昨日、ふとスマホを手に取ったんです。
時間は、夜の11時でした。
ちょっとだけ、SNSを覗いてみようかな。
そんな軽い気持ちだったんです。
「あ、この人の投稿おもしろいな」
「わあ、この料理おいしそう」
そんなふうに、指を動かしていました。
実は、これが間違いの始まりだったのです。
気がついたら、
深夜の2時を回っていました。
時計を見て、私は固まりました。
「えっ、うそでしょ?」
声に出して、そう言っていました。
時間は、あっという間に過ぎていたのです。
では、いったい、何が起きていたのでしょうか。
時間は、物理的に同じ速度で流れています。
時計の針は、公平に動いています。
けれど、私の感覚の中では、
時間は、あっという間に消えてしまった。
そんな気がしたのです。
これは、不思議なことです。
『時間の伸縮』
というものです。
人間の主観によって、時間の長さが変わってしまう。
そんな現象のことです。
楽しいことをしているときは、短く感じる。
退屈なときは、長く感じる。
あなたも、そんな経験がありませんか?
私は、まさにそれだったのです。
SNSという、
「終わりのない海」
に、溺れていたのです。
流れてくる情報は、次から次へと更新されます。
見ても、見ても、終わりがありません。
スクロールする指は、止まりません。
まさに、
『無限ループ』
なのです。
では、なぜ私は、そんなことをしてしまったのでしょうか。
「明日も早いのに」
「早く寝なきゃ」
そう思っているのに、手が止まりません。
それは、なぜなのでしょうか。
たぶん、どこかで、
「何か面白いことが起きるかもしれない」
と、期待しているのかもしれません。
あるいは、
「誰かとつながっていたい」
という、さみしさなのかもしれません。
ようするに、
『心の飢え』
なのです。
満たされない何かを、スマホの中に探していた。
そういうことなのです。
それは、私だけではありません。
きっと、多くの人が同じような経験をしているはずです。
誰かが言っていました。
「情報は、塩水に似ている」
と。
飲めば飲むほど、喉が渇く。
いくら見ても、心は満たされない。
まさに、その通りだと思いませんか?
それと同じように、
私たちの心も、
「もっと、もっと」
と、何かを求めている。
SNSの世界は、それを巧みに利用しています。
次々と、興味を引くものが流れてくる。
私たちの注意を、離さないようにしているのです。
そう考えると、少し、怖くなりませんか?
自分の心が、
誰かに操られている。
そんな気がしてくるのです。
でも、本当のところは、わかりません。
ただ、言えることは、
「自分の時間を、自分で守る必要がある」
ということです。
自分の人生の、
「舵取り」
を、自分でするのです。
深夜の2時、
私は、スマホを置いて、天井を見つめました。
静かな部屋で、自分の呼吸の音が聞こえます。
ふと、思いました。
「今の時間は、何だったのだろう?」
ただ、情報を消費しただけでした。
何かを生み出したわけでもない。
誰かを助けたわけでもない。
ただ、時間が過ぎていった。
少し、悲しい気持ちになりました。
だからこそ、
「時間の使い方」
を、見直す必要があるのです。
これからは、
「意識的に、スマホから離れる」
ということを、大切にしようと思います。
たとえば、
夜の10時を過ぎたら、スマホを別の部屋に置く。
そんなルールを作ってみるのもいいかもしれません。
最初は、落ち着かないかもしれません。
「誰かから連絡が来ているかも」
「何か大事なニュースがあるかも」
そんなふうに、気になってしまうかもしれません。
でも、それは、
『依存』
というものなのです。
少しずつ、離れていく。
そうすることで、
自分自身の心を取り戻せる。
そう思うのです。
時間は、命そのものです。
削っているのは、自分の命の残り時間なのです。
そう考えると、
たかがSNS、されどSNS。
大きな問題だと思いませんか?
明日からは、
もっと自分を大切にしたい。
自分の人生を、丁寧に生きていきたい。
そう、心から思いました。
深夜2時の誓い、です。
・・
ちょっと、大げさかもしれませんね。
でも、それくらい、今の私には大切なことなんです。
あなたも、もし同じように感じていたら。
今日は、少しだけ早く、
スマホを置いてみませんか?
