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のらりくらりす。

ゲーム好き!ゲーム音楽好き!ゲーム攻略本好き!な
ゲーマー兼オタク兼カメコです。

せっかくの休日なのですが、

なんだか、

家から出たくない日って、

ありませんか?

 

私の場合は、

まさに、

そんな一日でした。

 

本当は、

ちょっと遠くのショッピングモールにでも行って、

新しいお洋服を見たり、

おいしいカフェラテでも飲みたいな、

なんて思っていたんです。

 

けれど、

いざ朝になってカーテンを開けてみると、

外の世界が、

妙に遠く感じられてしまいました。

 

「今日は、もういいかな。」

 

そんな言葉が、

自然と口から出てしまいました。

 

こういうのって、

やっぱり、

出かけるのが面倒になってしまった、

ということなのかなと思います。

 

でも、

ただ家にいるだけなのに、

なぜか、

ものすごく壮大なことをしているような、

そんな不思議な気分になったりするんですよね。

 

では、

いったい一日中、

何をして過ごしていたのか。

 

実は、

ソファと完全に一体化していました。

 

『ナマケモノの境涯(きょうがい)』

 

とでも言うのでしょうか。

 

体全体が、

ぐにゃーっとソファにしみ込んでいくような、

そんな感覚です。

 

立って歩くという、

人間の基本動作すら、

なんだか大がかりなイベントのように思えてくるのです。

 

冷蔵庫に行くのも、

まるでサバンナを大冒険するような、

そんな大げさな気持ちになっていました。

 

「これは、大変だ。」

 

そう思いながらも、

動かない自分を楽しんでいるような、

そんな変な余裕もあったりします。

 

少し、話しは変わりますが、

昔は、

休日になれば、

とにかく外に出ていました。

 

じっとしていることが、

もったいないような気がしていたんです。

 

時間さえあれば、

あちこちに出かけて、

写真を撮ったり、

おいしいものを食べたりしていました。

 

それが、

いつのまにか、

家の中でじっとしていることの贅沢さに、

気づいてしまったのです。

 

ここで、

問題になるのが、

 

『時間の感覚』

 

というものです。

 

外に出ていないと、

時間が、

ものすごくゆっくり流れる気がしませんか?

 

時計を見ると、

まだお昼の十二時なのに、

なんだかもう一日が終わったような、

そんな満腹感があったりします。

 

不思議ですよね。

 

何もしていないのに、

時間はしっかりと過ぎていく。

 

そして、

その過ぎていく時間を、

ただただ、

ぼんやりと眺めている。

 

こういう時間って、

実は、

すごく贅沢なことなのではないでしょうか。

 

もちろん、

世の中には、

休日をアクティブに過ごす方がたくさんいます。

 

山に登ったり、

遠くまでドライブをしたり、

お友達と楽しくおしゃべりをしたり。

 

そういう姿を見ると、

「私も頑張って出かけようかな」

と思ったりもするのです。

 

けれど、

今日の私の場合は、

完全にインドア派の血が騒いでしまいました。

 

騒いだというよりは、

むしろ静かに眠っていた、

という感じでしょうか。

 

テレビをつけては消し、

スマホをなんとなく眺めては置き、

気づいたら、

天井の木目模様をずっと数えていたりする。

 

「私、今、何をしているんだろう。」

 

ふと、

そんな風に思う瞬間もあります。

 

でも、

すぐに、

 

「まあ、いっか。」

 

と、

どうでもよくなってしまうのです。

 

この、

「どうでもよさ」が、

日々の忙しさで疲れた心を、

そっと包み込んでくれるような気がします。

 

そう考えると、

家から一歩も出ないという選択も、

立派な休日のお楽しみ、

と言えるのかもしれません。

 

みなさんは、

どうでしょうか?

 

休日に、

どうしても外に出たくなくて、

一日中パジャマのままで過ごしてしまった、

そんな経験はありませんか?

 

こういうのって、

ちょっと行儀が悪いような気もしますが、

たまには、

そんな日があってもいいですよね。

 

むしろ、

そういう時間があるからこそ、

また明日から、

元気に外の世界へ出かけられるような気がします。

 

次に、

お休みの日が来たら、

今度は、

ちゃんと身支度をして、

素敵なお店でケーキを食べたいな、

なんて思っています。

 

でも、

もしかしたら、

また同じように、

ソファの上で一日が終わってしまうかもしれません。

 

それもまた、

私の日常ということで、

今日はゆっくり眠ることにします。

そういえば、

少し、

話しは変わりますが、

 

みなさんは、

お部屋のなかの、

お気に入りの場所って、

ありますでしょうか。

 

私の場合は、

リビングの窓際にある、

小さな椅子が、

特等席だったりします。

 

そこに座って、

温かいカフェオレを飲む時間が、

けっこう好きなんですよね。

 

特に、

休日の午後、

すこし斜めに差し込むお日さまの光を浴びながら、

ぼんやりと外を眺めていると、

それだけで、

なんだか贅沢な気持ちになってきます。

 

遠くへお出かけするのも、

もちろん楽しいのですが、

 

こういう、

おうちの中でのささやかな楽しみも、

なかなか捨てたものではありません。

 

問題は、

そのお気に入りの椅子に、

いつの間にか、

洗濯物の山が、

積み重なってしまうことなのですが。

 

こういうのって、

よくあることですよね。

 

せっかくの特等席が、

一時的な物置になってしまう、

という悲しい現象です。

 

でも、

それもまた、

日々の生活の、

リアルな姿なのかなと思います。

 

完璧に片付いたお部屋も、

憧れますけれど、

 

少しだけ生活感が漂う空間の方が、

肩の力が抜けて、

ホッとしたりもするのです。

 

そういえば、

先週の休日に、

近所の雑貨屋さんへ行ってきました。

 

お目当ては、

新しいマグカップでした。

 

なんとなく、

お店のなかを、

ゆっくりと歩いているだけでも、

気分転換になりますよね。

 

色とりどりの雑貨や、

いい香りのするアロママグなどを、

ひとつひとつ手にとって見る。

 

こういう時間が、

日々の小さなエネルギーに、

なってくれたりするのです。

 

お店の棚には、

これからの季節にぴったりの、

涼しげなガラスの器が、

並んでいました。

 

見ているだけで、

なんだか、

爽やかな風が吹いてくるような、

そんな気がしました。

 

こういうのって、

やっぱりいいですよね。

 

日常のなかに、

ほんの少しの、

新しい風を取り入れる。

 

それは、

大げさなことではなくて、

お気に入りのマグカップをひとつ変えるだけでも、

十分に叶うことなのかもしれません。

 

新しいマグカップで飲むコーヒーは、

いつものお味よりも、

少しだけ美味しく感じられたりします。

 

ものは試しということで、

さっそく帰ってから、

そのマグカップを使ってお茶を淹れました。

 

いつもと同じインスタントのカフェオレなのに、

カップが変わるだけで、

こんなにも気分が違うものなのだなと、

ちょっと嬉しくなりました。

 

こういう、

ささやかな感動の積み重ねが、

日々の暮らしを、

少しだけ豊かにしてくれるような気がします。

 

みなさんは、

最近、

何か小さな変化を楽しまれましたでしょうか。

 

大きな旅行に行かなくても、

遠くのテーマパークに出かけなくても、

 

日常のなかの、

ほんの些細な工夫で、

十分に心は満たされる。

 

そう考えると、

毎日をもっと大切に過ごしたくなってきます。

 

けれど、

また明日からは、

お仕事や家事に追われる日々が、

始まります。

 

忙しい朝は、

バタバタと慌てて家を出ることになるでしょう。

 

駅までの道を、

小走りで駆け抜けることもあるかもしれません。

 

電車のなかで、

窓の外を流れる景色を見ながら、

「あぁ、眠いなぁ」なんて、

ため息をつくこともあるはずです。

 

でも、

そんな忙しい日々のなかでも、

お部屋の隅にあるお気に入りの椅子や、

新しく迎えたマグカップのことを思い出すと、

 

「またお休みの日には、あそこでゆっくりしよう」

 

という、

小さなお楽しみが、

心の支えになってくれたりするのです。

 

そう思うと、

月曜日から始まる一週間も、

なんだか少しだけ、

がんばれそうな気がしてきます。

 

人生のすべてが、

キラキラとした出来事で、

埋め尽くされているわけではありません。

 

むしろ、

何気ない日常の、

ありふれた時間のほうが、

圧倒的に多いのです。

 

だからこそ、

その「なんでもない時間」を、

いかに心地よく過ごすか、

ということが大切なのかもしれません。

 

ドラマチックな出来事がなくても、

特別なドラマが起きなくても、

 

自分で自分の機嫌を取りながら、

穏やかに日々を重ねていく。

 

それは、

とても素敵なことだなと思います。

 

さて、

そろそろ、

今夜のティータイムもおしまいにして、

明日の準備を始めないとですね。

 

次は、

どこのお店に行こうかな、

なんて考えながら、

お布団に入ることにします。

 

夢のなかでも、

素敵なお店に出会えたらいいなと思いながら、

今日はもう、

ゆっくりと目を閉じることにします。

目を閉じる前に、

ふと、

今日一日を振り返ってみたりします。

 

せっかくのお休みなのに、

なんだかあっという間に、

時間が過ぎてしまいました。

 

でも、

そんなふうに思えること自体が、

きっと幸せな証拠なのかなと思います。

 

忙しい毎日の中では、

どうしても時間に追われてしまって、

自分の気持ちを置いてきぼりにしがちです。

 

気がついたら、

「なんだか疲れたな」

というため息ばかりが、

口をついて出てきたりして。

 

そういうときって、

自分の心がすこしだけ、

乾いている状態なのかもしれません。

 

だからこそ、

休日の小さな息抜きが、

必要なのです。

 

ほんの数時間の外出でも、

お気に入りの場所で過ごす時間は、

乾いた心に、

そっと水分を補給してくれるような、

そんな感覚があります。

 

これは、

私にとっての、

小さな『メンテナンス』みたいなものかもしれません。

 

大げさな旅行じゃなくてもいいのです。

 

近所で見つけた新しいパン屋さんに行くことや、

ずっと気になっていたカフェで、

あたたかいカフェラテを飲むこと。

 

それだけで、

凝り固まった肩の力が、

すっと抜けていくのがわかります。

 

こういう時間って、

意外と大切なのかもしれません。

 

みなさんは、

自分の機嫌を上手に取る方法を、

何か持っていますか?

 

疲れたなと思ったとき、

どんなふうにして、

エネルギーを充電しているでしょうか。

 

私の場合は、

やっぱり『お出かけ』がいちばんの特効薬みたいです。

 

知らない街を少しだけ歩いてみたり、

可愛い雑貨を眺めてみたりするだけで、

視野がぱっと広がるような気がします。

 

日常の景色が、

すこしだけ違って見えてくるのです。

 

そう考えると、

お出かけというのは、

単に場所を移動することだけではないのかもしれません。

 

自分の心を、

すこしだけ新しい場所に連れて行ってあげる。

 

そんな意味も、

含まれているような気がします。

 

忙しい日々を送っていると、

どうしても目の前のことでいっぱいいっぱいになってしまいますよね。

 

仕事のこと、

家事のこと、

明日の予定のこと。

 

頭の中が、

いろんな思考で渋滞を起こしてしまうことも、

少なくありません。

 

そういうときこそ、

あえて立ち止まることが必要なのかなと思います。

 

立ち止まって、

深呼吸をして、

目の前にある小さな美しさに目を向けてみる。

 

道端に咲いている小さなお花だったり、

夕方の空のきれいなグラデーションだったり。

 

そういうものに、

「きれいだな」と感じられる余裕を、

いつでも心の中に持っていたいなと思うのです。

 

余裕がなくなると、

世界がなんだかモノトーンのように感じられてしまいます。

 

でも、

ほんの少しのきっかけで、

世界はまた、

色鮮やかさを取り戻してくれるのです。

 

今日出会ったコーヒーの香りも、

お気に入りのマグカップの手触りも、

ぜんぶ、

私の世界に色を添えてくれる大切なピースです。

 

そう思うと、

日々の暮らしも、

まんざら悪くないなと思えてきます。

 

むしろ、

愛おしい瞬間に満ちていると言っても、

いいのかもしれません。

 

完璧じゃなくていい。

 

少しぐらい失敗したり、

予定通りにいかなかったりしても、

それも含めて、

私の人生です。

 

むしろ、

ハプニングがあったほうが、

後から振り返ったときに、

良い思い出話になったりしますよね。

 

「あのときは大変だったね」って、

笑い合える未来を想像すると、

なんだかどんなことも、

乗り越えられるような気がしてきます。

 

人生って、

案外シンプルなのかもしれません。

 

複雑にしているのは、

他でもない、

自分自身の考え方だったりするのです。

 

もっと気楽に、

もっと肩の力を抜いて。

 

自分の心が喜ぶことを、

ひとつずつ選んでいけばいいのです。

 

明日からはまた、

それぞれの日常が始まります。

 

また朝が来て、

いつも通りの時間が流れていく。

 

もしかしたら、

思い通りにいかないことだって、

あるかもしれません。

 

疲れて帰ってきて、

ため息をつく日もあるでしょう。

 

でも、

そんなときは、

今日のこの穏やかな気持ちを、

思い出せたらいいなと思います。

 

お気に入りのカップで飲むお茶の温かさや、

窓辺から差し込むやわらかな光の心地よさを。

 

心の中に、

自分だけの小さなお守りのような景色を、

いくつか持っているだけで、

人は案外、

強く生きていけるものなのかもしれません。

 

そのためにも、

やっぱり週末の計画は、

しっかり立てないとですね。

 

次はどこに行こうか。

 

新しい本を持って、

静かな図書館併設のカフェに行くのもいいな。

 

あるいは、

ずっと気になっていた美術館で、

静かに絵画と向き合ってみるのも素敵です。

 

想像するだけで、

なんだかわくわくしてきます。

 

楽しみがあるって、

本当に素晴らしいことですね。

 

明日からの数日間も、

このわくわく感を胸の片隅に置きながら、

自分のペースで、

一歩ずつ進んでいこうと思います。

 

さて、

本当にそろそろ、

眠くなってきたみたいです。

 

夢の中でも、

素敵なお店や景色に出会えますように。

 

それでは、

おやすみなさい。

 

また明日から、

それぞれの場所で、

すてきな時間を過ごしましょうね。

 

休日のお昼すぎのことです。

 

なんとなく、

リビングのソファに腰を下ろしていました。

 

最近は、

家にいる時間が増えました。

 

外に出かけるのもいいけれど、

おうちでのんびり過ごすのも、

やっぱり悪くないですよね。

 

みなさんは、

どうでしょうか。

 

お家の中で過ごす時間、

好きですか。

 

私は、

けっこう好きだったりします。

 

お気に入りのマグカップで、

温かいカフェオレを淹れて。

 

テレビをぼんやり眺めたり、

スマホでレシピを見たり。

 

こういう静かな時間って、

なんだか心が落ち着きます。

 

でも、

問題はここからです。

 

ここで、

ちょっとした事件が起きました。

 

事件、

というほどでもないのですが。

 

自分でも、

まさかこんなことになるとは、

思っていなかったのです。

 

それは、

小さな好奇心から始まりました。

 

リビングの隅に、

いつの間にか置いてあった段ボール箱。

 

通販で頼んだものが、

そのままになっていました。

 

中身は、

ちょっとした便利グッズです。

 

ネットの口コミを見て、

ついつい買ってしまったものでした。

 

いわゆる、

『おうち時間を快適にするアイテム』

というやつです。

 

せっかくなので、

さっそく開けてみることにしました。

 

こういうのって、

届いた瞬間が一番わくわくしますよね。

 

箱を開けると、

中から出てきたのは、

想像以上に小さな機械でした。

 

手のひらサイズで、

見た目もなんだか可愛らしい。

 

色は優しいアイボリーで、

インテリアの邪魔になりません。

 

『お部屋の空気をきれいにする小型ファン』

ということでした。

 

ようするに、

小さな扇風機のようなものです。

 

これを置くだけで、

お部屋の空気が循環して、

快適になるという仕組みでした。

 

なんだか、

すごく良さそうです。

 

私はさっそく、

コンセントに繋いでみました。

 

スイッチをポチッと押すと、

「ふんわり」と心地よい風が出てきました。

 

音も静かで、

ほとんど気になりません。

 

「これ、いいかも。」

 

私は思わず、

一人でつぶやいてしまいました。

 

リビングの空気が、

なんだか新鮮になったような気がします。

 

気のせいかもしれませんが、

気分的には大満足でした。

 

こういう小さな買い物で、

日常がちょっとだけ楽しくなる。

 

そういうのって、

素敵だなと思います。

 

お部屋の中で、

のんびり風に吹かれながら、

私はすっかりリラックスしていました。

 

すっかり、

油断していたのです。

 

