ウィーンのモダンヴァイオリンの修理 その1 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

前回の続報から。
ビリつきが発生していたガリアーノは持ち主が受け取りに来て試奏しビリつきは無くなった上、音がよみがえったと満足してもらえました。魂柱をササッと交換しておいたことで元気を取り戻しました。

何が原因だったかはわかりません。

魂柱のゆるみでビリつきが発生する理由を考えてみました。
普通は魂柱と表板や裏板の接触面が不安定なためにビリつきが出ると考えます。

そのほかに考えられるのはつっかえ棒として裏板や表板を押していることです。
裏板や表板と横板との接触面で、外から見ても隙間は無いのに内側に問題があるかもしれません。ビリつきは2つの部分が完全にくっついておらず、完全に離れていない、軽く触れている状態で発生します。魂柱によって押されると軽く触れていたところが離れてクリアランスが生まれるのかもしれません。

だとすれば、本質的な問題の解決ではなく対処療法でしかありません。湿度の変化によって楽器が微妙に変形すると魂柱がゆるくなってビリつきが発生するかもしれません。また魂柱をきつめに入れる以外のセッティングができないというのも可能性を狭めます。

今年仕上げたチェロが完売


去年の年末にニスを塗っていた量産品を改造したチェロも買い手が決まりました。店頭では15年くらい前のチェロや50年くらい前のチェロのほうが音の強さで目立って、新しいものは地味に感じます。
家に持ち帰って長期間試奏してもらうと質の高さが分かってもらえたようです。

全くの新品で1時間も弾いていないものだったので、数週間でも徐々に低音も出るようになってきたようです。

最近ギターのことを調べてるという話もしましたが、エレキギターはギターアンプがアコースティック楽器の胴体に当たる部分です。
アンプの性能やキャラクターが音やニュアンスに影響してきます。

真空管のアンプであれば、大き目の出力管と小めのものでは、生み出せる電力が違います。「電力≒音の大きさ」と大雑把に考えて良いでしょう。
ライブで使うなら大きな出力が必要で真空管も大きなもの、家で練習するには小型の真空管が適していることで製品が設計されています。

単に最大の音量が違うのではなく、弱い音と強い音の差が大きくなります。小さな真空管では強く弾くとすぐに限界に達してしまうのに対して、大きな真空管では限界まで幅があるということです。それを「ヘッドルーム」と言うようです。
ちょっと触っただけで限界に達してしまうのが小さな真空管で、大きな真空管ならゆとりがあるというわけです。

自動車のクッション(サスペンション)も似ています。軽自動車なら路面の凹凸に対してタイヤの上下動の幅が限られています。大型の高級車ならゆとりがあります。

まさに高級車の乗り心地のようなのが「ヘッドルームが大きい」というものでしょう。ヴァイオリンの世界は音について語ることがタブーとされてきて、単に楽器の値段が高いか安いか、何の根拠もなく作者が天才かどうかしか語られてきませんでした。ギターの世界ではそういう言葉があるということが面白いですね。どちらが低俗な音楽なのかわからなくなってきました。もちろんヴァイオリンは演奏者自体が弓の加減で音を作るものなのに対して、エレキギターなら機材で音を作るという違いもあるでしょう。

このようなことはヴァイオリン族の楽器でも日々感じることです。パッと弓が触れた瞬間に強い音が出るものと、じわじわと音が出るものがあります。後者の方が「ヘッドルームが大きい」という概念に似ているように思います。ただしアコースティックの楽器なので音量が小さく感じます。ヘッドルームが小さい方がパッと弾いた瞬間に音が強く出るような感じがしますがすぐに限界に達して頭打ちになったり音が壊れてしまうこともあります。音の出方の柔軟性が違います。

ギターでもヘッドルームの大小は好みや使われ方で時と場合によるものです。
ヘッドルームが大きい方が高級感があってしっとりとした演奏ができそうです。

一方クラシック以外の録音エンジニアの世界では、他の人の曲に比べて派手に聞こえるようにしないといけないそうです。音が小さく聞こえると貧相に感じられるのでできるだけ音量を大きくしたいそうです。
曲の盛り上がりの部分では音が大きいのに対して導入部分では小さかったりしますので鳴った瞬間に「小さな音」と感じられてしまいます。日常の騒音や車の中で聴いたりするなら聞こえません。
そこで、コンプレッサーという装置を通して曲の中での音量差を無くして平均化し、全体のボリュームを一杯にまで上げます。そうすると静かな部分が無くなり音で埋め尽くされます。ヘッドルームが小さい方が主流なのです。そういう音が好きだという人がいるそうです。

