わたしのブログにようこそ!
初めに申し上げたいことがあります。
「真理」を探究したい人に継続して読んで頂きたいと思っています。
「聖書の真理」を探究する人たちに継続して読んで頂くことがわたしの願いです。

 ものみの塔の信者たちへ
このブログを読んでも[聖書]に対する背教にはなりません
ものみの塔の教えに偏るのではなく、聖書の正しい理解に努めましょう。

クリスチャンではない人たちへ
聖書に対する思い込みや偏見をなくし実際に読んでみて下さい。
聖書は歴史の書でもあり物語風に書かれているので、例えば、創世記、出エジプト記、裁き人、ルツ記、などは興味深く読めます。 

法律に関心のある人なら、申命記やレビ記などから律法の内容とその精神を知ることが出来ます。
また、これらを通じて神の考えも少なからず理解することも出来ます。
 
試練や苦難に直面している人ならヨブ記からヨブの精神とその報いについて知ることが出来ます。
知恵に関心のある人なら、箴言、伝道の書から多くの事を学ぶことが出来ます。

ダビデのついて関心のある人なら、サムエル記第一と第二の書からゴリアテを倒すことから始まりイスラエルの2代目の王となる経緯や王としての活動やバテシバとの罪、ソロモンの誕生、ソロモンが3代目の王になった経緯などを知ることが出来ます。

世界の趨勢、特に強国と言われる覇権を持つ国の歴史に関心のある人なら、ダニエル書から実名によりその変遷を知ることが出来ます。

イエス・キリストの活動や発言に関心のある人なら、四福音書と言われる、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる書から、四人による記録から知ることが出来ます。
イエスが亡くなった後の弟子たちの活動に関心がある人なら使徒たちの活動から知ることが出来ます。この書は医師でもあったルカが記したものです。
ちなみに、このルカはイエスの十二使徒の一人ではありません。
マタイ、マルコ、ヨハネはイエスの十二使徒の一人です。
 
クリスチャンとしての振る舞いや助言に関心のある人ならローマ人への手紙からユダの手紙までの21通の手紙から多くのことを学ぶことが出来ます。

 いきなり全体を、すべてを理解しようとするのではなく、関心のあるテーマについてのみに読んでも「価値のある内容」です。

また、聖書は預言の書でもあります。
神の預言は聖書全体を貫いているので、初めから理解することは難しいことです。

しかし、イエスが言われたご自身の「臨在」と「事物の体制の終わり」についてのしるしに、つまり、今の世の終わりに関心のある人なら、マタイ24章以降とヨハネへの啓示の書(最後の書)から知ることが出来ます。

人間としての道徳、生き方に関心のある人なら、マタイ5章から7章の、いわゆる山上の垂訓から学ぶことが出来ます。

聖書を読む時には、初めは言葉じりに捕らわれることなく、文脈から内容の意図を理解する必要があります。
そうしないと正しい理解、偏見のない知識にはなりません。

 更に、聖書全体に精通し理解したいと思うなら、聖書の読み方に関する、わたしのブログ、
1 「聖書を読むべき理由」-2024年2月25日
2 「聖書のコラム-34(なぜ聖書の理解が深まらないのでしょうか)」-23年9月19日
の二つの記事を参考にして下さい。
きっと、役に立ちます。 

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:大小様々な災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いの 
 ことです。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えています。      
 七番目のラッパが最後のラッパですが、その最後に七つの神の怒りの鉢が順番に注ぎ込まれるこ
 とになっています。
 その七番目の鉢が地上に注ぎ込まれることが、神が[今の地上]に対して行われる最後の部分の 
 最後の災いとなります。 
 参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません。
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい。
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません。
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
(神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人
 になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適
 用されます。
 したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです)

コリント(一)15章
33 惑わされてはなりません。悪い交わりは有益な習慣を損なうのです。
34 義にしたがって酔いから覚めなさい。罪を習わしにしてはなりません。神についての知識を持たない人たちがいるからです。
-コリント(一)15:33-34

創世記9章(ノアの大洪水直後に人類に与えらえた神の警告
次いで神はノアとその息子たちを祝福してこう言われた。「子を生んで多くなり,地に満ちよ。
2 そして,あなた方に対する恐れ,またあなた方に対するおののきは,地のあらゆる生き物と天のあらゆる飛ぶ生き物,地面を動くあらゆるもの,また海のすべての魚に引き続きとどまるであろう。それらは今あなた方の手に与えられる。
3 生きている動く生き物はすべてあなた方のための食物としてよい。緑の草木の場合のように,わたしはそれを皆あなた方に確かに与える。
4 ただし,その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない。
5 さらにわたしは,あなた方の魂の血の返済を求める。すべての生き物の手からわたしはその返済を求める。人の手から,その兄弟である各人の手から,わたしは人の魂の返済を求める。
6 だれでも人の血を流す者は,人によって自分の血を流される。神は自分の像に人を造ったからである。
7 そしてあなた方は,子を生んで多くなり,地に群がってそこに多くなれ」。
(これは殺人だけではなく傷害もあるいは誰かを介しても同じ罪を問われるというものです。
 この命令の神の意図は「血を神聖なものとして扱うように」というものです。
 なぜなら、命は血によって支えられているからです。
 つまり、血を神聖なものとして扱うということは、すなわち「命を神聖なものとする」というこ
 となのです。
 「神聖なものとする」とは、神によって「神のものとして取り分けられたもの」という意味があり
 ます。
 したがって、血も、血によって支えられる命も「神のもの」なのです。

 では、自分の「命」を支えるために「自分や他人の血を用いる」こと(輸血など)はどうでしょ 
 うか。
 全血ではなく血液の一部である「血漿」などを用いることはどうでしょうか。
 こうしたことは明らかに「血を神聖なもの」として扱っていないことです。
 神はこうしたことに対しても「血の返済」を求めるのです。
 したがって、淫行と同じく血に関するあらゆることを「避ける」ことは、自分の命に係わること 
 なのです。 
 
 参考:神が定めた女性の生理は、聖書では「汚れ」であり「身体を清める」ようにと律法の中で 
 示されています。
 女性の妊娠出産はいわば「血の代償」としての命でもあります。 
 ちなみに、生理のある生き物は他にも存在していますが、人間のように生理が長く、かつ、繰り 
 返しある生きものはいません)
  

 

今回は、世界中で熱中症で亡くなる人が大勢出ています。

一体、この責任をを誰がとるのでしょうか

熱中症を災害と捉えている人がいるかも知れませんが、これは人災です。
ある意味、大型台風も地球温暖化が原因とされていますから人災と言えます。

先ずは、熱中症についての話です。
生き物の体は、丁度かまどのようです。
鍋に水を入れて下から火を焚くことでお湯を沸かしますが、薪をくべて火を燃やし続け、鍋の水が無くならない限りお湯が沸き続けることになります。

つまり、人間は食べ物を食べそれをエネルギーに変えることで「体温」を保つことが出来生き続けられるということです。

人間は食事などから摂取した栄養と、酸素を利用することでエネルギーを生み出していますが、この時に熱を発生させます。
ですから、人間の体温は主に代謝によって生じていることが分かります。

人間の体約60%が水分だと言われています。

それゆえ、体全体の体温をほぼ一定に保つことが出来る訳です。
スポーツや肉体労働などをするとエネルギーを大量に消費することで筋肉が熱を発します。

その汗をかいて体温調節をしていることは誰でも知っています。

体温が36℃前後で落ち着いていれれるのは体にある水分のお陰です。

眠っている時には体温が少し下がりますが、それでも、コップ一杯の汗をかくと言われています。

ホメオスタシスは、生態恒常性と呼ばれるものですが、これは主に体の機能面での恒常性を保つ働きのことです。
この他に、血液やリンパ液や細胞内の水分なども体温を平均化する上では役に立っています。

今年も猛暑が続いていますが、45℃のお湯に長く入っていられないように気温が40℃を超えると「体の芯から熱くなり過ぎ」体の調節機能が十分に働くことが出来なくなってしまいます
この点、極寒の方が過ごし易いと言えます。
体を温める衣服を沢山着れば済むからです。

しかし、暑さは冷やす以外方法はありません
しかも、一度温まった「体の芯」は温まったお湯が直ぐには冷えないように簡単には冷えません
急激に冷やすと、体の機能が破壊されてしまい、場合によっては死んでしまうかも知れません。

このような時に仕事をしなければならない人にとってはとても辛い思いをすることになり、場合によっては、やはり死んでしまうかも知れないのです。
体力のある若者でさえ暑さに耐えることは辛いものです。

体を冷やすのに効果的なのは、日陰で休んで水を沢山飲んで汗を沢山かくことです。
体が熱ければ自然と汗は沢山出て、体が体温を調節してくれることが重要なのです。

水に浸かるのは体の表面温度を下げることになりますが、汗が出にくくなりまた冷やし過ぎになる場合もあるので注意が必要です。
プールで泳いでいる人の唇が夏でも紫色になっている人を見ることがありますが、注意信号なのです。
大抵、そのような人は体が冷え過ぎてブルブル震えている場合もあります。

体の芯まで熱くなり過ぎても、時間を掛けてゆっくり冷やしていく必要があります。
凍傷になった時、時間を掛けてゆっくり温めるように、熱中症などの場合も同様にゆっくり冷やす必要があるのです。
この点、人間は短気なので物事を性急にしてしまい、思わぬ事故に遭ってしまうこともあるのです。

 

暑さ対策として、エアコンを用いて周囲の気温を下げることをしています。

他の方法として着ている衣類、特に、下着は体温を下げる働きがあることを自覚している人は多くありません。

下着は肌を保護し温めるだけのものではないのです。

以前ブログで「裸で寝ると暖かい」と述べたことがありますが、裸に毛布だけを掛けると肌の周囲は熱が籠り暖かくなるのです。

これとは逆に、夏の暑い時に汗をかきますが、その汗を下着に吸わせると「その汗が乾く時に肌の熱を下げる効果がある」のです。

汗びっしょりの下着を着ていると「気持ち悪い」ものですが、体を冷やす効果もあるのです。

いわゆる「気化熱」です。

また、太陽光線を通す衣類ではなく、これを遮断する衣類を着ることも体温が上昇するのをある程度防いでくれるものです。

今年も異常気象で異常に暑い夏となっています。
この原因は既に明らかです。
しかし、欲の皮が張ったトランプやトランプ支持者はこれを否定し、また、地球温暖化に対応している職員を大量解雇し、CO2の削減を行わず、世界中の人々の考えや思いと真逆の事をし続け、まさに地球を破壊している張本人です。
イランを攻撃し平和を乱し世界中に物価の高騰の原因を作り人々を更に窮地に追い込んでいるのです。

トランプには良心というものがないのです。

聖書には次のように記されています。
前文の、最初の聖書の言葉にもありますように、
啓示11:18
「地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」
そうです、地球を破壊する者たちを破滅に至らせることは事前に定められていたのです。
ということは、神にはあらかじめ地球を破壊する者たちが出現することが分かっていたのです。
ある意味、今の地球の状態は「神の想定内」だということになります。

まさに、トランプやトランプ支持者たち、地球温暖化を認めない人々、地球温暖化を日々行っている企業、最近ではデータセンターでコンピュータから出る大量を冷やすために大量の電力を必要とし、そのために大量のCO2を放出している企業、などなど、
こうした人々は破滅させられることは神によって「定められている」のです。

一人の人間が普通に生活する時に排出するCO2(呼吸)は全く問題になりません。
例え、森林がなくても海がすべてを吸収してくれます。
煮たり焼いたり火を使う仕事をしたりしても森林があればすべて吸収されます。
大規模な工場の排出する煙やその他の汚染物資や自動車が出す排気ガスなど大量にCO2を出すことだけを止めるだけでも地球の温暖化は防げるのです。

しかし、今の経済活動ではこれを止めることは出来ません。
貧しい国の焼き畑農業小規模もなら問題はありません。
アマゾンのように森林を破壊するほど大きくなれば問題となります。

地球の環境破壊大勢の人の命を奪っていることは事実です。
戦争や感染症や貧困だけではありません。

確かに、地球温暖化や環境破壊がなくても、火山の噴火、大型台風、大地震、津波、干ばつ、豪雨などの自然災害でも大勢の人が亡くなるのも事実です。

しかし、これらは天体としての地球の活動上止むを得ないことです。
これによって地球環境が破壊されることはありません

一方、温暖化や環境破壊人為的なことで、防ごうと思えば防げることです。
ある意味交通事故のようなものかも知れません。
自動車は移動や運搬の手段としては効果的ですが、一方で事故は避けられません。
例えば、すべての自動車にセンサーとAIを搭載しあらゆる危険を未然に防止出来れば、一般道路での交通事故を最小限にすることが出来るかも知れません。
現在、世界の工場をストップすることは出来ません
それにより、あらゆる物流に支障が出、極端な話し大勢の人が亡くなるかも知れないからです。
物流の中には人々の暮らしに、あるいは、命に欠かせないものもあるからです。

このように考えると、寿命を含めて人間の死はどうしても避けられません
そうであれば、病気や事故死などの宿命をを受け入れざるを得ません
しかし、
聖書では「永遠の命」が可能であることが記されています。
この「永遠の命」に最初に言及したのは、皆さんもご存じのイエス・キリストです。
マタイ19章
19章
さて,これらの言葉を[語り]終えてから,イエスはガリラヤを出発し,ヨルダンを越えてユダヤの国境地方に来られた。
2 また,大群衆が彼のあとに従い,[イエス]はそこでその人々[の病]を治された。
3 すると,パリサイ人たちがそのもとにやって来て,何とか誘惑しようとして,こう言った。「人が自分の妻を離婚することは,どんな根拠による場合でも許されるのですか」。
4 [イエス]は答えて言われた,「あなた方は読まなかったのですか。人を創造された方は,これを初めから男性と女性に造り,
5 『このゆえに,人は父と母を離れて自分の妻に堅く付き,二人は一体となる』と言われたのです。
6 したがって,彼らはもはや二つではなく,一体です。それゆえ,神がくびきで結ばれたものを,人が離してはなりません」。
7 彼らは言った,「では,なぜモーセは,離縁証書を与えて[妻を]離婚することを規定したのですか」。
8 [イエス]は彼らに言われた,「モーセは,あなた方の心のかたくなさを考え,妻を離婚することであなた方に譲歩したのであり,初めからそうなっていたわけではありません
9 あなた方に言いますが,だれでも,淫行以外の理由で妻を離婚して別の女と結婚する者は,姦淫を犯すのです」。
10 弟子たちが彼に言った,「妻に対して男の立場がそのようなものであれば,結婚することは勧められません」。
11 [イエス]は彼らに言われた,「すべての人がそのことばを受け入れるわけではなく,ただその賜物を持つ人たちだけ[がそうします]。
12 母の胎からそのように生まれついた閹人があり,人によって閹人にされた閹人があり,天の王国のゆえに自らを閹人とした閹人がいるのです。それを受け入れることのできる人は,受け入れなさい」
13 その時,幼子たちが彼のところに連れて来られた。手をその上に置いて祈りをしていただくためであった。ところが弟子たちは彼らをたしなめた。
14 しかしイエスはこう言われた。「幼子たちを構わずにおき,わたしのところに来ることを妨げるのをやめなさい。天の王国はこのような者たちのものだからです」。
15 こうして,手をその上に置いてから,そこを去って行かれた。
16 さて,見よ,ある人が彼のところに来て,こう言った。「師よ,永遠の命を得るために,わたしはどんな善いことを行なわなければならないでしょうか」。
17 [イエス]は彼に言われた,「なぜあなたは善いことについてわたしに尋ねるのですか。善い方はお一人だけなのです。しかし,命に入りたいと思うならば,おきてを絶えず守り行ないなさい」。
18 彼は言った,「どの[おきて]ですか」。イエスは言われた,「ほかでもない,あなたは殺人をしてはならない,姦淫を犯してはならない,盗んではならない,偽りの証しをしてはならない,
19 [あなたの]父と母を敬いなさい,そして,隣人を自分自身のように愛さねばならない」。
20 その青年は言った,「わたしはそれらをみな守ってきました。まだ何が足りないのですか」。
21 イエスは言われた,「完全でありたいと思うなら,行って,自分の持ち物を売り,貧しい人たちに与えなさい。そうすれば,天に宝を持つようになるでしょう。それから,来て,わたしの追随者になりなさい」。
22 このことばを聞くと,青年は悲嘆して去って行った。多くの資産を有していたからである。
23 しかしイエスは弟子たちにこう言われた。「あなた方に真実に言いますが,富んだ人が天の王国に入るのは難しいことでしょう。
24 再びあなた方に言いますが,富んだ人が神の王国に入るよりは,らくだが針の穴を通るほうが易しいのです」。
25 それを聞くと,弟子たちは非常な驚きを表わして,「いったいだれが救いを得られるのでしょうか」と言った。
26 イエスは彼らの顔をまともに見て言われた,「人にとってこれは不可能でも,神にとってはすべてのことが可能です」。
27 その時ペテロが答えて言った,「ご覧ください,わたしたちはすべてのものを後にして,あなたに従ってまいりました。実際のところ,わたしたちのためには何があるのでしょうか」。
28 イエスは彼らに言われた,「あなた方に真実に言いますが,再創造のさい,人の子が自分の栄光の座に座るときには,わたしに従ってきたあなた方自身も十二の座に座り,イスラエルの十二の部族を裁くでしょう。
29 そして,わたしの名のために,家,兄弟,姉妹,父,母,子供,あるいは地所を後にした者は皆,その幾倍も受け,また永遠の命を受け継ぐでしょう。
30 「しかし,多くの最初の者が最後に,最後の者が最初になるでしょう。

いわゆる死んだら天国に行くという「空想」ではありません。
イエスの時代、ユダヤ人にとってメシアの登場と永遠の命は最大の関心事だったのです。
しかし、同時にその対比として「永遠の切断」に言及したのもイエスでした。

イエス・キリストが亡くなってからほぼ2000年も経つのに、未だにそれが現実になっていないではないかと誰しもが思うかも知れません。
確かに、死はすべての人に臨みます
しかし、誰しもがその死を望んでいる訳ではありません
人間だけが長い年月家族や誰かの死を悲しみ、また、嘆くのです。

進化論的に考えれば実に奇妙なことです。
進化論では説明出来ないのです。
進化論では人の死も動物の死も「当然」の出来事だからです。
進化論では生死の繰り返しによってあらゆる生物が「進化」するという考えですが、現実に「進化」を目の当たりに見た人は一人もいません。
進化と環境適応は別の考えです。
ただ、化石のみに頼り数万年から数億年という「空想時間」による変化を進化だと思い込んでいるのです。
進化論では「永遠の命」という考えは存在しません
しかし、人間は「永遠の命」を望んでいます、なぜでしょうか。

では、なぜ人間だけが死を悲しみ嘆くのでしょうか

それは初めから人間は死ぬようには「創造」されていなかったからであり、その人間の創造者である神は人間が罪を犯し死ぬようになってからも「死にたくない」という思いを人の心に残したからです。

初めは誰も死ぬようにはなっていなかったのです。
あなたはこれを信じられますか。
信じるには「神に対する信仰」が必要です。
しかし、ただ聖書に記されているから信じるというのも間違いです。
パウロはこの点次のように述べています。
ヘブライ11章
11章
信仰とは,望んでいる事柄に対する保証された期待であり,見えない実体についての明白な論証です。

2 これによって昔の人々は証しされたのです。
3 信仰によって,わたしたちは,事物の諸体制が神の言葉によって配列され,それゆえ,見えるものが,現われていないものから出ていることを悟ります
4 信仰によって,アベルはカインよりさらに価値のある犠牲を神にささげ,その[信仰]によって義なる者と証しされました。神が彼の供え物について証しされたのです。またそれによって,彼は死んだとはいえなお語っているのです。
5 信仰によって,エノクは死を見ないように移され,神が彼を移されたので,彼はどこにも見いだされなくなりました。彼は,移される前に,神を十分に喜ばせたと証しされたのです。

6 そして,信仰がなければ,[神]を十分に喜ばせることはできません。神に近づく者は,[神]がおられること,また,ご自分を切に求める者に報いてくださることを信じなければならないからです。
7 信仰によって,ノアは,まだ見ていない事柄について神の警告を与えられた後,敬虔な恐れを示し,自分の家の者たちを救うために箱船を建造しました。そして,この[信仰]によって,彼は世を罪に定め,信仰による義の相続人となりました。
8 信仰によって,アブラハムは,召された時[それに]従い,自分が相続財産として受けるはずの場所へ出て行きました。しかも,自分がどこへ行くのかを知らないのに出て行ったのです。

9 信仰によって,彼は,異国にいるようにして,約束の地に外国人として居留し,自分と共にその同じ約束の相続人であるイサクやヤコブと共に天幕に住みました。

10 彼は真の土台を持つ都市を待ち望んでいたのです。その[都市]の建設者また造り主は神です。
11 信仰によって,サラも,年齢の限界を過ぎていたのに,胤を宿す力を受けました。約束してくださった方を忠実な方とみなしたからです。

12 そのゆえにも,一人の[人]から,しかも死んだも同然の人から,数の多い点で天の星のような,また海辺の砂のような,数えきれないほどの[子供]が生まれたのです。

(参考:ユダヤ人たちが、自分たちをアブラハムの胤であると主張する根拠です)


13 これらの人はみな信仰のうちに死にました。彼らは約束[の成就]にあずかりませんでしたが,それをはるかに見て迎え入れ,自分たちがその土地ではよそからの者,また一時的居留者であることを公に宣明しました。

14 そのように言う者は,自分自身の場所を切に求めていることを明らかにしているのです。

15 しかも,もし彼らが,自分たちの出て来たその[場所]をいつも思い出していたのであれば,帰る機会もあったはずです。

(参考:自分たちが出て来た場所とはエジプトのことです)

 

16 しかし今,彼らは,さらに勝った[場所],すなわち天に属する[場所]をとらえようとしているのです。ゆえに神は,彼らを,[そして]彼らの神として呼び求められることを恥とはされません。彼らのために都市を用意されたからです。
17 信仰によって,アブラハムは,試された時,イサクをささげたも同然でした。約束を喜びのもとに受けた人が,[自分の]独り[子]をささげようとしたのです。

18 しかも,「『あなたの胤』と呼ばれるものはイサクを通してであろう」と言われていたのです。

19 しかし彼は,神は死人の中からでもこれをよみがえらせることができると考えました。そしてまた,ひとつの例えとして,確かに彼をそこから受けました。
20 また信仰によって,イサクは,来たらんとする事柄に関してヤコブとエサウを祝福しました。
21 信仰によって,ヤコブは,死に臨んだ時,ヨセフの子を一人一人祝福し,杖の先にすがって崇拝しました。
22 信仰によって,ヨセフは,自分の終わりに近づいた時,イスラエルの子らの脱出について述べ,また,自分の骨について命令を与えました。
23 信仰によって,モーセは,その両親により,誕生後三月のあいだ隠されました。彼らは,その幼子が美しいのを見て王の命令を恐れなかったのです。
24 信仰によって,モーセは,成人した時,ファラオの娘の子と呼ばれることを拒み,
25 罪の一時的な楽しみを持つよりは,むしろ神の民と共に虐待されることを選びました。
26 キリストの非難をエジプトの宝に勝る富とみなしたからです。彼は報いを一心に見つめたのです。
27 信仰によって,彼はエジプトを去りましたが,王の怒りを恐れることはありませんでした。彼は,見えない方を見ているように終始確固としていたのです。
28 信仰によって,彼は過ぎ越しと血を掛けることとを執り行ない,滅ぼす者が自分たちの初子に触れないようにしました。

(これは、神によってエジプトにもたらされた十の災いの十番目の災い「初子の死」のことです。 

 初子とは男子である長子のことです)


29 信仰によって,彼らは乾いた陸地を行くかのようにして紅海を通りました。しかし,あえてそこに乗り出したエジプト人たちは呑み込まれました。
30 信仰によって,エリコの城壁は,七日のあいだ[彼らが]周囲を回った後に倒れ落ちました。
31 信仰によって,娼婦ラハブは,不従順に行動した者たちと共に滅びないですみました。彼女は斥候たちを平和に迎えたからです。
32 そして,このうえ何を言いましょうか。さらにギデオン,バラク,サムソン,エフタ,ダビデ,またサムエルや[ほかの]預言者たちについて語ってゆくなら,時間が足りなくなるでしょう。

(参考:興味深いことに、ここでパウロはソロモンの名を上げていません

 その理由はソロモンが後に背教となる偶像礼拝をおこなったからです。

 それでも、背教する以前は神の是認を得ていたことは確かです。

 それゆえ、箴言や伝道の書やソロモンの歌が聖書の一部として加えられているのです)


33 彼らは信仰により,王国を闘いで撃ち破り,義を成し遂げ,約束を得,ライオンの口をふさぎ,
34 火の勢いをくい止め,剣の刃を逃れ,弱かったのに強力な者とされ,戦いにおいて勇敢な者となり,異国の軍勢を敗走させました。
35 女たちはその死者を復活によって[再び]受けました。またほかの人々は,何かの贖いによる釈放を受け入れようとはしなかったので拷問にかけられました。彼らはさらに勝った復活を得ようとしたのです。
36 そうです,ほかの人々はあざけりやむち打ち,いえ,それだけでなく,なわめや獄によっても試練を受けました。
37 彼らは石打ちにされ,試練に遭わされ,のこぎりで切り裂かれ,剣による殺りくに遭って死に,羊の皮ややぎの皮をまとって行き巡り,また窮乏にあり,患難に遭い,虐待のもとにありました。
38 世は彼らに値しなかったのです。彼らは砂漠や山々,また洞くつや地のほら穴をさまよいました。
39 しかしなお,これらの人々は皆,その信仰によって証しされながらも,約束[の成就]にあずかりませんでした
40 神はわたしたちのためにさらに勝ったものを予見し,わたしたちを別にして彼らが完全にされることのないようにされたからです。

(参考:ユダヤ人たちよりイエスの弟子たちが先に、優先されること、あるいは、その必要を述べたも 

 のです)

そして、パウロは次のようにも述べています。
12章
こうして,これほど大勢の,雲のような証人たちに囲まれているのですから,わたしたちも,あらゆる重荷と容易に絡みつく罪とを捨て,自分たちの前に置かれた競走を忍耐して走ろうではありませんか。
2 わたしたちの信仰の主要な代理者また完成者であるイエスを一心に見つめながら。この方は,自分の前に置かれた喜びのために,恥を物とも思わず苦しみの杭に耐え,神のみ座の右に座られたのです。
3 そうです,罪人たちの,自らの益に反するそうした逆らいのことばを耐え忍んだ方のことを深く考えなさい。それは,あなた方が疲れて,あなた方の魂が弱り果ててしまうことのないためです。

この「自分たちの前に置かれた競争」とは、イエス・キリストが言われた「神の王国」に入ることです。
そこには死も嘆きも苦しみも一切ないのです。

この「(真の)神の王国」について言及したのもイエス・キリストです。
-参考:マタイ12:28、19:24、21:31、43

聖書にはこれ程具体的に「永遠の命」に関連したことが沢山出て来ます。
聖書の別のテーマは「イエス・キリストによる永遠の命」でもあるのです。
あなたは知っていましたか?

今生きている者と既に亡くなった死者の希望は「聖書による永遠の命」だけなのです。
他にはありません。

他の宗教のように、死んだら天国に行くという話は「すべて空想」です。
それゆえ、聖書以外の地獄の話も「すべて空想」です。
こうしたことが仏教や他の宗教で述べられているのは「勧善懲悪」のためです。
世の中の悪に対してのことなのです。

テレビで放送される映画やドラマの殆どはこの「勧善懲悪」に関するものです。
つまり、殆どの人は「善を勧め悪を憎んでいるのです。

これは聖書を含めすべての宗教に言えることです。

さて、みなさんはこれ程具体的に記されている聖書の中の「永遠の命」に関することをどのように思いますか。
イエス・キリストは信じるが「永遠の命はどうも」という人もいるかも知れません。
あなたはどうですか?

おそらく、誰しもが「永遠の命」を欲しいと思うに違いありません
聖書では望むものにそれを与えると約束しているのです。
啓示22:16-17
16 「『わたしイエスは自分の使いを遣わし,諸会衆のためにこれらのことについてあなた方に証しした。わたしはダビデの根また子孫であり,輝く明けの星である』」。
17 そして,霊と花嫁は,「来なさい!」と言いつづける。そして,だれでも聞く者は,「来なさい!」と言いなさい。そして,だれでも渇いている者は来なさい。だれでも望む者は命の水を価なくして受けなさい

(参考:聞く、渇くとは霊的な事柄を聴いて理解し従う者たちの事であり、真の平和と安全を切望し 

 ている者たちのことです)

(参考:霊とは、神の活動する力「聖霊」のことであり、花嫁とは神の王国の144000人」特別な 

 人々のことです)

これが、いわば、聖書の最後の言葉です。
聖書の最初の書「創世記」では、人が死ぬようになった原因が、最後の書(に置かれている)「ヨハネへの啓示」では、永遠の命について言及しているのです。
聖書は初めから終わりまで「一貫している」のです。

そして、齟齬(そご)つまり食い違いは一切ないのです。

聖書はおよそ1600年かけて神が人の手によって記したものなのです。


ある意味、人間的な見地から言えば聖書の目的はすべて「この1点にある」と言っても過言ではないのです。

このような書物は他にはありません。
これ程具体的に述べられている書物も他にはないのです。

これを聞いても、あなたは聖書に無関心でいられますか?
いえ、無関心なら無関心でも「良い」のです。
しかし、それでは「永遠の命」の希望も期待も得られないことは真実なのです。
これは、脅しではありません、注意、勧告、警告です。
決めるのはあなた自身です、あなたの責任で決めるべき事柄なのです。

究極的にはすべては唯一真の神の存在を認め従うかどうかという話なのです。
あなたはどのように考えますか。

そうしたいけど、現実の生活があるから仕事があるから他にもやりたいことがあるから出来ない」と言うかも知れません。
何を優先するかはあなた自身が決めることです。
やりたいことをすべてやってから聖書に関心を示したいと言う人もいるかも知れません。
しかし、残されている時間は少ないのです。
と言っても、神による時間であり、人間的にはまだ少し時間があります。
それでも、後少しの時間しか残されていないのです。
こうしたことを良く考慮すべきです。

聖書を読みながらでも、今の生活も仕事もやりたいことも「出来る」のです。
要は、気持ちの問題です。
やろうと思えばいつでもどこでも出来るのです。

わたしのブログにようこそ!
初めに申し上げたいことがあります。
「真理」を探究したい人に継続して読んで頂きたいと思っています。
「聖書の真理」を探究する人たちに継続して読んで頂くことがわたしの願いです。

 ものみの塔の信者たちへ
このブログを読んでも[聖書]に対する背教にはなりません
ものみの塔の教えに偏るのではなく、聖書の正しい理解に努めましょう。

クリスチャンではない人たちへ
聖書に対する思い込みや偏見をなくし実際に読んでみて下さい。
聖書は歴史の書でもあり物語風に書かれているので、例えば、創世記、出エジプト記、裁き人、ルツ記、などは興味深く読めます。 

法律に関心のある人なら、申命記やレビ記などから律法の内容とその精神を知ることが出来ます。
また、これらを通じて神の考えも少なからず理解することも出来ます。
 
試練や苦難に直面している人ならヨブ記からヨブの精神とその報いについて知ることが出来ます。
知恵に関心のある人なら、箴言、伝道の書から多くの事を学ぶことが出来ます。

ダビデのついて関心のある人なら、サムエル記第一と第二の書からゴリアテを倒すことから始まりイスラエルの2代目の王となる経緯や王としての活動やバテシバとの罪、ソロモンの誕生、ソロモンが3代目の王になった経緯などを知ることが出来ます。

世界の趨勢、特に強国と言われる覇権を持つ国の歴史に関心のある人なら、ダニエル書から実名によりその変遷を知ることが出来ます。

イエス・キリストの活動や発言に関心のある人なら、四福音書と言われる、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる書から、四人による記録から知ることが出来ます。
イエスが亡くなった後の弟子たちの活動に関心がある人なら使徒たちの活動から知ることが出来ます。この書は医師でもあったルカが記したものです。
ちなみに、このルカはイエスの十二使徒の一人ではありません。
マタイ、マルコ、ヨハネはイエスの十二使徒の一人です。
 
クリスチャンとしての振る舞いや助言に関心のある人ならローマ人への手紙からユダの手紙までの21通の手紙から多くのことを学ぶことが出来ます。

 いきなり全体を、すべてを理解しようとするのではなく、関心のあるテーマについてのみに読んでも「価値のある内容」です。

また、聖書は預言の書でもあります。
神の預言は聖書全体を貫いているので、初めから理解することは難しいことです。

しかし、イエスが言われたご自身の「臨在」と「事物の体制の終わり」についてのしるしに、つまり、今の世の終わりに関心のある人なら、マタイ24章以降とヨハネへの啓示の書(最後の書)から知ることが出来ます。

人間としての道徳、生き方に関心のある人なら、マタイ5章から7章の、いわゆる山上の垂訓から学ぶことが出来ます。

聖書を読む時には、初めは言葉じりに捕らわれることなく、文脈から内容の意図を理解する必要があります。
そうしないと正しい理解、偏見のない知識にはなりません。

 更に、聖書全体に精通し理解したいと思うなら、聖書の読み方に関する、わたしのブログ、
1 「聖書を読むべき理由」-2024年2月25日
2 「聖書のコラム-34(なぜ聖書の理解が深まらないのでしょうか)」-23年9月19日
の二つの記事を参考にして下さい。
きっと、役に立ちます。 

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:大小様々な災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いの 
 ことです。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えています。      
 七番目のラッパが最後のラッパですが、その最後に七つの神の怒りの鉢が順番に注ぎ込まれるこ
 とになっています。
 その七番目の鉢が地上に注ぎ込まれることが、神が[今の地上]に対して行われる最後の部分の 
 最後の災いとなります。 
 参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません。
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい。
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません。
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
(神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人
 になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適
 用されます。
 したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです)

コリント(一)15章
33 惑わされてはなりません。悪い交わりは有益な習慣を損なうのです。
34 義にしたがって酔いから覚めなさい。罪を習わしにしてはなりません。神についての知識を持たない人たちがいるからです。
-コリント(一)15:33-34

創世記9章(ノアの大洪水直後に人類に与えらえた神の警告
次いで神はノアとその息子たちを祝福してこう言われた。「子を生んで多くなり,地に満ちよ。
2 そして,あなた方に対する恐れ,またあなた方に対するおののきは,地のあらゆる生き物と天のあらゆる飛ぶ生き物,地面を動くあらゆるもの,また海のすべての魚に引き続きとどまるであろう。それらは今あなた方の手に与えられる。
3 生きている動く生き物はすべてあなた方のための食物としてよい。緑の草木の場合のように,わたしはそれを皆あなた方に確かに与える。
4 ただし,その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない。
5 さらにわたしは,あなた方の魂の血の返済を求める。すべての生き物の手からわたしはその返済を求める。人の手から,その兄弟である各人の手から,わたしは人の魂の返済を求める。
6 だれでも人の血を流す者は,人によって自分の血を流される。神は自分の像に人を造ったからである。
7 そしてあなた方は,子を生んで多くなり,地に群がってそこに多くなれ」。
(これは殺人だけではなく傷害もあるいは誰かを介しても同じ罪を問われるというものです。
 この命令の神の意図は「血を神聖なものとして扱うように」というものです。
 なぜなら、命は血によって支えられているからです。
 つまり、血を神聖なものとして扱うということは、すなわち「命を神聖なものとする」というこ
 となのです。
 「神聖なものとする」とは、神によって「神のものとして取り分けられたもの」という意味があり
 ます。
 したがって、血も、血によって支えられる命も「神のもの」なのです。

 では、自分の「命」を支えるために「自分や他人の血を用いる」こと(輸血など)はどうでしょ 
 うか。
 全血ではなく血液の一部である「血漿」などを用いることはどうでしょうか。
 こうしたことは明らかに「血を神聖なもの」として扱っていないことです。
 神はこうしたことに対しても「血の返済」を求めるのです。
 したがって、淫行と同じく血に関するあらゆることを「避ける」ことは、自分の命に係わること 
 なのです。 
 
 参考:神が定めた女性の生理は、聖書では「汚れ」であり「身体を清める」ようにと律法の中で 
 示されています。
 女性の妊娠出産はいわば「血の代償」としての命でもあります。 
 ちなみに、生理のある生き物は他にも存在していますが、人間のように生理が長く、かつ、繰り 
 返しある生きものはいません)
  

 

今回は、「金銭に対する愛はあらゆる有害な事柄の根」という話です。

 

今の世、誰しもが欲するものの一つお金」に関する話です。

しかし、守銭奴という言葉があるように貪欲さは良く思われないものです。

つまり、お金を得るにも道徳、あるいは、道理というものがあることは確かです。

その一方で、浪費というのもあり、お金の使い方にも道徳、あるいは、道理というものもあります

中にはお金で幸せを買えると思っている人もいるのも事実です。

実際、お金で買えるのは自己満足」であって「幸せ」ではありません

最も、世の中の人が「幸せ」と思うことと、僧職者など宗教に専念している人の「幸せ」は全く異なるものです。

実際、満足、幸せというのは感情や感覚であって人によって異なるものです。

 

同じように金銭に対する「愛」と「愛情」は異なるものです。

愛情は文字通り感情や感覚のことであり、は感情を抜きにした実際の振る舞いや行動を意味するからです。

これらの違いに関しては、以下のブログを読んで下さい。

聖書のコラム-136(聖書の中の「神の愛」とは)

聖書のコラム-138(人間の愛と愛情-人は心変わりをする生き物です)

 

今回の話はこの「」つまりお金に対する態度についての話になりますので、この点を思いに留めて読んで頂きたいと思います。

 

有害な事柄の事実に関して具体的に示すことは今回は省略します。

今回はお金を得るという点に焦点を当てた話しとします。

この点をあらかじめ述べておきます


トランプ関税などのやり方を見ても分かるように、アメリカは真面目に働くというより策を弄して金銭を奪い取ると言った方が的を得ていると誰しもが思うのではないでしょうか。


その貪欲なアメリカのやり方は、政治的には脅し」を多用し、商取引きでは、例えば、相手に甘く美味しいものを与え、それを手放せなくさせることで利益を独占、永続させようとする手法です。
これは今の通販のアマゾン商法にも表れています。
つまり、最初は無料、もしくは、安く提供し、その後長きに渡り持続させることで利益を上げるというものです。
日本でもこの手法を真似ている企業もあります。

例えは良くありませんが、たばこや覚醒剤を与え、それから抜けられないようにすることで利益を貪るやり方は、現代の商法の「常套手段」なのです。

そもそもに於いて、商売は利益を上げるためであって社会貢献のためではないことは明らかです。
誰しもが商売を始める動機は「儲ける」ことです。
それによって豊かな生活をするためです。

独占禁止法と専売特許は相反する法律です。
専売特許は、それを考案した人がそれによって5、10、15年間のいずれかの期間は優先的に利益を確保出来るという法律です。
その一方で、企業などがいわゆる談合で物の値段を決めたり仕事の受注を決めたりすることは禁じられているのです。

どちらの気持ちは理解出来ますが、こうしたことは「金銭が支配している世界」だから生じる事柄です。
物々交換の世界なら難しいと言えますす。

あなたはお金に支配されている世界をどう思いますか。
当然だと思いますか。

地獄の沙汰も金次第」と言われる世界が今の世界です。

もし、世界からお金を無くすとどうなるでしょうか
ことごとく不自由な世界になってしまいます。

お金という「物の価値」を代用するものがあるのでわたしたちはいろんなものを入手出来るのです。
このお金が無くなると犯罪は著しく減ることも確かです。
宝石や金などを奪ってもそれを売ってお金に替えることも出来ないからです。

(参考:キリストの千年統治では、もしかするとお金が無くなるかも知れません
 第一に紙幣や硬貨を製造出来ない、もしくは、そのような設備そのものが無くなってしまうからで 

 す。
 もし、古代のように金や銀を用いるならば、持ち運びにも不自由になり、また、大量に用いること

 が出来ません)

