ビリつくトラブル | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

最近続けて同じようなトラブルが訴えられてきました。
ヴァイオリンのG線を弾いた時に異音がするというものです。
季節的な要因なのかわかりませんがたまたま3件連続しました。
いずれもプロの演奏者です。

日本語でそれをなんと言うのかわかりませんが、何かが完全にくっついておらず、なおかつ完全に離れていないで軽く触れている時に振動を加えると二つの部分が触れあって音が発生するものです。スネアドラムはスナッピーという金属の線を付けてあえてそのような音を出すことができます。しかし弦楽器では余計な異音となります。

ビリビリした音が付くので「ビリつき」と言うことにします。

トラブルとしてはよくあるものですが、原因は様々で簡単に解決することもあれば苦労することもあります。

ケース1


音大教授のモンタニアーナのヴァイオリンでG線を弾くとギャアアっという音がすると訴えられました。実際に弾いてもらって確認しました。

多くの場合は表板や裏板の様々な場所をタッピングしてみます。叩いた時におかしな音になる時があります。その周辺が疑わしいということになります。
最も多いのは表板や裏板が横板から剥がれているところがあって接着することで直ります。

このケースでは叩いても異音は発生せず、接着が開いているところもありませんでした。他にはネックの接着、指板などあらゆる部分の接着面に問題は見つかりませんでした。

また開放弦ではじいてみて、ビーンと余計な音が響いて聞こえることがあります。一つの弦だけで発生するなら弦に問題がある可能性もあります。古くなっているだけでなく新品でも不良品に当たることもあります。特にチェロで多く一流メーカーの高級弦でもあたることがあります。うちであれば別のものに交換しますし、さらにメーカーや商社に交換してもらいます。
ロット単位で起きることもあるでしょう、まとめて仕入れたものが全部だめということもあります。

他には駒やナットの溝が弦とうまくフィットしていないことも考えられます。細いやすりで仕上げ直します。

まず初めにG弦を交換してみましたが特に変化はなかったようです。
駒とナットの溝をやすりで丁寧に削ると良くなったような感じはしました。ただ、本人が弾かないとこれで十分なのかはよくわかりませんでした。


指板のすり減りが問題になることもあります。
指板がすり減って凸凹になってきたり、ナットの溝が食い込んで深くなりすぎたりすると異音の原因になります。
また弦高が低すぎる場合にも起きえます。指板に対して駒が低くなりすぎると弦と指板の空間が狭くなりビリつきます。特にピチカートで顕著です。ジャズなどのベーシストがわざとにそんな音を出すこともあります。縦方向にはじくと出やすいです。

このため指板を削りなおしました。指板を削るとナットが相対的に高くなるので溝も新しく入れ直しました。

ビリつく原因としてよくあるのが魂柱です。これが緩んでいたり、しっかり合っていないとビリつく原因になります。エンドピンの穴から中を覗いてみると魂柱は全く合っていませんでした。合っていない魂柱は音が不安定であるだけでなく表板や裏板に角で接触してへこみを作ってしまいますし、緩すぎれば表板を陥没させてしまいます。職人としては許しがたいのですが、演奏家はそんなことは分かりませんし、音がすべてだと思っているので勝手に魂柱を交換することはできません。
このモンタニアーナのヴィオリンを見るとかなり変わった位置に魂柱が立てられていて、それ以前に試行錯誤をした結果かもしれないので勝手に自分のやり方にできません。

それでも緩みすぎていると異音の発生源になるので外側に引っ張ることで緩みを無くすようにしました。
アジャスターをテールピースと固定するねじも締め直しておきました。またテールピースについている枕木のような部品が低くなっているのも気にはなりましたが直ちに直すことはできません。

それで再び弦を張ってみるとG線の異音は無くなったようです。しかしD線に金属的な違う音が付いてくるようにも感じます。いろいろやってもそれは無くなりません。新品の楽器でも多少はそのようなことがあって普通のことだとは思います。このヴァイオリンでは反応がシビアで目立つようです。オールドで高いアーチのヴァイオリンということで、とても敏感です。

さらに見てみると表板の割れ目を修理した後があり、古傷が開いているようです。表板を開けて修理するのが正しいですが、大掛かりになってしまうので外側からにかわを入れて応急処置をしておきました。

演奏者本人に試してもらうと、G線の異音が無くなったと喜んでいました。

結果として何が原因だったのかわかりません。
私は駒の溝をやすりで直したところで改善したと思います。
しかしそれで手渡してダメと言われたら何度も来てもらわないといけなくなりますから可能性のある所はすべて見直しました。

ケース2


ちょうど一週間後コンサートマスターのアレサンドロ・ガリアーノでもG線に異音がすると訴えられました。本人が弾いているのを聞いてもよく分からないくらいですから、耳元の距離で聞こえるものでしょう。
f字孔の外側に古い割れがあり、開いていたのでこれも応急処置です。

