過日の柏井さんの光文社新書『おひとり京都の愉しみ』でランチにうな重はいかがなものかと言った。

 今日は第二丑の日らしい。

 うなぎを安く仕入れ頑張っているスーパーダイエーは、「今日は第二丑の日。お安いうなぎをご用意しております」と、販促に必死。

 うなぎ国産が980円。

 由来は知らないが、今日もうなぎが食べられるんだと買ってしまった。

 頭の片隅ではうなぎは今日の晩飯と思っていた。

 ところが、自宅に帰って考えた。

 マグロの刺身も買ってきていたのだ。

 本日はうなぎとマグロ、体にもいいし、おいしいし、今日の食卓は豪華はないが絢爛。

 ところが、刺身を食べるのはお酒を飲むためであり、昼からはいかがなものであるかと、常識が頭をもたげた。

 しばし熟慮。

 これは、うなぎをアツアツのご飯の上に載せて食べるしかない。

 ちらりと、柏井さんの昼にうな重にケチをつけていたのに。

 自らの信念のなさにあきれながら、うな重を作った。

 食べた。


 昼からうな重は正解と言わざるを得なくなった。

 一人旅、一人食べの名手、柏井さんは飛行機旅を嫌っていたが、一度経験せざるを得なくなってから、キャビンアテンダントにすっかり惚れたようだし、昼のうなぎもこれからは昼の定位置に置くことにしよう。

 朝令暮改ははずべきではない。

 本書は三好行雄さんの編である。

 漱石の文明論として明確になっている中味を持つ講演、小論、日記、手紙を三好さんが編纂したものである。

 昨日、読み返していたら面白い小論があったので紹介したくなった。

 「愚見数則」である。

 明治28年11月25日に発行された愛媛県尋常中学校『保恵会雑誌』に寄稿した生徒にこういう人間になって欲しいと漱石が考えた小論である。

 明治28年4月に漱石は高等師範学校および東京専門学校を辞任し愛媛県尋常中学校に赴任した。

 漱石は、このころ自分の行先を悩みいろいろと運動していたが、足を引っ張る勢力と対峙するよりも、田舎に引っこみ村夫子として生きようと考えていたらしい。

 ところが、松山でもそれら勢力に悩まされ、1年で松山を去ることになる。

 「愚見数則」は松山赴任直後に依頼され、筆を執ったのであろう。

 漱石の教育観、人間観が鮮やかに浮き出て、読んでいると頷かざるを得ない内容になっている。


 漱石は当時の教育現場を、昔は書生と先生とは強い信頼関係で結びついていたのが、「今の書生は学校を旅屋の如く思ふ。金を出して暫らく逗留するに過ぎず、厭になればすぐ宿を移す。かかる生徒に対する校長は、宿屋の主人の如く、教師は番頭丁稚なり。中略 生徒の増長し教員の下落するのは当前の事なり。」

 と、認識していた。

 漱石自身は、自分は教育者に適していない。自分のような者を教育場裏より放逐しさえすれば、日本の教育が隆盛になりし時と思え、と過激に述べながら、月給の高で教師の価値を決めてはいけない、教師は生徒より偉いものではない。

 そして、勿れ、勿れを連呼する。

 「多勢を恃んで一人を馬鹿にする勿れ」

 「教師に叱られたとて、己の値打が下がれりと思うことなかれ」

 「威張る勿れ。諂う勿れ」

 「妄りに人を評する勿れ」

 人を観よ、理想を高くせよ、と言っているのである。


 「愚見数則」は現在の教育現場にも当てはまるような気がする。

 児童、生徒間のいじめ、教師による体罰、モンスターペアレントを絶滅するためには、「愚見数則」をテキストにして話し合ってみてはどうかと思った。

 職員会議、父母会、学級会などで十分使えると思う。

 ただ、このような発言をした漱石は教育界では疎んじられただろうと思う。漱石は過激であったのである。

 



