先日、
いつものように、
朝食の準備をしていたんです。
せっかくの休日ですし、
少しだけゆっくり起きて、
美味しいコーヒーと一緒に、
トーストを一枚、
焼こうと思いました。
こういう朝のひとときって、
なんだか心が落ち着きますよね。
みなさんは、
朝食のパンは、
どんな焼き加減が好きでしょうか。
私はですね、
表面がほんのりきつね色になっていて、
バターがスーッと染み込むくらいの、
絶妙な焼き加減が好きなのです。
だから、
その日もワクワクしながら、
食パンをトースターに入れました。
タイマーのつまみを回して、
「チーーン」と鳴るのを、
楽しみに待っていたんです。
ここで、
ちょっとした油断がありました。
少し、
別のことをしてしまったのです。
冷蔵庫から牛乳を出したり、
スマホで今日の天気を確認したりしていました。
ほんの、
数分のことでした。
ふと気づくと、
キッチンの方から、
なんだか香ばしい匂いが漂ってきたのです。
いや、
香ばしいというレベルではありませんでした。
明らかに、
「焦げている」匂いです。
私は、
ハッとしました。
慌てて振り返ると、
キッチンのトースターの中から、
モクモクと白い煙が立ち上っていたのです。
それは、
ちょっとした、
小さな火事のようでした。
「きゃっ!」
と思わず声が出てしまいました。
急いでトースターの扉を開けると、
そこから出てきたのは、
パンではなく、
見事に真っ黒な、
炭の塊でした。
もう、
形かろうじて食パンの面影を残しているものの、
全体が漆黒の闇に包まれているのです。
これは、
単なる焼きすぎではありません。
完全なる、
炭化現象(たんかげんしょう)でした。
パンを焼きすぎてしまった。
ただそれだけのことが、
私にとっては、
大事件のように感じられたのです。
では、
いったいなぜ、
そんなことになってしまったのでしょうか。
問題は、
私たちの『気の緩み』というものにあります。
普段、
何気なくやっているルーティンほど、
人間は油断してしまうものなんですよね。
「これくらい大丈夫だろう」
という、
ほんの少しの甘えが、
こういう悲劇を呼ぶのです。
そう考えると、
人生の多くの失敗も、
こういう小さな油断から、
始まっているのかもしれません。
ちょっと、
話が大げさになってしまいましたかね。
でも、
そのときの私の衝撃は、
本物だったのです。
お気に入りの食パンが、
一瞬にして消え去ってしまったのですから。
もったいないことをしたなと、
しばらくその真っ黒なパンを見つめてしまいました。
ここで、
どうするかという問題が生じます。
さすがに、
このまま食べるわけにはいきません。
包丁で黒い部分を削ってみようとも思いました。
でも、
削っても削っても、
中はボロボロの炭です。
結局、
食べるのは諦めざるを得ませんでした。
せっかくの朝の楽しみが、
一瞬にして泡となって消えてしまったのです。
こういうのって、
なんだか朝からテンションが下がってしまいますよね。
みなさんも、
朝から予定が狂ってしまった経験、
ありませんか。
でも、
じっと落ち込んでばかりもいられません。
お腹はペコペコですし、
何かを食べないと、
今日一日が始まりません。
私は気を取り直して、
別のパンを冷凍庫から取り出すことにしました。
今度は絶対に目を離さない、
そう心に誓いながら。
トースターの前に張り付いて、
じっと中を覗き込みました。
秒単位で焼き加減をチェックする、
そんな厳戒態勢です。
そして、
今度こそ成功した、
完璧なきつね色のトーストを焼き上げることができました。
バターをたっぷりと塗って、
一口食べてみると、
サクッとした食感とともに、
香ばしい風味が口いっぱいに広がったのです。
「やっぱり、美味しいな」
と思いました。
さっきの大失敗があったからこそ、
この普通のトーストが、
いつも以上に美味しく感じられたのかもしれません。
失敗は成功のもと、
なんて言いますが、
朝のトースト焼きにも、
同じことが言えるのかもしれませんね。
失敗して初めて、
普通にパンが焼けることのありがたさに気づくのです。
そう考えると、
あの真っ黒な炭になってしまった食パンも、
私に大切な教訓を教えてくれた、
ありがたい存在だったのかも……。
いや、
それはさすがに言い過ぎですね。
ただ単に、
私がぼーっとしていただけです。
でも、
こういう失敗も含めて、
毎日の生活なのかなと思ったりします。
完璧すぎる毎日よりも、
ちょっとくらいハプニングがあった方が、
後から笑い話にできますしね。
朝からトースターを焦がしてしまうような、
そんな平和な日常。
こういう時間って、
案外悪くないのかもしれません。
次は絶対に焦がさないように気をつけつつ、
また美味しいパンを焼きたいなと思います。
みなさんも、
朝のトースターには、
くれぐれも気をつけてくださいね。
少し、話しは変わりますが、
みなさんは、朝食のあとに、
どんなことをして過ごしていますか?