ここで、

話しは少し変わりますが、

みなさんはお掃除、好きですか。

 

私は、

得意ではありません。

 

でも、

きれい好きではあります。

 

矛盾しているようですが、

散らかっているのは嫌いなのです。

 

だから、

休日のどこかで、

まとめてお掃除をすることがあります。

 

その日も、

「風が気持ちいいし、ついでにちょっとだけ片付けようかな」

と思いつきました。

 

リビングの棚の上を拭いたり、

雑誌をまとめたり。

 

地味な作業ですが、

やり始めると夢中になってしまいます。

 

気がつけば、

小一時間ほど経っていました。

 

少し疲れたので、

ソファに戻ろうとしたときです。

 

足元に、

妙な違和感がありました。

 

「あれ?」

 

私は思わず、

足元を見下ろしました。

 

そこにあったのは、

見慣れない小さな部品です。

 

プラスチック製の、

黒いパーツでした。

 

「これ、どこから落ちたんだろう。」

 

私は首をかしげました。

 

お部屋の中をぐるっと見回しても、

どこが壊れたのか分かりません。

 

テレビのリモコンでもないし、

照明の部品でもなさそうです。

 

気になって、

さっき動かした棚の裏を覗いてみました。

 

すると、

そこには。

 

想像もしなかった光景が、

広がっていたのです。

 

それは、

誇張でもなんでもなく、

私にとって小さなショックでした。

 

棚の裏に、

いつの間にか、

ものすごい量のホコリが溜まっていたのです。

 

普段は家具の陰になっていて、

まったく見えない場所でした。

 

でも、

さっき小型ファンを置いたことで、

お部屋の空気がいつもと違う方向に流れたのかもしれません。

 

その風が、

隠れていたホコリを、

見事に表へ引っ張り出してしまったのです。

 

「うそでしょ…。」

 

私はその場で、

固まってしまいました。

 

あんなにきれいにお掃除していたつもりだったのに。

 

お部屋を快適にしようと、

小型ファンを置いただけなのに。

 

まさか、

隠していたホコリの巣を、

自分で暴き出すことになるとは。

 

完全に、

油断していました。

 

ここで、

問題なのは、

そのホコリの量です。

 

ちょっとした綿菓子が作れそうなほどの、

立派な塊でした。

 

「私は今まで、

こんな空間で生活していたのだろうか…。」

 

そう考えると、

急に背筋が寒くなりました。

 

見えていないものは、

存在しないのと同じ。

 

そんな甘い考えを、

見事に打ち砕かれた瞬間でした。

 

でも、

ここで落ち込んでいるわけにはいきません。

 

スイッチが入ってしまった私は、

掃除の鬼に変身しました。

 

「こうなったら、

徹底的にやってやる!」

 

なぜか謎の闘志が湧いてきて、

掃除機を引っ張り出し、

ウェットティッシュを片手に、

お部屋の隅々を拭きまくりました。

 

普段は絶対に動かさないような重い家具も、

意を決して動かしました。

 

「よいしょ、

よいしょ。」

 

一人で声を出しながら、

汗だくになってお部屋を磨き上げました。

 

気がつけば、

最初ののんびりした休日の雰囲気は、

どこかへ消え去っていました。

 

あるのは、

大量のゴミ袋と、

疲労困憊した私の姿だけです。

 

でも、

不思議なものです。

 

ぜんぶ綺麗にし終わったあと、

お部屋を見渡してみると。

 

空気が、

さっきまでとは全く違っていました。

 

なんだか、

お部屋全体が深呼吸しているような、

そんな爽快感があったのです。

 

ピカピカになった床に差し込む、

夕方の光がとても眩しく見えました。

 

疲れたけれど、

心はすっきりと晴れやかでした。

 

「結果オーライ、

ってことなのかな。」

 

私は、

フローリングにペタリと座り込みながら、

小さくため息をつきました。

 

家にいる時間が増えたからこそ、

見えてしまった現実。

 

でも、

それを放置せずに、

きれいスッキリ片付けられた。

 

そう考えると、

あの小さなおしゃれファンを買ったことも、

偶然ではなく、必然だったのかもしれません。

 

ホコリを教えてくれた、

ありがたい相棒だったということです。

 

ものごとの見方を変えると、

ピンチもチャンスに変わる。

 

大げさかもしれませんが、

そんなことを感じた休日でした。

 

みなさんは、

おうちの中で、

思わぬ発見をしたことはありませんか。

 

こういう予想外の出来事も、

たまには悪くないですよね。

 

次は、

どこのお掃除をしようかな。

 

そんなことを考えながら、

また温かいカフェオレを淹れ直す、

夕暮れ時の私なのでした。

少し、話しは変わりますが、

お掃除といえば、最近気になっていることがあります。

 

それは、

お部屋の香り、ということです。

 

目に見えるホコリは綺麗さっぱりなくなりましたが、

なんだか、

空気そのものも変えたくなってきたのです。

 

こういうのって、

一度気になり出すと、

どうにも止まらなくなったりしますよね。

 

私の場合は、

まさにそのパターンでした。

 

せっかく床がピカピカになったのだから、

香りも心地よいものにしたい。

 

そう思ったら、

じっとしていられなくなるのです。

 

思い立ったが吉日、ということで、

週末のお出かけのついでに、

ちょっと大きめの雑貨屋さんを覗いてみることにしました。

 

こういうときのお出かけって、

目的がはっきりしているので、

いつも以上に足取りが軽くなったりします。

 

お店に一歩足を踏み入れた瞬間、

ふわっと優しい香りに包まれました。

 

まるで、

素敵な森の中に迷い込んだような、

そんな心地よい空間が広がっていたのです。

 

店内には、

いろいろな種類のアロマオイルや、

ルームフレグランスが並んでいました。

 

瓶の形を見ているだけでも、

なんだかワクワクしてきます。

 

ガラスの小瓶が、

夕暮れの光を浴びてキラキラと輝いていました。

 

「いらっしゃいませ。」

 

店員さんの柔らかい笑顔に迎えられ、

私はさっそく、

香りのテスターを試してみることにしました。

 

ラベンダーやユーカリ、

柑橘系のすっきりした香り。

 

どれも魅力的で、

迷ってしまいます。

 

こういう時間って、

本当に楽しいですよね。

 

日常の忙しさを忘れて、

ただ「香り」だけに集中する。

 

贅沢な大人の遊び時間、

という感じがします。

 

では、いったい、

どんな香りが今の我が家に合うのでしょうか。

 

問題は、そこです。

 

甘すぎる香りは、

ちょっと違う気がする。

 

かといって、

スパイシーすぎるのも、

なんだか落ち着かない。

 

悩みに悩んだ末に、

私が手にとったのは、

『ホワイトティー』という香りのスプレーでした。

 

紅茶のような、

でもどこか青々とした爽やかさもある。

 

強すぎず、

でも確かにそこにある、

そんな優しい香りでした。

 

「これだな。」

 

私は心の中で小さくつぶやき、

迷わずレジへと向かいました。

 

お会計を済ませて、

小さな紙袋を受け取る瞬間。

 

この瞬間が、

なんとも言えず好きだったりします。

 

お気に入りのものを手に入れたという、

ささやかな高揚感。

 

足取り軽く家路につき、

さっそくリビングでそのスプレーをシュッとひと吹きしてみました。

 

空気が、

一瞬にして変わりました。

 

先ほど綺麗にしたばかりの床と相まって、

お部屋全体が、

まるで小さなおしゃれカフェのような雰囲気に包まれたのです。

 

「これは、予想以上によかったかも。」

 

ソファに深く腰掛けながら、

私は思わずニンマリしてしまいました。

 

ほんの少しの工夫で、

お部屋の居心地がガラリと変わる。

 

お掃除をして、

お気に入りの香りを取り入れて。

 

特別なことは何もしていないのに、

心がふっと軽くなるのを感じます。

 

こういう時間って、

やっぱり大事ですよね。

 

日々の家事に追われていると、

どうしても自分のことは後回しになりがちです。

 

でも、

ちょっとした息抜きや、

小さなこだわりを持つだけで、

日常はこんなにも楽しくなる。

 

そう考えると、

あのホコリを見つけたことも、

結果的には大正解だったのかもしれません。

 

人生、何がきっかけになるか分からないものです。

 

みなさんは、

最近どんな小さな発見をしましたか。

 

お部屋の模様替えをしてみたり、

新しい香りを試してみたり。

 

ほんの小さな変化でも、

気持ちがパッと明るくなったりしますよね。

 

さて、

いい香りに包まれていると、

今度は温かいお茶が飲みたくなってきました。

 

お気に入りのマグカップに、

お湯をたっぷりと注ぎます。

 

湯気と一緒に、

紅茶のいい香りがふわっと立ち上りました。

 

今日は、

どのお菓子と一緒にいただこうかな。

 

棚の奥を探してみたら、

お友達にもらったクッキーが眠っていたはずです。

 

それを見つけたときの小さな喜びを想像しながら、

私はゆっくりとキッチンを振り返りました。

 

お休みの日は、

こうしてのんびりと過ごすのが一番ですね。

 

また明日から頑張るために、

今日は思い切り、

おうち時間を満喫しようと思います。

 

みなさんも、

素敵な休日を過ごせているでしょうか。

 

次にどこかへお出かけする計画を立てつつ、

今日も我が家で、

のんびりとティータイムを楽しむ私なのでした。

そういえば、

ティーカップを持ち上げながら、

ふと窓の外を見てみました。

 

庭の隅に植えたハーブが、

いつの間にか元気に芽を出しています。

 

小さな緑色を見ていると、

それだけで、

なんだか胸が温かくなるから不思議ですね。

 

自然の力って、

本当にすごいなと思います。

 

特別に何かをしなくても、

季節はちゃんと巡ってきて、

新しい命を届けてくれるのです。

 

こういう何気ない景色に気づける心の余裕を、

いつでも持っていたいものですね。

 

忙しい毎日の中にいると、

どうしても目の前のことだけで、

いっぱいいっぱいになってしまいます。

 

気がつくと、

足元の大切なものを見落としていたりするのです。

 

だからこそ、

たまにはこうして立ち止まることが、

すごく大事なんだろうなと感じます。

 

お気に入りの香りに癒やされて、

美味しいお茶を飲んで、

ぼんやりと空を眺める。

 

それは、

決して無駄な時間なんかではなくて、

 

『心の栄養補給』

 

なのかもしれません。

 

自分の機嫌は、

自分でしっかりと取ってあげたいですね。

 

そう考えると、

今日という一日は、

私にとってとても価値のある時間でした。

 

カップの底に残った紅茶を飲み干して、

ふうっと小さく息をつきます。

 

お部屋の中には、

まだお気に入りの香りが優しく残っていました。

 

なんだか、

すごく満たされた気持ちです。

 

さて、

クッキーをいただく前に、

もう少しだけ、

こののんびりした雰囲気を味わうことにしましょうか。

 

みなさんも、

今日という残りの時間を、

どうかご自身の心地よい方法で過ごしてくださいね。

 

また今度、

お出かけした場所や、

新しく見つけたお気に入りのことなど、

ここでゆっくりお話しできたらいいなと思っています。

 

それではまた、

次回のティータイムでお会いしましょう。

 

お休みの日って、

なんだかあっという間に、

過ぎていってしまいますよね。

 

みなさんは、

どんな休日を過ごされているでしょうか。

 

私の場合は、

まさにタイトル通りで、

本当に何もない一日だったんです。

 

予定はゼロ。

行く場所もゼロ。

やることもゼロ。

 

いわゆる、

「完全な休日」

というやつです。

 

朝起きて、

パジャマのままリビングに行って、

コーヒーを淹れて、

なんとなくテレビをつけました。

 

こういう時間って、

実は、

けっこう好きだったりします。

 

誰にも邪魔されず、

時間を気にせず、

ただぼーっとする。

 

これは、

大人にとっての、

最高の贅沢なのかもしれません。

 

でも、

問題はここからです。

 

夕方くらいになって、

ふと気づいたんです。

 

「あれ、私、今日、

一言もしゃべってなくない?」

 

そうなんです。

 

家族もみんな出かけていて、

家には私一人。

 

宅配便も来なかったし、

近所の人とも会わなかった。

 

朝から一言も、

声を発していなかったのです。

 

こういうのって、

ちょっと面白くないですか。

 

人間って、

しゃべらない日があると、

声帯がどうにかなっちゃうんじゃないかって、

少し不安になるんですよね。

 

そこで、

せっかくなので、

試してみることにしました。

 

「あー」

 

声を出してみたんです。

 

そしたら、

思った以上に、

かすれた声が出てしまいました。

 

まるで、

長年使われていなかった、

古い井戸のような声です。

 

自分で自分の声に、

びっくりしてしまいました。

 

これではいけない。

 

そう思った私は、

家の中で一人、

アテレコを始めてみたんです。

 

テレビに映っている、

海外のドラマの俳優さんに向けて、

勝手にセリフを合わせてみる。

 

「いや、それは違うだろ!」

 

誰もいないリビングで、

一人でツッコミを入れてみる。

 

最初は恥ずかしかったのですが、

だんだん楽しくなってきちゃって。

 

気づいたら、

一人でコントを繰り広げていました。

 

こういう時間って、

なんだか少し、

危ない人みたいですよね。

 

でも、

すごく楽しかったんです。

 

ストレス解消というか、

心のデトックスというか。

 

日常の小さなスパイス、

みたいな感じでしょうか。

 

そう考えると、

予定がない休日というのは、

ただの退屈な時間ではなくて、

自分を取り戻すための時間、

ということになるのかもしれません。

 

忙しい毎日に追われていると、

こういう「何もしない時間」の価値を、

忘れてしまいがちです。

 

でも、

何もないからこそ、

新しい発見があったりするんですよね。

 

声が出なくなるほどの静けさ。

一人でテレビにツッコミを入れる滑稽さ。

 

そういう、

ちょっとした日常のワンシーンが、

あとから振り返ると、

案外いい思い出になったりします。

 

みなさんは、

最近、

声を忘れるくらい静かな日を過ごしたでしょうか。

 

こういう気の抜けた休日も、

たまには悪くないなと思いました。

 

次はいつ、

完全な休日がやってくるでしょうか。

 

そのときはまた、

違う一人遊びを開発してみたいな、

なんて考えています。

 

それでは、

また次回のブログでお会いしましょう。

そういえば、

この間、

スーパーの帰りに、

ふと空を見上げたんです。

 

ちょうど、

夕方の一番きれいな時間でした。

 

空全体が、

淡いピンク色と、

優しいオレンジ色に染まっていて。

 

見ているだけで、

なんだか胸がキュッとするような、

そんな景色だったんです。

 

こういうのって、

やっぱりいいですよね。

 

忙しく歩いていると、

足元ばかり見てしまって、

空の色の変化なんて、

すっかり忘れてしまいます。

 

でも、

ちょっと立ち止まって、

顔を上げてみるだけで、

 

『世界はこんなに広かったんだな』

 

なんて、

大げさなことを思ったりして。

 

思わず、

自転車を止めて、

しばらくぼーっと眺めてしまいました。

 

怪しい人だったかもしれませんね。

 

でも、

そういう時間って、

実はすごく大切なんじゃないかなと思うんです。

 

効率よく動くことばかり考えていると、

知らず知らずのうちに、

心がカチコチになっていってしまいます。

 

用事があって、

目的地に向かって、

まっすぐ歩く。

 

それも大切ですけれど、

たまには、

寄り道したり、

空を見上げたり、

意味もなく深呼吸してみたり。

 

そういう、

『無駄な時間』の中にこそ、

本当の意味での豊かさが隠れているような気がするんです。

 

少し、

話しは変わりますが、

 

みなさんは最近、

ゆっくり夕日を見たでしょうか。

 

テレビを見ながらだったり、

スマホをいじりながらだったりすると、

なかなか目の前の景色って、

見過ごしてしまいがちですよね。

 

でも、

少しだけ視線を変えてみる。

 

それだけで、

いつもの見慣れた帰り道が、

なんだか特別な場所に変わったりするから不思議です。

 

こういうのって、

お金をかけなくてもできる、

一番贅沢な遊びなのかもしれません。

 

贅沢、

というと大げさでしょうか。

 

でも、

自分の心をご機嫌にする方法を、

いくつ持っているかというのは、

人生を楽しく過ごす上で、

けっこう重要なポイントだったりします。

 

私の場合は、

それがこういう、

何気ない日常のスケッチみたいな瞬間だったりするんです。

 

美味しいコーヒーを飲むこと。

お気に入りの音楽を聴きながら歩くこと。

知らない道を、

なんとなく探検してみること。

 

どれも、

他人から見たら、

「なにそれ?」って言われるような、

小さなことばかりです。

 

でも、

本人が楽しければ、

それで十分なんですよね。

 

誰に褒められなくてもいい。

誰の役にも立たなくてもいい。

 

