ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート -15ページ目

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。
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こんにちはガリッポです。

これからヴァイオリンを作ろうと考えています。
頭の中は自分の楽器のことで一杯になると、一般論は言えなくなってしまうかもしれません。「私が作るとこうなる」というだけで、同じことを他の職人がしても同じ結果になるわけではありません。また、そのように作られたものがそんな音がするというわけでもありません。
これから書くようなことは私個人の考えに過ぎないということです。一般論では趣味趣向が強すぎて語れないような内容です。


ヴァイオリン職人について天才だのなんだのというセールストークはとてもいい加減なものです。私が天才だと思う人は、アンドレア・アマティでしょう。アマティ家の初代で現存する最古のヴァイオリンがフランス国王に献上されたものと古い本には書いてありました。フィレンツェのメディチ家の人が嫁いでそんな関係もあったようです。だから現在のような商売人の店とは全く違う流通ルートだったはずです。フィレンツェでオペラが考案されたとも本で読んだことがあります。音楽の父がバッハと呼ばれますが、それより前からずっと音楽があるわけですが、バロック音楽の二つの柱は教会の音楽とオペラでしょう。それがフィレンツェで生まれたわけですからそちらの方がバロック音楽の父のような気がします。教会の方はカトリックの総本山ローマです。バロック芸術はカトリックの宗教政策で生まれたものです。そうなるとそっちは祖父なんでしょうか?フランスではバレエがさかんになります。何の予備知識のない現代人にもクラシック音楽は心を躍らせ癒しにもなります。しかし、当時の文化にはもっと厚みがありました。無知な我々が傑作だの天才だの語るのは思い上がりじゃないでしょうか?いずれにしてもロンドン、ニューヨークや銀座の楽器店とは客の身分が違います。

アンドレア・アマティとガスパロ・ダ・サロが現存するもっとも古いヴァイオリンの作者となります。近隣の町のクレモナとブレシアの職人ですが、かなり形は違います。
アンドレア・アマティは丸みに非常にこだわりがあります。サロは武骨で大胆なものです。でも共通する部分もあるのでそれ以前にもヴァイオリンが存在したことは確かでしょう。つまり形は何となくしか決まっておらず、それぞれが自分の形で作っていたわけです。真珠が完全な球形に近いほど上等なように、アンドレアのヴァイオリンは完全な丸みで構成されています。今見ても驚くほど美しいものです。
それに比べるとサロのものは武骨であるだけでなく間延びしたようなバランスの悪さもあります。

アンドレアの後ジローラモとアントニオの息子によって大きさや楽器のバリエーションなどが研究され、今のヴァイオリンと同じ大きさのものも作られています。孫のニコロ・アマティがアマティ家では一番有名です。その理由はストラディバリの師匠と考えられてきたからです。しかし、二コロの楽器はアンドレアほど丸みに完全さがありません。すでに丸みに歪みがありコーナーは極端に細長く調和のバランスは欠いているようにも見えます。1600年代の多くのイタリアの職人やシュタイナーなどはアマティを元にしてヴァイオリンを作っていましたが、そういう意味では個性的と呼べるほどのものではありません。シュタイナーもものによってはアマティにとても似ているものがあります、しかし独特の癖が加わっています。ストラディバリもまた楽器をたくさん作っていくごとに癖がでてきたわけです。

もし文化遺産や宝物としてコレクションするならアンドレア・アマティのヴァイオリンは最高のものではないかと思います。ただしサイズが小さくて、今では大人用のヴァイオリンと呼べるものではないとすれば実用品として最高とは言えないでしょう。アンドレアの楽器も実在するものが少なく多くが失われたとすれば大きさもわかりません。少なくてもジローラモやアントニオの頃には完全に今の大人用のサイズのものが作られていたのですでにあったのかもしれません。

アンドレアが誰に教わって修行したのかわかりませんし、楽器も残っていません。アンドレア独自のアイデアでそのヴァイオリンが作られたのかも分かりません。その限られた情報で言うのならアンドレアが最も個性的で完成度の高い美しさでヴァイオリンを作った天才と言えるでしょう。しかし音については最高かどうかは分かりません。以前に「タバコの箱のヴァイオリン」を紹介しました。私はそれで、四角い箱で十分に音量は出るのではないかと思います。その昔はレベックと言われる弦楽器がありました。擦弦楽器もリュートのようなものを改造してはじめは作ったはずです。今でもギリシャではあるようです。それがヴィオールの起原でしょう。それに対してギター型もありました。バロックギターのような形です。それがヴァイオリンの起原になったのでしょう。リュートやギターのような楽器はアジアから伝わったものだそうです。東の端に伝わったのが正倉院の琵琶や三味線として今でも見ることができます。文化というのは伝わっていくものです。一人の人がゼロから何かを生み出したと考え天才と信仰するのは現代的な考え方です。かつては神を信仰していたので個人をそんなに信仰していなかったのかもしれません。

バロックギターのような細めのギターの形でも音はよく出るのではないかと考えています。
それに装飾的なコーナーやスクロールがついたのがヴァイオリンでさらにアンドレ・アマティが調和のとれた形と美しい丸みで国王に献上されるほどのものとなったのでしょう。しかし音について現代の工業製品のように性能を追求するのとは違う考え方だったのだと思います。

それ以降はすでにあるものを真似てヴァイオリンが作られたという意味ではニコロ・アマティもストラディバリも、シュタイナーも独創性という点では劣ります。
一方でアマティ家のヴァイオリンをよく知らずに自己流で作られたものもヨーロッパ各地にはあります。それらは粗雑に作られていてアンドレアと同等の完成度のものがありません。つまりアマティ家のヴァイオリンの出来損ないでしかありません。考えがあってその形にしたのではないからです。

もし個性があって才能がある職人を挙げるならアンドレア・アマティだけが群を抜いています。

「志が高い職人はマネなどしないはずだ」と考えるなら、アンドレア・アマティの影響を受ける前のヴァイオリンを作らなければいけません。そうなるとそもそも既存のヴァイオリンのすべてを否定することになります。すごい志かもしれませんがヴァイオリンへの愛がありませんね。今の私たちが考えることが300年後にも通用するかはわかりません。

今の時代に個性的な楽器を作ろうとしてもあまりにもフランスのストラディバリ型のヴァイオリンの影響が強すぎるために容易ではありません。形をフランスのものと違うものにしても表面的な違いで本質的に違うものというわけではありません。さっきも言ったようにレベックのようなものから考えるか、伝統的なものはすべて忘れて工業エンジニアリングとして設計するかでしょう。研究しやすいなら真四角な箱のヴァイオリンでも良いと思いますし、オーバル型でも良いと思います。電気的に振動を増幅すれば音量も拡大できますし、スマートフォンと接続しチューナーとして音程もわかって楽譜を表示できたら便利かもしれません。10年くらいで買い替え需要も来ます。

ヴァイオリンというのはそういうものではなくたまたま知っていた作り方にその人の癖が加わったもので、音にも癖があるというくらいで、技術革新のようなものではありません。アンドレアのヴァイオリンはそんなにアーチが高いわけでも無いようです。中にはかなりフラットなものもあります。ストラディバリの100年ほど前にすでにフラットなアーチがあります。確かジローラモのものでもフラットなものを見たことがあります。アンドレアのアーチは基本的にぷっくらしたものでは無いようです。むしろ1600年代になってからイタリアで流行したものかもしれません。アマティ家の弟子やその弟子がアンドレアの美意識をちゃんと理解せずに大げさなものを作っていたようです。

それが19世紀になってフラットなアーチのものが作られるようになりました。もう単純にアーチが平らで板が薄くて、50年以上経っていればたいていよく鳴るのです。楽器の機能性はもっとシンプルなものでいいのではないかと思います。つまりアンドレア・アマティが間違っていたのです。でもあまりの美しさに心を奪われてしまい歴史が変わってしまったようです。職人が熱中すればするほど間違った方向に進んでしまうようです。このため下手な職人の楽器の音が良いことも十分考えられます。少なくとも弦楽器が高価なものになってしまった犯人がアンドレアということになります。今では見えにくくなっていますがチェンバロのように絵まで描かれていました。

アンドレアが天才というのも問題があります。もし同等以上の才能が有ってもそれ以降に生まれた人は独創的な楽器を作るチャンスすら残されていないのですから。

実用と趣味

弦楽器で混同されているのは実用性と趣味性でしょう。音楽をやるための実用品として考えるのと楽器そのものを趣味とするのでは全く求められるものが違います。アーチが平らで板が薄くて50年以上経っていればとりあえずよく鳴ることでしょう。うちでは学生やその親などに求められているものです。値段が安くて音が良ければ親も助かるでしょう。そんな情報も伝えています。それを知らずに祖父母が財産を売ってまでして音が良くもない楽器を買ったとしたら悲劇です。

一方趣味であればその人の好きなように楽器を選んだり考えたりすればいいはずです。私に「そんな楽器をありがたがるのはバカげている」と説教されればウザいでしょう。ああだこうだ余計なことを言われずにオンラインショップで買う方が楽しいかもしれません。
しかしながら遊びで買うにしては金額が大きすぎます。イタリアのモダン作者のウンチクを信じて1000万円近くで買って、それが偽物で売却しようにも値段も付けらなくなってしまうことが本当にあります。買ったら一生疑わず本当のことを言ってしまわない気配りのできる職人の世話になるべきです。正論をズバズバ言うのではなく愚痴を慰めてくれるバーのマスターのような人です。
むしろザクセンの量産品でビックリするほど音が良いものを見つけるほうが遊びとしても面白いと思います。平らで板が薄くて古ければとりあえずよく鳴るのですから。まあ本来なら学生さんが使うべきですが。

私は単に実用的な楽器ならたくさんあるものから弾き比べて選んだほうが良いと思います。一方で合理的なモダン楽器が失ったものもあるはずだと思います。

技術では多数決で多くの人が優れていると思うものが主流になって、それ以外は消えていきます。マニアがいくら訴えても流れには逆らえません。製造者側の理由でそうなることも少なくありません。作るのに簡単でコストが安いのも武器になります。蒸気機関車をいかに好きだと言っても観光鉄道以外では乗ることはできません。

そんなことも趣味の世界ならあっても良いものです。そもそもアコースティックの楽器がローテクなのですから。
アマティから派生したオールド楽器は不思議なものでした。彼らが行った工夫は音の響きを抑えるものだったかもしれません。まっ平らな木箱よりも響きを抑えるのではないかと思います。木箱が響くと木箱の響くような音がします。プレスのミルクールのチェロでもそんな雰囲気があります。それは経験的に箱の響く音というのを知っているからでしょう。それに対してアマティ派の楽器では適度に響くことを抑えることで独特の音を生み出しているのではないかと思います。つまり音の引き算です。よく鳴る楽器が特別に工夫をしたのではなく適当に粗末に作られたものにもあるのはこのためだと思います。ストラディバリやデルジェスも他の職人よりも抑えが緩かったことがソリストに愛用されるゆえんでしょう。一方木箱のようなミルクールのチェロでも特に違和感なく使っている人がいるのですから音の感じ方は相当な個人差があるものです。

私はこれくらいのイメージで考えています。余りにもマイナスが多すぎると豊かに響かないタイトな音の楽器になってしまいます。特定の音域の響きを抑えることで味わいのある音色になったり、響きがすっきりしてダイレクトではっきりした音になったりするのでしょう。たとえば板単体をタッピングして叩いてみるとフラットなものはビーーーンと振動が長く続きます。高いアーチのものはすぐに余韻が止まってしまいます。これが「歯切れの良さ」を生み出しているのではないかと思います。弦の振動自体は続くので余韻はあります。しかし板の振動がすぐに止まるのではっきりした音になるのでしょう。一方フラットなアーチでは豊かなボリューム感につながります。

薄い板では低音が出やすくなって、その振動がダイレクトに感じられると何とも言えない心地良さを感じるのではないかと思います。明るい響きを抑えることでも味わい深い暖かみのある音になることでしょう。単なる個体差もあるかもしれませんが耳障りな音を抑える可能性も考えられます。

オールド楽器では音自体が違うという体験が印象的です。何をどれくらい抑えるかも個体差があるようです。その違いも面白いです。個体差というのはつまり職人の癖です。音を意図してそう作ったのではなくそうなってしまうということです。

古くなって音が出やすくなり、木材が朽ちて柔らかくなると、はっきりした音と柔らかさのような相反することが両立する奇跡も起きてきます。そうなるとモダン楽器を超えてくることも有り得ます。モダン楽器は現実の音、オールド楽器は魔法のような音というわけです。


私のヴァイオリン作り

私は画期的な新しいものを作りたいという考えはありません。20歳くらいの頃にはそう思っていてヴァイオリン作りを始めたのかもしれませんが。

しかし原理原則を理解し音を自由自在に作ることは困難だと思い知らされています。
わかるのは「なぜかわからないけども作ってみたらこんな音がした」というだけです。オールドの楽器を真似て作ってみたらそれっぽい音がするようになったのです。仕組みや原理は分かっていません。物理的な特性が近いからでしょう。
現代では常識として「こう作るのが正しい」というのが決まっています。しかしその方法では違う音を生み出すことができません。だから正しくないとされている楽器を作ってみるしかないのです。
音声を合成するように全く違う形でオールド楽器の音だけを再現するほうが難しいでしょう。

単に音だけでなく見た目も魅力的なのがオールド楽器です。
モダン以降のものとは見た瞬間に全く違うという印象を受けます。もちろん古くなっていることも趣を増す要因です。

単に実用的なものなら新作楽器では勝負になりません。
味わい深い趣のあるもの、王様や音楽家など人々に愛されてきた歴史も想像力を刺激しないでしょうか?

