前文ですこのブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
このブログは、人々に対する「警告」でもあります。

その根拠の多くは「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた
-啓示11:14-19 
(地を破滅させている者たちとは、地球温暖化や環境破壊など「自然破壊」をさせている人々の事
 だけではありません。
 人々の暮らしを破壊している政治、経済、金融、犯罪、人々の欲望や野心など人間活動における
 すべての「悪」も含まれていることは明らか
です。)

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません。
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章
10 終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
-エフェソス6:11-18 

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい。
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません。
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
7 惑わされてはなりません神は侮られるような方ではありません何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょううみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9
コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
今回は、災害被害における死についての話です。

初めに、
もしかするとその災害は「神によるもの、神の裁き」かも知れません。
これを聞いてあなたは「ドキッと」するかも知れません。
その備えが全く出来ていないからです。
しかし、神は災害を引き起こし「人々を裁く」時もあるということを聞いてあなたはどう思いますか?
あなたは知っていましたか。

聖書の中では、神が人を裁く時、つまり、人に死をもたらす時災害と思われる現象による場合があることが記されているのです。

例えば、

ノアの時代以前の世を滅ぼす時には「大洪水」を用いました。

不道徳で蔓延っていたソドムとゴモラを滅ぼす時には「天からの硫黄と火の雨」を用いました。

(おそらく、隕石と推測されます)

コラの子たちがモーセに逆らった時「地割れ」を起こし飲み込ませました。-民数記16章

「雹」を用いることは度々ありました。-出エジプト記9章、ヨシュア記10章

自然災害ではありませんが、ペテロの叱責を受けて死んだアナニアとサッピラの夫婦がいます。-使徒5章

先ずは現実の災害被害について話したいと思います。
災害で最も被害が大きくなるのは、主に都市部であり住宅密集地です。
つまり、人への被害が最も大きいということです。
一方、自然を見てみますと、確かに地面の陥没、地割れ、崖崩れ、あるいは、火山の噴火、台風による河川の氾濫や倒木などがありますが、規模は大きくても被害の程度は都市部や住宅密集地などに比べると小さいことは明らかです。

これは「人間の仕業」であり、他の誰の責任でもありません。
犯罪に関しても同じです。
悪いことを企(たくら)む人がいる一方で、無警戒の人もいる訳です。
実際、油断したり相手を信用して犯罪に遭うことが多いのです。
大抵、疑い深く、注意深く、慎重な人は犯罪の被害に遭うことは少ないものです

また、人間の政府は様々な要因で政策を行っています。
それゆえ、必ずしもすべての国民の要望に応えることは出来ません。
そのため、一部の人々の政府に対する批判が同然出る訳です。

政府は時には外交を重視する余り国民の気持ちや感情を無視することさえあります
実際、内閣は国のすべてに関わっており、かつ、命令、実行権者なので「物事を一番良く知っている」立場にあります。
すべてを考慮し優先順位を付けた時国民の気持ちや考えを無視することさえあるのです。
また、国民の思いがすべて正しい訳でもありません
実際、国民が政治を俯瞰して考えることは難しいことだからです。
いつでも、国民は身勝手です。

国民が政治を論じるのは生活のためです。
自分の生活の事しか考えていないのです。

現実に、政府に反発している国民がいる国は非常に多いのは事実です。

イエスがご自分の臨在と事物の体制の終結の時に何が起きるかに関して、地震(災害)や政府と国民の反発や犯罪の増加しるしとして生じると言われました。-マタイ24章

3 [イエス]がオリーブ山の上で座っておられたところ,弟子たちが自分たちだけで近づいて来て,こう言った。「わたしたちにお話しください。そのようなことはいつあるのでしょうか。そして,あなたの臨在と事物の体制の終結のしるしには何がありますか」。
4 そこでイエスは答えて言われた,「だれにも惑わされないように気を付けなさい。

5 多くの者がわたしの名によってやって来て,『わたしがキリストだ』と言って多くの者を惑わすからです。

6 あなた方は戦争のこと,また戦争の知らせを聞きます。恐れおののかないようにしなさい。これらは必ず起きる事だからです。しかし終わりはまだなのです。
7 「というのは,国民は国民に,王国は王国に敵対して立ち上がり,またそこからここへと食糧不足や地震があるからです。

8 これらすべては苦しみの劇痛の始まりです。

9 「その時,人々はあなた方を患難に渡し,あなた方を殺すでしょう。またあなた方は,わたしの名のゆえにあらゆる国民の憎しみの的となるでしょう。

10 またその時,多くの者がつまずき,互いに裏切り,互いに憎み合うでしょう。

11 そして多くの偽預言者が起こって,多くの者を惑わすでしょう。

12 また不法が増すために,大半の者の愛が冷えるでしょう。

13 しかし,終わりまで耐え忍んだ人が救われる者です。

14 そして,王国のこの良いたよりは,あらゆる国民に対する証しのために,人の住む全地で宣べ伝えられるでしょう。それから終わりが来るのです。マタイ24:3-14

こうしたことは、いつの時代にもあったことです。
しかし、それでも今生じている世界の出来事に注意と関心を向けることは大事なことです。
そうしないと将来がどうなるか「不安」になるからです。

科学技術が発達し、あらゆる便利な物が登場しています。
確かにこうした「アイテム」は生活の質を向上させ、時には、その便利さを喜んだり誇ったりしています。
しかし、こうしたことの「」では、人間が思いも寄らないところで「大きな被害」をもたらしているのです。
それは、地球温暖化であり環境破壊そして陰湿な犯罪です。
こうしたことは、犯罪以外は人間が太る原因と同じで、食べた時には体形が変わる程に太る訳ではありません。
長期に渉って食べ過ぎることが原因で太るのです。
体質の違いはありますが、一般的にはそうなのです。
地球の場合は、それが災害という形で跳ね返って来ます
物理的には、木星のように風速秒速350mも有り得るのです。
現在のところ、秒速60-70m位が最高ですが、それでも殆どの建物が被害を受けます。
同時に、高波も発生し海岸線では津波以上の被害を受ける場合もあります。

こうした点における神の考えは、地を破滅させている者たちを破滅に至らせるというものです。
もしかすると、それは「神の裁き」という「神のみ使いたちを用いた恐ろしい光景」ではなく、災害という形で破滅させるということも有り得ます
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。
-啓示11:15-19

真の神を崇拝する人以外の「諸国民」は、神が支配を再開することに「憤り」を抱きますが、同時に、神の諸国民に対する憤りも生じることになっています。
そして、「地を破滅させている者たちを破滅に至らせる」ことは「稲妻と声と雷と大きな雹」によるものかも知れませんし、人間から見れば「災害に見える」ものであるということです。

つまり、災害によってそうした人々を滅ぼす可能性があるのです。
この場合、神のよる「裁き=災害」なので、「義なる人々には影響はありません」。
いたずらに、その災害を恐れる必要はないのです。
この裁きは「人を選択することなのです。
ですから、神のよる災害で亡くなった人々のことで嘆き悲しむ必要もないのです。

とは言っても、それが神の仕業かどうかは人間には分からない場合もあります。

この聖書の預言とは別に災害時上手く立ち振る舞うには「知恵」が必要です。

国や自治体などの支援を期待し待っていると対応が遅れる場合が多いものです。
彼らをあてにするのではなく、自らが自らの考えで速やかに行動する必要があるのです。
その行動の中で自分では出来ないことが生じたら自治体などに問い合わせることです。
自治体は直ぐに対応出来ない場合が多いので当てしていると手遅れになってしまうことが多いです。
自治体も実際に災害が起こらないと具体的に何をして良いか分からないため、一般的な常識程度の備えしか出来ません。
大抵は、避難所の開設、食料や暖房設備、トイレや寝る場所の確保、医療や医療従事者の確保などは直ぐに出来ることです。
その他のことに関しては、その場の状況に応じて、まず各人が知恵を出して行動する必要があるのです。
周辺人々と協力し合うことも必要かもしれません。
建物の外に至急出ることや高台の上ることが先決かも知れません。
この場合の移動手段として車が適切かどうかも判断しなければなりません。
あなたは、自分の家や仕事場にいて、こうした点の備えをしていますか。
あるいは、外出先で災害に遭遇した時どうするかを決めていますか。
殆どの人は何もしていないと思います。
しかし、災害は忘れたころにやって来るのです。
つまり、予期していない時に来るのが災害なのです。

ちなみに、神が人間に災いをもたらす時には、人間が予期しない時であることを知っていますか。
神はそのようにして人間の不意を突くのです。
つまり、
裁きや災いのための備えをさせないというのが「神の考えでもあります
なぜか、それは「人間の本心、本性」を出させるためであり、これらを意図的に隠したり偽装したりして「神を騙したり」「言い訳」にさせないためです。
そのため、人間の本性を明らかにするために時には「遅く」なるのです。
ノアの大洪水の時も、ソドムとゴモラの時も、イスラエルが神に逆らった時も常に神は「完全に見定め」一人の義人も損なわれることが無いようにしました。
義人にとっては辛抱や忍耐が必要な時です。
神は義人にはこれを求めているのです。

イエスの話の中に婚礼の話が出て来ます。
十人の花嫁がいますが五人は思慮深く五人はそうではありませんでした。
主人が到着するとなった時五人は手持ちの(明かりのための)火の油が少ないことに気が付き他の五人に分けてくれるように頼みますが断られます。
そのため、五人が油を買いに行っている間に主人が到着し家の中に招かれますが、その時その場にいなかったその五人は家に入れてもらえませんでした。

人間的には分けて上げれば良いではないか、分けてあげないのは不親切だと思う人もいるかも知れません。

しかし、この場合、そのような親切は「いわば、悪に手を貸す」ようなものです。

つまり、その五人は注意を怠ったからです。

注意すること備えをすること、個人の責任であり、特に霊的な事柄の[悪事]に関しては他人は手を出してはならないのです。

本人が自覚して助けを求めるならば別です。

この場合は、助言をすることは出来ます。

しかし、それでも、思慮深くその備えをする責任は個人にあることを教えています。
 

マタイ24章  

21 その時,世の初めから今に至るまで起きたことがなく,いいえ,二度と起きないような大患難があるからです。

22 実際,その日が短くされないとすれば,肉なる者はだれも救われないでしょう。しかし,選ばれた者たちのゆえに,その日は短くされるのです。
23 「その時,『見よ,ここにキリストがいる』とか,『あそこに!』とか言う者がいても,それを信じてはなりません。

24 偽キリストや偽預言者が起こり,できれば選ばれた者たちをさえ惑わそうとして,大きなしるしや不思議を行なうからです。

25 ご覧なさい,わたしはあなた方にあらかじめ警告しました

26 それゆえ,人々が,『見よ,彼は荒野にいる』と言っても,出て行ってはなりません。『見よ,奥の間にいる』[と言っても],それを信じてはなりません。

27 稲妻が東の方から出て西の方に輝き渡るように,人の子の臨在もそのようだからです。

28 どこでも死がいのある所,そこには鷲が集まっているでしょう。
29 「それらの日の患難のすぐ後に,太陽は暗くなり,月はその光を放たず,星は天から落ち,天のもろもろの力は揺り動かされるでしょう。

30 またその時,人の子のしるしが天に現われます。そしてその時,地のすべての部族は嘆きのあまり身を打ちたたき,彼らは,人の子が力と大いなる栄光を伴い,天の雲に乗って来るのを見るでしょう。

31 そして彼は,大きなラッパの音とともに自分の使いたちを遣わし,彼らは,四方の風から,天の一つの果てから他の果てにまで,その選ばれた者たちを集めるでしょう。
32 「では,いちじくの木から例えとしてこの点を学びなさい。その若枝が柔らかくなり,それが葉を出すと,あなた方はすぐに,夏の近いことを知ります。

33 同じようにあなた方は,これらのすべてのことを見たなら,彼が近づいて戸口にいることを知りなさい

34 あなた方に真実に言いますが,これらのすべての事が起こるまで,この世代は決して過ぎ去りません。35 天と地は過ぎ去るでしょう。しかしわたしの言葉は決して過ぎ去らないのです。
36 「その日と時刻についてはだれも知りません。天のみ使いたちも子も[知らず],ただ父だけが[知っておられます]。

37 人の子の臨在はちょうどノアの日のようだからです。

38 洪水前のそれらの日,ノアが箱船に入る日まで,人々は食べたり飲んだり,めとったり嫁いだりしていました。

39 そして,洪水が来て彼らすべてを流し去るまで注意しませんでしたが,人の子の臨在[の時]もそのようになるのです。

40 その時二人の男が野にいるでしょう。一方は連れて行かれ,他方は捨てられるのです。

41 二人の女が手臼をひいているでしょう。一方は連れて行かれ,他方は捨てられるのです。

42 それゆえ,ずっと見張っていなさい。あなた方は,自分たちの主がどの日に来るかを知らないからです。
43 「しかし,一つのことを知っておきなさい。家あるじは,盗人がどの見張り時に来るかを知っていたなら,目を覚ましていて,自分の家に押し入られるようなことを許さなかったでしょう

44 このゆえに,あなた方も用意のできていることを示しなさいあなた方の思わぬ時刻に人の子は来るからです。
45 「主人が,時に応じてその召使いたちに食物を与えさせるため,彼らの上に任命した,忠実で思慮深い奴隷いったいだれでしょうか。

46 主人が到着して,そうしているところを見るならば,その奴隷は幸いです。

47 あなた方に真実に言いますが,[主人]は彼を任命して自分のすべての持ち物をつかさどらせるでしょう。
48 「しかし,もしそのよこしまな奴隷が,心の中で,『わたしの主人は遅れている』と言い,

49 仲間の奴隷たちをたたき始め,のんだくれたちと共に食べたり飲んだりするようなことがあるならば,

50 その奴隷の主人は,彼の予期していない日,彼の知らない時刻に来て,

51 最も厳しく彼を罰し,その受け分を偽善者たちと共にならせるでしょう。そこで[彼は]泣き悲しんだり歯ぎしりしたりするのです。

25章
「その時,天の王国は,自分のともしびを持って花婿を迎えに出た十人の処女のようになります。

2 そのうち五人は愚かで,五人は思慮深い者でした。

3 愚かな者たちは自分のともしびを持ちましたが,油を携えていかず,

4 一方,思慮深い者たちは,自分のともしびと共に,油を入れ物に入れて持って行きました。

5 花婿が遅れている間に,彼女たちはみな頭を垂れて眠り込んでしまいました。

6 真夜中に,『さあ,花婿だ! 迎えに出なさい』という叫び声が上がりました。

7 そこで,それらの処女はみな起きて,自分のともしびを整えました。

8 愚かな者たちは思慮深い者たちに言いました,『あなた方の油を分けてください。わたしたちのともしびはいまにも消えそうですから』。

9 思慮深い者たちはこう答えました。『わたしたちとあなた方に足りるほどはないかもしれません。むしろ,[油]を売る者たちのところに行って,自分のために買いなさい』。

10 彼女たちが買いに行っている間花婿が到着し,用意のできていた処女たちは,婚宴のため彼と共に中に入りました。それから戸が閉められたのです。

1 後に,残りの処女たちも来て,『だんな様,だんな様,開けてください』と言いました。

12 彼は答えて言いました,『あなた方に真実を言いますが,わたしはあなた方を知りません』。
13 「それゆえ,ずっと見張っていなさいあなた方は,その日もその時刻も知らないからです。
14 「それはちょうど,人が外国へ旅行に出るにあたり,奴隷たちを呼び寄せて,自分の持ち物をゆだねたときのようになるのです。

15 そして,ある者には五タラント,別の者には二タラント,さらに別の者には一タラントと,各自の能力に応じてひとりひとりに与えてから,外国に行きました

16 五タラントを受けた者はすぐに出かけて行き,それで商売をしてさらに五[タラント]をもうけました。

17 二[タラント]を受けた者も同じようにしてさらに二[タラント]をもうけました。

18 しかし,ただ一[タラント]を受けた者は,出かけて行って地面を掘り,主人の銀子を隠しておきました。
19 「長い時を経たのち,その奴隷たちの主人が来て,彼らとの勘定を清算しました

20 それで,五タラントを受けていた者が進み出,追加の五タラントを差し出して,こう言いました。『ご主人様,わたしに五タラントをゆだねてくださいましたが,ご覧ください,わたしはさらに五タラントをもうけました』。

21 主人は彼に言いました,『よくやった,善良で忠実な奴隷よ! あなたはわずかなものに忠実であった。わたしはあなたを任命して多くのものをつかさどらせる。あなたの主人の喜びに入りなさい』。

22 次に,二タラントを受けていた者が進み出て,言いました,『ご主人様,わたしに二タラントをゆだねてくださいましたが,ご覧ください,わたしはさらに二タラントをもうけました』。

23 主人は彼に言いました,『よくやった,善良で忠実な奴隷よ! あなたはわずかなものに忠実であった。わたしはあなたを任命して多くのものをつかさどらせる。あなたの主人の喜びに入りなさい』。
24 「最後に,一タラントを受けていた者が進み出て言いました,『ご主人様,わたしは,あなたが手厳しい方で,まかなかった所で刈り取り,あおり分けなかった所で集めることを知っておりました。

25 それでわたしは怖くなり,行って,あなたの一タラントを地中に隠しておきました。さあ,これはあなた様のものです』。

26 主人は答えて言いました,『邪悪で無精な奴隷よ,わたしが自分のまかなかった所で刈り取り,あおり分けなかった所で集めることを知っていたというのか。

27 それならあなたは,わたしの銀子を銀行家に預けておくべきだった。そうすればわたしは,到着してすぐに,自分のものを利息と一緒に受け取っていただろうに。
28 「『だから,彼からその一タラントを取り上げて,十タラントを持っている者に与えよ。

29 すべて持っている者にはさらに与えられ,その者は満ちあふれるようになるのである。しかし,持っていない者は,その持っているものまで取り上げられるのである。

30 それで,この何の役にも立たない奴隷を外の闇に投げ出しなさい。そこで[彼は]泣き悲しんだり歯ぎしりしたりするであろう』。
31 「人の子がその栄光のうちに到来し,またすべてのみ使いが彼と共に[到来する]と,そのとき彼は自分の栄光の座に座ります

32 そして,すべての国の民が彼の前に集められ,彼は,羊飼いが羊をやぎから分けるように,人をひとりひとり分けます

33 そして彼は羊を自分の右に,やぎを自分の左に置くでしょう。
34 「それから王は自分の右にいる者たちにこう言います。『さあ,わたしの父に祝福された者たちよ,世の基が置かれて以来あなた方のために備えられている王国を受け継ぎなさい

35 わたしが飢えると,あなた方は食べる物を与え,わたしが渇くと,飲む物を与えてくれたからです。わたしがよそからの者として来ると,あなた方は温かく迎え,

36 裸でいると,衣を与えてくれました。わたしが病気になると,世話をし,獄にいると,わたしのところに来てくれました』。

37 その時,義なる者たちはこう答えるでしょう。『主よ,いつわたしたちは,あなたが飢えておられるのを見て食べ物を差し上げたり,渇いておられるのを[見て]飲む物を差し上げたりしたでしょうか。

38 いつわたしたちは,あなたがよそからの人であるのを見て温かく迎えたり,裸なのを[見て]衣を差し上げたりしたでしょうか。

39 いつわたしたちは,あなたが病気であったり獄におられたりするのを見てみもとに参りましたか』。40 すると,王は答えて言うでしょう,『あなた方に真実に言いますが,これらわたしの兄弟のうち最も小さな者の一人にしたのは,それだけわたしに対してしたのです』。
41 「ついで彼は自分の左にいる者たちにこう言います。『のろわれた者たちよ,わたしから離れ,悪魔とその使いたちのために備えられた永遠の火に入りなさい

42 わたしが飢えても,あなた方は食べる物を与えず,渇いても,飲む物を与えてくれなかったからです。

43 わたしがよそからの者として来ても,あなた方は温かく迎えず,裸でいても,衣を与えてくれませんでした。病気であったり獄にいたりしても,世話をしてくれませんでした』。

44 その時,彼らもこう答えるでしょう。『主よ,いつわたしたちは,あなたが飢え,渇き,よそからの人であり,裸であり,病気であり,あるいは獄におられるのを見て,あなたに仕えませんでしたか』。

45 その時,彼はこう答えるでしょう。『あなた方に真実に言いますが,これら最も小さな者の一人にしなかったのは,それだけわたしに対してしなかったのです』。

46 そして,これらの者は去って永遠の切断に入り,義なる者たちは永遠の命に入ります」。

 

イエスが何度も同じ教訓を話しているということは、備えをすることの重大性」「思慮深さと分別ある行動の必要性」を教えているのです。

 

災害とは異なりますが備えをするという点では同じことです。
義人であってもその備えをしていなければ「神の災いの被害者となる」場合もあるのです。
神とキリストは人間に思慮深さと分別も求めていることは明らかです。
愚か者は皆滅ぼされるのです。

この点、神は「無慈悲」なのです。

別の言い方をすれば「厳格であり、厳しい」のです。

これは、単に災害から身を守るということではなく、それよりも「より大きな神の災い=裁き」から身を守る場合にも当てはまるのです。
さて、人はどうすれば「思慮深く行動」出来るでしょうか
それは、それを知っている人に「聞く」ことです。
そして、その聞いた事柄を確かめ「自分のもの」とする必要があります。
つまり、初めは聞いたとしても、後には「自分の思い、考え」になっていなければならないということです。
それは、教えてくれた人を信じそれに従うということではありません
教えてくれた内容を自分で確かめ、自分のものとし自分で立つ必要があるということです。

さてさて、皆さんはこのように出来るでしょうか。
私も日夜努力しているところです。
皆さんも、この点で努力することを続けましょう。

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。

人についてのすべての事柄を発信していますので、時には関心のある記事もあると思いますので、フォローして毎回の発言に注目していただければ嬉しく思います。
このブログは、人々に対する「警告」でもあります。

その根拠の多くは「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた
-啓示11:14-19 
(地を破滅させている者たちとは、地球温暖化や環境破壊など「自然破壊」をさせている人々の事
 だけではありません。
 人々の暮らしを破壊している政治、経済、金融、犯罪、人々の欲望や野心など人間活動における
 すべての「悪」も含まれていることは明らかです。)

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章
10 終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
-エフェソス6:11-18 