私はですね、
コーヒーを一杯飲みながら、
今日の予定をぼんやり考える時間が、
けっこう好きだったりします。
今日は何をしようかな、
どこかに出かけようかな、
そんなことを考えているときが、
一番わくわくするんですよね。
せっかくのお休みの日なら、
なおさらです。
いつもより少しだけ早起きをして、
お出かけの準備をする。
こういうのって、
やっぱり楽しい時間です。
では、いったい、
どこに出かけようか。
そう考え始めたときが、
休日の一番の醍醐味(だいごみ)かもしれません。
遠くまで旅行に行くのもいいですが、
たまには、
近所のカフェや、
少し気になっていた雑貨屋さんを覗いてみるのも、
いいものです。
大きな計画を立てなくても、
ふらっと出かけるだけで、
日常がちょっとだけ特別になる。
こういう小さな贅沢(ぜいたく)って、
意外と大事なのかもしれません。
実は、先日も、
そんな感じでふらっと街に出かけてみたんです。
行き先は、
前から気になっていた、
小さな古本屋さんでした。
駅からも少し離れていて、
決して目立つお店ではありません。
むしろ、
通り過ぎてしまいそうなほど、
ひっそりと佇んでいるお店でした。
けれど、
こういう場所こそ、
何か素敵な出会いがあるような気がしてしまうのです。
お店のドアを開けると、
ふわりと、
古紙特有の懐かしい香りが広がってきました。
新しい本にはない、
年月を感じさせるにおいです。
あの香りを嗅ぐだけで、
なんだか心が落ち着くのは、
私だけでしょうか。
店内は、
驚くほど静かでした。
外の車の音も聞こえず、
まるで、
別の世界に迷い込んだかのような錯覚さえ覚えます。
床を歩くたびに、
木製の床板が、
こぎゅ、と優しい音を立てる。
その音さえも、
心地よく感じられる空間でした。
棚には、
ぎっしりと本が並んでいます。
小説、エッセイ、古い雑誌、
美術の画集まで、
ジャンルもさまざまです。
背表紙を一つひとつ眺めながら、
ゆっくりと通路を進む。
お目当ての本があったわけではありません。
ただ、
その雰囲気を味わいたかっただけなのです。
こういうのって、
なんだか贅沢な時間の使い方だなと思います。
時間に追われることもなく、
ただ目の前の一冊一冊に目を向ける。
スマホの画面ばかり見ている日常から離れて、
紙の感触と、
活字の世界に浸る。
それだけで、
凝り固まっていた頭や体が、
すーっとほぐれていくような気がするのです。
しばらく棚を眺めていると、
ふと、
ある一冊の本が目に留まりました。
それは、
ずいぶん古びた、
旅のエッセイでした。
表紙の絵も、
今の本にはないような、
どこかレトロで温かみのあるデザインです。
手に取ってみると、
ページが少しだけ黄ばんでいました。
おそらく、
何十年も前に出版されたものなのでしょう。
見返しには、
前の持ち主のものと思われる、
きれいな文字で、
日付が書き込まれていました。
昭和の終わり頃の日付です。
見知らぬ誰かが大切に読んでいた本が、
巡り巡って、
今、私の手の中にある。
そう考えると、
なんだか不思議な縁を感じずにはいられません。
これは、
単なる中古の本ではありません。
本を通じて、
過去の誰かと時空を超えて繋がっているような、
そんな特別な意味を持っているのです。
もちろん、
大げさな話ではなくて、
ただの古本なんですけれどね。
それでも、
そういうストーリーを想像するだけで、
ワクワクしてしまうのです。
値段を見てみると、
驚くほど手頃な金額でした。
新品の本を買うのと比べれば、
ほんのわずかな金額です。
でも、
私にとっては、
プライスレスな価値があるように思えました。
せっかくなので、
その本を買うことにしました。
お会計のとき、
店主の年配の男性が、
「いい本を選びましたね」と、
優しく微笑んでくれたんです。
その一言が、
なんだかとても嬉しかった。
大きな書店では味わえない、
こういう心の通い合いみたいなものも、
個人経営の小さなお店ならではの魅力ですよね。
お店を出ると、
外はすっかり明るくなっていました。
秋晴れの空が、
どこまでも高く広がっています。
さきほど買った古本をバッグに入れて、
肩にかける。
それだけのことが、
いつものお出かけを、
何倍も楽しいものに変えてくれるのです。
そのまま帰るのももったいなくて、
近くで見つけた小さな公園のベンチに、
腰を下ろしてみました。
周りには、
楽しそうに遊ぶ子供たちの声や、
犬の散歩をしている人たちの姿が見えます。
秋の風が、
心地よく頬をなでていく。
落ち葉がカサカサと音を立てて、
足元を転がっていく。
そういう景色をぼんやり眺めながら、
先ほど買った本を開いてみました。
ページをめくるたびに、
古い紙の匂いがふわりと鼻をかすめます。
活字を追いかけていると、
まるで、
本の中に書かれている遠い街を、
自分も実際に旅しているような気分になってきました。
忙しい毎日の中では、
どうしても時間に追われてしまいがちです。
やるべきことに追われて、
自分の時間がどこかに消えていってしまう。
そんなふうに感じること、
みなさんにもありませんか?
