休日って、
あっという間に過ぎてしまいますよね。
みなさんは、
いかがお過ごしでしょうか。
私はといえば、
先日、思い立って、
家の片づけをしてみたんです。
それは、
ほんの些細なきっかけでした。
「少し、
部屋をすっきりさせようかな。」
そんな軽い気持ちで、
クローゼットの奥をのぞいたのです。
そこで、
私の目の前に現れたのが、
かつて買った謎の健康グッズでした。
もう何年も、
使っていないものです。
ホコリをかぶって、
まるで発掘された古代の遺物のように、
ひっそりと佇んでいました。
これは、
単なる不用品ではありません。
人によっては、
それ以上の意味を、
持っているのです。
では、いったい、
どういうことなのでしょうか。
問題は、
『人間の心』
というものです。
そう、
「いつか使うかもしれない」
という呪いの言葉です。
思い返せば、
テレビの深夜番組で、
これを見たとき。
私は、
ものすごく感動したんです。
「これさえあれば、
私のお腹周りも、
一気に引き締まるはずだ!」
そう本気で信じて、
ポチッと購入ボタンを押したのです。
届いたときの、
あの高揚感。
箱を開けたときの、
ワクワクした気持ち。
それは、
まるで新しい人生が始まるような、
そんな大きな期待感でした。
けれど、
現実というのは、
なかなか厳しいものです。
届いてから数日は、
やる気満々で使っていました。
テレビを見ながら、
「ふん、ふん」と汗を流したのです。
これは、
ちょっと嬉しかったです。
「私、
健康のために頑張ってる!」
そんな充実感を、
味わっていました。
でも、
人間とは不思議なもので、
だんだん飽きてくるんですよね。
最初はリビングの特等席にあったそれが、
いつの間にか部屋の隅へ追いやられ。
気づけば、
洗濯物を一時的にかける、
ただのハンガーと化していたのです。
こういうのって、
よくありますよね。
みなさんは、
どうでしょうか。
家の中に、
「いつか使うゾーン」の住民、
いませんか。
使っていないのに、
捨てられないもの。
そこに、
ものすごいドラマが隠されているんです。
ここで、
少し、話しは変わりますが、
私の友人であるA子ちゃんが、
先日こんなことを言っていました。
「実家の倉庫を片づけたら、
昭和の香りがする謎の壺が出てきたのよ。」
それを聞いたとき、
私は思わず笑ってしまいました。
でも、
笑えない話でもあるんです。
なぜなら、
私たちはみんな、
『未来の可能性』
という名のゴミを、
抱え込んでいるからです。
「もしかしたら、
またブームが来るかもしれない。」
「高かったから、
捨てるのはもったいない。」
そうやって、
過去の自分と、
未来の幻想にしがみついているのです。
ようするに、
モノを捨てられないということは、
過去の自分を手放せないということなのかなと思います。
そう考えると、
あの健康グッズを捨てることは、
ただのゴミ出しではありません。
『過去の自分との決別』
という、
大いなる儀式なのです。
では、いったい、
どうして私たちは、
そんなにモノに執着してしまうのでしょうか。
問題は、
『自己否定したくない心』
にあるのです。
「これを捨てたら、
あのとき買ったお金と時間が、
すべて無駄になってしまう。」
そう認めるのが、
怖くてたまらないんですよね。
だからこそ、
私たちは、
何年も放置してしまうのです。
見ないふりをして、
心の奥底にフタをする。
「いつか使うから大丈夫!」
と、
自分に嘘をつき続ける。
こういう時間って、
意外とエネルギーを使うんですよね。
ふうっと、
思わずため息が出てしまいます。
でも、
思った以上に、
この気づきは大きかったです。
ただの片づけのつもりが、
なんだか人生の哲学にまで、
足を踏み入れてしまったような気分です。
ここで、
私は決意しました。
「よし、
今日はこれを手放そう!」
そう心に決めて、
ゴミ袋を手に取ったのです。
袋に入れる瞬間、
ちょっとだけ手が震えました。