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18
今回は、人類は地球を以前の状態に回復する能力を持っているという話です。

地球温暖化と環境破壊で人類が滅亡するかのような「気持ち」になっている人は多いと思います。

確かに、今のままならば、遅かれ早かれそうなるでしょう

 

ただ、客観的に「人間の能力だけを考えた場合はどうでしょうか。
人類は今の世界の殆どの問題を解決する能力を持っているのです。

現代の科学技術を見れば人間にとって不可能はないかのようではありませんか

人間にはその能力があるのです。
 

何がこれを妨げているのでしょうか
それは、個人の欲望、政府の思惑、企業の利益重視などです。

このいずれも「当然」のことです。

しかし、この「当然」が地球を破滅へと追い込んでいるのです。

従って、人類は「考えを変える必要がある」のです。

そうすれば、人類は地球を回復出来るのです。


利益を度外視して、企業が純粋に人々のための仕事をすれば多くの問題は解決します。

いわゆる汚染を出さずに、あるいは、汚染を適切に処理することで環境は保護されます。
そこに政府も同調し、国家間の争いを無くし利益なしの自由な貿易を行い、様々な医療なども利益なしで争うことなく共有し、あらゆる犯罪を根絶すれば、地球は以前の健康な状態に回復することは可能です。
つまり、障害となっているあらゆる事柄をすべて排除すれば地球は元通りになるのです。

地球を回復させる能力を人間は持っていますが、ただ、人間にその障害を排除するその力がないだけなのです。

それでも、元通りになった地球は人間にとって快適で住み易い環境とは限りません
むしろ、いわば、ジャングルのような場所で暮らすことになるからです。
しかし、地球にとってはジャングルのような場所の方が良いのです。
今の地球の温暖化、環境破壊はすべて人間の身勝手がもたらしたものです。
人間の身勝手を除けば地球は回復するのです。

人間に害を及ぼす人々を地球から排除するだけでも地球環境は良くなります
争いをする人、暴力をする人、盗みをする人、人に危害を加える人こういう人々がいなくなるだけで人々は平和に暮らすことが出来ます。

自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
これらは「悪い精神の持ち主」です。

淫行,汚れ,みだらな行ない,偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄を習わしにする者、
これらは「悪い行いをする人々」です。

淫行の者,汚れた者,貪欲な者、これらは偶像礼拝者です。

淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません。
また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。
無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい
とさえ示されています。

こうした人々は、まさに「地を破滅に至らせている」人々です。
神はこうした人々を破滅に至らせる、つまり、滅ぼすと断言しています
こうしたことを行う人々を地球から排除すれば人間は自分の持つ知識、能力を善いことだけに向ける人々の集まりになります。
その結果、地球は平和になるだけではなく、環境も良くなるのです。
人間には地球を回復させるだけの能力を持っているのです。

というより神は人間が何もしなくても回復できるような仕組みに地球を創造されたのです。

早い話が、地球から悪い人間がいなくなるだけで地球は初めの状態に戻るのです。

 

人間が何もしなければ、地球は自然と元通りになるのです。

ただ、人間は住みよい環境を求めていますから地球を破壊することなくそうした環境を作るには知識も知恵も必要になるのです。

しかし、人間に上に述べた悪い人々をすべて排除する力はないのです。
それゆえ、神がこれを行って下さるのです。
それが、事物の体制の滅び、終わりなのです。
そして、新しい秩序をもたらすキリストの千年王国が到来するのです。

しかし、この千年間の終わりに、すべての人間は最後の試験として「悪魔の誘惑」を受け、誘惑に負けた者たちは最後に悪魔と共に滅ぼされるのです。

 

アダムとエバはこの点で失敗しましたが、イエスだけではなく、この「悪魔からの誘惑」を退けることの出来る人間だけが心も体も神の是認を得た義人となれるのです。
神はその義人たちを「この地球上」で永遠に生きられるようにして下さるのです。
それは、命の川の水と命の木の実とその葉で肉体を癒すことによってです。
誰も、この水と実と葉を得ることなしには永遠には生きられません

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。

人についてのすべての事柄を発信していますので、時には関心のある記事もあると思いますので、フォローして毎回の発言に注目していただければ嬉しく思います

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者いずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18 
   

今回は、悪魔の正体と関心事についてです。

ホラー(恐怖心を感じさせるもの)やポルターガイスト(心霊現象)のような話ではありません

悪魔というと映画に出て来るポルターガイストやいわゆるゴーストやホラーを連想するかもしれませんがそのような話ではありません
聖書に出て来る実在する者についての話です。
ある人々は、神や悪魔は人間が作り出したものと考えていますが、[真の]神も悪魔も人間が作ったものではありません
人間より遥か昔から今に至るまで、実際に生きて活動している存在なのです。

ただし、神と言っても、いわゆる神話に出て来るような神ではなく「聖書の神、天地人の創造者」のことを言っています。
この点、他の神々と混同しないようにして頂きたいと思います。
悪魔についても同様で「聖書に出て来る悪魔、神の使いだった者」のことを言っています。
映画や物語などに出て来る架空の幽霊のような悪魔と混同しないようにして頂きたいと思います。


初めに、聖書に出て来る「悪魔、神の使いだった者」の存在について話します。

ちなみに、神の使いであるみ使いたちは「霊者」と言って人間のような肉体を持たない「普通は人間の目には見えない存在」です。

霊者も「霊の体」を持つ存在です。-コリント(一)15:44

その「霊の体」を見えるような肉体の姿をしたのが人間の姿なのです。

ですから、

姿だけではなく人間と同じく理知も持った存在です。

なぜなら、神が人間をそのように造られたからです。

創世記1章

26 次いで神は言われた,「わたしたちの像に,わたしたちと似た様に人を造り,彼らに海の魚と天の飛ぶ生き物と家畜と全地と地の上を動くあらゆる動く生き物を服従させよう」。

27 そうして神は人をご自分の像に創造してゆき,神の像にこれを創造された。男性と女性にこれを創造された。

28 さらに,神は彼らを祝福し,神は彼らに言われた,「子を生んで多くなり,地に満ちて,それを従わせよ。そして,海の魚と天の飛ぶ生き物と地の上を動くあらゆる生き物を服従させよ」。
-創世記1:26-28

 

悪魔と言われている者は、最初は天地の創造者である神に仕えた忠実なみ使いの一人でした。
み使いはその働きによって幾つかに分かれていて、その数は数億とも言われています。

-啓示5:11、12
み使いの頭はミカエルと呼ばれています。-ユダ9
神によってイエスが地上に遣わされ、人間として誕生した時、イエスの弟子たちがイエスの名を使うと悪霊たちも服従したことから、イエスの以前の立場はミカエルであったことが分かります。-ルカ4:31-41、9:1、10:17、
その中でセラフ、ケルブは特別な働きをするみ使いたちです。
神のみ座の前には、24人長老とみ座の周りには四つの生き物がおり神に仕えています。
王座(神)と四つの生き物の間に「子羊(復活し昇天したイエス)」がおり、24人の長老と四つの生き物が「子羊の前で平伏」しています。-啓示5:6-8
なぜ「子羊」と呼ばれているかと言えば、
イスラエルでは贖罪の儀式を行う祭壇を神聖なものとするために「罪の捧げ物」である雄牛を犠牲として7日間毎日捧げていました。
その神性にされた祭壇で捧げられたのは1歳の雄羊で朝晩の2回捧げられました。
その時、オリーブ油を混ぜた小麦粉とぶどう酒が添えられました。-出エジプト記29:38―41
これは「エホバへの火による捧げ物」また「常供の焼燔の捧げ物」であるとも示されています。
また、バプテストのヨハネはイエスを見て人類の罪を取り去る、神の子羊」と呼びました。-ヨハネ1:29
この出エジプト記29:38-41を読んであることに気が付いた人がいるかも知れません。
それは、イエスキリストの犠牲です。-ヨハネ12:1-7、19:28-30
つまり、贖罪の日の子羊の犠牲はイエスの犠牲を表していたのです。
そして又、イエスの犠牲は預言の通りでした。-ヨハネ19:31-37
このような理由でイエスは「子羊」と地上でも天でも呼ばれているのです。
天でミカエルと呼ばれる時と子羊と呼ばれる時では、復活したイエスの役目が異なります。-啓示12:7
また、イエスは神の「初子」「神の子」とも呼ばれています。
コロサイ1章
13 [神]はわたしたちを闇の権威から救い出し,ご自分の愛するみ子の王国へと移してくださいました。
14 この[み子]によって,わたしたちは贖いによる釈放,すなわち罪の許しを得ています
15 彼は見えない神の像であって,全創造物の初子です。
16 なぜなら,[他の]すべてのものは,天においても地においても,見えるものも見えないものも,王座であれ主権であれ政府であれ権威であれ,彼によって創造されたからです。[他の]すべてのものは彼を通して,また彼のために創造されているのです。
17 また,彼は[他の]すべてのものより前からあり,[他の]すべてのものは彼によって存在するようになりました。
18 そして彼は体である会衆の頭です。彼は初めであり,死人の中からの初子です。それは,彼がすべての事において最初の者となるためでした。
19 なぜなら,[神]は満ち満ちたさまが余すところなく彼のうちに宿ることをよしとし,
20 また,苦しみの杭の上で[彼の流した]血を通して平和を作ることにより,地上のものであれ天にあるものであれ,[他の]すべてのものを彼を通して再びご自分と和解させることを[よしとされた]からです。
-コロサイ1:13-20

こうした一方で、
アダムとエバは神が設けたエデンの東の園で生活していました。-創世記2:8-9、15-17、20-24
二人が罪を犯した後、神はその園に二人が入れないようにケルブが配置されていました。創世記3:24

エゼキエル28章
ここで示されている「ティルスの王」はケルブであった一人のみ使い後の悪魔、サタンと呼ばれるようになった者を象徴的に表現したものです。
つまり、悪魔について説明するのに「分り易いように、人間を例にして示した」のです。
ですから、悪魔その者を表していると言っても過言ではありません。
11 また,エホバの言葉が引き続きわたしに臨んで言った,
12 「人の子よ,ティルスの王に関して哀歌を唱えよ。あなたは彼に言わなければならない,『主権者なる主エホバはこのように言われた。
「『「あなたは知恵に満ち,美しさの点で完全であり,ひな型に封印する者
13 あなたは神の園であるエデンにいた。あらゆる宝石があなたの覆いであった。ルビー,トパーズ,碧玉,貴かんらん石,しまめのう,ひすい,サファイア,トルコ玉,エメラルド。あなたの中のはめ込み台と受け具の作りは金であった。あなたの創造された日にそれらは整えられていた。
14 あなたは覆うことをする油そそがれたケルブであり,わたしがあなたを置いたのである。神の聖なる山にあなたはいた。あなたは火の燃える石の中を歩き回った。
15 創造された日からあなたのうちに不義が見いだされるまでは,あなたはその道においてとがのない者であった
16 「『「あなたの満ちあふれる商品のゆえに,人々はあなたの中に暴虐を満たし,あなたは罪を犯すようになった。それで,覆うことをするケルブよ,わたしはあなたを汚れた者として神の山から出し,あなたを火の燃える石の中から滅ぼすであろう。
17 「『「あなたの心はあなたの美しさのゆえにごう慢になった。あなたはその輝かしい光輝のゆえに自分の知恵を滅びに陥れた。わたしは地の上にあなたを投げ出す。わたしはあなたを王たちの前に置く。[彼らが]あなたをながめるためである。
エゼキエル28:11-17

と示されているように、
特別な立場にあったことは明白です。
天に置ける立場としては、
第一に天地の創造者であるがおり、第二神の初子また独り子、神の子、み使いの頭ミカエルと呼ばれた者がおり、第三に知恵と美しさの点で完全な者であり、覆うことをする油注がれたケルブがおり、その他のセラフやケルブがおり、第四にその他の数億とも言われているみ使いたちがいるという構図であることは間違いありません。
この他に、神のみ座の周りには特別な存在である四つの生き物のような存在やみ座の前には24人の長老たちが示されています。
この悪魔となったケルブ天において、第三番目の立場にあったことも明らかです。
そして、「覆うことをする油そそがれたケルブ」と示されているように、神の園であるエデンでアダムとエバを保護するという「特別の役目」を与えられていました
また、「火の燃える石の中を歩き回った」と示されているように、地球の創造の時にも「神の働き手の一人でもあった」のです。
そのようにしたのは、神ご自身でした
ですから、このケルブは人が創造される時からずっとそばで、神よりも近いところでアダムとエバを見ていたことも明らかです。

このような状況の時、このみ使いはエデンでの二人の生活に「ある疑問」が生じました。
それは、神が二人に「禁止命令」を与えたことです。

それまでは、み使いたちにそのようなことはしなかったからです。
天のみ使いたちは神からの指示を受けることはあっても、おきてや規則のようなものは与えられていなかったのです。
一人のケルブが神の指示以外の事をするまでは、み使いたちが神の指示以外のことをすることも命令に逆らうこともなかったからです。

後に「あるべき居所を捨てたみ使いたち」は、この悪魔となったケルブの行いを見て追随(真似を)したものと思われます。

この悪魔となったケルブは知恵に満ち美しさの点では完全だったのです。

ただ、自分の欲望が芽生えたのではありません

二人の生活を見て「疑問」に思い、自分の考えをエバに話しかけました。
その考えは、傲慢なものであり、自分の知恵を悪用し、神と反対の事を言ってエバを騙したのです。

こうして、このケルブは悪魔と呼ばれるようになったのです。

それまで天で悪が行われたという記述は何処にもありません
実際、なかったのです。

そこで、このケルブは直接二人に話しかけることは許されていなかったので「野の獣中で最も用心深い蛇」を用いて、「自分の考え」を二人に話したのです。
創世記3:1-24
3章
さて,エホバ神が造られた野のすべての野獣のうち蛇が最も用心深かった。それで[]が女にこう言いはじめた。「あなた方は園のすべての木からは食べてはならない,と神が言われたのは本当ですか」。
2 それに対して女は蛇に言った,「園の木の実をわたしたちは食べてよいのです。
3 でも,園の真ん中にある木の実を[食べること]について,神は,『あなた方はそれから食べてはならない。いや,それに触れてもならない。あなた方が死ぬことのないためだ』と言われました」。
4 それに対して蛇は女に言った,「あなた方は決して死ぬようなことはありません
5 その[木]から食べる日には,あなた方の目が必ず開け,あなた方が必ず神のようになって善悪を知るようになることを,神は知っているのです」。
6 そこで女は見て,その木が食物として良く,目に慕わしいものであるのを知った。たしかに,その木は眺めて好ましいものであった。それで彼女はその実を取って食べはじめたその後,共にいたときに夫にも与え,彼もそれを食べはじめた
7 すると,その二人の目は開け,ふたりは自分たちが裸であることに気づくようになった。そのため,彼らはいちじくの葉をつづり合わせて自分たちのために腰覆いを作った。
8 後に,日のそよ風のころに園の中を歩かれるエホバ神の声が聞こえ,人とその妻はエホバ神の顔を避けて園の木々の間に隠れようとした。
9 それでエホバ神は人に呼びかけて,「あなたはどこにいるのか」と繰り返し言われた。
10 ついに彼は言った,「あなたの声が園の中で聞こえました。ですが,自分が裸なので怖くなり,そのために身を隠したのです」。
11 それに対して[神]は言われた,「あなたが裸であると,だれがあなたに告げたのか。食べてはいけないとわたしが命じた木からあなたは食べたのか」。
12 すると人はさらに言った,「わたしと一緒にいるようにと与えてくださった女,その女がその木から[実を]くれたので,わたしは食べました」。
13 そこでエホバ神は女に言われた,「あなたがしたこの事はどういうことなのか」。これに対して女は言った,「蛇です,それがわたしを欺いたので,そのためにわたしは食べたのです」。
14 それからエホバ神は言われた,「この事を行なったゆえに,お前はすべての家畜のうち,また野のすべての野獣のうちののろわれたものである。お前は腹ばいになって進み,命の日のかぎり塵がお前の食らうところとなろう。

15 そしてわたしは,お前と女との間,またお前の胤と女の胤との間に敵意を置く彼はお前の頭を砕き,お前は彼のかかとを砕くであろう」。
16 女に対してはこう言われた。「わたしはあなたの妊娠の苦痛を大いに増す。あなたは産みの苦しみをもって子を産む。あなたが慕い求めるのはあなたの夫であり,彼はあなたを支配するであろう」。
17 また,アダムに対してこう言われた。「あなたが妻の声に従い,わたしが命じて,『それから食べてはならない』と言っておいたその木から食べるようになったため,地面はあなたのゆえにのろわれた。あなたは,命の日のかぎり,その産物を苦痛のうちに食べるであろう
18 そして,それはいばらとあざみをあなたのために生えさせ,あなたは野の草木を食べなければならない。
19 あなたは顔に汗してパンを食べ,ついには地面に帰る。あなたはそこから取られたからである。あなたは塵だから塵に帰る」。
20 この後,アダムは自分の妻をエバと名づけた。彼女は生きているすべての者の母となるからであった。
21 それからエホバ神は,アダムとその妻のために皮の長い衣を作って,ふたりにお着せになった。
22 次いでエホバ神はこう言われた。「さあ,人は善悪を知る点でわたしたちのひとりのようになった。今,彼が手を出してまさに命の木からも[実を]取って食べ,定めのない時まで生きることのないように―」。
23 そうしてエホバ神は彼をエデンの園から出し,彼が取られたその地面を耕させた。
24 こうして[神]は人を追い出し,エデンの園の東にケルブたちと自ら回転しつづける剣の燃える刃とを配置して命の木への道を守らせた。

 

「蛇」は善悪を知ることが「神のようになる」と言って、あたかも最も善いものを「隠している」かのような言い方をして人を誘惑しました。

しかし、人間はこの「善悪を知らないで、神に従っている」方が良かったことは、今の世界を見れば明らかです。

人間から見ても、悪魔の嘘はハッキリしています

こうして、「蛇=悪魔」は神を誹謗中傷したのです。

しかしながら、エバは誘惑に負け、また、アダムも罪を犯しついには、死ぬようになり、女は産みの苦しみを耐えなければならなくなったのです。
一方、二人を騙した「蛇」であるケルブは敵意の的となり、ついには滅ぼされると神に宣言されました。-創世記3:15

 

このケルブやこのケルブに従った他のみ使いはしばらくは、そのままにされていましたが、天での「あるべき居所を捨てた」後は、一部は「タルタロス」という場所に、丁度牢屋のような場所に閉じ込められるように留め置かれました。-ペテロ(二)2:4、ユダ6

このケルブはイエスにより次のように言われています。
43 わたしの話している事柄があなた方に分からないのはなぜでしょうか。それは,あなた方がわたしの言葉を聴くことができないからです。
44 あなた方は,あなた方の父,悪魔からの者であって,自分たちの父の欲望を遂げようと願っているのです。その者は,その始まりにおいて人殺しであり,真理の内に堅く立ちませんでした。真実さが彼の内にないからです。彼が偽りを語るときには,自分の性向のままに語ります。彼は偽り者であって,[偽り]の父だからです。-ヨハネ8:43-44

 

このケルブ悪魔、また、人殺しであり偽り者と呼ばれています。
「その始まりにおいて人殺し、また偽りの父」とイエスに言われたことから、エデンでエバに嘘をついて欺いた「」が、後に悪魔またサタンと呼ばれるようになった者であることが明らかになったのです。-啓示12:9

この後、このケルブが取った行動は、アダムとエバがエデンの園から追放されたので、エデンの園での立場を失い、自分の主張が正しいことを証明するために地を行き巡り、事あるごとに神に、「神の崇拝者たちや人間のする過ち、弱さ、罪など」を訴え続けることだったのです。-啓示12:7-12
後にヨブの忠誠が試される以前サタンは地を行き巡っていたとも示されています。-ヨブ記1:6-2:10

天から悪魔とその使いたちが地に放逐されたので地と海にとっては災いだとも述べられています。
より人間に近いところで人々を惑わすようになったからです。

このような理由で、天と地に悪が蔓延るようになり、人々は争い、殺し合い、人を騙し、また、病気になり苦しみの内に死ぬようになったのです。

そして、現代の終わりの時を迎えて
神がまず最初に行われたのは、悪魔とその使いたちを天から投げ落とすことで、天を清めることでした。
そして、それは既に行われたと思われます。
なぜなら、地上では二度の世界大戦が起き、世界的な疫病が幾度となく生じ、その後も戦争や争いが続き、政府と国民が対立しデモが頻発し、犯罪も巧妙になり様々な規制にも拘らず性犯罪が多発しており、
これらに加えて、あちこちに地震が生じて大きな被害を及ぼしています。
この100年の間に急激に地球環境を汚染し破壊し地球温暖化を生じさせているからです。

 

イエスは次のように預言しました。
マタイ24章
3 [イエス]がオリーブ山の上で座っておられたところ,弟子たちが自分たちだけで近づいて来て,こう言った。「わたしたちにお話しください。そのようなことはいつあるのでしょうか。そして,あなたの臨在と事物の体制の終結のしるしには何がありますか」。
4 そこでイエスは答えて言われた,「だれにも惑わされないように気を付けなさい。
5 多くの者がわたしの名によってやって来て,『わたしがキリストだ』と言って多くの者を惑わすからです。
6 あなた方は戦争のこと,また戦争の知らせを聞きます。恐れおののかないようにしなさい。これらは必ず起きる事だからです。しかし終わりはまだなのです。
7 「というのは,国民は国民に,王国は王国に敵対して立ち上がり,またそこからここへと食糧不足や地震があるからです。
8 これらすべては苦しみの劇痛の始まりです。
9 「その時,人々はあなた方を患難に渡し,あなた方を殺すでしょう。またあなた方は,わたしの名のゆえにあらゆる国民の憎しみの的となるでしょう。
10 またその時,多くの者がつまずき,互いに裏切り,互いに憎み合うでしょう。
11 そして多くの偽預言者が起こって,多くの者を惑わすでしょう。
12 また不法が増すために、大半の者の愛が冷えるでしょう。
13 しかし,終わりまで耐え忍んだ人が救われる者です。
14 そして,王国のこの良いたよりは,あらゆる国民に対する証しのために,人の住む全地で宣べ伝えられるでしょう。それから終わりが来るのです。-マタイ24:3-13