 この蒸し暑いのに3回も外出してしまった。

 まず、預金引き出しの急な用事ができてしまい、あわてて外出。

 月末のキャッシュディスペンサーは混んでいなかった。

 引き出したお金を別の口座に入金するために200メートル離れた銀行に向かった。

 やれやれと自宅に帰ってきたら、携帯に電話。

 するとあれよあれよと電源がアラーム音をがなり立てた。

 しまった。バッテリーを代えないといけない。

 auの販売店に向かう。

 2回目の外出である。

 ところが、バッテリーの在庫がない。

 電話は仕事で使うので、やむを得ず、機種変更、契約新規でお願いし、明日には入手できることになった。

 窓口の親切な男性に、

 「なんでスマートフォンを勧めないの」

 と聞いた。

 「いやあ、最近のお客様は電話さえできればいいとおしゃる方が多いいので、無理にはお勧めしないのです」

 わたしは納得した。

 3回目の外出は仕事である。

 グループホームの担当者が変わったため、挨拶をしに行ったのである。性格を観に行ったということである。

 初対面で普通に話せればそれでいいというのがわたしの価値基準。

 合格であった。

 やれやれ、あわただしい一日であった。

 電車に乗りながら、涼しさを求めてこんな行動をしたのかなと思ってしまった。

 わたしの自宅にはエアコンはない。

 わたしの見守り人は、そのためわたしが熱中症で倒れているのではないかと心配してくれている。

 水分、塩分は過不足なく摂っているので私は心配していないのだが。

 どうしても本書収載の「私の個人主義」には言及しておきたい。

 この講演は大正3年11月25日に、学習院大学生を相手にしたものである。

 漱石は常に聞き手のことを考えて話の内容を考えている。

 いつも、私の話は面白くはありません、しかし最後まで聞くようにと言い切る。

 漱石は中学、高校の教師をし、英国留学をするわけだが、この英国留学1年目において、ようやく自分の進むべき道を見つけ、それ以後安心と自信の中で生きることができるようになったと語る。

 漱石の留学の目的は英文学の研究だったのであるが、英国研究者が漱石に教えたことは英文学に関する知識のみであった。

 漱石は精神衰弱に陥るわけだが、漱石は考えることはやめなかった。そして、自己本位に生きなければならないという境地にたどり着く。

 それ以後、たぶん漱石は自らの生きる道は自分で探し続けると決めたのであろう。

 漱石は国家主義が世の中の主流になっている日本で、若者に個人主義を語る。国家主義と相対する考えではないときちんと前置きし、権力も金力もある若者に語りかける。

 「自己の個性の発展を仕遂げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないと言う事。第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに附随している義務というものを心得なければならないという事。第三に自己の権力を示そうと願うなら、それに伴う責任を重んじなければならないという事。つまりこの三か条に帰着するのであります。」

 このあと、漱石は自らの個人主義は「他の存在を尊敬すると同時に自分の存在を尊敬する」ものなのであるから、国家主義からの批判は当たらないと言い切る。

 漱石は絶えず、学び、考え続けた偉人である。

 

 山口、島根に大豪雨。山口市や萩市、島根県津和野町などの被害が映像で紹介されている。

 山口駅に続いているはずの道路が消失している、6メートルの堤防が堤防ごと破壊されて剛水が畑を、家を流し去った。

 わたしは、30年前に山口市、津和野町、萩市を訪れた。

 山口市では日本医師会の学会が開催されていたため、ホテル、旅館はすべて満室。ひ弱なわたしはうろたえ、あわてた。旅館に電話をかけまくり、ある商人宿で相部屋であれば宿泊可能であると言われお願いした。

 親切な宿のもてなしにわたしはようやく人心地を取り戻した。

 その後は前日に宿泊所を予約し、何とか楽しい、山陰旅行をすることができた。

 津和野1泊。萩2泊は、とても風景が気に入った。


 その人々や風景を大豪雨が流し、消し去ってしまった。

 わたしの中に残る大切な想いが持って行かれたような、そんな状況に陥った。

 茫然自失。

 自分でできることを考えなければと思っている。

 今日、コメントをいただいた。

 柏井さんの『おひとり京都の愉しみ』についてとてもよいコメントをいただいていた。

 コメント管理を操作していたら6月に2件夏目漱石『門』でコメントをいただいていたことに気がついた。

 以上3件のコメントは、わたしにとっては非常にありがたいものであった。

 夏目漱石は読みなおさなければならないと考えていたし、柏井さんの作品は素晴らしいものであったので、それを伝えたかった。

 受け止めていただいた方がいたのだと、今日、初めてわかった。

 ありがとうございました。

 東アジアカップで日本は優勝した。

 いいことは続くものである。

 ワイド版岩波文庫として2005年4月15日に刊行された。

 そうそう、わたしは蔵書にしたいと思った柏井壽さんの『おひとり京都の愉しみ』を図書カードで購入した。柏井さんは光文社新書のベストワンのライターらしく4,5冊京都に関する図書を刊行していた。

