休日の朝って、なんだか特別な時間が流れている気がしますよね。
私はそんな朝の静かな雰囲気が、とっても好きだったりします。
せっかくのお休みだから、
朝ごはんは少しだけ丁寧に作ってみようかな。
そう思って、
キッチンのフライパンに火をつけました。
ここで、
今日の主役が登場します。
『卵』
というものです。
冷蔵庫から取り出したばかりの、
まだ少し冷たい卵。
それをフライパンに割る瞬間。
あの「プキッ」という感触が、
なんとも言えません。
白身がじゅわっと広がって、
黄身が真ん中にぽんと座る。
今回の仕上がりは、
本当に完璧でした。
白身の縁はカリッと香ばしく、
黄身はぷっくりと盛り上がり、
まるでオレンジ色の宝石のようです。
「これは、奇跡です。」
私はフライパンの前で、
一人で感動してしまいました。
こんなに綺麗な目玉焼きが焼けたなら、
今日の私は、
きっと何をやってもうまくいきます。
そう確信せずにはいられないほどの、
美しい出来栄えだったのです。
では、いったい、
何が起きたというのでしょうか。
問題は、
この完璧すぎる目玉焼きを、
どうやって食べるか、
ということになります。
ここで、
私の心の中に、
小さな油断が生まれました。
「せっかくの最高傑作なのだから、
一番おいしい状態で食べたい。」
そう思った私は、
お気に入りのトーストの上に、
そっとその目玉焼きを乗せたのです。
サクサクのトーストの上の上で、
目玉焼きはさらに輝きを増しました。
これは、
絵画のように美しい朝食です。
私は思わず、
スマホを取り出して写真を撮ってしまいました。
こういうのって、
やっぱりブログに載せたくなりますよね。
けれど、
ここからが悲劇の始まりでした。
写真を撮り終えて、
さあ、いただきますと、
ナイフを入れた瞬間。
『黄身の決壊』
が起きました。
私の予想をはるかに超えて、
濃厚な黄身の海が、
一気にトーストの端から決壊して流れ出したのです。
それは、
まるでダムの決壊のようでした。
とろとろの黄身は、
お皿の縁を乗り越え、
私の白いお気に入りのエプロンを直撃し、
さらにはテーブルクロスにまで侵食していきました。
「待って、待って、待って。」
私は心の中で叫びました。
でも、
黄身の勢いは止まりません。
思った以上に、
黄身の量は無限でした。
卵一個の中に、
あんなにも大量の液体が隠されていたなんて、
誰が予想できたでしょうか。
私は慌ててティッシュを探しましたが、
時すでに遅しです。
私の朝の優雅な時間は、
一瞬にして黄身との格闘技会場へと変わってしまったのです。
こういう時、
人間って、
本当に無力だなと思います。
ただじっと、
黄色く染まっていくテーブルクロスを眺めることしかできませんでした。
完璧な目玉焼きを作ったという喜びは、
どこかへ消え去り、
残ったのは、
大量の洗い物と、
黄身の匂いが漂うリビングだけです。
そう考えると、
人生って、
うまくいきすぎたときほど、
足元をすくわれるものなのかなと思います。
ちょっと、
大げさでしょうか。
でも、
当事者にとっては、
なかなかの大事件だったのです。
みなさんは、
朝ごはんのときに、
こんな予想外のハプニングに見舞われたことはないでしょうか。
綺麗な目玉焼きを焼けたときの喜びと、
それを綺麗に食べられないという現実のギャップ。
それは、
日常の中にある、
小さな試練のようなものなのかもしれません。
でも、
不思議なことに、
あんなに慌てたのに、
少し時間が経つと、
「まあ、面白かったからいいか」と思えてしまうから不思議です。
こういう失敗も含めて、
休日の朝の思い出ということになるのでしょう。
次は、
黄身が流れ出さないように、
お皿の上の端っこで、
慎重に味わいたいなと思います。
今度こそ、
優雅な朝食をリベンジしたいです。
少し、
話しは変わりますが、
みなさんは、
朝ごはんを食べ終わったあと、
どんなふうに午前中を過ごしているでしょうか。
我が家の場合は、
だいたい決まっていて、
テレビのニュースをつけたまま、
なんとなくリビングの片付けを始めます。
テーブルの上を拭いて、
コーヒーカップを食洗機に入れて、
それから、
洗濯物を干す。
いつもの、
なん変哲もない、
穏やかな休日のルーティンです。
でも、
あの目玉焼き事件のあとだと、
その何気ない作業ひとつひとつが、
妙に新鮮に感じられたりするから面白いものです。
お皿を洗いながら、
「さっきの黄身の広がり方はすごかったなあ」なんて、
一人でこっそり思い出して、
またちょっと笑ってしまったりして。
こういうのって、
よく考えると、
けっこう平和な時間だなと思います。
大きな悩み事があるわけでもなく、
ただ、
朝ごはんの失敗を思い出して笑っている。
世の中には、
もっともっと大変なニュースがたくさんあって、
毎日を必死に生きている人がたくさんいるのに、