啓示11章
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。-啓示11:18

この後、神が行われることは地を清めること」すなわち「地上から悪を一層すること」です。
それは、事物の体制を滅ぼすと同時に行われるのです。

殺人者となった最初の者は悪魔です。
嘘を付いて人を騙した最初の者も悪魔です。
淫行や姦淫を最初にしたのは「あるべき居所を捨てた」後に悪霊と呼ばれるみ使いたちです。
誹謗中傷した最初の者も悪魔です。
自らの欲望を遂げようとした最初の者も悪魔です。
神となり人を支配しようとした最初の者も悪魔です。

ヨハネ12:31
31 今,この世の裁きがなされています今やこの世の支配者は追い出されるのです。

コリント(二)4:3-12
3 そこで,もしわたしたちの宣明する良いたよりに事実上ベールが掛けられているとすれば,それは滅びゆく人たちの間でベールが掛けられているのであり,
4 その人たちの間にあって,この事物の体制の神が不信者の思いをくらまし,神の像であるキリストについての栄光ある良いたよりの光明が輝きわたらないようにしているのです。
5 わたしたちは,自分自身ではなく,キリスト・イエスを主として,また自分自身をイエスのためのあなた方の奴隷として宣べ伝えているからです。
6 神は,「光が闇の中から輝き出よ」と言われた方であり,キリストの顔により,神の栄光ある知識をもって明るくするため,わたしたちの心を照らしてくださったのです。
7 しかしながら,わたしたちはこの宝を土の器に持っています。それは,普通を超えたその力が神のものとなり,わたしたち自身から出たものとはならないためです。
8 わたしたちは,あらゆる面で圧迫されながらも,動きが取れないほど締めつけられているわけではなく,困惑させられながらも,逃れ道が全くないわけではなく,
9 迫害されながらも,見捨てられているわけではなく,倒されながらも,滅ぼされているわけではありません。
10 わたしたちは常に,イエスに加えられた致死的な仕打ちを,自分たちの体のいたるところで耐え忍んでいますわたしたちの体の中でもイエスの命が明らかになるためです。
11 生きているわたしたちは,イエスのために絶えず死に直面させられていますが,それは,わたしたちの死すべき肉体の中でも,イエスの命が明らかになるためなのです。
12 こうして,わたしたちのうちには死が働いていますが,あなた方のうちには命が[働いています]。

悪魔がイエスを誘惑した時の出来事です。
マタイ4章
それからイエスは,悪魔の誘惑を受けるため,霊によって荒野へ導かれた。
2 四十日四十夜断食したのちに,[イエス]は飢えを感じられた。
3 さらに,誘惑者が来て,彼にこう言った。「あなたが神の子であるなら,これらの石に,パンになるように命じなさい」。
4 しかし[イエス]は答えて言われた,「『人は,パンだけによらず,エホバの口から出るすべてのことばによって生きなければならない』と書いてあります」。
5 ついで悪魔は彼を聖都の中に連れて行き,神殿の胸壁の上に立たせて,
6 こう言った。「あなたが神の子であるなら,身を下に投じなさい。『[神]はあなたに関してご自分の使いたちに指図を与え,彼らはその手に載せてあなたを運び,あなたが石に足を打ちつけることのないようにする』と書いてありますから」。
7 イエスは彼に言われた,「『あなたの神エホバを試みてはならない』とも書いてあります」。
8 また,悪魔は彼をとりわけ高い山に連れて行き,世のすべての王国とその栄光とを見せて,
9 こう言った。「もしあなたがひれ伏してわたしに崇拝の行為をするならば,わたしはこれらのすべてをあなたに上げましょう」。
10 その時,イエスは彼に言われた,「サタンよ,離れ去れ!『あなたの神エホバをあなたは崇拝しなければならず,この方だけに神聖な奉仕をささげなければならない』と書いてあるのです」。
11 その時,悪魔は彼を離れた。すると,見よ,み使いたちが来て彼に仕えはじめた

悪魔の誘惑イエスの返答は、以下の通りです。
1 石をパンに変えるようにと誘惑した。
  利己的な欲望、与えられた力、権力の乱用を示しています。
  石をパンに変えることで空腹を満たす=生きるのではなく、エホバの言葉によって(従って)生き

  なければならないと応じた。
2 高いところから身を投じるようにと誘惑した。
  神をいわば試す行為を示しています。
  危険なことをしても神が助けてくれると主張しました。
  神を試みることは、神に対する不敬な態度であり、神を侮辱する行為です。
  神を試みてはならないと応じた。  
3 崇拝行為と引き換えに世の王国とその栄光を与えると誘惑した。
  自分を崇拝させようとした
  エホバだけを崇拝しこの方だけに神聖な奉仕を捧げなければならないと応じた。
イエスはこの悪魔の誘惑を退けました

クリスチャンであるならば、このイエスに見習うことが求められています


例えば、荒野でイスラエルの人々は水や食べ物で不満を言いましたが、これは、神を試みる行為、神に要求する態度、神に対する不敬な態度であり、これに神は怒りを表しました

コリント(一)10章
さて,兄弟たち,あなた方に知らずにいて欲しくないことですが,わたしたちの父祖はみな雲の下にあり,みな海の中を通り,

2 みな雲と海とによってモーセへのバプテスマを受けました。

3 そして,みな同じ霊的な食物を食べ,

4 みな同じ霊的な飲み物を飲みました。彼らはいつも,自分たちに付いて来た霊的な岩塊から飲んだのです。その岩塊はキリストを表わしていました。

5 それにもかかわらず,彼らの大多数に対して,神はご自分の是認を表明されませんでした。彼らは荒野で倒されたのです。
6 さて,これらの事はわたしたちに対する例となりました。それは,わたしたちが,彼らが欲したように害になる事柄を欲する者とならないためです。

7 また,彼らのうちのある者たちのように,偶像を礼拝する者となってはなりません。「民は腰を下ろして食べたり飲んだりし,また立ち上がって打ち興じた」と書かれています。

8 また,彼らのうちのある者たちが淫行を犯したように,淫行を行なうことがないようにしましょう。彼らは一日に二万三千人が倒れる結果になりました。

9 またわたしたちは,彼らのうちのある者たちが試みたように,エホバを試みたりはしないようにしましょう。彼らは蛇によって滅びる結果になりました。

10 また,彼らのうちのある者たちがつぶやいたように,つぶやく者となってはなりません。彼らは滅ぼす者によって滅びる結果になりました。

11 さて,これらの事は例として彼らに降り懸かったのであり,それが書かれたのは,事物の諸体制の終わりに臨んでいるわたしたちに対する警告のためです。-コリント(一)10:9-11
 

つまり、神に仕える者の不平、不満は、神に対する不敬で傲慢な態度であり、それに対して神は憤りを示されることを示しています。
これらの記録は、神に仕える者に対する「警告のため」とパウロは述べています。

悪魔がイエスを誘惑出来たのはイエスが神とみ使いたちの声を聞くことが出来たからです。
普通の人間では神やみ使いの声を聞くことが出来ませんから、悪魔が人に話しかけるということはありませせん。

例えば、イエスがバプテストのヨハネによってバプテスマを受けた時「天からの声」がありましたが聞こえたのはイエスとこのヨハネだけだったのです。-マタイ3:16、17

ヨブに対する攻撃に関しては、
1 家族と財産を奪った
2 ヨブを重い病気にした
悪魔はこうすることで災難に遭遇したり自分が苦しい目に遭うと人は神を呪うと主張した。
しかし、自分の身に起きていることの意味を知らないヨブは自分は悪いことはしていないとは言ったが神を呪うことはしませんでした。
結果、神はヨブを以前の持ち物を2倍にするという報いで答えられました。
これは、ヨブが神の期待に応えたからです。
つまり、ヨブは神を喜ばせたのです。

しかし、普通の人々は悪魔の言う通りの人が殆ど人は自分に災難が起こると神を呪うものです。

悪魔はヨブには直接話しかけることが出来なかったのです。
ヨブにその声は聞こえないからです。
しかし、後に神がヨブに話しかけた時には「神が、一時的に聞こえるうようにされたからです」
それは、ノア、アブラハム、モーセ、サムエルが「神の声を聞くことが出来た」ようにです。
他の場合は、エリヤなどの預言者を通して「神の意思」が伝達されました。
また、夢や幻によってなされる時もありました
ですから、こうした特別な人間以外は神の声どころかみ使いの声すら聞こえないのです。

では、なぜ天において何の不足もなかったケルブがこのようなことをしたのでしょうか
悪魔の最も関心のある事柄は何でしょうか。
人をたぶらかすこと?人に災いをもたらすこと?人を苦しめること?人を痛めつけること?
悪魔の本心は、自分の主張が神より勝っており誰よりも知恵を持っていることを示すことだったのです。

11「あなたは知恵に満ち,美しさの点で完全であり,ひな型に封印する者。」

17 「あなたの心はあなたの美しさのゆえにごう慢になった。あなたはその輝かしい光輝のゆえに自分の知恵を滅びに陥れた。」-エゼキエル28:11、17
と示されているように、
このケルブは傲慢になり自分の知恵を自らの欲望のために用いたのです。
そして、悪魔となりサタンとなったのです。

 

繰り返しますと、

現代では、悪魔が人を神から引き離す手段は、

1 人を騙すこと

2 人を誘惑すること

3 人に災いをもたらすこと

4 真の神を誹謗中傷すること

5 偶像礼拝をさせること

などです。

中には、昔は悪霊たちが人に憑りついて災いをもたらした」こともありました。

おそらく、現代はありませんし、聖書と同じ現象があったということは聞いていません。

+++++++++++++++++++++++++++++
悪魔は、自分の主張が正しいことを示すために人が利己的な欲に満ちており姦淫や淫行を犯し盗みを働き人と争い人を傷つけたり人を殺したりする者であることや苦難や悲しみや災難に遭遇すると神を呪うこと、神に逆らうこと、神のおきてや命令に従わないことや従えないことなどを天にいる時およそ6000年間も神に訴えて「神を謗(そし)って」来たのです。 
いわば、神にとって悪魔は鬱陶しい相手だったと言えます。
そして悪魔は自分が「神」となり人々から崇められることで人々を支配し自分の望む世界を構築しようとしてきたのです。-マタイ4:8、9
その表れが、我々が歴史で学んだ帝国の支配であり文明や文化であり主義主張なのです。
しかし、
世界は悪魔の思うようにはならず、現代は不敬虔な世となり危機の時代となっています。
美しさや知恵の点でひな型のような存在でも「神」ではないので神のような力を悪魔は持っていません。
悪魔には平和で善い世界を構築することは出来ないのです。
そのため、
神は今の悪魔の事物の体制を滅ぼし、キリストによる新しい体制にしようとしているのです。

こうして、悪魔の支配とキリストの支配を比較神の支配が正しいことをキリストによって永久に証明することになっているのです。

 

神にとってみれば、初めから今日のことも将来のことも分かっているのです。
ただ、神とイエス以外の者は誰一人こうしたことは分からないし断言も出来ないので、すべてのいきさつを見て知っている天のみ使いたちに示すため6000年という長い時間をかけ人類にあらゆることをさせることで「神の支配なしには平和で安全な世界を構築できない」ことを証明させたのです。
それも間もなく終わるのです。

神が初めから、終わりのことまで分かっているということは
すべてが初めから決まっているという意味にも取れます。
つまり、この世界がどうなるか、人々一人ひとりもどうなるか分かっている、決まっているということです。
運命的に定められているという意味ではなく誰がどういう行動を取りどうなるのかを知っているという意味です。
当人は、先のことは分からないのであたかも自分が自分の人生を築き上げている、来たと考えています。
確かにその通りなのですが神にとってみればその人がどういう行動や振る舞いをするかは事前に分かっているということです。
従って、
神の目から見れば、誰が生き残り誰が滅ぼされるかは「はっきり」しています。
後は、み使いたちにそれを指示して実行させるだけなのです。
み使いたちや人間が知らないだけなのです。

キリストによる新しい体制で生きられる人々は、創世記3:15で示された「女の胤」とそれに属するグループの人々だけです。「蛇の胤」とそれに属するグループの人々は全員滅ぼされることになっています。
天と地にはこの二つのグループ以外は存在しません

中間はないのです。

つまり、神の側にいないものは、悪魔の側の人間だということです。

例え、その人が善人でも神の崇拝者でなければ悪魔の側の人間となってしまうのです。
一方は滅ぼされ、他方は生かされるのです。-マタイ24:36-42
ただし、復活して来る人々に関しては、おそらく、様々な条件によるものと考えられます。
神について知らないと言っても悪人、非道を行う人々を復活させるとは考えにくいからです。

繰り返しますが
嘘を付いたのは神ではなく、悪魔だったことは明らかです。
悪魔は人は死なないと言いましたがすベての人は死んでいます。
悪魔は人に神の命令と反対の事を言い「悪魔」となり、神に敵対することで「サタン」となったのです。
悪魔は嘘を言って人を誘惑しました。

悪魔やあるべき居所を捨て悪霊となったみ使いたちは、その後も神とみ使いの頭ミカエルに逆らうことは出来ません
しかし、悪魔の主張が嘘だと証明されるまではこれらの者たちは「自由」にさせられていたのです。
エバに嘘を言った目的エバとアダムという最初の人間を神から引き離し自分の支配に置くことです。

人が神の命令に背いた時神は人を悪魔の支配下には置くようにはしませんでした
むしろ、悪魔と人間の間に敵意を置き、又、天と地における敵対関係を明確にし「闘わせる」ことでその決着を見させることにしたのです。
神を除き、それ以外のみ使いや人間を敵対関係である「女の側」か「蛇の側」に置くことで、生かすものと滅ぼすものを明確に分けることが出来るようにしたのです。-創世記3:15

悪魔とその使いたち(神から離反したみ使いたち)と忠実なみ使いたちとそこからそこから出現する胤を敵対する関係に置くと神が創世記3章15節で明確に示しました
そして、その胤の踵を悪魔がくじくが胤は悪魔の頭を砕くと言われました。
つまり、悪魔はいつの日はこの胤によって滅ぼされると宣言したのです。
それは、悪魔が人を欺いてから7000年後のことです。
今は、この途上にありますが、その時は近いのです。
近いと言っても1000年はありますが。

(今の事物の体制が後1000年続くと言う意味ではありません)

悪魔は人を神から引き離し自分を崇拝させたいのです。
なぜ、悪魔は神を誹謗中傷するのでしょうか。
それは、自分の欲望を遂げるためです。
そのために、人に対して様々なことを仕掛け、時には、誘惑をしたり、神に対する疑念を抱かせたりさせます。
悪魔は人は誘惑されると「神を裏切る」と見ていることは確かです。
実際、そういう人は多いのです。
しかし、神はそういう人を相手にはしません。
例え、1万人いても1人の義人がいれば十分だからです。

姦淫や淫行の始まりは、天にいるみ使いたちが人間の姿をして地上に現れ人間の女と関係を持ったことが始まりです。
ですから、姦淫や淫行を行う者はこの「あるべき居所を捨てた天のみ使いたち=悪霊とも言う」と同じことをしているのです。
従って、神は姦淫や淫行の者を裁きの時には「決して生かしては置かない」のです。

人に嘘を言って騙したのは悪魔が始まりです。
イエスは悪魔のことを偽りの父であり人殺しと述べています。
つまり、人に嘘を言って騙して、その結果人類に死をもたらしたからです。
悪魔が直接人を殺したという記録はありません。
悪霊たちもです。

そのような「権威」は与えられていないからです。
人に嘘を付き騙すことも悪魔に倣っていることです。
従って、神は嘘を付き人を騙す人や殺人者を裁きの時には「決して生かしては置かない」のです。

いわゆる義人に対する誹謗中傷も悪魔と同じことをしているのです。
従って、神は義人対して誹謗中傷する者を裁きの時には「決して生かしては置かない」のです。

+++++++++++++++++++++++++++++
前文に示した危機の時代の人々や肉の業を行う者たちや姦淫を行う者貪欲な者などの偶像礼拝者などは、
悪魔の仕業というより「人間自らから出たもの」です。
神社や寺社に加えて様々な宗教があり、いわゆる偶像礼拝が行われていますが、人間には神を崇拝するという本能があるからです。
その対象は人間が自ら想像したり観念で作り上げたものです。
仏教の仏像など人間の願望の現れです。
つまり、人間がこうして欲しい、こうあって欲しいという気持ちを形に表したものです。
ですから、こういう対象を拝む人の気持ちには影響はありますが対象そのものには何の力もないのです。
こうした対象を拝まなくても人の思いは実現することが多く、そのように造られているのです。
例えば、合格祈願を神社でした時、拝んだ人はそれにより気休めを得るかも知れませんが神社そのものには何の力もないのです。
その証拠として、同じ神社に合格祈願した人の中には合格した人もいれば不合格になった人もいるからです。
合否はすべて自分の力なのです。

また、人と人との殺し合いである戦争人間の仕業であり人間の責任です。
戦争を始めた者も神は「決して生かしては置かない」のです。
その者の命令に従って人を殺した兵士も同罪です。
例えば、原爆投下の命令を下したトルーマンだけではなくそれを実行したアメリカ兵も同罪です。
今、トランプはベネゼイラの麻薬関係を攻撃していますが、トランプにそのようにする権限はないことは明白です。
従って、トランプは人殺しであり裁きの時には神は「決して生かして置かない」のです。
勿論、プーチンもです

キリストの統治が終わった時悪魔が解き放たれ人々を誘惑しますが、キリストの支配の仕方や人々の不満やおきてから解放されるという誘惑を用いるに違いありません。
丁度、エデンで悪魔がしたように
悪魔は神の命じたことを破るなら神のようになって善悪を知るようになると言い、また、破っても死なないと「騙し」ました。
つまり、アダムとエバに「神の指示ではなく自分で決めることにより、神から離れた自由」を得られると誘惑したのです。
また、当時、人間以外の死(動物など)を直接見たことが無いかも知れないので、死ぬということがどういうことか十分理解していなかったと思います。
おそらく、アダムとエバは死ぬということについてはさほど考えなかったと思います。
更に、二人は「騙される」ということも経験したことがないので、悪魔が嘘を付いたり誘惑するということに全く注意していなかったと思います。
ただ、エバは、神が食べてはならないということと食べてみたいと言う気持ちとの葛藤があったことは確かです
アダムが食べたのはエバが食べているのを見て、また、エバが食べるようにとアダムに差し出したのでそれを食べたのです。
アダムはそれが禁じられた木の実であることを知っていたかどうかは分りません。
ただハッキリしていることは、アダムは欺かれたのではないという点です。

最後に、神が地の人々に行う災い(滅び)について少し述べたいと思います。

神が地の人に対する与えた災いについて、
エジプトに対する、ファラオに対する十の災い
1 川の水が血に変わった、魚が死んだ
2 カエルが大量発生しエジプト人の家の中で大量に死んだ
3 ブヨが大量発生
4 アブの大量発生
5 家畜が死んだ
6 腫れ物、エジプト人に潰瘍が生じた
7 雹
8 イナゴの大量発生
9 闇
10 初子を殺した

その他神が人にもたらした災い
1 人をらい病にした
2 人を打って殺した
3 地割れで飲み込んだ
4 雹で殺した
5 人によって人を殺させた

こうした手段を用いて神は人に災いをもたらします

 

その一方では、神は人を導く手段についても示しています。
神が人を導く手段しては、
1 預言者を遣わす
2 み使いを遣わす
3 幻、夢を見させる
4 人に霊感を与える
5 雲と火を用いる
6 天からの声
7 預言、しるし
8 聖霊を与える
などです。

神と悪魔についての知識を知った今、あなたはどのように思い、どのように感じ、どのように振る舞うでしょうか。
それによって、あなたの将来が決定するのです。
その時期が間もなく到来すると聖書では預言しています。

命の選択をするか、滅びの選択をするか、それはあなた自身が決めることです。
死を覚悟して、今の命を自分の思うように満喫するのも一つの選択です。
あるいは、命欲しさに神に従う道を選択するのも一つの選択です。
二者択一の選択しかないのです。

私としては、あなたが命の選択をすることを期待しています

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。

人についてのすべての事柄を発信していますので、時には関心のある記事もあると思いますので、フォローして毎回の発言に注目していただければ嬉しく思います

その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません。
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 

コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者いずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
-コリント(一)6:9-11、18  

今回は、日本人のスキンシップについての話です。

日本人は他の人に親切だという印象が外国人に持たれています
加えて、日本人は他人にとても気を遣う人種だとも思われています
その良い例が「おもてなし」です。
しかし、この「おもてなし」に関しては、日本だけではなく世界中の国々で当然のように行われていますので、日本の専売特許ではありません
外国人は見知らぬ人に警戒しているだけで、決して不親切だという訳ではないのです。
日本人の、特に欧米人に対する親切や思いやりは「分別がないだけ」なのです。
それゆえ、日本人は騙されやすいのです。

日本人は他人に無警戒な場合が多いのに比べて外国人は警戒心が強いという傾向にあります。
その外国人でも親しくなり警戒心が無くなると非常に親しい関係」になります。
殆ど、信頼しきっています
日本人は人を疑うことを恥ずかしいと思うところがあって誰かれなく疑うことを避ける傾向にありますが、ある程度その人を知ってしまうと逆に警戒するようになって行きます
外国人とは真逆なのです。
そして、親しくなった人ですら「心を許さず」秘密のしていることがあるものです

 

加えて、誰かと触れ合うことも人前でも家の中でも嫌がるものです。
忙しいとか煩わしいとかと言い訳をしたり汚らわしいとかいやらしいなどと言ったりすることさえあります
日本人は結婚しても心身ともに受け入れることがなく感情的には他人の関係のままであることが多いものです。
勿論それでも、いわゆる外面では仲の良い夫婦を装っているのです。
つまりは、日本人の方が「異常」なのです。
外国人の方が正常に見えます

日本人は例え夫婦でも、愛情を持っていても「感情的」には別というか受け入れていない場合が多いと感じています。
親子関係でもそうです。
第一に夫婦でもスキンシップを嫌がる人が非常に多いからです。
手をつなぐことさえしない夫婦もいます。
日本の封建時代の名残りでもありますが、夫の威厳が損なわれるとか、弱い人間であるかのように見られるのを嫌がるのです。
夫の尊厳などと強い人間とかスキンシップなどとは「関係ない」と思うのですが日本人は古来から習慣、風習により男女が接近するのを批判し、また、避けて来ました
男女7歳にして席を同じゅうせずという道徳があったほどです。