過去に作られたヴァイオリンを否定するのではなく愛でていきたいのです。味わい尽くして楽しんで自分もその一員になることが夢です。

良い音というのがなんなのか人によって違います。そのため良いヴァイオリンが何なのか定義づけることはできません。オールド楽器が音のひき算で独特の音色を持っていて、よく鳴るように工夫されているわけではない、音色にこだわらなければ適当に作っても十分に鳴るので職人の才能などは関係ないのです。音を抑えすぎると窮屈な楽器になってしまいますが、多少抑えられていても演奏家の技量でカバーして素晴らしい音が出ます。こんな発想も他では聞いたことが無いでしょう。







こんにちはガリッポです。

前回はフランスのヴァイオリンが多く出てきました。近代以降は「フランス風ヴァイオリン=ヴァイオリン」と考えられるようになりました。このため近代や現代の作者は皆フランス風のヴァイオリンを作ってきたわけです。仮に独学だとしても自分が使っていたりどこかで見たヴァイオリンのイメージがもうすでにフランス風なのです。もしフランスのヴァイオリンを否定するならそれに代わるものを提示しなくてはいけません。今ではフランスのヴァイオリンの影響を全く受けないでヴァイオリンを作ることは不可能です。しかし多くの人がこのことを自覚していません。惰性で影響が続いているというものです。

1番目





これはこの前に出てきたヴァイオリンです。

裏板の魂柱傷を修理した「ストラディバリウス」です。もちろん本物ではなく、マルクノイキルヒェンで戦前に作られた量産品です。マルクノイキルヒェンでもフランスから楽器や弓の製法が伝わりました。ストラディバリをお手本とし、アンティーク塗装が施されたのもフランス由来です。
量産品の中では中~上級品で面倒な修理をする値打ちがあるというものです。特に音が気に入っていて使い続けたいなら修理する価値は十分にありますし、修理が完了していれば中古品として販売する場合も特別マイナスと考えなくても良いでしょう。

裏板の割れ傷は写真ではかすかにわかる程度です。傷のうち中央は長く放置されていたでしょう。それ以外のところは見えなくなっています。アンティーク塗装の手法もマルクノイキルヒェンの特徴があります。

f字孔の形も加工もきれいです。アンティーク塗装の手法はパターン化しています。
全体としては雰囲気が良い方です。
ストラディバリでもそれほど完璧ではなく、平面の写真を見ているとマルクノイキルヒェンの楽器に見えてきます。それくらいストラディバリモデルの完成度が高いものもあります。立体だと全く違うのでしょうが・・・。

値段は無傷で4~50万円位でしょう。
板はかなり薄めになっていて現代の楽器よりも渋い音がすることでしょう。

2番目



これも以前出てきました。バスバーの回で出てきたものです。

表板は十分薄く作られていて隅まできれいに加工されていました。

このアンティーク塗装の手法もさっきのものと同じです。マルクノイキルヒェン特有のものです。今度のものは角が丸くなっています。
このようなものも作られていました。

ラベルはこれもストラディバリウスです。しかし中まできれいに作られていて量産品の上級品です。やはり50万円くらいしてもおかしくありません。
全体として加工はきれいに正確にできています。音が悪くなるほどの問題点はありません。

しかし輪郭やパフリングのS時のカーブが綺麗に出ていません。青の線では少し大げさですがアマティ譲りのカーブを示しました。

前回のフランスのヴァイオリンではちゃんとできています。量産品と差が出る所です。現代の機械で作られている量産品でもこのカーブが出ていないことが多いです。また腕の良い現代の職人でもこのような基礎を学んでいないでただ加工が綺麗というだけだと分かっていないこともあります。デルジェスもこの辺はいい加減です。

でも音には影響ありません。

3つ目







アーチはぷっくらと膨らんでいるものです。


このようなものと比べると近代以降ヴァイオリンとして作られたものは全然違います。ひとまとめにして「フランス風のヴァイオリン」ということになります。

さっき指摘したS字のカーブはもっと極端です。アマティやシュタイナーのオールドスタイルが健在です。ストラディバリは控えめですが、全くこのような基礎が無いものとは違うと思います。控えめのストラディバリの特徴をしっかり勉強しているのかどうかもストラディバリ型モダン楽器の完成度の差です。

このくらいの楽器になるとフランスの楽器製作の影響を受ける前のものになります。
赤いニスはおそらくオリジナルではなく、後の時代に塗られたのではないかと思います。それも100年くらい前かそれ以上でしょう。
ドイツ、ニュルンベルクのレオポルト・ヴィドハルムの1782年のものです。ヴィドハルム家の楽器もその後モダン楽器の影響を受けますが、時代から言ってもその前です。いわゆるシュタイナー型と言われるものですが厳密に比べるとシュタイナーとは違います。

値段は最大で540~630万円くらいします。この楽器はニスがオリジナルでありませんし、仕事も特別きれいではありませんがまぎれもないヴィドハルムという感じがします。
ドイツの楽器としてはかなり高価な部類に入りますが、本当のオールド楽器とすればビックリするほどの値段ではありません。

前に私が修理したものですが、駒が割れてしまったので新しくしました。駒が割れることに明確な原因はありません。他の楽器と同じように加工してもまれに割れることがあります。

音ですが

2番目のストラディバリラベルのマルクノイキルヒェンのヴァイオリンとヴィドハルムを弾き比べてみました。音は全く違います。全然違う音に共通する「ドイツの音」なんてのは全く分かりません。

ヴィドハルムのほうは引き締まった尖った音がします。もちろんオールドらしく暗く暖かみのある音です。それに対してマルクノイキルヒェンの量産品は太く豊かな音がします。暗くも明るくもなく中間くらいでしょうか。とてもよく共鳴して鳴る感じがします。ボー!っとエンジンにターボがかかったようにボリューム豊かな音がします。ただし、G線の一番低い音ではそこまでではなく少し上になってくると鳴り始めます。表板は薄くて裏板は普通くらいの厚みでした。このため私は改造する必要はないと判断しました。しかし、これなら、裏も薄くしていれば一番低い音から鳴ったかもしれません。そうやって言うと薄めの裏板が理想かと思うかもしれません。しかし多くの楽器ではこれほど鳴りませんからG線の下だけが控えめという感じはしないでしょう。多くの楽器では気にならないはずです。その代わりA線でも響きの豊かさがあります、これが板が薄いと地味な感じになるかもしれません。つまり一長一短なのです。ヴィドハルムは抜けがすっきりしてターボ感は無いです。歯切れの良さが高いアーチの特徴です。
量産品でもフラットなアーチのフランス風の楽器のいい所が出ています。そういう意味では全く違う音です。

高いアーチの楽器は細く引き締まり、尖ったダイレクトな音がして音がはっきりと感じられます。よくイメージからふんわりと柔らかい音がするとか勘違いしている人がいます。一般の人だけではなく職人も多い勘違いです。自分で作ったことが無いのでイメージが先行しているのです。もちろん高いアーチの楽器にも個体差があり、あるものはタイトすぎ、あるものは豊かに響きます。その違いがまた面白いです。

だからといってフラットな楽器が柔らかいというわけではありません。鋭いものもたくさんあります。しかし板に柔軟性があり音の出し方としては粘りがあります。普通に弾いただけでは音量に大差はありませんが、高いアーチの楽器は乱暴に弾くと音が潰れてしまいます。

高いアーチのオールド楽器のようなものは数としては圧倒的に少ないので珍しいということになります。音は面白いですね。魅力的なところもあるし、難しい所もあります。

私などは、独特の味ある音を生かしてヴァイオリンを作れないかと思うわけです。もちろんビオラやチェロも良いです。

しかし弦楽器の業界ではフランス風のヴァイオリンの作り方だけが伝えられてきました。修行しても現代的なヴァイオリンしか作れません。現代の教えでは、高いアーチの楽器は音が悪いので作ってはいけないとされています。でも実際のオールド楽器では魅力的な音がします。私もいくつも作ってみましたが完売しています。

全く違う音の楽器ができる可能性は他の工夫ではまず得られません。それくらい強力な音の違いを生み出せる可能性がアーチの高さにはあります。でも業界では「作ってはいけない」と教わります。「音について興味が無いのかな?」と思いますね。こんなに面白いものができるかもしれない可能性が目の前にあってやろうとさえしないのですから、音に興味が無いとしか思えません。そのことよりも誰が言ったかわからない「高いアーチは音が良くない」という教えを信じ込んでいるのです。特に19世紀初めのフランスの楽器は真っ平らに作られました。その時の教えが惰性で続いているのです。楽器にも興味が無いのでしょう。まあ、「音が良くない」と知識を知っていて作る私がおかしいのかもしれませんが。

4番目

今度はビオラです。



ニスは明るいオレンジ色でいかにも20世紀の感じがします。最近はうちではもっと落ちついた濃い色が好まれます。それより昔もオレンジ色で塗られていたかもしれませんが、古くなって木材が変色し汚れがたまって赤茶色になったり色があせて琥珀色に変わっているのかもしれません。
でも20世紀には好んでオレンジのニスが使われました。鮮やかな発色がヴァイオリン製作コンクールでも競われいかにも新作という感じがします。ニスを塗る仕事をすると毎日何時間も見るので目が過敏になってきます。もちろん好みの問題ですが。
木材のランクやニスのやたらピカピカした感じに高級感はありませんが、仕事の質は決して悪くありません。形も整っています。大きさは小型(39.5cm)のもので弾きやすいものです。

やはりアンティーク塗装がなされていますが、オレンジのニスにいきなり黒い点々があるので不自然です。全体的にうっすらと汚れがついていないのがおかしいですね。現代の楽器製作が抜けきらずにアンティーク塗装に走ったものにもよく見られます。
コーナーやf字孔、パフリングなどはきれいに加工されています。特にf字孔の丸が縦に長い感じがします。これは戦前のボヘミアの楽器の感じがします。

指板の裏側の加工の仕方が独特で、これもボヘミアの楽器に見られる特徴です。もちろん指板は修理によって交換される消耗品ですから、いつでも指板で判断できるわけではありませんが、この楽器ではオリジナルのものでしょう。

ペグボックスの壁の内側はボヘミア特有の赤茶色の顔料ではなく、ペグボックスの彫り込みの最後も丸くなっていません。完全なボヘミアのものではありません。

察するに戦後にドイツのブーベンロイトで作られたもので、チェコのボヘミアの出身の人ではないかなというくらいです。量産品とすれば品質はかなり良い方で、下手なハンドメイドよりも良くできています。しかしニスがいかにもという感じがして損しています。

ペグボックスの後ろの加工も丸みがあってボヘミアのチェロにも同じようなものがあります。

色がオレンジであるだけでなく板の厚みを測ってみるとかなり厚めです。こうなると低音が出にくく明るい音になります。見た目も音も明るいとなると典型的な現代の楽器です。とくにビオラとしてみると少し残念です。いかにも20世紀の楽器という感じです。

それでも50年は経っていると思うので音はよく出ると思います。深みのある音にこだわりのない人なら、よく鳴って良いビオラだと思うかもしれません。量産品の上級品としてはクオリティも高いです。

「薄い板の楽器を作るべきではない」というのも20世紀の考え方ですね。はっきりそうは教わらなくても1900年以降厚めになってきます。薄い板もダメ、高いアーチもダメとなってしまうとどうやって音の違いを作り出せるのでしょうか?現代の職人は自分でモデルを設計するというよりはほとんどの人がストラディバリやデルジェスなどの形で作っています。出版物のクオリティが上がったので実物大の写真などがあります。かつてはストラディバリの型を入手するのは困難で、師匠から弟子へと受け継がれたようです。流派ごとに違うストラディバリモデルがあるというわけです。つまり「ストラディバリやデルジェスモデル以外は作ってはいけない」とされているということです。こうなるとほとんど違いを作り出すことができません。でもこれが典型的な20世紀のヴァイオリン製作です。
だから何年のストラディバリだとか、どのデルジェスだとか、そこにこだわるしかありません。でもこの前のように全くヴァイオリンの形をしていなくてもそんなに音が悪くないわけですから、微々たる違いでしかありません。また、ニスなどの材質にこだわる人もいるでしょう。すべて細かすぎる違いで音にはっきりした違いは出ません。多くの人は結果を評価することはなく「工夫した=良い音になった」と自画自賛しているのです。

このため、有名な職人も無名な職人も作っているものがほとんど変わりません。形は同じ、板の厚みは同じ、アーチの高さも同じなのですから。
でも音はなぜかわからないけどもみな違います。理由が無いないくらいですから、有名だろうが無名だろうが、量産品だろうが、どこの誰が作ったものに自分が好きな音のものがあるか全くわかりません。だからただただ試してみるしかないというのが現状です。戦前の量産品は品質管理がバラバラで考えが徹底されていないので板の薄いものもあります。

それに対して私は、高いアーチで作ることも可能性として排除せず、フラットなアーチで作ることも排除せず、厚い板で作ることも薄い板で作ることも、ストラディバリ以外のモデルで作ることも排除しません。

ウンチクというのは言った瞬間に可能性が著しく縮まりつまらないものです。それがつまらないと感じないということは興味が無いのでしょう。ものの風雅を語るには素質が最低レベルです。ミシンも使ったことが無く何の根拠もないのに自分はファッションセンスがあると信じ込んでブランドを立ち上げようとする人と同じです。


アーチの高さによる音の違いも職人は分かっていません。ほとんど誰も作ったことが無いからです。高いアーチの作り方は教わることができず初めてではうまく作れません。研究が必要です。
板の厚さによる音の違いも私は誰からも教わっていませんし、聞いたことも読んだこともありません。自分でやってみて分かりました。板の厚みくらいならやってみる人は一定の割合でいるはずです。しかし私が言うように「薄い方が低音が出やすくなる」という規則性を聞いたことが無いです。他に言っている人がいるのでしょうか?まず発想が違うんでしょうね?低い音が出やすくなるということを仕組みとして理解できないのでしょう。音楽家なら技術者ではないので理解できないのもわかります。f字孔のところの厚みを見てよくわからない自説を語る人がいます。
しかし職人でも技術的な考え方ができない人がかなり多いということですね。そもそも職人は技能者であって技術者ではありません。一方理系的な趣味の人でもかなりの割合で結果を客観的に評価をせず、仕組みや理論、パーツのメーカー名など「頭」の方が先に立っている人が多いようです。そのような理系の趣味は頭の中で考えることを楽しむ遊びなのでしょう。

マルクノイキルヒェンの量産品

マルクノイキルヒェンの楽器では年代を特定するのが難しいです。さすがに1700年~1800年ころのオールドはちがいます。それから1850年くらいにはフランス風を目指して見よう見まねで作ったようなものや、若い世代がフランス風の楽器を作り始め、年長者は古い作り方が抜けきらない時期もあるでしょう。19世紀の終わりごろ1870~80年くらいにはモダン楽器がかなり大量に生産されるようになったはずです。それでも1900年より前のものはちょっと古い感じがします。1900年くらいからいわゆる典型的な「ザクセンの量産品」が作られるようになったようです。それ以降は逆に戦後になっても急激には作風は変わらなかったようです。だからはっきりと1910年代とか30年代、60年代とか作風では分かりません。

戦後は東ドイツに位置し、ソ連や東欧などに輸出していたはずです。このため産地は今でも続いています。共産国だった時代には技術革新のようなものは無く、郷土や祖国を敬愛し父親が営んでいた通りに仕事を続けて、古い機械をずっと使い続けていたようです。作業は分担され一つ一つの作業では驚くべき速さで仕事をこなしていたようです。

一方終戦直後にボヘミアから引き揚げてきたドイツ人の職人や、ザクセンから西ドイツに移住してきた人たちがブーベンロイトに新しい産地を形成しました。アメリカなど世界に輸出され80年代くらいには日本にも盛んに輸入され一時代を築いたものです。新しい塗料や機械などを導入して近代工業化していきました。
今では西ドイツ時代の楽器も古くなってよく鳴るようになってきているはずです。「ビンテージ」として愛好家が生まれてもおかしくありません。「ウッドベース」にはそのようなブランドもあるそうです。大して物は良くないのに値段が高騰しているそうです。世の常ですね。
ちなみにブーベンロイトはヴィドハルムのいたニュルンベルクの近郊です。

マルクノイキルヒェンのヴァイオリンの値段は20~130万円位です。オールドから現代にいたるまで変わりません。つまりマルクノイキルヒェンのオールド楽器が注目されていないので、楽器の品質がそのまま値段となります。本当のオールドでも値段が新品と変わらないということです。先日もマルクノイキルヒェンのオールドヴァイオリンを買ったお子さんが地元のコンクールで勝ち抜いたという話も入ってきました。スポーツと同じように地方予選から全国大会があります。全国でトップレベルの学生たちはユースオーケストラに入ってチームプレイの勉強をします。ソリストなんてのは全く別次元です。

