング」とは「好機=チャンス」のことです。

戦いに勝てる人は、この好機を見極めることが出来るのです。
そして、そのタイミング、チャンスを逃さないのです。

事に臨む姿勢としては、私も同感です。

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頭が良かったり技術が優れていたり運が良かったりガムシャラに突き進んだりしただけでは物事の成功は望めません
勿論道徳心も関係しています。

現実を見ると明らかです。
東大を卒業した人が皆人生で成功しているとは限りません。
中には政治家になったのに失敗した人も沢山います。
最も、政治家は「美人投票と同じだ」と言った人がいる位、能力以上に人格が物を言う世界なのです。
宮澤喜一は東大出身のエリート議員でしたが、実際政策も良かったのですが同僚の議員にも国民にも余り人気がありませんでした。
河野洋平(早稲田大卒)は人格者ですが残念ながら首相にはなれませんでした。
中曽根康弘は元海軍少佐(戦地には行っていない)で策略家でありましたが国民の人気がありました。
国民に一番人気があったのは田中角栄です。
しかし、同僚議員をいわばお金で買ったことが大問題となり金権政治と言われました。
ロッキード事件が無ければ、日本はもっと良い国になっていたかも知れません。
田中角栄の学歴は尋常小学校卒業です(後に現代で言う専門学校で土木を学んでいますが当時は学歴にはならなかったと言われています)
他にも村山富市(明治大学専門部)もいます。
政治家ではありませんが、正岡子規は東大予科、現教養学部中退となっています。
村山富市も同じような経歴だと思われますが卒業はしています。

人は、学歴が絶対条件ではないということが分かります。

ちなみに、大谷翔平は高卒です。
大相撲の大の里は日体大卒です、相撲界では珍しいですが最近は大卒入門が増えています。
長嶋茂雄は立教大学卒、王貞治は早稲田実業高卒です。
こうしたことは、そのスポーツがどのレベルで盛んかということと関係があります。
こうした一方で、中学生で相撲界に入った北の湖のような人も少なくない世界もあるのです。

あの三島由紀夫は東大卒ですが、軍隊に入隊出来なかったことを(入隊直前高熱を出し結核と診断された。後に誤診だったと言われている)生涯心に傷として残って、
戦死を覚悟していたつもりが、医師の問診に同調し誇張した病状報告で答えた自身のこの時のアンビバレンスな感情が以後、三島の中で自問自答を繰り返しましたが、実際は、首席で高校を卒業し東大に推薦で入学する程の秀才で体も決して虚弱という訳ではなかったのです。
実際、徴兵検査では第二乙種で合格しています。
いわゆる甲種合格ではなかったのです。
しかし、両親は三島が兵隊に行くことを強く反対していました。
それでも、本人は戦争に行って死ぬ覚悟で入隊するところまでは行ったのです。
しかし、なぜかしら、
身体の虚弱から来る気弱さや、行動から〈拒まれている〉という意識を持ち三島にとって生涯コンプレックスとなり、以降の彼に複雑な思い(常に死の観念を意識する死生観や、戦後は〈余生〉という感覚)を抱かせることになったと言われています。

 

アンビバレンス(ambivalence)とは、ある対象に対して、相反する感情を同時に持ったり、相反する態度を同時に示すこととされています。
 

ついに、市ヶ谷駐屯地で事件を起こし割腹自殺をしてしまいました。
もし、三島由紀夫が軍隊に入隊出来ていたら別の人生を送ったと思います。
三島由紀夫は頭の良さとプライドから戦争に行って死ねなかったことを悔やんでいたと思われます。
同じ学徒の大勢が戦死していたからです。
三島由紀夫と同じ感情を持つ当時の学徒などは少なからずいたことは事実です。

 

僅か45歳の人生でした。

ノーベル賞を受賞出来なかった悔しさも加わったことでしょう。

ノーベル賞を受賞するには若すぎたのです。

頭脳明晰でありながらの不遇な人生でした。

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あるいは、才能があるのにケガや病気で能力を発揮出来ないということもあります。

綿密な計画、つまり、負けないための備え、守りを十分に固めてから、勝つための努力、成功するための努力は必須なのです。

こうした備えをしないとどんなに良い計画でも失敗することはあるものです。

遠大な計画、俯瞰した観点での計画と段階的な、あるいは、部分的な点での計画が思考の中心になりますが、
もし、それが思い通りに行かない時には○○するという腹案を備えて置くことは、
成功のための秘訣となります。
これは、挫折しないための方策でもあります。

後戻り出来ない、抜き差しならない状況に自分を追い込まないことです。
その上での成功の道を探ることです。

何事も一生懸命になることはリスクを伴うものです。
しかし、ハイリスクハイリターンも又真実であり、多くの人は身の程を考えずにリスクを犯すのです。
それは、欲望のためです。

私から見ればハイリスクは「愚かなこと」です。
大抵、それは「急ぎ過ぎ」である場合が多いものです。
時間を掛け少しずつ進めればリスクを無くせることが多いからです。

更には、
リスクを犯した結果が良くても、それにどんな価値があるというのでしょうか

イエス・キリストは「全世界を手に入れても、それによって自分の魂を失うなら、その人にとって何の益になるでしょうか」と言われたことがあります。

つまり、自分が手に入れたいものの「価値観」の是非を言っています。

自分がしたいことに、人生や命を賭ける「価値」があるかということです。
この「価値」は人によって様々です。

ですが、客観的に見た場合の「真の価値観」というものは普遍なものです。

例えば、
信仰心です。
ある意味、これは「命を超越」したものです。

信仰のために「命」を失っても良いと考える場合です。

こういう人は物やお金などにはそれ程の価値観を抱いていないものです。

自分の精神状態を高めてくれる宗教的立場には関心があるかも知れません。

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成功のために必要な人間の特質は、
我を張らないこと、怒らないこと、上手く行かなくても冷静でいられること、目標に於いて○○したい○○になれば良いなという欲を持たないこと、やるべきことを着実に実行すること、時にはリラックスする必要があっても怠けないこと、休息や睡眠などを含めた日々の計画を守ること、暴飲暴食をしないこと、お酒を飲まないこと、たばこを吸わないこと、異性に関心を持たないこと、動物や他のものに癒しを求めないこと、無理をしないこと、急がないこと、何かに躓いたら解決するアイデアが出るまで待つこと、
などが必要になります。
これらを確実に実行出来る人は、多くのことで成功します。

後は、これらに能力、技術、知識などが加われば盤石です。

物事を成功するには、心身ともに健康で心配がないことが基本で、次いで、十分な備えと計画と目標を立て、
最後に自分の能力を最大限活用して日夜努力することです。

こうした経過の途上、知識や技術などの不足に気が付き、計画途上それらを補おうとすることがあります。
物事が上手く行かない最大の原因の一つはこれが上手く行かないか、あるいは、これにエネルギーを使い過ぎることです。
こうした人は、これから行おうとすることに対する「能力」がないか「適していない」と考えなければなりません。

つまり、その計画はその人には無理があるということです。

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物事を上手くやって行きたいために、
何かの宗教に入る、その宗教の教えを信じてその教えに従うということがあります。
これは、いわば他力本願で、ある意味「楽な生き方」です。
日常生活や自由にして良い事柄を除き、自分で考えて行うということがないからです。
人に言われたこと指示されたことを行うだけだからです。
しかし、
教えに従うことで、社会との関わりや自分のしたいことを制限されるということがあるので、「楽な生き方」ではないと言う人もいます。

それでも、自分で考えて行動していないことは、自分でボートを漕がず誰かのボートか、あるいは、大きな船に乗せて貰っているようなものなのです。

人間である以上、本来は人の言うことに従うことを嫌うものです。
自分の思うようにしたいからです。

宗教はこれを規制するのです。
その教えに従う理由は「幸せ」になりたい「満足の行く人生を送りたい」からです。
煩悩、つまり、悩みなどから解放されたいのです。
自分で出来ないので宗教や誰かを頼るのです。

宗教そのものは個人的なことですが、
その組織の「言うことに従い」勧誘などをすることは、個人的な事柄ではありません。
この場合、他人との関係の構築が必要になり「新たな問題」が生じることになります。

ものみの塔の伝道活動で「精神的なストレス」を感じるのはこのためです。
他人との関係を上手く構築出来る人もいればそうでない人もいるからです。
誰でも、見知らぬ人といきなり会話をするには「勇気がいる」ものです。

最も、この点で相手構わず一方的に話し相手を強引に話に引き込む才能のある人もいます。
あるいは、言葉巧みに話すことが出来る人もいます。
こうした人は「頭の回転が速い人」で、才能と言っても過言ではありません。

伝道は宗教活動であり、自分の信仰の表明でもあります。
しかし、伝道活動で自分の信仰が強化されることは殆どないのです。
自分の信仰を強化出来るのは、教えられたことを熟考し深く考えることと知識と理解です

伝道活動で誰かに自分が信じていることを話すことで「自分の理解が深まる」ということもあります。
これは、誰かがその人の言うことを良く聞いてくれる場合です。
つまり、自分の話すこと、伝えることに「正しさ、正確さ」を求めることは本能だからです。
その追求が調べるという形になって現れ、それが自分の信仰を成長させてくれるのです。
また、
理解が深まると信仰も深まるものです。

 

伝道活動でそういう人を見出せない人は、ストレスを増大させるだけです。
つまり、他人との関係を上手く構築出来ない人はストレスを抱えることになるのです。
特に、伝道活動を強要されている場合は。

伝道活動で不活発になる人が多いのはこのためです。

加えて、宗教活動に熱心になると、生活が苦しくなったり貧しくなったりすることもあるのです。
寄付を強要されたり行事に参加させられたり組織の中で責任を負わされたり、およそ信仰とは関わりのない所でエネルギーを使わなければならなくなるものです。

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参考:
ものみの塔は今でも伝道活動を強要しています。
そのようにして、信者を増やそうとしているのです。

なぜなら、信者が増えることにより、自分たちの組織が「神とイエスの導きや是認を得ている」と考えているからです。

聖書にはそのようなことは一言も書いてはいません
ものみの塔の「巧みな誘導」なのです。

他の宗教でも「何かのことに乗じて、神や仏によるもの」などと言うものです。

こうしたことは「偽り」そのものです。

また、
伝活動に熱心でない人を「霊性が低い人」と見下す傾向にあり、熱心な人は他のエホバの証人に対して優越感を抱いているものです。
勿論、口に出しては言わなくとも、言葉の端々には出ているものです。

例えば、ものみの塔の注解などで伝道活動を熱心に行うべきなどと発言し「暗に不活発な人を批判したり」それがあたかも信仰において優れているかのような発言をするものです。

こうした「見せかけ」はものみの塔の会衆内では日常茶飯事なのです。
嫌な思いや「気分が悪くなった」人も少なくないと思います。
昔から、こういうことは行われていたのです。

しかし、そういう発言した人の熱心な伝道活動が長続きした例がありません
このような人の発言は、単に自分を誇示したり、自分の発言に「偽り」があったという証拠となるのです。

心にもないことを言うものでもないし、例え、心にあったとしても発言は「慎重」を期すべきで、なぜそういう発言をするのかという「自分の動機」「他の人の感情」も正直に確かめるべきなのです。

大勢の人や誰かの前で、○○すべきだと「強調」や「誇示」することは「心に悪い動機が潜んでいる」ことが多いのです。

指導的な立場にある人が、誰かにこういう発言をする時には、何かをさせようとする場合であり、
極端な場合、信仰の「主人」になることもあるのです。

これは「背教」です。

誰も、信仰や行いを「強制されない」からです。
誰かが何かを他の人に「強いる」ことは「背教」なのです。

単に、自分の思い、考えを発言するのとは異なるのです。
最も、ものみの塔では、自分の思いや考えを発言することは「批判の的」に、あるいは、指導を受ける対象になるだけですが・・・。

あなたはこうしたことを知らずに「従っていたのではありませんか?」

ものみの塔や長老たちの言うことに「従わなくても背教などにはならない」のです。
その一方で、彼らは○○しなさい××すべきですと言って「背教」をしているのです。
しかも、それを正しいと思い込んで。
全く「始末に負えない」とはこのことでしょう。

何事も自分で決めることが出来るのです。

神やイエスとの関係に於いて、
クリスチャンに「命令」出来るのは唯一人イエス・キリストだけなのです。

エホバは、神は、「おきて」そのものなのです。

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物事を成功させるにはどうすれば良いかが分かっていただけたでしょうか?


次回をお楽しみに。
つぶやきは今現在36程溜まっています。
これは日々増えて行きます。
しかし、
投稿はそれより遅いので、もしかすると、取捨選択をしなければならなくなるかも知れません。
読者の皆さんはそれがどのようなものかを知りませんから、全く問題はありませんが・・・。

 

知恵を求める人のためのブログです。

思いつくままに。

5月10日以来の投稿です。

梅雨に入りそうで雨の日が多くなって畑に行けないので、少し立て続けに「つぶやき」を投稿する予定です。
いつものように、私は元気です。

果樹を14本無事植えることが出来、およそ1か月経ちますが1本を除き成長しています。
その1本は杏子の樹です。時期が遅かったか初めから良くない苗だったように思います。
来年花が咲かなければ別の樹に植え直しです。
後はしっかりと根が付いてくれることを願っています。
勿論、肥料なども与えています。
水はけが悪い土地なので根腐れを起こさないように少し工夫をしました。

更に、南天とシャクヤクとクチナシとツルバラの木(ビニールハウスの骨組みにそって這うように)を二本植えました。
これらも今のところ成長していますがしっかりと根が付いてくれることを願っています。
既に、幾つか花を咲かせました。
更に、
雑草対策としてホワイトクローバと黄花コスモスも撒きました。
今後はもっと撒いて様子を見たいと考えています。

井戸ポンプの近くに300リッターのタンクを置くことが出来ました。
畑を貸してくれている人が貸してくれました。
初めは水漏れがありましたが直すことが出来ました。
120リットル程貯めて1か月程経ちますが漏れてはいません。
これで、川から水を汲まずに済みます。
川には生活排水が流れ、何が含まれているか分かりませんから、あまり使いたくありませんでした。
しかも、川から水を汲む作業は大変疲れるのです。
しかし、この川には自然の1m近い鯉が数匹生息していますから、非常に有毒な物質が含まれているという訳ではなさそうです。
実際、田圃の水として利用されています。

サツマイモと落花生(芽が出て来ました)を植えましたが、どちらも順調に育っているように見えます。
確率は52分の50位順調です。
どちらもマルチをし落花生は鳥に食べられないようにネットと柵をしましたので今のところやられてはいません。
昨年大豆では散々な目に遭いましたから今年は万全を期しました。
後は、収穫まで順調に育つことを願っています。
収穫は9月中旬です。
後3か月半程です。
その間の手入れを抜かりなくやる必要があります。
今年は植えたのはこれだけです。

これから、ビワと梅の収穫が楽しみです。
今年はビワの当たり年のように思います。
非常に沢山実を付けています。
食べきれない程ですが、ビワは傷みが早いので鳥などの餌になってしまうかも知れません。
売っているビワのように奇麗ではないので誰かに分けるのも気が引けます。
既にビワは沢山獲って食べています。
食べるよりミキサーに掛けレモン水を混ぜると酸化しませんし保存状態も良いですし、手軽で美味しいです。
梅シロップも作りましたが少し早かったようですし砂糖が少なかったと思いますがしっかりと梅の味がしてこちらも美味しいです。
今年は梅の実が全国的に少ないようで、畑にある梅の木も少ないように思います。

昨秋は柿を沢山食べ兄弟たちに送りました。
今年も柿が沢山実を付けていますので秋が楽しみです。

これから梅雨に入り畑に行けない日が続き少し体休めになりますが、その間雑草がすごい勢いで伸びてしまうでしょう。

ちなみに刈った雑草は枯草にして藁の代わりや堆肥にしています。

畑をやり出してから、家庭から出る野菜くずは全て堆肥にし畑に戻すようにしています。
サツマイモの茎は一部食べ、残りはそのまま畑の土に戻しました(戻りました)。

近況は以上です。
++++++++++++++++++++
さて、本題です。

「かつての文明が滅んだように今日の文明も滅ぶのでしょうか?」

文明を築き上げて来た、いわゆる先進国は、昔から、少しずつ変化を遂げて今があります。
つまり、世界史そのものです。
しかし、
いわゆる後進国は、
先進国が築き上げた文明を「いきなり取り入れて」います。
つまり、
今まで電気も電話もなかった生活から、いきなり文明生活に変化しつつあるのです。

急激な変化は「社会を歪な状態」にします。
つまり、旧態依然とした「考え」で文明を活用することになるので、当然先進国では常識なことも後進国では通用しないことが起きるのです。

こう言った事態が現に生じていて、国連などでも弊害が起きているのです。
その一例が、
アフリカ諸国がロシアや中国の提案に賛成していることです。
ロシアや中国は後進国の援助をすることで、いわば足元を見て言うことを聞かせ、国連でいわゆる票集めをしているのです。

こうした特別なことが無くても、
現実に、つい最近まで旧態依然と長閑な生活をしていた、いわば原住民よりは発展しているが昔ながらの農耕生活をしていた村などに、文明が入ることで廃れてしまった例(村や部落)は沢山あります。
文明が入らなければ長閑で幸せな暮らしが続いていたのです。

これと同じとは言いませんが、
例えば、アフリカ諸国が急激に文明化したら、彼らは先進国と同じような生活、考えが出来るでしょうか。
答えは否です。

これは丁度、戦後何もない状況の中で働いたり生まれた世代とあらゆるものが発展し便利なものが十分社会に浸透してから生まれた世代の違いに似ています。
後者にとっては生まれた時から既に様々なアイテムが存在しており、初めから使うことに長けた世代なのです。
しかし、
発展途上や開発途上を知らないので障害や問題が生じた時に「物事の本質を理解出来ない」のです。
いわば
前者は「修理や改善」の思考が強い世代なのに対して後者は「使い捨て」の思考が強い世代なのです。
こういう違いがあります。

アフリカ諸国などの後進国は後者の思考が強いのです。

彼らは先進国からの文明を輸入し急激に発展すると、先進国への依存度を非常に高めることになります

これは日本が食料や資源を大量に輸入し生存しているのに似ています。
外国への依存が非常に大きくなり、政治経済を歪なものにすることになります。

これは、時には罠となります。
つまり、
ある国に依存するあまり、その国の要求を飲まざるを得なくなってしまうのです。。

日本はアメリカの要求を飲まざるを得ないのと同じです。

アフリカ諸国は、今や中国やロシアの「言いなり」と言って過言ではありません。

イギリスやフランスなどは、文明を持ち込んでも、その国の独立を認めることが多いものです。
最近、フランスから独立を目指す国でデモが起きていますが・・・。
この二つの国は人間として「大人」の対応をします。
話し合いを続けて行けばいつかは独立出来るものです。

ところが中国やロシアは、自国の利益のために後進国を利用しているだけなので、後進国が中国やロシアと手を切ると直ぐに困難に陥ってしまうのです。

あるいは、手を切れないように多額の債務を負わせるように仕組んでいるのです。

では、アメリカはどうか。
アメリカも中国やロシアと基本的には同じです。
が、
宗教を利用し文明を持ち込みその国を支配して来たかつてのスペインのように、
アメリカも民主主義と自由を持ち込み、かつ、軍事的、政治経済的な面でその国をコントロールして来ました
これは今でも継続しています。

日本はその最たるもので、未だにアメリカからの脱却が出来ていません。

昔、人類は皆兄弟などと言ったものです。
逆に兄弟は他人の始まりということも言われています。

兄弟であり他人であるためには、「相手を尊重」しなければ成り立たちません。

ところが先進国は後進国を尊重していない上に、
アメリカ、イギリス、フランス、ドイツなどと中国、ロシア、北朝鮮、イラン、トルコ、シリアなどは世界の覇権争いに利用しているのです。

これに対して、ブラジル、メキシコ、インドネシア、などは独裁的な支配に向いています。

これらの狭間にフィリピン、台湾、旧ロシア連邦から独立した国々などがあり、それらの国々は多くの問題を抱えています。

正に、世界は混沌とした状態なのです。
21世紀に入り文明もかなり進歩発展したのに、先端技術を持つ国は、軍事、政治経済で覇権を争い戦い続けています

文明、科学技術は本来「人類」のために発展させて来たはずです。
ところがそれが争いの原因でありそれによって他国より優位に立とうとしているのです。

この有り様は、
無法地帯の人間同士の争い」そのものです。

こうした状態の結末はどうなるのか。
それは、かつての文明が滅んだように、人類も滅ぶのです。

かつての文明がなぜ滅んだのかは「誰も正確なところは分かっていません
しかし、滅んだことは事実です。

同じように、なぜ滅ぶかは正確なところは誰にも分からなくても、
滅ぶことは「疑いようのない事実」であると断言できます。

ただ、それが何時かは誰にも分からないのです。
少なくても、
今生きている我々の世代ではないことは確かなようです。

さて、我々はこういう状況、状態の中にあってどうすべきでしょうか

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身近な問題として、
今の日本の若者の状態はどうでしょうか。

Z世代は、1990年代後半から2012年頃までに生まれた世代と言われています。
Z世代という言葉はアメリカ発祥と言われていて、アメリカでは1960年代後半~1980年頃までに生まれた世代をX世代、1980年代~1990年代前半頃に生まれた世代をY世代(ミレニアル世代)と呼んでいたことから、その次の世代を「Z世代」としたと言われています。
そして、
今はα世代と呼ばれているようです。

こうしてその時代の若者たちの特徴を表現しています。

日本では、高度成長期の大人たちは「ものづくり」世代であり、その時の子供たちは戦後の自由な雰囲気の中で育ってきました。
アメリカナイズされた若者たちが「時代を謳歌」した時でもあります。
同時に、日本文化でもある「演歌」も全盛期の時でした。
経済の急成長の中で日本人の心は大人も若者も「一途だった(今にして思えば病んでいた)」のです。

ところがその後日本の「いわゆるバブルがはじけ」それまで自由に思いのままに振る舞って来た若者たちがそれまで出来ていたことが出来なくなってしまったのです。

それで、若者たちが「鬱憤」を晴らすために当時暴走族や校内暴力などが頻発しました。

その後、パソコンの登場、そのソフトウェアが、つまりWindows95が発売されるや急速にパソコン時代に突入し、時代に敏感な若者たちはこれに飛び付き、高度成長期を支えて来た父親世代を尻目にどんどん新しいことに挑戦し初めました。

これにより、次第に暴走族も校内暴力も薄れて来ました。

更に、その後インターネットの普及と携帯電話からスマホの普及により、いわゆるソーシャルメディアが急速に普及し始め、様々なことがスマホ一つで出来るようになって来ました。

同時に、今度はネットを介した「暴力」が横行し、誹謗中傷が後を絶ちません。
これは、「自分を隠して発言する」ことの大きな弊害です。

今では、フェイクまでもが横行し、何が正しくて何が間違っているかが不明な時代となってしまい、多くの人がフェイクに騙されています。

加えて、振り込め詐欺、投資詐欺などが頻発しています。
これらも「自分を隠している」から出来ることです。

更には、見知らぬ他人同士がスマホ一つで関係を持ち、性犯罪、詐欺を行い、いわゆる掛け子受け子を募ったり、
老夫婦殺害の指示をスマホで幾重にも層を重ね、誰の指示かが分かりにくいようにさえする事件が起きました。

更には、自転車で車の前に、わざと飛び出す愉快犯(昔もいました)も現れる始末です。

どう見ても正常な世の中ではありません

旧統一教会のように、「宗教の名を借りた詐欺集団」まで現れる次第です(戦後間もなく日本に侵入して来た害虫のような存在です)。

ものみの塔は「病気や死や犯罪や戦争や地震」という言葉を用いて、いわば、人々の弱みに付け込んで拡大して来た組織です。
ものみの塔の宣教者(アメリカ人)も戦後、進駐軍と共にやって来たモルモン教などと一緒に日本に入り、進駐軍の後ろ盾のもとに活動を拡大させて来たのです。
アメリカは、こうしたことを利用しキリスト教の精神と民主主義と自由を日本に浸透ささせることに成功したのです。
(仏教や神道を基本とする日本でクリスマスを形だけでも真似るようになったのは進駐軍のせい

 す。
 意味のないクリスマスを商売に利用しているだけなのですが)

旧統一教会もものみの塔も進駐軍も「聖書」利用したのです。
悪用して来たと言っても過言ではありません。

そして、今の日本があるのです。

時代が、文明が、科学が「進歩すればする程社会が悪くなっている」ということは明白です。
これは「人々の思惑とは真逆」のことです。

これは「始末の悪いこと」です。
人は善意で多くのものを作りますが、それを悪用する人も増えているからです。

その昔、信長、秀吉、家康は戦乱の世を新しい武器により、つまり、銃や大砲によって終わらせました。
それでも、
当時の人々は信長を「うつけ者」と呼んで異端者扱いをしました。
丁度、現代の若者と同じように見られていたのです。

しかし、信長には戦乱の世を終わらせ天下統一を果たすという目的が、加えて、高い理念と道徳心がありました。
そのために、新しい武器を用いたのです。

この三人が良かったのは「キリスト教」を禁じたことです。
それにより外国の侵入(スペイン)を防ぐことが出来たからです。
もし、許していたら南米の国々のような植民地になっていたでしょう。

ところが、
現代の殆どの若者たちには信長のような目的も高い理念も道徳心もありません。
ある人々は、新しい武器とも言えるパソコンやスマホなどを「ただ悪にだけ用いている」のです。
その内、AIもそのようになるでしょう。

何時の世でも、凶悪事件が起こると「世も終わりだ」「世も末だ」などと言います。

道徳心が廃れて来た現代こそ「世も末だ」と言えるのではないでしょうか?