男女七歳にして席を同じゅうせずとは、儒教の礼記からの言葉と言われています。
一般に男女は7歳になれば、男女の別を明らかにして、みだりに交際させてはならないという意味で用いられています。
このため、日本では、7歳が人生の大きな区切りとされ7歳までは子供期であり、大人に求められるような倫理性や道徳性や社会性は必ずしも求められてはいませんでした
その天真爛漫な姿が子供らしい姿であり、暗黙の了解として理解していました。

 

しかし、7歳以降の人間には倫理性や道徳性や社会性が求められて来たのが日本社会なのです。
最も、現代ではこうしたことは失われつつあります。
このため昔は、日本では男女の交友や恋愛などを「不純異性交遊」などと言って批判だけではなく規則を設け罰をさえ与えて来た」のです。
戦前では逮捕さえされたのです。

こうした風習は大人になっても、結婚しても抜けず男女のスキンシップが日本では今でも不純と見なされることがあります

それは、おそらく、直ぐに性的関係に至ってしまうことが多いからです。

実際、未成年の未婚の妊娠が増えています。

そのため、多くの女性たちの間では、出産、育児を「初めから嫌がる」人もいるくらいです。


これに加えて、封建的な考えや気持ちからスキンシップを感覚的に嫌がる男女は非常に多いのです。
日本では男女がスキンシップをするのは特別な場合で、それも「密かに、あるいは、隠れて」なされる、いわゆる「秘め事」として平安時代からの風習となってしまったのです。

それゆえ、日本人は例え夫婦でも手を繋いだり互いに肩を寄せ合って歩いたりキスをすることは殆どないばかりか「嫌がる男女」が少なくないのです。
感情的に「無理」な場合も多いのです。
気まずいというか恥ずかしいとかそのような感情が先に立ってしまうのです。

日本では、街中で男女が抱き合ったりキスをしたりしているのを見ると不快に思う人もいますし、あからさまに「はやし立てたりする」人間が出ることもあります。
近年でこそこういう人は少なくなりましたが、それでも、感覚的には受け入れない人が多いのです。

もう一つ、日本人と外国人の大きな違いは、それは誇り、自尊心です。
外国人は侮辱されると激怒します。
そして、侮辱した相手を殴っても罪には問われません。
場合によっては、殺しても罪が問われない場合さえあります。
ところが、
日本では侮辱されても「我慢」をすることが求められます。
侮辱した相手を殴ったり殺すと罪に問われます。
そして、裁判で何と言われるかと言えば、「我慢すべきだった」「誰かに相談すべきだった」「身勝手な振る舞いだ」などと、かえって侮辱された方が悪者であるかのように言われるのです。
変ではありませんか?
侮辱したのは相手なのです。
日本では侮辱の罪と傷害の罪では、傷害の罪の方が重く扱われるのです。
この点、欧米では、侮辱の罪の方が重いのです。

外国では、この侮辱は、セックス拒否も該当する場合があり、男女のどちらかが求めたのに対して相手が「もし、無碍に断ると、侮辱されたと感じ、激怒する場合も少なくありません
そのため、断るのに丁寧に慎重にする場合が多いようです

 

日本では特に女性が無碍に断ることが多く、そのため、夫が不倫や風俗などに行くことが少なくないと言われています
こうなると夫婦とは一体なんぞやということになります。
ただ、生活が出来ればそれで良いと女性たちは考えているのでしょうか
昔、「亭主達者で留守が良い」などと言うことが主婦の間でささやかれた時代がありました。
それは、余りにも身勝手な考えと言えないでしょうか

 

パウロは男女間、夫婦間について次のように述べています。
コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです。

18 淫行から逃げ去りなさい人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです。
19 あなた方の体が,あなた方の内にある聖霊の神殿であることを知らないとでもいうのですか。その[聖霊]はあなた方が神から受けているものです。また,あなた方は自分自身のものではありません
20 あなた方は代価をもって買われたからです。どうあっても,あなた方の体によって神の栄光を表わしなさい
7章
さて,あなた方が書いてきた事柄についてですが,男は女に触れないのがよいことです。
2 しかし,淫行がはびこっていますから,男はおのおの自分の妻を持ち,女はおのおの自分の夫を持ちなさい。
3 夫は妻に対してその当然受けるべきものを与えなさい。また妻も夫に対して同じようにしなさい
4 妻は自分の体に関して権限を行使するのではなく,夫がそうするのです。同じように,夫も自分の体に関して権限を行使するのではなく,妻がそうするのです
5 互いに[それを]奪うことがないようにしなさい。ただし,定められた時のあいだ相互に同意し,祈りに時をささげて,そののち再び共になる場合は別です。これは,あなた方の自己抑制が欠けていることのゆえに,サタンがあなた方を誘惑しつづけることのないためです。

8 さて,結婚していない人たちとやもめたちに言いますが,わたしと同じように,そのままでいるのはよいことです。

9 しかし,自制できないなら,その人たちは結婚しなさい。[情欲に]燃えるよりは結婚するほうが良いからです。
10 結婚している人たちにわたしは指示を与えます。といっても,わたしではなく,主が[与えるの]ですが,妻は夫から離れるべきではありません
11 しかし,もしも離れるようなことがあるなら,結婚しないでいるか,さもなければ夫と和解しなさい。夫も妻を去るべきではありません
12 しかし,他の人たちにわたしは言います。そうです,主ではなく,わたしが[言い]ますある兄弟に信者でない妻がいて,彼女が[夫]と共に住むことを快く思っているなら,その人は[妻]を去ってはなりません。
13 また,信者でない夫のいる女は,彼が[妻]と共に住むことを快く思っているなら,彼女は夫を去ってはなりません。

14 信者でない夫は妻との関係で神聖なものとされ,信者でない妻は兄弟との関係で神聖なものとされているからです。そうでなければ,あなた方の子供は実際には清くないことになります。でも今,彼らは聖なる者なのです。
15 しかし,信者でない人離れて行くなら,その離れるにまかせなさい。兄弟にせよ姉妹にせよ,そうした事情のもとでは隷属の身ではありません神はあなた方を平和へと召されたのです。
16 というのは,妻よ,あなたは夫を救えないとどうして分かるのですか。また,夫よ,あなたは妻を救えないとどうして分かるのですか。
17 ただ各人は,エホバがそれぞれに与えてくださったところに応じ,神に召されたとおりに歩みなさい。そして,わたしはすべての会衆でこのように定めているのです。

侮辱ということに関して、
イエスは、「右の頬を打たれたら左の頬も向けるように」と言われ、つまり、侮辱した相手に仕返しをしたりせず我慢するようにと命じています
38 「『目には目,歯には歯』と言われたのをあなた方は聞きました。
39 しかし,わたしはあなた方に言いますが,邪悪な者に手向かってはなりません。だれでもあなたの右のほほを平手打ちする者には,他[のほほ]をも向けなさい。

43 「『あなたは隣人を愛し,敵を憎まなければならない』と言われたのをあなた方は聞きました。
44 しかし,わたしはあなた方に言いますが,あなた方の敵を愛しつづけ,あなた方を迫害している者たちのために祈りつづけなさい。
45 それは,あなた方が天におられるあなた方の父の子であることを示すためです。[父]は邪悪な者の上にも善良な者の上にもご自分の太陽を昇らせ,義なる者の上にも不義なる者の上にも雨を降らせてくださるのです。
46 というのは,自分を愛してくれる者を愛したからといって,あなた方に何の報いがあるでしょうか。収税人たちも同じことをしているではありませんか。
47 また,自分の兄弟たちにだけあいさつしたからといって,どんな格別なことをしているでしょうか。諸国の人々も同じことをしているではありませんか。
48 ですから,あなた方は,あなた方の天の父が完全であられるように完全でなければなりません
-マタイ5:38-48

なのにクリスチャンである欧米の人々は我慢せず報復することを当然と考えているのです。
日本人の方が余程クリスチャン的な態度です。

確かに、侮辱された時それを耐えることは苦しいことです。
時には悩んでしまうかも知れません。
しかし、
イエスは、敵と思える人でさえ愛し、その人たちのために祈り続けなさいと言われました。
こうしたことを続けなさいと命じているのです。
そうすることは神とイエスに倣っていることになります。
神はこうした態度を「善い」と見て下さるのです。

ただ、我慢や忍耐をするのではなく神とイエスに見習っている」という気持ちは、「人に自尊心」を抱かせるものとなります。

我慢や忍耐だけでは「みじめな思い」をするだけです。

  

日本人が感情的に嫌がるスキンシップを「拒否したり避けることは、時には、相手を侮辱」することにもなるのです。

そうなると、二人の関係は「破綻」します。

 

これを聞いてあなたはどう思いますか?

我慢しますか?

それとも、パウロの助言に従いますか?

それを決めるのはあなた自身です

しかし、その決定によってはあなたの結婚生活は「破綻の含みを持つ」ことになるということを知る必要があります。

もし、どうしてもいやなら「離婚」するしか方法はありません

それでも、生活のため子供がいるため「離婚できない」というのであれば、あなたの結婚生活は「地獄」のような苦しみとなります

 

もし、クリスチャンであるなら敵をも愛しなさいと言ったイエスの言葉に従えるなら互いの配偶者や自分たちの子供たちを愛せないのはなぜですか

夫婦、親子間のスキンシップは「愛情表現」です。

これを避ける夫婦、親子とは「一体何者なのでしょうか

家族は特別なのでしょうか。

そうです、家族は特別なのです。

それゆえ、他人や敵よりも「愛すべき相手」なのです。

もし、愛し合って結婚したのならその愛を全うさせるべきです。

  

ちなみに、恥を晒すようですが私たち夫婦、親子もスキンシップを蔑ろにしてきました

妻は手をつなぎたい人ですが、私もそうしたいとは思いますが、触れ合う感覚を「体が拒否」してしまうのです。

背筋が「ゾクゾク」とするような感覚に襲われるのです。

そのため、時には心が痛み傷付くこともありましたが、それを乗り越えて今があります。

お互い様ですが、半世紀を超えた関係を維持しています。

お互い支え合って今日があることも事実です。

妻や子供たちは私の思うようには生きてはくれませんでしたが私は妻や子供たちに「感謝」すべき理由があります

それは、妻も子供たちも、世間で言う「どうしようもない人間ではなかった」からです。

ただ、少し自分の我を張っているだけなのです。

夫婦、親子ならこうした我儘を受け入れるべきです。

と私は思います。

基本的に私は誰に対しても個人的なことで、頼むことはあっても要求することはありません」 

 

あなたはどうですか? 

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。

人についてのすべての事柄を発信していますので、時には関心のある記事もあると思いますので、フォローして毎回の発言に注目していただければ嬉しく思います
その根拠は「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。-啓示11:14-19 

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章10 
終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
エフェソス6:11-18

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7

ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません。神は侮られるような方ではありません。何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょううみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。
-ガラテア6:7-9 
コリント(一)6章
9 あなた方は,不義の者が神の王国を受け継がないことを知らないとでもいうのですか。惑わされてはなりません。淫行の者,偶像を礼拝する者,姦淫をする者,不自然な目的のために囲われた男,男どうしで寝る者,
10 盗む者,貪欲な者,大酒飲み,ののしる者,ゆすり取る者はいずれも神の王国を受け継がないのです。
11 とはいえ,あなた方の中にはそのような人たちもいました。しかし,あなた方は洗われて清くなったのです。神聖な者とされたのです。わたしたちの主イエス・キリストの名において,またわたしたちの神の霊をもって,義と宣せられたのです

18 淫行から逃げ去りなさい。人が犯すほかの罪はすべてその体の外にありますが,淫行を習わしにする人は自分の体に対して罪をおかしているのです
-コリント(一)6:9-11、18 

今回は、結婚生活を平穏で長く続ける考え方についての話です。

初めに、人は自己本位、独善だけでは「幸せ」を手に入れることは不可能です。
必ず誰かと問題が生じるからです。
誰かと誰かが仲良くなれるのは、互いを良く知り互いに対して寛容さを示せること、そして、悪いことには断固反対すること、気が合うこと、互いを心から好き(アガペーとしての愛)である場合です。

夫婦がこのような関係になれたら理想の夫婦と言えるかも知れませんが、現実には殆どいないと言っても過言ではないと思います。

ちなみに、夫婦間や親子関係の間に「宗教」が入ると、夫婦関係、親子関係は「他人の関係」となってしまいます。
なぜなら、夫婦が従うべき相手夫婦ではなく「神」「キリスト」だからです。
仏教に帰依している人なば教祖や仏の教えが「神的存在」となるからです。
そして、互いに上からの教えに従うことを「求める」からです。
しかし、その教えを完全に守れる人は一人もいませんので、必ず夫婦間や親子関係に問題が起こることになります
こうして、夫婦間や親子関係に「宗教」が入ると、これら家族関係が「破綻」していくのは「道理なのです。

ちなみに、ものみの塔はこうした点を理解しておらず、ただ杓子定規に聖書に記されていることを「そのまま」当てはめようと信者を導いています
その結果はどうでしょうか。
夫婦間や親子関係は幸せになるどころか「破綻」に至っている場合が多いのです。
実際に、夫婦が信者であっても本当は破綻している場合もあるのです。
つまり、見せかけの偽善夫婦が世界中のものみの塔の信者の中には多数いるのです。

一般的に、夫婦は長くいると互いの気持ちや考えが分かるものです。
しかし、互いの気持ちを受け入れるかどうかとは別の問題です。

夫婦が上手く行かないのは互いが自分の考えや思いに頑なになるからです。
しかし、どうしても受け入れ難い考えや思いや行いもあるのです。
この場合は、仲介者を通して相手の「間違いを正して貰う」以外方法はないかも知れません

あるいは、時間が経過することで一時的に保留となる場合もあります。
れが出来ないと離婚という結果に至り、時には、人生を苦しいものにしてしまう場合もあるのです。

人は一人では生きて行けなくても二人だと生きて行けるものです。
つまり、互いに支え合うことで一人の時よりは生活し易くなるものです。
勿論、自分や相手がお金を生活以外のことに多く使ったりすると間違いなく破綻することは明らかです。

初めからすべてを知って結婚する人はいません
実際に、二人で生活することで分かって来ることは多いものです。
そのため、時には相手のすることを理解出来なくて口論やケンカに至ることさえあるものです。

私は夫婦というものを考えた時夫婦とは一体何ぞやという思いを抱くことがあります。

互いが心身ともに求め合ったり、子孫を残したり、生活を安定させるためだけの関係ではないことは明らかです。
人は一人では生きて行くのは難しいものです。

誰かの助けや社会の助けがなければ誰も生きてはいけません。
年取った時のことを考えれば、当然子供も必要となります。
ちなみに、私は老後を子供に面倒を見て貰いたいとは全く考えていませんし、そうして欲しいとも思っていません
自分の老後の生活の考えがありますが、それが実現出来るかどうかは全く未知のものです。

男女は思春期になると異性に関心を持ち、時として、それが結婚に至る場合もあります。
しかし、その思春期は感情だけで思いを遂げようとしているのであり幸せな結婚に至る要素が欠落している場合が多いものです。
知識や経験不足により互いに気が合わなくなり口論やケンカに至ることさえあるものです。
つまり、結婚に至る準備が全く整えられていない状態で結婚しても多くの場合破綻に至る場合があるのです。
勿論、責任感が強ければ我慢することも少なくありません

あるいは親や親戚や一目を気にして耐えている場合もあります。
しかし、そのようにして迄夫婦関係を続けても当人は決して幸せであったとは言えません
ただ、ひたすら我慢の人生だったと後悔するかも知れません。
そして、夫が定年になった折を見て離婚を切り出すということさえ近年では多くあると聞いています。

 

以前から、結婚は見合いが良いと言って来ました。
それは互いのことを良く知る機会であり結婚とはどのようなものかを知ることにもなるからです。

 

単に好きだからと言って結婚するのでは幸せのための備えが出来ていないため問題を抱え苦しむことになる場合が多いのです。
 

結婚生活を問題なく過ごすには、自分の親の考えや意見が参考となり大抵その通りにすれば上手く物事を果たすことが出来るものです。
それを若い夫婦の気持ちや感情で物事を行うそのしっぺ返しを食らうこともあるのです。
例え、上手く物事が運んでも後味の悪いものとなる場合もあるのです。
自分の考えや気持ちを抑えて親の言うことを聞いた方が自分ではスッキリしなくてもそれが本来の姿、在り様なのです。

私たち夫婦も若くして結婚しましたが結婚50年を超えました
しかし、時には問題があり互いの思いや考えが理解出来ないこともあり、いわば、我慢の連続だったように思う時もあります。

 

私は決して怒り易い人ではなく暴力などは絶対にしない人です
大抵の場合は妻がしたいと思うことは何でもさせて来ました。
それでも妻は時に私に反発する時もあり、私も不快に思ったことは何度もあります
そうして互いが我慢をしながら夫婦関係を今日まで維持してきたのです。

私自身は一人でも生きて行けると思っていますが、妻は一人ではいろんな困難に遭遇することは目に見えています。
それゆえ、無碍にも出来ません。
私たち夫婦は既に愛情を通り越した関係となっているのです。
いわば、阿吽の呼吸とでも言いましょうか、互いのことが良く分かっているのです。
それゆえ、必要以上の要求は互いにしません
基本的に、私は誰に対しても要求はしません
たまに、頼むことがあるくらいです。
自分で出来ることは自分でするという考えなのです。

経済的にも互いに自立した関係にあり、相手に依存した生活とはなっていません。  

 

クリスチャンとしては、相手の不倫や淫行など以外では離婚が許されてはいません。
これも夫婦関係が長く続いた理由の一つです。

 

年を取ったせいか、今では以前にも増して互いに気を使っています
なので殆ど問題が生じることもなく変わらぬ日々を過ごしています。
幸せかどうかと聞かれれば、夫婦関係よりも日々の平穏な生活を幸せと感じています

 

現役で仕事をしている時と比べると殆ど何の問題もなく生活をすることが出来ています。
僅かな年金で十分生活が出来ていますし、畑もやっているので沢山穫れた時には兄弟に送ることさえ出来ています。
私が育てたものですが、妻の自尊心を保つ要因の一つともなっていると思っています
送られた相手が喜んでくれればそれで充分です
もし、気に入らなければ次からは送らないだけです。
勿論、その返礼も望んでも期待もしていません
こうしたことはどうでも良いことなのです
来るものは拒まず去るものは追わずです、すべて相手の思う通りにすれば良いことなのです。
私は人のすることにはそれ程関心がないのです。

それでも、戦争や犯罪や悪いと言われている事柄に対しては「強い憤り」を感じます。

  

二人の子供たちも50歳前後ですが自分で思うようにやっています。
時には妻に自分の問題を聞いて貰うこともあるようですが私にはその声は殆ど伝わってはきませんし、そういう問題は聞きたくないのです。
聞くと腹が立つことが多いからです。
不義、悪に対して怒り易い自分を良く知っているからです。
以前もブログのどこかで言いましたが「知らない方が幸せ」であることは多いものです。

さてさて、私のこうした考えや思いを聞いて皆さんはどのように思いますか。
平穏な結婚生活のための参考になればと思います
結婚している皆さん幸せや平穏は「自分たちが築くもの」なのです。
自分だけが好きなように生きて

 幸せや平穏な生活は決してやってこない

のです。

 

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動物の[つがい]の世界はどうなっているでしょうか。

夫婦関係を維持している動物や昆虫などもいますが、大抵は子孫を設ける時だけの関係であることが多いものです。

そして、子育ては大抵はメスが行う場合ば多いですが、時にはオスが行う魚や昆虫も存在しています。

例えば、ライオンなどはオスは餌を捕ったり子育ても全くしません。

一方、鳥などは互いが協力し合って子育てをする場合が多いものです。

鳥の場合は生涯つがいでいることが多いようです。

人間が見習うべきなのは「鳥のつがい」かも知れません

最近何かと話題に上る熊に関しても、子孫を設ける時だけの関係で子育てもメスだけが行います。

 

もし、人間も多くの動物のようだとどうでしょうか。

男性は喜ぶかもしれませんが女性の方は大変です。

動物の場合は本能として生きる術のすべてがインプットされています」が、人間の場合は無知からすべてを学習して学ぶ必要があります。

ですから、人間は動物や昆虫のようには「決して出来ないのです。

それゆえ、男性も女性も親から生きるための助言やヒントを受ける必要があります

人は、これをないがしろにするので経験のなさが多くの問題を引き起こしている」のです。

 

++++++++++++++++++++++++

以下は、私事です。

関心のない人はパスして下さい

 

最近、我が家で洗濯機を換えました。

今の家に来てからですから、27年間一度も洗濯機を換えていませんでした。

故障はしてはいないのですが、あちこちガタが来て妻も数年前から換えたがっていました。

私はドラム式が良いと言い、妻は縦型が良いと言い、長い間平行線でした。

昨年の12月初めに、たまたまジャパネットで安売りをしていましたので、妻に話買うことになりました。

値段は、おそらく通常のドラム式の値段より10万円から20万円位安かったです。

配達日と設置日を予約すると来年になってしまうので、時間指定なしだと最短で今月の14日ということだったので注文しました。

すると、クレジットが通りませんでした

理由は、毎月の限度額を低く設定していたためで、即刻、クレジット会社に電話して今回だけ特別出費ということで審査を通らせて頂き、直ぐに、クレジットが可能となりました。

実際、クレジットの滞納もローンも借金もありませんから当然と言えば当然でした。

直ぐにクレジットが通り、14日雨でしたが朝配送会社から電話あり午前中に配送してもらいました。

設置は自分たちでするからと言って、リサイクルとして洗濯機を持って行ってもらい、新しい洗濯機を据え付け場所まで何処にもぶつけることなく搬入して貰い、リサイクル料金を支払って帰って貰いました。

忙しそうにして直ぐに帰って行きました。

 

設置を自分でやると言ったのは設置業者はプロでも知らない家での作業ではどこかに傷をつける場合もあるので、後で後悔したくないのでそのようにしました。

私は弱電(家電修理屋ではありません。長年無線設備の修理をしていました。第1級無線技術士の資格も持っています)には詳しいし、普通の故障ならば大抵は自分で直してしまいます
この点妻は全く分かりませんので、何かあると直ぐに頼られてしまう始末です。
私としては面倒なのですが、いつもやってあげています。  