 ワイド版とは老眼の読者を想定しているのである。わたしは目は地震があったが今年に入り、老眼鏡をかけないと本に向き合う気力がなくなってしまった。

 それだけにワイド版はありがたいのである。

 さて、本書は夏目漱石さんが、こうすると言って作った本ではない。

 三好行雄さんが、自分の価値観で漱石の講演録などを漱石の文明論と分別しまとめたものである。

 ここまで整理してもらうと、漱石好きには妙に納得してしまうのである。


 本書の冒頭には明治44年11月10日に和歌山で朝日新聞社主催の講演『現代日本の開化』が掲載されている。

 この講演の内容を読むのは2度目だが、漱石は講演を聞きに来たならば逃げ出すことは許さない、最後まできちんと聞きなさいと信念をもって話している。そこには漱石の自分の考えに書くことした意思を伝えたいと思う気持ちが沸沸として伝わってくる。

 また、漱石の人間観は学び熟慮し、考え抜いた、考えを伝えきりたいと演壇に立った真摯が伝わってくる。

 漱石の言いたいことは、明治の現代の開化の中身を説明し、その開化の中身を解き明かし、悩んでいる自己を聴衆の前にさらけ出し、考えてもらいたいとの熱意にあふれる。

 漱石は「開化は人間活力の発現の経路である。」とゆるく言い切り、その発現の経路を、二種類あるとみなす。

 一つは人間活力を節約して対処する。

 もう一つは人間活力を消耗して対処する。

 節約するは移動手段の技術(汽車、自動車)、通信手段の技術(電報、電話)を発展させた。

 消耗は、漱石は道楽とし、大学を出ても働かず、働いても私的こだわりにのみで生きようと考えている人間の姿を考えている。

 さて、問題は明治は何によってもたらされたのかである。

 明治は黒船来航アメリカから始まり、植民地主義のイギリス、フランスの外圧によってもたらされたと言える。

 維新後は、外国に追いつけとばかり殖産興業、徴兵制と突き進んだ。

 それまでの日本は、朝鮮、中国の影響をゆっくり飲み込み消化し自分の国の考え方、慣習を進化させてきた。これは内発的といえる歴史である。

 明治維新は外発的な力が強く、内発的になる時間なしで明治44年まで来てしまった、と漱石は断言する。

 漱石は、ここで明治維新前の人間と明治維新後の人間の幸せを比較する。

 内発的な歴史を歩いてきた人間は故人としても幸せ感をきちんと有していた。外発的な時代を外発がもたらした価値観で生きている人間は、自分がいま幸せかどうかわからないままに生きている。

 漱石は「ただ出来るだけ神経衰弱に罹らない程度において、内発的に変化していくが好かろう」というのみである。

 若者が迷い、戸惑う今の世の中はまさに日本人が日本人であることを忘れ、ヨーロッパ、アメリカに振り回されてきた結果であると、漱石は言っているような気がした。

 第三章から第五章の話は省略してしまった。

 そこまで話をしないと、本の説明をしたことにならないと思った。

 で、わたしが食べたくなったランチ、晩ご飯、泊まりたい宿と言う観点で蛇足したいと思う。

 まず、ランチ。

 路地にあるお店がいい、わたしからすると、筆者の紹介の中ではやはり中華そばだと思った。

 「めん房やまもと」。撞木図子から行列を探しなさいと説明してある。ビジネスマン・ウーマンに人気があるらしい。

 豊富なメニュー、いい味、適正な値段の店がいい飲食店だと筆者は考えている。そのメガネに適った店なら並んでも行くべきである、と思ったが、筆者は遅めの昼食を摂るように助言している。

 ただ、筆者はランチにうなぎを勧めている。昼からうな丼とかうな重はないとわたしは考えている。

 さて、晩ご飯である。

 やはり、和食であろう。

 筆者が勧めてくれて、ここならいいなあと思ったお店は「割烹はらだ」。

 さりげなく、初体験者はこの割烹で和食経験をされたらどうかと巧に誘導している。行ってみたい。

 この筆者のよさは、お弁当を頼み部屋で食べたらどうかと、至れり尽くせりなのである。

 さて、筆者は京都市内在住のはずなのでこの章の説明はできるのかなと思っていたが、きちんと宿泊体験した結果を述べているのである。

 わたしは京都駅に近いビジネスホテルを定宿にしているが、筆者の勧めに乗ろうかと思ったのは、「京都全日空ホテル」。わたしのようなへそまがりでも、人恋しい。ひとり旅の宿泊所ではぬくもりが欲しいのだ。このホテルにはそれがあるらしい。