究極的には欲を取るか安全を取るかという選択になるでしょう。

神のおきてから離反した人類の悲惨な状態が「お金にまつわる」今の現実の世界です。
お金は神が作った社会の仕組みではありません
お金に関してパウロは次のように述べています。
テモテ(一)6:9-10
9 しかし,富もうと思い定めている人たちは,誘惑とわな,また多くの無分別で害になる欲望に陥り,それは人を滅びと破滅に投げ込みます
10 金銭に対する愛はあらゆる有害な事柄の根であるからです。ある人たちはこの愛を追い求めて信仰から迷い出,多くの苦痛で自分の全身を刺したのです。

ヘブライ13:5
5 [あなた方の]生活態度は金銭に対する愛のないものとしなさい。そして,今あるもので満足しなさい

この助言は、いわゆるキリストの弟子たちに述べた言葉ですが、
クリスチャンではないすべての人にも当てはまることは、おそらく誰しもが認識していると思います。
勿論、お金がすべてだと考える人も当然います
しかし、そのような人はパウロの言う通りになってしまうのです。

とは言っても、今の世界では現実にお金がないと生活が出来ないことは事実です。
十分な年金を受給している人ならそれ程お金に執着することはないかも知れません。
働かなければ収入が得られない人にとっては大事な問題です。

さてどうやってバランスを保つことが出来るでしょうか。
それは、パウロが言うように「今あるもので満足しなさい」ということです。
必要なものは手に入れる必要がありますが、そうでないものまで手に入れる必要はないのです。
あるものが必要だと思い込んで買ってしまう場合もありますが実際手に入れるとそれ程使わないものは沢山あるものです。
良く考えてみれば同じようなものを持っている場合もあります。
人の性格は変わらないので、同じものを何度も欲しいと思うものなのです。

それでもパウロは次のように述べています。
テモテ(一)6:8
6 確かに,自ら足りて敬虔な専心を守ること,これは大きな利得の手段です。
7 わたしたちは世に何かを携えて来たわけではなく,また何かを運び出すこともできないからです。
8 ですから,命を支える物と身を覆う物とがあれば,わたしたちはそれで満足するのです。

今の誘惑の多い世の中にあって金銭に対する愛」を退けることは至難の業です。
果たして、「今あるもの」で、あるいは、「命を支える物と身を覆う物」で満足できるでしょうか。

個人的には体裁」を気にしなければ出来ると考えています。
都会を離れて田舎で自給自足に近い生活をするなら出来るかも知れません。
それでも年金でも受給していない限りお金を得るために何らかの手段を用いる必要はあります。
電気、ガス、水道などの料金の他に衣服や様々な食材を買わなければならないからです。
更には、様々な税金も支払わなければなりません。
もし、子供がいれば学費も洋服代も文房具代も掛かりますしその他いろいろなことでお金が必要となります。

生活態度は金銭に対する愛のないものとしても必要なものは自ら備える必要があるのは当然のことです。
そのために働くことは「金銭に対する愛」ではありません。
必要以上に金銭を追求することが「金銭に対する愛」なのです。

だからと言って、少し働いて後の時間を無為に過ごして良いということでも、怠惰を勧めている訳でもありません
将来の備えて、更に働いて貯蓄をすることも「立派なこと」です。
信仰を深めるために多くの時間を用いることも出来ます。

金銭に対する愛」とは、「お金を沢山得る」とか「お金に執着する」ということだけではありません
例えば、いわゆる贅沢品などのために多額のお金を使うことも含まれます。
つまり、欲望と深い関わりがあるということです。
今の世界、自分の欲望を満たすためには「多くのお金」を必要とします。
そのために多くの時間働いたり高額な収入を得る仕事に就こうとする場合もあります。
もし、高収入を得るという目的だけに仕事をするとすれば、それは「金銭に対する愛」だと言えます。

一方で、良い仕事に対しては相当の対価が得られるべきです。
それは当然の報酬だからです。
この場合は「金銭に対する愛」とはなりません。

したがって、裕福な人が必ずしも「金銭に対する愛」を抱いているとは限りません
逆に貧しい人でも必要以上にお金に執着するなら、それは「金銭に対する愛」そのものです。

お金はいくらあっても困らないと人は言います。
確かにそうですが、
ある人々はその財産を維持、あるいは、守るために「24時間気を緩めることが出来ない」ものです。

人は持っているものを失いたくないし、さらに、欲しいと思うものです
しかし、そうすることは無駄に終わるとイエスは述べています。
マタイ16章
24 それからイエスは弟子たちに言われた,「だれでもわたしに付いて来たいと思うなら,その人は自分を捨て,自分の苦しみの杭を取り上げて,絶えずわたしのあとに従いなさい。
25 だれでも自分の魂を救おうと思う者はそれを失うからです。しかし,だれでもわたしのために自分の魂を失う者はそれを見いだすのです。
26 というのは,全世界をかち得ても,それによって自分の魂を失うなら,その人にとって何の益になるでしょうか。また,人は自分の魂と引き換えに何を与えるのでしょうか

したがって、人は多くの財産は必要ではないのです。
多くの人は、多くの財産を手に入れ裕福に暮らすことを望んでいます。
それが幸せだと思い込んでいるのです。

しかし、富のあるところには争いや憎しみがあり、また、様々な犯罪に巻き込まれる可能性が高いのです。

箴言15章
17 野菜の料理とそこに愛があれば,肥やし飼いにした牛とそれに憎しみが伴うのに勝る。
という言葉の意味をあなたはどのように捉えますか。

金銭に対する愛」に関しての結論は、「あるもので満足すること」と「必要なものを備えること」とのバランスが求められているということです。

これをものみの塔の信者たちに適用して見ましょう。
パウロは次のようにも述べています。
テモテ(一)5:8
8 当然のことですが,自分に属する人々,ことに自分の家の者に必要な物を備えない人がいるなら,その人は信仰を否認していることになり,信仰のない人より悪いのです。
とハッキリ述べています。

ものみの塔の信者の両親であっても、[自分と]家族に必要な者を備える必要があり、それをしない人は信仰を否定していることになると述べています。
しかも、信仰のない人より悪いとも述べているのです。
この点は長年伝道のために労して来た年老いた信者でも同じことです。
いたずらに神に頼ることは信仰の欠如なのです。

ものみの塔の信者で、いわゆる開拓奉仕をしていても自分の必要は自分で備えるべきであるとパウロなの述べています。
実際、パウロは自らの必要を自分で働いて得ていました
テサロニケ(一)2:9
9 兄弟たち,あなた方は,わたしたちの労と刻苦とを覚えているはずです。わたしたちは神の良いたよりをあなた方に宣べ伝えましたが,それは,あなた方のだれにも費用の面で重荷を負わせないようにするために,夜昼働きながらのことでした

コリント(一)4:9-13
9 というのは,神はわたしたち使徒を,死に定められた者として,出し物の最後に置かれたように思えるのです。なぜなら,わたしたちは,世に対し,み使いたちに対し,また人々に対して,劇場の見せ物のようになっているからです。
10 わたしたちはキリストのゆえに愚かな者ですが,あなた方はキリストにあって思慮深い者となっています。わたしたちは弱いのに,あなた方は強いのです。あなた方は評判が良いのに,わたしたちは不名誉のうちにあります。
11 今この時に至るまで,わたしたちはずっと飢え,また渇き,着る物に乏しく,こづき回され,家もなく,
12 手ずから働いて労していますののしられれば祝福し,迫害されれば忍び,
13 名誉を損なわれても懇願するのです。わたしたちは,今に至るまで,世のくず,すべてのもののかすのようになってきました

使徒パウロは仲間の信者たちを教え諭して来たのに「世のくず」のようになって来たと述べています。
パウロの表現は現代のホームレスそのものです。
それでも手ずから働いて仲間の信者たちを教え諭しまた支援もして来たのです。

あなたにはパウロのこうした姿を想像出来ますか。
正に、信念の人そのものです。

おそらく、イエスと出会う前にして来たことの罪の許しのためでもあったと思われます。

パウロがイエスに個人的な必要を求めても退けられたことを述べています。

コリント(二)12:1-10

12章
わたしは誇らねばなりません。なるほどそれは有益なことではありません。しかしわたしは,主の超自然の幻と啓示のことに移ります。

2 わたしはキリストと結ばれたひとりの人を知っています。その人は十四年前に―それが体においてであったかどうかわたしは知りません。体を出てであったかどうかも知りません。神が知っておられます―そのような者として第三の天に連れ去られました。

3 そうです,わたしはそのような人を知っています―それが体においてであったか体を離れてであったか,わたしは知りません。神が知っておられます― 

4 その人はパラダイスに連れ去られ,人が話すことを許されず,口に出すことのできない言葉を聞いたのです。

5 そのような人についてわたしは誇ります。しかし自分自身については,[自分の]弱いところに関する以外には誇りません

6 たとえわたしが誇りたいと思う場合があるとしても,それによって道理をわきまえない者となるわけではありません。わたしは真実を語るからです。しかしわたしは[それを]控えます。だれも,

7 ただその啓示の過大さのために,わたしについて見るところ,あるいはわたしから聞くところを越えて,わたしのことを高く評価するようなことのないためです。
それゆえ,高慢になることのないよう,わたしは肉体に一つのとげを与えられました。それはサタンの使いであって,わたしが高慢にならないよう,わたしに終始平手打ちを加えるためのものです。

8 これについては,それがわたしから離れるよう,わたしは三度主に懇願しました

9 しかし[主]は,まさにこう言われました。「わたしの過分の親切はあなたに対してすでに十分である[わたしの]力は弱さのうちに全うされるのである」。それゆえわたしは,自分の弱いところについてむしろ大いに喜んで誇り,こうしてキリストの力が天幕のごとくわたしの上にとどまるようにします。

10 したがって,わたしは弱いところを,侮辱,窮乏,迫害や困難を,キリストのゆえに喜びとするのです。わたしが弱いとき,その時わたしには力があるからです。

  

パウロが与えられた「肉体のとげ」とは病気のことです。-ガラテア4:13
キリストと結ばれた一人の人」とはパウロ自身のことです。
使徒22:1-21
「皆さん,兄弟たちと父たち,今,あなた方に対するわたしの弁明を聞いてください」。

2 (さて,彼がヘブライ語で話しかけてくるのを聞いて,人々はいよいよ静かになった。そこで彼は言った,)

3 「わたしはユダヤ人で,キリキアのタルソスで生まれましたが,この都市においてガマリエルの足下で教育され,先祖の律法の厳格さに応じた教えを受けており,今日のあなた方すべてと同じように神に対して熱心な者です。

4 そして,この道[の者]を死に至らせるまでも迫害し,男も女も縛って獄に引き渡しました。

5 この点は,大祭司も年長者会の全員もわたしのことを証しできます。わたしはこの人たちからダマスカスにいる兄弟たちへの手紙も手に入れ,そこにいる者たちも罰するため,縛ってエルサレムに連れて来ようと道を進んでいました。
6 「ところが,わたしが旅をしてダマスカスのすぐ近くに来た時,真昼ごろでしたが,突然天から強烈な光がわたしのまわり一帯にぱっと光り,

7 わたしは地面に倒れて,『サウロ,サウロ,なぜあなたはわたしを迫害しているのか』と自分に言う声を聞きました。

8 わたしは,『主よ,あなたはどなたですか』と答えました。すると彼は,『わたしはナザレ人のイエス,あなたが迫害している者です』と言われました。

9 ところで,わたしと一緒にいた人たちは,光は確かに見たのですが,わたしに話している方の声は聞き取りませんでした。

10 そこでわたしは,『主よ,わたしはどうしたらよいのでしょうか』と言いました。主はわたしにこう言われました。『起きて,ダマスカスに入りなさい。そうすれば,あなたが行なうように定められている事柄はみな告げられるでしょう』。

11 しかしわたしはその光の輝きのために何も見ることができなかったので,一緒にいた者たちの手に引かれてダマスカスに着きました。
12 「さて,律法にかなった敬虔な人で,そこに住むすべてのユダヤ人からも良い評判のあるアナニアという人が,

13 わたしのところにやって来てそばに立ち,『サウロ,兄弟よ,再び視力を得なさい!』と言いました。まさにその時,わたしは目を上げて彼を見たのです。

14 彼はこう言いました。『わたしたちの父祖の神は,そのご意志を知り,義なる方を見,その口の声を聞くようにとあなたをお選びになりました。

15 あなたは,自分の見聞きした事柄につき,すべての人に対してその方の証人となるからです。

16 それで今,なぜためらうのですか。立って,バプテスマを受け,その名を呼び求めてあなたの罪を洗い去りなさい』。
17 「ところが,エルサレムに帰って神殿で祈りをしていると,わたしはこうこつとした状態になり,

18 その方がわたしに,『急いで,早くエルサレムから出なさい。彼らは,わたしについてのあなたの証しに同意しないからです』と言っておられるのを見ました。

19 それでわたしはこう言いました。『主よ,わたしが次から次へと会堂をまわり,あなたを信じて頼っている者たちを投獄したりむち打ったりしたことを,彼ら自身がよく知っています。

20 しかも,あなたの証人ステファノの血が流された時には,私もそばに立ってそれを是認し,彼を除き去ろうとしている者たちの外衣の番をしていたのです』。

21 でもその方は,『行きなさい。わたしは,あなたを遠く諸国民に遣わすからです』と言われました」。
 

イエス・キリストはパウロを諸国民の使徒とすることで以前の罪を拭い去ろうとしパウロもそれに応え実際その通りにしたのです。
コリント(一)9章
9章
わたしは自由ではないのですか。わたしは使徒ではないのですか。わたしは,わたしたちの主イエスを見たのではないのですか。あなた方は,主にあるわたしの業ではないのですか。
2 わたしはほかの人たちに対しては使徒ではないとしても,あなた方に対しては確かにそうです。あなた方は,主との関連においてわたしの使徒職を確認する証印なのです。
3 わたしを調べる人たちに対するわたしの弁明は次のとおりです。
4 わたしたちには飲食する権限があるのではありませんか。
5 わたしたちには,ほかの使徒や主の兄弟たち,またケファと同じように,姉妹を妻として連れて歩く権限があるのではありませんか。
6 また,[世俗の]仕事をやめる権限がないのは,バルナバとわたしだけなのですか。
7 自費で兵士として仕えたりするのはいったいだれでしょうか。だれがぶどう園を設けてその実を食べないでしょうか。また,だれが[羊の]群れを牧してその群れの乳にあずからないでしょうか。
8 わたしはこれらのことを人間的な標準で話しているのでしょうか。律法もそう言っているのではありませんか。
9 モーセの律法の中に,「脱穀している牛にくつこを掛けてはならない」と書かれているのです。神が気にかけておられるのは牛のことですか。それとも,専らわたしたちのためにそう言われるのですか。
10 まさにわたしたちのためにそれは書かれたのです。すき返す者は希望をもってすき返し,脱穀する者はそれにあずかる希望をもってそうすべきだからです。
11 わたしたちが霊的なものをあなた方にまいたのであれば,肉体のためのものをあなた方から刈り取ったとしても,それが何か大それたことになるのでしょうか。
12 他の人たちがあなた方に対するこの権限にあずかっているのであれば,ましてわたしたちはそうしてよいのではありませんかしかしそうではあっても,わたしたちはこの権限を利用しませんでした。かえって,わたしたちはすべての事を忍び,キリストについての良いたよりに何の妨げも来たさないようにしています。
13 あなた方は,神聖な務めを行なう人たち神殿のものを食べ,絶えず祭壇のことに仕える者たちが祭壇と分け合う分を持つことを知らないのですか。
14 これと同じように,主はまた,良いたよりをふれ告げる者良いたよりによって生活することを定められたのです。
15 しかしわたしは,こうした[備え]を何一つ利用したことがありません。事実,わたしはこれらのことを,自分の場合にそうなるようにと思って書いたのではありません。[そうする]くらいなら,むしろ死んだほうがわたしにとっては良いからです―わたしの誇る理由をだれもむなしくすることはできません! 
16 わたしが良いたよりを宣明しているとしても,それがわたしの誇る理由ではないのです。わたしにはその必要が課せられているからです。実際,もし良いたよりを宣明しなかったとすれば,わたしにとっては災いとなるのです! 

17 もしこれを進んで行なえば,わたしには報いがあります。しかしそれを自分の意志に逆らってするとしても,わたしにはやはり家令の仕事が託されています
18 では,わたしの報いとは何ですか。それは,良いたよりを宣明するに際し,良いたよりを価なしに提供し,良いたよりにおける自分の権限を乱用しないことです。
19 というのは,わたしはすべての人に対して自由ですが,できるだけ多くの人をかち得るために,自分をすべての人の奴隷としたからです。
20 こうしてわたしは,ユダヤ人に対してはユダヤ人のようになりました。ユダヤ人をかち得るためです。律法のもとにある人たちに対しては律法のもとにある者のようになりました。わたし自身は律法のもとにいませんが,こうして律法のもとにある人たちをかち得るためです。
21 律法のない人たちに対しては律法のない者のようになりました。自分は神に対して律法のない者ではなく,キリストに対して律法のもとにある者ですが,こうして律法のない人たちをかち得るためです。
22 弱い人たちに対しては弱い者となりました。弱い人たちをかち得るためです。わたしはあらゆる人に対してあらゆるものとなってきました。何とかして幾人かでも救うためです。
23 わたしは良いたよりのためにすべての事をするのです。それを[他の人々]と分かち合う者となるためです。
24 競走の走者はみな走りはしますが,ただ一人だけが賞を受けることを,あなた方は知らないのですか。あなた方も,それを獲得するような仕方で走りなさい。
25 また,競技に参加する人は皆,すべてのことに自制を働かせます。もちろん彼らは朽ちる冠を得るためにそうするのですが,わたしたちの場合は不朽の[冠のため]です。
26 ですから,わたしの走り方は[目標の]不確かなものではありません。わたしの打撃の仕方は空を打つようなものではありません。
27 むしろ,自分の体を打ちたたき,奴隷として引いて行くのです。それは,他の人たちに宣べ伝えておきながら,自分自身が何かのことで非とされるようなことにならないためです。

クリスチャンすべてはパウロのようではありませんし、また、おそらく誰一人出来ないでしょう。
こうした点でパウロが模範としたのはイエス・キリストでありイエス・キリストに見習って来たのです。

クリスチャンにとって信仰と労働(収入)は絶えず付きまとう問題です。
金銭に対する「感覚」は人によって様々で、また、各々立場も異なります
これなら良い、これなら悪いといわゆる線引きを出来るのものではありません
しかし、それはその人の信仰の程度を示すものとなっているのです。
つまり、「金銭に対する感覚」はその人の「信仰の度合い」を示すものともなるのです。

もし、あなたがものみの塔の信者なら、仲間の信者たちを良く観察しその人の「金銭感覚と信仰の度合い」を注視してみて下さい。
ハッキリとそれは見えるでしょう。

わたしのブログにようこそ!
初めに申し上げたいことがあります。
「真理」を探究したい人に継続して読んで頂きたいと思っています。
「聖書の真理」を探究する人たちに継続して読んで頂くことがわたしの願いです。

 ものみの塔の信者たちへ
このブログを読んでも[聖書]に対する背教にはなりません
ものみの塔の教えに偏るのではなく、聖書の正しい理解に努めましょう。

クリスチャンではない人たちへ
聖書に対する思い込みや偏見をなくし実際に読んでみて下さい。
聖書は歴史の書でもあり物語風に書かれているので、例えば、創世記、出エジプト記、裁き人、ルツ記、などは興味深く読めます。 

法律に関心のある人なら、申命記やレビ記などから律法の内容とその精神を知ることが出来ます。
また、これらを通じて神の考えも少なからず理解することも出来ます。
 
試練や苦難に直面している人ならヨブ記からヨブの精神とその報いについて知ることが出来ます。
知恵に関心のある人なら、箴言、伝道の書から多くの事を学ぶことが出来ます。

ダビデのついて関心のある人なら、サムエル記第一と第二の書からゴリアテを倒すことから始まりイスラエルの2代目の王となる経緯や王としての活動やバテシバとの罪、ソロモンの誕生、ソロモンが3代目の王になった経緯などを知ることが出来ます。

世界の趨勢、特に強国と言われる覇権を持つ国の歴史に関心のある人なら、ダニエル書から実名によりその変遷を知ることが出来ます。

イエス・キリストの活動や発言に関心のある人なら、四福音書と言われる、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる書から、四人による記録から知ることが出来ます。
イエスが亡くなった後の弟子たちの活動に関心がある人なら使徒たちの活動から知ることが出来ます。この書は医師でもあったルカが記したものです。
ちなみに、このルカはイエスの十二使徒の一人ではありません。
マタイ、マルコ、ヨハネはイエスの十二使徒の一人です。
 
クリスチャンとしての振る舞いや助言に関心のある人ならローマ人への手紙からユダの手紙までの21通の手紙から多くのことを学ぶことが出来ます。

 いきなり全体を、すべてを理解しようとするのではなく、関心のあるテーマについてのみに読んでも「価値のある内容」です。

また、聖書は預言の書でもあります。
神の預言は聖書全体を貫いているので、初めから理解することは難しいことです。

しかし、イエスが言われたご自身の「臨在」と「事物の体制の終わり」についてのしるしに、つまり、今の世の終わりに関心のある人なら、マタイ24章以降とヨハネへの啓示の書(最後の書)から知ることが出来ます。

人間としての道徳、生き方に関心のある人なら、マタイ5章から7章の、いわゆる山上の垂訓から学ぶことが出来ます。

聖書を読む時には、初めは言葉じりに捕らわれることなく、文脈から内容の意図を理解する必要があります。
そうしないと正しい理解、偏見のない知識にはなりません。

 更に、聖書全体に精通し理解したいと思うなら、聖書の読み方に関する、わたしのブログ、
1 「聖書を読むべき理由」-2024年2月25日
2 「聖書のコラム-34(なぜ聖書の理解が深まらないのでしょうか)」-23年9月19日
の二つの記事を参考にして下さい。
きっと、役に立ちます。 

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:大小様々な災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いの 
 ことです。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えています。      
 七番目のラッパが最後のラッパですが、その最後に七つの神の怒りの鉢が順番に注ぎ込まれるこ
 とになっています。
 その七番目の鉢が地上に注ぎ込まれることが、神が[今の地上]に対して行われる最後の部分の 
 最後の災いとなります。 
 参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません。
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい。
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません。
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
(神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人
 になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適
 用されます。
 したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです)

コリント(一)15章
33 惑わされてはなりません。悪い交わりは有益な習慣を損なうのです。
34 義にしたがって酔いから覚めなさい。罪を習わしにしてはなりません。神についての知識を持たない人たちがいるからです。
-コリント(一)15:33-34

創世記9章(ノアの大洪水直後に人類に与えらえた神の警告
次いで神はノアとその息子たちを祝福してこう言われた。「子を生んで多くなり,地に満ちよ。
2 そして,あなた方に対する恐れ,またあなた方に対するおののきは,地のあらゆる生き物と天のあらゆる飛ぶ生き物,地面を動くあらゆるもの,また海のすべての魚に引き続きとどまるであろう。それらは今あなた方の手に与えられる。
3 生きている動く生き物はすべてあなた方のための食物としてよい。緑の草木の場合のように,わたしはそれを皆あなた方に確かに与える。
4 ただし,その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない。
5 さらにわたしは,あなた方の魂の血の返済を求める。すべての生き物の手からわたしはその返済を求める。人の手から,その兄弟である各人の手から,わたしは人の魂の返済を求める。
6 だれでも人の血を流す者は,人によって自分の血を流される。神は自分の像に人を造ったからである。
7 そしてあなた方は,子を生んで多くなり,地に群がってそこに多くなれ」。
(これは殺人だけではなく傷害もあるいは誰かを介しても同じ罪を問われるというものです。
 この命令の神の意図は「血を神聖なものとして扱うように」というものです。
 なぜなら、命は血によって支えられているからです。
 つまり、血を神聖なものとして扱うということは、すなわち「命を神聖なものとする」というこ
 となのです。
 「神聖なものとする」とは、神によって「神のものとして取り分けられたもの」という意味があり
 ます。
 したがって、血も、血によって支えられる命も「神のもの」なのです。

 では、自分の「命」を支えるために「自分や他人の血を用いる」こと(輸血など)はどうでしょ 
 うか。
 全血ではなく血液の一部である「血漿」などを用いることはどうでしょうか。
 こうしたことは明らかに「血を神聖なもの」として扱っていないことです。
 神はこうしたことに対しても「血の返済」を求めるのです。
 したがって、淫行と同じく血に関するあらゆることを「避ける」ことは、自分の命に係わること 
 なのです。 
 
 参考:神が定めた女性の生理は、聖書では「汚れ」であり「身体を清める」ようにと律法の中で 
 示されています。
 女性の妊娠出産はいわば「血の代償」としての命でもあります。 
 ちなみに、生理のある生き物は他にも存在していますが、人間のように生理が長く、かつ、繰り 
 返しある生きものはいません) 
  
  

今回は、なぜ世界で国家間の争いが起きるのかという話です。

おそらく、皆さんは既に争いが起こる原因を知っていると思います。

それでも、敢えてその原因を繰り返し述べたいと思います。

繰り返し述べることで「アメリカの非道」を訴え「アメリカ離れ」を促がしたいのです。


世界でなぜ国家間の争いが起こるのでしょうか。
一つには領土拡大、つまり、欲望のためです。
例えば、ヒトラーの野望、旧ソ連の南下政策、プーチンの野望、古くはローマ帝国の侵略などの他に、中国や日本のいわゆる国内の小国による争いなどがあります。
日本軍による中国大陸や東南アジアへの侵略。
イギリス、スペイン、ポルトガル、オランダなどによる東南アジアへの侵略。

二つには侵略や弾圧などの抑圧に対する反撃のためです。
例えば、植民地からの独立、圧政や虐げなどに対する反撃など。
日本軍による東南アジアの植民地からの解放。

三つには主義主張に対する攻撃や民族の争いのためです。
共産主義に対するアメリカの攻撃、アメリカの民主主義と自由の押し付けによる弾圧や攻撃に対する復讐、ソ連(ロシア)のいわゆる西側に対する敵対行為などです。
サラエボの紛争、イスラエルとパレスチナとの紛争、イスラエルとイランとの紛争など。

四つ目には地下資源の確保のためです。
アメリカのイラン攻撃、湾岸戦争、日本軍による東南アジアへの侵略など。

五つ目には被害妄想のためです。
実際に起きてもいないのに、起こる可能性があるというだけの理由で相手を攻撃する場合。
アメリカのイラン攻撃など。

 

今の世界の争いは、一見すると宗教対立のようにも見えます。

キリスト教とイスラム教とユダヤ教の三つ巴の戦いです。

しかし、ヒンズー教や仏教など他の宗教は戦いに参加していません。

更には、現代は民主主義と共産主義や社会主義との戦いでもありません。

クルド人やロヒンギャなどに対する虐待などや、白人と黒人もしくは有色人種などの戦いでもありません、あっても規模が小さいです。

 

第二次世界大戦までは少なくとも「大義」はありました。

しかし、その後の世界の戦争を見てみると「大義」はありません。

その代わりに出現したのは、アメリカとソ連(ロシア)の「野獣としての本性」です。

ベトナム戦争、湾岸戦争、ソ連(ロシア)のアフガニスタン侵攻、などなどは本性丸出しです。

  

強国と言われる国は、利権を確保するために「難癖」を付けて、あるいは、事実をでっち上げて相手を攻撃して来たことは事実です。

それはかつてのイギリスでありアメリカでありソ連(ロシア)なのです。

イラクの侵攻はアメリカのでっち上げでした

その目的はフセインを倒すことだったのです。

最近ではベネゼイラの大統領を拉致し、イランの最高指導者たちを次々と殺害し、今キューバやメキシコを攻撃しようとしています。

トランプは「モンロー主義」を拡大解釈しその「妄想」を実行しようとしています。

 

興味深いことはアメリカは他国を攻撃をしますが侵攻した国を必要以上長く占領していないことです。
その代わり、米軍を駐留させ、いつでも軍事行動がとれる体制を保持しています。

これがアメリカの「ずる賢い」ところです。

占領し統治するとなると、膨大な数の米兵と費用を必要とすることを日本を占領して分かったのです。

日本を占領したと言えば、極東軍事裁判で判事からアメリカが退いたのはアメリカの戦犯を回避するための「ずる賢い」戦略だったことは明らかです。
アメリカは自国の利益のために国連やNATOや日米安保などを利用していながら、アメリカへの軍事支援をしないからと言ってこれらの国を批判し手を引くなどと狂ったことをトランプが発言しています。
今この時代になぜトランプのような政治を知らない欲望に狂った者がアメリカの大統領になったのでしょうか
それは、アメリカの白人主義者の思い上がりが作り上げたのです。
アメリカファースト、白人至上主義、KKKなどが作り上げたのです。
移民が作り上げた国でありながら、自分たち以外の移民を排除するというアメリカにはその初めからこのような「」が膨れ上がった国なのです。

アメリカはヨーロッパからの移民が原住民のアメリカインディアンを強引に押しのけ奪い取って出来た国であることは誰でもが知っていることです。


アメリカは共産主義や社会主義を否定し、そうした国家を目の敵にして文字通り攻撃をしてきました。
そのアメリカが推し進める民主主義と自由「世界を争いのない平和」に出来ないことはハッキリしています。

むしろ、「平和を破壊して来た」のです。

 

トランプについて今年の2月に次のように報道されています。

2月24日夜、連邦議会の上下両院合同会議で内政・外交の方針を示す一般教書演説を行い、「可能ならどこでも平和を追求するが、米国に対する脅威には必要ならどこであろうとちゅうちょなく立ち向かう」と主張し「力による平和」を掲げて介入する姿勢を示しました
更に、「力による平和は非常に有効だ」と述べ、「われわれは地球上で最強の軍隊を持っており、その再建を続ける」と強調し、北大西洋条約機構(NATO)諸国や同盟国が軍事費の国内総生産(GDP)比5%への引き上げに合意したことを自らの成果に挙げ、軍事費増を改めて要求しました。

  

トランプは何処の平和について述べていたのでしょうか。
それは、アメリカだけの平和です。
他国の平和に関しては、介入することで破壊を繰り返して来たのです。

トランプはクリスチャンでありながら、イエスの次の言葉を知らないようです
マタイ26章
52 その時イエスは彼に言われた,「あなたの剣を元の所に納めなさい。すべて剣を取る者は剣によって滅びるのです。  

  

アメリカは民主主義と自由を、いわば旗印に掲げ世界で我が物顔で振る舞って来ました

アメリカは外交では民主主義と自由を前面に出しますが、言葉とは裏腹にこれを蔑ろにしていることも明白です。

国内でも白人至上主義者たち人種差別を行い、また、警官による黒人やICE(アメリカ合衆国移民・関税執行局)による移民の殺害も横行している国なのです。

 

21世紀になっても、かつてのローマ帝国のように一人の大統領の思惑で物事を推し進めるという、現代では「理不尽」と言えることが行われているのです。

 

以前のブログでも書きましたが、アメリカとロシアがいなければ、少なくとも今の争いは無くなるか少なくなるのです。

ですから、アメリカとロシア国家間の争いを「引き起こしている元凶」なのです。

他の国々はこの二つの国にいわば「振り回されている」のです。

 

全世界は邪悪な者の配下にあると述べられているように、ある意味、全世界を一つの国家と見なすなら、今の国家間の紛争内部分裂状態を示しています。

ヨハネ(一)5:19

[また,]わたしたちが神から出ており,全世界が邪悪な者[の配下]にあることを知っています。

 

イエスは、この邪悪な者の正体ベエルゼブブつまり、神に敵対するサタンであると述べ、内部分裂する家は立ち行かないとも述べています。
マタイ12:22-30
22 そのとき人々は,悪霊に取りつかれた,盲目で口のきけない人を彼のもとに連れて来た。そして,[イエス]はその人を治されたので,口のきけなかった人はものを言い,また見えるようになった。
23 そこで,群衆は皆ただあっけにとられ,「もしかしたらこれがダビデの子ではなかろうか」と言いだした。
24 これを聞いてパリサイ人たちは言った,「この男が悪霊を追い出すのは,悪霊どもの支配者ベエルゼブブによる以外にはない」。
25 その考えを知って,[イエス]は彼らにこう言われた。「内部で分裂している王国はすべて荒廃に帰し,また内部で分裂している都市や家はすべて立ち行かないでしょう
26 同じように,サタンがサタンを追い出すなら,[サタン]は内部で分裂していることになります。そうしたら,彼の王国はどのようにして立ち行くでしょうか

(参考:これを今の事物の体制(全世界)に適用するなら、国家間の紛争は内部分裂です)


27 そのうえ,仮にわたしがベエルゼブブによって悪霊を追い出すとすれば,あなた方の子らはだれによってこれを追い出すのですか。このゆえに,彼らはあなた方を裁く者となるでしょう。
28 しかし,わたしが悪霊たちを追い出すのが神の霊によるのであれば,神の王国はほんとうにあなた方に及んだのです。
29 また,まず強い人を縛ってからでなければ,どうしてその強い人の家に侵入してその人の家財を奪えるでしょうか。[縛って]から,その家[の物]を強奪するのです。
30 わたしの側にいない者はわたしに敵しており,わたしと共に集めない者は散らすのです。

ここでベエルゼブブという名が出て来ますが、これは悪霊たちの支配者サタンを指して用いられる名です。
イエスが言われたように、内部で分裂している王国は立ち行かないのです。
同様に、
今の事物の体制の神の支配するこの世で、互いに争ったり戦ったりすることは「内部分裂」であり、この世は「立ち行かない」のです。

わたしは不思議に思います。
なぜ、このようなアメリカに他の国々が従うのでしょうか
なぜアメリカのCIAのような卑劣な犯行を抑えられないのでしょうか
それは、軍事強国であり常に最先端技術を保持し他国に対し優位な立場を保っているからです。

 

神を除いて、誰も、この野獣を止められないかも知れません。
唯一の希望は、神によってこの野獣を火と硫黄とで燃える湖に生きたまま投げ込まれ永久に責め苦に遭わされるというものです。
啓示19:19-20
19 そしてわたしは,野獣と地の王たちとその軍勢が,馬に乗っている方とその軍勢に対して戦いをするために集まっているのを見た。
20 そして,野獣は捕らえられ,それと共に,[野獣]の前でしるしを行ない,それによって,野獣の印を受けた者とその像に崇拝をささげる者とを惑わした偽預言者も[捕らえられた]。彼らは両方とも生きたまま,硫黄で燃える火の湖に投げ込まれた

この偽預言者啓示13章の二匹目の野獣のことです。

今、世界の元凶はトランプとネタニヤフとプーチンの三人です。
アメリカを崩壊させるにはアメリカ自身にさせる以外方法はありません
どんな強国であっても、内部からの崩壊は誰も防げないのです。
例えば、その良い例は歴史上その時代において最も強く鉄のようなロー帝国が内部からの崩壊したことだと言われています。
一節には、家庭の崩壊が帝国の崩壊を招いたとも言われています。
ですから、アメリカの分断を煽り内部分裂を引き起こすことです。
民主党と共和党の争いを煽ることです。
白人主義者の怒りをトランプに向けさせることです。
そうすればトランプは自滅していくでしょう。
アメリカがCIAを用いてイランにして来たことをそのままアメリカに復讐することです。
そうすればアメリカは他国に手を出す余裕が無くなるのです。
ロシアについても同様です。
しかし、何もしなくてもこのままいけばロシアは国力をどんどん失っていきます
そして、過去に革命が起きたようにある時突然ロシアが崩するかも知れません。

このようにすれば神が手を出さなくてもアメリカとロシアの力を削ぐことは出来ます

そうすれば、世界は今より平和で良い世界になります
しかし、その時突然の滅びが世界に臨むことになっています
テサロニケ(一)5:1-3
5章
さて,兄弟たち,時と時期については,あなた方は何も書き送ってもらう必要がありません。
2 エホバの日がまさに夜の盗人のように来ることを,あなた方自身がよく知っているからです。
3 人々が,「平和だ,安全だ」と言っているその時,突然の滅びが,ちょうど妊娠している女に苦しみの劇痛が臨むように,彼らに突如として臨みます彼らは決して逃れられません

突然の滅びは誰に臨むのでしょうか
テサロニケ(二)11:6-10
6 これは,あなた方に患難をもたらす者に患難をもって報い,
7 一方患難を忍ぶあなた方には,主イエスがその強力なみ使いたちを伴い,燃える火のうちに天から表わし示される時,わたしたちと共に安らぎをもって[報いる]ことこそ,神にとって義にかなったことであると言えるからです。
8 その際[イエス]は,神を知らない者と,わたしたちの主イエスについての良いたよりに従わない者に報復をするのです。
9 実にこれらの者たちは,主のみ前から,またその力の栄光から[離れて]永遠の滅びという司法上の処罰を受けます

これは、トランプやプーチンやネタニヤフをはじめ、世界の政治リーダーたちのみならず、あらゆる国民にも言えることなのです。


もし、あなたが神を知らず(名前だけではなく、神の目的や神ご自身についてです)、イエスについての良いたよりに従っていないのであれば、永遠の滅びという司法上の処罰を受けることになることが示されています

さて、このことを知ったあなたはどうしますか?
従うも従わず自分の思うように生きることもあなたの自由です。
しかし、一方は命の道であり他方は滅びの道なのです。
これは脅しではありません
なぜなら、わたしがするわけではないからです。
ですから、危険に対する注意勧告であり警報と言えるものです。
例えば、災害が予想される時注意や警報が出されますが、それに従うも従わないことも本人の責任において判断出来るように、聖書による注意と警報についても同じなのです。
すべては聞いた事柄に自分で決定しなければならないのです。
誰もあなたの責任を代わることは出来ません、いえ、してはならないのです。

  わたしのブログにようこそ!
初めに申し上げたいことがあります。
「真理」を探究したい人に継続して読んで頂きたいと思っています。
「聖書の真理」を探究する人たちに継続して読んで頂くことがわたしの願いです。

 ものみの塔の信者たちへ
このブログを読んでも[聖書]に対する背教にはなりません
ものみの塔の教えに偏るのではなく、聖書の正しい理解に努めましょう。

クリスチャンではない人たちへ
聖書に対する思い込みや偏見をなくし実際に読んでみて下さい。
聖書は歴史の書でもあり物語風に書かれているので、例えば、創世記、出エジプト記、裁き人、ルツ記、などは興味深く読めます。 

法律に関心のある人なら、申命記やレビ記などから律法の内容とその精神を知ることが出来ます。
また、これらを通じて神の考えも少なからず理解することも出来ます。
 

試練や苦難に直面している人ならヨブ記からヨブの精神とその報いについて知ることが出来ます。
知恵に関心のある人なら、箴言、伝道の書から多くの事を学ぶことが出来ます。

ダビデのついて関心のある人なら、サムエル記第一と第二の書からゴリアテを倒すことから始まりイスラエルの2代目の王となる経緯や王としての活動やバテシバとの罪、ソロモンの誕生、ソロモンが3代目の王になった経緯などを知ることが出来ます。

世界の趨勢、特に強国と言われる覇権を持つ国の歴史に関心のある人なら、ダニエル書から実名によりその変遷を知ることが出来ます。

イエス・キリストの活動や発言に関心のある人なら、四福音書と言われる、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる書から、四人による記録から知ることが出来ます。
イエスが亡くなった後の弟子たちの活動に関心がある人なら使徒たちの活動から知ることが出来ます。この書は医師でもあったルカが記したものです。
ちなみに、このルカはイエスの十二使徒の一人ではありません。
マタイ、マルコ、ヨハネはイエスの十二使徒の一人です。
 
クリスチャンとしての振る舞いや助言に関心のある人ならローマ人への手紙からユダの手紙までの21通の手紙から多くのことを学ぶことが出来ます。

 いきなり全体を、すべてを理解しようとするのではなく、関心のあるテーマについてのみに読んでも「価値のある内容」です。

また、聖書は預言の書でもあります。
神の預言は聖書全体を貫いているので、初めから理解することは難しいことです。

しかし、イエスが言われたご自身の「臨在」と「事物の体制の終わり」についてのしるしに、つまり、今の世の終わりに関心のある人なら、マタイ24章以降とヨハネへの啓示の書(最後の書)から知ることが出来ます。

