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のらりくらりす。

ゲーム好き!ゲーム音楽好き!ゲーム攻略本好き!な
ゲーマー兼オタク兼カメコです。

先日、いつものように近所のスーパーへお買い物に行ったんです。

週末ということもあって、店内はなんだか活気がありました。

 

私は、特売の野菜コーナーをぐるりと見て回るのが好きなんですよね。

その日も、美味しそうな野菜がないかなーとキョロキョロしていたんです。

 

そこで目に留まったのが、

一房のバナナでした。

 

ごく普通の、どこにでもあるバナナです。

でも、なんだか目が合ってしまった気がして。

 

とりあえず、カゴに入れました。

こういうのって、きっとご縁ですよね。

 

家に帰って、さっそくデスクの横に置いておいたんです。

ちょっと小腹が空いたときに食べようと思って。

 

仕事の合間にふと見ると、

そのバナナが、驚くべき姿になっていたんですよ。

 

なんと、

一本だけ、異様に自己主張をしているんです。

 

ほかのバナナは、ごく自然にカーブしているのに。

その一本だけが、まるで空に向かって突き刺さるような勢いで、

まっすぐ、ピンと伸びていたんです。

 

私は思わず二度見してしまいました。

 

「どうして君だけ、そんなに頑張っているの?」

 

そう、話しかけたくなってしまうくらいでした。

 

実は、こういうのって面白いですよね。

ただの果物なのに、なんだか個性を感じてしまう。

 

これって、人間関係にも似ている気がします。

周りと少し違うだけで、すごく目立ってしまったり。

 

かと思えば、

あえて個性を隠して、平穏に過ごすこともありますよね。

 

では、いったい、

そのバナナはどういう気持ちだったのでしょうか。

 

もしかすると、

「みんなと同じじゃつまらない!」

そう思っていたのかもしれません。

 

それと同じように、

私たちも日々の生活の中で、

自分らしくありたいと願うことがありますよね。

 

ただ、問題は、

その「らしさ」を貫くことの難しさです。

 

せっかくの休みの日なのに、

なんとなく周りに流されて過ごしてしまうこと、ありませんか?

 

「今日はこれをしよう!」と決めていたのに、

結局いつも通り、家でテレビを見て終わってしまう。

 

私自身、そんなことがよくあります。

あーあ、今日も結局何もできなかったな、なんて。

 

そういう意味では、

あのバナナは、私に勇気をくれたのかもしれません。

 

たかがバナナ。

されどバナナ。

 

「そんなに真っ直ぐじゃなくていいよ」

と心の中で呟きながらも、

なんだかその力強さに惹かれてしまう自分がいました。

 

ちなみに、そのバナナは翌日には少しだけ柔らかくなっていました。

やっぱり、無理をするのは疲れるのかもしれませんね。

 

こういう何気ない日常の出来事って、

意外と大事な気づきをくれる気がします。

 

みなさんは、最近なにか「変わったもの」に出会いましたか?

 

たとえば、道端に咲いていた変な形の草とか。

スーパーで見かけた、ちょっとおかしな値札とか。

 

そういう小さな発見を大切にすると、

いつもの景色も少しだけ違って見えるはずです。

 

そう考えると、

毎日のお買い物も、ただの義務ではなくなりますよね。

 

今日の私は、スーパーの野菜売り場で、

どんなドラマを見つけることができるのでしょうか。

 

もしかしたら、また面白いバナナに出会えるかもしれません。

 

次に行くときは、

もう少しだけじっくりと、野菜たちの声を聞いてみようと思います。

 

たまにはこういう、

くだらないことを真剣に考える時間も、いいですよね。

 

皆さんの日常にも、

ちょっとした「事件」がありますように。

 

また明日から、

ぼちぼちと頑張りましょうね。

そういえば、先日パン屋さんで見かけた風景を思い出しました。

 

焼きたてのパンがずらりと並ぶ、あのおいしそうな香りに誘われて入ったお店のことです。

 

そこには、少しだけ形がいびつなクロワッサンが、

お買い得なセットとして置かれていました。

 

きれいな三角形をした、完璧な見た目のものも素敵です。

でも、その少しだけ曲がってしまったクロワッサンを見たとき、

なんだか急に親近感がわいてしまったんです。

 

これって、どういうことなのでしょうか。

 

完璧なものにはない、人間味というか、

物語のようなものがそこにある気がしたのかもしれません。

 

ようするに、

不完全なものにこそ、

愛着を感じてしまうということなのです。

 

考えてみれば、人間だってそうですよね。

 

誰しも、ちょっとした失敗をしたり、

思い通りにいかない日があったりします。

 

いつも完璧でいられる人なんて、

この世にいるのでしょうか。

 

むしろ、その少しの「ゆらぎ」や「隙」みたいなものが、

その人を魅力的に見せているのかもしれません。

 

そう考えると、自分の欠点も、

そんなに悪いものじゃないような気がしてきませんか。

 

なんだか、少しだけ肩の力が抜けるような気分です。

 

ちなみに、そのいびつなクロワッサンを食べてみたら、

やっぱり想像通りにおいしかったです。

 

むしろ、作る人の手の温もりが感じられるような、

そんな優しい味がした気がしました。

 

こういうのって、やっぱりいいですよね。

 

効率や見た目ばかりを求めていると、

大切なことを見落としてしまうことがあるのかもしれません。

 

みなさんは、どうでしょうか。

 

最近、なにか「不完全だけど素敵だな」と思えるものに出会いましたか?

 

たとえば、子どもの描いた少しずれた絵とか。

ずっと使い続けて、角が丸くなってしまったお気に入りのマグカップとか。

 

そういうものを見ていると、

自分の生活も、もう少し穏やかに過ごせるような気がします。

 

問題は、私たちがつい、

「きちんとしなきゃ」と思ってしまうことなのかもしれません。

 

でも、たまには、

その「きちんとした」枠から、少しだけはみ出してみる。

 

そんな時間があっても、いいのではないでしょうか。

 

そういえば、先週末は久しぶりに、

目的もなく近所をふらりと歩いてみました。

 

いつもは自転車で通り過ぎてしまう細い道に、

小さな名札のついた古いお庭を見つけたんです。

 

そこに咲いていた名もなき花が、

思いのほかきれいで、思わず立ち止まってしまいました。

 

もし、急いで目的地に向かっていたら、

きっと気づかなかったはずです。

 

そういう小さな寄り道が、

心を少しだけ豊かにしてくれる気がします。

 

効率の悪いことが、

意外と幸せへの近道だったりする。

 

そんな不思議な感覚です。

 

みなさんも、今度の週末は、

ちょっとだけ回り道をしてみませんか。

 

目的地を決めて、

それ以外のものは見ないように歩く。

 

そんなお出かけも、たまにはいいかもしれません。

 

もちろん、スマホの地図アプリを閉じて、

自分の足の向くままに歩くのです。

 

道に迷うことを楽しむというか、

そんな余裕のある時間が、

今の私たちには必要なんじゃないかなと思います。

 

そういえば、以前、

旅先で道に迷ったことがあります。

 

そのときは少し焦りましたが、

おかげで素敵なカフェを見つけることができたんです。

 

あそこで迷わなければ、

あの美味しいコーヒーにも、

あの居心地の良い椅子にも出会えなかったはずです。

 

そう考えると、

「失敗した」と思ったことが、

実は「素晴らしい出会い」の始まりだったりするんですよね。

 

人生も、それと同じなのかもしれません。

 

うまくいくことばかりじゃないけれど、

その道中にある小さなお店や、

ふとした風景が、

私たちの人生を彩ってくれている。

 

そう思えば、

どんな一日も、決して無駄ではないという気がします。

 

そんなふうに考えていると、

明日からの家事や仕事も、

少しだけ楽しめるようになるかもしれません。

 

今日は、少しだけ自分に優しくしてあげようかな。

 

温かいお茶を淹れて、

ゆっくりと本を読む時間を作ってみる。

 

そんなささやかな贅沢も、

たまには必要ですよね。

 

みなさんも、今日はどんな一日を過ごしましたか?

 

もし、ちょっと疲れてしまったなら、

温かい飲み物でも飲んで、

まずは深呼吸してみてください。

 

それだけで、景色は少しだけ違って見えるはずです。

 

また新しい一週間が始まりますが、

無理をしすぎず、

自分らしいペースで歩んでいきましょうね。

 

さて、そろそろ夕飯の支度を始めなくてはいけません。

 

冷蔵庫にある野菜たちと、

今夜はどんな相談をしようかな。

 

そんなことを考えていると、

なんだか少しだけ、ワクワクしてきます。

 

日常の小さな冒険は、

意外とすぐ近くに転がっているものですね。

 

明日は、どんな一日になるのでしょうか。

 

また、素敵な何かに出会えますように。

 

そう願いながら、

今日のブログはこのへんで終わりにしようと思います。

 

みなさんの夜が、

穏やかでありますように。

 

それでは、また。

そういえば、さっき冷蔵庫をのぞいたときに、少し前に買っておいたハーブが目に入りました。

本当は週末のパスタにでも使おうと思っていたのですが、すっかり忘れてしまっていて。

なんだか、自分自身のことみたいだな、なんて思ったりしました。

 

忙しく過ごしていると、自分の気持ちや小さな楽しみを、つい後回しにしてしまうことってありますよね。

冷蔵庫の奥でしなびかけていたハーブを見つけて、少しだけ胸がチクリとしました。

 

でも、そんなときこそ、

このハーブを使って、

ちょっとだけ丁寧な料理をしてみようかな。

 

せっかくなので、

今夜は香りのよいスープにでも変身させてみましょうか。

 

こういう、

ほんの少しの工夫。

 

それが、

日常を豊かにする魔法なのかもしれません。

 

みなさんは、冷蔵庫の奥に眠っているもの、ありませんか?

もしかしたら、

そこにはまだ使っていない、

素敵なアイデアや楽しみが隠れているかもしれませんよ。

 

たとえば、

ずっと読んでみたかったけれど、

積んだままになっている本とか。

お気に入りのカップなのに、

洗ったまま棚の奥にしまわれているものとか。

 

そういう、

ちょっとした「未完成」なものに、

もう一度手を触れてみる。

 

それだけで、

暮らしが少しだけ、

軽やかになるような気がします。

 

そう考えると、

毎日って、

宝探しみたいなものですね。

 

大きな出来事や、

遠くへのお出かけも楽しいけれど、

自分のすぐそばにあるものを見つめ直す。

 

そんな時間も、

やっぱり大切にしたいなと思います。

 

そういえば、少し話は変わりますが、最近、近所の公園の木々が少しずつ色づき始めていました。

季節の移ろいって、

本当に早いです。

 

ついこの間まで、

あんなに暑い日が続いていたのに、

今はもう、夕方になるとひんやりとした風が吹いてきます。

 

季節が巡ることは、

それだけで、

どこか尊いものですよね。

 

そんな小さな変化に気づける自分でありたいな、といつも思います。

 

忙しい毎日に追われていると、

つい、

季節の移ろいや、

空の色の違いなんかを見逃してしまいがちです。

 

けれど、

ふと立ち止まって、

深呼吸をしてみる。

 

「今日は、風が気持ちいいな」

 

とか。

 

「雲の形が、秋っぽくなってきたな」

 

とか。

 

そんな小さなことに心を開くだけで、

日常は、

もっとずっと鮮やかになるはずです。

 

みなさんは、最近、どんな景色を眺めましたか?

もし、足元に咲く小さなお花や、

帰り道の夕焼けに気づけたなら、

それは、

とっても幸せなことなのかもしれませんね。

 

こういう時間を、

どれだけ持てるか。

 

それが、

心のゆとり、

につながるのかなと思います。

 

もちろん、

毎日そんなに優雅に過ごせるわけではありません。

 

ときには、

バタバタと走り回って、

夕飯のメニューに悩むことだってありますし、

失敗して落ち込むことだって、もちろんあります。

 

私も、

本当はもっと完璧に家事をこなせたらいいのに、

なんて思うこともよくあるんです。

 

でも、

完璧でなくても、

いいですよね。

 

むしろ、

少しくらい、

隙があったほうが、

暮らしって愛おしいのかもしれません。

 

冷蔵庫のハーブだって、

少ししなびていたほうが、

「今日使ってあげよう!」っていう気持ちになれますしね。

 

そう、

失敗や後回しにしてしまったことも、

全部含めて、

私らしい毎日。

 

そう思えたら、

なんだか少し、

肩の力が抜けてきました。

 

では、さっそく夕飯の準備を始めようと思います。

今日は、温かい野菜スープと、少しだけいいお魚を焼いてみようかな。

 

食卓に並んだとき、

「わあ、おいしそう!」

なんて、

家族が笑顔になってくれたら、

それだけで、

今日という日は合格です。

 

みなさんも、今夜は自分へのご褒美に、何かちょっと美味しいものを準備してみてくださいね。

そんなに立派なものでなくていいんです。

 

大好きな飲み物でも、

お気に入りのデザートでも。

 

「今日も一日、お疲れ様」

 

そうやって、

自分をいたわってあげることが、

一番の贅沢なのかもしれません。

 

次のお休みには、

またどこかへ、

美味しいものを探しに行こうかな。

 

そんなことを考えていると、

やっぱり、

お出かけっていいですよね。

 

いつもの街並みでも、

歩くルートを変えるだけで、

見たことのない景色に出会えたりします。

 

今度は、

前から気になっていた、

あの小さなお店に行ってみようかな。

 

想像するだけで、

ワクワクが止まりません。

 

明日からも、

そんな小さな楽しみを見つけながら、

自分らしく、

穏やかに過ごしていきたいものです。

 

さて、そろそろキッチンのほうから、

いい香りが漂ってきそうな時間です。

 

お野菜たちと、

美味しいスープになってね、

なんて願いながら、

お料理をしてきますね。

 

みなさんの夜も、

美味しい香りと、

あたたかな笑顔で包まれていますように。

 

それでは、また。

 

昨日、ふとスマホを手に取ったんです。

 

時間は、夜の11時でした。

 

ちょっとだけ、SNSを覗いてみようかな。

 

そんな軽い気持ちだったんです。

 

「あ、この人の投稿おもしろいな」

 

「わあ、この料理おいしそう」

 

そんなふうに、指を動かしていました。

 

実は、これが間違いの始まりだったのです。

 

気がついたら、

 

深夜の2時を回っていました。

 

時計を見て、私は固まりました。

 

「えっ、うそでしょ?」

 

声に出して、そう言っていました。

 

時間は、あっという間に過ぎていたのです。

 

では、いったい、何が起きていたのでしょうか。

 

時間は、物理的に同じ速度で流れています。

 

時計の針は、公平に動いています。

 

けれど、私の感覚の中では、

 

時間は、あっという間に消えてしまった。

 

そんな気がしたのです。

 

これは、不思議なことです。

 

『時間の伸縮』

 

というものです。

 

人間の主観によって、時間の長さが変わってしまう。

 

そんな現象のことです。

 

楽しいことをしているときは、短く感じる。

 

退屈なときは、長く感じる。

 

あなたも、そんな経験がありませんか?

 

私は、まさにそれだったのです。

 

SNSという、

 

「終わりのない海」

 

に、溺れていたのです。

 

流れてくる情報は、次から次へと更新されます。

 

見ても、見ても、終わりがありません。

 

スクロールする指は、止まりません。

 

まさに、

 

『無限ループ』

 

なのです。

 

では、なぜ私は、そんなことをしてしまったのでしょうか。

 

「明日も早いのに」

 

「早く寝なきゃ」

 

そう思っているのに、手が止まりません。

 

それは、なぜなのでしょうか。

 

たぶん、どこかで、

 

「何か面白いことが起きるかもしれない」

 

と、期待しているのかもしれません。

 

あるいは、

 

「誰かとつながっていたい」

 

という、さみしさなのかもしれません。

 

ようするに、

 

『心の飢え』

 

なのです。

 

満たされない何かを、スマホの中に探していた。

 

そういうことなのです。

 

それは、私だけではありません。

 

きっと、多くの人が同じような経験をしているはずです。

 

誰かが言っていました。

 

「情報は、塩水に似ている」

 

と。

 

飲めば飲むほど、喉が渇く。

 

いくら見ても、心は満たされない。

 

まさに、その通りだと思いませんか?

 

それと同じように、

 

私たちの心も、

 

「もっと、もっと」

 

と、何かを求めている。

 

SNSの世界は、それを巧みに利用しています。

 

次々と、興味を引くものが流れてくる。

 

私たちの注意を、離さないようにしているのです。

 

そう考えると、少し、怖くなりませんか?