国家権力の行使の一つであり社会秩序を守る警察ですが、今や侮られて、警察も信用されていません。
威厳がないばかりか立場を利用し悪事をも働くからです。

あなたはどう思いますか?

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では、我々はどうすべきでしょうか?

今こそ、歴史を振り返り、現実を直視し、物事を深く考え「何が起きているのかを認識」する時です。
認識すれば「自ずと何をすべきか答えが出るのではないでしょうか」

くれぐれも、間違っても集団で活動する宗教には行かないことです。
宗教に目を向けるなら「個人」の範囲を逸脱しないことです。
そうしないと「誰かに振り回され、言いなり」になってしまうからです。

個人的には、聖書を読むことを勧めます。
旧統一教会やものみの塔や進駐軍が利用した聖書ですが、
聖書そのものが悪いのではありません
ただ、悪用されただけなのです。

ですから、改めて聖書を読むことを勧めます。
最初は「マタイによる書」と「ヨハネによる書」を次いで「創世記」をこの順番で読むことを勧めます。
この方が「より正しく理解」し易いからです。

次いで、個人的な問題が生じたら「マタイによる書」を再び読んで下さい。
もし、
内容に疑問が生じたら、「使徒たちの活動の書」を、
クリスチャンに疑問を感じたら「ローマ人への手紙」から「ユダの手紙」までを読むことを勧めます。
実際、キリスト教の初期の段階から多くの問題があったことが分かります

ただし、これらの問題は人間の無知、理解不足などが原因で聖書そのものに問題があった訳ではありません。

更に詳しく知りたい人は、メッセージを頂ければ「更に詳しく教えること」は出来ます
無料です。
勧誘はしません、強制もありません、寄付もありません、すべて自分で判断することが出来ます。

あなたは「独善的」「自己満足」ではない「有意義な人生を送りたい」と思いますか?
それとも、「好きなように行きたい」と思いますか?

好きなように生きるにしても「良く考える必要」はあります。
そうでないと「物事は自分が考える程上手くは行かない」からです。

また、遠大な「人生計画」も必要です。

先人の「思慮深い人生訓」は人生を有意義なものにします。
それを現代にどのように当てはめるかは「各々が熟考すべき事柄」です。

私のブログには、孔子、孫子と宮本武蔵(戦い方、人間関係を構築するのに役立つ)、易(自然から学ぶ)
なども含まれていますから、それらを読んで「考える」ことも出来ます。

是非、参考にして見て下さい。

次回をお楽しみに。

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追記(おまけ)
1 女性の社会進出に伴って、子供の人口が減少し続けています。
  1960年代アメリカから動き出した女性解放運動はアッという間に世界中に広がりました。
  日本も遅まきながらその影響を受けて来ました。
  日本では欧米ほど女性は社会進出が認められてはいませんが、それでも少しずつ拡大しているこ

  とは確かです。
  これに伴って、子供を産む女性が減って来たのです。

  つまり、
  女性の社会進出(仕事)と家庭の両立は社会にとってプラスではないという結果が出たのです。
  今では育児休暇を男女が取れるようになりましたが、
  子供の人口減少は育児手当とか子育て支援とか育児休暇とかが原因ではないのです。
  そういう金銭的な問題ではないのです。

  つまり、
  男女の生活、人生などの考え方の問題なのです。
  この考え方を「間違う」と日本という国は文明によって滅んでしまう重要な問題なのです。

  こうした点を理解しないで
  女性の社会的地位の向上をあらゆる場所で訴えています。

  つまり、
  こうしたことは「国を滅ぼす」ことになることを「少子化」という形で教えているのです。

2 世界情勢に関して、なぜ、欧米とロシア、中国、北朝鮮、イラン、シリア、などは対立するので

  しょうか。
  世界は大きく二分されていると言って過言ではありません。
  第一の要因は、アメリカによる世界の覇権に対抗するものとして存在しているということです。
  今にして考えれば、
  第二次世界大戦の時、ソ連のスターリンはドイツの攻撃を抑えるためにアメリカのルーズベルト

  にフランスのノルマンディー方面からの攻撃を要請しました。
  つまり、ドイツを挟み撃ちにする作戦です。
  当時、アメリカ、イギリスはドイツを脅威と見なして敗戦に追い込みました
  それは、ドイツが核兵器を製造しそうだったからです。
  もし、ドイツがアメリカより先に核兵器を製造しそれを使っていたら、世界はドイツによって支

  配されたでしょう。
  かつてのローマ帝国のように。

  しかし、聖書的にはローマ帝国の延長線上にあるいわゆる六番目の王は七番目の王にとって代わ

  られることになっており、さらに、八番目の王が登場した後世界が、つまり、今の世が、終わり

  を迎えることになっています。

  つまり、ドイツが世界の覇権を握ることは初めからなかったのです。

 

  ヒトラーの誤りは、ユダヤ人を目の敵にして大量虐殺、いわゆるジェノサイドをしたことです。

  ユダヤ人をスケープゴートにしてドイツ国民の窮状の矛先を反ユダヤ人に向け、国民を統一した

  のです。

 

  ある意味、アメリカの黒人は西部開拓時代から、つまり、南北戦争時代から今日に至るまで、

  ドイツのユダヤ人のような存在として白人に扱われているのです。

ということは別に置いて置いて
逆に、ドイツにソ連を打ち負かせるようにアメリカ、イギリス、フランスが「裏で画策していれば」今のロシアは存在しなかったのです。

あれほど「共産主義」を嫌っていたアメリカ、イギリス、日本などは、なぜ、第二次世界大戦の時にソ連を潰そうとは考えなかったのかと疑問が残ります

世界は一丸となってドイツと日本とイタリアを潰しに掛かりました。
これは歴史上の大きな誤りだったのです。

世界は見ている方向性を「誤った」のです。

つまり、チャーチルとルーズベルトは考えを誤ったのです。

ソ連、今のロシアこそ「悪の枢軸」だったことをなぜ見抜かなかったのでしょうか?

江戸時代、ロシアの艦船が日本の近海で座礁、沈没した時ロシア人を助け、更に船の建造を助けロシアに送り返してやったのに、
また、
日露戦争で日本海海戦(対馬沖での戦い)や旅順での戦いなどの時、負傷したロシア兵の手当てをし助けロシアに送り返してやったのに、
太平洋戦争で日本がアメリカに負けた時、ソ連は中国満州にいた日本兵を捕虜にしてシベリアに抑留し強制労働をさせたのです。
ロシア人と言うのはそういう人種なのです。

いわば、恩を仇で返すような人種なのです。

戦争に行った日本人でソ連を良く言う人を私は知りません。

ソ連、ロシアという国は「自分の利と欲望」を遂げる「心」しか持ち合わせていないのです。

第二次世界大戦の時、時に乗じてソ連を潰すべきだったのです。

今更後悔しても遅いですが。

こうした考えは、いわゆる偏見や差別ではありません
歴史の事実を述べただけです。
今のロシアによる、いや、プーチンによるウクライナ侵攻や反政府勢力の暗殺などを見れば当然の思考です。

あなたもそう思いませんか?

 

知恵を求める人のためのブログです。

思いつくままに。

3月21日以来の投稿です。

暫らく投稿していませんでしたが、私は元気です。
つい1週間ほど前に、果樹の苗木を植えました。
植える前の土づくりから始めました。
雨の合間を塗っての作業だし、穴を掘るのに疲れ1日三つ位しか掘れなかったので時間が掛かりました。
植えて三日ぐらいすると早速虫が来ていました。
鳥は来ません。
害虫予防をしていたのですが、改めてすることにしました。
その準備も完了しました。後は天気次第です。
間もなく、落花生とサツマイモを植えます。
今年は作物を作らないつもりでしたが少し変更しました。
その前に畑の土づくりをしますから、5月20日頃までに終わらせたいと考えています。
梅雨の前に終わらせないと植えられませんから。

晴れたので今日5月10日やっと土づくりが出来ます。

ということはさて置き、
投稿しなくても思いつくままに書くことはしてはいました。
その中で皆さんに役にたちそうな記事をつぶやいてみたいと思います。
特に、ジャンルは設けません。

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初回は、「神はなぜ人を試みられるのか」です。

モーセの時代から、人は「神を試みてはならない」と言われて来ました。
イエスも同じことを言われました。

なのに、神はなぜ人を試みられるのでしょうか。

すべてのことをご存じの神が人を試みられるのはなぜでしょうか。
それは、神にとってはすべてをご存じでも「すべてのことを目の当たりに見ている“み使いたち”」は神と同じようにすべてを分かっている訳ではないからです。

神は、自分が正しことを常に“み使いたち”に示す必要があるということです。
「人に」ではないのです。

加えて、ご自分が独善的で傲慢な神ではないことを示す必要もあるからです。

実際、神は地上の出来事でも、つまり、人に対しても、予め、「おきてを守るならどうなる」「逆らうならどうなる」「失敗や過失の場合はどうなる」などについて「示され」その後でなければ報いも罰も与えてはいません。

おそらく、大洪水前でさえ、エノクやノアなどを用いて、あるいは、天のみ使いたちを通して警告をしていたのです。
当時はみ使いたちのある者たちは「勝手に天から地上に来て悪事を働いていた」からです。
つまり、
勝手に地上に来た「み使いたち」は地上に来ることが出来たように当然「天」にも戻ることは出来ました
実際、ノアの大洪水の時にはそのようにしました。
この時以来、いわゆる悪霊たちは地上では「水」が怖いのです。
地上に来て天に戻れない悪霊たちは「化肉した時には水によっておぼれ死ぬ可能性がある」からです。

悪霊から逃れるには、水を利用することです。
もしかすると「水中」は悪霊たちから身を守る「最善の手段」かも知れません。

ソドムとゴモラの滅びに関しても「その有り様」を見、また、ロトを通じて「警告」はなされています。

イスラエル国民が神に逆らった時でもそうです。

最後にイスラエル国民が神により捨てられたAD36年とローマ軍によって滅ぼされた70年に関しても、イエスを通じて警告が与えられていました。

現代の、事物の体制の終わりに関しても「聖書」を通して警告が与えらえています。

聖書を読み、また、聖書を信じる、神とイエスを信じるという機会はすべての人々に与えらえています。


ものみの塔が世界的な伝道活動をしなくてもラッセルがその考えを見出したように神の業は進展しているのです

イエスが言われたように「事物の体制の終結」の時に「刈り取る」のは「み使いたち」です。

ですから、聖書に記されている「終わり」を生き残るか否かは「個人的なこと」で「組織によるものではない」のです。

いわゆるキリスト教の諸宗派やものみの塔は、ある意味「無関係」と考えて良いのです。

むしろ聖書は「そうした組織(大娼婦と娼婦たちで示されている)から出なさい」と警告しています。

ここが思慮を働かせるところです。
大洪水前、その時の世を滅ぼす時神は地上に「救いのための組織」を持たれませんでした。
ソドムとゴモラの時もそうです。

イエスの時代、ユダヤ人に対する警告もそうです。

神の組織であったイスラエル国民には「おきて」として与えられていました。
神はおきてを守らせるために、特別に組織したことは一度もありません。
イスラエル国民がモーセにより組織されたのは「おきてを守らせるため」「人を従わせるため」ではないからです。
イスラエル国民は確かに神の組織でしたがそれは「イエス・キリスト」を地上に遣わせるための準備のためでした。

神は裁きを下される時にのみ、組織されるのです。

ユダヤ人、イスラエル国民を滅ぼすために組織したのではありません。

神はずっと以前から、既にご自分が物事を進展させるための組織は持っています
天と地はすべて神により組織されているのです。

ただ、「地上の出来事」に関してだけは(宇宙開発を含めて)アブラハム契約以外組織されることはないのです。
律法契約はイエス・キリストを地に遣わすための組織であり、全人類のための組織ではありません
また、
アブラハム契約による組織=神の王国は既に「完了」しています。
後は、神の王国はその働きをする「時を待っている」のです。

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現代は、いわば、試練の時です。
終わりの日には様々な災いがあると「預言」されているからです。
それは、神による「しるし」であり、単に「人類の出来事」ではないのです。

将来について何も知らずに「苦しんでいる人々」は実に大勢います。
その人たちは、ただ苦しみの内に死んで行くだけです。
将来の希望もないのです。

神はご自分の愛する者懲らしめ、戒められる(箴言3:12)とあります。

これは物事を正すための「矯正」のことです。

いわゆる「いじめや暴力」「迫害」などではありません。


だからと言って、神の是認を受ける者すべてに試練が望む訳ではありません

「忍耐」することは、時に「試練」となることがあります。

今がその時なのです。

分別ある人は今の世の中の状況がどんな状況かを正しく理解しているのです。

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参考:
今イスラエルとハマスが戦っていますが、両方とも彼らの主張は間違っています
神が約束の地をイスラエルに与えたのはアブラハム契約のためであり、その契約におけるイスラエル人とその土地の役目は終わっているからです。
ですから、今の戦いは無意味なものです。
単なる自己主張に過ぎません、ロシアと同じです。

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次回をお楽しみに。

今年は正月から地震があり事故があり多難な年初めとなりました。

皆さんは如何お過ごしでしょうか?

 

今年は天気も不順で畑には週に1、2度しか行けていません。

 

今年は作物は作らず畑を休めています。

その代わり畑の周囲の整備をしています。

 

以前から井戸用ポンプを使えるようにしようと考えていましたが、やっと昨日完了しました。

前の持ち主が掘った井戸でかなり深い井戸です。

約1か月半かかりました。

 

地表から地下約7mが水面で、地下42mが水底の泥で、水の層が35mもある井戸です。

 

経費節約のため塩ビのパイプではなくサクションホースを地下20m迄入れることにしました。

 

前のポンプの塩ビのパイプを取りはずすのも大変でした。

途中、ちょっとした不注意で塩ビパイプを井戸の中に落としてしまいました。

普通、塩ビパイプは水に浮くので取り出せるだろうと思い重りを付けたフックを井戸の中にいれましたが42m下の泥に至るまで全く反応がありませんでした。

つまり、

泥の中にめり込んでしまったのです。

最初は、ただのパイプだと思っていました(井戸に関して無知だったのです。)

地下42m下の泥の層も相当厚いことも分かりました。

 

井戸の知識はなく塩ビパイプが2本あること自体疑問にも思わず汲み上げた水のオーバーフローぐらいにしか考えていませんでした。

違いました。

ジェットポンプという形式で上からの圧力を利用して汲み上げる深井戸ポンプ仕様だったのです。

井戸の深さを計ってなるほどと思いました。

 

実際、15㎜のホースを使って、簡易ポンプで汲み上げようとしましたが出来ませんでした。

 

塩ビパイプが1本の場合は、上から吸い上げる方式なのでせいぜい地下8mが限界だということも知りました。

 

以前と同じポンプは非常に高額なので安いエンジン式のポンプにしました。

ホースの内径が25㎜(1インチ)で長さを20mにしました。

これも20m1本で買うと高いので、5mを4本買うことで節約出来ました。

 

一番苦労したのが、直径10㎝の井戸の穴に長さ20mのサクションホースを入れることでした。

丸みがあるためすんなりとは入ってくれなかったのです。

 

ホースを入れ終わるころに、17m位まで入れた時に気が付いたことがありそれを試して見ました。

それは、ホースの先端が真っ直ぐになるように補助的な器具を入れることです。

 

そうしたら難なく入って行きました(多分頭が十分に働いていなかったと思います。)

 

今回の作業は、いわば、せっちん大工のようなもので考えながら作業をしました。

そのため、実験をし確かめながら作りました。

予め、構図は考えてはいました。

 

きちんと作る前に、予め実験して確実に汲み上げることが出来るかどうかを試しました。

 

これで、畑の水を確保出来ました。(万歳です)

以前は近くの川の水をバケツで汲み上げていましたが(これが結構重労働でした)、ある時、近所の人が汚れた物を洗剤などで洗った水を流しているのを知ってから使うのを止めていました。

 

しかし、その川には自然の鯉が住んでいますから、害は余りないと考えられます。

タニシも生きています。

私に畑を貸してくれた人の話では昔はドジョウもいたとのことでした。

 

こうした作業の合間を縫って草刈りをしていたのですが、バッテリー式の草刈り機が故障してしまいました。

 

最初は接点不良かと思いましたが、分解して試して見るとモーター不良であることがわかりました。

そこでメーカーに電話したら「部品」としては売っていないということでした。

修理に出すと高額になるので、試しにと思い、ネットで探したところ外形も性能もほぼ近いものがありそれを買い、加えて壊れたモーターについているギアは取り外しが出来ないのでこれも買いました。

実際に通電しテストすると動きました。

ギアも取り付けることが出来ました。

内部をきれいにしグリースを塗り組み立てテストしましたが大丈夫でした。

後は実際に使ってみてどうかというところです。

トルクも問題はないと思っています。

モーターの回転数は10000から20000rpmでギア比とバッテリーの電圧を考慮して本来の回転数である6000rpmぐらいにはなると思っています。

今日使って見て良ければこのモーターとギアを補修用に2-3個買って置きたいと考えています。

こちらは、故障してから1週間掛かりました。

部品をアマゾンで購入、返品を二度繰り返し確認しながらでしたが、それでも1週間で修理が終わりました。

ラッキーだったと思います。

 

バッテリー式の方がガソリンを使う草刈り機よりは良いかなと思って買ったのですが、こういう問題を失念していました。

しかし、安価で解決出来て助かりました。

 

井戸も電源コードを使うポンプ(ジェットポンプ)は買うと15万円位するし、草刈り機も新しいエンジン式のものを買うと最低でも2万円位します。

 

これを全部で3万円位に抑えることが出来ました。

大助かりです。

 

この先、3-4月に果実の樹を20本位植えるつもりです。

並行して周囲の草刈りと畑に水が溜まらない工事を直線距離にして200m位します。

 

それでも、これから

ミカン、タケノコ、フキ、ニラ、梅、ビワ、グミ、柿などの収穫が待っています。

楽しみです

 

来年春から本格的に畑に勤しみます。

手始めはおそらくジャガイモの植え付けです。

 

今年の冬にもしかすると玉ねぎの植え付けをするかも知れません。

 

トマト、ニンジン、キュウリ、なす、とうもろこし、大豆、小豆、ナタネ、えごま、さつまいも、なども考えています。

 

かぼちゃは思った以上に大変で茎が周囲に広がる上に雑草と入り混じり、その上、実が大きくなると地面に当たる下の方がわら等を敷いても上手く行きません。

難しい作物だと思いました。

慣れると工夫次第で上手く行くと思いますが。

 

孫にかぼちゃは嫌いだと言われてしまいました。(控えめに)

 

水はけの悪い土地があるので、そこを小さい田んぼにし稲を植えたいを考えています。

ですから、お米の収穫も楽しみです。

ちなみに、私は便秘するのでお米は殆ど食べません。

 

後は、野生の動物対策です。

昨年は、大豆の芽をキジに食べられ酷い目に遭いました。

モグラもいます。

 

カラスは今のところ悪さはしません。

分別のある鳥です。

 

鬼も笑うと言う来年のことを話してしましました。

今年も来年も無事に過ごせれば良いなと思っています。

知恵を求める人のためのブログです。

あなたは聖書の価値を理解していますか?

 

初めに、前回の記事「聖書を読むべき理由」も合わせて読んで頂けると、聖書が一体どのような本なのかが分かります。

聖書の書かれた目的も分かります。

いわゆる、モーセ五書、ヨシュア記、裁き人の書を読んで分かることは、
今からおよそ3500年以上前に書かれた内容が、現代でも殆どが理解出来る具体的な事柄であるということです。

その詳細が記述は、
現代人から見れば考えられない内容です。

それは、奇跡的な出来事よりも、現代の実生活でも適用出来る詳細な規則の記述だからです。

現代でも「やろうと思えは出来る」事柄です。

殺人、盗み、生理、射精に加えて、故意や過失の場合の処罰の違い、賠償、更には、裸を見せても見られてもならないこと、
祭司の様々な取り決め、服装、幕屋の建造と取り扱い、
幕屋を中心として、各部族の配置、らい病の診断と清め(治ったか否かの診断方法)、
など、
どれをとっても、現代の人間が考えても「道理」に適うもので、
神話のように「○○した」などではなく、その理由も記されていることも多いのです。

儀式に関しては「命令」なので「異論」を挟む余地はありません。
しかし、
律法や司法上の定めや法令などに関しては、
つまり、
罪と罰、さらには汚れや浄めに関しては「現代より厳しい内容」となっています。

 

今では残酷と思われることも度々出て来ますが、それには明確な理由あるのです。
それは、
その罪に寛容さを示すと、更に人々に有害なことをもたらすからです。

 

例えば、誰かを殺したらその殺人者も死刑になるのは「当然」なことです。
ところが、現代では人を殺しても死刑にはなりません。
そのことにより被害者の家族の悲しみは何時まで経っても癒されませんし、その殺人者は依然として世の中で生きているのです。
これ程の不公平があるでしょうか
ところが、世界の風潮は死刑廃止です。
なぜこんな理不尽が通るのでしょうか。
聖書の神は、誤って偶然に誰かを死に至らしめた場合以外は極刑のみです。
これは当然だと思いませんか。

不倫も同様です。
聖書では不倫をした両人は死刑です。
強姦も、姦淫も犯した方は死刑です。
盗みは同等の保障をしなければなりませんでした。

に盗人を見つけた場合、その盗人を殺しても罪にはなりませんでした。

などなど、
現代の人々が考えても「当然」と考えられることが、BC1513年に神により示されたのです。

その初めがモーセの十戒です。
現代では、殆どの人はこのおきてをすべて破っています
そして、人々は多くの問題を抱えているのです。

しかし、古代イスラエルでは、実際にイスラエルの子らがこれを守っている間は「平穏」に暮らしていたのです。

つまり、
神エホバのおきてはすべて人間を益する」ものだということです。

世界の歴史では3500年以上も前の人類を見れば、言語すら今のような多彩なものではなく、単純なものとされています

しかし
モーセの時代のイスラエル人たち「現代と変わらない言語、知識、能力」を持っていたのです。

実生活に適用出来る詳細な内容と、守ることでもたらされる「平穏」の、この二つを取り上げただけでも、
聖書は「信頼に値する書物」です。

多くの人はこうした聖書の価値を知りません。
聖書を読んだだけではこうしたことに気が付かないこともあります
ゆっくりとして落ち着いている時に聖書を読んで、初めて「疑問」が生じ、じっくり考えることで「納得」が出来るのです。
そうでない時には、いわゆる「先入観」が邪魔をして「素直に受け入れられにくくなっている」のです。
ですから、
頭が混乱する程、一度に沢山読んではならないのです。
文脈を段階的にじっくり考えながら読むことがベストなのです。

わたしのブログで聖書の読み方を示していますが、
初めは、全体の内容を知るために、余り考えずに「さー」と読み、次いで、テーマ別に読むよう勧めています。
それでも、話しの内容ごとに区切って読むことは、最後まで集中して、また、楽に読めるようにしてくれます。

エホバの証人たちはものみの塔による「教え=教育」を連日のように受けていますが、
また、聖書を何度も通読する仕組みさえ整えられていますが、
そのため、知識としては沢山のことが頭に入っています
しかし、
それでも「理解」という点では知識程ではありません
なぜなら、
彼らは「ものみの塔の教えをただ聞いているだけ」「聞かされているだけ」だからです。
疑問や理解出来ない点までじっくり考えることが殆どないのです。
これでは、いくら聖書を学んでも「意味」がありません

聖書の内容を沢山知ってはいますがその「理解と適用」ものみの塔の
教えだけであり、しかも、これに異論を唱えることは「受け入れられておらず」、独善的なのです。
それをエホバの証人たちは「信じて受け入れている」「信じ込まされている」のです。

エホバの証人たちはもっと賢くあるべきです。
疑問や反論を「拒絶」する会衆の長老たちや協会の支部の人たちは「間違っています

 

イエス・キリストは「書士やパリサイ人」の質問や挑発にも「正しく返答」しているからです。
 

明らかに、こうした点でもものみ塔は「間違っている」のです。
しかも、そうした人を「排斥」という「実に馬鹿げた」ことまでしているのです。

疑問や反論は「分裂でも分派」でもありません。
単なる「疑問」であり、より正しく、あるいは、深く理解しようとしているだけなのです。

 

ものみの塔はこうした行為すら「排除」しているのです。

イエス・キリストの弟子たちでさえ、理解出来ないことを何度も質問しています。

ですから、現状のエホバの証人たちは「正しい理解に至る手段」を封じられているのは明白です。
これで、まともに「神のことば」を語れる訳がありません

殆どのエホバの証人たちは「ものみの塔の受け売り」しか出来ないようにされているのです。

ですから、彼らの殆どの人は「本当の確信を抱いてはいない」のは明白です。
ただ、ものみの塔の言う通りにさせられているだけなのです。

こういうエホバの証人の多くは、
今の生活をある意味「犠牲」にしながら、最後にイエス・キリストに捨てられるという「悲惨」さを経験することになるのです。

いや、初めからイエス・キリストに「是認」されていないのです。

彼らが捨てられるという預言(予言ではなく、預言です)は確かなものとなるでしょう。

他のどんなキリスト教の信者については「言うに及ばず」です。
初めから「捨てられている」からです。

あなたは、生き続けたいのですか?
それとも、
真理を知りたいのですか?

報いは神からの賜物です。
それは人間が要求したり、神に義務を与えることの出来るものではありません。

あなたはこの点を理解していますか?