人間としての道徳、生き方に関心のある人なら、マタイ5章から7章の、いわゆる山上の垂訓から学ぶことが出来ます。

聖書を読む時には、初めは言葉じりに捕らわれることなく、文脈から内容の意図を理解する必要があります。
そうしないと正しい理解、偏見のない知識にはなりません。

 更に、聖書全体に精通し理解したいと思うなら、聖書の読み方に関する、わたしのブログ、
1 「聖書を読むべき理由」-2024年2月25日
2 「聖書のコラム-34(なぜ聖書の理解が深まらないのでしょうか)」-23年9月19日
の二つの記事を参考にして下さい。
きっと、役に立ちます。 

  

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:大小様々な災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いの 
 ことです。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えています。      
 七番目のラッパが最後のラッパですが、その最後に七つの神の怒りの鉢が順番に注ぎ込まれるこ
 とになっています。
 その七番目の鉢が地上に注ぎ込まれることが、神が[今の地上]に対して行われる最後の部分の 
 最後の災いとなります。 
 参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません。
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい。
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません。
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
(神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人
 になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適
 用されます。
 したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです)

コリント(一)15章
33 惑わされてはなりません。悪い交わりは有益な習慣を損なうのです。
34 義にしたがって酔いから覚めなさい。罪を習わしにしてはなりません。神についての知識を持たない人たちがいるからです。
-コリント(一)15:33-34

創世記9章(ノアの大洪水直後に人類に与えらえた神の警告
次いで神はノアとその息子たちを祝福してこう言われた。「子を生んで多くなり,地に満ちよ。
2 そして,あなた方に対する恐れ,またあなた方に対するおののきは,地のあらゆる生き物と天のあらゆる飛ぶ生き物,地面を動くあらゆるもの,また海のすべての魚に引き続きとどまるであろう。それらは今あなた方の手に与えられる。
3 生きている動く生き物はすべてあなた方のための食物としてよい。緑の草木の場合のように,わたしはそれを皆あなた方に確かに与える。
4 ただし,その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない。
5 さらにわたしは,あなた方の魂の血の返済を求める。すべての生き物の手からわたしはその返済を求める。人の手から,その兄弟である各人の手から,わたしは人の魂の返済を求める。
6 だれでも人の血を流す者は,人によって自分の血を流される。神は自分の像に人を造ったからである。
7 そしてあなた方は,子を生んで多くなり,地に群がってそこに多くなれ」。
(これは殺人だけではなく傷害もあるいは誰かを介しても同じ罪を問われるというものです。
 この命令の神の意図は「血を神聖なものとして扱うように」というものです。
 なぜなら、命は血によって支えられているからです。
 つまり、血を神聖なものとして扱うということは、すなわち「命を神聖なものとする」というこ
 となのです。
 「神聖なものとする」とは、神によって「神のものとして取り分けられたもの」という意味があり
 ます。
 したがって、血も、血によって支えられる命も「神のもの」なのです。

 では、自分の「命」を支えるために「自分や他人の血を用いる」こと(輸血など)はどうでしょ 
 うか。
 全血ではなく血液の一部である「血漿」などを用いることはどうでしょうか。
 こうしたことは明らかに「血を神聖なもの」として扱っていないことです。
 神はこうしたことに対しても「血の返済」を求めるのです。
 したがって、淫行と同じく血に関するあらゆることを「避ける」ことは、自分の命に係わること 
 なのです。 
 
 参考:神が定めた女性の生理は、聖書では「汚れ」であり「身体を清める」ようにと律法の中で 
 示されています。
 女性の妊娠出産はいわば「血の代償」としての命でもあります。 
 ちなみに、生理のある生き物は他にも存在していますが、人間のように生理が長く、かつ、繰り 
 返しある生きものはいません) 
  

 

今回は、誰が今の世界の状況を作り出しているのか、その結末はどうなるのかという話です。

福祉国家になりつつある日本。
行き過ぎた経済支援がそれを物語っています。
国民は窮状を訴えるだけで自らの努力を蔑ろにしているというより甘えているように見えます。
政府は国民にあらゆる支援を行っていますがその目的は選挙のための布石に過ぎないことは明らかです。
本当に国民のことを考えての政策ではありません。
国民は騙されているのです。

アメリカの上院、下院の議員や州知事などの言動と比較すると日本の国会議員の貧弱性を感じぜざるを得ません。
憎いアメリカですが優れた点も少なくないのです。
アメリカの議員から欲や差別や謀略を除けば、世界で最も強い政府、議会となるのですが、現実は権謀術数そのものです。
日本の国会や議員はイギリスやアメリカの議員の良い点を学び実行することが最も賢明です。

今の国民、特に若者たちの振る舞いや行動を見ていると本当に支援が必要かどうか疑わしいと感じます。
憲法に権利と義務が書かれていますが、権利だけ要求し義務を果たしているとは言い難いと感じています。
勿論、すべてではありませんが、本当に努力をしている若者たちは全体の半数でそれでも境遇は思った程改善せず、
残りの三割の若者たちは努力を諦め仕事も長続きせず、残りの二割は真面目に働かず犯罪に手を染めているのです。
トクリュウなどに手を出す若者の多さがこれを物語っています。
鬱憤を晴らすかのように、再び暴走族が出始め、なりふり構わず犯罪を含めなんでもやるようになってきています。

 

箴言には、賢い者と邪悪な者との比較が述べられています。

現代の若者が、この中で示されている賢い者となることを願っています。

箴言10章 ソロモンの箴言。
賢い子は父を歓ばせ,愚鈍な子はその母の悲嘆となる。

2 邪悪な者の宝は何の益にもならない。しかし義は,[人を]死から救い出す。

3 エホバは義なる者の魂を飢えさせず,邪悪な者たちの渇望を押しのけられる。
4 緩慢な手で働く者は資力が乏しくなり,勤勉な者の手はその人を富ますものとなる。
5 洞察力を持って行動する子は夏の時期に集めている。恥ずべき行ないをする子は収穫期にぐっすり眠っている。
6 祝福は義なる者の頭のためにあり,邪悪な者たちの口,それは暴虐を覆い隠す。

7 義なる者についての記憶は祝福を得ることになり,邪悪な者たちの名は腐る。
8 心の賢い者はおきてを受け入れ,唇の愚かな者は踏みにじられる。
9 忠誠のうちに歩んでいる者は安らかに歩み,自分の道を曲げている者は自分自身を知らせることになる。
10 目配せをする者は痛みを与え,唇の愚かな者は踏みにじられる。

11 義なる者の口は命の源であり,邪悪な者たちの口,それは暴虐を覆い隠す。
12 憎しみは口論をかき立て,愛はすべての違犯を覆う。
13 理解ある人の唇には知恵が見いだされ,むち棒は心の欠けた者の背のためにある。
14 賢い者たちは知識を蓄える。しかし愚かな者の口は,滅びの近くにある。
15 富んだ人の貴重なものはその強固な町。立場の低い者たちの滅びはその貧しさである。
16 義なる者の働きは命をもたらし,邪悪な者の産物は罪をもたらす。
17 懲らしめに固く付く者は命への道筋であるが,戒めを捨てる者は[人を]さまよわせる。
18 憎しみを覆い隠す者のいるところには偽りの唇があり,悪い評判を立てる者は愚鈍である。
19 言葉が多ければ違犯を避けられない。しかし,唇を制する者は思慮深く行動しているのである。
20 義なる者の舌はえり抜きの銀。邪悪な者の心は価値が少ない。
21 義なる者の唇は多くの者を養い育て,愚かな者たち心が欠けているために死んでゆく
22 エホバの祝福,それが[人を]富ませるのであり,[神]はそれに痛みを加えられない。
23 愚鈍な者にとって,みだらな行ないは戯れ事のようである。しかし,知恵は識別力のある人のためのものである。
24 邪悪な者にとって怖ろしいこと―それがその者に臨む。しかし,義なる者たちの願いはかなえられる。

25 暴風が過ぎるときのように,邪悪な者はもはやいない。しかし,義なる者は定めのない時まで保つ基である。
26 怠惰な者は,この者を送り出す人たちにとって,歯に酢,目に煙のようなものである。
27 エホバへの恐れは日を増し加える。しかし,邪悪な者たちの年は短くされる
28 義なる者たちの期待は歓ぶことであり,邪悪な者たちの望み滅びうせる
29 エホバの道はとがめのない者のためのとりで,滅びは有害なことを習わしにする者たちのためのもの
30 義なる者は定めのない時までよろめかされることがない。しかし邪悪な者たちについては,彼らが地に住みつづけることはない
31 義なる者の口―それは知恵の実を結び,ゆがんだ性向を持つ舌は切り断たれる。
32 義なる者の唇―それは善意を知ることになる。しかし,邪悪な者たちの口はゆがんだ性向を持つ。

 

多くの若者たちが、この箴言の言葉に「耳を傾け」注意を払い賢く振る舞うでしょうか

高度成長期、国民の多くは貧しい状態でしたがそれでも頑張って仕事をしていれば今日より明日が良くなると思って生きて来たものです。
社会は急には変われません。
あたかも、健康な人が病気に罹るようなもので少しずつ変わっていくのです。
政治家はこうした点で先見の明を示す必要があるのですが、欲の皮が突っ張った自民党にはその先見の明がなかったのです。
これを嘆くだけでは済みません
現実に生活が社会が悪くなってしまっているからです。
政治家の考える国家像、社会像が間違っているからこのような社会になってしまったのです。

今日の状態にしたのは主に自民党が原因であることは明らかです。
その自民党を支持して来た国民にも責任があり同罪です。
加えて、戦後のアメリカ依存の経済も原因であることも明らかです。

国家、社会が窮状に陥っている最大の原因は農業中心の暮らしではなく都会のサラリーマン中心の社会で国民の大多数が生きていることです。
農業などの1次産業に携わる人が余りにも少なすぎるのです。
その理由は農業だけでは生活が成り立たないからです。
これも政府の政策の誤りが原因であることは明白です。

都会で暮らすことは、あらゆることを他人に依存した生活となります
また、多くの生活費を必要としそのために多くの時間働く必要があります
今のように仕事がままならないと生活に行き詰まり、国の支援がなければやっていけない状況になってしまうのです。
更には、アメリカのイラン攻撃の煽りを受けて物価が高騰し益々生活が苦しくなって来ています。

今、世界はどの国も似たようなものです。
日本が何とか生活を維持出来ているのは産業界が頑張って貿易や国内産業を維持しているからです。
有効な手段を持たない国ではデモを行って訴えていますが、その内暴動に発展するかも知れません。
日本は江戸時代から農民が我慢を強いられて来た歴史があり苦難にあっても工夫し頑張ることが出来る国なので暴動にまで発展することはないかも知れません。

では世界の状況を誰が決めているのでしょうか
トランプやプーチンといったごく少数の国のリーダーが世界の情勢を決め、世界中の人々の暮らしを困窮させているのは事実です。

今日本では熊が住宅街に出没し荒らし回っていますが、同じように世界中をこの二匹の野獣が荒らし回っているのです。

 

ヨハネへの啓示には「二匹の野獣」について記されています。
ただし、この二匹の野獣がアメリカとロシアもしくはトランプとプーチンを指しているかは明確ではありません
しかし、聖書に記されている「二匹の野獣」は「」すなわち悪魔またサタンと呼ばれるこの世の支配者、天から投げ落とされ地に大きな災いをもたらす者に「力と座と権威を与えられた存在政治思想と政治組織」であると考えられています。
-ヨハネ12:31、ヨハネ(一)5:19

初めに「」について次のように述べられています。
啓示12:3-4、7-9、12
3 また,別のしるしが天に見えた。見よ,火のような色の大きな龍であって,七つの頭と十本の角があり,その頭には七つの王冠があった
4 その尾は天の星の三分の一を引きずって,それを地に投げ落とした。

7 また,天で戦争が起こった。ミカエルとその使いたちが龍と戦った。龍とその使いたちも戦ったが,
8 優勢になれず,彼らのための場所ももはや天に見いだされなかった。
9 こうして,大いなる龍,すなわち,初めからの蛇で,悪魔またサタンと呼ばれ,人の住む全地を惑わしている者は投げ落とされた。彼は地に投げ落とされ,その使いたちも共に投げ落とされた

12 このゆえに,天と[天]に住む者よ,喜べ! 地と海にとっては災いである。悪魔が,自分の時の短いことを知り,大きな怒りを抱いてあなた方のところに下ったからである」。

次に示されている二匹の野獣は共に神によって滅ぼされることになっています。
啓示13章
そして[龍]は海の砂の上に立ち止まった。
また,わたしは一匹の野獣が海から上って行くのを見た。十本の角と七つの頭があり,その角の上には十の王冠があったが,その頭には冒とく的な名があった。
(参考:この表現は啓示12章の「火のような色の大きな龍」に似ています)

 

2 さて,わたしの見た野獣はひょうに似ていたが,その足は熊の[足]のようであり,その口はライオンの口のようであった。そして,龍は自分の力と座と大きな権威を[その野獣]に与えた。
(参考:この野獣は[龍]の、いわば代理のような存在であることが分かります。
 それゆえ、その姿が似ているのです)

3 そしてわたしは,その頭の一つがほふられて死んだかのようになっているのを見た。しかし,その致命的な打ち傷はいえた。それで,全地は感服してその野獣に従った
4 そして彼らは,野獣に権威を与えたことで龍を崇拝し,また,「だれがこの野獣に等しいだろうか。いったいだれがこれと戦いうるだろうか」と言って野獣を崇拝した。
(参考:現実にこれを意識している者も政治組織もいないように見えます。
 おそらく、これらの実体は、結果から判断する以外今のところ方法はありません

5 そして,大いなることや冒とく的なことを語る口がそれに与えられ,また,四十二か月のあいだ行動する権威が与えられた。
(参考:この四十二か月、つまり、3年半の振る舞いについても明確ではありません。
 期間の長さから言えば、第二次世界大戦の期間と一致しますが、これも定かではありません)

6 そして,それは口を開いて神を冒とくした。そのみ名と住まい,さらには天に住む者たちを冒とくするためであった。
7 そして,聖なる者たちと戦って彼らを征服することが許され,あらゆる部族と民と国語と国民に対する権威がそれに与えられた
 そして,地に住む者は皆それを崇拝するであろう。ほふられた子羊の命の巻き物には,彼らのうちのだれの名も,世の基が置かれて以来書かれていない
(参考:一見すると「政治組織による聖なる者たちへの世界的な弾圧」のように思えますが、実際に

 は、「霊的な戦い」のことを示しています)

9 耳のある者がいるなら,聞きなさい。
10 捕らわれの身となる[はずの]者がいるなら,その者は捕らわれの身となる。剣で殺す者がいるなら,その者は剣で殺されなければならない。ここが聖なる者たちの忍耐と信仰を意味するところである。
11 また,わたしは別の野獣が地から上って行くのを見た。それには子羊のような二本の角があった。それは龍のように話しはじめた。
12 そして,第一の野獣のすべての権威をその前で行使する。また,地とそこに住む者たちに,致命的な打ち傷のいえた第一の野獣を崇拝させる
13 また,大いなるしるしを行なって,人類の前で火を天から地に下らせることさえする。
14 そして,野獣の前で行なうことを許されたしるしによって地に住む者たちを惑わし,一方では,剣の一撃を受けながら生き返った野獣のために像を作るようにと地に住む者たちに言う。
15 またそれには,野獣の像に息を与えることが許された。それによって野獣の像は話すようになり,また,野獣の像をどうしても崇拝しない者たちをみな殺させるようにするのである。
16 またそれは,すべての人,すなわち,小なる者と大なる者,富んだ者と貧しい者,自由な者と奴隷を強制して,その右手や額に印を受けさせ,
17 また,その印,つまり野獣の名もしくはその名の数字を持つ者以外にはだれも売り買いできないようにする
(参考:最初の野獣の正体は政治組織、つまり、支配者や王であるかのような表現となっていますが、

 実際の政治的組織とは限りません。
 例えば、ローマ5:14では、「死」が王として支配したと述べられています。
 したがって、最初の野獣とは「民主主義と自由」を指す可能性もあると思われます。
 実際、第二次世界大戦ではこれらが全く失われましたが、戦後それは復活し再び生き返り今尚世界の

 人々の、いわば、崇拝の対象となっています。
 二匹目の野獣は政治組織であり最初の野獣を崇拝させるとは人々を強制的に従わせること、つまり、

 民主主義と自由を世界中に強要することであり、加えて、印を受けさせ売り買いが出来ないようにす

 るとは、民主主義と自由を建前に条約などを締結するかそのグループに入る必要のあることを示して

 いると思われます。
 例えば、トランプ関税のような)

18 ここが知恵の関係してくるところである。そう明な者は野獣の数字を計算しなさい。それは人間の数字なのである。そして,その数字は六百六十六である。

啓示17章
また,七つの鉢を持つ七人のみ使いの一人が来て,わたしと話してこう言った。「さあ,多くの水の上に座る大娼婦に対する裁きをあなたに見せよう。

(啓示17章15から、この水は「[もろもろの]民と群衆と国民と国語」を表わしています)


2 地の王たちは彼女と淫行を犯し,地に住む者たちは彼女の淫行のぶどう酒に酔わされた」。
3 そして彼は,霊[の力]のうちにわたしを荒野に運んで行った。そこでわたしは,冒とく的な名で満ちた,七つの頭と十本の角を持つ緋色の野獣の上に,ひとりの女が座っているのを目にした。

(この野獣は啓示12章の「火のようないろの大きな龍」を指しているように思われますが、啓示13章 

 の海から上ってくる野獣だと思われます)


4 また,その女は紫と緋で装い,金と宝石と真珠で身を飾り,手には,嫌悪すべきものと彼女の淫行の汚れたものとで満ちた黄金の杯を持っていた。
5 そして,額にはひとつの名が書いてあった。それは秘義であって,「大いなるバビロン,娼婦たちと地の嫌悪すべきものとの母」というものであった。
6 またわたしは,その女が聖なる者たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た。
さて,彼女を目にした時,わたしは非常に不思議に思った。
7 すると,み使いがわたしに言った,「なぜ不思議に思ったのか。わたしは,女と,その[女]を運んでいる,七つの頭と十本の角を持つ野獣の秘義をあなたに告げよう。
8 あなたの見た野獣はかつていたが,今はいない。しかし底知れぬ深みからまさに上ろうとしており,そして去って滅びに至ることになっている。こうして,その野獣がかつてはいたが,今はおらず,後に現われるようになるのを見る時,地に住む者たちは驚いて感心するであろう。しかし彼らの名は世の基が置かれて以来命の巻き物に書かれていない。
9 「ここが知恵の伴うそう明さの関係してくるところである。七つの頭は七つの山を表わしており,その上にこの女が座っている。
10 そして七人の王がいる。五人はすでに倒れ,一人は今おり,他の一人はまだ到来していない。しかし到来したなら,少しの間とどまらなければならない。
11 そして,かつていたが今はいない野獣,それ自身は八人目[の王]でもあるが,その七つから出,去って滅びに至る。
12 「また,あなたが見た十本の角は十人の王を表わしている。彼らはまだ王国を受けていないが,一時のあいだ野獣と共に王としての権威を受けるのである。

(この十本の角は、啓示12章や13章の十本の角とは異なる存在です。

 なぜなら、王冠を受けていないからです)


13 これらの者は一つの考えを抱き,それゆえに自分たちの力と権威を野獣に与える。
(参考:十人の王たちは自分の力と権威を野獣である八人目の王に与えると示されています。
 つまり、八人目の王に全権を委ね、また、従うことを意味しています。
 これは、民主主義と自由を推し進めることを意味しているのかも知れません)

14 これらの者は子羊と戦うであろう。しかし子羊は,主の主,王の王であるので,彼らを征服する。また,召され,選ばれた忠実な者たちも彼と共に[征服する]」。
(参考:十人の王は人間ですが、八人目の王は人間の思想だと思われます。
 一方、子羊は天にいるみ使いのような存在です。
 したがって、この戦いは人間の戦いではなく「霊的な戦い」です)

15 また彼はわたしに言う,「あなたの見た,娼婦が座っているところは,[もろもろの]民と群衆と国民と国語を表わしている
16 そして,あなたの見た十本の角,また野獣,これらは娼婦を憎み,荒れ廃れさせて裸にし,その肉を食いつくし,彼女を火で焼き尽くすであろう。
(参考:十本の角は王冠を受けていない存在であり、これらが娼婦を滅ぼすと述べられています。

 双方とも人間の組織なので、文字通りにこの通りになると思われます。

 そこに野獣つまり民主主義と自由が加わるのかも知れません)

17 神は,ご自分の考えを遂行することを彼らの心の中に入れたからである。すなわち,彼らの王国を野獣に与えて[彼らの]一つの考えを遂行し,神の言葉の成し遂げられるに至ることである。
18 そして,あなたの見た女は,地の王たちの上王国を持つ大いなる都市を表わしている」。
(参考:例えば、バチカン市国は、イタリアのローマ市内に位置し、面積約0.44平方キロメートル、人

 口約800人の世界最小の独立国家で、カトリック教会の総本山としてローマ教皇が統治する宗教国家

 です。
 このローマ教皇は,[もろもろの]民と群衆と国民と国語からなるカトリックの信者のトップであり、い

 わば、大娼婦的存在であり、この組織に属し世界中に散らばっているカトリック教会が娼婦的存在で 

 あり、この宗教国家の在り方古代のバビロンのようであるならば「この大娼婦である女」は「大 

 いなるバビロン」でありバチカン市国を表わすものとなります、今のところ、十人の王や八人目 

 の王で表わされる存在、もしくは、グループがこの宗教国家を攻撃する気配は殆ど見られません

 で、この都市の実体別の存在と思われます
 ただし、注視している必要はあります

野獣たちの結末はどうなるのでしょうか。
啓示16章
13 そしてわたしは,かえるのように[見える]三つの汚れた霊感の表現が,龍の口から,野獣の口から,偽預言者の口から出るのを見た。
14 それらは実は悪霊の霊感による表現であってしるしを行ない,また人の住む全地の王たちのもとに出て行く。全能者なる神の大いなる日の戦争に彼らを集めるためである。
15 「見よ,わたしは盗人のように来る。目ざめていて自分の外衣を守り,裸で歩いて自分の恥を人に見られることがないようにする者は幸いである」。
16 そして,それらは[王たち]を,ヘブライ語でハルマゲドンと呼ばれる場所に集めた
(参考:文字通り、世界中の政治レーダーたち(王たち)とその軍隊を1か所に集めることは不可能

 す。
 それゆれ、これは一つの状態を示していると思われます)

啓示19章
11 また,わたしは天が開かれているのを見た。すると,見よ,白い馬が[いた]。そして,それに乗っている者は忠実また真実ととなえられ,その者は義をもって裁き,また戦う。
12 彼の目は火の炎であり,頭には多くの王冠がある。彼には記された名があるが,彼自身のほかはだれもそれを知らない。

頭に多くの王冠があるということは、神の戦いにおいて様々な立場、リーダーとしての役割もしく

 は権限を与えられていることを示しています)


13 そして,彼は血の振り掛かった外衣で身を装っており,そのとなえられる名は神の言葉である。
14 また,天にある軍勢が白い馬に乗って彼の後に従っていたが,彼らは白くて清い上等の亜麻布をまとっていた。
15 そして,彼の口からは鋭くて長い剣が突き出ている。それによって諸国民を討つためである。また彼は,鉄の杖で彼らを牧する。また,全能者なる神の憤りの怒りのぶどう搾り場も踏む。
16 そして,彼の外衣に,実にその股[のところ]に,王の王また主の主と書かれた名がある。
17 わたしはまた,ひとりのみ使いが太陽の中に立っているのを見た。彼は大声で叫び,中天を飛ぶすべての鳥に言った,「さあ,来なさい,神の大きな晩さんに集まれ。
18 王たちの肉,軍司令官たちの肉,強い者たちの肉,馬とそれに乗る者たちの肉,そしてすべての者,すなわち自由人ならびに奴隷および小なる者と大なる者の肉を食べるためである」。
19 そしてわたしは,野獣と地の王たちとその軍勢が,馬に乗っている方とその軍勢に対して戦いをするために集まっているのを見た。(参考:啓示16:13-16)
20 そして,野獣は捕らえられ,それと共に,[野獣]の前でしるしを行ない,それによって,野獣の印を受けた者とその像に崇拝をささげる者とを惑わした偽預言者も[捕らえられた]。彼らは両方とも生きたまま,硫黄で燃える火の湖に投げ込まれた

(啓示13:11で示されている二匹目の野獣のことを「偽預言者」と述べています)


21 しかし,そのほかの者たちは,馬に乗っている者の長い剣で殺された。その[剣]は彼の口から出ているものであった。そして,すべての鳥は,彼らの肉[を食べて]満ち足りた。
(参考:民主主義と自由の信奉者、思想家と宗教家などが事物の体制と共に滅びることを意味してい

 ると思われます。

 その裁きの根拠は口から出ている長い剣すなわち「神の言葉」です)

 

白い馬と白くて清い上等の亜麻布は「神の義の戦い」を示しています。

神の側と悪魔の側の、いわば「天王山の戦い」です。
この戦いに勝利するのは決まっています。
それは神の側です。
つまり、悪はすべて滅びるということです。
悪魔とその使いたちだけではなく、地上の政府とその軍隊のみならず悪を行うすべての人々が滅びるということです。

冒頭に述べた日本の政治に携わる議員のみならず国民の大多数もこの人々に含まれるのです。

この滅びを生き残るための方法については、これまでも繰り返し述べて来ました
しかし、現実は以下の通りです。
マタイ24章
36 「その日と時刻についてはだれも知りません。天のみ使いたちも子も[知らず],ただ父だけが[知っておられます]。

37 人の子の臨在はちょうどノアの日のようだからです。
38 洪水前のそれらの日,ノアが箱船に入る日まで,人々は食べたり飲んだり,めとったり嫁いだりしていました。
39 そして,洪水が来て彼らすべてを流し去るまで注意しませんでしたが,人の子の臨在[の時]もそのようになるのです。
40 その時二人の男が野にいるでしょう。一方は連れて行かれ,他方は捨てられるのです。
41 二人の女が手臼をひいているでしょう。一方は連れて行かれ,他方は捨てられるのです。
42 それゆえ,ずっと見張っていなさい。あなた方は,自分たちの主がどの日に来るかを知らないからです。
43 「しかし,一つのことを知っておきなさい。家あるじは,盗人がどの見張り時に来るかを知っていたなら,目を覚ましていて,自分の家に押し入られるようなことを許さなかったでしょう。
44 このゆえに,あなた方も用意のできていることを示しなさいあなた方の思わぬ時刻に人の子は来るからです

人々こうした警告に注意を払うことがなく、その日まで普通に生活をしているのです。
これが現実なのです。
惑わされてはなりません
世の中が平和になったとしても、ある日突然滅びるのです。

テサロニケ(一)5:1-3
さて,兄弟たち,時と時期については,あなた方は何も書き送ってもらう必要がありません。

2 エホバの日がまさに夜の盗人のように来ることを,あなた方自身がよく知っているからです。

3 人々が,「平和だ,安全だ」と言っているその時,突然の滅びが,ちょうど妊娠している女に苦しみの劇痛が臨むように,彼らに突如として臨みます彼らは決して逃れられません。 

わたしのブログにようこそ!
初めに申し上げたいことがあります。
「真理」を探究したい人に継続して読んで頂きたいと思っています。
「聖書の真理」を探究する人たちに継続して読んで頂くことがわたしの願いです。

 ものみの塔の信者たちへ
このブログを読んでも[聖書]に対する背教にはなりません
ものみの塔の教えに偏るのではなく、聖書の正しい理解に努めましょう。

クリスチャンではない人たちへ
聖書に対する思い込みや偏見をなくし実際に読んでみて下さい。
聖書は歴史の書でもあり物語風に書かれているので、例えば、創世記、出エジプト記、裁き人、ルツ記、などは興味深く読めます。 

法律に関心のある人なら、申命記やレビ記などから律法の内容とその精神を知ることが出来ます。
また、これらを通じて神の考えも少なからず理解することも出来ます。

 

試練や苦難に直面している人ならヨブ記からヨブの精神とその報いについて知ることが出来ます。
知恵に関心のある人なら、箴言、伝道の書から多くの事を学ぶことが出来ます。

ダビデのついて関心のある人なら、サムエル記第一と第二の書からゴリアテを倒すことから始まりイスラエルの2代目の王となる経緯や王としての活動やバテシバとの罪、ソロモンの誕生、ソロモンが3代目の王になった経緯などを知ることが出来ます。

世界の趨勢、特に強国と言われる覇権を持つ国の歴史に関心のある人なら、ダニエル書から実名によりその変遷を知ることが出来ます。

イエス・キリストの活動や発言に関心のある人なら、四福音書と言われる、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる書から、四人による記録から知ることが出来ます。
イエスが亡くなった後の弟子たちの活動に関心がある人なら使徒たちの活動から知ることが出来ます。この書は医師でもあったルカが記したものです。
ちなみに、このルカはイエスの十二使徒の一人ではありません。
マタイ、マルコ、ヨハネはイエスの十二使徒の一人です。
 
クリスチャンとしての振る舞いや助言に関心のある人ならローマ人への手紙からユダの手紙までの21通の手紙から多くのことを学ぶことが出来ます。

 いきなり全体を、すべてを理解しようとするのではなく、関心のあるテーマについてのみに読んでも「価値のある内容」です。

また、聖書は預言の書でもあります。
神の預言は聖書全体を貫いているので、初めから理解することは難しいことです。

しかし、イエスが言われたご自身の「臨在」と「事物の体制の終わり」についてのしるしに、つまり、今の世の終わりに関心のある人なら、マタイ24章以降とヨハネへの啓示の書(最後の書)から知ることが出来ます。

人間としての道徳、生き方に関心のある人なら、マタイ5章から7章の、いわゆる山上の垂訓から学ぶことが出来ます。

聖書を読む時には、初めは言葉じりに捕らわれることなく、文脈から内容の意図を理解する必要があります。
そうしないと正しい理解、偏見のない知識にはなりません。

 更に、聖書全体に精通し理解したいと思うなら、聖書の読み方に関する、わたしのブログ、
1 「聖書を読むべき理由」-2024年2月25日
2 「聖書のコラム-34(なぜ聖書の理解が深まらないのでしょうか)」-23年9月19日
の二つの記事を参考にして下さい。
きっと、役に立ちます。 

 

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:大小様々な災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いの 
 ことです。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えています。      
 七番目のラッパが最後のラッパですが、その最後に七つの神の怒りの鉢が順番に注ぎ込まれるこ
 とになっています。
 その七番目の鉢が地上に注ぎ込まれることが、神が[今の地上]に対して行われる最後の部分の 
 最後の災いとなります。 
 参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません。
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい。
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません。
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
(神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人
 になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適
 用されます。
 したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです)

コリント(一)15章
33 惑わされてはなりません。悪い交わりは有益な習慣を損なうのです。
34 義にしたがって酔いから覚めなさい。罪を習わしにしてはなりません。神についての知識を持たない人たちがいるからです。
-コリント(一)15:33-34

創世記9章(ノアの大洪水直後に人類に与えらえた神の警告
次いで神はノアとその息子たちを祝福してこう言われた。「子を生んで多くなり,地に満ちよ。
2 そして,あなた方に対する恐れ,またあなた方に対するおののきは,地のあらゆる生き物と天のあらゆる飛ぶ生き物,地面を動くあらゆるもの,また海のすべての魚に引き続きとどまるであろう。それらは今あなた方の手に与えられる。
3 生きている動く生き物はすべてあなた方のための食物としてよい。緑の草木の場合のように,わたしはそれを皆あなた方に確かに与える。
4 ただし,その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない。
5 さらにわたしは,あなた方の魂の血の返済を求める。すべての生き物の手からわたしはその返済を求める。人の手から,その兄弟である各人の手から,わたしは人の魂の返済を求める。
6 だれでも人の血を流す者は,人によって自分の血を流される。神は自分の像に人を造ったからである。
7 そしてあなた方は,子を生んで多くなり,地に群がってそこに多くなれ」。
(これは殺人だけではなく傷害もあるいは誰かを介しても同じ罪を問われるというものです。
 この命令の神の意図は「血を神聖なものとして扱うように」というものです。
 なぜなら、命は血によって支えられているからです。
 つまり、血を神聖なものとして扱うということは、すなわち「命を神聖なものとする」というこ
 となのです。
 「神聖なものとする」とは、神によって「神のものとして取り分けられたもの」という意味があり
 ます。
 したがって、血も、血によって支えられる命も「神のもの」なのです。

 では、自分の「命」を支えるために「自分や他人の血を用いる」こと(輸血など)はどうでしょ 
 うか。
 全血ではなく血液の一部である「血漿」などを用いることはどうでしょうか。
 こうしたことは明らかに「血を神聖なもの」として扱っていないことです。
 神はこうしたことに対しても「血の返済」を求めるのです。
 したがって、淫行と同じく血に関するあらゆることを「避ける」ことは、自分の命に係わること 
 なのです。 
 
 参考:神が定めた女性の生理は、聖書では「汚れ」であり「身体を清める」ようにと律法の中で 
 示されています。
 女性の妊娠出産はいわば「血の代償」としての命でもあります。 
 ちなみに、生理のある生き物は他にも存在していますが、人間のように生理が長く、かつ、繰り 
 返しある生きものはいません)
  

 

今回は、神の知恵と世の知恵についての話です。

  

初めは人間の知恵とその愚かさについてです。
人間的に見れば皆頭が良くなることを目ざし、また、自慢するものです。
つまり、皆頭が良く賢くなることを望んでいるということです。
それは自尊心のためでもありますし、誰かにバカにされないためでもあります。

人は誰でも「愚かな人間を蔑(さげす)み」、頭の悪い人をバカにするのです。
 

誰でも、学校で成績が良くなるように、また、今より更に上に行けるように勉学に励むものです。
受験とて同じです。
良い学校へ入学するには入試で他の人に勝つ必要があります。
仕事でも成果を上げるには事前準備や優れた計画が必要となります。
スポーツでも相手に勝つためには己を鍛えることに加えて作戦が必要となります。
相手の弱点を執拗に攻めることや罠や騙し討ちも作戦の内です。

そのためのアイデアは大抵頭の良い人や賢い人が提案するものです。

人はなぜ多くの知識を求めたり職人のようでなくても高い技術を身に付けようとするのでしょうか。
また、洞察力や理解力で物事を深く考えようとするのでしょうか。

多くの場合こうしたことは[正しい人間としての生き方の追求]であり、また、競争に勝つためです。
競争に勝つことは、立場を更に良くすることであり利益を上げることであり物事を推し進めることです。

最近では技術を活用し、人間の能力以上のことが出来るようになって来ました
例えば、AIを用いた画像診断で人間には気が付かないガンなどの診断が可能となって来ました。
また、ドローンが登場し間もないですが、既に多くの現場で利用され、ついに、戦争で兵士やロケットに変わる存在となり敵に打撃を与えています。
AIの登場はドローンよりも最近の出来事ですが、このAIに多くのことを学習させることで、いわゆる、ディープラーニング技術で人間の能力をはるかに超える判断を下したり、人間に多くの知識を提唱したり人間と対話することが出来、今ではどのブラウザでも検索エンジンにAIが用いられ場面に応じて返答がなされるようになりました。
残念なことに、AIもドローン兵器に搭載され、ターゲットを自動識別し攻撃することさえ行われています。
最も、この技術でウクライナはロシアとの戦いで戦況を好転させています。
これに対してプーチンはロシアには武器弾薬が少なくなってもロケット弾や核ミサイルもあり、いつでもウクライナ全体を壊滅に追い込むことが出来るという「思い上がり」があり、ドローンは「蚊のような存在」としか見ていないようです。
それでも、プーチンは理性を働かせ核ミサイル攻撃はしないと思います。
もし、使用すればロシア自体も滅ぶことになるからです。

便利な物や効率や効果を上げることの追求人間の欲望の現れです。
AIはそれを用いる人間に「知識と理解」を与えてくれますが、こうしたAIなど機械で物事を行うことは、人間性の排除、つまり、良心や善悪の判断の排除に他なりません。
人間に変わり危険な現場で作業したり長時間労働や加重労働や、人間には出来ない細く小さい作業をしたり、また、空中などから物事を正確に把握する技術としては優れていても理性のないものに人間の判断を委ねることは、一般に懸念されているように非常に危険なことです。

このような技術プログラミング技術の向上によるものです。
最近のプログラムの多くはPython・TypeScript(JavaScript)・Go・Rust・Kotlin・Swiftなどが特に注目されており、AI・Web・モバイル・クラウドといった分野ごとに使い分けられています。
おそらくOSのカーネル部分に関わるものは依然としてCもしくはC++言語ですし、実行ファイルを作るいわゆるマシン語としてのアッセンブラは変わっていませんが、上記の言語はこれらの言語の上で稼働するソフトウェア言語なのです。
特に、PythonはJavaに比べて小さいプログラムがパーツ化されており非常に「書きやすい」というか「作り易い」言語です。
Pythonはニシキヘビを意味する語でもあり挿絵にも用いていますので、少し気味が悪いと思うこともあります。

すべからくこうした技術革新の原動力人間の競争であり欲望であることは明白です。

つまり、人間は己の欲のために自分や他人の知能や技術を利用しているということです。

人は、世の中便利になったと喜んでいますが、一方では便利な物ほど大きな危険が潜んでいるのです。
悪賢い人は気が付かない点に注目し競争相手を妨害したりランサムウェアのようにお金を要求する犯罪に利用しているのです。
更には最近の「トクリュウ」型犯罪では秘匿性の高い通信アプリを用いて、かけ子、受け子、実行役、指示役、などを高収入バイトとして不特定多数に募集を掛け、お金に困った若者がこれに応募し抜けられなくなっていることは周知の事実です。

今や小学生でもソフトを作れます


UNIXをやったことのある人なら誰でも知っていますが、サーバーやファイルへのアクセス権の設定を操作出来る人なら誰でもどのサーバーにでも侵入出来るのです。
そして、ファイルをコピーすることも改ざんすることも出来るのです。
通常は、そのファイルの所有者しかアクセスできないのですが、アクセスすることは可能なのです。

こうしたプログラムと関係がありますが、FBIやCIAなどアメリカの政府機関は通信傍受にソフトウェアやアクセス権などを乱用していることも明白です。
そのようにして、世界中の通信を傍受しアメリカ政府やアメリカに危害を加えるグループや特定の言葉を用いたメールなどをすべてピックアップし緊急レベル、危険レベルなどの判定をさせそれを人間が見て「悪用」しているのです。
ネタニヤフがイランの情報を入手する方法も同じです。
トランプ暗殺計画は、イスラエルが入手した情報と言われていますがこうした状況の中で掴んだ情報なのです。
おそらく、イラン政府による計画ではないことは確かでしょう。
イランは初めから戦争を望んではいないからです。
戦争を望んでいるのはトランプとネタニヤフとプーチンの三人だけなのです。
この三人は殺しても飽き足らない人物と言えます。
世界中の誰もが死んで欲しいと願っている人物です。
最も、この三人が実際に死んでも同じような人物は雑草の如く直ぐに現れるものですが。

技術を開発する人の大半はこうした悪用のことは殆ど考えていないものです。
悪用するのは作った人ではなくそれを利用する人なのです。

頭の良い人は優れたものを作ります。
人類のして来たことは、結果を見れば優れた知能を「悪いことのために用いて来た」と言えます。
人間の最も愚かな一面です。
そして、その知能人間を傲慢にし「好き勝手をしている」のです。

個人的にはこうした世は間もなく神によって滅ぼされることを知っていますが、知らずに今の世の中がすべての人々はこうした状況の中でも何とかしようともがいているのが目に見えるようです。

それでもある人々、特に日本のように比較的平和な社会では「自分には関係のないこと」として呑気に生活している人々が多いのも事実です。
今この時点でも戦争や貧困や災害で喘いでいる人々は少なくとも数億人はいるのです。
そうした人々を支援するのではなくそうした人々が出ないようにすることが重要なのです。

もし国同士の争いがなければ、こうした苦難に喘いでいる人々を助けることも出来るのです。
こういう意味でもトランプ、ネタニヤフ、プーチンの罪は計り知れないほど大きいのです。
その規模ではヒトラー以上なのです。
アメリカの歴代の大統領とソ連(ロシア)の歴代の指導者の歴史は「血で塗られた歴史」です。