 

自分の心が、

 

誰かに操られている。

 

そんな気がしてくるのです。

 

でも、本当のところは、わかりません。

 

ただ、言えることは、

 

「自分の時間を、自分で守る必要がある」

 

ということです。

 

自分の人生の、

 

「舵取り」

 

を、自分でするのです。

 

深夜の2時、

 

私は、スマホを置いて、天井を見つめました。

 

静かな部屋で、自分の呼吸の音が聞こえます。

 

ふと、思いました。

 

「今の時間は、何だったのだろう?」

 

ただ、情報を消費しただけでした。

 

何かを生み出したわけでもない。

 

誰かを助けたわけでもない。

 

ただ、時間が過ぎていった。

 

少し、悲しい気持ちになりました。

 

だからこそ、

 

「時間の使い方」

 

を、見直す必要があるのです。

 

これからは、

 

「意識的に、スマホから離れる」

 

ということを、大切にしようと思います。

 

たとえば、

 

夜の10時を過ぎたら、スマホを別の部屋に置く。

 

そんなルールを作ってみるのもいいかもしれません。

 

最初は、落ち着かないかもしれません。

 

「誰かから連絡が来ているかも」

 

「何か大事なニュースがあるかも」

 

そんなふうに、気になってしまうかもしれません。

 

でも、それは、

 

『依存』

 

というものなのです。

 

少しずつ、離れていく。

 

そうすることで、

 

自分自身の心を取り戻せる。

 

そう思うのです。

 

時間は、命そのものです。

 

削っているのは、自分の命の残り時間なのです。

 

そう考えると、

 

たかがSNS、されどSNS。

 

大きな問題だと思いませんか?

 

明日からは、

 

もっと自分を大切にしたい。

 

自分の人生を、丁寧に生きていきたい。

 

そう、心から思いました。

 

深夜2時の誓い、です。

 

・・

 

ちょっと、大げさかもしれませんね。

 

でも、それくらい、今の私には大切なことなんです。

 

あなたも、もし同じように感じていたら。

 

今日は、少しだけ早く、

 

スマホを置いてみませんか?

 

きっと、今までとは違う、

 

「自分だけの時間」

 

が、見えてくるはずです。

 

それは、スゴイことだと思います。

 

・・

 

さて、今日は、もう寝ることにします。

 

おやすみなさい。

 

明日という日が、

 

あなたにとって、素晴らしいものになりますように。

 

最後まで読んでくれて、ありがとうございます!!

あ、言い忘れました。

 

スマホを置いたあと、

何をすればいいのか。

 

もしそう迷ったら、

窓の外を眺めてみるのはどうでしょう。

 

ただ、それだけのことです。

 

空の色や、

通り過ぎる風の気配。

 

あるいは、

遠くを走る車の音。

 

そんな、

当たり前の景色に、

ふと気づくことができる。

 

実は、これがとても、

『贅沢(ぜいたく)』なことなのです。

 

贅沢といっても、

お金の話ではありません。

 

心の、贅沢です。

 

忙しい毎日に追われていると、

私たちは、

大切なことを見落としてしまいます。

 

自分の呼吸の速ささえ、

忘れてしまう。

 

そんなこと、

ありませんか?

 

「余裕がない。」

 

そう感じるときこそ、

一度、立ち止まる。

 

それだけで、

世界の見え方が、

少しずつ変わっていくのです。

 

そう考えると、

面白いですよね。

 

たった少しの、

「空白」を作るだけ。

 

たったそれだけのことで、

人生の彩り(いろどり)が変わる。

 

これは、

スゴイことだと思うのです!!

 

もっとも、

そんなことを言っても、

すぐに忘れてしまうかもしれません。

 

私も、そうです。

 

明日になれば、

また通知の音が気になって、

慌ただしくスマホを握りしめている。

 

そんな自分に、

またガッカリする。

 

人間とは、

そういう生き物なのかもしれません。

 

でも、いいのです。

 

忘れても、

また思い出せばいい。

 

「あ、いけない。」

 

そう気づいた瞬間に、

また手放せばいいのです。

 

繰り返すこと。

 

何度も、何度も、

自分を取り戻す作業を、

繰り返すこと。

 

それが、

『生きる』ということの、

正体なのかもしれません。

 

では、いったい、

何のためにそんなことをするのでしょうか?

 

それは、

自分を、

『自由』にするためです。

 

誰かに決められた情報や、

誰かの価値観に支配されない。

 

自分の人生のハンドルを、

自分自身で握る。

 

そういうことです。

 

実は、現代という時代は、

どこまでも「自分以外」のものに、

繋がってしまいます。

 

どこにいても、

誰かと繋がっている。

 

どこにいても、

誰かの声が聞こえてくる。

 

便利な世の中です。

 

けれど、

その便利さの裏側で、

私たちは、

一番大切なものを見失いそうになっています。

 

それは、

『自分自身の声』です。

 

自分の心が、

本当は何を望んでいるのか。

 

今、自分は、

どんな気持ちでいるのか。

 

そんな、

もっとも身近で、

もっとも大切な声を、

聞く時間が、

削り取られているのです。

 

だからこそ、

時には、

あえて「繋がらない」ことが必要なのです。

 

あえて、

静寂(せいじゃく)の中に身を置く。

 

これは、

ある種の、

『勇気』だと思います。

 

誰からも呼ばれない時間。

 

誰からも必要とされない時間。

 

そんな、

誰でもない自分に戻る時間。

 

そうすると、

不思議なことに気づきます。

 

自分の中に、

確かな根っこが、

育っていることに気づくのです。

 

根っこがあれば、

どんな嵐が吹いても、

倒れることはありません。

 

周りがどんなに騒がしくても、

自分は自分でいられる。

 

そんな、

『絶対的安心感』のようなもの。

 

それが、

心の中に生まれてくるのです。

 

これは、

非常に重要なことです。

 

これまでは、

外側の情報ばかりを見ていました。

 

「あの人は、どうしているか?」

 

「世間では、何が流行っているか?」

 

そうやって、

外側のことばかりを、

追いかけていたのです。

 

でも、

本当に大切な答えは、

外にはありません。

 

すべて、

自分の内側にあります。

 

自分の内側を見つめる。

 

自分の心の声に、耳をすます。

 

そうすることで、

初めて、

自分の人生を歩き出すことができるのです。

 

そう考えると、

スマホを置くという行為は、

単なる休憩ではありません。

 

自分自身への、

『回帰』なのです。

 

本来の自分へ、

帰っていくこと。

 

本来の自分という、

宝物に出会うこと。

 

そう思うと、

ワクワクしませんか?

 

今まで気づかなかった、

自分の新しい一面に、

出会えるかもしれない。

 

今まで見えなかった、

世界の美しさに、

気づけるかもしれない。

 

実は、

世界はずっと美しかったのです。

 

ただ、

私たちがそれを見る余裕を、

持っていなかっただけ。

 

スマホの画面の中に、

閉じこもっていただけなのです。

 

画面を閉じると、

世界が、

一気に広がります。

 

光が、色を変えます。

 

音の聞こえ方が、

変わります。

 

これは、

奇跡のような体験です。

 

一度きりの人生、

画面の中だけで終わらせるなんて、

もったいないと思いませんか?

 

自分の目で見たい。

 

自分の足で歩きたい。

 

自分の心で、

たくさんの感情を味わいたい。

 

そう、

強く思います。

 

そのためには、

今の自分を大切にすること。

 

今、この瞬間を、

丁寧に生きること。

 

明日、

何が起こるかなんて、

誰にも分かりません。

 

だからこそ、

今、この瞬間が、

かけがえのないものなのです。

 

スマホという、

文明の利器を否定するつもりは、

ありません。

 

むしろ、

これがあるおかげで、

私たちはこうして出会えているのです。

 

それも、

素晴らしいことだと思います。

 

でも、

使い方は選べるはずです。

 

振り回されるのではなく、

自分から使いこなす。

 

道具に使われるのではなく、

道具を賢く使う。

 

その境界線(きょうかいせん)に、

自分という人間が試されています。

 

どうでしょう。

 

少しだけ、

自分の時間を、

取り戻してみませんか?

 

誰かのためでもなく、

世間のためでもなく、

 

「自分のため」の時間を、

一日の中に、

ほんの少しだけ作ってみる。

 

きっと、

今までにはなかった、

新しい風が吹くはずです。

 

新しい自分に、

出会えるはずです。

 

それは、

大げさではなく、

あなたの人生を、

大きく変えるきっかけになるかもしれません。

 

そう信じています。

 

最後まで読んでくれて、

本当にありがとうございました。

 

明日の朝、

あなたが目覚めたとき、

 

昨日よりも少しだけ、

空が広く感じられたら、

うれしいです。

 

あなたの毎日が、

あなたらしく、

光り輝くものでありますように。

 

それでは、

また、いつか。

 

おやすみなさい。

朝の光の中で、

コーヒーを一杯淹れる。

 

ただそれだけのことが、

昨日の悩みと、

今の自分を切り離してくれます。

 

これは、

とても小さなスイッチです。

 

でも、

その小さなスイッチを押すことこそが、

大切なのです。

 

なぜなら、

私たちは自分の手の中に、

いくつものスイッチを持っているからです。

 

今の習慣を、

ほんの少し変える。

 

たとえば、

いつも見ている画面を閉じて、

窓の外を眺めてみる。

 

ただ、

鳥の声を聴く。

 

そんな些細なことで、

私たちの意識(いしき)は、

ガラリと変わります。

 

世界の見え方が、

ゆっくりと、

色を変えていくのです。

 

それは、

まるでモノクロの映画に、

色がついていくような感覚です。

 

面白いと思いませんか?

 

自分の意志で、

自分の世界の色を変えられる。

 

これって、

本当にスゴイことなんです!!

 

私たちは、

もっと自由でいい。

 

そう気づくことが、

最初の一歩なのだと思います。

 

誰かが決めた正解を、

追いかける必要なんてありません。

 

あなたが、

あなた自身のために、

選んだ道が、

一番の正解なのです。

 

そう考えると、

明日の朝は、

少しだけワクワクしてきませんか?

 

どんなコーヒーを淹れようか。

どんな音楽を聴こうか。

どんな景色を見て、

一日を始めようか。

 

そんな「自分を選択する」という作業。

 

それが、

日常の中に、

確かな手応えを生んでいくのです。

 

だから、

無理をしなくていい。

 

急がなくてもいい。

 

ただ、

今の自分の心に、

静かに耳を澄ませてみる。

 

それだけでいいのです。

 

そうやって、

自分を大切にしていくことが、

回り回って、

誰かを大切にすることにも、

繋がっていくのだと思います。

 

自分を愛せる人は、

他者のことも、

自然と愛せるようになる。

 

不思議ですよね。

 

でも、

そういう仕組みに、

なっているのかもしれません。

 

どうか、

あなただけの時間を、

大切にしてください。

 

それは、

あなたという存在を、

より鮮やかに彩るための、

大切な儀式なのです。

 

空が広く感じられる朝。

 

そんな朝を、

あなたと一緒に、

迎えられることを楽しみにしています。

 

それでは、

また。

 

今日も、

良い一日を。

 

夜、布団に入ったあと。

 

つい、手にとってしまうもの。

 

「スマートフォン」

 

ですよね。

 

本当は、すぐに寝ないといけない。

 

それは、頭では分かっている。

 

分かってはいるのです。

 

けれど、ついつい見てしまう。

 

そんなこと、ありませんか?

 

実は、私自身もそうなのです。

 

「あと5分だけ」

 

そう思って見始めたSNS。

 

気づけば、1時間。

 

時には、2時間。

 

気がつくと、外が少し明るくなっている。

 

そんな恐ろしい経験を、何度もしています。

 

これは、いったい、何なのでしょうか。

 

単なる「意志の弱さ」なのでしょうか。

 

それとも、もっと別の、

 

『何か』

 

が働いているのでしょうか。

 

少し、調べてみることにしました。

 

スマホの画面から出る光。

 

いわゆる、ブルーライトというやつです。

 

これが脳に与える影響について、です。

 

調べて分かったこと。

 

それは、想像以上に衝撃的でした。

 

脳は、光を浴びると、昼間だと錯覚するそうです。

 

「錯覚(さっかく)」

 

つまり、勘違いですね。

 

脳が、今はまだ昼間だ!と、思い込んでしまうのです。

 

そうすると、どうなるのか。

 

体は、睡眠ホルモンを出すのをやめてしまう。

 

結果、眠気が吹き飛ぶ。

 

そういう仕組みのようなのです。

 

なるほど。

 

これなら、私が眠れないのも納得です。

 

つまり、私が悪いのではなく、

 

『スマホの光』

 

が、私の脳を騙していたのです!!

 

そう考えると、少し気が楽になりませんか?

 

いえ、もちろん、意志の問題もあります。

 

しかし、生物学的な仕組みとしては、

 

「抗えない力」

 

が働いている。

 

そう言えるのかもしれません。

 

では、ここで、少し話を広げてみます。

 

この現象。

 

スマホだけに当てはまるのでしょうか。

 

それと同じように、私たちの生活には、

 

「脳を勘違いさせるもの」

 

が溢れているのではないでしょうか。

 

たとえば、仕事。

 

残業を続けていると、脳は興奮状態が続きます。

 

ずっと、「今は戦う時間だ」と勘違いしている。

 

そんな状態ではないでしょうか。

 

また、買い物もそうです。

 

セールという言葉を見ると、

 

「今買わないと損をする!」

 

と、心が急かされる。

 

これも一種の錯覚(さっかく)なのかもしれません。

 

ようするに、私たちは、

 

『外からの刺激』

 

によって、常に自分の感情や行動を、

 

コントロールされている。

 

そういうことなのです。

 

スゴイことだと思いませんか?

 

自分自身の心だと思っているもの。

 

それが実は、環境によって、

 

いとも簡単に書き換えられている。

 

では、いったい、どうしたらいいのでしょうか。

 

この、スマホという「魔物」から、

 

私たちは、どうやって自分を守ればいいのでしょうか。

 

一つの答えとして、

 

「寝る前の儀式」

 

というものがあると思います。

 

たとえば、スマホを別の部屋に置く。

 

これだけで、物理的に距離を置く。

 

これは、スゴイ効果です!!

 

実際にやってみましたが、

 

最初のうちは、禁断症状が出ました。

 

手元が寂しい。

 

何かを見たくなる。

 

でも、3日もすると、不思議なことが起きます。

 

夜が、とても長く感じるのです。

 

今まで、スマホに奪われていた時間。

 

それが、自分の手元に返ってくる。

 

そんな感覚です。

 

これは、非常に面白い体験でした。

 

そう考えると、スマホを見ないことは、

 

単に睡眠のためだけではないのです。

 

「自分を取り戻すため」

 

と言えるかもしれません。

 

自分自身の時間。

 

自分自身の感覚。

 

それを取り戻すこと。

 

つまり、

 

『自律(じりつ)』

 

です。

 

自分で、自分の心を律する。

 

スマホという便利な道具に、

 

心を支配されるのではなく。

 

自分が、主体的に生きる。

 

これは、大げさかもしれませんが、

 

現代を生きる私たちが、

 

もっとも大切にすべきことなのかもしれません。

 

実は、この「調べる」という行為。

 

私自身にとっても、大きな発見でした。

 

ただの「寝不足の言い訳探し」だと思っていたら。

 

いつの間にか、生き方の話になっていた。

 

そういうことなのです。

 

スマホは、悪ではありません。

 

本当に、素晴らしい道具です。

 

世界中の情報が、手の中にある。

 

それは、奇跡のようなことです。

 

けれど、その奇跡の恩恵を受けるには、

 

『付き合い方』

 

が問われている。

 

そう思うのです。

 

夜中に、暗闇で光る画面を眺めながら。

 

ふと、そんなことを考えてみました。

 

あなたが、もし今夜、

 

布団の中でスマホを見ているなら。

 

ほんの少しだけ、

 

画面を伏せてみてください。

 

そして、自分の心の中を、

 

静かに眺めてみてほしいのです。

 

そこに、何かが見えるかもしれません。

 

自分自身の声が、聞こえるかもしれません。

 

そう考えると、

 

スマホを置くという行為は、

 

もっと大きな意味を、

 

持っているのではないでしょうか。

 

これからも、この「スマホとの戦い」は、

 

一生続くのかもしれません。

 

でも、それは、

 

自分自身を大切にする戦いでもある。

 

そう思うと、少し楽しくなってきませんか?