クラシックは全くこれとは違い音量差を表現の幅としています。ロマン派のオーケストラの曲ではものすごく音量差があるため、車の中では静かなところは何も聞こえないでしょう。聞こえるように音量を上げるとクライマックスで爆音になってしまいます。
ソロの演奏でも音量差を使って表現をするので、コンプレッサーを使えばヴァイオリン奏者の魅力は半減することでしょう。

楽器を評価するときパッと弾いてとにかく音が大きく感じることが重要なのか、弓を操って音の強弱を作りたいのかということがあります。また仕事なら人に聞こえるようにパワーが必要ですが、趣味なら音の美しさを味わうのも良いです。

私が手掛けるような楽器はヘッドルームが大きいタイプです。一方古い量産楽器などはすぐに音が出るタイプです。私以外の新作楽器にも多いものです。

フラットなアーチと高いアーチでもそのような違いがあります。フラットな楽器は柔軟性があるのでヘッドルームが大きいです。高いアーチの楽器はヘッドルームは小さめです。その代わり反応が鋭いです。

モダン楽器は古くなって音が強くなっていて、フラットなアーチのために柔軟性もありますから、ロマン派以降の作品で強弱を使った演奏にはピッタリだと思います。だから音大生に薦められるものです。

初心者はあまりにもヘッドルームが大きいと音が出ない感じがします。戦前の量産品くらいの方が音量が出る感じがします。

オールドになるともっと難しい話です。楽器によっても違いますが、私が良く「窮屈」という言い方をしていますがこのことです。

今このようなことは考えているところで、ヴァイオリンでもちゃんとワードとして共通理解とともに語れるようにしたいです。

弦楽器屋さんに行ったとき営業マンが語るウンチクには音について具体性がありません。嘘をついてでも高い楽器だと思わせることに全力を尽くしているようです。消費者に嘘のイメージが浸透すると、悪いイメージが浸透した産地のものは売れなくなってしまいます。それを売るときには消費者に好まれるためには製造地を偽って売らないといけなくなります。

当ブログの読者の方々はそういうイメージを捨ててらっしゃると思うので、真実を語ったほうが納得して楽器を買えるのではないかと思います。小さな一歩です。


チェロのスチール弦も柔らかいものが開発されて続けています。柔らかい音のほうが高級感があると感じるでしょう。
しかし仕事で楽器を使うなら高級感よりも実用性でしょう。

そのあたりについて私自身も好みは固まっていませんし、表現する言葉も模索しているところです。プロの人でもいろいろです。

そのうちもうちょっとまとまって説明できるようになればと考えています。


ともかく200万円くらいするチェロが完成してから半年もせずに売れるというのはかなり早いことです。この価格帯は量産品とハンドメイドの空白域で需要が多いのに対して供給が少ないです。
古い量産品か、量産品を改造するというのが有力です。違いは今説明したようなことですので、使う人によってぴったり合うものを選ばないといけません。

ハンドメイドも音が好ましくないと売れ残って価格も下がってきます。そういう在庫がたまってきます。

ヨハン・パーデベットのモダンヴァイオリン



この前紹介したモダンヴァイオリンの修理が続きます。同僚がしばらく病欠だったので、日々の仕事が多く祝日も重なって仕事はすすんでいません。

大きな問題点はネックが短いことです。
指板の初めの位置から胴体の付け根までの長さのことです。これは弦の長さに関係してくるのでそこで測ります。この写真で見ると124mmくらいです。現在の標準は130mmですので6mm短いことになります。ただし、ペグボックスに対して指板の取り付け位置がおかしいです。現在の正しい位置なら120mmくらいです。そうなると1㎝もネックが短いことになります。ネックが短ければ付け足して長くする修理もできます。しかし1㎝ともなると強度が足りなくなってしまうかもしれません。

最も完全な方法は「継ネック」です。ネックごと新しくします。

胴体のストップも2mm位短いです。全体的にコンパクトな楽器ですのであえて短いネックにして、手の小さな人に弾きやすいヴァイオリンとするのも悪くないです。
ただし、3/4とははるかに大きさが違いますし、7/8でもだいぶ違います。このためちょっと小さめの4/4です。せいぜい15/16くらいです。

だったらネックを128mmで駒の位置を標準の195mmより3mm短い192mmにすれば比率も正しくなります。f字孔の刻みよりは1mmずれることになります。

しかしちゃんと良い音がしてフルサイズの楽器として通用するなら残念なことになります。このためどちらにでもなるようにできないかなと思います。
はじめはネックを130mmにしておいて、要望によっては128mmに変えられるようにしようというわけです。指板を外して位置をずらしてもう一度接着します。この時手の小ささから細い指板が希望なら指板も細くします。

