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A Day In The Boy's Life

とあるエンジニアのとある1日のつぶやき。

ブログを滅ぼす3つの災厄と、その対処法。 @ builder by ZDNet Japan


自らが決心してそうするにしろ、何らかの致し方ない理由ができてそうせざるを得ない状況になるにしろ、いつかブログをやめる日というのは来ることは確実ですけど、そういえばそんなこと考えたことがなかったなぁ。


自分は、ブログ自体を自分を成長させるツールとして考えている部分があるので、自ら決心してやめるということは、その成長をそこで止めるということを意味するのだと思ったりしています。

まぁ、将来ブログ以外でそういうものが出てきた場合は、そっちに移る可能性もありますけど、今のところはそんな考えでブログを使ってます。

なので、ブログを書くこと(もちろん他の人のブログを読むことも)が課題というか、半ば義務のような感じでやってます。


そんな感じでブログやってて楽しいの?と思われる人も多いかもしれませんけど、そういう使い方でブログをやってたら、結構続けられたりします。

ブログをやめる理由の一つとして人生の転機があがっていますけど、自分がブログを始めた理由がその転機だったりしていて、色々うまくいかないことが重なり、将来に対して不安を感じたりしていて、自分はこのまま仕事だけしていればいいのかな、と思ったときにブログをもう一度やってみようかと思って始めました。


※ このブログを始める前にもブログを書いてた時期があったんですが、まさに日記のようなもので長続きしませんでした。


なので、このブログを始まりが自分にとってはマイナスからのスタートとなっているため、先に書いたような感じでブログを使っていても苦にならなかったりしています。

逆にブログを書き始めなかったら、そのまま仕事だけをしていて、「ブログ?あぁ。ネット上で流行っている日記のようなサービスでしょ?」ぐらいな感じで、ネットに疎い人になっていたかもしれません。


あと、そういう自分なりの意味を持ってブログを使っていますので、このブログは技術系やネット上の話題、仕事に関係ある思考なんかを中心に取り上げていて、そこから大きく外れるような話題というのをブログで取り上げることもしないようにしています。

それは、自分のブログをある一つのカテゴリで括っていますので、あまりブログを書かなきゃ!という肩肘張った考えになることもなくなります。

(昔は結構そういう考えもあって、今読み返すと「頑張ってたんだねぇ」なんて思ったりしますが)


なので、その話題を自分が見つけられなかったときは、素直に記事を書くことを諦めるようにしています。

このブログはそういう場所と決め付けることで、ある範囲に絞って集中できますし、その他はスルーしても問題ないからあまり頑張らなくても良いやという気分になり、返ってそういう風にしたことがよい効果を生んでいる気がします。


あとは、自分がブログを続けられる理由は、なんといってもブログを書くこと自体を楽しいと思っているからでしょうね。

1つの話題を考えて書いてみるというのは、そっちに集中できてその日の嫌なことを忘れられる時間を作れますから、ストレス発散にもなっていたりしています。


ブログをどう位置づけるのかを少し考えてみたら、長続きさせることができる自分なりの方法というのが見つかると思いますよ。




前に書いた「会社の人たちが仕事でWikiを使ってくれない 」というエントリの続きになりますが、メールというのはそれを受け取ることで、そして自分もそのメールというツールを使うことで幾つかの弊害が発生するものだな、と思いました。



1. 返事を返さないといけない


メールを送った先に人がいることは確かですが、その人の存在が目に見えるわけではないため、少なくともそれを受け取ったよということは相手に伝えなくてはなりません。

目の前にいるのであればうなづくだけでも相手に伝えられますが、メールだと「了解です」の一言でも返さなくてはならなくなります。

返事をしばらく返していないと、わざわざ席のところまできて、「メール送ったけどみた?」と聞かれることもあります。

特に社内の場合、途中でメールがロストすると言うことは考えにくいため、届いていることは間違いないことなのですが、人間の心理として返事がなかったら不安になるのでしょう。



2. 結果を伝えなければならない


直接言われた場合と違って、メールで情報を伝えられた場合にはある一定の猶予が与えられます。

受け取ってすぐに返事する必要はないですが、次に返事する場合はある程度の結果を返さないといけません。

単純なところでは、その仕事を受けるかどうか、調査を頼まれたのなら、わかった範囲でその報告とか。

つまりは、その猶予期間がそのための仕事をする時間に置き換わってしまいます。



3. 考える時間を与える


これはあまり言い意見ではないかもしれませんが、直接相手に話す場合、勢いで押し切ったり煙に巻くこともできます。

しかし、メールの場合は猶予期間があるため、ある程度の考える時間を相手に与えます。

それはもちろんよいことなのですが、それによって相手がメールの内容について細かな質問をしてきたり、論理が飛躍しすぎてよくわからない内容のものを送ってきたりと、その考える時間によって生み出されたものが、新たな苦労の種になることもあります。