ものみの塔の言うように、
神のおきてを守れば「永遠の命」に至ることが出来るというのは、神の賜物なのです。

人間が決められるような事柄ではないのです。


ものみの塔はエホバの証人たちに「神とイエス・キリストに信仰を働かせ忠実」であるよう「助言」を繰り返しています。
しかし、
ものみの塔の「その助言や指導」に従っても、永遠の命の保証は何一つないのです。

すべては神の賜物だからです。

個人的に、アブラハムのような、あるいは、イエス・キリストと「契約」を結ぶことの出来る人間は、現代には一人もいません

すべては「神とイエス・キリストとの御心次第」なのです。

パウロが求めていたのは、アブラハムの胤の一人になることでも、新しい契約である神の王国の一員となることでも、天への復活でもありません。
パウロが求めていたのは「神とイエス・キリストによる是認だけ」だったのです。

そのために、パウロはあらゆるものを犠牲にしました。
個人的なこと、利己的なことは一切求めませんでした。
無論、生活の心配もしたことはありません。
パウロは何も持ってはいませんでしたが、それでも全く心配していなかったのです。
しかし、
実際には必要以上の多くのものを与えられました

今の統治体の、いや、ものみの塔の組織の上部にいる人たちのように、
寄付で安穏と暮らすことはなかったのです。

彼らは、信者を貪り食う野獣なのです。

この点、旧統一教会の組織を運営している人たちと何ら変わりはありません。

クリスチャンのすべては、このパウロに見倣う必要があるのです。

そうでない人は「神エホバとイエス・キリストに捨てられる」のです。
例え、
事物の体制の滅びを生き残ったとしても
それは「一時の猶予を与えられたに過ぎない」のです。

あなたには、これを理解出来ますか?

もし、理解出来るのであれば
ものみの塔がどんなに「善いことを言った」としても、

ものみの塔から「離れ、信仰において自立し、真の崇拝」を目指すでしょう。

これ以外に「真の救い」はありません

真の救い事物の体制の滅びを「生き残る」ことではないのです。

ものみの塔の「ことばに踊らされている」のです。

イエスは、真の救いに至る「道」に関して次のように言いました。
マタイ19:16-29
16 さて,見よ,ある人が彼のところに来て,こう言った。「師よ,永遠の命を得るために,わたしはどんな善いことを行なわなければならないでしょうか」。
17 [イエス]は彼に言われた,「なぜあなたは善いことについてわたしに尋ねるのですか。善い方はお一人だけなのです。しかし,命に入りたいと思うならば,おきてを絶えず守り行ないなさい」。
18 彼は言った,「どの[おきて]ですか」。イエスは言われた,「ほかでもない,あなたは殺人をしてはならない,姦淫を犯してはならない,盗んではならない,偽りの証しをしてはならない,
19 [あなたの]父と母を敬いなさい,そして,隣人を自分自身のように愛さねばならない」。
20 その青年は言った,「わたしはそれらをみな守ってきました。まだ何が足りないのですか」。
21 イエスは言われた,「完全でありたいと思うなら,行って,自分の持ち物を売り,貧しい人たちに与えなさい。そうすれば,天に宝を持つようになるでしょう。それから,来て,わたしの追随者になりなさい」。
22 このことばを聞くと,青年は悲嘆して去って行った。多くの資産を有していたからである。
23 しかしイエスは弟子たちにこう言われた。「あなた方に真実に言いますが,富んだ人が天の王国に入るのは難しいことでしょう。
24 再びあなた方に言いますが,富んだ人が神の王国に入るよりは,らくだが針の穴を通るほうが易しいのです」。
25 それを聞くと,弟子たちは非常な驚きを表わして,「いったいだれが救いを得られるのでしょうか」と言った。
26 イエスは彼らの顔をまともに見て言われた,「人にとってこれは不可能でも,神にとってはすべてのことが可能です」。
27 その時ペテロが答えて言った,「ご覧ください,わたしたちはすべてのものを後にして,あなたに従ってまいりました。実際のところ,わたしたちのためには何があるのでしょうか」。
28 イエスは彼らに言われた,「あなた方に真実に言いますが,再創造のさい,人の子が自分の栄光の座に座るときには,わたしに従ってきたあなた方自身も十二の座に座り,イスラエルの十二の部族を裁くでしょう。
29 そして,わたしの名のために,家,兄弟,姉妹,父,母,子供,あるいは地所を後にした者は皆,その幾倍も受け,また永遠の命を受け継ぐでしょう

ルカ10:25-37、
25 さて,見よ,律法に通じたある人が立ち上がり,彼を試そうとしてこう言った。「師よ,何をすれば,わたしは永遠の命を受け継げるでしょうか」。
26 [イエス]は彼に言われた,「律法には何と書いてありますか。あなたはどう読みますか」。
27 彼は答えて言った,「『あなたは,心をこめ,魂をこめ,力をこめ,思いをこめてあなたの神エホバを愛さねばならない』,そして,『あなたの隣人を自分自身のように[愛さねばならない]』」。
28 [イエス]は彼に言われた,「あなたは正しく答えました。『このことを行ないつづけなさい。そうすれば命を得ます』」。
29 しかしその人は,自分が義にかなっていることを示そうとしてイエスに言った,「わたしの隣人とはいったいだれでしょうか」。

(この人はイエスに尋ねる動機が間違っている上に、イエスを試そうとしていたのである。

が、それでもイエスは彼に返答をしている。)
30 イエスは答えて言われた,「ある人がエルサレムからエリコに下って行く途中で,強盗たちに襲われました。彼らはその衣をはいだうえに殴打を加え,その人を半殺しにして去って行きました。
31 さて,たまたま,ある祭司がその道路を下って行くところでしたが,その人を見ると,反対側を通って行ってしまいました。
32 同じように,ひとりのレビ人もまた,そこまで来て彼を見ると,反対側を通って行ってしまいました。
33 ところが,その道路を旅行していたあるサマリア人がやって来ましたが,彼を見て哀れに思いました。
34 それで,その人に近づき,その傷に油とぶどう酒を注いで包帯をしてやりました。それから彼を自分の畜獣に乗せ,宿屋に連れて行って世話をしたのです。
35 そして次の日,デナリ二つを取り出し,それを宿屋の主人に渡して,こう言いました。『この人の世話をしてください。そして,何でもこれ以外にかかるものがあれば,わたしがここに戻って来たときに返しますから』。
36 これら三人のうちだれが,強盗に襲われた人に対して隣人になったと思いますか」。
37 彼は言った,「その人に対して憐れみ深く行動した者です」。するとイエスは言われた,「行って,あなたも同じようにしてゆきなさい」。

ルカ18:18-30、
18 また,ある支配者が彼に質問してこう言った。「善い師よ,何をすれば,わたしは永遠の命を受け継げるでしょうか」。
19 イエスは彼に言われた,「なぜわたしのことを善いと呼ぶのですか。ただひとりの方,神のほかには,だれも善い者はいません。
20 あなたはおきてを知っています。『姦淫を犯してはいけない,殺人をしてはいけない,盗んではいけない,偽りの証しをしてはいけない,あなたの父と母を敬いなさい』」。
21 すると彼は言った,「わたしはそれらをみな若い時からずっと守ってきました」。
22 それを聞いてから,イエスは彼に言われた,「あなたには足りないことがまだ一つあります。あなたの持っている物をみな売って,貧しい人々に配りなさい。そうすれば,天に宝を持つようになるでしょう。それから,来て,わたしの追随者になりなさい」。
(イエスは、例えとして述べたのであり、かつ、自分の持つ資産を貧しい人に配ることが重要だと言っている訳ではありません。
イエスが言っているように、それを行うことは神に対して行っていると同じことなのです。
加えて、
イエスの追随者には、そのような富は必要ないのです。
極端に言えば、今日のパンさえあればそれで十分なのです。)(参考:ヤコブ2:5-9)
23 これを聞いて,彼は深く悲しんだ。彼は非常に富んでいたからである。
24 イエスは彼をじっと見て,こう言われた。「お金を持つ人々が神の王国に入って行くのは何と難しいことなのでしょう。
25 実際,富んだ人が神の王国に入るよりは,らくだが縫い針の穴を通るほうが易しいのです」。
26 これを聞いた者たちは,「果たしてだれが救いを得られるのでしょうか」と言った。27 [イエス]は言われた,「人には不可能な事も,神にとっては可能です」。
28 しかしペテロは言った,「ご覧ください,わたしたちは自分のものを後にして,あなたに従ってまいりました」。29 [イエス]は彼らに言われた,「あなた方に真実に言いますが,神の王国のために,家,妻,兄弟,親,あるいは子供を後にした者で,
30 この時期にいずれにしても何倍も得,来たらんとする事物の体制で永遠の命を得ない者はいません」。

-マタイ19:16-26とルカ18:18-30は同じ場面です。
この二つの出来事は「永遠の命」を求める人に対するイエス・キリストの返答です。

人々の関心が「永遠の命」であることが分かります。

これは、現代でも同じです。)

 

しかし、イエスの返答から何が分かるでしょうか。
イエス・キリストは何を言いたかったのでしょうか。

永遠の命」のことを言っていたのでしょうか?
単に、表面的な事柄に従っていただけでは「不十分」であることを示されました
加えて、自分の資産のすべてを売って「身軽になってから、追随者になりなさい」とも言っています。
自分の資産を貧しい人に分け与えることはそれほど重要なことではないのです。

 

他の場面でも「永遠の命」について述べていますが、

「永遠の命」は報いとして与えられているものであり、それは、イエス・キリストの追随者に必要なのは、この世の資産などではなく、それよりももっと価値のあるもの、イエス・キリストに信仰を働かせ、イエス・キリストのおきてを守り行うことによって、いわば副次的に与えられるものなのです。
(ただし、上記でイエスが言われたこの時点では、まだ律法の下のあったのでイエスはこのように言われたのです。
それでも、地における権威を与えられてはいました。-マタイ9:6)

イエス・キリストは更に次のようにも言われました。
マタイ15:8-11
8 『この民は唇でわたしを敬うが,その心はわたしから遠く離れている
9 彼らがわたしを崇拝しつづけるのは無駄なことである。・・・』」。
10 そうして,群衆を近くに呼んでこう言われた。「聴いて,その意味を悟りなさい
11 口の中に入るものが人を汚すのではありません。口から出るものが人を汚すのです」。

神とイエス・キリストは「人の表面だけ」を見ているわけではありません。
常に、「人の心」を見ているのです。

信仰において「従うこと」は表面的なことです。
しかし、その心は「正しい」とは限りません。

パウロでさえ自分と格闘していました
-ローマ7:13-25
13 では,良いものがわたしにとって死となったのですか。断じてそのようなことはないように! そうではなく,罪がそうなったのです。それが良いものを通してわたしに死を生み出すそうした罪として示されるためであり,罪がおきてを通していよいよ罪深いものとなるためでした。
14 わたしたちが知っているとおり,律法は霊的なものであるからです。しかしわたしは肉的であって,罪のもとに売られているのです。
15 わたしは自分の生み出しているものを知らないからです。自分の願うところ,それをわたしは実践せず,かえって自分の憎むところ,それを行なっているのです。

(これは、無意識の内にしてしまっている罪に関して言っている。)
16 しかし,自分の願わないところ,それがわたしの行なうところとなっているなら,わたしは,律法がりっぱなものであることに同意しているのです。
17 しかし今,それを生み出しているのはもはやわたしではなく,わたしのうちに住む罪です。
18 わたしは自分のうち,つまり自分の肉のうちに,良いものが何も宿っていないことを知っているのです。願う能力はわたしにあるのですが,りっぱな事柄を生み出す能力はないからです。
19 自分の願う良い事柄は行なわず,自分の願わない悪い事柄,それが自分の常に行なうところとなっているのです。

20 では,自分の願わない事柄,それがわたしの行なうところであるなら,それを生み出しているのはもはやわたしではなく,わたしのうちに宿っている罪です。

無意識の罪について話している。)
21 そこでわたしは,自分の場合にこの法則を見いだします。自分では正しいことをしたいと願うのに,悪が自分にあるということです。
22 わたしは,内なる人にしたがえば神の律法をほんとうに喜んでいますが,
23 自分の肢体の中では別の律法がわたしの思いの律法と戦い,わたしをとりこにして肢体の中にある罪の律法へと引いて行くのを見ます。
24 わたしは実に惨めな人間です! こうして死につつある体から,だれがわたしを救い出してくれるでしょうか。
25 わたしたちの主イエス・キリストを通してただ神に感謝すべきです! こうして,わたし自身は,思いでは神の律法に対する奴隷ですが,肉においては罪の律法に対する[奴隷]なのです。

パウロは律法に通じ、加えて、そこにイエス・キリストに関する正しい知識が加わり、イエス・キリストの求めに応じました
にも拘わらずパウロは上記のように「自分の至らない」点を述べています。

パウロでさえこのようなのですから、他のキリストに信仰を働かせる人たちは「もっと罪深いことをしている」のです。
それを自覚出来ない、あるいは、自覚しても「正せない」上に「組織からも離れられない」エホバの証人たちは「惨め」であると言えます。

エホバの証人であっても、そうでなくても、まだ、正しい道を歩む時間は残されています
しかし、
その時間は残り僅かなのです。

 

あなたはこれらを信じますか、信じて行うなら「救われる者となる」でしょう

知恵を求める人のためのブログです。

創世記からルツ記まで紹介しましたが、
ノアの洪水はBC2370と言われていますから、その当時から改めて人類の歴史が始まりましたが、学校の歴史で習う石器時代や縄文時代というイメージは全くありません。
初めから、今と同じように話をし、道具を用いて農耕をし家畜を飼っていました。
その後BC2000年頃のアブラハムの時代には布か麻による衣服を着ていたのです。
当然、道具を作る技術も布を作る技術もあり、また、サンダルを作って履いていたのです。

生活スタイルは古代では天幕による移動生活で、現代では都市で文明化した生活という違いはありますが、基本的な生活は今と殆ど変わらないのです。

イスラエルがカナンに住むようになってから都市に定着して住むようになりました。
畑で麦を作ったりぶどうを栽培したり羊と山羊や牛などを放牧していました。
ただ、衣類や道具やすることなどが古いというだけで、人の考えや生き方や気持ちなどは今と殆ど変わっていなかったのです。

主に西暦前の人々の状態を考えれば、
1 神エホバによる法による支配と、
2 イスラエル人以外の人々、聖書的な言い方をすれば諸国民の人々の「偶像崇拝と淫行と力」による支配
という異なる支配が存在していました。

アブラハムの子孫が神エホバから律法を与えられたのはBC1513年ですが、
他方では、
BC1750年頃のバビロニアには、いわゆるハンムラビ法典という、律法に似たものが既に存在していましたが、すべての民族がこれに従っていた訳ではありません。
この法典はそれ以前にその地方のシュメール文明の影響を受けていたとも言われています。
ヤコブの息子のヨセフがエジプトへ売られて行った当時のBC1750年頃のエジプトには、既に法律があったとされています。
エジプトでは国家としての法でしたが、ハンムラビ法典はハンムラビ王がバビロニア地方に広く散在させたものといわれていますから、いわゆる国家の法という訳ではありませんでした。

イスラエルの律法は、国家としての法律です。

大別すると二つのグループに分けられますが、それはAD100年頃までのことで、イスラエルが国家として滅ぼされてから一つグループしか存在しておらず、イエス・キリストの使徒たちが死んだ後は、ただ、正確な知識も聖霊も受けていない弟子たちとイエス・キリストのおきてと聖書だけが残された状態と言えます。
それでも、イエスは小麦と雑草の例えで説明しているように、いわゆるクリスチャンの中でも小麦(真のイエス・キリストの弟子たち)と雑草(偽の、背教や分裂をもたらしている弟子たち)の二つのグループが存在しています。

この二つのグループは、収穫の時期、つまり、事物の体制の滅びの時までは共に成長し、刈り取る時に明確に分かるものとなるのです。

そして、その時が「今」なのです。


諸国民の力による支配の歴史は、学校で習う世界史の通りです。
一方、イスラエルの歴史は聖書の中に記述されている歴史ですが学校では習いません。

いわゆる、世界の歴史は諸国民の歴史であり、イスラエルの歴史は「宗教の歴史」であり、
人間の世界神による世界の違いであるため、普通の学校では宗教は扱わないのです。

どちらが「人間の根本問題」をより深く考慮しているかと言えば聖書の方です。

現在の世界の状態を見ても、この問題を人間が解決出来ないことは明白です。

例えば、ロシアのウクライナ侵攻を誰も止められませんし、プーチンに罰を加えることも出来ていません。
ハマスによるイスラエルの攻撃に関しても同様です。
間もなく、ガザはイスラエル軍によって完全に制圧されるでしょう。
それでも問題は解決出来ないのです。

北朝鮮の問題、中国の問題、ミャンマーの軍事政権の問題、アメリカの政治や銃規制の問題、
その他の国々の経済や犯罪の問題、
どれをとっても、人間が解決出来ていないのです。

日本国内でも、経済の問題、人口減少の問題、人々の生活や犯罪などの問題、政治家の不正やモラルの問題、
法律の悪用、あるいは、冤罪、性的暴行や被害の問題、
とれを取っても、全く解決出来ていません

人間は科学技術の進歩を誇っていますが、身の回りのことを全く解決出来ていないのです。

古代イスラエルでは、神エホバのおきてや律法に従っている限り、人々の間には「全く騒乱」はなかったのです。
人々は平和の内に安心して暮らしていたのです。

人間がそれに逆らって欲望を顕わにしたので問題が生じたのです。

皆さんは、この事実をどのように考えますか?

皆さんの多くは、聖書を知らないのです。
聖書に対する理解を深めれば、今の世界の体制が如何に「悪い状態」かが理解出来るでしょう。

聖書は、単なる宗教の本ではないのです。
つまり、人間の考え、振る舞い、行動などの道徳や人生の歩み方を示す本だけではないのです。

他の宗教の教えは、人間個人、あるいは、人間関係のみの考えを教えています。
日本では結婚の誓いを神に、死んだら寺に葬られます。
単なる、儀式に過ぎません。
殆ど意味をなさないものです。

聖書はそうではありません。
おきてや律法や司法上の定めや法令で「人間」を正しく導くための在り方を示してるだけではなく、
人間が抱えているすべての問題を解決する方法をも示しているのです。

政治の腐敗、独裁政権、公務員の不正、人々の不正、犯罪、姦淫、淫行、病気、そして死とあらゆる問題の解決策を示しており、
しかも、そうする力も能力もあることを、既に実証されてるのです。

今の私たちは、その実証を目の当たりにすることは出来ません。
しかし、それは事実として聖書に記されているのです。

信じるか否かはその人自身の問題です。

しかし、それによって、自分の命が関係していると言えばどうでしょうか。

誰も、信じなければ「ダメだ」などとは言いません。
決めるのは「あなた自身」だからです。

脅しでもありません。
あなたは自由に生きることは出来ます。
しかし、その生き方に「神は責任を問われる」ということを知る必要があるのです。

医者が言うように「輸血しなければ死にます」というものでもありません。

信じるか否かに対する「条件」は一つもないのです。
ただ、信じた後は「従う必要」が生じるというものです。

聖書を信じる、突き詰めればイエス・キリストに信仰を働かせ、イエスの教え、命令に従うなら、少なくとも自分自身に関するすべての問題は解決するのです。

聖書を知らない人は、この「イエス・キリストに信仰を働かせる」ということはどういうことなのかを知る必要があります。

単に、自分が「世の終わりを生き残る、つまり、救われる」ということだけではないのです。

すべての問題が解決されるのです。
そうした状態、状況の中で生きられる、過ごせるという「希望」を得ることが出来るのです。

これを読んで、聖書を読んで見よう、調べてみようと思った人は「幸いな者」となるかも知れません。

まず、聖書を自分で読んで内容を知って下さい
聖書の読み方は、わたしのブログを参考にして下さい。

 

 

 

 

これらを順番に読んで下さい。

そうすれば、誰の影響も受けずに、偏見を抱かずに純粋に聖書を読む方法が分かります。


ただし、
くれぐれも、キリスト教の教会やものみの塔に行ってはなりません。

彼らは、誤った方向と考えに人を導くからです。

真理を自分のものにしたければ、自分自身で理解をする必要があるのです。
勿論、聖書を良く理解している人の助言、助けは参考にはなりますが、それを鵜呑みにしてもならないのです。

わたしも助言や参考となることなどを示すことは出来ますが、また、知識を与えることも出来ますが、理解し信じるか否かは自分で決めることです。

++++++++++++++++++++
追記
もしかすると、聖書にこのようなことが書いてあるのを始めて知ったという人もいるかも知れません。
また、
ある人は、
聖書を読んでいても、神話や物語であるとしか受け止めていなかったかも知れません。
更には、
聖書を調べている人でも、聖書の中の現実を「詳細にイメージ出来ず、単なる参照や根拠にしか捉えていなかったかも知れません。

いずれにしろ、聖書の中の内容は、すべて事実であり、冒頭にも述べましたように人間性としては古代の人間も今の人間も基本的には全く変わっていないのです。

それだけではなく、聖書の意義は、
神の存在、天地人の存在、人の悪や死の存在、人の争いや病気や死からの救済方法が記されていることです。

あなたはこうした点でいつまでも無知のままで良いですか?
もし、今変わらなければ、
自分の先祖と同じように死んで行くだけです。

しかし、
もし、聖書で記されている復活や永遠の命を享受することを「望む」のであれば
聖書からその方法を学ぶことです。

人生は、この二者択一しか存在していないのです。

どちらを選択するかは、その人の自由です。
そうです、誰もが行使することを望んでいる「自由な選択」です。

ですが、その選択の結果は全く正反対です。

全体が分かっている人の選択は簡単です。
それでも正しい選択、命を選択するとは限りません

今の生活を自由に謳歌したいと思う人もいるのです。
それはそれで良いのです。
その人の選択であり命に対する自分の責任だからです。

誰も、他人が決めることが出来ない、あるいは、他人に強制されない事なのです。

ただ、聖書の預言に対する理解が正しければ、
今は終わりの時で、残されている時間が少ないということです。
その短い時間の間に「命を選択」し、かつ、それを手に入れる方法を理解し、それを行うことが出来る必要があるのです。

21世紀に入って世界は益々混乱と不安の中にあります。
人間の知恵や科学の進歩、快適な暮らし、自己満足、自己本位の生活などだけに目を止めず、
人類に不幸をもたらしている現実に目を向けるべきです。

科学の進歩は人類を危機的状況に追い込んでいます。
人類はもはや「解決」する限界を超えているのです。

今、直ちに全地のすべてを一掃すれば、地球と人は回復します。
しかし、人類にはその能力がないのです。

あなたは月や火星に逃れたいと思いますか?
しかし、
そこでは、地球のように快適には暮らせないし、生命維持装置が不可欠です。
それが破壊されたら「一瞬の内に死んでしまう」のです。

これは宇宙ステーションでの暮らしも同じです。
第一食糧が直ぐになくなってしまいます。
加えて、隕石や人類が撒き散らしている宇宙ゴミなどの衝突により宇宙ステーションが破壊され死んでしまうかも知れません。
それだけではなく、太陽の異常な程の爆発により発せられる強烈なプラズマは命の危険となるのです。

地球が一番安全な住処なのです。
その安全な住処を人類は破壊し滅亡の危険に曝しているのは「科学の進歩」なのです。

人間は賢いようで愚かなのです。
いわゆる、「浅知恵」というものです。

原子力発電、自動運転、AIによる診断や手術、EV車、太陽光発電、新薬の開発、
遺伝子や物質の解明、人体の解明、衛星と通信技術、AIによるロボット化で正確さと危険回避、
あらゆる機器の遠隔操作などなど、
人類に役立ちそうな技術ばかりです。

更には、斬新で美味しい食べ物の工夫、様々な種類の酒の製造、遺伝子組み換えなどの農業の生産性を上げる技術と農薬、
衣類は捨てる程余っているのに斬新で新しいものを新しい製造方法での大量生産などなど、
良いことづくめのように思えます

しかし、
これらのために、日々地球と地球環境は破壊されているのです。
プラスチックごみやナイロンなどそのままでは自然に還らないものによる環境汚染と破壊もあります。
食料分配の不公平もあります。

今人々に必要なのは、聖書から「救われるための方法」を学び、イエス・キリストのおきてを守り行うことです。
そのためには、イエス・キリストのおきてを学ぶ必要があります。
これに加えて、イエス・キリストの命令「イエス・キリストについての良いたより」を宣明し人々をイエス・キリストの弟子としイエス・キリストの命令を守り行うことを教えることです。

ただし、バプテスマを受けることに関しては、そうする権限のある人にしてもらう必要がありますが、
神の霊を受けたそのような権限のある人を見つけなくてはなりません

現代にそのような、いわば、イエス・キリストの使徒たちのような人が存在していないことは事実です。
ですから、バプテスマに関しては「保留」にしなければなりません。

それでも、
1 心の割礼(心の中の余分なもの、つまり、心の汚れを除き去ること)
-分かり易く言えば、今まで持っていた欲望、淫行など肉の業を除き去ること
2 心でバプテスマ(以前の生活を悔い改め、罪に関して自分を死んだものとし、霊によって再び生きること、神エホバに献身をすること)
-分かり易く言えば、神のおきてを守り行うことを心の中で決意すること
を受けることは出来ると考えています。

ヨハネによるバプテスマも、イエスによるバプテスマも、当時は同じ意味を持っていました。
それは「悔い改め」のバプテスマ、つまり、その人の罪を除き去ることでありました。
罪を告白し、悔い改めたことを示すためにバプテスマを受けたのです。-マタイ3:6