 

本当に、スゴイことだと思います。

 

スマホを置く。

 

それだけで、人生が変わるかもしれない。

 

大げさなようですが、

 

本気でそう感じています。

 

だからこそ、

 

今夜から、少しずつ。

 

少しずつでいいのです。

 

スマホから離れる時間を作ってみる。

 

それが、私たちにできる、

 

一番の「自分への優しさ」なのだと思います・・。

そうやって、

夜の静寂(せいじゃく)の中で、

自分と向き合う。

 

それは、

とても勇気がいることです。

 

誰だって、

孤独は怖い。

 

誰だって、

誰かとつながっていたい。

 

その気持ちは、

本当によくわかります。

 

でも、

考えてみてほしいのです。

 

私たちが、

必死になって追いかけている「つながり」は、

本当の「つながり」なのでしょうか。

 

たとえば、

SNSの通知音。

 

ピコン、という音。

 

あれを聞くと、

条件反射(じょうけんはんしゃ)のように、

体が反応してしまう。

 

まるで、

パブロフの犬のように。

 

ベルの音で、

よだれが出てしまうように。

 

私たちは、

スマホの画面に、

操られている。

 

そう言ったら、

言い過ぎでしょうか。

 

でも、

あながち間違っていないはずです。

 

では、いったい、

どうして私たちは、

そこまで「通知」を気にするのか。

 

問題は、

自分の中にある、

「空白」なのかもしれません。

 

退屈(たいくつ)。

 

その、

何もない時間。

 

私たちは、

その退屈という時間が、

たまらなく恐ろしいのです。

 

だから、

無理やりにでも、

情報を詰め込む。

 

他の誰かの、

キラキラした日常を覗き込む。

 

そして、

自分と比較して、

勝手に落ち込む。

 

あるいは、

勝手に安心する。

 

これって、

本当に疲れませんか?

 

もっとも、

つながることは悪いことではありません。

 

技術の進歩は、

素晴らしいものです。

 

地球の裏側にいる人と、

顔を見ながら話せる。

 

これは、

人類がずっと夢見てきたことです。

 

魔法のような、

出来事なのです。

 

だからこそ、

その恩恵(おんけい)を、

受け取る側が、

賢くならないといけない。

 

スマホという道具を、

ただの「ツール」として使うのか。

 

それとも、

スマホという「主人」に、

自分という「奴隷」が仕えるのか。

 

実は、

大きな分かれ道は、

ここにあるのです。

 

少し、

話を広げてみます。

 

これは、

食事と同じです。

 

お腹が空いたから、

食べる。

 

それは、

生存のために必要な、

正しい行為です。

 

でも、

お腹が空いていないのに、

ただ寂しいから食べる。

 

ただ、

目の前に美味しそうなものがあるから、

食べてしまう。

 

それは、

本当の「食事」ではない。

 

ただの、

「感情の埋め合わせ」です。

 

それと同じように、

スマホを見る。

 

つながりを求めて、

情報を食べている。

 

でも、

その情報が、

自分の血肉(ちにく)に、

なっているでしょうか。

 

ただ、

時間を消費して、

記憶の彼方(かなた)に、

消えていくだけではないでしょうか。

 

そう考えると、

私たちの毎日は、

「情報の食べ過ぎ」で、

胃もたれしている状態なのかもしれません。

 

では、いったい、

どうすればいいのか。

 

一度、

「空腹」を感じてみる。

 

あえて、

スマホを見ない時間を、

作ってみる。

 

何もしない、

退屈な時間を、

あえて「楽しんで」みる。

 

実は、

その空白にこそ、

本当の豊かさが、

隠れているのです。

 

不思議なもので、

あえてスマホを遠ざけると、

世界が少し違って見えてきます。

 

窓の外の、

風の音。

 

遠くを走る、

車のエンジン音。

 

自分の部屋の、

空気の匂い。

 

そういう、

当たり前のことが、

急に鮮明(せんめい)に感じられる。

 

これが、

「今を生きる」ということ。

 

地に足をつけて、

自分の人生を歩むということ。

 

そう思うのです。

 

もちろん、

明日からすぐに、

デジタル断食ができるわけではありません。

 

私も含めて、

私たちはもう、

スマホなしでは生きられない。

 

そんな時代に、

生きているのですから。

 

だからこそ、

「付き合い方」なのです。

 

コントロールする。

 

ではなく、

「共存(きょうぞん)」する。

 

スマホと、

適切な距離をとって、

対等な関係を築く。

 

たまには、

電源を切ってもいい。

 

たまには、

ポケットに入れて、

景色を眺めてもいい。

 

そうやって、

自分自身の手綱(たづな)を、

自分で握り直す。

 

それが、

これからの時代を、

人間らしく生きるための、

大事な知恵になるのだと思います。

 

本当の意味で、

自由になる。

 

誰かに、

何かを押し付けられるのではなく。

 

アルゴリズムに、

好みを決められるのでもなく。

 

自分の意志で、

今日という一日を、

選び取る。

 

それは、

とても、

かっこいいことじゃないでしょうか。

 

あなたが、

あなた自身であるために。

 

夜の暗闇の中で、

そんなことを考えていました。

 

明日、

朝起きたら。

 

まずは、

スマホを手に取る前に、

窓を開けてみませんか。

 

新鮮な空気を、

胸いっぱいに吸い込んで。

 

「今日も、自分として生きるぞ」

 

そう、

心の中でつぶやいてみる。

 

それだけで、

昨日までの自分とは、

少しだけ違う一日が、

始まるはずです。

 

スマホは、

あくまで、

あなたの人生を豊かにするための、

脇役(わきやく)です。

 

主役(しゅやく)は、

いつでも、

あなた自身なのですから。

 

そう思うと、

少しだけ、

胸が熱くなりませんか。

 

本当に、

人生は面白い。

 

何が起きるか、

誰にもわからない。

 

画面の中の物語よりも、

目の前で起きている現実のほうが、

ずっと、

ドラマチックなのです。

 

だから、

勇気を出して。

 

一度、

画面を伏せてみましょう。

 

その先に、

あなたの本当の人生が、

待っているはずです。

 

静かに、

深く、

息を吐いて。

 

まずは、

一歩。

 

そう、

本当に小さな一歩から、

始めていけばいいのです。

 

大丈夫。

 

あなたなら、

きっとできるはずです。

 

自分自身を、

もっと大切にしてもいい。

 

それこそが、

私たちが今、

一番求めているものなのかもしれませんね・・。

でも、こうやって書いていると、

ふと、

こんな疑問が浮かぶことがあります。

 

「自分を大切にするって、

一体どういうことだろう?」

 

美味しいものを食べることでしょうか。

好きな服を買うことでしょうか。

あるいは、

誰にも邪魔されない時間を作ることでしょうか。

 

もちろん、

それらも正解です。

 

けれど、

それ以上に深い意味が、

そこにはあるような気がします。

 

たとえば、

自分の弱さを見つめることです。

 

誰だって、

逃げ出したくなる時がありますよね。

 

「もう嫌だ」

「投げ出したい」

 

そんな黒い感情が、

心の中に渦巻くこともあるでしょう。

 

でも、

そんな自分を責めないでほしいのです。

 

「ああ、今、

自分は苦しんでいるんだな」

 

そうやって、

自分の心の声に、

そっと寄り添ってあげること。

 

それが、

本当の意味で、

自分を大切にする、

ということなのだと思います。

 

自分の弱さを、

否定するのではなく、

ただ、

そこに置いておく。

 

「弱くてもいい」

「今は休んでもいい」

 

そうやって、

自分を許してあげることが、

本当の強さにつながっていく。

 

そう考えてみると、

人生とは、

自分との付き合い方そのものなのかもしれません。

 

私たちは、

生まれた瞬間から、

ずっと自分自身と一緒にいます。

 

一番長い時間、

一番近くで、

自分を見つめ続けている存在。

 

それが、

自分自身です。

 

その自分に対して、

私たちは、

もっと優しく、

もっと温かい眼差しを、

向けてもいいのではないでしょうか。

 

厳しい現実の中で、

誰かと戦ったり、

何かに勝とうとしたり。

 

そんな毎日だからこそ、

自分くらいは、

自分の一番の味方でいてあげたい。

 

そう思うのです。

 

あなたが今、

どんな場所にいても。

 

どんなに辛い状況にいても。

 

あなたは、

あなただけの物語の、

唯一無二の主人公です。

 

そのことは、

誰にも変えられません。

 

だからこそ、

もっと自分を信じてあげてください。

 

今日という一日を、

必死に生き抜いたあなたを、

誰よりも、

あなた自身が称えてあげてほしいのです。

 

「よくやった」

 

と。

 

そうやって、

自分自身を慈(いつく)しむ。

 

そんな小さな積み重ねが、

やがて大きな自信へと変わり、

あなたの人生を、

より鮮やかに彩っていくのだと思います。

 

さあ、

窓を閉めて、

もう一度、

部屋の中を見渡してみてください。

 

そこにある景色が、

さっきまでと少し違って見えませんか。

 

それは、

あなたの心が、

少しだけ軽くなった証拠です。

 

明日のことは、

明日の風に任せて。

 

今はただ、

あなたの呼吸の音に、

耳を澄ませてみてください。

 

静かで、

温かい、

あなただけの時間が、

そこに流れています。

 

そう、

本当に、

それでいいのです・・。

 

最近、ふと思うことがあるんです。

 

それは、

テレビを見る時間が、

驚くほど減ったな、ということ。

 

以前は、

夕食を作りながら、

何となくテレビをつけていたんです。

 

それが、

いつの間にか、

 

『YouTube』

 

に変わっていました。

 

みなさんは、

どうでしょうか?

 

テレビを、

ちゃんと毎日見ていますか?

 

実は、

私の中で、

ちょっとした変化が起きているんです。

 

昔は、

テレビさえつけていれば、

世の中のことが、

なんとなく分かっているような気がしていました。

 

でも、最近は、

自分の興味がある動画を、

自分で探して見るのが、

当たり前になってきたんですよね。

 

これって、

ある意味では、

 

『自分専用のテレビ局』

 

を持っているようなものかもしれません。

 

でも、

ちょっと不思議なこともあるんです。

 

テレビだと、

興味のない番組でも、

そのまま流れていたりしますよね。

 

そのおかげで、

全然知らなかった情報が、

ふと耳に入ってきたりして。

 

それが、

思いがけない発見に、

つながることもあったんです。

 

でも、YouTubeは、

自分の好きなものばかり、

集まってくるような気がします。

 

ようするに、

好きなものに囲まれる心地よさと、

新しい出会いの少なさが、

同時に起きているということですね。

 

なんだか、

ちょっと贅沢なような、

少しだけ寂しいような。

 

そんな複雑な気分だったりします。

 

先日も、

朝から家事をしながら、

お気に入りの動画を流していたんです。

 

気づいたら、

1時間以上も、

同じような動画を見続けていて。

 

「あれ、私、何してたんだっけ?」

 

と、ふと我に返る瞬間がありました。

 

こういうのって、

やっぱり、

面白いですよね。

 

テレビなら、

CMが入ったりして、

そこで一度、

意識が切り替わるんです。

 

でも、動画だと、

次から次へと、

止まらずに流れてくるから。

 

ついつい、

時間を忘れてしまうのです。

 

これが、

現代の、

 

『時間の溶け方』

 

なのかもしれません。

 

そう考えると、

テレビという存在は、

今の時代には、

少しだけ特別なものになっているのかな、

なんて思います。

 

もっとも、

テレビが不要になった、

というわけではありません。

 

家族で集まって、

同じ番組を見て、

笑ったり、

驚いたりする時間。

 

そういう、

同じ空間で、

同じものを見るという共有感は、

やっぱりテレビならではの良さですよね。

 

YouTubeには、

YouTubeの良さがある。

 

テレビには、

テレビの良さがある。

 

結局、

どちらが良いとか悪いとかでは、

ないのかもしれません。

 

ただ、

自分の生活スタイルが、

少しずつ変わってきたんだな、

という実感があります。

 

せっかくのお休みなので、

今日は久しぶりに、

テレビの番組表を眺めてみようかな。

 

あえて、

何も探さずに、

流れてくるものを楽しむ時間。

 

そういう、

余白のような時間も、

たまにはいいですよね。

 

みなさんは、

最近、

どんなテレビ番組を見ましたか?

 

それとも、

やっぱり動画派でしょうか。

 

そんな、

他愛のないことを考えるのも、

休日の楽しみの一つだったりします。

 

これからも、

自分にとって、

一番心地よいバランスを、

見つけていきたいなと思っています。

 

さて、

今日は天気が良いので、

少しだけお散歩にでも、

行ってみようかな。

 

テレビやスマホの世界から、

少しだけ離れて、

外の空気を吸いに行く。

 

そんな時間が、

結局一番、

贅沢なのかもしれませんね。

お気に入りのスニーカーを履いて、

近所の公園まで歩いてみました。

 

画面の中の光もいいけれど、

やっぱり自然の光は明るいですね。

 

少しだけひんやりした風が、

頬をなでていく感覚。

 

こういうのを、

肌で感じるって言うんでしょうか。

 

実は、

最近少しだけ気になっていたことがあって。

 

それは、

季節の移ろいに、

気づかないふりをしていたことなんです。

 

毎日、

家事に追われていたり、

やるべきことに追われていたり。

 

そうすると、

外が何色かも、

風がどんな匂いかも、

つい忘れてしまうんですよね。

 

でも、

ふと立ち止まって深呼吸をしてみると、

意外と世界は動いているんだなと、

しみじみ感じます。

 

公園のベンチで、

コーヒーを一杯。

 

マイボトルから注いだだけの、

なんてことないコーヒーです。

 

でも、

お外で飲むと、

なんだか特別な味に思えるから不思議です。

 

こういうのって、

やっぱりいいですよね。

 

みなさんは、

最近、

外でゆっくりした時間は取れましたか?

 

忙しい毎日の中だと、

そんな時間、

贅沢すぎるよって思うかもしれません。

 

私も、

基本的には同じです。

 

つい、

効率とか、

予定とか、

そんなことばかりを考えてしまいます。

 

でも、

時にはそんな自分を、

ちょっと休ませてあげることも、

必要なんじゃないかな。

 

そう考えると、

今日のお散歩は、

私にとっての『小さな休息』なのかもしれません。

 

公園では、

小さなお子さんが走り回っていたり、

ワンちゃんとお散歩をしている方がいたり。

 

みんな、

それぞれの時間を、

のんびりと過ごしています。

 

そんな景色を眺めているだけで、

なんだか気持ちが、

ふうっと軽くなるから不思議ですよね。

 

誰かと競うわけでもない。

 

誰かに評価されるわけでもない。

 

ただ、

自分が心地よいと思う時間を、

自分で選んで過ごす。

 

そんな当たり前のことが、

一番大切なのかもしれません。

 

ちなみに、

今日は少しだけ遠回りして、

新しいパン屋さんに寄ってみようかなと思っています。

 

帰り道に、

美味しい香りがしてくると、

なんだか幸せな気分になりませんか?

 

夕食のメニューを考えるのは、

正直ちょっと大変な時もあります。

 

でも、

焼き立てのパンの匂いをかぐと、

「まあ、たまにはいいか」と、

前向きな気持ちになれる。

 

そういう、

ささやかな発見が、

日々の暮らしを少しだけ明るくしてくれる気がします。

 

みなさんの日常にも、

そんな小さな幸せ、

隠れていませんか?

 

次のお休みは、

少しだけ足を伸ばして、

隣の駅まで行ってみようかな。

 

そんなふうに、

次の楽しみを考えているだけで、

また明日からの生活も、

少しだけ頑張れそうな気がします。

 

帰ったら、

美味しい紅茶でも淹れて、

今日撮ったお散歩の写真を、

スマホで整理してみようと思います。

 

それと同じように、

心の中の整理もできればいいんですけどね。

 

あ、

でも、

それはまた、

別の機会のお話ということで。

 

それでは、

そろそろ重い腰を上げて、

お目当てのパン屋さんを目指してみることにします。

 

歩くペースは、

自分の好きな速さで。

 

それが一番、

心地よい時間の過ごし方なのかもしれません。

そういえば、パン屋さんまでの道のりって、いつもより景色がゆっくり流れている気がします。

普段は忙しく通り過ぎてしまう道端の植え込み。

そこに咲いている名もなき花が、なんだか今日だけは特別に見えたりして。

 

こういうのって、心の持ちようなのかもしれませんね。

 

少し心に余裕があるだけで、見慣れたはずの街並みが、どこか知らない場所のように新鮮に感じられる。

これって、実はすごい魔法なんじゃないかなって思うんです。

 

私の場合は、このパン屋さんへ向かう時間が、ちょうどいい「心の調整時間」になっているのかもしれません。

 

みなさんは、日常の中にそんな「調整時間」、持っていますか?

