昨日、
本当に、
ちょっとしたことでした。
近くのスーパーへ、
おやつを買いに行ったのです。
それだけのことでした。
家で仕事をしていたら、
なんだか口が寂しくなったのです。
「甘いものが食べたいな。」
そう思って、
財布をポケットに入れて、
軽い気持ちで家を出ました。
ほんの五分ほど歩いて、
スーパーの自動ドアをくぐります。
ここは、
いつものスーパーです。
見慣れた棚が並んでいます。
右を見れば野菜。
左を見ればお惣菜。
いつもと同じ、
平和な日常の光景です。
では、
いったい、
何が起きたのでしょうか。
実は、
ここからが、
大変なことの始まりでした。
お菓子コーナーへ向かいます。
お目当ては、
チョコレートです。
それも、
ちょっとした贅沢感を味わえる、
少し高い板チョコです。
棚の前で、
どれにしようか迷いました。
ミルクチョコレートにするか。
それとも、
ビターにするか。
ナッツが入っているものも、
捨てがたいです。
ここで、
一つの選択を迫られます。
「どれを選ぶべきか。」
という問題です。
これは、
日常の、
ほんの一コマです。
でも、
よく考えてみると、
面白い現象だなと思います。
私たちは、
日々、
こうした小さな選択の連続の中で生きているのです。
ここで、
少し話しは変わりますが、
人間の欲求というものは、
本当に、
不思議なものですね。
お腹が空いているわけではありません。
ただ、
口が寂しいだけなのです。
それなのに、
私たちの脳は、
「何か特別なご褒美が欲しい」
と信号を送ります。
これは、
生物としての本能なのかもしれません。
では、いったい、
その本能は、
どこから来るのでしょうか。
少し、
話を広げてみます。
たとえば、
私たちが日々の生活の中で感じる、
ちょっとしたストレス。
それらを、
無意識のうちに、
甘いもので癒やそうとしているのです。
つまり、
おやつを買いに行くという行為は、
単に糖分を補給するだけではありません。
自分の心を、
自分でなだめるための、
大切な儀式なのです。
そう考えると、
スーパーの棚の前に立つ自分は、
まるで、
人生の岐路に立つ冒険者のようです。
少し、
大げさでしょうか。
でも、
本当に、
そんな気がするのです。
ここで、
問題が起きました。
棚の端っこに、
見慣れない商品が置いてあったのです。
それは、
期間限定の、
ものすごく奇抜な味のポテトチップスでした。
「これはいったい…?」
私は、
足を止めました。
パッケージには、
聞いたこともないような組み合わせの味が、
ド派手な文字で書かれています。
「スパイシー・キャラメル・ガーリック味」
そんな名前でした。
想像してみてください。
甘くて、
辛くて、
ニンニクの匂いがするポテトチップスです。
どう考えても、
美味しそうではありません。
むしろ、
危険な香りがプンプンします。
普通の神経をしていたら、
絶対にスルーするはずです。
「誰が買うんだろう。」
そう思いながら、
私はその商品の前を通り過ぎようとしました。
でも、
なぜか、
足が止まったのです。
ここで、
人間の心理の、
面白いところがあります。
「絶対に美味しくない」
と分かっていながら、
なぜか「気になる」という感情です。
禁断の果実、
という言葉があります。
それと同じように、
私たちは、
「危なそうなもの」
「普通ではないもの」
に対して、
妙な魅力を感じてしまう生き物なのです。
これは、
スゴイことです!!