ペンテコステの日に聖霊が天から下り、そこにいた人々に聖霊が配られたことにより、
イエス・キリストによる聖霊でバプテスマを受けると言ったバプテストのヨハネのこの言葉は成就しました。
-使徒2:4(参考:ヨハネ7:38-39)

従って、文字通りのバプテスマは必ずしも必要ないのではないかと考えられます。
なぜなら、施す人が現存していないからです。

ペテロは、「悔い改めさない。そしてあなた方ひとりひとりは、罪の許しのためにイエス・キリストの名においてバプテスマを受けなさい。そうすれば、無償の賜物として聖霊を受けるでしょう。」-使徒2:38-42
(聖霊を受けると言っても、病人を癒したり奇跡的なことを行うということではありません。聖霊の賜物は、人によって異なることが分かります。)

また、このバプテスマは、
イエス・キリストを信じる、つまり、イエス・キリストに信仰を持ちそのおきてに従うことの表明でもあります。
「神の王国とイエス・キリストの名についての良いたよりを宣明していたフィリポのことばを信じた時、彼らは、ついで(続けて)、男も女もバプテスマを受けた
しかし、これだけでは聖霊を受けてはいませんでした
そのため、
ペテロとヨハネが派遣され、彼らがその人たちの上に(頭に)手を置いてゆくと、彼らは聖霊を受けるようになった」と記されています。-使徒8:12

更に、
イエス・キリストを信じる者はバプテストのヨハネのバプテスマではなく、イエス・キリストの名によってバプテストを受ける必要がありました。
そして、パウロが彼らの上に手を置くと、聖霊が彼らに臨み、彼らはいろんな国語で話したり預言したりするようになったと記されています。-使徒19:1-7

(参考:この例から、バプテスマは皆同じではないことが分かります。
 もし、過去にバプテスマを受けた人が「何のバプテスマを受けたのかを自覚」していないなら、
改めて「明確な意思と自覚」のもとにバプテスマを受けることは出来るということです。
こうしたことは、神に受け入れられました。その証拠に聖霊が彼らに臨んだからです。

しかし、現代ではパウロのような施す人が存在していないのです。)

使徒たちがいないとバプテスマを受けても「聖霊」を受けることが出来ないことは明白です。
参考:バプテスマを施すには資格もしくは権限が必要であることも分かります。-ヨハネ1:25

バプテストのヨハネもイエス・キリストの弟子たちも、エホバからその権限を与えられていました
つまり、
現代に使徒たちがいない以上、誰一人としてバプテスマを受けたり「聖霊」を受けたりすることは出来ないのです。
なるほど、バプテスマを受けることが出来るかも知れません。
しかし、聖霊を受けることは出来ないのです。

この点でも、
ものみの塔の主張が誤りであることが分かります。
1 ものみの塔の長老たちは誰一人「聖霊」を受けてはいない
2 長老たちの言う「権威」も、誰も与えられてはいない
  彼らにエホバの証人たちを「従わせる権威」も「裁く権威」もは与えられてはいない。
3 いわゆる統治体と言われる人々も「聖霊」を受けてはいない
4 ものみの塔は、エホバとイエスの名を語ってはいるが「神の組織」ではない
のです。

更に、
パウロはコリント(一)12:1-14:40で、
神の賜物である「霊の賜物」につてい語っています。
その中で、
霊つまり聖霊は同じでも、賜物は一人ひとり異なると言っています。-12:11
加えて、その「霊の賜物」は廃されるとも述べています。-13:8-10

従って、現代では「聖霊」を受ける人も「霊の賜物」を受ける人も行う人も存在しないのです。

自分の信仰が神とイエス・キリストに受け入れられるか否かは「結果」でしか分かりません。
もし、受け入れられたのであれば、自分の活動に変化が現れるでしょう。

そうでなくても、イエス・キリストのおきてに従っていれば「必ず受け入れられるという信仰」があれば、
必ず受け入れられるのです。
イエス・キリストはそれを約束しているからです。-ヨハネ3:16、3:36、6:35-40

そのためには、
イエス・キリストのおきてを知り理解している必要があります。
もし、知らずに、また、理解もせずに「信仰を持っている」という人は「嘘つきです

イエス・キリストに信仰を持つとは、
ただ、イエス・キリストの名を語り多くのことを成し遂げるということだけではないのです。
イエス・キリストの「真意を本当に理解」し、それを「行っている」必要があるのです。
そうでなければ、イエス・キリストはそのような人を知らないと言っています。-マタイ7:21-23

ヤコブは信仰も業が伴っていないなら、それだけでは死んでいると言いました。-ヤコブ2:17
この業とは、イエス・キリストのおきてと命令を守り行うことです。

他にも、ヘブライ人への手紙やヤコブの手紙には「信仰とはどのようなものか」が記されています。

イエス・キリストを知るとはどういうことなのかを理解する必要があるのです。
イエス・キリストのおきてと命令を本当に守り行っている人は「イエス・キリストに是認」されるのです。

バプテスマを受けることは「自分の意思の表明」であり、聖霊を受けることは「是認されたことの証」なのです。
加えて、
聖霊を受けても「賜物」が目に見える形ではっきりと現れるとは限りません。

実際、神は人の心や考えに「ご自分の考え」を入れることが出来るのです。
しかし、それを人は自覚しない、あるいは、出来ないのです。

現代に於いても、神の霊は誰かに働いていると考えるのは自然であり道理です。
それをイエス・キリストがいわば「差配」するのです。
イエス・キリストにはその権威が与えられているからです。

実際、聖霊を受けた人が行う「霊の事柄」に「誤り」は全くないのです。
なぜなら、それは「神から出ている」からです。

例え、聖霊を受けたと称して「霊の事柄」を行ったり言ったとしても、
その通りにならなければ、それは「神からのものではありません

この点、ものみの塔の言うことは「その通りになりませんでした
ですから、
彼らは「聖霊」を受けていないことは「明らか」なのです。

聖霊を受けていると言うものみの塔は「嘘つき」なのです。
この点で、ものみの塔の信者であるエホバの証人は「騙されている」のです。
ものみの塔は神とイエス・キリストの名を語る「かたり者」であり、彼らに「救い」はないのです。
彼らがどんなに「良いこと」を言っても信じてはなりません。
滅びの道となるからです。

ですから、
聖書を調べ学ぶにしても、「ものみの塔とエホバの証人」や「キリスト教の教会の牧師など」の所へは行ってはならないのです。

信じられるのは「聖書」そのものだけです。
ですから、わたしの言うことを参考にしながら「聖書そのもの」を調べて下さい。

そうすれば「命に至る道」を歩めるようになるかも知れません。

 

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初めに

 

7 ルツ記(買い戻しと義兄弟結婚の実例)
サムエルによる買戻しの出来事の記録
記された場所:イスラエル 
記された年:BC1090頃 
扱われている年代:裁き人の支配期間の内の11年間
  
概要
ナオミに堅く付くというルツの決定(1:1-1:22)
ルツはボアズの畑で落ち穂を拾う(2:1-2:33)
ボアズは買い戻しとしてルツと結婚する(3:1-4:22)

 

意義
1 律法に基づく、買い戻しを例示している
買い戻しの権利とその権利の行使の仕方に関する慣例
買い戻しの権利のある者が他の兄弟に譲る時には、自分のサンダルを脱いで、その者に与えることであった。
   
証人たちを必ず立てる
民のすべての前で、これを話し、年長者たちもこれを認め「証人です」と言う必要があった。
 
2 イエスの系図の一つを示している
ペレツからダビデまでの系図を記している。

 

3 ボアズがモーセの律法に忠実な者であったことを示している。

参考:
アダムからノア、セム、テラ、アブラハムまでははっきりしている。
アブラハムから、イサク、ヤコブ、ユダ、ペレツまでもはっきりしている。
ペレツからダビデまでもはっきりしている。
ダビデからイエスまでは、二系統で示されている。

 

養父ヨセフの家系
ダビデからソロモンの家系は、ヨセフ家系
王統の系列であり、必ずしも長子ではない。
マタイがこれを示している。

母マリアの家系
ダビデからナタンの家系は、マリアの家系
血筋の系列である。
ルカがこれを示している。

(参考:ここで、イエスの養父ヨセフはヘリの子と示されているが、ヘリはイエスの母マリアの父である。)

 

いずれにしろ、共にダビデの家系であったことははっきりしている。

イスラエルの系図は、すべて男系の系図である。
したがって、
母となる者が、必ずしもイスラエルの子らでなくとも良い
ペレツの母タマル
ボアズの母ラハブ
オベデの母ルツ
などはユダヤ人ではない。  

しかし、ヘブライ語聖書(旧約聖書の内容)から、ダビデからイエスまでの系図を書き出すのは困難な部分がある。

際立った点
ルツはナオミとその神エホバのもとにとどまることを決意する
ルツはボアズの畑で落穂を拾う
ボアズは買い戻す者としてルツ(ナオミ)と結婚する(義兄弟結婚-申命記25:5-10)

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内容と解説(買い戻しと義兄弟結婚の実例)
これは、裁き人の時代の出来事である。

 

1章
その地に飢きんが起きたため、エリメレクは、ベツレヘムからモアブの野へ移住した。

(モアブはロトの上の娘の子らの子孫の土地で、約束の地に入る前、モーセに引き入れられたイスラエルの子らとモアブ人が争うことをエホバは許さなかった。)
エリメレクはユダのベツレヘムから出たエフラタ人であった。

ベツレヘムの住人をエフラタ人と呼んでいた。


エリメレクが死んだ後、十年後に、二人の息子たちも死んだ

息子たちに子がいなかった。

そのため、エリメレクの妻ナオミはベツレヘムに帰ることにした。
二人の息子の妻ルツとオルパ(二人ともモアブ人)に、自分の母の家に帰るようにと告げるが、ルツはナオミの元にとどまった。

大麦の収穫の時期に、ナオミたちはベツレヘムの着いた。
自分たちの噂が広がり、ナオミはその評判を気にした。ルツ1:19-20

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2章
ナオミには、夫エリメレクに近親者で富裕な人ボアズがいた。
(エリメレクは長男、次男、ボアズは三男だった。)
ルツは、ボアズの畑に、落穂拾いに行き、ボアズはそれに気が付いた。
その後、ボアズはルツに、自分の畑からのみ落穂を拾い、自分のところの若い女たちの直ぐ傍にいるようにと告げた。
ルツはその通りにした。
ボアズは、若い男たちがルツに触れることを禁じた
ボアズは、ナオミとルツの事情を良く知り、親切にした。

これを聞いたナオミは、ボアズが自分たちの買い戻し人の一人であるとルツに告げた。
(ナオミはボアズが自分の買い戻し人の一人であることを知っていたので、ルツにボアズの畑に行く

よう指示したと思われる。)

 

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3章
(ナオミたちは、非常に貧しく、誰かに養ってもらう必要があった。
ナオミは、当然買い戻し人について知っており、ボアズがその一人であることも知っていた。
ボアズが富裕の人であることも知っていた。
ボアズの人となりまで知っていたかどうかはわからないが、自分たちを養ってくれるには十分であると考えていたと思われる。)

ナオミはルツの幸せのために、画策をした。
ナオミはルツに、身を洗って油を塗り、マントを着て脱穀場に行き、ボアズが食べたり飲んだりし終えるまで、気付かないようにし(隠れていて)、ボアズが横になる時、ボアズの足元に横たわっているように(横になって)と話した。
(収穫の時期、脱穀場で食事をし休息を取っていたと思われる。
畑は、おそらく都市の外にあり、収穫の時期は、自分の家に帰らなかったと思われる。)

 

その後のことは、ボアズが指図してくれるとも言った。
ルツは言われた通りにした。

夜中になって、ボアズはルツに気が付いた。
その時、ルツはボアズに、あなたは私の買い戻し人だと伝えた
(つまり、ナオミもルツも、ルツがボアズの妻になることを望んでいたということである。)
すると、ボアズは、すべてその通りにあげましょうと話した。
ボアズは、ルツの仕事ぶり、振る舞いから、優れた婦人であることを認めていた。-ルツ3:11
(つまり、ボアズはルツをを良く観察していたということである。)
 
しかし、ボアズは、自分より近縁の買い戻し人が一人いるとも伝えた。
ボアズは、ルツに朝までここにとどまり、ここに来たことを誰にも知られないようにしなさいと告げた。

(これは、誤解を生じさせないためであった。

イエスの養父ヨセフは結婚前、マリアの妊娠を知った時密かに離婚しようと思ったことにも現れている。

共に、相手に対する「気遣い」である。)
 

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4章
ボアズは、都市の門のところに座り、もう一人の買い戻し人、自分の兄を待ち伏せ、その人と都市の年長者たち十人と、買い戻しについて話し合いをした

自分たちの兄エリメレクの畑を、ナオミは売らなければならないので買い戻して下さいと話すと、自分の兄はそれを受け入れると言った。
しかし、ルツからも(甥の畑も)買い取り、死んだ人(ルツの夫)の名を、その相続地の上に起こさねばならないとも話した。
すると、兄は、それでは買い戻しは出来ないと言い、ボアズにあなたが買い戻すようにと告げた。
(エリメレクはモアブに住んでいたため、死ぬ前に二人の息子たちに相続地を与えていなかったと思われる。
それで、エリメレクの畑を買い戻す時には、二人の息子たちの相続地も分け与える必要があった。

ボアズの兄は、それを拒んだということである。)

そこで、その証のために、兄はボアズに自分のサンダルを脱いで、それを与えたので、ボアズは、「エリメレクに属していたすべてのもの、また、キルヨンとマフロンに属していたすべてのものを、ナオミの手から買い取ることについて、皆さんはその証人です。
そして、マフロンの妻であるモアブの女ルツを自分の妻として確かに買い取り、死んだ人の名をその相続地の上に起こすようにします」と門の内にいた民すべてと年長者たちに宣言したので、彼らは「証人です」と言い、ボアズを祝福した。
(つまり、ボアズは、エリメレク(ナオミ)に属するすべてのものを買い取ると宣言したのである。)

(サンダルを脱いで、相手に渡すことは、いわば、権利の放棄の証である。)

(また、ヨベルの年には、すべて元通りに、つまり、エリメレク(ナオミ)の家系の者に戻されるのであるが、ボアズと結婚したので、そのまま継続したと考えられる。)

こうして、ボアズはルツを娶り、二人の間に男の子オベデが産まれ、オベデはエッサイの父となり、 エッサイはダビデの父となったのである。

つまり、
ユダとタマルの子ペレツとその子らは、ラム、アミナダブ、ナフション、サルモン、ボアズ、オベデ、エッサイ、ダビデと続くのである。

(これらは、必ずしも長子ではない。長子、つまり、頭の権はそれはそれとして保たれていたのではないか。
また、男子は、成人し、妻を娶れば、父の家から相続地を譲り受け独立するため、同じ家で、兄弟たちが毎日顔を合わせることはなかった。
つまり、親戚として、みな、近隣に別の家を構え住んでいたのである。)

アブラハムやイサク、ヤコブそして、その後のイスラエルの子らは、みな天幕で暮らしていた
都市に住むようになったのは、カナンの地に来てからである。

 

(参考:ベドウィンと古代イスラエルの生活様式など。

1950年代から1960年代に始まり、遊牧範囲の縮小と人口増加から、多くのベドウィンは伝統的遊牧生活を捨てて、中東の都市部に住むようになったとされています。

 

このベドウィン族は、イスラエルとは別の、エドムやモアブの人々の子孫で、その生活様式は1950年代まで続いていたと言われています。

 

ですから、カナン以前のイスラエルの子らの生活様式は、エジプトに住んでいた時を除き、このベドウィンの生活様式と同じだったと考えるのは道理です。 

 

また、

イスラム教のコーランに出てくる「アラブ」はベドウィンを指しており、「ベドウィンの言葉をコーランの言葉としても、町の住人の言葉としても用いられるものとする」と記されていると言われています。

 

イスラムの禁欲主義・勇敢さ・連帯意識などの価値観はムハンマド以前からベドウィンによって培われていたとも言われています。

 

1つのテント(bayt)に住む個々の家族単位の典型的なものは、3~4人の成人(結婚した夫婦と兄弟、もしくは親)とあらゆる数の子供からなり、半遊牧の生活に専念し、水と植物資源を追って一年を通して移住していた。

水と植物が豊かであれば、いくつかのテントが部隊を組んで旅をした。 これらのグループは、家長の血族関係や婚姻関係で結ばれ、知人、もしくは明らかに定義される関係が、部族が同じという以外には存在しないこともあったとも言われています。 

 

アブラハムからの生活様式は、このベトウィン族のようなものであったのです。

この生活が、約束の地カナンで住むようになってから「変わった」のです。

 

ですから、サルモン(ラハブ)の時代以降イスラエルの子らが都市に定着したのである。)

 

 

以上で、創世記からルツ記迄の内容と解説は終わりです。

 

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少し分かりにくい部分があるので、解説を加えます。

夫婦、子、嫁の関係は上図の通りです。

ナオミの息子たちには子供がいなかった。

 

イスラエルの律法では、

義兄弟結婚(レビレート婚)=申命記25:5-10

相続権=民数記27:5-11

が定められていました。

 

1 義兄弟結婚

ナオミの夫が死んだ場合、夫の兄弟がナオミを妻とするように定められています。

ナオミの夫エリメレクには、弟がいて、三男がボアズでした。

そのため、

ボアズの兄に優先権がありますが、彼はこれを放棄しました。

その証としてサンダルを脱いでボアズにその権利を与え、ボアズはナオミを妻にすることになったのですが、ナオミは年を取り過ぎていたので(ルツ1:12-13)、自分の代わりに息子の嫁ルツをボアズの妻とし、二人の子に夫エリメレクの名を継ぐ者とさせることにしたというものです。

 

実際、イエスの時代でもこの習慣は行われていました。-マタイ22:23-28

 

系図は次の通りです。

アブラハム-イサク-ヤコブ-ユダ(タマル)-ペレツ-ラム-アミナダブ-ナフション-

サルモン(ラハブ)-ボアズ(ルツ)-オベデ-エッサイ-ダビデ(バテシバ)-ソロモン・・・

 

 

2 相続権

これも義兄弟結婚と同じ形式のおきてです。

律法では、ボアズの兄に優先権がありましたが、彼はそれを放棄したので、ボアズに自分の兄エリメレクとその息子たちに与えられていたであろうもの(土地を含めて)を与えることに定められています。

そのため、ボアズはそれらを買い取る権利を得、買い取ったということです。

当然、それらはボアズとルツの息子たちのものとなり、イスラエルの相続地はこうして守られることになったのです。

 

(完)

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この後、マタイによる書ヨハネによる書の内容と解説を公開するかも知れません。

主に、イエスが言われた事柄を中心に公開するつもりです。

 

これにより、イエスがどのようなことを命じられたのかが明確になるでしょう。

乞うご期待。

 

初めに

この書は、ヨシュアの死後約束の地における、生来の土着民であるカナン人やフィリステア人やアモリ人などとの戦いの書に見えるが、

一つには、イスラエルの子らがエホバのことばに従わず、彼らと交わり偶像崇拝や淫行を行ったことに対する「エホバの罰の記録」であり、

二つには、エホバがイスラエルの子らに「戦い」を教えるためであったと記されている。

そのために、エホバはヨシュアに代わる指導者的存在として、いわゆる裁き人を任命したのである。

サムエルが登場するまでの、裁き人の記録である。

 

6 裁き人の書
サムエルによる出来事の記録
記された場所:イスラエル 

記された年:BC1100頃 

扱われている年代:BC1450-BC1120頃
 

概要  

裁き人の時代のイスラエルの状態(1:1-2:23)
裁き人オテニエル(3:1-3:11)
裁き人エフド(3:12-3:30)
裁き人シャムガル(3:31)
裁き人バラク(4:1-5:31)
 女預言者デボラ、シセラを殺したヘベルの妻ヤエル
裁き人ギデオン(6:1-957)
裁き人トラとヤイル(10:1-10:5)
裁き人エフタ(10:6-12:7)
裁き人イプツァン、エロン、アブドン(12:8-12:5)
裁き人サムソン(13:1-16:31)
 フィリスティア人との戦いのために生まれた
ミカとダン人(17:1-18:31)
 モーセの子、ゲルショムの子、ヨナタンがダン部族の祭司となった
 (流刑の日つまりBC607年まで続いたと思われる)
ギベアにおけるベニヤミンの罪(19:1-21:25)
 ベテルにあった契約の箱の前にはアロンの子、エレアザルの子、ピネハスが立っていた

 

意義
ヨシュアによるカナンの地の征服が完了し、十二部族に相続地を配分したのが、ヨシュア94才ごろである。
その後、各部族は相続地に住むカナン人と彼らの神々や祭壇や聖柱など滅ぼす必要があった。
ところが、ユダ、ベニヤミン、ヨセフの家、マナセ、ゼブルン、アシェル、ナフタリ、ダン、などはカナン人を打ち払わず強制労働に服させたり、一部の町を取得しなかった。
 
ヨシュアとイスラエルの年長者たちが生きている間は騒乱はなかった。

その後、エホバもイスラエルのために行われたそのみ業も知らない世代になると、イスラエルの子らは、エホバの目に悪とされることを行った。裁2:10-13
さらに、それらの国民をすぐに打ち払わなかったのは、イスラエルを試みるため、後の世代に、戦いを教えるためだったとも示されている。裁3:1-2
 
エホバがヨシュアにカナンの全土の諸国民を打つ払わせないでとどまらせておいたのは、イスラエルが、エホバの道を父たちと同じように守るかどうかを見るためであると言われた。

裁き人の書について
ヨシュアにより、カナンの全域が征服されたように思うが、実際は、主要な都市の王とその軍を滅ぼしただけで、配分後は、各々の部族が自分たちの相続地に残っているカナン人たちを滅ぼす必要があった。
ところが、どの部族も完全にカナン人たちを征服出来ず、それは、イスラエルの子らがエホバの道を歩むかどうかを試されるものとなった。
実際、イスラエルの子らとカナン人たちは、それぞれの都市ごとに暮らしており、イスラエルの子らがその地の人々と交わることにより、イスラエルの子らの勢力が弱くなりカナン人たちに虐げられるようになっていったのである。
 
イスラエルの子らは、苦しくなるとエホバに助けを求め、その都度、エホバは裁き人を起こして助けはしたが、何度も同じことを繰り返したのである。

裁き人の書は、こうしたことの記録である。

 

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参考 1
イスラエルの各部族は、カナンの王たちのように、いわゆる軍つまり兵士を常駐させてはおらず、必要な都度招集された
ただし、二十歳以上の男子は戦人として登録されていた。そのため、相続地では普段、民の一人として暮らしていた。

招集された時、正当な理由がなければ拒むことは出来なかった。
ただ、年長者や部族の頭や裁き人や司たちが、民の上にいただけであった。
その上、カナン人たちを打ち払わず、強制労働に服させ、エホバのおきてを守らなかったため、カナン人たちは次第に力を付け、勢力を増し王や軍を持つようになった。
エホバは、これを利用され、イスラエルに騒乱を起こされたのである。

裁き人は、
1 周辺の諸国民との間の問題を裁く、裁き人であり、いわば軍人。
2 問題の調査官-申19:18
3 罰を与える刑執行官-申25:2
4 敵と戦うリーダーであった。

エホバはエジプトから携え出した時、不平や反抗する者たちに罰を与え、40年もの間荒野を歩かせた。
これは、アモリ人のとががまだ満ちていなかったことも含まれている。創15:16
約束の地を征服し配分が終わった後は律法に基づいて裁かれた
が、イスラエルの子らがエホバの目に悪とされることをするようになると、エホバは、相続地の周辺の王や相続地の中のカナン人たちによって騒乱を起こされたり虐げられるようにされた。
その都度、エホバは民の声に耳を傾け裁き人を起こされ助けを差し伸べた。 
 
同じことがおよそ330年の間少なくとも12回繰り返された

エジプトを出た直後からではあるが、如何にイスラエルの子らがエホバに反逆的だったかが分かる。 

エホバの絶対的な力を目の当たりにしていながら、なぜという思いを抱かせる。
こうしたことは、エルサレムが二度の滅びを経験するまで続くことになる。

創世記から裁き人の書まで、つぶさに見て行くと、エホバは如何に絶対的な存在であるかが分かる。

しかし、従っている時には、常に平和と安寧をもたらした神でもあることが分かる。

問題が生じるのは、常に人間の欲、我儘、不平、不満などが原因であることも分かる。

 

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参考 2:

もし、現代でも

その国の支配者が神エホバのようであり、従う限り常に平和と安寧をもたらすのであれば、国民はそれを喜ぶのではないだろうか。

勿論、国民の不平、不満に対しても公正、公平に対処される。

これに加え、50年に一度すべてがリセットされ、貧富の格差が是正される。

土地は、売られても必ず元に戻る。

今、世界で姦淫や淫行、性的暴行が蔓延(はびこ)っているが、それらに関しても、詳細な法令と罰を備えている。

更に、人々は能力に応じて、それぞれ長に任じられ、人々の問題に対処させている。

-律法を参考にして下さい

人々は、平和な日常を過ごすだけなのである。

 

今のように、限られた命でも、このような政府、国があれば国民は平和で安心して暮らせるのである。

こうした世界が、神エホバの世界イエス・キリストの千年統治の世界なのである。

 

