ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -19ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
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こんにちはガリッポです。

前回紹介したチェロ弦ですが、値段は思ったよりも安そうです。
ピラストロのフレクスコア・デラックスで、同社のエヴァピラッチゴールドやパーペチュアルなどに比べると1万円以上安いかもしれません。
さらにノーマルのフレクソコアよりも安いというのは最近では珍しく「中級品」の要望がかなりあったのでしょうね。
ラーセン+スピルコアよりも安いかもしれません。
ラーセンは柔らかい音で寿命が短いもの、スピルコアは荒々しい鋼鉄のようなものですから両極端な組み合わせです。それに対してフレクソコ・アデラックスならそれらの中間で4弦も統一感があるでしょう。持ってみると最新のスチール弦特有のしなやかさがあります。

非常に安い弦ではトマスティクのスピリットを試したことがあります。
楽器として実用上使えないことは無いでしょうが、美しいとは言い難いものです。
残念なことにとても安いチェロでしか試したことがないのでそれがチェロのせいなのか弦のせいなのかわからないです。
もしかしたら良い音色のチェロなら安い弦でも良いのかもしれません。

あとはダダリオのヘリコアもレンタル用の楽器には張っています。それの上級品としてカプランもあります。癖のない中庸なものだと思います。

ただ今でも日本ではラーセン+スピルコアが圧倒的な定番として考えられているようなのでピラストロでは低弦が弱いと感じるかもしれません。スピルコアのグレードアップとしてラーセンのマグナコアが考えられるでしょう。

うちではマグナコアでも荒々しすぎると感じる人も多いです。
周囲の人たちによって何が普通かという感覚は変わってくるのです。


フレクソコア・デラックスはラーセン・マグナコアよりはマイルドだと思いますが、似たような雰囲気はあると思います。

かつてはガット弦が高級弦なのに対して、スチール弦は耳障りな金属の嫌な音と考えられいたので、弦メーカーはスチール弦の欠点を改良し、柔らかい音にしてきています。トマスティクでも新製品ではスピルコアよりもずっと柔らかい音にしてきています。業界全体としては柔らかくて音量もあるものを目指しています。ラーセンのイル・カノーネもまさにそんな製品です。

スピルコアも出た当初はそれ以前のスチール弦よりもマイルドだったはずです。ヤーガーなども同様でしょう。先生などはその時で時間が止まっている人がいます。
ヴァイオリン職人でも同様で最新の弦を受け入れる人と、かたくなに拒む人がいます。相談すると全く違うものを薦められます。

何を選ぶかは当然個人の自由ですが、チェロ弦の進化はどんどん進んでいます。かつて一世を風靡したものも当時としては新しく登場したものだったのです。その時保守的な人たちは「ガット弦じゃなくてはダメ」と言っていました。

今は初めからスチール弦で始めていて、ガット弦なんて知らず「強い音」「強い音」を求める渦の中に巻き込まれてしまいます。周囲の雰囲気によって価値観が左右されるということです。発想としてとにかく強いのが良く、弱いのはダメと思い込んでいる集団と、耳障りなのがダメで柔らかいのが上等だと思っている集団があるのです。発想が全く違います。少なくとも老舗メーカーは柔らかい音を目指しています。ヴァイオリンのE線も同様です。これもスチール製の弦で見てるとアジア系の人たちは昔からある金属的な強いE線を好み、こちらの人の時と同じように柔らかい音のものを薦めると首をかしげます。
それでもいつかは柔らかくなりすぎて、手ごたえが無さすぎるという日が来るとすればメーカーの方が間違っていることになります。

チェロのスチール弦は進化しているのに対して、ヴァイオリンのナイロン弦は難しいです。それはスチール弦には改善の余地があったの対して、ナイロン弦ははじめから欠点が少ないのだと思います。

音の好みは様々で正反対のものが評価されるのですから、世界共通の楽器の格付けなんてできるわけがありません。


弦は種類が多くて組み合わせも含めると無数になります。
何か絶対的な定番のようなものが欲しくなります。しかしそんなものはありません。

そんななかピラストロのフレクソコア・デラックスは良き「中級品」として注目しています。それで音が悪ければ、チェロに問題があるということでもあります。


ニスの汚れ

日本人にはなじみがないですが、この週末はイースターの祝日でキリスト教ではクリスマスと並ぶ大事な日です。日本では盆と正月と言いますが、クリスマスとイースターは近いですね。

イースターでは家族や仲間で演奏会をする人もいれば、楽器はお休みという人もいます。メンテナンスで持ち込まれた楽器が一杯です。
一杯と言っても夏休みほどではありませんが、一度に3つも4つも同時にやっているとどれのどこをどれだけやったのかわからなくなります。

とりわけニスの仕事は私に任されることが多くて、東京近郊でニスだけの工房を開いても良いくらいです。

表板の指板と駒の間のところには松脂が付着します。使用したらふき取ってくださいとは言いますが学生さんです。
後は弓の毛が古くなって音が出にくくなってくると余計に松脂を多くつけるようになりますから、あまりひどいようなら弓の方も同時に毛替えが必要です。

松脂はニスの成分にも使われるものでそれ自体は害のあるものではありません。ただしベトベトしているので汚れがさらに付着します。どんどん汚くなっていきます。これも不思議なものでアンティーク塗装ならわざとそのようにするのですから掃除しないといけないとまでは言えません。
有名なのはヴィヨームのアンティーク塗装でここが真っ黒になっているものがあります。マネしてマルクノイキルヒェンの楽器にも見られる手法です。フランスの影響を受けているというのはこのような事にも表れています。

松脂も付いてすぐなら乾いた布でふき取れば取れますが、放置するとくっついてしまいます。拭いただけでは取れません。

プロが掃除すればこのようにきれいになります。
指板は削ってしまえば良いのですが、ニスはそうはいきません。汚れを取ろうとしてニスまで剥げてしまうことがあります。オールド楽器では逆にここの部分がニスが剥げて明るい色になっていることがあります。私はアンティーク塗装でやることがあります。ヴィヨームの手法の全く逆というわけです。

松脂を溶かすものを使えばニスも溶けてしまうのでそのようなものは使えません。今回私は目の細かい研磨剤を選んでいます。軽石の粉などでゴシゴシやってニスが削れるとともにひっかき傷だらけにしてしまう人もいます。最新の研磨剤でものすごく目が細かいのに研磨力が強いものです。目の細かいもので時間をかけて磨くとニスへのダメージは最小で、ニス自体をピカピカに磨き上げることができます。やっぱり時間をかけるほどきれいにできるのです。お金を儲けるという意味では仕事ができない私です。
どれだけ削り取る量が少ないかはニスの仕事の経験で培われた感覚で分かります。
それでもちょっとずつニスが薄くなり、汚れの取りきれない所が残って、古い楽器のように自然となっていくのです。それ以上に演奏によって傷つけられる方が多いです。

コーナーも破損しています。

エッジも傷ついています。この辺は楽器は道具に過ぎないということです。もし傷つくのが嫌なら演奏に使わないことです。
そういう意味でもあまりにも高価すぎる楽器は使いにくいものです。コストパフォーマンスの良い楽器を買ってメンテナンスにお金をかける方が良いでしょう。





普通塗料の耐用年数なんていうのは20~30年です。壁でも金属製品でも塗り直すのが普通です。
しかし弦楽器ではニスのオリジナリティを大事にするため塗り直すことはできるだけしません。

このヴァイオリンはアントン・シュプレンガー作のものでラベルには「18 」と書かれています。1800年代終わりのものでしょう。とてもきれいですが、ニスの状態も良いです。このようなケースはむしろ珍しでしょう。100年以上耐久性がある塗装です。現代の工業製品では考えられません。

モダン楽器ではボロボロとどんどんニスが剥げていくことが多くあります。

松脂よりもニスのほうが脆くなっていて弱ければ松脂を取ろうとするとニスまで剥がれてしまいます。
そのような楽器は本当に大変で修理に終わりがないです。剥げたところにニスを塗って何かをするごとにニスがはがれていくのでいつまでも終わらないのです。
塗料が耐用年数を過ぎているのです。
上から新しいニスを塗ってしまうしかありません。それで音が悪くなるかもしれないでしょうが、ニスがダメになっているので音はあきらめるしかないでしょう。
それでも塗りたては音は悪くても、そのうちニスも乾いてきて楽器自体が良ければマイナスもわずかなものでしょう。

それで「音が悪くなった=下手な職人」と思われるのは悲しいです。単純に物理的に不可能です。はじめにそのような了承が必要です。


松脂だけでなく、皮脂も多く付着します。手が触る所はニスの上に層ができています。こちらは洗剤なども効果的です。水分を与えるとぬめっとします。
特に横板のネックの付け根のところはどうしてもニスがはがれる所です。私もいつもニスの調合をあれこれやっているのですが。

ニスの補修の仕方としては、新品に近いものなら、剥げたところを補って新品に近づけるときれいになります。一方で古い楽器はニスの多くが剥げていて傷だらけで美しく見えるのですから剥げていても良いということになります。ニスが剥げたところがあっても、新品のように塗る必要はありません。剥げたところを保護する厚みと色調を落ち着かせて黄金色になれば良いと思います。つまり剥げているところは剥げているままにします。

新しい楽器なら傷が目立つので、できるだけ見えないようにしないといけません。古い楽器やアンティーク塗装のものなら傷だらけなので、一つ二つ増えても変わりませんし、もっと古く見えるので新しい傷に見えないように落ち着かせればいいです。

その辺はセンスの問題で「美しい古さ」を醸し出すようにします。いわば実際の古い楽器にアンティーク塗装を施すというわけです。

だからニスの仕事だけ専門化すれば人口の多い都市ならやって行けるんじゃないかと思うのです。
でもそういうわけにもいかないでしょう、他の仕事もやってきます。


新品の楽器なら傷はできるだけ見えなくする必要があるのに対して、古い楽器ならそれが味になるのですからおもしろいものです。

物事の価値というのは見方が変わると全く逆になるのです。
さっきの弦の音の話もまさにそうです。


イースターに餃子?

祝日になると餃子やシュウマイを作ったりしていました。餃子はこちらでも売られるようになって、日本製の機械が導入されたのでしょう、見た目は全く日本の餃子と同じです。しかし食べてみると中身が違ってビックリします。西洋の人が求める「アジア風」に変えられています。
見た目が日本の餃子と同じなのでビックリするわけです。謎のアジア風なのですがとにかくおいしくありません。

それに対して韓国企業の冷凍餃子が売られていました。当然ユーラシア大陸には広く餃子のようなものがあります。そういう意味では伝統的なものもあるでしょう。食べてみると、日本の餃子を真似ていわば逆輸入した「日本風」の感じがしました。それでもヨーロッパ向けには野菜は少なく肉ばかりになっています。味付けが和風で野菜の少ない肉餃子です。日本の餃子に似ているのではなく、和風の味付けになっているようです。そういう意味では日本の餃子とは違うのですが、味自体は悪くないです。ニンニクも効いてないのでパウダーかけて焼いても良いでしょう。
見た目も素朴な感じで日本の機械で作られたものとは違います。日本人は餃子は和食とは考えていませんからおもしろいですね。

その別バージョンに「キムチ餃子」がありました。こうなると初めから別物と考えているので日本の餃子と比べなくなります。日本で培った「餃子の良し悪し」の感覚を忘れて味わえるのでよりこちらの方が良いと思います。

やはり西洋人のほうが日本の味が分からなくてアジア全体を一緒くたにして「アジア風」ととらえているのに対して、韓国人のほうが「日本風」と考えているでしょう。それとて間違っていますが、まずくはないのでまだましです。

それでもヨーロッパ市場向けに具を肉ばかりにしたり、逆にビーガン向けに野菜だけにしていたりします。「アジア料理=ベジタリアン」という需要もあります。

これまでのものよりは食べることができて、冷凍で簡単なので自分で作らなくても良いのは楽です。
味の素の冷凍餃子もあるのですが、中身がスカスカで、通販には冷凍輸送の費用が掛かりこれだったら日本に帰ったときの楽しみにした方が良いように思います。日本の餃子の良し悪しを知っているので食べようとは思いません。

そういう意味でキムチ餃子が一番いいなという感じです。

不思議なものですが、欧州企業の餃子は単においしくない。韓国企業のものはニセモノだけど味は悪くなく、キムチ餃子のほうがさらにベター。味の素の冷凍餃子は日本の味だけど要らないという結果に。


また冷凍のワンタンの皮を見つけたのでシュウマイづくりにチャレンジしましょう。ワンタンはすでにうまくいきました。


文化というのは不思議なものです。






















こんにちはガリッポです。

まずは前回紹介したピラストロの新しいチェロ弦からです。

フレクソコア・デラックスというものです。
フレクソコア自体は古いもので、デラックスになったのが新しいということです。

色は白と赤の組み合わせです。ピラストロではヴィオリンやビオラの「トニカ」と似ています。パッケージと同様にオレンジと覚えておけば良いでしょう。

さっそく試してみましたが、わかりにくいです。何故かと言うと出てきた音がチェロの音なのか、弦の音なのかわからないからです。

弦の音を把握するには二つ方法があると思います。一つの楽器で異なる弦を試す方法と、複数の楽器で同じ弦を試す方法です。

一つのチェロで弦を張り変えて、他の弦と比較することで弦の音を知ることができます。ユーザーの方はこのような方法が一般的でしょう。しかし何年も使って劣化した弦と新品の別の弦では比較が公平ではありません。