私は、けっこうあります。
夜になると、
「今日一日、何してたんだろう」と、
ちょっと切なくなったりして。
でも、
そんなときだからこそ、
こういう「何もしない時間」や、
「ただ自分の心が動く時間」が、
必要なのかなと思うのです。
それは、
決して特別なことじゃありません。
遠くに出かけなくてもいいし、
お金をかけなくてもいい。
ただ、
近所の小さな古本屋に入ってみる。
公園のベンチで、
風を感じながら本を開いてみる。
それだけで、
心のバッテリーが、
少しずつ充電されていくような気がするんです。
日々の生活の中には、
見落としがちな小さな幸せが、
たくさん転がっているんですよね。
朝の失敗したトーストも、
静かな古本屋の木の床の音も、
秋の心地よい風も。
すべては、
日常のほんの一コマにすぎません。
でも、
そういう一コマ一コマを、
「心地いいな」と感じられる心を持ち続けていたい。
大人になると、
効率やスピードばかりを求められて、
余裕がなくなってしまいがちです。
だからこそ、
あえて立ち止まる時間を作る。
遠回りをする。
そういうゆとりを持つことが、
大人の豊かな暮らし方なのかもしれません。
なんて、
ちょっと大げさなことを考えてしまいましたが、
結局のところは、
「今日のお出かけは楽しかったな」と、
そう思えれば、それで十分なんです。
買ったばかりの古いエッセイを、
バッグのポケットにしまい直す。
そろそろ、
夕飯の支度を考えないといけない時間ですね。
今日の晩ご飯は何にしようかな。
昨日の失敗したパンのことはすっかり忘れて、
今夜は温かいスープでも作ろうかなと思います。
みなさんは、
今日の夕方、
どんな時間を過ごす予定でしょうか。
もし少しだけ時間があったら、
いつもとは違う道を歩いてみるのも、
おすすめですよ。
思わぬところで、
お気に入りの場所や、
素敵な本に出会えるかもしれません。
次に休日が来たら、
今度はどの街を歩こうかな。
そんなことを考えながら、
家路を急ぐ足取りが、
いつもより少しだけ軽くなっているような気がします。
そういえば、
家に帰る途中のスーパーで、
ふと美味しそうなトマトを見つけたんです。
少し形は不揃いだったけれど、
なんだか新鮮で、
ついついカゴに入れてしまいました。
こういう、
予定外の小さな買い物も、
お出かけの楽しみのひとつですよね。
今日のスープには、
あのトマトをたっぷり入れてみようかな。
煮込んでいくだけで、
キッチンいっぱいに良い香りが広がる。
そんな想像をしていると、
なんだかお腹が空いてきました。
やっぱり、
美味しいものを食べる時間って、
何よりも幸せだなと思います。
特別な場所に出かけなくても、
お気に入りの本を見つけられなくても、
日常の中に、
小さな楽しみは見つけられる。
そう考えると、
毎日って、
思っている以上に面白いのかもしれません。
みなさんは、
最近どんな小さな楽しみを見つけましたか?
もしよかったら、
今度教えてくださいね。
さて、
そろそろ家に着きます。
鍵を開けて、
「ただいま」と呟く。
いつもと変わらない玄関だけど、
今日の靴音は、
なんだか少し軽やかに響く気がします。
明日からも、
また自分のペースで、
のんびりと過ごしていきたいな。
そんなことを思いながら、
今日も良い一日だったなと、
心の中でそっと小さく丸をつけるのです。