 

たとえば、お気に入りのカフェでぼーっとすることだったり。

あるいは、お風呂上がりに冷たい飲み物を飲んで、一息つく瞬間のことだったり。

 

そういう、自分だけの小さな時間。

 

それは、

『自分を取り戻す時間』

 

でもあるような気がします。

 

毎日、家事や仕事に追われていると、どうしても自分の気持ちが後回しになってしまいますよね。

あれをしなきゃ、これをしなきゃ。

気づけば頭の中が「やらなきゃいけないこと」でいっぱいになっていたりして。

 

でも、こうやって外に出て、好きなパンを買いに行く。

そんな単純なことでも、視点を少し変えるだけで、不思議と心が軽くなるんです。

 

ようするに、

「自分のリズムを大切にする」

ということなのかもしれませんね。

 

そう考えると、日常というものは、意外と奥が深いなと感じます。

 

実は、先日も同じようなことがありました。

ふと入った雑貨屋さんで、とても素敵な箸置きを見つけたんです。

 

お値段は、ほんの数百円。

でも、その小さな箸置きが、その日の食卓をパッと明るくしてくれました。

 

別に、生活が変わるような大きな出来事ではないんです。

けれど、毎日使うお箸の下に、ちょっと可愛いお気に入りがいる。

 

ただそれだけで、夕食の準備も、後片付けも、ほんの少しだけ楽しくなる。

 

こういうのって、やっぱり大切にしたいですよね。

 

問題は、私たちがそういう「ささやかな喜び」に、どれだけ気づけるかということなのかなと思います。

 

忙しい時ほど、目の前のことだけに集中してしまって、周りが見えなくなってしまう。

これって、誰にでも経験があることではないでしょうか。

 

私も、つい最近まではそうでした。

毎日がただ過ぎていくだけで、何が楽しいのかもよく分からなくなっていたんです。

 

でも、ある時ふと思ったんですよね。

「今日という日は、二度とやってこないんだな」って。

 

そう考えたら、なんだか少し怖くなってしまって。

それと同時に、今の時間をちゃんと楽しもう、そう思えたんです。

 

それからは、日常の中にある小さな幸せを、意識して探すようにしてみました。

 

たとえば、朝のコーヒーの香り。

窓から差し込む柔らかな光。

近所のお散歩で見かける猫の姿。

 

そういう、何気ない出来事を、

「ああ、いいな」

と、心から感じるようにしてみたんです。

 

すると、どうでしょう。

それまでグレーだった毎日が、少しずつ色づいていくような感覚を覚えました。

 

これは、

『意識の変化』

 

と呼べるかもしれません。

 

同じ出来事でも、それをどう捉えるかで、人生は全く別のものになる。

そんなことに気づけたのは、私にとって大きな収穫でした。

 

もちろん、毎日が楽しいことばかりではありません。

落ち込む日もあれば、投げ出したくなる日だってあります。

 

そんな時は、無理にポジティブになろうとしなくてもいいのかなって思います。

 

ただ、

と、自分の気持ちを認めてあげること。

 

それだけで、少しだけ心が楽になる気がします。

 

頑張りすぎなくていい。

ときには立ち止まって、深呼吸をしたっていい。

 

自分の心に正直に過ごすこと。

それが、一番の幸せへの近道なのかもしれませんね。

 

そういえば、歩いていたら、もうすぐパン屋さんの角です。

角を曲がると、甘い香りがもっと強くなるはず。

 

想像しただけで、口元が緩んでしまいます。

 

みなさんも、もし週末にお出かけするなら、目的地を一つ決めて歩いてみるのはどうでしょうか。

何か特別なものが見つからなくても、きっと何かいいことが待っている気がします。

 

たとえば、帰り道に食べる焼き立てのクロワッサンとか。

それだけでも、十分幸せな休日と言えるんじゃないでしょうか。

 

そろそろ、お腹も空いてきました。

今日のお昼は、このパンと、淹れたてのコーヒーで決まりです。

 

あ、そうだ。

帰りにちょっとだけ、お花屋さんにも寄ってみようかな。

小さなブーケを飾るだけで、お部屋の雰囲気もガラッと変わりそうですし。

 

こういう、「小さな楽しみの積み重ね」が、きっと自分を少しずつ幸せにしていくのだと信じています。

 

自分だけではありません。

自分の機嫌がいいと、家族にも優しくなれる。

 

そうやって、幸せの輪が広がっていく。

それは、とても素敵なことだなと思うんです。

 

では、私はこれからパン屋さんで、一番美味しそうなバゲットを選んできますね。

 

みなさんも、今日という一日を、自分らしく楽しんでください。

 

次にまた会うときには、何か新しい「小さな幸せ」の話ができるといいな。

そんなことを考えながら、私はパン屋さんのドアを開けることにします。

 

また、素敵な一日をお過ごしくださいね。

 

先日、ふとテレビの録画一覧を眺めていたんです。

 

最近は新しい番組も多いけれど、

なんとなく、

気になったのは、

 

『昔のドラマ』

 

でした。

 

昔といっても、十年くらい前でしょうか。

 

私がまだ、今よりももう少しだけ若かった頃の作品です。

 

せっかくの休日だし、

コーヒーでも淹れて、

ゆっくり観てみようかな。

 

そんな軽い気持ちで、

再生ボタンを押したんです。

 

これが、

すべての始まりでした。

 

最初は、

「懐かしいな」

くらいの気持ちだったんです。

 

当時のファッションとか、

街並みの雰囲気とか。

 

そういうのを眺めているだけでも、

けっこう楽しいんですよね。

 

でも、

物語が進むにつれて、

だんだんと引き込まれていきました。

 

あ、このセリフ覚えてる!とか。

 

このシーン、

すごく流行ったよね!とか。

 

気がつけば、

テレビの画面に釘付けです。

 

問題は、ここからです。

 

ふと時計を見ると、

驚くような時間が流れていました。

 

「あれ?もうこんな時間?」

 

お昼の準備もしなきゃいけないし、

溜まっている洗濯物も畳まないといけない。

 

やるべきことは、

山ほどあるはずなのに。

 

私の手は、

完全に止まっていました。

 

こういうのって、

よくあることなのかもしれません。

 

一度、

昔の記憶の扉を開けてしまうと、

なかなか戻ってこれないというか。

 

実は、

ドラマの世界に浸っている間だけは、

日常の雑務をすっかり忘れてしまえるんです。

 

これは、

ある意味で、

素晴らしいことなのかもしれません。

 

でも、

主婦としては、

ちょっと困った状況でもありますよね。

 

溜まった家事を前にして、

私は一体、

どうすればいいのでしょうか。

 

そう考えると、

ドラマというのは、

単なる娯楽ではない気がしてきます。

 

『時間の魔法』

 

と言えるかもしれません。

 

現実の忙しさを、

一時的に止めてくれる魔法です。

 

もっとも、

魔法が解けたあとの現実は、

いつもと変わらず待っているのですが。

 

結局、

その日は夕方までドラマを観続けてしまいました。

 

おかげで、

夜ご飯の献立を考えるのが、

少しだけ慌ただしくなってしまって。

 

みなさんは、

こういう経験、ありませんか?

 

「ちょっとだけ」のつもりが、

気がついたら数時間経っていた、みたいなこと。

 

それは、なぜなのでしょうか。

 

やっぱり、

昔のドラマには、

今の作品にはない、

独特の魅力があるからなのかなと思います。

 

当時は何気なく見ていた日常の風景も、

今見ると、

すごくキラキラして見えたりして。

 

そういう時間って、

意外と大事なのかもしれませんね。

 

疲れた心に、

当時の思い出がそっと寄り添ってくれるような、

そんな温かい気持ちになれるんです。

 

もちろん、

家事が終わっていないことには、

少々反省もしつつ。

 

でも、

たまにはこんな休日があっても、

いいですよね。

 

実は、

ドラマを見終わったあと、

不思議とやる気が出てくることもあります。

 

「よし、明日からは頑張ろう」

 

そんなふうに、

気持ちを切り替えるスイッチになるというか。

 

次に観るときは、

家事を全部終わらせてから、

心置きなく楽しみたいと思います。

 

みなさんのお気に入りのドラマは、

何ですか?

 

また機会があったら、

そんな懐かしい作品を観ながら、

のんびり過ごしてみたいなと思いました。

 

なんだか、

今日はとても贅沢な一日を過ごした気分です。

 

たまには、

こういう時間も、

大切にしていきたいな。

 

そう思うのでした。

そういえば、

ドラマといえば欠かせないのが、

一緒に食べるものですよね。

 

せっかくのドラマタイムですから、

美味しいお供がないと、

なんだか物足りない気がしてしまって。

 

最近は、

近所のスーパーで見つけた、

少しだけ良いおやつを並べるのが楽しみなんです。

 

特別な高級品ではなくて、

ちょっとだけ贅沢な気分になれるくらいの、

そんなお菓子。

 

たとえば、

パッケージが可愛らしいクッキーや、

季節限定のフレーバーのチョコレート。

 

こういうのって、

やっぱりいいですよね。

 

実は、

ドラマを見ながら食べるおやつは、

不思議といつもより美味しく感じたりします。

 

普段なら、

家事の合間に慌ただしく口にするだけのコーヒーも。

 

ドラマを見ながらだと、

ゆっくり丁寧に淹(い)れてみようかな、

という気持ちになれるんです。

 

ようするに、

生活の中に、

わざと「余白」を作るということなのかな。

 

忙しい毎日は、

どうしても効率ばかりを考えてしまいがちです。

 

でも、

そんな効率を無視して、

ただお気に入りのドラマと、

好きなおやつを楽しむ。

 

そういう時間って、

意外と大事なのかもしれません。

 

みなさんは、

リラックスタイムのお供に、

何かこだわりはありますか?

 

最近、

私は紅茶にハマっていて。

 

以前は手軽なティーバッグばかりでしたが、

最近は茶葉から淹れる練習をしています。

 

最初は少し面倒かな、

と思ったのですが。

 

やってみると、

お湯を沸かして、

茶葉が広がるのを待つ時間さえ、

なんだか心地よくて。

 

香り高い紅茶を片手に、

懐かしいドラマの世界に浸る。

 

なんてことのない時間ですが、

私にとっては、

とても大切な癒やしのひとときなんです。

 

そう考えると、

幸せって、

案外すぐそばにあるものですよね。

 

特別な場所へ出かけたり、

高い買い物をしたりしなくても。

 

自分の心が、

ほんの少し軽くなるような工夫。

 

それができれば、

毎日をもう少しだけ、

丁寧に過ごせる気がします。

 

ちなみに、

紅茶と一緒にスコーンを焼いてみることもあります。

 

上手く焼けるときもあれば、

ちょっと失敗してしまうこともあって。

 

でも、

そんな失敗も、

家の中だと笑い話になりますよね。

 

家族が帰ってきたときに、

「今日はスコーン焼いたんだよ」なんて言って。

 

一緒に温かいものを食べる。

 

そういう時間が、

家族の会話を少しだけ温かくしてくれるような気もします。

 

もちろん、

何もしない休日も最高なんですけれど。

 

ちょっとだけ手を動かして、

自分の好きなものを作る。

 

それもまた、

休日の楽しみの一つなのかもしれませんね。

 

最近は、

すっかり秋めいてきたので。

 

温かい飲み物が、

いっそう美味しく感じる季節になりました。

 

次はどんなおやつを準備しようかな、

なんて考えるのも楽しいものです。

 

みなさんも、

この秋は少しだけ、

自分のための時間を大切にしてみませんか?

 

例えば、

読みたかった本を読み返してみたり。

 

あるいは、

ずっと行ってみたかったカフェに、

ふらっと立ち寄ってみたり。

 

ほんの少しの勇気と、

ほんの少しの余裕があれば。

 

日常は、

もっと豊かになるはずです。

 

私も、

次は家の中だけでなく、

少し足を伸ばしてお出かけしてみようかな。

 

お気に入りの景色を探しに。

 

また次のお休みの計画を立てるのが、

今から楽しみでなりません。

 

こうやって、

あれこれ考えている時間も、

やっぱり好きなんですよね。

 

また明日から、

頑張りすぎない程度に、

丁寧に毎日を重ねていきたいなと思います。

 

さて、

温かい紅茶でもおかわりして、

もう少しだけ、

この穏やかな時間を楽しむことにしますね。

そういえば、紅茶といえば。

先日、近所の小さなお店で素敵なティーカップを見つけたんです。

 

派手すぎず、かといって地味でもない。

なんとも言えない、優しい色合いのカップでした。

 

こういうのって、

ずっと使っていても飽きないものですよね。

 

実は、私はずっと、

器なんて何でもいいと思っていたんです。

 

お茶が飲めれば、

それで十分じゃないかなって。

 

でも、最近少し考えが変わりました。

 

お気に入りの器に注ぐと、

いつもの紅茶が、

なんだか一段と美味しく感じられるんです。

 

これって、

すごく不思議ですよね。

 

中身は同じはずなのに、

器一つで、

気持ちまでふんわりと軽くなるような気がします。

 

もしかすると、

大切にする心、というのでしょうか。

 

自分の日常を、

少しだけ特別にしてあげる感覚。

 

そういうのって、

意外と大事なのかもしれません。

 

みなさんは、

お気に入りの道具はありますか?

 

ずっと昔から使っているものや、

最近になって新しく迎えたもの。

 

それぞれに、

きっと物語があるはずです。

 

そう考えると、

暮らしを整えることって、

自分を慈しむことにもつながるのかな、

なんて思えてきます。

 

少し、話は変わりますが。

 

先日、久しぶりに美術館へ行ってみたんです。

 

少しだけ遠出して、

静かな時間を過ごしてきました。

 

美術館の空気感って、

やっぱりいいですよね。

 

どこか凛としていて、

背筋がすっと伸びるような感覚。

 

ゆっくりと歩きながら、

一枚の絵を眺めていると、

普段の忙しさを忘れてしまう瞬間があります。

 

「これは、どういう意味があるのかな?」

 

そんなふうに、

自分なりに想像を巡らせる時間。

 

誰かに教えられるわけでもなく、

ただ自分の心と向き合うような、

そんな静かなひととき。

 

こういうのって、

やっぱり大切にしたいですよね。

 

問題は、

日常に戻ったときに、

その余韻をどうやって持ち帰るか、ということになります。

 

せっかくリフレッシュしても、

次の日の朝には、

またいつもの慌ただしさに追われてしまう。

 

みなさんにも、

そんな経験はありませんか?

 

私はよくあります。

 

せっかくの休日明けに、

ちょっと溜息をついてしまったり。

 

でも、最近は少しだけ、

工夫をしてみることにしたんです。

 

美術館で買ったポストカードを、

デスクの隅に飾ってみる。

 

それだけで、

ふとした瞬間に、

あの日感じた静けさを思い出せるんです。

 

「あ、またここに来ればいいんだ」

 

そう思うだけで、

なんとなく心に余裕が生まれるような気がします。

 

ようするに、

大きな変化ではなくて。

 

日々の暮らしの中に、

小さな『お守り』を置くような感覚です。

 

そう考えると、

お出かけって、

場所に行くことだけが目的じゃないのかもしれませんね。

 

そこで感じたことや、

持ち帰った景色を、

日常の中に少しずつ溶かしていく。

 

そんな時間の使い方が、

私には合っているような気がします。

 

ちなみに、

その美術館の帰り道に、

ふらりと見つけたパン屋さんで、

焼きたてのクロワッサンを買いました。

 

これがまた、

びっくりするほど美味しくて。

 

外はサクサク、

中はもちもちの食感。

 

バターの香りが、

袋を開けた瞬間にふわっと広がって。

 

幸せって、

こういう瞬間の積み重ねでできているのかもしれません。

 

大層なことではなく、

美味しいものを食べて、

素敵な景色を見て、

お気に入りの器で温かいお茶を飲む。

 

それだけで、

毎日って十分に彩られるのだと思います。

 

みなさんの日常にも、

そんな小さな幸せは、

きっとたくさん隠れているはずです。

 

たとえば、

帰り道に見上げる夕焼けの色とか。

 

お花屋さんの店頭に並んだ、

季節の植物とか。

 

何気なく通り過ぎてしまうような場面にも、

宝物はたくさんあります。

 

意識して探してみると、

世界は思った以上に、

キラキラしているのかもしれません。

 

そんなふうに思うと、

明日からの毎日が、

ほんの少しだけ楽しみになってきませんか?