人類の歴史も、
もしかしたら、
その好奇心から始まったのかもしれません。
未知のものに対する恐怖と、
それを知りたいという欲望。
それが、
スーパーの一角で、
ポテトチップスを前にして、
私の中で激しくぶつかり合っているのです。
では、
いったい、
どうしたらいいのでしょうか。
ここで、
私の心の中で、
二人の自分が会議を始めました。
一人の自分は言います。
「やめておきなさい。」
「いつもの安定したチョコレートにしておきなさい。」
「失敗したときのショックは計り知れないよ。」
と。
もう一人の自分はこう言います。
「いや、待て。」
「ここで引いてどうする。」
「新しい世界を見るためには、リスクを冒す必要があるんだ。」
と。
たかがおやつです。
たった百数十円のポテトチップスです。
それなのに、
私の頭の中では、
まるで地球の存亡をかけたような大論争が繰り広げられているのです。
本当に、
バカバカしいですね。
でも、
本人は至って真剣です。
では、
いったい、
私はどうしたのでしょうか。
結果から言いましょう。
私は、
その「スパイシー・キャラメル・ガーリック味」のポテトチップスを、
カゴに入れてしまいました。
カゴに入れた瞬間、
なんとも言えない、
背徳感が胸を締め付けます。
「やってしまった…。」
そんな気持ちです。
でも、
同時に、
小さな興奮もありました。
未知の領域への扉を、
自分で開けてしまったのです。
レジに向かいます。
いつもなら、
エコバッグをサッと出して、
スムーズに会計を済ませるだけです。
でも、
この日のレジは、
なんだか緊張しました。
店員さんが、
商品のバーコードを「ピッ」と読み取ります。
「スパイシー・キャラメル・ガーリック味」
のバーコードです。
店員さんは、
何の表情も変えずに、
淡々と作業を続けます。
当たり前です。
店員さんからすれば、
数ある商品の一つにすぎません。
でも、
私にとっては、
この日の最大のイベントです。
心の中で、
「どうかこの挑戦が無駄になりませんように」
と、
祈るような気持ちでした。
会計を終えて、
私は早足で家に帰りました。
買ったばかりのポテトチップスを抱えて、
まるで宝物でも運ぶかのように、
家路を急ぎます。
ドアを開けて、
リビングのソファにドスンと座りました。
いよいよ、
運命の瞬間です。
袋を開けます。
「パリッ」
という、
心地よい音が響きました。
その瞬間、
部屋の中に、
強烈な匂いが広がりました。
ガーリックの香りが、
鼻を突きます。
そして、
かすかに漂う、
甘いキャラメルの香り。
この二つが混ざり合った、
今までにない異臭です。
「これは、
本当に大丈夫なのだろうか…。」
私は、
小さくつぶやきました。
でも、
もう引き返すことはできません。
覚悟を決めて、
一枚、
取り出しました。
見た目は、
普通のポテトチップスです。
ただ、
表面に、
謎の茶色い粉がキラキラと光っています。
私は、
目を閉じて、
口に放り込みました。
噛んでみます。
「…!!」
言葉を失いました。
甘い。
そして、
辛い。
最後に、
強烈なニンニクの風味が追いかけてきます。
頭の中で、
色々な味が大暴れしています。
美味しいのか、
美味しくないのか、
自分でも判断がつかないのです。
でも、
なぜか、
もう一枚、
手が伸びてしまいました。
不思議です。
絶対に不味いはずなのに、
なぜか、
クセになるのです。
これは、
人間の味覚の限界に挑戦するような体験でした。
たかがおやつを買いに行っただけなのに、
私の脳内は、
大パニックです。
でも、
そう考えると、
私たちの人生も、
これと似ているのではないでしょうか。
予定通りにいかないこと。
予想外のトラブル。
選んだ道が正しかったのか分からない瞬間。
そういうものが、
人生にはたくさんあります。
今回のポテトチップスのように、
「失敗したかな」
と思えるような出来事も、
後から振り返れば、
良い思い出になったり、
笑い話になったりするのです。
もし、
あのとき、
いつものチョコレートだけを買っていたら、
こんなスリルを味わうこともありませんでした。
平穏無事だけど、
少し退屈な一日で終わっていたはずです。
そう考えると、
この奇抜なポテトチップスは、
私の退屈な日常に、
ちょっとした刺激をくれる、
最高のスパイスだったのかもしれません。
本当に、
人生は何が起きるか分かりません。
たった五分の買い物でさえ、
こんなドラマが生まれるのですから。
明日も、
またスーパーに行くかもしれません。
そのときは、
また新しい挑戦が待っているのでしょうか。
ちょっと怖い気もしますが、
でも、
少し楽しみでもあります。
私たちは、
いつも、
未知の世界へ向かって歩いているのです。
自分の足で、
一歩ずつ。
だからこそ、
目の前の小さな出来事を大切にしながら、
面白がって生きることが、
大事なんだと思います。
今日のおやつの一件で、
私はそんなことを学びました。
さて、
残りのポテトチップスを、
どうしようか。
まだ袋にはたっぷりと入っています。
一人で食べきるには、
ちょっと勇気がいりそうです。
誰かにシェアして、
この衝撃を分かち合うべきでしょうか。
それとも、
一人でこっそり、
この戦いを制覇すべきでしょうか。
悩みは尽きません。
でも、
こういう悩みを楽しめるうちは、
まだまだ人生捨てたもんじゃないなと思います。
明日もきっと、
何気ない日常の中で、
思わぬ大冒険が待っているはずです。
そう信じて、
今日も一日を終わりたいと思います。
おしまい。
ここで、
少し、
話しは変わりますが、
ふと、
そんなことを考えていると、
身の回りのすべてのものが、
違った見え方をしてくるから不思議です。
たとえば、
目の前にある、
ただのマグカップ。
これも、
よくよく考えてみると、
すごい奇跡の上に成り立っています。
どこかの土を掘って、
形を作って、
焼き上げて、
誰かの手で、
海を渡って、
我が家にやってきた。
マグカップ一つとっても、
地球規模の壮大な物語が、
そこにはあるわけです。
では、いったい、
なぜ私たちは、
普段そんなことに気づかないのでしょうか?