  

取説をよく読んで、妻と二人で注意しながら設置しました。

ドラム式は重いので一人で動かすことは出来ませんので妻に手伝ってもらいました。

傷付けないように下に毛布を敷きながらやっとのことで設置しました。
何せ、二人とも70歳を超えていますので、70㎏以上あるものを、それも狭い洗濯機置き場に置くのは大変でした。
防水パンがあるので、ただ横にずらすだけではなかったからです。

しかしながら、すべて上手く行きました

ウルトラファインバブルなので、汚れが良く落ちます

ドラム式なので水の使用量が以前に比べてかなり少ないです。

満足しています。

5年保証付けました

長く使えることを願っています。

もし、不満な点が少しでもあれば長い間妻からの攻撃に晒されることになります。

今のところ、そのようにはならないようです。

一安心です。

 

12月30日に車で15分の距離がある場所で、畑の耕運機を入れ替える作業をしました。

畑の土の状態から交換して使った方が良いと考えたからです。

買った畑は砂が多い土地なのです。

借りている畑は粘土質で重く、乾くと堅いのです。

 

一方の畑から他方の畑に()耕運機を移動させ、別の()耕運機を持ってくるという作業です。

業者に頼まない限り軽トラックでは載せられないので、耕運機のエンジンをかけて自走で移動させました。

歩きなので片道2時間位掛かりました。

一般道路を行きますので、後ろから妻に車でウインカーを点滅させ後続車に注意をして貰いながら進みました。

行きはこのようにましたが、帰りは妻に後ろからついて来て貰わなくても良いと言って帰って貰いました。

心配なのは耕運機の燃料でしたので行ける時まで行こうということで進みました。

途中自動車屋さんがあったので、軽油を持っているか聞いたら「ない」ということでした。

そのため、そのまま行くことにしたところ燃料は持ちました。

途中、ガソリンスタンドはありませんし、あったとしても給油は出来ません

ガソリンと同じく入れてくれないからです(法律で条件付きで規制されているからです)

これは誤りでした。
ガソリンを携行缶に入れるのは規制がありますが軽油はないことが分かりました。

ガソリンスタンドで軽油は携行管に自分で入れることが出来ます。  

  

最後に急な坂があるのでそこは慎重に、ひっくり返さないように注意してやりました。

上手く行きました。

作業を無事に完了しました。

昨年、年初めに畑の作業で肋骨を痛めしばらく痛かったので、その二の舞にしたくなかったので年末にやりました。

最初の耕運機をメリカリで安く買ったのも2年前の年の瀬でした。

  

二台目の耕運機は旧式でディーゼルエンジンでしかも手回しなので始動させるのが一苦労です。
この耕運機は畑を買った時、前に畑を借りていた人から譲り受けたものです。
畑の資材一式時価総額、おそらく、新品だと150万円位するものを3万円で譲り受けたものです。
その他、畑になっている作物全ても貰いました。
オクラ、落花生、ゴーヤ、ナス、サツマイモなど。
特にオクラは、売るほどに沢山取れましたので、例によって兄弟に分けてやりました。
買った畑では、栗と甘柿が沢山取れました。
今年は柿が沢山取れ、渋柿は結局そのまま放置し、今でも樹になっています。

畑の代金と合わせても格安で手に入れることが出来ました。

 

これも神のお陰

そうではないことは確かです。

こうしたことは霊的な事柄、特に神との関係とは全く関係ないからです。 

私の個人的な事柄であり、個人の責任の範囲の事柄なのです。

ヨブのように悪魔の試練を受けて神に誉れを帰した訳でもありません

しかし、神の祝福が人を富ませるとあるように、神が私の手の業を祝福して下さったのかも知れないとは言うことが出来ます。

この場合、神が直接何かをしてくれたという意味ではありません

天地人の創造の際あらかじめ仕組まれた法則、すべての人に通ずる法則によるものという考えです。

誤解の無いように付け加えておきます。

  

昨年前半はいつも通りだったので、その計画でいましたが7月に農業委員会から連絡が来て、畑を借りることが出来ることになり、現地で持ち主を会った時に「売るつもりがありますか」と尋ねたら即刻商談がその場で決まったのです。

この時から、忙しくなりました

農業委員会への申請、面接、許可そしてその後、売買契約をし、法務局への所有権移転の申請、その際前の持ち主の住所変更をしなければならないと言う難題がありましたが(状況によっては所有権の移転手続きが永久に出来なくなる可能性もありました)、これも無事解決し、やっと私の畑になりました。

 

この間、およそ3か月かかりました。

そのため、サツマイモと落花生の収穫が遅くなって、特にサツマイモが異常な程大きくなりすぎてしましました。

まるで短く太い大根のように大きいのです。

大きいと食べるのが大変なのです。

 

手続きで、焦りもなければ心配もありませんでした。

すべて、相手に応じてするべきことをするだけだからです。

順調に行くこともあればそうでないこともあります。

ですが、するべきことをするだけですべては解決するのです。

思うように事が運ばないからと言って苛立つことも腹を立てることも全くないのです。

そうする理由もないからです。

  

今の家の固定資産税と比べると土地代も税も破格の安さでびっくりしました
この畑を含めて全部で4000㎡位やることになり、果たしてやって行けるかどうか心配な面もありますが、年が年なので、後10~15年ぐらい出来れば良いかなと思っています。
元々は、果樹を植えてそれを食料にしようとする考えでしたので、今後も畑よりも果樹に力を入れることになると思います
果樹なら作物よりも手がかからないし収穫するだけなので年を取っても出来るかなという考えなのです。

  

最後は、手前勝手な話になってしまいました。

そういう人もいるんだ位に思って頂けると幸いです。

ちなみに、私たち夫婦は結婚して50年以上になりますが極ありふれた夫婦です。

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
このブログは、人々に対する「警告」でもあります。

その根拠の多くは「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた。
-啓示11:14-19 
(地を破滅させている者たちとは、地球温暖化や環境破壊など「自然破壊」をさせている人々の事
 だけではありません。
 人々の暮らしを破壊している政治、経済、金融、犯罪、人々の欲望や野心など人間活動における
 すべての「悪」も含まれていることは明らかです。)

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章
10 終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
-エフェソス6:11-18 

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません。
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7
 
  ガラテア6章 
 7 惑わされてはなりません神は侮られるような方ではありません何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。
8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。
9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょう。うみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。 
-ガラテア6:7-9

今回は、命と生きることの違いについての話です。

この話は非常に長いです。

ですが、最後まで読んで頂ければ、命と生きることの違いをはっきりと知ることが出来ます。

ただ、見えないタグのせいで6万文字を超えるので、赤字などの強調が出来ませんでしたので、ゆっくり時間をかけて、あるいは、分けて読んで頂ければ最後まで読んで頂けるかと思います。

少し話があちこちの飛んで纏まりの悪い話になりましたが、興味深い話となっています。
また、同じような内容が繰り返し出て来ますが、それは説明のためですのでご了承して下さい。
おそらく、今まで考えたことがない「命と生きる」ということに関する話です。

さあー、皆さんも「命と生きる」ということがどういうことか考えて見ましょう。
今迄の概念が変わるかも知れません。

普通、命を考える時には「生きる」ということを念頭において話しているものです。
人にしろ動物にしろ植物にしろ昆虫にしろ細菌類にしろ、「命があるので生きている」ということを疑う人はいないと思います。
そのため、すべての人は、「命は最も重要なものだ」とも考えている訳です。

では先ず、命というものを考えて見ましょう
「命は活動の源」ではありますが、「命自体」に知能も意識も思考もないことは明らかです。
人間の体は260種類、全部で60兆個の細胞からできており、個々の細胞によって寿命が異なると言われています。
いったん細胞が死ぬと、それが刺激となって、死んだ細胞の数だけ再生する仕組みになっていて、具体的には1秒間に約50万個以上の細胞が、死と再生を繰り返していると言われています。

体の中で最も寿命が短いのは小腸の表面を覆っている上皮細胞で、わずか24時間で寿命を終えます。
それだけ新陳代謝が激しい細胞といえます。
また、皮膚の細胞は約1ヶ月で入れ替わりますが、紫外線を浴びると短かくなります。
また血液の寿命は、赤血球が120日、血小板が10日程度で、白血球のうちリンパ球はT細胞が4~6ヶ月、B細胞が2日~2ヶ月です。

人体は、約60兆個の細胞からできており、毎日1-2%(約1兆個)の細胞が入れ替わっています。
入れ替わりというのは一方で細胞が生まれ、他方で同数の細胞が死ぬことです。
生まれる細胞の数と死ぬ細胞の数が驚くべき正確さで釣り合っているため、私たちの体は安定した姿を保つことが出来ている訳です。

細胞が死ぬと書いたように、細胞に「命」があることも明らかです。
その生きた[様々な細胞]が60兆個集まって人が形成され、そして、人も生きているということです。
しかし、人間も他の生き物もそうした「細胞の生死、つまり、生まれ変わり」を全く意識していません。
生きているという実感だけを感じているのです。

命は活動のためのエネルギー源であり細胞の中の様々な物質に至るまで行き渡っているのです。
その細胞に水や酸素や栄養素を運んでいるのが「血液」です。
従って、命はこれらによって支えられているものでもあります。

丁度、人間が呼吸と水と栄養素で生きているように、細胞もこれらによって生きているのです。
しかし、その細胞には短い壽命があるのです。

 

また、「命は細胞分裂によって継承されていくもの」でもあります。
これがなければ命は存続しえません。
それを決めているのが、いわゆるDNAであることも誰もが知っています。
つまり、あらゆる生命体は細胞の新陳代謝によって常に生まれては死んで行っている「生き物」でもあるのです。
この過程が人体の中のそれぞれの場所で正常に行われないと奇形となったり病気になったりします。

 

一般的に、人間の細胞は7年ですべて入れ替わると言われています。
ただし、脳神経や心臓の筋肉など特殊な細胞は別です。
地球上のすべての生き物は常に生まれ変わりを通して「活動の源である命を継承」しているので、一つの個体として「活動=生きている」ということです。
しかし、人間は誰一人これを「自覚」してはいないのです。
つまり、考えなくても生きて行けるということです。
従って、
命と生きるということは別の次元の話になるということでもあります。
命は現実のものでありますが、生きるというのは精神作用のことであり目には見えない存在だということです。

神によって創造されたアダムとエバの精子と卵子が結合し、つまり、受精し「命」が継承され、ついには50億とも80億とも言われる人口に至ったことは事実です。(進化論は全くの嘘です)
既に亡くなった人の数を入れると、とても数えきれるものではありません。
一人も死なないで子供だけが増えたとしたら一体どのくらいの数になるかは、おそらく、天文学的な数になります。

しかし、この数は人間を一人として数えた場合であって、細胞一つひとつの命を数えた訳ではありません。
一人の人間ですら新陳代謝によって一生の間細胞分裂を繰り返し生まれては死んで行っていることを考えれば、60兆個の細胞が上に述べてような周期で命の継承がなされている訳です。
つまり、一人の人間の中に存在する命の数は60兆個としても、それが、生まれては死んで行っているので、その生死を数えることは不可能です。

次に生きるということを考えて見ましょう
人間を一人として見る時には、この60兆個の細胞をいわば体の部品のように考え、これらの集合体を一個体として見ている訳です。

そして、人の形が形成されると、脳という部位では精神が生まれ(生じ)意識や思考や感情と行った目には見えない電磁波のような現象が生じるのです。
人間の精神は[現象]なのです。
地球であれば引力のようなものなのです。

当然何らかの原因で人が死ぬと(厳密には脳が死ぬと)この現象は「消えてしまう」訳です。
従って、人が死んでも霊魂が生きている、存在しているというのは「真っ赤な嘘」人間の妄想に過ぎません。
あるいは、死んでもどこかで生きていて欲しいと言う願望でもあります。

人間と他の動物との違いは、主に、脳の形成が異なるので人間だけが複雑な現象、精神作用が生じるのです。
つまり、物理的な脳の構造がそれぞれの生き物によって異なることで生物の多様性が生じているのです。
これを決めているのがDNAであることもすべての人は知っています。

人として、つまり、体全体は脳に生じる現象である意識や思考や感情によって様々な活動をしていますが、体全体は60兆個の命の集合体なのです。
そして、人は意識によって様々な活動を支配し物事を成し遂げているのです。
この場合、人間は活動の源である命を意識する人は一人もいません。
ただ、生きているという実感があるだけです。

脳には様々な分野があります。
大脳では「前頭葉」、「後頭葉」、「側頭葉」、「頭頂葉」に分かれ、運動、感覚、記憶、視覚を司っています。
これらは意識に関する分野ですが、その他に無意識のうちに体を自動的(自律して)に調節する機能も含まれています。
これは、人間の意識ではどうにもならない分野です。
すべて反応によって自動的に作用する分野なのです。
ですが、この反応は人間の様々な活動によって決定しているものでもあります。
人がこの活動のための命を「60兆(最近では40兆)の個々の細胞の中」に持っているので、いろんなことが出来る訳です。

 

命=人(または人格)ではないことも明らかです。
例えば、臓器移植を考えますと、移植された臓器は元々は別の人間のものだったのです。
移植された人はその臓器に関しては以前の場合のように、その細胞は水と酸素と栄養素を供給されることで命を維持し、細胞分裂を繰り返すことで生き続け、移植された人の体の機能の一部分を担うことで、一個の個体としての人を生かし続けることになるのです。
当然、以前は他の人の臓器だったので拒否反応という副作用も生じそれを抑える薬を生涯服用することになります。
このように、細胞を他の人に移植することは、いわば、命を移植していることです。
もし、命に人格があれば移植以外の様々な問題が生じているはずですがそのようなことは全くありません。

命は活動のための(生きるための)エネルギー源です。
すべてのものはこのエネルギー源である命を失うと「死んでしまいます」
そのため、このエネルギー源である「命」を守ろうとする訳です。
当然の理屈です。
しかし、この命は「空気」のような存在で、隅々にまであることは分っていてもその存在を見ることは出来ないものです。

命全体の入れ物である「人=肉体」のどこかが壊れると、その壊れた部位の細胞は死に、場合によっては「体全体の生命維持」に支障をきたすことが生じる場合もあります。
例えば、指の一部分を切ったり、あるいは、骨を骨折したとしても大抵は修復され元の状態に戻るように、体が自動的に反応します。
しかし、ガンなどでは異なります。
すい臓がんなどは致死率の高い病気です。
もし、すい臓の細胞が破壊されれば人は栄養の吸収が出来なくなり体全体そのものが壊れてしまい、命を確保出来なくなるので死んでしまう訳です。
細胞も水と酸素と栄養素を必要としているからであり、これらのどれか一つでも不足するとその細胞は死に、その細胞で形成している臓器もその機能を失い、ついには、体全体の機能も失い、人として死んでしまうことになります。

最終的には、心臓の活動が停止するか、呼吸が停止するか、脳の活動が停止するかに至って初めて人は死んだと言えます。

しかし、人は死んでも「肢体の中の命」はしばらくは生きています。
そのため、その肢体(例えば、臓器)などは他の人に移植出来る訳です。

人を含めたすべての生き物は、命の入れ物である細胞が無数に集まりそれぞれの肢体となりそれが一つの体を形成して一個の個体としての生命体が完成しています。
そして、脳のような特別な部位では、コイルに電流を交番(電流を異なる二つの方向を行き来させること)させると電磁波が生じるように、精神的現象が生じ、意識、思考、感情などが生まれることになります。
体が感じる感覚は文字通りセンサーそのものです。
感情は精神的な感覚ですが、いわゆる五感と言われるものは体を安定した状態を維持するための「自動制御装置」なのです。

 

人間や動物は電化製品に例えることが出来ます。

例えば、人間に電気を加えると「体が硬直し動けなくなります」

これは、神経はあたかも銅線のように微弱な電流を流して人間の活動をコントロールしているからです。

また、他の生物で、電気ウナギなど強力な電気を発生することのできる生物がいます。

魚の漁の時に電気で魚の気を失わせることもあります。

あらゆる生物は、金属で出来ている訳ではないのですが「電気によって動いている[電化製品]なのです。

しかも、生きている細胞(神経細胞)を伝わって流れているのです。

中学生の時にカエルの解剖実験を行い電気を加えることで「縮んだ脚が真っ直ぐに伸びた」のを見た人は多いと思います。

更には、こうもりは夜間飛びますが目で見ている訳ではなく音波を出しその反射音で何があるかを識別して飛んでいると言われています。

夜動き回ることの出来る動物の目は明るいところと暗いところでは違った働きをし、夜間では動物の目は赤外センサーのような働きをしているので暗くても活動が出来るのです。

 

これらを可能にしているのが命というエネルギーなのです。

このように、命と生きるということは少し分けて考えた方が良いのです。
分り易い例えは、
電化製品で、その電化製品を動かすためには「電気」が必要です。
この「電気」に相当するのが「命」であり、共に目には見えないものです。
この電化製品のスイッチをオンにし通電するとその電化製品はその仕組みに従って活動することが出来るようになります。
その活動が「生きる」「生きている」ということです。
電化製品の内部には様々な部品が使われています。
それはあたかも人間の臓器のようにある部分はユニットとなって一つの機能を果たす役目になっています。
そのユニットが壊れると交換出来るように、人間の臓器も同じなのです。

 

電化製品は「電気」という1種類の電気を供給されることで製品全体が動くことになります。
電化製品の場合は、AC100Vを入力し、この電気を様々な部品の用途に応じたDCに変えることでエネルギーを製品の内部に供給することで各ユニットが正常に機能するように造られています。
生き物の命に関しては電気のようなAC-DCインバーターのような変換は、おそらくしていないと思います。
生き物の場合はすべて細胞という単位で命が保たれているのです。

生きる、生きて活動するというのは「人の精神作用の結果」です。
人としての価値もこの結果がもたらすもので評価されます。
従って、命と生きるのどちらかが、人として重要かというと「生きる」方なのです。
人はどのような生き方をするかで人は評価されるのであって、人としての命を持っているから評価されるわけではありません。
人は生きるという活動を通して「人格」も示していることになります。
この人格こそが人を人たらしめているということです。

自殺する人は精神的に行き詰まってする場合が多いと思います。
その時、思うことは「どうすれば命を絶つことが出来るか」というものです。
様々な方法があります。
そのどの手段を取るかはその人の考え(精神作用)が決めることです。
しかし、そこまで至るまでには「精神の葛藤」があったはずです。
従って、人は命をどうするかを決めているのではなく、生きるかどうかを決めているということなのです。

こうしたことは分かっていると思うでしょう。
しかし、現実には命と生きるを混同して用いているのです。
命と生きるということは異なるのです。

命と生きることは互いに支え合っている関係ではありますが、命に命を決定する意思も力ないのです。
命をどうするかを決定するのは、命によって支えられている肉体(脳による現象)が決めることです。
脳には命を決定する意思も力もあるのです。

別の観点から考えて見たいと思います。
一般的に、命と生きることを一体化して考えているものです。
確かにそのようにも言えますが、細かく考えると違いが分かるようになります。
実際、人の命も動物の命も同じものですが、
家畜や野生動物を殺しても殆ど罪悪感は感じませんが人を殺すと罪悪感を感じ、周囲の人もその殺人者を蔑んだり批判したり恨んだりするものです。

同じ命なのになぜこのような思いの違いがあるのでしょうか。

それは、命と人として生きるということと区別して考えているからです。
以下にそれを示したいと思います。

あなたはなぜ生きていますかという問いにどのように答えますか?
また、人はどのように生きるべきだと思いますか。
人はなぜ年を取り死んでいくのですか。
人はなぜ悩むのですか。
人は平和や楽しい生活を望んでいるのになぜ争いや犯罪が起こるのですか。

こうした問いや答えは人間に記憶だけではなく考える能力があるからです。

人間だけが持つ「理性」とは真偽、善悪を識別する能力と言われています。
つまり、理性とは道徳における善悪を識別し「正しいことを行おうとする心の働き」なのです。

例えば、理性を保ったとか、その逆に理性を失ったなどと言う時があります。
それは、ある状況におけるその人の振る舞いの結果そのように言われることがあるのです。
世の中の犯罪者などは「理性を捨てた人々」なのです。
性暴力、姦淫や淫行、セクハラ、ストーカーなどをする人も「理性を捨てた人々」なのです。

普通生まれて来て問題などが無ければ、人はなぜ生まれた来たのかとか、なぜ生きているのかなどとは考えないものです。
しかし、人間は誰しも、思うようには生きられないものです。
それだけではなく、自分だけではなく他人との関係でも多くの問題を抱えることが多いものです。
すると、人は悩むことになります。
そして、時には怒りの感情を露わにしたり暴力を振るったり誰かに憎しみを抱き殺したりすることさえあります。
場合によっては、自分の悪事を隠すために人を殺すことさえあります。
更には、意図しない事故やケガをすることがあり、それで障害者になってしまい人生が全く変わってしまう人さえいます。
あるいは、宗教2世、3世のように「親に言われて入信」した場合、もの心がついてくると様々な疑問が生じ、自分の欲求との葛藤からその宗教から離れるということもあります。
自らの意思で入信しても同様なことが起きる場合もあります。

このように人間は生きているだけで「辛い思い」をすることがあるのです。
それでも、時には楽しいこと嬉しいこともあり人生のいわば一時の癒しや安らぎの瞬間です。

従って、こうした悩みを忘れるために人は大抵目標を持ちそれに思いを集中させることがあります。
一時凌ぎではありますが、それをしている時には精神が落ち着くものです。

また、人は生きているという意識を常に持っており、それは、自分の中に命が存在しているからだと考えます。
人は命があるから生きていると言いいます。

では、その命は体のどこに存在しているのでしょうか。
大抵は細胞の中にあると正しく答えます。

現実には、これを意識したり感覚を感じている人はいません。

しかし、約60兆個もの細胞一つひとつは命を持ち生きてはいますが、いわゆる意識というものがありません。
ですから、例えば臓器移植をしても「移植した臓器が何かを言う」ことはないのです。
人間の一部でありながら意識も人格もないのです。
この意識が存在するのは脳の中だけです。
しかし、脳の中にその実体がある訳ではなく、雲のような、あるいは、目には見えない存在なのです。
人が生きていると考えるのはこの意識なのです。

