本書は三好行雄さんの編である。

 漱石の文明論として明確になっている中味を持つ講演、小論、日記、手紙を三好さんが編纂したものである。

 昨日、読み返していたら面白い小論があったので紹介したくなった。

 「愚見数則」である。

 明治28年11月25日に発行された愛媛県尋常中学校『保恵会雑誌』に寄稿した生徒にこういう人間になって欲しいと漱石が考えた小論である。

 明治28年4月に漱石は高等師範学校および東京専門学校を辞任し愛媛県尋常中学校に赴任した。

 漱石は、このころ自分の行先を悩みいろいろと運動していたが、足を引っ張る勢力と対峙するよりも、田舎に引っこみ村夫子として生きようと考えていたらしい。

 ところが、松山でもそれら勢力に悩まされ、1年で松山を去ることになる。

 「愚見数則」は松山赴任直後に依頼され、筆を執ったのであろう。

 漱石の教育観、人間観が鮮やかに浮き出て、読んでいると頷かざるを得ない内容になっている。


 漱石は当時の教育現場を、昔は書生と先生とは強い信頼関係で結びついていたのが、「今の書生は学校を旅屋の如く思ふ。金を出して暫らく逗留するに過ぎず、厭になればすぐ宿を移す。かかる生徒に対する校長は、宿屋の主人の如く、教師は番頭丁稚なり。中略 生徒の増長し教員の下落するのは当前の事なり。」

 と、認識していた。

 漱石自身は、自分は教育者に適していない。自分のような者を教育場裏より放逐しさえすれば、日本の教育が隆盛になりし時と思え、と過激に述べながら、月給の高で教師の価値を決めてはいけない、教師は生徒より偉いものではない。

 そして、勿れ、勿れを連呼する。

 「多勢を恃んで一人を馬鹿にする勿れ」

 「教師に叱られたとて、己の値打が下がれりと思うことなかれ」

 「威張る勿れ。諂う勿れ」

 「妄りに人を評する勿れ」

 人を観よ、理想を高くせよ、と言っているのである。


 「愚見数則」は現在の教育現場にも当てはまるような気がする。

 児童、生徒間のいじめ、教師による体罰、モンスターペアレントを絶滅するためには、「愚見数則」をテキストにして話し合ってみてはどうかと思った。

 職員会議、父母会、学級会などで十分使えると思う。

 ただ、このような発言をした漱石は教育界では疎んじられただろうと思う。漱石は過激であったのである。