(現代の、ものみの塔の組織内は、特に、世界本部、各国の支部、会衆に属する長老たちは、

いわば、欲望の塊であり、正当でない権威を信者に振りかざしているよこしまな奴隷」であり、

イエス・キリストに最も厳しく罰せられ、偽預言者たちと同じように扱われる存在です。

-マタイ24:48-51

読者は、この点くれぐれも注意して読んで下さい。彼らは「かたりを働く者」なのです。

人々を騙す点では、書士やパリサイ人と同じであり、現代のローマカトリックやプロテスタントなどの普通のキリスト教より「悪い」のです。)

 

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裁き人の書は、
アブラハム、イサク、ヤコブ、モーセ、ヨシュアのような指導者がいなかった時代の歴史である。
この後、サムエルが生まれ、イスラエルに王が誕生することで、イスラエルの子らは部族ごとの集団から、全体として一つの国家的要素を持つようになってくる。
そして、周辺の諸国との戦いや王権争いなどが展開されて行くことになる。
ヨシュアの死後、カレブやピネハスが生きていたことも分かる。
ただ、祭司はいたがリーダーはいなかったのである。
そのため、サムエルの時代になって、民は王を求めるようになるのである。(予言されていた)

イスラエルの子らの、主人は”神エホバ”である。
そのため、エホバの道を歩んでいる限り、モーセのような指導者もヨシュアのような軍司令官も裁き人も不要だったのである。
必要なのは、神と人との仲介者である祭司だけだった。

裁き人の書は、繰り返すが、
1 強い指導者がいないと、エホバの目に悪いとされることをするようになる。
2 エホバは民が従わなくなるとその地の人々がイスラエルの子らを虐げるようにされた。
3 イスラエルの子らがエホバに助けを求める度に、裁き人を起こされ助けられた。
4 これを330年間に12回繰り返した。
こういう記録である。
ヨシュアがなくなったBC1450からBC1120頃の出来事である。

その後、サムエルを、次いで、王たちを起こされ、これによってイスラエルを導くようにされて行くのである。

サウルがサムエルに油注がれたのがBC1117ごろとされている。この時、おそらく、サムエルは63才ごろと推測される。
裁き人の内容の期間はBC1450-BC1120年頃である。サムエルが生まれたのは、BC1180年ごろと推測されている。

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参考 3

同胞でありながら、なぜエフライムの人々は、何度も、裁き人に敵対するような態度を取ったのであろうか。ギデオンとエフタに対して、戦いの後に、険悪な態度で接している。
しかし、サムエルは、そのエフライム人エルカナの子である。

参考 4
ヨシュアの時代を含め、この時代の都市は、おそらく、城壁で囲まれた町か、あるいは、住宅が密集していた大きい集落だったと思われる。

度々、都市の入り口とか門が出てくるので、その都市に入る道は限られていたと思われる。
(参考:中国の古代の都市も皆城壁で囲まれていて、その中で大勢の人々が暮らしていた。)


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際立った点
裁き人の時代に広く見られた状況の背景。
イスラエルが偽りの崇拝を捨ててエホバに助けを求めて呼ばわった時、圧政からの救出がもたらされた。
裁き人の時代に生じた、さらに別の望ましくない状況。

イスラエルは、ヨシュアまでは強い指導者のもとで結束した国民であった。

しかし、

その後は、サムエルが登場しても、王たちが登場しても、周辺諸国との混乱やエホバの声に従わないという状況は変わらなかった。

いわゆる、カリスマ的な指導者がいないと国も社会も混乱を来すことを示している。

これは現代でも同様である。

 

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参考 5:
その後、イスラエルの戦いの歴史は、バビロニア帝国などの周辺の強国に滅ぼされ、また、その後再建された後も続き、イエスの到来まで続く。(サムエル記からマラキ書までに、その記録は記されている。)

最終的にはAD70にエルサレムの神殿がローマ軍によって破壊され人々は全地に散らされて行くことになるのである。

いわゆる、クリスチャンたちの迫害はイエス・キリスト以後、
コンスタンティヌス1世とリキニウスが共にAD313年発布したいわゆる『ミラノ勅令』まで続き、その後ローマ帝国においてキリスト教を公認したものとみなされて、現代の世界的なキリスト教に至っている。

中世においては、逆に「異端審問」が行われ、自分たちの教えに反する考えや言動を厳しく罰している。

キリスト教の、いわゆる司教たちが人々を弾圧したのである。

 

ガリレオが1633年に異端審問を受けたことは史実であり、もし異端誓絶を拒んだならば、33年前に異端誓絶を拒否してローマで火刑に処せられたジョルダーノ・ブルーノ (Giordano Bruno; 1548 – 1600) と同じ運命をたどったかもしれない。この裁判の結果、ガリレオは、監視付きの邸宅で軟禁となり、すべての役職が剥奪され、地動説を正当化したガリレオの著作『天文対話』は禁書となったとされている話は有名である。

 

しかし、ユダヤ人たちは依然として世界各国に散らされたままだった

第二次世界大戦後、ユダヤ人たちはイギリスとアメリカなどにより、イスラエルは建国されるが紛争は絶えず続き、2023年10月7日のハマスによる攻撃とそれに対するイスラエルの反撃は今なお続いている。

 

ただし、AD36以降神エホバは、もはやイスラエルにもユダヤ人にも関与していない

イエス・キリストが弟子たちに関与したのもAD100年頃までである

それ以後については、ヨハネに示されたイエス・キリストによる幻、つまり、啓示=預言以外は分かっていない。

預言がどのように具現化されて行くかは、イエス・キリストによる詳細な説明がなければ誰も分からない。

分かるのは現実の出来事、いわゆる「しるし」だけである。

その「しるし」の正体がどのようなものかも明確には分かっていない。

言われている説明(ものみの塔などの)は、すべて推測と憶測に過ぎないのである。


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内容と解説(裁き人を起こされた理由)
1章
ヨシュアの死後、誰が最初にカナン人たちと戦うべきかというイスラエルの子らの問いに対し、エホバは、ユダに「必ずその地を与える」と言われた。

それで、ユダは自分の割り当てられた土地に、シメオンと共に戦いに行った。ユダの相続地の中に、シメオンの都市もあったからである。
1 ベゼクでカナン人とペリジ人を打ち破った。
2 エルサレム、山地、ネゲブ、シェフェラ、ヘブロンを攻略した。
3 デビルを攻略した。
この時、カレブは攻略したオテニエルに、自分の娘アクサを妻として与えた。

4 ホルマ(ツェファト)、ガザとその領地、アシュケロンとその領地を攻略した。
 
ユダは山地は取得したが、低地平原の住民を立ち退かせることは出来なかった。

5 カレブはヘブロンからカナン人を打ち払った。

ベニヤミンの子らは、エブス人を打ち払わなかった。
ヨセフの家もベテルに攻め上ったが、道を教えてくれたある一人の男とその全家族とを自由にしてさらせた。その後、その人はヒッタイト人の地に行って都市を建てた。その地をルズと呼んだ。

マナセは、ベト・シェアン、タアナク、ドル、イブレアム、メギドとそこに依存する町々を取得しなかった。
ただ、自分たちが強くなるとカナン人を強制労働に就かせただけにした。

エフライムも、ゲゼルに住むカナン人を打ち払わなかった。

ゼブルンはキトロン、ナハロルの住民を打ち払わず強制労働に服させた。

アシェルは、アコ、シドン、アフラブ、アクジブ、ヘルバ、アフィク、レホブを打ち払わなかった。

ナフタリは、ベト・シェメシュ、ベト・アナトの住民を打ち払わず強制労働に服させた。

ダンは、アモリ人によって、山地に押し込められていた。
アモリ人は、ヘレス山、アヤロン、シャアルビムにずっと住み続けた。
しかし、
ヨセフの家の手が重くのしかかるようになると、彼らは労役を強いられるようになった。
アモリ人の領地は、アクラビムの上り坂からで、セラから上方であった。


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2章
(おそらく、約束の地の配分が終わり、各部族がそれぞれの相続地に住むカナン人たちを打ち払う前の頃のことで、ヨシュアがまだ生きていた、ヨシュア94才BC1465年頃のことだと推測される。)
 

エホバのみ使いがギルガルからボキムに上って来て、「わたしはあなた方との契約を決して破らない。あなた方も、この地に住む民と契約を結んではならない。彼らの祭壇を取り壊すべきである」
「それなのに、あなた方はわたしの声に聴き従わなかった」
「わたしは彼らをあなた方の前から打ち払わない。彼らは必ずあなた方のわなとなり、彼らの神々はあなた方のおとり(誘い寄せるための手段)となるであろう」と言われた。
(ボキムという場所は定かではないが、ギルガルやシロに近い場所であったと思われる。
イスラエルのすべての子らに語り掛けているので、前が開けた山か小高い丘の上から話したと思われる。)

エホバのみ使いがこれらの言葉をイスラエルのすべての子らに語り終えると、民は声を上げて泣き始めた。そのために彼らはその場所の名をボキムと呼んだ。
そして、彼らはその場所でエホバに犠牲をささげた。

ヨシュアが民を去らせると、彼らはそれぞれ自分の相続地へと進んで行った。その地を取得するためであった。

しかし、
ヨシュアとエホバがイスラエルのために行われたすべての大いなるみ業を見た年長者たちのいたすべての日の間、ずっとエホバに仕え続けた。
 
(この時、契約の箱はシロにあった。シロとギルガルは近い。エホバへの祭りはこの地で行われていたものと思われる。
また、ことあるごとに、イスラエルの子らの全集会を開いていたので、およそ100万人以上の大群衆になるが、一か所に集めることは、時間が掛かるかも知れないが、難しいことではなかったと思われる。
  

エホバのみ使いがイスラエルのすべて子らに話したとしても何の不思議はない。
実際、モーセやヨシュアも何度も行っている。)

その後、エホバもイスラエルのために行われたそのみ業も知らない別の世代になると、彼らは、エホバの目に悪いことを行うようになり、周囲のもろもろの民の神々に従ってそれに身をかがめるようになり、それによって、エホバを怒らせた。

イスラエルの子らは、エホバを捨て、バアルやアシュトレテの像に仕えるようになった。

そのため、エホバの怒りはイスラエルに対して燃え、彼らを略奪者の手に渡された。
神が、彼らを周囲の敵に売られたため、彼らは敵の前に立つことが出来なかった。
彼らの出て行くすべての所でエホバの手が彼らに敵するものとなって災いをもたらされた。

(しかし、それでも、)

エホバは裁き人を起こされ、裁き人たちが彼らを略奪者の手から彼らを救うのであった。
しかし、彼らは再びその裁き人たちにも従わず、他の神々と不倫な交わりを持ち、それに身をかがめるようになった。

エホバが彼らのために裁き人を起こした時、エホバはその裁き人と共におられ、その裁き人のいるすべての日の間、その者が彼らを敵の手から救い出した。

その裁き人が死ぬと、彼らは身を翻し、父祖たちにまして滅びとなることを行い、ほかの神々に従って歩んでこれに仕え、それの身をかがめるのであった。

 

彼らは自分たちの習わし、また、その強情な振る舞いを止めなかった。

ついに、エホバの怒りはイスラエルに対して燃え、「この国民はわたしがその父祖たちに命じた契約を踏み越えて、わたしの声に聴き従わなかったので、わたしもまた、ヨシュアがその死のときに残した諸国民のうちの一つも二度と彼らの前から打つ払うことはしない。
彼らによってイスラエルを試み、エホバの道を歩んで、父たちが守ったとおりにそれを守る者となるかどうかを見るためである」と言われた。(エホバは契約の履行を求め続けたのである。)

 

こうして、エホバはそれらの国民をすぐに打ち払わないでとどまらせておき、これをヨシュアの手に与えなかったのである。

(イスラエルの子らが各々の相続地の中でカナン人を打ち払わなかったのは、エホバによるものであったということになる。
つまり、モーセもヨシュアも共に語っているが、イスラエルの子らは必ずエホバの声に従わなくなることを初めから分かっていたということであり、そのための警告を何度もして来たのである。)

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3章
カナンでの戦いを少しも経験したことのないすべての者を試みるためにエホバがとどまらせておいた国民は、フィリスティア人の枢軸領五人、すべてのカナン人、シドン人とヒビ人であった。
 
彼らはいつも、イスラエルを試みて、エホバがモーセによりその父たちに命じたおきてに従うかどうかを見るためのものとなった。
 

エホバがイスラエルの子らを助けるために起こした裁き人たちは以下のとおりである。
1人目
メソポタミアの王クシャン・リシュアタイムの手に渡され八年間仕え続けた。
カレブの弟ケズナの子オテニエルを裁き人として起こされた。
オテニエルは王クシャン・リシュアタイムに打ち勝った。
その後40年間何の騒乱もなかった。

2人目
モアブの王エグロンを強くならせ十八年間仕え続けた。
ベニヤミン人、ゲラの子エフドを裁き人として起こされた。エフドは左利きであった。
右の股に隠しておいた短剣(1キュビトの長さ)で王エグロンの腹を刺して殺した。
その後、セイラに逃れ、エフライムの山地で角笛を吹き、イスラエルの子らと共に山を下り、モアブ人の強壮な者たち勇士約一万人を打ち倒した。
その後、80年間何の騒乱もなかった。

3人目
アナトのシャガルを裁き人として起こされた。
フィリスティア人六百人を牛の突き棒で打ち倒した。

 

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4章
4人目
カナンの王ヤビンの手に売り渡され、二十年間ひどく虐げた。その軍の長はシセラであった。
ラビドトの妻である女預言者デボラがイスラエルを裁いていた。
(しかし、デボラは裁き人としては数えられてはいない。)
デボラはエフライムの山地に住んでいた。
デボラはアビノアムの子バラクを呼びエホバの言葉を伝え、ナフタリの子らとゼブルンの子らの中から一万人を連れて、シセラとその戦車と群衆と戦うようにと言った。
バラクはデボラも共に行くなら行くと言ったので、デボラも行くと伝えた。
また、その時、デボラはシセラを女の手に売られたとも言った。
バラクはタボル山に陣を敷き、シセラがキションの奔流の谷で迎え撃ちハロシェトまで追撃した。
戦いに敗れたシセラはケニ人ヘベルの妻ヤエルの天幕に逃げた。
王ヤビンとケニ人ヘベルの家の者との間には平和があった。
ケニ人はモーセの舅エテロの部族でツァナニムの大木の近くに天幕を張っていた。(遊牧民であった)
ヤエルはシセラを出迎え自分の天幕に入れ休ませた。
シセラが疲れ切ってぐっすり眠っている時に、ヤエルは天幕の留め杭を取り、シセラのこめかみに突き刺し殺した
デボラの言う通りになった。
その後、40年間何の騒乱もなかった。

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5章
 デボラの(勝利の)歌

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6章
5人目
ミディアンの手に七年間渡された。
エホバのみ使いが、アビ・エゼ人ヨアシュの子ギデオンの前に現れエホバの言葉を伝えたが、ギデオンはしるしを求めたので、そのみ使いは大岩の上に無酵母パンを置き肉汁を注ぐようにと言った。
エホバのみ使いが杖の先でその肉と無酵母パンに触れると、その岩から火が立ち上って焼き尽くした。
その夜エホバはギデオンに具体的な指示をされた。
その出来事のため、ギデオンはエルバアルと呼ばれるようになった。
その出来事のため、ミディアンとアマレクと東の者たちすべてが一つに集まり、エズレルの低地平原に宿営を張った。
するとエホバの霊がギデオンを包み、ギデオンが角笛を吹くと、アビ・エゼル人、マナセ、アシェル、ゼブルン、ナフタリ

がギデオンのもとに上って来た。
その時、ギデオンはエホバにしるしを二度求め、エホバはそのようにされた。

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7章
ギデオンたちは、ハロドの井戸に、ミディアンは低地平原の中のモレの丘の上に陣営を敷いた。三万二千人が集まった。
その時、エホバは、ギデオンのもとに集まって来た人数が多すぎるので減らすようにと告げた。
それは、イスラエルが「自分のこの手がわたしを救った」と自慢するかもしれないからだと告げた。
(戦いがエホバがしておられることを思い知らせるためである)
勇気のない者、用心深くない者たちを去らせ300人が残った。
エホバはギデオンに具体的な指示を与え、ギデオンはその通りに行った。
その後、イスラエルの人々がナフタリ、アシェル、マナセ、から呼び集められ、ミディアンを追撃して行った。
更に、ギデオンはエフライムの山地全域に使いを送り「ミディアンを迎え、彼らより先にベト・バラまで、そしてヨルダンを攻略して下さい」と伝えると、エフライムのすべての人々が集められ、その通りに攻略した。
彼らは、オレブとゼエブを殺し、その首をギデオンのところ携えて来た。

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8章 
その時、エフライムの人々は、なぜ初めから呼ばなかったのかと問いただした。
それは、エフライムの収穫のためであった上に、ミディアンの二人の君を与えたではないか。それに比べてわたしがいったい何をなしえたでしょうかと返答した。
それで、彼らの霊は静まった。
(つまり、エフライムの人々は自分たちの手柄を気にしていたということである。)

やがて、ギデオンはヨルダンに来た時、スコトの人々と、更に、ペヌエルの人々に、わたしの跡に従っている人々に丸いパンを与えて下さいと言ったが拒絶された。
 
ゼバハとツァルムナはカルコムに、およそ一万五千人と東の全陣営から残ったすべての者たちがいた。
すでに倒れたのは十二万人の兵士たちであった。

その後、ギデオンは油断を突き、ミディアンの二人の王ゼバハとツァルムナを虜にした。
全軍を打倒してはいない。
 
ギデオンは帰途の途中、スコトの一人の若者からスコトの君と年長者たち七十七人の名を聞き出し、彼らを荒野に連れ出し、いばらとおどろ(とげ)でスコトの人々に思い知らせた。
また、ペヌエルの塔を打ち倒し、その都市の人々を殺した。
(スコトとペヌエルの人々は、ギデオンたちの人数が余りにも少なかったので、戦いに勝てると思ったので要求を拒否したのである。)
 
その後、ギデオンは自分の長子エテルに二人を殺すようにと言ったが、エテルは剣を抜かなかった。
まだ、若者で(人を殺すのが)怖かったのである。
すると、ゼバハとツァルムナの二人は、あなた自身が我々に襲いかかるがよいと言ったので、ギデオンは二人を殺した。

後に、イスラエルの人々は、ギデオンに自分たちを治めて欲しいと伝えたが、ギデオンはそれを拒絶したが、戦利品の中から、金の鼻輪を求めた。すると、その目方は千七百金シェケルとなった。
(彼らはイシュマエル人だったので、金の鼻輪を着けていた。)

次いで、ギデオンはそれをもってエフォドを作り、自分の都市オラフに展示したが、全イスラエルはその所でそれと不倫な交わりを持つようになった。
(偶像崇拝の対象になってしまったということである。)
それで、それは、ギデオンとその家の者たちにとってわなとなった。

ギデオンの日、その後、四十年間何の騒乱もなかった。

ギデオンは多くの妻たちを持つようになり、息子たちは七十人になった。シェケムにいたギデオンのそばめが男の子アビメレクを産んだ。

ギデオンが死ぬとイスラエルの子らは再びもろもろのバアルと不倫な交わりを持つようになった。

 

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9章
(ギベオンのそばめは、シェケムにいるカナン人だったと思われる)
エルバアルつまりギベオンの子アビメレクはシェケムにいる自分の母の兄弟たちと母の父の家の全家に「ギベオンの息子たち七十人全員があなた方を支配するのが良いか、一人が支配するのが良いか」と尋ねた。
さらに、「わたしはあなた方の骨肉」とも言った。

その後、アビメレクの母の兄弟たちは、シェケムのすべての土地の所有者たちのところで、アビメレクの話をしていった。
そのため、彼らの心はアビメレクに傾くようになった。
彼らはアビメレクを自分たちの兄弟なのだと言うようになった。
そうして、彼らはバアル・ベリトの家から銀七十枚をアビメレクに与えた。
 
アビメレクはそのお金で、怠惰で不遜な男たちを雇い入れ、自分に付き添わせた。(まるで、ヤクザの親分である。)
 
その後、アビメレクはオフラにある自分の父の家に行き、自分の兄弟たち七十人を一つの石の上で殺した。
 
しかし、一番下の息子ヨタムだけは、隠れていて逃れた。後に、ベエルに住むようになった。

その後、シェケムの土地の所有者すべてとミロの全家は共に集まり、アビメレクが王とし統治するようにした。

ヨタムがそれを聞くと、ゲリジム山の頂に立ち、声を上げて呼ばわり、シェケムの土地所有者たちに、 一つのたとえ話を話、あなた方がアビメレクを王にしたことについて言及し、ギデオンはシェケムの人々をミディアンから救ったのに、あなた方は、ギデオンの父の家の者たちに敵して立ち上がり、その子らを殺した。
あなた方が行ったことが真実ならアビメレクのことを歓び、そうでないなら、互いに焼き尽くすようにと言った。

アビメレクはイスラエルに対して三年の間君として振る舞った。

神は、アビメレクとシェケムの土地所有者たちとの間に険悪な霊を生じさせた。
これは、ギデオンの息子たち七十人に対してなされた暴虐の報いが臨むため、彼らの血をアビメレクの上に帰させるためであった。
また、アビメレクの手を強めその兄弟たちを殺させたシェケムの土地所有者たちの上にも帰させるためであった。

その後、エベドの子ガアルとアビメレクの事務官ゼブルは、ゼブルはシェケムの君でもあったが、互いに戦い始めた。

ガアルはシェケムの土地所有者たちの側、ゼブルはアビメレクの側である。

シェケムの土地所有者たちはシェケムから追い出され、一方、アビメレクもテベツに攻め入った時、その都市の真ん中に強固な塔があり、その都市のすべての土地所有者たちが逃げ込み、党の屋上に登った。
アビメレクがその塔の入り口のすぐ近くまで行ってそれを火で焼こうとした時、一人の女が臼の上石をアビメレクの頭の上に投げつけ、彼の頭蓋骨を砕いた。
そのため、アビメレクは、自分の従者を呼んで、お前の剣でわたしを死なせてくれと言ったので、彼は死んだ。

こうして、ヨタムの呪いが彼らに臨んだ。 

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10章
6人目
イッサカルの子プアの子トラが裁き人として起こされた。彼は、エフライムの山地のシャミルに住んでいた。
彼は、イスラエルを23年間裁いた。
 

7人目
ギレアデ人ヤイルが裁き人として起こされた。彼は、イスラエルを22年間裁いた。

イスラエルの子らは再びエホバの目に悪を行いはじめ、もろもろのバアル・アシュトレテの像、シリアの神々、シドンの神々、モアブの神々、アンモンの子らの神々、フィリスティア人の神々に仕えるようになった。
 
そのため、エホバの怒りはイスラエルに対して燃え、彼らをフィリスティア人の手に、アンモンの子らの手に売り渡された。
 
これらの者は、ヨルダンの、アモリ人の地の側、すなわち、ギレアデに住むイスラエルのすべての子らにとって18年に及んだ。

それで、イスラエルの子らはエホバに助けを呼び求め、自分たちの中から異国の神々を除き去って、エホバに仕えるようになった。

やがて、アンモンの子らはギレアデに陣営を敷き、イスラエルの子らはミツパに陣営を敷いた。
その時、ギレアデの民と君たち(イスラエルの子ら)は、アンモンの子らとの戦いにおいて先頭に立つ者を選び、その者をギレアデのすべての住民の頭とならせよう」と話し合っていた。

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11章
8人目
その頃、ギレアデ人エフタは力ある勇敢な人となっていた。彼は遊女の子であった。父ギレアデの妻も彼に息子たちを産んだ。
息子たちが大きくなるとエフタが遊女の子だという理由だけで彼を家から追い出した。

そのため、エフタはドブの地に住むようになった。
することのない男たちがエフタのもとに集まって、彼と共に出ていくのであった。
(エフタが若者たちの間で力と存在感を示していたからだと思われる。)

それから、しばらくして後、アンモンの子らはイスラエルに対して戦いを始めた。

アンモンの子らがイスラエルと実際に戦うようになると、ギレアデの年長者たちはすぐにエフタを連れて来ようとした。
 
イスラエルの子らの年長者たちがエフタを連れて来ようとしたのは、エフタが「力ある勇敢な人」だったからである。

話し合いの結果、エフタは、ギレアデの頭また司令官を引き受けた。

エフタはアンモンの子らの王に、あなた方にイスラエルの子らと戦う理由がないことを告げたが、彼らの王は聴き入れなかった。
この時、エホバの霊がエフタに臨んだ。戦いに臨んでエフタは一つの誓約を立てた。
「もしアンモンの子らを間違いなくわたしの手に与えてくださるならば、わたしがアンモンの子らのもとから無事に戻って来た時にわたしの家の戸口から迎えに出て来る者、その出て来る者はエホバのものとされることになります。わたしはその者を焼燔の捧げ物としてささげなければなりません。」と言った。

この後、エフタはアンモンの子らと戦い、彼らをイスラエルの子らの前に従わせた。

エフタがミツパの自分の家に戻った時、自分の娘が、タンバリンを鳴らしつつ、踊りながら迎えに出て来たのである。彼女は一人っ子だった。

エフタは彼女に誓約のことを話したが、彼女はそれを受け入れ犠牲の捧げ物となることを了承した。彼女は処女であった。

彼女は自分に子供がいないことを嘆くために二か月間の猶予を願い入れ、それは受け入れられた。(処女であることについて泣くためであった。)
 