ただ自分が、

「あ、今いい時間だな」

って思えたら、

その日はもう、

それだけで合格点なんだと思います。

 

そういえば、

先日、

家の近くの古い喫茶店の前を通りかかったんです。

 

ずっと気になってはいたのですが、

なんとなく入りづらくて、

今まで素通りしていました。

 

でも、

その日はなぜだか、

「ちょっと、入ってみようかな」

という気分になったんです。

 

勇気を出して、

ガラガラと引き戸を開けてみました。

 

中は、

想像していたよりもずっとこぢんまりとしていて、

昭和の雰囲気がそのまま残っているような、

そんな空間でした。

 

カウンターの向こうで、

白髪のマスターが、

静かにサイフォンでコーヒーを淹れているんです。

 

パチパチと、

アルコールランプの音がして。

 

お店の中には、

古いジャズが、

まるで空気のように優しく流れていました。

 

こういうお店って、

最近少なくなりましたよね。

 

チェーン店のカフェも便利で好きですが、

こういう個人でやっている喫茶店には、

また違った魅力があるんです。

 

席に座ると、

マスターが、

「いらっしゃい」

と、

これまた静かな声で迎えてくれました。

 

メニューを見ると、

ブレンドコーヒーと、

手作りのチーズケーキくらいしかありません。

 

私は、

ブレンドとケーキのセットを頼みました。

 

しばらくして出てきたコーヒーは、

しっかりと苦みがあるのに、

後味がすっきりとしていて。

 

添えられたチーズケーキは、

甘さ控えめで、

なんだか懐かしい味がしました。

 

一口食べた瞬間、

 

「あ、ここ、当たりだな」

 

って心の中でガッツポーズをしたんです。

 

こういうの、

けっこう嬉しくないですか。

 

ネットの口コミとか、

雑誌の特集とかで調べたわけでもなく、

自分の勘だけを頼りに入ったお店が、

すごく素敵だったとき。

 

自分だけの隠れ家を見つけたような、

そんなちょっと誇らしい気持ちになるんです。

 

コーヒーを飲みながら、

持ってきた文庫本を少しだけ読みました。

 

ページをめくる音と、

マスターがカップを洗う音。

 

それ以外の音は、

ほとんど聞こえません。

 

外の車の音も、

遠くの方でぼんやりと聞こえるだけで、

まるで世界から切り離されたような、

そんな静かな空間でした。

 

忙しい日常の中に、

ふと現れた、

こういう「空白の時間」。

 

こういう場所を知っていると、

それだけで、

明日からもまた頑張ろうって思えるんですよね。

 

心の中に、

自分だけの避難場所ができたような、

そんな安心感があるんです。

 

みなさんは、

自分だけの隠れ家的な場所、

持っているでしょうか。

 

もし、

まだ見つかっていないなら、

たまには、

いつもと違う道を歩いてみるのも、

おすすめですよ。

 

思わぬところで、

素敵な出会いがあるかもしれません。

 

あのお店、

今度はいつ行こうかな。

 

休日の午後の、

ほんの二時間くらいの出来事でしたが、

今思い出しても、

口元が緩んでしまいます。

 

またすぐにでも、

あの静かな空間に戻りたいな。

 

そう思いながら、

今日のブログを書いています。

 

それでは、

また次のお出かけの時にお話ししましょうね。

そういえば、

少し、話しは変わりますが、

 

みなさんは、

お出かけのときって、

何か計画を立てて出かけるタイプでしょうか。

 

それとも、

行き当たりばったりで楽しむタイプでしょうか。

 

私の場合は、

昔はしっかり計画を立てないと気が済まない方だったんです。

 

何時何分発の電車に乗って、

お昼はこのお店に入って、

そのあとはあそこに行って……って、

予定をぎっしり詰め込んでいました。

 

それはそれで、

充実した休日だなあって満足していたんですけどね。

 

最近は、

なんだか少し変わってきたんです。

 

予定を決めずに、

気の向くままに歩いてみる。

 

そういうお出かけも、

いいものだなあって思うようになりました。

 

計画通りにいかないと、

ちょっと焦ってしまったり、

疲れてしまったりすることって、

ありませんか。

 

せっかくのお休みなのに、

なんだか時間に追われているような、

そんな気持ちになってしまったりして。

 

だから、

あえて予定を立てない。

 

時間を気にしないで、

自分の足が向く方へ歩いてみる。

 

そうすると、

思いがけない素敵な景色に出会えたりするんですよね。

 

いつもなら通り過ぎてしまうような、

小さな路地裏に、

可愛いお花が咲いていたり。

 

小さな看板が出ている、

隠れ家みたいな雑貨屋さんを見つけたり。

 

こういうのって、

やっぱりワクワクしますよね。

 

予定通りにいかないからこそ、

見つかるものがある。

 

人生も、

そういうものなのかもしれませんね。

 

なーんて、

ちょっと大げさなことを考えてしまったりしますが。

 

でも、

本当にそう思うんです。

 

予定通りにいかないお出かけも、

それはそれで楽しい。

 

むしろ、

そっちの方が記憶に残っていたりするんですよね。

 

そう考えると、

日々の生活も同じなのかもしれません。

 

毎日のスケジュールが、

きっちり決まっているのも安心だけど、

たまには予定調和じゃないことをしてみる。

 

たとえば、

いつもと違う道を通って駅まで歩いてみるとか。

 

いつもは買わないお菓子を、

スーパーで手に取ってみるとか。

 

ほんの小さな変化だけど、

そういうところに、

日常の楽しさが隠れている気がするんです。

 

みなさんは、

最近、

何か新しい発見はあったでしょうか。

 

もし、

毎日が同じような繰り返しだなあって感じていたら、

ほんの少しだけ、

いつもと違う選択をしてみるのも、

おすすめですよ。

 

いつもと違うコーヒーを頼んでみるとか、

いつもは読まないジャンルの本を開いてみるとか。

 

それだけで、

世界が少しだけ広がったような、

そんな新鮮な気持ちになれるんです。

 

あ、

そういえば、

この間買った新しいお皿のこと、

まだお話ししていませんでしたね。

 

あれも、

実はまったく予定外の出会いだったんです。

 

その日は、

日用品を買いに、

近所のショッピングモールに行っただけだったんです。

 

でも、

ふと立ち寄った和食器のお店で、

一目惚れしてしまって。

 

コロンとした形と、

優しい藍色のグラデーションが、

なんとも言えなく素敵だったんです。

 

お値段も、

決して安くはなかったんですけどね。

 

でも、

「これは、今日出会う運命だったのかも……」なんて、

自分に言い訳をして、

連れて帰ってきちゃいました。

 

こういう直感って、

大切にしたいなって思うんです。

 

お家に帰って、

さっそくそのお皿に、

お惣菜のきんぴらごぼうを盛り付けてみたんですけどね。

 

それが、

思った以上に映えるんです。

 

いつもの何気ないおかずが、

なんだか料亭の小鉢みたいに見えちゃって。

 

それだけで、

夕飯の時間が、

ちょっと特別なものになりました。

 

器ひとつで、

こんなにも気分が変わるんだなあって、

改めてびっくりしちゃいました。

 

こういう小さな感動の積み重ねが、

毎日の生活を豊かにしてくれるんですよね。

 

贅沢なブランド品を買うわけじゃなくても、

自分の心がときめくものを選ぶ。

 

そういう時間を大切にしていきたいなあって、

心から思います。

 

さてさて、

なんだかとりとめもないお話を、

ずいぶん長いしてしまいましたね。

 

そろそろ、

今日の夕飯の支度を始めないと。

 

冷蔵庫にあるもので、

何を作ろうかな。

 

さっき買ってきたお皿に合うおかずを、

考えてみようと思います。

 

今夜は、

ちょっとだけ丁寧にお料理をして、

お気に入りの器で、

ゆっくり夕ご飯を食べることにします。

 

こういう時間があるから、

明日もまた頑張れるんですよね。

 

みなさんも、

素敵な夜を過ごせますように。

 

それでは、

またお会いしましょうね。

 

休日って、

あっという間に終わってしまいますよね。

 

みなさんは、

どんなふうに過ごされているでしょうか。

 

せっかくのお休みなので、

どこかへお出かけしようかとも思ったのです。

 

でも、

ふと、

家でのんびりするのもいいなと思いました。

 

たまには、

おうちでゆっくりする時間も、

必要なんじゃないかなって。

 

そんなふうに思って、

本当にただ、

家でのんびり過ごしてみたんです。

 

私の場合は、

まずパジャマのまま、

コーヒーを淹れるところから始めました。

 

お気に入りのマグカップに、

温かいカフェオレを注ぎます。

 

こういう時間って、

なんだか贅沢ですよね。

 

外の景色をぼんやり眺めながら、

ソファに深く腰掛けました。

 

リビングの窓から見える空は、

きれいな青空でした。

 

風も穏やかで、

絶好のおこもり日和です。

 

今日は、

誰にも邪魔されません。

 

何時に起きたっていいし、

何をしたっていいのです。

 

そう考えると、

それだけで、

心がすーっと軽くなるような気がします。

 

テレビをつけてみたり、

なんとなく雑誌をパラパラとめくってみたり。

 

普段は忙しくて見逃してしまうような、

小さな埃(ほこり)が、

日光に照らされてキラキラ光っていたりします。

 

「あ、ここ、掃除しなきゃな」

 

なんて思いつつ、

まあ今日はいいか、と見なかったことにする。

 

こういう小さな怠け心も、

休日の特権ですよね。

 

お昼ご飯も、

冷蔵庫にあるもので適当に済ませました。

 

冷凍庫に眠っていた、

ちょっといいパスタソースを使って、

一人分のナポリタンを作ってみたんです。

 

タマネギとピーマンを細切りにして、

ソーセージも入れました。

 

ケチャップを少し多めにして、

子供の頃に食べたような懐かしい味を目指します。

 

出来上がったパスタを、

お皿に盛り付けて、

テーブルに運ぶ。

 

テレビを見ながら、

一人でゆっくり食べるお昼ご飯。

 

こういうの、

嫌いじゃないんですよね。

 

思った以上に美味しくできて、

なんだかちょっと嬉しくなりました。

 

お腹がいっぱいになると、

今度は猛烈な眠気がやってきます。

 

ソファにゴロンと横になって、

そのままうたた寝です。

 

外からは、

遠くで車の音が聞こえるくらい。

 

静かな午後のひととき。

 

すうすうと聞こえる自分の寝息を感じながら、

うとうとする時間は、

何物にも代えがたい至福の時です。

 

「あぁ、幸せだな」

 

本気でそう思いました。

 

自分が幸せになる。

 

それだけではありません。

 

自分の周りも、

なんだか平和に包まれているような気がします。

 

そして、

その部屋の空気までも、

のんびりとした温かいものに変えていく。

 

家でのんびり過ごすということは、

ただ何もしないということではないのです。

 

それは、

自分を取り戻すための、

大切な儀式なのかもしれません。

 

そんなふうに、

のんびりとした午後を過ごしていたのですが。

 

ここで、

ちょっとした事件が起きました。

 

それは、

リビングのソファで、

再びスマホをいじっていたときのことです。

 

ふと、

足元に視線を落としました。

 

すると、

そこには信じられない光景が広がっていたのです。

 

あれ?

なんだこれ。

 

目をこすって、

もう一度よく見てみました。

 

見間違いではありません。

 

リビングの床一面に、

見慣れないものが、

うじゃうじゃと転がっていたのです。

 

それは、

洗濯物の山でした。

 

脱いだ靴下。

 

裏返しになったTシャツ。

 

片方だけ行方不明のハンカチ。

 

いつの間にか、

ソファの周りが、

洗濯物の山脈に囲まれていたのです。

 

しかも、

よく見ると、

ダイニングテーブルの椅子には、

昨日の夜に食べたお菓子の袋がそのまま放置されています。

 

コーヒーの染みがついたマグカップが、

テーブルの端で乾きかけていました。

 

床のあちこちには、

なぜか、

脱ぎ捨てられたルームシューズが転がっています。

 

まるで、

アフリカの大自然を生き抜く、

野生動物の足跡のようです。

 

そう。

 

気づいたときには、

我が家のリビングは、

すっかりサバンナのようになっていたのです。

 

草食動物の群れのように、

そこかしこに布の塊が点在しています。

 

肉食動物が去ったあとのような、

荒涼とした雰囲気が漂っていました。

 

「……あれ?」

 

私は、

思わず声に出してしまいました。

 

のんびり過ごすはずだった休日。

 

気づけば、

私はサバンナの真ん中にぽつんと取り残された、

一匹の迷える主婦になっていたのです。

 

これは、

一体どういうことなのでしょうか。

 

私の中に、

小さな疑問が芽生えました。

 

なぜ、

人はのんびりしようとすると、

逆に荒野を作り出してしまうのでしょうか。

 

ちょっと、

考えてみました。

 

もしかすると、

「のんびりする」ということ自体が、

罠だったのかもしれません。

 

「今日は何もしないぞ」

 

そう心に決めた瞬間から、

脳のスイッチがオフになってしまう。

 

スイッチがオフになった人間は、

目の前にある散らかった現実を、

脳内で自動的に消去してしまう機能を持っているのです。

 

「見なかったことにしよう」

 

その無意識の防衛本能が、

部屋をサバンナへと変貌させる。

 

つまり、

我が家のリビングがサバンナ化したのは、

私の心の平和を守るための、

自然の摂理だったというわけです。

 

……いや、

そんなわけありませんよね。

 

単に、

私がズボラなだけです。

 

サバンナでも何でもなく、

ただの片付け忘れです。

 

現実に戻された私は、

深いため息をつきました。

 

あんなに優雅だったコーヒータイムは、

どこへ行ってしまったのでしょうか。

 

手元のマグカップは空になり、

周りには見渡す限りの洗濯物。

 

でも、

ここで立ち尽くしていては、

本当に野生の王国になってしまいます。

 

私は、

意を決して立ち上がりました。

 

「よし」

 

小さく気合を入れて、

サバンナの開拓を始めることにしたのです。

 

まずは、

一番近くにあった靴下を拾い上げました。

 

それを洗濯カゴに放り込みます。

 

次に、

放置されていたお菓子の袋をゴミ箱へ。

 

テーブルの上を拭いて、

マグカップをシンクへ持っていきました。

 

一つひとつは、

本当に小さな作業です。

 

でも、

それを淡々とこなしていくうちに、

不思議と気持ちがすっきりしてきました。

 

荒れ果てたサバンナが、

少しずつ、

いつものリビングに戻っていく。

 

その過程が、

なんだかパズルを解いているようで、

面白くなってきたりもしました。

 

こういうのって、

人生と一緒なのかもしれません。

 

時には、

生活がぐちゃぐちゃになって、

どこから手をつけていいか分からなくなることもある。

 

でも、

目の前にある小さなことから片付けていけば、

いつの間にか元の平穏な日常に戻ることができる。

 

そう考えると、

リビングがサバンナ化したことも、

悪いことばかりではなかったのかなと思えます。

 

結果的に、

部屋もきれいになったし、

良い運動にもなりました。

 

それに、

綺麗になったリビングで飲む、

二杯目のコーヒーは、

さっきよりも何倍も美味しく感じられたのです。

 

思った以上に、

充実した休日になった気がします。

 

やっぱり、

家でのんびりするのもいいけれど、

たまにはこうして現実と戦うのも、

悪くないものですね。

 

みなさんは、

おうちで過ごす休日、

どんなハプニングがあったりするでしょうか。

 

もしかすると、

あなたのお部屋も、

知らないうちにジャングルやサバンナに変わっていたりして。

 

もしそうなっていたとしても、

焦ることはありません。

 

一つずつ片付けていけば、

ちゃんと元のリビングに戻るのですから。

 

今日は、

そんな日常の小さな冒険を体験した一日でした。

 

また今度のお休みは、

今度こそ本当に、

優雅でのんびりとした時間を過ごしてみたいものです。

 

でも、

もしまたサバンナが出現したとしても、

それはそれで、

笑い話にできるかなと思います。

 

こういう日常のちょっとした出来事も、

あとから振り返れば、

大切な思い出になるんですよね。

 

みなさんも、

素敵な休日をお過ごしください。

 

私はこれから、

綺麗になったリビングで、

もう一度のんびりコーヒーを味わいたいと思います。

 

それではまた、

次回の日常のひとコマでお会いしましょう。

そういえば、

コーヒーを淹れようと思ってキッチンに立ったときのことなんですけどね。

 

ふと、

冷蔵庫の奥がどうなっているのか、

気になってしまったんです。

 

こういうのって、

ありませんか。

 

普段は、

見ないふりをしている場所。

 

あるいは、

存在すら忘れているような場所。

 

では、いったい、

我が家の冷蔵庫の奥には、

どんな世界が広がっているのでしょうか。

 

実は、

我が家の冷蔵庫も、

さっきのリビングのジャングルに負けないくらい、

なかなかの歴史を感じさせる場所になっていたりするのです。

 