もう一つの方法は、様々なチェロに張って共通する音の特徴を把握するのです。我々が店でやってるのはこちらです。このため多くの数のサンプルが必要になります。

もちろんその両方をすることで理解を深めることができます。
販売用のチェロでも、別のものと弦を交換して試すこともできます。

お客さんでも新しいものを試して、ダメなら他のものを試すこともできます。


さて、一つ目のチェロに張った音ですが、極端な癖はあまりないようです。明るく元気よく鳴って金属的な嫌な音もありません。パーペチュアルのような暖かみのある暗い音色ではなく、明るい音でしょう。エヴァピラッチゴールドほど柔らかくなく強さがあると思います。パーマネントよりは金属的な高音がしなくなっていると思います。

より万人向きの音だと思います。特にこだわりや目指す音が無ければとりあえず張って問題ないでしょう。

ヴァイオリンのエヴァピラッチのような優秀な弦だと思います。とチェロを弾く人に言ってもわからないかもしれません。ただし張力は他のものに比べて強くなくどちらかと言うと弱めの製品と考えて良いでしょう。
パーマネント、エヴァピラッチゴールド、パーペチュアルなどに比べても低いテンションになっています。より多くの人に使いやすいものではないかと思いますが、もうちょっとサンプルが必要です。

音を意図的に作ろうとして苦心したような感じではなく素直な音だと思います。


このチェロは5年ほど前にうちで販売してチェロ買い替えのために下取りしたものです。いつも買っているルーマニアの業者のもので機械で作られていますが、音で人気があるのでいつも買っています。このためだいたいの音の感じは分かります。

より上のランクのチェロを求めて買い替えたということです。このチェロが悪いということではなく、当時試奏して選んだものです。
5年でも才能のある子が弾きこんだので新品よりはよく鳴ることもあるでしょう。それが弾き込みのせいか、新しい弦のせいなのかが分かりにくいですが、結果として元気良く鳴っていて、量産品の中でも「鳴る」という感じがすると思います。


韓国出身のプロのオーケストラ奏者の方が来ていました。困ったことに韓国で買ったチェロがひどくて、何かとりあえず使えるものがないかと試奏していて、すぐこのチェロを選んでいました。
韓国は楽器の売買にとても問題があって、いわゆるニセモノの被害の多い国です。どこでもニセモノは多いですが今回は典型的な例で、とにかくヨーロッパで古い楽器を見つけては偽造ラベルを貼って売っていたようです。
持っていたチェロが何か詮索するまでもありません、ストップが3cmも長くどうにもならないので、とりあえず使えるチェロを探していたわけです。買った値段を聞くのも気の毒すぎます。師匠もすぐに察していました。

みなさんにはこうならないように気を付けてもらいたいです。
韓国でも日本と同じように業者がウンチクをあれこれ言っていて買ったのでしょうが、実際にはルーマニア製の量産品以下のものでした。ウンチクを言わせたら業者のペースです。
比較試奏する場合はコストパフォーマンスの良いものを知るべきです。

ビオラの修理


チェロ以上にビオラも探すのは難しいものです。特に古いものは作られた量も少なく、サイズがいろいろだからです。自分に合った大きさとなるとさらに少なくなります。店としてもビオラ奏者のお客さんの割合が少ないので無駄に仕入れることもできません。


ネックが外れてしまうという事故が起きました。外れただけならくっつければ良いのですが、厄介なのは裏板の先端のボタンまで壊れていることです。

こういう事故が起きるのはやはりネックの取り付けに問題があるのです。仕事の質が荒いのです。しっかりと加工されていればめったに外れることはありません。外から見えないので仕事が雑に行われることが多いのです。
しっかり加工されていれば木材ごと割れます。接着が外れるのは接着面が合っていません。

この部分はパフリングが入っているので裏板の木材は1.5mmくらいしか厚みがありません。ただくっつけただけでは何の強度もありません。
ただ単にくっつけるのではなくて補強しながらでないといけません。
裏板か表板を開ける必要があります。
当然修理は大掛かりになります。

このためちゃんと修理せずにただくっつけただけのものが多くあります。中古品の価値を見る時には必ずチェックするところです。ここが割れていて修理がされていなければ修理代の分をマイナスに査定しないといけません。

そもそもこの部分は弦楽器の欠陥の一つです。過去にはパフリングのデザインを変えて強度を高くしようとしたものもあります。単に見た目の装飾のためと思われがちですが、そういう考えもあったかもしれません。
ボタンだけでネックを支えることはできません。他の接着面もすべて少しずつネックを支えています。そのため修理が万全でなくても何も起きないこともあり得ます。しかし専門店として販売するならちゃんと修理していないといけません。

厄介なのは「王冠」と呼ばれる黒檀の縁取りがつけられていることです。
王冠もやり直すとこれだけでもすごい時間がかかります。

このビオラはマルクノイキルヒェンの戦前の量産品でそこまでする価値は無いでしょう。簡易的な修理をしたいと思います。

表板や裏板を開けずに新しい木材を埋め込みました。これでも理論上は十分な強度になるはずです。

ネックを入れ直してボタンを新しく加工しました。これが量産品ではなくハンドメイドの楽器なら作り直すのではなく、できるだけオリジナルのものを使うべきです。

量産品なので勝手に変えてしまいます。
急いでやったわりにはよくできたでしょう。こだわってもこれよりうまくいくとは限りません。

オリジナルのボタンが三角形に近くギターのような形だったのでネック自体も合わせるのが難しいです。
しかしネックの角度も正しくなり壊れる前よりも音が良くなる可能性はあります。

ニスも補修します。ザクセンのイミテーションのイミテーションで、他の部分と違和感が無くなります。



これも分数ヴァイオリンですがネックが外れるトラブルです。もしこの楽器でボタンまで壊れていれば、修理代のほうが楽器よりも高くなってしまうかもしれません。品質が悪いので安い楽器に限って起きやすいものです。
見るとネックと胴体の接着面に空間がありました。
古い接着剤をはがして面を加工しなおすと、ネックが短くなって合わなくなります。このため木材を埋めて加工しなおさないといけません。

本当に安価な楽器の場合には木工用接着剤で「一度きり」の修理をすることもあります。天然のにかわよりもずっと強度があります。逆に外そうとすれば他の部分まで持っていかれたり、除去するのが難しいです。また刃物も痛めてしまいます。それで壊れたら寿命という判断です。
伝統的な接着剤はにかわというもので、湯せんして温めて液状にしたものが冷えると固まります。さらに水分が抜けて痩せていきます。それで隙間があるとくっつかないのです。初めはついていても水分が抜けてくると外れてしまうというわけです。それに対して木工用ボンドはそれ自体がプラスチックのようなもので隙間が埋まるようになっています。粘性も高く接着するときに滑ってずれるのがやりにくいです。
隙間が埋まるからとさらに荒い加工がなされてそれでも隙間があってくっついていないというのが安価な量産品です。

このため弦楽器職人はきわめて正確な加工が求められます。品質が悪い楽器はこのような問題が起きます。しかし音については品質が直結するわけではありません。

安価な楽器は修理代が楽器の値段を超えた時点で寿命となります。
もちろん希望すれば修理をすることはできます。ただし安価な楽器を買ったような人にそれだけのお金があるかどうかです。

このように高品質なものが音が良いというわけではなく、物としてよくできていて、修理して長年使っていくことができるというものです。

修理完了



戦前のマルクノイキルヒェンの量産品で胴体が39.3cmほどあります。ビオラでは小型になります。XS,S,M,LのうちのSになります。日本人にはSがMに相当すると考えて良いでしょう。女性なら本当はXSくらいが良いのでしょうが無理してなんとかSサイズです。
38cm台のXSは戦後私の地域では好まれました。特に「ヴァイオリン奏者のビオラ」と呼ばれています。高身長で手足の長いこちらの人が喜んで使っていたのに、日本人が大型のサイズを求めるのはおかしな話です。

f字孔を見るとガルネリ型という感じがしますが、デルジェスのビオラは知られていません。オールドにもとになったモデルがあるというよりは適度な大きさとして設計したものでしょう。ストラディバリのビオラとも違い横幅があります。
品質はただの量産品で特別きれいなものではありません。
裏板の木材は比較的上等なものが使われ、お決まりのアンティーク塗装です。

汚れの付け方が典型的なマルクノイキルヒェンの手法です。傷も人為的につけられています。

スクロールも取り立てて何かのモデルということもなく美しくもありません。

アーチはフラットでごく普通の量産品です。

表板には割れ傷がたくさんあり過去に修理した職人のラベルが貼ってあります。特に有名な偉い職人ですが、そんなにきれいな修理ではありません。有名な職人でも仕事はそんなもんかというわけですが、修理技術は進歩しているようです。
これが表板を開ける修理になるとすべてやり直すことになってしまいます。開けると直さないといけない箇所がどんどん見つかるのです。

それでも修理済みですから偉い職人が直したということでそのままにしておきます。

不思議とこのように痛みが激しいものは音が良かったりします。少なくとも古い楽器のような音がします。去年ミルクールのヴァイオリンでも修理しました。

この楽器も終わって弾いてみると、新品や80年代の西ドイツのものとはだいぶ違う感じがします。渋い枯れた音がしますし、反応も良いです。新品ではもっと明るい音のものが多いですが、ビオラとなると落ち着いた音が良いですね。

量産品の価格帯で小型のビオラを求めると良い方だと思います。特にヴァイオリンが本業でたまにビオラも弾くという人なら弾きこみもできませんし、お金もかけられませんから戦前の量産品は良いですね。特に小型のものは弾きやすいです。
チェロなら戦前のマルクノイキルヒェンの量産品で修理が完了していれば200万円くらいの価値はあります。

ミルクールのものになると値段はずっと高くなり、日本ではさらに高くなって量産品としてはバカバカしい値段で売っている業者もあるでしょう。ただのプレスのミルクールのビオラが100万円を超えているのは恐ろしいです。

私は小さな楽器にもメリットがあると考えています。最近うちでは3/4のヴァイオリンを多く修理しました。やはり戦前の量産品ではたまにとても音が良くてびっくりするものがあります。並の4/4と変わらないのではないかと思うほどです。小型の方がより音がはっきりして反応がダイレクトだと思います。ソリストのようなスケールの大きな演奏ができないのですが、上級者で無ければ体感上むしろ音が良いと感じられるかもしれません。
それくらい楽器の音の評価は人によって違うものです。
小型のビオラにもメリットもあると思います。

日本では小型のビオラだけを売れば良いでしょう。しかし実際には小型のビオラは売っていなくて苦労したという話を聞きます。
こちらでは190cmを超えるような人もいますので様々なサイズが必要です。でも大型のビオラはめったに弾く人がいません。
こんにちはガリッポです。

以前、「中級チェロ」を完成させたことを書きました。その後さっそくその価格帯のチェロを探している学生が来て選ばれなかったという話をしました。
候補には、戦前のマルクノイキルヒェンの量産品、15年以上前に工場製の白木のチェロに私がニスを塗ったもの、今回私が仕上げたものの三つがありました。ケースが二つあったのでそのうち二つを選んで家に持ち帰って試してもらうことになりました。
私が一生懸命考えて仕事しても、3つの中で落選するというそんなものです。

結局、戦前の量産品が選ばれました。これは私が修理したもので、板の厚みの調整などフルレストアしたものです。
そういう意味では改造するなら素材が古い方が有利ということですね。

ドイツの量産品はアメリカではかなり高い値段がついているようです。こちらの倍くらいです。弦楽器以外なら中国や東欧製のものに対して「ドイツ製」なら値段が倍くらいするのは当たり前だからです。

弦楽器の業界は「ドイツの量産品」というのは安物として考えてきました。しかし中国製品が多くなった今では生産国名の価値は高まっているでしょう。

しかし、イタリアでもフランスでも同じことですが、楽器の品質は国名ではなく一つ一つの楽器を見ないといけません。本当にひどいドイツ製品を買うくらいなら、ルーマニアや中国製のほうが品質も音も良いものがあります。昔は手作業が多く量産品の質はとても粗いものでした。今は機械が進歩しているので量産品でも音響的に問題が無いものが作られています。
また戦前のマルクノイキルヒェンのチェロはストップの位置が1cm長いのが標準です。現在とは規格が違います。


戦前のドイツの量産品はかつてはバカにされていたものです。特にチェロでは貴重なものになってきています。ヴァイオリンでも上等なものを修理すれば新作楽器よりも各上の音になることは少なくありません。

私は20年やってきて、音については手作りでも量産品でもはっきり優劣はつかないと分かってきました。手作りでもパッとしないチェロは多いです。上等な量産品はとても魅力的だと思います。また作りきれていないものは修理で改造するベースとして優れているでしょう。

弦楽器は「ほど良く」できていれば、どんな方法で作ってもなぜかわからないけども、弦楽器らしい良い音になります。
作者がどれだけ思い入れを入れても、「たまたまよく鳴る楽器」にかなわないものです。
ほどよくできていれば古いものほど有利ということが言えます。しかし古くてほど良くできているものほど珍しくなります。300年前のものでとなるととんでもなく数が少なくなります。


生産国名やメーカー名ではなく楽器の品質と実際に弾いた音が重要だと思います。
品質が分かるようになるには職人の修行が必要です。


ピラストロ弦


チェロの話でついでもありますが、この前にピラストロ社に弦を発注していました。種類が多くて品切れを起こしやすいですが、弦も安くないので売れないものを無駄に買うわけにもいきません。職場全体で意見を出し合っていました。

ピラストロ社の新しいチェロ弦です。パッケージを見るとフレクソコアで古い製品のようですが、新しいバージョンのようです。フレクソコアは当時としては柔軟性のある素材のスチール弦で柔らかい音を実現したものでしょう。スチール弦特有の金属的な音を軽減する高級スチール弦というわけです。さらに同じ絵のパッケージで色が違う「パーマネント」というものが出ています。つまりフレクソコアのパーマネントバージョンです。