私はこんな平和なリビングで、
目玉焼きの黄身の心配をしている。
なんだか、
ちょっと贅沢すぎる気もしてきます。
でも、
こういう小さな平和の積み重ねが、
私たちの毎日の生活を、
支えているのかもしれません。
世の中の大きな出来事と比べたら、
本当に、
取るに足らない、
どうでもいいような日常の出来事です。
朝から目玉焼きを失敗したとか、
テーブルクロスが黄色くなったとか。
でも、
当人にとっては、
その小さな出来事がすべてだったりします。
自分の機嫌を良くするのも、
悪くするのも、
案外こういう日常のささやかな瞬間だったりするから、
人間って、
面白い生き物だなと思います。
そういえば、
この間、
近所のスーパーに行ったときのことです。
いつものように、
野菜売り場をぐるっと見て回っていたら、
なんだかとても立派なトマトが売られていました。
普段なら、
値段をチラッと見て、
「うーん、今日はやめておこうかな」と、
そっと棚に戻すような、
ちょっとお高めのトマトです。
でも、
その日はなぜか、
「せっかくの休日だし、たまにはいいか」という気分になって、
カゴに入れてしまったのです。
こういうの、
ありませんか。
普段の節約モードはどこへやら、
休日という魔法にかかった途端に、
財布の紐が少しだけ緩んでしまう現象。
私は勝手に、
『休日マジック』と呼んでいるのですが、
みなさんはどうでしょうか。
あのトマト、
家に帰ってきてから、
さっそく冷やして、
夕食のときにスライスして食べたのですが、
これが本当に、
びっくりするほど美味しかったのです。
皮がパツッと張っていて、
中は濃い赤色をしていて、
甘みと酸味のバランスが絶妙で。
一口食べた瞬間に、
「あ、買ってよかったな」と、
心から思いました。
スーパーの棚に並んでいたときは、
ただの赤いトマトだったのに、
我が家の食卓にやってきた途端に、
ちょっとしたご馳走に変身してしまう。
物の価値というのは、
そこに置かれている場所や、
それを迎える私たちの気持ち次第で、
いくらでも変わるものなのだなと、
妙に感心してしまいました。
ようするに、
贅沢というのは、
高いお金を出して特別な場所に行くことだけではないということです。
いつものスーパーで買った、
ちょっといいトマトを、
家族と一緒に「美味しいね」と言いながら食べる。
そういう時間の中にこそ、
本当の意味での豊かさが、
隠れているような気がします。
お金をかけなくても、
心の持ちようひとつで、
日常はいくらでも楽しくできる。
頭では分かっているつもりでも、
日々の忙しさに追われていると、
ついつい忘れてしまうことですね。
朝の目玉焼きの失敗といい、
ちょっと奮発したトマトといい、
今日の私は、
なんだか「食べる喜び」について、
考えさせられる一日になっているようです。
そう考えると、
人生って、
案外こういう、
「食べる・飲む・笑う」といった、
ごく当たり前のことの繰り返しで、
できているのかもしれません。
難しく考えすぎなくても、
お腹を満たして、
ちょっとした失敗を笑い飛ばして、
夜には「今日もいい日だったな」と思えたら、
それで十分すぎるくらい合格なのだと思います。
そろそろ、
お昼ご飯のことも考えないといけない時間になってきました。
朝にあんな大騒ぎをしたというのに、
お腹が空いてくるのだから、
人間の体というのは正直なものです。
お昼は、
さすがに目玉焼きはやめておこうかな。
でも、
昨日買ってきたパンがまだ残っていたはずです。
あの、
少し固めのフランスパン。
あれを薄切りにして、
トーストして、
今度はたっぷりのバターを塗って食べてみようかな。
バターなら、
流れ落ちる心配もありません。
きっと、
今度こそ優雅なお昼ご飯になるはずです。
休日の特権を使って、
少しだけのんびりしたお昼の時間を、
また楽しみたいなと思います。
みなさんは、
今日のお昼ご飯、
もう決まっているでしょうか。
もしよかったら、
みなさんの休日の定番メニューも、
いつかこっそり教えてほしいななんて思います。
さて、
洗濯物もそろそろ乾いた頃でしょうか。
ベランダに出てみると、
秋の澄んだ空が、
どこまでも高く広がっていました。
雲ひとつない青空を見上げているだけで、
さっきまでの小さな失敗も、
どこかへスーッと溶けていってしまうような気がします。
やっぱり、
お休みの日に外の空気を吸うって、
大事なことですね。
午後は、
少しだけ遠くの公園まで、
お散歩に行ってみようかな。
カメラをぶら下げて、
色づき始めた木々の写真を撮りながら、
ゆっくり歩く。
そんなことを考えているだけで、
胸のあたりが、
じんわりと温かくなってくるのを感じます。
みなさんも、
素敵な休日を過ごせているでしょうか。
慌ただしい毎日から少しだけ離れて、
自分だけの小さな楽しみを見つける。
そんな時間を、