その後、エフタは自分の誓約通りに行った。

この出来事は、年ごとにイスラエルの娘たちに、年に四日ずつ(おそらく、幕屋かエフタの娘の墓に出かけて行き)エフタの娘をほめるようにさせた。
(この出来事は、エホバに対する誓約とは言え、残酷なことであった。エフタの娘はそれを受け入れ犠牲となった。しかし、イスラエルの娘たちの間では、エフタの娘は、いわば、模範として語り継がれているのである。)

 

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12章
その時、エフライムの人々は、エフタに「アンモンの子らとの戦いに、なぜ自分たちに呼びかけなかったのか」と問いただした。
 
それに対して、エフタは、「わたしはあなた方に援助を求めたが、あなた方は彼らの手から救ってはくれなかった。なのに、なぜ今になってわたしを攻めて来て戦おうとするのか」と返答した。
 
すぐに、エフタは、ギレアデのすべての人々を集め、エフライムと戦いこれを打倒していった。
エフタは、エフライムより先にヨルダンの渡り場を攻略し、エフライムの人々が渡るのを防ぎその場で打ち倒した。
この時、エフライムのうち四万二千人が倒れた。

エフタは、引き続き6年間イスラエルを裁いた。

9人目
次いで、ベツレヘムから出たイブツァンが裁き人として起こされた。彼は、イスラエルを七年間裁いた。

10人目
次いで、ゼブルン人エロンが裁き人として起こされた。彼は、イスラエルを十年間裁いた。

11人目
次いで、ビルアトン人ヒレルの子アブドンが裁き人として起こされた。彼は、イスラエルを八年間裁いた。

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13章
イスラエルの子らは、再びエホバの目に悪を行うようになった。そのため、エホバは彼らを40年間フィリスティア人の手に渡された。

そのころ、ツォルアの人で、ダン人の家族に属するマノアとその妻がいた。その妻はうまずめであった。

やがて、エホバのみ使いが、その女に現れて「あなたは必ず男の子を産む。
それで、自分に気を付けて、ぶどう酒や酔わせる酒を飲まず、汚れたものをいっさい食べないように。
かみそりをその頭に当ててはいけない。その子は、生まれた時から神のナジル人となる。その者は、 先頭に立って、イスラエルをフィリスティア人の手から救う者となる」と告げた。

更に、マノアの妻もぶどうもぶどう酒も酔わせる酒を飲まず、汚れたものを何一つ食べないようにと告げた。
その時マノアは「どうかあなたをお引き留めさせてください。み前に子ヤギを調理いたしましょう」と言った。
しかし、エホバのみ使いは「あなたが引き留めても、わたしはあなたのパンは食べないであろう。
だが、エホバに焼燔の捧げ物をするというのであれば、それを捧げてよい」と言った。

マノアはその人がエホバのみ使いであることを知らなかったのである。

それで、マノアは子ヤギと穀物の捧げ物とを持って来て、それを岩の上で捧げた。
すると、二人が見守る中で、炎が祭壇から天のほうに上ると、み使いも炎と共に天に上って行った。
マノアは、その時になって、エホバのみ使いであったことを知った。
(エホバへの焼燔の捧げ物は祭司だけに許されていたが、この時は、祭司ではないマノアがエホバに捧げ物をすることを許されたのである。)

12人目
後に彼女は男の子を産んだ。サムソンと呼んだ。男の子は次第に大きくなり、エホバは引き続きこれに祝福をお与えになり、やがて、ツォルアとエシュタオルの間のマハネ・ダンにおいて、エホバの霊は彼を駆り立てるようになった。

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14章 サムソンとフィリステア人との戦いの記録
そのころフィリスティア人がイスラエルを支配していた。
1 ティムナのフィリスティア人の娘をもらいたいと父母に申し出る。
これは、エホバから出ており、サムソンがフィリスティア人に立ち向かう機会を求めてのことだった。

2 ライオンを素手で殺す。
3 ティムナで若者たちと宴会を催すことになり、そこでサムソンはなぞかけをする。
4 七日目に、サムソンがまだ奥の部屋に入る前に、ついに、サムソンの妻にその答えを教えてしまう。
5 サムエルはアシュケロンに行き三十人を打ち倒し、はぎ取った衣服を、なぞの答えを告げた者たちに与えた。
ところが、サムソンの妻は、花婿付き添い人のひとりのものとなっていた。

 

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15章
6 小麦の収穫の時期に、自分の妻を訪ね、奥の部屋に入ろうとするのを、その娘の父親がそれを許さなかった。
7 それを口実に、そこの人々に、フィリスティア人に仕返しをしてもわたしに罪科はないはずだと告げ、三百匹のきつねの尾にたいまつを付けて、フィリステア人の刈っていない穀物畑とぶどう園とオリーブ畑とを火で焼いた。
8 これに怒ったフィリステア人たちは、その理由を知り、サムソンの妻とその父とを火で焼いた。
9 しかし、サムソンは、それを理由に復讐するよりはないと告げ、大々的な殺戮を行った。
その後、エタムの大岩の裂け目に住むようになった。
10 後に、フィリステア人たちは上って来て、ユダの中に宿営を張り、レビを踏みにじった。
彼らはその理由をサムソンを縛るためだと告げた。
11 それで、ユダの人々三千人はサムソンを襲わないということを誓った後、サムソンを縛ってフィリスティア人に引き渡した。
12 フィリスティア人にサムソンを迎え歓呼したが、エホバの霊がサムソンに働きはじめ、サムソンを縛っていた縄は火で焼けたようになり、かせ(てかせ、あるいは、あしかせ)は溶けた。
次いで、雄ろばの水気のあるあご骨を見つけ、それをもって一千人の者を打ち倒していった。
13 その時、サムソンは非常な渇きを覚えたため、エホバを呼び求めた。すると、神はレヒにあるくぼ地を裂いて水を出させた。それを飲んで、サムソンの霊は元に戻った。
14 サムソンは、二十年間イスラエルを裁いた。

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16章
15 ある時、サムソンはガザに行き、一人の遊女に出会いそのもとに入った。
それを聞いたガザの人たちは、その都市の城門の中で夜通し待ち伏せをした。
しかし、サムソンは、夜半に起き、その都市の城門の扉と二本の側柱を、かんぬきを付けたまま引き抜き、自分の肩に乗せ、ヘブロンに面する山の頂に運んで行った。
16 その後、ソレクの奔流の谷のひとりの女デリラを愛するようになった。
ついにデリラはサムソンの力の秘密を知り、それによりサムソンの力を失わせ、フィリステア人に捕らえさせ、両目をくじり取って(えぐり取る)ガザへ連れ下り、銅の足かせを掛け、獄屋の中で粉を挽く者とされた。
17 サムソンの髪の毛はすぐに豊かに伸び始めた。
18 フィリステア人の枢軸領主たちは、サムソンを捕らえたことで歓び合うためにタゴンの(神殿)に集まっていた。
そして、サムソンに何かをさせようとして、獄屋の中から呼び出した。
その時、サムソンは、一人の少年にその家の堅い柱に寄りかからせてくれるよう頼んだ。
サムソンはその家の真ん中の二本の柱をつかみ、これを倒し、その場にいたおよそ三千人の男女が、サムソンと共に死んだ。
サムソンがその前に殺した数よりも多かった。
19 その後、サムソンの兄弟たちがやってきて、ツォルアとエシュタオルの間にある父マノアの埋葬所に葬った。

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17章
エフライムの山地にミカという人が、自分の神々の家をもっていて、彫刻像と鋳物の像とエフォドとテラフィムを作った。

ユダのベツレヘムの人で、ユダの家族に属するひとりの若者がいた。その者はレビ人であった。後に、ベツレヘムを出て、ついに、エフライムの山地のミカの家に来た。
ミカは彼を自分の家の祭司とし、彼はミカの息子のようになった。

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18章
その頃、ダンの部族は、自分たちが住む相続地を求めていた。
(最初に割り当てられた地は、彼らには余りにも狭かったのである)
そのため、彼らは、五人をツォルアとエシュタオルから(サムソンの埋葬所のある地)偵察するために送り出した。 

やがて、彼らは、エフライムの山地のミカの家までやって来て、その夜を過ごしたが、レビ人の若者に気が付いた。
そこで、彼らは自分たちはこの先うまくいくかどうか分かるようにしてくれるよう頼むと、安心して進むようにと告げた。

その後、五人はライシュが良い地であることを知った。

五人は偵察から帰り報告した。
そこで、戦いの武器を身に帯びた六百人が、出発し、エフライムの山地のミカの家のところまで来た。
そして、彼らは、レビ人を説得し、レビ人はそれを喜び、エフォドとテラフィムと彫刻像とを取って彼らについて行った。

ミカの家の者たちは集められ、ダンの子らを追いかけたが、ダンの子らが自分たちより強いのを見て、自分の家に戻って行った。

その後、彼らはライシュの何の懸念もなく住んでいる人々を剣の刃で討ち、その都市を火で焼いた。
その後、彼らはその都市を立て直してそこに住むようになった。その都市をダンと呼んだ。
その後、ダンの子らは自分たちのために(ミカが作った)彫刻像を立て、モーセの子ゲルショムの子であったヨナタンとその子らがダン人の部族の祭司となった。
それは、その地の流刑の日にまで続いた。

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19章
あるレビ人がベツレヘムからひとりのそばめをめとった。ところがそのそばめは淫行を犯すようになった。
ついに、彼女はユダのベツレヘムにある自分の父の家に行き、そこに満四か月とどまった。

そこで、そのレビ人は彼女を連れ戻そうとして、彼女の父の家にやって来た。
ついに、五日目にその家を出発し、エブズまで来たが、そこが異国の都市だという理由でベニヤミンに属するギベアに泊まることにした。
ところが、誰も彼らを泊めようとする者はいなかったので、公共広場にいた。

そこへ一人の老人が通りかかり、子細を話したが、その老人は公共広場に泊まることだけは止めるように話し、自分の家の中に連れて行った。
 
すると、その都市の全くどうしようもない者たちがその家を取り囲み、家に入った男たちと交わりを持てるようにさせろと押し問答を始めた。
そこで、レビ人は自分のそばめを差し出すと、彼らはその女と交わりを持ち、朝まで夜通しこれを辱めた。

朝になると、そのそばめは、両手を敷居に掛けたまま家の入口で死んでいた。

それから、そのレビ人は、自分の家に入って、自分のそばめの遺体を十二の部分に切り分け、イスラエルのすべての領地内に送った

 

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20章
そのため、イスラエルのすべての子らが、ミツパのエホバのもとに集合した。剣を抜く四十万人であった。
 
ベニヤミンの子らも、それを聞いた。

イスラエルの子らに、そのレビ人は事の次第を話すと、民の全員が一人のように立ち上がって、ベニヤミンに攻め上ることにした。

それから、イスラエルの諸部族は、ベニヤミンの部族に使いを送り、悪事を働いた、どうしようもない者たちを引き渡せと言ったが、彼らはそれを聞こうとしなかった。

二度ベニヤミンたちは戦いに勝ったので、イスラエルの子らは、エホバの契約の箱のあったベテルに行き、断食をし、焼燔と供与の捧げ物をした。
その当時、アロンの子エレアザルの子ピネハスが祭司としてその前に立っていた
ピネハスは「上って行きなさい。あす、わたしはこれをあなたの手に与える」と言った。

そこで、イスラエルの子らはギベアの周囲一帯に伏兵を配置してから、三日目に以前と同じようにベニヤミンの子らに向かって上って行った。
 
ついに、ベニヤミンの子らは、荒野に逃げた勇士六百人だけになった。彼らはリモンの大岩の上に四か月の間住んだ。

イスラエルの人々はベニヤミンの子らに向かって引き返し、その都市の者たち、人から家畜まで、さらにはそこに見出されたすべてのものを剣で討って行った。
加えて、そこに見出されたすべての都市を火にゆだねた。

およそ、七万四千五百人が死んだ。

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21章
その後、イスラエルの子らは、自分たちの娘を妻としてベニヤミンに与えることはしないと誓った。

また、ミツパにおいてエホバのもとに上って来なかったヤベシュ・ギレアデに、イスラエルの子らは、最も勇敢な一万二千人を遣わし、これを打倒した。
ただし、男子と寝て男と交わりを持ったことのない四百人の処女の娘を見つけ、シロの宿営に連れて来た。
 
その後、イスラエルの子らは、ベニヤミンに関し悔やむようになり、残された者たちに和睦を差し伸べた

そして、連れて来た四百人の処女たちを彼らに与えたが不足したので、シロで年ごとにあるエホバの祭りの時に、ぶどう園で待ち伏せをし、シロの娘たちを無理にでも連れ去り自分の妻とするようにと告げ、彼らはその通りにした。

こうして、彼らは自分の相続地に戻って行った。(BC1100年ごろ)
そのころイスラエルに王はいなかった
自分の目に正しく見えるところを各自が行っていた。

 

 

 

 

 

 

 

アモリ人はヘレス山、アヤロン、シャアルビムにずっと住み続けた。
その領地は、アクラビムの上り坂からで、セラから上方であった。

エホバがイスラエルの子らを試すために生かしておいた人々は、
フィリステア人の枢軸領主五人
すべてのカナン人
バアル・ヘルモン山からハマトに入るレハツン山の一帯に住むシドン人とヒビ人
であった。


そのため、イスラエルの子らは、カナン人(ヒッタイト人、アモリ人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人)の間隙に住み、

彼らの娘を自分たちの息子に与え、また、彼らの神々に仕えるようになっていった。

元来、カナン人が住んでいた所へ、イスラエルの子らがやって来て、ヨシュアによって主要都市の王や兵士たちが滅ぼされた。そのため、はじめは、イスラエルの子らの方が強かったと思われる。

その後、イスラエルの子らは、それぞれの相続地になじもうとし、その土地の周辺に住むカナン人を受け入れ共に暮らすようになっていった。

そうしている内に、エホバの業を知らない世代になると、エホバの命令を従わず、姻戚関係を少しずつ結んでいき、こうしてイスラエルの子らは徐々に偶像崇拝に傾いていったのである。


 

 

 

ルツ記に続く。

13章
ヨシュアは年老いて高齢に達していた(92才)

それでもエホバはヨシュアに、取得すべき土地は非常に多く残っていると言われた。
 
フィリステア人の全域とゲシュル人の全土、南はカナンの全土、シドン人の属する所、ゲバル人の地と、日の出の側のレバノンの全土、ヘルモン山のふもとのバアル・ガドからハマトに入るところまで。
山地のすべての住民、レバノンからミスレフォト・マイムまで、すべてのシドン人。
 

わたし自身が彼らをイスラエルの子らの前から立ち退かせる
ただ、それを、わたしが命じたとおり、相続地としてイスラエルに帰属させよ。
この地を相続地として九部族とマナセの半部族とに配分せよ
と、エホバは命じた。

後にマナセの半部族と共にルベン人とガド人は、ヨルダンの東側でモーセがそれぞれ相続地を得、エホバの僕モーセが彼らに与えたとおりになった。
だが、イスラエルの子らはゲシュル人とマアカ人を立ち退かせなかった。
(もしかすると、これが後の偶像崇拝や淫行に至った原因の一つかも知れない。)

レビの部族に対してだけは、相続地を与えなかった。
イスラエルの神エホバへの火による捧げ物が、彼らの受ける相続分であり、彼らに約束されたとおりにだった。

その後、モーセはルベンの子らとガドの子らとマナセの半部族に家族ごとに分け与えた。
モーセはこれをヨルダン川の東側、エリコに面するモアブの砂漠平原で行った。

モーセがこの地を征服する時、占い師であったベオルの子バラムもまた、イスラエルの子らが剣で殺した、その打ち殺された者たちの一人であった。-民数記22-24章を参考

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14章
イスラエルの子らがカナンの地で相続物として得たところは以下のとおりであった。
祭司エレアザルとヌンの子ヨシュア、および、イスラエルの子らの各部族の父たちの頭が彼らに受け継がせた。

それぞれの相続地はくじによって定められた。

その時、ユダの子らがギルガルでヨシュアに近づき、ケニズ人エフネの子カレブが「エホバがその日に(荒野で偵察した時の日のこと)約束してくださったこの山地を是非ともわたしにお与えください。その日にあなたも聞いたとおりですが、そこにはアナキムがおり、防備の施された大きな都市があります。エホバはわたしと共にいてくださるでしょぅ。エホバが約束してくださったとおり、わたしはきっと彼らを立ち退かせます」と言った。

それを聞いたヨシュアは彼を祝福し、ヘブロンをエフネの子カレブに相続地として与えた。
(ヘブロンはユダの部族の相続地の中にある。エフネの子カレブはユダ族であった。-民数記13:6)
アナキム人は背丈が高く巨人のように見え、12人の斥候たちはヘブロンでこれを見たが、その中にヨシュアと共にカレブもいた。
10人は悪い報告をし、ヨシュアとカレブの二人は良い報告をし、エホバに従うべきだと主張した。
しかし、民は悪い報告を真に受けエホバに逆らったため、荒野を40年も旅することになり、また、20歳以上の男子すべてが約束の地に入れなくなる事態となったのである。)
(斥候に出たときカレブは40歳、それ以来45年経ち、今日85歳(BC1468)になったと言っている。これから、ヨシュアが約束の地を征服するのに5年掛かったことが分かる。)

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15章
ユダの子らの部族に、その家族ごとに、くじによって割り当てを行った。
エルサレムに住むエブス人については、これを打ち払うことが出来なかった。
(征服したと言っても、まだ、それぞれの相続地には、その地の人々が残っていたのである。
割り当てを受けた部族は、それぞれそれらの人々を打ち払う必要があった。しかし、中には打ち払わなかったり出来なかった人々もいた。)

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16章
ヨセフの子らがくじで当たった。
マナセとエフライム子らがその家族ごとに相続地を得た。
エフライムの子らは、マナセの子らの相続地の中にも飛び地の都市と集落を有していた。
彼らは、ゲゼルに住むカナン人を打ち払わなかったが、カナン人は奴隷強制労働に服する者となった。

(これも、後にイスラエルの子らが偶像崇拝や淫行を行う原因となった。つまり、イスラエルの子らが滅びる原因の一つとなったのである。)

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17章
くじでヨセフの長子であったマナセの部族のもの、マナセの長子、ギレアデの父であるマキルのものとなり、ギレアデとバシャンが属するものとなった。
 
ところが、ギレアデの子、ヘフェルの子、ツェロフハドには息子がいなかったので、その娘たちがヨシュアに自分たちにも「エホバが相続地を与えるようにモーセに命じた」と申し出た。
そこで、ヨシュアは、エホバの指示通りに、その父の兄弟たちの中において相続地を与えた。
 
後にヨセフの子、エフライムとマナセの子らは、エホバの祝福で数の多い民となった。
土地が狭いなら、山地を自分たちのものとし、森林地だから切り倒してそこを境としなさい。
カナン人が鉄の大鎌のついた戦車を持っていて強かろうとも、これを打ち払うべきなのだ、とヨシュアは言った。

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18章
その時、イスラエルの子らはシロに集合して、そこに会見の天幕を置いた。
残りの七部族の配分はまだ行われていなかった。
 

そこで、ヨシュアは、彼らに、「エホバが与えてくださった土地に入ってそれを取得することを、あなた方はいつまで怠っているのですか」と言い、「自分たちのために、各部族から三人の者を出しなさい。彼らがその地を行き巡り、自分たちの相続地に従って図面をかくためです」と言った。
 

ユダは南の方にとどまり、ヨセフの家も北方で自分の領地にとどまるが、残りの部族は図面をかいてその地を七つの受け分に分けるようにと言い、わたしは、ここシロで、神エホバの前にあって、あなた方のためにくじを引くことにすると言った。
 
ベニヤミンの子らの部族、その諸家族に対するくじが出た。

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19章
二番目にシメオンの子らの部族、その諸家族のために出た。
三番目にゼブルンの子らに、
四番目にイッサカルの子らに、
五番目にアシェルの子らに、
六番目にナフタリの子らに、
七番目にダンの子らに、
くじが出た。

後に、イスラエルの子らは、ヌンの子ヨシュアに、エフライムの山地にあるティムナト・セラハを与えた。
ヨシュアはその都市を立て直し、そこに住むようになった。
(ヨシュアは指導的な立場にあったが、イスラエルの子らにしたがったことが分かる。ヨシュアは利己的な振る舞いはしなかったのである。)
(ヌンの子ヨシュアはエフライム人であった。-民数記13:8)

以上を初めはギルガルで、次いでシロに移動した後、エホバの前、会見の天幕の入り口で、くじによって相続地を分配した。

こうして彼らは土地の配分を終えた。

(最初にユダ子らが、次いで、ヨセフの子らのエフライムの子らが、次いでマナセの子らの半部族が、ギルガルで決められ-ヨシュア記14:6、
残りの七部族は、改めて地図を作成しそれをくじで分配した。これはシロで決められた。-ヨシュア記18:1
 

ルベンとガドとマナセの半部族については、くじの前に決まっていた。
残りはくじによって決められた。
 

ユダ、ルベン、ガド、マナセ、エフライム以外は自分たちに改めて図面をかかせ、それを七つに分けさせた上でヨシュアがくじで決めたのである。)
 

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20章
エホバはヨシュアに「意図せず、それと知らずに魂を打って死なせた殺人者が逃げるための避難都市を定めるように」と言った。
そこで、
ナフタリの山地にあるガリラヤのケデシュ
エフライムの山地のシェケム
ユダの山地にあるキルヤト・アルバつまりヘブロン
「神聖な地位」を与えた。 
また、
ヨルダン川の東側では、
ルベンの部族から台地の荒野にあるベツェル
ガドの部族からギレアデのラモト
マナセの部族からバシャンのゴランを与えた。
 

これらは、血の復しゅう者からの避難所となる。
(つまり、ヨルダン川を挟んで、東西に三つずつ避難都市を設けた)

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21章
レビ人の父の頭たちが、
祭司エレアザルとヌンの子ヨシュアとイスラエルの各部族の父たちの頭に近づき、自分たちの住むべき都市と家畜のための牧草地を求め、イスラエルの子らはエホバの指示通り、自分たちの相続地の中からそれらを与えた。
 

コハト人の諸家族のために、
ユダの部族、シメオン人の部族、ベニヤミンの部族からくじによって十三の都市が、祭司アロンの子らに属することになった。

 

コハトのほかの子らのためには、
エフライムの部族の諸家族から、ダンの部族から、マナセの半部族から、くじによって十の都市があてられた。
 

ゲルションの子らのためには、
イッサカルの部族から、アシェルの部族から、、ナフタリの部族から、、バシャンにいるマナセの半部族から、くじによって十三の都市があてられた。
 

メラリの子らのためには、
ルベンの部族から、ガドの部族から、ゼブルンの部族から十二の都市があてられた。

こうしてイスラエルの子らはこれらの都市とそれに伴う牧草地とをくじでレビ人に与え、エホバがモーセによって命じたとおりにした。

イスラエルの子らの所有地の中のレビの都市は、全部で四十八の都市と牧草地であった。
 
こうして、エホバは、その父祖たちに与えることを誓ったすべての土地をイスラエルに与え、彼らはそれを取得して(その地に住む者たちを打ち倒して)そこに住むようになった。

(約束の地に住むカナン人たちに対する無慈悲で残虐な行為に思えるが、元来、すべての土地はエホバのものであり、それを誰に与えるかは、エホバに決める権限があるということ、
また、
カナン人たちは、エホバが禁じる偶像礼拝を行っており、淫行など数多くの悪も行っていた。
そのため、その地の「とが」のために、450年も掛けられ、それが満ちた時にこれを滅ぼしたのである。-創15:16

つまり、その地に住む人々すべてが、神の目から見て滅びに値する人々だったということである。
  

これは、大洪水前の、エホバの考えと全く同じである。
更に、言えば、
今の終わりの時代についても、同様で、事物の体制のとがが満ちるまで、その時は到来しないということを表している。
既に、悪魔は天から放逐されて、天は清められた。次は、地が清められるのである。)

エホバがイスラエルの家になさったすべての良い約束は、一つの約束といえども果たされないものはなかった。
すべてその通りになった

 


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22章
ヨシュアは、ルベン人とガド人とマナセの半部族を呼んで彼らを祝福し去らせた。
ところが、
彼らは、カナンの地のヨルダン川の地方まで来た時、そこに祭壇を築いた。
それを聞いたイスラエルの子らのほかの子らが「誤解」をし、シロに集まって彼らに対する軍事行動を起こそうと相談した。 
 
そこで、祭司エレアザルの子ピネハスと十人の長たちを彼らの元に遣わして「真意」を確かめた。
(なぜこういうことが起きたかと言えば、エホバへの祭壇を築くのは、祭司たちレビ人だけだったからでる。
エホバの祭司でない者が祭壇を築くことは、それは、他の神々に対するものだと判断されたからである。)
 

彼らは、祭壇は、ヨルダン川の東西に分かれた自分たちとあなた方との間の証のためだと言った。
それは、自分たちの焼燔の捧げ物と犠牲と供与の犠牲をもって、エホバへの奉仕をそのみ前でささげるということを示すためだったと。
エホバへの祭壇の表象ではない、エホバへの焼燔の捧げ物や犠牲ではないと言った。
  

幕屋の前にある、私たちの神エホバの祭壇に加えて、エホバに従うことから退くことなど全く考えられないとも言った。

これを聞いて祭司ピネハスと長たちは納得し、帰ってイスラエルのほかの子らに報告した。

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23章
ヨシュアが年老いて高齢に達した時、全イスラエル、その年長者と頭と裁き人とつかさたちを呼んで「告別のことば」を伝えた。
エジプトを出た直後に、民の様々な問題を裁くために千人、百人、五十人、十人の長を立て、小さな問題を裁かせ、大きな問題だけをモーセが裁くようにと、モーセの舅のエテロの助言を受け入れたが、-出エジプト記18章
40年後には、モーセはモアブでの律法付け加えられた律法、新しい律法の中で、部族ごとに与えてくださる門の内に裁き人とつかさたちを立てるべきである。それらの者が義の裁きをもって民を裁くようにと言った。
民を裁くことを「裁き人とつかさたち」という特別な立場の者を立てて行うようにとモーセは言った。-申16:18
 