私が就職したころにはすでにパーマネントがヤーガーやスピルコア(トマスティク)のような古い世代のスチール弦にとってかわられていました。スピルコアのようなものは高音が耳障りなのでラーセンと共に使用することが流行しました。パーマネントは4弦のバランスが良いとセットで統一感が得られます。ソロイストというバージョンがあり今でもピラストロのチェロ弦ではスタンダードに考えて良いと思います。
そこからどちら側に行きたいかで、エヴァピラッチゴールドやパーペチュアルがあります。柔らかく開放的で豊かな響きのエヴァピラッチゴールド、締まって筋肉質のパーペチュアルというものです。どちらも最高級スチール弦です。

今度はフレクソコアの新バージョンで最高級弦よりも5~6000円くらい安いのでしょうか?新製品にしては安く抑えた方でしょうか。
音は試してないので分かりませんが、ピラストロから試用に配布されてきました。最近はオンラインの業者ばかりに安く弦を卸して来た弦メーカーですが新しい製品を広めるには専門店の力が必要です。試供品くらいは送ってくれるようになりました。


新製品が出てもなかなか認知されずに定番のものばかりが売れ続けるというものです。
うちではヴァイオリン弦ではオブリガートとヴィオリーノがよく売れます。これは補充が必要です。エヴァピラッチも在庫が減っていたので補充すると早速交換を希望するお客さんが来ていました。私は嫌いではないですが、好きじゃないという人が結構います。私としては自分の新作楽器が少しでも鳴ってほしいものですから未だに場合によっては使いたいものです。音量が増すという意味ではうまく機能すると思います。それ以降の新製品では楽器を選んだりして能書きほどは機能しないようです。

最近増えてきたのはエヴァピラッチ・ゴールドです。これもたしか10年前の製品ですが今頃になって認知されるようになってきました。実際に表面がざらざらしているわけではありませんが、弓に対してサンドペーパーのような引っ掛かりがあるように感じます。G線にはゴールドとシルバーの2種類があり、ゴールドはとても高価でお金なんていくらかかっても良いという人向けです。

チェロ用とは全く違う印象です。近頃のピラストロはチェロ弦のほうが先に出て良いものができます。ヴァイオリンバージョンは好き嫌いが分かれるようなものになっていて定番となるには難しいようです。

パーペチュアルのチェロ弦も使うことが多くなってきました。力強さが出るので音が弱いチェロには良いと思います。厄介なのはバージョンが多いことです。ピラストロ社のチャートによると一番新しい「エディション」というセットが最もスタンダードだと思われます。まずはエディションから始めるのが良いかもしれません。また、ソロイストは低音が強め、高音が柔らかめになっているのでこれも多くのチェロに求められているものだと思います。

ヴァイオリンやビオラでは知名度は低いままですが、ヴァイオリン用パーペチュアルの張力の低い「カデンツァ」というバージョンを私は高く評価しています。新作楽器など鳴りが弱いもの、柔らかすぎるものには良いと思います。


今回の新製品フレクソコア・デラックスはどうなのでしょうか?エヴァピラッチ・ゴールドやパーペチュアルが好みによって選ぶべきものなのに対してスタンダードなものになることを期待します。

日本では未だにラーセン+スピルコアを使っていると聞きます。スピルコアに慣れているとピラストロの弦はみなおとなしく感じるでしょう。
スピルコアの代わりを目指したのはパーペチュアルのカデンツァでしょう。


フレクソコアはコントラバスでは有名ですが、ヴァイオリン用もあります。スチール弦では最も上等なものです。しかし新しいバージョンは無く進歩が止まっています。スチール弦を使う時はアジャスターを使うと調弦がやりやすいと思います。4弦使う場合にはアジャスターが埋め込まれたテールピースを使う方が良いでしょう。

ビオラにはパーマネントがあります。うちではビオラにスチール弦を張る人は多くなく、オブリガートのほうが定番です。もう少し安いヴィオリーノに相当するものがあれば良いのですが、ヴィオリーノにヴィオラ用はありません。ビオラ用ならヴィオリーノではなくヴィオラになるでしょうから。



謎の楽器

弦楽器職人と言うと何でも一緒くたにして思われることもあるわけです。ギターが壊れたからと持ち込まれてもギターは専門の職人がいて私は専門外です。

木工の技術はありますから、外れたものをくっつけたり、塗装を直したりできますが、一つはギターとヴィオリン族の楽器では修理代にかかる費用の常識が違いすぎます。我々がやるクオリティだと修理代がビックリするほど高くなります。それほど安くギターは作られているものがあります。高級ギターでもチェロに比べたら安いものです。

ギターの修理する人が少ないのはおそらく使い捨てになっているからでしょう。
まともに修理していたらギターよりも高くなってしまいます。

修理の値段はともかく、壊れた箇所を元通りにすることはできるでしょう。しかしそれが演奏や音響上正しい状態なのかが分かりません。

それが専門外ということです。
自分で作ったことがあると理解度はまったく違います。作ったことがないなら専門家として無責任なものです。自分で作れないのは「評論家」です。評論家は誰でもなれます。


このため、ヴァイオリン、ビオラ、チェロ以外の楽器はよくわかりません。逆に言うとそれらの楽器については細かく高い次元で知っているということです。コントラバスもまだちょっとは分かります。でもコントラバスはコントラバスの製造者の方が「アバウト」です。よくわからないまま適当にやるのがコントラバス製造の流儀です。凝ってしまうとできないのです。

職人も人によっては他の楽器製造の経験のある人もいます。昔は違う楽器製造も兼任していたこともあります。南ドイツの楽器のラベルには「リュートとヴァイオリン製造者」と書いてありますし、近代でもギターや民族楽器を作っていた人もいます。


今回修理するのはこんな楽器です。

これは何という楽器でしょうか?
脚に挟んで引くものはヴィオラオ・ダ・ガンバで上半身で弾くのがヴィオラ・ダ・ブラッチョだとすればヴィオラ・ダ・ブラッチョでしょうね。
しかしペグが四つしかありませんから4弦しかはることができません。そうなると形が違うけどもビオラということになります。
胴体は43cmあってビオラよりもデカいです。横幅もあるし、横板の高さもあります。コントラバスのミニチュアみたいです。

こんな楽器も修理しろと言われると冷や汗ものです。訳が分からなからです。

駒も市販のものではどれなのかわかりません。デスピオのものでは高さが足りず使えませんでした。チェロ風のものがあったのでそれにしました。そもそもその駒は何の楽器用のものなのかもわかりません。古い会社なので長年使われていないものがありました。

この楽器はうちの初代の職人が作ったもので長年使われずに放置されていたようです。小さなあご当てと自作した肩当(クッション?)がついていました。楽器自体に高さがあるので首に収まらないです。

これをどこかで見つけて、ラベルにはうちの会社の名前がついていますから修理してくれというわけです。しかし今の職人の私には全く分からない楽器です。

嫌になって遊んでみました。

仕事しないといけません。

テールピースは無くなっていたので自作します。このようなよくわからない楽器のテールピースなどは売っていません。同時にヴィオラ・ダ・ガンバと思われる楽器もありそれ用も作ります。このようなものもいつもの仕事と全く違うのは決まった寸法が無いのです。

ヴァイオリン職人の修行を始めたときはいつも寸法が決まっていてそれに対して正確に加工できるかが求められました。
それに対してこのような楽器では決まった寸法が無いため全く違います。
正解が何なのか分からず、「これくらいだろう」と自分で寸法を決めないといけません。寸法は決めてから加工するのですが、それから狂ったところで不正解なのかもわかりません。

脚に挟んで弾く方は、チェロにすると1/2と3/4の間くらいです。6弦あるとこういう楽器は指板や駒、テールピースが太目に作られます。しかしこれは4弦しかないのでチェロの1/2と3/4の間にすれば良いはずです。しかし見た目のイメージとしてヴィオール族はもっと太い感じなので4/4の横幅で長さを3/4よりもちょっと短くしてみました。「こんなもんか」という感じです。

ビオラの方は大型のビオラ用と同じくらいの長さで幅を広めにしてみました。結局正解かどうかもわかりません。

それにしてもきれいに作りすぎです。まともに計算したら5万円くらいになります。規格外の楽器は高いものです。二つで10万円です。いかに効率化されているかということです。


弦楽器以外で物を作る場合はこういうことが普通なのでしょうけども、ヴァイオリン職人の世界では事細かく寸法が決まっています。これがプロとして勉強した人の作るものです。それで素人が作ったものとは区別できます。
パフリングがエッジからどれくらいの距離に埋め込まれているかで流派が分かるくらいですから。


このような楽器は弦をどうするかも問題です。当然持ち主の人が考えることです。
古楽器のように裸のガット弦を張るならメーカーに特注で作ってもらわないといけません。
何かで代用するならビオラ用の弦が考えられます。ドミナントならナイロン弦で大型ビオラ用もあって長さが足りるかもしれません。

脚で挟む方は、3/4用の弦を使えば良いのですが、スチールよりガットに近いということではドミナントのナイロン弦があります。

逆に言うとヴィオラ・ダ・ガンバを始めたいなら最初は3/4のチェロにドミナントを張って始めるのはどうでしょうか?

そもそも調弦をどうするかで、ビオラやチェロと同じなら形が違うだけでビオラやチェロと同じ楽器になってしまいます。よくわからないです。



変わった楽器を作りたがる人もいます。私は一つのものを極めたいと思うので他の楽器や弓を作りたいとは思いません。それは簡単なことだと考えていないからです。

逆にすぐに自分は極めたと思って飽きてしまう人が変わった楽器に興味を持ちます。

自分で作っていないものに対しては目ができていないので見ても全く分かりません。それについて意見は言いません。それが専門家だと思います。作っている人が見ているものと、眺めているだけの人が見ているものは全く違うからです。

もしヴァイオリンやチェロ、ビオラをやり尽くしたとしたと自分で考えるようになったら他のものを作るかもしれませんが、とてもその域には達しそうにありません。







こんにちはガリッポです。

当ブログでも様々な好みの方に読んでもらえるようにするなら、より一般的な趣味趣向に基づいた記事、もしくはあらゆる好みや目的を想定した記事にしなくてはいけません。

何が良い音か、何が良いヴァイオリンかということはお客さんの反応を見ていると様々です。不満を持つ人が出てこないような記事を書こうとするとざっくりとして具体性が無いです。かと言って私が思う事を書くと一緒に働いている職場の同僚にも同意してもらえず、「個人の感想です」となってしまいます。

人気のある人というのはその辺のバランス感覚が優れているのでしょう。


今回はドイツのオールドヴァイオリンということで私もちょっと特別な興味がわいてくるものです。中高生が初めて3/4や安価な量産楽器から買い替える場合に普通はあまり候補にはならないものです。まだ弾き方も未熟ですし、独特な弾き方も必要になるでしょう。そもそも10代の年齢にしては趣味が渋すぎます。ドイツのオールド楽器を気に入って「大好き」という子がいたら何にも毒されていないのかもしれません。

やっぱりわかりやすいのは「音量がある楽器」「鳴る楽器」です。
もちろんここでは、有名な作者の値段が高い楽器なんて低い次元では話はしません。
それはよそでやってください。

これはプロの人でも、音が出やすい楽器は高く評価する人が多いです。少なくとも仕事で楽器を弾くなら仕事がしやすくなるわけですから歓迎されます。
われわれに例えると、電動工具のほうが楽なので手動の工具よりも喜ぶということがあります。職人でもいろいろです。
でも私はできれば手動工具で仕事はしたいです。しかしあまりにも作業が困難であると電動工具が必要になります。しょうがなく電動工具を使うわけですが、電動工具が使えることを喜ぶ職人のほうが多いです。
それをもっと発展させたのが大量生産の工場です。コンピュータで制御された工作機械で自動的に多くのことができるようになってきました。職人は楽なったので良いですね。

より楽な工具が優れていると同じように楽器も考えられます。鳴る楽器が評価されるわけです。

鳴るか鳴らないかは理由は分からないと書いてきています。
ただ単に片っ端から試奏して鳴るものを探すしかありません。同じ作者でも鳴る場合と鳴らない場合がありますから。
基本的に新しい楽器は不利で50年以上経っているものが有利です。逆に言えばどんなにうまく作られた新品の楽器よりも、ただの平凡な楽器で50年経っているものの方が「よく鳴る≒優れている」ということです。

楽器店としてはちょっと古くて悪くなさそうな楽器があったら片っ端から修理して弾ける状態にしておくことが仕事です。そして楽器の品質や、作者の名前で値段を付けます。音で値段を付けているわけではないので買いに来た人は弾き比べて選ばないといけません。
これが今仕事として職人に求められているものです。

ヴァイオリン職人はまだ奇跡的に手動工具を使っている職業ですが、大工や家具などほとんどの木工の職人では電動工具に変わっています。趣味では道具のマニアになる人がいますが、今DIYで木工をやろうと思えば、どのインパクトドライバーが良いかとかどのくぎ打ち機が良いかなどそんな話で、ノミやかんながどうだなんて話は出てきません。
楽器の世界でも電子楽器やDJ,コンピュータで打ち込んだりしてややこしいアコースティックの楽器なんて弾く人は少なくなっています。私のいるところでも民族楽器もあります。このようなものもたまに持ち込まれますが、古くてよくできたものでも価値はと言うとじゃあ買う人がいるのかという話になります。ヴァイオリン職人でそのような楽器を作っていた人もいます。それに比べたらクラシック音楽で認められている僅かな楽器はアコースティックでも残っています。