「ごめんね、
あまり使ってあげられなくて。」
心の中で、
そんな謎の謝罪を呟きながら、
エイッと思い切って、
袋の中に押し込んだのです。
その瞬間、
部屋の空気が、
スッと軽くなったような気がしました。
これは、
本当に不思議な感覚でした。
荷物が減っただけなのに、
心まで軽くなる。
自分が身軽になったような、
そんな爽快感を味わいました。
モノを手放すって、
こういうことなんだなと、
しみじみ実感したのです。
自分だけではありません。
きっと、
自分の周りにある空気も、
少し綺麗になったはずです。
そして、
その環境までも、
なんだか心地よいものに変えていく。
そういう連鎖が、
生まれるような気がします。
世の中には、
たくさんの便利グッズがあふれています。
SNSを開けば、
「これさえ買えば人生が変わる!」
という甘い言葉が、
たくさん流れてきますよね。
ついつい、
欲しくなってしまう気持ち、
すごくよく分かります。
私も、
誘惑に負けそうになることが、
何度もあります。
でも、
今回の片づけを通じて、
ちょっとだけ大人になった気がします。
「本当に必要なものは、
そんなに多くないのかもしれない。」
そんなふうに、
思えるようになったのです。
もちろん、
これからもお買い物は大好きですし、
可愛い雑貨を見つけたら、
きっと買ってしまうと思います。
たまには、
こういう勢い買いも、
人生のスパイスとして必要ですよね。
でも、
家に迎えるときは、
ちゃんと大切にできるか、
少しだけ考えてからにしよう。
そんな教訓を、
得ることができました。
休日の片づけ、
最初は面倒くさいなと思っていましたが、
やってみて本当によかったです。
予想外のドラマがあり、
笑いがあり、
ちょっとした学びもありました。
みなさんのクローゼットにも、
もしかしたら、
眠っている主が、
いるかもしれません。
もし見つけたら、
そっと話しかけてみてください。
「今までありがとう」って。
そして、
思い切って手放してみるのも、
いいかもしれません。
きっと、
想像以上にすっきりしますよ。
さて、
ここまで大げさに語ってきましたが、
そろそろ現実に戻ります。
まだクローゼットの端っこに、
手をつけていない段ボールが、
いくつか残っているんです。
目をそらし続けたいところですが、
まあ、それはまた次の機会に。
せっかくのお休みですし、
今度は美味しいものでも食べに行って、
リフレッシュしたいなと思います。
近くにできた新しいカフェのパンケーキ、
ずっと気になっていたんですよね。
自分へのご褒美ということで、
今日のところは、
これでよしとしましょう。
こういう何気ない日常が、
やっぱり一番好きだなと思います。
みなさんは、
このお休みを、
どんなふうに過ごされるでしょうか。
また、
何か面白い発見があったら、
ここでこっそりお話ししますね。
それでは、
また次回のブログでお会いしましょう。
少し、
話しは変わりますが、
みなさんは、
普段の飲み物って、
どうされていますか。
私は最近、
ちょっとしたマイブームがありまして。
おうちでのティータイムを、
少しだけ特別にするのが、
密かな楽しみなんです。
といっても、
そんな高級なものじゃありません。
スーパーで買ってきた、
ちょっとだけパッケージの可愛い紅茶とか。
お気に入りのマグカップとか。
そういう小さなこだわりを、
楽しんでいるだけなんですけどね。
でも、
これが思いのほか、
気分転換になるんですよね。
忙しい毎日の中だと、
お茶を飲む時間さえ、
ただの作業になってしまったりします。
マグカップにお湯を注いで、
立ったまま飲んでしまったり。
テレビを見ながら、
なんとなく口に含んでいたり。
そういうことって、
ありませんか。
私は、
けっこうあるんです。
気がついたら、
カップが空になっていて、
「あれ、今どんな味だったっけ?」
なんて思うこともしばしば。
せっかく美味しいお茶なのに、