きっと、今までとは違う、
「自分だけの時間」
が、見えてくるはずです。
それは、スゴイことだと思います。
・・
さて、今日は、もう寝ることにします。
おやすみなさい。
明日という日が、
あなたにとって、素晴らしいものになりますように。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます!!
あ、言い忘れました。
スマホを置いたあと、
何をすればいいのか。
もしそう迷ったら、
窓の外を眺めてみるのはどうでしょう。
ただ、それだけのことです。
空の色や、
通り過ぎる風の気配。
あるいは、
遠くを走る車の音。
そんな、
当たり前の景色に、
ふと気づくことができる。
実は、これがとても、
『贅沢(ぜいたく)』なことなのです。
贅沢といっても、
お金の話ではありません。
心の、贅沢です。
忙しい毎日に追われていると、
私たちは、
大切なことを見落としてしまいます。
自分の呼吸の速ささえ、
忘れてしまう。
そんなこと、
ありませんか?
「余裕がない。」
そう感じるときこそ、
一度、立ち止まる。
それだけで、
世界の見え方が、
少しずつ変わっていくのです。
そう考えると、
面白いですよね。
たった少しの、
「空白」を作るだけ。
たったそれだけのことで、
人生の彩り(いろどり)が変わる。
これは、
スゴイことだと思うのです!!
もっとも、
そんなことを言っても、
すぐに忘れてしまうかもしれません。
私も、そうです。
明日になれば、
また通知の音が気になって、
慌ただしくスマホを握りしめている。
そんな自分に、
またガッカリする。
人間とは、
そういう生き物なのかもしれません。
でも、いいのです。
忘れても、
また思い出せばいい。
「あ、いけない。」
そう気づいた瞬間に、
また手放せばいいのです。
繰り返すこと。
何度も、何度も、
自分を取り戻す作業を、
繰り返すこと。
それが、
『生きる』ということの、
正体なのかもしれません。
では、いったい、
何のためにそんなことをするのでしょうか?
それは、
自分を、
『自由』にするためです。
誰かに決められた情報や、
誰かの価値観に支配されない。
自分の人生のハンドルを、
自分自身で握る。
そういうことです。
実は、現代という時代は、
どこまでも「自分以外」のものに、
繋がってしまいます。
どこにいても、
誰かと繋がっている。
どこにいても、
誰かの声が聞こえてくる。
便利な世の中です。
けれど、
その便利さの裏側で、
私たちは、
一番大切なものを見失いそうになっています。
それは、
『自分自身の声』です。
自分の心が、
本当は何を望んでいるのか。
今、自分は、
どんな気持ちでいるのか。
そんな、
もっとも身近で、
もっとも大切な声を、
聞く時間が、
削り取られているのです。
だからこそ、
時には、
あえて「繋がらない」ことが必要なのです。
あえて、
静寂(せいじゃく)の中に身を置く。
これは、
ある種の、
『勇気』だと思います。
誰からも呼ばれない時間。
誰からも必要とされない時間。
そんな、
誰でもない自分に戻る時間。
そうすると、
不思議なことに気づきます。
自分の中に、
確かな根っこが、
育っていることに気づくのです。
根っこがあれば、
どんな嵐が吹いても、
倒れることはありません。
周りがどんなに騒がしくても、
自分は自分でいられる。
そんな、
『絶対的安心感』のようなもの。
それが、
心の中に生まれてくるのです。
これは、
非常に重要なことです。
これまでは、
外側の情報ばかりを見ていました。
「あの人は、どうしているか?」
「世間では、何が流行っているか?」
そうやって、
外側のことばかりを、
追いかけていたのです。
でも、
本当に大切な答えは、
外にはありません。
すべて、
自分の内側にあります。
自分の内側を見つめる。
自分の心の声に、耳をすます。
そうすることで、
初めて、
自分の人生を歩き出すことができるのです。
そう考えると、
スマホを置くという行為は、
単なる休憩ではありません。
自分自身への、
『回帰』なのです。
本来の自分へ、
帰っていくこと。
本来の自分という、
宝物に出会うこと。
そう思うと、
ワクワクしませんか?