もっと楽なことをしたいなら楽器の演奏なんてしなければ良いということでもあります。「楽だから良い」というのは一理あるけどもすべてではないように思います。登山やマラソンをやる人にケーブルカーやタクシーで行った方が楽ですよというようなものですから。かと言って苦労することが目的ではなく登山やマラソンをするのでも効率的であるべきで無駄に体力を使うのは賢くはありませんね。

親も演奏家や教師で「ヴァイオリンを弾くということ」が当たり前の環境で育った人もいるでしょう。そうなると自分の意志でヴァイオリンを弾くという選択はしてないですね。楽な方が良いかというわけです。

そういう意味でも一筋縄ではいかないですね。

私のスタンスとしては、「楽であればあるほど良い」ということではないと思います。しかしあまりにも困難なものは続けることが無理です。その辺のバランス感覚が重要です。

オールド楽器についても私が評価するときは、現代の時代に使えることが大事だと思います。もちろん古楽のスペシャリストで「オリジナルの音」を追求する人は良いでしょう。しかしプロのバロック奏者でもそんなストイックな人は珍しいでしょう。バロック楽器から始めたという人はほとんどおらず子供のころからモダン楽器を習って、大人になって専門分野に進んだという人が多いと思います。
すでにモダン楽器を知ってしまっているので、バロック楽器を評価するときもちょっとはモダン楽器としての良さも求めます。もっと簡単な例ではあご当てを付けている人も結構います。その辺の何は許して何は許さないのかというのも面白いですね。そういうのはある種のセンスだと思います。

職人の方も普通はモダン楽器の製作法を学んでからバロック楽器を作ります。このためどうしてもモダンや現代の常識や癖が入ってしまいます。自分たちの常識を否定できるのは相当変わった人だけです。モダン楽器の方が優れていると信じている人のほうが主流なのでバロック楽器は心の底でバカにしているのです。
それに対して、アマチュアの職人で古楽器を作っている人が多くいます。
確かに古楽器はいろいろなことが定まっていないのでプロのような教育とは違うのです。見よう見まねで何となく作るようなことが求められます。師匠もわからないからです。

でも多くの場合にはあまりにも知らなすぎることが多いと思います。つまり素朴すぎて一流のオールド楽器のクオリティには到底及ばないものです。そもそもクオリティが低すぎて、ヴァイオリンかどうかすら怪しくモダンかバロックかの違いなんて作り分けられる次元ではありません。だからちゃんとモダン楽器が作れてから自分に染み付いた常識を疑ってバロック楽器を作らないといけないと思います。

古楽に興味を持った熱心な方が初めて弦楽器を始めたいと思って、いきなりバロックヴァイオリンやヴィオラ・ダ・ガンバを始めたいという人がいます。普通のヴァイオリンやチェロなどから初めて、ある程度になってからでも良いと思います。モダン奏法やバロック奏法以前に基本的なことを身に着ける必要があるからです。

そうやって考えるとマニアックな趣味趣向はそれだけ演奏の技量も必要になるのです。
今は音大でもバロック楽器の演奏を教えている教授もいますし、古楽のプロがレッスンをしていたりします。そういう所でちゃんと学ばないと自己流でやって「俺は現代の演奏者を超えた」と言っているのはかなりの痛い人です。古楽器の知識もでたらめで、「バッハを弾くにはこうでないとダメ」とウンチクを言っているのが私からすると当時の東ドイツのヴァイオリンとは全く違う物だったりします。

チェロでは今はほぼ全員がスチール弦を使っています。これがガット弦を使うだけでもかなりの挑戦になります。チャレンジしてあきらめた人も多いです。これとて20世紀に使われていたガット弦ですから。


私もヴィオラ・ダ・ガンバの音の良し悪しになるとどう評価していいか全く見当もつきません。本当に不思議なものです。
ということは逆に考えると、ヴァイオリンやチェロなどは20年いろいろなお客さんと接して来て耳ができてきたということですね。

その辺のバランス感覚でオールド楽器も見て行かないといけません。
そこが私が「特別に興味」を持っているところです。つまり誰よりも詳しい所です。
一方現代の作者やモダンの有名な作者は詳しくありません。

南ドイツのオールドヴァイオリン①

このヴァイオリンは以前修理してブログにもちらっと出たことがあると思いますが、その時もオールド楽器はこういうものだという話でした。

オールドヴァイオリンを紹介するときの最大の問題は、平面の写真では全く伝えられないことです。
こうやって平面の写真を見ると実物を見ていた時と別の楽器のようです。
南ドイツのフュッセンの作者のラベルが貼らていていますが、真相は分かりません。
しかしそのようなことは私にとってはどうでもよく楽器そのものが興味深いものです。
f字孔はいわゆるシュタイナー型と言われるものでニスも濃い茶色で透明度がありません。土のようなニスです。
しかし形は典型的なシュタイナー型ではなく丸みを帯びています。
シュタイナー自身もアマティのような楽器を作ったのでしたがそこに独自の癖があったのです。それを強調したのが「シュタイナー型」と呼ばれるスタイルです。

そうなるとこの楽器は厳格にシュタイナー型に押し込まれたものではなくなんとなく自由に作ったのかもしれません。そんなに厳格な教育は無かったのでしょう。それでもモダン楽器の常識がまだないので現代のものとは作風が全く違います。現代の範囲の中で個性的なものを作ってもこれほど変わったものはできません。

だから私は現代の作者の個性なんてものは大して無いと考えています。
個人の作者だろうと、分業で作られたものでも個性と呼べるほどの差は無いと思います。私も最初は「作者の個性」が大事だと学んだものです。しかしそれに何百万円も出すほどの違いが無いのです。同じ常識を共有しているからです。音についてさんざん説明してきました。その職人が自己満足で作っても、何でもない量産品の方のほうが音が良いという人もいるのです。

この楽器もこの時代の常識に基づいて作られたものです。時代が変わるとこのようなものは決して作られなくなりました。

つまり作者不明のオールド楽器のほうがずっと個性的です。かつてはシュタイナー型とひとまとめにして見下していたかもしれませんが、よく見るとみな違うのですよ。


南ドイツの一流の作者程の繊細さが感じられません。このためラベルも疑っているわけです。しかし意外とこんな楽器のほうが音が良かったりするものです。イタリアの楽器のようなクオリティーですね。もちろんイタリアにも繊細な楽器がありますがわずかです。その点でドイツと全く同じです。

このいい加減さがなんとなくゆったりした印象を受けます。実際に測ってみても幅が広めで極端に細いものではありません。ストラディバリモデルに遜色ないものがあります。特にミドルバウツではそれ以上に幅があります。

ニスが剥げたところは黄金色になっています。イタリアのものに限らず木が古くなるとこんなふうになります。

アーチは現代ものと全く違うふくらみがありますが、極端なものではなくふくらみも不自然な癖がありません。

イタリアの楽器のほうが自然なアーチでドイツのほうが作為的な窮屈さを感じることが多いのですが、この楽器について言えばイタリア的なアーチです。

一つは時代が1800年ごろで厳格なシュタイナー型のスタイルが守られず失われてきたということもあるでしょうし、ウィーンやオーストリアなどにはストラディバリやアマティがあったはずです。そのような影響があったのかもしれません。

スクロールは渦巻きの部分だけがオリジナルでペグボックスから下は新しく作り直されています。

継ぎ目が分かるでしょうか?
このため印象がよくわかりません。

板の厚みは典型的なドイツ風のものですが、極端に薄い感じではありません。これくらい古ければ多少厚くても硬すぎるということは無いでしょう。

私が面白いと思うのはまずたたずまいがモダンや現代のものとは全く違うことです。パッと見た瞬間に全然違うと思います。現代の作者の中で言う個性なんてのが微々たるものに感じられます。同じように作られた現代の楽器で極端に変わった音になるはずもなく、当然音響的にも個体差くらいの音の違いしか出ないはずです。だから作者名は関係なく弾いてみて個体差で楽器を選ぶべきなのです。

ドイツのオールド楽器の中でも自然さを感じます。本来はイタリアのオールド楽器は自然な感じがするものですが、ドイツの楽器でも自然さがあります。細かい所を決められた通りに作るというよりも大雑把に全体を作っている感じです。音について言えば細かい所にこだわって作っても意味が無いと私は考えています。

「細かいところまで気を使って作られたから名工の作品は音が良いはずだ」というのは起きがちな間違いです。これを否定するのは非常にエネルギーがいります。マニアや専門家を気取っている人ほど頑なに思い込んでいるからです。


こういう楽器は鑑定できる人がおらず作者を特定するのはとても難しいです。お金にならないので興味がないのです。
逆に言えば買う方にとってはとても安く本当のオールド楽器が買えるのですから、作者名は分からない方が得です。

「南ドイツのヴァイオリン」というのは、マルクノイキルヒェンとは違うというくらいのことです。他にはドイツではそれぞれの都市に少しずつ職人がいたようです。彼らもマルクノイキルヒェンや南ドイツで修行した流派だったりします。そのため本当は南ドイツのものではないかもしれません。しかし流派として大雑把に見ると元は同じです。

南ドイツの楽器という場合には完全にアルプスの方で、フュッセン、ミッテンバルト、ウィーン、ザルツブルクなどです。ドイツではなくオーストリアも含まれています。南チロルは現在ではイタリアになりますがニスの色などは南ドイツの流派と共通だったりします。値段はイタリアが付くことによって跳ね上がって、南チロルの作者の偽造ラベルがドイツの楽器に貼られるといういつもの話です。

南ドイツのオールドヴァイオリン②

もう一つあります。

こちらも平面の写真にすると「こんな楽器だったっけ?」と思うくらい印象が違います。
これも典型的な南ドイツのオールド楽器です。

特に木材の産地ミッテンバルトでは細か木目の表板が上等とされました。このため繊細な印象を受けます。音にも影響があると思います。どちらかと言うときめ細やかな音になるはずです。

こちらの楽器の方が仕事は繊細でいかにもドイツ的です。

アーチはいかにもオールド楽器というぷっくらとしたもので、指板やテールピースが表板にくっつきそうになります。触れてしまうと振動を妨げたり、ビリついたりしますので配慮が必要です。

四角い台地状のアーチですが、マルクノイキルヒェンのものよりは自然です。エッジの周辺の溝が強調されています。
ドイツのオールド楽器らしいものです。

極端な台形ではなく丁寧に丸みが作られています


こちらも同じような修理を受けていますが、渦巻きの部分も南ドイツっぽくありません。オリジナルではないかもしれません。

クロッツ家の楽器だと由来は聞きましたがまああてにならないでしょう。南ドイツの楽器ならクロッツにしてしまえというものですから。
さっきのものよりも、より典型的なシュタイナー型のオールド楽器でドイツらしいものです。ニスはほとんど剥げていて黄金色になっています。後の時代の人が塗ったニスの色もあるでしょう。

時代も少し古いのではないかと思います。1700年代の半ばくらいかそれよりも古いかもしれません。

気になる音は?


最初に紹介した①の方からです。
弾いたとたんにオールド楽器と分かる独特の濃い味のある音がします。暗くて枯れた音です。
つまりはっきりと角のあるような乾いた音で、暗く深みがあります。
そのような音自体はフラットなモダン楽器にもありますが、デリケートさがあります。
高音は細く鋭いもので、決して柔らかくはありません。そういう意味でもモダン楽器にもある音です。

モダン楽器とオールド楽器の間くらいの感じの音かもしれません。それらは相反するものではなく連続しているものだと思います。


現代の主流の楽器ではどんな巨匠と宣伝されている人でもこんな音は出ないでしょうね。
唯一近いのは私の作ったものです。私がこの楽器をパッと見て気に入ったのはそういうことです。

音量の面でも新作の楽器に比べて劣るようなことは無く「室内楽用」という感じはしません。力のある人が弾けば相当な音が出るでしょう。音の味でも、音量でも典型的な新作楽器に劣ることは無く、値段は作者不明で100万円くらいのものです。中高生が買うには渋すぎる楽器ですが、並み以上の腕前なら面白い楽器です。


次に2番目のものです。
こちらは弾いているのを聞くと、さっきのものよりも音が多彩で華やかさがあります。もしイタリアの楽器は華やかだと信じているのならドイツでもいろいろでたまたまそういうものに当たったというだけです。
ただし弾いている方はスムーズに音が出ず詰まったような難しさを感じます。癖がより強いのです。

よほど弓をコントロールできる人やこの楽器に慣れている人でないと難しいタイプの楽器です。

それでも現代の正統派の楽器に比べて音量が無いということはありません。


何億円もするような楽器と比べるとどうかは分かりませんが、新作楽器と比べれば圧倒的な音の味わいがあるうえに音量も劣っていないのです。作者が分からないと値段は200万円以上にはならないでしょう。

そういう意味でドイツのオールド楽器はとても魅力的なものだと考えています。しかし、一つ一つ違うし、癖もあるのでどれでも良いというわけではありませんし、誰にでも弾けるというわけではないでしょう。
買いたいと思ってもいつでも売っているわけではありません。

音が良いドイツのオールド楽器を手に入れられた人は運が良いです。

ドイツのオールド楽器も偽物はあります。戦前に「シュタイナーモデル」のものが大量生産されました。私には全く違うものに見えますが一般の人には本当のシュタイナー型のオールド楽器と見分けがつかないかもしれません。


オールドだから何でも良いというのではなくてその中で違いが分からないといけません。最初のものの方がゆったりとして現代の演奏者にも弾きやすく、モダン楽器にも近いものです。後のものの方がいかにもドイツのオールドという気難しいものです。私は自分でもそのようなタイプの楽器を作って実験をしているので自分のこととして興味があります。