指板の取り付け位置を正しい位置より1mmずらすとプラスマイナスで2mm動かせるのです。

正しい位置と言いますが、やる人によって微妙にずれるので、まあ1mmくらいは許容範囲でしょうというところです。

これで130mmと128mmの両対応になります。駒の位置も多少ずらすことはできます。195mmのところでもいいし192mmでもいいです。フランスの19世紀のヴァイオリンなどは192~3mm位が普通でその位置に駒を立てると、ちょっとだけ弦長が短くなり指が届きやすいと感じるものです。長すぎるのは良いことではありませんが、多少短いのは実用上は良いのです。数学が好きで数字にこだわる人には内緒です。数学が好きな人は頭の中の世界を生きてください。

またネックが短くストップのほうが長いと高いポジションを弾くときに胴体が邪魔をします。

注意が必要なのは、単に駒を今の位置からずらすだけだと魂柱の位置がおかしくなります。また表板のアーチと駒の脚の面が合わなくなります。職人にやってもらわないといけません。

まずはペグの穴を埋める所からです。ネックを継ぎ足した場合に新しく足した部分に正確に穴をあけるのが難しいからです。オリジナルの部分はすでに穴が開いていて、新しく足した部分にもそこと全く同じ位置に穴をあけるのは困難です。
しがたって、GとE(指板に近い方の二つ)の二つのペグは必ず埋めないといけません。当然19世紀の楽器ですからペグの穴も大きくなっていますので、全部埋めた方が良いです。特にこのヴァイオリンはペグボックスも小さいので、太いペグを入れるとギュウギュウになってしまいます。

細いペグにするべき機能的な理由は、細いペグのほうが弦を巻き取るスピードがゆっくりなので微妙な調弦がしやすくなることです。



切り取る位置はこんな感じです。


ネック側と、新しい木材がぴったりに合うように加工します。
面を加工するのはとても難しい作業で、バスバー、魂柱パッチなどとともに、難易度の高い作業の一つです。最初はみな苦労します。
後輩の職人は1週間以上かかっていたでしょうか?私は1日くらいです。
作業の量の多さはむしろ新しい木材を用意する方です。
難易度で言えば接着面を合わせる仕事が重要ですが、新しい指板を用意したり、ネックを加工したり他の仕事の方が多いです。特にチェロになると作業量がとても多いので修理代は高くなります。
当然胴体に差し込む作業も必要です。
ペグの穴を埋めているのでニスの補修も難しいです。木材の向きが違うからです。

ペグボックスの中も掘らないといけません。オリジナルの部分とうまくつなげるのは難しいです。

どこから見ても隙間なく接着できています。
指板をつける位置を3本の線で描いてあるのは先ほどの説明の通りです。真ん中が正しい位置で、それよりヘッド側につけると1mm長くなり、胴体側につけると1mm短くなります。つまりヘッド側に1mmずらした状態でネックを130mmで取り付けると、正しい位置に指板を付け直すと129mm、さらに1mmずらすことで128mmになります。胴体の駒の位置も3mm短いと合計で弦長が5mm短くなるのではっきりと違いが分かるほどの差になります。

こんな試みをするのは初めてです。
新作でもそんなことを考えていたので良い実験台です。

表板は現代のバスバーに交換しました。
2か所割れがあり木片をつけています。周辺はパテで埋めています。以前に開けた人が損傷を与えたままになっていた部分もあります。

裏板の方はほとんど問題ありませんが、上部ブロックのネックの入っていた溝を埋めて新たにネックを入れなおします。

ラベルはこんな感じです。
この楽器は入手した筋が確かなのでほぼ間違いなく本物でしょう。大きさが不規則だったので保管されたまま残っていたのかもしれません。そのままの状態で博物館に保存しても良いくらいですが、初期のモダン楽器に興味がある人がどれくらいいるでしょうか?古楽器に興味がある人にはたまらないものです。しかし今回モダンをモダンに改造してしまいます。

普通ならそのまま表板を接着する所ですが、「ビリつき」を目の当たりにすると神経質になってしまい、念のために細かい隙間ににかわを染み込ませて「追い接着」をしました。
冒頭の魂柱の話です。外側から見ると接着されてるのに内側がきっちり合っていないとビリつきの原因になります。

修理は続きます


小型のヴァイオリンでアッパーとロワーバウツの幅が狭いです。しかし中央は普通くらいの幅があるのでさほど窮屈ではないでしょう。表板の材質が柔らかくその点も有利に働くのではないかと思います。

普通よりもちょっと小さなヴァイオリンで本格的な修理を施す価値があるか疑問のあったヴァイオリンです。当然モダン楽器なら若い学生などが力いっぱい弾くのに人気がありますからそれに耐えるだけのスケールの大きさが求められます。それに対してこの楽器はちょっと小さいです。かといってオールドではないので室内楽用というわけにもいかないでしょう。

ただ手が小さくて大きなヴァイオリンはきついという人にとってはもしかしたら、奇跡のヴァイオリンになるかもしません。


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