奥の方から、

いつ買ったのか分からない調味料の小瓶が出てきたりします。

 

賞味期限の数字が、

まるで暗号のように見えなくなっていたりして。

 

「これ、いつのだろう……」

 

思わず、

一人でつぶやいてしまいました。

 

こういう発見をしてしまうと、

もう放っておけなくなるんですよね。

 

せっかくリビングが綺麗になったばかりなのに、

今度はキッチンへと、

戦いの舞台が移ってしまうわけです。

 

休日の時間というのは、

不思議なものです。

 

のんびりしようと決めていたはずなのに、

なぜか次から次へと、

やるべきことが見つかってしまう。

 

それは、

試練なのかなんなのか。

 

でも、

不思議と嫌な気持ちはしないんですよね。

 

むしろ、

ちょっとワクワクしている自分がいたりして。

 

きっと、

綺麗になっていく過程が、

好きなんだと思います。

 

ごちゃごちゃしていた場所が、

すっきりと片付いていくときの爽快感。

 

あれって、

何にも代えがたいものがありますよね。

 

冷蔵庫の棚板を一枚ずつ外して、

水洗いしてみます。

 

冷たい水が、

ちょっと心地よかったりして。

 

隅っこにこびりついていた汚れを、

スポンジでゴシゴシと落としていく。

 

こういう単純な作業をしているときって、

頭の中が空っぽになるんです。

 

日々の細々とした悩みとか、

面倒なこととかが、

綺麗に洗い流されていくような気がします。

 

そう考えると、

大掃除というほど大げさなものではなくても、

こういう名もなき片付けの時間というのは、

心のデトックスみたいなものなのかもしれません。

 

きれいになった棚板を、

再び冷蔵庫に戻します。

 

そして、

買ってきた食材や調味料を、

定位置に収めていく。

 

ここで大切なのは、

奥に何があるか一目で分かるようにすることです。

 

でも、

数日後にはまた、

元の木阿弥(もくあみ)になっていたりするんですけどね。

 

それでもいいんです。

 

その瞬間だけでも、

我が家の冷蔵庫がピカピカになれば、

それで十分なんですから。

 

すべてを収め終えて、

冷蔵庫の扉を閉めました。

 

ふうっと、

小さく息をつきます。

 

なんだか、

リビングの片付けよりも、

達成感があるかもしれません。

 

こういうのって、

やっぱりいいですよね。

 

予定通りにいかない休日だったけれど、

結果オーライということで。

 

さて、

今度こそ、

本当の意味で、

のんびりする時間を作りたいと思います。

 

お気に入りのマグカップに、

さっき淹れ損ねたコーヒーを注いで。

 

ソファに深く腰掛けます。

 

窓の外を見ると、

夕方の空が、

少しずつオレンジ色に染まり始めていました。

 

秋の気配が、

ひっそりと近づいているのを感じます。

 

こういう静かな夕暮れ時の時間も、

好きなんですよね。

 

一日が終わりに近づく、

ちょっと切ないような、

でも温かいような、

そんな空気感。

 

みなさんは、

今日という一日を、

どんなふうに過ごしたでしょうか。

 

もしかしたら、

私と同じように、

予期せぬ片付けに追われた人もいるかもしれません。

 

あるいは、

どこか遠くへお出かけして、

素敵な景色に出会った人もいるかもしれませんね。

 

どんな休日であっても、

自分なりに心地よく過ごせたら、

それはきっと、

素晴らしい一日なのだと思います。

 

明日からまた、

それぞれの日常が始まります。

 

仕事だったり、

家事だったり、

やるべきことに追われる日々が待っているでしょう。

 

でも、

今日きれいにしたリビングや、

すっきりした冷蔵庫のことを思い出せば、

少しだけ軽やかな気持ちで、

一歩を踏み出せる気がするのです。

 

おうちの中を整えるということは、

自分の心の中を整えるということなのかもしれません。

 

そう思うと、

散らかった部屋を見つけたあの瞬間の絶望感も、

あながち悪いものではなかったのかなと、

今では思えるから不思議です。

 

人生、

何が起こるか分かりません。

 

突然のジャングルやサバンナが、

目の前に現れることもあるでしょう。

 

それでも、

私たちはちゃんと乗り越えていける。

 

そんな小さな自信を胸に、

新しい一週間を迎えていきたいと思います。

 

カップに残ったコーヒーを、

最後の一口までゆっくりと味わいました。

 

あたたかい液体が、

体のすみずみまで行き渡るようです。

 

うん、

今日もいい一日だったな。

 

そんなふうに心から思えることが、

何よりも幸せなことなのかもしれません。

 

みなさんの次の休日も、

笑顔あふれる素敵な時間になりますように。

 

それでは、

そろそろ夕食の準備に取り掛かるとしましょうか。

 

また、

次の小さなお話でお会いできたら嬉しいです。

 

みなさん、こんにちは。

なんだか、とってもお久しぶりですね。

元気にしていましたでしょうか。

 

私はですね、

少しだけバタバタしておりました。

でも、元気に過ごしていましたよ。

 

こういうのって、

なんだか少し照れくさいですね。

久しぶりに、

ブログを開いてみました。

 

画面を見ているだけで、

なんだか懐かしい気持ちになります。

みなさんは、いかがお過ごしでしょうか。

 

せっかくのお休みなので、

少し、話しは変わりますが、

最近あった面白いお話をさせてくださいね。

 

実は、

我が家にですね、

すごいものがやってきたのです。

 

それは、

『自動ゴミ箱』

というものです。

 

みなさんは、

使ったことがありますか?

 

我が家にはこれまで、

普通の、

フタすらないようなオープンなゴミ箱がありました。

ごくごく普通の、

プラスチックの白いゴミ箱です。

 

不満があったわけではありません。

ただ、

なんとなく、

「新しい家電っていいよね」

という軽い気持ちだったのです。

 

では、いったい、

そのゴミ箱がどうしたのか?

 

問題は、

その『ハイテクさ』にありました。

 

我が家に届いたそのゴミ箱は、

センサーで自動でフタが開くタイプのものなのです。

手をかざすだけで、

「ウィーン」と音を立てて、

なめらかにフタが開きます。

 

初めて見たときは、

「わあ、未来だね」

なんて家族で大喜びしていました。

 

ですが、

ここからが、

ちょっとした悲劇のはじまりだったのです。

 

私の場合は、

まずキッチンにそれを置きました。

料理をしている最中に、

野菜の皮をポイッと捨てたい。

そんなとき、

両手がふさがっていても、

手をかざせばパッとフタが開く。

これは便利だなと思ったのです。

 

けれど、

思った以上に、

このゴミ箱は『おせっかい』でした。

 

たとえば、

キッチンの前を普通に通り過ぎるだけでも、

センサーが反応してしまうのです。

 

「ウィーン」

 

横を通るたびに、

ゴミ箱が勝手に挨拶をしてくるような感じです。

 

「あ、私、今ゴミ捨てないですけど…」

 

思わず、

ゴミ箱に向かって話しかけてしまいました。

誰もいない部屋で、

勝手にフタが開閉しているのを見ると、

なんだか少し、

不気味な気もしてきます。

 

さらに、

問題なのは、

その『敏感すぎる心』でした。

 

夜中に、

ちょっとお水を飲もうと、

暗いキッチンを歩いていたときのことです。

 

足音に反応したのか、

突然、

「ウィーン」と音がしました。

 

真っ暗な中で、

勝手にゴミ箱のフタがパカーッと開いたのです。

 

これは、

ちょっと怖かったです。

 

まるで、

ゴミ箱が意思を持っているかのようでした。

 

「ひゃっ!」

 

思わず、

変な声が出てしまいました。

せっかくの静かな夜が、

恐怖の時間に変わってしまった瞬間です。

 

こういうのって、

やっぱり、

便利さと引き換えに何かを失っているのでしょうか。

 

そう考えると、

昔ながらの、

ただそこにあるだけのゴミ箱が、

急に恋しくなったりします。

 

あの子は静かでした。

文句も言わず、

勝手に開くこともなく、

ただじっとゴミを待っていてくれたのです。

 

それに比べて、

この新しいゴミ箱は、

なんだか落ち着きがありません。

 

少し近づくだけで、

「私を捨てて!」

「私を見て!」

と言われているような気がしてしまうのです。

 

あ、でも、

悪いことばかりでもありません。

 

子供たちは大喜びです。

わざわざゴミを持ってきては、

「見て見て、開いたよ!」

と、面白がって捨てています。

 

普段は面倒くさがるゴミ捨てを、

ゲーム感覚でやってくれるようになりました。

 

これは、

我が家にとっては、

思わぬ大収穫でした。

 

自分が楽をしようと思って買ったものが、

結果的に子供のおもちゃになっている。

 

こういう展開って、

なんだかクスッと笑えてしまいますよね。

 

人生、

計画通りにいかないことばかりですが、

こういう小さなハプニングも、

悪くないなと思ったりします。

 

みなさんは、

最近、何か新しい家電を買いましたか?

 

便利になったつもりが、

逆に振り回されてしまった経験はありますでしょうか。

 

こういう時間って、

意外と大事なのかもしれません。

 

便利すぎる世の中だからこそ、

少しドジな機械に囲まれて、

クスッと笑う余裕を持ちたいものです。

 

あ、そういえば、

このゴミ箱には、

電池が切れると全く動かなくなるという弱点もあります。

 

先日、

ちょうど電池が切れかけたとき、

センサーが鈍くなって、

半開きで固まってしまいました。

 

「開けてよ!」

と手をかざしても、

ピクリとも動きません。

 

結局、

手動で無理やりこじ開けることになりました。

 

自動の意味とは…。

 

思わず、

自分で自分にツッコミを入れてしまいました。

 

でも、

そんなポンコツなところも含めて、

なんだか愛おしくなってきたりするから不思議です。

 

人間関係も、

家電も、

完璧すぎないほうが、

付き合いやすいのかもしれませんね。

 

久しぶりにブログを書いたら、

なんだか止まらなくなってしまいました。

 

ついつい、

ゴミ箱の愚痴を長々と書いてしまいましたね。

 

最後まで読んでくださって、

本当にありがとうございます。

 

こういう何気ない日常の出来事を、

またこうしてマイペースに綴っていけたらいいなと思っています。

 

次は、

どんなお話をしましょうか。

 

また近いうちに、

のんびり更新できたらいいなと思います。

 

みなさんも、

体調に気をつけて、

穏やかな毎日をお過ごしくださいね。

 

それでは、

またお会いしましょう。

そういえば、

少し、話しは変わりますが、

 

先日、

近所のスーパーに行ったときのことです。

 

野菜売り場の前を通りかかったら、

新鮮な新玉ねぎが、

山のように積まれていました。

 

つやがあって、

まるまると太っていて、

なんだかとても美味しそうでした。

 

こういうのを見ると、

ついカゴに入れてしまいたくなります。

 

せっかくなので、

二つほど買って帰ることにしました。

 

帰ってさっそく、

スライスしてサラダにして食べてみました。

 

水にさらさなくても、

全然辛くなくて、

シャキシャキとした食感が楽しめました。

 

ポン酢を少しかけて食べたのですが、

それがまたよく合いました。

 

思った以上に、

美味しかったのです。

 

こういう旬のものを食べると、

なんだか季節の移り変わりを感じられて、

それだけでちょっと豊かな気持ちになります。

 

贅沢なごちそうもいいけれど、

こういう何気ない食材で季節を味わうのも、

悪くないものですよね。

 

みなさんは、

最近何か、

季節の美味しいものを食べましたか?

 

こういう小さな楽しみを見つけることが、

日々の生活のエネルギーになっていたりするのかもしれません。

 

そう考えると、

毎日のご飯作りも、

ただの家事というわけではなくて、

ちょっとしたお楽しみの時間に変わっていきます。

 

もちろん、

献立を考えるのが面倒だなと思う日もあります。

 

今日は何にしようかと、

冷蔵庫の前で腕組みをして悩んでしまうことも、

しょっちゅうあります。

 

そんなときは、

もう無理をするのをやめて、

お惣菜を買ってきたりすることもあります。

 

そういう息抜きも、

きっと大切ですよね。

 

完璧を目指さない。

 

これ、

最近の私の密かなテーマだったりします。

 

お掃除も、

料理も、

育児も、

なんだかすべてを完璧にやろうとすると、

すぐに息切れしてしまいます。

 

たまには手抜きをしてもいい。

 

少しくらい散らかっていても、

命に関わるわけではありません。

 

そうやって肩の力を抜くことで、

心に少しだけ余裕が生まれてくるような気がします。

 

余裕ができると、

普段は気づかないような小さなことにも、

目が向くようになります。

 

道端に咲いている小さな花を見つけて、

綺麗だなと思えたり、

 

淹れたてのコーヒーの香りに、

ほっと癒されたりします。

 

忙しい毎日を送っていると、

どうしても目の前のことだけで精一杯になってしまいます。

 

気がついたら、

一日が終わっていたりします。

 

だからこそ、

意識して立ち止まる時間を作るようにしています。

 

ほんの数分でもいいので、

ぼーっとする時間を持ったり、

お気に入りの音楽を聴いたりする。

 

そういう時間が、

心のリセットボタンになってくれるのです。

 

こういうのって、

やっぱり大事ですよね。

 

みなさんは、

どんな方法でリフレッシュしていますか?

 

自分なりの息抜きの方法をいくつか持っていると、

ちょっと心が軽くなるような気がします。

 

また今度、

おすすめの息抜き方法があったら、

ここで紹介できたらいいなと思います。

 

今日も、

とりとめのない話を最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。

 

少し長くなってしまいましたが、

お付き合いいただけて嬉しかったです。

 

また近いうちに、

のんびりとした日常のあれこれを、

書きにきたいと思います。

 

それでは、

また。

そういえば、

少し、話しは変わりますが、

 

先日、

ふらっと立ち寄った雑貨屋さんで、

小さなガラスの一輪挿しを見つけました。

 

本当に小さな、

指先くらいのサイズのものなのですが、

光に当たると、

きらきらと綺麗な反射をするのです。

 

こういうのって、

なんだか見ているだけで、

すーっと心が落ち着くような気がします。

 

値段も、

びっくりするほどお手頃で、

これは、

ちょっと嬉しかったです。

 

せっかくなので、

お部屋に飾ってみようと思い、

連れて帰ることにしました。

 

帰ってきてから、

庭に咲いていた小さな草花を一本だけ摘んで、

そのガラスの器に挿してみました。

 

たったそれだけのことなのですが、

リビングの雰囲気が、

パッと明るくなったような気がします。

 

いつもと同じ部屋なのに、

ほんの少しだけ、

空気が変わったみたいです。

 

こういう小さな変化って、

毎日の生活の中で、

すごく大切なのかもしれません。

 

大きな模様替えをするのは、

時間もかかるし、

ちょっと気合いが必要ですよね。

 

でも、

小さなガラスの器ひとつ変えるだけで、

こんなにも気分がリフレッシュできるなんて。

 

新しい発見をしたような気持ちになりました。

 

みなさんは、

最近何か小さな変化を楽しまれましたか?