「神は彼らを立ち退かせ、あなた方はその土地を取得しました。」
(確かに、土地の、いわば、所有権を神から得たということである。
その地の支配に関しては、まだ、残っており、それは、割り当てられたそれぞれの部族がその地に住む者たちを完全に支配する必要があった。)
  
「神エホバが約束されたとおりです。
ゆえに、あなた方は大いに勇気を持ち、モーセの律法の書に記されているすべての事柄を守り行わなければならない。
それから右にも左にもそれてはならず、あなた方のもとに残る国民たちの中に入って行ってはならないのです。
ただ、あなた方の神エホバに固く付くべきです。
あなた方は、あなた方の神エホバを愛し、自分の魂を絶えず見守っていなければなりません」
(征服した都市やその周辺に、まだ、その地の人々が住んでいたことを示している。 
加えて、取得した土地に住む、イスラエルに反抗する人々を制圧する必要があったことが窺い知れる。)

「しかし,もしもあなた方が身を翻して,これら諸国民の中の残されたもの,これらあなた方のもとに残っている者たちに固く付き,彼らと姻戚関係を結んでその中に入り,また彼らがあなた方の中に[入って来る]のであれば,はっきり知っておくべきことですが,あなた方の神エホバはもはやこれら諸国民をあなた方のゆえに立ち退かせることはされないでしょう。
彼らはあなた方に対するわな,仕掛け,あなた方の脇腹を打つむち,あなた方の目の中のいばらとなって,ついにあなた方は,あなた方の神エホバが与えてくださったこの良い地から滅び去ることになるのです。
「さあ,ご覧なさい,わたしは今日全地の[人々の]道を行こうとしています。ですが,あなた方は心をつくし魂をつくして知っているはずです。すなわち,あなた方の神エホバの話されたすべての良い言葉は,その一言といえ果たされなかったものはありません

それはあなた方にとってすべてそのとおりになりました。その一言といえ果たされなかったものはありません。
 

そして,あなた方の神エホバの話されたすべての良い言葉がそのとおりあなた方に臨んだのと同じように,エホバはすべての厳しい言葉をもそのとおりに臨ませて,あなた方の神エホバが与えてくださったこの良い地からついにあなた方を滅ぼし尽くされるのです。
それはあなた方が自分たちの神エホバの命じた契約を踏み越えたため,また行って他の神々に仕え,それに身をかがめたためです。そしてエホバの怒りはあなた方に対してまさに燃え,あなた方はその与えてくださった良い地から速やかに滅びうせることになります」と話した。

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24章
それから、ヨシュアはイスラエルの全部族をシェケムに集め、イスラエルの年長者と頭と裁き人とつかさたちを呼んだ。
(シェケムは、エバル山とゲリジム山の間にある麓の地)
 

テラの時代から今日までの出来事を回顧した。
そして、
あなた方が労したのではない土地、あなた方が建てたのではない都市を与え、あなた方はその中に住むようになった。

あなた方が設けたのではないぶどう園とオリーブ畑、その実をあなた方は食べているのである。

それで、今、エホバを恐れ、とがなく、真実をもってこの方に仕えなさい。
また、エジプトで仕えた神々を除き去り、エホバに仕えなさい。

もし、エホバに仕えることがあなた方の目から見てよくない事とされるなら、なんであれ、あなた方の仕える者を、今日、自分で選びなさい。
 
しかし、わたしとわたしの家の者とはエホバに仕えます

すると民は、「エホバを離れて他の神々に仕えるなど、わたしたちには考えられないことです。」と言った。

その時、ヨシュアは民に、
あなた方はエホバに仕えることはできないでしょう

この方は、聖なる神、全き専心を要求される神なのです。あなた方の反抗と罪を容赦されません
(ヨシュアは、後の時代にイスラエルの子らが律法に逆らうようになることを予期していた。モーセも同じことを最後に言っている。)

あなた方がエホバを離れて異国の神々に仕えるようなことがあれば、あなた方に良いことを行った後であっても、必ずや翻ってあなた方に害ををもたらし、あなた方を滅ぼし絶やされるのです」と言った。

それに対し、民は、ヨシュアに、「そうではありません。わたしたちはエホバに仕えるのです」と言った。

そこで、「あなた方は、自分たちのために自らエホバを選んで、この方に仕えるということについて、あなた方自身に対する証人です」と言った。

すると、彼らは「わたしたちは証人です」と言った。

では、今、あなた方の中にある異国の神々を除き去って、イスラエルの神エホバにあなた方の心を傾けなさい。
(これは、イスラエルの子らの中に異国の神々に仕える者がいたということではない。生き残ったその地の人々のことを指している。
しかし、のちの世代の人々は、異国の神々に仕えるようになり、遂に、イスラエルが滅ぼされる原因にもなった。)

それに対し民は、「わたしたちの神エホバに仕えて、その声に従います」と言った。

その日、ヨシュアは民と契約を結び、彼らのためにシェケムにおいて規定と司法上の定めとを制定した。

次いで、ヨシュアは、それらの言葉を神の律法の書に記し、大きな石を取って、エホバの聖なる所のそばにある巨木の下の所にそれを立てた。
(その場所は、アブラハムがシェケムのモレの大木林の近く-創12:6
ヤコブが自分の家の者たちが持っていた異国の神々すべて、また、その耳にあった耳輪を大木の下に隠した場所かその近く-創35:4、かも知れない。)

ヨシュアは民に、「見なさい、この石はわたしたち対して証となるものです」と言った。

その後、民を各自の相続地に行かせた。

これらの事ののち、ヨシュアは110才で死んだ。
それで人々は、相続したティムナト・セラハに葬った。

イスラエルはヨシュアの後にまで命の日を延ばし、エホバがイスラエルのために行われたそのすべてのみ業を知る年長者たちのいたすべての日の間、ずっとエホバに仕え続けた。

エジプトから携えて来たヨセフの骨は、ヤコブがシェケムの父であるハモルの子らから金子百枚で得た一区画の野に葬った。
そして、それは、相続分としてヨセフの子らのものとなった。
(シェケムはヨセフの子マナセの子らとエフライムの子らに割り当てられた境界にある。)

エレアザルも死んだ。彼をその子、ピネハスの丘に葬った。
それは、エフライムの山地で彼(エレアザル)がピネハスに与えたものだった。


裁き人の書に続く。
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(参考:
ヨシュアは、カナンの地をすべて征服したとあるが、これは、カナンの都市とその地域を支配していた王たちを滅ばしたのであって、その地の周辺住民のすべてを完全に支配下に置いた訳ではない。

そのため、裁き人の時代、さらに、割り当てられた自分たちの土地の中の、その地の住民たちを自分たちで征服する必要があった。)

(参考:
カナンの地を征服したのちも、繰り返し、異国の神々について言及していたのは、イスラエルの中に住む、その地に住んでいた人々に対するものだったと思われる。そうした人々や神々を除き去るようにということだったのである。
イスラエルの民の中に、異国の神々に仕える者がいたということではない。

また、後の時代、エホバに仕えることから離れるようになるが、「エホバがイスラエルのために行われたすべてのみ業を知る年長者たち」が生きている間はエホバに仕えた。
 
これは、世代を継いで時代が進むと、過去の出来事は、単に「語り草」でしかなくなり、民の心から次第に離れて行くようになることを示している。

モーセの勝利の歌を忘れたかのようである。-出エジプト記15:1~
その原因の一つは、エホバの命令の通り、カナン人と契約を結んではならず、彼らの祭壇を取り壊すべきであること、彼らを打ち払わねばならないという命令に従わなかったことにある。

人は、「順調」な時が長く続くと、大事なことを忘れてしまうものである。イスラエルの子らも同じだったのである。

(これは、その平和があたり前になり、そのことが前提として「新しい別のことを考えたりするようになる」のである。

こうしたことは、現代でも同じである。

世界は、戦後の平和を享受し経済的な発展を遂げて来た。

すると、

今日の、特に若者たちは、平和な状態を「当たり前」と考え、「自由で、自分のやりたいこと」を追求するようになった。

 

ウクライナやガザや他の地域で紛争が戦争が起こっても他の国の人々は「他人事」であり、依然として平和を当然と考えている

悪いのは、ロシアとハマスだと。

 

全世界は、平和は「当然」ではないことを知らねばならない。

また、ヨシュアは、民を指導する立場にあったので、民のうなじのこわさを良く知っていたので、逆らうことの警告を強調したと思われる。

モーセも同様だった。
ヨシュアは常に従者としてモーセと共にいた。
そして、エジプトでの出来事から荒野での出来事、そして、カナンの地の征服と土地の配分に至るまですべてを見てきた。
いわば、エホバの生き証人だったのである。

エフネの子カレブもまた同様だった)
  
 
参考:民数記22章のバラムについて。


バラムについて
ユーフラテス川の上流、サジュール川の近くにあったペトルというアラム人の町に住んでいたと言われている。占い師、予言者であった。民22:5-6
 
まことの神エホバの崇拝者でもあった。民22:18
エホバはバラムに何度か話しかけている。
バラムは報いを求めて誤った道に陥ったとされている。ユダ11、ペテロ(ニ)2:15-16
バラクの求めに応じて行く途中、ロバが3度立ち往生した。
み使いが立っていたからであったがバラムにはそれが見えていなかった。
この時、ロバはものを言った。民22:22-30

 

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神による選任、任命という観点で考えると以下の点を参考にして頂きたい。

アブラハムもその子孫も、自ら約束の地を欲した訳ではない
神エホバの方から言われたことである。
そして、ヨシュアに戦わせて、奪い取ったのである。参考:出19:5

また、
アブラハムの胤といわれる肉のイスラエルの人たちは、自ら進んで、「神の民」になった訳でもな

神エホバが選んだのである。

 

神の民を選ぶことは、神の目的のためには必然であった。
将来、イエスを遣わし、人類の贖いの犠牲をささげさせるためである。
アダムの罪(人類の初子)をイエス(神の初子)が贖うためである。
アダムとイエスは対等な者として説明されている。-ローマ5:14、コリント(一)15:22、45
(参考:悪魔もイエスを神の子と言っている。マタイ4:3)

イエスがアブラハムの胤の主要な方となって以降は、イエス・キリストの「新しい契約」にそれは
継承され、アブラハムの胤とはいわゆる「霊的なイスラエル人」のことを指し、それは、いわゆる、「神の王国」である。
肉のアブラハムの胤つまりイスラエルの子らは律法契約の終わりと共に、イエス・キリストを退け
たことで、いわば捨てられたのである。

ヨシュアは、初めから忠実な人だった。
ヨシュアが罪を犯したという記録はない。
エホバの崇拝者としては、モーセに劣らない。
 
神と人との立場は明確なものである。
しかし、神と人との関係は人それぞれである。

時に、人は知らないと許されることがある。
神の規準は絶対正しいが、人はそのすべてを知らないし、また、守り切れない。

神はモーセにただ、「守る心を培えば良いのだが」と述べている。-申命記:5:29

しかし、人は「その知識があるなしに関わらず、神の言葉によって裁かれる」のである。啓19:11-16

おそらく、そのための機会はすべての人に与えられていると考えられる。
30歳未満の人については、その親がその責任を負うことになる。
ただし、子が親から離れている場合は、その子自身が責任を負うということになる。
 
繰り返しになるが、
ヨシュアも自ら進んでモーセの後継者になった訳ではない
裁き人たちもそうである。
後のサムエルは生まれながらにして、神に選ばれた人であった。
イスラエルの最初の王サウルや二代目の王ダビデも自ら王になった訳ではない。
おそらく、バプテストのヨハネも生まれながら神に選ばれた人であった。

ただ、イエス・キリストだけは、神の求めに応じた唯一の存在だったと言える。

イエスの弟子たちについてはどうだろうか。
少なくとも十二使徒たちは、自ら進んでイエスの弟子となった訳ではない
すべて、イエスが選んだ者たちである。
パウロもそうである。

しかし、自ら進んでエホバの崇拝者になり、それが受け入れられた者たちもいる。
おそらく、エノク、ラハブ、エリヤの従者だったエリシャ、シリア人の軍の長ナアマン、
イエス以後では、エチオピアの宦官、おそらく無割礼だったコルネリオ(この人はもしかすると、エホバに選ばれた人かも知れない)
などとイエスの無数の弟子たちである。

いわば、イエスの弟子たちは、死に至るまで忠実であることを求められているので、生きている間はいわば「流動的」で確定してはいないのである。
最後まで忠実を保ち、神とイエス・キリストに受け入れられるかどうかは全く分からないのである。

神とイエス・キリストに「信仰を持っている」と言うだけでは誰も救われないことは明白である。

モーセやヨシュアや裁き人の時代のイスラエルの子らを見れば分かることであるが、
人のその行いや振る舞いや神とイエス・キリストのおきてに忠実かどうかは、神とイエス・キリストが決めることである。

罪を犯さない人は「一人もいない」ので、自分が救われるかどうかは、人には分からないのである。

人は自ら望んでも神とイエス・キリストの是認を受けられる訳ではない
加えて、仮に是認されても最後までそれを守り通す必要がある。

現代のクリスチャンたちは、こうした点「思い違い」をしているのである。

バプテスマを受けものみの塔の言うことにしたがっていれば、

是認される、救われるなどを当然と考えている振る舞いをしているからである。

 

おそらく、面と向かってエホバの証人に「あなたは今のままでは救われない」と言われれば、

相当なショックを受けるだろうが、そのショック自体が救われないことを証明しているのである。

現代のクリスチャンたちは、クリスチャンになる動機と神とイエス・キリストに対する思いと考え間違っていることは明白である。

人がいくら正しいことを言っても、正しいと言っても、正しいと思うことをしても、
神とイエス・キリストの是認を受けられるとは限らないのである。

すべては、お二人が決めることなのである。

 

初めに
この出来事は、これから生じる事物の体制の滅びの際の「神の力」を予表させるものとなります。
また、くじによる配分は、キリストの千年統治の際、生き残った人々がどこに住むべきかを決める場合の例となるかも知れません。

6 ヨシュア記
ヨシュアによる約束の地の征服と配分の記録
記された場所: カナン 
記された年: BC1450 頃 
扱われている年代: BC1473-BC1450頃
  
概要
約束の地に渡る(1:1-5:12)
カナンの征服(5:13-12:24)
土地の配分(13:1-22:34)
ヨシュアの別れの勧告(23:1-24:33)

 

意義
エホバはモーセの代わりにヨシュアを用いて約束の地の征服をさせた。
征服における数々の奇跡は、エホバが共にいるという証になり、かつ、ヨシュアをモーセと同じ指

導者としてイスラエルの子らに認めさせた。
ヨシュアは生涯モーセとエホバに忠実であった。
征服した都市と畑やぶどう園やオリーブ畑はそのままイスラエルの子らが用いた。
ヨシュアが焼いた都市はハツォル一か所だけであった。
エリコの遊女であったラハブは、後にユダの子孫サルモンの妻となり、イエスの家系の一人となっ

た。

アカンの出来事は、一人の罪が全体に及ぼす例となった。
同時に、その家の頭の罪により家族全員が罰を受ける結果になった。 

エホバがイスラエルの子らに対して語ったすべての約束は、すべてその通りになり、正に、エホバが

真の神であることの立証となった。

イスラエルにおいて、モーセは預言者、また、指導者としてイスラエルを組織し、また、律法を与えるために用いられた。その一方、ヨシュアは、初めからモーセの従者となり、兵士でもあり、モーセの死後指導者に任じられた。 

ヨセフの埋葬は、約束の地の征服と配分が終わった後、ヤコブがシェケムで買った一区画の野にイスラエルの子らによって葬られた。
ヨセフが死んだのが    BC1657年だから、ヨセフが葬られたのがBC1450ごろとすると、およそ207

年間持ち歩いていたということになる。

ヨシュアについて。
モーセが初めてエホバに接した当時から(BC1514ごろ)モーセに付き従い、エジプトの十の災い、

紅海を歩いて渡る、荒野での40年間の出来事、モーセの最期、約束の地の征服と配分すべてに関わった、いわば、すべての生き証人であった。
 

ヨシュアはBC1560年ごろに生まれBC1450年ごろに死んでいる。
エジプトを出た時BC1513年は、47歳で、カレブは40歳であった。
モーセの後継者となり約束の地の征服に取り掛かったのが、87歳で、征服が完了するのにおよそ5年掛かっている。(足掛け6年とされている。)
この時、ヨシュア92歳、カレブ85歳。BC1468年-ヨシュア記14:10
その後、およそ2年掛けて配分を完了させている。(BC1467年は、およそ450年の終わりとされている。)
つまり、イサクの誕生BC1918年から征服の完了までおよそ450年ということである。

-使徒13:17-20
(年代計算をする元にもなっている。)

 

ヨシュアは、兵士であり、モーセの従者であり、モーセの後継の指導者でもあった。
イスラエルの子らは、ヨシュアに対しても、モーセと同じように恐れを抱いた。ヨシュア4:14

戦いは「神の戦い」だったので、人間が「自分の力」を駆使する必要はなく、ただ、「勇気を出し、強く」あって戦えば良かったのである。


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(参考:創世記15:13の400年とは、
アブラハムの胤が苦しめられる期間、つまり、イサクから4代目のことで、それは、BC1913年から

BC1513年までのことで、BC1913年はイサクが5歳の時にイシュマエルにからかわれたことから始まっている。-創世記21:9
 

使徒13:17-20のおよそ450年とは、
約束の地の分配が完了した年BC1467から遡ってBC1918までのことで、その年はイサクが誕生した年である。
 

出エジプト記12:40-41の430年とは、
イスラエルの子らがエジプトを出たBC1513年から遡ってBC1943年までのことで、その年にアブラハムがハランを出、そして、エホバはアブラハムにカナンの地を与えると約束した年である。

従って、アブラハムがハランを出た日とイスラエルの子らがエジプトを出た日が同じとされているの

で、共に、ニサンの14日にそれぞれが、いわば出発したということである。

時は、春でこれから暖かくなる時期に出発したのである。)
 
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際立った点
ヨシュアはイスラエルに、カナンに入る準備をさせ、斥候たちを送り出す。
イスラエルは足をぬらさずにヨルダン川を渡る。
遊女ラハブとその家族は滅ぼされなかった。
エリコを征服したあとアイで敗北する。
ギベオン人は和を請い、他の民は滅ぼされる。
エホバによる奇跡が何度も起きている。
(ただ、それをイスラエルの子らがはっきりと認識していたかどうかは分からない。)
土地がくじによりイスラエルの諸部族に配分される。(もしかすると、エホバの介入があったのかも知れない。)
(完全に征服した訳ではなく、その土地の王やその軍隊を滅ぼしただけであった。配分された土地では、その土地に住む人々を征服する必要があった。)
ヨシュアはモーセと同じように、イスラエルの子らに対して、エホバに忠実に仕えるよう強く勧めた。

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内容と解説(約束の地の征服と配分の記録)

 

1章
ヨシュアに対するエホバのことば。(約束であり、宣言でもある)

「わたしの僕モーセは死んだ。それで今,あなたとこのすべての民は,身を起こしてこのヨルダンを渡り,わたしが彼らに,すなわちイスラエルの子らに与える土地に入りなさい。
すべてあなた方の足の裏が踏む所,わたしはそれを,モーセに約束したとおり必ずあなた方に与える。」

 

「荒野とこのレバノンから、大川、ユーフラテス川に至るまで、すなわちヒッタイト人の全土、また
日の沈むほうの”大海”までがあなた方の領地となる」

 

「あなたの命の日の限りだれもあなたの前に立ち向かう者はいない。わたしは,モーセと共にいたと同じように,あなたとも共にいる。わたしはあなたを見捨てたり,全く見放したりはしない。
勇気を出し,強くありなさい。あなたがこの民にその土地を,すなわちわたしが父祖たちに与えることを誓った所を受け継がせるからである。
ただ勇気を出し,大いに強くありなさい。注意して,わたしの僕モーセがあなたに命じたすべての律法のとおりに行なうためである。それから右にも左にもそれてはいけない。どこに行ってもあなたが賢く行動するためである。
この律法の書があなたの口から離れてはいけない。あなたはそれを昼も夜も小声で読まなければならない。注意してそこに記されているすべてのことをそのとおりに行なうためである。そうすればあなたは自分の道を成功させ,賢く行動できるからである。
わたしはあなたに命じなかっただろうか。勇気を出し,強くありなさい。うろたえたり,おびえたりしてはいけない。あなたがどこに行こうとも,あなたの神エホバが共にいるからである」

要約すると、
 1 約束の地を与える。
 2 ヨシュアと共にいる。(2度繰り返している)
 3 勇気を出し、大いに強くありなさい。(3度繰り返している)
   うろたえたり、おびえたりしてはいけない。
 4 すべての律法のとおりに行いなさい。
   賢く行動するためである。
   律法の書があなたの口から離れてはならない。
   律法を昼も夜も小声で読まなければならない。
   注してそこに記されているすべてのことをそのとおりに行うために、
   そうすれば、あなたは自分の道を成功させ、賢く行動出来るからである。
ということになる。

それで、ヨシュアは、民のつかさたちに、「民に、自分たちのために食料を整えるようにと命じなさい。三日後にヨルダンを渡って行き、あなた方の神エホバが与えて取得させてくださる土地に入ってそれを取得することになるからである」と命じた。
(民は大群衆なので、そのための準備に少なくとも三日掛かったと思われる。)
 
また、ルベン人とガド人およびマナセの半部族に対しては、「エホバはこの地をあなた方にお与えになった。あなた方の妻たち、幼い者たち、畜類は、ヨルダンのこちら側(東側)で、モーセがあなた方に与えた土地にとどまっている。
しかし、男子は戦闘隊形を組んで、あなた方の兄弟たちすなわち勇敢な力ある者たちすべての前を渡って行き、これを助けなければならない。」
「兄弟たちも約束の土地を取得したときに、初めて、あなた方は自分の保有する地に戻り、それを、すなわち、エホバの僕モーセがヨルダンの日の出の側であるあなた方に与えた所を取得することになる」と言った。
 
それに対して、彼らは、ヨシュアに答えて、「あなたの命じたことはみな行ないます。どこへでもあなたが遣わす所へわたしたちは参ります。  
わたしたちはすべての事についてモーセに聴き従いましたが、同じようにあなたにも従います。
ただ、あなたの神エホバが、モーセと共におられたように、あなたとも共にいてくださいますように。」
「あなたの指示や命じるすべてのことに関して、その言葉に聴き従わない者はみな死に処せられます。ただ、勇気を持ち、強くあってください。」と言った。

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2章
ヨシュアは二人の斥候をシッテムからエリコへ送り出した。
二人の斥候は、遊女ラハブの家に宿を取った。
それを聞いたエリコの王は二人の斥候を捕まえるために人を遣わしたが、ラハブは二人の斥候をか

くまった。
(この時、ラハブは「嘘」をついて彼らをかくまった。これは、神の意志を行う者を助けるために、

いわば敵に対して「嘘」をつくことは「正しい」ことの例である。)

ラハブは、アモリ人の王シホンとオグに対してイスラエルの子らがおこなったことの噂を聞き、エホバこそ神であると信じていた。
  
そして、あなた方に親切を示したのだから、私と私の父の家の者たちすべてを生き長らえさせて下さいと言った。
 
二人の斥候は、助けることを誓った。
その時、「わたしたちはこの地に入ってきます。緋糸でできたこの綱を、わたしたちを降りさせたこ

の窓に結んでおき、あなたの父と母と兄弟たち、あなたの家のすべての者を、この家の中のあなたのところに集めておくようにして下さい」と言った。
 
二人の斥候を送り出した後、ラハブはその緋糸の綱を窓に結んだ。
その後、二人の斥候は、ラハブが言う通りに山地に行ってそこに三日間隠れてから、ヨシュアのもとに戻りことのすべてを報告した。

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3章
それから、ヨシュアとイスラエルの子らは、シッテムからヨルダン川の手前まで進んだ。
それから三日目の終わりに、つかさたちは民に対して、旅立つ時の態勢について指示を出した。
その後、ヨシュアは、民に「自分を神聖なものとしなさい。エホバは明日、あなた方の中で驚嘆すべき事を行われるからです」と命じた。
(これは、エホバに対峙したり、エホバの業を行う時には、常に身をきれいにし自分を神聖なもの、つまり、汚れのないものとしなければならないことを示している。)

その後、ヨシュアは祭司たちに「契約の箱を担いで、民の前を通りなさい」と言った。
それから、エホバはヨシュアに契約の箱を担う者たちに「ヨルダンの水のきわまで来たら、あなた方はそのヨルダンの中に立ち止まるように」と命じるようにと言った。
 
祭司たちは契約の箱を担いつつ民の前を行ったが、箱を担う者たちがヨルダンまで来て、箱を担うその祭司たちの足が水のきわにつかると、その時すぐ、上流から下って来る水は止まりはじめた。

都市アダムのところで一つの堰となり盛り上がり、一方、塩の海に向かって下る水はかれた。
 
それから民はエリコに面する所を渡って行った。
 
その間、エホバの契約の箱を担った祭司たちは、ヨルダン川の中ほどの乾いた地面に不動の姿勢で立ち続け、その間に全イスラエルは乾いた地面を渡り切った
(紅海を渡った時の、再現である。ただし、水の分け方は異なる。ヨシュア4:22-23)

