のらりくらりす。

のらりくらりす。

ゲーム好き!ゲーム音楽好き!ゲーム攻略本好き!な
ゲーマー兼オタク兼カメコです。

みなさん、こんにちは。

なんだか、とってもお久しぶりですね。

元気にしていましたでしょうか。

 

私はですね、

少しだけバタバタしておりました。

でも、元気に過ごしていましたよ。

 

こういうのって、

なんだか少し照れくさいですね。

久しぶりに、

ブログを開いてみました。

 

画面を見ているだけで、

なんだか懐かしい気持ちになります。

みなさんは、いかがお過ごしでしょうか。

 

せっかくのお休みなので、

少し、話しは変わりますが、

最近あった面白いお話をさせてくださいね。

 

実は、

我が家にですね、

すごいものがやってきたのです。

 

それは、

『自動ゴミ箱』

というものです。

 

みなさんは、

使ったことがありますか?

 

我が家にはこれまで、

普通の、

フタすらないようなオープンなゴミ箱がありました。

ごくごく普通の、

プラスチックの白いゴミ箱です。

 

不満があったわけではありません。

ただ、

なんとなく、

「新しい家電っていいよね」

という軽い気持ちだったのです。

 

では、いったい、

そのゴミ箱がどうしたのか?

 

問題は、

その『ハイテクさ』にありました。

 

我が家に届いたそのゴミ箱は、

センサーで自動でフタが開くタイプのものなのです。

手をかざすだけで、

「ウィーン」と音を立てて、

なめらかにフタが開きます。

 

初めて見たときは、

「わあ、未来だね」

なんて家族で大喜びしていました。

 

ですが、

ここからが、

ちょっとした悲劇のはじまりだったのです。

 

私の場合は、

まずキッチンにそれを置きました。

料理をしている最中に、

野菜の皮をポイッと捨てたい。

そんなとき、

両手がふさがっていても、

手をかざせばパッとフタが開く。

これは便利だなと思ったのです。

 

けれど、

思った以上に、

このゴミ箱は『おせっかい』でした。

 

たとえば、

キッチンの前を普通に通り過ぎるだけでも、

センサーが反応してしまうのです。

 

「ウィーン」

 

横を通るたびに、

ゴミ箱が勝手に挨拶をしてくるような感じです。

 

「あ、私、今ゴミ捨てないですけど…」

 

思わず、

ゴミ箱に向かって話しかけてしまいました。

誰もいない部屋で、

勝手にフタが開閉しているのを見ると、

なんだか少し、

不気味な気もしてきます。

 

さらに、

問題なのは、

その『敏感すぎる心』でした。

 

夜中に、

ちょっとお水を飲もうと、

暗いキッチンを歩いていたときのことです。

 

足音に反応したのか、

突然、

「ウィーン」と音がしました。

 

真っ暗な中で、

勝手にゴミ箱のフタがパカーッと開いたのです。

 

これは、

ちょっと怖かったです。

 

まるで、

ゴミ箱が意思を持っているかのようでした。

 

「ひゃっ!」

 

思わず、

変な声が出てしまいました。

せっかくの静かな夜が、

恐怖の時間に変わってしまった瞬間です。

 

こういうのって、

やっぱり、

便利さと引き換えに何かを失っているのでしょうか。

 

そう考えると、

昔ながらの、

ただそこにあるだけのゴミ箱が、

急に恋しくなったりします。

 

あの子は静かでした。

文句も言わず、

勝手に開くこともなく、

ただじっとゴミを待っていてくれたのです。

 

それに比べて、

この新しいゴミ箱は、

なんだか落ち着きがありません。

 

少し近づくだけで、

「私を捨てて!」

「私を見て!」

と言われているような気がしてしまうのです。

 

あ、でも、

悪いことばかりでもありません。

 

子供たちは大喜びです。

わざわざゴミを持ってきては、

「見て見て、開いたよ!」

と、面白がって捨てています。

 

普段は面倒くさがるゴミ捨てを、

ゲーム感覚でやってくれるようになりました。

 

これは、

我が家にとっては、

思わぬ大収穫でした。

 

自分が楽をしようと思って買ったものが、

結果的に子供のおもちゃになっている。

 

こういう展開って、

なんだかクスッと笑えてしまいますよね。

 

人生、

計画通りにいかないことばかりですが、

こういう小さなハプニングも、

悪くないなと思ったりします。

 

みなさんは、

最近、何か新しい家電を買いましたか?

 

便利になったつもりが、

逆に振り回されてしまった経験はありますでしょうか。

 

こういう時間って、

意外と大事なのかもしれません。

 

便利すぎる世の中だからこそ、

少しドジな機械に囲まれて、

クスッと笑う余裕を持ちたいものです。

 

あ、そういえば、

このゴミ箱には、

電池が切れると全く動かなくなるという弱点もあります。

 

先日、

ちょうど電池が切れかけたとき、

センサーが鈍くなって、

半開きで固まってしまいました。

 

「開けてよ!」

と手をかざしても、

ピクリとも動きません。

 

結局、

手動で無理やりこじ開けることになりました。

 

自動の意味とは…。

 

思わず、

自分で自分にツッコミを入れてしまいました。

 

でも、

そんなポンコツなところも含めて、

なんだか愛おしくなってきたりするから不思議です。

 

人間関係も、

家電も、

完璧すぎないほうが、

付き合いやすいのかもしれませんね。

 

久しぶりにブログを書いたら、

なんだか止まらなくなってしまいました。

 

ついつい、

ゴミ箱の愚痴を長々と書いてしまいましたね。

 

最後まで読んでくださって、

本当にありがとうございます。

 

こういう何気ない日常の出来事を、

またこうしてマイペースに綴っていけたらいいなと思っています。

 

次は、

どんなお話をしましょうか。

 

また近いうちに、

のんびり更新できたらいいなと思います。

 

みなさんも、

体調に気をつけて、

穏やかな毎日をお過ごしくださいね。

 

それでは、

またお会いしましょう。

そういえば、

少し、話しは変わりますが、

 

先日、

近所のスーパーに行ったときのことです。

 

野菜売り場の前を通りかかったら、

新鮮な新玉ねぎが、

山のように積まれていました。

 

つやがあって、

まるまると太っていて、

なんだかとても美味しそうでした。

 

こういうのを見ると、

ついカゴに入れてしまいたくなります。

 

せっかくなので、

二つほど買って帰ることにしました。

 

帰ってさっそく、

スライスしてサラダにして食べてみました。

 

水にさらさなくても、

全然辛くなくて、

シャキシャキとした食感が楽しめました。

 

ポン酢を少しかけて食べたのですが、

それがまたよく合いました。

 

思った以上に、

美味しかったのです。

 

こういう旬のものを食べると、

なんだか季節の移り変わりを感じられて、

それだけでちょっと豊かな気持ちになります。

 

贅沢なごちそうもいいけれど、

こういう何気ない食材で季節を味わうのも、

悪くないものですよね。

 

みなさんは、

最近何か、

季節の美味しいものを食べましたか?

 

こういう小さな楽しみを見つけることが、

日々の生活のエネルギーになっていたりするのかもしれません。

 

そう考えると、

毎日のご飯作りも、

ただの家事というわけではなくて、

ちょっとしたお楽しみの時間に変わっていきます。

 

もちろん、

献立を考えるのが面倒だなと思う日もあります。

 

今日は何にしようかと、

冷蔵庫の前で腕組みをして悩んでしまうことも、

しょっちゅうあります。

 

そんなときは、

もう無理をするのをやめて、

お惣菜を買ってきたりすることもあります。

 

そういう息抜きも、

きっと大切ですよね。

 

完璧を目指さない。

 

これ、

最近の私の密かなテーマだったりします。

 

お掃除も、

料理も、

育児も、

なんだかすべてを完璧にやろうとすると、

すぐに息切れしてしまいます。

 

たまには手抜きをしてもいい。

 

少しくらい散らかっていても、

命に関わるわけではありません。

 

そうやって肩の力を抜くことで、

心に少しだけ余裕が生まれてくるような気がします。

 

余裕ができると、

普段は気づかないような小さなことにも、

目が向くようになります。

 

道端に咲いている小さな花を見つけて、

綺麗だなと思えたり、

 

淹れたてのコーヒーの香りに、

ほっと癒されたりします。

 

忙しい毎日を送っていると、

どうしても目の前のことだけで精一杯になってしまいます。

 

気がついたら、

一日が終わっていたりします。

 

だからこそ、

意識して立ち止まる時間を作るようにしています。

 

ほんの数分でもいいので、

ぼーっとする時間を持ったり、

お気に入りの音楽を聴いたりする。

 

そういう時間が、

心のリセットボタンになってくれるのです。

 

こういうのって、

やっぱり大事ですよね。

 

みなさんは、

どんな方法でリフレッシュしていますか?

 

自分なりの息抜きの方法をいくつか持っていると、

ちょっと心が軽くなるような気がします。

 

また今度、

おすすめの息抜き方法があったら、

ここで紹介できたらいいなと思います。

 

今日も、

とりとめのない話を最後まで読んでいただき、

本当にありがとうございました。

 

少し長くなってしまいましたが、

お付き合いいただけて嬉しかったです。

 

また近いうちに、

のんびりとした日常のあれこれを、

書きにきたいと思います。

 

それでは、

また。

そういえば、

少し、話しは変わりますが、

 

先日、

ふらっと立ち寄った雑貨屋さんで、

小さなガラスの一輪挿しを見つけました。

 

本当に小さな、

指先くらいのサイズのものなのですが、

光に当たると、

きらきらと綺麗な反射をするのです。

 

こういうのって、

なんだか見ているだけで、

すーっと心が落ち着くような気がします。

 

値段も、

びっくりするほどお手頃で、

これは、

ちょっと嬉しかったです。

 

せっかくなので、

お部屋に飾ってみようと思い、

連れて帰ることにしました。

 

帰ってきてから、

庭に咲いていた小さな草花を一本だけ摘んで、

そのガラスの器に挿してみました。

 

たったそれだけのことなのですが、

リビングの雰囲気が、

パッと明るくなったような気がします。

 

いつもと同じ部屋なのに、

ほんの少しだけ、

空気が変わったみたいです。

 

こういう小さな変化って、

毎日の生活の中で、

すごく大切なのかもしれません。

 

大きな模様替えをするのは、

時間もかかるし、

ちょっと気合いが必要ですよね。

 

でも、

小さなガラスの器ひとつ変えるだけで、

こんなにも気分がリフレッシュできるなんて。

 

新しい発見をしたような気持ちになりました。

 

みなさんは、

最近何か小さな変化を楽しまれましたか?

 

例えば、

お部屋のファブリックを少し変えてみたり、

いつもと違う香りのお香を焚いてみたり。

 

そういうちょっとした工夫で、

日常がほんの少しだけ、

彩り豊かになる気がします。

 

そう考えると、

日々の暮らしを楽しくするコツは、

案外、

すぐ近くにあるのかもしれません。

 

高いものを買ったり、

遠くに出かけたりしなくても、

自分の工夫次第で、

いくらでも心地よい空間は作れるのです。

 

そういうことに気づけた瞬間って、

なんだか得した気分になりますよね。

 

私の場合は、

こういう些細なことで、

すぐに機嫌が直ったりします。

 

単純だなあと自分でも思いますが、

機嫌よく過ごせるなら、

それがいちばんいいのかなとも思います。

 

自分の機嫌は自分で取る。

 

これって、

大人の女性として、

けっこう大事なことなのかもしれません。

 

周りに振り回されず、

自分の心地よさを大切にする。

 

そのためには、

やっぱり、

心のゆとりが必要不可欠です。

 

ゆとりがないときは、

どうしても視野が狭くなって、

小さなことにもイライラしてしまったりしますよね。

 

そういうときは、

思い切ってすべてを放置して、

美味しいものでも食べに行くのが一番です。

 

甘いケーキを食べたり、

温かいお茶をゆっくり飲んだりするだけで、

さっきまでのモヤモヤが、

嘘のように消えていったりします。

 

食べ物の力って、

本当にすごいですよね。

 

人間の体は、

食べたものでできていると言いますが、

心もまた、

日々の小さな楽しみや癒やしでできている気がします。

 

だから、

自分の心を満たしてあげる時間を、

どうかケチらないであげてください。

 

休日にちょっと贅沢なランチを食べることも、

お気に入りのカフェでぼんやりすることも、

決して無駄なことなんかではありません。

 

むしろ、

明日からまた頑張るための、

大切なエネルギーチャージなのです。

 

そう思うと、

自分のための時間をもっと愛おしく感じられるようになります。

 

みなさんも、

今度の休日には、

ぜひご自分のためだけの時間を、

たっぷりと取ってみてくださいね。

 

どこか遠くに行かなくても、

近所の公園をゆっくりお散歩するだけでも、

きっと素敵な時間になると思います。

 

そこでまた、

新しいお気に入りが見つかるかもしれません。

 

そう想像するだけで、

なんだかワクワクしてきますよね。

 

次の週末は、

どんなお洋服を着て出かけようかな、

なんて考えるのも、

お出かけの楽しみのひとつです。

 

お気に入りの靴を履いて、

少しだけ背筋を伸ばして歩く。

 

それだけで、

いつもの景色が違って見えるから不思議です。

 

みなさんの次の休日が、

心温まる素敵な時間になりますように。

 

それでは、

またお会いできるのを楽しみにしています。

 

先日、

近くのスーパーに行ったのです。

 

本当に、

いつもの、

ただのスーパーです。

 

夕方の、

特売の時間帯でした。

 

店内は、

たくさんの人で、

ごった返していました。

 

ざわざわとした、

あの活気ある空気感です。

 

カゴを押しながら、

今日の晩ご飯は何にしようかと、

考えていました。

 

豚の生姜焼きにしようか、

それとも、

お魚にしようか。

 

そんな、

平和な悩みを抱えながら、

歩いていたのです。

 

ふと、

視線の先に、

人だかりが見えました。

 

何なのだろうと、

気になりました。

 

近づいてみると、

そこには、

小さなテーブルが出ていました。

 

店員さんが、

フライパンで何かを焼いています。

 

いい匂いが、

フワッと漂ってきました。

 

『試食コーナー』

 

でした。

 

新商品の、

肉まんか何かだったのかもしれません。

 

湯気が、

モワッと上がっていました。

 

まわりの人たちは、

美味しそうに頬張っていました。

 

見ているだけで、

お腹がグーッと鳴りそうになりました。

 

ここで、

普通の人はどうするでしょうか。

 

「あ、試食やってるんだ」

 

と思って、

通り過ぎるかもしれません。

 

あるいは、

並んで一つもらって、

「美味しいね」と言って去るでしょう。

 

でも、

私は違いました。

 

そのときの私の脳内で、

なぜか、

ものすごいスピードで、

思考が回転し始めたのです。

 

大げさではなく、

雷に打たれたような衝撃でした。

 

では、

いったい、

何が起きたのでしょうか。

 

問題は、

『順番待ち』

 

というものです。

 

ほんの、

三、四人ほどの列でした。

 

すぐに自分の番が、

回ってくるはずでした。

 

けれど、

その列の先頭にいたおじいさんが、

少し様子がおかしかったのです。

 

店員さんと、

何やら熱心に話していました。

 

「これは、

何が入っているの?」

 

「タレは、

甘口かい?」

 

「うちのばあさんがね、

こういうの好きなんだよ」

 

おじいさんは、

質問の手を止めませんでした。

 

試食を一つ食べたあとも、

ずっと話しかけていました。

 

列は、

ピクリとも動きません。

 

私の後ろにも、

どんどん人が並んできました。

 

プレッシャーが、

フツフツと高まってきます。

 

ここで、

私は考えました。

 

たかが、

一口の試食です。

 

もらわなくても、

人生には何の影響もありません。

 

そのまま立ち去ることは、

十分に可能でした。

 

むしろ、

それが大人の判断というものでしょう。

 

時間も限られています。

 

ここで時間を潰す意味など、

どこにもありません。

 

そう。

理性では分かっているのです。

 

けれど、

足が動きませんでした。

 

まるで、

磁石のように、

床に貼り付いてしまったかのようでした。

 

いったい、

なぜなのでしょうか。

 

それは、

『ここで引き下がったら負けだ』

 

という、

妙なプライドが芽生えてしまったからです。

 

本当に、

バカバカしい話です。

 

誰と戦っているのか、

自分でも分かりません。

 

店員さんと戦っているわけでもなければ、

前のおじいさんと戦っているわけでもありません。

 

ただ、

自分のなかの、

小さな意地と戦っていたのです。

 

ここで諦めたら、

私はこれからの人生のあらゆる困難からも、

逃げ出す人間になってしまうのではないか。

 

そんな、

壮大な妄想まで膨らんでいきました。

 

たかが、

一口の試食です。

 

でも、

そのときの私にとっては、

自分の生き様を試される、

重大なイベントになっていました。

 