 

もちろん、

嫌なことや、

疲れることもあります。

 

予定通りにいかなくて、

落ち込む日だって、

きっとあるでしょう。

 

でも、そんな時こそ、

お気に入りの時間を思い出して、

自分を労わってあげたいなと思います。

 

無理に頑張らなくていい。

 

ただ、

少しだけ息を抜く。

 

そうやって、

自分を大切にしてあげることが、

一番の特効薬なのかもしれませんね。

 

さて、

紅茶もすっかり冷めてしまいました。

 

でも、不思議と、

そのひんやりした感じも、

今の気分にはちょうどいいような気がします。

 

こうやって、

とりとめもなく自分の思いを書き出してみる。

 

これもまた、

私にとっての『お守り』の時間なんだなと感じます。

 

最後まで読んでくださったみなさん。

 

ここまでお付き合いいただき、

本当にありがとうございました。

 

みなさんの今日が、

温かくて優しい時間でありますように。

 

次は、どんなお出かけをしようかな。

 

どこか美味しいランチでも探して、

ふらりと歩いてみようと思います。

 

今から、

次のお休みの計画を立てるのが、

本当に楽しみでなりません。

 

それでは、

またお会いしましょう。

 

みなさんも、

どうぞ素敵な毎日を過ごしてくださいね。

 

昨日の夜、

テレビでドラマを見ていました。

 

面白いですよね。

ドラマ。

 

物語の途中で、

主人公がピンチになるんです。

 

「どうするの?」

 

そう思っていたら、

ちょうどいいところで、

「つづく」

 

というテロップが出ました。

 

これ、

本当に、

困りますよね。

 

気になって、

気になって、

仕方がない。

 

モヤモヤしたまま、

夜も眠れない。

 

そういう経験、

あなたにもありませんか。

 

私は、

その夜、

ずっと考えていました。

 

「いったい、この続きはどうなるのか?」

 

実は、

気になりすぎて、

深夜の三時まで、

ネットで調べてみたんです。

 

では、

いったい何が、

わかったのか。

 

結論から言えば、

公式のサイトを見ても、

予告編を見ても、

何もわかりませんでした。

 

あたりまえですよね。

 

秘密だからこそ、

面白い。

 

教えないからこそ、

ワクワクする。

 

そう考えると、

私たちは、

「わからない」ということに、

心を揺さぶられている。

 

そんなふうに、

言えるかもしれません。

 

少し、

話しは変わりますが、

 

人生も同じじゃないでしょうか。

 

明日のことなんて、

誰にもわかりません。

 

来週、

何が起きるか。

 

来年、

自分がどこで、

何をしているか。

 

「わからない」から、

不安になる。

 

でも、

「わからない」からこそ、

期待もできる。

 

もし、

人生の結末が、

すべて最初からわかっていたら。

 

どうでしょうか。

 

面白くも、

なんともない。

 

ドラマと同じで、

先が読めないから、

私たちは、

今日という一日を、

一生懸命に生きられる。

 

そう考えると、

昨日見逃したドラマの続きは、

私にとって、

「人生の縮図」だったのかもしれません。

 

大げさでしょうか。

 

でも、

本当に、

そう思うんです。

 

では、

いったい、

どうしたらいいのか。

 

気になって仕方がないときは、

どう向き合えばいいのか。

 

答えは、

簡単です。

 

「待つ」

 

ただ、

待てばいいんです。

 

その時間は、

つらいかもしれません。

 

じれったいかもしれません。

 

けれど、

その「待ち時間」こそが、

実は、

一番楽しい時間なのかもしれません。

 

想像する時間。

 

夢を見る時間。

 

自分の心の中で、

物語を育てる時間。

 

そう考えると、

「結末を知る」ことよりも、

「結末を待つ」ことの方が、

ずっと重要なんだと思います。

 

本当の意味で、

ドラマを楽しんでいるのは、

見ている最中だけじゃない。

 

この、

モヤモヤしている時間も含めて、

ドラマなんだ。

 

そう、

気づいたとき、

なんだか少し、

心が軽くなりました。

 

深夜の三時に、

パソコンの前で、

私は笑ってしまいました。

 

なんて単純なんだろう、と。

 

たかがテレビドラマ。

 

されど、

テレビドラマ。

 

一つの出来事に、

私たちは、

これだけ振り回される。

 

でも、

それだけ、

私たちは、

真剣に生きている。

 

とも言えるのではないでしょうか。

 

だからこそ、

昨日のドラマには、

感謝しないといけません。

 

私に、

大切なことを、

教えてくれたのですから。

 

「先を急ぐな」

 

「いま、この時を楽しめ」

 

そんなメッセージが、

聞こえてくるような気がしました。

 

・・

 

なんだか、

不思議な気分です。

 

たった一時間の番組が、

今の私の、

人生観まで変えてしまった。

 

これって、

すごいことだと思いませんか!!

 

もし、

今、

あなたが何かに悩んでいたり、

先が見えなくて不安だったりするなら、

思い出してみてください。

 

昨日の、

あのドラマを。

 

「つづく」

 

その先には、

きっと、

あなたが想像もしなかった、

素敵な未来が待っています。

 

だから、

あわてて調べなくていい。

 

あわてて答えを出さなくていい。

 

その「モヤモヤ」を、

大切にしてください。

 

それは、

あなたが、

一生懸命に生きている証拠なのですから。

 

というわけで、

昨日のドラマのおかげで、

今日はとっても、

穏やかな気持ちで過ごせそうです。

 

皆さんの、

今日の「ドラマ」は、

どんな展開でしょうか。

 

素敵な一日になると、

いいですね。

 

私も、

続きを楽しみに、

今日を全力で生きてみます。

 

そう考えると、

なんだか、

やる気がわいてきました。

 

本当に、

スゴイことだと思います!!

やる気がわいてくる。

 

そう、

たった一つのきっかけで、

人はこんなにも変われるのです。

 

少し、

話は変わりますが、

皆さんは、

「余白」について、

考えたことはありますか。

 

真っ白なノートや、

広々とした公園の空き地。

 

そこに、

何も書かれていない、

何も置かれていない。

 

私たちはつい、

そこを埋めようとしてしまいます。

 

何かで埋め尽くさないと、

損をしているような、

そんな気分になるのです。

 

それは、

まるで、

私たちの人生そのものかもしれません。

 

仕事で予定を埋め、

SNSで人間関係を埋め、

情報で頭の中を埋め尽くす。

 

忙しいことが、

善である。

 

そんな、

見えないルールに、

縛られているような気がします。

 

でも、

本当にそうなのでしょうか。

 

隙間(すきま)のない人生に、

新しい風は吹き込むことができるのでしょうか。

 

たとえば、

一杯のコップを想像してみてください。

 

水で満タンになったコップに、

新しい飲み物を注ぐことはできません。

 

当たり前のことですが、

私たちは、

意外と忘れてしまいがちです。

 

一度、

その水を捨てないと、

新しいものを受け入れることはできないのです。

 

人生の「余白」とは、

そういうことなのだと思います。

 

実は、

昨日感じたあの「モヤモヤ」。

 

あれこそが、

心の余白だったのかもしれません。

 

何も決まっていない。

何も分かっていない。

 

だからこそ、

可能性だけが、

そこにある。

 

そう考えると、

不安だと思っていたことが、

急に愛おしく感じられてきます。

 

問題は、

そのモヤモヤを、

すぐに消そうとすることです。

 

誰かに答えを聞いたり、

ネットで解決策を検索したり。

 

そうやって、

すぐに「結論」という名前のインクで、

その余白を塗りつぶしてしまう。

 

もっと、

ゆっくりでいいのです。

 

その余白を、

味わってみる。

 

何が起こるか分からない時間を、

あえて楽しんでみる。

 

それが、

自分の人生を、

より豊かにするヒントになるのではないでしょうか。

 

そういえば、

昔読んだ本の中に、

こんなことが書いてありました。

 

「完璧(かんぺき)なものは、完成した瞬間に終わりを迎える」

 

少し、

難しい言い方かもしれませんね。

 

ようするに、

これ以上変える余地がないものは、

それ以上成長しない、ということです。

 

彫刻家が彫る石像だって、

描きかけの絵画だって、

完成していないからこそ、

そこにエネルギーが宿っている。

 

私たちの人生も、

同じではないでしょうか。

 

完成しきらない。

どこか足りない。

 

だからこそ、

明日という日が、

輝くのです。

 

皆さんは、

今、

どんな余白を持っていますか。

 

仕事の合間の、

ほんの五分間かもしれません。

 

あるいは、

誰かを待っている、

一人の時間かもしれません。

 

その時間を、

決して「無駄」だと思わないでください。

 

それは、

人生という物語の、

次の一ページを書くための、

大切なインクを調合する時間なのですから。

 

ここで、

一つ提案があります。

 

今日は、

あえて、

何も計画しない時間を、

作ってみるのはどうでしょうか。

 

スマホを置いて、

ただ窓の外を眺める。

 

あるいは、

目的もなく、

一駅分だけ歩いてみる。

 

最初は、

落ち着かないかもしれません。

 

何もしない自分に、

罪悪感を感じるかもしれません。

 

でも、

そこを耐えてみてください。

 

きっと、

普段は見過ごしていた、

小さな発見があるはずです。

 

道端に咲いている花の色。

風の匂い。

遠くから聞こえる、

誰かの笑い声。

 

世界は、

こんなにも豊かな表情を見せていたのかと、

気づくことができるはずです。

 

それは、

きっと、

「今の自分」を肯定する、

とても強い力になります。

 

昨日、

ドラマを見て、

「いまを楽しもう」と思ったあの気持ち。

 

それを、

実際に、

行動に移してみるのです。

 

結局のところ、

私たちの人生は、

「今」の積み重ねでしかありません。

 

過去の失敗を悔やむのも、

未来の不安を恐れるのも、

すべては「今」この瞬間に起きている出来事です。

 

そう考えると、

とってもシンプルだと思いませんか!!

 

過去を書き換えることはできません。

未来を予測することもできません。

 

できるのは、

この「今」という瞬間に、

どんな感情を抱き、

どんな選択をするか。

 

それだけです。

 

だからこそ、

この瞬間を、

丁寧(ていねい)に、

大切に生きたいのです。

 

難しく考える必要はありません。

 

美味しいコーヒーを飲む。

お気に入りの服を着る。

大切な人に、

「ありがとう」と伝える。

 

そんな、

小さなことの積み重ねが、

やがて、

大きな幸福感につながっていく。

 

そう、

確信しています。

 

人生というドラマの脚本家は、

誰でもない、

自分自身なのですから。

 

どんな筋書きにするか、

どんな結末にするか。

 

それは、

今日この瞬間の、

あなたの心の持ちようで、

いくらでも書き換えることができるのです。

 

そう考えると、

本当に、

ワクワクしませんか!!

 

なんだか、

空が晴れてきたような気がします。

 

まだ、

解決していない悩みはありますか。

 

まだ、

先が見えない不安はありますか。

 

それでもいいのです。

 

その「まだ」こそが、

可能性の扉なのですから。

 

無理に開けようとせず、

そっと寄り添っていればいい。

 

そのうち、

向こう側から、

新しい風が、

スッと吹き込んでくるはずです。

 

それは、

驚くような、

素晴らしい出来事かもしれないし、

あるいは、

今の悩みなんて、

ちっぽけだったと思えるような、

優しい気づきかもしれません。

 

いずれにせよ、

あなたが、

あなたらしく歩んでいれば、

必ず、

たどり着くべき場所へと運ばれていきます。

 

自分の人生を、

信じてみてください。

 

これまでの自分を、

信じてみてください。

 

そして、

今、

この瞬間を、

思いっきり楽しんでみてください。

 

きっと、

明日という日が、

昨日とは違う色を見せてくれるはずです。

 

なんて、

語りすぎましたね。

 

でも、

これだけは言っておきたいのです。

 

あなたの人生は、

誰のものでもない、

あなただけの物語だということを。

 

だから、

安心して、

思う存分、

主演を務めあげてください。

 

私も、

負けていられませんね。

 

さあ、

コーヒーを淹れて、

窓の外を眺めようと思います。

 

そこにある、

何も描かれていない、

真っ白なキャンバスに。

 

今日は、

どんな色を重ねていこうか。

 

そんなことを考えているだけで、

胸が、

少しだけ、

熱くなってきました。

 

本当に、

スゴイことだと思います!!

 

・・

 

それでは、

また。

 

あなたの物語が、

今日も素敵な展開になりますように。

あ、そうそう。

 

書き忘れていたことがありました。

 

つい先ほど、

窓の外に、

一羽の鳥が飛んでいくのが見えたんです。

 

どこへ行くのかは、

誰にも分かりません。

 

風に身を任せているのか、

それとも明確な目的地があるのか。

 

あるいは、

ただ単に、

飛びたかっただけなのかもしれません。

 

私たちはつい、

「何のために」

生きるのか、

「どこへ」

向かっているのかを、

探してしまいがちです。

 

人生には、

必ず目指すべきゴールがある、

そう思い込んでしまうのです。

 

でも、

本当にそうなのでしょうか?

 

もしかしたら、

その鳥のように、

ただ今日という空を、

精一杯、

羽ばたくだけでいい、

ということなのかもしれません。

 

目的という言葉に、

縛られる必要はないのです。

 

意味なんて、

あとから、

いくらでも付け足せばいい。

 

そう考えると、

なんだか少し、

肩の力が抜けませんか。

 

私たちは、

もっと自由でいい。

 

「自分」という存在を、

何かの枠組みに、

無理やり当てはめようとしなくていいのです。

 

あなたは、

あなたであればいい。

 

それだけで、

十分すぎるほど、

尊い存在なのですから。

 

今日という日は、

二度と巡ってきません。

 

昨日の後悔も、

明日の不安も、

今は一度、

脇に置いておきましょう。

 

今、

この瞬間に、

流れる空気。

 

ふっと香る、

コーヒーの苦味。

 

窓の外に広がる、

名もなき風景。

 

そうした、

ささやかな断片こそが、

私たちの人生を形作る、

かけがえのない素材なのです。

 

人生が、

大きな物語だとしても、

そのページをめくるのは、

常に「今」という時間です。

 

そう考えると、

毎日は、

退屈な繰り返しなんかじゃありません。

 

毎日が、

新しい冒険の、

始まりなのです。

 

そう思えたら、

なんだかワクワクしてきませんか。

 

私は、

ワクワクしてきました。

 

人生というキャンバスに、

今日はどんな色を塗りましょうか。

 

鮮やかな青でしょうか。

 

それとも、

少し落ち着いた、

夕暮れのようなオレンジでしょうか。

 

どんな色だって、

あなただけの、

正解です。

 

失敗なんてありません。

 

すべては、

より素敵な物語を紡ぐための、

大切な一筆なのですから。

 

だからこそ、

思う存分、

絵筆を振るってください。

 

筆を止める必要なんて、

どこにもありません。

 

あなたの物語は、

あなたが、

描き続ける限り、

永遠に続いていくのです。

 

本当に、

楽しみですね。

 

では、

今日はこの辺で。

 

温かいコーヒーを飲み干して、

私も、

自分だけの物語を、

もう一ページ、

書き進めてみようと思います。

 

また、

お会いしましょうね。

 

この間、休日の午後にテレビをつけて、のんびりしていたんです。

 

最近、どのチャンネルを回しても、

似たような番組ばかりやっていませんか?

 

そう、

「あの番組」です。

 

スタジオにひな壇があって、

タレントさんがみんなでワイワイ盛り上がっている、

あれです。

 

なんとなくつけているだけで、

お部屋が明るくなる気がして、

私も嫌いではありません。

 

でも、最近ちょっと、

困ったことがあったんです。

 

それは、

ある人気番組を録画して、

夕食の準備中に流していたときのことでした。

 

テレビの中の皆さんが、

ものすごく美味しそうに、

ある料理を食べていたんです。

 

「これ、本当に美味しいから!」

 

「信じられないくらい、とろける!」

 

なんて、

大絶賛しているわけです。

 

それを見ていた夫が、

ふと、こう言ったんです。

 

「ねえ、今日の夜ご飯、これにしない?」

 

問題は、

その料理が、

どう見ても手の込んだ料理だったことなんです。

 

ようするに、

煮込んだり、

寝かせたりしないといけないような、

手間のかかる料理だったということですね。

 

私は思わず、

「えっ、今から?」と聞き返してしまいました。

 

テレビの力って、

思った以上にすごいですよね。

 

見ているだけで、

その場の空気感まで伝わってくる気がして、

ついつい「私も食べたい!」って、

思ってしまうんです。

 

でも、

現実は、

そんなに甘くありません。

 

冷蔵庫の中には、

ありあわせの野菜と、

少しの豚肉しかないんです。

 

まさに、

『悲劇』の始まりでした。

 

そこから、

キッチンでの奮闘が始まりました。

 

テレビの味を再現したくて、

家にある調味料を片っ端から混ぜ合わせます。

 

「これかな?」

 

「いや、もっと隠し味を入れたほうがいいかも?」

 

と、

試行錯誤を繰り返す私。

 

台所は、

まるで戦場のような騒ぎになってしまいました。

 

あちこちに、

調味料のボトルが散乱して、

お玉はあっち、

フライパンはこっちと、

大パニックです。

 

夫はというと、

リビングでテレビを観ながら、

「まだかなー?」なんて言っています。

 

こういうとき、

世の中の旦那様って、

どうしてこうも呑気なのでしょうか。

 

実は、

こういうときこそ、

夫婦の絆が試されているのかもしれません。

 

ようするに、

「美味しいものを食べたい」という共通の目的があるはずなのに、

立場によって、

その熱量に差があるということですね。

 

結局、

一時間かけて作った料理は、

テレビで観たものとは、

似ても似つかないものになりました。

 

見た目は、

なんというか、

独特の仕上がりです。

 

でも、

食べてみると、

意外と悪くないんですよね。

 

「まあ、これはこれで、アリかな」と、

二人で笑い合いました。

 

結局、

美味しいかどうかよりも、

その過程でドタバタしたこと自体が、

一番の思い出になったのかもしれません。

 

そう考えると、

あの番組を観て、

心動かされた時間も、

無駄ではなかったということですね。

 

みなさんは、

テレビを観ていて、

急に食べたくなったものって、ありますか?

