本書は講談社文庫として2013年6月14日に刊行された。

 小学館児童出版文化賞受賞作であるにもかかわらず、ライバル社からの出版となっている。

 僕、浦野洋は小学生である。昔クジラ漁で栄えた港町で生まれ、成長中であるが、勉強は不得手、クラスにも馴染めずにいる。

 昔、父親はクジラ漁の射手として鳴らしていたが、事故で左足を失い、いまは義肢である。

 父親は実の父親が営んでいた日之出輪業を譲られ、それ以後は自転車屋のオジサンになっている。

 浦野家は、おじいさん、父、母、洋の4人家族で、寂れた港町で暮らしているわけである。

 浦野家には後脚を自動車事故で失った愛犬コロがいる。コロは町エジソンと親しまれている父親の作った三輪車を改造した義肢を装着したことで移動は可能となっている。

 日之出輪業には自転車の新車が何台も陳列されているが、中でもブルーの車体を持つマウンテンバイクは洋のお気に入りである。

 父親が外出で出かけた日、洋は売り物のマウンテンバイクに乗ってしまい、操作を誤り転倒してしまう。マウンテンバイクには目立つ擦り傷がついてしまう。

 洋はその擦り傷をじっ見る。少し手を加えれば「UMI」になることに気がつき、手を入れてしまう。

 小学5年生の後半に、両親は別居する。母親がストレスで元気を無くしたのである。母親はミカン山を経営する実家に戻る。父親はマウンテンバイクを洋にあげる。洋は母に連れられ、ミカン山にある小学校に転校する。

 転校先のクラス仲間は、洋のマウンテンバイクが気に入らず、「車落としの坂」に洋を誘い出し、転倒させる。

 洋は夏休みに入ってから、自らに課した宿題をやりとげようと、まず「車落としの坂」を踏破した後、父親とおじいさんのいる港町に「UMI」で向かう。

 途中でワンボックスカーの助手席に乗る印象深い少女と会う。

 無事に父とおじいさんのところに帰り着いた洋を鯨祭りが迎える。

 少女はたこ焼きの店番をしていた。小学校のクラスメートも温かく迎えてくれる。

 祭り当日のイヴェント会場では、踊りのコンテストがあり、おじいさんはクジラ踊りを披露した。孫たちに受け継いでもらいたかったのだ。

 頑張りすぎた祖父は翌日のタイ釣りに行けなくなり、父親が代わりに洋を連れて行くことになる。洋はコロの同行を父に頼み受け入れてもらう。

 借りた船に乗った途端、父は海の男になる。

 船のエンジンが故障したり、突然の嵐でコロが海に投げ出されて父が救うために海に飛び込んだりと、そこそこで洋は活躍する。

 洋は巨大なタイを自力で釣り上げる。

 少女とは来年の鯨祭りでの再会を約して別れる。

 「UMI」でミカン山まで帰ることが洋が自身に課した宿題である。

 洋の成長は、父とおじいさんの存在が大きいが、母としっかり向き合おうと考える力になっている母も大切である。

 成長するには何が大切か。肉親、故郷、友達、新しい出会いそして未知の体験をしようとする意思。その意思を支えてくれたのがマウンテンバイク「UMI」号だったのである。

 

 