生きている、生き続けるということは現実ですが、生きるというのは観念であり、その生きていることの土台である命は「目には見えませんが実在するもの」です。
「命」そのものは何の意識も感情も思考もない「生き物を生かしているもの、活動させるエネルギー」です。
すべての生き物は体を作っている様々な細胞の中に「命」が存在している訳です。

病気などになると、細胞が「壊れる(死ぬ)」ので「命を支える」ことが出来なくなりその細胞は死ぬことになります。
致命的な細胞が壊れるとその生き物は死んでしまうことになります。
細胞が死ぬと共にその中の命は消滅することになります。
この点人間も動物も植物も昆虫も細菌なども全く変わりはありません。

人が死ぬというのは、体全体の細胞が「一斉に死ぬ」わけではなく、主に脳や心臓がその働きを停止することで死ぬと定義されています。
しかし、体の他の大部分の細胞は血流が止まっても「しばらくの間」生きています。
筋肉細胞はおよそ40分血流が滞るとその細胞は死ぬと言われています。

人にしろあらゆる生物は食べなければ生きてはいけません。
その食べ物は動物だけではなく植物も昆虫も細菌や菌類にも、ある意味「人と同じ命」が宿っていた生き物だったのです。
つまり、人を含めてすべての動物は何らかの「命を食べている」ということです。
死骸や朽ちた物を食べるのは昆虫や菌類です。
彼らはそうして次の作物のための栄養に変えてくれています。
地球の自然界には食物連鎖というものがあり、誰もが知っています。
家畜や魚などは人や動物の食料として存在しているということです。
この食物連鎖の土台となっているのが命なのです。
もし食物連鎖が無ければ地球上のあらゆる生物は生き続けることは出来ません。

神がそのように創られたのです。
従って、動物保護という観点で考えた場合、その種を保存するという考えは良いとしても、家畜や魚や植物を「命」という観点で見るのは「間違っている」ということです。
家畜や魚ら野菜を育てるのは命ですが、その成長の結果として、それらを「殺して」食べているのです。
「殺した時点で一個体として死んでいますが、細胞の命は直ぐには消滅していない」のです。
しかし、人間が食べる時にはその命は消滅しています。

人は人も動物も植物も「命」がすべてのものを生かしていることを知っています。
では、人や動物(獣)の命に違いがあるでしょうか。
聖書には次のように記されています。
伝道の書3:16-20
16 そして,わたしはさらに日の下で,公正の場に邪悪があり,義の場に邪悪があるのを見た。
17 わたしは心の中で自ら言った,「[まことの]神は義なる者をも邪悪な者をも共に裁かれる。そこにはすべての事に,またすべての業に関して時があるからである」と。
18 わたしは,わたし自ら人間の子らに関して心の中で言った。[まことの]神は彼らを選び分けようとしておられる。それは,彼らが自分も獣であることを悟るためである,と。
19 人間の子らに関しても終局があり,獣に関しても終局があり,これらは同じ終局を迎えるからである。一方が死ぬように,他方も死ぬ。皆ただ一つの霊を持っており,したがって人が獣に勝るところは何もない。すべてはむなしいからである。
20 皆一つの場所へ行く。それはみな塵から出たものであって,みな塵に帰ってゆく。

人も獣と違いはないと述べられています。
短命で、道理をわきまえず、滅ぼされるために生まれて来た、人も獣も共に死ぬ、そして、一つの(同じ)霊を持っていると示されています。

人はこのような獣(家畜)を殺して食べて生きているのです。
そのように神が創られたからです。
ですから、人は動物を殺しても「罪の意識」を感じないのです。
獣が生きるために他の獣を殺して食べても何も感じないのです。
もし、動物を殺して「罪の意識」を感じるとすれば、その人は「考え違いをしている」ということであり、生きることを悩むことになります。
必要以上に動物や獣に同情、愛情を注ぐことは「間違い=神のご意思ではない」のです。
最近熊が出没し人間に危害を加えていますが熊は本能に従って行動しているだけで、人間はその熊の活動を恐れているのです。
熊を今のようにした責任は人間にあります。
ですから、熊が本能によって行動しているだけなのに殺すのは人間の身勝手なのです。
そして、殺したその熊を食べているのも人間です。

人や動物や野菜や昆虫や細菌などを育てる命はすべて「生きている親」となる存在から受け継いだものです。
例えば、精子も卵子も生きています、つまり、命を持っています。
これらを凍結すると1000年でも、いわば、「休眠」出来ます。
しかし、解凍してこれらが受精すると「受精した卵子は細胞分裂を繰り返し、そして、遺伝子に沿って体の各部分が時程表にしたがって作られ、やがて人間の姿になります。
植物や菌類は「乾燥」させることで「休眠」と同じ作用が働きます。
そして、水と酸素と光を与えることで「成長」のスイッチが入り人間と同じように遺伝子に沿って様々な形の植物になります。

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細胞の命と人間としての命の区別についてはどうでしょうか。

精子や卵子は生きていて「命」の源ですが、これ自体には人格がありません。
つまり、生きて「命」を持っていますが「人」ではないということです。
そのため、これらを「廃棄」しても「何も感じません」
しかし、
一旦受精し胎児になると「人」として扱うようになります。

植物で言えば、精子や卵子はおしべとめしべの花粉のような存在なのです。
花粉自体も「命」を持っていますが「植物」ではないのです。

人になるか植物になるかは、それらの源である精子や卵子や花粉に含まれる遺伝子で決定することになります。

興味深いことに、受精、あるいは、受粉すると、その時点からの寿命が決まってしまうという点です。
受精、受粉以前に冷凍保存するか、植物の種であれば乾燥状態で保存すれば、場合のよっては「永久」に保存が可能で条件さえ整えば「命の源に成り得る」ということです。
つまり、
解凍し受精させれば、100年後、1000年後でも人が誕生するということです。

自然界の鉱物には「命」がないため「活動」しませんが、存在自体は永久に存在します。
ただし、限界を超える熱と圧力が加わると分子が分化し別の物質に変化するということはあります。

同じように、精子や卵子や花粉や種や菌なども、熱や圧力を加えると「死んでしまいます」

「生命」は基本的に、酸素と光と熱が必要です。
更に、これに「水を含めた栄養素」が加わり「正常な形が形成(成長)」されて行くことになります。

 

最近気が付いたことがあります。

それは、植物は寒いだけでは死なないということです。

植物が死ぬのは熱を加えた時か水分が「不足しているか、ない時」です。

これに、病気(細菌に感染)に掛かると生きた状態で葉が腐ったり黄色くなったりします。

更には、虫などによる食害です。

話しは変わりますが、
野生動物でも柿や桃やリンゴなどそのままでも食べられるものは食べますが、サツマイモやジャガイモのように熱を加えないと食べられないものは食べません。
食べるのは「虫」だけであり、時には「細菌」が蝕むこともあります、つまり、病気になることはあります。

また、面白いことに、「カビ菌」も湿気のある甘くて美味しいもので増殖しやすいものです。
カビ菌は冷凍庫では増えませんが冷蔵庫(5℃位)では増えます。
菌は物質の性質を変える力があります。
例えば、麹菌は糖分を作り、酵母菌はアルコールを作ります。
人間はこうした菌の働きを活用し、チーズ、ヨーグルト、様々な漬物、お酒、味噌、醤油、納豆、みりんなどの発酵食品を作っています。
発酵食品はすべてではありませんが健康に良いとされ多くの人が毎日食べています。

更に、いわゆる薬味という苦味、辛みなどの強いものでも菌は繁殖しにくいものです。

一般的に味を決める要素は、
基本五味(甘味、塩味、酸味、苦味、旨味)と、香り、食感、温度、見た目などであり、さらには食べる人の生理的・心理的要因や環境的要因が複雑に絡み合って「おいしさ」が決定されますとAIは答えてくれました。
完璧な答えのように思いますが、
私の考えは少し違います
苦味、塩味、甘味、辛味、酸味、これらにうまみ成分である「旨味」が加わり様々なものに調理されて行くものと考えています。
更に、焼く、煮る、蒸す、発酵させるなどに加えて、冷やす、温める、乾燥させる(干す)、水につける、凍らせる、煮詰めるなどが加わるものです。

こうして考えて見ると、ラーメンや様々な鍋物は異質な食べ物のように思えます。
味だでけではなく煮込まれることで油や食材が様々な味わいを醸し出すからです。

話を戻しますと
「命」と「人あるいは成長した生き物」に境界があると考えることは自然なことのように思えます。
それは、精子や卵子を廃棄しても「何も感じない」のに対して、受精卵が成長し胎児になると「人」と見なし、堕胎や誕生した子供や成長した人を殺すことを殺人として「罪」に問われるからです。

 

これも最近分かったことですが、

研究者の間では受精後14日ルールというのがあって、それまでは受精しても「人」とは見なさないという考えです。

この14日目に受精卵に何が起こるかと言えば、一個になった細胞が分裂を繰り返していますが、この14日目に胎盤の元になる細胞と人体の元になる胚細胞が形成されるということです。

これ以後、この細胞は「人」と見なすという考えです。

一方で、同じ「命」でありながら殺しても「何も感じない」こともあります。
それは、昆虫や植物などです。
さすがに動物では「何も感じない」という人は殆どいません。

人間の体を構成している「細胞」も命を持ち生きています。
しかし、肢体の一部分を失っても人や動物は生き続けられます。
つまり、
人の場合、命という時には、生きること人間としての活動のことを言っているのであって、肢体のことを言っている訳でなないと言うことです。
肢体そのものには何の意識も思考も感情もありません。

人間は腕を失っても脚を失っても生きて行けます。
この場合、人は死んだとは言いません。
残りの部分で人間としての活動が出来ているからです。

すると、命と「人としての活動」とは直結しているという考えに至ることになります。
活動しない人間は死んだものだという考えです。
人間は閉じ込められたり閉じこもったりすると「死んだも同然だ」という言い方をすることがあります。

しかし、凍結した精子や卵子は死んでいる訳ではありません。
条件さえ整えば人間と成り得る可能性も持ったものということです。
それでも、精子や卵子を命とは考えますが人間とはみなしません。

種は休眠状態、精子や卵子は「凍結させられている」つまり活動出来ない状態にさせられている、させているので活動していないという意味で人でも植物でもないということになります。
しかし、死んでいる訳でもないということです。

例えば、臓器移植を考えた場合、その臓器は死んではいないので移植が出来ます。
人間の細胞の一つひとつも生きてはいますがそれ自体に人格がある訳ではありません。
人格は集合体である人間だけが持っているものです。
であれば、この人格という存在は一体どこから生まれて来たのでしょうか。
少なくとも精子や卵子が受精したことによる「命」から生まれたものではないことは確かです。
約60兆個の細胞(最近では40兆個に変わりましたが)の集合体が人間を形成し、その集合体にだけ「一つの人格」が存在するということです。
一つひとつの細胞や臓器に存在している訳ではないということは明白です。

様々なものに「命」は存在していることも明白です。
しかし、そのすべてが「人格ある存在」という訳ではないことも明らかです。
この「命」は活動しているかどうかで生死を判別することが出来ます。
ただし、休眠や強制凍結などは「生きている状態」と見なせるということです。

精子も卵子も種も何もしなければ、直ぐに死んで、いわば、土に還ります。
これらの命も元になる存在から受け継いだものです。

人間では脳が形成されると、いわゆる精神という「目には見えない存在」が、丁度コイルに電流を流すと磁界が生じるように「生じる」ようになります。
この見えない存在を「霊」とも言います。
ですから、人が死ねばこの「霊」は消えてしまうのです。
丁度コイルに電流が流れなくなると磁界が消えてしまうように。

すべての生き物は細胞分裂によって「新たな命が受け継がれる」ことになります。
人間の場合、およそ60兆個の様々な細胞の中に命が存在していることになります。
人間としては一人の命と考えがちですがそうではなく、多くの命の集合体であるということです。
そしてそれぞれの細胞が互いを支え合って命を維持しているのです。
しかも、細胞は新陳代謝によって常に新しい細胞を生み出し古い細胞は死んでいくという「命の継承」が行われています。

人間はこの細胞レベルの命を殆ど意識しません。
意識するのは精神(思考)と感情(感覚)です。
これらは「磁気」のような存在ですが、磁気が大きな働きをするように精神と感情も肉体に影響を与えます。
これは、「磁気」が他のコイルに「電流」を発生させる「電磁誘導」のようなものです。
ただし、人間の場合は一人の体内でこうした現象が起きるのです。
更には、言葉によって他の人にも作用させることが出来ます。

実際、脳がコイルのようであることは「外部から電磁波を脳に照射」すると脳の働きに影響があることで分かっています。

地球上のあらゆる生物の土台としてあるのは「命」です。
様々な生き物はその「命」を土台として様々な形態に成長し、あるものは人や動物になり、あるものは家畜や魚や植物になり、あるものは細菌や菌類になるのです。
そして、それらが成長することで、あるものは他者の食物となるような「仕組みを創られたのは創造者である神」なのです。

ですから、人は家畜を食べても「おぞましいとか気後れする」ような感情を抱かず「美味しく食べる」ことが出来るのです。

ところが、世界では「命」という点を余りにも重視し過ぎて「過度の動物保護や自然環境保護」を訴える人々がいるのです。
そのような人たちも毎日「何らかの命」を食べて生きているのです。
大いなる矛盾です。

人の命と動物の命に違いはないのです。
違いがあるとすれば、DNAによる体の形成であり、決定的なものは脳の違いです。
上に述べたように、脳が形成され活動すると「精神」が生じ、これが獣との大きな違いを生み出しているのです。
実際、人の命も「虫けら同然」なのです。
ですから、人が死んでも牛や豚の死と何ら変わりはないのです。
ハエや蚊を殺しても何とも思わないように、人が死ぬことも「当然」なことなのです。
悲しむべき理由はないのですが、人には他の動物以上の精神、神に似た性質を持っていますから、人の死を悲しむのは「観念」によるものです。
人間はこの観念を重要視し過ぎているのです。
私は家族や親せきなどの肉親が亡くなっても涙は出ませんでした。
まるで感情がフリーズしたようになっていました。
しかし、人の真心など琴線に触れると涙が溢れ出ることがあります。
自然に肉体が反応する感情を抑えられないのです。

人の死に対しては涙も出ないのに、人の琴線に触れると感動するのは、人は動物としてではなく「神の像に似た」精神(観念の)を持つ特別な生き物だからなのです。

26 次いで神は言われた,「わたしたちの像に,わたしたちと似た様に人を造り,彼らに海の魚と天の飛ぶ生き物と家畜と全地と地の上を動くあらゆる動く生き物を服従させよう」。
27 そうして神は人をご自分の像に創造してゆき,神の像にこれを創造された。男性と女性にこれを創造された。
28 さらに,神は彼らを祝福し,神は彼らに言われた,「子を生んで多くなり,地に満ちて,それを従わせよ。そして,海の魚と天の飛ぶ生き物と地の上を動くあらゆる生き物を服従させよ」。
29 次いで神は言われた,「さあ,わたしは,全地の表にあって種を結ぶすべての草木と,種を結ぶ木の実のあるあらゆる木をあなた方に与えた。あなた方のためにそれが食物となるように。
30 そして,地のあらゆる野獣と,天のあらゆる飛ぶ生き物と,地の上を動き,その内に魂としての命を持つすべてのものに,あらゆる緑の草木を食物として与えた」。そしてそのようになった。-創世記1:26-30
 
ノアの大洪水後には肉を食べることも付け加えられました。
創世記9章
次いで神はノアとその息子たちを祝福してこう言われた。「子を生んで多くなり,地に満ちよ。
2 そして,あなた方に対する恐れ,またあなた方に対するおののきは,地のあらゆる生き物と天のあらゆる飛ぶ生き物,地面を動くあらゆるもの,また海のすべての魚に引き続きとどまるであろう。それらは今あなた方の手に与えられる。

3 生きている動く生き物はすべてあなた方のための食物としてよい。緑の草木の場合のように,わたしはそれを皆あなた方に確かに与える
4ただし,その魂つまりその血を伴う肉を食べてはならない。
(これは、魂つまり肉は食べて良いが、その生き物を生かしていた「血」を食べてはならないと言って

 いるのです。
 後の個所で、血は命であると述べて、命は血によって支えられていることが示されています。 

 そして、その命は神が与えたものです。
 つまり、命は神のものなのです。
 それゆえ、命や血は神聖なものと言われています。
 神聖なものとは、それは神のものであり汚しても犯してもならないものなのです)

5 さらにわたしは,あなた方の魂の血の返済を求める。すべての生き物の手からわたしはその返済を求める。人の手から,その兄弟である各人の手から,わたしは人の魂の返済を求める。
6 だれでも人の血を流す者は,人によって自分の血を流される。神は自分の像に人を造ったからである。(人によって自分の血を流されるとは、殺されるということを意味しています。 つまり、神は復讐と

 して殺人者を殺しても良いと言っているのです)

7 そしてあなた方は,子を生んで多くなり,地に群がってそこに多くなれ」。
8 さらに神はノアおよび共にいるその息子たちにこう言われた。
9 「そしてわたしはいま,あなた方およびあなた方の後の子孫に対してわたしの契約を立てる
10 また,あなた方と共にいるすべての生きた魂に対しても。鳥,獣,あなた方と共にいる地のすべての生き物,箱船を出るすべてのものから地のあらゆる生き物にいたるまで。
11 まことにわたしはあなた方に対して自分の契約を立てる。すなわち,もはやすべての肉なるものが大洪水の水によって断たれることはない。もはや大洪水が起きて地を滅ぼすことはない」。
12 加えて神はこう言われた。「これは,わたしとあなた方およびあなた方と共にいるあらゆる生きた魂との間に,わたしが代々定めのない時に至るまで与える契約のしるしである。
13わたしの虹を,わたしは雲の中に確かに与える。それはわたしと地との間の契約のしるしとなるのである。
14 そして,わたしが地の上に雲を起こすと,そのとき虹が必ず雲の中に現われるようになるであろう。
15 そしてわたしは必ず,わたしとあなた方およびすべての肉なるもののうちのあらゆる生きた魂との間の自分の契約を思い出す。もはや水が大洪水となってすべての肉なるものを滅ぼすことはない。
16 それで,虹が雲の中に生じることになる。わたしは必ずそれを見て,神と地にいるすべての肉なるもののうちのあらゆる生きた魂との間の,定めのない時に至る契約を思い出すであろう」。
17 そして神は繰り返してノアに言われた,「これは,わたしと地にいるすべての肉なるものとの間にわたしが確かに立てる契約のしるしである」。創世記9:1-17

今社会で問題になっている事柄の多くは「神に似た精神(観念)」から生じています。
様々なハラスメント、犯罪、事故、災害被害対する感情や思いなどなど。
こうした事柄の逆、満足、平和、快楽、幸福感なども同じです。

人間は神の像に似せて造られているので、神の考えや特質を学びそれを身に付けるようにすべきなのです。

人間には二通りの生き方があるように思えます。
一つは人生の意義を追求する生き方ともう一つは難しいことは考えずに思うがまま自然のあるが儘に楽しく自分のやりたいように生きる生き方です。
前者は哲学的であり宗教的な追及になって行く人になり、後者は人間のあるが儘の欲望や快楽を追求し、なぜ生まれて来たのかなどと言うことは全く考えずに美味しいものは美味しいと思い楽しいことを楽しいと思い人生を表面的にしか見ないような人になるのです。

勿論、これは極端な場合ですので、これらが混在した考えや思いを持つ人が殆どです。

そうではあっても、人は苦しい時にはそこから抜け出すことを必死に考え、苦労が続くと自分はなぜ生まれて来たのかと疑問を抱くものです。

実は苦労というものは「自分が作り出している」と言えるのです。
つまり、自分の対応次第では物事は苦労せずに上手く行くことが多いからです。
上手く行かないのは自分の思いや考えと周囲の環境や常識などと一致しないからなのです。
自分が変われば周囲も変わり人生も変わるのです。

なぜ人間はこうしたことを考えるようになったのかと言えば、
文明も発達していなかった大昔の人々の生き方は極めて単純でした。
それはとにかく食べ物を摂りに行くか作物を作ることが主要なことであり、娯楽や遊びなどはなかったのです。
加えて、別の地域の人々との争いを避けるために周囲に柵を巡らせたり家族の家を作ったりやることが多かったのです。
別の生き方をする選択肢はなかったのです。
ところが、現代は文明が発達し人生も多様化したので、人生の選択肢が余りにも多すぎて人々は自分が何に向いているかなどが分からなくなってしまったのです。
加えて、競争に勝つ必要があり、ある程度以上の収入がないと生活が出来ません。
また、娯楽も趣味も沢山あり休日などに思いっきり遊びたいなどと思うものです。
こうしたことをすべて真面目に考えると思考が混乱し自分が何を望んでいるかさえ分からなくなってしまうこともあります。

初めから、つまり、幼い時から人生はこのように生きるべきだと教え続けられれば、考えるよりは教えられた通りに生きることを目標とするものです。
問題や苦しみが無ければ、その生き方を何の疑問も抱かず続けることになります。

善いか悪いかを別にして考えれば、いろいろ考え苦しむよりはこうした人生の方が幸せではないかと思います。
こうした生き方はある意味、初めから生き方が決められている動物のような生き方です。

 

野性の動物たちは食べることと子孫を残す以外のことは考えないものです。
既に本能は与えられておりそれから外れた生き方は出来ません。
だらかといって彼らが不幸だと思っているかと言えばそういうことすら考えないのです。
生まれて来たからには死ぬまで本能的に生き続けるだけなのです。
人間や他の動物に殺されても恨みに思うようなことはないのです。

 

しかし、人間は殺されると誰かを恨むものです。
命は体の中に存在しエネルギーのような働きをしていますが命自体には意識も人格もありません。
脳の中の「雲のような存在である意識」が命を認識し、また、実感しているだけなのです。
人が生きるとは、意識として考えて活動することを意味しています。
それを支えているのが60兆個もの細胞内に存在している命ですが、その細胞が日々新陳代謝によって生死を繰り返し、また、命を継承していることを知っていますが殆どの人は余りこうしたことは考えないものです。

取り留めのない話になってしまいましたが、命と生きるは別次元のものであることは明らかです。
人間として重要なことは、人格の評価です。
それはどのように生きるか、活動するかによります。
命は人間の活動を支える存在、エネルギー源です。
その細胞は、水と酸素と栄養によって支えられています。

人間が命を考える時、実際には「生き方、生きる」を言っているのです。
これらは一体のものであるため、分けて考えることは難しいかも知れませんが、人の価値という観点から見れば命そのものはそれ程重要なものであはありません。
どのように生きるか、ある人は、これを、どのように命を用いるかという言い方とします。
これらを決定しているのが脳による現象、目には見えない精神的な存在つまり霊なのです。
そして、命そのものも目には見えない存在です。
これらは存在自体はハッキリしており確認も出来ますが見ることは出来ないのです。

同じように、神の存在も「人間は見ることは出来ません」がその存在自体はハッキリしているのです。
天地人をつぶさに見れば明らかです。

啓示21章
それからわたしは,新しい天と新しい地を見た。以前の天と以前の地は過ぎ去っており,海はもはやない
2 また,聖なる都市,新しいエルサレムが,天から,神のもとから下って来るのを,そして自分の夫のために飾った花嫁のように支度を整えたのを見た。
3 それと共に,わたしはみ座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ! 神の天幕が人と共にあり,[神]は彼らと共に住み,彼らはその民となるであろう。そして神みずから彼らと共におられるであろう。
4 また[神]は彼らの目からすべての涙をぬぐい去ってくださり,もはや死はなく,嘆きも叫びも苦痛ももはやない。以前のものは過ぎ去ったのである」。

これは既に天においてその成就が起きたか、起きようとしています。

啓示22章
また彼は,水晶のように澄みきった命の水の川をわたしに見せてくれた。それは神と子羊とのみ座から出て,
2 その大通りの中央を流れていた。そして,川のこちら側と向こう側には,月ごとに実を生じ,実を十二回生み出す,命の木が[あった]。そして,その木の葉は諸国民をいやすためのもの[であった]。

この命の木とその木の葉は天では不要のものです。
つまり、
地上で生きている人が、生き続けるために必要なものなのです。
これは、おそらくは、人間の老化や病気などを定期的に取り除く必要があることを示しています。
丁度、人間の体の中で毎日新陳代謝が行われているように。
つまり、この時点、天地からすべての悪が無くなった後になっても人間の肉体の状態はおそらく全く同じだと思われます。
そうでなければ、命の木もその木の葉も必要ではないからです。

ものみの塔は。いわゆる、病気も死も苦しみもない状態を完全な人間と見なして、それが人類の目標であるとも述べていますが、
病気も死も無くなるのは、この命の木から実を食べ、その木の葉で体を癒すからなのです。
もし、この木から実を食べなければ「死んでしまう」のです。
あなたはこれを理解していましたか?