 

こういうことって、

案外、誰にでもあることなのかもしれません。

 

実は、

昨日もまた、

別の料理番組を観てしまいました。

 

今度は、

もっと簡単にできるものだといいな、

なんて思っています。

 

たまには、

こうやって、

テレビに振り回される休日も、

悪くないですよね。

 

また今度、

週末にゆっくり時間があるときに、

もう少しだけ丁寧に、

料理に挑戦してみようかな。

 

次にテレビを観るときは、

もう少し、

心に余裕を持って観たいなと思います。

 

そういえば、

最近、新しいキッチンツールも気になっているんです。

 

それがあると、

また少し、

お料理が楽しくなるかもしれませんね。

 

さて、

明日は何を作ろうかな。

 

そんなことを考えるのも、

日常のちょっとした楽しみだったりします。

 

みなさんも、

お休みの日には、

ぜひ好きな番組を観ながら、

のんびりとした時間を過ごしてみてくださいね。

 

きっと、

そこには小さな幸せが、

たくさん詰まっているはずですよ。

そういえば、キッチンツールといえば、この前ふらっと立ち寄った雑貨屋さんで、とても素敵なピーラーを見つけたんです。

使いやすそうなのはもちろんのこと、その見た目がどこかレトロで、ずっと前から我が家にあったような親しみやすさがありました。

 

こういう道具ひとつで、

料理のやる気って、

変わるものですよね。

 

以前は、機能性さえよければいいと思っていたのですが、最近は少しだけ、見た目や手触りにもこだわりたいなと思うようになりました。

お気に入りの道具を使うと、それだけで家事の時間が、ちょっとしたイベントみたいに感じられるんです。

 

みなさんは、

何かお気に入りのキッチンツール、

持っていますか?

 

やっぱり、

使いやすい道具には、

愛着がわきますよね。

 

大切に使おうという気持ちになりますし、丁寧に手入れをする時間さえも、なんだか贅沢に思えてくるから不思議です。

実は、最近少しだけ、丁寧な暮らしというものに興味が湧いてきました。

 

といっても、

そんなに大層なことでは、

ないのですが。

 

朝、少しだけ早起きをしてコーヒーを淹れたり、お気に入りの器にお料理を盛り付けたり。

そういう小さな工夫を積み重ねるだけで、毎日の景色が、ほんの少しだけ明るく見えるような気がします。

 

そういえば、先週末は久しぶりに大きな公園へ行ってみたんです。

お天気がとてもよかったので、これは出かけないともったいないかなと思って。

 

たまには、

外の空気を吸うのも、

大事なことですよね。

 

公園に到着すると、思った以上にたくさんの家族連れや、ペットとお散歩を楽しむ方で賑わっていました。

芝生の上にレジャーシートを広げて、のんびりとお昼寝をしている人たちを見ると、なんだかこちらまで穏やかな気持ちになります。

 

こういうのって、

やっぱりいいですよね。

 

日常の喧騒から離れて、

ただただ、

ぼーっとする時間。

 

実は、最近まで毎日が忙しくて、そんな当たり前のことさえ、忘れかけていた気がします。

でも、公園のベンチに座って、風に揺れる木々を眺めていると、不思議と心が軽くなるような感覚がありました。

 

問題は、

日々の生活に追われて、

自分の心を見失ってしまうこと。

 

そう考えると、

意識的に立ち止まる時間って、

想像以上に大切なのかもしれません。

 

みなさんは、

どんな場所でリフレッシュするのが、

好きですか?

 

海を見ながらぼーっとするのもいいですし、静かなカフェで本を読むのも素敵ですよね。

私の場合、やっぱり自然を感じられる場所が、一番心が落ち着くような気がします。

 

そういえば、公園の帰り道に、偶然見つけた小さなお菓子屋さんにも寄ってみました。

店内に並ぶ焼き菓子の、なんともいえない甘い香りに誘われて、思わずドアを開けてしまったんです。

 

こういう衝動的なお買い物って、

なんだかワクワクしますよね。

 

ショーケースの中には、色とりどりのマドレーヌやクッキーが並んでいて、どれにしようか迷ってしまうほど。

結局、定番のバタークッキーを買って帰ることにしました。

 

家に帰って、

さっそく淹れたての紅茶と合わせて、

おやつタイムを楽しみます。

 

やっぱり、

美味しいものを口にすると、

幸せな気持ちになれますね。

 

一口食べるたびに、

なんだか心が満たされていくのが分かります。

 

自分へのご褒美って、

こういう些細なことで十分だったりします。

 

高いレストランに行くのもいいけれど、お気に入りの道具で入れたお茶と、美味しいお菓子さえあれば、そこはもう立派なカフェになるのです。

 

そう考えると、

暮らしを豊かにするのって、

意外と簡単なことなのかもしれません。

 

自分の心が、

何を求めているのか。

 

それに気づいてあげるだけで、

毎日はもっと、

愛おしくなるはずです。

 

さて、そろそろ夕飯の支度を始めないといけません。

さっきテレビで観た料理に挑戦するか、それともいつもの定番にするか。

 

悩む時間さえも、

今の私にとっては、

大切なひとときです。

 

みなさんも、

今日という一日を、

大切に過ごせましたか?

 

明日もまた、

素敵な何かが、

待っているといいですね。

 

まずは、キッチンに立って、

お気に入りのピーラーを手に取ることから、

始めてみようと思います。

 

なんだか、

それだけで明日の朝が、

楽しみになってきました。

そういえば、ピーラーの話をしていたら、

ふと、道具の大切さについて考え込んでしまいました。

 

みなさんは、

お気に入りのキッチンツール、

ありますか?

 

実を言うと、

私は昔、なんでもいいと思っていたんです。

100円ショップのもので十分だし、

壊れたら買い替えればいいやって。

 

でも、

ある日、少しだけ奮発して、

持ち手が手に馴染むピーラーを買ってみたんです。

 

そうしたら、

驚くほど軽やかに、

野菜の皮が剥ける。

 

あの、スーッと皮が離れていく感覚。

あれは、なんとも言えない快感なんですよね。

 

その時、

気がついたんです。

 

「道具を変えるだけで、

こんなに家事が楽しくなるんだ」

 

って。

 

これって、

料理に限ったことではないのかもしれません。

 

たとえば、

お気に入りのペンを使っていると、

なんだか字を丁寧に書きたくなったり。

 

お気に入りの靴を履いていると、

いつもの散歩道が、

ちょっとだけ景色を変えて見えたり。

 

小さなことですが、

こういう変化の積み重ねが、

日々の生活を彩ってくれるんですよね。

 

そう考えると、

やっぱり暮らしって、

自分のこだわりが形になったものなのかなと思います。

 

もちろん、

無理に良いものを揃える必要はありません。

 

大切なのは、

自分がそれを使っていて、

「気持ちいいな」と思えるかどうか。

 

そういう感覚を、

素直に大切にしてあげること。

 

それが、

日常を少しだけ丁寧にするための、

コツなのかもしれませんね。

 

最近は、

そんな風に考えるようになってから、

買い物に行くのが、

前よりもずっと楽しくなりました。

 

以前は、

「何を買うか」ばかり考えていたけれど、

今は、

「これを迎えたら、どんな暮らしになるかな」

と想像するのが楽しくて。

 

スーパーの棚に並ぶ野菜を見ても、

「今日はこのお野菜で、美味しいスープを作ってみよう」

なんて、

なんだかワクワクしてくるんです。

 

これって、

ちょっとした魔法みたいですよね。

 

みなさんは、

最近、何か新しい発見はありましたか?

 

小さすぎて忘れてしまいそうなことでも、

実は、自分にとっての幸せの種だったりするんです。

 

もしかしたら、

明日の朝、

何気なく淹れるコーヒーの香りが、

いつもより少しだけ深く感じられるかもしれません。

 

そんなふうに、

些細な変化に気づける毎日って、

すごく贅沢なことだと思うんです。

 

あ、いけない。

ついつい、とりとめもなく話してしまいました。

 

夕飯の支度、

そろそろ本当に取り掛からないと。

 

今日のメニューは、

少し迷いましたが、

冷蔵庫に残っている野菜をたっぷりと使った、

シンプルな煮込みにしようかなと思います。

 

コトコトと火にかけて、

スープが美味しくなるのを待つ時間。

 

その間に、

ゆっくりと本を読んだり、

ラジオを聴いたり。

 

そんな時間も、

やっぱり好きなんですよね。

 

そうそう、

次のお休みには、

ずっと気になっていた雑貨屋さんへ、

足を伸ばしてみようかなと計画中なんです。

 

そこでお気に入りの小さな器に出会えたら、

今日の煮込みも、

もっと美味しく見えるはず。

 

想像するだけで、

なんだか胸が高鳴ります。

 

楽しみなことが、

また一つ増えました。

 

みなさんも、

週末には少しだけ、

自分のための時間を作ってみませんか?

 

美味しいものを食べたり、

お気に入りの道具を磨いたり。

 

そんな時間は、

きっと明日へのエネルギーを、

たっぷりと蓄えてくれるはずですから。

 

さあて、

キッチンへ向かいます。

 

お気に入りのエプロンをつけて、

少しだけ特別な気分で、

今日の夜ご飯作りを始めるとしますね。

 

みなさんの晩ごはんが、

笑顔あふれるものになりますように。

 

また近いうちに、

こんなお話ができるのを、

楽しみにしています。

 

それでは、また。

 

休日のお昼過ぎ、

なんだか少しだけ、

いつもと違う空気を吸いたくなったんです。

 

せっかくのお休みですし、

家にばかりいるのも、

もったいない気がして。

 

そこで、

少し足を伸ばして、

『いつもより遠くのスーパー』まで、

歩いて行ってみることにしました。

 

こういうのって、

やっぱりいいですよね。

 

ちょっとしたお出かけ気分が味わえますし、

運動にもなります。

 

私は、

お気に入りのスニーカーを履いて、

ウキウキしながら、

家を出発しました。

 

でも、

ここで、

問題が発生したのです。

 

それは、

思った以上に、

風が強かったということです。

 

歩き始めて、

ほんの数分。

 

なんだか、

空模様が、

急に怪しくなってきました。

 

青空だったはずなのに、

遠くから、

まっ黒な雲が、

すごい勢いで迫ってくるのです。

 

これは、

ただ事ではありません。

 

まるで、

私の行く手を阻むかのように、

冷たい風が、

ビュービューと吹き荒れ始めました。

 

ここで、

引き返すべきか。

 

それとも、

前へ進むべきか。

 

私は、

その場で、

真剣に立ち止まってしまいました。

 

こういうとき、

人間って、

ものすごく深いことを考えてしまうものですよね。

 

「私は、

いったい、

何をしているんだろう」

 

「ただの夕飯の食材を買いに行くだけなのに、

なぜ、

こんな過酷な環境に身を置いているのだろう」

 

そんな、

どうでもいい哲学的な問いが、

頭の中をぐるぐると駆け巡ります。

 

でも、

ここで引き下がるのは、

なんだか悔しい。

 

せっかく、

ここまで歩いてきたのです。

 

私の小さなプライドが、

「進みなさい」と、

ささやいている気がしました。

 

だから、

私は、

コートの襟をキュッと立てて、

さらに歩幅を広げました。

 

『人類の生存競争』

 

そんな大げさな言葉が、

頭をよぎりますが、

気にしてはいけません。

 

要するに、

ただの買い出しです。

 

けれど、

気分はもう、

大冒険の主人公でした。

 

強い風に押されながらも、

一歩、

また一歩と、

足を進めます。

 

途中で、

飛ばされそうになった帽子を、

必死のパッチでキャッチするという、

小さなハプニングもありました。

 

こういうのって、

後から思い出すと、

けっこう楽しいんですよね。

 

そして、

悪戦苦闘すること、

およそ二十分。

 

ついに、

目的地のスーパーが、

目の前に現れました。

 

そのときの感動は、

言葉では言い表せないほどでした。

 

まるで、

砂漠の真ん中で、

オアシスを発見したかのような、

そんな心地よさです。

 

自動ドアが開いた瞬間、

ふんわりと温かい空気が、

私を包み込んでくれました。

 

「生き返った……」

 

思わず、

声が出てしまいました。

 

店内の明るい照明と、

美味しそうな総菜の匂いが、

私の荒んだ心を、

優しく癒やしてくれるのです。

 

なんだか、

ものすごく、

平和な世界がそこにありました。

 

外の嵐が嘘のようです。

 

こういう日常のギャップに、

人間は、

幸せを感じるのかもしれません。

 

カゴを手にした私は、

まるで、

戦から帰ってきた戦士のように、

ゆっくりと店内を歩き始めました。

 

目的は、

もちろん夕飯の食材です。

 

でも、

このときの私には、

普通の主婦とは違う、

どこか誇らしげなオーラが、

漂っていたに違いありません。

 

野菜売り場を通り過ぎ、

お肉コーナーを覗き、

気がつけば、

予定にはなかった、

ちょっとお高めのアイスクリームを、

カゴに入れていました。

 

「これは、

今日よく頑張った自分への、

ささやかなご褒美です。」

 

心の中で、

そう言い訳をしながら。

 

こういう時間って、

意外と大事なのかもしれません。

 

いつもと同じ日常のなかに、

ほんの少しの事件と、

大きな安らぎがある。

 

それだけで、

休日の価値が、

何倍にも跳ね上がるような気がするのです。

 

レジを済ませて、

外に出てみると、

いつの間にか風はピタリと止んでいて、

きれいな夕焼け空が広がっていました。

 

さっきまでの大荒れが、

まるで嘘のようです。

 

私は、

レジ袋をぶら下げながら、

鼻歌まじりで家路につきました。

 

帰り道に見上げた空は、

なんだかいつもより、

少しだけ広く見えた気がします。

 

みなさんは、

ちょっとそこまでのつもりが、

大冒険になってしまった経験は、

ありませんでしょうか。

 

こういう予想外の出来事も、

後になって振り返れば、

すべて笑い話になるんですよね。

 

そう考えると、

日々の暮らしって、

本当に面白いなと思います。

 

また今度、

天気のいい日を狙って、

別の遠くのスーパーにも、

行ってみたいなと思いました。

 

今度は、

何が待ち受けているでしょうか。

 

ちょっとだけ、

楽しみだったりします。

そういえば、

スーパーの帰り道って、

どうしてあんなに足取りが軽くなるんでしょうね。

 

両手にぶら下げたレジ袋の重ささえ、

なんだか心地いいトレーニングみたいに感じられたりして。

 

こういう小さなことの積み重ねが、

私たちの生活を、

少しずつ豊かにしてくれているのかもしれません。

 

ちょっと大げさでしょうか。

 

でも、

本当になんでもない日常の中に、

小さな宝物が隠れているんですよね。

 

いつも通っている道でも、

ふと脇道にそれてみたりすると、

新しい発見があったりします。

 

たとえば、

ずっと気になっていた小さなパン屋さんを見つけたり、

可愛い野良猫に出会ったり。

 

そういう偶然の出会いって、

予定調和の休日には味わえない、

特別なスパイスみたいなものだと思うんです。

 

思い返せば、

今日のスーパーでの出来事も、

まさにそんなスパイスの一つでした。

 

最初は、

「夕飯の材料を買いに行くだけ」

という、

ごくありふれた目的だったはずなのに。

 

いつの間にか、

新しいお醤油との出会いがあり、

店員さんとのちょっとした会話があり、

外に出てみれば劇的な夕焼け空が広がっていて。

 

人生って、

案外そういうサプライズに満ちているものなのかもしれません。

 

準備万端で臨む旅行も楽しいけれど、

こういう日常の延長線上にあるプチ冒険も、

悪くないですよね。

 

むしろ、

気負わなくていい分、

心からリラックスできる気がします。

 

家に着いて、

買ってきた戦利品をキッチンのテーブルに並べてみました。

 

特売のトマトに、

ちょっといいお肉、

そして、

あの迷いに迷って買ったお醤油です。

 

並べて眺めているだけで、

なんだかニンマリしてしまいます。

 

こういう瞬間って、

子どもの頃におもちゃを買ってもらったときのワクワク感に、

ちょっと似ているかもしれません。

 