誰でも人の血を流すものはその罰を受けることになるのです。
創世記9:6
6 だれでも人の血を流す者は,人によって自分の血を流される
という神の宣言はすべての人に適用されるのです。

パウロは神の知恵が優れていること人間の知恵の愚かさを次のように指摘しています。
コリント(一)1:18-31
18 苦しみの杭についての話は,滅びゆく人々にとっては愚かなことですが,救われつつあるわたしたちにとっては神の力なのです。
19 「わたしは賢人たちの知恵を滅ぼし,知能のたけた者たちのそう明さを押しのける」と書いてあります。
20 賢い人はどこにいるのですか。書士はどこにいますか。この事物の体制の弁論家はどこですか。神は世の知恵を愚かなものとされたのではありませんか。
21 神の知恵によることでしたが,世はその知恵を通して神を知るに至らなかったので,神は宣べ伝えられる事柄の愚かさを通して,信じる者を救うことをよしとされたのです。
22 ユダヤ人はしるしを求め,ギリシャ人は知恵を求めます。
23 しかしわたしたちは杭につけられたキリストを宣べ伝えるのです。これは,ユダヤ人にとってはつまずきのもとであり,諸国民にとっては愚かなことです。
24 しかし,召された者にとっては,ユダヤ人にもギリシャ人にも,神の力また神の知恵なるキリストなのです。
25 神の愚かな事柄は人間より賢く,神の弱い事柄は人間より強いからです。
26 兄弟たち,あなた方が自分たちに対する[神の]召しについて見ていることですが,肉的に賢い者は多くなく,強力な者も多くなく,高貴な生まれの者が多く召されたのでもありません。
27 むしろ,神は世の愚かなものを選んで,賢い人々が恥を被るようにされました。また,神は世の弱いものを選んで,強いものが恥を被るようにされました
28 また神は,世の卑しいものや見下げられたもの,無いものを選んで,有るものが無になるようにされました
29 それは,肉なる者がだれも神のみ前で誇ることのないためです。
30 一方,あなた方がキリスト・イエス,すなわち,わたしたちにとって,神からの知恵,また義と聖化,そして贖いによる釈放となられた方と結ばれているのは,[神]によることなのです。
31 「誇る者はエホバにあって誇れ」と書かれているとおりになるためです。

パウロがここで「キリストについての良いたより」に関して「神の知恵」が世の知恵より優れていることを指摘しています。
この「キリストについての良いたより」は、すべての人間の問題と今世界で起きているすべての問題を解決する神の手段」「神の知恵」の事なのです。

人の本質から言えば
箴言27:17
17 鉄はまさしく鉄によって研がれる。同じように,ひとりの人が他の人の顔を研ぐ。
とこの言葉にあるように、人は誰か(人)によって賢くされるのです。

頭が良いこと、すなわち学業における成績が良いことと賢さとは別のものであることは殆どの人は知っています。どちらが良いかは別として、

学業は一般的に記憶力、理解力、計算力、応用力、アイディアなどで決定しますが、
賢さはいわば知恵で決定します
悪賢さというのもありますから、賢さは必ずしも善とは限りません
したがって、人が賢くなるのは勉強によるものでもAIなどのような機械によるものではありません
遺伝による、いわば、その人の性質のようなものです。

しかし、本や助言などを活用すること人間の能力以上の賢さを表わすこともあります。
例えば、最近流行りのAIを活用し効果的に知識を取り入れることが出来れば、それを活用する賢さはAIを活用する前よりは数段向上していることは確かです。
しかし、こうしたことは人間的な観点の話であって、賢い者が悪いことや災難を避けたり苦難を乗り切ったりすべてを支配したり何でも思うように出来る訳ではないことも誰でも知っています。

知識においても、理解力においても、洞察力において、賢さにおいても本当に優れているもの「人間を超越したところ」にあります

力においても、知識においても、理解力においても、洞察力においても、物事を上手くやることにおいても、物事の道理においても、物事の善悪においても、正義を行い悪を退けることにおても、すべてにおいて勝っているのは神の知恵」です。
人間がこの「神の知恵」を得ることの出来る方法はただ一つまことの神を恐れ神に従うことです。
これ以上のものはありません。

神を恐れることが本当の賢さなのです。
箴言1章
イスラエルの王,ダビデの子,ソロモンの箴言。
2 [これは,]人が知恵と懲らしめを知り,理解のことばをわきまえ,
3 洞察力,義と裁きと廉直さを与える懲らしめを受け入れ,
4 経験のない者たちに明敏さを,若者に知識と思考力を与えるためのものである。
5 賢い者は聴いて,さらに多くの教訓を取り入れ,理解のある者は巧みな指導を得る人である。
6 [これは,]箴言と難解なことわざ,賢い者たちの言葉とそのなぞを理解するためである。

7 エホバへの恐れは知識の初めである知恵と懲らしめをただの愚か者は軽んじた

2章
我が子よ,あなたがわたしのことばを受け入れ,わたしのおきてを自分に蓄え,
2 そして,耳を向けて知恵に注意を払い,心を識別力に傾けるなら,
3 さらに,理解を求めて呼ばわり,識別力を求めて声を上げるなら,
4 銀を求めるようにそれを求めつづけ,隠された宝を求めるようにそれを尋ね求めつづけるなら,
5 そのとき,あなたはエホバへの恐れを理解し,まさに神についての知識をも見いだすことであろう
6 エホバご自身が知恵を与えてくださるからである。そのみ口からは知識と識別力が出る。
7 そして,廉直な者たちのために実際的な知恵を蓄えてくださる。忠誠のうちに歩む者たちのために,[神]は裁きの道筋を見守ることによって盾となってくださる。
8 また,ご自分の忠節な者たちの道を守ってくださる。
9 そのとき,あなたは義と裁きと廉直さと,良いことに関する行路全体を理解するであろう
10 知恵があなたの心に入り,知識があなたの魂に快いものとなるとき,
11 思考力があなたを守り,識別力があなたを保護するであろう。
12 それは,悪い道から,ゆがんだ事柄を話す者から,
13 闇の道を歩むために廉直の道筋を捨てる者たちから,
14 悪を行なうことを歓び,悪のゆがんだ事柄を喜んでいる者たちから,あなたを救い出すためである。
15 彼らの道筋は曲がっており,彼らはその行路全般にわたってねじくれている。
16 [また,]よその女から,自分のことばを滑らかにした異国の女から,あなたを救い出すためである。
17 その[女]は若い時の腹心の友を捨てて,自分の神の契約をも忘れたのである。
18 彼女の家は死へと沈んで行き,その進路は死んだ無力な者たちのもとに下る。
19 彼女と関係を持つ者はだれひとり帰って来ることなく,生ける者たちの道筋を取り戻すこともない。
20 その目的は,あなたが良い人々の道を歩み,義にかなった者たちの道筋を守ることである。
21 廉直な者たちが地に住み,とがめのない者たち[地]に残されるからである。
22 邪悪な者たちは地から断ち滅ぼされ,不実な者たち[地]から引き抜かれるのである。

人間が人間に復讐しないのであれば、いずれ神がすることになります。
これはモーセが神からの律法の書を完成させた時イスラエルの民に語った言葉の中の一節です。
申命記31:24-32:47
24 そして,モーセはこの律法の言葉を書に記し終えてそれを完成したが,
25 すぐにモーセはレビ人すなわちエホバの契約の箱を担う者たちに命じてこう言いはじめた。
26 「あなた方はこの律法の書を受け取って,あなた方の神エホバの契約の箱の傍らに置くように。それはそこにあってあなたに対する証しとなるのである。
27 このわたしは,あなたの反逆の傾向とこわいうなじとをよく知っているからである。わたしが今日生きてまだ共にいる間にあなた方がエホバに対して反逆の振る舞いをしたのであれば,わたしの死後にはなおさらであろう。
28 あなた方の各部族からすべての年長者を,そしてあなた方のつかさたちをわたしのもとに集合させなさい。わたしはこれらの言葉を彼らの聞くところで話し,天と地を彼らに対する証人とする。
29 わたしの死後あなた方がきっと滅びとなるような振る舞いをすることを,わたしはよく知っているのである。あなた方はわたしが命じた道からそれてゆくに違いない。後の日に災いがあなた方に降り懸かることになる。あなた方がエホバの目に悪とされることを行ない,自分たちの手の業によって怒りを起こさせるからである」。
30 それからモーセは,イスラエルの全会衆の聞くところでこの歌の言葉を最後まで語った

32章
「天よ,耳を向けよ,わたしに語らせよ。
地はわたしの口のことばを聞け。
 2 わたしの諭しは雨のように滴り,
わたしのことばは露のように流れ落ちる。
草に降る静かな雨,
草木に降る豊潤な雨のように。
 3 それはわたしがエホバの名をふれ告げるからだ。
わたしたちの神に偉大さを帰せよ!
 4 岩なる方,そのみ業は完全,
そのすべての道は公正である
忠実の神,不正なところは少しもない
義であり,廉直であられる
 5 彼らは自ら滅びとなることを行なった。
彼らはその子供ではない。その欠陥は彼ら自らのもの。
曲がってねじけた世代よ!
 6 エホバに対してあなた方はこのように行なってゆくのか。
愚鈍で知恵のない民よ。
それはあなたを生み出した父,
あなたを造り,あなたに安定を与えた方ではないか。
 7 昔の日々を思い出し,
代々にわたる過去の年月を思い見よ。
あなたの父に問え。彼は告げることができる。
あなたの年寄りたちに[聞け]。彼らはそれをあなたに言う。
 8 至高者が諸国民に相続分を与えた時,
アダムの子らを互いに引き離した時,
もろもろの民の境界を定めて,
イスラエルの子らの数を顧慮された。
 9 エホバの受け分はその民,
ヤコブはその受け継がれる割り当て分だからである。
10 これを荒野の地に見いだしてくださった。
人のいない,遠ぼえのする砂漠に。
彼を囲み,これを顧み,
ご自分のひとみのようにこれを守ってゆかれた。
11 鷲がその巣をかき立て,
巣立ちびなの上を舞い駆けり,
翼を広げてこれを受け,
羽翼に乗せて運ぶように,
12 ただエホバだけが終始彼を導き,
彼のもとに異国の神はいなかった。
13 彼を地の高い所に乗り進ませ,
それによって彼は野の産物を食べた。
また幾度も大岩から蜜を,
火打ち石のような固い岩から油を吸わせられた。
14 牛の群れからのバターと羊の群れからの乳を
雄羊の脂肪と共に,
また,バシャン育ちの雄羊と雄やぎを
小麦の腎の脂肪と共に。
そしてぶどうの血をあなたはぶどう酒として飲んでいた。
15 だが,肥え太ってくると,エシュルンはけり足を挙げた。
あなたは肥え太り,肥満し,飽食した。
そして彼は神を,自分を造ってくださった方を捨て,
自分の救いの岩を軽んじた。
16 彼らはよそからの神々をもってその方にねたみを起こさせ,
忌むべきものをもってしきりに怒りを起こさせた。
17 彼らは,神にではなく悪霊たちに犠牲をささげるようになった。
彼らの知らなかった神々,
近ごろやって来た新しい者,
あなた方の父祖たちがよく知らなかった者たちに。
18 あなたの父となった岩なる方をあなたは忘れた。
あなたは神を記憶から去らせるようになった。子を産む苦しみをもってあなたを産み出されたその方を。
19 エホバはそれをご覧になると,彼らを卑しまれるようになった。
その息子と娘たちがもたらした煩いのゆえに。
20 それでこう言われた。『わたしは彼らから顔を隠そう。
彼らの終わりが後にどうなるかを見よう。
彼らはゆがんだ世代,
忠実さのない子らであるから。
21 彼らは,神ではないものをもってわたしにねたみを起こさせた。
そのむなしい偶像をもってわたしをいら立たせた。
それでわたしも,民ではないものをもって彼らにねたみを起こさせ,
愚鈍な国民をもって彼らを怒らせる。
22 わたしの怒りの中で火は燃え立っており,
それはシェオルに,最も低い所にまでも燃えてゆく。
それは地とその産物を焼き尽くし,
山々の基を燃え立たせる。
23 わたしは彼らの上に災いを多くする。
わたしの矢を彼らの上に使う。
24 彼らは飢えのために力尽き,燃える熱病によって食い尽くされる。
また,苦い滅びによっても。
そして,獣の歯を彼らの上に送り,
塵にまろぶ爬虫類の毒液をそれに添える。
25 戸外では剣が,
屋内では不意の恐怖が彼らから奪い取る,
若者をも乙女をも,
乳飲み子をも白髪の者をも共に。
26 わたしは言うべきであった,「彼らを離散させ,
彼らについて語ることを死すべき人間の中から絶やそう」と。
27 そうしなかったのは,敵する者によるいら立たしさを恐れたためであった。
彼らに敵対する者たちがそれを取り違えることのないため,
「我々の手が勝っていた。
エホバがこのすべてを行なったのではない」などと言うことのないためであった。
28 彼らは思慮の滅び尽きる国民であり,
彼らのうちに悟りはない。
29 ああ,彼らが賢かったなら! そうしたら,彼らはこのことを熟考するであろう。
後に来る自らの終わりについて考察するであろう。
30 どうして一人が一千を追跡し,
二人が一万を敗走させ得よう。
岩なる者がそれを売り渡し,
エホバがそれを引き渡したのでないかぎり。
31 彼らの岩なる者はわたしたちの岩なる者のようではないのである。
実に,わたしたちの敵が決定を下す者となっている。
32 彼らのぶどうの木はソドムのぶどうの木から,
またゴモラの段丘から来た。
彼らのぶどうは毒ぶどう,
その房は苦い。
33 彼らのぶどう酒は大へびの毒液,
またコブラの無情な毒。
34 それはわたしのもとに蓄え置かれているのではないか。
封印を付されてわたしの倉の中に。
35 復しゅうはわたしのもの,また応報を加えることも
定めの時に彼らの足はよろめき行く。
彼らの災難の日は近く,
彼らのために用意された事柄は急ぎ行くのである』。
36 エホバはご自分の民を裁き,
ご自分の僕たちについて悔やまれるのである。
支えとなるものがうせ,
無力で無用な者だけがいるのをご覧になるからである。
37 そして必ずこう言われる。『彼らの神々はどこにいるのか。
彼らが避け所を求めたその岩は,
38 彼らの犠牲の脂肪を食べ,
飲み物の捧げ物のぶどう酒を飲んでいた者たちは。
彼らを立たせて,あなた方を助けさせよ。
彼らをあなた方の隠れ場とならせてみよ。
39 今こそ見よ,わたし,このわたしがその者である。
わたしのもとに神々はいない。
わたしは死に至らせ,また生かすこともする
わたしはいたく傷つけた。そしてこのわたしがそれをいやす。
わたしの手から奪い取る者はいない。
40 わたしは手を天に上げて[誓い],
「定めのない時までわたしが生きるごとく」とまさに言う。
41 わたしが自分のきらめく剣をまさしく研ぎ,
わたしの手が裁きを執るとき,
わたしは自分の敵対者たちに復しゅうし,
わたしを激しく憎む者たちに応報するのである。
42 わたしは自分の矢を血で陶酔させる,
わたしの剣が肉を食らう間に。
打ち殺された者と捕らわれた者たちの血で,
敵の指導者たちの頭をもって』。
43 諸国民よ,[神]の民と共に喜べ
[神]はその僕たちの血の復しゅうをされるからである。
ご自分の敵対者たちに報復し,
ご自分の民の地のために贖罪を行なわれるのである」。
44 こうしてモーセは,すなわち彼とヌンの子ホシェアとは,来て,この歌のすべての言葉を民の聞くところで語った。(参考:ホシェアとはヨシュアのことです)

45 モーセは,これらのすべての言葉を全イスラエルに語り終えて後,
46 彼らに対してさらにこう言った。「わたしが今日警告として話しているすべての言葉にあなた方の心を用いなさい。あなた方が自分の子らに命じ,注意してこの律法のすべての言葉を守り行なわせるためである。
47 それは,あなた方にとって無価値な言葉ではない。あなた方の命を意味し,あなた方はその言葉により,ヨルダンを渡って行って取得する地で自分の[命の]日を長くするのである」。

これはイスラエルが約束の地に入ってそこを征服する前のことでモーセの歌と言われているものです。
しかし、最後の部分は諸国民、つまり、イスラエルの人々以外の人に向かって、「神の復しゅう」を喜べと言っています。
約束の地の贖罪が行われ、神に敵対する者がいなくなることを示しています。
同じことが世界的な規模「神の復しゅう」が行われ、全地の贖罪を行われるのです。
その時、冒頭述べた「人間による知識や理解や賢さ]は何の役にも立たないのです。

 

ちなみに、誤解のないように述べておきますが、今のイスラエル人が主張する「約束の地」は、AD36に神に捨てられた、あるいは、取り上げられてしまったのです。

ですから、もはや彼らのものではないのです。

最後に、神の知恵に関してパウロは次のように述べています。
コリント(一)2:1-2:16
2章
兄弟たち,それでわたしは,あなた方のところに行った時,もったいぶった話し方や知恵を携えて行って神の神聖な奥義を告げ知らせるようなことはしませんでした。
2 わたしは,あなた方の間では,イエス・キリスト,しかも杭につけられた[キリスト]以外には何をも知るまいと決めたのです。
3 そしてわたしは,弱さと恐れのうちに,いたくおののきながらあなた方のところに行きました。
4 そしてわたしの話し方,またわたしが宣べ伝えた事柄は,説得のための知恵の言葉ではなく,霊と力の論証を伴うものでした。
5 それは,あなた方の信仰が,人間の知恵によらず,神の力によるものとなるためでした
6 さて,わたしたちは円熟した人たちの間では知恵を語ります。といっても,この事物の体制の知恵でも,この事物の体制の支配者たちの[知恵]でもありません。彼らは無に帰するのです
7 わたしたちが語るのは,神聖な奥義の中の神の知恵,隠された知恵です。それは,わたしたちの栄光のため,事物の諸体制の前に神があらかじめ定めたものです。
8 この[知恵]を,この事物の体制の支配者はだれひとり知るに至りませんでした。[それを]知っていたなら,栄光ある主を杭につけたりはしなかったでしょう。
9 しかし,「神がご自分を愛する者たちのために備えられた事柄は,目も見ず,耳も聞かず,人の心に上ったこともない」と書かれているとおりです。
10 神はそれを,ご自分の霊によって,このわたしたちに啓示されたのであり,霊がすべての事,神の奥深い事柄までも究めるのです
11 というのは,人の事柄は,その人のうちにある人間の霊を別にすれば,人々のうちいったいだれが知っているでしょうか。それと同じように,神の事柄も,神の霊を別にすれば,だれも知らないのです。
12 そこで,わたしたちが受けたのは,世の霊ではなく,神からの霊です。それは,そのご親切によって神から与えられている物事をわたしたちがよく知るようになるためです。
13 わたしたちはそれらの事も,人間の知恵に教えられた言葉ではなく,霊に教えられた[言葉]で話します。わたしたちは霊的な[こと]に霊的な[言葉]を結び合わせるのです。
14 しかし,物質の人は神の霊の事柄を受け入れません。それはその人には愚かなことだからです。また彼は[それを]知ることができません。それは霊的に調べるべき事柄だからです。
15 一方,霊的な人は実にすべての事柄を調べますが,その人自身はいかなる人によっても調べられません。
16 「だれがエホバの思いを知って,彼を教え諭すようになったであろうか」とあるのです。それでもわたしたちは,キリストの思いを持っているのです。

わたしのブログにようこそ!
初めに申し上げたいことがあります。
「真理」を探究したい人に継続して読んで頂きたいと思っています。
「聖書の真理」を探究する人たちに継続して読んで頂くことがわたしの願いです。

 ものみの塔の信者たちへ
このブログを読んでも[聖書]に対する背教にはなりません
ものみの塔の教えに偏るのではなく、聖書の正しい理解に努めましょう。

クリスチャンではない人たちへ。
聖書に対する思い込みや偏見をなくし実際に読んでみて下さい。
聖書は歴史の書でもあり物語風に書かれているので、例えば、創世記、出エジプト記、裁き人、ルツ記、などは興味深く読めます。 

法律に関心のある人なら、申命記やレビ記などから律法の内容とその精神を知ることが出来ます。
また、これらを通じて神の考えも少なからず理解することも出来ます。
試練や苦難に直面している人ならヨブ記からヨブの精神とその報いについて知ることが出来ます。
知恵に関心のある人なら、箴言、伝道の書から多くの事を学ぶことが出来ます。

ダビデのついて関心のある人なら、サムエル記第一と第二の書からゴリアテを倒すことから始まりイスラエルの2代目の王となる経緯や王としての活動やバテシバとの罪、ソロモンの誕生、ソロモンが3代目の王になった経緯などを知ることが出来ます。

世界の趨勢、特に強国と言われる覇権を持つ国の歴史に関心のある人なら、ダニエル書から実名によりその変遷を知ることが出来ます。

イエス・キリストの活動や発言に関心のある人なら、四福音書と言われる、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる書から、四人による記録から知ることが出来ます。
イエスが亡くなった後の弟子たちの活動に関心がある人なら使徒たちの活動から知ることが出来ます。この書は医師でもあったルカが記したものです。
ちなみに、このルカはイエスの十二使徒の一人ではありません。
マタイ、マルコ、ヨハネはイエスの十二使徒の一人です。
 
クリスチャンとしての振る舞いや助言に関心のある人ならローマ人への手紙からユダの手紙までの21通の手紙から多くのことを学ぶことが出来ます。

 いきなり全体を、すべてを理解しようとするのではなく、関心のあるテーマについてのみに読んでも「価値のある内容」です。

また、聖書は預言の書でもあります。
神の預言は聖書全体を貫いているので、初めから理解することは難しいことです。

しかし、イエスが言われたご自身の「臨在」と「事物の体制の終わり」についてのしるしに、つまり、今の世の終わりに関心のある人なら、マタイ24章以降とヨハネへの啓示の書(最後の書)から知ることが出来ます。

人間としての道徳、生き方に関心のある人なら、マタイ5章から7章の、いわゆる山上の垂訓から学ぶことが出来ます。

聖書を読む時には、初めは言葉じりに捕らわれることなく、文脈から内容の意図を理解する必要があります。
そうしないと正しい理解、偏見のない知識にはなりません。

 更に、聖書全体に精通し理解したいと思うなら、聖書の読み方に関する、わたしのブログ、
1 「聖書を読むべき理由」-2024年2月25日
2 「聖書のコラム-34(なぜ聖書の理解が深まらないのでしょうか)」-23年9月19日
の二つの記事を参考にして下さい。
きっと、役に立ちます。  

 

今回は、少し長くなりますので前文を省きたいと思います。 (字数が限られていますので)

****************************************    

  

今回は、最初の人間アダムとエバが罪を犯さなかったらどのような世界になっていたでしょうかという話です。

悪魔の目的真の神から人を引き離し、自分が神のようになることです。
マタイ4章
8 また,悪魔は彼をとりわけ高い山に連れて行き,世のすべての王国とその栄光とを見せて,
9 こう言った。「もしあなたがひれ伏してわたしに崇拝の行為をするならば,わたしはこれらのすべてをあなたに上げましょう」。
10 その時,イエスは彼に言われた,「サタンよ,離れ去れ!『あなたの神エホバをあなたは崇拝しなければならず,この方だけに神聖な奉仕をささげなければならない』と書いてあるのです」。

また、ヨブ記にあるように、悪魔は人間の忠誠を疑いまた多くの人が神から離れていることを示そうとしていることが分かります。
ヨブ記1章
6 さて,[まことの]神の子らが入って来てエホバの前に立つ日となった。サタンも彼らのただ中に入った。
7 そこで,エホバはサタンに言われた,「あなたはどこから来たのか」。するとサタンはエホバに答えて言った,「地を行き巡り,そこを歩き回ってきました」。
8 すると,エホバはまたサタンに言われた,「あなたはわたしの僕ヨブに心を留めたか。地上には彼のような人,とがめがなく,廉直で,神を恐れ,悪から離れている人はひとりもいないのだが」。
9 するとサタンはエホバに答えて言った,「ヨブはただいたずらに神を恐れたのでしょうか。
10 あなたが,彼とその家と彼の持っているすべてのものとの周りにくまなく垣を巡らされたではありませんか。彼の手の業をあなたは祝福されたので,その畜類は地にふえ広がりました。
11 しかし逆に,どうか,あなたの手を出して,彼の持っているすべてのものに触れて,果たして彼が,それもあなたの顔に向かってあなたをのろわないかどうかを[見てください]」。

ヨブ記2章
その後,[まことの]神の子らが入って来てエホバの前に立つ日となり,サタンもまた彼らのただ中に入ってエホバの前に立った。
2 そこでエホバはサタンに言った,「一体,あなたはどこから来たのか」。すると,サタンはエホバに答えて言った,「地を行き巡り,そこを歩き回ってきました」。
3 するとエホバはさらにサタンに言われた,「あなたはわたしの僕ヨブに心を留めたか。地上には彼のような者,とがめがなく,廉直で,神を恐れ,悪から離れている人はひとりもいないのだが。その上なおも彼は自分の忠誠を堅く保っている。あなたはわたしを駆り立てて彼に向かわせ,理由もなく彼を呑み尽くさせようとするのだが」。
4 しかしサタンはエホバに答えて言った,「皮のためには皮をもってしますので,人は自分の魂のためなら,持っているすべてのものを与えます。
5 逆に,どうか,あなたの手を出して,彼の骨と肉にまで触れて,果たして彼が,それもあなたの顔に向かってあなたをのろわないかどうか[を見てください]」。

ヨブ記の記述から、サタンつまり悪魔は神のみ使いの一人であることが分かります。
その悪魔が神に挑戦状を突き付けたのです。

結果は、ヨブは2度とも神に対し罪をおかしませんでした。
ヨブ記1章
20 そこでヨブは起きて,そのそでなしの上着を引き裂き,その頭の髪を刈り取り,地に伏し,身をかがめて,
21 こう言った。
「わたしは裸で母の腹を出た。
わたしは裸でそこに帰ろう。
エホバが与え,エホバが取り去られたのだ。
エホバのみ名が引き続きほめたたえられるように」。
22 このすべてのことにおいてヨブは罪をおかさず,また神に不当なことを帰さなかった

ヨブ記2章
9 ついに,その妻は彼に言った,「あなたはなおも自分の忠誠を堅く保っているのですか。神をのろって死になさい!」10 しかし,彼は彼女に言った,「無分別な女の一人が話すように,あなたも話す。わたしたちは[まことの]神から良いことだけを受けて,悪いことは受けないのだろうか」。このすべてのことにおいてヨブはその唇をもって罪をおかさなかった。

 

ヨブはアダムから受け継いだ罪のある人間でありながら神への忠誠を保ったのです。

試練の時の神との向き合い方の模範となったのです。


イエスは悪魔の誘惑を受けた時次のように返答しました。
イエスは悪魔の存在を、また、世の王国の支配者であることを否定しませんでした
悪魔も、本来は神に仕えるみ使いの一人であったのです。
マタイ4章
8 また,悪魔は彼をとりわけ高い山に連れて行き,世のすべての王国とその栄光とを見せて,
9 こう言った。「もしあなたがひれ伏してわたしに崇拝の行為をするならば,わたしはこれらのすべてをあなたに上げましょう」。
10 その時,イエスは彼に言われた,「サタンよ,離れ去れ!『あなたの神エホバをあなたは崇拝しなければならず,この方だけに神聖な奉仕をささげなければならない』と書いてあるのです」。
11 その時,悪魔は彼を離れた。

コリント(二)4章
3 そこで,もしわたしたちの宣明する良いたよりに事実上ベールが掛けられているとすれば,それは滅びゆく人たちの間でベールが掛けられているのであり,
4 その人たちの間にあって,この事物の体制の神が不信者の思いをくらまし,神の像であるキリストについての栄光ある良いたよりの光明が輝きわたらないようにしているのです。

ヤコブは悪霊たちも神がおられることを信じておののいているということを述べています。
ヤコブ2章
19 あなたは,ただひとりの神がおられることを信じているというのですね。なるほどそれはりっぱです。ですが,悪霊たちも信じておののいているのです。

悪魔はその後も神に罪を犯す者たちを探し求め日夜神に訴えていたのです。
啓示12章
7 また,天で戦争が起こった。ミカエルとその使いたちが龍と戦った。龍とその使いたちも戦ったが,
8 優勢になれず,彼らのための場所ももはや天に見いだされなかった。
9 こうして,大いなる龍,すなわち,初めからの蛇で,悪魔またサタンと呼ばれ,人の住む全地を惑わしている者は投げ落とされた。彼は地に投げ落とされ,その使いたちも共に投げ落とされた。

「今や,救いと力とわたしたちの神の王国とそのキリストの権威とが実現した! わたしたちの兄弟を訴える者,日夜彼らをわたしたちの神の前で訴える者は投げ落とされたからである。
11 そして彼らは,子羊の血のゆえに,また自分たちの証しの言葉のゆえに彼を征服し,死に面してさえ自分の魂を愛さなかった。
12 このゆえに,天と[天]に住む者よ,喜べ! 地と海にとっては災いである。悪魔が,自分の時の短いことを知り,大きな怒りを抱いてあなた方のところに下ったからである」。

すべての始まりは、エデンの園で起きました
その始まりは以下の通りです。
創世記3章
3章
さて,エホバ神が造られた野のすべての野獣のうち蛇が最も用心深かった。それで[蛇]が女にこう言いはじめた。「あなた方は園のすべての木からは食べてはならない,と神が言われたのは本当ですか」。
2 それに対して女は蛇に言った,「園の木の実をわたしたちは食べてよいのです。
3 でも,園の真ん中にある木の実を[食べること]について,神は,『あなた方はそれから食べてはならない。いや,それに触れてもならない。あなた方が死ぬことのないためだ』と言われました」。
4 それに対して蛇は女に言った,「あなた方は決して死ぬようなことはありません
5 その[木]から食べる日には,あなた方の目が必ず開け,あなた方が必ず神のようになって善悪を知るようになることを,神は知っているのです」。

その結果は、
6 そこで女は見て,その木が食物として良く,目に慕わしいものであるのを知った。たしかに,その木は眺めて好ましいものであった。それで彼女はその実を取って食べはじめた。その後,共にいたときに夫にも与え,彼もそれを食べはじめた
7 すると,その二人の目は開け,ふたりは自分たちが裸であることに気づくようになった。そのため,彼らはいちじくの葉をつづり合わせて自分たちのために腰覆いを作った。

そして、こうしたことは神の知るところとなり、神は人間と蛇である悪魔に次のような宣言をしたのです。
8 後に,日のそよ風のころに園の中を歩かれるエホバ神の声が聞こえ,人とその妻はエホバ神の顔を避けて園の木々の間に隠れようとした。
9 それでエホバ神は人に呼びかけて,「あなたはどこにいるのか」と繰り返し言われた。
10 ついに彼は言った,「あなたの声が園の中で聞こえました。ですが,自分が裸なので怖くなり,そのために身を隠したのです」。
11 それに対して[神]は言われた,「あなたが裸であると,だれがあなたに告げたのか。食べてはいけないとわたしが命じた木からあなたは食べたのか」。
12 すると人はさらに言った,「わたしと一緒にいるようにと与えてくださった女,その女がその木から[実を]くれたので,わたしは食べました」。
13 そこでエホバ神は女に言われた,「あなたがしたこの事はどういうことなのか」。これに対して女は言った,「蛇です,それがわたしを欺いたので,そのためにわたしは食べたのです」。
14 それからエホバ神は蛇に言われた,「この事を行なったゆえに,お前はすべての家畜のうち,また野のすべての野獣のうちののろわれたものである。お前は腹ばいになって進み,命の日のかぎり塵がお前の食らうところとなろう。

15 そしてわたしは,お前と女との間,またお前の胤と女の胤との間に敵意を置く。彼はお前の頭を砕き,お前は彼のかかとを砕くであろう」。
16 女に対してはこう言われた。「わたしはあなたの妊娠の苦痛を大いに増す。あなたは産みの苦しみをもって子を産む。あなたが慕い求めるのはあなたの夫であり,彼はあなたを支配するであろう」。
17 また,アダムに対してこう言われた。「あなたが妻の声に従い,わたしが命じて,『それから食べてはならない』と言っておいたその木から食べるようになったため,地面はあなたのゆえにのろわれた。あなたは,命の日のかぎり,その産物を苦痛のうちに食べるであろう。
18 そして,それはいばらとあざみをあなたのために生えさせ,あなたは野の草木を食べなければならない。
19 あなたは顔に汗してパンを食べ,ついには地面に帰る。あなたはそこから取られたからである。あなたは塵だから塵に帰る」。

悪魔に対する神の宣告敵意と滅びでした。
人に対する神の宣告は女に対しては妊娠の苦痛と夫の支配であり、夫に対しては食べ物を自ら手に入れることと死でした。
当然の事として死の宣告は女にも及んだのです。

女は夫に従うようにしたのは神です

罪を犯す前はアダムとエバは上下関係にはなかったのでこのような宣言をしたのです。

女は男の助け手として造られましたが男の奴隷や召使とは述べられてはいません。

つまり、人としては女は男と対等だったのです。

しかし、エバが騙されアダムは騙されなかったことから女の主人は夫と神は定めたのです。

この点を理解するのに動物の場合を考えてみましょう。

動物もオスとメスは協力し合って子育てをしていますが、どちらが上ということはありません。

ライオンはメスが獲物と取って来ますが食べるのはオスが最初です。

しかし、上下関係ではありません

上下関係があるのは、むしろオス同士の場合です。

それは縄張りのためです。

アダムの場合も食べ物はエバが用意していたと考えられます

なぜなら、

「わたしと一緒にいるようにと与えてくださった女,その女がその木から[実を]くれたので,わたしは食べました」。

と神に返答しているからです。

特に死の宣告についてパウロは次のように述べています。
ローマ5章
12 それゆえ,一人の人を通して罪が世に入り,罪を通して死が[入り],こうして死が,すべて[の人]が罪をおかしたがゆえにすべての人に広がったのと同じように―。
13 というのは,律法以前にも罪は世にあったからです。ただ,律法がなければだれも罪の責めを受けないのです。
14 それにもかかわらず,死はアダムからモーセに至るまで,アダムの違犯と同様の罪をおかさなかった者に対しても王として支配しました

これが、今世界中の人々が、いや、人類の初めから多くの苦しみや困難を経験している原因です。
あなたは知っていましたか。
トランプがしていること悪魔が滅ぼされる最後の「章」の一部なのです。
ですから、起こることになっていることは「必ず起こる」のです。
それから「終わりが来る」のです。
さらに、その後に新しい世界が待っています。
そこには神とキリストによる平和と安全があります。
あなたもその恩恵に与れる可能性があるのです。
どうすればその恩恵に与れるかはそれを知っている人に尋ねるか聖書を読むことです。
すべての答えは聖書の中にあります
それを手に入れることが出来るかどうかは神のご意志を知り、また、理解し、更に、実行できるかどうかにかかっています。

では神に希望を託すことの出来る理由を示したいと思います。
ローマ5章
[アダム]は来たるべき方と類似していました。
15 しかし,賜物の場合は罪過の場合と異なっています。一人の人の罪過によって多くの者が死んだのであれば,神の過分のご親切と,一人の人イエス・キリストの過分のご親切を伴う[神]の無償の賜物とは,いよいよ多くの者に満ちあふれるからです。
16 また,無償の賜物の場合は,罪をおかした一人[の人]を通して物事が作用した場合と異なっています。裁きは一つの罪過から有罪宣告に至りましたが,賜物は多くの罪過から義の宣言に至ったからです。
17 というのは,一人[の人]の罪過により,その人を通して死が王として支配したのであれば,まして,過分のご親切と無償の賜物である義とを満ちあふれるほどに受ける者たちは,一人[の方]イエス・キリストを通し,命にあって王として支配するからです
18 こうして,一つの罪過を通してあらゆる人に及んだ結果が有罪宣告であったのと同じように,正しさを立証する一つの行為を通してあらゆる人に及ぶ結果もまた,命のために彼らを義と宣することなのです。
19 一人の人の不従順を通して多くの者が罪人とされたのと同じように,一人[の方]の従順を通して多くの者が義とされるのです
20 さて,律法は,罪過が満ちあふれるために入り込んで来ました。しかし,罪が満ちあふれたところでは,過分のご親切がなおいっそう満ちあふれました。
21 何のためですか。罪が死を伴って王として支配したのと同じように,過分のご親切もまた,わたしたちの主イエス・キリストを通して来る永遠の命の見込みを伴いつつ,義によって王として支配するためでした。

パウロの記述は、イエスが地上での宣教の時に話していた「神の王国」に関することです。
永遠の命も見込みを伴いつつ、義によって王として支配する」というのはこの「神の王国」のこです。

この支配する人々に関してヤコブは次のように述べています。
ヤコブ2章
5 わたしの愛する兄弟たち,よく聴きなさい。神は,世に関しては貧しい者を選んで信仰に富ませ,ご自分を愛する者たちに約束された王国の相続者とされたのではありませんか。

啓示11章
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。

啓示12章
9 こうして,大いなる龍,すなわち,初めからの蛇で,悪魔またサタンと呼ばれ,人の住む全地を惑わしている者は投げ落とされた。彼は地に投げ落とされ,その使いたちも共に投げ落とされた。
10 そして,わたしは大きな声が天でこう言うのを聞いた。
今や,救いと力とわたしたちの神の王国とそのキリストの権威とが実現した! わたしたちの兄弟を訴える者,日夜彼らをわたしたちの神の前で訴える者は投げ落とされたからである。

啓示14章
またわたしが見ると,見よ,子羊がシオンの山に立っており,彼と共に,十四万四千人の者が,彼の名と彼の父の名をその額に書かれて[立っていた]

3 そして彼らは,み座の前および四つの生き物と長老たちの前で,新しい歌であるかのような[歌]を歌っている。地から買い取られた十四万四千人の者でなければ,だれもその歌を学び取ることができなかった。
4 これらは女によって自分を汚さなかった者である。事実,彼らは童貞である。これらは,子羊の行くところにはどこへでも従って行く者たちである。これらは,神と子羊に対する初穂として人類の中から買い取られたのであり,
5 その口に偽りは見いだされなかった。彼らはきずのない者たちである。

啓示5章
9 そして彼らは新しい歌を歌って言う,「あなたは巻き物を受け取ってその封印を開くにふさわしい方です。あなたはほふられ,自分の血をもって,あらゆる部族と国語と民と国民の中から神のために人々を買い取ったからです。
10 そして,彼らをわたしたちの神に対して王国また祭司とし,彼らは地に対し王として支配するのです」

啓示20章
20章
それからわたしは,ひとりのみ使いが底知れぬ深みのかぎと大きな鎖を手にして天から下って来るのを見た。
2 そして彼は,悪魔またサタンである龍,すなわち初めからの蛇を捕らえて,千年のあいだ縛った。
3 そして彼を底知れぬ深みに投げ込み,[それを]閉じて彼の上から封印し,千年が終わるまでもはや諸国民を惑わすことができないようにした。これらのことの後,彼はしばらくのあいだ解き放されるはずである。
4 またわたしは,[数々の]座を見た。それに座している者たちがおり,裁きをする力が彼らに与えられた。実に,イエスについて行なった証しのため,また神について語ったために斧で処刑された者たち,また,野獣もその像をも崇拝せず,額と手に印を受けなかった者たちの魂を見たのである。そして彼らは生き返り,キリストと共に千年のあいだ王として支配した
5 (残りの死人は千年が終わるまで生き返らなかった。)これは第一の復活である。
6 第一の復活にあずかる者は幸いな者,聖なる者である。これらの者に対して第二の死は何の権威も持たず,彼らは神およびキリストの祭司となり,千年のあいだ彼と共に王として支配する

啓示22章
また彼は,水晶のように澄みきった,命の水の川をわたしに見せてくれた。それは神と子羊とのみ座から出て,
2 その大通りの中央を流れていた。そして,川のこちら側と向こう側には,月ごとに実を生じ,実を十二回生み出す,命の木が[あった]。そして,その木の葉諸国民をいやすためのもの[であった]。
3 そして,もはや何ののろいもない。神と子羊とのみ座が[その都市]の中にあり,その奴隷たちは[神]に神聖な奉仕をささげるのである。
4 彼らは[神]の顔を見,そのみ名が彼らの額にあるであろう。
5 また,夜はもうない。それで彼らはともしびの光を必要とせず,太陽の光も[持た]ない。エホバ神が彼らに光を与えるからである。そして彼らは限りなく永久に王として支配するであろう。
(参考:1、2節は地上の状態のことであり、3-5は天の有り様のことです。
 奴隷たちとは地から買い取られ、神の養子となった144000人のことです。
 参考:使徒ヨハネはキリストの奴隷であると述べられています-啓示1:1、22:6-7)