現代の常識では全く作ることができないこのような楽器は面白いもので、そうやって注目するといろいろなことが分かってきます。


楽器を探す人でもほとんどの人はただ弾いて「鳴るか、鳴らないか」ですよね。でも味わいの世界もあって、私の趣味趣向も自信をもって突き詰めていくと一部の人たちの役に立つと思います。

古いものをどうやって現代に生かすか、それがテーマです。

こんにちはガリッポです。

心配おかけしましたが無事です。
隔離期間を終えて検査結果も陰性で人にうつす危険が無いということで仕事には復帰しています。しかし元気いっぱいではありません。
1週間も自宅にこもっていればそれだけでも体がなまってリズムも崩れるものです。
病気というのは精神にも左右するもので、自宅で過ごす時間があっても何かをやる気にはならなかったです。


先日は100万円以下くらいで新しくヴァイオリンを欲しいという人が来ていました。年配の夫婦でともにヴァイオリンを弾いています。夫婦でやっているとモチベーションも高いようでアマチュアですが難しい曲を次々と弾いて楽しんでいるようです。
その値段で10本くらいは並べて弾き比べていました。
主に旦那さんの方が弾いていましたが、離れて聞いているとどのヴァイオリンを弾いてもきれいな音を出していました。世代や趣味趣向もあるでしょう、力強い演奏というよりは優雅な繊細な演奏です。高い方の音ばかり弾くので低音が出る楽器には分が悪いです。

「イタリアのヴァイオリンは無いか?」と聞いてきました。
師匠はまたいつもの説明です。
100万円以下ならイタリア製にこだわる必要はないという話です。皆さんにはおなじみで最低数千万円からの話です。
クレモナの職人なら他に収入減が無いから安い値段でヴァイオリンを売る人はいるでしょう。でも戦前の上等な量産品に音で勝てるでしょうか?少なくともうちでは置いていません。


師匠は新しく買うよりもまずは自分のヴァイオリンを調整することを薦めていました。
弦を換えて魂柱の調整をするとその方はびっくりして自分の楽器のほうが音が良いと楽器探しは終わってしまいました。

その人の持っているヴァイオリンはちゃんと作られとてもよく鳴る物でどちらかと言うと鋭い音のものでしょう。その楽器で柔らかい音を出す方法を身についているので、どんな楽器を弾いても柔らかい音がします。

だからヴァイオリンなんてのは何でも良いと私が言ってるわけです。

鋭い音の楽器は弓がちょっと触れただけで音がギャーと出ます。柔らかい音の楽器はちょっと滑るような感じがあります。どちらが良いというものでもありません、使う人次第です。


魂柱の調整について興味を持たれたようで質問していました。「どのように調整したのか?「「なぜ、長期間放置していたら音が悪くなったのか?」などいかにも男性らしい論理的な質問です。

しかし私がこのような疑問が間違っていると思います、そもそも「音に理由はない」のです。結果としてそのような音になっているだけで理解なんてできません。私が20年間やってきてたどり着いた根本的な考え方です。

当然イタリア製だからこんな音がするということはありません。作っている方はその音になる理由が分かっていないので、仮に国ごとに特有の音の好みがあっても作ることができません。多くの製品は何かしら宣伝文句や安さなどのセールスポイントがあればただの木工作業で音のことはよく分からずに作られています。
私もヴァイオリン製作の修行をしたので分かっています。師匠や先生、同業者は分かっているようなことを言います。しかし言っていることが実際の楽器では当てはまらないことばかりです。

それ以上に何を良い音だと思うかはその人の感覚です。客観的には魂柱の調整をして音が良くなったのではなく、その人が好きな音になっただけです。調整も問題があるから直したのではなく、何回かいじっていたらその人の好きな音になったというだけです。だから長い間放置したために問題が発生したということでもありません。


療養隔離生活でもちょっと元気が出てくると音楽くらい聞こうかという気になってきました。
私のスピーカーは「ヴァイオリンらしい音」にこだわって作られたものですが、強調しすぎてわざとらしいのが難点です。高音にきつさや鋭さがあります。反応が速く敏感すぎてゆったりとした音で聞けないのです。
スピーカーの位置を動かして左右の間隔を15cmせばめてみました。
それでかなり鋭さは和らぎました。

なぜかと言えば理由は分からないです。
左右のスピーカーの間隔が広いと空間が広がり一音一音がはっきり聞こえます。間隔を狭めるとゴチャゴチャとした音の塊に埋もれて鋭さが目立たなくなったようです。なぜそうなるかはわかりません。魂柱の位置もこれに似ていて、駒に近づけたり離したりすることで特性を変えられます。魂柱は駒の脚の真下には無くちょっとずれています。それがクッションになっていて、離せばよりクッション性が増すというわけです。しかしそれとは別に微妙なはまり具合で音がガラガラと変わります。0.1mmくらいしか動かしていないのに音が劇的に変わったと思う人もいます。この場合の音の変化には理由はないです。


理屈ではヘッドフォンと違い右のスピーカーから出る音が左の耳に入る分もあります。左右の間隔が近ければこれが多くなることが考えられます。音がごちゃごちゃになって曖昧になるということも考えられます。理屈で考えれば「音質は劣化」ということになりますが、結果として好きな音になったのなら私にとっては改善です。音域ごとに指向性が違うというのも考えられますが、作用としては逆に働くはずです。

まだ調べている段階ですが「真空管」というのもあります。ギターなどの世界では有名でしょう。数十年前はそんなに真空管は人気が無く時代遅れのもの好きのものというイメージでした。大手家電メーカーなどは決して真空管式のアンプなどは作りません。今では高級メーカーなどでは取り入れることも少なくありません。
戦前のジャズなどそもそも録音技術が低かったころの音源をストリーム配信で聞くのに真空管を通したら良いかもしれないと興味を持っています。

おもしろいのは中国製でものすごく安いものがあるのです。
確かに目的としてはただ電気信号を真空管を通せば良いというだけですから、複雑なものではなく高価になる必要もないです。真空管のアンプなんて中の回路を見ればシンプルなものです。
アメリカで真空管が作られて、軍事技術に使われました。昔のコンピュータです。
その機器を動かすのにストックを残してあってそれを今オーディオ用に使っているわけです。
ソビエトでアメリカの真空管の模倣品が作られてソビエトの軍事機器に使われていました。さらにそれの模造品を中国で作られていて、ちょと前までは中国では技術の進歩が停まっていましたから真空管が残っているわけです。これが日本のメーカーの真空管なんてほとんど残っていないでしょう。

真空管とトランジスタでなぜ音が違うかというのはよくわからない理屈があります。私は楽器の経験上そのような理屈は信じても意味がないと思います。結果としての音を味わうだけです。

こんな事も遊びと実用の間で考えています。実際古いジャズやロックンロールがムード満点で聞けたらいいです。デジタル音楽配信によって真空管が注目されるというのですからおもしろいですね。ちなみにYouTubeのTubeというのは真空管のことです。テレビのブラウン管のことでもあります。
ただ昔のような音で音が悪いだけでは遊びとはいえお金は無駄になりますし、ゴミが出て環境にもよくありません。品質が悪い中国製品を買うのにも抵抗があります。一方真空管の魅力に目覚めてしまうとマニアックすぎてどっぷりはまったら大変なことになってしまいます。

それだけでなく部屋の照明も考えています。
音楽を聴くときはちょっと暗めで暖かみのある照明が良いですね。
寝る前に静かな音楽で気を静めるようなことを考えています。
楽器製作でも照明のヒントになるかもしれません。


1週間病気になっただけでも、一度は全くやる気が無くなって、すこしずつ何かしら興味が出てきて、一方で活力が無くこんな事人生で大事なのかなと冷めた目もあります。
ワクチン接種に比べても実際に感染すると抗体の効果が高くなるようです。その意味では比較的コロナを恐れなくても良くなったということはあります。人間の暮らしって何なのか考えてしまいます。元気が出てくれば疑念も無くなるのでしょうか?


ともかく「音に理由はない」というのが真理でしょうね。
理屈で理解できるほど簡単ではなく、いろいろ試してみるしかありません。

こちらは修理に持ち込まれたヴァイオリンです。見た目はミルクールの影響があるザクセンのものでそんなに悪くはありません。でも持った瞬間に重さを感じ、表板などを触っても硬さを感じます、厚みを測ってみるとやはり厚めでチェロのような厚さです。
ニスはラッカーが分厚く塗られ風化してボロボロになっています。

ラッカーだから音が悪いというのではなく、安上がりに作られたものにラッカーが塗られているのでラッカーの雰囲気でそのような楽器だと分かるということです。この楽器ではガラスのようなラッカーが分厚く塗られているので音にも影響があるでしょう。しかしすべてのラッカーの楽器で音が悪いというわけではありません。

我々職人が楽器を見ても「名工」と言われている人の楽器と普通の職人の仕事の違いは分かりません。なのになぜか楽器店の営業マンには分かるようです。値段を知っているからでしょう。
一方職人でも一部の人にだけ造形センスがある人が作ったものがわかります、これは値段の評価とは全くずれています。営業マンにわかるはずがないからです。
とはいえ音になると良い音の楽器に理由はありません。

私が重要だと言っているのは粗雑に作られた楽器か普通に作られた楽器かの違いです。天才の職人か凡人の職人かについてではありません。普通に作られていれば良い音がする可能性は十分にあります。それすら判断は難しく素人には無理です。私でも外見が綺麗で騙されることはよくあります。
また作りがいい加減なものでも音で見分けるとなるとさらに難しくなります。私がこんなの安物だと思っても何かの組み合わせの奇跡で弾いてみると気に入る人もいます。私は内心「こんな楽器の音が良いはずがない」と思っていますが、現実は現実です。受け入れなくてはいけません。人が音が良いと感じるとまで含めると心理学の世界です。


弦楽器についてウンチクを語るのが愚かなのは、20年やってきた私でも分からないことだらけで規則性や法則性を言うことが困難だからです。むしろ経験するほどそのようなことが浅はかだったと気づきます。
ましてや一般の人は我々が修行をするレベルで勉強することすらできません、初めて数か月程度の知識にしか到達しません。だったら何も知らないという前提で音に向き合った方が良いでしょう。




こんにちはガリッポです。

先週は短めの記事となっていましたがその理由は熱があったからです。
その後の検査でコロナの陽性だと分かりました。

先週の金曜日の夜仕事から帰ると、のどの渇きとともにしんどさを感じました。
夜は寒気がして眠れませんでした。
土曜日の朝に体温を測ると37.5℃くらいで軽く熱があり、夕方には38℃を超えました。
そのあとは寒気は収まっても何日か37℃以上が続きました。
体温を上げるためか筋肉が使われたようです。腰痛から始まり、背中、首にかけて筋肉が硬直して血行も悪くなったでしょう。長時間横になっていると頭痛になりました。

まもなく鼻炎と咳が出るようになり、痰が絡んだりして眠りづらかったです。

回復はとてもゆっくりでしたが、容態が急変することは無く心配していたような事態には陥りませんでした。

ワクチンは2度接種していました。
もう10年以上風邪をひいていない私でもしっかり病気になりました。
そういう意味で「わたしにとって」は風邪以上の病状になります。
他に感染した人でも、普段風邪をひきやすい人は症状がずっと重く長引いています。
私は軽い方です。また年齢は直接関係ないようです。

オミクロン株の感染力の強さで私でも感染してしまいました。
自分一人の対策では防ぎようがありません。


私にとっては病気よりも厄介なのは、手続きの問題です。
「感染したら何をするべきか」の説明がないのです。

街中にある検査所の注意書きには「無症状の人に限る」と書かれています。
病院に行くと陽性の迅速検査結果の提出が求められました。すでに矛盾しています。

黙って検査も受けずにいればコロナに感染していることも明らかになりませんし、隔離などの義務も発生しません。日本のような保健所もないし病院もこちらから要求しないと何をしろとも言われませんでした。そういう意味では申し出ていない人も多くいるんではないかと思います。

日本と違って世界はずっと不親切です。


一週間して症状はほとんどなくなり回復しましたが、気力が無くてやる気が起きませんので楽器のことを考える気にもなりません。

楽器とは関係ない内容になりましたが、参考にしてください。


隔離期間を終えて検査も陰性で仕事にも復帰しました。



こんにちはガリッポです。

楽器の保険について質問がありました。
勤め先では保険会社や代理店と信頼関係ができています。
保険の料金は楽器によって違いヴァイオリン・ビオラ、チェロ、コントラバスと分かれています。
その保険会社ではヴァイオリン・ビオラは7500ユーロまでは1.25%、1万5000ユーロまでは0.875%、2万5000ユーロまでは0.625%、2万5000以上は0.5%になっています。
楽器の評価額に対して上に示した金額が年間の保険料金となり更に税金がかかります。

楽器の価格の評価は勤め先で専門店として査定しています。
販売する場合に比べると真贋には寛容です。何かあったときに補償が足りないというのがいけないのでどちらかと言うと高めに見積もっています。このため保険用の査定の書類を真贋の鑑定書としては使えません。
値段が上がっていくので何年かごとに見直さないと低すぎる評価になってしまいます。
高価な楽器の場合には作者名が分からないと値段のつけようがないので重要です。