 

例えば、

お部屋のファブリックを少し変えてみたり、

いつもと違う香りのお香を焚いてみたり。

 

そういうちょっとした工夫で、

日常がほんの少しだけ、

彩り豊かになる気がします。

 

そう考えると、

日々の暮らしを楽しくするコツは、

案外、

すぐ近くにあるのかもしれません。

 

高いものを買ったり、

遠くに出かけたりしなくても、

自分の工夫次第で、

いくらでも心地よい空間は作れるのです。

 

そういうことに気づけた瞬間って、

なんだか得した気分になりますよね。

 

私の場合は、

こういう些細なことで、

すぐに機嫌が直ったりします。

 

単純だなあと自分でも思いますが、

機嫌よく過ごせるなら、

それがいちばんいいのかなとも思います。

 

自分の機嫌は自分で取る。

 

これって、

大人の女性として、

けっこう大事なことなのかもしれません。

 

周りに振り回されず、

自分の心地よさを大切にする。

 

そのためには、

やっぱり、

心のゆとりが必要不可欠です。

 

ゆとりがないときは、

どうしても視野が狭くなって、

小さなことにもイライラしてしまったりしますよね。

 

そういうときは、

思い切ってすべてを放置して、

美味しいものでも食べに行くのが一番です。

 

甘いケーキを食べたり、

温かいお茶をゆっくり飲んだりするだけで、

さっきまでのモヤモヤが、

嘘のように消えていったりします。

 

食べ物の力って、

本当にすごいですよね。

 

人間の体は、

食べたものでできていると言いますが、

心もまた、

日々の小さな楽しみや癒やしでできている気がします。

 

だから、

自分の心を満たしてあげる時間を、

どうかケチらないであげてください。

 

休日にちょっと贅沢なランチを食べることも、

お気に入りのカフェでぼんやりすることも、

決して無駄なことなんかではありません。

 

むしろ、

明日からまた頑張るための、

大切なエネルギーチャージなのです。

 

そう思うと、

自分のための時間をもっと愛おしく感じられるようになります。

 

みなさんも、

今度の休日には、

ぜひご自分のためだけの時間を、

たっぷりと取ってみてくださいね。

 

どこか遠くに行かなくても、

近所の公園をゆっくりお散歩するだけでも、

きっと素敵な時間になると思います。

 

そこでまた、

新しいお気に入りが見つかるかもしれません。

 

そう想像するだけで、

なんだかワクワクしてきますよね。

 

次の週末は、

どんなお洋服を着て出かけようかな、

なんて考えるのも、

お出かけの楽しみのひとつです。

 

お気に入りの靴を履いて、

少しだけ背筋を伸ばして歩く。

 

それだけで、

いつもの景色が違って見えるから不思議です。

 

みなさんの次の休日が、

心温まる素敵な時間になりますように。

 

それでは、

またお会いできるのを楽しみにしています。

 

先日、

近くのスーパーに行ったのです。

 

本当に、

いつもの、

ただのスーパーです。

 

夕方の、

特売の時間帯でした。

 

店内は、

たくさんの人で、

ごった返していました。

 

ざわざわとした、

あの活気ある空気感です。

 

カゴを押しながら、

今日の晩ご飯は何にしようかと、

考えていました。

 

豚の生姜焼きにしようか、

それとも、

お魚にしようか。

 

そんな、

平和な悩みを抱えながら、

歩いていたのです。

 

ふと、

視線の先に、

人だかりが見えました。

 

何なのだろうと、

気になりました。

 

近づいてみると、

そこには、

小さなテーブルが出ていました。

 

店員さんが、

フライパンで何かを焼いています。

 

いい匂いが、

フワッと漂ってきました。

 

『試食コーナー』

 

でした。

 

新商品の、

肉まんか何かだったのかもしれません。

 

湯気が、

モワッと上がっていました。

 

まわりの人たちは、

美味しそうに頬張っていました。

 

見ているだけで、

お腹がグーッと鳴りそうになりました。

 

ここで、

普通の人はどうするでしょうか。

 

「あ、試食やってるんだ」

 

と思って、

通り過ぎるかもしれません。

 

あるいは、

並んで一つもらって、

「美味しいね」と言って去るでしょう。

 

でも、

私は違いました。

 

そのときの私の脳内で、

なぜか、

ものすごいスピードで、

思考が回転し始めたのです。

 

大げさではなく、

雷に打たれたような衝撃でした。

 

では、

いったい、

何が起きたのでしょうか。

 

問題は、

『順番待ち』

 

というものです。

 

ほんの、

三、四人ほどの列でした。

 

すぐに自分の番が、

回ってくるはずでした。

 

けれど、

その列の先頭にいたおじいさんが、

少し様子がおかしかったのです。

 

店員さんと、

何やら熱心に話していました。

 

「これは、

何が入っているの?」

 

「タレは、

甘口かい?」

 

「うちのばあさんがね、

こういうの好きなんだよ」

 

おじいさんは、

質問の手を止めませんでした。

 

試食を一つ食べたあとも、

ずっと話しかけていました。

 

列は、

ピクリとも動きません。

 

私の後ろにも、

どんどん人が並んできました。

 

プレッシャーが、

フツフツと高まってきます。

 

ここで、

私は考えました。

 

たかが、

一口の試食です。

 

もらわなくても、

人生には何の影響もありません。

 

そのまま立ち去ることは、

十分に可能でした。

 

むしろ、

それが大人の判断というものでしょう。

 

時間も限られています。

 

ここで時間を潰す意味など、

どこにもありません。

 

そう。

理性では分かっているのです。

 

けれど、

足が動きませんでした。

 

まるで、

磁石のように、

床に貼り付いてしまったかのようでした。

 

いったい、

なぜなのでしょうか。

 

それは、

『ここで引き下がったら負けだ』

 

という、

妙なプライドが芽生えてしまったからです。

 

本当に、

バカバカしい話です。

 

誰と戦っているのか、

自分でも分かりません。

 

店員さんと戦っているわけでもなければ、

前のおじいさんと戦っているわけでもありません。

 

ただ、

自分のなかの、

小さな意地と戦っていたのです。

 

ここで諦めたら、

私はこれからの人生のあらゆる困難からも、

逃げ出す人間になってしまうのではないか。

 

そんな、

壮大な妄想まで膨らんでいきました。

 

たかが、

一口の試食です。

 

でも、

そのときの私にとっては、

自分の生き様を試される、

重大なイベントになっていました。

 

少し、

話しは変わりますが、

 

私たちは日々の生活の中で、

こういった小さな選択を、

何度も繰り返しているのではないでしょうか。

 

仕事での、

ちょっとした行き違い。

 

人間関係での、

微妙なすれ違い。

 

そういう場面で、

「まあいいか」と引くべきか、

それとも、

「いや、ここで引いてはいけない」と踏ん張るべきか。

 

目の前にあるのは、

ただのスーパーの試食の列です。

 

けれど、

そこには、

人間の本質が隠されているような気がするのです。

 

大げさだと思われるかもしれません。

 

でも、

本当なのです。

 

では、

あのときおじいさんは、

どうなったのでしょうか。

 

結局、

おじいさんは、

試食をもう一つもらって、

満足そうに去っていきました。

 

そして、

ようやく私の番が来ました。

 

店員さんは、

申し訳なさそうな顔をして、

私に言いました。

 

「お待たせしましたね、

どうぞ」

 

私は、

笑顔を作って、

「ありがとうございます」と言いました。

 

口に入れたそれは、

温かくて、

とても美味しかったです。

 

でも、

食べた瞬間に、

私は思ってしまいました。

 

「あれ、

これだけのために、

私はあんなに悩んでいたのだろうか」

 

と。

 

時間は、

五分ほどロスしました。

 

足も少し、

疲れてしまいました。

 

得られたものは、

一口の食べ物だけです。

 

費用対効果で言えば、

最悪と言えるかもしれません。

 

それでも、

私は、

その経験に大きな意味があったと信じたいのです。

 

なぜなら、

私たちは、

そういう無駄な葛藤のなかで生きているからです。

 

効率だけを求めて、

ロボットのように生きることは簡単です。

 

でも、

そんなことでは、

面白くありません。

 

無駄なことで悩み、

無駄なことにこだわり、

ときには立ち止まる。

 

それこそが、

『人間らしさ』

 

というものなのではないでしょうか。

 

スーパーの試食の列で人生を語るなど、

我ながらどうかしていると思います。

 

でも、

日々の生活のなかにこそ、

哲学は転がっているのです。

 

あの日、

私が手に入れたのは、

一口の試食だけではありません。

 

『立ち止まる勇気』

 

とでも言うのでしょうか。

 

まあ、

ただの買い物の途中の、

ちょっとした寄り道なんですけどね。

 

本当に、

スゴイ体験をしたと思っています。

 

次にスーパーに行くときも、

また同じように、

どうでもいいことで悩んでしまう気がします。

 

でも、

それでいいのです。

 

悩んで、

立ち止まって、

また歩き出す。

 

私たちの毎日は、

そういうことの繰り返しなのだと思います。

 

だからこそ、

目の前の小さな出来事を、

大切にしていきたいですね。

 

次は、

何の試食に出会えるでしょうか。

 

少し、

楽しみだったりします。

たとえば、

スーパーからの帰り道、

ふと空を見上げることがあります。

 

いつもなら、

素通りしてしまうような、

ただの夕暮れです。

 

でも、

試食の思い出を引きずったまま歩いていると、

その景色が、

少し違って見えたりするのです。

 

それは、

気のせいかもしれません。

 

あるいは、

ただお腹が空いているだけなのかも。

 

でも、

それでいいのです。

 

ここで、

少し、

話しは変わりますが、

 

みなさんは、

『空を見上げる時間』を、

最近、

持っているでしょうか。

 

仕事に追われ、

スマホの画面ばかりを見つめていると、

空の広さなんて、

忘れてしまいます。

 

忘れてしまうというか、

見えなくなってしまうのです。

 

視界が、

どんどん狭くなっている。

 

気がつけば、

足元のコンクリートだけを見つめて、

歩いている。

 

そんなことって、

ありませんか。

 

私は、

よくあります。

 

効率よく、

最短距離で、

目的地へ向かう。

 

それが正しいと、

信じ込んでいる。

 

でも、

本当に、

そうなのでしょうか。

 

では、

いったい、

何のために急いでいるのでしょうか。

 

問題は、

そこなのです。

 

私たちは、

どこに向かって、

走っているのでしょうか。

 

少し、

立ち止まってみる。

 

そうすると、

今まで見えなかったものが、

見えてきたりします。

 

たとえば、

道端の雑草です。

 

アスファルトの隙間から、

力強く生えている、

小さな緑。

 

名前も知らない、

そんな草花に、

心奪われたりする。

 

効率だけを考えたら、

そんなものは、

邪魔なだけかもしれません。

 

抜いてしまえばいい。

 

そう思う人も、

いるでしょう。

 

でも、

そこに命がある。

 

懸命に生きている、

一つの生命(いのち)がある。

 

そう気づいたとき、

私たちの心の中で、

何かが、

音を立てて動き出すのです。

 

それは、

感動(かんどう)と言ってもいいし、

共感(きょうかん)と言ってもいい。

 

要するに、

『心が震える』ということです。

 

効率的な世界には、

この『震え』がありません。

 

すべてが予定通りで、

すべてが計算通り。

 

だから、

退屈なのです。

 

心が動かない。

 

痛みもない代わりに、

喜びもない。

 

そんな世界は、

なんだか、

寂しすぎやしないでしょうか。

 

そう考えると、

私たちの人生に必要なのは、

効率ではなく、

むしろ、

『無駄』なのだと言えるかもしれません。

 

無駄な時間。

無駄な悩み。

無駄な寄り道。

 

そういうものの中にこそ、

人生の本当の味わいが、

隠されているのです。

 

ここで、

さらに話を広げてみます。

 

『人生の味わい』とは、

いったい、

何なのでしょうか。

 

それは、

何か偉大な成し遂げたことの中にあるのでしょうか。

 

世界を変えるような大発見をすること。

大金持ちになること。

歴史に名を残すこと。

 

もちろん、

それも素晴らしいことです。

 

でも、

すべての人が、

そんな大きなことができるわけではありません。

 

むしろ、

大多数の人は、

そうではない。

 

普通の毎日を送り、

普通に働き、

普通に眠る。

 

そんな人生です。

 

では、

そんな普通の人生には、

価値がないのでしょうか。

 

そんなはずは、

ありません。

 

絶対に、

そんなことはないのです。

 

なぜなら、

日々の暮らしの中にある小さな感動こそが、

私たちの『境涯(きょうがい)』を、

豊かにしてくれるからです。

 

境涯とは、

生命の状態(せいめいじょうたい)のことです。

 

同じ景色を見ても、

心が荒れているときは、

何も感じません。

 

むしろ、

いらいらしたりする。

 

でも、

心が穏やかなときは、

道端の花一輪にも、

愛おしさを覚える。

 

世界そのものは変わっていません。

 

変わったのは、

自分の心です。

 

つまり、

自分の心次第で、

世界はいくらでも美しくなるし、

いくらでも退屈になるということです。

 

スゴイことだと思いませんか。

 

私たちは、

自分の心一つで、

どんな世界にも住むことができるのです。

 

地獄のような世界にも住めるし、

天国のような世界にも住める。

 

すべては、

私たちの心の持ち方にかかっている。

 

仏教では、

これを『一念三千(いちねんさんぜん)』という、

なんだか難しそうな言葉で表現したりしますが、

ようするに、

そういうことなのだと思います。

 

難しく考える必要は、

ありません。

 

要するに、

目の前の小さな出来事を、

どう受け止めるか。

 

それだけのことなのです。

 

スーパーの試食で立ち止まることも、

夕暮れの空にハッとすることも、

すべては、

その『一念』を磨くための、

大切なトレーニングなのかもしれません。

 

トレーニングというと、

なんだか急に、

しんどそうに聞こえますね。

 

筋トレみたいな。

 

腕立て伏せを百回するような。

 

そんな大げさなものじゃありません。

 

もっと、

気楽なものです。

 

ただ、

ぼーっとする。

 

ただ、

美味しいものを味わう。

 

ただ、

風の心地よさを感じる。

 

そういう、

肩の力を抜いた瞬間にこそ、

私たちの生命は、

本来の輝きを取り戻すのです。

 

これを、

『人間革命(にんげんかくめい)』と呼ぶ人もいます。

 

大げさな名前ですね。

 

でも、

本質はそこにあるのだと思います。

 

世界平和とか、

人類の救済とか、

そういう大きな話の前に、

 

まず、

目の前の自分を救うこと。

 

カチコチになった心を、

少しだけ柔らかくすること。

 

それが、

すべての始まりなのです。

 

自分が柔らかくなれば、

隣の人に優しくできる。

 

隣の人が優しくなれば、

そのまた隣の人へ、

波及していく。

 

そうやって、

世界は少しずつ、

変わっていくのかもしれません。

 

一人の人間の変革が、

すべての変革の基礎になる。

 

そう考えると、

私たちが日常で感じる些細な感動や、

どうでもいいような迷いも、

決して無駄ではないということが、

よくわかります。

 

すべてが、

つながっているのです。

 

宇宙の星の動きと、

私の今日の夕食の献立の迷いとが、

どこかで、

糸で結ばれている。

 

そんな風に考えると、

なんだかワクワクしてきませんか。

 

私は、

してしまいます。

 

こんなちっぽけな存在だけど、

宇宙の一部として、

ちゃんと生きている。

 

そう実感できる瞬間が、

たまにある。

 

それが、

たまらなく好きなんです。

 

だから、

今日も明日も、

私は相変わらず、

くだらないことで悩み続けるでしょう。

 

あっちのスーパーが安いとか、

こっちの道が混んでいるとか、

そんなことでイライラしたり、

立ち止まったりする。

 

でも、

それでいいのです。

 

悩んで、

迷って、

遠回りして。

 

その足跡のすべてが、

自分という人間を形作っていくのだから。

 

完璧じゃなくていい。

 

効率的じゃなくていい。

 

ただ、

自分らしく、

生きていければ、

それだけで、

十分なのだと思います。

 

さて、

ここまで長いこと、

とりとめもない話を書いてきました。

 

そろそろ、

文字数もいい頃合いのようです。

 

パソコンの画面を閉じて、

お茶でも飲もうと思います。

 

今夜は、

緑茶にしましょうか。

 

それとも、

コーヒーにしようか。

 

また、

どうでもいいことで、

悩んでしまいそうです。

 

でも、

その悩んでいる時間こそが、

愛おしい時間なのだと、

今は胸を張って言える気がします。

 

明日も、

素敵な試食に出会えますように。

 

そんなことを願いながら、

今日のブログを閉じたいと思います。

 

お付き合いいただき、

本当に、

ありがとうございました。

 

休日の午後、

私は、

近所のスーパーへと出かけました。

 

いつも行っている、

あの、

いつものスーパーです。

 

せっかくのお休みだから、

少し、

気分転換をしたいなと思いました。

 

たまには、

いつもと違う食材でも買ってみようかな。

そんな軽い気持ちで、

足を踏み入れたのです。

 

ここで、

問題になるのが、

 

『私の方向音痴』

 

というものです。

 

実は、

私はかなりの方向音痴です。

 

家の中なら迷いませんが、

少し売り場が変わるだけで、

途方に暮れてしまいます。

 

でも、

今回はスーパーです。

 

何度となく通った、

見慣れた場所です。

 

さすがの私でも、

迷うはずがありません。

 

そう思っていました。

 

けれど、

人生というのは、

何が起こるか分からないものです。

 

少し、

話しは変わりますが、

みなさんは、

スーパーの配置換えに遭遇したことはありますか?