啓示12章
「今や,救いと力とわたしたちの神の王国とそのキリストの権威とが実現した!」
天からの声をヨハネが聞いた通りです。
これは天から悪魔とその使いたちが地に投げ落とされた直後のことであり、すべて神によってもたらされたものです。

こうしたことは神と悪魔と人にまつわる事柄です。
イエスは人々に救いの手を差し伸べているのに対し、悪魔は人を誘惑し試練を与えることで、人を神から引き離すことが出来、自分が人に対し神であることを示そうとしているのです、今でも

では、二人が罪を犯さなかったらこの世界はどうなっていたのでしょうか。(今日の話のタイトルです
悪魔とその使いたちが存在しなかったとしたら、人類はどうなっていたのでしょうか。
病気も死も争いもない世界で平和に秩序を保ってすべての人間たちが歓びの内に生きていたのです。
今のように科学も文明も発達して便利になっても争いが多く、また、病気に悩まされついには死んでしまう世界とは全く異なる世界となっていたのです。

アダムを創造した時、いや、創造することを決めた時創造した後にアダムに命じたことから神が人間に求めている姿を想像出来るように思います。
創世記1章
26 次いで神は言われた,「わたしたちの像に,わたしたちと似た様に人を造り,彼らに海の魚と天の飛ぶ生き物と家畜と全地と地の上を動くあらゆる動く生き物を服従させよう」。
27 そうして神は人をご自分の像に創造してゆき,神の像にこれを創造された。男性と女性にこれを創造された。
28 さらに,神は彼らを祝福し,神は彼らに言われた,「子を生んで多くなり,地に満ちて,それを従わせよ。そして,海の魚と天の飛ぶ生き物と地の上を動くあらゆる生き物を服従させよ」。
29 次いで神は言われた,「さあ,わたしは,全地の表にあって種を結ぶすべての草木と,種を結ぶ木の実のあるあらゆる木をあなた方に与えた。あなた方のためにそれが食物となるように
30 そして,地のあらゆる野獣と,天のあらゆる飛ぶ生き物と,地の上を動き,その内に魂としての命を持つすべてのものに,あらゆる緑の草木を食物として与えた」。そしてそのようになった。

(人間と他の生き物とは食べ物を区別されたのです)

創世記2章
5 さて,野の茂みはまだ地に見られず,野の草木はまだ生え出ていなかった。エホバ神は地に雨を降らせておらず,地面を耕す人もいなかったからである。
6 ただ,霧が地から立ち上って地の全面を潤していた。
7 それからエホバ神は地面の塵で人を形造り,その鼻孔に命の息を吹き入れられた。すると人は生きた魂になった

8 さらに,エホバ神はエデンに,その東のほうに園を設け,ご自分が形造った人をそこに置かれた
9 そうしてエホバ神は,見て好ましく食物として良いあらゆる木を地面から生えさせ,また園の真ん中に命の木を,そして善悪の知識の木を[生えさせた]。
10 さて,川がエデンから発していて園を潤し,そこから分かれ出て,いわば四つの頭となった。
11 第一のものの名はピションという。それはハビラの全土を巡るもので,そこには金がある。
12 そしてその地の金は良質である。そこにはブデリウム樹脂やしまめのうもある。
13 また第二の川の名はギホンという。それはクシュの全土を巡るものである。
14 また,第三の川の名はヒデケルという。それはアッシリアの東を行くものである。そして,第四の川はユーフラテスである。

(おそらく、地形は変わったと思いますがこのユーフラテス川は今も残っています)


15 それからエホバ神は人を取ってエデンの園に住ませ,それを耕させ,またその世話をさせた
16 また,エホバ神は人に命令を与えてこう言われた。「園のすべての木から,あなたは満ち足りるまで食べてよい。17 しかし,善悪の知識の木については,あなたはそれから食べてはならない。それから食べる日にあなたは必ず死ぬからである」。
18 次いでエホバ神は言われた,「人が独りのままでいるのは良くない。わたしは彼のために,彼を補うものとなる助け手を造ろう」。
19 さて,エホバ神は野のあらゆる野獣と天のあらゆる飛ぶ生き物を地面から形造っておられたが,人がそれぞれを何と呼ぶかを見るため,それらを彼のところに連れて来られるようになった。そして,人がそれを,すなわちそれぞれの生きた魂をどのように呼んでも,それがすべてその名となった
20 それで人は,すべての家畜と天の飛ぶ生き物と野のあらゆる野獣に名を付けていたが,人のためには,これを補うものとなる助け手は見いだされなかった。
21 そこでエホバ神は深い眠りを人に臨ませ,彼が眠っている間に,そのあばら骨の一つを取り,次いでそこの肉をふさがれた
22 それからエホバ神は,人から取ったあばら骨を女に造り上げ,それを人のところに連れて来られた
23 すると人は言った,
「これこそついにわたしの骨の骨,
わたしの肉の肉。
これは“女”と呼ばれよう。
男から取られたのだから」。
24 それゆえに,男はその父と母を離れて自分の妻に堅く付き,ふたりは一体となるのである。
25 そしてそのふたりは,すなわち人もその妻も共に裸のままであったが,それでも恥ずかしくは思わなかった

こうした記述から分かることが幾つかあります。
神は人間を神の像に(神の姿はハッキリとは記述されていませんから神に似た性質を指します)、み使いに似せた姿、性質に人間を創造されたということ。

なによりも「エホバの友」と呼ばれたアブラハムのように、モーセのように「神と話をすることが出来た」こと、これが第一であり最も優れた点です。-ヤコブ2:23、出エジプト記33:11、申命記34:10(実際には、文字通りではなく、み使いを通しての会話です)
つまり、言葉を理解し会話することが出来ること。
知能や思考力や理解力や洞察力があること。
子孫や地球上のあらゆる生き物を管理する能力を与えられていたこと。
あらゆる生き物に名前を付ける能力を与えられていたこと。
食物として食べる物を指定されていたこと。
指定された土地を耕しその管理を能力を与えられていたこと。
(土地を耕して畑にし野菜を作ったかどうかは分りません。
 後に、二人の息子のカインは畑から実りを得ていますから、麦のようなものを栽培して食物としてい

 たかも知れません。
 種を結ぶ草木を食物として与えられていたので、それを畑で栽培したかも知れません。
 住む家に関しては何も述べていませんので、もしかすると、将来家を建てさせそこで暮らすようにさ 

 せる意図だったかも知れません。
 つまり、荒れ地を整地させたのかも知れません。
 実際、ノアも家を建設したという記録はありませんし、ノアもアブラハムも天幕(テント)で暮ら

 していたことはハッキリしています
 アダムも同じだったと思われます。-創世記4:20
 また、アブラハムとサラの天幕は別々だったことから、結婚しても同じ天幕で生活していなかった

 とも確かです。
 更に、アブラハムやロトの例から、客のもてなしはその家の主人が行っていたこともはっきりしてい

 ます。
 妻と関係を持つ時には夫が妻の天幕に行ったこともはっきりしています。
 つまり、妻は夫が自分の天幕に来るのを待っていたのです。-ヤコブの例からハッキリしています。
 妻の方から夫の天幕に行くことはなかったのです。
 また、夫は主人ですから、妻は何事も夫にお願いする立場であって要求することもなかったのです。
 サラがアブラハムに執拗にお願いをしてのでアブラハムが不快に思った例もあります。
 この時には神がアブラハムの考えを改めさせています。
 )

 

裸でも生活出来たこと。
天のみ使いたちは霊の体でありながら、つまり、肉体をもたないのに白くて長い衣が与えらえていましたが、人間には衣服は与えられてはいなかったこと。

(ですから、白くて長い衣は「神に仕える者」を示す、いわば、職服だったのです)


雨が降らず、裸でも暮らせる温暖な気候であったこと。
(最初は大きな木の下で休んだり寝たり食事をしていたと思われます。

 また、川がありましたので体を清潔にすることも出来たと思われます)
 

女を男の助け手として創造されたこと。
男と女は対等な立場ではなかったこともはっきりしています。
 例えば、神はモーセの幕屋で仕える人々に女を一人も加えてはいません)

 

子供は親から離れて独立すること。
(アブラハムの息子、約束の子イサクは乳飲み子の時、おそらく、5歳ぐらいまでは乳母に育てられ 

 その後は大人になるまでは母親の天幕で過ごしたと思われます。
 イサクがイシュマエルにいじめられているのを父であるアブラハムが気付いていませんでした。
 大人になったら自分の天幕で、しかも、父母と離れて暮らしていたこともハッキリしています)

 

家畜や動物を食物としては与えられてはいなかったこと。
つまり、肉を食べることは許されてはいなかったこと。
病気も死もなかったこと。
((病気や死や善悪の知識に関しては罪を犯した後に付け加えられたものです)

天のみ使いたちは各々役割が与えられ、あるべき居所を定められていますが、人間は地球上のどこでも自由に活動出来るようにされたこと。

言葉は親から教えられたこと。
今と同じように、人間から生まれた子供多くの点で成長する必要があったこと。
初めは、律法のようなものが与えられてはいませんでしたから、親が子供に特別な規則のようなことは教えてはいなかったと思われます。
ただ、人間を造ったのが神であることや罪を犯したことなどや神に対する態度などは教えられたと思われます。
なぜなら、後にエノクやノアのような、さらには、アブラハムのような存在がいたからです。

後は子が生まれ人口が増えた時秩序正しく管理し従わせることあらゆる生き物を管理することだけでした。
そこには病気や死もなく、天のみ使いたちは互いに争うことが無かったように人間社会でも同様に争いもなく平和な暮らしをしていたと思われます。
もしかすると、人々が増え、家族を持つ者が増えるに従い、エデンの園と同じように自分たちの土地を整備させ、そこに住まわせ善悪の知識の木の実から種を取り新しい木の苗を作りそれを持たせ、併せて神の命令も伝えたのかも知れません

罪を犯す前には、神に対する捧げ物の記述はありませんから、
おそらく、捧げ物をする必要はなかったのかも知れません。

罪を犯した後神が人間に求めていることも想像出来ます。
神に仕える者人間の知恵も力も不要であることです。
必要なら神はご自分に仕える者に知恵も知識も力も与えることが出来るからです。
人間が独自の考えを持つ必要がないのです。
必要なのは神に対する信頼だけなのです。
ともすると、人間は神からの指示がなければ自分の考えで物事を行ってしまいます
これが間違いの元で物事が上手く行かない原因ともなっているのです。
人間が自由に行える範囲は限られていたのです。


もう一度人間を造った目的について述べたいと思います。
創世記1章
26 次いで神は言われた,「わたしたちの像に,わたしたちと似た様に人を造り,彼らに海の魚と天の飛ぶ生き物と家畜と全地と地の上を動くあらゆる動く生き物を服従させよう」。

神はわたしたちが今目にしている天と地を作り、いわば、地を管理するように命じていますが、その目的は一体何だったのでしょうか

先ず、神が天地を創造したことに疑問を抱いている人も少なくないと思います。
前の記事でも書きましたが、人間として「当然」と思えることは、神が人間を創造したことの証だと。
同じように、天地を創造したことは、地球上の自然を、つまり、人間が作り出したものではないものを見れば明らかです。
陸上の生き物、家畜や野獣について述べておりそれらの食物についても述べています。
海の巨獣を造ったこと、星や月や太陽にも言及しています。
昆虫の生態についても述べています。
また、地球の自然のサイクルや日月年についても述べています。
自然の中の風や水の循環についても述べています。
こうしたことは、現代人なら皆知っていますが、聖書にこうしたことが書かれたのは紀元前の遥か昔の時代なのです。

なぜ、聖書筆者はこうしたことを書くことが出来たのでしょうか。
他の神話などは人間に言及したものだけです。
天地創造に関しては空想程度のもので創造の目的すら記されていません。
聖書は人間だけではなく野の獣や天地においても「詳(つまび)らかに記している」のです。
それが出来るのは「創造者」だからです。

天地人は神が創造したことは明白です。

その目的は
霊的天においては、すべて神の管理下にありますが、地上の事柄に関しては人間に管理を任せることで、人間がどのように管理するのか、治めるのかを「確かめようと」あるいは「見よう」と考えたのではないかと思われます。
そのための条件はただ一つ「善悪の知識の木の実を食べてはならない」というものでした。
つまり、善悪に関しては神がそれを決定する」ということでした。

悪魔はこうした処遇に疑問を抱き、この命令を破るように人間を誘惑し、この木の実を食べてしまったことから、
人間の苦しみは始まったのです。
悪魔はなぜそうした疑問を抱いたのでしょうか
それは、霊的天では「神が絶対支配者であり、み使いたちは、いわば絶対服従しなければならなかった」からであり、悪魔はこれに疑問を抱いていたので、人間を誘惑し、人間が善悪の判断と決定をするとどうなるのかを確かめようとしたと思われます。
人間が実際に罪を犯し神の宣告(創世記3:15)を受けた時、悪魔は最後は自分が滅ぼされることを明確に理解したと思われます。
そのため、悪魔は自分の主張の正しさを「日夜神に訴え続けて来た」のです。

それを他のみ使いたちにも示したかったのです。

実際、悪魔に付き従うみ使いたちも多く出現しているからです。

しかし、み使いにしろ人間にしろ、神に対する態度はイエスが、この悪魔の誘惑を退けた時に述べた通りなのです。
マタイ4:10
『あなたの神エホバをあなたは崇拝しなければならず,この方だけに神聖な奉仕をささげなければならない

悪魔はこれに疑問を抱いたのです。
その傲慢さはエゼキエル書で示されています。
エゼキエル28章
11 また,エホバの言葉が引き続きわたしに臨んで言った,
12 「人の子よ,ティルスの王に関して哀歌を唱えよ。あなたは彼に言わなければならない,『主権者なる主エホバはこのように言われた。
「『「あなたは知恵に満ち,美しさの点で完全であり,ひな型に封印する者
13 あなたは神の園であるエデンにいた。あらゆる宝石があなたの覆いであった。ルビー,トパーズ,碧玉,貴かんらん石,しまめのう,ひすい,サファイア,トルコ玉,エメラルド。あなたの中のはめ込み台と受け具の作りは金であった。あなたの創造された日にそれらは整えられていた。
14 あなたは覆うことをする油そそがれたケルブであり,わたしがあなたを置いたのである。神の聖なる山にあなたはいた。あなたは火の燃える石の中を歩き回った
15 創造された日からあなたのうちに不義が見いだされるまでは,あなたはその道においてとがのない者であった。
16 「『「あなたの満ちあふれる商品のゆえに,人々はあなたの中に暴虐を満たし,あなたは罪を犯すようになった。それで,覆うことをするケルブよ,わたしはあなたを汚れた者として神の山から出し,あなたを火の燃える石の中から滅ぼすであろう
17 「『「あなたの心はあなたの美しさのゆえにごう慢になった。あなたはその輝かしい光輝のゆえに自分の知恵を滅びに陥れたわたしは地の上にあなたを投げ出す。わたしはあなたを王たちの前に置く。[彼らが]あなたをながめるためである。
18 「『「あなたの満ちあふれるとがのために,あなたの商品の不正のゆえに,あなたは自分の聖なる所を汚した。それで,わたしはあなたの中から火を出すであろう。それが必ずあなたをむさぼり食う。そしてわたしは,あなたを見るすべての者たちの目の前で,あなたを地上の灰とするであろう。
19 もろもろの民の中であなたを知っている者たちは皆,必ず驚いてあなたを見つめるであろう。あなたは必ず突然の恐怖となり,もはや定めのない時に至るまでいなくなるであろう」』」。

少なくとも、太字の部分は人間ティルスの王のことではありません
ケルブは人間ではなく神のみ使いだからです。
悪魔は神がアダムとエバを住まわせたエデンにいたケルブだったのです。
したがって、この悪魔となったケルブは二人のことを初めからずっと見ていたのです。
そして、傲慢さから疑問を抱きそれを実行することで、滅びを見に受けたのです。
その滅びは、まだ先のことで少なくとも後1000年はありますがその大半は底知れぬ深みに閉じ込められることになっています。
キリストの千年統治が終わり次第解き放たれ、再び人間を惑わすことで永遠の命に値しない人間をあぶりだし共に滅ぼし地を完全に清めるための神の道具とされるのです。

神の壮大な計画を知ってあなたはどうしますか。
このすべては聖書の中に記されているのです。
パウロが述べたように「聖書全体は神の霊感を受けたもの」なのです。
(参考:少なくともこの時点でも聖書は、いわゆるヘブライ語聖書、つまり、創世記からマラキ書までのことを指しています)
つまり、聖書は神のご意志を記した書物なのです。
人間の考えで書かれたものではありません。
こうしたことは実際に可能なのかという疑問を持つ人もいるかも知れません。
では、なぜモーセは自分では見たこともない創世記を書くことが出来たのでしょうか。
今でこそ科学の進歩によって明らかになっていますが、古代において、なぜ星座や天体、地球上の風や水の循環などの自然、地球上の生物の生態などについて書くことが出来たのでしょうか。
なぜ、モーセはヨブに関する神と悪魔の霊的天での出来事を書くことが出来たのでしょうか。
なぜ、エゼキエルは霊的天の神のみ座とその周辺や罪を犯した悪魔について書くことが出来たのでしょうか。
なぜ、ダニエルは将来の北と南の王について書くことが出来たのでしょうか。
なぜ、ヨハネは神の啓示をイエスを通して書くことが出来たのでしょうか。
最も決定的なこととして、なぜ「神の預言」を書くことが出来たのでしょうか。
イエスは、なぜ事物の体制の終わりに関する預言を、そして、ご自分の臨在について語ることが出来たのでしょうか。
それは、すべてのものを造られた神が「ご自分の聖霊」によって人に霊感を与えたので書くことが出来たのです。


更に、創世記3:15に再び注目してみたいと思います。
15 そしてわたしは,お前と女との間,またお前の胤と女の胤との間に敵意を置く。彼はお前の頭を砕き,お前は彼のかかとを砕くであろう」。

この「神の宣言」から分かることは、蛇すなわち悪魔が罪を犯したのは神に対してである(と殆どの人は思っている)のに、敵意は悪魔と女悪魔の胤と女の胤の間に置かれていることと悪魔は彼(女の胤)のかかとを砕き、彼は悪魔の頭を砕くとされていることから、
悪魔が人間でないように女も人間の女ではないことは確かです。
悪魔の胤とは、悪魔はみ使いですから人間のように子孫がいる訳ではありませんから、これは悪魔の思いや考えを行う人間や組織のことです。

悪魔に従って悪霊となったみ使いたちも含まれるかも知れません。
例えば、イエスは自分を殺そうとしてユダヤ人のことを
ヨハネ8:44
44 あなた方は,あなた方の父,悪魔からの者であって,自分たちの父の欲望を遂げようと願っているのです。その者は,その始まりにおいて人殺しであり,真理の内に堅く立ちませんでした。真実さが彼の内にないからです。彼が偽りを語るときには,自分の性向のままに語ります。彼は偽り者であって,[偽り]の父だからです。
と語っているからです。

女の胤に関しても同様で、後にアブラハムの胤とも呼ばれています。
ガラテア3:29
29 さらに,キリストに属しているのであれば,あなた方はまさにアブラハムの胤であり,約束に関連した相続人です。
-参考:ガラテア4:28
と述べられています。

この女の胤と呼ばれており、一人の人のような表現をしていることから「人間イエス・キリスト」のことです。
なぜなら、蛇である悪魔の頭を砕くことの出来る存在神を除いて他にはいないからです。
イエス・キリストアブラハムの胤の主要な方であり、預言されていた神の子であり、人類のメシアであり、神に仕えるすべての人間の主であり、贖いの犠牲の死を遂げた後天に戻され「神の右に座している」その者だからです。
コロサイ1:15―17
13 [神]はわたしたちを闇の権威から救い出し,ご自分の愛するみ子の王国へと移してくださいました。
14 この[み子]によって,わたしたちは贖いによる釈放,すなわち罪の許しを得ています
15 彼は見えない神の像であって,全創造物の初子です。
16 なぜなら,[他の]すべてのものは,天においても地においても,見えるものも見えないものも,王座であれ主権であれ政府であれ権威であれ,彼によって創造されたからです。[他の]すべてのものは彼を通して,また彼のために創造されているのです。
17 また,彼は[他の]すべてのものより前からあり,[他の]すべてのものは彼によって存在するようになりました。

ヘブライ1章
神は,昔には,多くの場合に,また多くの方法で,預言者たちによってわたしたちの父祖に語られましたが,
2 これらの日の終わりには,み子によってわたしたちに語られました。[神]は彼をすべてのものの相続者に定め,また彼を通して事物の諸体制を作られました。-コロサイ1:16
3 彼は[神の]栄光の反映,またその存在そのものの厳密な描出であり,その力の言葉によってすべてのものを支えておられます。そして,わたしたちの罪のための浄めを行なった後,高大な所におられる威光の右に座られました
4 こうして彼はみ使いたちよりも優れた名を受け継ぎ,それだけ彼らに勝る者となられました。
5 たとえば,み使いたちのうちのだれに[神]はかつてこう言われたでしょうか。「あなたはわたしの子。わたしは,今日あなたの父となった」。また,「わたしは彼の父となり,彼はわたしの子となるであろう」と。
6 しかし,その初子を人の住む地に再び導き入れる際にはこう言われるのです。「そして神のみ使いたちはみな彼に敬意をささげよ」。
7 また,み使いたちについてはこう言われます。「そして[神]はご自分の使いたちを霊とし,自分の公僕たちを火の炎とする」。
8 しかしみ子についてはこうです。「神は限りなく永久にあなたの王座,あなたの王国の笏は廉直の笏である
9 あなたは義を愛し,不法を憎んだ。それゆえに,神,あなたの神は,歓喜の油をあなたの仲間に勝ってあなたにそそがれた」。
10 また,「主よ,あなたは初めにこの地の基を据えられました。天はあなたのみ手の業です
11 それらのものは滅びうせますが,あなたご自身は絶えずとどまっておられます。それらはみな外衣のように古び,
12 あなたは外とうのように,外衣のようにそれらをたたまれます。それらは変わりますが,あなたは同じであり,あなたの年が尽きることは決してありません」と。
13 しかし,み使いたちのうちのだれについて[神]はかつてこう言われたでしょうか。「わたしの右に座していなさい。わたしがあなたの敵をあなたの足台として据えるまで」。
14 彼らはみな公の奉仕のための霊であって,救いを受け継ごうとしている者たちに仕えるために遣わされた者なのではありませんか。
(パウロはここでイエスとみ使いたちを比較してイエスの立場について説明しています)

イエスは昇天直前に言われました。
わたしは天と地におけるすべての権威を与えられていますと。
マタイ28:18
18 すると,イエスは近づいて来て,彼らにこう話された。「わたしは天と地におけるすべての権威を与えられています。

ここで一つの疑問を抱く人がいるのではありませんか。
それは、罪を犯したの蛇である悪魔(み使いたちの一人)と(アダムとエバ)であり、その罪は神に対するものなのに、
敵対する関係は悪魔と女という構図です。
しかも、この悪魔は人間イエスを誘惑し神に対し罪を犯させようとした者でもあります。
実際、何事においても悪魔でさえも神に服する者ですから、文字通り神に敵対する者はいても神に敵う者は一人もいません。
一方、イエスは初めから神に最も近い存在でありすべては神のご意志のままに行動するものです。
神はご自分の独り子(人間として遣わされたイエス)を通じて天にあるものも地にあるものも創造されました。
いわば、神は建築の監督であり設計者であり、イエスは建築を実際に造る大工的存在だったのです。

したがって、神に逆らったこの蛇である悪魔を滅ぼすのは神を除いてイエス・キリストを置いて他にはいないのです。
それゆえ、神は創世記3:15の宣言を下したのです。

また、罪を犯したその時点で直ぐに滅ぼさなかったのはなぜかという疑問を抱く人もいるかも知れません。
それは、神もご自分のルールに従うからです。
ご自分のルールとはすべてにおいて完全であり過ちや疑問を残さないことです。
滅ぼすにしても「確かな証拠」を示す必要があるのです。
この点は、不完全でありながら人間の裁判でも同様に行い罪を犯した人の証拠を確かめ判決を下しています。
こうしたことは、神が教えたのではなく、人間が神のように造られたので裁判でも同じようにしているのです。

ヨブ記にあるように、神は正しいことを述べていましたが悪魔はそれに対し疑問を提示しました。
神は悪魔に自分の主張が正しいかどうかを試す期間を与えました

同じことをエデンでの蛇である悪魔の主張に対しても行われたのです。

これが、蛇である悪魔を直ぐに滅ぼさなかった理由です。

その結果の副産物として、
悪魔に仕える他のみ使いたちが現れた事です。
彼らも悪魔と同じ定めにあります。
ペテロ(二)2:4
しかし彼らに対して,昔からの裁きは手間どっているのではなく,その滅びはまどろんでいるのでもありません。
4 まさに神が,罪をおかしたみ使いたちを罰することを差し控えず,彼らをタルタロスに投げ込んで,裁きのために留め置かれた者として濃密な闇の坑に引き渡されたのであれば,

そして、これらのことは警告の例として記録されたものであるとユダ(イエスの異母兄弟)は述べています。
ユダ3-7
3 愛する者たちよ,わたしたちが共にあずかる救いについてあなた方に書き送るため,わたしはあらゆる努力をしていましたが,聖なる者たちに一度かぎり伝えられた信仰のために厳しい戦いをするよう,あなた方に書き送って説き勧める必要のあることを知りました。
4 その理由は,聖書によりずっと以前からこの裁きに定められていたある人々が忍び込み,[その]不敬虔な者たちが,わたしたちの神の過分のご親切をみだらな行ないの口実に変え,わたしたちの唯一の所有者また主であるイエス・キリストに不実な者となっているからです。
5 あなた方は一度すべてのことを知りましたが,それでもわたしは,あなた方に次のことを思い出させたいのです。それは,エホバが,民をエジプトの地から救い出したにもかかわらず,後に,信仰を示さない者たちを滅ぼされたことです。
6 また,自分本来の立場を保たず,そのあるべき居所を捨てたみ使いたちを,大いなる日の裁きのために,とこしえのなわめをもって濃密な闇のもとに留め置いておられます。
7 同様に,ソドムとゴモラおよびその周りの都市も,ここに述べた者たちと同じように甚だしい淫行を犯し,不自然な用のために飽くことなく肉を追い求めたのち,永遠の火による司法上の処罰を受け,[警告の]例として[わたしたちの]前に置かれています

つまり、神は天と地からすべての「悪」を除き去り「浄め」再び完全にするために「必要なことのすべてを行っているのです

あなたはこうしたことを理解出来ますか。
ここに書いたことはすべて「真実」です。
誰もこの真実から逃れることは出来ません。
イエスが言われたように、ある者は連れて行からある者は捨てれらのです。
マタイ24:36-44
36 「その日と時刻についてはだれも知りません。天のみ使いたちも子も[知らず],ただ父だけが[知っておられます]。

37 人の子の臨在はちょうどノアの日のようだからです。
38 洪水前のそれらの日,ノアが箱船に入る日まで,人々は食べたり飲んだり,めとったり嫁いだりしていました。
39 そして,洪水が来て彼らすべてを流し去るまで注意しませんでしたが,人の子の臨在[の時]もそのようになるのです。
40 その時二人の男が野にいるでしょう。一方は連れて行かれ,他方は捨てられるのです。
41 二人の女が手臼をひいているでしょう。一方は連れて行かれ,他方は捨てられるのです。
42 それゆえ,ずっと見張っていなさい。あなた方は,自分たちの主がどの日に来るかを知らないからです。
43 「しかし,一つのことを知っておきなさい。家あるじは,盗人がどの見張り時に来るかを知っていたなら,目を覚ましていて,自分の家に押し入られるようなことを許さなかったでしょう。
44 このゆえに,あなた方も用意のできていることを示しなさい。あなた方の思わぬ時刻に人の子は来るからです。

わたしのブログにようこそ!
初めに申し上げたいことがあります。
「真理」を探究したい人に継続して読んで頂きたいと思っています。
「聖書の真理」を探究する人たちに継続して読んで頂くことがわたしの願いです

 ものみの塔の信者たちへ。
このブログを読んでも[聖書]に対する背教にはなりません
ものみの塔の教えに偏るのではなく、聖書の正しい理解に努めましょう。

クリスチャンではない人たちへ
聖書に対する思い込みや偏見をなくし実際に読んでみて下さい
聖書は歴史の書でもあり物語風に書かれているので、例えば、創世記、出エジプト記、裁き人、ルツ記、などは興味深く読めます。 

法律に関心のある人なら、申命記やレビ記などから律法の内容とその精神を知ることが出来ます。
また、これらを通じて神の考えも少なからず理解することも出来ます。
試練や苦難に直面している人ならヨブ記からヨブの精神とその報いについて知ることが出来ます。
知恵に関心のある人なら、箴言、伝道の書から多くの事を学ぶことが出来ます。

ダビデのついて関心のある人なら、サムエル記第一と第二の書からゴリアテを倒すことから始まりイスラエルの2代目の王となる経緯や王としての活動やバテシバとの罪、ソロモンの誕生、ソロモンが3代目の王になった経緯などを知ることが出来ます。

世界の趨勢、特に強国と言われる覇権を持つ国の歴史に関心のある人なら、ダニエル書から実名によりその変遷を知ることが出来ます。

イエス・キリストの活動や発言に関心のある人なら、四福音書と言われる、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる書から、四人による記録から知ることが出来ます。
イエスが亡くなった後の弟子たちの活動に関心がある人なら使徒たちの活動から知ることが出来ます。この書は医師でもあったルカが記したものです。
ちなみに、このルカはイエスの十二使徒の一人ではありません。
マタイ、マルコ、ヨハネはイエスの十二使徒の一人です。
 
クリスチャンとしての振る舞いや助言に関心のある人ならローマ人への手紙からユダの手紙までの21通の手紙から多くのことを学ぶことが出来ます。

 いきなり全体を、すべてを理解しようとするのではなく、関心のあるテーマについてのみに読んでも「価値のある内容」です。

また、聖書は預言の書でもあります。
神の預言は聖書全体を貫いているので、初めから理解することは難しいことです。

しかし、イエスが言われたご自身の「臨在」と「事物の体制の終わり」についてのしるしに、つまり、今の世の終わりに関心のある人なら、マタイ24章以降とヨハネへの啓示の書(最後の書)から知ることが出来ます。

人間としての道徳、生き方に関心のある人なら、マタイ5章から7章の、いわゆる山上の垂訓から学ぶことが出来ます。

聖書を読む時には、初めは言葉じりに捕らわれることなく、文脈から内容の意図を理解する必要があります。
そうしないと正しい理解、偏見のない知識にはなりません。

 更に、聖書全体に精通し理解したいと思うなら、聖書の読み方に関する、わたしのブログ、
1 「聖書を読むべき理由」-2024年2月25日
2 「聖書のコラム-34(なぜ聖書の理解が深まらないのでしょうか)」-23年9月19日
の二つの記事を参考にして下さい。
きっと、役に立ちます。  

 

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:大小様々な災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いの 
 ことです。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えています。      
 七番目のラッパが最後のラッパですが、その最後に七つの神の怒りの鉢が順番に注ぎ込まれるこ
 とになっています。
 その七番目の鉢が地上に注ぎ込まれることが、神が[今の地上]に対して行われる最後の部分の 
 最後の災いとなります。 
 参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません。
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい。
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません。
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
(神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人
 になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適
 用されます。
 したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです)

コリント(一)15章
33 惑わされてはなりません。悪い交わりは有益な習慣を損なうのです。
34 義にしたがって酔いから覚めなさい。罪を習わしにしてはなりません。神についての知識を持たない人たちがいるからです。
-コリント(一)15:33-34

創世記9章(ノアの大洪水直後に人類に与えらえた神の警告
次いで神はノアとその息子たちを祝福してこう言われた。「子を生んで多くなり,地に満ちよ。
2 そして,あなた方に対する恐れ,またあなた方に対するおののきは,地のあらゆる生き物と天のあらゆる飛ぶ生き物,地面を動くあらゆるもの,また海のすべての魚に引き続きとどまるであろう。それらは今あなた方の手に与えられる。
3 生きている動く生き物はすべてあなた方のための食物としてよい。緑の草木の場合のように,わたしはそれを皆あなた方に確かに与える。
4 ただし,その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない。
5 さらにわたしは,あなた方の魂の血の返済を求める。すべての生き物の手からわたしはその返済を求める。人の手から,その兄弟である各人の手から,わたしは人の魂の返済を求める。
6 だれでも人の血を流す者は,人によって自分の血を流される。神は自分の像に人を造ったからである。
7 そしてあなた方は,子を生んで多くなり,地に群がってそこに多くなれ」。
(これは殺人だけではなく傷害もあるいは誰かを介しても同じ罪を問われるというものです。
 この命令の神の意図は「血を神聖なものとして扱うように」というものです。
 なぜなら、命は血によって支えられているからです。
 つまり、血を神聖なものとして扱うということは、すなわち「命を神聖なものとする」というこ
 となのです。
 「神聖なものとする」とは、神によって「神のものとして取り分けられたもの」という意味があり
 ます。
 したがって、血も、血によって支えられる命も「神のもの」なのです。

 では、自分の「命」を支えるために「自分や他人の血を用いる」こと(輸血など)はどうでしょ 
 うか。
 全血ではなく血液の一部である「血漿」などを用いることはどうでしょうか。
 こうしたことは明らかに「血を神聖なもの」として扱っていないことです。
 神はこうしたことに対しても「血の返済」を求めるのです。
 したがって、淫行と同じく血に関するあらゆることを「避ける」ことは、自分の命に係わること 
 なのです。 
 
 参考:神が定めた女性の生理は、聖書では「汚れ」であり「身体を清める」ようにと律法の中で 
 示されています。
 女性の妊娠出産はいわば「血の代償」としての命でもあります。 
 ちなみに、生理のある生き物は他にも存在していますが、人間のように生理が長く、かつ、繰り 
 返しある生きものはいません) 
  

 

今回は、人間はなぜ裸を恥ずかしいと思うのでしょうかという話です。

裸を見られるということは誰でも恥ずかしいものです。
この恥ずかしいという感情は他の感情と同じなのでしょうか。
怒り、歓び、自己満足、恨み、憎しみ、嬉しさ、楽しさ、・・
突き詰めればすべて心や思考や記憶や感覚(いわゆる五感)と感情は一体のものかも知れません。
これらと感情は別々に存在するものではなく、常に何らかの関係性があることはおそらく誰しもが実感していることだと思います。

一方で、裸を見る方には道徳や人格が大きく関係しているものです。

人間が性に関心があるのは子孫を設けることで生活を安定させるために止むを得ないことです。

それは、人間の創造者の命令でもあります。

しかし、無秩序に男女が関係を持っても良いということではありませんでした。

なぜなら、最初の人間アダムに次のような命令をしているからです。

28 さらに,神は彼らを祝福し,神は彼らに言われた,「子を生んで多くなり,地に満ちて,それを従わせよ。そして,海の魚と天の飛ぶ生き物と地の上を動くあらゆる生き物を服従させよ」。-創世記1:28

 

しかし、人間は時に、必要以上に性を求めていることは事実です。

実際、人類はその初めから性に関して多くの問題を抱えているのです。

加えて、どの時代にも、お金を得るという手段として、安易に売春をする女性もいるのも事実です。

 

こうしたことは、裸に対する人間の意識と感情の問題でもあります。


これとは逆に、仕事の能力と人格は別物であることはハッキリしています。
例えば、優秀、有能な人でもお金や地位や名誉などに関する欲望はあるもので、時に犯罪を犯すこともあるのです。
優秀な人がお金持ちであることは希ですし、結婚はこうした能力とはかけ離れたものです。

親の遺産などによる裕福ではない、いわゆる「叩き上げで裕福になった人」は大抵「抜け目がない」ものです。

こうした人のことを「賢い」とか「運が良い」と言ったりするものです。

こうした能力と人格は別のものです

 

それでも、裕福になるには人格を含め様々な要因となるものを「持っている」ものです。

儲ける人がすべて「悪人」とは限りません

 

宝くじのような「一攫千金」では当てはまりません。

アメリカンドリームはこの一攫千金を狙った「博打」つまり賭けなのです。

その象徴がマイクロのビル・ゲイツであり、フェイスブックのザッカーバーグであり、アマゾンのジェフ・ベゾスなどのような存在です。

 

エジソンもこの部類に入るかも知れませんが、ビル・ゲイツのような存在はロックフェラーやスティーブ・ジョブズのような存在とは全く異なるものです。

 

ロックフェラーやスティーブ・ジョブズに似ているのは、日本ではソフトバンクの孫正義やトヨタの豊田章男のような存在かも知れません。

あるいは、日清食品の商業者・安藤百福、江崎グリコの創業者・江崎利一のような存在かも知れません。

こうした人々は、その経営理念も人格も優れていたので大企業として今も存在しているのです。

 

しかしながら、大抵は人間は能力と人格は個別に評価されるものです。

有能な指導者能力よりも人格を重視するものです。
能力は指導の仕方で向上するものでもあるからです。
しかし、人格や性格は殆ど変わることがありません
人格は殆どの場合人生の経験と個人の能力と知識や理解力と法や道徳を遵守するかどうかなどの性格で形成されていくものです。
いわゆる正義感が強いというのは性格から来ているものです。

仕事は能力と希望によって自ずと定まって来ますが、性格遺伝的要因も加わって来ます。
例えば、短気な性格は遺伝するものです。
それでも人は誰でも自分の性格をコントロールしているものです。
すべてを心の思うが儘にする人出来る人はいません。
善いことに付け悪いことに付け、必ず自制心を働かせるものです。
いわば、自分の先天的性格をコントロールすることが人格であり、人格は後天的に形成されていくものです。

さて、本題に入りますと、
実は、最初の人間アダムとエバは裸で生活していました。
創世記を読んだことのある人なら誰でも知っていることですが。
それでも二人は恥ずかしいとも思わなかったのです。
当時は、ノアの大洪水前だったので、地球全体は温暖な気候だったのです。
北極も南極も今のように寒くもなく、赤道も今のように暑くもなかったのです。
しかも、雨も降っておらず、おそらく強い風が吹くこともなかったのです。
今ほどの高い山も深い谷もなく比較的平地が多かったと考えられます。

エバが創造され罪を犯し恥ずかしいと思うまでどのくらいの期間過ごしたかは分かりません。
いずれにしろ、その時点ではアダムは地上の生き物に名前を付ける作業は終えていて、畑を耕していたかも知れません。
そして、自分が名前を付けた生き物たちをどのように従わせるかを考えていたと思われます。

創世記2章
2章
こうして天と地およびその全軍は完成した。
2 そして,七日目までに神はその行なわれた業を完了し,次いで七日目に,行なわれたすべての業を休まれた。
3 それから神は七日目を祝福してそれを神聖にされた。その[日]に,造るために神が創造を行なったそのすべての業を休んでおられるのである。
4 これは,天と地が創造されたとき,エホバ神が地と天を造られた日におけるその歴史である。
5 さて,野の茂みはまだ地に見られず,野の草木はまだ生え出ていなかった。エホバ神は地に雨を降らせておらず,地面を耕す人もいなかったからである。
6 ただ,霧が地から立ち上って地の全面を潤していた。
7 それからエホバ神は地面の塵で人を形造り,その鼻孔に命の息を吹き入れられた。すると人は生きた魂になった

