わたしは彼女の住所は知らない。

 わたしの住所から500メートルほどに彼女の住所があるとは思っていた。

 今日は午後1字からゆうちょ銀行に用事があり、2時前に用事が済んだ。

 昼を食べるため、早く帰ろうとしてゆうちょ銀行を出た。

 20メートル歩いたところで反対側から彼女が歩いてきた。

 驚いた。

 出会うことは偶然の時間がちょうど合わないと難しい。

 わたしが、ゆうちょ銀行を遅く出ていたら、彼女がゆうちょ銀行を通って帰らなければ、出会うことはなかった。

 偶然がかみ合うとはこんなときなのであろう。

 わたし行きつけのコーヒー専門店でお茶をすることにした。

 1月に会って以来なので、5か月ほどは空白である。

 2人の共通項は福祉サービス第三者評価者であること。

 その話題から入り、最近の状況を報告し合って、話題を移す。

 彼女は4月中旬にめまいを起こし、原因を調べるため、苦労をした話をしてくれた。

 老化とは今までの自分の機能を維持できなくさせる。

 自分も気を付けないといけないと思った。

 今はすっかり回復し、8月にはスペインに行くとのこと。

 元気の時に偶然にしろ出会える幸せを感じた。

 『カーライル博物館』は明治33年10月から明治35年12月にかけて英国に留学した漱石が、『吾輩は猫である』執筆と並行して、当時の思い出を書き記した随筆である。

 本書はワイド版岩波文庫281『倫敦塔・幻影の盾』に収載されている。

 トーマス・カーライルはイギリスの評論家、歴史家である。1795年に生まれ1881年に亡くなった。『衣装哲学』『英雄崇拝論』などで物質主義を批判し、英雄を賛美した。

 漱石は倫敦塔には1度しか行っていないが、このカーライル博物館には4度行っている。

 カーライル博物館はチェルシーにある4階建ての真四角のビルである。

 カーライルは思索家であり、静寂を好むが、思索を妨げる生活音には悩まされたようで、大金を投じて4階を増設して、そこを書斎にしたようである。

 漱石はカーライル博物館の案内女性を面白おかしく描写し、1階から4階までの見学のさまをカーライルの考え方や知識を交えて克明に書いている。

 この案内女性はそのとき女性が住んでいた厨まで漱石を案内し、詩人テニソンがカーライルを訪問した時2時間余り一言も発せず厨で向かい合っていたと説明してくれた。

 漱石はカーライルの雰囲気を階を上がるごとに感じ、1階に戻った途端にカーライルが遠ざかった書いている。

 博物館、美術館の見学の仕方を学ぶよい本である。

 姉が、都心のマンション生活を止めて、いまの土地に新しく家を建てることにした。

 土地の権利を所有したままに老いる決心をしたのである。

 わたしは、弟だが、姉の考えに賛成した。

 財産の大部分は土地である。

 それは最後の最後に活用するべきと考えたようである。

 酒もたばこもやらず生きてきた姉は、わたしより長生きすると、わたしも姉も思っている。

 生き残ることはお金がかかる。

 姉は財産を持っていた方がいいと思ったわけである。

 都心のマンションを全財産を投入して、見ず知らずの環境で生きるより、土地を保全し、財産の一部を投入して、住み慣れた環境で生きる方が、生きる力には余裕が生じる。わが姉ながら自分の終末をきちんと考えているのである。


 で、本日は地盤調査、午前9時半に姉宅訪問である。

 目覚ましをセットし、訪問。

 業者はきちんと約束の時間に来る。

 わたしが知りたかったのは調査方法と調査結果の有効期限。

 調査はスウェーデン式サウンディング試験によって行われた。

 調査ポイントは5か所。

 約2時間半かかった。 

 調査データはコンピュータから伝送され、地盤の強度、地質が確定され、われわれに伝わる。6日間で分かるのである。

 今日の調査をしておけば、姉が売るときにはきちんとしたデータとして役に立つが、あまり積極的に提示するなと言われた。

 まあ、こうなると地盤調査は地震に強い状態にして建築するための第一ステップである。


 いろいろと、家を建てるための準備があると思い知ったわけである。

 美男は小学2年生、美女は4歳である。

 わたしは、成熟した異性が好きである、という常識の持ち主だと思っているのでこんなことが言えるのである。

 最近の子は脚は長いし、目鼻立ちは整っていると感じ始めたのは20数年前である。

 人間の進化とは、顔と脚の長さに一番影響するのかと思う。

 人間が一番よくなりたいと数千年かけて思っていたのは、かわいらしい顔と日本人であれば脚の長さではなかっただろうか。

 1000年をかけて、その願いがいま子孫に現れたとは言えまいか。

 