+++++++++++++++++++
現代人は自由に、自分のしたいように生きるという欲というか願望を抱いています。
現実にはこうした生き方は簡単ではありません。
なぜなら、
生きるにはそれ相当の資力が必要であり、大抵はこの資力を得るために多くの時間を要するからです。
敢えて言うなら、定年後年金だけで生活が出来るようになれば、自由に、自分のしたいように生きることが現実となります。
それまでは、余程親が財産を持っていなければ難しいことです。

しかし人はこうした生き方をする人だけではないことも明らかです。

人はある使命を受けて生きる場合もあるということです。
その使命を果たすためだけに命を費やすのです。
その使命は誰か他の人、尊敬する誰かから言われて行うか、代々の親からの命令で行うかである場合が多いと思います。
希に、自分でその使命に気付きそれを生涯の目標とする人もいます。

例えば、日本被団協に属する多くの人々は原爆の廃絶、原爆の被害の実態を知らせることなどに人生の大半を費やしています。

他にも日本の伝統芸能の継承者や、中には政治に命を捧げる人もいるかも知れません。
使命ではありませんが、スポーツなどに一時的に熱中する人もいます。

人は短期的には漫然と生きている人は多いものですが、長期的な目標や使命を抱いている人は少ないのです。

+++++++++++++++++++

どのように生きるかという点に関して、
ものみの塔はいわばきれいごとだけを言って、その実、真の信仰とは掛け離れてことをしています。
実際、会衆内で行われていることは「私には信仰の集会ではなく、単なる見せかけの集まり」であると。

パウロが宣教した時代ですらそのような者たちが多かったのです。
であれば、現代では猶(なお)の事です。

信仰に生きるとはものみの塔の信者のような生き方ではありません。
彼らの生き方は「見せかけ」に過ぎません。

真に信仰に生きるとは生死を超越したところにあるものなのです。
これを理解せず、ただいたずらに、あれはダメこうしなければならないと言っているだけでは信仰の指導者としてのものみの塔は「失格」です。
また、ものみの塔の教えに従っている信者も信仰に生きて真の信仰を実践していないことは明らかです。

イエスは書士やパリサイ人の言うことは何でも行いなさいと言い、しかし、その行いに倣ってはならないと言われました。

ものみの塔の信者はイエスのこの言葉をどのように捉えているのでしょうか。
ものみの塔の信者はものみの塔に倣っていることも明らかです。
彼らの精神は口で言わなくても伝わるものです。
つまり、
ものみの塔とものみの塔の信者は、イエスに退けられた書士やパリサイ人と同じことをしているのです。

これを理解しない信者は「愚かな者」と言われ、裁きを身に受けることになるのです。
あなたはこれを理解し真の信仰を実践していますか?
もしかすると、「信仰のない者よりも悪いこと」をしているのではありませんか。
つまり、悪いと知っていて悪を行っているのではありませんか。
神とキリストはこのような者には厳しいのです。
それを知っていて悪を行っているのです。
厳しい裁きが待っていることは確実です。
今からでも遅くはありません、ものみの塔の信者は「悔い改める」べきです。
そうしなければ「裁かれる」のです。
私は現代の「バプテストのヨハネ」ではありませんが、そのような人になりたいと思っています。

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
このブログは、人々に対する「警告」でもあります。

その根拠の多くは「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた
-啓示11:14-19 
(地を破滅させている者たちとは、地球温暖化や環境破壊など「自然破壊」をさせている人々の事
 だけではありません。
 人々の暮らしを破壊している政治、経済、金融、犯罪、人々の欲望や野心など人間活動における
 すべての「悪」も含まれていることは明らかです。)

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません。
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章
10 終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
-エフェソス6:11-18 

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません。
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません。
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7 

ガラテア6章  7 惑わされてはなりません神は侮られるような方ではありません何であれ,人は自分のまいているもの,それをまた刈り取ることになるのです。8 自分の肉のためにまいている者は自分の肉から腐敗を刈り取り,霊のためにまいている者は霊から永遠の命を刈り取ることになるからです。9 それで,りっぱなことを行なう点であきらめないようにしましょううみ疲れてしまわないなら,しかるべき時節に刈り取ることになるからです。-ガラテア6:7-9 

今回は、長生きをするための秘訣という話です。

人は誰しも健康で大きな問題を抱えていなければ長生きをしたいと思うものです。
そして、人生を楽しみたいとも思うものです。
誰しもが苦しくて辛い人生を送りたくないとも思っています。

 

長寿の人を見ていると長生きをする生活のスタイルが共通しているように思います。
それは、生活が質素であること、健康であること、問題がないこと、お金に困っていないこと、
食べ物もご飯にみそ汁にお新香などが中心で魚や肉などを余り食べない
など体内のエネルギー循環が順調になるように体を作っていること、中には、肉を食べることが長寿の秘訣だと言う人もいますが、その人は体が肉を食べることで体内のエネルギー循環が順調になるように自分で作って来たのです。

最近はサプリメントを摂取することで体の不調を整えようとする人が多いですが、サプリメントを摂取する時点で既に体が健康ではないということを示しています。

それでも、肉体の衰えは必ず生じます
年を取って高血圧の人は長生きをしません
体のいろんなところに負担をかけているからです。

長寿の人の体の特徴血管が太いことも挙げられます。
これによって血液循環がとても良いのです。

美味しいものを好きなだけ食べることは健康に悪いことは誰でも知っています。
しかし、多くの人はそれを求めていることは確かです。
また、
仕事や娯楽やスポーツや趣味などに熱中する人もいます。
こうしたことも時に体を不調にする原因ともなります。

結論を例えれば、
軽自動車で低燃費で[同じガソリンの量]でも長く走ることに似ています
スポーツカーでハイオクを入れ猛スピードで走ったら直ぐにガソリンは無くなってしまいます。
F1のレーシングカーが良い例です。
つまり、時間が問題だという点です。
太く短く生きるか細く長く生きるかの違いです。

人間も成長期を過ぎたら生活スタイルを質素で安定なものにする必要があります。
ところが、そうした時期は非常に活発な時期でもありいろんなことをするものです。
それはある意味、自分の欲求や自己満足を満たすためでもあります。

しかし、こうしたことを続けることは体を壊す原因ともなり、また、先に述べた長寿のための体とはかけ離れたものとなります。

人間の体は、いや、すべての動物は複雑ではありますが精巧に出来ています
どんな人間でも病気になるまでには「時間が掛かる」ものです。
風邪や感染症のように「発症が早い病気」もありますが、ガン、心筋梗塞、脳卒中などは早くて3か月遅ければ数年~十数年ということもあります。
血管の病気はコレステロールの石灰化などで発症する場合が多く長い時間が掛かり、しかも、自覚症状は全くないのです。
脳卒中も同じです。
ガンの場合も初期段階では自覚症状がなく、時間が経って「なんか少し変だ」という自覚があっても病院で検査することは余りないものです。
それが体調不良になって病院に行くと病気がかなり進行している場合が多く、場合によっては手遅れとなる場合もあります。
つまり、人は少しぐらいの体調不良は我慢してしまうか、周囲に「その位で」などと言われることもあるのです。
そのため、病気がどんどん進んでしまうのです。

人は時として、物事を軽く見て「後で大事になる」ことは良くあることなのです。
病気と同じで初期段階を見過ごしてしまうことが多いのです。

人生はいわば「真剣勝負」で「気を抜けない」のです。
ちょっとした事が大事になるからです。

例えば、宮本武蔵剣の勝負では一度も負けませんでした。
しかし、彼の兵法、つまり、生き方に関する考えを読むと「24時間隙が無い」状態です。
それ程「張り詰めた人生」を送って来たのです。
そのためか62歳で亡くなっています。
心身共に鍛えた割には早死にと言えます。

 

武蔵の場合は戦いですからこうなのですが、人が長生きをするために「油断しない」ことは「張り詰めた状態」とは異なるものです。
むしろ、ゆったりとした気持ちで急がず、慌てず、怒らず、他の人と比べず、それでいて危険なことに関しては「注意深く」あるように心がけるものです。
特に、人間関係においては必須です。

誰かと人間関係が悪くなるのは病気になるより辛い」ものです。
この精神的苦痛は寿命を縮めると言っても過言ではありません。
この苦痛は肉体的にも相当エネルギーを消費するのです。

理想は空気の良い田舎で自給自足をしながら質素な生活をすることです。
人と余り関わらないことです。
そうすれば感染症にも掛かる可能性は極めて低いものとなります。
丁度、世界中がスペイン風邪に掛かって5,000万人から1億人が死んだと言われていますが、アメリカ領サモアではスペイン風邪で死んだ人は一人もいなかったと言われています。
その理由はその島の知事が外部からの封鎖を行い隔離政策を取ったからでした。

田舎暮らしでは同じことが起こり得るのです。
ちなみに、町の中に住んでいてもコロナやインフルエンザに全く感染しない人もいます。
私たち夫婦がそうです。
奇跡的です。
両方ともワクチンを一度も打っていません
むしろ、打たなかったので感染しなかったとさえ思っています。
体に余分なものを入れたくなかったのです。
私たち夫婦は20代から一度もワクチンなどは接種したことはありません
勿論、風邪などに罹ったことはありますが、未だに大病はしていません
私も妻も20代前半の時に入院手術をしたことがあるくらいです。
妻は腫瘍でしたが私はおできのようなものでした。
しかし、それ以降は70を超えたこの年になるまで入院も手術も全くありません

私たち夫婦のことはどうでもいいことですが、健康に気を配ることは大事なことです。
健康に気を配るとは、定期的に健康診断を受けるとか青汁やサプリメントを摂取するとか適度な運動をするとかということではなく
特に食事を質素なものにするとか他人と問題を起こさないとか怒らないとか欲を持たず平穏な生活を続けることに十分気を配ることです。
たまには美味しいものを食べたいと思う時もあるでしょうし、お酒も飲みたいと思う時もあるでしょう。
一時なら暴飲暴食でない限り問題はありません。
肉体に負担をかけるスポーツなどではないレクレーションも全く問題ありません。
例えば、ディズニーランドなどに行くことがあるかも知れません。
しかし、楽しかった反面心身共にもの凄く疲れた経験があると思います
こうしたことは不健全な娯楽です。
例え、楽しいことでも、いわゆる「宴の後」状態ではダメなのです
こうしたことも健康を大いに害するものとなるからです。

人生が苦しく大変なので、時には「羽目を外したい」と思う気持ちは理解出来ます。
しかし、それが常態化するのも「人の常」なのです。
更に言えば、「羽目を外したい」と思うような仕事や生き方ではダメなのです

結論を言えば今の世の中の人々の生き方の殆どが「不健全」なものであるということです。
これは、僧職者のような人であってもです。

誰でも長生きを望むものですが、宗教や信仰を実践している人たち「長寿」を余り考えてはいないものです。
仏教では輪廻転生という概念があり、つまり、「肉体は死んでも魂は生き続ける」と考えています。
キリスト教の信者であるクリスチャンも「死んだら天国へ行く」と考えています。

ものみの塔の信者のように「信仰に生きている人々」は、「今の命ではなく、将来の命」に希望を抱いています。
このような人々は、必ずしも長寿を望んでいる訳ではなく、むしろ、生き方に注意を払っているものです。
そのため、ものみの塔の信者の生き方、生活スタイルは「」なものと言えるかも知れません。
それは、世のことに関わらないように避けながら生活をしているからです。
周囲に誰もいない場所か家の中などの空間なら安心していられるかもしれませんが、それ以外の場所では常に世の事柄に注意を払っているからです。
ある意味、良く言えば注意深く、悪く言えば怯えて生活しているようなものです。

本当の信仰とはそのようなものではありません。
物事に対して「毅然とした態度」で接しているものです。
イエスがユダヤ人社会の中で批判されたり冒涜されたりしましたが「常に毅然とした態度で接していました」
パウロの場合はイエスとは違った形で毅然としていました。
イエスの場合は多くの使命がありましたが、パウロの場合は神の崇拝者(イエスの弟子にすることとその彼らを教え又彼らの間違いを正すこと)を作ることと宣べ伝えることが使命だったのです。
イエスもイエスの弟子たちも「地上で長生き」することを考えてはいなかったと思いますし、実際、ヨハネを除き皆迫害などで早くに亡くなっています。
彼らは、天の王国でイエスと共になり「永遠の命」を得ることが目標だったからです。

しかし、現代の私たちにはそのような希望はありません
現代の私たちの目の前にある希望は地上で長く生きることです。

信仰心を抱いている人には、ただその教えに共感するから、その教えが良いからというだけでその宗教の教えを実践している人は少ないものです。
大抵は、何らかの希望や願いを持っているので、その礎として信仰心を培っている人が殆どなのではありませんか。

特に、宗教や信仰に拘らない生き方をしている人々にとっては長寿は願望です。
大抵、このような人々は自分の望む生き方を追求しているものです。
そのため、健康に留意していても健康な生き方をしていないものです。
つまり、間違った考えで健康を維持しようとしているのです。
そのため、現実に、そのような人たちでさえ長寿ではありません。

現代は、普通に、自分の好きなように生きても80歳ぐらいまでは生きている人が多いものです。
85歳を超え90歳、100歳、110歳となると、やはり、普通の生活では不可能です。

勿論、遺伝的な体質もありますが、問題がなければ85歳ぐらいまでは生きられます。

また、有害な化学物質を体内に溜め込んでいる場合もあります。
おそらく、現代の若者たちは70代80代の人たちよりも「多くの化学物質を体内に溜め込んでいます」
それで、亡くなる人も少なくありません。
こうした人々には、上で述べたような「長生きの秘訣」は「通用しません」
病気なので「治療」をする必要があるからです。

しかし、多くの人々は、医療関係者たちも「こうしたことを自覚していません」
実際、症状が出るまで手の打ちようがないのです。

従って、
若者たちが出来ることは、
1 食べ物に含まれている化学物質に注意を払うこと。
 なるべく自然のものを自然のまま食べること。

2 人工的なあらゆる物の表面には有害な化学物質が付着している場合があります。
 手や空気を介して体内に取り入れてしまう場合もあります。
 手を洗うか外では手袋をすること。
 常に家の外ではマスクをすること。 

3 水道水に有害な物質が入っている場合があるので、水道水はそのままでは飲まないこと。
 煮沸し湯冷ましを作りそれを飲むこと。
 浄化装置を付け有害な物質を除去した水を飲むこと、料理に使用すること。
 もしかすると、入浴した時お風呂の水から皮膚を通して体内に取り入れてしまうこともあるかも知れ  
 ません。 
 いずれにしろ、いわゆる健康基準を満たしているので「問題ない」とされていますが、
 どんなに微弱でもゼロではないので、長年取り続けると体内に蓄積される量は健康被害の原因とも 
 なることは必至です。

4 他人に敬意を払い、有名スポーツ選手に憧れた生活をするのではなく、静かに質素に暮らすことで 
 す。
  貧乏になれと言っているのではありません。
  生活スタイルを質素なものにすることです。
 自己満足、自己欲求を追求した生き方をしないこと。
 なるべく、常識程度の自然体で生きるよう努力すること。
 スポーツジムに通って体を鍛えたりしても、三日休むと体は元に戻ると言われているので効果は長続 
 きしません。
 過度なダイエットをして不健康に「痩せない」こと。
  体には適度の脂肪は必要なのです。
 美容に過度なお金を使わないこと。
  極端に言えば、毎日、あるいは、適度に1日数回水で丁寧に顔を洗うだけで十分肌を整えられま
  す。
  自分の皮脂が自分に最も適して美容液なのです。
  丁寧に洗わないとニキビが出来てしまうので注意は必要です。
 他人と張り合わないこと。
  無益なことです。
  多くの害を生み出すからです。
 趣味や娯楽に費やす時間を「ボー」としてゆっくりする時間にすること。
  テレビやネットに気を取られないこと。
 見ないことがベストですがそれでは社会の情報が全く入らないので見るならニュース程度にするこ 
 と。

 こうしたことでは他の人に「負ける」と思うかも知れませんが、現実はそうではありません。
 むしろ、生活にゆとりを持つことが出来、何が善で何が悪かを知る機会となるのです。
 決してつまらない人生にはなりません。
 むしろ、人間として豊かな人になれるのです。

5 あれをしたい、これをしたいなどと誰しもが思うことですが、それをした結果を考えることです。
 単なる自己満足か欲望を満たすことだけであれば、それは自分にとっては満足かも知れませんが自他
 共に有害である
ことが多いのです。

 

6 最後に、スマホ依存を止めることです。
 1日中スマホを見ているのは健全ではありません。
 必要だとしても長時間見続けないことです。

こうしたことを10代から40代くらいまでの若者たちがどのように考え、思うかは人それぞれですが、
あなたの生活スタイルがあなたの健康だけではなくあなたの人生も決めるのです。
こうした点を良く考えることは「自分の益」となります。

+++++++++++++++++++ 
追記
私は70歳を超えていますが、毎日のように畑で肉体労働をしています。
休むのは雨の日と体がかなり疲れた時ぐらいです。
疲れていても畑に行き作業をしていると痛みは忘れます。
なので、体を酷使しがちになってしまいます。
普通にすることをしているだけで、この年になると重労働なのです。
無理はしているつもりはありませんが、するべきことをやり遂げたいという思いはあります。
それでも無理をしないのは、限界だと思うと途中でも止め翌日に持ち越すこともあります。

このような日々ですが、最近気が付いたことがあります。
それは病気に関してです。
おそらく、普通の健康(病気を認識していないだけかも知れませんが)な人は、体のある部分に病気を発症しても、他の部分がそれをカバーし病気が表に出なくしている場合があるのではないかという考えです。
そのため、多くの人は自分の病気に気が付かないのです。

一方、私のように体を酷使している人では、このカバーするということが出来ませんから、体にどこか悪いところがあると「真っ先にその症状が現れる」のです。

ちなみに、私は日々全身が痛いです。
これは病気ではなく、いわゆる筋肉疲労などです。
足、脚、腰、手、手首、腕、肘、肩などの痛みに加え、体が疲れると「足、脚(ふくらはぎ)、内転筋」などが「引き攣り=痙攣」が起こる体質なのです。
これは小学生の時からです。
中年の時には殆ど出ませんでしたが高齢になって再び出るようになり、寝ている時に出るので「飛び起きます」
しばらく、歩くことで収まります。
最近、日本酒を飲むと少しは出にくくなることも分かりましたので、危ないと思った時には日本酒を1合だけ飲んで寝ることもあります。
もう一つは、リクライニング椅子で寝ても「引き攣りは起きません」
寝心地は悪いですが緊急避難としてこの椅子で寝ることもあります。

これらに加え、

筋力は衰え、視力も低下し、記憶力も低下し認知症予備軍になっているかも知れないとさえ思っています。 

 

話を戻しますと、体を酷使していると体に余裕がないのです。
そのため、どこか悪くなると「直ぐに症状として現れる」のです。
これは、病気にならないためには「重要な要素」です。
多くの人は健康なので病気になっても体がカバーしてくれるので、発症や自覚は遅くなってしまいます。

昔から、肉体労働者に長生きをする人が多いと言います。
単に、体を動かしているというだけではないのです。

しかし、
肉体労働者にありがちなのが過度な飲酒」「無理をすること」「ケガ」などにより寿命を縮めている人が多いものです。
肉体労働者も生活スタイルを適性なものにすればきっと長生きをすると思います
以上です。

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
このブログは、人々に対する「警告」でもあります。

その根拠の多くは「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた
-啓示11:14-19 
地を破滅させている者たちとは、地球温暖化や環境破壊など「自然破壊」をさせている人々の事 だけではありません。 人々の暮らしを破壊している政治、経済、金融、犯罪、人々の欲望や野心など人間活動における すべての「悪」も含まれていることは明らかです。)
テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章
10 終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
-エフェソス6:11-18 