 本書は岩波文庫 緑10-6として1938年5月15日に刊行された。

 小川三四郎は年齢23歳、福岡県京都郡真崎村から東京帝国大学文科に入学するために東京に出ていく。

 名古屋で年増の女性と同宿する羽目に落ちいる。風呂には押しかけられ、ダブル布団で一緒に寝るが、なにもできない。

 女は別れ際「あなたはよっぽど度胸のない方ですね」と捨て台詞を吐かれる始末であった。

 汽車の中では広田先生と同席し、雑談する。

 日本には富士山しかないと断定する広田先生に対して三四郎は「しかしこれからは日本も段々発展するでしょう」と言うと、広田先生は「亡びるね」と切って捨てる。

 三四郎はそれでも、自分がエリートであり、学生生活に夢を持っていることを疑わない。

 母が紹介してくれた野々宮宗八に挨拶に行ったり、大学の池で団扇をかざす里見美禰子と遭遇したり、佐々木与次郎と知り合ったりと東京暮らしに活気が出てくる。

 広田先生の書生を自認する与次郎のおかげで、広田先生の引越しの手伝いに行った折、美禰子と話す仲になる。

 恋愛小説、三四郎の始まりである。

 三四郎は度胸がないため、美禰子に言い寄ることもできないし、美禰子は美禰子で本心は決して表に出さない。

 美禰子は野々宮が好きなのだが、学問馬鹿の野々宮はまるで女性の気持ちを理解しようとはしない。

 美禰子は三四郎を誘惑して、野々宮を振り向かせようとしたのであろう。

 美禰子は三四郎に「迷子の英訳を知ってらして」と聞き、教える。

 「ストレイ・シープ」

 美禰子は大きな迷子である野々宮と広田先生を責任を逃れたがる人と言っているが、実は美禰子も三四郎も人生の迷子なのであろう。

 三四郎は会えば会うほど美禰子を好きになる。度胸のない三四郎でも、「あなたに会いたいから会いに来た」と言えるほどになるが、時すでに遅く、美禰子は結婚を決めてしまう。

 熊本の高校を卒業して上京した三四郎が都会で初めて挫折したことが恋愛であったのは、よかったのか悪かったのか。

 近くて遠いは男女の仲とはうまい言葉である。

 「男と女はお互い分からないから魅力がある。そこで恋愛、失恋、結婚、離婚、不倫、殺人が起こる」

 

 『三四郎』に登場する、文学者、芸術家、哲学者は、

 正岡子規、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラスキン、スコット、アフラ・ベーン、ヘーゲル、イプセン、ニーチェ、クールベ、モロー、シャヴァンヌ、歌麿、西川祐信、ラファエロ