 

あれは、

本当に恐ろしい事件です。

 

いつものように、

牛乳売り場を目指して、

歩いていました。

 

頭の中は、

今日の夜ご飯のことでいっぱいです。

 

「今日は、

シチューにしようかな。」

 

そんなことを考えていました。

 

足取りも軽く、

カートを押しながら、

進んでいきました。

 

すると、

どうでしょう。

 

あるはずの場所に、

牛乳がありません。

 

代わりに並んでいたのは、

見たこともない、

謎の外国製洗剤でした。

 

ここで、

私は立ち止まります。

 

「あれ?」

 

声に出してしまいました。

 

見渡してみると、

周りの景色が、

なんだか少し違います。

 

お肉コーナーがあったはずの場所には、

なぜか、

ペット用品が並んでいました。

 

野菜売り場は、

はるか遠くの向こう側に見えます。

 

まるで、

浦島太郎の気分です。

 

あるいは、

『タイムトラベル』

をしてしまったかのような、

そんな感覚でした。

 

こういうのって、

けっこう焦りますよね。

 

私は、

冷や汗をかきながら、

カートを押したまま、

立ち尽くしてしまいました。

 

では、

いったい、

何が起きたのでしょうか。

 

それは、

大規模な、

『店内大改装』

が行われていたのです。

 

そういえば、

先週来たときに、

「改装セール」の黄色い旗が出ていました。

 

すっかり忘れていたのです。

 

私の脳みそは、

アップデートされていませんでした。

 

古い記憶の地図のまま、

新しい世界に飛び込んでしまったのです。

 

そう考えると、

これは、

ただの買い物の失敗ではありません。

 

自分の記憶力の衰えを突きつけられる、

大いなる試練なのかなと思います。

 

ちょっと大げさでしょうか。

 

でも、

当の本人は、

本気でパニックでした。

 

牛乳を探しているだけなのに、

まるで、

ジャングルを探検しているような気分です。

 

あっちへフラフラ、

こっちへフラフラ。

 

不審者のような動きで、

店内をさまよいました。

 

カートを押す手が、

少し震えていた気がします。

 

まわりの他のお客さんは、

何食わぬ顔で、

すんなりとお目当ての品を見つけています。

 

なぜ、

私だけが、

こんな目にあうのでしょうか。

 

それは、

私が、

ぼんやりと生きてきたからかもしれません。

 

いや、

そんな深い話ではないですね。

 

ただ単に、

情報をちゃんと見ていなかっただけです。

 

でも、

こういう予期せぬハプニングって、

なんとなく、

面白かったりもします。

 

いつも通りの日常が、

一瞬にして、

非日常に変わる瞬間です。

 

私たちは、

いつの間にか、

決まったルートだけで生活しています。

 

毎日同じ道を歩き、

同じ棚から商品を取り、

同じような時間を過ごす。

 

それはそれで、

平穏で素晴らしいことです。

 

でも、

時には、

こうやって迷子になるのも、

刺激があっていいのかもしれません。

 

脳がフル回転するのを感じます。

 

「牛乳はどこだ…」

 

心の中で、

何度もつぶやきました。

 

まるで、

宝探しをしているような、

そんなワクワク感すら覚えます。

 

子どもに戻ったような、

不思議な気持ちです。

 

結局、

私は20分ほど迷った末に、

ようやく牛乳を見つけました。

 

お惣菜コーナーの奥の、

思いがけない場所でした。

 

見つけたときは、

ちょっと感動しました。

 

「あった…!」

 

思わず、

小さくガッツポーズをしてしまいました。

 

周りの店員さんに、

変な目で見られたかもしれませんが、

気にしません。

 

自分の手で、

宝物を探し当てたような、

そんな達成感がありました。

 

たかが買い物、

されど買い物です。

 

こういう小さな冒険が、

毎日の生活を、

少しだけ色鮮やかにしてくれるのかなと思います。

 

家路につきながら、

私は、

今日の出来事を思い出して、

一人でニヤニヤしてしまいました。

 

ただの牛乳を買うだけの予定が、

大冒険になってしまいました。

 

でも、

こういう時間って、

意外と大事なのかもしれません。

 

何気ない日常の中に、

ちょっとしたスパイスを加える。

 

それだけで、

世界の見え方が、

少しだけ変わるのです。

 

みなさんは、

最近、

何か小さなハプニングはありましたか?

 

いつもと違う道を通ってみたり、

ちょっと迷ってみたりするのも、

悪くないですよ。

 

次は、

どこの売り場が、

私を待ち受けているでしょうか。

 

少し怖いような気もしますが、

なんだか、

楽しみでもあります。

 

また今度、

時間があるときに、

あのスーパーの迷路に、

挑戦してみようかなと思います。

 

今度は、

もっと大きな冒険が待っているかもしれません。

 

そんなことを考えながら、

買ってきた牛乳で、

温かいカフェオレを飲みました。

 

いつもより、

なんだか、

美味しく感じられたような気がします。

温かいカフェオレを飲みながら、

ふと、

カバンの中を覗いてみました。

 

スーパーの隅っこで見つけた、

少し珍しいお菓子が入っています。

 

名前は、

なんだったかな。

 

パッケージの裏を見てみると、

外国の言葉が並んでいました。

 

こういうのって、

なんだかワクワクしますよね。

 

読めない文字を眺めているだけで、

まるで、

遠い外国の街角にいるような、

そんな気分になってしまうのです。

 

旅行に行きたいな。

 

そんな思いが、

むくむくと湧いてきます。

 

でも、

今すぐ飛行機に乗るわけにはいきません。

 

パスポートの期限も、

たしか切れていたはずです。

 

遠くに行かなくても、

日常の中で、

旅気分を味わうことはできないでしょうか。

 

そう考えて、

私は、

リビングのテーブルの上を片付けました。

 

さっき買ってきたお菓子を、

お気に入りの小皿に並べてみます。

 

パッケージの袋から出すだけで、

ただの輸入菓子が、

ちょっとした特別なおやつに見えてきました。

 

お皿の選び方ひとつで、

気分が変わるから不思議です。

 

こういう小さな工夫が、

毎日の暮らしを、

少しだけ楽しくしてくれるのかなと思います。

 

ちょっと大げさかもしれませんが、

私の小さなおうち時間は、

いつもこんな風にして作られています。

 

みなさんは、

おうちで過ごす時間を、

どんな風に楽しんでいるでしょうか。

 

お気に入りのマグカップを使ってみたり、

いつもより少しだけいい香りの紅茶を淹れてみたり。

 

そういう、

ささやかなこだわりが、

心をほぐしてくれるんですよね。

 

忙しい毎日は、

あっという間に過ぎていきます。

 

気がつくと、

一週間が終わっていたり、

一ヶ月が経っていたりします。

 

時間って、

本当に早いものです。

 

だからこそ、

意識して、

立ち止まる時間を作りたいなと思うのです。

 

ぼんやりと空を眺めたり、

お気に入りの音楽を聴いたり。

 

何もしない贅沢を、

たまには味わうのもいいですよね。

 

実は、

先週の休日も、

そんな風にして過ごしていました。

 

少し、

話しは変わりますが、

 

みなさんは、

『散歩』は好きでしょうか。

 

私は、

目的地を決めないお散歩が、

けっこう好きです。

 

地図を持たずに、

気の向くままに歩く。

 

右に曲がろうか、

左に曲がろうか。

 

そのときの気分で決めるのです。

 

いつもなら通り過ぎてしまうような細い路地で、

素敵なお花を見つけたりすることもあります。

 

「こんなところに、

小さなお店があったんだ。」

 

そんな発見をするのが、

たまらなく楽しいのです。

 

まるで、

子どもの頃の探検みたいですよね。

 

大人になると、

効率ばかりを考えてしまいます。

 

最短距離で目的地に着くこと。

時間を無駄にしないこと。

 

それも大切ですが、

たまには遠回りをしてみるのも、

悪くないものです。

 

むしろ、

遠回りをした先でしか出会えない景色が、

たくさんあったりします。

 

人生も、

きっと同じなのではないでしょうか。

 

なんて、

ちょっと大げさなことを考えてしまいました。

 

でも、

毎日の生活も、

散歩と同じなのかもしれません。

 

決まった道を歩くだけじゃなくて、

ときには違う道を選んでみる。

 

新しいスーパーに入ってみる。

新しいお菓子を買ってみる。

 

それだけで、

日常が、

ちょっとだけ色鮮やかになるのです。

 

そう考えると、

毎日の生活って、

自分次第で、

いくらでも面白くできるんですね。

 

なんだか、

すごく得をした気分になってきます。

 

夕方になって、

だんだんと空が暗くなってきました。

 

窓の外を見ると、

夕焼けのグラデーションが、

とても綺麗です。

 

ピンク色から、

だんだんと深い青に変わっていく空。

 

一日が終わっていく、

この静かな時間が、

私は一番好きかもしれません。

 

今日の夜ご飯は、

何にしようかな。

 

冷蔵庫の中身を思い出してみます。

 

あれとこれを合わせたら、

簡単なスープが作れそうです。

 

料理も、

あまり気負わずに、

あるものでパパッと作るのが好きです。

 

完璧を目指さない。

 

手抜きではなくて、

手間を抜く。

 

上手に息抜きしながら、

日々の家事を楽しみたいですね。

 

明日も、

また新しい一日が始まります。

 

特別じゃなくていいから、

平穏で、

ちょっとだけ楽しい一日になるといいな。

 

みなさんは、

明日、

どんな一日を過ごす予定でしょうか。

 

美味しいコーヒーを飲んで、

お気に入りの音楽を聴いて、

笑顔で過ごせたら、

それだけで十分ですよね。

 

また今度、

お出かけしたときには、

新しい発見を、

ここで報告したいなと思います。

 

それでは、

そろそろ夕ご飯の支度を始めますね。

 

みなさんも、

温かくして、

素敵な夜をお過ごしください。

台所に立つと、

お味噌汁のいい香りが、

ふわりと広がります。

 

やっぱり、

和食って落ち着きますよね。

 

特別なものじゃなくていい。

 

こういういつもの味が、

一番ホッとしたりします。

 

食べることは、

生きること。

 

ちょっと大げさかもしれませんが、

毎日のご飯を大切にすることは、

自分を大切にすることなのかなと思います。

 

みなさんは、

今日、

どんなご飯を食べましたか。

 

きっと、

それぞれの場所で、

それぞれの温かい時間を過ごしていたんだろうな。

 

そう思うと、

なんだか、

世界中が少し優しく感じられます。

 

夜が深まるにつれて、

街の音も、

だんだんと静かになっていきます。

 

こういう静けさの中で、

今日一日の出来事を、

ゆっくりと振り返る。

 

反省することはあっても、

まあいっか、

と笑って手放す。

 

そんなふうにして、

心をフラットに戻していく。

 

リセットする時間って、

本当に大事ですよね。

 

明日も、

自分のペースで。

 

無理をしないで、

でも小さな楽しみは見逃さないように。

 

そんなふうに過ごせたら、

それだけで、

十分すぎるくらいです。

 

窓を開けると、

少し冷たい夜風が、

部屋に入ってきました。

 

季節は、

着実に進んでいます。

 

次はどんな服を着ようかな。

 

今度はどこに出かけようかな。

 

そんなことを考えるだけで、

ワクワクしてきます。

 

日常の中にある、

小さな楽しみ。

 

それをたくさん見つけていきたいな。

 

では、

そろそろパソコンを閉じて、

ゆっくり休もうと思います。

 

みなさんも、

良い夢を見てくださいね。

 

おやすみなさい。

 

また、

この場所でお会いしましょう。

 

先日、

近所のスーパーに行ったときのことです。

 

夕方の時間帯でした。

 

店内には、

たくさんの人がいました。

 

いわゆる、

おつとめ品。

 

半額のシールが貼られたお惣菜が、

ずらりと並んでいました。

 

私は、

そのコーナーに引き寄せられました。

 

まるで、

磁石のように。

 

そして、

一つのパックを手に取りました。

 

それは、

大きめの唐揚げ弁当でした。

 

元々の値段でも安いのに、

そこからさらに半額になっていました。

 

これは、

スゴイことです!!

 

私は、

思わず心の中でガッツポーズをしました。

 

なんとなく、

得をしたような気分になりました。

 

いや、

実際に得をしているのですが。

 

お金が節約できた。

 

それだけのことではありません。

 

なんだか、

今日の私は運がいい。

 

そう、

自分の運の良さを、

確信した瞬間でした。

 

では、

いったい、

何が起きたというのでしょうか。

 

問題は、

ここからです。

 

私はホクホク顔で帰宅しました。

 

すぐにでも食べたかったのですが、

ちょっとした作業をしてからにしようと思いました。

 

スマホでメールをチェックしたり、

テレビをつけたりしていました。

 

そうこうしているうちに、

少し時間が経ちました。

 

お腹は、

ペコペコでした。

 

いよいよ、

待ちに待った唐揚げ弁当の時間です。

 

レンジで温めようと、

パックを手に取りました。

 

ここで、

私はあることに気づきました。

 

パッケージの端っこに、

小さな文字で何か書いてありました。

 

よく見ると、

こう書いてありました。

 

「お早めにお召し上がりください」

 

当たり前のことです。

 

でも、

その時の私には、

それが妙に重く感じられました。

 

いや、

もっと深刻なことが書いてありました。

 

別の注意書きです。

 

「本製品は、

しっかり加熱してからお召し上がりください」

 

そう、

ただの温めではないのです。

 

しっかり加熱。

 

この言葉が、

なぜか頭から離れなくなりました。

 

少し、

話しは変わりますが、

 

私たちは普段、

色々なものを簡単に手に入れています。

 

スーパーに行けば、

すぐに食べ物が買えます。

 

お金を払えば、

サービスが受けられます。

 

それは、

とても便利なことです。

 

でも、

本当にそれだけでいいのでしょうか。

 

ここで、

疑問が湧いてきます。

 

私たちは、

便利さと引き換えに、

何を失っているのでしょうか。

 

たとえば、

昔の人を想像してみてください。

 

冷蔵庫なんてありませんでした。

 

食べ物は、

すぐに傷みました。

 

だから、

保存する技術を必死に考えました。

 

塩漬けにしたり、

干したりしました。

 

そこには、

食べ物に対する、

並々ならぬ執念がありました。

 

命をいただくという感覚が、

強かったのだと思います。

 

それに対して、

現代の私たちはどうでしょうか。

 

スーパーの棚に並ぶ商品は、

まるで最初からそこにあったかのように、

キレイに並んでいます。

 

裏側で、

どれだけの人が苦労しているのか。

 

どれだけのエネルギーが使われているのか。

 

私たちは、

ほとんど考えません。

 

ただ、

安ければ買う。

 

美味しそうなら食べる。

 

それだけです。

 

本当に、

それでいいのでしょうか。

 

ここで、

最初の唐揚げ弁当の話に戻ります。

 

半額で買った唐揚げ弁当。

 

私は、

それをただのラッキーだと思っていました。

 

安く買えてよかった。

 

得をした。

 

そう思っていました。

 

でも、

本当にそうなのでしょうか。

 

実は、

ここに大きな意味があります。

 

そう考えると、

あの半額の唐揚げ弁当は、

単なるお惣菜ではありません。

 

私の生活態度への、

強烈なメッセージだったのではないでしょうか。

 

少し、

大げさかもしれません。

 

でも、

そう思わずにはいられなかったのです。

 

なぜなら、

そのあと、

信じられないことが起きたからです。

 

レンジで温め終わった唐揚げ弁当。

 

私は、

お箸を持って、

いざ食べようとしました。

 

湯気が立ち上っていました。

 

とっても、

美味しそうでした。

 

一つ目の唐揚げを口に入れました。

 

カリッとした食感。

 

ジューシーなお肉。

 

最高でした。

 

やっぱり、

揚げ物は正義です。

 

そう思いました。

 

二つ目を食べようとしました。

 

そのときです。

 

部屋の電気が、

突然消えました。

 

パッと、

真っ暗になりました。

 

え?

 

と思いました。

 

ブレーカーが落ちたのです。

 

我が家では、

時々あります。

 

エアコンとレンジを同時に使うと、

たまに落ちます。

 

わかっていたはずなのに、

やってしまいました。

 

私は、

暗闇の中で固まりました。

 

手には、

お箸を持ったまま。

 

目の前には、

温められた唐揚げ弁当。

 

部屋は、

漆黒の闇です。

 

まるで、

洞窟の中にいるような感覚でした。

 

では、

いったい、

どうしたらいいのでしょうか。

 

電気を復旧させなければなりません。

 

私は、

手探りで壁を伝い、

玄関の近くにあるブレーカーへと向かいました。

 

足の小指を、

タンスの角にぶつけました。

 

激痛が走りました。

 

痛い。

 

本当に痛い。

 

涙が出そうになりました。

 

でも、

そんなこと言っている場合ではありません。

 

私は、

痛みをこらえて、

ブレーカーのスイッチを上げました。

 

ガチャッ。

 

明かりが戻りました。

 

パッと、

部屋が明るくなりました。

 

助かった。

 

私は、

心底ホッとしました。

 

そして、

リビングに戻りました。

 

テーブルの上には、

唐揚げ弁当がありました。

 

湯気は、

すっかり消えていました。

 

冷めてしまっていました。

 

私は、

なんだか急に、

脱力してしまいました。

 

たかがブレーカーが落ちただけです。

 

大したことではありません。

 

でも、

そのときの私には、

ものすごく大きな出来事のように感じられました。

 

ここで、

私は考えました。

 

いったい、

何が起きていたのでしょうか。

 

ようするに、

私は調子に乗っていたのです。

 

半額で唐揚げを買ってラッキー。

 

自分は運がいい。

 

そうやって、

浮かれていました。

 

自然への感謝も、

電気のありがたみも忘れて、

ただただ自分の欲望のままに、

食べ物に飛びついていました。

 

宇宙は、

そんな私を見ていたのかもしれません。

 

ちょっと待てよ、

と。

 

そんなに簡単に、

すべてがうまくいくと思うなよ、

と。

 

そうやって、

戒めてくれたのではないでしょうか。

 

大げさですか?