今まで気づかなかった、
自分の新しい一面に、
出会えるかもしれない。
今まで見えなかった、
世界の美しさに、
気づけるかもしれない。
実は、
世界はずっと美しかったのです。
ただ、
私たちがそれを見る余裕を、
持っていなかっただけ。
スマホの画面の中に、
閉じこもっていただけなのです。
画面を閉じると、
世界が、
一気に広がります。
光が、色を変えます。
音の聞こえ方が、
変わります。
これは、
奇跡のような体験です。
一度きりの人生、
画面の中だけで終わらせるなんて、
もったいないと思いませんか?
自分の目で見たい。
自分の足で歩きたい。
自分の心で、
たくさんの感情を味わいたい。
そう、
強く思います。
そのためには、
今の自分を大切にすること。
今、この瞬間を、
丁寧に生きること。
明日、
何が起こるかなんて、
誰にも分かりません。
だからこそ、
今、この瞬間が、
かけがえのないものなのです。
スマホという、
文明の利器を否定するつもりは、
ありません。
むしろ、
これがあるおかげで、
私たちはこうして出会えているのです。
それも、
素晴らしいことだと思います。
でも、
使い方は選べるはずです。
振り回されるのではなく、
自分から使いこなす。
道具に使われるのではなく、
道具を賢く使う。
その境界線(きょうかいせん)に、
自分という人間が試されています。
どうでしょう。
少しだけ、
自分の時間を、
取り戻してみませんか?
誰かのためでもなく、
世間のためでもなく、
「自分のため」の時間を、
一日の中に、
ほんの少しだけ作ってみる。
きっと、
今までにはなかった、
新しい風が吹くはずです。
新しい自分に、
出会えるはずです。
それは、
大げさではなく、
あなたの人生を、
大きく変えるきっかけになるかもしれません。
そう信じています。
最後まで読んでくれて、
本当にありがとうございました。
明日の朝、
あなたが目覚めたとき、
昨日よりも少しだけ、
空が広く感じられたら、
うれしいです。
あなたの毎日が、
あなたらしく、
光り輝くものでありますように。
それでは、
また、いつか。
おやすみなさい。
朝の光の中で、
コーヒーを一杯淹れる。
ただそれだけのことが、
昨日の悩みと、
今の自分を切り離してくれます。
これは、
とても小さなスイッチです。
でも、
その小さなスイッチを押すことこそが、
大切なのです。
なぜなら、
私たちは自分の手の中に、
いくつものスイッチを持っているからです。
今の習慣を、
ほんの少し変える。
たとえば、
いつも見ている画面を閉じて、
窓の外を眺めてみる。
ただ、
鳥の声を聴く。
そんな些細なことで、
私たちの意識(いしき)は、
ガラリと変わります。
世界の見え方が、
ゆっくりと、
色を変えていくのです。
それは、
まるでモノクロの映画に、
色がついていくような感覚です。
面白いと思いませんか?
自分の意志で、
自分の世界の色を変えられる。
これって、
本当にスゴイことなんです!!
私たちは、
もっと自由でいい。
そう気づくことが、
最初の一歩なのだと思います。
誰かが決めた正解を、
追いかける必要なんてありません。
あなたが、
あなた自身のために、
選んだ道が、
一番の正解なのです。
そう考えると、
明日の朝は、
少しだけワクワクしてきませんか?
どんなコーヒーを淹れようか。
どんな音楽を聴こうか。
どんな景色を見て、
一日を始めようか。
そんな「自分を選択する」という作業。
それが、
日常の中に、
確かな手応えを生んでいくのです。
だから、
無理をしなくていい。
急がなくてもいい。
ただ、
今の自分の心に、
静かに耳を澄ませてみる。
それだけでいいのです。
そうやって、
自分を大切にしていくことが、
回り回って、
誰かを大切にすることにも、
繋がっていくのだと思います。
自分を愛せる人は、
他者のことも、
自然と愛せるようになる。
不思議ですよね。
でも、
そういう仕組みに、
なっているのかもしれません。
どうか、
あなただけの時間を、
大切にしてください。
それは、
あなたという存在を、
より鮮やかに彩るための、
大切な儀式なのです。
空が広く感じられる朝。
そんな朝を、
あなたと一緒に、
迎えられることを楽しみにしています。
それでは、
また。
今日も、
良い一日を。