それでなくても50万円クラスの量産品の上級品でも古い分、鳴りの良さでははるかに高価な新品の楽器を上回るでしょう。普通の人の感覚では50万円でも高価ですよ。

一方で20万円以下のものは難しいです。100年も前のものなら修理も必要で修理代のほうが高くなってしまいます。数としては初心者を中心に多く売れる価格で、過去にも大量に作られました。フリーマーケットやネットオークションなどでタダ同然で手に入ります。しかし問題は修理です。

とても粗雑に作られています。「外はきれいなのに開けると中がひどい」のが常です。20万円以下では外もきれいではないので中はもっとひどいわけです。それなら機械化されている現代の量産品の方がましです。少なくとも修理の必要が無く大量に入荷して初心者の需要にこたえることができます。

つまり物理的な音に外見の美しさは関係ないのですが、中はそれ以上に雑に作られているので見た目が工芸品としてではなく「工業製品として」綺麗であることは最低条件になります。

板が厚めのビオラもありました、量産品では手抜きのために厚すぎるものがありますが、ハンドメイドの高級楽器でも20世紀には厚めのものが多く作られました。このため安い量産品だからというわけでもありません。薄い方が低音が出やすいというのは分かれば単純な理屈ですが、自分で実験するまでは私も知りませんでした。教わった先輩では厚い方が低音が出ると考えている人もいたくらいです、そう信じてビオラが作られていてもおかしくありません。弦も低音用ほど太くなっているので板も厚い方が低音が出ると考えるかもしれません。頭で考えることなんてそんなものです。音は理解できるものではないと考えるのはやめたほうが良いです。
一方戦前の品質管理は適当で薄い板の量産楽器も案外作られました。フランス19世紀の一流の楽器なら極限まで攻めた薄いものですが、ミルクールの量産品になると適当で厚いものも少なくありません。だから国名ではなく個々の楽器を弾いてみないと分からないというわけです。

21世紀にはどんな作風に変わっていくのでしょうか?
こんにちはガリッポです。

物事には「大事」と「小事」があって、結果に大きな影響を与えるのは大事です。一方何かを学ぶ場合には細かなことから始めます。細かなことを知ると、以前の自分やまだ知らない人とはっきりとした差がつきます。
そこですべてを知ったと思い込むのは大間違いです。
大事は漠然としてつかみどころがなく、「なんとなく」という感覚に近いものです。小事は具体的ではっきりしているので自分は知っていると実感が持ちやすいものです。小事に意識が集中して頑なになっているさまが「こだわっている」状態です。こだわりという言葉はそのような悪い意味で使われることが多かったそうです。
小事も広くすべてのことを知っているのならいいかもしれませんが、たいていはごく狭い範囲のことに視野が限られています。詳しく知れば知るほどに井の中の蛙になっていくのです。
政治のニュースでも人の間違いを指摘するのは簡単です。自分の所属する組織や団体、地域などでどうやって困難を乗り越えて実現したかを語る人はいません。他人の間違いを指摘している自分を恥ずかしく思わないのでしょうか?


職人が初めてヴァイオリン作りを学ぶ時、0.1mm単位で寸法が決まっています。その通りに加工するのは難しく一握りの人だけが何年もかかってできるようになるものです。
しかし、それで天狗になっていてはいけません。なぜその数字が決められたのか疑問を持つべきです。そうなると古の職人たちが決まった寸法もなく楽器を作っていたことに驚かされます。
真に力があるというのは細かいことだけではなく大雑把につかんでいることです。
楽器を見ていても力の差があります。



でも細かいことなら努力で何とかなります。「高級品くらい」なら努力すれば作れるのです。見分けるほうも細部だけを見て丁寧に作られたかどうかくらいは分かるでしょう。

知識についても同じです。人と向き合ったとき相手が自分の知らないことを知っていると引け目を感じてしまいます。

そうやって演奏家のお客さんをビビらせて優位に立とうとするわけです。私が話を聞くとめちゃくちゃで説明としてはとても分かりにくいものです。知らないワードを畳みかけると混乱して圧倒されてしまいます。自分でも分かっていないのに知ってるワードを並べて自分を強く見せているだけです。教科書の隅の隅に書いてあることを覚える受験勉強と同じです。

本来なら「中学生にもわかるように」説明しないといけません。具体的な固有名詞を並べるのではなくて重要性の高い原理を説明しないといけません。

それがとても難しいです。

今回はいろいろな楽器が目の前を過ぎて行ったので、順番も考えずに見ていきましょう。値段については為替相場が不安定で分かりにくいです。ユーロを120~140円と幅を持たせて考えてみます。また税金も問題です。いわゆる消費税のようなものが国によって違います。日本人がヨーロッパで買う場合「免税」になることがあります。私はいつも税込みで値段を把握しているので日本に持って帰るならずっと安くなるわけです。欧州各国は20%くらいはあります。ブログ初期のころは税抜き価格で書いていました。日本の税金も上がったので最近は税込みで書いています。
つまり書いてる値段からおよそ20%を差し引いたのが税抜き価格になります。

楽器の写真から載せて、素性を後で説明します。目利きに挑戦してみてください。

一つ目のヴァイオリン





一見古そうで感じも良い楽器です。音が良いかもしれません。

ラベルはエンリコ・チェルーティで80年代にチェルーティ作のヴァイオリンとして買ったそうです。
チェルーティ家はアマティ以来のクレモナの最後の職人の部類になるでしょう。エンリコの時代にはアマティやストラディバリの面影はなく、イタリアでもフランス風の新しいヴァイオリンへと次々と作風が変わっていく時期です。クレモナが古い産地であるために時代遅れになっていたくらいです。エンリコもモダンヴァイオリンの影響を受けて仕事はクリーンになっています。形はストラディバリモデルとは違う独特のものです。親の影響もあるでしょう。

この楽器は全く逆で、仕事はクリーンではなく、形はストラディバリ型です。エンリコ・チェルーティよりも古い感じがするくらいです。スクロールもオールド的な感じがあります。

そういうわけで私はエンリコ・チェルーティと類似点を何一つ見つけることができません。この楽器をエンリコ・チェルーティ作と言う根拠がないのです。今のお金で500万円以上は出して買ったことでしょうが、残念ながらその価値は保証できません。

私はオールドからモダン楽器に切り替わるころに作られたものではないかと思います。チェルーティよりも古いかもしれません。しかし作者や製作地を予想することは困難です。このようなよくわからない楽器がたくさんあります。作者を偽って売る以外に商業的には価値があると考えられませんが、楽器としては良さそうです。もし音が良かったとしてもおかしくありません。19世紀半ばくらいには作られていて、形はストラディバリ型でフラット目のアーチです。かなり貴重です。

でもオークションで注目されるようなものではありません。作者名が分からないものに1万ユーロ(120~140万円)以上つけるのは難しいです。品質も高くないので1万ユーロつけるのもためらいます。しかし楽器の作りと古さはよくあるものではありません。ただ年代特定が難しいのは職人が長生きしていたり、状態によって古く見えたり新しく見えたりすることがあるからです。

逆に考えると音楽家には魅力的な楽器です。

80年代には弦楽器店の店主は、「自分が思う」くらいの感じで売っていました。確かに雰囲気の良い楽器です。チェルーティについてもクレモナの名器と頭で学んだ知識なら作風もあっているように思えます。実際のエンリコはもっとモダンの作者です。だまそうという意図が無くてもこれくらいの確かさで売っていたのです。

私は鑑定士ではないので私が思ったことなんて何の効力もありません。私にわかるのは鑑定に出す価値があるかどうかくらいです。この楽器を鑑定に出してもエンリコ・チェルーティ作と書いてもらうのは難しいでしょうね。真の作者名が分かればモダンの良品なのかもしれませんが、特定は難しいでしょう。仕事は決して美しくはありません、道具としての可能性です。

ともかく今でもその時代のワンマン社長がやっている店も残っています。気を付けてください。

次の楽器





こちらは、ラベルにポール・マンジェノーと書いてあります。この作者はさほど有名ではなくミルクール出身でパリでも修行し、ミルクールで生産をしていたようです。
楽器を見る限りでは一人前の職人のもので時代は1900年過ぎくらいでしょうか。

パッと見て楽器のクオリティから一人前のフランスの作者のハンドメイドであることがすぐに分かります。おそらくこの作者のものであっているでしょう。相場は最大で180~210万円ほどになっています。
間違いなくフランスの楽器であり、クオリティと古さなら、別の作者でもそれくらいするでしょう。それ以上鑑定しなくても十分です。
一人前の職人でも有名になっていない人もいるのでお買い得ですね。
ミルクールの職人でも高品質のものがあります。
さっきのチェルーティよりもこっちの方が財産としての価値が確実です。
ちょっと弾いた感じでもよく鳴る感じがします。

アーチは19世紀の初めのフランスのものよりは高さがあります。駒を中心に高くなっていて、ストラディバリのようにセンターの稜線が横から見て平らになっていません。

見るからにフランスという感じです。

ネックの入れ方も典型的なフランスのスタイルです。一度も修理されていないのかもしれません。今のものよりも角度が急になっています。19世紀後半のモダン楽器のスタイルです。

ニスはオレンジ色の柔らかいものです。オレンジ色は1900年過ぎのフランスのものによく見られます。パフリングのコーナーの合わせ目に特徴があります。

パフリングの外側からの距離が上と下の矢印で違います。つまり普通はいっしょになります。これはヴィヨームにも見られるものできれいに見えるテクニックです。


いかにもフランスの楽器の雰囲気があります。量産品ではないことが分かります。

次はこれ




これもミルクールの20世紀初めのヴァイオリン。しかしラベルはついていません。
以前にも出たことがあるかもしれませんが、一度売れたものがステップアップの買い替えで下取りしました。さっきのものに比べるとクオリティは落ちます。量産品の上級品または無名な作者のハンドメイドくらいです。各部に統一感があるので一人の人が作った可能性はありますが、フランスで一人前と呼べるレベルではありません。他の国なら十分ですが。
写真ではわかりにくいですがアーチの立体造形に違和感があります。形をとらえきれていないのです。アーチは板から削り出しますが、平らな板の名残が感じられるのです。

アーチの上が平らになっていて周辺の厚みを出しただけです。丸みができておらず台地にのようになっています。一流の作者との違いです。

今度は





イタリアの現代の作者のものです。
私はこの楽器を見たときに普通の現代のヴァイオリンによくあるものだと思いました。軽いアンティーク塗装で薄めのニスです。擦るとすぐに色が剥げてしまう流行のものです。
そのためイタリアの作者のラベルが貼られていますが、どこの国のものか全くわかりません。前の持ち主が直接作者から買ったという話を信じるならイタリアの作者のものだと分かります。しかし楽器を見ただけではイタリアのものとは全く分かりません。何もイタリアならではの特徴が無いからです。それもそのはずで、イタリアの作者もほかの国の作者と違うものを作っているわけではありません。

つまりイタリアには独特の哲学や歴史があり他の国とは違う考え方や好みで作られているというようなことが無いのです。イタリアの作風も他の国と何も変わらないのです。ストラディバリモデルで太いパフリングが入ってるのも現代の流行です。

板の厚みも標準的で、弾いてみると明るく鋭い音がします。現代の楽器ではよくあるもので、「イタリアの音」というのは分かりません。
完成度がフランスのモダン楽器より低いのは分かります。それに対して特別哲学があるようにも思えません。

「イタリアの作者には個性がある」とか商売人が言いますがこの楽器にはありません。個性がある楽器を作るようにマエストロが指導しているわけでも無いようです。他の国と教育も変わりません。

これもアーチが台地状になっています。でも量産工場のものではないのでハンドメイドです。このようなものはよくあります。立体造形力が無いとやりがちなパターンの一つです。でも本人が気づかないくらいですから職人でも分かる人にしかわからない違いです。

今回の最後




これはすごい色です。
これもミルクールのヴァイオリンでとても安価なものとして作られたものです。メーカーはJTLです。ジェローム・ティブヴィル・ラミーの略でミルクールでは大きなメーカーでした。木材はましなものを使っていますが、見るからに安いものです。90年代に一番安い鈴木のヴァイオリンがこんな感じだった記憶があります。当時5万円もしなかったと思います。
これにフランス製だからと言って何十万円も出すのはバカげています。

SARASATE ARTISTEと書いてあります。製品やシリーズ名ということでしょう。

次回に続きます


ミルクールの楽器が多くありましたがランクの違いが分かったでしょうか?
そのランクに現代やイタリアの作者が入ると必ずしも通用しないレベルです。

しかし音は関係なく、最初のものでも可能性があります。
楽器の根本的な作りには問題が無いのです。そして古さがあって音にも違いが出ます。古い時期ほどストラド型の定番のモデルが大量に作られてはいません。このため何でもないようなものでも興味深いです。作者、流派不明である限り値段はずっと安くて1万ユーロ以上つけるのは無理です。

なぜ商売人が個性を大事と言うかですが、一つは個性がある方が鑑定がしやすく高く売れるからです。値段が高いだけでなく日本のユーザーは産地や名前によって食いつきが全然違うのでしょう。このため流派の特徴も重視します。個性が無くて作者が特定できないと安くしか売れません。産地も同じです。したがって大事なのは有名な作者の個性であり、高いランクの産地の特徴です。個性的でも安い楽器の個性は興味ありません。
中古品は何でもそうで、有名メーカーのものでなければ全く売れず、ひとまとめでワゴン行きです。ユーザーも興味を示しません。全く無知ではなくブランドを知ってるくらいの人がバカにするのです。良い製品が分からず不安だからブランドを頼りにするのですが、そのブランドより良いものがあるとまずいのでバカにするのでしょう。

でもユーザーにとっては安くて音が良い楽器があれば良いですね。商売人が儲けるほどユーザーは損するというわけです。楽器の良さが分かるということがどういう事か考えてみてください。

商売人という立場で苦労して努力して死活問題を人生観として学んだものも、音楽家に必要なものではありません。

近代の作者について日本語でない本で調べると、ストラディバリやガルネリモデルの作者は、「古のマエストロをお手本として」とプラスに評価されて書かれています。独自のモデルの作者のほうが高く評価されていることはありません。お手本としてると本に書いてあっても実際は普通のストラドモデルやガルネリモデルで作ってあるだけで誇張して書かれています。さらにオールド楽器を模したものはずっと高い値段がついています。いずれにしてもマイナスには評価されていません。「個性が大事」と日本人だけの趣味趣向で外国の作者について考えるのは実態の理解とは遠いものです。
こんにちはガリッポです。

よく聞く整合性のないウンチクに「個性が大事」というものがあります。

こんな楽器が持ち込まれました。胴体の長さはヴァイオリンの大きさで5本弦を張れるように設計されています。

ペグの穴も5個あります。

個性があるのが良いという論理ならこのような楽器はかなり高価だということになるでしょう。しかしそのようなウンチクはその場しのぎの場当たり的なもので、原理原則のようなものではありません。ウンチクのようなものを真に受けると視野が狭まります。

実はこの楽器は5弦のヴァイオリンとして中国で作られたもので上海のメーカー名のラベルが貼られています。中国のメーカーがこれを作るということはそれなりの投資になったことでしょう。機械で加工するには機械のプログラムが必要だからです。

革新的な製品として売り出そうという社運を賭けたような試みでしょう。実際こうやって売れたのですから興味を持つ人もいたというわけです。

5弦のヴァイオリンについてはうちの店のお客さんでは弾いている人を一人も知りません。かえってヨーロッパのほうが新しいものを受け入れにくいのかもしれません。

5弦のヴァイオリンが流行っている実感は全くありません。調べてみるとエレキヴァイオリンなどにはあるとのことです。主にクラシック以外でヴァイオリン用として作曲されていない曲を弾いたりするのに良いのでしょう。これはアコースティックですがピックアップやマイクをつけて使用することも考えられます。
ピラストロ社からはエヴァピラッチのC線が新発売されました。

クラシック音楽の世界だけが音楽ではありません。家族や友人で音楽を楽しむという場合にも第一ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ビオラ、チェロと楽器が揃うわけではありません。曲もみなで楽しめるポピュラーなものになるかもしれません。

地方新聞に出ていて面白かったのが家族でクリスマスコンサートをやっている記事です。ヴァイオリンが5人、ピアノ、ドラム、木琴という組み合わせでした。ほのぼのした感じです。それぞれが好きな楽器を選んだのでしょう。

クラシックのオーケストラでこんな楽器を使っていく勇気のある人は少ないでしょう。個性的すぎる楽器は売れないです。

しかしヴァイオリンを習った人がギターやドラム、ヴォーカルなどともにバンドをやりましょうとなったら、専門外の他の人の目線は冷たくないでしょう。

仕事の依頼は、4弦の普通のヴァイオリンとして使えるようにしてほしいという物でした。

個性的なヴァイオリン

一見変わった形のヴァイオリンですが音はどうでしょう?