次は改造チェロの話
先日中級品のチェロを完成させた話をしました。
先日ちょうど、高校生くらいで量産品よりも良いチェロが欲しいということで来ていました。
マルクノイキルヒェンの量産チェロ、うちで15年以上前に白木のチェロにニスを塗ったもの、今回完成させたものの3つを試しました。一番気に入ったのは15年以上前のものです。これは改造というほどのことはしていなくて工場で作られた白木のチェロにニスを塗っただけのものでした。
パッと弾いた瞬間に音が強く出るのでそれだけでお気に入りの様でした。


改造チェロの歴史ですが、初めはただ工場製のニスを塗る前のチェロを買ってきてアルコールニスを塗っただけのものでした。チェロにアルコールニスを綺麗に塗るのは至難の業なのでアンティーク塗装にしていました。今見るとひどいものです。
それ以外は量産品と変わらないはずです。
それを徐々にバスバーを交換したり、エッジや表面を仕上げ直したり、オイルニスを実用化したりといろいろ工夫してきました。

15年以上前のそのチェロは、若い才能のある学生が2名、本格的なチェロを買うまでのつなぎとして使用したものでよく弾きこまれています。それだけでなくもともと量産品の音の強さや鋭さがあります。音も低音は控えめで明るいものです。高い方の音域では響きも多くなります。パッと曲を弾いた瞬間に「音量がある」と感じるのでしょう。
私は「量産品のような音」が良くないとは言っていません。「ハンドメイドのチェロのような音」が欲しいとなったときに値段が高かったり、そもそも作ってなかったりするので妥協案として改造チェロを作っているのです。

音は好みの問題です。
量産品のような音が良いなら、量産品でも古いものや弾きこまれたものが新品よりは有利になります。

15年かけて研究したことも画期的に優れたものにはなりません。あくまで好みの問題でしかありません。15年前に作ったものの方が良いということもあり得ます。だから工夫も何もしなくても良いと言えば良いのです。
もちろん、今回仕上げたものを15年間弾きこんだらどうなるかはわかりませんが。


弦楽器というのは徐々に開発されて音が良くなっていくものではなく、初めて作ったものでもいきなりちゃんとしたものができて、研究を重ねて職人が理想の音にたどり着いても、お客さんは研究する前のものの方が好みということもあり得ます。

一般的な工業製品と違うのは新しい製品ほど改良されているということがないのです。だから古い楽器が高価で取引されているのです。

量産品とは知らずに量産品を絶賛する上級者もいますし、絶対に量産品が音が悪いということはありません。音は主観で弾く人が感じるものだからです。私がどう思うかは関係ありません。

チェロは大きいので機械化しやすいということもあります。精密な加工のほうが難しいからです。また音でも低音楽器なので耳障りな鋭さはそれほど気にならないこともあるでしょう。むしろ鋭い音が「力強い」と高く評価されることもあります。

ニスについては大きなスプレーで分厚く硬い人工樹脂のものを塗ってあるのはさすがに音には良くないかもしれません。ニスだけ塗り替えた方が良いのかもしれません。


チェロの値段が高いことは始める前に知らないといけないことです。
先日も知り合いなどから譲り受けたのか古いチェロを持ってきて、チェロを習いたいという人が来ていました。見ると弦の一本が切れていたので弦が欲しいという事でした。
しかし楽器の状態は悪く、弦を一本買うだけでまともにレッスンが受けられるとは思えません。一通り直せば5~10万円くらいはかかるでしょう。昔は軽量ハードケースは無かったのでバッグのようなソフトケースを使っていました。そのチェロも昔のソフトケースに入れられていました。しかし持ち運ぶと思わぬ事故があってネックが折れたり駒に衝撃がかかって表板が割れてしまうことがあります。このためチェロ奏者の人たちはみなハードケースを持っています。いずれそれも必要になりますが10万円くらいはすぐに行ってしまいます。弦を換えるだけでもセットで3万円以上します。弓もヴァイオリンよりも高くて選択肢も少ないです。チェロのほうが壊れやすいのに修理代はヴァイオリンよりもずっと高いです。作業にかかる時間が全く違うからです。それでも儲からないのでチェロの修理はしない職人もいます。

お金がないならチェロを始めることはできないということです。
だからチェロでは理想論よりもコストパフォーマンスが重要になるのです。


こんにちはガリッポです。

またニセモノ事件の話から。
今回持ち込まれたのは、フェルディナンド・ガリアーノ、カルロ・トノーニ、ルドルフ・フックスのラベルの付いた3本のヴァイオリンです。

ガリアーノには鑑定書が付いておりフェルディナンド・ガリアーノ作のヴァイオリン、ただし二コラ作かもしれないと書かれています。
パッと見た瞬間にオールドヴァイオリンの感じがしないのでオールドでないことが分かります。ガリアーノの特徴が多少あるので真似て作られたものです。しかしアーチの作り方が近代的すぎるし、あご当ての下のところも摩耗がなく、裏板に傷がほとんどありません。
どこか違うか細かい証拠を挙げるまでもなく、パッと見た印象で違うと言うだけです。
細かい所は見なくてもいいレベルでした。
コピーとして見た場合、知識は多少あるようです。イタリアの楽器、特にナポリのものは楽器は雑に作られているというイメージもあるでしょう。しかしガリアーノにも美しいものがあり「アマティの基礎」が感じられます。

鑑定書は1970年に書かれたもので今では全く通用しません。
もしかしたら鑑定書を書いたヴァイオリン職人が自分で作った楽器かもしれません。それくらいの古さでした。
昔はそんな職人でも「エキスパート」と思われていたようです。
よくできたコピーというよりは雑に作っただけみたいなところがあります。自分はオールド楽器を熟知して誰も偽物とは気づかないだろうという過剰な自信が表れているような感じもします。職人には多いタイプです。どこかにサインなどがあればその作者の楽器ということになりますが今のところ単なる作者不明の雑に作れらたヴァイオリンにすぎません。

二コラ作かもしれないという弱気な鑑定をすることで「最悪、ガリアーノ家の楽器には違いないだろう」と思わせるトリックを感じます。


トノーニも全くオールド楽器ではなく、ただの戦前の量産品と変わりませんが、ラッカーの匂いはしません。教育を受けてきちんと作られたモダン楽器の感じがしないので「素朴な」という意味で手作り感がないこともありません。量産品でないとすればちゃんと修行していない職人か凡人の腕前で作られた、またはその両方ヴァイオリンかもしれません。それがラベル偽造に使われた要因かもしれません。
品質だけで言うと量産品かハンドメイドかもわかりにくいですが、トノーニだと思える要素がないことは間違いありません。スクロールだけ別の楽器のものを継ネックしてつけているかもしれません。


フックスは私も聞いたことのない作者で調べるとチェコのドイツ国境付近で修行した人のようです。つまりボヘミアの流派の職人です。作風もボヘミアのスタイルにあっていますが、典型的なボヘミアというよりはイタリアのモダン楽器に近い作りになっています。フランスから作り方を取り入れたマルクノイキルヒェンとは雰囲気が違います。
おそらくこれは本物でしょう。持ってみるととても軽いので音も良いかもしれません(板が厚すぎないということです)。
名前が何であっても作者の素性が分かっているということに20~30万円の価値があります。品質だけで値段を付けると50~60万円だとして作者名があると70~80万円くらいはつけられるでしょう。ガリアーノラベルの楽器は作者不明なので50万円も難しいです。コピーの楽器のクオリティを分からない店主ならもっと高くつけるかもしれません。この三本の中ではフックスが一番価値が高いと思います。

全部ガラクタではなかったのが不幸中の幸いです。
ガリアーノ、トノーニ、フックスがあったときフックスに興味を持つべきです。
しかし多くの人は有名な作者に興味があってマイナーな作者には目もくれません。


持ち主のお父さんが買ったのでしょうけども、事実を告げるのは胸を痛めます。
このブログを見てひとりでもそのような人が減ればそれが私にできることです。

マルクノイキルヒェンのオールドヴァイオリン

マルクノイキルヒェンでは1600年代から20世紀までずっとヴァイオリンの産地でした、今でももちろん残っています。ところが不思議なのは他の流派と違って「有名な人」や創始者みたいな人が知らていない珍しい流派です。いくつか有名な家族はありますが、作品は「品質が様々」でオークションでの相場がなく、品質によって20~150万円くらいがつき、世の中の「ヴァイオリンという物」の値段と同じです。つまり家族経営や工場などをやっていて「作品」と言えるような確固としたものではなく、工業製品だったからというのはあります。しかしながら「音は?」となると必ずしもバカにできません。

そんなマルクノイキルヒェンのオールドヴァイオリンを見ていきましょう。

作者のラベルはついていませんがI A R  1787と一文字ずつ焼き印が押されています。形は典型的なマルクノイキルヒェンのオールドヴァイオリンの一つです。
仕事の丁寧さについては特別美しい方ではないでしょう。

裏板は素朴な一枚板でアーチに特徴があります。

台地上に上が平らになっていて周辺に溝があります。典型的なマルクノイキルヒェンのオールド楽器です。イタリアや南ドイツのほうが滑らかなアーチになっています。

ヘッド部はとても個性的で近代以降のヴァイオリンとは全く違います。


A線をペグに結びつけるために底に穴が開いています。

作られた当初からそうだったかはわかりません。

I A R を調べてみるとヨハン・アダム・ライヒェル(1756-1828年)という作者のようです。名前は分かりました、オールド時代の作者です。ライヒェル家もマルクノイキルヒェンでは知られています。

今度は別のヴァイオリンです。

これはウィーンの作者のラベルが貼られていますが、すぐにラベルは偽造でマルクノイキルヒェンの流派のものだとわかります。過去にも同じようなものを見たことが何度もあります。フランスの作者のラベルが貼られて売られ裁判になったことがありました。私が見れば全くのでたらめです。

しかし形は面白く偶然かグァルネリ・デルジェスに似ています。ミドルバウツの幅が広く113mmあります。

マルクノイキルヒェンの楽器は必ずしも真っ黒ではなく今ではイタリアの楽器と同様に黄金色になっているものもあります。強く着色していなければ古くなるとみなそうなります。

こちらも個性のあるものです。



オールドっぽい感じのするものです。穴は開いていません。

こちらの方がアーチは滑らかで癖が少ないです。

気になる音と値段は?

はじめのライヒェルのほうは、オールドらしい深みのある音色で高音も柔らかさがあります。音は細くてダイレクトな感じがあり高めのアーチのオールド楽器のような音です。
すごく柔らかい高音ということもありませんが、モダン楽器ではこのようなものはめったにないでしょう。

それに対してウィーンの作者の偽造ラベルが貼られた方は癖がなくてゆとりがあります。同じように音色には深みがあり高音には柔らかさがあります。窮屈さがなく懐の深さがあり力のある人が弾けばおそらく太い豊かな音が出るでしょう。形がデルジェスに似ているだけでなく音でもソリスト的な演奏ができるでしょう。

この二つとも1000万円を超えるようなイタリアのオールド楽器と似たような系統の音です。でも全く同じものはありません。


値段は相場がはっきりしないので分かりにくい所ですが品質が抜群に良いわけではないので修理の必要性も含めると100万円もしないでしょう。特に偽造ラベルが貼られた方は作者名もわからないので100万円越えは難しいです。しかし音ではオールド楽器らしさがあり、癖もないので数千万円クラスのイタリアの楽器よりも面白いかもしれません。

そんなことに気付いてしまいましたが、おもしろいですね。音が良いヴァイオリンというのがだんだんわかってきました。

ウィーンのオールドヴァイオリンもこの前ありましたが、音は細くて高いアーチの音でした。「ニセモノ」のこちらの方が太い豊かな音が出て本物よりも音が良いかもしれません。

弦楽器の値段は評価と言えるようなものではなく、商売人の論理で築き上げられ本当にいい加減でずさんなものでした。このような「ニセモノ」を買ってしまった人は音については奇跡の幸運です。そんなケースもあります。それは値段の評価が音とは関係ないからです。

このような楽器はネットオークションなどでゴロゴロ出ているかもしれません。しかし修理の状態も様々で一つだけ買って音が満足いくというのは難しいでしょう。


この世で人間が作り出した間違いなく美しいものは音楽と職人の仕事です。
お金と政治の争いは人間が作り出した一番醜いものでしょう。
こんにちはガリッポです。

いよいよ私のところにもあれがやってきました。
隣の席の同僚がコロナに感染したのです。
かなりひどい頭痛があったと言っていましたがその後も自宅に留まり鼻水が出るなど風邪のような症状になって行ったようです。ワクチンは3度接種していました。

同僚は先週の月曜日に出社せずにPCR検査を受けて陽性であることが確定しました。
先々週の金曜日までは一緒に働いていたので私も検査を受けましたが陰性でした。他にも職場にいた人で陽性者はいませんでした。

さらに火曜日には月曜日にお店に来ていた市営劇場のヴァイオリン奏者のお客さんから陽性とわかったと連絡が入りました。
市営劇場では感染が相次ぎたびたび公演が中止されていました。

本当に身近にコロナがやって来ました。
同僚が月曜日に気付かずに出社していれば会社全体やお客さんにも被害が広がったかもしれません。賢明な行動でした。

オミクロン株が流行して、過去2年間の感染が1か月の間に凝縮して起きたようです。
ヨーロッパでは人口の多くの割合がすでに感染したことでしょう。当然すぐ隣にもやってくるわけです。

私は何の症状もありませんでしたが、同僚が感染したと聞くと自分も感染しているかもしれないと考えました。そうすると普段よりのどが渇くと「おかしいな?」と思ったりしました。他の人も咳が出たりすると不安になったと言っていました。検査を受けないと自分がおかしくなりそうでした。