少し、

話しは変わりますが、

 

私たちは日々の生活の中で、

こういった小さな選択を、

何度も繰り返しているのではないでしょうか。

 

仕事での、

ちょっとした行き違い。

 

人間関係での、

微妙なすれ違い。

 

そういう場面で、

「まあいいか」と引くべきか、

それとも、

「いや、ここで引いてはいけない」と踏ん張るべきか。

 

目の前にあるのは、

ただのスーパーの試食の列です。

 

けれど、

そこには、

人間の本質が隠されているような気がするのです。

 

大げさだと思われるかもしれません。

 

でも、

本当なのです。

 

では、

あのときおじいさんは、

どうなったのでしょうか。

 

結局、

おじいさんは、

試食をもう一つもらって、

満足そうに去っていきました。

 

そして、

ようやく私の番が来ました。

 

店員さんは、

申し訳なさそうな顔をして、

私に言いました。

 

「お待たせしましたね、

どうぞ」

 

私は、

笑顔を作って、

「ありがとうございます」と言いました。

 

口に入れたそれは、

温かくて、

とても美味しかったです。

 

でも、

食べた瞬間に、

私は思ってしまいました。

 

「あれ、

これだけのために、

私はあんなに悩んでいたのだろうか」

 

と。

 

時間は、

五分ほどロスしました。

 

足も少し、

疲れてしまいました。

 

得られたものは、

一口の食べ物だけです。

 

費用対効果で言えば、

最悪と言えるかもしれません。

 

それでも、

私は、

その経験に大きな意味があったと信じたいのです。

 

なぜなら、

私たちは、

そういう無駄な葛藤のなかで生きているからです。

 

効率だけを求めて、

ロボットのように生きることは簡単です。

 

でも、

そんなことでは、

面白くありません。

 

無駄なことで悩み、

無駄なことにこだわり、

ときには立ち止まる。

 

それこそが、

『人間らしさ』

 

というものなのではないでしょうか。

 

スーパーの試食の列で人生を語るなど、

我ながらどうかしていると思います。

 

でも、

日々の生活のなかにこそ、

哲学は転がっているのです。

 

あの日、

私が手に入れたのは、

一口の試食だけではありません。

 

『立ち止まる勇気』

 

とでも言うのでしょうか。

 

まあ、

ただの買い物の途中の、

ちょっとした寄り道なんですけどね。

 

本当に、

スゴイ体験をしたと思っています。

 

次にスーパーに行くときも、

また同じように、

どうでもいいことで悩んでしまう気がします。

 

でも、

それでいいのです。

 

悩んで、

立ち止まって、

また歩き出す。

 

私たちの毎日は、

そういうことの繰り返しなのだと思います。

 

だからこそ、

目の前の小さな出来事を、

大切にしていきたいですね。

 

次は、

何の試食に出会えるでしょうか。

 

少し、

楽しみだったりします。

たとえば、

スーパーからの帰り道、

ふと空を見上げることがあります。

 

いつもなら、

素通りしてしまうような、

ただの夕暮れです。

 

でも、

試食の思い出を引きずったまま歩いていると、

その景色が、

少し違って見えたりするのです。

 

それは、

気のせいかもしれません。

 

あるいは、

ただお腹が空いているだけなのかも。

 

でも、

それでいいのです。

 

ここで、

少し、

話しは変わりますが、

 

みなさんは、

『空を見上げる時間』を、

最近、

持っているでしょうか。

 

仕事に追われ、

スマホの画面ばかりを見つめていると、

空の広さなんて、

忘れてしまいます。

 

忘れてしまうというか、

見えなくなってしまうのです。

 

視界が、

どんどん狭くなっている。

 

気がつけば、

足元のコンクリートだけを見つめて、

歩いている。

 

そんなことって、

ありませんか。

 

私は、

よくあります。

 

効率よく、

最短距離で、

目的地へ向かう。

 

それが正しいと、

信じ込んでいる。

 

でも、

本当に、

そうなのでしょうか。

 

では、

いったい、

何のために急いでいるのでしょうか。

 

問題は、

そこなのです。

 

私たちは、

どこに向かって、

走っているのでしょうか。

 

少し、

立ち止まってみる。

 

そうすると、

今まで見えなかったものが、

見えてきたりします。

 

たとえば、

道端の雑草です。

 

アスファルトの隙間から、

力強く生えている、

小さな緑。

 

名前も知らない、

そんな草花に、

心奪われたりする。

 

効率だけを考えたら、

そんなものは、

邪魔なだけかもしれません。

 

抜いてしまえばいい。

 

そう思う人も、

いるでしょう。

 

でも、

そこに命がある。

 

懸命に生きている、

一つの生命(いのち)がある。

 

そう気づいたとき、

私たちの心の中で、

何かが、

音を立てて動き出すのです。

 

それは、

感動(かんどう)と言ってもいいし、

共感(きょうかん)と言ってもいい。

 

要するに、

『心が震える』ということです。

 

効率的な世界には、

この『震え』がありません。

 

すべてが予定通りで、

すべてが計算通り。

 

だから、

退屈なのです。

 

心が動かない。

 

痛みもない代わりに、

喜びもない。

 

そんな世界は、

なんだか、

寂しすぎやしないでしょうか。

 

そう考えると、

私たちの人生に必要なのは、

効率ではなく、

むしろ、

『無駄』なのだと言えるかもしれません。

 

無駄な時間。

無駄な悩み。

無駄な寄り道。

 

そういうものの中にこそ、

人生の本当の味わいが、

隠されているのです。

 

ここで、

さらに話を広げてみます。

 

『人生の味わい』とは、

いったい、

何なのでしょうか。

 

それは、

何か偉大な成し遂げたことの中にあるのでしょうか。

 

世界を変えるような大発見をすること。

大金持ちになること。

歴史に名を残すこと。

 

もちろん、

それも素晴らしいことです。

 

でも、

すべての人が、

そんな大きなことができるわけではありません。

 

むしろ、

大多数の人は、

そうではない。

 

普通の毎日を送り、

普通に働き、

普通に眠る。

 

そんな人生です。

 

では、

そんな普通の人生には、

価値がないのでしょうか。

 

そんなはずは、

ありません。

 

絶対に、

そんなことはないのです。

 

なぜなら、

日々の暮らしの中にある小さな感動こそが、

私たちの『境涯(きょうがい)』を、

豊かにしてくれるからです。

 

境涯とは、

生命の状態(せいめいじょうたい)のことです。

 

同じ景色を見ても、

心が荒れているときは、

何も感じません。

 

むしろ、

いらいらしたりする。

 

でも、

心が穏やかなときは、

道端の花一輪にも、

愛おしさを覚える。

 

世界そのものは変わっていません。

 

変わったのは、

自分の心です。

 

つまり、

自分の心次第で、

世界はいくらでも美しくなるし、

いくらでも退屈になるということです。

 

スゴイことだと思いませんか。

 

私たちは、

自分の心一つで、

どんな世界にも住むことができるのです。

 

地獄のような世界にも住めるし、

天国のような世界にも住める。

 

すべては、

私たちの心の持ち方にかかっている。

 

仏教では、

これを『一念三千(いちねんさんぜん)』という、

なんだか難しそうな言葉で表現したりしますが、

ようするに、

そういうことなのだと思います。

 

難しく考える必要は、

ありません。

 

要するに、

目の前の小さな出来事を、

どう受け止めるか。

 

それだけのことなのです。

 

スーパーの試食で立ち止まることも、

夕暮れの空にハッとすることも、

すべては、

その『一念』を磨くための、

大切なトレーニングなのかもしれません。

 

トレーニングというと、

なんだか急に、

しんどそうに聞こえますね。

 

筋トレみたいな。

 

腕立て伏せを百回するような。

 

そんな大げさなものじゃありません。

 

もっと、

気楽なものです。

 

ただ、

ぼーっとする。

 

ただ、

美味しいものを味わう。

 

ただ、

風の心地よさを感じる。

 

そういう、

肩の力を抜いた瞬間にこそ、

私たちの生命は、

本来の輝きを取り戻すのです。

 

これを、

『人間革命(にんげんかくめい)』と呼ぶ人もいます。

 

大げさな名前ですね。

 

でも、

本質はそこにあるのだと思います。

 

世界平和とか、

人類の救済とか、

そういう大きな話の前に、

 

まず、

目の前の自分を救うこと。

 

カチコチになった心を、

少しだけ柔らかくすること。

 

それが、

すべての始まりなのです。

 

自分が柔らかくなれば、

隣の人に優しくできる。

 

隣の人が優しくなれば、

そのまた隣の人へ、

波及していく。

 

そうやって、

世界は少しずつ、

変わっていくのかもしれません。

 

一人の人間の変革が、

すべての変革の基礎になる。

 

そう考えると、

私たちが日常で感じる些細な感動や、

どうでもいいような迷いも、

決して無駄ではないということが、

よくわかります。

 

すべてが、

つながっているのです。

 

宇宙の星の動きと、

私の今日の夕食の献立の迷いとが、

どこかで、

糸で結ばれている。

 

そんな風に考えると、

なんだかワクワクしてきませんか。

 

私は、

してしまいます。

 

こんなちっぽけな存在だけど、

宇宙の一部として、

ちゃんと生きている。

 

そう実感できる瞬間が、

たまにある。

 

それが、

たまらなく好きなんです。

 

だから、

今日も明日も、

私は相変わらず、

くだらないことで悩み続けるでしょう。

 

あっちのスーパーが安いとか、

こっちの道が混んでいるとか、

そんなことでイライラしたり、

立ち止まったりする。

 

でも、

それでいいのです。

 

悩んで、

迷って、

遠回りして。

 

その足跡のすべてが、

自分という人間を形作っていくのだから。

 

完璧じゃなくていい。

 

効率的じゃなくていい。

 

ただ、

自分らしく、

生きていければ、

それだけで、

十分なのだと思います。

 

さて、

ここまで長いこと、

とりとめもない話を書いてきました。

 

そろそろ、

文字数もいい頃合いのようです。

 

パソコンの画面を閉じて、

お茶でも飲もうと思います。

 

今夜は、

緑茶にしましょうか。

 

それとも、

コーヒーにしようか。

 

また、

どうでもいいことで、

悩んでしまいそうです。

 

でも、

その悩んでいる時間こそが、

愛おしい時間なのだと、

今は胸を張って言える気がします。

 

明日も、

素敵な試食に出会えますように。

 

そんなことを願いながら、

今日のブログを閉じたいと思います。

 

お付き合いいただき、

本当に、

ありがとうございました。

 

休日の午後、

私は、

近所のスーパーへと出かけました。

 

いつも行っている、

あの、

いつものスーパーです。

 

せっかくのお休みだから、

少し、

気分転換をしたいなと思いました。

 

たまには、

いつもと違う食材でも買ってみようかな。

そんな軽い気持ちで、

足を踏み入れたのです。

 

ここで、

問題になるのが、

 

『私の方向音痴』

 

というものです。

 

実は、

私はかなりの方向音痴です。

 

家の中なら迷いませんが、

少し売り場が変わるだけで、

途方に暮れてしまいます。

 

でも、

今回はスーパーです。

 

何度となく通った、

見慣れた場所です。

 

さすがの私でも、

迷うはずがありません。

 

そう思っていました。

 

けれど、

人生というのは、

何が起こるか分からないものです。

 

少し、

話しは変わりますが、

みなさんは、

スーパーの配置換えに遭遇したことはありますか?

 

あれは、

本当に恐ろしい事件です。

 

いつものように、

牛乳売り場を目指して、

歩いていました。

 

頭の中は、

今日の夜ご飯のことでいっぱいです。

 

「今日は、

シチューにしようかな。」

 

そんなことを考えていました。

 

足取りも軽く、

カートを押しながら、

進んでいきました。

 

すると、

どうでしょう。

 

あるはずの場所に、

牛乳がありません。

 

代わりに並んでいたのは、

見たこともない、

謎の外国製洗剤でした。

 

ここで、

私は立ち止まります。

 

「あれ?」

 

声に出してしまいました。

 

見渡してみると、

周りの景色が、

なんだか少し違います。

 

お肉コーナーがあったはずの場所には、

なぜか、

ペット用品が並んでいました。

 

野菜売り場は、

はるか遠くの向こう側に見えます。

 

まるで、

浦島太郎の気分です。

 

あるいは、

『タイムトラベル』

をしてしまったかのような、

そんな感覚でした。

 

こういうのって、

けっこう焦りますよね。

 

私は、

冷や汗をかきながら、

カートを押したまま、

立ち尽くしてしまいました。

 

では、

いったい、

何が起きたのでしょうか。

 

それは、

大規模な、

『店内大改装』

が行われていたのです。

 

そういえば、

先週来たときに、

「改装セール」の黄色い旗が出ていました。

 

すっかり忘れていたのです。

 

私の脳みそは、

アップデートされていませんでした。

 

古い記憶の地図のまま、

新しい世界に飛び込んでしまったのです。

 

そう考えると、

これは、

ただの買い物の失敗ではありません。

 

自分の記憶力の衰えを突きつけられる、

大いなる試練なのかなと思います。

 

ちょっと大げさでしょうか。

 

でも、

当の本人は、

本気でパニックでした。

 

牛乳を探しているだけなのに、

まるで、

ジャングルを探検しているような気分です。

 

あっちへフラフラ、

こっちへフラフラ。

 

不審者のような動きで、

店内をさまよいました。

 

カートを押す手が、

少し震えていた気がします。

 

まわりの他のお客さんは、

何食わぬ顔で、

すんなりとお目当ての品を見つけています。

 

なぜ、

私だけが、

こんな目にあうのでしょうか。

 

それは、

私が、

ぼんやりと生きてきたからかもしれません。

 

いや、

そんな深い話ではないですね。

 

ただ単に、

情報をちゃんと見ていなかっただけです。

 

でも、

こういう予期せぬハプニングって、

なんとなく、

面白かったりもします。

 

いつも通りの日常が、

一瞬にして、

非日常に変わる瞬間です。

 

私たちは、

いつの間にか、

決まったルートだけで生活しています。

 

毎日同じ道を歩き、

同じ棚から商品を取り、

同じような時間を過ごす。

 

それはそれで、

平穏で素晴らしいことです。

 

でも、

時には、

こうやって迷子になるのも、

刺激があっていいのかもしれません。

 

脳がフル回転するのを感じます。

 

「牛乳はどこだ…」

 

心の中で、

何度もつぶやきました。

 

まるで、

宝探しをしているような、

そんなワクワク感すら覚えます。

 

子どもに戻ったような、

不思議な気持ちです。

 

結局、

私は20分ほど迷った末に、

ようやく牛乳を見つけました。

 

お惣菜コーナーの奥の、

思いがけない場所でした。

 

見つけたときは、

ちょっと感動しました。

 

「あった…!」

 

思わず、

小さくガッツポーズをしてしまいました。

 

周りの店員さんに、

変な目で見られたかもしれませんが、

気にしません。

 

自分の手で、

宝物を探し当てたような、

そんな達成感がありました。

 

たかが買い物、

されど買い物です。

 

こういう小さな冒険が、

毎日の生活を、

少しだけ色鮮やかにしてくれるのかなと思います。

 

家路につきながら、

私は、

今日の出来事を思い出して、

一人でニヤニヤしてしまいました。

 

ただの牛乳を買うだけの予定が、

大冒険になってしまいました。

 

でも、

こういう時間って、

意外と大事なのかもしれません。

 

何気ない日常の中に、

ちょっとしたスパイスを加える。

 

それだけで、

世界の見え方が、

少しだけ変わるのです。

 

みなさんは、

最近、

何か小さなハプニングはありましたか?