 いま、個性と自立が価値があると言われている。

 その個性と自立のうえに顔立ちの良さと足の長さが加われば、余計な劣等感などもたずに人は生きていけるに違いない。


 自分の個性を確認しながら自立して生きる。

 こんな社会になるために、人類の潜在意識は働いているのだろう。

 できれば、歳をとってからの生き方に、なんらかの配慮があればありがたいのだが。

 昨日の梅雨空から本日はピーカン。

 洗濯をし、布団と枕を干した。

 いま洗濯物を取り込み、たたんでいる。

 天気予報を見ても、今週も雨は少ないようである。

 

 梅雨入りを宣言した後、雨の日は少ない。

 もう、熱中症の対策がマスコミの中心になっている。

 この流れだと、水不足と真夏日の更新が話題になるのだろうか。

 そこに、地震などが襲い掛かってきたら、非常に危機的状況になる。

 暑い、水がない、1週間は救助が来ない。

 さあ、困る。


 この危機的状況を考えて、水のペットボトル、缶詰、レトルト食品は買い込んだ。

 まず。揺れが来たら、火を止める。

 机の下に潜り込む。

 貴重品を食料品バッグに入れる。

 状況を見極める。

 避難先を決める。自宅も選択の一つ。

 用意した水と食料品を一つにする。

 ラジオで情報を収集する。


 ま、これでだめなら仕方がない。

 寒さ、暑さの中で自然の脅威は訪れることを覚悟しておこう。

 

 2013年の出版界の期待と話題を一心に集めて本書は2013年4月15日に刊行された。わたしが手にできたのは4月25日の第5刷発行分である。いまのところ書店にはこの5刷が平積みされている。

 村上春樹さんの名作『ノルウェイの森』が発行されたのは1987年9月だった。このときも初版発行の2か月後に読んだ。上下巻の2巻目の最後を読んでいたのは出社の朝だった。会社のある駅に到着する手前で読了した。

 本書の後半部を読んでいた時、『ノルウェイの森』の後半部で涙が止まらず、困ってしまったことを思い出してしまった。

 本書の最後は巡礼の最後にフィンランドに住む黒(黒埜恵理 女性)に会う状況が描かれていた。しきりに涙が出てきてしまった。


 異性間にある人間の優しさ愛おしさを書き込むことで涙を引き出すのが村上春樹の作品であるとわたしは思っている。

 村上の異性間関係は、哀しく美しく優しいのである。


 本書は多崎つくるの高校時代の親友関係の喪失とその自己回復への物語である。

 名古屋の公立高校で男3人と女2人はボランティア活動を通して五角形のピッタリ収まる関係を育む。

 男2人赤(赤松慶)と青(青海悦夫)と女2人白(白根柚木)と黒は愛知県の大学に進学する。4人には色彩があり、多崎の姓にだけ色がなかったのである。多崎つくるだけは東京の工科大学の建築科に進学する。この関係が彼らが大学2年生の時に壊れる。

 多崎は他の4人から絶交を告げられる。理由は告げられなかった。

 その直後から多崎は数か月間食欲を無くし精神を病む。

 それでも多崎は水泳で知り合った灰田文紹と親しくなるなど、大学生活を続ける。


 いま多崎は36歳になり、大好きな駅づくりの仕事をしており、鉄道会社の施設部建築課課長代理を務めている。38歳のキャリアウーマン木元沙羅と知り合い付き合いを始めている。

その彼女から多崎は心の中に閉じ込めた高校時代の喪失を解明しない限り、人間を心底愛することはできないと指摘される。

多崎は、赤、青に会い自分の排除の原因を知る。白根が多崎に強姦されたと言ったことが原因であった。

 そのことは多崎からすれば濡れ衣であり、なぜ、白根が多崎に強姦されたなどと言ったのか赤も青を答えることができなかった。

 

 多崎は女同士であれば、詳しく知っているのではないかと、フィンランドに住む、黒埜を訊ねる。黒埜は愛知県に陶芸修行に来ていたフィンランド男性と結婚し、娘2人を生んで生活している。