8 さらに,エホバ神はエデンに,その東のほうに園を設け,ご自分が形造った人をそこに置かれた
9 そうしてエホバ神は,見て好ましく食物として良いあらゆる木を地面から生えさせ,また園の真ん中に命の木を,そして善悪の知識の木を[生えさせた]
10 さて,川がエデンから発していて園を潤し,そこから分かれ出て,いわば四つの頭となった。
11 第一のものの名はピションという。それはハビラの全土を巡るもので,そこには金がある。
12 そしてその地の金は良質である。そこにはブデリウム樹脂やしまめのうもある。
13 また第二の川の名はギホンという。それはクシュの全土を巡るものである。
14 また,第三の川の名はヒデケルという。それはアッシリアの東を行くものである。そして,第四の川はユーフラテスである。
15 それからエホバ神は人を取ってエデンの園に住ませ,それを耕させ,またその世話をさせた
16 また,エホバ神は人に命令を与えてこう言われた。「園のすべての木から,あなたは満ち足りるまで食べてよい。

17 しかし,善悪の知識の木については,あなたはそれから食べてはならない。それから食べる日にあなたは必ず死ぬからである」。
(参考:この時アダムは死とは何かを理解していなかったと思われます)

18 次いでエホバ神は言われた,「人が独りのままでいるのは良くない。わたしは彼のために,彼を補うものとなる助け手を造ろう」。
19 さて,エホバ神は野のあらゆる野獣と天のあらゆる飛ぶ生き物を地面から形造っておられたが,人がそれぞれを何と呼ぶかを見るため,それらを彼のところに連れて来られるようになった。そして,人がそれを,すなわちそれぞれの生きた魂をどのように呼んでも,それがすべてその名となった
20 それで人は,すべての家畜と天の飛ぶ生き物と野のあらゆる野獣に名を付けていたが,人のためには,これを補うものとなる助け手は見いだされなかった。
21 そこでエホバ神は深い眠りを人に臨ませ,彼が眠っている間に,そのあばら骨の一つを取り,次いでそこの肉をふさがれた。
22 それからエホバ神は,人から取ったあばら骨を女に造り上げ,それを人のところに連れて来られた
23 すると人は言った,
「これこそついにわたしの骨の骨,
わたしの肉の肉。
これは“女”と呼ばれよう。
男から取られたのだから」。
24 それゆえに,男はその父と母を離れて自分の妻に堅く付き,ふたりは一体となるのである。
25 そしてそのふたりは,すなわち人もその妻も共に裸のままであったが,それでも恥ずかしくは思わなかった

その後、
最初にエバが、次いで、アダムが神に禁じられた木の実を食べてしまいました。
創世記3章
6 そこで女は見て,その木が食物として良く,目に慕わしいものであるのを知った。たしかに,その木は眺めて好ましいものであった。それで彼女はその実を取って食べはじめた。その後,共にいたときに夫にも与え,彼もそれを食べはじめた
7 すると,その二人の目は開け,ふたりは自分たちが裸であることに気づくようになった。そのため,彼らはいちじくの葉をつづり合わせて自分たちのために腰覆いを作った

(参考:人間は昔から今に至るまで、裸を隠す時には全身ではなく腰と胸(女の場合)です。

 アダムとエバもそのようにしたのです)

これが人間が裸を恥ずかしいと思うようになった原因です
そして、神の宣言通り罪による死と共にすべての人に裸を恥ずかしいと思う感情も遺伝したのです。
ローマ5章
12 それゆえ,一人の人を通して罪が世に入り,罪を通して死が[入り],こうして死が,すべて[の人]が罪をおかしたがゆえにすべての人に広がったのと同じように―。
13 というのは,律法以前にも罪は世にあったからです。ただ,律法がなければだれも罪の責めを受けないのです。
14 それにもかかわらず,死はアダムからモーセに至るまで,アダムの違犯と同様の罪をおかさなかった者に対しても王として支配しました

生まれたての赤ん坊を見ていると裸でも恥ずかしいと言うそぶりを見せません。
人が裸を恥ずかしいと思うのは10歳ぐらいになってからです。
それまでは男の子も女の子も一緒にお風呂に入っても無邪気に戯れているのです。
誰も恥ずかしいとも思わず裸だからと言って特に意識をすることもないのです。

こうしたことをすべての人は日常的に見て知っています。
ただ、恥ずかしいと思わないのは「まだ子供だから」と考えていることが殆どだと思います。

それもありますが、わたしの考えは少し違います。
この10年間は、もしかするとエバが創造され罪を犯すまでの期間だったのではないかということです。
これ自体に重要な意味はありません
ただ、
人間は初めから裸を恥ずかしいと思わなかったことの証となるのではないでしょうか。

裸を意識することと知能が関係していると現代の人は考えていると思います。
10歳ぐらいになると誰でも、いわゆる反抗心が芽生えるものです。
こうした「自意識」が恥ずかしいという感情を生じさせているとも言えます。

反抗心はいわば親離れの最初の兆候です。
つまり、子供は次第に親から自立して生きるように造られているのです。
神は女を創造した時に次のように宣言されています。
創世記2章
24 それゆえに,男はその父と母を離れて自分の妻に堅く付き,ふたりは一体となるのである。

大人になっても裸を恥ずかしいと思わない人もいます。
それは理性でそう思っているだけです。
温泉地で同性の人が皆裸で(当然ですが)入浴したり体を洗ったりくつろいでいます。
また、誰かに見られなければ、大抵の人は恥ずかしいとは思わないものです。
実際、家の中に誰もいなければ裸で過ごす人もいるのも事実です。
家のお風呂に入る時も同様です。
健康法の一つとして裸で寝るというのもあります。
冬でも温まると裸の方が温かさを実感するものです。
ただ、布団に入った直後しばらくは寒いです。
修行僧などは薄着ですし冬でも余り暖房に当たることはありません。
つまり、動いて寒さを凌いでいると言った方が正しいのかも知れません。

繰り返しになりますが、裸に関して、人は「誰かに見られるので恥ずかしい」と思うのです。

他方、人間以外で裸を恥ずかしいと思う動物や生き物はいません。
人間に近い姿をしているチンパンジーやゴリラなどでも、人間の生活圏にいる犬や猫も裸を恥ずかしいという仕草を見せることはありません
多くの場合体全体が毛で覆われています。
つまり、初めから隠されているのです。
恥ずかしいと思わない動物は毛で覆われて見えにくくされているのです。
加えて、人間以外の動物にはいわゆる子供を産む時期が定められており、互いに裸だからと言って年中子供を産んでいる訳ではありません
人間だけが年中子供を産んでいるのです。

なぜ、最初の人間は、二人は当初裸でも恥ずかしいとは思わなかったのでしょうか
それは、神が恥ずかしいという人間の意識を制限、あるいは封印していたからです。
それを人間が神が禁じていた木の実を食べることで自らこの制限を「解除」してしまったのです。
神は人間をそのように造られたのです。
いわば、開けてはならない「扉」を開けてしまい中を見てしまったようなものです。
その「扉の中は人間の苦悩で満たされていた」のです。
神が食べてはならないと制限した樹は、いわば、人間を守るものだったのです。

つまり、人間が裸を恥ずかしいと思うことは、人間が神によって創造されたことを証するものなのです。
こうした点は他にも沢山あるのです。
ただ、人間は他の生き物とは異なる多くの「人間の特徴」を「当然」と見なしているのです。
この「当然」こそが、神が人間を創造したことの証なのです。

皆さんも考えて見て下さい。
他の生き物とは異なる、人間として当然の事柄を。

また、こうした事柄は「人間は進化によって誕生した生き物ではないことの証明でもあります。

わたしのブログにようこそ!
初めに申し上げたいことがあります。
「真理」を探究したい人に継続して読んで頂きたいと思っています。
「聖書の真理」を探究する人たちに継続して読んで頂くことがわたしの願いです。

ものみの塔の信者たちへ
このブログを読んでも[聖書]に対する背教にはなりません
ものみの塔の教えに偏るのではなく、聖書の正しい理解に努めましょう。

クリスチャンではない人たちへ
聖書に対する思い込みや偏見をなくし実際に読んでみて下さい。

人間としての道徳、生き方に関心のある人なら、マタイ5章から7章の、いわゆる山上の垂訓から学ぶことが出来ます。
聖書を読む時には、初めは言葉じりに捕らわれることなく、文脈から内容の意図を理解する必要があります。
そうしないと正しい理解、偏見のない知識にはなりません。

 更に、聖書全体に精通し理解したいと思うなら、聖書の読み方に関する、わたしのブログ、
1 「聖書を読むべき理由」-2024年2月25日
2 「聖書のコラム-34(なぜ聖書の理解が深まらないのでしょうか)」-23年9月19日
の二つの記事を参考にして下さい。
きっと、役に立ちます。  

  

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:大小様々な災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いの 
 ことです。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えています。      
 七番目のラッパが最後のラッパですが、その最後に七つの神の怒りの鉢が順番に注ぎ込まれるこ
 とになっています。
 その七番目の鉢が地上に注ぎ込まれることが、神が[今の地上]に対して行われる最後の部分の 
 最後の災いとなります。 
 参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

創世記9章(ノアの大洪水直後に人類に与えらえた神の警告
次いで神はノアとその息子たちを祝福してこう言われた。「子を生んで多くなり,地に満ちよ。
2 そして,あなた方に対する恐れ,またあなた方に対するおののきは,地のあらゆる生き物と天のあらゆる飛ぶ生き物,地面を動くあらゆるもの,また海のすべての魚に引き続きとどまるであろう。それらは今あなた方の手に与えられる。
3 生きている動く生き物はすべてあなた方のための食物としてよい。緑の草木の場合のように,わたしはそれを皆あなた方に確かに与える。
4 ただし,その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない。
5 さらにわたしは,あなた方の魂の血の返済を求める。すべての生き物の手からわたしはその返済を求める。人の手から,その兄弟である各人の手から,わたしは人の魂の返済を求める。
6 だれでも人の血を流す者は,人によって自分の血を流される。神は自分の像に人を造ったからである。
7 そしてあなた方は,子を生んで多くなり,地に群がってそこに多くなれ」。
(これは殺人だけではなく傷害もあるいは誰かを介しても同じ罪を問われるというものです。
 この命令の神の意図は「血を神聖なものとして扱うように」というものです。
 なぜなら、命は血によって支えられているからです。
 つまり、血を神聖なものとして扱うということは、すなわち「命を神聖なものとする」というこ
 となのです。
 「神聖なものとする」とは、神によって「神のものとして取り分けられたもの」という意味があり
 ます。
 したがって、血も、血によって支えられる命も「神のもの」なのです。

 参考:神が定めた女性の生理は、聖書では「汚れ」であり「身体を清める」ようにと律法の中で 
 示されています。
 女性の妊娠出産はいわば「血の代償」としての命でもあります。 
 ちなみに、生理のある生き物は他にも存在していますが、人間のように生理が長く、かつ、繰り 
 返しある生きものはいません) 
  

 

今回は、、キリスト教はどのように世界中に拡大したのでしょうかという話です。

今や神の名前を知らなくてもイエスの名を知らない人はいません。
クリスマスは宗教を問わず世界的な行事のようになっています。
これに匹敵するものがあるでしょうか。

なぜ、イエスの名が世界中で知られるようになり、また、クリスマスが世界中に広まったのでしょうか
それは、聖書という存在があったからです。

キリスト教の布教は同時に聖書の頒布でもあるのです。

 

ちなみに、

キリスト教    約23億人    28.8%
イスラム教    約20億人    24.9%
ヒンドゥー教    約12億人    14.9%
仏教    約3.2億人    4.1%
その他の宗教    約1.7億人    2.2%
無宗教(無宗教・不可知など)    約19億人    24.2% 

と言われています。

つまり、76%の人々は何らかの宗教に属しているかその影響の下で生活しているということが分かります。

 

その国の主流となる宗教がキリスト教である国や地域が最も大きくなっています。

面積で言えば陸地のほぼ半分の地域でキリスト教が奉じられているということです。

世界の三大宗教としてキリスト教、イスラム教、仏教が挙げられますが、ヒンドゥー教はインドに集中しているため除外しているそうです。

そのキリスト教のイエス・キリスト、イスラム教のモハメッド、仏教の仏陀の名前についても世界中の人々が知っています。
イスラム教のメッカ巡礼、仏教の正月、お盆、暮れ、そして、葬式や法事などの行事は一年中通して行われています。
また、クリスマスはキリスト教の信者でなくても世界的な行事にもなっています。
キリスト教はいわばユダヤ教から独立したものでありながら、偶像礼拝を禁じるユダヤ教とは異なりクリスチャンの殆どはクルスやロザリオなどを用いたりキリスト像やマリア像を拝んでいます。

これらは聖書では禁じられているものです。

つまり、こうしたものを用いたり拝んたりするカトリックやプロテスタントや他の宗派はいわゆる「背教者」となっているのです。
こうした像を拝んたり祈願をすることは仏教に似ています。
イスラム教では毎日決まった時間1日5回メッカに向かって祈りをしています。
これも偶像礼拝を禁じるイスラム教でありながら、自ら偶像礼拝をしているようなものです。
いわゆるラマダンの断食についても、完全な断食ではなく日没から日の出までの間は食べていいことになっています。
ユダヤ教の断食や安息日を守ることは律法、つまり、神のおきてですが、ラマダンもイスラム教の神の命令とされています。

聖書の中でイエスは自分の死を記念として、また、新しい契約として象徴的なパン(キリストの体)とぶどう酒(キリストの血)に与るという、いわば儀式を毎年行うようにと命じています。
これをカトリックではミサとか聖餐式などと言って、いわゆる聖体拝領を毎週日曜日に、あるいは、事あるごとに行っています。
気持ちは分りますが「意味を分かっているのか疑問」です。

また、愛を説くキリスト教でありながら、異なる国のクリスチャン同士が殺し合いをしています。
こうしたことに疑問を持つ人も少なくないのではないでしょうか。

多くの場合、カトリックやプロテスタントや他のキリスト教の宗派のしていることは「聖書に基づいていない」場合が殆どで、聖書の中の内容や出来事の一部分を「人間的に拡大解釈して行っている」に過ぎません。
ですから、彼らの言う通りしなくても何も起きないしそれによって個人的に害を受けることもないのです。
ハッキリ言えば、気にしなくても全く問題はないのです。
ただし、こうしたことに関わると神とキリストによる厳しい罰を受ける」ことになります。

多くのクリスチャンたちはこうしたことを知らずに、言われるがままに行っているのです。

知らない人から見れば「そうなんだ」と思いますが、知っている人聖書を理解している人から見ると「背教」とみる訳です。
ですから、こうしたことからは離れて関わらないことです。

なせ、また、いつから背教が行われるようになったのでしょうか
先ずは、キリスト教が世界に広まった経緯について述べたいと思います。
それは、いわゆる大航海時代、キリスト教を奉じるスペイン、ポルトガル、そして、イギリスによる世界進出であり植民地政策に聖書を利用したことにあります。
このため、日本や中南米で大勢の人々をクリスチャンとすることで侵略者たちが植民地の統制や治安維持を謀ったのです。
日本では禁令となるくらい信者が増えた時代もありました。
しかし、アメリカとの戦争で負けたのでかつてのように大勢の人々がクリスチャンになるということはありませんでした。
現在日本におけるクリスチャンの数は日本の人口の僅か1.6%に過ぎません。

キリスト教が世界に広まったその発端について以下の述べたいと思います。
神がイエスを遣わしたのはユダヤ人に対してでした。
そして、イエスは弟子たちに対しても同じように指示しました
マタイ10章
それから[イエス]はご自分の十二弟子を呼び寄せ,汚れた霊たちを制する権威をお与えになった。それを追い出し,あらゆる疾患とあらゆる病を治すためであった。
2 十二使徒の名は次のとおりである。まず,ペテロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレ,ゼベダイの[子]ヤコブとその兄弟ヨハネ,3 フィリポとバルトロマイ,トマスと収税人マタイ,アルパヨの[子]ヤコブとタダイ,
4 カナナイ人シモンとユダ・イスカリオテである。この[ユダ]は後に[イエス]を裏切った。
5 イエスはこれら十二人を遣わして,この命令をお与えになった。「諸国民の道に行ってはならず,またサマリア人の都市に入ってはなりません。
6 そうではなく,いつもイスラエルの家の失われた羊のところに行きなさい
7 行って,『天の王国は近づいた』と宣べ伝えなさい。
8 病気の人を治し,死んだ者をよみがえらせ,らい病人を清め,悪霊を追い出しなさい。あなた方はただで受けたのです,ただで与えなさい。
9 あなた方の腰帯の財布のために金や銀や銅を手に入れてはならず,
10 また,旅のための食物袋も,二枚の下着も,またサンダルや杖も[手に入れては]なりません。働き人は自分の食物を受けるに価するのです。
11 「どんな都市または村に入っても,そこにいるふさわしい人を捜し出し,去るまではそこにとどまりなさい。
12 その家の中に入るときには,家の者たちにあいさつをしなさい。
13 そして,その家がふさわしいなら,あなた方の願う平安をそこに臨ませなさい。しかし,もしふさわしくないなら,あなた方からの平安をあなた方のもとに帰らせなさい。
14 どこでも,人があなた方を迎え入れず,またあなた方の言葉を聴かない所では,その家またはその都市から出る際に,あなた方の足の塵を振り払いなさい
15 あなた方に真実に言いますが,裁きの日には,その都市よりもソドムとゴモラの地のほうが耐えやすいでしょう。
-マタイ10:5

この点パウロは次のように述べています。
14 それでも彼らは,ペルガからさらに進んでピシデアのアンティオキアに来た。そして,安息日に会堂に入って席に着いた。
15 律法と預言者たちの公の朗読の後,会堂の主宰役員たちが彼らのところに人をよこしてこう言った。「皆さん,兄弟たち,民に対して何か励ましの言葉があれば,話してください」。
16 そこでパウロは立ち上がり,手を動かしながらこう言った。

このような経緯でパウロはイエスに関する証言を始めました
その結果は以下のとおりです。

38 「ですから,兄弟たち,このことを知ってください。すなわち,この方を通して罪の許しがあなた方に広められており,
39 モーセの律法のもとであなた方が無罪と宣せられなかったすべてのことについても,信じる者は皆,この方によって無罪と宣せられるということです。
40 ですから,預言者たちの中で言われている次のことがあなた方に臨まないようにしてください。
41 『あざける者たちよ,それに目を留めよ。驚き怪しめ。そして消え去れ。わたしはあなた方の日に一つの業をするからである。それは,だれかが詳しく話したとしても,あなた方が決して信じることのない業である』」。
42 さて,彼らが出て行く際,人々は,こうしたことを次の安息日にも話してほしいと懇願するのであった。
43 そして,会堂の集会が解散した後,ユダヤ人および[神を]崇拝する改宗者の多くがパウロとバルナバのあとに付いて来たが,ふたりはその人たちに話して,神の過分のご親切のうちにずっととどまるようにとしきりに勧めるのであった。
44 次の安息日には,ほとんど全市[の人々]がエホバの言葉を聞きに集まった
45 ユダヤ人たちはこの群衆を見てねたみに満たされ,パウロの語る事柄を冒とくしてそれに言い逆らうようになった。
46 それで,パウロとバルナバは大胆に語って言った,「神の言葉はまずあなた方に対して語られることが必要でした。あなた方がそれを押しのけて,自らを永遠の命に値しない者と裁くのですから,ご覧なさい,わたしたちは諸国民のほうに向かいます
47 事実,エホバは次のような言葉でわたしたちに命令を課しておられます。『わたしはあなたを任命して諸国民の光とした。地の果てにまであなたが救いとなるためである』」。
48 諸国の人たちはこれを聞いて歓び,エホバの言葉に栄光を帰するようになった。そして,永遠の命のために正しく整えられた者はみな信者となった
49 さらに,エホバの言葉はその地方全域に伝えられていった
50 しかしユダヤ人たちは,[神]を崇拝する評判の良い婦人たちや市の主立った人々をあおり立て,パウロとバルナバに対して迫害を起こし,彼らを自分たちの境界の外に追い出した
51 彼らはそうした人々に向かって足の塵を振り払い,それからイコニオムに行った。

52 そして,弟子たちは引き続き喜びと聖霊とに満たされていた。
-使徒13:15-52

パウロが述べているように、神の言葉つまりイエス・キリストに関する良いたよりは「まずユダヤ人」たちに伝えられたのです。
それが済んだので(預言されていた70周年が満了したので)、次にパウロが諸国民にこれを広めるために遣わされたのです。

イエスが山上の垂訓を述べた群衆ユダヤ人だったので、教えの殆どは律法にまつわるものでした。
-マタイ5-7章

その後、多くの病人を癒し悪霊たちに取り付かれた人々から悪霊たちを追い出し、安息日には会堂に入って教えることもありました。
これを快く思わないユダヤ人たち特に書士やパリサイ人イエスに難癖をつけて「罪を犯させようとして」様々な質問を投げかけることまでしています。
しかし、彼らは、
神を自分の父と呼んだことや自分が神の子であることや自分が王であることなど以外イエスについてサンヘドリンに訴えても罪に問うことが出来ませんでした。
そのため、ユダヤ人たちは当時ユダヤ人を治めていたヘロデ王やローマのユダヤ人総督のピラトに訴えたのです。
その結果は、皆さんが知っている通りイエスは処刑されました。

なぜユダヤ人たちはイエスを殺害しようとしたのでしょうか
8章
しかしイエスはオリーブ山に行かれた。
2 それでも,夜明けには再び神殿に姿を現わされ,民はみなそのもとに来るのであった。そして[イエス]は腰を下ろして彼らに教えはじめられた
3 そこへ,書士とパリサイ人たちが,姦淫の場で捕らえられたひとりの女を連れて来た。そして,彼女を自分たちの真ん中に立たせてから,
4 彼にこう言った。「師よ,この女は現に姦淫を犯しているところを捕らえられました。
5 モーセは律法の中で,このような女を石打ちにすることをわたしたちに規定しました。あなたはいったい何と言われますか」。
6 もとより彼らは,[イエス]を試して,訴える手がかりを得ようとしてこれを言っていたのである。しかしイエスは身をかがめ,指で地面に[何か]書きはじめられた。
7 彼らが執ように尋ねると,[イエス]は身をまっすぐに起こして彼らに言われた,「あなた方の中で罪のない人が,彼女に対して最初に石を投げなさい」。
8 そしてもう一度かがんで,地面に[何か]書きつづけておられた。
9 ところが,これを聞いた者たちは,年長者たちから始めて一人ずつ出て行き,やがて彼ひとり,そして彼らの真ん中にいた女だけが残った。
10 イエスは身をまっすぐに起こして彼女に言われた,「女よ,彼らはどこにいるのですか。だれもあなたを罪に定めなかったのですか」。
11 彼女は言った,「だれも,だんな様」。イエスは言われた,「わたしもあなたを罪には定めません。行きなさい。今からは,もう罪を習わしにしてはなりません」。
(参考:イエスは姦淫の罪を犯したこの女性を罪に定めなかったのです)

12 それゆえ,イエスは彼らに再び話してこう言われた。「わたしは世の光です。わたしに従う者は決して闇の中を歩むことがなく,命の光を持つようになります」。
13 ゆえにパリサイ人たちは彼に言った,「あなたは自分自身について証しをしています。あなたの証しは真実ではありません」。
14 それに答えてイエスは彼らに言われた,「たとえわたしが自分自身について証しするとしても,わたしの証しは真実です。わたしは,自分がどこから来たか,そしてどこへ行こうとしているかを知っているからです。しかしあなた方は,わたしがどこから来たか,そしてどこへ行こうとしているかを知りません。
15 あなた方は肉にしたがって裁きますわたしはだれをも裁きません
(肉にしたがって裁くとは、人間の考えで人を裁いているということです)

16 ですが,もしわたしが裁くとすれば,わたしの裁きは真実です。わたしは独りではなく,わたしを遣わした父が共におられるからです。
17 また,あなた方自身の律法の中に,『二人の証しは真実である』と書いてあります。
18 わたしは,自分について証しする者であり,わたしを遣わした父もわたしについて証しされるのです」。
19 それゆえ彼らはさらに言った,「あなたの父とはどこにいるのですか」。イエスは答えられた,「あなた方はわたしも,わたしの父も知りません。もしあなた方がわたしを知っているとすれば,わたしの父をも知っているはずです」。

20 [イエス]はこれらのことばを,神殿で教えていた際,宝物庫の所で話された。しかしだれも彼を捕まえなかった。彼の時はまだ来ていなかったからである。
21 そこで[イエス]は再び彼らに言われた,「わたしは去って行こうとしています。そしてあなた方はわたしを捜すことでしょう。それでも,あなた方は自分の罪のうちに死にます。わたしが行こうとしている所へ,あなた方は来ることができません」。
22 それゆえ,ユダヤ人たちは言いはじめた,「彼は自殺するつもりなのではあるまい。『わたしが行こうとしている所へ,あなた方は来ることができない』と言っているが」。
23 それで[イエス]はさらに彼らに言われた,「あなた方は下の領域からの者ですが,わたしは上の領域からの者です。あなた方はこの世からの者ですが,わたしはこの世からの者ではありません。
24 それゆえわたしは,あなた方は自分の罪のうちに死ぬと言ったのです。わたしが[その者]であることを信じないなら,あなた方は自分の罪のうちに死ぬことになるのです」。
25 そこで彼らは,「あなたはだれなのですか」と言いだした。イエスは彼らに言われた,「一体なぜわたしはあえてあなた方に話しているのでしょうか
26 わたしには,あなた方について話すべきこと,また裁きを下すべきことがたくさんあります。実際のところ,わたしを遣わした方は真実な方であり,その方から聞いたこと,それをわたしは世で話しているのです」。
27 [イエス]が父について話しておられることを,彼らは会得しなかった
28 それゆえイエスは言われた,「ひとたび人の子を挙げてしまうと,そのときあなた方は,わたしが[その者]であり,わたしが何事も自分の考えで行なっているのではないことを知るでしょう。わたしはこれらのことを,ちょうど父が教えてくださったとおりに話しているのです。
29 そして,わたしを遣わした方は共にいてくださいます。わたしを独りだけにして見捨てたりはされませんでした。わたしは常に,その方の喜ばれることを行なうからです」。
30 これらのことを話しておられる間に,多くの者が彼に信仰を持った
31 そこでイエスは,自分を信じたユダヤ人たちにさらにこう言われた。「わたしの言葉のうちにとどまっているなら,あなた方はほんとうにわたしの弟子であり,
32 また,真理を知り,真理はあなた方を自由にするでしょう」。
33 彼らは答えた,「わたしたちはアブラハムの子孫であって,だれにも奴隷になったことなどありません。『あなた方は自由になるでしょう』と言われるのはどうしてですか」。
34 イエスは彼らに答えられた,「きわめて真実にあなた方に言いますが,すべて罪を行なう者は罪の奴隷です
35 そして,奴隷は家の者たちの中にいつまでもとどまっているわけではありません。子はいつまでもとどまっています。
36 それゆえ,もし子があなた方を自由にするならば,あなた方は本当に自由になるのです
(この子とはイエス・キリストにのことです。
 自由とは罪を行うことからの自由、つまり、罪を行わないようになる、あるいは、罪を許されると

 いうことを述べています。)

37 わたしは,あなた方がアブラハムの子孫であることを知っています。しかしあなた方はわたしを殺そうとしています。それは,わたしの言葉があなた方の間で進んでゆかないからです。
38 わたしは,自分の父のもとで見た事柄を話します。それであなた方は,[自分たちの]父から聞いた事柄を行なうのです」。
(イエスがここで言われた「自分たちの父」とは悪魔のことです)

39 彼らは答えて言った,「わたしたちの父はアブラハムです」。イエスは彼らに言われた,「アブラハムの子供であるというなら,アブラハムの業を行ないなさい。
40 しかし今,あなた方は,わたしを,神から聞いた真理をあなた方に告げた者を殺そうとしています。アブラハムはそのようなことを行ないませんでした。
41 あなた方は自分たちの父の業を行なっているのです」。彼らは言った,「わたしたちは淫行によって生まれたのではありません。わたしたちには一人の父,神がいるのです」。
42 イエスは彼らに言われた,「もし神があなた方の父であるならば,あなた方はわたしを愛するはずです。わたしは神のもとから出てここにいるからです。そしてわたしは決して自分の考えで来ているのではありません。その方がわたしを遣わされたのです。
43 わたしの話している事柄があなた方に分からないのはなぜでしょうか。それは,あなた方がわたしの言葉を聴くことができないからです。
44 あなた方は,あなた方の父,悪魔からの者であって,自分たちの父の欲望を遂げようと願っているのです。その者は,その始まりにおいて人殺しであり,真理の内に堅く立ちませんでした。真実さが彼の内にないからです。彼が偽りを語るときには,自分の性向のままに語ります。彼は偽り者であって,[偽り]の父だからです
(ここで、イエスはハッキリと彼らの父が悪魔であると述べています。

 悪魔についてハッキリと述べたのはイエスが最初だったのです)

45 他方,わたしは真理を告げるので,あなた方はわたし[のことば]を信じません。
46 あなた方のうちのだれが,わたしに罪があると証明するのですか。わたしが真実を話しているなら,あなた方がわたし[のことば]を信じないのはどうしてですか。
47 神からの者は神の言われることを聴きます。あなた方が聴かないのはこのため,つまり,神からの者ではないからです」。
48 それに答えてユダヤ人たちは彼に言った,「わたしたちが,あなたはサマリア人で,悪霊につかれている,と言うのは正しいのではありませんか」。
49 イエスは答えられた,「わたしは悪霊につかれてはいません。わたしの父を尊んでいるのであり,あなた方はそのわたしを辱めています。
50 といっても,わたしは自分のために栄光を求めているのではありません。求め,かつ裁いておられる方がいます。

51 きわめて真実にあなた方に言いますが,だれでもわたしの言葉を守り行なうなら,その人は決して死を見ることがありません」。
52 ユダヤ人たちは彼に言った,「今わたしたちは,あなたが悪霊につかれていることがはっきり分かります。アブラハムは死にましたし,預言者たちもそうです。それなのにあなたは,『だれでもわたしの言葉を守り行なうなら,その人は決して死を味わうことがない』と言っています。
53 あなたは,死んだわたしたちの父アブラハムよりも偉いわけではないでしょう。そして,預言者たちも死んだのです。あなたは,自分が何者であると唱えるのですか」。
54 イエスは答えられた,「わたしが自分に栄光を付すのであれば,わたしの栄光はむなしいものです。わたしに栄光を与えてくださるのはわたしの父,あなた方が自分たちの神であると言うその方です。
55 それでいて,あなた方はその方を知っていません。しかし,わたしはその方を知っています。そして,その方を知らないと言えば,わたしはあなた方のように,つまり偽り者になります。しかしわたしは確かにその方を知っており,その方の言葉を守り行なっています。

イエスに質問しているユダヤ人を偽り者と言っています)


56 あなた方の父アブラハムは,わたしの日を見ることを見越して大いに歓び,それを見て歓んだのです」。
57 それゆえユダヤ人たちは彼に言った,「あなたはまだ五十歳になってもいないのに,アブラハムを見たことがあるのですか」。
58 イエスは彼らに言われた,「きわめて真実にあなた方に言いますが,アブラハムが存在する前からわたしはいるのです」。
59 そのため彼らは,[イエス]に投げつけようとして石を拾った。しかしイエスは隠れ,神殿から出て行かれた。
-マタイ8章

こうした経緯だけを見るとイエスはユダヤ人の迫害に遭って処刑されたように見えます
実際そうだったのですが、これを逃れるだけの力がありましたが「神のご意志を優先」させたのです。
36 それから,イエスは彼らと共にゲッセマネと呼ばれる所に来て,弟子たちにこう言われた。「わたしがあちらへ行って祈りをする間,ここに座っていなさい」。
37 そして,ペテロとゼベダイの二人の子を連れて行かれたが,ご自分は非常に悲しみ,かつひどく苦悩し始められた。38 それから彼らにこう言われた。「わたしの魂は深く憂え悲しみ,死なんばかりです。ここにとどまって,わたしと共にずっと見張っていなさい」。
39 そして少し進んで行き,うつ伏してこう祈られた。「わたしの父よ,もしできることでしたら,この杯をわたしから過ぎ去らせてください。それでも,わたしの望むとおりにではなく,あなたの望まれるとおりに」。
40 それから弟子たちのところに来られたが,彼らが眠っているのを見て,ペテロにこう言われた。「あなた方は,わたしと共に一時間見張っていることもできなかったのですか。
41 ずっと見張っていて絶えず祈り,誘惑に陥らないようにしていなさい。もとより,霊ははやっても,肉体は弱いのです」。
42 [イエス]は再び,二度目に離れて行って,こう祈られた。「わたしの父よ,これが,わたしが飲まないでは過ぎ去ることのできないものでしたら,あなたのご意志が成るようにしてください」。
43 それから再び来て,彼らが眠っているのをご覧になった。彼らの目は重くなっていたのである。
44 それで彼らを残してまた離れて行き,三度目の祈りをして,もう一度同じ言葉を語られた。
45 それから弟子たちのところに来て,こう言われた。「このような時に,あなた方は眠って休んでいる! 見よ,人の子が裏切られて罪人たちの手に渡される時刻が近づきました。
46 立ちなさい。行きましょう。見よ,わたしを裏切る者が近づいて来ました」。
47 すると,[イエス]がまだ話しておられるうちに,見よ,十二人の一人であるユダがやって来た。そして,剣やこん棒を持ち,祭司長および民の年長者たちのもとから来た大群衆が彼と一緒であった。
48 さて,[イエス]を裏切る者は,「だれであれわたしが口づけするのがその人だ。それを拘引せよ」と言って,彼らと合図を決めてあった。
49 それで彼はまっすぐイエスのところに寄って行き,「ラビ,こんにちは」と言って,いとも優しく口づけした。
50 しかしイエスは,「君,何のためにここにいるのか」と言われた。その時,彼らが進み出,イエスに手をかけて拘引した。
51 ところが,見よ,イエスと共にいた者の一人が,手を伸ばして自分の剣を抜き,大祭司の奴隷に撃ちかかってその耳を切り落とした。
52 その時イエスは彼に言われた,「あなたの剣を元の所に納めなさいすべて剣を取る者は剣によって滅びるのです
53 それともあなたは,わたしが父に訴えて,この瞬間に十二軍団以上のみ使いを備えていただくことができないとでも考えるのですか。
54 そのようにしたなら,必ずこうなると[述べる]聖書はどうして成就するでしょうか」。
55 その折,イエスは群衆にこう言われた。「あなた方は,わたしを捕縛するのに,強盗に対するように剣やこん棒を持って出て来たのですか。日々わたしは神殿の中に座って教えていたのに,あなた方はわたしを拘引しませんでした。

56 しかし,このすべては,預言者たちの[記した]聖句が成就するために起きたのです」。その時,弟子たちはみな彼を捨てて逃げて行った
(捕縛されたイエスを見て、すべての弟子たちはその場から逃げたのです。
 気持ちは分りますが、イエスに対する信仰もこの程度だったのです。
 では、いつ弟子たちは死をも恐れずイエスについて証するようになったのでしょうか。
 それは、イエスが復活し彼らの前に現れてからのです)
-マタイ26:36-56

イエスの死には別の意味があったことは、イエス自身の言葉と死後使徒たちや弟子たちによって伝えられる以外誰も知らないことでした。
17 無酵母パンの最初の日,弟子たちがイエスのところに来て,こう言った。「過ぎ越しの食事をなさるため,わたしたちがどこに準備するようお望みですか」。
18 [イエス]は言われた,「市内に入ってこれこれの人のところに行き,こう言いなさい。師が,『わたしの定めの時が近づきました。わたしは弟子たちと共にあなたの家で過ぎ越しを祝います』と言っておられますと」。
19 それで弟子たちはイエスが命じたとおりに行なって,過ぎ越しの用意を整えた。
20 さて,夕方になってから,[イエス]は十二弟子と共に食卓について横になっておられた。
21 彼らが食べている間に,[イエス]はこう言われた。「あなた方に真実に言いますが,あなた方のうちの一人がわたしを裏切るでしょう」。
22 そこで彼らはひどく悲嘆し,それぞれみんなが,「主よ,まさかわたしではありませんね」と言い始めた。
23 [イエス]は答えて言われた,「わたしと一緒に手を鉢に浸す者,それがわたしを裏切る者です。
24 確かに人の子は,自分について書かれているとおりに去って行きますが,人の子を裏切るその人は災いです! その人にとっては,むしろ生まれてこなかったほうが良かったでしょう」。
25 彼をまさに裏切ろうとしていたユダが答えて言った,「ラビ,まさかわたしのことではありませんね」。[イエス]は彼に言われた,「あなた自身が[そう]言いました」。
(参考:ユダが出て行った後)
26 彼らが食事を続けていると,イエスはパンを取り,祝とうを述べてからそれを割き,弟子たちに与えて,こう言われた。「取って,食べなさい。これはわたしの体を表わしています」。
27 また,杯を取り,感謝をささげてからそれを彼らに与え,こう言われた。「あなた方はみな,それから飲みなさい。

28 これはわたしの『契約の血』を表わしており,それは,罪の許しのため,多くの人のために注ぎ出されることになっているのです。
-マタイ26:17-28
(参考:これがカトリックの行うミサの根拠となっている部分です。
 しかし、カトリックの行っているミサは正しいものではありません

パウロはこの点について次のように語っています。
13 次いで人々はパウロと共にパフォスから船出して,パンフリアのペルガに着いた。しかし,ヨハネは彼らから離れてエルサレムに帰った。
14 それでも彼らは,ペルガからさらに進んでピシデアのアンティオキアに来た。そして,安息日に会堂に入って席に着いた。
15 律法と預言者たちの公の朗読の後,会堂の主宰役員たちが彼らのところに人をよこしてこう言った。「皆さん,兄弟たち,民に対して何か励ましの言葉があれば,話してください」。
(参考:アンティオキアでパウロたちは敬意をもって受け入れられていたことを示しています)

16 そこでパウロは立ち上がり,手を動かしながらこう言った。
「皆さん,イスラエルの方と,神を恐れる[ほかの]方々,聞いてください。
(この会堂にいたのはユダヤ人だけではなかったことを示しています)

17 この民イスラエルの神は,わたしたちの父祖を選び,エジプトの地におけるその外国居留の間この民を高め,掲げたみ腕をもって彼らをそこから連れ出されました。
18 その後およそ四十年の間,[神]は荒野で彼らの行動を忍ばれました。
19 [そして]カナンの地の七つの国民を滅ぼした後,彼らの土地をくじで分配されました。
20 このすべてはおよそ四百五十年間のことです。
「そして,こうした事の後,預言者サムエルの時に至るまで彼らに裁き人をお与えになりました。
21 しかしそれ以後,彼らは王を要求し,神は,ベニヤミン部族の人,キシュの子サウルを四十年のあいだ彼らにお与えになりました。
22 ついで,彼を退けた後,ダビデを王として彼らのために起こし,彼について証しをしてこう言われました。『わたしは自分の心にかなう人,エッサイの子ダビデを見いだした。彼はわたしの望むことをみな行なうであろう』。
23 神はご自分の約束どおり,この[人]の子孫からイスラエルに救い主,イエスをもたらされました。
24 それは,ヨハネが,その方の登場に先立ち,悔い改めの[象徴としての]バプテスマをイスラエルの民のすべてに公に宣べ伝えた後のことでした。
25 しかし,自分の行程を全うしつつあった時,ヨハネはこう言ったものです。『あなた方はわたしをだれだと思いますか。わたしはその者ではありません。しかし,見よ,わたしの後に来る方がおられ,わたしはその足のサンダルをほどいてさしあげるにも値しません』。
26 「皆さん,兄弟たち,アブラハム一族の子である方たち,そして神を恐れる[ほかの]方々,この救いの言葉はわたしたちに送られているのです。
(参考:この場には既にイエスに信仰を持ちバプテスマを受けたものやその他のユダヤ人やユダヤ人以外の者たちがいたことを示しています)

27 というのは,エルサレムの住民とその支配者たちはこの方を知らず,裁く者として行動した際,預言者たちが言い表わした事柄を成就したからです。それらのことは安息日ごとに朗読されているのです。
(参考:イザヤ53:7、ゼカリヤ11:12)

28 そして,何ら死[に定める]理由を見いだせなかったにもかかわらず,彼らはこの方の処刑をピラトに要求しました
29 こうして,この方について書かれている事柄をすべてなし終えてから,この方を杭から下ろして記念の墓の中に横たえました。
30 しかし,神はこの方を死人の中からよみがえらせました
31 そしてこの方は何日もの間,自分と共にガリラヤからエルサレムに上って来ていた人たちに姿を見せ,その人たちは今,民に対する彼の証人となっています。
(参考:イエスが姿を見せたのは弟子たちだけであり、その弟子たちがイエスの[復活]の証人とも