 

いつもと違う道を通ってみたり、

ちょっと迷ってみたりするのも、

悪くないですよ。

 

次は、

どこの売り場が、

私を待ち受けているでしょうか。

 

少し怖いような気もしますが、

なんだか、

楽しみでもあります。

 

また今度、

時間があるときに、

あのスーパーの迷路に、

挑戦してみようかなと思います。

 

今度は、

もっと大きな冒険が待っているかもしれません。

 

そんなことを考えながら、

買ってきた牛乳で、

温かいカフェオレを飲みました。

 

いつもより、

なんだか、

美味しく感じられたような気がします。

温かいカフェオレを飲みながら、

ふと、

カバンの中を覗いてみました。

 

スーパーの隅っこで見つけた、

少し珍しいお菓子が入っています。

 

名前は、

なんだったかな。

 

パッケージの裏を見てみると、

外国の言葉が並んでいました。

 

こういうのって、

なんだかワクワクしますよね。

 

読めない文字を眺めているだけで、

まるで、

遠い外国の街角にいるような、

そんな気分になってしまうのです。

 

旅行に行きたいな。

 

そんな思いが、

むくむくと湧いてきます。

 

でも、

今すぐ飛行機に乗るわけにはいきません。

 

パスポートの期限も、

たしか切れていたはずです。

 

遠くに行かなくても、

日常の中で、

旅気分を味わうことはできないでしょうか。

 

そう考えて、

私は、

リビングのテーブルの上を片付けました。

 

さっき買ってきたお菓子を、

お気に入りの小皿に並べてみます。

 

パッケージの袋から出すだけで、

ただの輸入菓子が、

ちょっとした特別なおやつに見えてきました。

 

お皿の選び方ひとつで、

気分が変わるから不思議です。

 

こういう小さな工夫が、

毎日の暮らしを、

少しだけ楽しくしてくれるのかなと思います。

 

ちょっと大げさかもしれませんが、

私の小さなおうち時間は、

いつもこんな風にして作られています。

 

みなさんは、

おうちで過ごす時間を、

どんな風に楽しんでいるでしょうか。

 

お気に入りのマグカップを使ってみたり、

いつもより少しだけいい香りの紅茶を淹れてみたり。

 

そういう、

ささやかなこだわりが、

心をほぐしてくれるんですよね。

 

忙しい毎日は、

あっという間に過ぎていきます。

 

気がつくと、

一週間が終わっていたり、

一ヶ月が経っていたりします。

 

時間って、

本当に早いものです。

 

だからこそ、

意識して、

立ち止まる時間を作りたいなと思うのです。

 

ぼんやりと空を眺めたり、

お気に入りの音楽を聴いたり。

 

何もしない贅沢を、

たまには味わうのもいいですよね。

 

実は、

先週の休日も、

そんな風にして過ごしていました。

 

少し、

話しは変わりますが、

 

みなさんは、

『散歩』は好きでしょうか。

 

私は、

目的地を決めないお散歩が、

けっこう好きです。

 

地図を持たずに、

気の向くままに歩く。

 

右に曲がろうか、

左に曲がろうか。

 

そのときの気分で決めるのです。

 

いつもなら通り過ぎてしまうような細い路地で、

素敵なお花を見つけたりすることもあります。

 

「こんなところに、

小さなお店があったんだ。」

 

そんな発見をするのが、

たまらなく楽しいのです。

 

まるで、

子どもの頃の探検みたいですよね。

 

大人になると、

効率ばかりを考えてしまいます。

 

最短距離で目的地に着くこと。

時間を無駄にしないこと。

 

それも大切ですが、

たまには遠回りをしてみるのも、

悪くないものです。

 

むしろ、

遠回りをした先でしか出会えない景色が、

たくさんあったりします。

 

人生も、

きっと同じなのではないでしょうか。

 

なんて、

ちょっと大げさなことを考えてしまいました。

 

でも、

毎日の生活も、

散歩と同じなのかもしれません。

 

決まった道を歩くだけじゃなくて、

ときには違う道を選んでみる。

 

新しいスーパーに入ってみる。

新しいお菓子を買ってみる。

 

それだけで、

日常が、

ちょっとだけ色鮮やかになるのです。

 

そう考えると、

毎日の生活って、

自分次第で、

いくらでも面白くできるんですね。

 

なんだか、

すごく得をした気分になってきます。

 

夕方になって、

だんだんと空が暗くなってきました。

 

窓の外を見ると、

夕焼けのグラデーションが、

とても綺麗です。

 

ピンク色から、

だんだんと深い青に変わっていく空。

 

一日が終わっていく、

この静かな時間が、

私は一番好きかもしれません。

 

今日の夜ご飯は、

何にしようかな。

 

冷蔵庫の中身を思い出してみます。

 

あれとこれを合わせたら、

簡単なスープが作れそうです。

 

料理も、

あまり気負わずに、

あるものでパパッと作るのが好きです。

 

完璧を目指さない。

 

手抜きではなくて、

手間を抜く。

 

上手に息抜きしながら、

日々の家事を楽しみたいですね。

 

明日も、

また新しい一日が始まります。

 

特別じゃなくていいから、

平穏で、

ちょっとだけ楽しい一日になるといいな。

 

みなさんは、

明日、

どんな一日を過ごす予定でしょうか。

 

美味しいコーヒーを飲んで、

お気に入りの音楽を聴いて、

笑顔で過ごせたら、

それだけで十分ですよね。

 

また今度、

お出かけしたときには、

新しい発見を、

ここで報告したいなと思います。

 

それでは、

そろそろ夕ご飯の支度を始めますね。

 

みなさんも、

温かくして、

素敵な夜をお過ごしください。

台所に立つと、

お味噌汁のいい香りが、

ふわりと広がります。

 

やっぱり、

和食って落ち着きますよね。

 

特別なものじゃなくていい。

 

こういういつもの味が、

一番ホッとしたりします。

 

食べることは、

生きること。

 

ちょっと大げさかもしれませんが、

毎日のご飯を大切にすることは、

自分を大切にすることなのかなと思います。

 

みなさんは、

今日、

どんなご飯を食べましたか。

 

きっと、

それぞれの場所で、

それぞれの温かい時間を過ごしていたんだろうな。

 

そう思うと、

なんだか、

世界中が少し優しく感じられます。

 

夜が深まるにつれて、

街の音も、

だんだんと静かになっていきます。

 

こういう静けさの中で、

今日一日の出来事を、

ゆっくりと振り返る。

 

反省することはあっても、

まあいっか、

と笑って手放す。

 

そんなふうにして、

心をフラットに戻していく。

 

リセットする時間って、

本当に大事ですよね。

 

明日も、

自分のペースで。

 

無理をしないで、

でも小さな楽しみは見逃さないように。

 

そんなふうに過ごせたら、

それだけで、

十分すぎるくらいです。

 

窓を開けると、

少し冷たい夜風が、

部屋に入ってきました。

 

季節は、

着実に進んでいます。

 

次はどんな服を着ようかな。

 

今度はどこに出かけようかな。

 

そんなことを考えるだけで、

ワクワクしてきます。

 

日常の中にある、

小さな楽しみ。

 

それをたくさん見つけていきたいな。

 

では、

そろそろパソコンを閉じて、

ゆっくり休もうと思います。

 

みなさんも、

良い夢を見てくださいね。

 

おやすみなさい。

 

また、

この場所でお会いしましょう。

 

先日、

近所のスーパーに行ったときのことです。

 

夕方の時間帯でした。

 

店内には、

たくさんの人がいました。

 

いわゆる、

おつとめ品。

 

半額のシールが貼られたお惣菜が、

ずらりと並んでいました。

 

私は、

そのコーナーに引き寄せられました。

 

まるで、

磁石のように。

 

そして、

一つのパックを手に取りました。

 

それは、

大きめの唐揚げ弁当でした。

 

元々の値段でも安いのに、

そこからさらに半額になっていました。

 

これは、

スゴイことです!!

 

私は、

思わず心の中でガッツポーズをしました。

 

なんとなく、

得をしたような気分になりました。

 

いや、

実際に得をしているのですが。

 

お金が節約できた。

 

それだけのことではありません。

 

なんだか、

今日の私は運がいい。

 

そう、

自分の運の良さを、

確信した瞬間でした。

 

では、

いったい、

何が起きたというのでしょうか。

 

問題は、

ここからです。

 

私はホクホク顔で帰宅しました。

 

すぐにでも食べたかったのですが、

ちょっとした作業をしてからにしようと思いました。

 

スマホでメールをチェックしたり、

テレビをつけたりしていました。

 

そうこうしているうちに、

少し時間が経ちました。

 

お腹は、

ペコペコでした。

 

いよいよ、

待ちに待った唐揚げ弁当の時間です。

 

レンジで温めようと、

パックを手に取りました。

 

ここで、

私はあることに気づきました。

 

パッケージの端っこに、

小さな文字で何か書いてありました。

 

よく見ると、

こう書いてありました。

 

「お早めにお召し上がりください」

 

当たり前のことです。

 

でも、

その時の私には、

それが妙に重く感じられました。

 

いや、

もっと深刻なことが書いてありました。

 

別の注意書きです。

 

「本製品は、

しっかり加熱してからお召し上がりください」

 

そう、

ただの温めではないのです。

 

しっかり加熱。

 

この言葉が、

なぜか頭から離れなくなりました。

 

少し、

話しは変わりますが、

 

私たちは普段、

色々なものを簡単に手に入れています。

 

スーパーに行けば、

すぐに食べ物が買えます。

 

お金を払えば、

サービスが受けられます。

 

それは、

とても便利なことです。

 

でも、

本当にそれだけでいいのでしょうか。

 

ここで、

疑問が湧いてきます。

 

私たちは、

便利さと引き換えに、

何を失っているのでしょうか。

 

たとえば、

昔の人を想像してみてください。

 

冷蔵庫なんてありませんでした。

 

食べ物は、

すぐに傷みました。

 

だから、

保存する技術を必死に考えました。

 

塩漬けにしたり、

干したりしました。

 

そこには、

食べ物に対する、

並々ならぬ執念がありました。

 

命をいただくという感覚が、

強かったのだと思います。

 

それに対して、

現代の私たちはどうでしょうか。

 

スーパーの棚に並ぶ商品は、

まるで最初からそこにあったかのように、

キレイに並んでいます。

 

裏側で、

どれだけの人が苦労しているのか。

 

どれだけのエネルギーが使われているのか。

 

私たちは、

ほとんど考えません。

 

ただ、

安ければ買う。

 

美味しそうなら食べる。

 

それだけです。

 

本当に、

それでいいのでしょうか。

 

ここで、

最初の唐揚げ弁当の話に戻ります。

 

半額で買った唐揚げ弁当。

 

私は、

それをただのラッキーだと思っていました。

 

安く買えてよかった。

 

得をした。

 

そう思っていました。

 

でも、

本当にそうなのでしょうか。

 

実は、

ここに大きな意味があります。

 

そう考えると、

あの半額の唐揚げ弁当は、

単なるお惣菜ではありません。

 

私の生活態度への、

強烈なメッセージだったのではないでしょうか。

 

少し、

大げさかもしれません。

 

でも、

そう思わずにはいられなかったのです。

 

なぜなら、

そのあと、

信じられないことが起きたからです。

 

レンジで温め終わった唐揚げ弁当。

 

私は、

お箸を持って、

いざ食べようとしました。

 

湯気が立ち上っていました。

 

とっても、

美味しそうでした。

 

一つ目の唐揚げを口に入れました。

 

カリッとした食感。

 

ジューシーなお肉。

 

最高でした。

 

やっぱり、

揚げ物は正義です。

 

そう思いました。

 

二つ目を食べようとしました。

 

そのときです。

 

部屋の電気が、

突然消えました。

 

パッと、

真っ暗になりました。

 

え?

 

と思いました。

 

ブレーカーが落ちたのです。

 

我が家では、

時々あります。

 

エアコンとレンジを同時に使うと、

たまに落ちます。

 

わかっていたはずなのに、

やってしまいました。

 

私は、

暗闇の中で固まりました。

 

手には、

お箸を持ったまま。

 

目の前には、

温められた唐揚げ弁当。

 

部屋は、

漆黒の闇です。

 

まるで、

洞窟の中にいるような感覚でした。

 

では、

いったい、

どうしたらいいのでしょうか。

 

電気を復旧させなければなりません。

 

私は、

手探りで壁を伝い、

玄関の近くにあるブレーカーへと向かいました。

 

足の小指を、

タンスの角にぶつけました。

 

激痛が走りました。

 

痛い。

 

本当に痛い。

 

涙が出そうになりました。

 

でも、

そんなこと言っている場合ではありません。

 

私は、

痛みをこらえて、

ブレーカーのスイッチを上げました。

 

ガチャッ。

 

明かりが戻りました。

 

パッと、

部屋が明るくなりました。

 

助かった。

 

私は、

心底ホッとしました。

 

そして、

リビングに戻りました。

 

テーブルの上には、

唐揚げ弁当がありました。

 

湯気は、

すっかり消えていました。

 

冷めてしまっていました。

 

私は、

なんだか急に、

脱力してしまいました。

 

たかがブレーカーが落ちただけです。

 

大したことではありません。

 

でも、

そのときの私には、

ものすごく大きな出来事のように感じられました。

 

ここで、

私は考えました。

 

いったい、

何が起きていたのでしょうか。

 

ようするに、

私は調子に乗っていたのです。

 

半額で唐揚げを買ってラッキー。

 

自分は運がいい。

 

そうやって、

浮かれていました。

 

自然への感謝も、

電気のありがたみも忘れて、

ただただ自分の欲望のままに、

食べ物に飛びついていました。

 

宇宙は、

そんな私を見ていたのかもしれません。

 

ちょっと待てよ、

と。

 

そんなに簡単に、

すべてがうまくいくと思うなよ、

と。

 

そうやって、

戒めてくれたのではないでしょうか。

 

大げさですか?

 

いいえ、

そうではないと思います。

 

私たちの日常の些細な出来事には、

すべて意味があるのです。

 

そう考えると、

人生の面白さが見えてきます。

 

ただ毎日を過ごすのではなく、

目の前で起きる小さなことに、

いちいち感動したり、

反省したりする。

 

それが、

人間らしく生きるということなのだと思います。

 

自分だけではありません。

 

私たちの周りの人たちも、

みんな、

それぞれのドラマを生きています。

 

スーパーの店員さんも、

唐揚げを作った人も、

ブレーカーを作った人も。

 

みんなが繋がっています。

 

そして、

その環境までもが、

私たちに何かを教えてくれているのです。

 

だからこそ、

目の前にある唐揚げ弁当を、

もっと大切にしなければならないのです。

 

冷めてしまった唐揚げ。

 

でも、

一口食べてみると、

さっきよりも味わい深い気がしました。

 

色々な苦労を乗り越えて、

今、

私の口に入っている。

 

そう思うと、

涙が出そうになりました。

 

大げさではなく、

本当にそう思ったのです。

 

毎日の生活は、

奇跡の連続です。

 

電気がつくだけでも、

ありがたい。

 

ご飯が食べられるだけでも、

ありがたい。

 

半額シールに喜んでいる場合ではなかったのです。

 

いや、

喜んでもいいのですが。

 

要するに、

感謝の気持ちを忘れてはいけないということです。

 

明日も、

またスーパーに行くでしょう。

 

また、

おつとめ品コーナーを覗くかもしれません。

 

でも、

そのときはきっと、

今回とは違う気持ちで見つめるはずです。

 

唐揚げ一つをとっても、

そこには宇宙の神秘が隠されているのです。

 

少し、

話しを広げすぎたでしょうか。

 

でも、

私は本気でそう思っています。

 

日常のなかの些細なトラブル。

 

それは、

私たちを目覚めさせるための、

小さなアラームなのです。

 

だから、

何か嫌なことがあっても、

落ち込む必要はありません。

 

それは、

あなたを成長させるための、

最高のスパイスなのだから。

 

そう思えるようになった私は、

少しだけ大人になったのかもしれません。

 

いや、

どうでしょう。

 

やっぱり、

ただの食い意地が張っているだけかもしれません。

 

でも、

それも含めて、

私の人生です。

 

明日もまた、

美味しいものを求めて、

元気に生きようと思います。

 

みなさんも、

お惣菜を買うときは、

ちょっとだけ気を付けてみてください。

 

思わぬドラマが、

あなたを待っているかもしれません。

 

本当に、

スゴイことだと思います。

 

人生とは、

そういうものなのです。

 

それでは、

また。

そういえば、

スーパーからの帰り道。

 

ふと、

夜空を見上げることがあります。

 

見上げると、

そこには満天の星が広がっています。

 

遠い宇宙の彼方から、

何万年もかけて届いた光が、

今、

私の目に届いている。

 

そう考えると、

なんだか胸が熱くなります。

 

私たちは、

宇宙のほんの片隅に生きている。

 

地球という星の、

さらにその小さな一角で、

 

今日もお惣菜の唐揚げを食べている。

 

なんだか、

スケールの大きさと、

目の前の小ささが、

ぐるぐると混ざり合ってきます。

 

では、

いったい、

宇宙と唐揚げの間に、

どんな関係があるというのでしょうか。

 

関係なんて、

ないように思えるかもしれません。

 

どちらかといえば、

まったく何の関係もない、

遠く離れた存在に見えます。

 

でも、

本当にそうでしょうか。

 

実は、

すべてはつながっているのです。

 

物理学の世界では、

私たちの体を構成している原子も、

遠い昔の星の爆発で作られたと言われています。

 

つまり、

私たちの体は星の欠片(かけら)でできている。

 

そう。

 

あなたも、

私も、

そしてあのスーパーの唐揚げも、

もとをたどれば、

すべて同じ星の子供なのです。

 

宇宙(そら)の星屑(ほしくず)が、

巡り巡って、

今日の夕食のおかずになった。

 

そう考えると、

これは、

ものすごい奇跡なのではないでしょうか。

 

何億年もの時間と、

気の遠くなるような偶然が重なって、

今、

目の前にある。

 