 黒埜と会った多崎は白根が多崎から強姦されたと言った後の話を聞くことができた。

 高校時代は男女を強く意識する。5人はその関係を維持するために男女関係は封印していた。

 黒埜は多崎が色彩を持たず、何の個性を持たないと思っていることの考え違いを指摘し、自信を持つようにと励ます。そして、木元沙羅との関係をきちんと作り上げるようにとアドバイスする。


 多崎と木元、多崎と赤松、青海、黒埜の関係がどうなるかわからない。大学時代の友人灰田は突然いなくなるがどうなっているのか。

 人生とは出会いと別れの繰り返しである。そこに喜び、悲しみが生まれる。

 少なくとも数百万の日本人が、この本を読んだわけで数百万の感想が生まれたわけであろう。

 

 過日、定休日で行けなかったお店でランチをした。

 わが街でマスコミなどで紹介されている有名店である。

 懐石料理「大根の花」はわが街の女性に、おいしいと評判をとっている。

 今日のランチのお相手は、わたしの娘の年頃の女性である。

 性格がかわいくて、外見が目鼻立ちが整い、一緒にいるととても楽しくなる不思議な雰囲気を持った女性である。

 今日は月1度の出勤日にあたると、昨晩連絡してきたので、ランチすることにした。

 こんなとき、必ず遅刻してくるので、今回は約束の時間ぎりぎりに行こうと用心していたが、案の定メールがきた。

 「少し遅れます。すいませーん」

 約束の時間から5分遅れ到着で家を出た。

 少し歩いたところでまたメール。

 「クルマどこに置いたらいいでしょうか」

 知るかそんなこと、と思ったが、有料の駐車場の場所をメールした。

 今度は電話。

 「大根の花に着きました」


 こうして無事にお店で会うことができ、すぐに花膳弁当を注文。

 まず、弁当の見栄えがいい。天ぷら、刺身、冷茶わん蒸し、さわらの煮つけ、野菜サラダと味付けが上品であった。

 食いしん坊のわたしたちは20分間、ひたすら美味を味わうことに専念した。

 この店の主人が板さん、奥さんがレジと接客で、二人とも感じがいいのである。料理はその店の人格が反映する。その店の心が料理の味になるのである。

 というわけで、あわただしいランチはあっという間に終わったが、こういう店に一人で来ることはない。

 またの来店を娘のような女性とお店の人と約束した。


 別れ際に娘のような女性は紙袋をわたしに差し出した。

 「明日何の日か知っていますよね。」

 父の日のプレゼントであった。

 夏用の渋めの扇子であった。

 うれしい、大切に使うとメールした。

 本書は2012年5月21日に講談社から刊行された。


 三木卓の奥さんである福井桂子との出会いから桂子の死までを丹念に綴った小説である。

 夫婦の尋常ならざる物語ともいえる。

 三木は小児まひの後遺症で左足が不自由というハンデを負って生きてきた人間である。

 恋をするには、なかなか思うようにいかないものがあったに違いない。

 ところが、福井桂子と会ったとたん、交際を申し入れ、受け入れられる。このとき二人は詩人同志として出会ったことになる。

 詩人は常識では行動しない。桂子はお泊りセットを用意し三木のアパートに入り込む。

 三木は恋と愛を同時に手にいれ、自信をもてるようになる。

 同棲はしばらく続くが、結婚する。

 桂子は御嬢さん育ちなので、風呂の焚き付けはできない、金銭管理は不得手と共同生活者としてはかなり疑問符がつくが、幹はたじろがない。

 三木が小説家としてやっていけるようになると、桂子は自宅ではなく仕事場を決めて、そこで仕事をするようにしてしまう。

 「あなたには自宅にいてもらいたくない」

 が、理由である。娘が誕生後はさらにその傾向が強まり、大晦日だけ帰宅となる。

 その桂子が発病する。

 「わたしが病院に行くときは必ず付き添うこと」

 これは夫婦間の約束事項であり、三木は律儀にその約束を実行する。

 生きようとする桂子、生き続けさせようとする三木。

 しかし、2007年9月26日、72歳9か月で桂子は逝く。

 2人で暮らしたのは、47年であった。

 なのに、外出とは己の不運を呪った午前であった。

 ところが、用事を終え、午後5時前の電車に乗り、帰ろうと考えたらそのとおり体が動いてしまった。

