初期のモダンヴァイオリンとニスの話 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

まずは帰国についてです。
私が在住している地域の日本国総領事館に住所を登録してあるので、何かあれば登録者にはEメールも送られてきます。外務省から連絡が来るというわけです。
6月1日から出入国に関する制限は軽減されることになっています。これまでは不急不要のヨーロッパ諸国への渡航は控えるように呼び掛けていました。

そのようなことは無くなって、外国人観光客の受け入れも国ごとのリスクに応じて行われるようです。

したがって私もそろそろ帰国を考えて行こうかなという所です。秋くらいを目指して用意していきます。

初期のモダンヴァイオリン



こちらはドイツのオールドヴァイオリン、ガブリエル・ダビッド・ブッフシュテッターの1770年製のヴァイオリンです。

ネックはオリジナルでバロック仕様のままです。

非常に貴重な例です。これがヤコブ・シュタイナーやストラディバリではもっと水平なネックになっています。イタリアや南ドイツのものはそうです。このように斜めになっているのはマルクノイキルヒェンの東ドイツにも見られます。このためバロックヴァイオリンでも地域によって違うということができます。そして東ドイツのスタイルがモダン楽器の起原と考えられるでしょう。ストラディバリよりも後のクレモナのジュゼッペ・チェルーティーにもこのようなネックが見られます。

J.S.バッハの周辺ではおそらくこのようなネックのものが使われいたはずです。

こちらはウィーンの初期のモダンヴァイオリンです。1840年代ヨハン・パーデヴェッド作です。製作年の一桁代は読めません。ネックは作られた当初のままです。

ネックが胴体に埋め込まれるようになっています。

並べておくとモダン楽器のほうがネックが斜めになっています。このためモダン楽器のほうがネックが斜めと思うかもしれません。

今度はそのモダン楽器と私が作った現代のヴァイオリンと比べてみます。
現代のヴァイオリンのほうがネックの角度が水平に近いです。
つまり一番角度が斜めなのが初期のモダン楽器だということになります。

表板の縁から指板までの高さが2.5mm程度です。間に薄い板が差し込まれています。角度を調整するためでしょう。ネックだけなら2mm程度です。

私が作ったものは6.5mmあります。この違いが角度の違いを生みます。

初期のモダン楽器のようなものはフランスでもイタリアでも作られました。
フランスでは20世紀になってもこのようなものがあります。戦前くらいまでの楽器には修理されていないものがあります。またミュージアムなどのコレクションではその時代から保存されていてモダンに改造されたオールド楽器がこのような仕様になっていることがあります。

フランスの19世紀後半のモダン楽器ではこのように作られて、現代風に修理を受けていないものがあります。それらが混在しているので作者による楽器の音を判断するにはよく分からなくなるところです。ネックの角度が急だとどうなるかといえば、一般論として表板を押さえつける圧力が高まり、ギャーッと鋭い音になるはずです。実際にこの時代のモダン楽器には鋭い音のものがあるので、このような修理をすることでスムーズで豊かな音になる可能性があります。モダン楽器なら修理が必要ということになります。

一方現代風のネックはドイツの1800年代の終わりころの量産品にはすでに見られ現在では常識です。

ネックの角度が急だと演奏時に持った感じでも違いが感じられるはずです。

モダン楽器でも変化しています。

表板を開けてみるとバスバーは現代よりは小さなものです。

初期のモダンヴァイオリンですから200年近く経っていて最高の状態にすればかなり面白いかもしれません。
これからそのような修理をしていきます。

初期のモダン楽器やオリジナルのバロックのネックを見る機会はめったにないので参考にしてください。

もうひとつ面白いのは表板の材質です。このモダンヴァイオリンではとても粗い木目が使われています。これは成長速度が速いもので、密度が低くとても柔らかいものです。モダン楽器ではわりと木目の幅の広いものが使われました。一種の流行のようです。それらには力強い音のものがよくあります。

普通に考えれば個体差もありますが、温暖で雨が多く樹木の生育に有利な環境に生えたものでしょう。特にこのモダンヴァイオリンでは普通は楽器に使わないようなレベルのものです。つまり標高のかなり低い所で採れたものでしょう。そもそも一般的に使われているものとは違う種類の樹木かもしれません。