少しもったいないことをしているなあって、
ふと気づいたんです。
そこで、
ちょっとだけ、
やり方を変えてみました。
お湯が沸くまでの間、
ほんの数分だけ、
ボーッとする時間を作ってみる。
窓の外を眺めながら、
鳥が飛んでいるのを探してみたり。
お気に入りの音楽を、
小さな音で流してみたり。
そんなふうに、
ほんの少しだけ、
自分のための時間を作ってみるんです。
たったそれだけのことで、
日常の景色が、
少しだけ違って見えるから不思議です。
いつもと同じリビングなのに、
なんだか、
ちょっとしたカフェにいるような気分になって。
そういう時間って、
実は、
すごく贅沢なのかもしれません。
お金をかけなくても、
遠くまで出かけなくても、
自分の心次第で、
いくらでも豊かな時間を作ることができる。
そう思うと、
日々の暮らしが、
少し愛おしくなってきたりします。
もちろん、
毎日そんなふうに優雅に過ごせるわけではありません。
夕方のバタバタした時間なんかは、
もう戦争状態です。
洗濯物を取り込まなきゃいけないし、
晩御飯の支度もしなきゃいけないし。
子どもたちの「お腹すいたー」コールに、
タジタジになってしまうことも、
しょっちゅうあります。
余裕なんて、
どこへやら。
そんな自分に、
ため息をつきたくなる日だって、
たくさんあります。
でも、
だからこそ、
なおさら思うんです。
ほんの一瞬でもいいから、
自分の呼吸に立ち返る時間って、
大切なんだなって。
あわただしい日常の中に、
ふと、
自分だけの静かな空間を作る。
それは、
逃避なんかではなくて、
明日を元気に生きるための、
ちょっとした栄養補給みたいなものなのかもしれません。
そういえば、
先週行った雑貨屋さんで、
素敵なガラスのティーポットを見かけました。
丸っこい形をしていて、
光にあたると、
キラキラと綺麗に反射するんです。
あのとき、
買おうかどうしようか、
すごく迷ったんですよね。
お値段も、
そんなに高くはなかったのですが、
「うちには、まだ使える急須があるしなあ」
と思って、
その時は諦めてお店を出てきました。
でも、
こうして家でお茶を淹れていると、
なんだか、
あのティーポットのことが、
また思い出されてきたりして。
こういうのって、
やっぱり、
「ご縁」みたいなものがあるのでしょうか。
次に前を通ったとき、
もしまだ残っていたら、
お迎えしちゃおうかな。
なんて、
今からこっそり計画を立てています。
こういう小さな楽しみが頭にあるだけで、
次の週末のお出かけが、
一段と楽しみになるんですよね。
「今度のお店では、どんなカップに出会えるかな」
「新しいお茶の葉っぱも、探してみようかな」
そんなふうに、
未来の自分にワクワクする。
大人になると、
大きなイベント以外では、
なかなか胸が踊らなくなったりしますが、
こういう日々の小さな楽しみを見つけるアンテナだけは、
いつまでも大切に持っていたいなと思います。
みなさんは最近、
どんな小さな楽しみを見つけましたか。
もしよかったら、
こっそり教えてくださいね。
それでは、
そろそろ夕飯の支度を始めないと。
今日のメニューは、
冷蔵庫の残り野菜をたっぷり使った、
あったかいスープにしようと思います。
お肉は、
昨日買っておいた豚ロースがあるから、
生姜焼きがいいかな。
ジュージューと焼ける音を想像するだけで、
お腹が鳴ってきそうです。
主夫の夫も、
今日は少し残業だと言っていたので、
温め直してすぐ食べられるように、
準備しておかないとですね。
日々の暮らしは、
こうして淡々と続いていきます。
大変なことも、
面倒くさいことも、
もちろんたくさんあります。
でも、
その隙間にある、
ささやかな「好き」や「心地よさ」を、
見逃さないように生きていきたい。
そう思いながら、
今日もキッチンに立ちます。
みなさんも、
素敵な夕方の時間をお過ごしくださいね。
あたたかいお茶でも飲みながら、
ホッと一息ついてください。
それでは、
また。