以前タバコの箱のヴァイオリンを紹介しました。これは多くの示唆を与えてくれるものです。
https://ameblo.jp/idealtone/entry-12717396417.html

真四角のヴァイオリンでも意外と音はよく出ていました。そうなるとこれも音が悪いと断定できません。ものの見方が変わります。

変わった形のように思うかもしれませんがそれも人が感じる印象です。全く無いものではなく何かを元にしています。それを知らない人には斬新に見え、知っている人はあれかと思うのです。

それは何かといえば、ヴィオラ・ダ・モーレなどの古楽器です。ヴィオラ・ダ・モーレは弦の数がやたら多く、調弦するだけでも骨の折れる楽器で、ヴァイオリンよりは大きなものです。このヴァイオリンでは大きさも小さくなっていて、弦の数も5本に減って、作りも少し簡素になっています。

それと象眼の装飾です。これはストラディバリの装飾付きの楽器に見られるものです。
そうなるとアイデアはもとがあるということになります。

しかしf字孔はガルネリモデルで、ヴィオラ・ダ・モーレはfですらないことが多いでしょう。

裏板はアーチがあります。古楽器ではアーチが無いものが多くあります。木材の着色がきつすぎていかにも現代の量産品という感じがします。これが戦前のザクセンのものならもっと古い木のような感じがします。
ニスも人工的な感じがします。

テールピースも珍しい5弦用のものなので、4弦の普通のウィットナーのものに変えます。
表板の汚れの表現も現代の染料の感じがします。

仕事の内容としては、ナットの溝が5弦用なので4弦用に変えなくてはいけません。駒がチープなものがついていたので交換します。

ナットを交換するとお客さんには説明しましたが、よく見ると指板が深くえぐれていました。ほとんど使われていないのにそうなっているということは製造時の問題でしょう。指板をかなり削ったので相対的にナットも高くなり加工しなおしたため交換は不要になりました。

ペグは4本のみ使用します。ペグ同士の距離が近いので使いにくいです。ヘッド部は普通のヴァイオリンのものを使っているでしょう。しかしアジャスター付きのテールピースで微調整が可能になります。

気になる音は?


弦はもともとはられていたドミナントの4弦で弾いてみると、意外と普通のヴァイオリンの音がします。直接弾き比べてはいないですが、G線の音もちゃんと出ます。5弦として下にC線を追加した場合にはもちろんビオラとして十分ではないかもしれません。しかしヴァイオリンとしてはいたって普通です。
持った感じは奇妙です。表板の形のせいかネックの長さの感じがよくわかりません。

同じような中国製の4弦のヴァイオリンと同じような音の印象を受けます。古い楽器のような音はしませんが、ヴァイオリンとしては機能しています。

離れて聞いたり大きなホールでどうかは分かりませんが、自分で弾いた限りでは普通のヴァイオリンと変わらない印象でした。

それも私は驚きませんでした。煙草の箱のヴァイオリンの経験もあります。私が特に面白いと思うのは胴体の駒の周辺がくびれているどころか少し膨らんでいるのです。私は駒周辺の形が特に重要ではないかと考えています。そうなると普通のヴァイオリンよりも幅が格段に広くゆとりさえあります。

ヴァイオリンは中央がくびれた形をしている必要はないかもしれません

この持ち主はこのヴァイオリンの音が良くて気に入っているそうです。それで4弦用として本格的に使えるように調整して欲しいという依頼でした。

それくらいヴァイオリン製作の常識は狭くて誰もやったことがないようなことがたくさんあるのではないかともいます。もちろんコーナーのないヴァイオリンなどは19世紀にも作られています。とても合理的でデザインもモダンでおそらく音も悪くないと思います。でもそれが広まらなかったのはクラシックの世界の保守性でしょう。

だから、ストラディバリの何年のモデルがどうだとかそういう細かいことを語っていかにも分かっているような顔をしている人が怪しいのです。実際は何もわかっていないのに、神妙な顔をしていかにも分かっているかのように語るのです。それが一番怖いと思います。それを避けるために私は、にこやかに笑っているくらいの感じで楽器に向き合うようにしています。喜劇は人間の真の姿を誇張したものですから、そのほうがヴァイオリン職人のリアルに迫れると思います。
私はオールド楽器を見てると笑みがこぼれます。人間らしさが伝わってくるからです。神様を崇拝するような見方はしません。

もっとはるかに大雑把に考えて良いと思います。ただこの会社の製品が爆発的にヒットしたわけでもなく今でも製造しているかもわかりません。広めるのも難しいでしょう。

この楽器のメリットとしては、高いポジションを弾く時に表板が手の邪魔をしません。それはそれで慣れないとやりにくいかもしれませんが、演奏しやすさに特化した形にしても、音は犠牲にならないのではないのでしょうか?
コントラバスではヴァイオリン型ではとてもじゃないけど弾けないのでヴィヨール族のようになで肩になっています。

ヴァイオリンの形や寸法は、音にとって重要な部分とそれほど影響しない部分があると思います。私は特に中央付近はとても重要ではないかと考えています。駒から遠ざかるほどあまり重要ではないと考えています。

例えば7/8のチェロを作る時、4/4をそのまま縮小するのではなくてミドルバウツは4/4のままで上と下の端を切り詰めれば良いのではないかと思います。下はチェロの場合には切り詰めることもありませんが。

楽器のサイズは胴体の長さとスリーサイズが計られます。一番大事なのはミドルバウツの幅ではないでしょうか?それ以外は割とどうでもいいのでは無いでしょうか?
ミドルバウツの寸法はアーチをまたいて測定する場合と、直線距離で測る場合でかなり違うので混同してはいけません。それと幅が広くなりすぎると弓がぶつかって演奏しにくくなります。

この楽器ではアッパーバウツがすごく細いです。でも音に影響が感じられません。物理的にはあまり関係が無いようです。

それから通常は表板や裏板の駒の来る位置は表板や裏板の重心になっています。ヴァイオリンならボタンを含めずにセンターの上端から195mmの地点を指一本で支えると裏板がヤジロベーのように釣り合いが取れます。数学が好きな人はこれがヴァイオリンの音の良さの秘密だと思うかもしれません。しかし今回のようなものなら全く違うバランスになるでしょう。でもそれほど音が悪くなってはいないのです。
195mmの地点でバランスが取れていなかったら厚みを調整するのが良いと考えるかもしれません。こういう考えの持って行き方は見当違いなのです。

アマティやストラディバリが作ったヴァイオリンは素晴らしいものでありますが、極限までぜい肉を落として機能性を追求したものでもありません。そういう可能性はあるのではないかと思います。特に演奏しやすさを求める小型の楽器には重要です。そのまま小さくするのではなく大事なところはそれほど小さくしないということです。子供用の楽器でも、手の小さな大人用の楽器でも音が犠牲にならなければ弾いていて楽しいでしょう。またビオラでも重要な理解の仕方です。

神様のように崇拝してそれから少しでも外れたら音が台無しになってしまうという考え方は浅はかだと思います。弦楽器の設計にはもっともっと自由な可能性があると思います。

難しいのは技術よりも世の中に認めてもらう事でしょう。
それと、しっかりと修行するほど常識から抜け出すのが難しく、修行していない人が作ると基本的な機能や品質すら理解していないことです。そういう意味では中国からこのような楽器が出てくるのは有り得る話です。
違うものを作ろうという意欲があって、頑固すぎる常識もないということです。

表向きは「個性があるのが良い」と言っている業者も頑なにこのようなものを認めないでしょう。ヘッド部にドクロが彫られたチェコのヴァイオリンにオークションで高値がついたなんてニュースは流れたことがありません。「高い楽器の個性」だけが良いとされ「安い楽器の個性」は良くないものとされるのです。結局高いものが良いと言っているだけです。そうやって高いものが良いと信じられるとまたオークションで値段が上がります。お金の話ばかりです。


業界の常識をぶち破るのはオンラインショップなど違う業態かもしれません。そうなるとまともに演奏できるかも補償もされませんが。


特に私が言いたいのは、滅茶苦茶に作ってもヴィオリンの音になってしまうということです。
ヴァイオリンというのは誰にでも作れて、初めて作ってもいきなりヴィオリンのような音がします。音は言葉で表せず、みな微妙に違い優劣を言うのは難しいものです。達人とか天才とか巨匠とかそのような世界ではないというのがヴァイオリンのリアルです。

誰が聞いても変な音のヴァイオリンというのは作れと言われても作る方が難しいです。どれも極端に悪い音にはならず、良い所もあります。見方や人によって長所にも短所にも解釈できます。
音を客観的に評価することも難しいです。
このため無名な職人の楽器でも量産品でも音が良い可能性が十分にあります。

このようなことが知るべき正しい知識です。ウンチクはいりません。
「個性」を高い楽器では長所ととらえ、安い楽器では短所ととらえるのはフェアではありません。少なくとも大金をはたいて買うのに納得できるほどの知的な論理ではありません。真剣に聞くようなレベルの話ではないのです。

実は業界の人たちも人から聞いた話ばかりで自分で実験したことはなく無知です。
私もはるかに未知の可能性があるかもしれないと気づき始めたくらいです。



こんにちはガリッポです。

またまた知らなければ知らないほうが良い話で特に説明はしてきませんでした。しかし知ってしまった人もいるかもしれません。私も聞いたことのある奇妙な理論があります。それは「バスバーの張力の理論」です。知らない人は読まなくても良いですが。

例えばこんな話です。
バスバーは取り付ける時に表板にピッタリではなく、両側に少し隙間が空くようにつけます。これによってバスバーが表板を押し上げ、弦の力に対抗するというものです。
この反発力が強い音を生み出すのです。

そして、何十年も経つとこの反発力を失ってしまうのでバスバーの交換が必要になります。あなたの楽器も音が弱っているのでバスバーの交換が必要です。


果たしてこのような話は本当なのでしょうか?
技術者に理屈で説明されれば疑う事すらしないかもしれません。職人も師匠から教わればそう信じるのが普通かもしれません。私は「断言するのは怖い」と思います。本当かウソかわからないと思います。

なぜそう思うかと言えば直感的にバスバーにそんなに強度がないと感じているからです。
表板にかかる力は計算がされていてよく言われています。計算が正しいのかわかりませんが25㎏以上かかるなどと言われています。

取り付けるときには高さがありますが、取り付けた後でこのように加工します。中央か駒の来るところで12~13mm、両端で3mmほどになります。両端はバスバーの高さが低くなるので強度もそんなにないはずです。隙間を開けてもバスバーに強度が無ければ何の力にもなりません。

バスバーの切れ端で材質や厚み、長さは同じです。高さは12mmと3mmの中間の8mmほどです。このように机に固定します。

指で押してみます。

簡単に机まで下ろすことができます。
木材が柔らかく「しなる」からです。こんなに簡単に曲がるものに表板を押し上げる力があるのでしょうか?
弦の力は駒の両方の脚にかかりますし、高音側のほうが張力が強いかもしれません。それでもキロ単位の重さを指先ひとつで曲がるような柔らかい木で支えられるのでしょうか?それとも私が怪力なのでしょうか?そんなことはないです。

6~7mmの隙間がありますが、指先ひとつでついてしまうほど柔らかいです。

今度は2本用意します。

計量カップに水を入れて載せてみます。

350mlで机に着く寸前です。
計量カップが47gあるので合計して397gです。2本で支えているので一本ではその半分になります。この実験が正しい方法なのかわかりませんが、少なくとも桁が違うと思うのです。

このようにバスバーは表板と同じスプルースでとても柔らかい木材でできています。木材は長い間押し曲げられているとその形で固まってしまいます。すぐに反発力は無くなってしまうでしょう。

数字は分かりませんが感覚的に仕事をしていて、とてもじゃないけどバスバーには弦の力に対抗するほどの力が無いなということは感じます。

そうなると理論は怪しいなと思います。絶対に間違っていると証明する気もありませんが、理論を断言するのはどうかなと思います。何も言わなくて知らないのがベストです。

バスバーは駒の低音側の脚にかかる力を表板の縦方向に分散させて支えるというものです。なめらかに両端を低くするのは力が均等にかかるようにというイメージです。実際はよくわかりません。バスバーの終わりのところがあまりにも強いとそこで表板が変形したり、割れてしまう原因になるかもしれません。実際5弦のコントラバスではそのようなトラブルがありました。コントラバスのバスバーはかなり大きくまるで柱のようで弾力があまりありません。駒に強い力がかかると表板をバスバーの端が割ってしまうのです。表板の周囲は横板と上下のブロックに固定さ入れていてバスバーが下向きに表板を引っ張るので表板を割ってしまうのです。コントラバスでバスバーの端が表板を下に持って行き、穴が開いたこともあります。そのため両端は弱くなっているほうが良いと思います。

木材で強い弾力を得たいなら弓に使う木材が良いかもしれません。私が一度見たことがあるのは、裏板と同じカエデ材をバスバーにしたものでした。このヴォイオリンはギャーッととんでもない耳障りな音で持ち主が不満で、普通のバスバーに交換しました。
音も柔らかくスムーズな音になりました。

それでカエデとスプルースを張り合わせたハイブリッドのバスバーを試したこともありますが、明るい音になりひきつったような違和感を感じました。

スプルースよりも少し硬い木材でどうなのでしょうか?
つけてみて調子が悪いとまた表板を開けて普通のバスバーに戻さないといけません。希望が持てません。針葉樹の中で日本と台湾にだけ生育しているというヒノキなどはどうでしょうか?ヨーロッパにも木目がスプルースより荒い針葉樹があります。