 

いいえ、

そうではないと思います。

 

私たちの日常の些細な出来事には、

すべて意味があるのです。

 

そう考えると、

人生の面白さが見えてきます。

 

ただ毎日を過ごすのではなく、

目の前で起きる小さなことに、

いちいち感動したり、

反省したりする。

 

それが、

人間らしく生きるということなのだと思います。

 

自分だけではありません。

 

私たちの周りの人たちも、

みんな、

それぞれのドラマを生きています。

 

スーパーの店員さんも、

唐揚げを作った人も、

ブレーカーを作った人も。

 

みんなが繋がっています。

 

そして、

その環境までもが、

私たちに何かを教えてくれているのです。

 

だからこそ、

目の前にある唐揚げ弁当を、

もっと大切にしなければならないのです。

 

冷めてしまった唐揚げ。

 

でも、

一口食べてみると、

さっきよりも味わい深い気がしました。

 

色々な苦労を乗り越えて、

今、

私の口に入っている。

 

そう思うと、

涙が出そうになりました。

 

大げさではなく、

本当にそう思ったのです。

 

毎日の生活は、

奇跡の連続です。

 

電気がつくだけでも、

ありがたい。

 

ご飯が食べられるだけでも、

ありがたい。

 

半額シールに喜んでいる場合ではなかったのです。

 

いや、

喜んでもいいのですが。

 

要するに、

感謝の気持ちを忘れてはいけないということです。

 

明日も、

またスーパーに行くでしょう。

 

また、

おつとめ品コーナーを覗くかもしれません。

 

でも、

そのときはきっと、

今回とは違う気持ちで見つめるはずです。

 

唐揚げ一つをとっても、

そこには宇宙の神秘が隠されているのです。

 

少し、

話しを広げすぎたでしょうか。

 

でも、

私は本気でそう思っています。

 

日常のなかの些細なトラブル。

 

それは、

私たちを目覚めさせるための、

小さなアラームなのです。

 

だから、

何か嫌なことがあっても、

落ち込む必要はありません。

 

それは、

あなたを成長させるための、

最高のスパイスなのだから。

 

そう思えるようになった私は、

少しだけ大人になったのかもしれません。

 

いや、

どうでしょう。

 

やっぱり、

ただの食い意地が張っているだけかもしれません。

 

でも、

それも含めて、

私の人生です。

 

明日もまた、

美味しいものを求めて、

元気に生きようと思います。

 

みなさんも、

お惣菜を買うときは、

ちょっとだけ気を付けてみてください。

 

思わぬドラマが、

あなたを待っているかもしれません。

 

本当に、

スゴイことだと思います。

 

人生とは、

そういうものなのです。

 

それでは、

また。

そういえば、

スーパーからの帰り道。

 

ふと、

夜空を見上げることがあります。

 

見上げると、

そこには満天の星が広がっています。

 

遠い宇宙の彼方から、

何万年もかけて届いた光が、

今、

私の目に届いている。

 

そう考えると、

なんだか胸が熱くなります。

 

私たちは、

宇宙のほんの片隅に生きている。

 

地球という星の、

さらにその小さな一角で、

 

今日もお惣菜の唐揚げを食べている。

 

なんだか、

スケールの大きさと、

目の前の小ささが、

ぐるぐると混ざり合ってきます。

 

では、

いったい、

宇宙と唐揚げの間に、

どんな関係があるというのでしょうか。

 

関係なんて、

ないように思えるかもしれません。

 

どちらかといえば、

まったく何の関係もない、

遠く離れた存在に見えます。

 

でも、

本当にそうでしょうか。

 

実は、

すべてはつながっているのです。

 

物理学の世界では、

私たちの体を構成している原子も、

遠い昔の星の爆発で作られたと言われています。

 

つまり、

私たちの体は星の欠片(かけら)でできている。

 

そう。

 

あなたも、

私も、

そしてあのスーパーの唐揚げも、

もとをたどれば、

すべて同じ星の子供なのです。

 

宇宙(そら)の星屑(ほしくず)が、

巡り巡って、

今日の夕食のおかずになった。

 

そう考えると、

これは、

ものすごい奇跡なのではないでしょうか。

 

何億年もの時間と、

気の遠くなるような偶然が重なって、

今、

目の前にある。

 

お惣菜のパック一つをとっても、

そこには宇宙のドラマが詰まっているのです。

 

私たちは、

普段の生活の中で、

そんな壮大なドラマを忘れてしまいます。

 

目の前の仕事に追われ、

人間関係に悩み、

疲れて果ててしまう。

 

「私なんて…」

 

そうやって、

自分を小さく見積もってしまう。

 

でも、

それは本当の姿ではありません。

 

本当のあなたは、

もっと広大で、

もっと神秘的な存在なのです。

 

宇宙と同じ広がりを、

その胸の内に秘めている。

 

そう思えない日もあるでしょう。

 

鏡を見ても、

ただの疲れた顔しか映らない。

 

そんな日も、

もちろんあります。

 

人間だもの、

仕方がありません。

 

でも、

だからこそ、

思い出す価値があるのです。

 

私たちは、

ただ生きているだけで、

すでに奇跡の主人公なのです。

 

スーパーで半額の惣菜を手に取り、

「ラッキーだな」と微笑むその瞬間にも、

 

宇宙の歴史が、

ちゃんと息づいている。

 

そう思うと、

日々の暮らしが、

少しだけ輝いて見えてこないでしょうか。

 

見慣れた景色が、

違った色を帯びて動き出す。

 

それが、

『視点』を変えるということです。

 

特別な修行をする必要も、

遠くへ旅に出る必要もありません。

 

ただ、

目の前にあるものを見る。

 

そこに隠されたストーリーに、

そっと想いを馳せてみる。

 

それだけで、

世界はまったく違う表情を見せてくれます。

 

明日もまた、

朝が来て、

私たちはそれぞれの日常に戻ります。

 

満員電車に揺られ、

パソコンの画面と睨めっこし、

ため息をつくこともあるでしょう。

 

でも、

そんなとき、

ふとポケットの中で、

あるいはバッグの中で、

今日の話を思い出してみてください。

 

宇宙の星々に想いを馳せながら、

お気に入りのスイーツを頬張る。

 

そんなアンバランスな日常を、

愛おしく思えたなら、

 

それだけで、

今日の勝ちです。

 

人生は、

案外、

そういう小さなユーモアと、

ちょっとした視点の魔法で、

できているのかもしれません。

 

それでは、

そろそろ、

温かいお茶でも淹れようと思います。

 

みなさんも、

今夜はゆっくり、

良い夢を見てください。

 

星空の下でも、

天井のシミを見つめながらでも。

 

私たちはみんな、

つながっているのですから。

 

また、

お会いしましょう。

 

お休みの日の、

のんびりとした午後。

 

私は、

近くのコンビニへ、

ちょっとしたお買い物に行ってきました。

 

いわゆる、

『休日のお散歩』

というやつです。

 

せっかくのお天気だったので、

お気に入りのスニーカーを履いて、

歩いて出かけてみました。

 

こういう時間って、

なんだか心が軽くなって、

いいですよね。

 

みなさんは、

どうでしょうか?

 

店内に入ると、

新商品のスイーツが並んでいました。

 

パッケージが可愛くて、

思わず手に取ってしまいます。

 

さらに、

あたたかいお茶と、

お気に入りのチョコレートも選んで、

カゴに入れました。

 

トータルで、

千円ちょっと。

 

ちょうどいい、

『プチ贅沢(ぜいたく)』

です。

 

ルンルン気分で、

レジに向かいました。

 

では、

いったい、

何が起きたのでしょうか。

 

問題は、

ここからです。

 

レジの店員さんが、

てきぱきと商品を読み取って、

「合計で、千百五十円になります」

と笑顔で言ってくれました。

 

私は、

「はい」と返事をして、

バッグに手を入れました。

 

いつものように、

お財布を取り出そうと、

ゴソゴソと探します。

 

あれ。

 

ない。

 

もう一度、

バッグの中を、

念入りに探します。

 

ポーチのポケットも、

深めのポケットも、

どこを探しても、

 

『お財布』

 

の感触がありません。

 

ここで、

私の頭の中が、

一瞬にして真っ白になりました。

 

そう、

私は、

お財布を、

自宅のテーブルの上に、

完璧に忘れてきてしまったのです。

 

よりによって、

こんな時に。

 

レジの店員さんは、

静かに私を待っています。

 

後ろには、

他のお客さんが、

ふたりほど並び始めていました。

 

これは、

非常事態です。

 

冷や汗が、

タラーッと流れてきました。

 

「すみません……。

お財布を、

忘れてしまいました……」

 

私は、

恥ずかしさのあまり、

消え入りそうな声で言いました。

 

店員さんは、

優しく微笑んで、

「あ、大丈夫ですよ。

お取り置きしておきますか?」

と言ってくれました。

 

神様に見えました。

 

「すみません!

すぐにお金を取ってきます!」

 

私は、

買ったばかりの商品をその場に残し、

ダッシュで家まで引き返しました。

 

お気に入りのスニーカーを履いていましたが、

そんなおしゃれな気分は、

どこかへ飛んでいっていました。

 

ただひたすら、

全速力で走りました。

 

息が切れました。

 

情けなくて、

少し笑えてきました。

 

家に着き、

玄関のドアを開けて、

テーブルの上を見ると、

 

そこには、

堂々と鎮座している、

私のお財布がありました。

 

「いたのね……」

 

心の中で、

そうつぶやいてしまいました。

 

お財布を掴み、

再びコンビニへと引き返しました。

 

行きと帰りで、

二往復。

 

完全な、

『無駄な体力消費』

です。

 

お店に戻ると、

先ほどの優しい店員さんが、

待っていてくれました。

 

「お疲れ様です」

と、

声をかけてくれました。

 

顔から火が出るほど、

恥ずかしかったです。

 

無事に会計を済ませ、

商品は手に入りましたが、

どっと疲れてしまいました。

 

こういうのって、

やっぱり、

うっかりさんというか、

なんというか。

 

自分の抜けている性格に、

ちょっと呆れてしまいます。

 

でも、

家路を歩きながら、

ふと思ったのです。

 

こういう失敗をすると、

普段の何気ない日常が、

急にドラマチックに感じられるな、

と。

 

いつもなら、

ただの買い物が、

大冒険のようになってしまいました。

 

それは、

いいことなのか、

悪いことなのか。

 

よく分かりませんが、

少なくとも、

記憶には残る一日になりました。

 

思った以上に、

足がパンパンです。

 

今日は、

早めにお風呂に入って、

ゆっくり体を休めようと思います。

 

みなさんは、

最近、

こんなおっちょこちょいな経験は、

ありましたでしょうか?

 

もし同じような方がいたら、

なんだか少し、

安心してしまうかもしれません。

 

次は、

お財布を忘れないように、

しっかり確認してから、

お出かけしたいと思います。

そういえば、

少し、話しは変わりますが、

先日、近所のスーパーに行ったときののことです。

 

いつもは買わないような、

ちょっと珍しいお菓子が置いてありました。

 

パッケージが可愛くて、

思わず手に取ってしまいました。

 

こういうのって、

なんだか、

すごくワクワクしますよね。

 

せっかくのお休みだから、

ちょっとだけ贅沢をしてみようかな、

そんな気持ちになりました。

 

価格は、

普段買うものより、

少しだけ高めです。

 

でも、

ここで買わないと、

あとで後悔するような気がしました。

 

小さな迷いがあって、

でも、

結局カゴに入れてしまいました。

 

レジに並んでいる間も、

なんだか胸がドキドキしていました。

 

大げさかもしれませんが、

ささやかな冒険をしているような、

そんな気分でした。

 

帰宅して、

さっそくお茶を淹れました。

 

お気に入りのマグカップを出して、

丁寧に準備をします。

 

こういう時間って、

本当に大切だなと思います。

 

忙しい毎日の中では、

なかなかできない過ごし方です。

 

いざ、

お菓子を開けてみました。

 

見た目も綺麗で、

食べるのがもったいないくらいでした。

 

一口食べてみると、

想像以上に美味しかったのです。

 

甘さが上品で、

香りがふんわりと広がりました。

 

疲れが、

スーッと消えていくような気がしました。

 

「これは、買って正解だったな」

 

心の中で、

そうつぶやきました。

 

こういう出会いがあるから、

日常の買い物も、

やめられないんですよね。

 

みなさんは、

最近、

こんな小さな贅沢をしたでしょうか?

 

特別な旅行や、

盛大なイベントでなくても、

日々の生活の中に、

楽しみはたくさん転がっているようです。

 

少しの工夫と、

ほんの少しの好奇心で、

いつもの景色が違って見えたりします。

 

そう考えると、

人生って、

案外楽しいことで溢れているのかもしれません。

 

難しいことは分かりませんが、

自分がご機嫌でいられる時間が増えれば、

それだけで十分な気もします。

 

なんだか、

とりとめのない話になってしまいました。

 

でも、

たまにはこういう、

のんびりした時間もいいですよね。

 

外を見ると、

空がだんだん夕方の色に染まってきました。

 

グラデーションが綺麗で、

ずっと見ていられそうです。

 

今日の晩ご飯は、

何にしようかなと考えながら、

そろそろ腰を上げようと思います。

 

冷蔵庫にあるもので、

簡単なものを作れたらいいなと、

そんなふうに思っています。

 

明日からも、

またそれぞれの日常が始まります。

 

仕事だったり、

家事だったり、

やることはたくさんあります。

 

でも、

今日みたいな小さな楽しみを思い出せば、

少しは頑張れるような気がします。

 

次は、

どこのお店に行こうかな。

 

今度は、

ちゃんと下調べをしてから、

出かけたいと思います。

 

また新しい発見があるといいなと、

今から少しだけ楽しみにしています。

そういえば、

昨日見かけた本に、

こんなことが書いてありました。

 

『丁寧な暮らし』

 

という言葉についてです。

 

みなさんは、

この言葉を聞いて、

どんなことを想像するでしょうか。

 

毎日、

お部屋をピカピカに磨いて、

お花を絶やさず飾って、

手間ひまかけたお料理を毎日作る。

 

そんな完璧な生活を、

思い浮かべるかもしれません。

 

でも、

それって、

ちょっと息が詰まってしまう気もしませんか。

 

私は、

そこまでマメではありません。

 

掃除機は、

かけられるときにしかかけないし、

朝ごはんは、

トーストとコーヒーだけで済ませてしまうことも、

たくさんあります。

 

だから、

完璧な丁寧な暮らしなんて、

とてもできません。

 

では、

私にとっての丁寧な暮らしとは、

いったい何なのでしょうか。

 

それは、

ほんの小さなことなのかなと思います。

 

たとえば、

お気に入りのマグカップで、

ゆっくりお茶を飲むこと。

 

それだけでも、

なんとなく心が落ち着いたりします。

 

特別なことをするわけではなくて、

ただ、

その瞬間に集中すること。

 

それだけで、

日常の景色が、

少しだけ優しく変わるような気がします。

 

そう考えると、

丁寧な暮らしって、

誰でもすぐにできるものなのかもしれません。

 

お金をかけなくても、

時間をたくさん使わなくても、

自分の気持ち次第で、

いくらでも作れるものなのです。

 

こういう気づきって、

大人になってからの方が、

多くなった気がします。

 

若い頃は、

もっと遠くに行きたかったし、

もっとすごい人になりたかった。

 

でも、

最近は、

足元にある小さな幸せに気づけることが、

何よりの贅沢だなと感じるのです。

 

これは、

年のせいでしょうか。

 

それとも、

少しは心が丸くなったということでしょうか。

 

どちらでもいいのですが、

今のこの感じ、

私はけっこう気に入っています。

 

みなさんは、

最近どんな小さな幸せを見つけましたか。

 

道端に咲いていた可愛いお花を見つけたことかもしれません。

 

焼きたてのパンの香りに、

思わず笑ってしまったことかもしれません。

 

そういう、

誰にも気づかれないような小さな出来事を、

心の中にそっとしまっておく。

 

それって、

とても素敵なことだと思うのです。

 

そういえば、

この間、

近所のスーパーで、

めずらしい野菜を見かけました。

 

名前は忘れてしまったのですが、

なんだか形が面白くて、

思わずカゴに入れてしまいました。

 

どうやって食べようかと、

レジの並びながら考えて、

ネットでレシピを調べたりして。

 

そういう、

ちょっとした寄り道みたいな時間が、

毎日の生活に彩りを添えてくれるのです。

 