お惣菜のパック一つをとっても、

そこには宇宙のドラマが詰まっているのです。

 

私たちは、

普段の生活の中で、

そんな壮大なドラマを忘れてしまいます。

 

目の前の仕事に追われ、

人間関係に悩み、

疲れて果ててしまう。

 

「私なんて…」

 

そうやって、

自分を小さく見積もってしまう。

 

でも、

それは本当の姿ではありません。

 

本当のあなたは、

もっと広大で、

もっと神秘的な存在なのです。

 

宇宙と同じ広がりを、

その胸の内に秘めている。

 

そう思えない日もあるでしょう。

 

鏡を見ても、

ただの疲れた顔しか映らない。

 

そんな日も、

もちろんあります。

 

人間だもの、

仕方がありません。

 

でも、

だからこそ、

思い出す価値があるのです。

 

私たちは、

ただ生きているだけで、

すでに奇跡の主人公なのです。

 

スーパーで半額の惣菜を手に取り、

「ラッキーだな」と微笑むその瞬間にも、

 

宇宙の歴史が、

ちゃんと息づいている。

 

そう思うと、

日々の暮らしが、

少しだけ輝いて見えてこないでしょうか。

 

見慣れた景色が、

違った色を帯びて動き出す。

 

それが、

『視点』を変えるということです。

 

特別な修行をする必要も、

遠くへ旅に出る必要もありません。

 

ただ、

目の前にあるものを見る。

 

そこに隠されたストーリーに、

そっと想いを馳せてみる。

 

それだけで、

世界はまったく違う表情を見せてくれます。

 

明日もまた、

朝が来て、

私たちはそれぞれの日常に戻ります。

 

満員電車に揺られ、

パソコンの画面と睨めっこし、

ため息をつくこともあるでしょう。

 

でも、

そんなとき、

ふとポケットの中で、

あるいはバッグの中で、

今日の話を思い出してみてください。

 

宇宙の星々に想いを馳せながら、

お気に入りのスイーツを頬張る。

 

そんなアンバランスな日常を、

愛おしく思えたなら、

 

それだけで、

今日の勝ちです。

 

人生は、

案外、

そういう小さなユーモアと、

ちょっとした視点の魔法で、

できているのかもしれません。

 

それでは、

そろそろ、

温かいお茶でも淹れようと思います。

 

みなさんも、

今夜はゆっくり、

良い夢を見てください。

 

星空の下でも、

天井のシミを見つめながらでも。

 

私たちはみんな、

つながっているのですから。

 

また、

お会いしましょう。

 

お休みの日の、

のんびりとした午後。

 

私は、

近くのコンビニへ、

ちょっとしたお買い物に行ってきました。

 

いわゆる、

『休日のお散歩』

というやつです。

 

せっかくのお天気だったので、

お気に入りのスニーカーを履いて、

歩いて出かけてみました。

 

こういう時間って、

なんだか心が軽くなって、

いいですよね。

 

みなさんは、

どうでしょうか?

 

店内に入ると、

新商品のスイーツが並んでいました。

 

パッケージが可愛くて、

思わず手に取ってしまいます。

 

さらに、

あたたかいお茶と、

お気に入りのチョコレートも選んで、

カゴに入れました。

 

トータルで、

千円ちょっと。

 

ちょうどいい、

『プチ贅沢(ぜいたく)』

です。

 

ルンルン気分で、

レジに向かいました。

 

では、

いったい、

何が起きたのでしょうか。

 

問題は、

ここからです。

 

レジの店員さんが、

てきぱきと商品を読み取って、

「合計で、千百五十円になります」

と笑顔で言ってくれました。

 

私は、

「はい」と返事をして、

バッグに手を入れました。

 

いつものように、

お財布を取り出そうと、

ゴソゴソと探します。

 

あれ。

 

ない。

 

もう一度、

バッグの中を、

念入りに探します。

 

ポーチのポケットも、

深めのポケットも、

どこを探しても、

 

『お財布』

 

の感触がありません。

 

ここで、

私の頭の中が、

一瞬にして真っ白になりました。

 

そう、

私は、

お財布を、

自宅のテーブルの上に、

完璧に忘れてきてしまったのです。

 

よりによって、

こんな時に。

 

レジの店員さんは、

静かに私を待っています。

 

後ろには、

他のお客さんが、

ふたりほど並び始めていました。

 

これは、

非常事態です。

 

冷や汗が、

タラーッと流れてきました。

 

「すみません……。

お財布を、

忘れてしまいました……」

 

私は、

恥ずかしさのあまり、

消え入りそうな声で言いました。

 

店員さんは、

優しく微笑んで、

「あ、大丈夫ですよ。

お取り置きしておきますか?」

と言ってくれました。

 

神様に見えました。

 

「すみません!

すぐにお金を取ってきます!」

 

私は、

買ったばかりの商品をその場に残し、

ダッシュで家まで引き返しました。

 

お気に入りのスニーカーを履いていましたが、

そんなおしゃれな気分は、

どこかへ飛んでいっていました。

 

ただひたすら、

全速力で走りました。

 

息が切れました。

 

情けなくて、

少し笑えてきました。

 

家に着き、

玄関のドアを開けて、

テーブルの上を見ると、

 

そこには、

堂々と鎮座している、

私のお財布がありました。

 

「いたのね……」

 

心の中で、

そうつぶやいてしまいました。

 

お財布を掴み、

再びコンビニへと引き返しました。

 

行きと帰りで、

二往復。

 

完全な、

『無駄な体力消費』

です。

 

お店に戻ると、

先ほどの優しい店員さんが、

待っていてくれました。

 

「お疲れ様です」

と、

声をかけてくれました。

 

顔から火が出るほど、

恥ずかしかったです。

 

無事に会計を済ませ、

商品は手に入りましたが、

どっと疲れてしまいました。

 

こういうのって、

やっぱり、

うっかりさんというか、

なんというか。

 

自分の抜けている性格に、

ちょっと呆れてしまいます。

 

でも、

家路を歩きながら、

ふと思ったのです。

 

こういう失敗をすると、

普段の何気ない日常が、

急にドラマチックに感じられるな、

と。

 

いつもなら、

ただの買い物が、

大冒険のようになってしまいました。

 

それは、

いいことなのか、

悪いことなのか。

 

よく分かりませんが、

少なくとも、

記憶には残る一日になりました。

 

思った以上に、

足がパンパンです。

 

今日は、

早めにお風呂に入って、

ゆっくり体を休めようと思います。

 

みなさんは、

最近、

こんなおっちょこちょいな経験は、

ありましたでしょうか?

 

もし同じような方がいたら、

なんだか少し、

安心してしまうかもしれません。

 

次は、

お財布を忘れないように、

しっかり確認してから、

お出かけしたいと思います。

そういえば、

少し、話しは変わりますが、

先日、近所のスーパーに行ったときののことです。

 

いつもは買わないような、

ちょっと珍しいお菓子が置いてありました。

 

パッケージが可愛くて、

思わず手に取ってしまいました。

 

こういうのって、

なんだか、

すごくワクワクしますよね。

 

せっかくのお休みだから、

ちょっとだけ贅沢をしてみようかな、

そんな気持ちになりました。

 

価格は、

普段買うものより、

少しだけ高めです。

 

でも、

ここで買わないと、

あとで後悔するような気がしました。

 

小さな迷いがあって、

でも、

結局カゴに入れてしまいました。

 

レジに並んでいる間も、

なんだか胸がドキドキしていました。

 

大げさかもしれませんが、

ささやかな冒険をしているような、

そんな気分でした。

 

帰宅して、

さっそくお茶を淹れました。

 

お気に入りのマグカップを出して、

丁寧に準備をします。

 

こういう時間って、

本当に大切だなと思います。

 

忙しい毎日の中では、

なかなかできない過ごし方です。

 

いざ、

お菓子を開けてみました。

 

見た目も綺麗で、

食べるのがもったいないくらいでした。

 

一口食べてみると、

想像以上に美味しかったのです。

 

甘さが上品で、

香りがふんわりと広がりました。

 

疲れが、

スーッと消えていくような気がしました。

 

「これは、買って正解だったな」

 

心の中で、

そうつぶやきました。

 

こういう出会いがあるから、

日常の買い物も、

やめられないんですよね。

 

みなさんは、

最近、

こんな小さな贅沢をしたでしょうか?

 

特別な旅行や、

盛大なイベントでなくても、

日々の生活の中に、

楽しみはたくさん転がっているようです。

 

少しの工夫と、

ほんの少しの好奇心で、

いつもの景色が違って見えたりします。

 

そう考えると、

人生って、

案外楽しいことで溢れているのかもしれません。

 

難しいことは分かりませんが、

自分がご機嫌でいられる時間が増えれば、

それだけで十分な気もします。

 

なんだか、

とりとめのない話になってしまいました。

 

でも、

たまにはこういう、

のんびりした時間もいいですよね。

 

外を見ると、

空がだんだん夕方の色に染まってきました。

 

グラデーションが綺麗で、

ずっと見ていられそうです。

 

今日の晩ご飯は、

何にしようかなと考えながら、

そろそろ腰を上げようと思います。

 

冷蔵庫にあるもので、

簡単なものを作れたらいいなと、

そんなふうに思っています。

 

明日からも、

またそれぞれの日常が始まります。

 

仕事だったり、

家事だったり、

やることはたくさんあります。

 

でも、

今日みたいな小さな楽しみを思い出せば、

少しは頑張れるような気がします。

 

次は、

どこのお店に行こうかな。

 

今度は、

ちゃんと下調べをしてから、

出かけたいと思います。

 

また新しい発見があるといいなと、

今から少しだけ楽しみにしています。

そういえば、

昨日見かけた本に、

こんなことが書いてありました。

 

『丁寧な暮らし』

 

という言葉についてです。

 

みなさんは、

この言葉を聞いて、

どんなことを想像するでしょうか。

 

毎日、

お部屋をピカピカに磨いて、

お花を絶やさず飾って、

手間ひまかけたお料理を毎日作る。

 

そんな完璧な生活を、

思い浮かべるかもしれません。

 

でも、

それって、

ちょっと息が詰まってしまう気もしませんか。

 

私は、

そこまでマメではありません。

 

掃除機は、

かけられるときにしかかけないし、

朝ごはんは、

トーストとコーヒーだけで済ませてしまうことも、

たくさんあります。

 

だから、

完璧な丁寧な暮らしなんて、

とてもできません。

 

では、

私にとっての丁寧な暮らしとは、

いったい何なのでしょうか。

 

それは、

ほんの小さなことなのかなと思います。

 

たとえば、

お気に入りのマグカップで、

ゆっくりお茶を飲むこと。

 

それだけでも、

なんとなく心が落ち着いたりします。

 

特別なことをするわけではなくて、

ただ、

その瞬間に集中すること。

 

それだけで、

日常の景色が、

少しだけ優しく変わるような気がします。

 

そう考えると、

丁寧な暮らしって、

誰でもすぐにできるものなのかもしれません。

 

お金をかけなくても、

時間をたくさん使わなくても、

自分の気持ち次第で、

いくらでも作れるものなのです。

 

こういう気づきって、

大人になってからの方が、

多くなった気がします。

 

若い頃は、

もっと遠くに行きたかったし、

もっとすごい人になりたかった。

 

でも、

最近は、

足元にある小さな幸せに気づけることが、

何よりの贅沢だなと感じるのです。

 

これは、

年のせいでしょうか。

 

それとも、

少しは心が丸くなったということでしょうか。

 

どちらでもいいのですが、

今のこの感じ、

私はけっこう気に入っています。

 

みなさんは、

最近どんな小さな幸せを見つけましたか。

 

道端に咲いていた可愛いお花を見つけたことかもしれません。

 

焼きたてのパンの香りに、

思わず笑ってしまったことかもしれません。

 

そういう、

誰にも気づかれないような小さな出来事を、

心の中にそっとしまっておく。

 

それって、

とても素敵なことだと思うのです。

 

そういえば、

この間、

近所のスーパーで、

めずらしい野菜を見かけました。

 

名前は忘れてしまったのですが、

なんだか形が面白くて、

思わずカゴに入れてしまいました。

 

どうやって食べようかと、

レジの並びながら考えて、

ネットでレシピを調べたりして。

 

そういう、

ちょっとした寄り道みたいな時間が、

毎日の生活に彩りを添えてくれるのです。

 

効率ばかりを考えていると、

見落としてしまうようなこと。

 

そういう無駄なことの中にこそ、

人生の本当の楽しさが隠れているのかもしれません。

 

遠回りしたからこそ見つかる景色。

 

寄り道したからこそ出会える味。

 

人生も、

それと似ているような気がします。

 

最短距離で目的地に着くことも大事ですが、

たまには、

わざと遠回りしてみるのもいいですよね。

 

どこにたどり着くか分からないけれど、

歩いているうちに、

思いがけない素敵な場所を見つけたりする。

 

そんなワクワク感を、

いつまでも忘れたくないなと思います。

 

大人になると、

どうしても先の計算をしてしまいます。

 

これをしたらどうなるか。

これをやったら損をしないか。

 

そんなことばかり考えて、

動けなくなってしまうこともあります。

 

でも、

たまには、

頭で考えるのをやめて、

自分の心の赴くままに動いてみる。

 

「あ、ここ行ってみたいな」

 

と思ったら、

理由なんてなくても、

とりあえず行ってみる。

 

そんなフットワークの軽さを、

大切にしたいですね。

 

失敗したっていいのです。

 

「今回はちょっと違ったな」

 

それもまた、

一つの経験ですから。

 

むしろ、

失敗した話のほうが、

後になって笑い話になったりして、

面白かったりします。

 

人生、

完璧じゃなくていい。

 

むしろ、

ちょっとくらい隙があったほうが、

人間味があって愛おしい。

 

自分に対しても、

周りの人に対しても、

そう思えるようになったら、

生きるのがぐっと楽になりました。

 

以前は、

「ちゃんとしなきゃ」という思い込みに、

自分で自分を縛り付けていた気がします。

 

でも、

誰もそんなに私のことを見ていないし、

みんない自分のことで精一杯なのです。

 

そう気づいたら、

肩の力がすっと抜けて、

息がしやすくなりました。

 

がんばることは素晴らしいことですが、

がんばりすぎないことも、

同じくらい大事なことなのだと思います。

 

休むときはしっかり休んで、

美味しいものを食べて、

好きなことをして、

自分をたくさん甘やかす。

 

そういう時間があってこそ、

また明日からがんばろうという気力が湧いてくるのです。

 

自分を大切にできない人は、

きっと他の人も大切にできませんよね。

 

だから、

まずは自分が一番の味方になってあげること。

 

「今日もよくがんばったね」

 

と、

心の中で自分に声をかけてあげること。

 

そんな小さな優しさを、

自分に向けてあげる日があってもいいのではないでしょうか。

 

外の景色は、

すっかり暗くなってしまいました。

 

街灯がぽつりぽつりと灯り始めて、

夜の静けさがやってきます。

 

一日が終わっていくこの時間、

私は結構好きです。

 

今日という日が、

無事に終わろうとしている安心感。

 

明日という新しい日が、

またやってくる期待感。

 

その両方を感じながら、

温かいお茶をもう一杯だけ、

飲もうと思います。

 

みなさんも、

今日一日、

本当にお疲れ様でした。

 

それぞれの場所で、

それぞれの時間を過ごして、

今こうして夜を迎えている。

 

なんだか、

それだけで、

世界中の人と繋がっているような、

不思議な温かさを感じたりします。

 

また明日から、

それぞれのペースで、

ぼちぼちいきましょう。

 

気負わず、

焦らず、

自分の足で、

一歩ずつ。

 

次に外に出かけるときは、

どんなお天気になるでしょうか。

 

晴れたらいいなと思いながら、

今夜は早めに布団に入ろうと思います。

 

良い夢が見られますように。

 

皆様、

こんにちは。

 

今日もブログを読んでいただき、

本当にありがとうございます。

 

いきなりですが、

皆様には、

最近こんなことで悩んでいます、

というようなことは、

ございますでしょうか。

 

たとえば、

朝起きて、

今日の服装はどうしようか、

と悩む。

 

そんな、

日常の、

ごくありふれた悩みです。

 

では、

それが、

もう少し、

深刻な悩みだったら、

どうでしょうか。

 

今日は、

そんな、

私の身に起きた、

小さな、

しかし、

本人にとっては大事件である悩みについて、

少し、

お話しさせていただきたいと思います。

 

少し、

お付き合いください。

 

実は、

我が家には、

冷蔵庫があります。

 

当たり前ですが、

どのご家庭にもある、

あの冷蔵庫です。

 

そして、

その冷蔵庫の中には、

時々、

甘いものが、

入っています。

 

プリンです。

 

あの、

ツルッとしていて、

トロッとしている、

甘くて美味しい、

プリンです。

 