 であった。

 美禰子のことについて話がでてくるとイプセンがよく引用されていた。

 新しい女は漱石の中にいつもいた。

 『明暗』が絶筆になったのは漱石は無念であったであろう。

 今日は猛暑日が続いたころに比べると気温が低い。

 絶好の投票日と言っていいだろう。

 しかし、投票率は午前10時では8パーセント、午後2時になっても22.66パーセントと前回の参議院議員選挙より5.15ポイントも低くなっている。

 わたしの投票所も、東京都議会議員選挙から遠くなってしまった。

 候補者もなじみがない。

 投票所には午後4時に行った。

 投票所から2人出てくるところであった。

 投票所に詰めているのが6人。

 有権者はわたし一人であった。

 まず、選挙区の投票。クリーム色の用紙に候補者名を書き、投票箱に入れる。

 続いて、選挙通知のはがきを比例代表の受付に提示し、白色の投票用紙をもらい、政党名などを記入して、投票箱に入れる。

 立会人の女性が「ご苦労様でした」と背中に声を送ってくれた。

 投票所を出たが、入ろうとする人がいなかった。

 わたしは、選挙権の行使はいつも律儀にやっている。

 野球の練習を終えた高校生が自転車でわたしを追い抜いて行った。

 今回の投票の意味は彼らを戦争に行かせてはならないと考えているからである。

 たまには、3食何を食べたか記録したくなった。

 まず、朝食。今日は午前7時に食べた。

 6枚切りの食パン1枚、1日分の野菜ジュース、大根、キャベツ、玉ねぎの味噌汁、ゆで卵。

 以上が朝食である。いつも食べているが、愉しくないし、満足感もない。

 そこで、昼食。一杯のご飯、オリーブオイルで炒めたソーセージ、レタスのサラダ。取り合わせの悪さはわかっているのだ。そう、今日は冷蔵庫クリーンディーなのである。

 冷蔵庫をきれいにして、明日のスーパーの安売りディーに備えるのである。

 なぜか、心を満足させていない朝食、昼食だったが、夕食が待ちに待った食事なのである。

 ウナギ丼である。

 これをシングルモルトのロックで食べるのである。

 ウナギ丼は酒のつまみである。

 いま書いているが、いい気持ちと胃の満足感は格別である。

 2食の粗食、1食の満足食。

 人生は1勝2敗でいいと思う。

 本書は1999年4月20日に初版1刷が刊行されている。わたしの本には4月25日第2刷発行とある。

 この作品は難解であった。

 主人公のすみれ、ぼく、ミュウの生い立ち、才能などを理解するにはわたしの生い立ち、才能などではとても理解不能であるからである。

すみれは20歳を超えたところで初めて恋をする。

 相手は女性の人妻のミュウである。

 すみれとミュウの出会いは、すみれの親戚の結婚式の会場である。

 同席したすみれはミュウと話し、好きになる。

 しかも、ミュウの誘いで、ミュウの秘書として働き始める。

 すみれは歯科医の娘で28歳まで職業作家の道を保障されている。

 ぼくはすみれの大学時代の2歳上の知り合いで、いまは小学校の教師をしている。

 つまり、無職のすみれと結婚している事業家ミュウ、小学校の先生をしているぼくとの人間関係が小説を構成しているのである。

 ミュウは性欲は薄いが同性愛は受け入れられない女性であり、ぼくはすみれの才能と人間性を愛している。

 ミュウとすみれはヨーロッパをビジネス旅行をする。そしてイギリス人と知り合いイギリス人が所有しているギリシアの島の別荘で過ごすことになる。

 すみれがその島から消える。

 ミュウの連絡でぼくはその島に駆け付ける。

 ミュウもぼくもすみれが自死することなど考えていないが、物語が終わってもすみれの生死は不明である。


 ぼくがいたからわたしはこの小説を最後まで読むことができた。恋することは悲しいことであると思う。まして同性を愛することは難しいと思う。

 スプートニクと言う、なじみやすいが宇宙を飛んだ手が届かない名をもつ恋人を得ることができるのだろうか。


 それにしても、村上春樹さんは途轍もない構想力を文章にできる人間である。

 しかし、『ノルウェイの森』『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』のときのような涙はでてこなかった。

 本書は1993年11月25日に光文社「カッパ ハードカバー シリーズ」の一冊として刊行された。

 筆者曰く官製バブル崩壊後の日本に危機感をもって書いたのであろう。

 筆者は経済評論家であるが、わたしは内橋さんは経済を切り口にした社会評論家であると思っている。内橋さんの視点は人間であるからである。

 本書は、大量生産・大量消費・短サイクル・大量廃棄のビジネスモデルが招いてしまったバブルそして崩壊をどのように回復させるかのプロセスを提示したもである。

 筆者は、「モノと人と時間」の三者間に新しいあり方を見ようとする思想の台頭と「コストダウン」から「コスト回避」への価値転換に実例を挙げて説明し、大量生産・大量消費・短サイクル・大量廃棄を否定する。

 本書を知る人はいまは少ないと思う。

 内橋さんの思想を知ることが真の景気回復を願う人の力になると思い紹介した。

 