個人の印象ではそうなって初めて未知の病気から既知の病気、身近な病気に変わるんだなと実感しました。日本ではまだまだそこまで行っていないと思います。

感染のピークは過ぎたとはいえ、今がこれまでで最も感染のリスクが高い時であることは変わりません。お気を付けください。


職場の方は少ない人員で対応しなくてはいけなかったり、同僚が途中までやっていた仕事を受け継いだりと慌ただしかったです。



前回出来上がったチェロは土曜日には教師や常連のお客さんなど何人かが集まって試したそうです。一人の教師の方には好評だったそうです。
あのクラスのチェロは突き詰めなくてもコストパフォーマンスに優れています。ハンドメイドの楽器の半分の値段でそれに近い音や品質になっているからです。場合によってはハンドメイドの楽器よりも音が好まれることもあるでしょう。私は売り物になる範囲内で試行錯誤や実験をしています。それが安い楽器を仕上げるこちらにとってのメリットになり、その代わりお客さんにとっても値段を超えたようなクオリティになっています。ニスが塗れる設備ができたことが収穫ですからもっとたくさん作れると違う音色のものも用意できるでしょう。

このようなチェロはできてすぐに売れることもあれば、数年間残っている場合もあります。それでも5年以上残っていることはないですね。それなら100万円を超える弦楽器としては売れている方です。量産品でも音の面で人気のあるメーカーのものは1年もすれば完売しています。

めぐりあわせでお客さんとのマッチングの問題です。

趣味などでは製品や道具にこだわることはありますね。趣味には特定の価値観を共有してジャンルのようになっています。私は2輪の免許もなく詳しくありませんが、ハーレーダビットソンのファンとオフロードのモトクロスをやっている人ではオートバイの評価の仕方は全く変わってくると思います。
そうかと思えば、通勤や配達のためにオートバイが必要な人もいるかもしれません。

そのようなジャンルごとの評価の基準のようなものが弦楽器ではあやふやです。


特に厳格なのはドイツ人の自動車の評価です。日本のJAFに当たるような自動車組織にADACというのがあって、新製品の自動車が発売されると様々な項目で試験を行って点数を付けて公表します。エンジンの出力などを実際に測定したり、スラローム走行や急ハンドル、急ブレーキなどいろいろなテストをやります。荷物はどれだけ詰めるかなども重要です。ビールをケースで買うために車を買うというわけです。

最後に点数を合計するのがドイツ的です。
何か一つの目的に特化したものではなく、あらゆる要素が同じウエイトで評価されるのです。その結果値段がとても高くなりますが、それについては寛容です。値段が高ければ一つ一つの項目で優れているのは当たり前で、ユーザーは自分が使う目的に特化したものならもっと優れた性能のものがあるし、もっと安い値段で買えるものもあります。しかし「合計点方式」だと低い評価になってしまいます。

つまり使用者の目的によって評価は様々になるのではなく、統一された「客観的な」基準で「優れた車」が評価されるのです。こうやって作られているのがドイツ高級車の権威で、日本でも信じている人がいます。

でもみながこの基準にしたがって自動車を買っているかと言えばそうではありません。

消費者も「自動車好き」というような理系の趣味を持つ人は一見客観的と思えるこのような基準で評価するのは好きでしょう。しかし多くの人はこのような評価を見ずに買っています。見た目が気に入ったとかブランドのイメージとか営業マンとの付き合いとかいろいろありますね。
自分の車のエンジンの出力がどれだけか知らずに乗っている人も多くいます。コンピュータでもCPUの性能がどうだとか男性のマニアは言っていましたが、ソフトウエアを見事に使いこなしている女性は自分のコンピュータのスペックさえ知らないということがよくあります。

これがアメリカになると全く評価が変わって、専門家にも日本車が絶賛されてドイツ車が酷評されます。客観的な基準なんて無いのです。


同じ自動車雑誌を読んでいるマニアだけが買いに来るお店なら車の良し悪しを語っても良いでしょう。しかし不特定の趣味趣向の人が来る店なら全く通じません。


このブログを見ている人には、弦楽器マニアの方もいて一般の演奏者の中では偏った方でしょうが、年齢も性別もいろいろな方がいてお子さんのために楽器を買わなくてはいけなくて勉強されている方もいます。このブログの中でも特定の音の評価の基準を決めつけるのは危険です。弦楽器マニアと音楽教師では全く評価が違うかもしれません。学生さんが買うなら自分の趣味趣向は置いておいて練習してレッスンを受けるのに適したものを買わないといけません。何が適しているかも能力や目指すところによっても変わってくるでしょう。

それに対して弦楽器についてはこれまでは「音について語ることはタブー」とされてきました。弦楽器専門誌のThe Stadで楽器を紹介する記事があっても音については書いてありません。オールドの名器について書いてある本を私はたくさん持っていますがどんな音がするかなどは書いてありません。

前回はハイニケのほうがアマティよりも音量があるということを書きましたが、絶対そんなことは書いてありません。150万円くらいのハイニケと1億円を超えるアマティでも音だけで言えばそんなものです。


この前に、オールド楽器の修理をしていました。イタリアの作者のラベルが貼ってありますが、私が見た感じでは典型的なイタリアのオールド楽器だと思います。もしかしたらラベルが合っているかもしれません。しかし、別の作者のラベルが貼ってあっても似たようなイタリアのオールド楽器はたくさんあるのでその作者のもののように思えてきます。イタリアのオールド楽器であることは分かっても作者までは私にはわかりません。明らかにしたければ鑑定が必要です。持ち主の人が買ったのは何十年も前で鑑定はあやふやです。1000万円弱の値段がしたそうですが、作者がラベルの通りなら今では3倍はするでしょう。違ってもイタリアのオールドであの感じなら1000万円以下ということはないでしょうから大丈夫だとは思います。

アーチは高くぷっくらと丸みを持って膨らんでいて、ドイツ的なものとは違います。形はアマティ的なものです。古さや木材の感じからしても複製ではないと思います。板の厚みも典型的なアマティ派のオールドの厚さです。つまり薄めです。

弾いてみるととても強い音がして音量が明かにあります。柔らかいという感じではありません。私はオールド楽器が柔らかいと言っていますが、それすら当てはまりません。この楽器のほうがさっきのアマティよりも音量があると感じられるでしょう。つまりハイニケのようなモダン楽器だけでは無くてオールドでも音はいろいろで一つ一つ違うということです。モダン楽器のほうが音量があるということも言えません。

もうバカバカしくなりますが、私たちがヴァイオリン製作を学ぶ時、高いアーチは音量が無いと教わります。全く関係ありません。そのオールドヴァイオリンはフラットなモダン楽器と変わらない音量があります。職人は未だに「正しい知識」として信じている人の方が多いでしょう。

また「イタリアの音」というのもわかりません。強くて鋭い音量があるものはどこの国の楽器にもあります。音色は暗くドイツのオールド楽器とも変わりません。

私はこの楽器について音は強く味はありますが、優美な美しさは無いと思います。幅が狭いモデルで窮屈さもあると思います。そもそも私は高いアーチの楽器の音が柔らかいとは考えていません。フラットなアーチに比べて構造的に柔軟性がないので懐の深さがなく音が出る弓の加減のポイントはシビアです。音はダイレクトで余韻が少なく響きもすっきりしているので鋭さは強く出ます。シュタイナーでも細く強い音です。

しかしフラットなモダン楽器でも細く強い音の楽器があります。こうなるともう全く分かりません、法則性を言えないのです。弾いてみるしかないといつも言っています。

高いアーチの中では古い方が木材が弱っていて柔軟性は増していると思います。新品で作った方が成功する条件は厳しいと思います。

おもしろい楽器だけども個性が強く理想的かと言うと難しいですね。今なら3000万円くらいのものかもしれませんが、もうちょっと良いものを…と言い出すと5000万円、1億となっていくのがオールド楽器の世界です。腕でカバーする方がお金を稼ぐよりも簡単かもしれません。


このような経験がない人には、値段だけが情報として入ってきます。弦楽器の業界では値段しか語るものがなかったのです。同じ値段でも楽器の音は様々で同じではありません。だから指標としては意味がないのです。


うちの会社では楽器の音を評価するのに低音から高音まで音を出します。でも多くの演奏者はいきなり曲を弾き始めます、低い音を使わなければ評価されないままです。低音が出る楽器を作っても意味がありません。

また今使っている楽器との比較になります。
人によって使っている楽器が違うので評価は正反対になることも少なくありません。





















こんにちはガリッポです。

いろいろな話があります。
しばらく前にチェコのマティアス・ハイニケを修理して音が良いのに驚いたという記事を書きました。ニコラ・アマティを持っているアマチュアのヴァイオリン奏者がサブのヴァイオリンを探しているということで、ハイニケを試したところ大変気に入ってるようです。「アマティよりも音が良い」とハイニケばかり弾いているそうです。
こういうことはあり得ます。
そのハイニケはなぜかわからないけどもとてもよく鳴ります。少なくとも音量があるということではモダンヴァイオリンのほうがオールドよりも勝っていることはよくあります。

したがってオールド楽器は性能では劣るけども、独特の味があるので、演奏者の技量でカバーするという面もあるということです。
すくなくとも中級者くらいまではモダン楽器が最良である可能性は十分あります。


もう一つは、どこの産地の楽器でもまれにとてもよく鳴るものがあります。ハイニケをいくつも知っていますがそんなに「鳴る」というイメージはありませんでした。なぜかわかりませんがそのハイニケだけは鳴るのです。
チェコ・ボヘミアの楽器製作にはどこの木材が使われていたのかもよくわかりません。地元のものかもしれません。しかしフランスでもイギリスでもドイツでもハンガリーでも鳴る楽器があるので木材の産地などは関係ないようです。ハイニケが同じところから材料を入手していてもそういう違いがあります。

だから楽器は一期一会だなと思います。



前回は量産品と高級品を見分ける話をしました。
私は絶対に高級品が優れていると考えているわけではありません。商品の質に見合った値段で自分に合ったものを買うべきだと考えているだけです。特に演奏で重要なのは音です。

しかし、修理の仕事をしていれば見事に作られた楽器のほうが正直テンションが上がるし、どこもかしこも狂っているような粗悪品ではフラストレーションがたまります。戦前のものなら安価な楽器は痛みもひどく、作られた時点で欠陥がありますからどこまで直せばいいのかわかりません。全部バラバラにして加工しなおして組み立てないと直せません。しかし、高い修理代を課すわけにもいかないので困ったものです。一番難しいのは安い楽器の修理です。

これが見事に作られた楽器なら、ただ単に決まった作業を丁寧にするだけで良いのですから、気持ちが良いものです。


これも職人によって相性があって、仕事が雑な人は安い楽器の修理に向いているかもしれません。強引でいい加減な修理になっても気にならないからです。逆にきれいな楽器に汚い修理を施すと目立ちます。破損したところを復元するには作者と同じ技量が必要です。

だから修理する職人と作った職人の感性が似ている方がやりやすいですね。
オールド楽器では全く作者の意図が理解できないこともあってそれはそれでおもしろいですけども。



勤め先で「ノイナー&ホルンシュタイナー」のヴァイオリンを修理していました。ドイツのミッテンバルトの量産メーカーではメーカー名が知られていて他のものよりもずっと高いもので、値段ではミルクールの量産品に次ぐものです。
なぜかと言えば、ミッテンバルトに代々続くノイナー家のルードビッヒ・ノイナーという人がヴィヨームのところで修行して、モダンヴァイオリン製作の手法をミッテンバルトにもたらしたからです。商人的には良いストーリーですね。

しかし実際に楽器を修理してみると、作りには問題があり他の量産品と特に変わらないようでした。それに対してノイナー本人作の楽器はまさにヴィヨームそのものです。それもそのはずでヴィヨーム本人は楽器を作っていなかったからです。このためどう見てもフランスの一流の楽器です。

だからルードビッヒ・ノイナー本人のものか量産品かを見分ける必要があります。それが前回した話です。
天才だの巨匠だのそんな話をしているのではなくてその前に量産品か高級品かを見分けられるかというレベルの話をしています。品質と生産コストの関係から値段を言っているだけで、私自身が心の底ら「良いなあ」と思っているという意味ではありません。それどころか20年やっていても何が良いのかよくわからないです。

天才か巨匠かは私にもわかりませんしウンチクはファンタジーだと思っています。


ノイナー&ホルンシュタイナーのヴァイオリンはニスがミッテンバルト特有の赤茶色のものでザクセンとははっきり違います。見た目も量産品としては綺麗な方でメーカー名も有名ですからそこそこの値段で売れるので修理もする価値があります。
裏板の合わせ目が開いていたので表板を開けて接着しなおす必要がありました。
100年以上前の楽器ですからネックの角度も直して、指板も新しくしないといけません。

後輩の職人には修理を学ぶ良い教材ですのですべて一通りやらせることになりました。同じことは高価なモダン楽器でも必要になるからですが、いきなりやるのは危険です。与えられた仕事を一つ一つこなして信頼を得て高価な楽器を担当するようになるのです。

量産品としては見た目もよくメーカー名もついていますが、板が厚すぎるものでした。これもついでに薄くしてバスバーも新しくしました。ネックの入れ直しは苦労したところです。オリジナルのネックがおかしな角度で入っていたからです。かと言って「継ネック」をするのはコストがかかりすぎます。これが見事に作られた楽器なら元のあったところに角度だけを変えて入れ直せばいいわけです。

苦労はしましたが、修理した結果音は良く即完売となりました。量産品ですが優れたモダン楽器になりました。
買った人は有名メーカーの楽器だから音が良いと思っているかもしれませんが、改造を施した結果ですから、ベースは無名メーカーのものでも同じです。ただ、高い値段で売れるので凝った修理を施す経済的な価値があったというわけです。