 なったということです)

32 「それでわたしたちは,父祖になされた約束に関する良いたよりをあなた方に宣明しているのです。
33 すなわち,イエスを復活させたことにより,神は彼らの子供であるわたしたちに,その[約束]を完全に成就されたということです。詩編の第二編に,『あなたはわたしの子。わたしはこの日にあなたの父となった』と書いてあるとおりです。
34 そして,彼をもはや腐れに帰することのない[者として]死人の中から復活させたことについて,[神]はこのように述べておられます。『わたしは,ダビデに対する忠実な愛ある親切をあなた方に与える』。
35 ゆえに,別の詩の中で,『あなたはご自分の忠節な者が腐れを見ることをお許しにならない』とも言っておられます。
36 というのは,一方でダビデは,自分の世代において明示された神のご意志に仕え,[死の]眠りについて父祖たちと共に横たえられ,確かに腐れを見たからです。
37 他方,神がよみがえらせた方は腐れを見なかったのです。
38 「ですから,兄弟たち,このことを知ってください。すなわち,この方を通して罪の許しがあなた方に広められており,
39 モーセの律法のもとであなた方が無罪と宣せられなかったすべてのことについても,信じる者は皆,この方によって無罪と宣せられるということです。
-使徒13:13-30

イエスは復活後40日間弟子たちだけの前に現れ(亡くなった時の姿ではありません)聖書に関して多くの事を教えられ昇天の直前に次のように言われました。
イエスの弟子たちに対する命令です。
マタイ28章
安息日ののち,週の最初の日が明るくなりかけたころ,マリア・マグダレネともう一方のマリアが墓を見に来た。
2 すると,見よ,大きな地震が起きた後であった。エホバのみ使いが天から下り,近づいて石を転がしのけ,その上に座っていたのである。
3 その外見は稲妻のようであり,その衣服は雪のように白かった。
4 そして,見張りの者たちは,彼に対する恐れのためにおののいて,死人のようになっていた。
5 しかしみ使いは答えて女たちに言った,「あなた方は恐れてはなりません。あなた方が杭につけられたイエスを捜していることを,わたしは知っているのです
6 彼はここにはいません。彼が言ったとおり,よみがえらされたのです。さあ,彼の横たわっていた場所を見なさい。

7 それから,急いで行って,彼が死人の中からよみがえらされたことを,その弟子たちに告げなさい。そして,見よ,彼はあなた方に先立ってガリラヤに行きます。あなた方はそこで彼を見るでしょう。見よ,わたしはあなた方に告げました」。
8 それで,彼女たちは急いで記念の墓を去り,恐れと大きな喜びとを抱きつつ,弟子たちに報告するために走った。
9 すると,見よ,イエスが彼女たちに出会って,「こんにちは!」と言われた。彼女たちは近づいてその足を抱き,彼に敬意をささげた。
10 その時,イエスはこう言われた。「恐れることはありません! 行って,わたしの兄弟たちに報告し,彼らがガリラヤに行くようにしなさい。彼らはそこでわたしを見るでしょう」。
11 彼女たちがその道にある間に,見よ,警備隊のある者たちが市内に行き,起きたことすべてを祭司長たちに報告した。
12 それでこれらの者は,年長者たちと集まって相談したのち,十分な数の銀をその兵士たちに与えて,
13 こう言った。「『夜中にその弟子たちが来て,自分たちが眠っている間に彼を盗んでいった』と言え。
14 そして,もしこれが総督の耳に入るなら,我々が[彼に]説いて,あなた方には心配がないようにする」。
15 そこで彼らはその銀を受け取り,諭されたとおりにした。それで,この話が今日この日に至るまでユダヤ人の間に広まっているのである。
16 しかしながら,十一人の弟子はガリラヤに赴き,イエスが彼らのために取り決めた山に行った
17 そして,[イエス]を見ると,彼らは敬意をささげた。しかし,ある者たちは疑った。
(疑った弟子たちは、亡くなる前の姿ではなかったからです。
 イエスはこれを咎めてはいません)

18 すると,イエスは近づいて来て,彼らにこう話された。「わたしは天と地におけるすべての権威を与えられています
19 それゆえ,行って,すべての国の人々を弟子とし,父と子と聖霊との名において彼らにバプテスマを施し,
20 わたしがあなた方に命令した事柄すべてを守り行なうように教えなさい。そして,見よ,わたしは事物の体制の終結の時までいつの日もあなた方と共にいるのです」。

イエスは亡くなる前はユダヤ人のみに宣教活動を行いましたが、この時にはすべての国の人々に宣べ伝えるべきことを命じています。
つまり、人間イエスとしての役割を果たした後、弟子たちに新たな使命が加えられたことを示しています。
それは天と地におけるすべての権威を与えられたことに示されています。
そして、そのことの初めとしてサウロを改宗させ諸国民への使徒として任命したのです。
それが後のパウロなのです。
パウロの改宗の時の状況は次のように記されています。
使徒9章
しかしサウロは,主の弟子たちに対する脅しと殺害の息をなおもはずませながら大祭司のもとに行き,
2 ダマスカスの諸会堂への手紙を求めた。だれでもこの道に属する者を見つけたら,男でも女でも縛ってエルサレムに連れて来るためであった
3 さて,彼が旅行をしてダマスカスに近づいたその時,突然天からの光が彼のまわりにぱっと光り,
4 彼は地面に倒れ,「サウロ,サウロ,なぜあなたはわたしを迫害しているのか」と自分に言う声を聞いた。
5 [サウロ]は言った,「主よ,あなたはどなたですか」。彼は言った,「わたしはイエス,あなたが迫害している者です

6 しかし,起きて,市内に入りなさい。そうすれば,あなたのすべきことは告げられるでしょう」。
7 ところで,一緒に旅をしていた人たちはものも言えずに立っていた。確かに声の響きは聞こえたが,だれも見えなかったのである。
8 しかし,サウロは地面から起き上がった。すると,目は開いているのだが,何も見えなかった。それで人々はその手を取って彼を導き,ダマスカスの中へと案内した。
9 そして,三日のあいだ彼は何も見えず,また食べも飲みもしなかった。
10 ダマスカスにはアナニアという名の弟子がいたが,主は幻の中で,「アナニアよ!」と彼に言われた。彼は言った,「主よ,わたしはここにおります」。
11 主は彼に言われた,「立って,“まっすぐ”という通りに行き,ユダの家で,サウロという名の,タルソスの人を捜しなさい。見よ,彼は祈っており,
12 幻の中で,アナニアという名の者が入って来て,視力を取り戻せるように手を自分の上に置いてくれるのを見たのです」。
13 しかしアナニアは答えた,「主よ,わたしは多くの人からこの男について聞いております。エルサレムにいるあなたの聖なる者たちに対し,害となる事をどれほど多く行なったかということを。
14 そしてここでは,あなたのみ名を呼び求める者を皆なわめにかけようとして,祭司長たちから権限を受けているのです」。
15 しかし主は彼に言われた,「行きなさい。わたしにとってこの者は,わたしの名を諸国民に,また王たちやイスラエルの子らに携えて行くための選びの器だからです
16 彼がわたしの名のためにいかに多くの苦しみを受けねばならないかを,わたしは彼にはっきり示すのです」。
17 そこでアナニアは出かけて行ってその家の中に入り,彼の上に手を置いてこう言った。「サウロ,兄弟よ,来る道であなたに現われた主,イエスが,わたしを遣わして,あなたが視力を取り戻し,聖霊で満たされるようにされました」。
18 するとすぐに,その両目からうろこのような物が落ち,彼は視力を取り戻した。そして,起き上がってバプテスマを受け,
19 食事をして元気づいた
彼は幾日かの間ダマスカスの弟子たちのもとにいることになったが,
20 すぐに諸会堂でイエスのことを,すなわちこの方こそ神の子であると宣べ伝えはじめた
21 しかし,彼[のことば]を聞く者はみな非常に驚き,「これは,エルサレムでこの名を呼び求める者たちを痛めつけた人であり,そうした者たちを縛って祭司長のもとに引いて行くという目的のためにここに来たのではなかったか」と言うのであった。
22 しかしサウロはますます力を得,これがキリストであることを論証して,ダマスカスに住むユダヤ人たちをろうばいさせるのであった。
23 さて,かなりの日数になろうとしていたころ,ユダヤ人たちは彼を除き去ってしまおうとして相談した
24 しかしながら,彼らのたくらみはサウロの知るところとなった。それでも彼らは,[サウロ]を除き去ってしまおうとして,日夜城門をもじっと見張っているのであった。
25 そこで,その弟子たちは彼を連れて行き,城壁のはざまからかごでつり下げて,夜の間に彼を降ろした。
26 エルサレムに到着すると,彼は弟子たちと一緒になろうとして努力した。しかし[弟子]たちはみな彼を恐れていた。彼が弟子であることを信じなかったからである。
27 そこでバルナバが助けに来て,彼を使徒たちのところに連れて行き,彼が道の途中でどのように主を見たか,そして[主]が彼に語りかけたこと,またダマスカスでイエスの名においてどれほど大胆に語ったかを詳しく話した。
28 こうして[サウロ]はずっと彼らと共におり,エルサレム内を行き来して,主の名において大胆に語った
29 そして,ギリシャ語を話すユダヤ人たちと話したり論じ合ったりしていた。ところがこれらの者たちが,彼を除き去ってしまおうと企てた
30 兄弟たちはこれを見破って,彼をカエサレアに連れ下り,タルソスに送り出した。
31 こうして,会衆はまさに,ユダヤ,ガリラヤ,サマリアの全域にわたって平和な時期に入り,[しだいに]築き上げられていった。そして,エホバへの恐れと聖霊の慰めのうちに歩みつつ,[人数を]増していった
-使徒9:1-31

このサウロ後のパウロによって「新しい契約の範囲」がユダヤ人から諸国民へと拡大されていき、すべての国民に対する救いの音信となっていったのです。

その後、ローマ帝国はキリスト教は弾圧していましたが、コンスタンチヌスの時にキリスト教を取り入れたことからいわゆるヨーロッパの先進国にキリスト教が広まり、時には、政治よりも強い権力を持つようになって行きました。
更に、大航海時代に入りスペインやポルトガルやオランダその後のイギリスが世界中の植民地にキリスト教をいわば植民地の人々を支配するための道具として用いて来ました。

イギリスはインドに見られるように宗教には殆ど手を出さずに支配と商業的利益に重きを置いていましたので、インドではキリスト教は拡大しませんでした。

しかし、ポルトガルやスペイン支配と強奪に重きを置いていたためどうしたて従順にさせる必要があったのです。

そのためにキリスト教を利用し、特に中南米の「今日がある」のです。

フィリピンでも16世紀に同様のことが起きています。

その同じころ、キリスト教が日本に入って来たのです。
日本では織田信長や豊臣秀吉や徳川家康の時代、西洋の武器を取り入れ利用するため一時期キリスト教を容認し、また、人々にも受け入れられていましたが、秀吉や家康、秀忠、家光などはキリスト教の拡大と野心を警戒し禁令としたことは日本人では誰でも知っていることです。

また、キリスト教発祥の地であるエルサレムがローマによる滅びの後、イスラム教に、いわば、乗っ取られたため、これを回復しようと十字軍を何度も派遣しましたが失敗に終わっています。
この時代からイスラム教とキリスト教の戦いが続いているのです。
こうしたことは神の考えでも聖書の教えでもありません。

神がイスラエルから取り去ったもの(土地)が再び反映することはないのです。

ですから、今イスラエルが、ネタニヤフがしていることは「神のご意志」に逆らうものであり、成功することはないのです。

イスラム教のように、エルサレムを聖地として毎年訪れる人はそれ程多くはありせん

加えて、いわば戦時下にあります。

そもそもに於いてキリスト教がローマ帝国に取り入れられてから神とキリストの考えは失われ、聖書の言葉の一部分を利用し「人間の考え」で都合よくキリスト教を利用して来たことが今日のキリスト教であり、クリスチャン同士の戦いにもなっているのです。

ロシアとウクライナの戦いは同じ信仰を持つクリスチャン同士の戦いです。
もはやどちらにも正義はありません。
イスラエルとイランやハマスやヒズボラとの戦いはユダヤ教とイスラム教の戦いです。

冒頭に述べた世界の三大宗教の内キリスト教とイスラム教の戦いの間にユダヤ教が割り込んだ形になっています。

確かに、キリスト教は世界中に広まっていますが、今日のキリスト教本来のキリストの精神が全く失われてしまっていることは明らかです。
彼らに救いはありません
もはやキリスト教は真の宗教としての様相を呈していないのです。

おそらくは、コンスタンチヌスの時から神とキリストに捨てられた」と考えることは妥当なことです。

まことの神宗教を含め今の世界の状態を良く思っていないことは確かです。
なぜなら、間もなく地を(すべての人々を)裁かれるからです。

神の目は、既にイスラエルにはなく世界に目を向けている」のです。

それでも、この度の裁き前文で述べた人々に加えて
17 わたしはまた,ひとりのみ使いが太陽の中に立っているのを見た。彼は大声で叫び,中天を飛ぶすべての鳥に言った,「さあ,来なさい,神の大きな晩さんに集まれ。
18 王たちの肉,軍司令官たちの肉,強い者たちの肉,馬とそれに乗る者たちの肉,そしてすべての者,すなわち自由人ならびに奴隷および小なる者と大なる者の肉を食べるためである」。
19 そしてわたしは,野獣と地の王たちとその軍勢が,馬に乗っている方とその軍勢に対して戦いをするために集まっているのを見た
20 そして,野獣は捕らえられ,それと共に,[野獣]の前でしるしを行ない,それによって,野獣の印を受けた者とその像に崇拝をささげる者とを惑わした偽預言者も[捕らえられた]。彼らは両方とも生きたまま,硫黄で燃える火の湖に投げ込まれた
21 しかし,そのほかの者たちは,馬に乗っている者の長い剣で殺された。その[剣]は彼の口から出ているものであった。そして,すべての鳥は,彼らの肉[を食べて]満ち足りた。
-啓示19:17-21
こうした人々です。

 

これに先立ち「大いなるバビロン地の王たちと深い関係にある存在は滅ぼされることになっています。

この「大いなるバビロン」は「宗教的な存在であることとされています。

あなたがここで示された人々に合致するのであれば今直ぐ「悔い改め」神とイエスに信仰を働かせる必要があります。
そして自分の献身を神とイエスに示すためにバプテスマを受け神とイエスの命令に従った生き方をすることです。
それ以外助かる方法はありません。

しかし、誰かのところへ行く必要はありません
自分で聖書を読み理解し学んだ事柄を実践することです。
バプテスマは誰かによって施される必要がありますが、おそらく、受けなくてもノアとその家族のように事物の体制の滅びを生き残ることがバプテスマとなると思われるからです。
この点は安心して良いと思います。
ただ、学んだことを実践することだけは必須です。
実践することで信仰心が強められるのです。

その時一方は連れて行かれ他方は捨てられるのです。
36 「その日と時刻についてはだれも知りません。天のみ使いたちも子も[知らず],ただ父だけが[知っておられます]。

37 人の子の臨在はちょうどノアの日のようだからです。
38 洪水前のそれらの日,ノアが箱船に入る日まで,人々は食べたり飲んだり,めとったり嫁いだりしていました。
39 そして,洪水が来て彼らすべてを流し去るまで注意しませんでしたが,人の子の臨在[の時]もそのようになるのです。
40 その時二人の男が野にいるでしょう。一方は連れて行かれ,他方は捨てられるのです。
41 二人の女が手臼をひいているでしょう。一方は連れて行かれ,他方は捨てられるのです。
42 それゆえ,ずっと見張っていなさい。あなた方は,自分たちの主がどの日に来るかを知らないからです。
-マタイ24:36-42

わたしのブログにようこそ!
初めに申し上げたいことがあります。
真理」を探究したい人に継続して読んで頂きたいと思っています。
「聖書の真理」を探究する人たちに継続して読んで頂くことがわたしの願いです。

 ものみの塔の信者たちへ
このブログを読んでも[聖書]に対する背教にはなりません
ものみの塔の教えに偏るのではなく聖書の正しい理解に努めましょう

クリスチャンではない人たちへ
聖書に対する思い込みや偏見をなくし実際に読んでみて下さい。
聖書は歴史の書でもあり物語風に書かれているので、例えば、創世記、出エジプト記、裁き人、ルツ記、などは興味深く読めます。 

法律に関心のある人なら、申命記やレビ記などから律法の内容とその精神を知ることが出来ます。
また、これらを通じて神の考えも少なからず理解することも出来ます。
試練や苦難に直面している人ならヨブ記からヨブの精神とその報いについて知ることが出来ます。
知恵に関心のある人なら、箴言、伝道の書から多くの事を学ぶことが出来ます。

ダビデのついて関心のある人なら、サムエル記第一と第二の書からゴリアテを倒すことから始まりイスラエルの2代目の王となる経緯や王としての活動やバテシバとの罪、ソロモンの誕生、ソロモンが3代目の王になった経緯などを知ることが出来ます。

世界の趨勢、特に強国と言われる覇権を持つ国の歴史に関心のある人なら、ダニエル書から実名によりその変遷を知ることが出来ます。

イエス・キリストの活動や発言に関心のある人なら、四福音書と言われる、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる書から、四人による記録から知ることが出来ます。
イエスが亡くなった後の弟子たちの活動に関心がある人なら使徒たちの活動から知ることが出来ます。この書は医師でもあったルカが記したものです。
ちなみに、このルカはイエスの十二使徒の一人ではありません。
マタイ、マルコ、ヨハネはイエスの十二使徒の一人です。

 

クリスチャンとしての振る舞いや助言に関心のある人ならローマ人への手紙からユダの手紙までの21通の手紙から多くのことを学ぶことが出来ます。

 

いきなり全体を、すべてを理解しようとするのではなく、関心のあるテーマについてのみに読んでも「価値のある内容」です。

また、聖書は預言の書でもあります。
神の預言は聖書全体を貫いているので、初めから理解することは難しいことです。

しかし、イエスが言われたご自身の「臨在」と「事物の体制の終わり」についてのしるしに、つまり、今の世の終わりに関心のある人なら、マタイ24章以降とヨハネへの啓示の書(最後の書)から知ることが出来ます。

人間としての道徳、生き方に関心のある人なら、マタイ5章から7章の、いわゆる山上の垂訓から学ぶことが出来ます。

  

聖書を読む時には、初めは言葉じりに捕らわれることなく、文脈から内容の意図を理解する必要があります。
そうしないと正しい理解、偏見のない知識にはなりません。

 更に、聖書全体に精通し理解したいと思うなら、聖書の読み方に関する、わたしのブログ、
1 「聖書を読むべき理由」-2024年2月25日
2 「聖書のコラム-34(なぜ聖書の理解が深まらないのでしょうか)」-23年9月19日
の二つの記事を参考にして下さい。
きっと、役に立ちます。

 

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:大小様々な災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いの 
 ことです。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えています。      
 七番目のラッパが最後のラッパですが、その最後に七つの神の怒りの鉢が順番に注ぎ込まれるこ
 とになっています。
 その七番目の鉢が地上に注ぎ込まれることが、神が[今の地上]に対して行われる最後の部分の 
 最後の災いとなります。 
 参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません。
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい。
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません。
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
(神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人
 になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適
 用されます。
 したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです)

コリント(一)15章
33 惑わされてはなりません。悪い交わりは有益な習慣を損なうのです。
34 義にしたがって酔いから覚めなさい。罪を習わしにしてはなりません。神についての知識を持たない人たちがいるからです。
-コリント(一)15:33-34

創世記9章(ノアの大洪水直後に人類に与えらえた神の警告
次いで神はノアとその息子たちを祝福してこう言われた。「子を生んで多くなり,地に満ちよ。
2 そして,あなた方に対する恐れ,またあなた方に対するおののきは,地のあらゆる生き物と天のあらゆる飛ぶ生き物,地面を動くあらゆるもの,また海のすべての魚に引き続きとどまるであろう。それらは今あなた方の手に与えられる。
3 生きている動く生き物はすべてあなた方のための食物としてよい。緑の草木の場合のように,わたしはそれを皆あなた方に確かに与える。
4 ただし,その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない。
5 さらにわたしは,あなた方の魂の血の返済を求める。すべての生き物の手からわたしはその返済を求める。人の手から,その兄弟である各人の手から,わたしは人の魂の返済を求める。
6 だれでも人の血を流す者は,人によって自分の血を流される。神は自分の像に人を造ったからである。
7 そしてあなた方は,子を生んで多くなり,地に群がってそこに多くなれ」。
(これは殺人だけではなく傷害もあるいは誰かを介しても同じ罪を問われるというものです。
 この命令の神の意図は「血を神聖なものとして扱うように」というものです。
 なぜなら、命は血によって支えられているからです。
 つまり、血を神聖なものとして扱うということは、すなわち「命を神聖なものとする」というこ
 となのです。
 「神聖なものとする」とは、神によって「神のものとして取り分けられたもの」という意味があり
 ます。
 したがって、血も、血によって支えられる命も「神のもの」なのです。

 では、自分の「命」を支えるために「自分や他人の血を用いる」こと(輸血など)はどうでしょ 
 うか。
 全血ではなく血液の一部である「血漿」などを用いることはどうでしょうか。
 こうしたことは明らかに「血を神聖なもの」として扱っていないことです。
 神はこうしたことに対しても「血の返済」を求めるのです。
 したがって、淫行と同じく血に関するあらゆることを「避ける」ことは、自分の命に係わること 
 なのです。 
 
 参考:神が定めた女性の生理は、聖書では「汚れ」であり「身体を清める」ようにと律法の中で 
 示されています。
 女性の妊娠出産はいわば「血の代償」としての命でもあります。 
 ちなみに、生理のある生き物は他にも存在していますが、人間のように生理が長く、かつ、繰り 
 返しある生きものはいません)

 

今回は、ノアの大洪水前なぜ人の悪が地にあふれ,その心の考えのすべての傾向が終始ただ悪に向かうようになったのかという話です。

この故にノアの大洪水がもたらされノアの家族以外の人間すべてが滅ぼされる原因となったと聖書には記されています。
つまり、人類は過去に一度のノアの家族を除いてすべて滅ぼされていたのです。
そして、この出来事はこれから来る事物の体制の滅びのための警告であり、いわば、二度目の滅びということになります。
ただし、二度目は人類の滅亡ではなく象徴的に人口の半数が生き残ることになります。
そして、人間の支配の形態については全く異なるものとなるということです。

では、まず、なぜそのようになったのかを示したいと思います。
そして、ノアの日と事物の体制の滅びとを結びつけたのはイエス・キリストです。
マタイ24章
さて,イエスが[そこを]たって神殿から去って行かれるところであったが,弟子たちが神殿の建物を示そうとして近づいて来た。
2 [イエス]はそれにこたえてこう言われた。「あなた方はこれらのすべてのものを眺めないのですか。あなた方に真実に言いますが,石がこのまま石の上に残されて崩されないでいることは決してないでしょう」。
3 [イエス]がオリーブ山の上で座っておられたところ,弟子たちが自分たちだけで近づいて来て,こう言った。「わたしたちにお話しください。そのようなことはいつあるのでしょうか。そして,あなたの臨在と事物の体制の終結のしるしには何がありますか」。
4 そこでイエスは答えて言われた,「だれにも惑わされないように気を付けなさい。
5 多くの者がわたしの名によってやって来て,『わたしがキリストだ』と言って多くの者を惑わすからです。
6 あなた方は戦争のこと,また戦争の知らせを聞きます。恐れおののかないようにしなさい。これらは必ず起きる事だからです。しかし終わりはまだなのです。

36 「その日と時刻についてはだれも知りません。天のみ使いたちも子も[知らず],ただ父だけが[知っておられます]。

37 人の子の臨在はちょうどノアの日のようだからです
38 洪水前のそれらの日,ノアが箱船に入る日まで,人々は食べたり飲んだり,めとったり嫁いだりしていました。
39 そして,洪水が来て彼らすべてを流し去るまで注意しませんでしたが,人の子の臨在[の時]もそのようになるのです。
40 その時二人の男が野にいるでしょう。一方は連れて行かれ,他方は捨てられるのです。
41 二人の女が手臼をひいているでしょう。一方は連れて行かれ,他方は捨てられるのです。
42 それゆえ,ずっと見張っていなさい。あなた方は,自分たちの主がどの日に来るかを知らないからです。
43 「しかし,一つのことを知っておきなさい。家あるじは,盗人がどの見張り時に来るかを知っていたなら,目を覚ましていて,自分の家に押し入られるようなことを許さなかったでしょう。
44 このゆえに,あなた方も用意のできていることを示しなさい。あなた方の思わぬ時刻に人の子は来るからです。
-マタイ24:1-6、36-42

先ずは、創世記6章の次の記述を読んで下さい。
さて,人が地の表に増え始め,彼らに娘たちが生まれると,
2 そのとき[まことの]神の子ら人の娘たちを見,その器量の良いことに気づくようになった。そして彼らは自分たちのために妻を,すべて自分の選ぶところの者をめとっていった
3 その後エホバはこう言われた。「わたしの霊が人に対していつまでも定めなく働くことはない。彼はやはり肉であるからだ。したがってその日数は百二十年となる」。
4 その時代,またその後にも,ネフィリムが地にいた。それは[まことの]神の子らが人の娘たちと関係を持ちつづけ,その[娘]たちが彼らに子を産んだころで,それらは昔の力ある者たち,名ある人々であった。

この記述を読んで不思議に思った人はいませんか
まことの神の子らとは、本来天(霊的)にいるはずの神のみ使いたちのことです。

このみ使いたち人間の目には見えない「霊の体を持ついわゆる霊者」のことです。
地上の人間の女を妻にしたということは、これらの者たちは人間に見えるように肉体を付けて男性の姿で地上に現れたのです。
しかも驚くことに、人から生まれたのではない肉体でありながら生殖能力があったのです。

神がみ使いたちにこのような能力を授けたという記録はありません。
しかしながら、人間の男性の肉体で現れることが出来たのです。

このみ使いたちのことを「あるべき居所を捨てた」と述べられています。
加えて、このようなことをしたので神により濃密の闇に閉じ込められたとも記されています。
4 まさに神が,罪をおかしたみ使いたちを罰することを差し控えず,彼らをタルタロスに投げ込んで,裁きのために留め置かれた者として濃密な闇の坑に引き渡されたのであれば,
ペテロ(二)2:4

6 また,自分本来の立場を保たず,そのあるべき居所を捨てたみ使いたちを,大いなる日の裁きのために,とこしえのなわめをもって濃密な闇のもとに留め置いておられます。
7 同様に,ソドムとゴモラおよびその周りの都市も,ここに述べた者たちと同じように甚だしい淫行を犯し,不自然な用のために飽くことなく肉を追い求めたのち,永遠の火による司法上の処罰を受け,[警告の]例として[わたしたちの]前に置かれています
-ユダ6、7

人間の姿をして現れたみ使いたちは、勝手に地上に来たのです。
勿論、こうしたことをしたみ使いたちは大勢の忠実なみ使いたちの中のほんの一部です。

では、なぜ神のみ使いともあろう者たちがこのようなことをしたのでしょうか。

神は人間を創造する時に次のように言われました。
26 次いで神は言われた,「わたしたちの像に,わたしたちと似た様に人を造り,彼らに海の魚と天の飛ぶ生き物と家畜と全地と地の上を動くあらゆる動く生き物を服従させよう」。
27 そうして神は人をご自分の像に創造してゆき,神の像にこれを創造された。男性と女性にこれを創造された。
28 さらに,神は彼らを祝福し,神は彼らに言われた,「子を生んで多くなり,地に満ちて,それを従わせよ。そして,海の魚と天の飛ぶ生き物と地の上を動くあらゆる生き物を服従させよ」。-創世記1:26-28

この記述にあるように人間は神のみ使いたちのような姿に創造されたことが分かります。
つまり、人間の男性の姿はみ使いたちに似ているのです。
しかも、自分たちの子孫やあらゆる生き物を服従させるために、それらの生き物より高い知能を人間に付与したのです。
また、「子を生んで多くなり、地に満ちて、それを従わせよ」とあるように当然男女に創造されたのです。

み使いたちと人間の違いは、
最初の人間アダムとエバ以外の人間すべて彼らの子孫であり人間から生まれた者たちでしたが、み使いたち初めから不老不死の完成された大人(霊の体を持つ霊者)として創造されたのです。
アダムとエバも初めは不老不死の完成された大人として創造されたのです。
しかし、食べてはならないと言われていた「善悪の知識の木の実」を二人とも食べ、神に対して罪を犯してしまいました。
その罪に対する神の人間に対する宣告
16 女に対してはこう言われた。「わたしはあなたの妊娠の苦痛を大いに増す。あなたは産みの苦しみをもって子を産む。あなたが慕い求めるのはあなたの夫であり,彼はあなたを支配するであろう」。
17 また,アダムに対してこう言われた。「あなたが妻の声に従い,わたしが命じて,『それから食べてはならない』と言っておいたその木から食べるようになったため,地面はあなたのゆえにのろわれた。あなたは,命の日のかぎり,その産物を苦痛のうちに食べるであろう。
18 そして,それはいばらとあざみをあなたのために生えさせ,あなたは野の草木を食べなければならない。
19 あなたは顔に汗してパンを食べ,ついには地面に帰る。あなたはそこから取られたからである。あなたは塵だから塵に帰る」。-創世記3:16-19

また病気に関しても
11 するとエホバは言われた,「だれが人のために口を設けたのか。だれが口のきけない者や耳の聞こえない者を,視力のさえた者や盲目の者を設けるのかそれはわたし,エホバではないか。出エジプト記4:11

とあるように、
妻の主人は夫、女の妊娠の苦痛、苦労して食物を手に入れること、死、そして、病気これらを人間に罰として与えたのは神です。

 

20 この後,アダムは自分の妻をエバと名づけた。彼女は生きているすべての者の母となるからであった。
21 それからエホバ神は,アダムとその妻のために皮の長い衣を作って,ふたりにお着せになった
22 次いでエホバ神はこう言われた。「さあ,人は善悪を知る点でわたしたちのひとりのようになった。今,彼が手を出してまさに命の木からも[実を]取って食べ,定めのない時まで生きることのないように―」。
23 そうしてエホバ神は彼をエデンの園から出し,彼が取られたその地面を耕させた。-創世記3:20-23

また、善悪を知る点で神やみ使いのようになったと言われています。
つまり、何が善で何が悪かに関して人間が分かるようになったと記されているように、善を行うにも悪を行うにもすべて自分の意思で行っている」ということを示しています。
人間に責任を付与し、善を行う者には報いを、悪を行う者には滅びと死とい罰を与えたのは神です。

み使いたちは人間のように子を生んで増えるということはありません
なぜなら、み使いはそのように造られてはいないからです。
天のみ使いたちが誰かと夫婦になり子供を設けるなどということはないのです。
更に言えば、霊的天には女はいないのです、というより不要なのです。

そのみ使いたちたちは、地上の人間の女を見るのは「初めてでした」
勿論、他の生き物が子を生んで増えて行くのを見てはいましたが、容姿が自分たちとは全くかけ離れていたので「関心を示さなかった」のです。
しかし、人間の女に関しては、姿も自分たちに近いので関心を示したのです。
そして、エデンから追放されたアダムとエバに子供が出来、増えて行くのを天から「しばらくの間見ていた」のです。
そして、[まことの]神の子らは人の娘たちを見,その器量の良いことに気づくようになったのです。
つまり、人間の女が「容姿も人柄も良い」事に気が付いたというということは天から人間の女を良く観察していたのです。
そして、人間の男と結婚し子供を設けるのも見ていました
そこで、自分たちの姿に似ている男がしていることを、こともあろうにみ使いという立場を顧みず地上に男性の肉体を着けて現れ、自分の選ぶところに応じて人の娘たちを妻にしそして子供を設けたのです。
つまり、み使いは人間の女に自分の子供を産ませたのです。
興味深いのはみ使いが付けた肉体本当の人間の肉体と同じだった点です。
(参考:イエスの場合は文字通り人間として生まれました。
 み使いが神により地上に遣わされた時には男性の姿であり白くて長い衣で身を覆っていました)

み使いたちが自分の命令もなしに人間の肉体を着けて地上に降りることは、神の想定外の事でした。
なせなら、人を造ったことを悔やみ心に痛みを覚えたと述べているからです。
そして、天では神が居り、また、自分のあるべき居所があるので自由には出来ませんが、地上ではそうした制限がないのでみ使いたちは思いのままに悪の限りを尽くしたのです。
ただし、人間の肉体をつけていましたのでみ使いの時のような力はありません

神のみ使いが「力を発揮出来るのは、神からの命令があった時、神の意志でもあり力でもある聖霊の助けがあった時」だけなのです。
勿論、神の指示で地上に来たわけではないので当然神の意志、また、力でもある「聖霊」も伴ってはいません
人間ではないみ使いたちにより地上が悪に満ちたので、120年という期限を設けて皆滅ぼさざるを得なくなったのです。
3 その後エホバはこう言われた。「わたしの霊が人に対していつまでも定めなく働くことはない。彼はやはり肉であるからだ。したがってその日数は百二十年となる」。
(わたしの霊とはみ使いたちのことです)

4 その時代,またその後にも,ネフィリムが地にいた。それは[まことの]神の子らが人の娘たちと関係を持ちつづけ,その[娘]たちが彼らに子を産んだころで,それらは昔の力ある者たち,名ある人々であった。
5 そのためエホバは,人の悪が地にあふれ,その心の考えのすべての傾向が終始ただ悪に向かうのをご覧になった

(参考:このネフィリムの存在も、当時の地=人々を滅ぼさざるを得なくなった理由の一つです。

 このような存在は初めから神の考えにはなかったことです)


6 そしてエホバは,地に人を造ったことで悔やみ,その心に痛みを覚えられた
7 それでエホバはこう言われた。「わたしは,自分が創造した人を地の表からぬぐい去ろう。人から,家畜,動く生き物,天の飛ぶ生き物にいたるまで。わたしはこれらを造ったことでまさに悔やむからである」。
8 しかし,ノアはエホバの目に恵みを得た。-創世記6:3-8

ここで人を造ったことで悔んだとありますが、
それは人そのものを創造したことに対するものではなく、人に興味を持ったみ使いたちが人に対して「悪」を行い、また、人々も彼らの影響を受け非常に悪くなって神の初めの計画を台無しにしたからです。

もし、文字通り人を造ったことで悔んだとしたら、事物の体制の滅びも、神の王国も、キリストの千年統治も、その後の新しい都市、聖なる都市エルサレムも、そして、なによりもイエスの存在も犠牲の死=人類の贖いの死も全く意味をなさないものとなってしまうのです。

事の発端人がみ使いに騙されたことにあります。
ただし、アダムは欺かれませんでした。-テモテ(一)2:14
もしかするとエバがくれたものが「善悪の知識の木の実」と知らずに食べたのかも知れません。
以前のブログでは分かっていて食べたと書きましたが、知らずに食べた可能性も否定できません
もし、アダムが知っていれば神に忠誠を保つことが出来たかも知れません
そして、エバを諫めることでその後の人類のようにはならずに済んだかも知れないのです。
いずれにしろ、二人とも食べることで神に対して罪をを犯したことは事実です。

それで、神は自分の宣言通り人に罰を与えそして死をもたらしたのです。
こうしてすべての人が死ぬようになったのです。-ローマ5:12
神はみ使い同様、人を責任能力のある生き物として創造したからです。
当然、「悪」を行ったみ使いたちにも罰を与えました

これ以前に地を回復するためのプランを宣言(創世記3:15)していましたので、「義の伝道者」ノアとその家族だけを除いてすべての地上の人間をネフィリムを含め滅ぼすことに、つまり、人類をいわばリセットすることにしたのです。-ペテロ(二)2:5

そして、改めてアダムの代わりノアとノアの3人の息子たちが人類の祖先となったのです。
(参考:この3人から白人、黒人、黄色人種に分かれたのです。
 白人は今のヨーロッパ方面に、黒人はアフリカ方面に、黄色人種はアジア方面に広がって行ったので

 す)
ノアの大洪水で死んだのは地上の人間だけではありません
海の生き物以外は皆死にました。
しかし、神のみ使いたちは死にませんでした
なぜなら、み使いたちの人間の姿は「仮の姿」であり、いわば着ぐるみのように脱ぎ捨て天に戻ることが出来たからです。

 

しかし、神はこれを見過ごしません
4まさに神が,罪をおかしたみ使いたちを罰することを差し控えず,彼らをタルタロスに投げ込んで,裁きのために留め置かれた者として濃密な闇の坑に引き渡されたのであれば,
5 また,古代の世を罰することを差し控えず,不敬虔な人々の世に大洪水をもたらした時に義の伝道者ノアをほかの七人と共に安全に守られた[のであれば],
6 また,ソドムとゴモラの都市を灰に帰させて罪に定め,来たるべき事の型を不敬虔な者たちに示された[のであれば],
7 また,無法な人々の放縦でみだらな行ないに大いに苦しんでいた義人ロトを救い出された[のであれば]― 
8 この義人は日々彼らの間に住んで見聞きする事柄により,その不法な行ないのゆえに,自分の義なる魂に堪えがたい苦痛を味わっていたのですが― 
9 当然エホバ,敬虔な専心を保つ人々をどのように試練から救い出すか,一方,不義の人々,
10 わけても,肉を汚そうとの欲望を抱いてそれに従い,主たる者の地位を見下す者を,切り断つ目的で裁きの日のためにどのように留め置くかを知っておられるのです。
向こう見ずで片意地な彼らは,栄光ある者たちにおののかず,かえってあしざまに言います。
11 しかしみ使いたちは,強さと力において勝っていながら,彼らをあしざまに訴えたりはしません[そうしないのは]エホバに対する敬意からです

(ここで示されているみ使いたちは、罪を犯したみ使いとは別の忠実なみ使いたちのことです)


12 しかしこれらの[人々]は,もともと捕らえられて滅ぼされるために生まれた理性のない動物のように,自分が無知でありながらあしざまに言う事がらのゆえに,まさに自らの滅び[の道]において滅びを被り,
13 悪行に対する報いとして自らを損なうことになります
-ペテロ(二)2:4-13

大洪水の伝説は世界中に存在しています。
また、多くの地質学者たちは非常に高い山の頂に貝殻がある点について、地殻変動があったとされていますが、それだけではなくノアの大洪水によるものあるのです。

ノアの大洪水以後の人類の歴史は世界の各地の記録に残されている通りです。
正し、年代は記録が残っているもの以外は正確とは言えません
なぜなら、ノアの大洪水前と後では地球の環境が変わってしまったからです。
太陽の強い直射日光に照らされ、南極や北極のような寒冷地と赤道直下の猛暑地が新しく出来、強い紫外線が直接地上まで到達するようになったからです。
年代測定に用いる放射性同位体元素炭素=
14Cの崩壊速度が今とノアの洪水前とでは著しく異なるからです。

あなたは人類にこうした過去があったことを全く知らなかったかも知れません。
しかし、今日この記事を読んで知るようになったのです。
そして、実際に聖書からこれらを確かめることも出来ます

人類の始まりに関しこれ程具体的に述べている宗教」は他にはありません。
聖書だけが人が知ることの出来ない事柄について教えているのです。

さて、これからあなたはどうしますか。
今迄と同じ生活を続けますか、それとも、生き方を改めますか。

 

最後にノアの大洪水が本当にあったことの証拠を示します。

それは、大洪水後に神が人類に示した契約です。

創世記9章
次いで神はノアとその息子たちを祝福してこう言われた。「子を生んで多くなり,地に満ちよ。

2 そして,あなた方に対する恐れ,またあなた方に対するおののきは,地のあらゆる生き物と天のあらゆる飛ぶ生き物,地面を動くあらゆるもの,また海のすべての魚に引き続きとどまるであろう。それらは今あなた方の手に与えられる。

3 生きている動く生き物はすべてあなた方のための食物としてよい。緑の草木の場合のように,わたしはそれを皆あなた方に確かに与える。

4 ただし,その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない。

5 さらにわたしは,あなた方の魂の血の返済を求める。すべての生き物の手からわたしはその返済を求める。人の手から,その兄弟である各人の手から,わたしは人の魂の返済を求める。