先日、

私は、

夜遅くに、

お腹が空いてしまいました。

 

そこで、

冷蔵庫を開けたのです。

 

そこには、

プリンが、

ぽつんと、

置かれていました。

 

これは、

単なるプリンではありません。

 

人によっては、

一日の終わりの、

最高の癒やしという、

それ以上の意味を、

持っているのです。

 

私は、

誘惑に負けました。

 

いや、

負けたというよりも、

吸い寄せられた、

と言ったほうが、

正しいかもしれません。

 

スプーンを手に取り、

あっという間に、

そのプリンを、

平らげてしまいました。

 

美味しかった。

 

本当に、

美味しかったのです。

 

しかし、

問題は、

ここからでした。

 

翌日の朝、

キッチンから、

妻の、

怒号が聞こえてきたのです。

 

「誰が私のプリン食べたの?」

 

私は、

凍りつきました。

 

足がすくみ、

冷や汗が、

タラリと流れました。

 

あれは、

妻が、

自分へのご褒美として、

こっそり隠しておいた、

特別なプリンだったのです。

 

私は、

知らなかった。

 

本当に、

知らなかったのです。

 

でも、

やったのは、

私です。

 

冷蔵庫のプリンを食べた。

 

ただそれだけのことが、

我が家における、

重大な、

クーデターのような事件に発展してしまったのです。

 

ここで、

私たちは、

立ち止まって、

考えてみる必要があります。

 

なぜ、

人は、

他人のプリンを、

食べてしまうのでしょうか。

 

いや、

なぜ、

冷蔵庫のプリンという、

ほんの小さな甘味が、

これほどまでに、

家庭内の平和を、

揺るがすことができるのでしょうか。

 

ここで、

少し、

話しは変わりますが、

歴史上の大きな戦争も、

最初は、

ほんの些細な、

言葉の行き違いや、

小さな誤解から、

始まったと言われています。

 

それと同じように、

私の今回の事件も、

人間の欲望と、

コミュニケーションの不足が、

生み出した、

壮大なドラマであると、

言えるのではないでしょうか。

 

そう考えると、

あのプリンは、

単なるデザートではなく、

我が家の平和を試す、

一種の、

踏み絵だったのかもしれません。

 

大げさだと思われるかもしれません。

 

でも、

当事者にとっては、

大真面目な問題なのです。

 

では、

いったい、

どうしたらいいのでしょうか。

 

謝ればいい。

 

確かに、

その通りです。

 

「ごめんなさい」と、

素直に言えばいい。

 

でも、

男のプライドというものが、

邪魔をするのです。

 

「いや、まさかあんな高級そうなプリンだとは思わなかった」言い訳したくなる。

 

しかし、

その言い訳が、

さらに事態を悪化させることは、

目に見えています。

 

問題は、

ここからなのです。

 

私たちは、

日々の生活の中で、

知らず知らずのうちに、

誰かの領域を侵犯し、

誰かのプリンを食べて、

生きているのではないでしょうか。

 

もちろん、

物理的なプリンだけではありません。

 

相手の時間を奪ったり、

相手の優しさに甘えすぎたり、

そういう、

目に見えないプリンを、

私たちは、

毎日、

パクパクと、

食べてしまっているのです。

 

そう考えると、

私の冷蔵庫の事件は、

現代社会の縮図である、

と言っても、

過言ではないのかもしれません。

 

大げさですか。

 

でも、

本当に、

そう思うのです。

 

では、

私たちは、

これから、

どうやって生きていけばいいのでしょうか。

 

まずは、

冷蔵庫を開ける前に、

一呼吸置くこと。

 

「これは、誰のプリンか?」

 

そう、

自問自答すること。

 

そして、

もし食べてしまったときは、

言い訳をせずに、

平伏すること。

 

それが、

家庭円満の秘訣であり、

世界平和への第一歩なのではないでしょうか。

 

プリンを食べた。

 

ただそれだけのことが、

私に、

人生の深さと、

人間関係の難しさを、

教えてくれたのです。

 

スゴイことです!!

 

本当に、

スゴイ経験をしたと思っています。

 

だからこそ、

皆様も、

冷蔵庫を開けるときは、

気をつけてください。

 

そこには、

甘い誘惑だけでなく、

人生の重大な選択が、

潜んでいるかもしれないのですから・・。

少し、

話しは変わりますが、

 

みなさんは、

普段、

どんなふうに歩いているでしょうか。

 

道路を歩くとき。

 

駅のホームを歩くとき。

 

あるいは、

自分の部屋の中を歩くとき。

 

ただ何気なく、

足を踏み出しているのではないでしょうか。

 

目的地に向かって、

ひたすら足を動かしている。

 

それだけかもしれません。

 

でも、

ちょっと待ってください。

 

その「歩く」という行為にも、

実は、

深い意味が隠されているとしたら、

どうでしょうか。

 

たとえば、

お気に入りの靴を履いているとき。

 

新しい靴を買って、

初めて外に出たとき。

 

なんだか、

いつもより足取りが軽くなる。

 

そんな経験は、

ありませんか。

 

背筋がピンと伸びて、

世界が少しだけ明るく見える。

 

いつもと同じ景色なのに、

なぜか新鮮に感じられる。

 

これは、

どういうことなのでしょうか。

 

ようするに、

足元が変わるだけで、

心まで変わってしまう、

ということです。

 

靴という、

ほんの小さな物質が、

私たちの内面をも、

ガラリと変えてしまう。

 

スゴイことですよね!!

 

本当に、

面白い現象だと思います。

 

では、

これを、

さらに大きな視点で、

考えてみましょう。

 

靴だけではありません。

 

私たちが身につけているもの。

 

手に持っているもの。

 

目に入るもの。

 

すべてが、

私たちの心に、

何らかの影響を与えているのです。

 

これを、

専門的な言葉で言うならば、

環境(かんきょう)の力、

ということになるのかもしれません。

 

でも、

難しく考える必要はありません。

 

要するに、

私たちは、

まわりの環境に、

ものすごく左右されながら生きている、

ということです。

 

きれいな部屋にいると、

心まで洗われるような気がする。

 

散らかった部屋にいると、

なんだかイライラしてくる。

 

誰もが、

一度は感じたことがあるはずです。

 

では、

いったい、

なぜなのでしょうか。

 

なぜ、

外側の世界が、

これほどまでに、

私たちの内側に、

影響を与えてしまうのでしょうか。

 

それは、

人間と環境が、

切り離せないものだからです。

 

自分という存在が、

ここにぽつんと、

独立して存在しているわけではない。

 

まわりの空気。

 

まわりの景色。

 

そして、

まわりの人々。

 

それらすべてと、

私たちは、

目に見えない糸で、

しっかりと繋がっているのです。

 

そう考えると、

面白いことが見えてきます。

 

私たちが、

「自分の意志で考えている」と思っていることの、

実はかなりの部分が、

環境によって作られているのではないか、

ということです。

 

「今日はなんだか機嫌がいいな」と思っても、

それは、

たまたま天気いいからかもしれない。

 

「この仕事は絶対にやり抜こう」と決意しても、

それは、

隣の席の同僚が熱心に働いているからかもしれない。

 

私たちは、

思っている以上に、

まわりの世界と、

影響を与え合って生きているのです。

 

ここで、

最初のプリンの話を、

思い出してみてください。

 

冷蔵庫を開けたとき、

そこにあったプリン。

 

あれもまた、

環境そのものだったのではないでしょうか。

 

目の前に甘いものがある。

 

冷たくて、

美味しそうなプリンが、

そこに鎮座している。

 

その環境が、

私の理性を揺さぶり、

魔の手に走らせた。

 

そう、

すべては、

環境のせい……、

にしてはいけませんね。

 

やっぱり最後は、

自分の責任です。

 

でも、

環境の力を見くびってはいけない、

ということなのです。

 

では、

私たちは、

どうやって、

その環境と付き合っていけばいいのでしょうか。

 

悪い環境に流されて、

プリンを食べてしまうだけの存在で、

終わってしまうのでしょうか。

 

いいえ、

そんなことはありません。

 

ここに、

人間のすごさがあります。

 

人間は、

環境に影響を受けるだけの存在ではありません。

 

自らの手で、

環境を作り変えることもできる。

 

これが、

重要なポイントです。

 

たとえば、

冷蔵庫の中に、

プリンを入れなければいい。

 

そもそも、

買わなければいい。

 

あるいは、

野菜室の奥深くに、

キャベツの陰に隠しておく。

 

そうすれば、

誘惑の度合いは、

グッと減るはずです。

 

つまり、

自分の意思の弱さを嘆くのではなく、

意思に頼らない仕組みを作る。

 

環境をデザインする。

 

それが、

賢い生き方なのだと思います。

 

これは、

ダイエットだけに限りません。

 

仕事でも、

人間関係でも、

まったく同じことが言えるのです。

 

集中して勉強したいなら、

スマホを別の部屋に置く。

 

優しくなりたいなら、

温かい言葉を使う人の近くに身を置く。

 

そうやって、

自分を取り巻く世界を、

少しずつ、

心地よいものに変えていく。

 

自分の周りを、

ちょっとだけ、

平和な空間にしていく。

 

それが、

結果的に、

自分自身をも、

大きく成長させることになるのです。

 

自分が変われば、

世界が変わる。

 

よく聞く言葉です。

 

でも、

順番が少し違うのかもしれません。

 

まずは、

自分の周りの環境を整える。

 

すると、

自然と心が整ってくる。

 

そして、

心が整うと、

さらに良い環境を引き寄せる。

 

そういう、

素敵な循環が生まれるのです。

 

プリン一つから始まった思索が、

いつの間にか、

人生の大きなテーマになってしまいました。

 

でも、

本当は、

そういうことなのだと思います。

 

大げさな哲学書を読む必要なんて、

ありません。

 

目の前にある冷蔵庫。

 

足元にある靴。

 

今日着ている服。

 

そういう、

ごく身近な日用品の中にこそ、

宇宙の真理が、

隠されているのです。

 

本当に、

スゴイことだと思います。

 

だから、

次に何かで迷ったときは、

自分の心だけを責めないでください。

 

「今、どんな環境にいるだろう?」

 

そうやって、

自分のまわりを見回してみる。

 

それだけで、

視界がパッと開けるかもしれません。

 

人生は、

いつだって、

そういう小さな気づきの連続です。

 

今日も明日も、

私たちは、

たくさんのモノや人に囲まれて生きていきます。

 

その一つひとつと、

どう向き合うか。

 

どんな環境を、

自分で選ぶか。

 

すべては、

そこにかかっているのです。

 

さあ、

今日も冷蔵庫を開けてみましょう。

 

そこには、

何が入っているでしょうか。

 

冷たいプリンか。

 

それとも、

新しい自分との出会いか。

 

ちょっとワクワクしながら、

手を伸ばしてみるのも、

悪くないかもしれません・・。

冷たいプリンを一口食べる。

 

それだけのことで、

ふっと気持ちが軽くなることがあります。

 

あんなに悩んでいたことが、

なんだか小さく思えてくる。

 

不思議ですね。

 

人間って、

本当に単純な生き物なのだと思います。

 

だからこそ、

面白い。

 

そう、

思いませんか。

 

私たちは、

日々の生活の中で、

知らず知らずのうちに多くの影響を受けています。

 

良い影響もあれば、

そうではないものもある。

 

でも、

ここで思い出してほしいのです。

 

環境を選ぶということは、

自分を大切にするということです。

 

自分を大切にする。

 

それは、

特別なことをすることではありません。

 

お気に入りのマグカップを使う。

 

部屋を少しだけ片づけてみる。

 

帰り道に、

空を見上げて深呼吸をする。

 

そういう小さな選択の積み重ねが、

やがて大きな境涯(きょうがい)を作っていく。

 

自分の生命状態(せいめいじょうたい)を、

少しずつ変えていく。

 

気づいたときには、

世界の見え方が、

ガラリと変わっている。

 

そんな瞬間が、

きっと訪れます。

 

だから、

焦る必要なんてありません。

 

ゆっくりでいい。

 

自分のペースでいい。

 

目の前の一歩から、

始めてみればいいのです。

 

次にドアを開けるとき、

あなたは、

どんな景色を見つけるでしょうか。

 

いつもと同じ部屋が、

少しだけ違って見えるかもしれません。

 

新しい自分に出会える予感を胸に、

今日も一歩、

足を踏み出してみましょう。

 

休日の、

のんびりとした午後。

 

私は、

近くのセブンイレブンへ、

ふらっと出かけていました。

 

せっかくのお休みなので、

ちょっと美味しいものでも食べようかなと、

そんな軽い気持ちだったのです。

 

こういう時間って、

なんだか心がウキウキしますよね。

 

みなさんは、

休日のお散歩ついでに、

コンビニへ寄ったりするでしょうか?

 

実は、

我が家の近くにあるセブンイレブン、

最近、

ちょっとしたお気に入りなんです。

 

綺麗に並んだ商品を眺めているだけでも、

意外と楽しいものですよね。

 

お惣菜コーナーを抜けて、

おにぎりの棚の前に立った時でした。

 

私の目に、

あるものが飛び込んできたのです。

 

それは、

新発売のポップが掲げられた、

『特製ツナマヨネーズおにぎり』

でした。

 

パッケージを見た瞬間、

私は思わず二度見してしまいました。

 

「なんだか、

いつもより……

大きくないですか?」

 

心の中で、

思わずそう呟いてしまったのです。

 

気のせいかな、

とも思いました。

 

でも、

何度見ても、

明らかに普通のサイズではありません。

 

例えるなら、

ラグビーボールのような、

ずっしりとした存在感を放っていたのです。

 

これは、

単なるおにぎりではありません。

 

人によっては、

それ以上の重みと意味を、

持っているのです。

 

せっかくなので、

私はその巨大なおにぎりを、

カゴに入れてみることにしました。

 

レジに持っていく時の、

あのずっしりとした手応え。

 

なんだか、

ちょっとドキドキしてしまいました。

 

こういうのって、

童心に返ったようなワクワク感があって、

嫌いじゃないんですよね。

 

家に戻り、

さっそくお皿に出してみることにしました。

 

袋から取り出した瞬間、

私は自分の目を疑いました。

 

想像の斜め上をいく、

その圧倒的なボリューム感。

 

お皿の上で、

『おにぎり界の巨獣』

が、

どっしりと鎮座しているのです。

 

「これは、

本当に食べ切れるのだろうか……?」

 

ほんの少しだけ、

不安がよぎりました。

 

でも、

お腹はペコペコです。

 

私は思い切って、

その巨大なおにぎりに、

ガブリとかぶりついてみました。

 

すると、

どうでしょう。

 

一口食べた瞬間、

口いっぱいに広がる、

濃厚なツナマヨの風味。

 

ケチケチせずに、

これでもかと詰め込まれた具材が、

次から次へと溢れ出してくるのです。

 

外側のお米も、

ふっくらとしていて、

絶妙な塩加減でした。

 

「あ、

これ、

美味しい……!」

 

思わず、

声に出てしまいました。

 

見た目のインパクトだけではなく、

味の方も、

本気で作られているのが分かります。

 

ここで、

問題になるのが、

『人間の胃袋の限界』

というものです。

 

最初のうちは、

「美味しい、美味しい」と、

夢中で食べていました。

 

でも、

半分を超えたあたりから、

雲行きが怪しくなってきたのです。

 

あれ?

減っているはずなのに、

なんだかおにぎりが小さくなっていない気がする。

 

むしろ、

食べているそばから、

無限に増殖しているような、

そんな錯覚にとらわれたのです。

 

気のせいでしょうか。

 

いや、

きっと気のせいではありません。

 

物理的に、

お米の量がすごすぎるのです。

 

私の胃袋は、

すでに限界のサインを出していました。

 

「これは、

ちょっと大変なことになってしまったぞ……」

 

冷や汗をかきながら、

私はスプーンを持ち出しました。

 

手で持って食べるのは、

もう無理だと判断したのです。

 

お皿の上で崩しながら、

なんとか口に運ぶ作業。

 

それはまるで、

一人で行う過酷なフードバトルのようでした。

 

でも、

残すのはなんだか申し訳ない。

 

日本の農家さんが丹精込めて作ったお米を、

途中で投げ出すわけにはいかないのです。

 

私は、

自分を奮い立たせました。

 

「がんばれ、

私……!」

 

心の中で、

何度もそう叫びながら、

最後の一口を口に押し込んだのです。

 

お皿の上の巨大なおにぎりは、

綺麗に消えてなくなっていました。

 

勝った……。

 

謎の達成感が、

私の胸をジワジワと満たしていきます。

 

お腹はパンパンで、

しばらく動けそうにありません。

 

ソファに深く腰掛けながら、

私は天井を見上げました。

 

こういうのって、

やっぱり面白いですよね。

 

ただのコンビニのおにぎりなのに、

ここまでドラマチックな体験ができるなんて、

思ってもみませんでした。

 

日常生活の中には、

ちょっとした冒険が隠されている。

 

今回の出来事で、

そんな風に感じたのです。

 

いつもの何気ないお買い物も、

視点を変えるだけで、

まったく違う世界に見えてくる。

 

そう考えると、

毎日って、

なかなか奥深いものですね。

 

みなさんは、

最近こんな驚きに出会ったでしょうか?