つまりメーカー名なんてのはあてになりません。これが戦後の西ドイツくらいになってくると機械化して決められた設計に基づいて同じものが量産されるようになります。メーカー名は意味を持ってきますが、それ以前はとにかく品質がバラバラで「設計」などという概念は無くメーカー名などは意味がありません。



私自身は自分が作るなら安上がりなものを雑に作るのは苦痛です。仕上がったと思う前に作業を止めないといけないからです。納得がいくまでやりたいです。
ほとんどの人は飽きてしまい私のような水準にしなくてはいけないとなると悲鳴を上げます。

オールド楽器では無造作に作ってあって、それの方が勢いや力強さを感じることもあって、チマチマ作業を続けるのも良いことではありません。

それも含めて、職人はそれぞれ自分にちょうどいい仕事の仕方があるのです。コントラバスを作るなら細かいことは気にせず、怪力でザクザクと作業を進めるタイプが向いています。重箱の隅をつつくようなタイプでは完成しません。
ヴァイオリンでも音ではちょっと雑なくらいな方が鳴りっぷりが良いことはよくあります。
あまりにもきちっと作るよりも、ルーズに仕事したほうが構造的にもゆったりしてるのでしょう。

だから是が非でも品質が高い作者の方が優れていると考えているわけではありません。その人の感性で楽器を作るしかないのです。
ただしあまりにも品質が悪かったり、基本を理解していないとトラブルの原因になります。

業者が平凡な職人を「名工」と宣伝していると嘘だと気づきます。ウンチクは嘘ばかりなので音だけで楽器を選んだ方がましです。嘘は嫌いで、「平凡な作者で音が良い楽器」などと本当のことをそのまま言ってるなら良いと思います。名工が作ったものの音が良いはずだという前提が間違っています。「名工=音が良い」というのが嘘で、平凡な作者を名工だというのも嘘です。嘘の上に嘘を重ねているのでそのようなウンチクは情報としては知る価値がありません。余計なことを知っていることは害になります。
まじめに修行すれば誰にでも高品質なヴァイオリンは作れます。それ以上の天才や名工なんて無いと思います。

それに対して作者の「造形センス」というのはあります。音楽家で言えば音感やリズム感といったような基本的なセンスです。工芸品としての側面だけに注目すれば腕の良い職人というのはあります。それは知名度とは一致しませんがパッと見た瞬間にわかるものです。物の形や立体をイメージして作り出す能力です。デッサン力といっても良いでしょう。また形全体のバランスはおかしくても細かい作業が得意な人もいます。これも工芸品では「良い仕事」と言われるものです。

それでも100人に5人もいれば過去400年間を合わせるとトータルでは覚えきれないほどの数になります。天才というには多すぎます。そのレベルに達するとそれ以上はやりようがなくそこからさらに抜きんでているいうようなことはありません。楽器は道具であってそれ自体は芸術作品ではないからです。優れた才能が有ってもヴァイオリン製作では出すことができません。




それに対して仕事がいい加減な人は自分に甘いので自分を過大評価して自画自賛してることは多いです。アピールがうまく有名になることもあります。謙虚な職人はその逆です。




私自身が楽器以外で高級品が欲しいかと言うと、あまり欲しいとは思いません。
高級品を作るしんどさを知っているので、他の人には気の毒で甘くします。

仕事を離れてまで神経を研ぎ澄ましていたくないです。
枝の先の先まで手入れが行き届いた日本庭園などは嫌いです。
もっと無造作でリラックスしている空気のほうが好きです。
何から何まで計算づくというのは「俺はすべてを分かっている」と傲慢に見えて嫌いです。「分かってる」と思ったらそれで終わりです、つまらないです。物の見方を変えると今まで気づかなかったことに気付きます。自分がまだ知らない何かを見出そうという態度のほうが良いでしょう。

実用的なものの方が面白いです。「実用的なものが揃っている風景」は絵になってカッコいいと思います。
「デザインのためのデザイン」というような現代のデザインは好きではありません。
仕組みというものがあってそれでできている形が好きです。
でも粗悪品はダメです。仕組みがあってそれを職人が素材を吟味してちょっと形を整えるくらいで良いと思います。

日常的に使用するなら安いもののほうが気楽で良いです。
楽器でも安くても音が良いものを高く評価しています。


食べ物のこだわりも節約生活を余儀なくされたこともあるでしょうが、高級なものを食べようというのはあまりありません。料理は仕事の次に好きなものでしょう。自分の好みのものや健康に悪くないものが売っていないこともあって、毎日自炊しています。コンビニやスーパーのお惣菜のようなものは無く、できてるものはハムやチーズなどだけ、冷凍食品はおいしくありません、日本に住むよりも何でも自分で作らないといけません。

自分で料理をする人は味覚が発達しているという研究があります。テストすると細かい味覚の違いが分かるのだそうです。高級なものを有り難がってはいないのですが、自分で料理している人は味の調整や材料の購入経験などを通じて細かな味の違いが分かっていると思います。こちらでは肉よりも魚の方が高いです。魚のほうが肉よりも高級食材だから買っているのではなく魚を食べたいから高くても買っているだけです。日本のような鮮度や質の魚ではなく高級魚でもありませんが、魚であるだけで私にとっては嬉しいものです。ヨーロッパの人に比べて魚を多く食べるので自分のことはペンギンだと説明しています。動物園でペンギンを飼う場合の餌という意味です。動物はそれぞれ好む餌がありますから。内陸の動物園ではエサには冷凍のイワシなどを与えています。生きている魚の方が良いでしょうがペンギンはそれでも喜んで食べているようです。

「最高の旨さ」というのは求めていなくて、毎日同じものだと嫌になってしまうので健康的な食材や調理法で食欲が出て食べられる範囲内に持ってくることが重要です。太るのは嫌ですから。腕が良い職人は自分に厳しいため体も引き締まっているように思います。だから恰幅が良くて高そうな服を着ていると弟子に作らせているんじゃないかと疑惑がわいてきます。

最近は大根が手に入るようになってきました。スライスして生でポリポリと食べることができます。おかずにそれがつくくらいでも料理に充実感が出てうれしいです。大根が売っていると喜んで買います。

楽器も自分で作ると見えてくる世界が違ってきます。




中級品のチェロ

チェロで難しいのは量産品よりも良いものが欲しいとなった場合です。ハンドメイドでは作られた本数が少なく値段も高いからです。値段が高いと言っても職人としては作れば作るほど貧乏になるほど安すぎるものです。

学生さんや趣味でやっている人でも量産品よりも良いものが欲しいというニーズはあります。つまり100~200万円のゾーンということになってきますが、普通の人の感覚ではそれでも高いですね。

しかしハンドメイドで作るには安すぎて量産工場で作ったものとしては高すぎる値段なので選択肢がありません。

現実的には「古い量産品」が重宝されています。ミルクールやマルクノイキルヒェンのチェロでも同じようなヴァイオリンとでは全く注目度が違ってきます。お金持ちではないけども才能がある学生などにとても求められているものです。

そのようなものを修理して売るのも重要なものですが、それ以外の選択肢が工場で途中まで作られたものを改造して仕上げるものです。
古い量産品は強い音が出やすくなっている代わりに耳障りで鋭い音のものが多いです。そうなると好みが特定に限られてしまいます。それとは違うタイプのものを作ろうというわけです。

ハンドメイドの楽器にも安いものがあります。しかしチェロというものを作るだけで精一杯で音まで充実したものとなると難しいです。癖が強い中途半端な残念なものが多いです。チェロは特に「一長一短」になりやすいと思います。弦楽器は基本的に低音が良ければ高音がダメ、音が美しいと音が弱いなどと、一長一短になり全面的に優れているこということは難しいです。だから私は自分に合う楽器を選ぶべきだと言っています。店としてはいろいろな音のものを取りそろえるのが理想です。

チェロの場合には胴体が響く音域が、チェロの音階の音域に合っていないといけません。例えば板が厚すぎると低音が出なくなり、薄すぎると高い方が出なくなります。チェロで低音が出ないのは魅力としては半減します。ハンドメイドの楽器にも多い欠点です。
一方でソロの曲ては高い方も使いますので高い音が弱すぎてもいけません。

低音を出やすくするには板を薄くすればいいということですが、胴体の強度が不足して柔らかくなりすぎると弾いた時に音が跳ね返ってこないで沈み込んでしまうように感じるでしょう。だからどうやっても失敗作になってしまうのがチェロです。

今回はニスを塗る設備から構築を始めました。
勤め先の店内改装でニスを塗るスペースがなくなってしまったからです。

私以外にはどうしてもオイルニスを塗ろうという人はいませんから私が自分で設備を作りました。チェロにニスを塗るのはとても大変なのでアルコールニスでは難しいです。チェロのニス塗は10年以上私だけの担当になっています。塗らない人は重要性が分からないのです。

今日ではスプレーで塗られた最安価なものを除いて量産チェロの場合ほとんどが何らかのアンティーク塗装が行われています。もちろん本当のオールド楽器と見間違えるようなものはありません。単に汚いだけのものです。
そこで今回は上等なオイルニスで新品のきれいさを出すのが目標です。


このような感じに仕上がりました。色は写真ではうまく写りません、皆さんの見ているディスプレイによっても違うことでしょう。ごく普通の赤茶色です。

光沢があって新品の楽器らしい綺麗さがあります。
裏板の木材はさほど上等なものではありませんが、ヴィヨームなどもそれほど完璧なものを使っていません。


ヘッド部分は量産品とは思えないほどきちっと仕上げました。形自体は変えられないので限界もあります。


弦にはピラストロのパーペチュアル・エディションを張っています。パーペチュアルはピラストロで一番新しい高級スチール弦でエディションは一番新しいバージョンです。詳しくはピラストロのサイトを見てください。
チャートではすべてにおいて中庸なのがエディションなのでとりあえず張るには良いと思います。ソロイストは低音が力強くて高音が柔らかいとのことなのでそちらも多くのチェロに合うでしょう。

パーペチュアルはそもそも強い張力でメリハリの効いた尖った音のするものです。ギュッと力で鳴らすようなタイプです。私が手掛けるチェロは音が柔らかすぎることもあるので同僚とも意見が一致しました。同社でもエヴァピラッチゴールドならずっと柔らかいものですし、ラーセンの新製品イル・カノーネでもかなり柔らかくなるでしょう。

改造するときは板は薄くできても厚くはできません。どこまで薄くするかというのがテーマですが、今回はエッジ付近はあまり薄くしないようにしました。ここが薄いと表板や裏板はかなり柔らかくなります。
柔らかすぎると沈み込むような手ごたえになってしまいます。

気になる音は?


今回のものはいつも買っているのとは違うメーカーのものです。師匠が情けでコロナで困っているルーマニアの業者から買ったものです。
従って音は予測もつきません。
良いのはf字孔が滅茶苦茶大きくなく手直しのしようがある所です。またいつもの業者は完成品は音が柔らかいのが特徴で、改造するとさらに柔らかくなって柔らかすぎるのが問題です。

弦を張って調弦してもC線の下から鳴るというのは無理です。G線くらいから鳴り始める感じでチェロとしては普通です。

二人の人に弾いてもらいましたが極端に低音に寄ったバランスではないものの、低音には深みがあり4弦のバランスも良いと思います。C線はちょっと物足りないかもしれません。でもよくある現代のチェロよりもはるかに低音が出て深みもある方でしょう。
高音は伸びやかさと柔らかさがあります。最低音を犠牲にした代わりに得られたものでしょう。

パーペチュアルでも全く金属的な硬さや鋭さは感じずに豊かに響きます。特に部屋に音が響いてチェロから直接聞こえるというよりは部屋全体が響いているような感じなので大ホールで真価を発揮するタイプでしょう。

柔らかく上品な音でボリューム感もあると思います。バランスはまっとうでオールマイティーなものでしょう。
現代のハンドメイドのチェロでは見た目も明るい黄色やオレンジで低音が全然出ないものが多いのでそれよりは深みがあって豊かな低音だと思います。

素性はかなり良いと思いますので弾きこみで化けるかもしれません。
残念なハンドメイドものよりも音は良いでしょう。

先日もマルクノイキルヒェンの戦前のチェロを買った人が、高音が鋭いというので弦の交換をしました。最近ではラーセンのイル・カノーネのWarm&Broadが特に柔らかい音なのでそれにしました。

このチェロに関してはそんな心配はありません。好みで選ばないといけません。


古い量産品はジャンクフード的な刺激的な音で強さを感じるものです。音だけで楽器を選ぶと才能のある学生などに選ばれます。
このチェロは量産品がベースとは思えない上品な音です。そのようなものが比較的安価で買えるのは珍しいでしょう。即戦力と言うよりは長期的に見た方が良いかもしれません。先生は割とこのようなものを好む人はいます。

もうちょっと板を薄くすればC線から出るかもしれませんが、全体的に地味な音になるでしょう。個性は強くなる半面、万人向きではなくなります。今回は見た目もオーソドックスで音もそういうものを目指しました。

なじみのチェロ教師の方が来るので感想も聞けるかもしれません。


ニスもオーソドックスな赤茶色ですが、チェロでは面積が大きいため同じ色ではヴァイオリンよりも明るく見えます。低音楽器が好きではじめた人にはイメージとしても明るすぎる色は人気がありません。
濃い色にするにはニスを多く塗り重ねないといけませんが、作業コストや音響面でもあまりにも厚く塗るわけにはいきません。濃い色のほうが色むらが出やすく汚らしくなってしまいます。
濃い色できれいに塗れるニスを開発する必要があり、それが今回実現できたので良かったというわけです。