大切にしていきたいですね。
また、
次の休日がやってくるのが、
今からすでに楽しみで仕方がありません。
ふと、
そんなことを考えていると、
なんだかお腹が空いてきてしまいました。
お散歩に出かけるのはいいけれど、
その前に、
ちょっとだけ甘いものが食べたくなってしまいます。
休日の特権ということで、
冷蔵庫の奥に隠しておいた、
あの小さなお菓子を引っ張り出してみようかな。
こういう、
誰にも見つからないように食べるおやつって、
どうしてあんなに美味しいのでしょうか。
大人になると、
そういう小さな秘密の楽しみが、
心の栄養になってくれたりするんですよね。
ちょっと、
話しは変わりますが、
みなさんは最近、
『お気に入りの場所』
というのは見つかっているでしょうか。
私はですね、
近所に小さな古い喫茶店がありまして、
そこが最近の隠れ家になっています。
特別に有名なわけでもないし、
おしゃれなカフェというわけでもありません。
どちらかと言うと、
少し古びた看板が掲げられているような、
そんなお店です。
でも、
ドアを開けた瞬間にふわっと漂う、
コーヒーの香ばしい匂い。
そして、
控えめに流れるジャズの音楽。
席に座るだけで、
世界がふっと静かになるような、
そんな不思議な空気が流れているのです。
初めてそのお店に入ったときのこと。
私は、
窓際の席に座りました。
注文したのは、
ブレンドコーヒーと、
昔ながらの固めのプリンです。
運ばれてきたプリンは、
少し黄みがかっていて、
上に小さなホイップクリームがぽんと乗っていました。
スプーンですくってみると、
しっかりとした手応えがあります。
口に入れた瞬間、
卵の優しい甘さと、
カラメルの少し苦い香りが、
いっぱいに広がりました。
それは、
子どもの頃に食べたような、
どこか懐かしい味がしました。
そのとき、
私は思わず、
「あ、これ、好きだな」
と、
心の中でつぶやいていました。
人生の中で、
そういう瞬間に出会えることって、
実はとても贅沢なことなのかもしれません。
派手なイベントがあるわけでもなく、
遠くまで旅行をしたわけでもありません。
ただ、
近所の古い喫茶店で、
美味しいプリンを食べた。
ただそれだけのことが、
なんだかすごく大切に思えたのです。
人は、
大きな幸せを求めてしまいがちです。
旅行に行ったり、
高いお買い物をしたり、
特別な体験をしたり。
もちろん、
そういうのも素敵ですよね。
私も大好きです。
でも、
本当の意味で心を満たしてくれるのは、
案外こういう日常のすき間にあるものなのかも、
しれません。
たとえば、
お気に入りのマグカップで飲むお茶の時間だったり。
お散歩の途中で見つけた、
きれいな落ち葉だったり。
スーパーの帰り道に見た、
夕焼けのグラデーションだったり。
そういう、
見過ごしてしまいそうな小さな美しさに、
ちゃんと気づける自分でいたいなと思います。
忙しい毎日に流されていると、
どうしても心がカサカサになってしまいますよね。
余裕がなくなって、
イライラしてしまったり。
誰かに優しくできなかったり。
そんなふうに、
自分を見失いそうになったとき、
私には、
あの喫茶店のプリンがある。
そう思えるだけで、
不思議と肩の力が抜けていくのです。
それは、
自分を大切にするための、
小さなおまじないみたいなものかもしれません。
みなさんにも、
そんなおまじないは、
あるでしょうか。
疲れたときに開く本だったり。
聴くだけで元気が出る音楽だったり。
思い出すだけで笑顔になれる風景だったり。
もし、
まだ見つかっていなくても、
焦る必要は全然ありません。
これから先の日常の中で、
ふと出会うこともあるはずです。
「あ、これ、なんか好きかも」
そう感じた直感を、
大切にしてみてくださいね。
さて、
プリンの話をしていたら、
ますます食べたくなってしまいました。
冷蔵庫にあるのはプリンではありませんが、
先日買ったお気に入りのクッキーがあります。
温かいお気に入りのミルクティーも淹れて、
おやつの時間にしましょうか。
ベランダから差し込む午後の光が、
部屋の床を優しく照らしています。
なんだか、
とても平和な時間が流れています。
こういう穏やかな日があるから、
また明日からも頑張ろうって思えるんですよね。
窓の外では、
風に揺られた木々の葉が、
サラサラと心地よい音を立てています。
秋の日は釣瓶落とし(つるべおとし)と言いますし、
夕方になるのはあっという間かもしれません。
でも、
暗くなるまでのこの数時間を、
自分のためにたっぷり使ってあげたいなと思います。
カメラのバッテリーも、
ちゃんと充電しておかなくちゃ。
午後のお散歩では、
どんな景色に出会えるでしょうか。
スニーカーの紐をギュッと結び直して、
出かける準備を始めるとしましょうか。
みなさんも、
それぞれの場所で、
素敵な午後を過ごせますように。