いずれにしてもバスバーが強いと低音は出にくくなり明るい音になるという結果は得ました。どちらかというと表板の振動を妨げるという感じです。バスバーを硬い素材で作って、弓もビオラ用のような太い弓で、弦は強力なスチール弦で…ヴァイオリンという楽器が持っているしなやかさが失われるかもしれません。

改良としてベストなのは今までと同じ使用感で音だけが良くなる、または希望の音になるものです。硬いバスバーを使えば弓の感触も変わり、弓や駒も専用のものを使わないといけないというのでは「変化」であって改良とは言いにくいものです。使いこなしのノウハウにも研究が必要でフィッティング全体の見直しになってしまいます。かなり研究は難しいでしょう。バネとしての適度な弾力でないと扱いにくいのではないかと思います。

それとは違って隠し味程度に変化を与えるということも考えられますが、比較が難しく効果があるのかないのかがはっきりしません。

実験としては面白いので興味のある人は職人に依頼して試したらいいかもしれません。その都度10万円以上かかるのは遊びとしてはなかなかのものです。表板も開け閉めを繰り返すと周囲が傷んでいきます。
普通のバスバーに戻す費用の用意も忘れずに。

なお一度つけたバスバーをそのまま外してまた使うことはできません。

もう一つの説

音を第一に「頭で」考えてもさっきのように怪しげな理論がありますが、職人独特の見た目の完璧さを重視する考え方もあります。

弦楽器は弦を張ると表板の低音側が沈みます。古い楽器では長く沈み込んでいるためアーチの左右が違います。ストラディバリやデルジェスなどの名器では低音側が低くなっています。ちょうどバスバーの入っているところを中心に変形します。

一方新品の楽器でも古い楽器でも弦を張っていない状態と張った状態でも違います。
弦を張ると駒の低音側のほうが沈み込みます。弦と指板との隙間を「弦高」と言いますがアーチと駒が沈み込むと弦高が低くなります。ヴァイオリンでは調弦するまで張力をかけると高音側はほとんど変わらず、低音側は1mmくらい弦高が低くなります。
このため私は駒を加工するときに低音側を高めにしておきます。
高音側は魂柱を通じて裏板で支えています。裏板も多少は変形しているはずですがネックも引っ張られて持って行かれるので相殺されてほぼ変わらないです。
それに対して低音側は1mmくらい沈み込みます。フラットなアーチのほうが深く沈み込み、高いアーチのほうが沈みにくいです。

チェロでも同じように低音側が沈み込みます。ただしネックが引っ張られたり胴体が変形するので全体的に動きます。高音側も変化することがあります。それでも必ず低音のほうが沈み込みます。予想はしにくく駒は高めにしておく方が無難です。新しい楽器や大修理後の楽器、または気候の変化などで動く可能性があるからです。

いろいろ言いましたが、要するに表板のアーチは低音側が沈み込むということです。現代の楽器製作ではアーチを作る時に専用の器具で左右の高さを調べることができます。ちょうど地図の等高線のように線を弾くことができます。線が左右対称になっていればアーチの左右の中心線から同じ地点の高さが同じということになります。
せっかく0.1㎜単位の精度で左右対称の高さのアーチを作ったのに、弦を張ると非対称になってしまうのは残念です。このため隙間を開けてバスバーをつけてあらかじめ表板を持ち上げておくのです。それで弦の張力がかかって変形しても左右対称になるという説です。

私の場合には見た目でアーチを作っていて器具で測定してないので別にどうでもいいですし、古い楽器では変形しているのが普通なのでオールド風にするなら下がったほうが本物らしく見えるのですが1mm位下がっても気付かないレベルです。

完璧主義者はいろいろ考えなくては行けなくて大変ですね。
バスバーの張力理論にはそんな重箱の隅をつつくような考え方もあります。

隙間を開けてバスバーをつける理由


私が隙間を開けてバスバーを取り付けるのはやりやすいからです。隙間無しでバスバーを表板の内側の面にピッタリに合わせるのは至難の業です。

そもそも表板の面と合っていないバスバーを無理やり接着すると表板との間に隙間ができたり、表板を変形させたりします。アーチの外側に変形が現れます。表板の内側にもヘコミができて次にバスバーを交換する妨げになります。接着が不完全ならはずれてくる可能性もあります。バスバーがはがれてると異音が発生します。

それで音が悪くなるかどうかははっきりわかりません。電気製品のはんだ付けにたとえます。はんだ付けがしっかりしていないとトラブルが起きるかもしれません。はんだ付けの質が高ければ工員の技能が高いことになります。しかし、はんだ付けの質が高くても電気製品として機能が優れているとは限りません。一方はんだ付けの質がそれほど高くなくてもトラブルが起きないかもしれません。最近の中国製品では工員に教育を施すよりも、トラブルが起きたら新品と交換したほうが安いと割り切っているようです。

ヴァイオリン職人の仕事は一つ一つの作業工程の完全さによってかかる時間が違ってきます。コストや楽器の価格に反映します。
すべての楽器が申し分のない質で作られたうえで、音の良し悪しを誰かが評価して値段がつけられているのではなく、多くの場合には手抜きでちゃんと作られてさえいないのです。一方完璧に作られているからと言って音が良いというわけでもありません。

最初は面が合っていません。このように置いただけで隙間が無くぴったりに加工するのはとても難しいです。駒の脚を表板のカーブにあわせるだけでも難しいのですが面積が違います。

この時表板を机の上に置いたとしましょう。机と触れているのはアーチの一番高い所です。そこに表板の重さがかかります。これだけでもアーチは微妙に変形します。チェロでは大きな変化となります。

表板は薄く作られていて、ふにゃふにゃで柔らかいものです。特に古い楽器では木材の質が変化して張りが無くなっています。修理で表板を開けてから時間とともに曲がってきます。湿度などの変化も影響するかもしれません。
形が定まっていないものにピッタリに合わせるのは不可能です。

もし可能性があるとすれば石膏で表板の型取りをした場合です。しかしバスバーの交換くらいで石膏の型を取っていたら、費用や日数がはるかに多くかかってしまいますし、その楽器にしか使えないので、廃棄していたら資源も多く必要です。その結果音が良いならまだしもそれもわかりません。

理屈をいろいろ言いましたが、単純に難しいです。
完全にすることは不可能に近いと思います。
不完全なものを無理やりつけることはできるでしょうが…。

バスバーの加工には最終段階で、このような小さなカンナを使います。このカンナの調整も微妙で、これが狂っていると何時間やっても進展がありません。
普通は平らなもので良いのですが、オールド楽器になるとバスバーが凹面になることがあります。アーチが現代の楽器と全然違うことが分かります。

隙間を開けると、表の面と完全に一致していなくても表板がしなることで接着が完全にできます。
この時隙間は、中央から端に行くにしたがって滑らかに広がっていくようにします。もし急に広がる所があると接着するときに隙間ができます。当然凸凹があっても隙間ができるので滑らかな弧を描くカーブになっている必要があります。


一番端っこを抑えると反対側が持ち上がります。

抑えるのを緩めると端に隙間ができ、接している部分が移動します。

バスバーのカーブのほうが表板の内側のカーブよりも急になっているので「転がる」のです。デコボコがあるとガタガタして滑らかに転がりません。
これでうまく加工できているか確認できるわけです。

隙間を開けて表板を接着したときに、表板が均等な力でしなるということです。

今の写真では1/4の区間を示したにすぎません。下側と向こう側も確認しないといけません。

滑らかにバスバーが転がっても対角線上に「ねじれ」が起きます。4本脚の椅子を作ったときに脚の長さが違うとガタガタしますよね。それと同じです。それが脚のような点ではなく曲面になっているのですから難易度がどれくらい高いか想像してください。

ねじれたまま表板を接着すれば表板にねじれの力が働きます。
正しく加工できていれば、クランプで固定すると隙間も無くなります。

もし正しく加工されていれば両端に二つのクランプをつけるだけですきまがなくなるはずです。実際は念のためにそれ以上の数を使います。今回は8個使っています。強い力で締め付けると表板を変形させてしまいます。にかわは水分を含んでいるため水分で木材が曲がってしまい、にかわが固まるとその形で固まってしまいます。
もし弱い力で締め付けるのならクランプの数はいくら多くても良いことになります。ただしクランプには重さがあり荷重がかかることを忘れてはいけません。

どれくらいの隙間を開けるべきかということですが、1mm~1.5mmくらいでしょうか。この楽器では写真で分かりやすいように多めにしています。余り少ないとうまく転がっているか確認しにくく、あまり多いと表板に負荷がかかります。ねじれも大きく感じるのでピタッと合っている感触が得られません。

このように表板を自由な状態でつけるのに対してフレームに固定することができます。古い楽器の修理では表板がふにゃふにゃだったり、開けてから刻一刻と変形が進んでいくものがあります。その場合はフレームに固定します。フレームに固定する場合ははるかに高精度に加工ができます。表板がグニャグニャしないからです。1mmもあれば十分です。
さらに石膏の型を使うともっと精度が出ます。逆に言うとごまかしがきかずに本当にちゃんとあっていないと隙間ができて接着ができません。

私はバスバーの接着にはヴァイオリンで最低半日は見ておいておいたほうが良いと思います。雑務や片づけを入れるとそれ以上です。午前中に始めれば夕方までには焦ることなく優雅に終わります。最初はバスバーを製材して木目の向きを揃えて厚みを出します。表板の内側を綺麗にして、取り付ける場所をマーキングします。粗く加工してだいたいあってくると位置を固定するための木片を取り付けます。そこから精密な加工が始まって2時間くらいでもう手を入れるところが無いくらいになります。

量産楽器なら「だいたいあってくる」くらいで接着していることでしょう。

その2時間の精密加工も新人の職人なら1週間くらいかかるのが普通です。それ以上短縮する必要はないと思います。

接着が完了すると高さを出します。およその目安はこの点線です。
私はストップの位置と両端、両端とストップの中間の5か所を計測ポイントとします。この計測ポイントの間を滑らかなカーブで結びます。

このようにバスバーが低くなると初めに説明したように強度が無くなって表板を曲げる力が軽減します。

バスバーの上のカーブは表板のアーチのよって変わることになります。この形をテンプレートの型で取ることはできません。
したがって私は見た目で美しい「山」を作るのではなく、加工が綺麗で一人前の職人がつけたバスバーだと分かれば良いと思います。未熟な加工のバスバーがついていると信頼ができず「交換が必要かな?」と思ってしまいます。

5点の計測ポイントを用いると言っていましたが、中央と両端の3点で計測する人が多いと思います。私はそれだと表板のアーチが違っても同じカーブのバスバーにしがちになると思います。オールド楽器では極端にアーチの形状が違うためバスバーの形も変えないとおかしいです。自作の楽器でさえアーチが普通の新作とは全然違うことがあるので気付いたわけです。現代の主流派の有名な職人の弟子となると、師匠は自作の楽器を作り続けますから、同じ形状の表板にバスバーをつける方法を身につけています。オールド楽器のバスバーには全く適用できない教えもあります。

このバスバーの高さの加工も職人によって様々で音には影響はあるでしょう。しかし法則性などはよくわかりません。表板をタッピングで叩いてみたり、軽く表板を曲げてみて強度を見たりもします。でもよくわかりません。

音に違いが出る要素

バスバーもその取り付けによって音に違いが出るはずです。しかし同じ楽器で何度も付け替えて実験をすることが難しく、何日も経った後で弾き比べても細かな違いは分からなくなってしまいます。

量産楽器のバスバーを交換するとギャーと急激な音の出方だったのが、滑らかでスムーズな音の出方になったという経験がよくあります。100年くらい前の楽器でオリジナルのバスバーを交換してもそのような感じがします。音量はあっても低音がもやっとし、高音が耳障りだった楽器では、低音がすっきりし耳障りで過激な高音はスムーズになりました。交換以前はこもった音だったわけです。100年くらい前の楽器がこもった音がしたとしても、健康状態が万全ではないだけです。バスバー交換などの修理によってこもりは解消され、音の大きさのメリットが享受できます。

なぜそのような変化が起きるのかはよくわかりません。このため逆に、おとなしい楽器を目が覚めたような過激な音にする方法は分かりません。

安価な量産品の表板を開けてみるとこのような感じです。
雑に作られていることが分かります。内側は購入するときには見えないのでコスト削減のために徹底的に手が抜かれます。音に重要な部位でも例外ではありません。
厚みも普通より1mm以上厚いでしょう。十分な薄さになるまで作業を続けなかったためです。したがって、ある程度ちゃんと作ってあればどこのだれが作ったものでも音が良い可能性があります。ただし「音が良い」の定義は人によってバラバラで決まった尺度はありません。「ひどくなければなんでもいい」「弾いてみないと分からない」といういつもの結論です。

他に音が変わる可能性のある要素としては、バスバーの位置やサイズ、厚み、材質・・・。細かいことはいろいろあります。厚みも接着面を厚く上に行くしたがって細くするピラミッド的なものもあります。しかしはっきりしたことはよくわかりません。唯一可能性があるのは材質で、同じスプルースでも硬さが違います。特に目が細かく柔らかい材質なら音をきめ細やかで柔らかいものにすることができるかもしれません。

バスバーの木材は我々は割ってあるものを使います。割りばしでも経験があると思いますが割ると正確に割れないのでかなり大きめに割ってあります。それに対してのこぎりで切って売られている材木があります。ロスが少なく歩留まりが良いからです。
バスバーには繊維が走っていて割ってあると繊維に沿って割れています。のこぎりで切ってあるものはこれを無視してあります。

弓では高級な弓は割った材料を用い、安い量産品はノコギリで切った材料を使うそうです。弓職人じゃないので聞いた話にすぎませんが、そのような違いがバスバーにもあります。

また最低10年以上寝かせたものを使っています。


今回の写真はマルクノイキルヒェンの戦前の量産品です。通常は作者のオリジナリティを尊重するためできませんが、量産品であれば関係ないのでバスバーを交換する機会に表板の厚みを変えたり、削り残しがある際を仕上げたりすることもできます。この楽器は割れがあり、外から接着しただけでは万全とは言えません。売りに出すには表板を開けて修理する必要があります。

そのため表板を開けたわけですが、「ついでに」バスバーも交換してしまおうというわけです。それくらいルーティーンで日常的な仕事です。

量産品としては丁寧に作られていて表板には削り残しもなく、厚みも十分に薄いので厚みも変える必要はありませんでした。

例によってラベルはアントニウス・ストラディバリウスです。この前の魂柱パッチの後にまたストラディバリウスの修理です。
コーナーのブロックはこちらの方がちゃんと接着されています。裏板は普通くらいの厚さで変えなくてはいけないということはないでしょう。

量産品としては質が高いもので、このような修理を施して売りに出す価値は十分にあります。職人目線で音が悪くなるような欠陥は見当たりません。作業に当たった人はアマティやストラディバリを知らないだけで、決められた型や寸法に対して品質がコントロールされています。

アマティやストラディバリを知らないのはハンドメイドの楽器を作った職人でも少なくありません。イタリアの作者なら「個性がある」と宣伝されます。

そんなバカなことと思うかもしれませんが、古い時代の楽器に興味がある人はまれで、多くの人は自分の師匠や流派しか知らないものです。自分の時代が最高だと思い込み古い楽器と弾き比べはせず自分の楽器は優れているとうぬぼれているのも普通です。頭で考えた理屈を信じ、人から聞くと「良いこと知った」と鵜呑みにしてしまいます。

工業製品で歴史に興味がある人なんて本当に少ないですから。古い車がカッコいいと思っても、忠実に古い車のような車を作る大手メーカーは世界中に一つもありません。新しいものが欲しい人が圧倒的多数派でビジネスにならないのです。ヴァイオリン職人も普通の人間です。


ともかく、バスバーの張力理論に私は納得していません。バスバーの木材が柔らかすぎるからです。

よく分からないことを言って、交換の修理を迫るとすれば、霊感商法と変わりません。確実でない説明はしないほうが良いでしょう。
ちなみにバスバーの老朽化による交換頻度は50年~100年に一度くらいでしょうか?
たとえば1960年代に作られたヴァイオリンなら特に問題はないと思います。元の仕事の質が低い場合には音を変えられる可能性があるとは言えます。

電気製品のはんだ付けの話も職人の腕前の例えとして分かりやすいと思います。そのあたりは読む価値があったかなと思います。


こんにちはガリッポです。

ヴァイオリンの世界では馬鹿にされる量産楽器ですが、現代の世界では何でも量産品が普通です。ロールスロイスやフェラーリのような高級車でも同じ型のものがいくつも生産される量産品です。高級ブランドのバッグも量産品です。アップルの製品も量産品です。量産品という理由でバカにされるとしたらこれらもバカにしなくてはいけません。もし「独創性」が重要で、コンピュータのシステムが一つの製品でしか使えないと使い方を知っている人が誰もいないものになってしまいます。

それが量産品であるかどうかではなく品物それ自体がどうかという事ではないでしょうか?

