わたしのブログにようこそ!
初めに申し上げたいことがあります。
最後まで読んでくれることを期待しています。
内容に共感して「いいね」を付けてくれることは大変嬉しいことです。
中にはフォローしてくれる人もいます。
今迄、およそ400人ほどの人がフォローしてくれましたがその内の350人ほどの人が離れて行きました。
おそらく、フォローする目的や内容が期待通りではなかったからだと思います。
毎回前文の中で申し上げていますが、ブログの目的は「聖書の真理」を伝えることです。
ですから、読者の気持ちとは掛け離れた内容となることが多くなります。
「真理」を探究したい人に継続して読んで頂きたいと思っています。
「聖書の真理」を探究する人たちに継続して読んで頂くことがわたしの願いです。
今後とも宜しくお願いします。
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ものみの塔の信者たちへ。
このブログを読んでも[聖書]に対する背教にはなりません。
ものみの塔の教えに偏るのではなく、聖書の正しい理解に努めましょう。
前文です。
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。
その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:大小様々な災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いの
ことです。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えています。
七番目のラッパが最後のラッパですが、その最後に七つの神の怒りの鉢が順番に注ぎ込まれるこ
とになっています。
その七番目の鉢が地上に注ぎ込まれることが、神が[今の地上]に対して行われる最後の部分の
最後の災いとなります。
参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです)
テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7
ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません。
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24
エフェソス6章10
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい。
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい。
エフェソス6:11-18
エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい。
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません。
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。
-エフェソス5:1-7
ガラテア6章
7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9
コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。
略
18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
(神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人
になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適
用されます。
したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです)
コリント(一)15章
33 惑わされてはなりません。悪い交わりは有益な習慣を損なうのです。
34 義にしたがって酔いから覚めなさい。罪を習わしにしてはなりません。神についての知識を持たない人たちがいるからです。
-コリント(一)15:33-34
創世記9章(ノアの大洪水直後に人類に与えらえた神の警告)
次いで神はノアとその息子たちを祝福してこう言われた。「子を生んで多くなり,地に満ちよ。
2 そして,あなた方に対する恐れ,またあなた方に対するおののきは,地のあらゆる生き物と天のあらゆる飛ぶ生き物,地面を動くあらゆるもの,また海のすべての魚に引き続きとどまるであろう。それらは今あなた方の手に与えられる。
3 生きている動く生き物はすべてあなた方のための食物としてよい。緑の草木の場合のように,わたしはそれを皆あなた方に確かに与える。
4 ただし,その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない。