大人になると、

なかなか純粋にドキドキするようなことって、

少なくなってしまいますよね。

 

仕事に追われて、

家事に追われて、

気づけば一日が終わっている。

 

そんな毎日を過ごしていると、

心がすり減ってしまうこともあります。

 

だからこそ、

こういう小さなときめきが、

必要なのかなと思うのです。

 

それは、

高級なブランドバッグを買うことでもなければ、

遠くの高級リゾートに行くことでもありません。

 

ご近所のスーパーで、

思いがけないお醤油に出会うこと。

 

そんなささやかな出来事で、

心がいっぱいになる。

 

人間の心って、

本当はもっとシンプルで、

些細なことで満たされるようにできているのかもしれません。

 

そう考えると、

毎日の暮らしも、

もう少し面白くできる気がしてきます。

 

明日は、

どんな一日になるでしょうか。

 

特に特別な予定は入っていません。

 

いつも通りの朝が来て、

洗濯をして、

掃除をして、

いつものお仕事を片付ける。

 

きっと、

そんな平凡な一日が待っているはずです。

 

でも、

もしかしたら、

また何か小さな発見があるかもしれない。

 

そう思うと、

明日を迎えるのが、

ちょっぴり楽しみになってきます。

 

冷蔵庫にしまったお醤油は、

今日の夕飯の冷奴に使ってみようと決めていました。

 

きっと、

いつものお豆腐が、

何倍も美味しく感じられるはずです。

 

どんな味がするのか、

今から想像するだけで、

お腹が鳴ってしまいそうです。

 

食卓を囲みながら、

今日のスーパーでの大冒険を、

夫にも話してみようかな。

 

「今日ね、こんなことがあってさ」

 

って話し始めたら、

また笑い話が一つ増えることでしょう。

 

こういう時間を家族と共有できることも、

かけがえのない幸せの一つなんだろうなと思います。

 

当たり前のように過ぎていく日々の中には、

見落としてしまいそうな小さな幸せが、

たくさん転がっている。

 

それを一つずつ拾い集めていくような気持ちで、

これからの毎日も過ごしていけたらいいな。

 

そんなことをぼんやりと考えながら、

私はエプロンのポケットに手を突っ込みました。

 

指先が触れたのは、

今日のお買い物のレシート。

 

そこには、

ちゃんとあの謎のお醤油の名前が、

印字されていました。

 

それは、

今日一日が確かに私のものであったという、

ささやかな証拠のような気がします。

 

さて、

そろそろ夕飯の支度を始めないとですね。

 

今日のメニューは、

あのトマトを使った簡単なサラダと、

お醤油を主役にしたお豆腐。

 

それだけで、

なんだか贅沢な食卓になりそうな予感がします。

 

みなさんも、

今夜の夕食には、

ちょっとした新しい挑戦を、

取り入れてみてはいかがでしょうか。

 

いつもの食材を少し変えてみるだけでも、

気分がガラリと変わるかもしれませんよ。

 

それでは、

そろそろキッチンに向かうことにします。

 

美味しい匂いが漂う我が家に、

今日も穏やかな夜がやってきますように。

冷蔵庫を開けると、

さっき買ってきたトマトが、

つやつยวと光っていました。

 

赤くて、

丸くて、

なんだか見ているだけで元気がもらえるような、

そんな存在感です。

 

こういう野菜一つとっても、

どこで誰がどんなふうに育てたのかなあと、

ふと考えてしまうことがあります。

 

私たちは普段、

あまりにもたくさんのものに囲まれて暮らしているから、

目の前にある食材の背景まで、

ついつい忘れがちになってしまいます。

 

でも、

ちょっと立ち止まってみると、

食べ物一つをとっても、

たくさんの人の手を通ってここにやってきているんですよね。

 

そう思うと、

ただの夕飯の準備も、

なんだか少し違った意味を持ってくるような気がします。

 

大げさなことではなくて、

毎日のご飯の時間が、

ほんの少しだけ愛おしくなるというか。

 

そういう気持ちを忘れないでいたいなと、

キッチンに立ちながら、

ふと思いました。

 

まな板を出して、

包丁を手に取ります。

 

トントンと、

心地よい音が静かな部屋に響き渡る。

 

この音を聞いているだけでも、

一日の疲れがスッと溶けていくような気がするから不思議です。

 

やっぱり、

こういう手作業の時間は、

私にとって大切なリフレッシュなんだと思います。

 

お仕事をしている方なら、

パソコンに向かう時間だったり、

あるいは家事や育児に追われる毎日だったり。

 

それぞれに、

忙しい時間を過ごしていることでしょう。

 

だからこそ、

ほんの数分でもいいから、

自分のための時間や、

心がフッと軽くなる瞬間を持つことって、

とても大切なのではないでしょうか。

 

それは遠くに出かけることだけじゃなくて、

近所のスーパーで珍しいお醤油を見つけることだったり、

お気に入りのマグカップでお茶を飲むことだったり。

 

そんな、

日常のなかのささやかな楽しみを、

どれだけ見つけられるか。

 

そこに、

日々の暮らしを楽しくする秘密があるような気がします。

 

トマトを切り終えて、

お皿にきれいに並べてみます。

 

鮮やかな赤と、

お皿の白のコントラストが、

我ながらなかなかいい感じです。

 

そこに、

今日買ってきたお醤油を、

ほんの少しだけ垂らしてみる。

 

すっと広がる香りが、

いつもと違っていて、

それだけで気分が上がります。

 

早く味見をしてみたいけれど、

そこは少し我慢して、

他のおかずの準備を進めるとしましょう。

 

お味噌汁の湯気が、

ゆらゆらと立ち上っています。

 

お出汁のいい匂いが、

リビングの方までふわっと広がっていく。

 

こういう匂いを感じる瞬間が、

私はとても好きです。

 

あぁ、

今日も無事に一日が終わっていくんだなあと、

心の底からホッとする瞬間。

 

特別なことは何も起きなかったけれど、

平穏で、

温かい一日。

 

こういう日々の積み重ねが、

私たちの人生を作っているんですよね。

 

そう考えると、

なんだか胸がいっぱいになります。

 

明日はどんな一日になるでしょうか。

 

もしかしたら、

また新しい発見があるかもしれないし、

いつも通りの穏やかな一日かもしれない。

 

どちらであっても、

目の前にある小さな幸せを見逃さないように、

丁寧な気持ちで過ごしていきたいなと思います。

 

お鍋の火を少し弱めて、

味見をしてみます。

 

うん、

ちょうどいい塩梅です。

 

そろそろ、

家族も帰ってくる頃でしょうか。

 

玄関のドアが開く音を聞きながら、

「おかえりなさい」と言う準備をします。

 

今日も頑張った自分と、

これから帰ってくる家族に、

美味しいご飯を囲みながら、

楽しいおしゃべりができたらいいな。

 

そんなことを考えながら、

私はお箸をテーブルに並べました。

 

夜の気配が少しずつ深まっていく窓の外を見つめながら、

明日もまた、

ちょっとしたワクワクを見つけに出かけようと、

心の中でそっと誓うのでした。

 

先日、

久しぶりに、

ショッピングモールへ出かけました。

 

休日の、

のんびとした午後です。

 

せっかくのお休みなので、

少し足を伸ばしてみようかなと思いました。

 

たまには、

こういう広い場所を歩くのもいいですよね。

 

私の場合は、

目的もなくお店を見て回るのが好きです。

 

たとえば、

雑貨屋さんを覗いてみたり、

新しいお洋服を手に取ってみたりします。

 

こういう時間って、

なんとなく、

心が軽くなるような気がします。

 

みなさんは、

どうでしょうか?

 

お休みの日には、

どこかに出かけたくなりますか?

 

実は、

この日は本当に、

ただの軽い気持ちだったのです。

 

「ちょっと、

お茶でも飲んで帰ろうかな。」

 

そんなふうに、

思っていました。

 

では、

いったい、

何が起こったのでしょうか?

 

問題は、

入ったお店から始まります。

 

ふと、

気になって立ち寄った、

バラエティショップでした。

 

そこには、

色々な面白グッズが並んでいました。

 

見ているだけでも、

楽しい気分になります。

 

そこで、

私の目に留まったのが、

ある「マッサージ機」でした。

 

小さな、

首に当てるタイプのものです。

 

「ちょっと、

試してみようかな。」

 

軽い気持ちで、

電源を入れてみました。

 

すると、

これが、

思った以上にすごかったのです。

 

想像していたよりも、

はるかに、

強烈な刺激でした。

 

「うっ……!」

 

思わず、

声が出てしまいました。

 

首のあたりを、

ものすごい勢いで、

揉みほぐしてくれます。

 

気持ちがいいというよりも、

「痛気持ちいい」の、

さらに先を行く感じです。

 

こういうのって、

なんかクセになりますよね。

 

私の場合は、

こういう機械を見ると、

ついつい本気になってしまいます。

 

気がつくと、

その場で、

真剣な顔をして立ち尽くしていました。

 

周りの人から見たら、

かなり怪しい人だったかもしれません。

 

でも、

そんなことは気にしていられません。

 

それくらい、

そのマッサージ機に、

夢中になってしまったのです。

 

ここで、

少し話しは変わりますが、

 

みなさんは、

お買い物をしていて、

「完全に予定外のもの」を、

買ってしまった経験はありますか?

 

私は、

けっこうあります。

 

「今日は、

見るだけにしておこう。」

 

そう心に誓って出かけても、

結局は、

何かしらの袋を提げて帰ることになります。

 

そういうのって、

なんだか少し、

笑ってしまいますよね。

 

自分でも、

「意思が弱いのかな」と、

思ったりします。

 

でも、

今回は、

いつもとちょっと違いました。

 

そのマッサージ機を、

首に挟んだまま、

私は動けなくなっていたのです。

 

店員さんが、

笑顔で話しかけてきました。

 

「お客様、

それ、

すごく人気なんですよ。」

 

「そうなんですね……!」

 

返事をする私の首は、

まだ激しく揺さぶられています。

 

シュッシュッという音とともに、

筋肉がほぐされていくのが分かります。

 

これは、

単なるマッサージ機ではありません。

 

人によっては、

それ以上の意味を、

持っているのです。

 

ようするに、

私の疲れた日常を、

強制的にリセットしてくれる装置、

ということです。

 

そう考えると、

この出会いは、

運命だったのかもしれません。

 

大げさでしょうか?

 

でも、

本当にそう感じたのです。

 

日々の家事や仕事で、

知らず知らずのうちに、

肩や首がガチガチになっていました。

 

自分では、

そんなに疲れていないつもりでも、

体は正直なんですね。

 

こういう機械に出会うと、

自分の体の状態が、

よく分かります。

 

「あ、私、

こんなに凝っていたんだな」と、

改めて気づかされました。

 

それにしても、

ショッピングモールというのは、

恐ろしい場所です。

 

ただブラブラと歩くだけのつもりが、

まさか、

こんな健康器具と出会ってしまうとは。

 

完全に油断していました。

 

では、

そのあと、

どうなったのでしょうか?

 

もう、

お分かりかもしれません。

 

気がついたら、

レジに並んでいました。

 

「これ、

お願いします。」

 

自分で自分に、

びっくりです。

 

「見るだけ」のつもりが、

しっかりとお買い上げしていました。

 

でも、

後悔はしていません。

 

むしろ、

なんだか、

すごく晴れやかな気持ちです。

 

良いお買い物ができたなと思いました。

 

こういう予期せぬ出会いがあるから、

お出かけはやめられないんですよね。

 

お財布の中身は、

少し軽くなってしまいましたが、

心と体は、

間違いなく軽くなりました。

 

家に帰るのが、

急に楽しみになりました。

 

「早く、

おうちで使いたいな。」

 

足取りも、

行きとは比べ物にならないほど、

軽くなっていました。

 

首のあたりも、

すっきりと軽くなっている気がします。

 

やっぱり、

たまには外に出てみるものですね。

 

いつもの日常の中に、

ちょっとした事件というか、

嬉しいサプライズがあるだけで、

生活がパッと明るくなります。

 

そういう時間って、

意外と大事なのかもしれません。

 

みなさんは、

最近、

何か思いがけない出会いはありましたか?

 

もし、

お休みの日に予定が空いたら、

お近くのショッピングモールを、

のぞいてみるのもいいかもしれません。

 

思いがけないところで、

自分を癒してくれる最高の相棒に、

出会えるかもしれないからです。

 

私も、

買ったばかりのマッサージ機を首に巻きながら、

この記事を書いています。

 

本当に、

気持ちがいいです。

 

今度は、

どこのお店に行こうかな。

 

そんなことを考えながら、

のんびりとした休日を締めくくろうと思います。

少し、

話しは変わりますが、

 

みなさんは、

おうち時間の過ごし方って、

どんなふうにしていますか?

 

私は、

外でお買い物を楽しんだあと、

家でゆっくり過ごす時間も、

同じくらい好きだったりします。

 

お出かけして、

いろんなお店を見て回って、

ちょっと疲れて帰ってきて。

 

そこからの、

おうち時間が、

また格別なんですよね。

 

ここで、

一つ思い出しました。

 

先日、

近所のスーパーに行ったときのことです。

 

いつものように、

夕飯の食材をカゴに入れて、

レジに並んでいました。

 

ふと、

棚の隅を見ると、

なんだか見慣れないものが置いてあったのです。

 

それは、

小さなお花でした。

 

黄色い、

タンポポのような、

小さな花です。

 

『ミニガーベラ』

 

という名前だったでしょうか。

 

特別に、

高価なものでもありません。

 

でも、

その黄色を見ているだけで、

なんだか胸が、

ふっと温かくなったのです。

 

「今日は、

これをおうちに連れて帰ろう。」

 

そう思って、

お肉や野菜と一緒に、

その小さなお花も、

お会計をしました。

 

家に戻って、

さっそく小さなグラスに水を張って、

そのお花をいけてみました。

 

キッチンの隅に、

ちょこんと置いてみたのです。

 

そうすると、

どうでしょう。

 

いつもの、

ごく普通の台所が、

なんだかパッと明るくなった気がしました。

 

洗い物をしながら、

ふと横を見ると、

その黄色い花が目に入ります。

 

「あ、

きれいだな。」

 

それだけで、

ちょっと心が軽くなるのです。

 

こういうのって、

なんだか不思議ですよね。

 

ものは、

たった数百円の小さなお花です。

 

ブランド品でもなければ、

旅行先で買ったお土産でもありません。

 

でも、

私たちの心に、

そっと潤いをくれるのです。

 

そう考えると、

私たちの生活というのは、

案外、

こういう小さな工夫や、

ささやかな出会いで、

できているのかもしれません。

 

問題は、

それに気づけるかどうか、

ということになります。

 

忙しい毎日を送っていると、

どうしても、

目の前のことだけで、

頭がいっぱいになってしまいます。

 

洗濯物をたたんで、

ご飯を作って、

明日の準備をして。

 

気がついたら、

一日が終わっている。

 

そんな日も、

たくさんありますよね。

 

私の場合は、

まさにそんな日々の連続です。

 

だからこそ、

意識的に、

立ち止まる時間が必要なのかなと思います。

 

たとえば、

今日みたいに、

ちょっとだけ予定をずらしてみる。

 

いつもと違う道を歩いてみる。

 

気になっていたお店のドアを、

勇気を出して開けてみる。

 

それだけで、

日常の景色が、

少しだけ違って見えるのです。

 

ここで、

思い出すことがあります。

 

去年の秋のことです。

 

その日は、

特に用事もなくて、

家でゴロゴロしていました。

 

「せっかくのお休みだし、

どこかに出かけようかな。」

 

そう思いつつも、

なんとなく面倒になって、

テレビをぼんやり見ていました。

 

でも、

お昼過ぎになって、

「このまま一日が終わるのは、

もったいないな」

と思ったのです。

 

そこで、

思い立って、

近くの大きな公園まで、

歩いていくことにしました。

 

家から歩いて、

片道二十分ほどの、

いつもは通り過ぎるだけの公園です。

 

行ってみて、

びっくりしました。

 

ちょうど、

紅葉の季節だったのです。

 

もみじの葉が、

赤や黄色に染まっていて、

風が吹くたびに、

ハラハラと散っていく。

 

その下を、

小さな子どもたちが、

楽しそうに走っていました。

 

ベンチに座って、

持ってきた水筒のコーヒーを飲んでいると、

なんだか胸がいっぱいになりました。

 

「あぁ、

私、

こういう景色を見たかったんだな。」

 

そう思いました。

 

遠くまで旅行に行かなくても、

お金をかけなくても、

すぐ近くに、

こんなにきれいな景色があったのです。

 

それ以来、

私は、

近所の小さな変化に、

少しだけ敏感になりました。

 

道端の雑草に、

小さな紫色の花が咲いているのを見つけたり。

 

夕方の空が、

綺麗なピンク色に染まっているのを見たり。

 

そういう、

ささやかな美しさに気づくたびに、

心が少しずつ満たされていくのを感じます。

 

みなさんは、

最近、

空を見上げましたか?