 東京駅で特別快速に乗った。

 読みかけの風野真知雄『妖談ひときり傘』を読んでいた。

 そこへ、30代の男女が駆け込んできた。

 「座れなくて、残念」

 と女性が言った。かなり遠くまで行くのであろう。

 あんたら、ここに立つのは残念の後の無念になるよと説明したかったがこの二人の立つ場所の勘違いにあきれた。

 わたしは、座席の中央に席を占めていた。短い距離しか乗らない人はドアの近くに座る。この原則すら理解していない、この二人の見通しの悪さを、わたしは思った。

 この二人のうちの女性はけれんみのない性格らしく、また二人の間では共有するほどの付き合いはなかったらしく、女性は男性に話しかける。

 「お子さんは、何人いらっしゃるのですか」「わたしは北区ですが、どちらにお住まいですか」とか、聴きまくる。

 そのうち。「わたしは3人姉妹です。3人とも今年になってついに全員バツイチ、わたしは長女だけど、次女は罰2。だけど彼氏がいるのは次女だけ。次女も三女も子供は二人。子供がいるのに次女はようやる」

 うれしいくらいあっけらかんとわたしの隣に座った女性は話し続けたが降りてしまった。

 ああ、こんな女性がわたしは好きなんだと思ったが、顔を見ることなしに、出会いは終わってしまった。

 本書は2013年4月10日に世界思想社から刊行された大著である。

総397ページ、索引7ページ。

 漱石の作品を渡邊澄子さんが読んだ、その思いを見事に描き切ったと言える著作物である。

 先だって、夏目漱石の美術世界展を観に行ったときに、女性が多かったことに意外感を抱いた。

 渡邊さんはすごい漱石の読み手である。

 本書はジェンダーで漱石の作品を読むことをテーマとしている。

 新しい漱石の読み方である。

 漱石作品を美術の視点でとらえようとしたのが美術世界展であり、ジェンダー読もうとする視点も初めての試みであろう。

 夏目漱石は生活のためのお金は必要としたが、博士になったり、東京帝国大学教授になることよりも、自分の作品が100年後に読まれることを強く志した作家である。

 その志を美術展の企画者も渡邊さんもしっかり受け止めている、とわたしは思った。手を変え品を変えたわけではないが、漱石の作品には時代を超越した人間が描かれており、研究者は常に発見ができるのであろう。


 渡邊さんは、ジェンダーを切り口にして漱石と漱石文学に迫りたいと考え、本書を著わしたのである。

 ジェンダーとは「社会的・文化的に形成された性別」のことであり、生物学的な性を表すセックスとは区別される。

 さらに筆者は「文学をジェンダーで読むということはその作品にどれだけジェンダー・バイヤスがかかっているのか読み解くことである」と解説してくれている。

 筆者は、まず漱石を文学史上で最初にジェンダー・バイヤスをはぎとり、男女平等の暖かい血が流れた平和な人間関係を目指した文学者であると見た。

 そのうえで、漱石文学で重要な作品は『それから』『行人』『道草』『明暗』であると考えている。

 そして、目次構成を以下のように組んだ。

 『吾輩は猫である』 女の問題を中心として

 『虞美人草』 糸子は序列最下位の女性か

 『三四郎』論 美禰子像を視座として  

 『それから』論 代助という人

 『門』論 宗助と御米・「幸福」な夫婦

 『彼岸過迄』論 須永と千代子

 『行人』論 お直を視座として

 『こゝろ』論 「先生」という人

 『道草』論

 『明暗』論


 解説はくどいところがあるものの歯切れよく、漱石の作品の人物像がここまで言われないとだめかというぐらい徹底的に暴かれる。

 筆者は作品をジェンダー・バイヤスの強弱で測りながら漱石が徐々にジェンダー・バイヤスを乗り越えようと苦闘する様子を書き込んでいる。

 本書はジェンダーを切り口として、漱石文学に新しい視点を設定した。新しい読み方を読者に提示したわけだ。

 この筆者の試みが新しい読者を増やすことにつながるであろう。


 漱石文学の真骨頂は、男と女、愛にある。このテーマこそ時代を超え、永遠に人間に訴えかけるものである。

 漱石文学は永遠であると思っているのはわたしだけではないと思っている。