効率ばかりを考えていると、

見落としてしまうようなこと。

 

そういう無駄なことの中にこそ、

人生の本当の楽しさが隠れているのかもしれません。

 

遠回りしたからこそ見つかる景色。

 

寄り道したからこそ出会える味。

 

人生も、

それと似ているような気がします。

 

最短距離で目的地に着くことも大事ですが、

たまには、

わざと遠回りしてみるのもいいですよね。

 

どこにたどり着くか分からないけれど、

歩いているうちに、

思いがけない素敵な場所を見つけたりする。

 

そんなワクワク感を、

いつまでも忘れたくないなと思います。

 

大人になると、

どうしても先の計算をしてしまいます。

 

これをしたらどうなるか。

これをやったら損をしないか。

 

そんなことばかり考えて、

動けなくなってしまうこともあります。

 

でも、

たまには、

頭で考えるのをやめて、

自分の心の赴くままに動いてみる。

 

「あ、ここ行ってみたいな」

 

と思ったら、

理由なんてなくても、

とりあえず行ってみる。

 

そんなフットワークの軽さを、

大切にしたいですね。

 

失敗したっていいのです。

 

「今回はちょっと違ったな」

 

それもまた、

一つの経験ですから。

 

むしろ、

失敗した話のほうが、

後になって笑い話になったりして、

面白かったりします。

 

人生、

完璧じゃなくていい。

 

むしろ、

ちょっとくらい隙があったほうが、

人間味があって愛おしい。

 

自分に対しても、

周りの人に対しても、

そう思えるようになったら、

生きるのがぐっと楽になりました。

 

以前は、

「ちゃんとしなきゃ」という思い込みに、

自分で自分を縛り付けていた気がします。

 

でも、

誰もそんなに私のことを見ていないし、

みんない自分のことで精一杯なのです。

 

そう気づいたら、

肩の力がすっと抜けて、

息がしやすくなりました。

 

がんばることは素晴らしいことですが、

がんばりすぎないことも、

同じくらい大事なことなのだと思います。

 

休むときはしっかり休んで、

美味しいものを食べて、

好きなことをして、

自分をたくさん甘やかす。

 

そういう時間があってこそ、

また明日からがんばろうという気力が湧いてくるのです。

 

自分を大切にできない人は、

きっと他の人も大切にできませんよね。

 

だから、

まずは自分が一番の味方になってあげること。

 

「今日もよくがんばったね」

 

と、

心の中で自分に声をかけてあげること。

 

そんな小さな優しさを、

自分に向けてあげる日があってもいいのではないでしょうか。

 

外の景色は、

すっかり暗くなってしまいました。

 

街灯がぽつりぽつりと灯り始めて、

夜の静けさがやってきます。

 

一日が終わっていくこの時間、

私は結構好きです。

 

今日という日が、

無事に終わろうとしている安心感。

 

明日という新しい日が、

またやってくる期待感。

 

その両方を感じながら、

温かいお茶をもう一杯だけ、

飲もうと思います。

 

みなさんも、

今日一日、

本当にお疲れ様でした。

 

それぞれの場所で、

それぞれの時間を過ごして、

今こうして夜を迎えている。

 

なんだか、

それだけで、

世界中の人と繋がっているような、

不思議な温かさを感じたりします。

 

また明日から、

それぞれのペースで、

ぼちぼちいきましょう。

 

気負わず、

焦らず、

自分の足で、

一歩ずつ。

 

次に外に出かけるときは、

どんなお天気になるでしょうか。

 

晴れたらいいなと思いながら、

今夜は早めに布団に入ろうと思います。

 

良い夢が見られますように。

 

皆様、

こんにちは。

 

今日もブログを読んでいただき、

本当にありがとうございます。

 

いきなりですが、

皆様には、

最近こんなことで悩んでいます、

というようなことは、

ございますでしょうか。

 

たとえば、

朝起きて、

今日の服装はどうしようか、

と悩む。

 

そんな、

日常の、

ごくありふれた悩みです。

 

では、

それが、

もう少し、

深刻な悩みだったら、

どうでしょうか。

 

今日は、

そんな、

私の身に起きた、

小さな、

しかし、

本人にとっては大事件である悩みについて、

少し、

お話しさせていただきたいと思います。

 

少し、

お付き合いください。

 

実は、

我が家には、

冷蔵庫があります。

 

当たり前ですが、

どのご家庭にもある、

あの冷蔵庫です。

 

そして、

その冷蔵庫の中には、

時々、

甘いものが、

入っています。

 

プリンです。

 

あの、

ツルッとしていて、

トロッとしている、

甘くて美味しい、

プリンです。

 

先日、

私は、

夜遅くに、

お腹が空いてしまいました。

 

そこで、

冷蔵庫を開けたのです。

 

そこには、

プリンが、

ぽつんと、

置かれていました。

 

これは、

単なるプリンではありません。

 

人によっては、

一日の終わりの、

最高の癒やしという、

それ以上の意味を、

持っているのです。

 

私は、

誘惑に負けました。

 

いや、

負けたというよりも、

吸い寄せられた、

と言ったほうが、

正しいかもしれません。

 

スプーンを手に取り、

あっという間に、

そのプリンを、

平らげてしまいました。

 

美味しかった。

 

本当に、

美味しかったのです。

 

しかし、

問題は、

ここからでした。

 

翌日の朝、

キッチンから、

妻の、

怒号が聞こえてきたのです。

 

「誰が私のプリン食べたの?」

 

私は、

凍りつきました。

 

足がすくみ、

冷や汗が、

タラリと流れました。

 

あれは、

妻が、

自分へのご褒美として、

こっそり隠しておいた、

特別なプリンだったのです。

 

私は、

知らなかった。

 

本当に、

知らなかったのです。

 

でも、

やったのは、

私です。

 

冷蔵庫のプリンを食べた。

 

ただそれだけのことが、

我が家における、

重大な、

クーデターのような事件に発展してしまったのです。

 

ここで、

私たちは、

立ち止まって、

考えてみる必要があります。

 

なぜ、

人は、

他人のプリンを、

食べてしまうのでしょうか。

 

いや、

なぜ、

冷蔵庫のプリンという、

ほんの小さな甘味が、

これほどまでに、

家庭内の平和を、

揺るがすことができるのでしょうか。

 

ここで、

少し、

話しは変わりますが、

歴史上の大きな戦争も、

最初は、

ほんの些細な、

言葉の行き違いや、

小さな誤解から、

始まったと言われています。

 

それと同じように、

私の今回の事件も、

人間の欲望と、

コミュニケーションの不足が、

生み出した、

壮大なドラマであると、

言えるのではないでしょうか。

 

そう考えると、

あのプリンは、

単なるデザートではなく、

我が家の平和を試す、

一種の、

踏み絵だったのかもしれません。

 

大げさだと思われるかもしれません。

 

でも、

当事者にとっては、

大真面目な問題なのです。

 

では、

いったい、

どうしたらいいのでしょうか。

 

謝ればいい。

 

確かに、

その通りです。

 

「ごめんなさい」と、

素直に言えばいい。

 

でも、

男のプライドというものが、

邪魔をするのです。

 

「いや、まさかあんな高級そうなプリンだとは思わなかった」言い訳したくなる。

 

しかし、

その言い訳が、

さらに事態を悪化させることは、

目に見えています。

 

問題は、

ここからなのです。

 

私たちは、

日々の生活の中で、

知らず知らずのうちに、

誰かの領域を侵犯し、

誰かのプリンを食べて、

生きているのではないでしょうか。

 

もちろん、

物理的なプリンだけではありません。

 

相手の時間を奪ったり、

相手の優しさに甘えすぎたり、

そういう、

目に見えないプリンを、

私たちは、

毎日、

パクパクと、

食べてしまっているのです。

 

そう考えると、

私の冷蔵庫の事件は、

現代社会の縮図である、

と言っても、

過言ではないのかもしれません。

 

大げさですか。

 

でも、

本当に、

そう思うのです。

 

では、

私たちは、

これから、

どうやって生きていけばいいのでしょうか。

 

まずは、

冷蔵庫を開ける前に、

一呼吸置くこと。

 

「これは、誰のプリンか?」

 

そう、

自問自答すること。

 

そして、

もし食べてしまったときは、

言い訳をせずに、

平伏すること。

 

それが、

家庭円満の秘訣であり、

世界平和への第一歩なのではないでしょうか。

 

プリンを食べた。

 

ただそれだけのことが、

私に、

人生の深さと、

人間関係の難しさを、

教えてくれたのです。

 

スゴイことです!!

 

本当に、

スゴイ経験をしたと思っています。

 

だからこそ、

皆様も、

冷蔵庫を開けるときは、

気をつけてください。

 

そこには、

甘い誘惑だけでなく、

人生の重大な選択が、

潜んでいるかもしれないのですから・・。

少し、

話しは変わりますが、

 

みなさんは、

普段、

どんなふうに歩いているでしょうか。

 

道路を歩くとき。

 

駅のホームを歩くとき。

 

あるいは、

自分の部屋の中を歩くとき。

 

ただ何気なく、

足を踏み出しているのではないでしょうか。

 

目的地に向かって、

ひたすら足を動かしている。

 

それだけかもしれません。

 

でも、

ちょっと待ってください。

 

その「歩く」という行為にも、

実は、

深い意味が隠されているとしたら、

どうでしょうか。

 

たとえば、

お気に入りの靴を履いているとき。

 

新しい靴を買って、

初めて外に出たとき。

 

なんだか、

いつもより足取りが軽くなる。

 

そんな経験は、

ありませんか。

 

背筋がピンと伸びて、

世界が少しだけ明るく見える。

 

いつもと同じ景色なのに、

なぜか新鮮に感じられる。

 

これは、

どういうことなのでしょうか。

 

ようするに、

足元が変わるだけで、

心まで変わってしまう、

ということです。

 

靴という、

ほんの小さな物質が、

私たちの内面をも、

ガラリと変えてしまう。

 

スゴイことですよね!!

 

本当に、

面白い現象だと思います。

 

では、

これを、

さらに大きな視点で、

考えてみましょう。

 

靴だけではありません。

 

私たちが身につけているもの。

 

手に持っているもの。

 

目に入るもの。

 

すべてが、

私たちの心に、

何らかの影響を与えているのです。

 

これを、

専門的な言葉で言うならば、

環境(かんきょう)の力、

ということになるのかもしれません。

 

でも、

難しく考える必要はありません。

 

要するに、

私たちは、

まわりの環境に、

ものすごく左右されながら生きている、

ということです。

 

きれいな部屋にいると、

心まで洗われるような気がする。

 

散らかった部屋にいると、

なんだかイライラしてくる。

 

誰もが、

一度は感じたことがあるはずです。

 

では、

いったい、

なぜなのでしょうか。

 

なぜ、

外側の世界が、

これほどまでに、

私たちの内側に、

影響を与えてしまうのでしょうか。

 

それは、

人間と環境が、

切り離せないものだからです。

 

自分という存在が、

ここにぽつんと、

独立して存在しているわけではない。

 

まわりの空気。

 

まわりの景色。

 

そして、

まわりの人々。

 

それらすべてと、

私たちは、

目に見えない糸で、

しっかりと繋がっているのです。

 

そう考えると、

面白いことが見えてきます。

 

私たちが、

「自分の意志で考えている」と思っていることの、

実はかなりの部分が、

環境によって作られているのではないか、

ということです。

 

「今日はなんだか機嫌がいいな」と思っても、

それは、

たまたま天気いいからかもしれない。

 

「この仕事は絶対にやり抜こう」と決意しても、

それは、

隣の席の同僚が熱心に働いているからかもしれない。

 

私たちは、

思っている以上に、

まわりの世界と、

影響を与え合って生きているのです。

 

ここで、

最初のプリンの話を、

思い出してみてください。

 

冷蔵庫を開けたとき、

そこにあったプリン。

 

あれもまた、

環境そのものだったのではないでしょうか。

 

目の前に甘いものがある。

 

冷たくて、

美味しそうなプリンが、

そこに鎮座している。

 

その環境が、

私の理性を揺さぶり、

魔の手に走らせた。

 

そう、

すべては、

環境のせい……、

にしてはいけませんね。

 

やっぱり最後は、

自分の責任です。

 

でも、

環境の力を見くびってはいけない、

ということなのです。

 

では、

私たちは、

どうやって、

その環境と付き合っていけばいいのでしょうか。

 

悪い環境に流されて、

プリンを食べてしまうだけの存在で、

終わってしまうのでしょうか。

 

いいえ、

そんなことはありません。

 

ここに、

人間のすごさがあります。

 

人間は、

環境に影響を受けるだけの存在ではありません。

 

自らの手で、

環境を作り変えることもできる。

 

これが、

重要なポイントです。

 

たとえば、

冷蔵庫の中に、

プリンを入れなければいい。

 

そもそも、

買わなければいい。

 

あるいは、

野菜室の奥深くに、

キャベツの陰に隠しておく。

 

そうすれば、

誘惑の度合いは、

グッと減るはずです。

 

つまり、

自分の意思の弱さを嘆くのではなく、

意思に頼らない仕組みを作る。

 

環境をデザインする。

 

それが、

賢い生き方なのだと思います。

 

これは、

ダイエットだけに限りません。

 

仕事でも、

人間関係でも、

まったく同じことが言えるのです。

 

集中して勉強したいなら、

スマホを別の部屋に置く。

 

優しくなりたいなら、

温かい言葉を使う人の近くに身を置く。

 

そうやって、

自分を取り巻く世界を、

少しずつ、

心地よいものに変えていく。

 

自分の周りを、

ちょっとだけ、

平和な空間にしていく。

 

それが、

結果的に、

自分自身をも、

大きく成長させることになるのです。

 

自分が変われば、

世界が変わる。

 

よく聞く言葉です。

 

でも、

順番が少し違うのかもしれません。

 

まずは、

自分の周りの環境を整える。

 

すると、

自然と心が整ってくる。

 

そして、

心が整うと、

さらに良い環境を引き寄せる。

 

そういう、

素敵な循環が生まれるのです。

 

プリン一つから始まった思索が、

いつの間にか、

人生の大きなテーマになってしまいました。

 

でも、

本当は、

そういうことなのだと思います。

 

大げさな哲学書を読む必要なんて、

ありません。

 

目の前にある冷蔵庫。

 

足元にある靴。

 

今日着ている服。

 

そういう、

ごく身近な日用品の中にこそ、

宇宙の真理が、

隠されているのです。

 

本当に、

スゴイことだと思います。

 

だから、

次に何かで迷ったときは、

自分の心だけを責めないでください。

 

「今、どんな環境にいるだろう?」

 

そうやって、

自分のまわりを見回してみる。

 

それだけで、

視界がパッと開けるかもしれません。

 

人生は、

いつだって、

そういう小さな気づきの連続です。

 

今日も明日も、

私たちは、

たくさんのモノや人に囲まれて生きていきます。

 

その一つひとつと、

どう向き合うか。

 

どんな環境を、

自分で選ぶか。

 

すべては、

そこにかかっているのです。

 

さあ、

今日も冷蔵庫を開けてみましょう。

 

そこには、

何が入っているでしょうか。

 

冷たいプリンか。

 

それとも、

新しい自分との出会いか。

 

ちょっとワクワクしながら、

手を伸ばしてみるのも、

悪くないかもしれません・・。

冷たいプリンを一口食べる。

 

それだけのことで、

ふっと気持ちが軽くなることがあります。

 

あんなに悩んでいたことが、

なんだか小さく思えてくる。

 

不思議ですね。

 

人間って、

本当に単純な生き物なのだと思います。

 

だからこそ、

面白い。

 

そう、

思いませんか。

 

私たちは、

日々の生活の中で、

知らず知らずのうちに多くの影響を受けています。

 

良い影響もあれば、

そうではないものもある。

 

でも、

ここで思い出してほしいのです。

 

環境を選ぶということは、

自分を大切にするということです。

 

自分を大切にする。

 

それは、

特別なことをすることではありません。

 

お気に入りのマグカップを使う。

 

部屋を少しだけ片づけてみる。

 

帰り道に、

空を見上げて深呼吸をする。

 

そういう小さな選択の積み重ねが、

やがて大きな境涯(きょうがい)を作っていく。

 

自分の生命状態(せいめいじょうたい)を、

少しずつ変えていく。

 

気づいたときには、

世界の見え方が、

ガラリと変わっている。

 

そんな瞬間が、

きっと訪れます。

 

だから、

焦る必要なんてありません。

 

ゆっくりでいい。

 

自分のペースでいい。

 

目の前の一歩から、

始めてみればいいのです。

 

次にドアを開けるとき、

あなたは、

どんな景色を見つけるでしょうか。

 

いつもと同じ部屋が、

少しだけ違って見えるかもしれません。

 

新しい自分に出会える予感を胸に、

今日も一歩、

足を踏み出してみましょう。