問題は、
『慣れ』
というものです。
あまりにも日常に馴染みすぎて、
その尊さが見えなくなってしまう。
いわば、
心の解像度が、
少し下がっている状態だと言えます。
でも、
ちょっとしたきっかけで、
その解像度は、
一気にグッと上がります。
今日のポテトチップスのように。
あるいは、
道端に咲いている、
名もない小さな花を見つけたときのように。
そう考えると、
人生の面白さというのは、
特別な出来事の中だけにあるのではありません。
むしろ、
どこにでもある、
何気ない日常の中に、
ゴロゴロと転がっているのです。
宝の山が、
足元に広がっている。
それに気づけるか、
気づけないか。
ただ、
それだけの違いなのだと思います。
本当に、
スゴイことだと思います。
では、いったい、
どうすればその宝に気づけるのでしょうか?
難しい修行や、
特別な訓練は、
必要ありません。
必要なのは、
ほんの少しの、
『好奇心』
だけです。
「これって、どうなっているんだろう?」
「もしも、違う選択をしていたら、どうなったんだろう?」
そんなふうに、
目の前の出来事に、
ちょっとだけ立ち止まってみる。
ただそれだけで、
世界の色が、
ガラリと変わって見えてきます。
灰色だった景色が、
急に鮮やかな色彩を帯びて動き出す。
まるで、
モノクロの映画が、
美しいカラー映画に変わるかのように。
自分の心持ち一つで、
世界はいくらでも面白くできるのです。
そう、
『世界を面白がる力』
というのは、
私たちが生まれながらに持っている、
最高の魔法なのかもしれません。
大人になると、
どうしても、
効率や損得ばかりを考えてしまいます。
「これを食べて、何の得になるのか」
「この時間に、どんな意味があるのか」
そんなふうに、
合理的なもの差しだけで、
すべてを測ろうとしてしまう。
もちろん、
それも大事なことです。
社会で生きていく上では、
必要な視点かもしれません。
けれど、
それだけになってしまったら、
なんだか少し、
もったいない気がしませんか?
役に立つかどうか分からないこと。
効率とは無縁の、
無駄な寄り道。
そういうものの中にこそ、
人生を豊かにする、
本当の宝物が隠されていたりするのです。
ポテトチップスをどちらの味にするかで、
真剣に悩み、
頭を抱える。
傍から見たら、
どうでもいいような小さな迷い。
でも、
その瞬間、
私たちの脳内では、
壮大なドラマが繰り広げられている。
生きている実感が、
そこにはしっかりとある。
これこそが、
人間としての、
最高に贅沢な時間なのだと思います。
だから、
これからも、
くだらないことで大いに悩み、
小さなことに感動しながら、
生きていきたい。
そう思います。
完璧じゃなくていい。
遠回りばかりの人生でもいい。
一つひとつの出来事を、
面白がりながら、
味わい尽くしながら、
歩いていく。
気がつけば、
いつの間にか、
遠くへ来ている。
そんな旅を、
私たちは、
これからも続けていくのです。
明日もきっと、
何気ない日常のすぐ隣で、
小さな冒険が、
手ぐすねを引いて待っていることでしょう。
さて、
いよいよ、
ポテトチップスと向き合う時間がやってきました。
まずは、
深呼吸を一つ。
そして、
運命の選択を、
自分の手で、
下してみたいと思います。
どちらの味が勝つのか。
あるいは、
奇跡の融合が起きるのか。
結果はどうあれ、
この美味しい戦いの結末を、
最後まで、
しっかりと見届けたいと思います。
それでは、
いってきます。