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません。
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7   

今回は、トランプによる和平交渉は世界に平和をもたらすかという話です。

少し前までは、世界は平和を殆ど意識しない程安定し人々は仕事や娯楽に集中していたように思います。
しかし、ロシアによるウクライナ侵攻、ハマスによるイスラエル攻撃と人質により、世相は一変したと言って過言ではありません。
以前は、イスラム過激派によるテロを恐れ、アルカイダ、タリバンに加えて、イスラエルに加担するアメリカによるイランいじめが行われていました。
シリア地域(イラクより北西地域)での紛争も長く続いていました。
しかし、こうしたことはいわゆる東西分裂という形は影を潜めていました
世界のいざこざは、いわば「小さい出来事」だったのです。

こうした不安が少し和らいだと思ったら、プーチンが愚かな攻撃を始めました。
これに乗じてハマスが計画を実行したとも言えます。
これにより、再び東西分裂という形が表面化、顕在化し大事」になったのです。
聖書的には、南の王と北の王との対立と見なせるでしょう。

第一次世界大戦以降、世界は東西に分裂するという構図が明確になって来ました。
それまでは、かつてのローマ帝国の末裔がヨーロッパを支配し、いわば、一強、あるいは、帝国時代が長く続いてきたのです。

こうしたことを考慮すると、
ダニエル書の預言に示されている[現代の南北の王]はロシアとアメリカという構図がピッタリしていると考えられます。-ダニエル11:5~
加えて、
ヨハネへの啓示に示されている、龍(悪魔)が自分の力と座と権威を与える野獣が、初めの野獣が一度死にかけて復活したことから、ソ連からロシアに代わったことを示しているかも知れません
つまり、最初の野獣はソ連で、復活した野獣はロシアであり、羊のような二本の角のある野獣はアメリカという構図がピッタリしているように思います

 

「5 そして,大いなることや冒とく的なことを語る口がそれに与えられ,また,四十二か月のあいだ行動する権威が与えられた」-啓示13:5
ということがロシアによるウクライナ侵攻を表しているとすると、その始まりが2022年2月24日(ロシアがウクライナに侵攻した日)から2025年8月23日という期間を示しています。
2025年2月18日から米ロによる停戦交渉が開始され、同年8月15日にアラスカでトランプとプーチンのトップ会談をしています。

 

しかし、かつての激しい戦いではありませんが、トランプによる停戦・和平交渉があるにも関わらず12月の今でも戦争は続いています

それでも確かに、情勢は停戦に向かっているように[見えます]
 

預言的には、復活した野獣の前で、その野獣に与えられた権威を行使する野獣がアメリカという構図は、いまいちピンときませんが、当初トランプはこの戦争の責任がウクライナにあると発言し、世界を驚かせました。

プーチンも同じことを言っていました
-啓示13章

この戦争の被害者であるウクライナに一体どのような責任があるというのでしょうか。

正に、トランプもプーチンも「悪魔による力の支配者たち」なのでこのような発言をするのです。

最近トランプがベネゼエラを敵視し、麻薬がアメリカに入らないようにタンカーなどを攻撃しアメリカのベネゼエラを侵攻しようとさえ見せています。
こうしたトランプの動きは、プーチンのウクライナ侵攻を是認しているかのような振る舞いとなっています。
これが野獣の前でその権威を行使する別の野獣と表しているとすると啓示13章はピンときます

聖書の預言「神が明らかにしない限り」誰にも分らないものです。
当然、私のこうした記述も「憶測」に過ぎません。
惑わされないでください
私は預言の解釈をしているのではなく洞察と推測をしているだけなのです。

神の預言の成就は「後にならなければ、誰にも分らない」ことです。

とは言え、この停戦・和平交渉は「成功」し、戦争が終わるかも知れません
そして、トランプとプーチンが握手することで、世界が「平和だ安全だ」という叫びをあげるかも知れません。
しかし、
パウロの預言によれば、その時終わりが来るのです。-テサロニケ(一)5:1-5
しかし、同じ預言により「光の子」の存在も明らかにされています。
つまり、突然の滅びを予期している人々もいるということです。
私も「その一人」となれるよう努力しているところです。

さて、あなたは「闇に属する人ですか、それとも、光に属する人ですか
あなたは、この光と闇とは何を言っているのかを知りたいと思いませんか
それには、まずヨハネの書に記されているイエスの言葉に耳を傾けるべきです。-ヨハネ12:36

 

トランプは世界に「平和と安全」もたらす使者となり、それはすなわち「世界の、事物の体制の終結」「世界の終わり」を意味しているのです。

その時、神は世界を裁かくからです。

当然、トランプもプーチンも裁かれ滅ぼされることになるのです。

これを聞いて少しは「ホッと」する人もいるかも知れません。

前文です
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
このブログは、人々に対する「警告」でもあります。

その根拠の多くは「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた
-啓示11:14-19 
地を破滅させている者たちとは、地球温暖化や環境破壊など「自然破壊」をさせている人々の事
 だけではありません。
 人々の暮らしを破壊している政治、経済、金融、犯罪、人々の欲望や野心など人間活動における
 すべての「悪」も含まれていることは明らか
です。)

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい。
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章
10 終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
-エフェソス6:11-18 

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7   

今回は、アメリカに対する神の裁きについての話です。

  

高市政権が誕生した途端、トランプによる関税交渉が「雲散霧消」したかのようです。

中国も高市発言を取り上げ「台湾問題」を盛んに主張し関税から目をそらしています。

日本もロシアからエネルギー資源を輸入しており、2019年は原油輸入の4.8%、LNG(液化天然ガス)輸入の8.3%、一般炭輸入の11.9%を占めています。

ロシアに経済制裁をしているにも拘らず、それ程多くはありませんがロシアから輸入し、アメリカもこれを求めているのです。

 

このように世界はあたかもアメリカとロシアが中心に回っているかのようです。

ロシアのウクライナ侵攻が批判されていますが、アメリカもこれ以上の悪を行って来たのです。
 

アメリカの軍隊のよる非道は(個人としてではなく人類史上類を見ないものです。

なぜ、キリスト教を国教として、また、大統領の宣誓でも聖書にかけて誓っているのに、繰り返し非道を行うのでしょうか。

答えは簡単です。

それは、アメリカ人の中枢にいる人々は「神の存在」を無視し、傲慢になり自分たちの欲望を遂げようとしているからです。

それは悪魔の望みでもあるからです。

悪魔が与えた「自分の力と座と大きな権威」をアメリカが[その者]に代わって行使しているからです。-啓示13章

では、具体的にアメリカの非道とはどのようなものでしょうか。
アメリカは日本に原爆、それも、上空で爆発し被害がより大きくなるようにした爆弾を二度も投下し多くの死亡者と被害者を生じさせました。
ベトナムでは枯れ葉剤を使用し原爆被害者以上の被害者を生じさせました。
イラクでは言いがかりをつけてイラクの体制を滅ぼしフセインの殺害に手を貸しました。
アフガニスタンではタリバンを支援し後にこれを敵対者とし、アルカイダの指導者ウサーマ・ビン・ムハンマド・ビン・アワド・ビン・ラディン、通称ウサマ・ビン・ラデンを殺害しました。
ヨーロッパではアメリカはこのようなことをしませんでした
つまり、アジア、アフリカなど白人以外に対して、人類史上最も酷いことをして来たのです。
こうする権利は一体どこにあるのと言うのでしょうか
また、こうしたことをした責任を何一つ取ってはいません
しかも、当時はその後に続く被害状況をアメリカ国民だけではなく世界中で隠して来たのです。
また、いわゆるCIAなどは度々敵対する国で工作活動をしてその国の政府を転覆させてきました。
世界はなぜ、このようなアメリカを非難し続けないのでしょうか
ある意味、ロシア以上の悪を行って来ましたし、今もどこかでしているのです。
ロシアのウクライナ侵攻に関して、アメリカはウクライナを蔑ろにして停戦を結ぼうとしています
そうする権利はアメリカにはありません

アメリカは自分が過去にして来たことを「棚に上げて」ロシアがしている軍事作戦を「避難できない」のです。


そうです、アメリカがして来た外国でのすべての事に関してその権利は何ひとつないのです。
なぜ、世界はアメリカにその責任を取らせないのでしょうか

アメリカは戦争に勝つだけなら原爆も枯れ葉剤も湾岸戦争やイラクで使用した化学兵器を使用する必要はなかったのです。
ただ、自国の兵士を損耗を減らし、また、自国の市民の反発を無くすためだけに敵対する国に対して「非人道的な兵器」を用いたのです。

人類に対するこれ程の「罪」が他にあるでしょうか

ロシア共々神の裁きを受けることは間違いありません
しかし、その時はまだなのです。

一体いつまで待たなければならないのでしょうか。

その時が来るまでに、善良な市民が死んでしまいます
そうなることを神が望んでいるとは思えません
では、なぜまだ裁きが行われないのでしょうか。


神には時程表があり、それから少しもそれることはないのです。
今生きている善良な市民が死んだとしてもそれは止むを得ないことなのです。
しかし、
神は死んだ者の神ではなく生きている者の神なのです。
つまり、死んだ善良な市民は、神にとっては生きている者であり、必ず復活させられるという希望があります。
それゆえ、今しばらく辛抱、忍耐が必要なのです。
苦難を耐え忍ぶしか他に方法なないのです。
今の苦しみから逃れたいを思う人も少なからずいることは知っています。
しかし、この点はどうにもならないのです。

今起きている不幸を忘れる以外方法なないのです。
そして、前を向いて生きるしかないのです。
一番してはいけないことは、
辛抱できず信仰を捨てたり悪事を働くことです。
利己的な願望を遂げることがあってはならないのです。

神はそのような人も滅ぼすからです。

神が苦しんでいる人を、今助けないには訳があります
それは、
苦しみを加えている人に責任取らせ罰を与えるためです。

 

更に、神の到来が「遅れている」と不満を漏らす人も神の裁きを受けることになるのです。

さて、あなたはこうしたことをどのように思うでしょうか。 

  

今の世界の惨状を作り出して来たのは、一重にアメリカという野獣なのです。

自由と民主主義があたかも理想であるかのように「世界をたぶらかして来た」のです。

自由と民主主義では、決して世界は平和と安定をもたらすことはないのです。

なぜ、人々はそのことに気が付かないのでしょうか

それは、人々がアメリカに洗脳されているからです。

今の不安定な世界秩序はアメリカが作り出したものです。

アメリカこそが最も責任が重く神に裁きを受けるものなのです。

 

自由と民主主義「神の支配から独立する手段」とはならないのです。

神から離反した人類が求めているのは神からの自由なのです。

そして、人々を支配する形態として民主主義という「誤った思想」を作り出したのです。

しかし、それは今の世界が示しているように決して人類のためにはなっていないのです。

神はそうした世界を作った人類を裁くのです。  

前文です。
このブログは、政治を含め「人間のすべて」に関する内容となっています。
このブログは、聖書の真理を多くの人に知って貰うことを目的としています。
それゆえ、ものみの塔を含めキリスト教や他の宗教をなるべく客観的に批判をすることが含まれています。
そして、人間のあらゆる事柄についても「気が付いた点」も多く述べています。
このブログは、人々に対する「警告」でもあります。

その根拠の多くは「聖書」です。
ヨハネによる啓示11章
14 第二の災いが過ぎた。見よ,第三の災いが速やかに来る。
15 また,第七のみ使いがラッパを吹いた。すると,大きな声が天で起きてこう言った。「世の王国はわたしたちの主とそのキリストの王国となった。彼は限りなく永久に王として支配するであろう」。
16 すると,神の前で自分の座に座っている二十四人の長老がひれ伏し,神を崇拝して 
17 こう言った。「今おられ,かつておられた方,全能者なるエホバ神,わたしたちはあなたに感謝します。あなたはご自分の大いなる力を執り,王として支配を始められたからです。
18 しかし,諸国民は憤り,あなたご自身の憤りも到来しました。また,死んだ者たちを裁き,預言者なるあなたの奴隷たちと聖なる者たちに,そして,あなたのみ名を恐れる者たち,小なる者にも大なる者にも[その]報いを与え,地を破滅させている者たちを破滅に至らせる定められた時が[到来しました]」。
19 また,天にある神の神殿[の聖なる所]が開かれ,[神]の契約の箱がその神殿[の聖なる所]の中に見えた。そして,稲妻と声と雷と地震と大きな雹が生じた
-啓示11:14-19 
地を破滅させている者たちとは、地球温暖化や環境破壊など「自然破壊」をさせている人々の事
 だけではありません。
 人々の暮らしを破壊している政治、経済、金融、犯罪、人々の欲望や野心など人間活動における
 すべての「悪」も含まれていることは明らか
です。)

テモテ(二)3章
しかし,このことを知っておきなさい。すなわち,終わりの日には,対処しにくい危機の時代が来ます。2 というのは,人々は自分を愛する者,金を愛する者,うぬぼれる者,ごう慢な者,冒とくする者,親に不従順な者,感謝しない者,忠節でない者,
3 自然の情愛を持たない者,容易に合意しない者,中傷する者,自制心のない者,粗暴な者,善良さを愛さない者,
4 裏切る者,片意地な者,[誇りのために]思い上がる者,神を愛するより快楽を愛する者,
5 敬虔な専心という形を取りながらその力において実質のない者となるからです。こうした人々からは離れなさい
6 こうした人々の中から,[あちこちの]家族の中にそれとなく入り込み,罪の荷を負った弱い女たちをとりこにして連れ去る者が出るのです。[その女たちは,]さまざまな欲望に引かれ,
7 常に学びながら,決して真理の正確な知識に達することができないのです。
-テモテ(二)3:1-7 

ガラテア5章
19さて,肉の業は明らかです。それは,淫行,汚れ,みだらな行ない,
20 偶像礼拝,心霊術の行ない,敵意,闘争,ねたみ,激発的な怒り,口論,分裂,分派,
21 そねみ,酔酒,浮かれ騒ぎ,およびこれに類する事柄です。こうした事柄についてわたしはあなた方にあらかじめ警告しましたが,なおまた警告しておきます。そのような事柄を習わしにする者が神の王国を受け継ぐことはありません
22 一方,霊の実は,愛,喜び,平和,辛抱強さ,親切,善良,信仰,
23 温和,自制です。このようなものを非とする律法はありません。
24 さらに,キリスト・イエスに属する者は,肉をその情欲や欲望と共に杭につけたのです。
-ガラテア5:19-24

エフェソス6章
10 終わりに,主にあって,またその力の強大さによって強くなってゆきなさい。
11 悪魔の策略にしっかり立ち向かえるように,完全にそろった,神からの武具を身に着けなさい
12 わたしたちのする格闘は,血肉に対するものではなく,もろもろの政府と権威,またこの闇の世の支配者たちと,天の場所にある邪悪な霊の勢力に対するものだからです。
13 このゆえに,完全にそろった,神からの武具を取りなさい。あなた方が,邪悪な日にあって抵抗できるように,また,すべての事を徹底的に行なった後,しっかりと立てるようにするためです。
14 それゆえ,真理を帯として腰に巻き,義の胸当てを着け,
15 平和の良いたよりの装備を足にはき,こうしてしっかりと立ちなさい。
16 何よりも,信仰の大盾を取りなさい。あなた方はそれをもって,邪悪な者の火矢をみな消すことができます。
17 また,救いのかぶと,それに霊の剣,すなわち神の言葉を受け取りなさい。
18 それと共に,あらゆる祈りと祈願をもって,すべての機会に霊によって祈りなさい。そのために,決してたゆむことなく,またすべての聖なる者たちのために祈願をささげつつ,終始目ざめていなさい
-エフェソス6:11-18 

エフェソス5章
それゆえ,愛される子供として,神を見倣う者となりなさい
2 そして,キリストがあなた方を愛し,芳しい香りとなる神への捧げ物また犠牲としてご自身をあなた方のために引き渡されたように,あなた方も愛のうちに歩んでゆきなさい。
3 聖なる民にふさわしく,あなた方の間では,淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません
4 また,恥ずべき行ない,愚かな話,卑わいな冗談など,ふさわしくない事柄があってもなりません。むしろ感謝をささげなさい。
5 あなた方はこのことを知っており,自分でも認めているのです。すなわち,淫行の者,汚れた者,貪欲な者は―これらはつまり偶像礼拝者ですが―キリストの,そして神の王国に何の相続財産もありません
6 あなた方は,無意味な言葉で人に欺かれることがないようにしなさい。ここに述べたようなことのために,神の憤りは不従順の子らに臨もうとしているのです。
7 それゆえ,彼らにあずかる者となってはなりません。    
-エフェソス5:1-7   

今回は、うつ病の原因と対処方法についてです。

うつ病とは
抑うつ気分(気分が落ち込みふさがる状態)、悲哀(自分の有様を悲しみ哀れに思うこと)、絶望感(希望を全く失うこと)、不安(気がかりなことがり安心出来ない状態)、焦燥(焦りや苛立ちのこと)、苦悶感(苦しみ悶えること、心の中で深く悩み苦しむこと)などが原因で、体調がすぐれず、精神活動が抑制され、自殺を企てたり、心気妄想(心で、根拠のない主観的な想像やある教理や思想などを堅く信じて動じないこと)を抱くなどの症状が現れるとされる精神の病気です。
原因を特定することが困難なため、原因不明とされています。
こうした症状は突発的なものや周期的に現れる場合があるとされています。

それでも、薬や脳に対する電磁波などで抑えることが出来ます

 

一般的には

気が滅入ったり(ふさぎ込むこと)、気分が落ち込んで全くやる気が起きなかったり、誰とも話したくなくなり引きこもったり、不安でたまらなくなり他のことが考えられなったり、生きていてもしょうがないと思ってしまったりすることなどが態度に現れ、こうした症状が長く続く場合、大抵「鬱」になったと「自分で公言する人」さえいるものです。

 

つまり、この病気の特徴自他ともに「自覚」している点にあります。

ですから、周囲の人も注意しながら接することが出来たり、あるいは、助言や援助をすることも出来るということです。

人は常に何らかの不安を抱えているものです。
普通の人は、その不安を一人ひとりが何らかの方法で解決しているのでうつ病などにはなりません。
それでも、その不安を解消できない程の出来事があると心配でどうしようも無くなる時もあります。
しかし、その不安が解消されると何事もなかったかのように振る舞うものです。

また、一人で暮らしていると不安要素は多いものです。
一人では解決出来ないことが多く存在するからです。
大抵、不安になっても自分で解決するか誰かの助けで解決する場合が殆どです。
こうしたことに時間が掛かっても、大抵は病的にはならないものです。

ところが、うつ病はいわば精神的アレルギーのように、突然何かが原因で発症するのです。
その原因は自分の心のある種の感情であったり、周囲の人や誰かの言う言葉や振る舞いだったりすることもあります。
例えば、普通の人には何でもない小麦粉がある人にはアナフラキシーショックを引き起こすようなものです。

生活などの不安を抱え潜在的に常に心が動揺している時など(誰しもがあることです)、誰かと話をしている時に「何気なく言った相手の言葉が心に突き刺さり」自分のことを言われているように感じ「突然、不快に思ったり怒りだす」ということもあるかも知れません。

こうしたことが繰り返されると「もはや病的」なのです。

普通の人はこうした態度が表に出ないよう「自制」しているものです。


人の精神は大変複雑なものです。
意識、思考、心、感情などが複雑に入り込んで作用しています。
更に、欲や願望や期待や信頼などにより喜怒哀楽、安心感や不安感などが生じます。
普通、人はこれらを自らの意識でコントロールしているものですが、このコントロールが出来なくなるとうつ病的になると思われます。
コントロール出来ないことは良くあることで、誰しもがうつ病になる訳ではありません。
コントロールするとは、
解決策を持っているか、解決出来ると確信している、あるいは、その問題をさほど重要には考えず気にしないか忘れてしまうことを言います。

うつ病の人の傾向として、何かのことで気に入らないと突然怒りだしたり不機嫌になったり逆に落ち込んだりすることがあります。

そのように「無分別に怒ったり不機嫌になったりした自分」に「嫌気を指す」場合さえあります。
このような人はうつ病予備軍と言えるかも知れません。

単なる我儘や怒りっぽい人に見られがちですが、こうした「自制心の利かない人」には注意する必要があります。
第一に、そうしたことが性格なのか病気なのかの判断をする必要があります。
もし、性格ならば、そのような人には近づいてはなりません
そのような人は周囲の人に迷惑を及ぼすからです。
病気であるならば、原因となっている不安を解消してやる必要があります。
同時に、感情が落ち込んでいるか昂っているので、腫れ物を扱うように余り触れないことです。
そうすれば、その人は落ち着きを取り戻すでしょう
その人が冷静になった時、理由を聞いてみて、それについて話し合うことにより問題が解決する場合もあります。
この場合、説得しても効果は出ません
説得ではなく納得させることです。
急ぐ必要はありません
その人がいろんな経験をすることで自然と解決している場合もあるからです。

その人が「安心して暮らせる環境」を作ってやることです。

 

++++++++++++++++++++++++++ 

最近、自閉症の人が書いた本を読みました。

普通の人から見れば自閉症の人の考えや気持ちを理解することは不可能に近いものがあります。

しかし、当の本人が自閉症の自分の考えや気持ちを「何らかの形で表した」とするとどうでしょうか。

それは、まさしく自閉症の人の考えであり気持ちなのです。

 

その人が言うには自閉症の人でも普通の人と同じ考えや気落ちや感情を持っているのですが、それを上手く表現できないだけだということです。

自分たちのすることではなく、自分たちがなぜ奇怪な振る舞いをするのかを理解して欲しいと述べています。

そして、障害を持っていても「考えや気持ち」は普通の人と何ら違いはないのだと。

 

うつ病を発症した人この自閉症の人と「似たような気持ち」を抱いているかも知れません

であれば、この自閉症の人と同じく何らかの方法で自分の考えや気持ちを表現する方法」を身に付けることは、病気を克服する手段となるのではありませんか

悩んでいるだけでは問題は解決しません

自閉症の人の「本当の気持ち」を理解するよう努めることは「自分の病気と向き合う」ことの第一歩かも知れません。