職人が「音を作る」というようなことは難しいです。美音を聞き分ける優れた耳を持った職人が音が良い楽器を作ってるのではありません。作っている段階ではどんな音になるかはわからず、出来上がってはじめて音が出るからです。

郵便物をポストに投函するなら郵便番号や住所を書く必要があるでしょう。番地まで正しく書かれていれば家まで届きます。
職人が音をどれくらいの精度で狙えるかと言えば、「西日本」「東日本」くらいできれば良い方です。それくらいの的の大きさです。とてもじゃないけどもピンポイントで狙った音の楽器を作り出すことはできません。そのため職人が耳が良かろうが悪かろうが関係ないのです。出来上がった楽器で〇線のこの音がうまく鳴らないなどと言われても作る段階では全く想像もつきません。

そして東日本を狙ってもなぜか西日本にしか行かないような職人のほうが多いでしょう。西日本と東日本を狙い分けられるだけでも職人としてはレアでしょう。日本地図にダーツを投げるような感じですが、てんでばらばらというよりもいつも同じ地方に飛んでしまうことが多いでしょう。かと言って完全に同じ番地に当たることもありません。

我々の感覚はそれくらいです。
郵便配達員ならとんでもないです。
これが音ではなく、見た目になるとはるかに精度は高くなります。
見た目なら作った職人の腕の良し悪しがランク付けできますし、量産品や産地や時代などもある程度わかります。しかし耳で音を聞いただけでは全然わかりません。

だから耳が良い職人が作ったから音が良いなどとということはありません。
工場で分業で作っても同じことです。


一方弦楽器業界で評価する方は音に基準などはなく「高い楽器から出る音が良い音」と信じられています。だから西日本でも東日本でもどちらに行っても音はどうでもいいのです。値段が高くなるためには知名度が重要で、どうやって知名度を高めるか、知名度の高い楽器を仕入れるにはどうしたらいいかそれが弦楽器業界で成功するために努力していることです。

だから、楽器を仕入れる時も作る時も狙った通りの音をピンポイントで当てる必要はありません。値段が高い楽器の音を耳にすると「これが良い音なのか?」と思ってくれるからです。

高級品の話になったときに私は「消費者が自分の好きなものを選べばいい」と分かっていますが、こんな簡単なことを理解できない人が圧倒的に多いです。自分は素人で良し悪しは分からないので、判断するなどは畏れ多く、「定説」を求めるのです。ある程度経験が無いと当然そうです。でもマニアのような人がそんなことを言っていると笑ってしまいます。
そのような人たちには「自分が好きなものが良いもの」というのは完全に真逆の概念、逆転の発想というくらい画期的なものでしょう。天と地がひっくり返るほどのことです。

オールド楽器について言えば、当時は製法が確立していなかったので、プロの演奏者がまともに業務用として使える機能性を備えたヴァイオリンは多くありません。
1800年代に作られたモダン楽器なら優れた機能を備えているものが多くあります。
しかし音は好き好きでオールドヴァイオリン特有の音が好きだとなれば数少ない中ら理想の楽器を見つけなくてはいけなくなって値段も高騰します。
オールドの時代にはまともな楽器を作れる人が少なかったのが、20世紀にはヴァイオリン製作の流行があり、結果として出てくる音はオールド楽器とは違う方向性のものになっています。したがって現代の職人の方が優れているとも言えません。

音は自分が弾いた時に耳で聞こえる音やレスポンスなどの感触と、広いホールでどう聞こえるかということがあります。違いはホールの最後列で試さないとわかりません。


自分がどんな音を求めているかがまず重要です。
オールド楽器のような音が良いなら値段は高くなり、現代の楽器のような音が良いならそこまで高価ではありません。同じような音のものがたくさんあるので無名な作者なら安く買えます。機能性を求めるなら鳴りが良くなっている50年以上経っているものが良いでしょう。鳴りの良さは量産品でも例外ではありません。50年以上前に作られた量産品なら新品の手工品よりも優れているでしょう。

知識として有用なのは、どうしたら限られた費用で自分の求める音の楽器が手に入るかということです。現代の楽器のような音が良いなら、様々な現代の作者の楽器を弾き比べて選べばいいでしょう。

問題はオールドのような音が好きという場合です。
どうしたら安い値段でオールド楽器のような音のものが手に入るかということですが、それでは先ほどの「値段が高い楽器の音が良い音」と矛盾します。「自分が好きな音」を求めているのではなく「値段が高い楽器の音」を求めているのなら、お金をどうやって稼ぐかを知ったほうが良いでしょう。考え方が全く正反対です。


弦楽器業界の人たちはいかに知名度を高めるか、知名度を利用するかを考えてきましたし、ユーザーは高い値段の楽器を買うためにいかにお金を稼ぐかということを努力してきました。

しかし私が勤め先で現実の演奏者が楽器を探す様子を店頭で見ているとこのような業界がしてきた努力とは全然違うように思います。それはヨーロッパの人たちが当たり前のように「自分が好きなもの」を選んでいるからです。どこでそれを教わるのか、どうして知っているのか謎ですね。

基本的に自己中心的であるということが言えるでしょう。
コロナの流行でも高齢者を中心に次々と死者が出ても自分は関係ないとマスク着用を拒否してデモ活動までしていました。それがヨーロッパの人たちです。日本では法律で義務付けられることがなくてもみなマスクを着用していました。帰国して驚きました。
それとは全く関係なく単に顔が隠せるというプライバシーでのメリットがあるのではないかと思います。日本人は恥ずかしがりやでマスクはアイテムとして心地良いのではないでしょうか。

物事を全面的に称賛したり、嫌悪したりするのは技術者としての考え方ではありません。何もかも一長一短と考えています。見方が変わると長所も短所になり得ます。長所や短所は文脈での意味づけで、客観的にあるのは特徴だけです。


でも一方で階級意識を作ってきたのもヨーロッパの人たちです。
階級については当たり前のように信じているので、高い地位の人が有利になっていることも非難されません。日本のほうが平等意識が高く「高い地位の人ほど民衆のために尽くすべき」と考えられています。現在の日本ほど「偉い人」が尊敬されることがなくやり玉に挙げられる国は珍しいでしょう。会社の社長の給与も外国では桁違いですね。カルロス・ゴーンなんて犯罪者になってしまいました。日本でオリンピックのバッハ会長が非難されるのもヨーロッパに住んでいる感覚ではわかりません。

このため高級品のビジネスはヨーロッパで発達し、ビジネスマンは独特の嗅覚を持っています。階級社会では高いものを買って地位を誇示するのが当たり前で、品物の性能が優れているわけではありません。庶民はビジネスマンの言いなりになってそれに対抗しないと財産を失ってしまいます。階級によって差があるのが当たり前なら自分をわきまえて「他人は他人」と割り切って考えることも身についているでしょう。

それが日本に入ってくると不慣れな日本人は踊らされてしまうわけです。


骨董品のような話になるとそれは音楽とは別の趣味です。
音楽が好きというだけなら骨董の世界に足を踏み入れる必要はありません。道具として優れたものか、ちゃんと作られたものかどうかだけで十分でしょう。音楽を始めたが最後、誰もが骨董の世界に入れられてしまうのはおかしいのです。

骨董も品物自体の話なのか、財産の話なのか分かりませんね。
私は弦楽器については、風情や情緒も人よりはずっと分かると思います。複製を作るという行為では桁違いに観察をしているからです。営業マンが品物を見てるのは視野に入っているにすぎず、職人が同じものを作ることができるにはよく理解していないといけないからです。細かい一つ一つの部分を正確に再現しても「得も言われぬ風情」が再現できなければそれが何なのか追及するのです。

安物を高価な名品と信じ込んで買った人がたくさんいます。
それがヴァイオリンが大好きで自分では詳しいと思っているコレクターだったりします。自分は良し悪しが分かると思っている人ほどガラクタを集めています。

また楽器を見て欲しいと持ってきても、分からない楽器ばかりを持っている人もいます。怪しげな楽器というのは名器にも安物にも見えなくもないというもので、偽造ラベルが貼られて出回っているものです。本当の作者も腕がいい職人なら品質で分かりますが、安物とクオリティが変わらないような作者だと「かもしれない」となってしまいます。腕が良くない作者でも何百万、何千万円もすることがあるので似た楽器に偽造ラベルが貼られたものが「化ける楽器」というものです。金を儲けたい業者には一番求められるものです。そういううさん臭いものばかりを買っている自称「違いの分かる」人がいます。またオールドの時代に単に「楽器」という実用品を作っていただけのものが今では何千万円もします。美術品でも何でもありません。ただの実用品に審美眼なんて関係ありません。そんなつもりで作ってありませんから。鑑定書がないとただの古道具です。王様や貴族が買っていたアマティやストラディバリとは違います。


私は「物の良し悪しが分かるのが格上の人間」という価値観は馴染めません。
それは、訓練を受けないと見分けられないというだけです。人間の値打ちは関係がありません。プライドをかけるのはやめた方が身のためです。ユーザーのレベルでは難しいです。

量産品の中の品質の良いものが見分けられる方がよほど目が利くということになります。上級品と低級品ではコストダウンの仕方に違いがあるからです。その差が分かることこそ人気ではなく本当に目で見て「違いが分かる」ということです。量産品の上級品は鑑定に左右されず値段が安定しています。楽器としても機能的に優れています。

魂柱傷の修理


魂柱傷を修理するには魂柱パッチというものを埋め込まなければいけないと前回話しました。他にもっと安上りな方法があればいいのですが、難しいです。

図の上のように新しい木を埋め込まないといけません。
その時裏板が歪まないように型を取る必要があります。昔は木を削って型を作っていたそうです。サッコーニの時代です。その後石膏で型を取るようになりました。石膏自体は素材として古代からあるものですが修理の手法として新しいものです。

接着するときはオリジナルの板が薄くなっているのでくっつける時にアーチが変形しないためにも型が必要です。

全面を型取りする必要はありません。石膏でも使いますがニスを痛めないように薄い錫箔を貼ります。空気を抜いて油の粘性ではりついているだけです。アルミ箔よりも薄いものです。金属箔も古代からあったでしょう。

型取りは歯科用のものです。60℃のお湯で柔らかくなるプラスチックのもので何度でも利用できます。
メリットは石膏よりも短時間で硬くなることです。石膏は乾くのに10日くらいは必要ですが、これは温度が下がれば良くて数時間で十分です。

逆に言うと、大きな面積は難しくて部分的にしか使えません。それから熱に弱いのも弱点です。表板のアーチが陥没している場合、石膏で型を取った後、削って型を理想のカーブに直します。それに表板を熱した砂袋を押し付けるなどで陥没を直すことができます。魂柱傷の箇所だけを直すこともあります。

この歯科用のものでは砂袋は使えません。熱を加えると柔らかくなってしまうからです。

今回のケースでは十分です。
この場合問題になるのは型を取った時と同じ場所に型を持ってくるのが難しいです。表板ならf字孔があって。f字孔ごと型を取るとそこに表板を合わせることができます。このためコーナーのところを基準となるようにしました。

表板は駒の脚と魂柱を支えないといけませんが、裏板の場合には魂柱だけを支えれば良いです。魂柱が来る場所に取り付ければ良いということです。

ラベルにはアントニウス・ストラディバリウスですね。これは日本の業者は面白くないでしょうね。さすがに騙される人はいないからです。仕入れるならもうちょっとマイナーな作者でないといけません。そうすると勘違いするお客さんが出てくる可能性があります。それがほかのことよりも優先されるのが日本の業者です。

とても難しい作業ですが数をこなす必要があります。

しっかりと接着します。この時型がないとアーチの表面を変形させてしまうかもしれません。表板くらい柔らかいと型をあてがって力で押し付ければパッチが潰れて0.1mmくらいの隙間は余裕で埋まります。裏板はそれが効きません。でも空気が入るほど隙間ができることはないでしょう。

取り付けてから削り落とします。

元と同じ厚みかできればそれよりほんの少し厚くします。

さらに木片で補強します。魂柱が来ない部分はこれだけで十分です。

安価な量産品では裏板を最後まで削らずに厚すぎるものが多くあります。隅っこの方も削り残しがありますがこの楽器では、むしろ薄すぎるくらいです。真ん中でも3.5mmもありません。それが割れた原因と断定はできません。また裏板に変形も見られません。

際まで加工されているというよりも、横板を取り付けてから隅っこを削ったようです。縁取りになっています。
板が厚すぎることがなければ音響的に問題があるとは言えません。
アーチは量産品とハンドメイドで美しさが違うかもしれませんが、音の違いは説明できません。でも本当に美しいアーチを形作れる職人はほんの一部です。職人も営業マンも見えていないのです。職人でも見える人にだけ見える違いですから、業界内でも少数派の意見にすぎず価格などの作者の評判には影響しませんね。

それはあくまで分かる人にだけ分かる造形美の話であり、物理的な構造の違いを説明はできません。なんでもないアーチの楽器に音が良いものが実際ありますから。

したがって音について特に悪くなる原因は指摘できません。

量産品の特徴としてはコーナーです。外枠式で作られていてコーナーブロックはきちっと合っていません。しかし裏板を張り付けてしまえば見えません。
横板のコーナーの合わせ目は弱いので衝撃が加わると割れてしまいます。ただし音が悪くなる原因とは言えません。このようなコストダウンがあります。