 今日は仕事で街を歩いた。

 住宅街と繁華街である。

 午前9時45分に自宅を出て、帰宅は午後2時半であった。

 午前10時55分には目的地について、施設を訪問した。

 担当の職員が7月26日に退職するので、退職理由と辞めた後の計画を聞くためである。

 その職員は都内に住み、職場には4回乗り換えて通勤していた。「自宅から近い全国展開の特別養護老人ホームの施設長の仕事が見つかったので転職することにしました」

 キャリアアップである。

 これまでのお礼を言い、今後の活躍を期待していると、わたしの気持ちを伝えた。

 福祉の仕事をやる若者は多いが、通勤しやすく、自分のキャリアを磨け、待遇もよくなるという話を聞くのはうれしいものである。

 帰路の静かな住宅街を歩きながらこの転職に幸あれと願った。

 もうお昼である。

 昼を食べてから、次の仕事である銀行に行こうと判断した。

 一人での外食は久しぶりである。

 繁華街の脇道に入ると「江戸切そば」の店が目に入った。

 一人で食べるには格好の店である。

 生ビールと冷たいえのきだけの天ぷらそばの食券を購入してお渡し口に提示する。威勢のいい若い娘さんが歯切れよく注文の品を調理場に通す。店内も調理場も清潔である。

 細い二八そばが江戸切なのかと納得してすする。冷たいビールと冷たいそばはよくあう。

 銀行に入り受付に立つ。感じのいい女性が応対してくれた。

 用件を話すと、すぐに対応してくれ、番号札を渡してくれた。

 この銀行ではいい思いをしたことがなかったが、初めて好感をもった。

 繁華街に戻ると、心が浮き立ち、やたらと女子高生の姿が目にとまる。わたしの感覚はもう夏休みなのだが、彼女らはまだ夏休みなのではないのだ。

 広島の16歳少女の殺人と女子高生の集団歩きがダブって見えたのはわたしの感傷かもしれないが、みんな仲良くこれからも付き合ってくださいとエールを送った。

 今日の気分と繁華街と言うことで、白の半そでポロシャツを2枚買ってしまった。

 天気予報通り、午後4時を過ぎたころから静かな雨が降り始めた。

 いま、関東では最高気温のニュースで、館林、熊谷が名前を競っている。

 館林と熊谷は埼玉県に所属している。

 江戸により近い館林は徳川氏との関係が深い。

 館林はつつじとうどんが有名であるが、知る人ぞ知る範囲である。

 いま、館林は、地域起こしとして、高校生の力を生かそうとしている。

 10年前から館林市内にある商工高校では、地域で市販できる商品開発を教育課程に取り入れて、教育の成果を示そうとしている。

 高校の「うどん娘」5人は、激辛うどんの商品化に挑んでいる。

 辛さだけでなく見栄えにまでこだわって工夫を重ね、「激辛、激甘、劇冷」のコンテストに参加している。実際に食べた人の投票によって順位を決めると言う。

 埼玉では佐野のラーメンが有名であり、宇津宮の餃子、静岡の焼きそばなど中華のジャンルが、中華好きの日本人を意識して、地域起こしに役立っている。

 うどんは四国であるが、味を切り口にして地域起こしに参入すると言うことは新鮮である。

 若者の知恵が地域起こしに効果が上がれば、若者の自信につながり、いっそうの相乗効果につながるであろう。

 わたしの時代は、産学共同には疑問符がついていた。しかし、学生はいずれにしろ、実社会で生きるしかない。

 その実社会との触れ合いを早くすることは、理屈以上に効果を発揮するのではないかと思う。


 東京は33度らしい。

 猛暑日にはならないようだ。

 帽子もかぶらず外に出たが、すぐに頭が照りつけられた。

 高齢者は申し合わせたように、帽子をかぶっている。

 図書館に併設されているテニスコート、野球場には、元気な人たちが、元気にプレーを楽しんでいる。

 スポーツ卒業を決めているわたしはそういう元気人を視野からそらせるように図書館を目指す。

 スポーツよりは本の人も多い。

 自転車の数がいつもより3割は多い。

 図書館の中は、椅子に座り、じっとしている人がほとんどであった。

 冷房が効いているから、涼みに来ている人間が多いのではないかと疑った。

 わたしは10冊借りた本を、1週間もたたないうちに読み切ったので、借り換えるために訪問したのである。

 わたしは、まず新刊コーナーを丹念に見る。探している新刊がないと60冊ぐらい置かれている新刊を丹念に見る。上から2段目までは文庫新書、3段目から7段目までが単行本である。

 3段目に『よくわかるジェンダー・スタディーズ』2013年3月30日、ミネルヴァ書房、4段目に『失業・半失業者が暮らせる制度の構築 雇用崩壊からの脱却』2013年4月19日、大月書店が目についたので借りた。

 夏目漱石の『三四郎』『道草』も借りた。

 そう、わたしは涼みに行ったのではない。

 本を借りに行ったのである。

 わたしも図書館では新聞を読んだり、3階の資料室で調べものをしたりと、図書館の機能を利用する人間であったが、いまや、上記の借りるしかしていない。

 図書館の正しい利用を心掛けないといけないと思った。


 今日は新宿の大手書店を訪ねた。

 夏休みの高校大学生向けに新潮文庫が平積みされていた。

 どんな作品が陳列されているのか関心があったので、ざっと眺めて見た。

 夏目漱石の『三四郎』が置かれていた。城山三郎の『落日燃ゆ』があった。古典としては『おくの細道』『方丈記』『徒然草』が平積みされていた。

 女性作家は宇野千代の恋愛の随筆のみだった。

 外国作家はドストエフスキー『罪と罰』が存在を主張していた。

 そのほか、谷崎潤一郎の小説が置かれていたが、ほとんどは現代作家のもののようであった。

 わたしが認知できない作家は現代だと思っている。

 それにしても、わたしが認知できる名前が少ないと思った。

 森鷗外、永井荷風、高橋和己、武田泰淳まして白樺派の志賀直哉、武者小路実篤、そして安部公房、石坂洋次郎がない。

 アンドレ・ジッド、トルストイもいない。

 わたしが上記の作家の作品に触れたのは、すでにお亡くなりになっていた方が多かったと思う。

 作家はいまを生き、いまを書くことによって、いまの中にある永遠のテーマを探し出し、残す。

 時代を超えることができた作家の作品はいまも本の形でいまの人々にその存在を訴えることができる。

 いまの書店は売り上げ優先になってきたのではないか。

 本は文化である。

 帰りの電車の中は、スマホの世界である。わたしは本を読む。