 

「これって私だけかな」と思うような、

ちょっとしたハプニング。

 

そういう時間こそが、

人生を豊かにしてくれるのかもしれません。

 

お腹がいっぱいになりすぎて、

しばらく夕飯の支度はできそうにありません。

 

でも、

たまにはこういう休日も、

悪くないなと思いました。

 

また今度セブンイレブンに行ったら、

今度は違う巨大メニューに挑戦してみようかな。

 

そんなことを考えながら、

私はウトウトと、

まどろみの世界へ誘われていくのでした。

目を覚ますと、

すっかり部屋が薄暗くなっていました。

 

時計を見ると、

夕方の五時を過ぎています。

 

お昼にあんなに食べたのに、

不思議と胃もたれはしていません。

 

むしろ、

心地よい満足感に包まれているような、

そんな気さえします。

 

ソファからゆっくりと立ち上がり、

私は伸びを一つしました。

 

窓の外を見ると、

夕焼けの空が広がっています。

 

オレンジ色の光が、

カーテンの隙間から差し込んできていました。

 

こういう時間の部屋って、

なんだか少し寂しいような、

それでいて愛おしいような、

そんな雰囲気が漂っていますよね。

 

ふと、

キッチンのほうに目をやりました。

 

今日の夕飯のことは、

すっかり頭から抜けていました。

 

でも、

あれだけお腹がいっぱいなのです。

 

無理に何かを作る必要は、

ないのかもしれません。

 

冷蔵庫を開けてみると、

昨日の残りのスープと、

ちょっとした野菜が残っていました。

 

これだけで十分だな、

そう思いました。

 

せっかくの休日が終わっていくのは、

ちょっぴり名残惜しいものです。

 

楽しかった時間が、

ゆっくりと過去になっていく。

 

その瞬間が、

私は子供の頃から、

なぜか少しだけ苦手でした。

 

日曜日の夕方特有の、

あの独特の切なさ。

 

みなさんは、

あの空気感を感じたことはあるでしょうか。

 

でも、

今日の私は、

少し違った気持ちで窓の外を見ています。

 

それは、

日常の中に、

小さな変化を見つけたからかもしれません。

 

いつもと同じはずの休日が、

たった一つのコンビニのおにぎりで、

特別な思い出に変わってしまった。

 

そう考えると、

これからの毎日も、

まだまだ捨てたもんじゃないなと思えてきます。

 

特別な旅行をしなくてもいい。

遠くのテーマパークに行かなくてもいい。

 

足元の小さなところから、

世界はいくらでも面白くできる。

 

今日の大きなオニギリは、

そんなことを教えてくれた気がします。

 

少し、話しは変わりますが、

夫が仕事から帰ってくるのは、

まだもう少し先になりそうです。

 

連絡を入れてみようかな、

それともそっとしておこうかな。

 

そんなことを考えながら、

私はスマホを手に取りました。

 

画面を開くと、

今日の昼間に撮った、

あのおにぎりの写真が残っています。

 

見れば見るほど、

すごいインパクトです。

 

思わず、

一人でクスッと笑ってしまいました。

 

夫が帰ってきたら、

この写真を自慢げに見せてみようと思います。

 

「実はね、今日こんなものを食べたんだよ」って。

 

きっと、

「またそんな変なもの買ってきて」と、

呆れられるに違いありません。

 

でも、

そんな会話ができるのも、

我が家のいつもの平和な風景です。

 

当たり前の日常。

 

でも、

その当たり前の中にこそ、

本当の幸せが詰まっているのかもしれません。

 

なんだか、

急にしみじみとしてしまいました。

 

年はとりたくないものですね、

なんて。

 

でも、

こうやって日々のささやかな出来事に感動できるうちは、

まだまだ心は若いということにしておきましょう。

 

お湯を沸かして、

温かいお茶でも淹れようかと思います。

 

すっかり冷えてきた部屋に、

お茶のいい香りが広がっていく。

 

こういう時間が、

私は一番好きだったりします。

 

大きなオニギリの冒険から始まった一日。

 

朝のどんよりした天気はどこへやら、

心はすっきりと晴れ渡っています。

 

明日からまた、

普通の平日が始まります。

 

仕事があって、

家事があって、

慌ただしい時間がまたやってくる。

 

でも、

きっと大丈夫です。

 

私のポケットには、

今日見つけた小さな冒険の記憶が、

しっかりと入っているのですから。

 

さて、

お湯が沸いたようです。

 

マグカップに緑茶を注ぎながら、

私はふと、

明日の朝ごはんのことを考えました。

 

明日もセブンイレブンに寄ってみようかな。

 

今度は、

デザートのコーナーを覗いてみるのも、

いいかもしれません。

 

冷蔵庫の端っこにあったプリンを思い出して、

私は小さく微笑みました。

 

休日が終わる寂しさを、

美味しいお茶と、

次の楽しみへの期待でそっと包み込んでいく。

 

そんな風にして、

私の休日の夜は、

ゆっくりと過ぎていくのでした。

そういえば、

少し、話しは変わりますが、

 

みなさんは、

平日の朝のコーヒーって、

どうされていますか。

 

私はどちらかというと、

朝はバタバタとしてしまいがちです。

 

時間ギリギリまで寝ていて、

慌てて支度をして、

家を飛び出すように出勤する。

 

そんな日が、

けっこう多かったりします。

 

朝からゆっくりお茶を淹れるなんて、

夢のまた夢。

 

そんな風に、

思っていました。

 

でも、

ここで、

ふと思うのです。

 

本当に、

そんな余裕すらないのでしょうか。

 

実は、

時間の余裕というよりも、

心の余裕の問題なのかもしれません。

 

そう考えると、

面白いことに気づきます。

 

休日に、

少し大きなオニギリを買って、

公園のベンチでゆっくり食べてみる。

 

そんな小さな冒険をするだけで、

不思議と、

日々の感じ方が変わってくるのです。

 

これは、

単なる気のせいではない気がします。

 

心の持ちよう、

と言えばそれまでですが、

もう少し具体的な変化があるのです。

 

たとえば、

お休みの日にいつもと違うことをすると、

脳が喜ぶというか、

新鮮な空気が入ってくるような感覚があります。

 

いわゆる、

気分転換(きぶんてんかん)というやつですね。

 

でも、

それだけではありません。

 

もっと根本的なところで、

自分の生活を愛おしく思えるようになる。

 

そんな変化が、

起きるのです。

 

私の場合は、

それがコンビニのオニギリでした。

 

たったそれだけのことで、

日常がちょっとだけ色づいて見える。

 

灰色だったはずの平日が、

実はたくさんの楽しみで溢れていることに気づく。

 

そういうのって、

なんだか素敵だなと思います。

 

みなさんは、

どうでしょうか。

 

最近、

何か新しい発見はありましたか。

 

特別でなくてもいいのです。

 

いつもと違う道を歩いてみるとか、

気になっていたお店に入ってみるとか、

そんな小さなことで十分なのです。

 

私たちは、

ついつい忙しい毎日に流されてしまいがちです。

 

やるべきことに追われて、

自分の本当の気持ちを見失ってしまうこともある。

 

疲れて帰ってきて、

テレビを見ながら、

なんとなく一日が終わっていく。

 

そんな日も、

もちろん大切です。

 

何もしない贅沢、

というのもありますからね。

 

けれど、

たまには、

ほんの少しだけ、

自分の足で新しい一歩を踏み出してみる。

 

そうすると、

思いがけない出会いや、

新しい自分を発見できたりするのです。

 

それは、

遠くに行くことだけがすべてではありません。

 

近所のスーパーで珍しい野菜を見つけることかもしれないし、

お気に入りのマグカップを新しく買うことかもしれない。

 

身近なところにも、

小さな冒険の種は、

たくさん転がっているのです。

 

では、いったい、

どうすればその種を見つけられるのでしょうか。

 

答えは、

案外シンプルです。

 

『好奇心』

 

を、

ほんの少しだけ持っていること。

 

それだけでいいのです。

 

「これ、どんな味がするんだろう」

「ここを曲がったら、何があるんだろう」

 

そんな子どもみたいな素朴な疑問を、

忘れないでいること。

 

大人になると、

効率や合理性を求めてしまいがちです。

 

最短ルートで行くこと、

失敗しないことが、

正しいとされがちですよね。

 

でも、

たまには遠回りをしてみる。

 

意味のないように見えることに、

時間を使ってみる。

 

そういう無駄な時間の中にこそ、

人生の本当の豊かさが隠れている気がしてなりません。

 

お湯を飲み干したマグカップを洗いながら、

私はそんなことを考えていました。

 

キッチンの窓の外を見ると、

夜空にはきれいな星が出ています。

 

肌寒くなってきましたが、

なぜか心はぽかぽかと温かい。

 

今日一日が、

とても充実していた証拠かもしれません。

 

明日からはまた、

いつも通りの日々が始まります。

 

満員電車に揺られて、

仕事をして、

帰ってきてご飯を作る。

 

でも、

もう以前の私とは、

少しだけ違うはずです。

 

ポケットには、

大きなオニギリの思い出と、

明日セブンイレブンでプリンを買うという、

ささやかな楽しみが入っていますから。

 

そう思うと、

月曜日を迎える足取りも、

少しだけ軽くなるような気がします。

 

みなさんも、

次のお休みには、

ぜひ、

自分だけの小さな冒険に出かけてみてくださいね。

 

きっと、

素敵な発見が待っているはずです。

 

さて、

そろそろ寝る支度をしようかな。

 

温かいお布団に入って、

また明日からの日々を、

のんびりと楽しむことにしましょう。

 

みなさん、こんにちは。

今日も一日、お疲れ様です。

 

最近、ふと思ったことがあるんです。

若い頃の自分って、どこへ行ってしまったんだろうって。

 

昔は、それこそ週末になれば、

朝から晩まで外を飛び回っていました。

 

流行りのカフェに行ったり、

ちょっと遠くまでドライブしたり。

 

予定が詰まっていることこそが、

充実している証拠だと思っていたんですよね。

 

でも、最近はどうでしょう。

 

昨日の休日のことを振り返ってみると、

なんだか笑っちゃうくらい、

何もしていないことに気づきました。

 

たとえば、

朝、のんびりと起きて、

コーヒーを淹れて。

 

そのあと、ソファに深く座り込んで、

なんとなくテレビを眺めたり、

スマホをぼーっと見ていたり。

 

気がついたら、

壁のシミの数を数えたりしているんです。

 

「あれ、私、何してるんだろう?」

 

そう思って、

ちょっと鏡を見てみたら、

パジャマ姿で、少しぼさぼさの髪の自分がいました。

 

なんだか、

その姿があまりにも「日常」すぎて。

 

昔の私が見たら、

たぶんびっくりして腰を抜かすんじゃないかなって思うんです。

 

でも、実は、

こういう時間も、けっこう好きだったりします。

 

以前は、

「出かけなきゃ」

「何かを成し遂げなきゃ」

という気持ちが、どこかにありました。

 

それが、

いい意味で抜けてきたのかもしれません。

 

ようするに、

『何もしない贅沢』

というやつでしょうか。

 

もちろん、たまには外に出て、

季節のお花を見たり、

美味しいランチを食べたりするのもいいですよね。

 

せっかくのお休みですし、

少し足を伸ばして、

新しい場所を開拓するのも楽しそうです。

 

でも、

家でぼんやり過ごす時間も、

今の私には必要な充電期間なのかなと思います。

 

こういうのって、

やっぱりいいですよね。

 

無理に頑張らなくても、

自分らしく過ごせる時間。

 

そう考えると、

昔の私よりも、今の私の方が、

少しだけ、心に余裕があるのかもしれません。

 

ちなみに、

この前は、少しだけ重い腰を上げて、

近所の公園まで散歩に行ってみました。

 

やっぱり、

外の空気を吸うのは気持ちがいいですね。

 

でも、

帰ってきたら、やっぱりソファにダイブして、

また壁を見つめてしまいました。

 

これって、

結局のところ、

私の性格なんでしょうね。

 

みなさんは、どうでしょうか。

 

昔みたいに、

バリバリとアクティブに過ごしていますか?

 

それとも、

私のように、

家でのんびりする時間が幸せだったりしますか?

 

なんだか、

昔と今の自分を比べて、

ちょっと笑ってしまうような、

そんな休日でした。

 

また来週のお休みは、

少しだけ頑張って、

遠くへ出かけてみようかな。

 

そんなことを考えながら、

今日は早めに寝ようと思います。

 

みなさんの休日は、

どんな感じですか。

 

もしよかったら、

また聞かせてくださいね。

 

それでは、

明日もいい一日になりますように。

そういえば、

最近、あることに気づいたんです。

 

「頑張る」ということ。

 

これって、

なんだか最近の私には、

ちょっと重たい言葉に感じることが増えました。

 

昔は、

休みの日こそ充実させなきゃ、

とか。

 

どこかに行かないと、

時間を無駄にしている気がする、

とか。

 

そういう強迫観念のようなものが、

どこかにあった気がします。

 

でも、

最近は少し違います。

 

たとえば、

お休みの日に、

あえて予定を入れない。

 

そんな贅沢(ぜいたく)を、

自分に許してあげるようになったんです。

 

これって、

ある意味では「何もしない」という努力、

と言えるかもしれません。

 

そう考えると、

忙しく動き回るのもお休みですが、

ただぼんやりと空を眺めるのも、

立派なお休みですよね。

 

みなさんは、

何もしない時間を、

うまく楽しめていますか?

 

実は、

意識的に何もしないというのは、

思った以上に難しいことだったりします。

 

頭の中では、

「あれもやらなきゃ」

「これも片付けなきゃ」

と、つい考えてしまいますよね。

 

でも、

そこであえて、

深呼吸をひとつ。

 

ただ、

お茶を淹(い)れて、

窓の外を眺める。

 

そういう時間は、

自分自身を整える、

大切な儀式のようなものなのかなと思います。

 

もちろん、

アクティブに動くのが悪いわけではありません。

 

むしろ、

新しい場所に行ったり、

美味しいものを食べたりするのは、

とても素敵なことですよね。

 

私だって、

新しいカフェを見つけると、

やっぱりワクワクします。

 

ただ、

その「ワクワク」の動機が、

少しずつ変化しているような気がするんです。

 

前は、

誰かに自慢するためだったり、

流行りに乗り遅れないためだったり、

そんな理由が混ざっていたかもしれません。

 

でも今は、

「自分が心地よいと感じるか」

それだけが、

一番の判断基準になってきました。

 

そういう意味では、

昔よりもずっと、

素直に楽しめるようになったのかもしれません。

 

ちょっと話は変わりますが、

この前、お気に入りの雑貨屋さんで、

新しいコーヒーカップを買いました。

 

特に高いものではないのですが、

手に持った時の質感が、

なんとなく今の自分にしっくりきたんです。

 

そういう、

ささやかなお買い物。

 

これも、

私にとっては大切なお出かけの成果だったりします。

 

みなさんも、

ふとした瞬間に、

「これ、好きだな」と思うものに出会ったことはありませんか?

 

そういうときって、

なんだか心が少しだけ軽くなるような、

そんな感覚がありますよね。

 

問題は、

それを日常の中に、

どうやって取り入れていくか、ということです。

 

大きな変化を起こそうとすると、

どうしても無理が生じてしまいます。

 

でも、

小さな変化なら、

今日からでも始められますよね。

 

たとえば、

いつもより少し丁寧にコーヒーを淹(い)れる。

 

あるいは、

帰宅ルートをひとつ変えて、

知らない道を歩いてみる。

 

それだけで、

世界が少しだけ、

違って見える気がします。

 

そういえば、

昔、母が言っていた言葉を思い出しました。

 

「幸せは、探すものじゃなくて、気づくものだよ」

 

当時は、

正直なところ、

あまりピンときていませんでした。

 

でも、

今ならなんとなく、

その意味が分かるような気がします。

 

「幸せになる」ということ。

 

それは、

自分だけではありません。

 

自分の周りも、

小さな喜びを積み重ねることで、

自然と幸せな空気に包まれていく。

 

そして、

その環境までも、

少しずつ幸せに変えていく。

 

大げさかもしれませんが、

そんな連鎖が、

暮らしのあちこちにあるといいなと思うんです。

 

だからこそ、

私は明日も、

小さなお出かけを楽しみたいと思っています。

 

どこか遠くに行くことだけが、

お出かけではありません。

 

近所のスーパーへの帰り道でも、

季節の花を見つけるだけで、

それはもう小さなお出かけなんです。

 

そんなふうに、

肩の力を抜いて、

日々の小さな冒険を楽しんでいきたいな。

 

そう考えると、

毎日が少しだけ、

愛おしくなってきませんか?