裏板を接着すれば元通りです。

何事もなかったように修理ができました。

典型的なザクセンの手法で行われたアンティーク塗装です。すぐにマルクノイキルヒェンの量産品だとわかります。ストラディバリのラベルもお約束です。戦前で生産数が多かった時代です。

ただしニスは質感や匂いから典型的なラッカーではないようです。おそらくラッカーよりも上等なものでしょう。ニスも製品のランクにあわせて仕様が違いました。

裏板でもオレンジのニスの部分と地肌の2色に塗り分けられています。もしオレンジのニスで全面を塗れば高級楽器のニスと変わらないでしょう。地肌は着色されています。おそらくかつては化学反応で着色する染料を使っていたと思われます。現代の量産品は普通の合成染料で染めているのでもっとインクのようにはっきりと染まっています。このような着色はザクセンの量産品の特徴ではありますが、現在のものに比べると控えめで上品に見えます。かつては安物と考えられていたアンティーク塗装の手法も、現代のものに比べると上品な感じすらします。それもこの楽器に魂柱傷の修理をする値打ちがあると判断する材料となりました。
現代の量産品は機械で作られていて産地の違いも判りません。見ても中国なのかどこなのかわかりません。そうなったときこのような「ドイツ製」は産地を見分ける特徴もあるしもう少し高く評価されても良いように思います。しかし品質は様々で粗悪品は機械で作られている現代のものよりもひどいものです。

この楽器に至っては木材のランクも量産品としては上等なものです。つまりハンドメイドの高級品と比べて音が悪くなる原因は見当たらないということです。音は弾いてみるしかありません。

しかし表板のバスバーを見ると異常に短いです。これで音が悪くなっているのかはわかりませんが、残念なところではあります。それが量産品です。フルレストアはされていません。
しかし表板の厚みも十分薄く際まで丁寧に加工されていて、楽器としてのポテンシャルはかなりあると思います。次に事故が起きるとすれば表板の故障でしょう。その時にはバスバーも交換したらと思います。保険に入っておいたほうが良いかもしれません。バスバーは故障個所でなければ有料になりますが他の修理が重複します。

ネックの角度は裏板を接着するときに修正しました。指板の高さが変わったため元の駒は使えず交換が必要となりました。

まだ弦は張っていませんが、すでに裏板に割れがあればエネルギーのロスがあったかもしれません。ネックの角度も修正したので場合によっては故障前よりも音が良くなることも十分考えられます。
経験上このような致命的な損傷もきちんと修理すれば音響的に問題はないと思います。実用上は問題がないということです。現実にはきちんと修理されていないものが多いです。
見てすぐにずさんな修理だと分かるものや、魂柱パッチの修理すらされていないものが多くあります。

ほんとうにうまくパッチが接着されているかは削り落としてみないとわかりません。私の場合にはきれいなオーバル型になっていると思います。そういう部分をきちっと作る人は精度も高いだろうと予測します。いびつな丸だったりすると怪しいということになります。それは職人の仕事に対する取り組みが現れるからです。

あまり大きすぎるものをつけると次にもう一度やる場合にさらに大きくしないといけなくなってしまいます。あまり小さいとカーブが急になって合わせるのが難しくなります。何が理想かはちょっと課題点かなと思いますが、次に衝撃があったら表板の方が先に壊れるでしょう。

良し悪しがわかる?


楽器の値段を考える時、安いものはコストダウンの手法を取り入れてあるもので、その度合いによってランクがあります。
その違いを見分けられるとかなり目が利くことにになります。

ザクセンの量産品をフランスの一人前の職人の作品と偽って売っている話を聞いたこともあります。それは一般の人には違いが分からないからです。値段は普通のザクセンの量産品の値段ですから、業者はザクセンの量産品だと分かっているはずです。後で裁判になっても賠償する必要はないでしょう。
なんでそんなしょうもない嘘をつくのかとあきれてしまいますが、日本の楽器店で営業の仕事をすると今月の営業目標のためにそんな「企業努力」をしないといけないのでしょうか?

ニセモノなら音が悪いから気付くはずだ?
と思うかもしれません。気付かないのはザクセンの楽器の音が悪くないからですよ。
「本物のザクセンの量産楽器です」と説明を受けて納得して買う時代は来ないのでしょうか?
新年あけましておめでとうございます。
いつもひいきにしていただいてありがとうございます。

新年は元旦が日曜日で月曜から仕事です。
ブログもさっそく通常営業です。
今回はヴァイオリンの裏板が割れてしまったトラブルです。

愛用のヴァイオリンの裏板が割れてしまったのですが、職人に見せると「直すことができない」と言われたそうです。

直すことができないのには二つ理由があるでしょう。修理が難しいという技術的な理由と、それだけのお金をかける値打ちがあるかという経済的な理由です。

経済的な理由は、修理代が楽器の価値を超えてしまう場合です。これは他の修理でも同様です。しかし今回のケースに限ると修理しても楽器の価値が下がるような重大な故障と考えることができます。

この割れが普通の割れと違うのは、魂柱の来るところにある「魂柱傷」であるということです。魂柱を伝って裏板の一点に弦の力が集中してかかる箇所だからです。
また裏板は骨董品的な意味もあります。裏板に割れ傷があるとコレクターの鑑賞ではマイナスになります。かつては価値が半分になるとさえ言われました。

この楽器は量産楽器の上級品で、骨董品の価値はないでしょう。一方量産楽器の場合他に同じような楽器がたくさんあるのでわざわざ裏板に「爆弾を抱えた」ヴァイオリンを購入する必要がありません。買い取る業者にしても、他に同じような楽器が買えるので手を出そうとしないでしょう。

一方技術的な面では修理方法が確立していて決して不可能な修理ではありません。表板に比べると裏板のほうが「ごまかし」が利かず、より精密に加工する必要があります。木材の硬さが違うからです。

もし同様の割れ傷が表板に起きた場合は、驚くことはありません。オールド楽器なら割れ傷があって修理されているのが当たり前です。何億円する名器でも修理されていて、表板の魂柱の部分などは消耗品くらいに考えて良いです。


このように裏板に魂柱傷のある楽器を売るとなると喜んで買う人はいないでしょうが、自分の愛用の楽器を使い続けたいのなら修理する値打ちは十分あります。オールドの名器でも希少性はどんどん高くなっているので裏板の魂柱傷があってもその楽器との出会いのほうがはるかに貴重です。
きちんと修理されていれば演奏家にとって実用上は問題ありませんし、逆にミュージアムのような資料的な価値にも問題ありません。気にするのは完璧さを求めるコレクターくらいで今では価値の半減と考える必要はないです。



技術的に修理ができないとすれば未熟な職人です。このような修理は初めてやる場合はとても難しいもので、教わる環境に恵まれたうえで困難をクリアーしないといけません。一度もクリアーできないと一生修理ができないということになります。口が達者なら商売人としてはやって行けます。しかしこのような課題をクリアーしたことがないと修理はできません。ヴァイオリン製作学校のレベルでは学ぶのは難しいレベルの修理です。したがってヴァイオリンを作れるというレベルでは修理はできません。職人のうち何パーセントくらいが直せるのでしょうか?

私の場合には幸い環境に恵まれたことがありますが、最初は何日もかかって進展があるのかないのかわからないような感じです。お店としても新人の教育に余裕が無ければいけません。


改めて傷を見てみます。
内側から魂柱で押されているために段差になっています。断層のようです。
表板は無傷でした。何が原因でこのようになったのかはっきりしません。普通は事故によって衝撃が加わって生じます。持ち主はそのようなことは語らず私には納得できませんでした。

私が見た感じでは過去にすでに割れ傷があり、放置されていたか簡易的な修理がされていたところに、弦の力がかかり続けてついにある時限界に達したのではないでしょうか?
傷の中央付近は新しい割れ傷ではないようにも見えるからです。

修理の決断

このような楽器が持ち込まれた場合に難しいのは決断です。
決断さえできればマスターした職人なら通常の仕事です。

このヴァイオリンは特徴からすぐにマルクノイキルヒェンの戦前の大量生産品だとわかります。その中では比較的品質の良い上級品です。量産品の上級品であると値段は50万円位は普通です。100年くらい前のもので、新作に比べると鳴りもよくなっているはずで、音響的に悪くなるような作りの粗さも見られません。職人から見て特に音が悪くなると断言できる要素はありません。
量産品だからダメというのではなく、物によります。見た目はまずまずでも、中を見るとひどい楽器がありますが、これはそうでは無く中もちゃんと作られています。それでも隅々まで完璧に作られたものではありません。

音が気に入っていたのであれば修理する価値は十分あるでしょう。

この場合、どうやって修理するかということになります。普通に考えれば裏板を開ける必要があります。裏板は表に比べると開けるのが難しいです。このため表板を開けることも考えられなくはありません。

しかし裏技的なことは考えずに真っ当な修理をしましょう。

最近の量産品は接着剤に合成接着剤が使われていることが多いです。いわゆる木工用ボンドです。これは非常に強力で裏板はなかなか開かないのではないかと思います。表板も同じなのですが、表板はボンドに破片が持っていかれて裂けることによって開きます。開くというよりは割っているだけですが。
これが天然のにかわで接着されていればそれほど強力ではありません。また古くなっているとにかわも弱まって比較的簡単に開けることができます。
これもまあきれいに開いた方でしょう。

なぜ開けなければいけないかと言えば、まず割れを確実に接着しないといけないからです。先ほどのように段差がありますから高さを揃えなければいけません。裏板を開けることで板の両側から作業できますから高さを揃えることもやりやすいです。

高さを揃えて接着するのが難しいです。

接着後です。この距離ではわかりません。

割れ傷所のニスに損傷があるので溝になって見えますが、接着自体はうまくいった方でしょう。傷全体のうち中央は古い傷ではないかと思います。

もう一度前の写真を見るとずっと長い範囲で割れています。接着後では中央のところだけが識別できます。

新しく割れたところは傷口が綺麗なので接着が完全になったということです。

割れ傷はすぐに治せばきれいに接着ができますが、時間がたつと板が乾燥して縮んでくるため隙間が広がっていき汚れがつまって黒くなっていきます。ひびが目立つようになっていきます。

これでニスを補修してしまえば楽器を買う時には気づかないでしょう。しかし、構造上力がかかるので見た目の問題だけではありません。

通常の割れ傷であれば木片を取り付けて補強することができます。

補強する場合には大きく厚い木材を取り付ければ丈夫になりますが、楽器全体としての柔軟性を損なってはいけません。傷で弱っている部分を補う程度の補強が必要です。しかし難しく考える必要はないです。小さな木片をつければ良いというだけですから。一方で神経質に考えることもありません。このような木片が大量につけられていても音が悪くなるというものではないからです。

一つでも木片をつけたら、作者の意図した音から変わってしまい台無しになってしまうのではないかと考える人がいたら神経質すぎます。楽器のことについては理解するセンスが有りません。木片が追加されようがどうってことはありません。細かいことを気にすることは楽器の理解とは焦点がずれています。

強すぎる補強をすると補強をしたすぐ隣がウィークポイントとなり割れの原因となりますので、板全体に衝撃が分散するような「しなり」があったほうが良いと思います。

ここで問題なのは木片を取り付けると邪魔になって魂柱が入れられないことです。魂柱の個所を避けて木片を取り付けると、割れに直接弦の力がかかることになり、傷が開いてしまいます。

このため魂柱パッチという特別な修理が必要になります。


修理の方法としては裏板をくりぬいて、新しい木材を埋め込みます。この時角を作るとそこがウィークポイントになりますから接着面は滑らかにカーブさせます。
よくある安上りな修理や昔の修理では、裏板をくりぬかずに薄い板を上から貼ってあることがあります。これでは補強が不十分であったり、オリジナルと板の厚さが変わってしまうことになります。図のように厚くすると魂柱を立てるのは至難の業です。くりぬいて新しい木を埋め込めば、元と同じ厚さにすることができます。また長年の使用で魂柱によって傷つけられた場合には復元することもできます。割れが直るだけでなく魂柱をぴったりとハメることができるようになります。

この時に問題になるのは「型取り」が必要になることです。裏板は柔軟性があり面は常に動きます。ぐにゃぐにゃしたものに正確に接着面を合わせるのは難しいです。もちろんほんのわずかで、一般的な木工なら無視できるレベルでしょう。弦楽器職人は全く次元が違います。

このように石膏で型を取るのがオーソドックスな方法です。これは古い表板で痛みも激しくふにゃふにゃです。
一方今回の裏板は魂柱に傷があるとはいえまだまだしっかりしたものです。
ここまで大げさなものは必要ないでしょう。
石膏で型を取ると準備のための作業が多いのと、型を乾燥させるの時間がかかるというデメリットがあります。これが大がかりな修理という印象を受け「修理する値打ちが無い」と判断される原因となるでしょう。簡単に型を取ることが量産楽器の修理では求められるわけです。

魂柱パッチの実技は次回


木工では意外と問題になるのは材木のしなりです。カンナをかけて正確な平面を作ろうと思っても板がたわんでしまいます。おおよそ4~5cm位板の厚さが無いとグニャグニャたわんでしまい正確に加工することができません。接着面を正確に合わせるためには接着面がグニャグニャ動いては基準がありません。

私は常に木材の柔軟性と付き合っているわけです。バスバーを接着する場合も表板がグニャグニャなのでそこにピッタリ合うようにバスバーを加工するのは難しいです。チェロの表板では自分の重さで形が変わるほどです。上の写真のように石膏の型を取ってバスバーを取り付ければ正確に加工ができているか確認できます。通常のバスバー交換ではそこまでやりません。そのためバスバーを取り付ける場合には両側に隙間を開けて加工します。

ともかく木材は柔軟性があるものだということは弦楽器について理解するにはとても重要なことです。バネの集合体が弦楽器というものです。弦も弓もみな弾力があります。バネ同士がうまく機能することで音が出ると考えるとイメージも変わってくることでしょう。理屈で予想が困難な理由でもあります。

実際の作業は次回に続きます。

こんにちはガリッポです。

今回はチェロのお話です。
チェロはとても高価なものなのでヴァイオリンとは全く価値感が違います。
かつてはチェロの値段は同じような質のヴァイオリンの2倍の値段と言われていました。しかし2倍の予算があったからと言って魅力的なものが買えるというのは現実的ではありません。値段は少なくとも2.5倍と考えたほうが良いでしょう。それでもヴァイオリンは多くあり過ぎて決め手に欠けて選べないのに対して、チェロは選択肢自体がありません。

今回は物置から出て来たというパターンで、お子さんがチェロを習って4/4を使うので修理しようという話です。最初観たときにはあまりにも汚くて捨てようかと思っていたようです。実際物置から出てきたチェロは状態がひどく悪く、修理代が高額になってしまって修理する値打ちの無いものが多いです。


珍しく状態が良く消耗部品の交換と表板のコーナーを一か所直したくらいです。

一番大掛かりな修理も、ペグの穴を埋め直して新しいペグを入れたことです。その中でも大変なのは穴を埋めたところの塗装です。休暇で私が休んでいた間に埋められて、面倒なニスの工程が私を待っていたわけです。
ヘッド部もきれいに作られています。