指板はちょうど良いときだったので、ビリ付きの原因かどうかわかりませんが削り直しました。ナットの溝も新しくなります。
これも魂柱が合っていませんでした。かつてうちで入れたものでしたが、多くの人が試奏して調整などもしてきました。魂柱の調整はやればやるほど魂柱と表板や裏他の面が合わなくなっていきます。演奏者は「音が良くなった」と喜んでいても傾いてグラグラで倒れる寸前かもしれません。

こちらはなじみのお客さんで勝手に交換しても文句は言われないのは分かっていますのでササッと交換しておきました。後は本人が弾いてちょっと調整すれば良いです。

再び弦を張るとG線の異音は全くありません、もともとひどくはなかったのでそれほど不満だったわけではありませんした。

今回も何が原因だったのかわかりません。

3つ目のケース

プロのヴァイオリン奏者で同じようにG線を弾くとギャアアっという音がしていました。
真っ先に裏板や表板の剥がれが無いか調べるために、表板をタッピングして見ました。そうすると下の方で何かが外れているような音がしました。あご当てのネジがゆるくネジやあご当てがグラグラしていました。

もっとしっかりと固定するように言うと、他の職人に「あご当てのネジをきつく締めると音が良くない」と教わったのだそうです。緩いあご当ては突然外れて楽器が落下することがあるので危険だと言うと、本人はこだわっているようで私の意見を受け入れようとはしてくれませんでした。
落下して壊れても私は別に構いません。
私個人としてはテールピースをまたぐタイプのあご当ての時は、一度きつく締めてほんの少し緩めてあげます。しかし新しいあご当ての時はコルクが潰れるのでしっかり締めないと後で緩んでしまいます。

私が修理やメンテナンスのためにあご当てを外して、またつけた場合に緩すぎて外れて落下すれば私の責任になりますから、普段から気を付けていることです。

あご当てを完全に外すとタッピング音には問題はありませんでした。弦をはじくと何か楽器の下の方からビリ付きが聞こえます。テールピースの枕木状の部品がはがれていたので接着剤で留めました。さらに緩みを無くすために魂柱をギュッと引っ張りました。それで弾いてみると異音は無くなったようです。どうも魂柱のゆるみが原因のようです。


ビリつきの原因

今回のケースでは何が原因だったのかわからないことが多かったです。そのあとでも軽減したとか気にならなくなったという程度で完全に無くなったとまでは言えないはっきりしないものでした。

ビリつきはとても厄介なトラブルで原因を特定して直せるのは幸運な場合です。
最も多いのは表板や裏板の剥がれです。

バスバーなどの内部の部品が外れていることも考えられます。こうなると表板を開けないと絶対に直せません。しかしそのようなことはめったにありません。

工房で過去にあったケースでは、ペグの飾りが取れかかっていたとか、f字孔の隙間の狭い所にゴミがたまっていたとか、パフリングに隙間があったとかいろいろです。

何をやっても直らなければ、表板を開けることになります。内部の構造に問題がなければ表板の接着面を直して接着しなおします。それでも直らなくて裏板を開けたケースもあります。たかがビリつきですが作業時間で換算すると相当な料金の大修理になりました。

以前販売した新品の量産チェロで大変なものがありました。表板や裏板を叩くと異音がします。外から見ると剥がれているところも無いのですがミドルバウツの付近から音がするようです。表板を開けて付け直してもなくなりません。いろいろなことをやりましたが最終的には横板と裏板だと思います。裏板と横板の接着面が正しく加工されていないようです。完全に直すには裏板を開けて、横板と裏板の両方の接着面を加工しなおす必要があります。安価な量産品ですからやる値打ちがありません。量産品は木工用ボンドのようなもので接着されているので裏板を開けると持っていかれてボロボロになります。裏板を部分的に開けてまた接着しなおすとましになりました。完全に直っていないので季節の変化などで再発するかもしれません。返品されてレンタル用に回しました。

このようにやっても、ましになる程度という場合もあります。完全には無くならずに大きな振動を与えない普通の演奏では問題ないので良しとすることもあります。後は気にしないようにするだけです。

何人か職人がいる職場なので、代わる代わる違う人が問題点を探します。複数の目で見ると思わぬところに気付く人がいるものです。数分で直ることもあれば、分解しないと直せないこともあります。このため私は軽く考えてはいません。普段から新作でも、修理でも異音の発生源になる所は無いかと気にかけています。表板を閉める前にはタッピングをして異音が無いか確認するべきです。タッピングは異常が分かるだけで音の良し悪しはよくわかりません。楽器を売ったり修理した後で異音が発生すればどれだけ大変か知っているからです。

でも100%は防げません。


今回は原因がよくわからないことも多かったので季節的な要因なのか、たまたま重なったのかもわかりません。単に弦を緩めてまた張っただけで直ったのかもしれません。