5 さらにわたしは,あなた方の魂の血の返済を求める。すべての生き物の手からわたしはその返済を求める。人の手から,その兄弟である各人の手から,わたしは人の魂の返済を求める。
6 だれでも人の血を流す者は,人によって自分の血を流される。神は自分の像に人を造ったからである。
7 そしてあなた方は,子を生んで多くなり,地に群がってそこに多くなれ」。
(これは殺人だけではなく傷害もあるいは誰かを介しても同じ罪を問われるというものです。
この命令の神の意図は「血を神聖なものとして扱うように」というものです。
なぜなら、命は血によって支えられているからです。
つまり、血を神聖なものとして扱うということは、すなわち「命を神聖なものとする」というこ
となのです。
「神聖なものとする」とは、神によって「神のものとして取り分けられたもの」という意味があり
ます。
したがって、血も、血によって支えられる命も「神のもの」なのです。
では、自分の「命」を支えるために「自分や他人の血を用いる」こと(輸血など)はどうでしょ
うか。
全血ではなく血液の一部である「血漿」などを用いることはどうでしょうか。
こうしたことは明らかに「血を神聖なもの」として扱っていないことです。
神はこうしたことに対しても「血の返済」を求めるのです。
したがって、淫行と同じく血に関するあらゆることを「避ける」ことは、自分の命に係わること
なのです。
参考:神が定めた女性の生理は、聖書では「汚れ」であり「身体を清める」ようにと律法の中で
示されています。
女性の妊娠出産はいわば「血の代償」としての命でもあります)
聖書のコラム-136(聖書の中の「神の愛」とは)では主に神とキリスト及び人間の「愛=アガペー」を取り上げましたが今回は「人間の愛と愛情」についての話です。
既に「愛」と「愛情」の違いを述べました。
また、
前回の、聖書のコラム-137(あなたは神による創造を信じますか、それとも進化論を信じますか)では、
人間は心変わりをする不確かな生き物だということなのです。
その原因は、最初の人間アダムが神の警告に従わなかったからであり、その「罪」をすべての人に遺伝しているからです。
人間は「心の中のある一線を越えてしまった」のです。
こうしたことは人間であれば誰でも理解し、また、経験していることです。
どういうことかと言いますと、それは「誘惑」という「外部からの刺激」によって生じる心の変化のことです。
その心の変化によってしてはならないことをしようとする気持ち、考えを抱き、実際にそれをしてしまうのです。
と述べました。
これは人間の示す「愛」や「愛情」についても当てはまります。
人間が人間に示す「愛」は、イエスが言われたように、隣人愛です。
隣人愛はすべての人に対するものです。
聖書のコラム-136(聖書の中の「神の愛」とは)でも述べましたように、
この点を更に明らかにしたのがパウロの言葉でした。
4 愛は辛抱強く,また親切です。愛はねたまず,自慢せず,思い上がらず,
5 みだりな振る舞いをせず,自分の利を求めず,刺激されてもいら立ちません。傷つけられてもそれを根に持たず,
6 不義を歓ばないで,真実なことと共に歓びます。
7 すべての事に耐え,すべての事を信じ,すべての事を希望し,すべての事を忍耐します。
8 愛は決して絶えません。それに対し,預言[の賜物]があっても,それは廃され,異言があっても,それはやみ,知識があっても,それは廃されます。
9 わたしたちの知識は部分的なものであり,預言も部分的なものだからです。
10 全きものが到来すると,部分的なものは廃されるのです。
11 わたしがみどりごであった時には,みどりごのように話し,みどりごのように考え,みどりごのように論じていました。しかし,大人となった今,みどりごの[時の]ことをやめたのです。
12 現在わたしたちは金属の鏡でぼんやりした輪郭を見ていますが,その時には顔と顔を向かい合わせて[見るの]です。現在わたしが知っているのは部分的なことですが,その時には,自分が正確に知られているのと同じように,正確に知ることになります。
13 しかし今,信仰,希望,愛,これら三つは残ります。しかし,このうち最大のものは愛です。
14章
愛を追い求めなさい。
-コリント(一)13:1-14:1
パウロの述べた「愛」も「アガペー」です。
しかし、多くの人はこの「愛」を誤解しています。
すべて「愛」という言葉を用いていますが、意味はすべて異なるのです。
現実に、敵と思える人や自分の家族を殺した人や自分を騙したり嘘を付いたり悪事を働いた人や不義、不親切な人や自分に罵声や罵りを浴びせる人、暴力を振るう人などに対して「神に対する愛」と同じように「愛」を示すことは難しいし出来ないのです。
とも指摘しました。
つまり、誰に対しても「隣人愛」を示すことは「理想」ですが、現実には困難なのです。
結論から言えば、
「愛」と「愛情」について、人間は「心変わり」をするということです。
例えば、恋愛によって結婚した夫婦だとしても、時が経つうちに仕事や配偶者や子供などが原因で「家族に対する愛と愛情が失われる」ということは誰にでもあることです。