 

みなさんの毎日は、

どんな小さな発見がありますか?

 

もしよかったら、

そんな些細(ささい)なことでもいいので、

また教えてくださいね。

 

私にとって、

みなさんとのこうしたやり取りも、

日常の大きな楽しみのひとつなんです。

 

さて、

明日はどんなお出かけをしようかな。

 

そんなことをぼんやり考えながら、

今日はこのあたりで終わりにしようと思います。

 

最後まで付き合ってくれて、

ありがとうございました。

 

それでは、

また次のお休みの日にお会いしましょうね。

 

みなさんにとっても、

明日という日が、

穏やかで優しい一日になりますように。

そういえば、書き終わったと思ったのに、また少しだけお話ししたくなってしまいました。

なんだか、友人との別れ際に、玄関先で立ち話が長引いてしまうような、そんな気持ちです。

 

実は、さっき「明日はどんなお出かけをしようかな」と書いたばかりなのですが、

ふと、お出かけのときの大切な「相棒」のことを思い出したんです。

 

みなさんは、お出かけのとき、どんなバッグを持っていきますか?

 

私は、その日の目的地に合わせて、バッグの中身を変えるのが大好きなんです。

たとえば、近くの公園でゆっくり読書をしたいな、というとき。

そんなときは、少し大きめのトートバッグを選びます。

 

本を数冊入れて、水筒を入れて。

もし途中でコーヒーが飲みたくなったら、立ち寄れるように少し小銭も多めに。

そんなふうに、自分だけの「準備」をしている時間が、実は一番わくわくするのかもしれません。

 

逆に、街へのお買い物なら、身軽なショルダーバッグがいいですよね。

両手が空いていると、なんだか足取りも軽くなる気がしませんか?

 

こういうのって、自分の中の「小さなこだわり」ですよね。

誰に褒められるわけでもないけれど、自分にとって心地よいリズムを作るための、大切な儀式みたいなもの。

 

みなさんは、自分なりの「お出かけの儀式」ってありますか?

 

あるいは、お出かけのときに必ず持っていく、ラッキーアイテムのようなものはありますか?

 

実は、私には一つだけ、必ず鞄に入れているものがあります。

それは、小さなノートです。

 

特になんてことのない、真っ白なページのノート。

でも、お出かけ先でふと思ったことや、素敵だなと感じた風景を、その場でメモするためのものなんです。

 

「今日見た空の色」とか、

「カフェの店員さんが入れてくれたお茶の香り」とか。

 

大げさな日記をつけるわけではありません。

ただ、その瞬間の気持ちを、さらさらと書き留めるだけ。

 

そうすると、家に帰ってからそのノートを開くたびに、その日の空気がよみがえってくるんです。

まるで、時間が閉じ込められているみたいで、なんだかちょっと魔法みたいだと思いませんか?

 

最近はスマートフォンで写真を撮ることも多いけれど、

言葉にして書き残すのには、また違った良さがあるような気がします。

 

あのとき、私は何を感じていたのかな。

そんなことを思い返すと、忙しい毎日の中でも、心がふわりと軽くなるんです。

 

みなさんも、もしよかったら、小さなお出かけのときにノートを一冊持ち歩いてみませんか?

 

別に、立派なことを書こうとしなくて大丈夫。

今日はお天気が良くて気持ちよかった、とか。

道端で見つけた猫が可愛かった、とか。

 

たった一言でも、それは自分だけの「宝物」になるはずです。

 

そう考えると、お出かけって、場所を探すことだけじゃなくて、

自分の「心に残すもの」を探すことなのかもしれませんね。

 

ふふ、なんだか少し真面目な話になってしまいましたね。

でも、たまにはこういうお話もいいですよね。

 

実は最近、新しく買ったペンがあるんです。

書き心地がとってもなめらかで、文字を書くのが楽しくなるようなペン。

 

これでお出かけ先のノートを書くのが、今からとっても楽しみなんです。

そんな小さなことが、次の日曜日を特別なものにしてくれるような気がします。

 

さあ、明日はどんな一日になるでしょうか。

近所の少し古い文房具屋さんをのぞいてみようかな。

それとも、お気に入りのカフェでゆっくり過ごそうかな。

 

みなさんも、もしどこかへ出かける予定があったら、

ぜひ、そのときの「心の色」をどこかに残してみてくださいね。

 

きっと、あとから読み返したときに、自分自身に優しい言葉をかけてあげられるはずです。

 

では、今度こそ本当に、このあたりで失礼しようと思います。

長い立ち話に付き合ってくださって、本当にありがとうございました。

 

明日も、みなさんの日常に、ささやかな彩りが添えられますように。

 

また、ここでお会いできるのを、楽しみにしていますね。

それでは、また。

 

最近、ふと思ったんです。

 

なんだか、昔より外に出なくなったなーって。

 

前は休日になると、あれも見たい、これも食べたいって、地図アプリを眺めてはワクワクしていたはずなんです。

 

でも最近は、お家で動画を観ているほうが落ち着くというか。

 

これって、もしかして「出不精(でぶしょう)」への入り口?

 

ちょっとドキッとしちゃいますよね。

 

そういうわけで、今日はこれじゃいけない!と思い立って、

 

近所の公園へ散歩に行ってみることにしたんです。

 

せっかくのお休みですし、

 

たまには外の空気を吸わないと、体がなまってしまいますから。

 

公園までは歩いて十分くらいの距離。

 

いつもなら車で通り過ぎてしまう場所も、歩いてみると見える景色が違いますね。

 

お花が咲いていたり、

 

新しいお店が出来ていたり。

 

「へえ、こんな道だったんだ」

 

なんて、ちょっとした発見があったりして。

 

ところが、です。

 

公園に着いて早々、事件は起きました。

 

ベンチに座って、持ってきたコーヒーを飲もうとしたときのことです。

 

近くの木の上から、

 

「カサカサッ」

 

という音がしたんですね。

 

なんだろう?と思って見上げたら、

 

なんと、大きな猫ちゃんがこっちをじっと見ていたんです。

 

しかも、その猫ちゃん。

 

ただの猫じゃありませんでした。

 

驚いたことに、

 

『貫禄(かんろく)』

 

がすごかったんです。

 

ようするに、

 

そこに座っているだけで、

 

公園の主(ぬし)です、と自己紹介しているような雰囲気。

 

私はなんとなく、

 

「こんにちは」

 

と心の中で挨拶をしてみました。

 

すると、その猫ちゃん。

 

ゆっくりと立ち上がって、

 

優雅にこちらへ歩いてくるではありませんか。

 

え、なになに?

 

もしかして、私に何か用?

 

そう思って身構えた瞬間。

 

その猫ちゃん、

 

私の足元にぴったりと体を寄せて、

 

ゴロゴロと喉を鳴らしたんです。

 

びっくりしました。

 

まさか初対面で、こんなに甘えてくれるなんて。

 

実は、こういう経験ってあまりないんですよね。

 

普段、猫に近づくと逃げられてしまうことがほとんどですから。

 

そう考えると、

 

今日はなんだかツイてるのかもしれません。

 

公園に来てみるものですね。

 

もし家でゴロゴロしていたら、

 

この素敵な出会いもなかったはずです。

 

改めて思うのは、

 

やっぱり外に出ると、

 

自分の予想を超えたことが起こるということ。

 

テレビの画面の中では体験できない、

 

自分だけの小さな物語が生まれるんです。

 

そういえば、

 

昔はこういう寄り道ばかりしていたような気がします。

 

道に迷ったり、

 

気になる路地に入ってみたり。

 

最近の私は、

 

効率ばかりを求めていたのかもしれません。

 

最短ルートで移動して、

 

無駄なことはしない。

 

でも、

 

『無駄』

 

こそが、案外大切だったりするんですよね。

 

猫ちゃんと過ごしたこの時間は、

 

私にとって、

 

とっても贅沢な休息でした。

 

みなさんは、最近「寄り道」をしましたか?

 

たまには、

 

あてもなく歩いてみるのもいいかもしれませんよ。

 

ふと入った道で、

 

素敵な景色に出会えるかもしれません。

 

あるいは、

 

猫ちゃんみたいに、

 

可愛い相棒が待っているかも。

 

そう考えると、

 

またすぐにお散歩に行きたくなってきました。

 

今度はもう少し、

 

遠くまで足を伸ばしてみようかな。

 

お気に入りのスニーカーを履いて、

 

新しい道を見つけに行く。

 

そんな休日も、

 

なかなか良いものですよね。

 

また何か面白いことがあったら、

 

ブログで報告しますね。

 

今日はなんだか、

 

心まで軽くなったような気がします。

 

みなさんの今日が、

 

穏やかで楽しい一日になりますように。

そういえば、帰る途中にお気に入りのパン屋さんに寄ったんです。

いつもは通り過ぎてしまうような、小さなお店。

でも、今日はなんとなく、その香りに誘われてみました。

 

お店のドアを開けると、

ふわりと小麦のいい香りがして。

 

それだけで、

なんだか幸せな気分になれるから不思議です。

 

こういうのって、

やっぱりいいですよね。

 

みなさんは、お気に入りのパン屋さんってありますか?

 

実は、私はあんまりパンに詳しいわけではないんです。

こだわりがあるとか、そういうわけでもなくて。

 

ただ、焼きたてのパンの匂いをかぐと、

心が落ち着くような気がするだけなんです。

 

トレーを持って、

トングで一つひとつ選んでいく時間。

 

あのワクワクする感じ。

 

大人になっても、

なんだか楽しくなってしまいます。

 

今回選んだのは、シンプルな塩パンと、

少しだけ甘いクリームパンでした。

 

特別なものじゃないけれど、

今の私には、それが一番のご褒美なんです。

 

家に帰って、さっそく淹れたてのコーヒーと一緒に食べてみました。

 

窓から入る風を感じながら、

ゆっくりと時間を過ごす。

 

ただそれだけのことなのに、

忙しかった気持ちが、

スーッとほどけていくのがわかります。

 

問題は、

『忙しさ』

 

ということになります。

 

私たちは、つい日常のスピードに追われて、

自分の心まで置き去りにしてしまいがちですよね。

 

「早くしなきゃ」

「あれもやらなきゃ」

 

そうやって、

自分を急かしてばかりいる。

 

でも、

そんな毎日の中にこそ、

パンの匂いや、

道端の猫ちゃんとの出会いみたいな、

小さな喜びが隠れているのかもしれません。

 

そう考えると、

毎日をもっと大切にできそうな気がします。

 

ちなみに、最近は少しだけ早起きをするようになりました。

 

といっても、

せいぜい15分くらいなのですが。

 

その15分で、

ベランダの植物に水をやったり、

ゆっくりとお茶を淹れたり。

 

そんな少しの余裕が、

一日の流れをずいぶん変えてくれるんです。

 

不思議なものですね。

 

みなさんも、もし気が向いたら、

そんな小さな工夫を試してみてください。

 

きっと、

これまで気づかなかった景色が見えてくるはずです。

 

そういえば、

今度のお休みには、

ずっと気になっていた新しい公園に行ってみようかな。

 

そこには、

どんな木があって、

どんな風が吹いているんだろう。

 

今から、

ちょっとだけ楽しみになってきました。

 

お出かけをするって、

やっぱり素敵なことですよね。

 

わざわざ遠くに行かなくても、

近所を歩くだけで、

日常は冒険に変わる。

 

そう思えば、

明日の朝を迎えるのも、

少しだけ楽しみになるから不思議です。

 

みなさんの日常にも、

そんな小さくて素敵な発見がありますように。

 

また、楽しいお話ができたらいいな。

 

それでは、

今日はこのあたりで。

 

また次回のブログでお会いしましょうね。

 

穏やかな時間が、

みなさんのそばにありますように。

そういえば、公園といえば少し前にも、

ふと思い立って、

近所の小さな美術館へ足を運んでみたんです。

 

いつもは素通りしてしまうような、

住宅街にひっそりと佇む小さな建物。

 

ずっと前から気にはなっていたけれど、

なんとなく、

「敷居が高いのかな」なんて思ったりして。

 

でも、

せっかくの休日ですし、

ちょっと勇気を出して入ってみることにしました。

 

美術館の中って、

独特の静けさがありますよね。

 

外の騒がしさが、

嘘のように消えていくあの感じ。

 

展示されているのは、

有名な画家の絵というわけではありません。

 

地域の作家さんや、

どこかの誰かが描いた風景画が、

いくつか並んでいるだけ。

 

でも、

その一つひとつを見ていると、

不思議と心が落ち着いてくるんです。

 

描かれているのは、

たぶん私たちが見ているのと同じ空や、

同じ公園の木々。

 

でも、

画家さんの目を通すと、

それがまったく別の表情を見せてくれるから面白い。

 

普段、

忙しく通り過ぎてしまう日常の景色も、

誰かの視点を通すだけで、

こんなにも美しく輝いて見えるのか。

 

そんなことに気づかされると、

なんだか自分まで、

少しだけ特別な存在になったような気持ちになれるんですよね。

 

これは、

日常を『客観的(きゃっかんてき)』に眺める、

ということかもしれません。

 

客観的。

つまり、

自分という主観を少し横に置いて、

まるで映画の観客のように、

自分の生活を眺めてみるのです。

 

そう考えると、

日々の悩みや、

ちょっとした面倒ごとも、

物語のスパイスのように思えてきませんか。

 

「あら、今日の私は少しイライラしているわね」

「今日は、ずいぶん美味しいお茶が淹れられたわ」

 

そんな風に、

自分を少し外側から眺めてあげる。

 

それだけで、

肩の力がすっと抜けていくような気がします。

 

みなさんは、

自分を俯瞰(ふかん)して見るようなこと、

ありますでしょうか?

 

俯瞰。

つまり、

高い場所から全体を見下ろすように、

自分の状況を冷静に見つめることですね。

 

これができるようになると、

毎日がずいぶんと軽やかに感じられるようになるんです。

 

私の場合、

嫌なことがあったときも、

心の中で小さくつぶやいてみることにしています。

 

「これは、人生という長い物語の、

ほんの一場面にすぎないのかも」

 

そう思うと、

たいていのことは、

笑い飛ばせるような気がしてくるんです。

 

そういえば、

美術館からの帰り道、

いつもは気にも留めなかった花壇に、

小さな名もなき花が咲いているのを見つけました。

 

以前なら、

急いで通り過ぎていたはずの場所。

 

でも、

美術館でゆっくりと時間を過ごした後だったからでしょうか。

 

その小さな花が、

精一杯、太陽に向かって背伸びをしているように見えたんです。

 

なんだか、

自分と重ね合わせてしまって。

 

「私も、今日一日を大切に生きよう」

 

そんな当たり前のことを、

その花に教わったような気持ちでした。

 

こういうのって、

やっぱりいいですよね。

 

わざわざ遠くの観光地へ行かなくても、

心の持ちよう一つで、

日常はいくらでも彩(いろど)ることができる。

 

そう考えると、

お出かけというのは、

場所を変えることだけが目的ではないのかもしれません。

 

自分の「心のレンズ」を、

少しだけ磨きに行くこと。

 

新しい景色を見て、

自分の中の古い景色を更新していくこと。

 

それが、

私にとってのお出かけの醍醐味(だいごみ)なのかなと思います。

 

醍醐味。

つまり、

その物事から得られる最高に面白い部分や、

味わい深さのことですね。

 

みなさんも、

お気に入りの場所はありますか?