例えば、システム構成についてメールでやり取りしていたら、なぜか内部統制の話を書いてきたり。

今の議論はそこではないでしょと、なだめるのに新たに自分の時間を費やさなくてならなくなります。

これは、メールの問題ではないのですが、メールによってその人の悪い一面を助長させる働きがあるようにも感じます。



メールは今のところ最も企業内で使われているツールですし、何らかの形で記録に残すことができるという点ではよいのですが、余計なラリーや断れないタスクが増えることで、自分の時間を食いつぶしていくことになりかねないな、というのが個人的な意見です。


これは単にメールの問題というよりは、メールというコミュニケーション手段に慣れてしまった人間の心理的なところによる問題なのかなと。

人間は楽しようと思う生き物なので、それをどのように使うかというのを考えたときに、決していい方向にだけ考えを傾けるものではないのだろうなとか、慣れてしまったことでそういう感覚が麻痺してしまっているとか。


もし、メールというものがなくって、本人に情報を伝達する手段が、直接話すか電話するか、となった場合、ある程度のことを自分で処理し始めるのではないかな、と思ったりします。

電話する場合、受け取る側は適度に無視することができます。

今は話しかけられたくないのであれば、電話の電源を切っておくことさえもできます。

こうした場合、直接相手に話しかけなければなりませんが、近くにいる場合は簡単にできるものの、ある程度の距離がある場合は、面倒だと感じてくるでしょう。

であったら、自分でやったほうがましだという意識に傾くのではないかと。


話を戻して、メールという手段を使うことで時間がつぶされる要因になるので、それは適度にスルーすることも必要なのではないかと感じます。

まぁ、そのメールをスルーした時を考えてみて、たいしたことが起きないようであれば返事は返さないほうが無難ではないかなと。

それを返すことで新たな仕事を振られ、新たなストレスとなり、自分の時間を取られる原因となるかもしれませんよ。




ここ最近、やたらと仕事で問い合わせが入って仕事が中断に追い込まれます。

システム仕様や不具合の問合せから、それって俺の担当じゃないよというものまで。


長く一つの会社にいるとそれなりに人付き合いの範囲が広くなりますから、そういうところで頼られて「あっ。あの人に聞けばいいや」という状態になってしまいます。

頼りにされてる(利用されてる?)のはいいのですが、それによって仕事をする時間が中断されて細切れにされるとなかなか前に進んでいきません。

そこで、そういった問合せの窓口を一元化してしまって、エスカレーションしてもらうようなプロセスにすると、窓口である程度の問題を捌いてくれるので、自分に降りかかる火の粉が少なくて済みます。


ただ、ある程度付き合いのある人からは、柔軟に対応したいなどといった感情も出てきますし、周りの仕事仲間とだけの付き合いとなると、少し面白みにかけてくるところもありますし、そういった部外の人とのコミュニケーションをとることで得られる有意義な情報というものもあったりします。

今のシステムのどこが悪いとか、こういうことをやりたいんだけど有効なIT施策ってどういったものがあるかとか、ネット上ではやっているサービスの感想を聞かれたり、そういう会話が息抜きになったりもします。


自分が情報システム部門というITを統制する部門にいるからこそ、そういった利用者の生の声というのは貴重な情報源となります。

部屋に閉じこもって誰とも会話しないと、果たして自分たちが作り上げたものが役に立っているかどうかもわからず、自分たちの仕事の意義というものが肌で感じ取れません。

そういう情報からモチベーションにつながったりもするでしょう。


そういった、自分の仕事に集中できる時間を持ちたいという感情と相反する、人とコミュニケーションする時間をとるために致し方なく自分の時間を割かなくてはならないという思いが出てきます。

そして、一線を越えて手厚いサポートをしてしまった相手にはなかなか次回から、問合せはこういうプロセスになっていますからまずはここを通してください、と冷淡に伝えることも難しくなってきたりします。


おそらくそういう一線を越えた人に対しては、その後もずっとそういう対応をし続けなければならないという覚悟が必要になってきます。そのときはそんなこと考えたりもしませんけど。

相手も相手で、前がよかったから今回もよいだろうとメールをよこしてきたりもします。

低姿勢に問い合わせてくることが多く、それがなおさら冷淡に断れない感情を生み出す要因になったりしますが。


ただ、冷静に考えればそういった周りから頼りにされるというのは、個人の評価に反映されるものでもありません。

その人が会社の業績を大きく左右するような人であれば、それを助ける仕事に意味が出てくるかもしれませんけど、こういう問合せの対応をしましたといったところで、それは本来やるべきチームが存在するから、自分の判断で勝手にやったことでしょ、となってしまいます。


仕事に集中する時間を確保するために、如何に自分の時間をとられる要因を排除するか。

突き詰めれば、何に時間を費やすべきか考えるということになってくるのだな、と感じます。