もし、これを修復できなければ「別居や離婚」になってしまう場合が多いものです。
昔と違って、現代は「簡単に離婚」する風潮にあります。
昔は、離婚は恥だという社会の風潮がありましたが、欧米に感化された日本人の多くは「離婚」を権利であるかのようになってしまいました。
早い話が「結婚」を軽く考えていることの「裏返し」だということです。
「結婚」はいわば「二人の誓約」です。
これを破ることは「死に値する」程重要なことなのです。
誰もそういう気持ちで結婚をしていないと言うかも知れません。
そのような気持ちで結婚するので離婚は日常茶飯事であることは明白です。
神はアダムをエバに関して「男はその父と母を離れて自分の妻に堅く付き,ふたりは一体となるのである。」と言われました。-創世記2:24
また、イエスは、
3 すると,パリサイ人たちがそのもとにやって来て,何とか誘惑しようとして,こう言った。「人が自分の妻を離婚することは,どんな根拠による場合でも許されるのですか」。
4 [イエス]は答えて言われた,「あなた方は読まなかったのですか。人を創造された方は,これを初めから男性と女性に造り,
5 『このゆえに,人は父と母を離れて自分の妻に堅く付き,二人は一体となる』と言われたのです。
6 したがって,彼らはもはや二つではなく,一体です。それゆえ,神がくびきで結ばれたものを,人が離してはなりません」。
7 彼らは言った,「では,なぜモーセは,離縁証書を与えて[妻を]離婚することを規定したのですか」。
8 [イエス]は彼らに言われた,「モーセは,あなた方の心のかたくなさを考え,妻を離婚することであなた方に譲歩したのであり,初めからそうなっていたわけではありません。
9 あなた方に言いますが,だれでも,淫行以外の理由で妻を離婚して別の女と結婚する者は,姦淫を犯すのです」。
-マタイ19:3-9
そうです、結婚は「神による取り決め」なのです。
人がこれを意識するしないに関わらずです。
丁度、引力の法則が全宇宙で普遍に作用しているように。
この点イエスは、「山上の垂訓」の中で次のように述べています。
31 「さらに,『だれでも妻を離婚する者は,離婚証書をこれに与えなさい』と言われました。
32 しかし,わたしはあなた方に言いますが,妻を離婚する者はみな,それが淫行のゆえでないならば,彼女を姦淫にさらすのであり,だれでも,離婚された女と結婚する者は姦淫を犯すことになるのです。
-マタイ5:31-32
離婚は配偶者の「淫行」の時だけ許されるというものです。
配偶者にのみ与えるべき「愛情」を別の異性に与えた場合です。
つまり、人は「心変わり」をすることがあり、「一線を越えてしまう」こともあるということです。
毎回、前文でも述べていますが「淫行の者」は神の裁きを受け「断罪」されます。
ただし、それは「今すぐ」ではないことも確かです。
そのため「淫行の者」たちも普通に生活している訳です。
この「神の裁き」は、その当人の生死に関わらず行われます。
こうした点誤解をしていた人もいるかも知れません。
そうです、生前裁きを受けなくても、死んだ後でも裁かれるのです。
これを聞いて「安堵」した人も多いのではないでしょうか。
イエスは、当時を「邪悪な姦淫な世代」と呼ばれましたが、これは現代にまで続いていることは明白です。
そして、「汚れた霊」を例に出し「邪悪な世代のありさま」は「最初より悪くなります」とも言われました。
-マタイ12:38-45
人は「心変わり」をするものですが、だらと言ってそれが許されるということではありません。
人は「心変わり」をし「一線を越えてしまう」と、「神の裁きを受ける」ことになるのです。
悪を憎み、悪を批判し自分自身は「潔癖」を保ちたいと思うなら「最後までそれを貫く」ことです。
前文の中にある言葉を繰り返します。
テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。
2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7
こうした人々中から後に「淫行の者」(当然、淫行には姦淫も含まれます)「殺人者」「暴力を振るう者」「盗む者」「嘘を付く者」「人を騙す者」「誹謗中傷する者」となる人が出ることは明らかです。
こうした人々からは離れなさいと警告されている通りです。
パウロはなぜ「対処しにくい」と述べたのでしょうか。
それは、ここの列挙されている事柄は、「法で裁くことが出来ない悪」だからです。
つまり、こうした人々を制御する「社会通念上の善いことに対する常識や道徳」「良心」が失われてしまう時代が来るということを指摘していたのです。
それは「今」なのです。
しかし、神とキリストは「人の心と腎(むらと)」を調べる方なので、人間の法律では裁けなくとも神の裁きを逃れることは出来ません。
あなたはこの状況を日々目撃しているのです。
いわば、時代の目撃証人なのです。
これを自覚し、神の裁きを回避することを望むなら「するべきことは限られています」