温暖化のような気候の変化が楽器用の木材にどんな影響があるかというのも考えるべきテーマです。
もしこの楽器の修理を終えてその音が良ければ、温暖化も問題にならないということになります。それどころか異なる種類の木でも何でも良いということになります。

現在でも細かい木目の表板が手に入らないということはありません。またドイツのミッテンバルトでは特に細かい木目のものが好まれましたが、オールド楽器として特別珍重されてはいません。

難しいのはどちらかというと裏板です。ストラディバリはとても年輪の間隔が狭い木材を使っていることが多いです。板目板や斜めの取り方になると分からないのですが、柾目板ならわかります。現在ルーマニアなどの量産楽器は間隔の広いものが使われています。それでも音は様々で全部音が悪いということはありません。むしろ量産品としては驚くような音のものがあります。そもそも量産楽器のほうが音が強く感じられるほどですから、温暖な場所で育った低級な木材のほうが音が良いのかもしれません。

音が良いか悪いかという時、どのような音を良い音と定義づけるかをまず話さないとイメージの話をしているだけです。どのような音がどのような木材の材質から得られるかを言わないと、温暖化がプラスに働くのかマイナスに働くのか言えません。古い楽器の場合には木材の材質だけではなく、楽器になってから数百年経っていることで木材の性質が変わっています。木材の質のせいなのか、その後の変化なのかもわかりません。


左右を貼り合わせた2枚の裏板なら細かい木目のものも今でも手に入ります。一枚板になってくると難しいです。

これからも興味を持って行きましょう。

ニスの話


またヴァイオリンのニスを塗る仕事をしています。

こちらは現代の作者のヴァイオリンです。ストラディバリでもグァルネリのモデルでもないので作者のオリジナルということになります。イタリアの作者ではありませんが、この程度の個性はどこの国でもあります。イタリアの作者だけが個性的ということはありません。
この楽器は音響的なことを考えて3サイズを決めて形を整えたくらいではないでしょうか?逆にそれ以上に必要なものなどありません。変わった個性的なデザインにしないといけないのでしょうか?仮にそうだと主張する人がいても別の意見の人もいるでしょう。

ニスは軽いアンティーク塗装です。

私が気になるのはニスの厚みが薄すぎることです。

表板は仕上げる時にスクレーパーで押し付けて削ると木目に立体感を出せます。年輪の線がくぼんで溝になります。ニスを塗るとそこが谷になって立体的に見えます。
このようなものはちょっとこするとすぐにニスが剥げてしまい、白木の真っ白になってしまいます。
掃除などをするときには気を使うものです。

横板も均等に塗るのではなくニスが剥げたように周囲が濃く、中央が明るくなっています。これもニスの厚みが薄く色が濃過ぎると塗り分けなくても擦れただけで勝手にそうなってしまいます。

できるだけ少ない回数でニスが塗れれば作業が速くできます。早く作れることを自慢する職人なら良いことだと思うかもしれません。


こちらはもっとひどいチェロです。この前話したハンドメイドのチェロですが品質が量産品以下です。ほぼ新品なのに修理が必要です。

クランプで押し付けていますが、それでも横板と裏板の間に隙間があります。きちっと加工されてないからです。こんなことは量産品でもめったにありません。値段は250万円以上したそうです。

この楽器も同じようなニスです。

ニスは色を濃くしようと思うと、塗る回数を増やし層を厚くするか、色自体を強くするかです。しかし色を強くするとちょっと擦れただけですぐに色が剥げてしまいます。

一方黄色やオレンジのように明るい色だと「いかにも新しい楽器」という感じがして、音も悪いような気がしてしまいます。日本ではまだそういう楽器が売れているかもしれませんが、こちらではかなり厳しいです。

ニスは塗れても層が薄いと耐久性という点で問題があります。

それからとにかく「音」「音」と言う作者がいます。ニスが薄い方が音が良いのだそうです。
モダン楽器ではぼてっとした厚みのあるニスが見られます。そのようなものを「リッチなニス」と言います。そして音量も優れています。

新しい楽器では作ってすぐは鳴らないのが普通だと考えた方が良いです。多少鳴らないくらいなら、その楽器には可能性があります。