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4章
国民全体がヨルダンを渡り切ると、エホバはヨシュアに「各部族から一人ずつ十二人を選び、祭司たちが立っていた場所から十二個の石を取り、それを、今夜の宿り場(ギルガル)に置くように」と命じた。
イスラエルの子らは、その通りに行った。
 
また、祭司たちの足が立った場所に、ヨシュアが据えた十二個の石もあったが、それは今日までその所にある。
 
民のすべてが渡りきると、その後エホバの箱が、そして祭司たちが民の(見ている)前で渡った。

ルベンの子らとガドの子ら、それにマナセの半部族も、イスラエルの子らが見るところで戦闘隊形
を組んで渡った。
 
軍隊の装備をした約4万人が、戦いのために、エホバの前にあってエリコの砂漠平原へと渡ったので
ある。
 
その日エホバは、全イスラエルの目にヨシュアを大いなる者とされた。
彼らは、モーセに対してその一生の間恐れを抱いたと同じように、ヨシュアに対しても恐れを持つようになった。
 
それからエホバはヨシュアに「証の箱を担う祭司たちに、ヨルダンから上がるように命じなさい」と言った。

ヨシュアが祭司たちに命じると、エホバの契約の箱を担う祭司たちがヨルダンの中から上がって、祭司たちの足の裏が乾いた地面に引き上げられると、ヨルダンの水は元の場所に戻り始め、以前と同じようにその岸一帯にあふれわたった。
 
こうして、民は第一の月の十日に、エリコの東の境にあるギルガルに宿営を張った。(BC1473)
 
それから、ヨシュアは選ばれた十二人によりヨルダンから取らせた十二個の石をギルガルに据えた。
その理由をヨシュアは、「これは、地のあらゆる民がエホバのみ手を、その強さを知るため、あなた方の神エホバをいつも真に恐れるためなのだ」と言った。(つまり、記念として据えたのである。)
(各部族から選ばれた十二人が各々一つの石を自分の肩に拾うようにと言っていることから、拾い上げた石は小さい石ではなかったと思われる。)
(シロに移るまで幕屋はずっとギルガルにあり、戦いが終わるたびにヨシュアはここに戻った。)
(民がヨシュアに恐れを持つようになったのは、
1 ヨシュアがエホバの指示を受けたこと
2 ヨシュアはそれを民に伝えたこと
3 ヨシュアが話した通りになったこと
のためである。
つまり、民はヨシュアの言葉しか聞いていないのである。
従って、ヨシュアが話した通りになるかどうかは結果でしか分からないことだったが、実際その通りになったので、ヨシュアに対して恐れを抱くようになったということである。

民は直接エホバの言葉を聞いていないし、見てもいないので、
民はエホバの言うことなのかヨシュアが勝手に言っていることなのかの判断が付かなかったと思われる。
これは、モーセの時も同じである。
そのため、何度もモーセにつぶやいたり不平を言ったり逆らったりしたのである。

この出来事でヨシュアがエホバの言葉を伝えているという確信を抱いていたかどうかは分からないが、アカンの他、逆らった例は示されていない。

誰でも、その人が言ったことがその通りになるとその人を信じまた驚き少なからず恐れを抱くものである。
それと同じことである。)

 



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5章
エホバはヨシュアに「火打ち石の小刀を作り、イスラエルの子らにもう一度、二度目の割礼を施しなさい」と命じた。(最初の命令 創17:11)
荒野の途中で生まれたすべての民に割礼を施していなかったからであった。
エジプトを出たのにエホバの声に聴き従わなかった戦人の国民のすべてが荒野で死ぬまで、イスラエルの子らは荒野を40年間歩き続けた。
 
彼らの代わりにその子らを起こされたが、この者たちに割礼を施したのである。
(これは、モーセと妻と二人の息子たちを連れてエジプトへ戻る途中に、二人の息子にチッポラが火打ち石で割礼を施したのと同じことである。
つまり、エホバの下に入るのは、男子は割礼を施し、こうして彼らは神聖な者とされ、また、エホバとの約束を守るということのしるしを体につけたのである。)
 
国民のすべてに割礼を施し終えたが、彼らは回復するまで宿営内の自分の所に座していた。
(おそらく、7日位と思われる。三日目に最も痛みが強くなるようである。-創世記34:25。)
(この時、おそらくナイフや鉄の武器があったと思うが、なぜ火打ち石で小刀を作り、それで割礼を施さねばならなかったのか。
考えられるのは、衛生上の問題、あるいは、ナイフや鉄の剣などは、様々なものを切ったり、人を殺すために用い、いわば、汚れていたからではないか。
あるいは、ナイフより刃が鋭く、良く切れ痛みの小さかったとも考えられる。
いわゆる、日本史の石器時代に出てくる、石を削ったナイフのようなものだったと思われる。)
 
その後、エホバは、ヨシュアに「今日、わたしはエジプトの恥辱をあなた方から転がしのけた」と言われた。
そのため、その場所はギルガルと呼ばれるようになった。
 

その月の十四日の夕方に過ぎ越しを行った。(BC1473の第一の月)
過ぎ越しの翌日から、その地の産出物の幾らかを食べるようになった。
その明くる日からマナは絶え、以後、マナは生じることはなかった。
こうして彼らはその年からカナンの地の産物を食べるようになった。

ヨシュアがエリコのそばにいた時、自分の前に一人の人が抜いた剣を手にして立っていた。
ヨシュアが尋ねると、その者は「わたしは、エホバの軍の君として今ここに来た」と言った。
(エホバの戦いには軍の君という「み使い」が常に従軍していたことが分かる。
そのみ使いが戦いのすべてを牛耳っているのである。
したがって、エホバの指示に従っている限り、負けることは一切ないのである。
もし、負けることがあるなら、民の中に「何らかの不正、悪行」があったからである。)
 
また、エホバの軍の君はその場所が聖なる場所だからサンダルを脱ぎなさいと命じている。
(モーセがシナイ山でエホバと対峙した時も同じことを言われた。-出エジプト記3:5
祭司たちは幕屋や神殿で奉仕を行う時には「裸足」だったと言われている。
つまり、聖なる場所では「裸足」でなければならないということである。)

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6章
エリコの住民は固く門を閉ざして、いわゆる籠城をしたが、エホバはヨシュアに「戦人は皆一日一回都市の周りを回り、七人の祭司が雄羊の角笛七本を携えて(契約の)箱の前を行き、七日目にはその都市を七回行進し、祭司たちは角笛を鳴らし、その音を聞く時、民全員は大きな声を上げるように、そうすれば、その都市の城壁は必ず崩れ落ちる」と言われた。

戦いの装備をした軍勢約四万人と祭司たちが隊形を組んで行進したのである。
その間ヨシュアは民に一言も発してはならないと命じた。

おそらく、行進は、イスラエルの全集会の行進隊形を同じで、ただ戦人だけの隊形であった。
先頭はユダの子らの宿営に属する三部族分隊の戦人、次いでルベンのそれが、そして、祭司と契約の箱が、次いでエフライムのそれが、次いで最後がダンのそれが後衛であったと思われる。
-民数記2:1-34

そして、七日目は早朝から都市の周りを七回行進し、七回目に祭司たちが角笛を吹いた時、ヨシュアは民に向かって「叫べ」と言った。
そして、「この都市は滅びのためにささげられたものとされなければならない。そこにある一切の物と共にエホバのものとなる
あなた方は、滅びのためにささげられたものからは離れているように。欲望を起こして、滅びのためにささげられたものの中から取り、それによってイスラエルの宿営をも滅びのためにささげられたところとし、これをのけ者にならせるようなことのないためである。しかし、銀と金、また銅や鉄の品はすべてエホバに対して聖なるものとされる。それはエホバの宝物に入れられるべきである。」と言った。

それで、民は叫び声を上げた。
民が大きなときの声を上げはじめるや、すぐに城壁は崩れ落ち、その後民は市内に入り、その都市にあったすべてのもの、男も女も、若者も老人も、牛も羊もろばもことごとく剣の刃にかけて滅びのためにささげて行った。
(地形的にエリコの西側は600mほどの斜面になっており、ギルガルはエリコから5㎞位北東にあった。
古地図によると、南南東に位置しているものもある。いずれにしろ、ギルガルはエリコから見て東側、ヨルダン川の低地平原にある。
もしかすると、イスラエルの子らの大声は祭司たちの角笛と共に山の斜面に反響し、その反響で都市の城壁が崩れたのかも知れない。
自然を熟知し、また、地割れも引き起こす力を持たれる神なら容易(たやす)いことであったと思われる。)

しかし、ヨシュアはその地の偵察を行った二人に、ラハブの家に入りあなた方が誓った通りにしなさいと命じた。

次いで、銀と金および銅と鉄の品だけはエホバの家の宝物の中に納め、残りはすべて都市と共に火で焼いた。

こうして、ヨシュアはエリコに対して、エホバの指示通りに行って滅ぼした
しかし、遊女ラハブとその家にいるすべての者は殺さなかった。
 
その後、ヨシュアは「このエリコを建て直す者は、エホバの前に呪われよ。その者は長子を失って

その基を据え、末の子を失ってその扉を立てよ」と言った。
(アハブの時代に成就している-列王(一)16:34)
 
また、ラハブは後にダビデの曽祖父ボアズの母となった。-マタイ1:5

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7章
ところが、ユダ族のゼラハの子、ザブディの子、カミルの子であるアカンが滅びのためにささげられたものの幾らかを取ってしまった。
そのため、エホバの怒りはイスラエル全体に激しく燃えた。
 
そのころ、ヨシュアはおよそ三千人をアイに遣わしたが敗走した。
その原因を知らなかったヨシュアや年長者たちは、エホバの箱の前にひれ伏して、敗北を嘆き頭に塵を被った。
 
エホバはヨシュアに対して、その原因を知らせ、また、その者をえり分ける方法を伝えた。
そして、その者もそれに属するすべての者も、火で焼かれることになると伝えた。
 
ヨシュアはそれを実行し、アカンがえり分けられ、その後、アカンとアカンに属するすべての物とともに、アコルの低地平原に連れて行き、そこで、全イスラエルがこれを石撃ちにし、その後、彼らを火で焼いた。
それから、彼の上に石を大きく積み上げた。
ここにおいて、エホバはその激しい怒りから離れられた。

 

(参考:第一の視点
エホバの命じたことに、少しでも逆らう者を決して許さないだけでなく、全体に大きな禍いをもたらされることが分かる。
こうした点で、エホバは怖い神であるという印象を持つかもしれない。
しかし、
命じられた通りに行えば、すべてその通りになるということを知れば、決して、非情な神ではないことも分かる。)

(参考:第二の視点
エホバは神聖な方なので「ご自分を崇拝する者」の少しの汚れも罪も許されないのである。
イスラエルの子らに対しても神聖な者とならなければならないと命じている。
従って、命令は厳格であり何一つ間違いがないように、常に慎重に、絶えず注意をしていなければならないことを教えている。
神のおきてや命令に従う点では少しの寛容さも示さないのである。
エホバはイスラエルの子らに対し「全き専心」を要求する神なのである。

 

これに対して、人間同士に対する罪に関しては「情状酌量」をしている。
イエスも何度でも人を許しなさいと命じている。)

(参考:第三の視点
例えば、姦淫や淫行に関して、神はこれらを禁じています。
従って、これらを行うことは禁を犯すことであり罪となり、自分の体を汚すことになる。
誰でも、このような罪を犯し自分を汚れたものとする者は、神に近づいてはならず、神もそうした者を決して受け入れられないのである。
ただし、罰を受けることで、あるいは、犠牲を捧げることで「その罪を塗り消して頂く」場合もある。
実際、罪を犯さない人は一人もいないので、少なくとも一年に一度贖罪の日を設けて、民の罪を贖うよう取り計らって貰う必要がある。
その他の明確な罪に関しては、その都度動物の犠牲を捧げることで罪を贖う必要があった。

基本的に罪を犯す者に対する罰は「死」である。
それを、動物の犠牲で贖っている

いたずらに、動物を殺して犠牲にしている訳ではない。

人類すべては罪を犯している。
それゆえ、すべての人に「死」が臨むのである。

これを完全に贖うことが出来るのは、動物の犠牲ではなく「イエス・キリストの犠牲、肉体とその血」だけが贖うことが出来る。

イエスはこのことに「信仰を持つ者が永遠の命」に至るとも述べている。
イエスは、神のよって人類のために備えられた犠牲でもある。
したがって、罪を犯した人間が神により「イエス・キリストの贖いの犠牲」を適用して頂くためには、神のおきてを守り罪を犯さないように努める必要がある。

罪を犯しても「エホバとイエス・キリストに信仰」を持っているから許されると考えることは正しいことではない

人は罪を犯しても直ぐに罰を受けないので、罪を犯しても恐れを感じず、むしろ罪を習わしにする傾向がある。

罪を犯す者に対する罰は必ず来る
誰も神を侮ることは出来ない。

それでも、エホバは、罪を贖う「方法、手段」を示すことで、民に対する「愛」を示しておられる。

ダビデは神により「油注がれた者」ではありましたが罪を犯した。
この点ダビデは罪を犯し神により罰を与えられていますが、その地位だけは存続させられている。
これはサウルも同じです。サウルも死ぬまでその地位にあった。
モーセもただ一度だけ罪を犯し、その罰も与えられましたがその地位は存続させられている。)

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8章
エホバはヨシュアに「戦いの民すべてを連れて、アイに上れ。アイの王とその民と都市と土地をあなたの手に与えた。ただし、あなた方は、その分捕り物と家畜を自分のために取ってよい。
その都市に対して、背部に伏兵を置け」と命じられた。
(エリコを滅びにささげる時、ヨシュアは分捕り物を自分のためにとってはならないと言ったが、アイを攻略する時には、エホバは分捕り物と家畜を自分のためにとって良いと言われた。
これは、何を意味するのでしょうか。
エホバは事の次第をすべて見ておられ、それに応じて、時にご自分の考えを伝えることがあることを示している。
つまり、ご自分の話すことは「人にとって十分なこと」であるが、それを聞いた人間が「時に、それ以上のことをすること」がある。
それで、エホバはご自分の言葉に対し人間がどのように振る舞うのかを常に注視され、必要に応じ調

整を加えることもあることを示している。)

そこで、ヨシュアは三万人の勇敢な力ある者を選び出し作戦を伝え夜の内に送り出した。
(これは、その都市の背部の待ち伏せとしてのためであった)

待ち伏せの場所はベテルとアイの間、アイの西方であった。
(ベテルとアイはエリコの西側の、およそ500-900m位の高地である。)
 
その後、ヨシュアと年長者たちと戦人もその都市の正面の北側に宿営を張った。
谷あいを挟んでアイと向かい合った。
 
ヨシュアはその夜の間に低地平原の真ん中に進んだ。
つまり、アイから見下ろす位置の東側に進んだのである。
それを見たアイの王と民が襲撃して来ると、すぐに荒野の道を退却し始めた。
それを見て、追撃するために、都市にいたすべての民が呼び出され、その都市からおびき出された。

この時エホバはヨシュアに「あなたの手にある投げ槍をアイに向けて差し伸べよ」と言われた。
するとベテルとアイの間(西側)にいた伏兵が直ちに空になった都市を攻略し、急いで火をかけた。
そのため、荒野に逃げようとしていたアイの人々は何処にも逃げるすべがなかったのでヨシュアの方

と向き合った。
つまり、アイの人々はイスラエルに東西に挟まれたのである。
それから、ヨシュアは身を巡らし、アイの人々に討ちかかり、すべての者を討った

アイのすべての住民を滅びのためにささげるまでは投げ槍は差し伸べたその手を引き下げなかった。

生け捕ったアイの王を杭に掛け夕方までさらし、日が沈むころ死体を杭から下ろし、市の城門の入

り口のところに投げ、その上に石を大きく積み上げた。
(敵や罪人の死体の上に石を大きく積み上げたのは記念として残したのか、あるいは、その骨が掘り出されないようにしたものと思われる。後で、誰かが骨を掘り起こして埋葬するかも知れないからである。)

ヨシュアはこの時、エホバへの祭壇をエバル山に築いた。
鉄の道具を振るっていない自然のままの石を祭壇にした。(これは、ホレブで改めてエホバがモーセに律法を伝えた時、十のおきての次にモーセに命じられたことであった。出20:25)
 
エホバへの焼燔の捧げ物と供与の犠牲をささげ、次いで、モーセの律法の写しを石の上に記した。

-申27:2-8
そして、全イスラエルの半分はゲリジム山の前に、半分はエバル山の前にいた。申27:12-13

次いで、ヨシュアは律法のすべての言葉、祝福と呪いとをすべて律法の書に記されている通りに朗

読した

 

 




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9章
ギルガルからおよそ35㎞西に住んでいたギベオン人たちは、嘘をついてイスラエルと生き長らえさせる契約を結んだ。
三日後にその嘘がバレたが契約は守った。
なぜなら、集会の長たちがイスラエルの神エホバにかけて誓ったからであった。
ただし、以後、ギベオン人たちは、イスラエルの集会のため、エホバの祭壇のため、その選ばれる場所においてまきを集め、水をくむ者とされた。いわば、奴隷のような者となった。

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10章
エルサレムの王アドニツェデクは、ヨシュアがアイを、エリコとその王を攻略しそれを滅びのためにささげたこと、そしてギベオンの住民がイスラエルと和を結んでそのうちのとどまっていることを聞き、非常に恐れを抱くようになった。
そこで、エルサレムの王アドニツェデクは、ヘブロン、ヤルムト、ラキシュ、エグロンの王たちのもとに使いを送り、イスラエルの子らと和を結んだギベオンを討とうとして集まり上って来た。
 
そのため、ギベオンの人々はヨシュアに助けを求めた。
それでヨシュアはギベオン人の求めに応じ、ギルガルから、共にいるすべての勇敢な力ある者たちと夜を徹して上って行き、不意打ちをかけた。

するとエホバはアモリ人たちを混乱に陥れ、ヨシュアたちは彼らをギベオンで大いなる殺りくを行った。
更に、ベト・ホロンの上り坂を通って彼らを追跡し、これを打ち殺してアゼカとマケダまで進んだ。
彼らが逃げベト・ホロンの下り坂にいた時、エホバは大きな石(雹)を天から彼らの上に投じてアゼカにまで及び、それによって彼らは死んだ。
イスラエルの子らが剣で殺した者より、雹の石で死んだ者のほうが多かった。

この時、ヨシュアはエホバに語りかけイスラエルの前で「太陽よ、ギベオンの上に静止せよ。月よ、アヤロンの低原にとどまれ」と言った。
すると、太陽は静止し、月もとどまり、ついに敵に対する報復をしとげることができた。
この時、ギベオンの上、アヤロンの低地平原に、太陽と月がほぼ一日急いで沈むことはなかった

エホバが人の声を聴き入れてそのようになった日は、その前にも後にも一度もない、エホバ自らイスラエルのために戦っておられたのである。

その後ヨシュアと共にいる者たちはギルガルの宿営に戻ったが、アモリ人の五人の王は逃げてマケダの洞くつに身を潜めた。

その知らせを聞いたヨシュアはそこを見張らせ、更に敵を追撃して、その背部を討ち、彼らを自分の都市に入らせてはいけないと言った。

そして、ヨシュアとイスラエルの子らが彼らを打ち殺して大々的な殺りくを終え、生き残った者たちが逃げ延びて防備の施された都市の中に入ると、民のすべてはマケダの宿営のヨシュアのもとに無事に戻って来た

その時、ヨシュアは、洞くつの中のアモリ人の五人の王、すなわち、エルサレム、ヘブロン、ヤルムト、ラキシュ、エグロンの王たちを連れ出して来させ、イスラエルのすべての男子を呼び、自分と共に行った戦人の司令官たちに「進み出よ。これら王たちのうなじにあなた方の足を当てるように」と言った。
その後、ヨシュアは五人の王を討って死に処し、これを五本の杭に掛け、夕方、日の沈む時刻に杭から降ろさせ、彼らが身を潜めていた洞くつの中に投げ込んだ。
その後、大きな石をその洞くつの口に置いた。

また、その日、ヨシュアはマケダを攻略し、剣の刃でこれを討った。
すべての魂を滅びのためにささげ、一人の生存者も残さなかった
 
この戦いの後、ヨシュアは、マケダの王を滅ぼし、マケダからリブナに、リブナからラキシュに進んだ。
ラキシュの助けに上って来たゲゼルの王も滅ぼした。
その後、ラキシュからエグロンに、エグロンからヘブロンに、最後にデビルに進み、すべての魂を滅

びのためにささげていった。生存者をひとりも残さなかった

こうしてヨシュアはイスラエルの神エホバが命じたとおりにした

それから、山地とネゲブとシェフェラと斜面の全土のすべての王たちを討った。

こうして、ヨシュアは、カデシュ・バルネアからガザまで、ゴシェン(エジプトではない)の全土、そして、ギベオンに至るまで討伐していった。

ヨシュアは、これらを一時に攻略した。
その後、ギルガルの宿営に戻った。(シロに移るまで、ギルガルに宿営を置いていた)

(この戦いは、集結した敵との戦いであり、都市の攻略であり、それぞれの領地の民までは征服して

いなかった。)
(現代の天文学者によると、この時およそ23時間20分静止したのと同じだけ太陽がゆっくり沈んだと言われている。
後に、ヒゼキヤにしるしとして、影を十段戻している。
十段=10度と考えると、1時間に地球は15度回転するから10度は40分に相当する。
従って、併せて、おそらく1日になると思われる。
実際、天文学者が計算したところによると、天の星の位置と地球の位置が1日分ずれていることが分かっている。)

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11章
ハツォルの王ヤビンは、マドンの王、シムロンの王、アクシャフの王、さらに、北方の山地、キネレトの南の砂漠平原、シェフェラ、西方のドルの山陵にいる王たちを集め、メロムの水辺に陣営を敷いた。(ハツォルの王ヤビンは、この地域一帯を取り仕切っていたと思われる。ヨシュア記11:10)

ヨシュアはエホバの指示で不意打ちをかけ、これらを襲撃し、その後、シドンやミスレフォト・マイムまで、また、東方のミツペの谷あいの平原にまで追跡した。一人の生存者も残さなかった
その後、ヨシュアはエホバが言われた通り、彼らの馬のひざ腱を切り、兵車を火で焼いた。

その際、ヨシュアは向きを転じてハツォルをも攻略し、その王を剣で討ち倒した。
ハツォルはそれらのすべての王国の頭であったからである。そして、ハツォルを火で焼いた。
ただし、それぞれの塚の上に立っている都市だけは焼かなったが、これは唯一の例外であった。
(エリコはエホバが城壁を崩壊させた後その都市とすべての物を火で焼いているが、塚の上に立っていなかった。塚とは小高い丘のような所、例えば、エルサレムの城壁は小高い丘の上にある。)

そしてそれらの都市からのすべての分捕り物と家畜類を、イスラエルの子らは自分たちのためにとった。
ただし、(都市の)人間だけは、これをすべて剣の刃で討って、ついに滅ぼし尽くした

 

こうして、エホバがモーセに命じたとおりにモーセはヨシュアに命じ、その通りにヨシュアは行った
エホバがモーセに命じたすべての事柄から一言も取り除かなかった。

ヨシュアは、このすべての土地、山地と全ネゲブとゴシェンの全土、シェフェラとアラバとイスラエルの山地およびそのシェフェラ、セイルに上って行くハラク山から、ヘルモン山のふもとにあるレバノンの谷あい平原のバアル・ガドに至るまで、すべての王たちを攻略し、これを討ち、これを死に処していった

彼らの心を強情にならせてイスラエルに対して宣戦を行わせること、これがエホバの道であったのである。

その後、ヨシュアは、山地からヘブロンとデビルとアナブから、また、ユダのすべての山地とイスラエルのすべての山地からアナキムを断ち滅ぼした。
 
ガザとガトまたアシュドドにのみアナキム残っていた。-申命記1:28

こうして、ヨシュアは、すべてエホバがモーセに約束したとおりにその全土を手に入れた
(BC1467)

ヨシュアは、それぞれの相続分としてイスラエルに、それぞれの受け分にしたがってその部族ごとに

分け与えた。

その後、その地に、戦争による騒乱はなかった。

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12章
モーセがヨルダン川の東側で撃ち破ってその土地を取得したその地の王たちは、ヘシュボンに住んでいたアモリ人の王シホン、バシャンの王オグであった。
これらの領地は、モーセがルベン、ガド、マナセの半部族に与えていた。
(おそらく、この戦いにもヨシュアは従軍し指揮を執っていたと思われる。)

一方、ヨシュアは、ヨルダン川の西側で撃ち破ってその土地を取得したその地の王たちは、全部で三十一人だった。
これらは、山地とシェフェラとアラバと斜面と荒野とネゲブであり、ヒッタイト人、アモリ人とカナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人である。つまり、エリコ、ベテルの側のアイ、エルサレム、ヘブロン、ヤルムト、ラキシュ、エグロン、ゲゼル、デビル、ゲデル、ホルマ、アラド、リブナ、アドラム、マケダ、ベテル、タブアハ、ヘフェル、アフェク、ラシャロン、マドン、ハツォル、シムロン・メロン、アクシャフ、タアナク、メギド、ケデシュ、カルメル、ドル、ギルガル、ティルツァ以上の三十一都市を攻略しこれを取得したということである。
 

ヨシュアはこの征服におよそ5年を要したのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

13章に続く。