 

忙しいと、

どうしても目線が下を向きがちになりますよね。

 

足元をしっかり見て歩くことも大事ですが、

たまには、

大きく深呼吸をして、

空を見上げてみるのも、

いいかもしれません。

 

雲の形が変わっていたり、

夕日が沈む瞬間だったり。

 

自然の美しさは、

いつだって、

私たちが気づくのを待ってくれています。

 

そういえば、

最近、

お友達とお茶をしたときの話を思い出しました。

 

そのお友達は、

最近、

お部屋の模様替えをしたそうです。

 

「家具の位置を、

少し変えただけなんだけどね、

なんだか新しいお家に引っ越したみたいな気分なの。」

 

そう言って、

スマホの写真を見せてくれました。

 

確かに、

ソファの向きが変わるだけで、

お部屋の雰囲気がガラリと変わっていました。

 

「こういうのって、

気分転換になっていいよね。」

 

彼女はそう笑っていました。

 

お金をかけなくても、

自分の工夫次第で、

日常を楽しくすることは、

いくらでもできるんだなと思いました。

 

大きなイベントや、

特別な旅行も素敵ですが、

日々の暮らしの中での、

ちょっとした変化を楽しむこと。

 

それもまた、

大人のお出かけの、

一つの形なのかもしれません。

 

そう考えると、

人生って、

案外楽しいことであふれているんですよね。

 

自分の心の持ちよう一つで、

退屈な一日が、

特別な一日に変わるのです。

 

もちろん、

疲れているときは、

無理をしないで、

ただひたすらお家で休むことも大事です。

 

何もしない贅沢、

というのもありますからね。

 

ソファで猫のように丸まって、

お昼寝をする休日の午後も、

それはそれで最高です。

 

要は、

そのときの自分の気持ちに、

素直でいることなのかなと思います。

 

「今日は動きたい気分だな」と思ったら、

お出かけしてみる。

 

「今日はゆっくりしたいな」と思ったら、

おうちでゴロゴロする。

 

自分の心の声を聞きながら、

心地よい選択をしていく。

 

それができたら、

毎日がもっと、

豊かになる気がします。

 

さて、

そろそろ、

夕方の支度を始めないといけない時間ですね。

 

楽しかったお休みの余韻に浸りつつ、

現実に戻る時間です。

 

でも、

今日の私には、

首元で心地よく動くマッサージ機と、

お部屋の隅で可愛らしく咲く黄色いお花があります。

 

それだけで、

今夜の夕飯作りも、

なんだか頑張れそうな気がします。

 

今度の週末は、

どこに行こうかな。

 

今から、

こっそり計画を立てておこうと思います。

 

みなさんも、

素敵なお休みを過ごせますように。

 

それでは、

また。

 

お天気がいい日曜日、

私は、

のんびりとリビングで過ごしていました。

 

せっかくのお休みだから、

どこかに出かけようかな、

そんなことを考えていました。

 

若い頃は、

毎週末のように出かけていたものです。

 

朝早くから電車に乗って、

遠くの街まで出かけたりしていました。

 

流行りのカフェに行ったり、

行列のできるお店に並んだり。

 

それは、

とても楽しい時間でした。

 

でも、

最近はどうでしょうか。

 

休日は、

家でゆっくり過ごすことが多くなりました。

 

ソファに座って、

テレビを見たり、

スマートフォンを眺めたり。

 

気がつくと、

一日が終わっている。

 

そんなことも、

珍しくありません。

 

若い頃はもっと外に出ていたのになぁ。

 

そんなふうに、

ふと、

物思いにふけったりします。

 

こういうのって、

みなさんは、

どうでしょうか。

 

年齢とともに、

だんだん出かけるのが億劫になる。

 

そんなことって、

ありませんか。

 

私の場合は、

まさにそれでした。

 

外に出るのが、

少し面倒になっていたのです。

 

でも、

せっかくの休日です。

 

このまま何もしないで終わるのは、

なんだかもったいない気がします。

 

そこで、

私は決心しました。

 

今日は、

ちょっとだけ、

近所のショッピングモールに行ってみよう。

 

そう思ったのです。

 

ここで、

軽い気持ちで出かけたのが、

すべての始まりでした。

 

まさか、

あんなことになるとは、

このときの私は、

夢にも思っていませんでした。

 

少し、

話しは変わりますが、

 

みなさんは、

最近のショッピングモールって、

行かれるでしょうか。

 

私の知っているショッピングモールは、

もう少し、

落ち着いた場所でした。

 

広い通路があって、

ゆったりとお買い物ができて。

 

たまに、

イベントスペースで、

小さな催し物をやっているくらい。

 

そういうイメージを、

持っていたのです。

 

だから、

今回も、

いつものように、

のんびり歩くつもりでした。

 

お気に入りのコーヒーショップで、

ラテでも飲んで、

本でも読もうかな。

 

そんな、

優雅な休日を想像していました。

 

足取りも軽く、

私は自宅を出発しました。

 

お気に入りのスニーカーを履いて、

お天気も最高です。

 

やっぱり、

外の空気を吸うのは気持ちがいいな。

 

そんなふうに、

最初は、

心からそう思っていました。

 

では、

いざ到着してみると、

どうだったでしょうか。

 

目の前に広がっていたのは、

私の想像をはるかに超えた、

異様な光景でした。

 

まず、

駐車場に入る車が、

ものすごい行列を作っていました。

 

あれ?

今日は何か特別な日だっけ?

 

カレンダーを確認したけれど、

ごく普通の、

なんでもない日曜日です。

 

なのに、

この混雑は、

いったいどうしたことでしょう。

 

車を停めるだけでも、

ひと苦労でした。

 

やっとの思いで駐車して、

いざ建物の中へ入ります。

 

自動ドアが開いた瞬間、

私の耳に飛び込んできたのは、

割れんばかりの喧騒でした。

 

ざわざわ、

というレベルではありません。

 

まるで、

テーマパークのアトラクション待ちのような、

ものすごい熱気です。

 

通路には、

人があふれかえっていました。

 

歩くのも、

一苦労です。

 

前を歩く人のペースに合わせて、

ちょこちょこ歩くしかありません。

 

自分のペースで歩くなんて、

夢のまた夢でした。

 

これは、

一体どういうことなのでしょうか。

 

私は、

少し圧倒されてしまいました。

 

でも、

せっかく来たのです。

 

すぐに引き返すのも、

なんだかもったいない気がします。

 

とりあえず、

人の流れに身を任せて、

歩いてみることにしました。

 

ここで、

問題が発生しました。

 

ものすごい人混みの中を歩いていると、

だんだん疲れてくるのです。

 

若い頃は、

これくらいの混雑なんて、

平気だったはずなのに。

 

今は、

人の多さだけで、

ぐったりしてしまいます。

 

若い頃はもっと外に出ていたのにな。

 

さっきまでのんびり考えていたことが、

急に現実味を帯びて、

胸に突き刺さりました。

 

体力って、

本当に落ちるものなんですね。

 

しみじみと、

そんなことを思いました。

 

でも、

せっかくなので、

何か一つくらい、

お店を見て回ろう。

 

そう思って、

近くにあった雑貨屋さんに入りました。

 

店内は、

少し落ち着いた雰囲気でした。

 

外の喧騒が嘘のように、

静かな音楽が流れています。

 

こういう空間、

やっぱり落ち着くなぁ。

 

私は、

ホッと一息つきました。

 

カラフルな文房具や、

可愛いインテリア小物が並んでいます。

 

見ているだけで、

なんだか楽しい気分になってきます。

 

こういうのって、

女性なら、

みんな好きなんじゃないでしょうか。

 

私も、

すっかりテンションが上がってしまいました。

 

可愛いマグカップを手に取ってみたり、

アロマの香りを嗅いでみたり。

 

すっかり、

日常の疲れを忘れて、

お買い物を楽しんでいました。

 

やっぱり、

たまには外に出るのもいいものだな。

 

そう思い直した瞬間でした。

 

ここで、

事件が起きました。

 

正確に言うと、

事件というか、

予想外の展開です。

 

お店の奥の方に、

ちょっとした人だかりができていました。

 

何だろう。

セールでもやっているのかな。

 

気になった私は、

野次馬根性を発揮して、

その人だかりに近づいてみました。

 

人の隙間から、

そっと覗いてみます。

 

そこにあったのは、

見たこともないような、

不思議な機械でした。

 

なんだろう、あれは。

 

コーヒーメーカーのようでもあり、

最新の美容家電のようでもあり。

 

とにかく、

近未来的なデザインの機械が、

ポツンと置いてあったのです。

 

その横には、

スタッフらしいお兄さんが立っていました。

 

お兄さんは、

大きな声で、

何やら説明をしていました。

 

「みなさん、

こちらは、

最新の、

『感情可視化(かんじょうかしか)マシーン』

になります!」

 

か、

感情可視化マシーン?

 

なんだか、

ものすごく難しそうな名前です。

 

ようするに、

今の自分の気分を、

機械が色や数字で教えてくれる、

そんな画期的なアイテムらしいのです。

 

しかも、

その場ですぐに体験できるとのこと。

 

周りの人たちは、

面白そうにその機械を見つめていました。

 

でも、

こういうのって、

なんだかちょっと恥ずかしいですよね。

 

見知らぬ人たちの前で、

自分の感情を測定されるなんて。

 

私は、

そっとその場から離れようとしました。

 

「では、

そこのお姉さん、

せっかくですから、

やってみませんか!」

 

あ。

 

お兄さんと、

目があってしまいました。

 

逃げ場がありません。

 

周りの視線も、

一斉にこちらに集まりました。

 

うわぁ、

どうしよう。

 

恥ずかしさで、

顔が一気に熱くなりました。

 

でも、

ここで断るのも、

なんだか大げさすぎる気がします。

 

「あ、

はい……。

じゃあ、

少しだけ……。」

 

私は、

蚊の鳴くような声で、

そう言いました。

 

こうして、

私は、

思いがけず、

最新マシーンの実験台になってしまったのです。

 

スタッフのお兄さんに促されて、

私はその機械の前に座りました。

 

なんだか、

健康診断のときのよな緊張感があります。

 

「では、

両手をこちらのセンサーに置いてください。」

 

言われるがままに、

私は両手を台の上に置きました。

 

ひんやりとした金属の感触がします。

 

「そのまま、

リラックスして、

目を閉じてください。」

 

言われた通りに、

私は目を閉じました。

 

周りのざわめきが、

少し遠ざかります。

 

心の中で、

私は、

こんなことを考えていました。

 

(早く終わってほしいなぁ)

(恥ずかしいなぁ)

(お買い物の続きがしたいなぁ)

 

そんな、

ごく普通の、

ありふれた感情です。

 

機械のほうから、

かすかに、

ウィーン、

という音が聞こえてきました。

 

なんだか、

本当に私の心が読まれているような、

不思議な気分です。

 

若い頃はもっと外に出ていたのになぁ、

なんて考えていた自分の姿が、

頭をよぎります。

 

あの頃の私は、

もっと怖いもの知らずで、

どこへでも飛び出していけたのに。

 

いつの間にか、

小心者になってしまったものです。

 

そんな感傷に浸っていると、

機械から、

「ピピッ」

という可愛らしい音が響きました。

 

「測定、

完了しました!」

 

お兄さんの明るい声が聞こえます。

 

私は、

そっと目を開けました。

 

目の前にあるモニターには、

何やらグラフのようなものが表示されていました。

 

赤や青や黄色。

 

いろんな色が、

複雑に入り混じっています。

 

これは、

いったい、

何を意味しているのでしょうか。

 

私は、

ドキドキしながら、

お兄さんの解説を待ちました。

 

お兄さんはモニターを見つめると、

少し驚いたような顔をしました。

 

え?

私の心の中、

そんなにおかしなことになっていたのでしょうか。

 

不安が頭をよぎります。

 

「お姉さん、

これは、

すごいですね……。」

 

お兄さんは、

真剣な表情でそう言いました。

 

「え、

何がですか?」

 

私は思わず聞き返してしまいました。

 

「実はこのマシーン、

その人が今、

人生に対してどれくらい情熱を持っているかを、

測定する仕組みになっているんです。」

 

ほうほう。

なるほど。

 

「それで、

お姉さんの結果なんですけど……。」

 

お兄さんは、

一度言葉を切りました。

 

この「タメ」が、

余計にドキドキさせます。

 

「なんと、

『限界突破(げんかいとっぱ)』

の数値が出ています!」

 

げ、

限界突破?

 

私がですか?

 

思わず、

自分の両手を見つめてしまいました。

 

どこがどう限界突破なのか、

全く意味が分かりません。

 

私はただ、

近所のショッピングモールに、

ちょっとお散歩に来ただけなのに。

 

「えっと……、

それって、

どういうことですか?」

 

私が戸惑いながら聞くと、

お兄さんは満面の笑みで答えました。

 

「ようするに、

心の中では、

『今すぐ世界の果てまで旅に出たい』

という、

ものすごいエネルギーが渦巻いている、

ということです!」

 

な、

なんだって……?

 

私の心の中で、

そんな大冒険が繰り広げられているというのですか。

 

自分でも、

まったく気づきませんでした。

 

むしろ、

「家でゆっくりしたいなぁ」

としか思っていなかったはずです。

 

それなのに、

心の本音は、

世界を股にかける冒険家だったなんて。

 

周りの人たちからも、

「おおー!」

という歓声が上がりました。

 

ちょっと待ってください。

私はそんなキャラじゃありません。

 

でも、

不思議なことに、

その説明を聞いた瞬間、

胸の奥が、

じんわりと温かくなるのを感じました。

 

若い頃はもっと外に出ていたのになぁ、

と嘆いていた私。

 

もう歳だから、

お出かけも億劫だなんて、

勝手に決めつけていた私。

 

もしかしたら、

それはただの思い込みだったのかもしれません。

 

本当は、

私の心の中に、

まだまだ知らない世界へ飛び出したいという気持ちが、

ちゃんと眠っていたのです。

 

そう考えると、

なんだか、

胸が熱くなってきました。

 

人間って、

自分のことなのに、

自分が一番分かっていないものなんですね。

 

こういうのって、

やっぱり、

面白いなぁと思いました。

 

その後、

私は少し恥ずかしがりながらも、

スタッフのお兄さんにお礼を言って、

その場を離れました。

 

周りの視線が、

さっきとは少し違って見えます。

 

「あのお姉さん、

心の中は冒険家なんだってよ」

なんて、

思われているのかもしれません。

 

そう思うと、

急に恥ずかしさがこみ上げてきて、

私は早足でその場を去りました。

 

でも、

不思議と、

足取りは軽くなっていました。

 

さっきまで感じていた、

あの足の重さや、

人混みへの疲労感は、

どこへやら。

 

なんだか、

体が軽くなったような気がします。

 

外に出て、

本当によかった。

 

心の底から、

そう思いました。

 

私たちは、

日々の生活の中で、

知らず知らずのうちに、

自分で自分に制限をかけてしまっているのかもしれません。

 

「もう若くないから」

「めんどくさいから」

「いつものままでいいから」

 

そんなふうに、

自分の可能性に、

フタをしてしまうのです。

 

でも、

ほんのちょっとだけ勇気を出して、

いつもと違う一歩を踏み出してみる。

 

そうすると、

思いがけない発見があったり、

自分の知らなかった一面に出会えたりする。

 

今回の出来事は、

まさにそれを教えてくれたような気がします。

 

お買い物の続きをする気力も、

すっかり戻っていました。

 

せっかくなので、

さっきの雑貨屋さんに戻って、

気になっていたマグカップを買うことにしました。

 

お気に入りのマグカップでお茶を飲む。

 

それだけでも、

いつもの日常が、

少しだけ特別なものに変わります。

 

人間の心って、

本当に面白いですね。

 

ちょっとしたきっかけで、

こんなにも前向きになれるのですから。

 

みなさんは、

最近、

自分の心の声を聞いていますか。

 

「若い頃はよかったな」

なんて、

ため息をついていませんか。

 

もしかしたら、

みなさんの心の中にも、

まだ誰も知らない、

すごいエネルギーが眠っているかもしれませんよ。

 

そう考えると、

明日からの毎日が、

少しだけ楽しみになってきませんか。

 

私は、

すっかりすっきりした気分で、

ショッピングモールを後にしました。

 

帰り道に見上げた空は、

いつにも増して、

青く澄んでいました。

 

やっぱり、

外に出るって、

いいものですね。

 

また今度、

時間を作って、

今度はもう少し遠くの街まで、

お出かけしてみようかな。

 

そんなふうに、

ワクワクしながら、

家路についた私なのでした。