 京都では祇園祭、時代祭など行事があるときは市内の宿は取れない。

 そこで筆者は、そんなときは大阪、滋賀で宿を取ったらどうかと提案してくれている。

 ホント、京都のバイブルにしたい本である。

 本書はわたしにとっての愛読書になったといえる。

 京都ひとり旅のバイブルになる内容を全ページにわたり、有しているからである。

 本書は光文社新書として2009年9月20日に刊行され、増刷されている。

 わたしは中学の修学旅行、高校の修学旅行、大学時代の友人との京都旅、関西在勤時の京都訪問、京都入院時、最近と述べ43日間は京都を訪問した。

 観光地訪問では最高の時間を京都で過ごさせてもらったと言えるだろう。京都の歴史、文化がわたしの好みにマッチしていたと思える今になっている。

 京都思慕は、京都人杉本秀太郎さんの著書『洛中生息』で確固としたものになった。特に、図子の説明とさりげなく京都を語るエッセイが京都にわたしを導いてくれたような気がする。

 京都で呉服商を営んでいた杉本さんのご先祖の町家は2010年国の重要文化財になっている。


 本書も京都人による京都案内である。

 第一章 京都ひとり歩き

 第二章 四つの文字で巡る京都

 第三章 京都ひとりランチ

 第四章 京都ひとり晩ご飯

 第五章 京都ひとり泊まり


 第一章で鴨川行ったり来たり、京の路地裏不思議歩きと、ひとりで歩くことの愉しみを鴨川歩きと京都路地歩きでぐっと京都の魅力を案内してくれる。

 第二章では第一章をさらに深めて、「水」「祈」「憩」「艶」と筆者が考えている京都の歴史、文化、味わいを四つの切り口で論証する。

 ここまで読むともう京都に足を踏み込んでいる錯覚に陥る。

 特に「路地には通り抜けできるものと、行き当たりになっているものがある。前者は「辻子」または「図子」と呼ばれ、読みはどちらも「ずし」だ。後者は単に「路地」と言われている」と丁寧に説明してくれている。

 第三章、第四章、第五章は、頭だけでない京都のおもてなしを昼食、晩飯、宿泊と丁寧に実践的に説明してくれている。


 図書館で借りてきた本である。しかし、蔵書にしたくなった。

 今度、京都に行くときはこの本を携行して行こう、と思わせる考えさせ、実用にも役立つ良書である。

 

 本書にはサブタイトルがついている。

 『ビブリオバトル 本を知り人を知る書評ゲーム』。

 サブタイトルがなければ、わたしは本書を素通りしていただろう。

 文春新書901として2013年4月20日に刊行された。

 筆者の谷口さんは立命館大学情報理工学部知能情報学科准教授で、ビブリオバトルの考案者である。

ビブリオとは「本」の意味である。

【公式ルール】 たったこれだけのルールで,遊べば読書がスポーツに変わる!本を読むのが楽しくなる!いろんな本に巡り会えて,どんどん世界が広がる!

  1. 発表参加者が読んで面白いと思った本を持って集まる.
  2. 順番に一人5分間で本を紹介する.
  3. それぞれの発表の後に参加者全員でその発表に関するディスカッションを2~3分行う.
  4. 全ての発表が終了した後に「どの本が一番読みたくなったか?」を基準とした投票を参加者全員で行い,最多票を集めたものを『チャンプ本』とする.




 また,紹介の際にはシンプルに本とカウントダウンタイマーだけ.あとは,ライブでアドリブで本について語ります.レジュメは準備せず,パワーポイントなども利用せず,生の語りで紹介しましょう~!
 
 以上がゲームのルールである。
 司会者は進行に責任を負い、発表者は発表のときに初めて参加者に本を提示するわけである。
 発表順はあらかじめ決めておき、司会者が進行するわけである。
 ゲームに必須なことは、
 1.場所
 2.カウントダウンタイマー
 である。
 ゲームでは公式ルールは遵守することが求められるが、例えば、夏目漱石の作品に絞るとか、石ノ森章太郎でも構わないらしい。
 発表者は5分と言う時間はきちんと発言しなければならいが、重要である。初めは5分は長く感じるが、そのうち適当な時間であることに気付くようである。
 ビブリオゲームを考案した谷口さんは本を通してコミュニケーション能力の向上、発表者の人間性への理解を増すだろうと考えておられる。
 本書には例示として研究室で5人の発表者がお気に入りの本を紹介する様子が生き生きと描かれている。そこだけ読むだけでビブリオゲームの面白さが伝わってくる。
 自分がどれぐらい紹介本を愛し理解しているのか、その想いは他者に伝わったのか、えー見かけによらずこの人はこんな本を読んでいるのか、と自らを知り、他者を知る発見の場となるようだ。
 機会があれば、自分もやってみたくなる本であった。