 

そこに行くと、

なぜか心がスッとするような、

自分を取り戻せるような場所。

 

私は、

今のところ、

近所の公園と、あの小さな美術館がそうです。

 

あとは、

駅前の古本屋さんもいいですね。

 

並んでいる本の背表紙を眺めているだけで、

時間を忘れてしまいます。

 

時には、

全然知らない誰かの書き込みがあったりして。

 

「へえ、この人はここで感動したのね」

 

そんな風に、

顔も知らない誰かとつながっているような気がして、

ちょっと嬉しくなったりするんです。

 

本って、

文字が書いてあるだけの紙の束ではありませんよね。

 

誰かの「想い」が、

ギュッと詰まった結晶(けっしょう)のようなもの。

 

だからこそ、

手にとるだけで、

その人の温度が伝わってくるような気がします。

 

そういえば、

この間、

とても素敵な一冊に出会いました。

 

どこにでもありそうな、

古ぼけたエッセイ集なのですが。

 

ページをめくるたびに、

なんだか懐かしいような、

それでいて新しい景色に出会えるような。

 

その本の一節に、

こんなことが書いてありました。

 

「幸せは、探すものではなく、

気づくものである」

 

当たり前のことのようですが、

忙しい毎日の中で、

私たちはついつい忘れがちになってしまいますよね。

 

「もっと遠くへ行かなきゃ」

「もっと特別なことがなきゃ」

 

そう思って、

焦ってしまうことって、

誰にでもあるのではないでしょうか。

 

私も、

昔はそうでした。

 

休みの日には、

予定を詰め込んで、

あっちへ行ったり、こっちへ行ったり。

 

でも、

そんなふうに走り回っても、

なんだか心の中は満たされなくて。

 

逆に、

家に帰ると、

どっと疲れが押し寄せてくることもありました。

 

でも、

最近は少し変わりました。

 

予定がないなら、

それでいい。

 

ベランダで風を感じたり、

お気に入りのカップでコーヒーを飲んだり。

 

そんな小さなことに、

「ああ、幸せだな」と思えるようになったんです。

 

幸せって、

意外と足元に落ちているものなのかもしれません。

 

そう考えると、

人生って、

そんなに難しいものじゃないのかも。

 

ただ、

自分の目を開いて、

目の前にある小さな光を見つけること。

 

それだけで、

世界はこんなにも優しくなるんですから。

 

もちろん、

時には落ち込むこともありますよ。

 

そんなときは、

無理に笑おうとしなくてもいいのかなって思います。

 

「ああ、今日は少し疲れたな」

 

そうやって、

自分の気持ちに寄り添ってあげるだけでも、

十分に自分をいたわっていることになるのではないでしょうか。

 

そうやって、

自分自身と仲良く過ごすことが、

一番大切なのかもしれませんね。

 

そういえば、

今度のお休み、

天気が良かったら、

またあの美術館まで歩いてみようかな。

 

今度はどんな絵が、

どんな表情で待っていてくれるのかしら。

 

もしかしたら、

新しいお気に入りの一枚が見つかるかもしれません。

 

そう思えば、

また明日からの毎日も、

少しだけ違って見えてきそうです。

 

みなさんも、

もし良かったら、

近所の小さな場所を再発見してみてください。

 

案外、

素敵な冒険が待っているかもしれませんよ。

 

今日のお話は、

なんだかとりとめのないことばかりになってしまいましたね。

 

でも、

そんなふうに、

ふと思いついたことを誰かに話す時間。

 

こういう時間って、

実はすごく贅沢(ぜいたく)なことなのかなと思ったりします。

 

贅沢。

つまり、

心が満たされるような、

豊かな時間のことです。

 

みなさんの今日という日が、

少しでも穏やかで、

そして小さな喜びに満ちたものになりますように。

 

また、

お茶でも飲みながら、

ゆっくりとお話ししましょうね。

 

それでは、

また次回の更新で。

 

素敵な一日を、

過ごしてくださいね。

 

最近、なんとなく家にいる時間が増えています。

 

これまでは、休みの日といえば、

せっせと外へ出かけていました。

 

カフェに行ったり、

新しい雑貨屋さんを覗いてみたり。

 

そういう、

ちょっとしたお出かけが、

楽しみだったんです。

 

でも、最近は、

なんだかおうち時間が、

心地よくなってきまして。

 

家の中を整えて、

ゆっくり過ごす。

 

そういうのって、

やっぱりいいですよね。

 

実は、

そんな穏やかな日々に、

ある変化が訪れました。

 

それは、

ある日の午後のことです。

 

いつものように、

お気に入りのソファで、

コーヒーを飲んでいました。

 

窓から差し込む光が、

なんだかいつもより暖かくて。

 

「あぁ、幸せだなあ」

 

なんて、

ぼんやりと考えていたんです。

 

すると、

どこからか、

コツコツと、

小さな音が聞こえてきました。

 

最初は、

近所の工事の音かな?と、

思っていたんです。

 

でも、

よく聞くと、

なんだか違う。

 

その音は、

我が家の壁の中から、

聞こえてくるようなんです。

 

「あれ?」

 

不思議に思って、

耳を澄ませてみました。

 

コツコツ、

カリカリ、

コツコツ。

 

それは、

何か小さな生き物が、

壁を叩いているような、

そんな音でした。

 

みなさんなら、

こういう時、

どうしますか?

 

普通は、

怖くなりますよね。

 

でも、

私はなんとなく、

好奇心が勝ってしまいました。

 

「なんだろう?」

 

そう思って、

壁にそっと手を当ててみました。

 

すると、

その場所から、

温かい振動が伝わってきたんです。

 

まるで、

壁の中に、

小さな命が息づいているような。

 

いや、

そんな大げさな、

はずはありません。

 

きっと、

配管の音か何かが、

たまたまそんなふうに、

聞こえただけなのでしょう。

 

そう考えて、

またソファに戻りました。

 

でも、

その音は、

ずっと続いているんです。

 

それどころか、

だんだんと、

音のする場所が、

移動している気がして。

 

右の壁から、

左の壁へ。

 

天井から、

床下へ。

 

なんだか、

家全体が、

生きているみたいです。

 

不思議な感覚でした。

 

これって、

ある種の、

『擬人化(ぎじんか)』

かもしれません。

 

家という、

無機質なものが、

まるで友人のように、

語りかけてくるような。

 

「今日はどうしたの?」

 

「お疲れ様」

 

そんなふうに、

言われているような、

気持ちになりました。

 

そう考えると、

なんだか急に、

家が愛おしくなって。

 

いつもは、

掃除をするのも、

面倒だなと思ってしまうのに。

 

なんだか、

急に丁寧に、

磨きたくなったんです。

 

それからは、

毎日、

家の中を掃除するのが、

日課になりました。

 

壁を拭いて、

床を磨いて。

 

角のほこりまで、

しっかりと。

 

そうやって、

家を大切にしていると、

不思議なことが起こりました。

 

なんと、

あの音が、

ぱったりと止んだのです。

 

まるで、

家が、

「ありがとう」

と、言っているみたいに。

 

いや、

ただの掃除のやりすぎで、

ガタつきが直っただけかも、

しれませんけれど。

 

でも、

私は、

そう信じています。

 

自分と、

家との、

関係が変わった。

 

そんな気がしたんです。

 

思い返せば、

以前は、

外にばかり、

楽しさを求めていました。

 

美味しいものを食べて、

素敵な景色を見て。

 

それは、

もちろん楽しいこと。

 

でも、

本当の幸せは、

意外と足元に、

あるのかもしれません。

 

日常の、

何気ない瞬間に。

 

自分が、

大切にしている場所に。

 

そういうところに、

幸せの種は、

隠れているのです。

 

今回、

こんな不思議な体験をして、

改めてそう感じました。

 

みなさんも、

たまには、

お家の中で、

耳を澄ませてみてください。

 

もしかしたら、

家からのメッセージが、

聞こえてくるかもしれませんよ。

 

こういう時間って、

なんだか、

ちょっと素敵ですよね。

 

せっかくなので、

今度は、

観葉植物でも、

増やしてみようかな。

 

家の中が、

もっと緑で溢れたら、

また何かが、

変わるかもしれません。

 

そんなことを考えながら、

また明日も、

コーヒーを淹れることにします。

 

やっぱり、

家で過ごす時間って、

最高ですね。

そんな風に思えるようになったのは、

きっと最近、

自分自身の心の持ち方が、

少しだけ変わったからなのかなと思います。

 

以前は、

休日のたびに、

どこか遠くへ行かなきゃ、

何かしなきゃと、

焦っていた気がするんです。

 

もっと素敵な場所へ。

もっと美味しいものを。

 

そんなふうに、

外にばかり刺激を求めていました。

 

でも、

ふとした瞬間に、

立ち止まってみると、

案外、

今のままでも、

十分に幸せだったんだなと、

気づかされることがあります。

 

たとえば、

お気に入りのマグカップで飲む、

いつものコーヒー。

 

お湯を沸かして、

香りがふわりと立ちのぼる、

あの数分間。

 

そういう時間って、

実は、

とてつもなく贅沢なもの、

だったりします。

 

みなさんは、

どうでしょうか?

 

忙しい日々の中で、

自分をいたわる時間は、

持てていますか?

 

意外と、

忘れがちですよね。

 

私も、

つい忘れてしまって、

毎日をただ通り過ぎるように、

過ごしてしまうことがあります。

 

そんなときは、

あえて、

意識的に、

ゆっくり動くようにしているんです。

 

ゆっくり、

お茶を淹れる。

 

ゆっくり、

窓を開けて、

外の空気を吸い込む。

 

そうするだけで、

景色が少しだけ、

違って見えてくる。

 

そういうのって、

やっぱり、

いいですよね。

 

実は、

最近、

お部屋の模様替えも、

少しずつ始めています。

 

大掛かりなことではなくて、

テーブルの向きを変えたり、

古い本を整理してみたり。

 

ほんの少し、

配置を変えるだけで、

部屋の空気が、

ふうっと軽くなるような、

そんな気がするんです。

 

これって、

なんだか、

心の中の掃除に、

似ているのかもしれません。

 

いらないものを手放して、

新しい風を取り入れる。

 

そう考えると、

暮らしを整えることは、

自分自身を整えることにも、

繋がっているのかなと思います。

 

ところで、

模様替えといえば、

カーテンの色を変えるだけでも、

ずいぶんとお部屋の雰囲気が、

変わりますよね。

 

光の入り方が、

変わるからでしょうか。

 

それとも、

自分の気持ちが、

新しくなるからでしょうか。

 

いずれにしても、

ちょっとした変化を、

自分で作れるって、

嬉しいことですよね。

 

そういえば、

この間、

ふらりと入った雑貨屋さんで、

小さな鏡を買いました。

 

アンティーク風の、

少し重みのある、

真鍮(しんちゅう)の鏡です。

 

真鍮というのは、

銅と亜鉛を混ぜた合金のことですね。

 

使い込むほどに、

色が落ち着いて、

いい味が出てくるんです。

 

そういう、

長く付き合えるものに、

囲まれていると、

なんだか心も、

穏やかになるような気がします。

 

その鏡を、

玄関に置いてみました。

 

出かける前に、

ふと自分の顔を見る。

 

それだけで、

今日という一日を、

大切にしようかな、

なんて思えたりします。

 

問題は、

つい鏡を眺めて、

時間を忘れてしまうことでしょうか。

 

それはそれで、

幸せな時間なんですけれどね。

 

みなさんは、

何か、

お気に入りの小物はありますか?

 

ずっと大切にしているもの、

使うたびに、

心がほぐれるようなもの。

 

そういうものがあるだけで、

暮らしの質が、

少しだけ上がる気がします。

 

お金をかけなくても、

自分の心が、

心地よいと感じる空間を作ること。

 

それって、

すごく贅沢で、

豊かなことだと思います。

 

世の中には、

たくさんの便利なものや、

素敵な場所があふれています。

 

それは、

もちろん魅力的ですよね。

 

私も、

新しいカフェや、

人気のスポットは、

大好きです。

 

でも、

やっぱり最後は、

自分という城へ、

帰ってくる。

 

そう考えると、

家という場所は、

自分にとって、

一番のパワースポットなのかもしれません。

 

自分を守り、

癒し、

また明日への活力をくれる場所。

 

だからこそ、

もっと大切にしていきたいなと、

思うのです。

 

大げさなことは、

できなくてもいい。

 

ただ、

自分が心地よいと、

思えるかどうか。

 

それに尽きるのかなと思います。

 

さて、

そろそろ、

明日の準備を始めようかな。

 

コーヒー豆も、

ちょうど切らしていたので、

買いに行かなくちゃ。

 

近所の、

美味しい焙煎(ばいせん)をしてくれるお店に、

足を伸ばしてみるのもいいですね。

 

焙煎というのは、

生豆を炒って、

香りを引き出すこと。

 

そのお店に行くと、

いつも甘い香りに包まれて、

なんだか幸せな気分になれるんです。

 

そういう、

ちょっとした楽しみを見つけて、

明日もまた、

丁寧に過ごしてみようと思います。

 

みなさんも、

明日という一日が、

素敵な時間になりますように。

 

何気ない日常の中に、

小さな宝物を、

たくさん見つけられますように。

 

そう考えると、

日常って、

捨てたものじゃないですよね。

 

むしろ、

これ以上ないくらいの、

贅沢なものなのかもしれません。

 

なんだか、

まとまりのない話に、

なってしまいましたね。

 

でも、

こうして自分の気持ちを、

言葉にしてみることで、

また新しい発見がありました。

 

書くことって、

自分と対話することに、

似ているのかもしれません。

 

さて、

明日もいいお天気だといいな。

 

窓から見える、

空を見上げながら、

そんなことを思っています。

 

また、

何か見つけたら、

ここでお話しさせてくださいね。

 

それでは、

また。

そういえば、

最近、文房具屋さんで、

新しいノートを買ったんです。

 

表紙の手触りが、

少しざらっとしていて、

なんだか懐かしい感じのするノート。

 

お店の隅っこで、

そのノートを見つけたとき、

思わず、

ふふっと笑ってしまいました。

 

こういうのって、

やっぱりいいですよね。

 

新しい紙の匂い。

これから、

どんな言葉を書いていこうか、

そんなことを考えている時間。

 

実は、

そんなささやかな時間が、

自分を少しだけ、

豊かにしてくれる気がします。

 

みなさんは、

何か新しく始めたことや、

新しく手に入れたもの、

あったりしますか?

 

書き物といえば、

このブログを書いている時も、

同じような気持ちかもしれません。

 

キーボードを叩く音。

画面の中を流れていく文字。

 

それらを見つめていると、

心が落ち着いていくのが、

自分でもわかるんです。

 

ただの指の動きなのに、

不思議ですよね。

 

問題は、

忙しい毎日の中で、

そんな時間をどれだけ持てるか、

ということになります。

 

家事も、

仕事も、

子供のことや、

家族の予定も。

 

追われていると、

つい、

「自分と対話する」ことを、

後回しにしてしまいがちです。

 

でも、

そんな時こそ、

一分だけでもいいから、

深呼吸してみる。

 

窓の外を眺めてみる。

お気に入りのコーヒーを、

ゆっくり飲んでみる。

 

そういうのって、

意外と大事なのかもしれません。

 

これは、

私にとっての、

小さな「リセット」なのです。

 

そう考えると、

忙しいこと自体が、

悪いことではないような気もしてきます。

 

忙しいからこそ、

その合間の、

一瞬の静寂が、

輝いて見える。

 

そんな気がしませんか?

 

ちなみに、

この前、

久しぶりに公園に行ってみたんです。

 

少し肌寒い風が吹いていましたが、

木々が少しずつ、

色づき始めていました。

 

秋の気配、

とでも言うのでしょうか。

 

ベンチに座って、

ただ、

行き交う人や、

遊んでいる子供たちを眺めていました。

 

何も考えず、

ただ、

ぼーっとする。

 

それだけのことが、

なんだかとても贅沢で、

心が洗われるような気持ちでした。

 

きっと、

季節が移り変わるのを感じるだけで、

私たちは、

前に進んでいるのでしょうね。

 

あ、

そうそう。

帰り道に、

小さなパン屋さんを見つけたんです。

 

お店から漂ってくる、

焼きたてのパンの香り。

 

ついつい、

予定になかったパンまで、

買いすぎてしまいました。

 

美味しいものを、

誰かと一緒に食べる。

 

それもまた、

日常の中にある、

小さな幸せですよね。

 

家に帰って、

買ってきたパンを並べて、

美味しいお茶を入れる。

 

そんな準備をしているだけで、

なんだか幸せな気分になれるんです。

 

みなさんは、

最近、

美味しいもの、

食べましたか?

 

食欲の秋、

なんて言いますが、

やっぱり、

食べることは生きること。

 

丁寧に選んで、

丁寧に食べる。

 

それだけで、

今日という日が、

少しだけ特別なものに、

変わるような気がします。

 

結局のところ、

幸せって、

どこか遠くにあるものじゃなくて、

こんなふうに、

すぐ近くに、

転がっているものなのかもしれません。

 

ノートを買うこと。

コーヒーの香りに包まれること。

公園でぼーっとすること。

焼きたてのパンを頬張ること。

 

そんな、

なんてことのない出来事が、

私たちの毎日を、

支えてくれているのです。

 

これからの季節、

少しずつ、

朝晩が冷え込んできますね。

 

温かい飲み物が、

いっそう美味しく感じる季節。

 

みなさんも、

お気に入りのマグカップを用意して、

温かい飲み物を片手に、

ゆったりとした時間を、

過ごしてみてはいかがでしょうか。

 

さて、

明日はどんな一日になるのかな。

 

きっと、

また新しい発見が、

あるはずです。

 

そう思うと、

明日が待ち遠しくて、

少しだけ、

ワクワクしてきました。

 

今日は、

そんな気持ちのまま、

ベッドに入ろうと思います。

 

みなさんにとっても、

心温まる、

優しい夜になりますように。

 

また、

お会いしましょうね。

 

おやすみなさい。