6 だれでも人の血を流す者は,人によって自分の血を流される。神は自分の像に人を造ったからである。7 そしてあなた方は,子を生んで多くなり,地に群がってそこに多くなれ」。
8 さらに神はノアおよび共にいるその息子たちにこう言われた。

9 「そしてわたしはいま,あなた方およびあなた方の後の子孫に対してわたしの契約を立てる

10 また,あなた方と共にいるすべての生きた魂に対しても。鳥,獣,あなた方と共にいる地のすべての生き物,箱船を出るすべてのものから地のあらゆる生き物にいたるまで。

11 まことにわたしはあなた方に対して自分の契約を立てる。すなわち,もはやすべての肉なるものが大洪水の水によって断たれることはない。もはや大洪水が起きて地を滅ぼすことはない」。
12 加えて神はこう言われた。「これは,わたしとあなた方およびあなた方と共にいるあらゆる生きた魂との間に,わたしが代々定めのない時に至るまで与える契約のしるしである。

13 わたしの虹を,わたしは雲の中に確かに与えるそれはわたしと地との間の契約のしるしとなるのである。

14 そして,わたしが地の上に雲を起こすと,そのとき虹が必ず雲の中に現われるようになるであろう。

(参考:この後初めて地球の大空に雲と虹が現れたのです)

 

15 そしてわたしは必ず,わたしとあなた方およびすべての肉なるもののうちのあらゆる生きた魂との間の自分の契約を思い出す。もはや水が大洪水となってすべての肉なるものを滅ぼすことはない。

16 それで,虹が雲の中に生じることになる。わたしは必ずそれを見て,神と地にいるすべての肉なるもののうちのあらゆる生きた魂との間の,定めのない時に至る契約を思い出すであろう」。
17 そして神は繰り返してノアに言われた,これは,わたしと地にいるすべての肉なるものとの間にわたしが確かに立てる契約のしるしである」。

  

ちなみに、ノアの大洪水前は、天に、つまり、大空に雲はありませんでした。

また、そのため雨も降ってはいませんでした。

なぜなら、「天の上に来る水」が地球全体を覆っていて、大空は「すりガラス」のように「曇ったような」状態だったのです。

 

創世記1章

6 次いで神は言われた,「水の間に大空が生じ,水と水との間に区分ができるように」。

7 そうして神は大空を造り,大空の下に来る水大空の上方に来る水とを区分してゆかれた。そしてそのようになった。

8 そして神は大空を“天”と呼ぶことにされた。

 

それゆえ、地球全体はいわば温室のような状態となり人が裸でも暮らせる温暖な気候だったのです。

霧が雨の変わりとなっていました。

 

ノアの大洪水の時の雨の源はこの「天の上に来る水」であり、これを雨として40日40夜降り続けさせ地球全体を水で満たしたのです。

それは、水を上下に区分する前のような状態に戻したというべきかも知れません。

創造の第1日目地球はこのように全面水で覆われていたのです。

神は地上にある「生き物」が再び地上で生きられるように事前にノアに箱船を作り、その中に入るべき「生き物」の詳細を命じていました

そして、その後の地上人間を含めあらゆる生き物が生き続けられるようにしたのです。

 

今、わたしたちが空を眺めて雲があり雨が降ることや時折見せる虹は、確かにノアの大洪水があった証拠なのです。

加えて、

ノアに話した「血」に関すること人類に対する命令なのです。

 

あなたは知っていましたか。 


*****************************
参考
イエスは当時を「邪悪な姦淫の世代」と呼びました。-マタイ12:39
しかし、人類は創世記6章以降、淫行また姦淫を繰り返した来たのです。
それは、ノアの大洪水で人類がリセットされても変わらず現代に至っています。
アブラハムの時代、ソドムとゴモラという都市このために滅ぼされ、その後は「死海」となって残っています。
人類の全期間を通じて邪悪な姦淫の世代、淫行の世代」なのです。
神は淫行の者や姦淫を行う者を裁かれると記されています。-ヘブライ13:4
パウロも淫行から逃げ去りなさいと述べています。-コリント(一)6:18

人間の女み使いたちをも惑わす存在であることも明らかなようです。
このように言うと誤解を生じさせますが、女が悪いということではなくあたかも金や宝石や美しいもののように存在そのものが他の[男の]関心を引くということです。
み使いたちでさえ関心を抱いたのです。
それゆえ、女たちも振る舞いや行動に注意を払う必要があります。
この点、ソロモンの歌の書のシュラムの[娘]の[貞潔]な振る舞いが参考となるでしょう。-ソロモンの歌 

ですが、最初の女エバが蛇=悪魔となったみ使いに騙されたので今日があるのも事実なのです。

わたしのブログにようこそ!
初めに申し上げたいことがあります。
「真理」を探究したい人に継続して読んで頂きたいと思っています。
「聖書の真理」を探究する人たちに継続して読んで頂くことがわたしの願いです。

 ものみの塔の信者たちへ
このブログを読んでも[聖書]に対する背教にはなりません
ものみの塔の教えに偏るのではなく聖書の正しい理解に努めましょう

 クリスチャンではない人たちへ
聖書に対する思い込みや偏見をなくし実際に読んでみて下さい

聖書は歴史の書でもあり物語風に書かれているので、例えば、創世記、出エジプト記、裁き人、ルツ記、などは興味深く読めます。 

法律に関心のある人なら、申命記やレビ記などから律法の内容とその精神を知ることが出来ます。
また、これらを通じて神の考えも少なからず理解することも出来ます。
試練や苦難に直面している人ならヨブ記からヨブの精神とその報いについて知ることが出来ます。
知恵に関心のある人なら、箴言、伝道の書から多くの事を学ぶことが出来ます。

ダビデのついて関心のある人なら、サムエル記第一と第二の書からゴリアテを倒すことから始まりイスラエルの2代目の王となる経緯や王としての活動やバテシバとの罪、ソロモンの誕生、ソロモンが3代目の王になった経緯などを知ることが出来ます。

世界の趨勢、特に強国と言われる覇権を持つ国の歴史に関心のある人なら、ダニエル書から実名によりその変遷を知ることが出来ます。

イエス・キリストの活動や発言に関心のある人なら、四福音書と言われる、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネによる書から、四人による記録から知ることが出来ます。
イエスが亡くなった後の弟子たちの活動に関心がある人なら使徒たちの活動から知ることが出来ます。この書は医師でもあったルカが記したものです。

ちなみに、このルカはイエスの十二使徒の一人ではありません

マタイ、マルコ、ヨハネはイエスの十二使徒の一人です。
クリスチャンとしての振る舞いや助言に関心のある人ならローマ人への手紙からユダの手紙までの21通の手紙から多くのことを学ぶことが出来ます。
いきなり全体を、すべてを理解しようとするのではなく、関心のあるテーマについてのみに読んでも「価値のある内容」です。

また、聖書は預言の書でもあります。

神の預言は聖書全体を貫いているので、初めから理解することは難しいことです。

しかし、イエスが言われたご自身の「臨在」と「事物の体制の終わり」についてのしるしに、つまり、今の世の終わりに関心のある人なら、マタイ24章以降とヨハネへの啓示の書(最後の書)から知ることが出来ます。

人間としての道徳、生き方に関心のある人なら、マタイ5章から7章の、いわゆる山上の垂訓から学ぶことが出来ます。

 

聖書を読む時には、初めは言葉じりに捕らわれることなく文脈から内容の意図を理解する必要があります。

そうしないと正しい理解、偏見のない知識にはなりません

 

更に、聖書全体に精通し理解したいと思うなら、聖書の読み方に関する、わたしのブログ、
1 「聖書を読むべき理由」-2024年2月25日
2 「聖書のコラム-34(なぜ聖書の理解が深まらないのでしょうか)」-23年9月19日
の二つの記事を参考にして下さい。
きっと、役に立ちます。 

 

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
もし、気になる言葉などがありましたら、わたしのサイト内検索をしてみて下さい。

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19
(参考:大小様々な災いが生じることになっていますが、それは、主に地上の人々に対する災いの 
 ことです。今生きている人々に様々な試練となる出来事が次々と生じることを教えています。      
 七番目のラッパが最後のラッパですが、その最後に七つの神の怒りの鉢が順番に注ぎ込まれるこ
 とになっています。
 その七番目の鉢が地上に注ぎ込まれることが、神が[今の地上]に対して行われる最後の部分の 
 最後の災いとなります。 
 参考:最後の行の「稲妻と声と雷と地震と大きな雹」は神の臨在のしるしです) 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません。
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい。
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません。
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
(神の王国を受け継がないとは、神の王国もしくは神の王国の支配の下で地上で暮らす人々の一人
 になれないということです。これは、既に亡くなった人々を含め今生きているすべての人々に適
 用されます。
 したがって、クリスチャンであろうがそうでなかろうが適用されるということです)

コリント(一)15章
33 惑わされてはなりません。悪い交わりは有益な習慣を損なうのです。
34 義にしたがって酔いから覚めなさい。罪を習わしにしてはなりません。神についての知識を持たない人たちがいるからです。
-コリント(一)15:33-34

創世記9章(ノアの大洪水直後に人類に与えらえた神の警告
次いで神はノアとその息子たちを祝福してこう言われた。「子を生んで多くなり,地に満ちよ。
2 そして,あなた方に対する恐れ,またあなた方に対するおののきは,地のあらゆる生き物と天のあらゆる飛ぶ生き物,地面を動くあらゆるもの,また海のすべての魚に引き続きとどまるであろう。それらは今あなた方の手に与えられる。
3 生きている動く生き物はすべてあなた方のための食物としてよい。緑の草木の場合のように,わたしはそれを皆あなた方に確かに与える。
4 ただし,その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない。
5 さらにわたしは,あなた方の魂の血の返済を求める。すべての生き物の手からわたしはその返済を求める。人の手から,その兄弟である各人の手から,わたしは人の魂の返済を求める。
6 だれでも人の血を流す者は,人によって自分の血を流される。神は自分の像に人を造ったからである。
7 そしてあなた方は,子を生んで多くなり,地に群がってそこに多くなれ」。
(これは殺人だけではなく傷害もあるいは誰かを介しても同じ罪を問われるというものです。
 この命令の神の意図は「血を神聖なものとして扱うように」というものです。
 なぜなら、命は血によって支えられているからです。
 つまり、血を神聖なものとして扱うということは、すなわち「命を神聖なものとする」というこ
 となのです。
 「神聖なものとする」とは、神によって「神のものとして取り分けられたもの」という意味があり
 ます。
 したがって、血も、血によって支えられる命も「神のもの」なのです。

 では、自分の「命」を支えるために「自分や他人の血を用いる」こと(輸血など)はどうでしょ 
 うか。
 全血ではなく血液の一部である「血漿」などを用いることはどうでしょうか。
 こうしたことは明らかに「血を神聖なもの」として扱っていないことです。
 神はこうしたことに対しても「血の返済」を求めるのです。
 したがって、淫行と同じく血に関するあらゆることを「避ける」ことは、自分の命に係わること 
 なのです。 
 
 参考:神が定めた女性の生理は、聖書では「汚れ」であり「身体を清める」ようにと律法の中で 
 示されています。
 女性の妊娠出産はいわば「血の代償」としての命でもあります。 
 ちなみに、生理のある生き物は他にも存在していますが、人間のように生理が長く、かつ、繰り 
 返しある生きものはいません)  

今回は、この宇宙(天地人)は神が創ったものですという話です。

創造か進化論かについては、

聖書のコラム-137(あなたは神による創造を信じますか、それとも進化論を信じますか)と題する記事で述べています。

今回は、神による創造が「道理」に適っている点と神と神の住まいについても述べています。


この世界は神が創ったものです
人は誰も生まれながらにしてこれを認識している人は一人もいません。
人は神を見ることも、神と話をすることも出来ないからです。

しかし、これは当然のことです。

例えば、太陽を直視出来る人は一人いません。

その太陽をも造られた神を見ることが出来ないのは当然ではありませんか。

あらゆる宗教や神話では世界を造った者の存在について述べています。
キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、仏教、ヒンズー教などに加えて、日本の神話のようなものもあります。

つまり、人類は「世界は誰かによって造られた」という考えを古代から持っていたということです。
ところが、科学が進歩するとこのような考えが蔑ろにされ、今では進化論が科学者の間の常識、学校での常識となっています。

まさに、進化論は悪魔の策略であり神による光明が輝き渉らないようにしているのです。

コリント(二)4章
そのようなわけで,わたしたちはこの奉仕の務めを自分たちに示された憐れみにしたがって持っているのですから,あきらめるようなことはしません。

2 むしろ,わたしたちは恥ずべき隠れた事柄を捨て去ってしまい,こうかつに歩むことなく,また神の言葉を不純にすることもありません。かえって,真理を明らかにすることにより,神のみ前で自分をすべての人間の良心に推薦するのです。

3 そこで,もしわたしたちの宣明する良いたよりに事実上ベールが掛けられているとすれば,それは滅びゆく人たちの間でベールが掛けられているのであり,

4 その人たちの間にあって,この事物の体制の神が不信者の思いをくらまし,神の像であるキリストについての栄光ある良いたよりの光明が輝きわたらないようにしているのです。

5 わたしたちは,自分自身ではなく,キリスト・イエスを主として,また自分自身をイエスのためのあなた方の奴隷として宣べ伝えているからです。

6 神は,「光が闇の中から輝き出よ」と言われた方であり,キリストの顔により,神の栄光ある知識をもって明るくするため,わたしたちの心を照らしてくださったのです。ーコリント(二)4:1-6

ですから、進化論や科学を第一に考えることは人間の愚かさ、傲慢さの現れです。
多くの人はこのように考えないかも知れません。
むしろ、人間の能力、科学の力に希望や信頼を置いている人々が多いのは事実です。。

しかし、多くの人が信じているからと言って正しいとは限りません

進化論はいわゆる世界の起源の話です。
人間にとって直接関係のある話現実の生活の話です。
人間社会に存在する善と悪に関する事柄は日夜逼迫した問題です。
これも神が創ったと考えるべきでしょうか。
結論から申し上げますと、
神は悪を行いません、常に正しいことしかしません
人間が罪を犯したのでその罰としてその罪をすべての人が受け継ぎ、更に、病気や死を付け加えたのは神です。
悪の根源は別に存在するのです。
今の混沌とした世界をもたらした存在です。
つまり、
神は、人間と人間の住む器(環境)を創りましたがその中に住む人間に関しては自立した生き物として創造しました。
この自立とは神からの自立ではなく、神のおきてや指示に従う中での自由と責任という意味での自立です。
つまり、人間に正しいことを行う責任も付与したのです。
しかし、最初の人間は一人のみ使いによる「嘘」に騙されて神に対して罪を犯したため神の保護を受けられなくなり食べ物を得ることや病気や死などその他の苦労を背負うことになってしまったのです。
それゆえ、悪魔の影響を受けた人間がもたらした世界今の現実の世界なのです。

そして、罪を犯し自分(神)から離れた人間を再び取り戻すために多くのことをしていることも事実です。
そして、その時が近いことも。
神は人間と違って、単に許すということは出来ないのです。
人間が起こした罪を贖うためには「法的」な手順が必要なのです。

神に法的な手順があるのかと言うかも知れません。

神は完全な方ですから、何事もご自分のルールに基づいて行動されるのです。

「法的」な手順とは「偽ることのできない神のルール」なのです。

それは、すべて「正当な証拠や根拠」によるものです。

人間は科学を発展させ未知の領域を調べ、薬や資材など多くのものを作って来ました。
しかし、そのために多くの公害ももたらし続けていることも事実です。
一時期の光化学スモッグや水俣病などの公害だけではありません。
希少金属の採掘現場での公害や自然破壊もあれば地球温暖化による災害もあります。
こうしたことは人間の傲慢さがもたらしたものです。

かつての発明者たちは原因と結果からその性質を考察し自然の法則を発見して来ました。
ところが科学の進歩により原因と結果の間の仕組みまで理解するようになり、新たな結果を生じさせることに成功しました。
例えば、遺伝子操作やiPS細胞などによって新しい細胞を作るということです。
こうしたことは表面上は成功しているかのように見えていますが、非常に危険性を含んだ未知の部分なのです。
長期に渉るこれらの影響の結果はまだ出ていないので安全性が担保されている訳ではないのです。

安全性が担保されているのは物事を原因と結果によるその性質のみで物事を考え利用している場合です。
つまり、神が創造した状態のままでの使用は殆どの場合安全なのです。
神は人間が何を食べて良いか何を食べてはダメかも指示しています。
ですから、これを守っている限り安全性は担保されるのです。

自動車や飛行機は便利ですが安全性は担保されてはいません
兵器は殺人が目的です。
何のために人は人を殺すのですか。
トランプは最新の科学を用いてイランの指導者たちを殺害しました。
イランがアメリカ人を殺害したりアメリカを攻撃した訳でもないのにです。
プーチンもウクライナに侵攻し多くの敵味方の兵士を殺しています。
ウクライナがロシアに何をしたというのでこのような目に遭わなければならないのでしょうか。
イスラエルのハマスに対する報復は理解出来るとしてもその後の戦いは不要のものです。
何もしないのにハマスやイランがイスラエルを攻撃したとでもいうのでしょうか

トランプ、プーチン、ネタニヤフなどはまだ起きてもいないことに対し高い代償を支払っているのです。
剣を取るものは剣によって滅びるというイエスの言葉通りのことが起こるのです。
マタイ26章
48 さて,[イエス]を裏切る者は,「だれであれわたしが口づけするのがその人だ。それを拘引せよ」と言って,彼らと合図を決めてあった。
49 それで彼はまっすぐイエスのところに寄って行き,「ラビ,こんにちは」と言って,いとも優しく口づけした。
50 しかしイエスは,「君,何のためにここにいるのか」と言われた。その時,彼らが進み出,イエスに手をかけて拘引した。
51 ところが,見よ,イエスと共にいた者の一人が,手を伸ばして自分の剣を抜き,大祭司の奴隷に撃ちかかってその耳を切り落とした。
52 その時イエスは彼に言われた,「あなたの剣を元の所に納めなさい。すべて剣を取る者は剣によって滅びるのです

何かが起こる前から行動を超すのは犯罪者のすることです。
必要以上に縄張りを守ろうとするからです。
縄張りを持たない普通の人は普段は何もしません、何かが起こってから行動を起こすものです。

犯罪者は相手を選ぶものです。
確かに無防備では犯罪の被害に遭う危険が大きいと言えます。
安全のために何もしないと言っても無防備で良いとは言っていません
例えば、防犯装置を設置するとか反撃用の備えをしておくとかガードマンを雇うとかは必要なのです。

しかし、普通の人は相手を攻撃することはしません

アメリカやロシアやイスラエルがしていることは必要以上のことをして殺戮を繰り返しているのです。
つまり、彼らは「人殺し」なのです。
人が裁けなくても神が必ず裁きます
誰でも人を殺す者に対する罰は死刑です、これは明白なのです。

こうしたことはすべて人間の傲慢がもたらしたものです。
神はこうした人々を間もなく裁かれるのです。

ですから、他の人々はこうした邪悪な人々からは離れて関わらないことです。
神は日夜働いておられるので、人間など生き物は生きて活動が出来ています。
多くの人々は神の働きを全く考慮せずに身勝手な振る舞いをしているのです。

世界は非常に緻密で精巧に出来ています
しかし、人間はそのすべてを理解することは出来ないのです。
伝道の書3:11
11 [神]はすべてのものをその時にかなって美しく造られた。定めのない時をさえ彼らの心に置き,[まことの]神の行なわれた業を,人間が始めから終わりまで決して見いだすことができないようにされた

聖書にはエホバへの恐れは知識の始まりであるという言葉が記されています。‐箴言1:7
エホバとは天地人の創造者であり偉大な神のことです。‐創世記1章
この神の独り子こそがイエス・キリストであり天と地におけるすべて権威を与えられ神の右に座している者です。
神に仕える数億以上のみ使いもいます。
み使い一人の力は人間の軍隊すべてよりも強いのです。
しかも不老不死なのです。

この神が行動を起こしたら誰も止めることは出来ません
それは間もなくであると聖書で教えています。

すべての人はエホバが神であることを知らなけらばならない時が来るのです。
エゼキエル39章
6 「『そして,わたしはマゴグと,島々に安らかに住んでいる者たちとに火を送る。そして人々はわたしがエホバであることを知らなければならなくなる
7 また,わたしはわたしの聖なる名をわたしの民イスラエルの中で知らせ,もはやわたしの聖なる名を汚させない。そして諸国民は,わたしがイスラエルの聖なる者,エホバであることを知らなければならなくなる』。

エジプトの王ファラオに対しては名をイスラエルに対しては神としてご自分を示されました。
つまり、自分の民に対しては神として、つまり、支配者であるとして示し、敵であるファラオに対しては名を示すことで「自分がなるところのものとなる」つまり全知全能であることを示したのです。-出エジプト記3:13-15

エジプトで生じた「十の災いと同じようなこと」が間もなく起こるのです。-参考:出エジプト記7章-15章
つまり、神がご自分の力を世界に示す時が来るのです。

世界を創ったのが神であることを信じようが信じまいがその時は来るのです。
そして、「信じないすべての人は滅ぼされる」かも知れないのです。-啓示19:17、18

*********************************************
天地人を創造した神と神の住まいについて詳細に述べているのは聖書だけです。
今回は、神と神の住まいについても述べたいと思います。

真の神である聖書の神についての詳細です。

他のどんな神についてもこのように具体的に示されている記述は他にはありません


モーセの時代の神殿とも言える天幕についての記述。
ヘブライ8:5「天にあるものの模型的表現」
5 しかしその[人たち]は,天にあるものの模型的な表現また影として神聖な奉仕をささげているのです。モーセが,天幕を造り上げるにあたって神命を与えられたとおりです。「あなたは山で示されたその型どおりにすべての物を造るように注意しなさい」と述べておられるのです。

ヘブライ9:9「この天幕」モーセの天幕
9章
さて,以前の[契約]には,神聖な奉仕についての定式と,現世に属する聖なる場所とがありました。

2 天幕の第一の[仕切り室]が設けられ,その中には燭台,そしてまた食卓と並べられたパンとがあったのです。そして,それは「聖なる場所」と呼ばれています。

3 しかし,第二の垂れ幕の後ろには,「至聖所」と呼ばれる天幕の[仕切り室]がありました。

4 ここには金の香炉と,全面に金をかぶせた契約の箱があり,その[箱]の中には,マナを入れた金のつぼと,芽を吹いたアロンの杖,そして契約の書き板がありました。

5 またその上には,なだめの[覆い]を覆うようにして栄光のケルブ[二つ]がありました。しかし今はこれらの物についてこまごまと語る時ではありません。
6 これらの物がこのように設けられたうえで,祭司たちはいつも天幕の第一の[仕切り室]に入って神聖な奉仕を行ないます。

7 しかし第二の[仕切り室]の中へは,大祭司だけが年に一度入りますが,血を携えないで行くことはありません。彼はそれを自分自身のため,そして民の無知の罪のためにささげるのです。

8 こうして聖霊は,第一の天幕が立っていた間は,聖なる場所への道がまだ明らかにされていなかったことを明白にしています。

9 この[天幕]こそ,今すでに来ている定められた時のための例えであり,そのことにしたがって供え物と犠牲の両方がささげられるのです。

ヘブライ9:23「天そのものに入られた」
23 それゆえ,天にあるものを模型的に表現したものはこのような手段で清められ,天のものそれ自体は,そのような犠牲より勝った犠牲をもって[清められる]ことが必要でした。

24 キリストは,実体の写しである,手で造った聖なる場所にではなく,天そのものに入られたのであり,今やわたしたちのために神ご自身の前に出てくださるのです。

25 それはまた,大祭司が自分のではない血を携えて年ごとに聖なる場所へ入るように,何度もご自身をささげるためでもありません。

26 そうでなければ,世の基が置かれて以来何度も苦しみを受けなければならなかったでしょう。しかし今,ご自分の犠牲によって罪を取りのけるため,事物の諸体制の終結のときに,ただ一度かぎりご自身を現わされたのです。

27 そして,人がただ一度かぎり死に,そののち裁き[を受けること]が定め置かれているように,

28 キリストもまた,多くの人の罪を負うため,ただ一度かぎりささげられました。そして,彼が二度目に現われるのは罪のことを離れてであり,それは,[自分の]救いを求めて切に彼を待ち望む者たちに対してです。

神のみ座に関しては次のように記述されています。
啓示4、5章
4章
これらのことの後,わたしが見ると,見よ,開かれた戸が天にあった。そして,わたしが聞いた最初の声はラッパのようであり,[その声が]わたしと話して,「ここに上れ。必ず起きることをあなたに示そう」と言った。

2 これらのことの後,わたしはすぐに霊[の力]の中に入った。すると,見よ,天にひとつの座が据えてあり,そのみ座に座っておられる方がいる

3 そして,座っておられる方は,見たところ碧玉,また赤色の宝石のようであり,み座の周りには,見たところエメラルドのような虹が[ある]。
4 そして,み座の周りには二十四の座が[あり],それらの座には,二十四人の長老が,白い外衣をまとい,頭に黄金の冠を頂いて座っているのが[見えた]。

5 そして,み座からは,稲妻と声と雷が出ている。また,火のともしび七つがみ座の前で燃えており,それらは神の七つの霊を表わしている。

6 また,み座の前には,水晶に似たガラスのような海があるかのようである。
そして,み座の真ん中とみ座の周りには,前にも後ろにも目がいっぱいある四つの生き物が[いる]。

7 そして,第一の生き物はライオンに似ており,第二の生き物は若い雄牛に似ており,第三の生き物には人間のような顔があり,第四の生き物は飛んでいる鷲に似ている。

8 また,その四つの生き物は,その各々にそれぞれ六つの翼があり,周りも下側も目でいっぱいである。そして彼らは昼も夜も休むことなくこう言う。「聖なるかな,聖なるかな,聖なるかな,全能者なるエホバ神,かつておられ,今おられ,これから来られる方」。
9 そして,それらの生き物が,み座に座っておられる方,限りなく永久に生きておられるその方に,栄光と誉れと感謝をささげるごとに,

10 二十四人の長老は,み座に座っておられる方の前にひれ伏し,限りなく永久に生きておられる方を崇拝する。そして自分たちの冠をみ座の前に投げ出して,こう言う。

11 「エホバ,わたしたちの神よ,あなたは栄光と誉れと力を受けるにふさわしい方です。あなたはすべてのものを創造し,あなたのご意志によって[すべてのもの]は存在し,創造されたからです」。

5章
それからわたしは,み座に座っておられる方の右手に,内部にも裏側にも書き込まれた巻き物があるのを見た。それは七つの封印で堅く封印されていた。

2 そしてわたしは,ひとりの強いみ使いが,「巻き物を開いて,その封印を解くにふさわしい者はだれか」と大声でふれ告げているのを見た。

3 しかし,天にも地にもまた地の下にも,巻き物を開きあるいはその中を見ることのできる者はひとりもいなかった。

4 それで,巻き物を開きあるいはその中を見るにふさわしい者が見いだされなかったので,わたしは激しく泣きだした。

5 しかし長老の一人がわたしにこう言う。「泣くのをやめなさい。見よ,ユダ族の者であるライオン,ダビデの根が征服を遂げたので,巻き物とその七つの封印を開くことができる」。
6 するとわたしは,み座と四つの生き物との真ん中に,また長老たちの真ん中に,ほふられたかのような子羊が立っているのを見た。それには七つの角と七つの目があり,その[目]は,全地に送り出された神の七つの霊を表わしている。

7 そして彼は行って,み座に座っておられる方の右手から[それを]すぐに受け取った。

8 そして彼が巻き物を受け取った時,四つの生き物と二十四人の長老は子羊の前にひれ伏した。彼らは各々たて琴と,香を満たした黄金の鉢とを持っていた。その[香]は聖なる者たちの祈りを表わしている。9 そして彼らは新しい歌を歌って言う,「あなたは巻き物を受け取ってその封印を開くにふさわしい方です。あなたはほふられ,自分の血をもって,あらゆる部族と国語と民と国民の中から神のために人々を買い取ったからです。

10 そして,彼らをわたしたちの神に対して王国また祭司とし,彼らは地に対し王として支配するのです」。
11 それから,わたしが見ると,み座と生き物と長老たちの周りにいる多くのみ使いたちの声が聞こえた。彼らの数は数万の数万倍,数千の数千倍であり,

12 大声でこう言った。「ほふられた子羊は,力と富と知恵と強さと誉れと栄光と祝福を受けるにふさわしい方です」。
13 そして,天と地と地の下と海の上とにいるあらゆる被造物,およびそこにあるすべてのものがこう言うのが聞こえた。「み座に座しておられる方と子羊とに,祝福と誉れと栄光と偉力が限りなく永久にありますように」。

14 すると,四つの生き物は「アーメン!」と言い,長老たちはひれ伏して崇拝した。

エゼキエル1章
1章
さて,第三十年,第四の[月],その月の五[日],わたしがケバル川のほとりで流刑の民の中にいたときのことであるが,天が開け,わたしは神の幻を見るようになった

2 その月の五[日],すなわちエホヤキン王の流刑の五年目[に],

3 カルデア人の地,ケバル川のほとりで,エホバの言葉が祭司ブジの子エゼキエルに特に臨み,その地でエホバのみ手が彼の上に置かれた。
4 そして,わたしが見はじめると,見よ,大暴風が,大きな雲塊と震え動く火が北から進んで来るところであった。その周囲には輝きがあり,その中,その火の中から,こはく金のように見えるものが現われた。

5 また,その中から四つの生き物のようなものが現われた。彼らはこのように映った。すなわち,その姿は地の人のようであった。

6 そして[各々]四つの顔があり,彼らは[各々]四つの翼を持っていた。

7 また,彼らの足はまっすぐな足で,その足の裏は子牛の足の裏のようであり,磨き上げた銅のきらめきによるかのように輝いていた。

8 また,彼らの四方の翼の下には人の手があり,その四つのものには顔と翼があった。

9 彼らの翼は互いに連なっていた。彼らは行くとき,回らずに各々まっすぐに前進するのであった。
10 そして,その顔の有様についていえば,その四つのものには人の顔があり,右にはライオンの顔があり,その四つのものには左に雄牛の顔があり,その四つのものにはまた,鷲の顔があった。

11 彼らの顔はそのようであった。そして,彼らの翼は上に向かって広がっていた。各々[の翼]二つは互いに連なっており,二つは体を覆っていた。
12 そして,彼らは各々まっすぐに前進するのであった。どこへでも霊の行こうとする所へ行くのであった。彼らは行くとき,回らなかった。

13 また,その生き物の姿はといえば,彼らの外見は燃える炭火のようであった。たいまつのように見えるものが生き物の間を行き来しており,その火は明るく,その火の中から稲妻が出ていた。

14 そしてそれらの生き物については,稲妻のように出たり戻ったりすることがあった。
15 わたしがそれらの生き物を見ていると,何と,見よ,地の上に,それらの生き物のそばに,各々の四つの顔の傍らに,一つの輪があった。

16 その輪の外見と作りは,貴かんらん石のきらめきのようであり,その四つのものは一つの姿をしていた。そしてその外見と作りは,輪の中に輪があるときのようであった。

17 それらは行くとき,それぞれの四つの側に行くのであった。行くときに別の方向に回ることはなかった。

18 また,その外縁についていえば,それは高くて,恐れの念を生じさせるほどであった。その外縁は,四つとも,周囲に目がいっぱいついていた。

19 そして,生き物が行くとき,輪はそのそばを行き,生き物が地から上げられるときには,輪も上げられるのであった。

20 どこへでも霊の行こうとする所へ,彼らは行き,霊はそこへ行こう[とするのであった]。輪も彼らのすぐそばで上げられるのであった。その生き物の霊が輪のうちにあったからである。

21 彼らが行くときには,それらも行き,彼らが立ち止まるときには,それらも立ち止まるのであった。彼らが地から上げられるときには,輪も彼らのすぐそばで上げられるのであった。その生き物の霊が輪のうちにあったからである。
22 そして,生き物の頭上には,畏敬の念を起こさせる氷のきらめきにも似た大空のようなものがあって,彼らの頭上,その上方に張り伸ばされていた。

23 また,その大空の下で,彼らの翼は互いに対してまっすぐになっていた。各々二つの翼で体のこちら側を覆い,また各々二つの翼で[体の]あちら側を覆っていた。

24 そして彼らが行くとき,わたしは彼らの翼の音を聞いた。広大な水のような音,全能者の音のようであり,それは動乱の音,陣営の音のようであった。彼らは立ち止まるときには,翼を垂れるのであった。
25 そして,彼らの頭上にある大空の上の方から声があった。(彼らは立ち止まるとき,翼を垂れるのであった。)

26 そして彼らの頭上にある大空の上の方には,見たところサファイアの石のようなもの,王座のようなものがあった。またその王座のようなものの上には,見たところ地の人のような姿をした方が,その上に,上の方におられた。

27 そしてわたしは,こはく金のきらめきのようなもの,火のように見えるものをその内側の周囲,その腰のように見える所から上の方に見た。その腰のように見える所から下の方には,火のように見えるものが見えたが,その方の周囲には輝きがあった。

28 降り注ぐ雨の日に雲塊の中に生ずる虹のように見えるものがあった。その周りの輝きはそのようであった。それは見たところ,エホバの栄光のようであった。[それを]見たとき,わたしはひれ伏した。そして,話す方の声を聞きはじめた。

エゼキエル10章
10章
そして,わたしが引き続き見ていると,見よ,ケルブたちの頭上にあった大空の上に,何かサファイアの石のようなもの,見たところ王座のようなものが彼らの上方に現われた。
2 そして,その方は亜麻布をまとった人にさらに言われた。こう言われた。「車輪の間,ケルブの下に入り,ケルブの間から炭火を取って両の手のくぼみに満たし,[それを]都の上にまき散らせ」。それで,彼はわたしの目の前で入って行った。
3 そして,その人が入ったとき,ケルブたちは家の右側に立っており,雲が奥の中庭を満たしていた。
4 そして,エホバの栄光がケルブたちから昇って家の敷居に移り,家はやがて雲で満たされるようになり,中庭もエホバの栄光の輝きで満ちた。
5 すると,ケルブたちの翼の音が外庭にまで聞こえ渡った。それは全能の神が語られるときの音のようであった。
6 そして,その方が亜麻布をまとった人に命じて,「車輪の間から,ケルブの間から火を取れ」と言われたとき,彼は入って行って輪の傍らに立った。
7 それから,[ひとりの]ケルブは手をケルブたちの間から,ケルブたちの間にあった火に突き出し,[それを]運んで,亜麻布をまとった者の両の手のくぼみに置いた。次いで,その者は[それを]取って,出て行った。
8 そして,ケルブたちには地の人の手の形をしたものがあり,それはその翼の下に見えた。
9 そして,わたしが引き続き見ていると,見よ,ケルブの傍らに四つの輪が,一つのケルブの傍らに一つの輪,もう一つのケルブの傍らに一つの輪があり,その輪は見たところ貴かんらん石のきらめきのようであった。
10 そしてその外見はというと,それら四つのものの姿は一つであり,輪の中に輪があるときのようであった。
11 それらは行くとき,四つの側に行くのであった。それらは行くとき,方向を変えることはなかった。頭の向かう所へ,そのあとについて行くのであった。それらは行くとき,方向を変えることはなかった。
12 そして,そのすべての体と背と手と翼と輪には,周囲に目がいっぱいついていた。それら四つのものには輪があった。
13 その輪については,それに向かって,わたしの聞こえる所で,「車輪よ!」と呼びかけられた。
14 そして,[各々の]者には四つの顔があった。第一の顔はケルブの顔,第二の顔は地の人の顔,第三の顔はライオンの顔,第四の顔は鷲の顔であった。
15 そして,ケルブたちは昇って行くのであった―それはわたしがケバル川で見たのと[同じ]生き物であった― 
16 そしてケルブたちが行くとき,輪はそのそばを行き,ケルブが翼を上げて地上に高く上るとき,輪もそのそばから方向を変えることはなかった。
17 これが立ち止まると,それも立ち止まり,これが昇ると,それもこれと共に昇るのであった。生き物の霊がその中にあったからである。
18 そして,エホバの栄光は家の敷居の上から出て行き,ケルブたちの上で立ち止まった。
19 次いで,ケルブたちはその翼を上げて,わたしの目の前で地から昇って行った。彼らが出て行くとき,輪もまた彼らのすぐそばにあった。彼らはエホバの家の門の東側の入口に立ちはじめた。イスラエルの神の栄光は上方から,彼らの上にあった。
20 これは,わたしがケバル川で,イスラエルの神の下に見た生き物であったので,わたしは彼らがケルブであることを知ったのである。
21 その四つのものについては,[各々]に四つの顔があり,[各々]に四つの翼があり,地の人の手のようなものが彼らの翼の下にあった。
22 またその顔の有様については,その外見はわたしがケバル川のほとりで見た顔,まさにそれと同じものであった。彼らは各々まっすぐに前進するのであった。


ダニエル7:9-10
9 「わたしがずっと見ていると,ついに幾つかの座が置かれ,日を経た方が座られた。その衣服は雪のように白く,その頭の毛は清らかな羊毛のようであった。その方の座は火の炎,その車輪は燃える火であった。

10 火の流れが流れていて,その方の前から出ていた。その方に仕えている者は千の数千,その方のすぐ前に立っている者は一万の一万倍いた法廷は座に着き,幾つかの書があって,それが開かれた

参考ヨブ記1-2章(サタンとは人間に罪を犯させ神に敵対する者であり今の世の支配者のことです)
6 さて,[まことの]神の子らが入って来てエホバの前に立つ日となった。サタンも彼らのただ中に入った。
7 そこで,エホバはサタンに言われた,「あなたはどこから来たのか」。するとサタンはエホバに答えて言った,「地を行き巡り,そこを歩き回ってきました」。
8 すると,エホバはまたサタンに言われた,「あなたはわたしの僕ヨブに心を留めたか。地上には彼のような人,とがめがなく,廉直で,神を恐れ,悪から離れている人はひとりもいないのだが」。

9 するとサタンはエホバに答えて言った,「ヨブはただいたずらに神を恐れたのでしょうか。

10 あなたが,彼とその家と彼の持っているすべてのものとの周りにくまなく垣を巡らされたではありませんか。彼の手の業をあなたは祝福されたので,その畜類は地にふえ広がりました。

11 しかし逆に,どうか,あなたの手を出して,彼の持っているすべてのものに触れて,果たして彼が,それもあなたの顔に向かってあなたをのろわないかどうかを[見てください]」。

12 それゆえエホバはサタンに言われた,「見よ,彼の持っているものはみな,あなたの手中にある。ただ彼の身に対しては,あなたの手を出してはならない!」 そこで,サタンはエホバのみ前から出て行った。

22 このすべてのことにおいてヨブは罪をおかさず,また神に不当なことを帰さなかった。


2章
その後,[まことの]神の子らが入って来てエホバの前に立つ日となり,サタンもまた彼らのただ中に入ってエホバの前に立った。
2 そこでエホバはサタンに言った,「一体,あなたはどこから来たのか」。すると,サタンはエホバに答えて言った,「地を行き巡り,そこを歩き回ってきました」。

3 するとエホバはさらにサタンに言われた,「あなたはわたしの僕ヨブに心を留めたか。地上には彼のような者,とがめがなく,廉直で,神を恐れ,悪から離れている人はひとりもいないのだが。その上なおも彼は自分の忠誠を堅く保っている。あなたはわたしを駆り立てて彼に向かわせ,理由もなく彼を呑み尽くさせようとするのだが」。

4 しかしサタンはエホバに答えて言った,「皮のためには皮をもってしますので,人は自分の魂のためなら,持っているすべてのものを与えます。

5 逆に,どうか,あなたの手を出して,彼の骨と肉にまで触れて,果たして彼が,それもあなたの顔に向かってあなたをのろわないかどうか[を見てください]」。

ヨブ2:10「このすべてのことにおいてヨブはその唇をもって罪をおかさなかった。」

 

結論、サタンの神に対するこの二つの挑戦は失敗に終わったのです。

これで世界の悪が終わった訳ではありません

この記述は後代の人々が悪魔の存在とその仕業を理解するために残されたのです。