ペグボックスの内側は赤茶色の顔料で塗られています。透明感が無くニスというよりは絵の具のような感じです。
この色を見るとすぐに産地が分かります。20世紀前半のチェコのボヘミアのものです。

ペグボックスの掘り込みの終わりも丸くなっているのも特徴です。

f字孔の側面も同じ赤茶色の顔料が塗られています。今入手できるものでは焼きアンバー土という顔料が近いです。土からできる顔料で焼いて酸化すると赤くなります。
今回の補修では少し明るい色の焼きシエナ土を少し混ぜて再現しました。しかし当時出回っていた焼きアンバー土の色味がもともとそんな色だったのでしょう。

全体の作風と細かな特徴からこのチェロがボヘミアのチェロだとわかります。

ニスはアンティーク塗装でラッカーの質感があります。アンティーク塗装は手塗りの感じがします。つまり絵を描くように描いてあるということです。しかしながら、ニスのはげ方としてはヴァイオリンのようです。チェロではこのようにはならないでしょう。

ニスの感じのぱっと見の印象で損しているチェロですが、白木の加工の質は悪くありません。全体の姿を見てもきれいな丸みが出ていますし、細部の仕事もきれいです。

コーナーも丸みを帯びているのがボヘミアの特徴ですが、グズグズではなくきれいなものですし、f字孔もきれいにできています。単にきれいなだけではなく、ボヘミアで有名なマティアス・ハイニケのものとそっくりです。同じ流派の仕事と考えて良いでしょう。f字孔はオリジナルのストラディバリと比べると大きく、丸い部分が小さな直径となっていて、ヴァイオリンのf字孔を拡大したような形になっています。パッと見てハイニケと同じ流派とわかります。
先ほど見たスクロールもきれいでハイニケでもこれよりずっときれいということはありませんからボヘミアのマイスターに匹敵する品質のものです。

ここの部分は流派の特徴が出るもので、ミルクールのものとは全く違います。しかしミルクールの量産品でもこれほどのスクロールがついていることはめったにありません。渦巻を専門に作る職人がいて下手なヴァイオリン職人よりもうまいのです。ミルクールの低級品は本当に粗末なものです。

指板が細いのもボヘミアの楽器の特徴です。先端が31mm弱です。イタリアのものならもっと幅が広いことが多いです。手の小さな人に弾きやすいように工夫されたようです。現在では体格も良くなっているのでもう少し幅の広い指板がスタンダードになっていますが、このチェロでは指板を交換するだけで標準的なものにできるでしょう。もっと極端に細いと継ネックするしかありません。

アーチも機械で作られた現代のものとは違って、作り慣れた職人が感覚で作った調和が感じられます。機械はプログラムに従って動くだけで、体を使ってノミを使う流れや、視覚的に「自然さ」を感じることがありません。
現在の職人は多くチェロを作っていませんから、このような手慣れた感じは尊敬に値します。

ところがニスがラッカーのアンティーク塗装で損しています。もしかしたら白木の楽器を作る職人と塗装を担当した職人や工房が別だったのかもしれません。白木の段階ではボヘミアのマイスターのレベルに近いものだったのが、塗装で量産品のように見えます。

それでも、私のような塗装を見分ける経験が無ければ、暗く落ち着きのある色合いでチェロとしては良いものでしょう。一方でボヘミアのマイスター作のチェロでは明るい黄色やオレンジ色のものが多いですから。そういう好みを選べないのもチェロに選択肢が少ないということです。そもそも見事なアンティーク塗装のチェロなんてのはほとんど不可能です。

アンティーク塗装も好意的にとらえれば古びた雰囲気があるというものです。

ハイニケのヴァイオリンにもこのような雰囲気のものがあります。ボディストップがちょっと長いのも特徴です。このチェロでは40.5cmあります(標準が40cm)。ネックが2~3mm短くトータルで弦長が2~3mm長くなります。この辺りは演奏者と相談が必要です。

私はこのチェロはボヘミアのマイスターのチェロにとても近いものだと思います。ラベルはついていません。横板のコーナーの合わせ目には量産品の特徴もあります。外枠式で作ったのではないかと思います。ただしボヘミアの工房の古い写真を見てみると、左右半分だけの外枠を使っているものが写っていたりします。大量生産の手法が取り入れられていますが、それほど大きな工場ではなく、各家庭で内職のように作られていたのではないかと思います。白木の楽器を作って作者名も貼らずに卸していたということです。腕前が一流の職人と変わらなくてもこんな仕事をしている人がたくさんいたということです。

作風はボヘミアの楽器はとてもよく似ていて流派としての統一感は他に類を見ないものです。私が楽器を産地や国で判断すべきではないという一つの理由は、同じ国や産地でも作風を統一するのは難しく品質や形がバラバラになってしまうからです。画一的な教育とまじめな職人が必要です。産地としての規模が大きくなるとその中でもいくつものスタイルができてきます。一つに統一されているのは珍しいですが、一つには自分たちの流派の楽器以外を見たことがないというのもその理由でしょう。アンティーク塗装でも古い楽器を見たことがないというわけです。もう一つは当時の流行を取り入れたという事でしょう。ドイツではフランス風の楽器製作を理想としていたのに対して、イタリアでの流行が取り入れられています。ガチっとしたフランス的なものではなく、丸みがあってアバウトな感じがあります。品質的にもイタリアのように細部に固執することを避け完璧さを追求したものではなく、安い値段で素早く作っていたと思われます。

このチェロの値段ですが、為替相場も不安定でわけわかりませんが、私が思うには、「無名のハンドメイドの楽器」くらいのレベルにはあると思います。ヴァイオリンなら60~80万円くらいのものでしょう。ラッカーはマイナスになりますが、チェロの希少さを考えると大目に見て良いでしょう。その2.5倍と考えると150~200万円位になります。このクラスは新品の量産品よりも良いものが欲しい人に特に求められている価格帯です。ハイニケのラベルが付いたら300万円以上になりますからノーラベルによってお買い得です。
単なる古い量産品でも200万円くらいで買う人がざらにいますから、この楽器は儲けものだと思います。

「ラッカーで塗られているから安物」とかアンティーク塗装を「ニセモノ作り」などという固定観念は捨てないと200万円程度ではチェロは手に入りません。

作風と音

作風に統一感があって見てすぐにボヘミアの楽器と分かるものですが、音については特徴を言うのは難しいです。見た目がそっくりでもあるものは繊細で上品、あるものは荒々しく力強い音がします。こうなると理由が全く分かりません。作風が統一されている流派でさえこうなのですから、他の流派ではもっとバラバラなはずです。産地や流派によって音をイメージすることがいかにばかげているかということですし、作りによって音の違いが生まれる仕組みを理解しようという試みがいかに無謀かということになります。

出来上がってみて、問屋などが音が流派ごとの基準に達していないものを廃棄したなんてことは考えられません。様々な音のものがそのまま売られたはずです。一度楽器を作ってみれば作ったものをそんな粗末にできないことがわかります。


真面目に考えてみても、科学というのは物事を細かく分けて行って単純なケースで、規則性を見出すというものではないでしょうか?そのような規則性を組み合わせて様々な工業製品が作られてきました。

それに対して地震の予知などできないこともあります。地球は複雑にできていて単純に考えることができないからでしょう。人間の心などはもっとそうです。弦楽器の音も地球くらい複雑で、それを美しいと感じる人間の心がもっと難しいものです。

科学でも解明できないというよりは、科学を適用するのが苦手なジャンルということになるでしょう。料理などもそうかもしれません。
もちろんうまみ成分グルタミン酸、イノシン酸などのワードを使ってうんちくを語れば伝統的な料理人に対して説得力を持って聞こえることはあるかもしれませんよ。そういうタイプの人は鼻につくのですぐにわかりますよね。


そっくりな作風のボヘミアの楽器ですが、ハイニケの作品だけを見ても作風が非常に似ています。同じ作者でもバラバラなものを作る人もいるでしょうが、寸分たがわず同じものを作っていたように見えます。工場の量産品は安く作ることができますが、ハンドメイドでもコストを安くすることが求められます。むしろハンドメイドにこだわって生き残っていくなら必須のことでしょう。同じものを作るのもコスト削減の一つになるはずです。

ただそのハイニケでも、ニスの色と板の厚みにはばらつきがあります。当然同じものばかりだと飽きるというのが人間の普遍的な性質でニスの色は変えたくなるのでしょうか?楽器の形は変えたくても変え方が分かりませんが、色なら染料の配合を変えることで変えることができます。
板の厚みもそうです。

このチェロもまさにそんな感じでラッカーによるアンティーク塗装になっています。いろいろな塗装バリエーションがあったことでしょう。

板の厚みも面白く手抜きのために極端に厚すぎるということはありません。これもマイスターのチェロに匹敵すると言う所以です。測ってみると表板はやや厚めでした。それに対して裏板はやや薄めでした。全体としては平均的ということになりますが、裏板のほうが表板よりも薄いというのは珍しいです。

我々現代の職人が楽器製作を学ぶ時に、裏板の方を厚く、表板の方を薄くするように学びます。それが現代では「正しい知識」と考えられているからです。
このため私も裏の方が薄い楽器を作ったことはありません。私はいろいろ実験している方でこれですから、誰も試したことがないのに「正しい知識」と信じられているのです。

実際にこのことは伏せて出来上がったチェロをチェロ奏者が弾いてみるとチェロらしい音がします。音はもやっとしたものではなく、はっきりとダイレクトな手ごたえもあるのですが、かと言って耳障りな嫌な音もありません。そういう意味では優秀なものです。音色にはチェロらしい深みもあります。200万円以下のクラスでは掘り出し物ではないでしょうか?

さすがにC線から豊かに響く感じではありません。G線から鳴り始める感じですが、それはチェロとしては普通です。レッスンを受けて練習することは十分可能でしょう。手抜きで作られてもっとひどいチェロはたくさんあります。

手ごろな値段の新製品ピラストロ・フレクソコア・デラックスのセットも相性が良さそうです。ときには柔らかすぎて手ごたえが頼りなく感じることもあるでしょうがこのチェロでは心配ありません。チェロが良ければ弦は安くても良いのです。そんな弦が新製品で出たことは喜ばしいことです。


「裏板のほうが薄い」ということでひどくおかしな音になることはないのです。言われなければ「変な音」と気付くことはありません。我々が絶対に守るべきとして教わった知識が実際は別にどうでも良かったのです。

我々職人が様々な工夫をしているつもりでも、狭い発想の常識があって、その中で工夫しているのです。それを20世紀の前半の楽器が教えてくれるわけです。

職人が学ぶ知識やマニアが語るウンチクなどは、可能性をごっそりとそぎ落としてしまう危険性があります。なぜそのような知識やウンチクを求めるかと言えば、不安だからでしょう。特にそれが日本では多いのです。自分に自信がないこと、クラシック音楽の歴史が浅いことも常識に固執する下地になっています。業者はそこをついていくことが生命線となっていて、全く必要のないことにすべてのエネルギーを注いでいます。


ボヘミアの楽器では表板と裏板の厚みが同じくらいのものが多いです。裏の方を厚くするべきだとは考えられていなかったようです。これはオールドのドイツの楽器でもそうでした。家族で楽器を作っていたにしても、裏板と表板で別々の人が作ったかもしれません。裏と表の板の厚みもそのためかもしれません。それでも外見で作風が違うということはありません、

今回おもしろかったのは、わりと演奏者に求められているタイプの音だということです。私は技術者なのでC線の一番下から均一に音が出て欲しいと思うのですが、よく使う音域で曲を試奏して楽器を選びますからそちらのほうが良いのかもしれません。

特にチェロの後ろに座って弾いてる本人には音がダイレクトではっきり聞こえるほうが好まれます。離れて聞いていると、ブワーッと豊かに響くものが良く聞こえますが。量産品を改造するチェロではやってみたいとさえ思います。この音が本当に板の厚みが原因なのかもわかりません。

表板が厚めではありますが、古さもプラスに働いているでしょう。ラッカーの感じからしてそんなに古くはないでしょう。1930~40年代くらいでしょうか?それでも80年以上経っていることになります。全くの新品に比べれば柔軟性を増した表板が厚めであるデメリットを少なくしているのではないかと思います。裏板の薄さは音色の深みに貢献しているのではないでしょうか?

イタリアのオールドチェロでも裏板が薄いものがあります。
修理で厚みを増して使われているものもあります。彼らもわかっていたわけではなく適当に作っていたわけです。



このチェロは何十年か前にはそれほど珍重されるほどのものではなかったでしょうが、今となっては古くても状態がよく、手抜きで作られた品質の粗さもありません。「ラッカーのアンティーク塗装」という表面的なことに惑わされないことも大事でしょう。ラッカーは音が悪いと考えられてきましたが、私の経験でははっきりそのような違いは生まれないと分かってきました。

持ち主の人はマニアではないのでそんなことも知りません。ただただ修理が終わって大満足のようでした。「たまたま家にあった」という幸運があるんですね。この程度のチェロでも探してそうそう買えるものではありません。

日本の業者は楽器の質よりもラベルを重視するのではないでしょうか?何か有名な作者の名前が書いてあると、10人に一人くらい勘違いしてくれる人がいるからです。そのような可能性が少しでもある方が魅力的に見えるでしょう。



こんにちはガリッポです。

寒くなってきました。

日中も氷点下で通勤時には-9℃になった日もありました。でも雪のない地域で生まれ育った私には雪景色は嬉しいものです。

11月に日本にいたころは20℃くらいあって昼間は上着もいらないくらいでしたから信じられない差です。

こちらではクリスマスから新年にかけて休暇を取る人が多いでしょうが、私は11月にすでにとってしまったので仕事です。クリスマスと元旦も日曜日と重なって祝日も少ないです。

年末年始も仕事です。

今のところ皆さんに紹介するほどそんなに面白い仕事もないのですがボチボチやっていきましょう。

毎年寒さを忘れて-9℃を経験するとー3℃くらいなら暖かいくらいに感じます。
燃料価格も高騰しているので省エネに心がけつつ風邪もひかないように難しいかじ取りです。皆さんもお気を付けください。


寒さについてですが、楽器自体は温度はあまり影響がありません。
問題は湿度です。
暖房を使うと半ば自動的に空気が乾燥します。

乾燥でまず起きるのはペグが緩くなることです。
放置していると勝手にペグが回って弦が緩くなってしまうこともあります。
当然ペグを押し込んで弦を巻き直す必要があります。その時に駒が引っ張られるので戻すようにしてください。

特にチェロの場合にはスチール弦を使っているのでアジャスターしか使用したことがないと気候の変化に対応できなくなります。

その他には表板や裏板の接着面がはがれることもあります。もっとひどい場合は割れて来たり、古い修理箇所が開いてきたりします。そのほか駒の高さが変わってくることもあります。もちろん駒はそのままで胴体とネックが変わっているのですが。

ヨーロッパではもっぱら乾燥が楽器の問題となります。
暖房を多用するリビングよりも、寝室など温度が上がらない所に置くと良いでしょう。

日本の場合にも太平洋側は乾燥するでしょうから同様です。
それ以外にも夏場の湿気があります。したがって日本の人たちのほうが湿気に対して敏感です。湿気は伝統的に楽器の敵で、和楽器の時代から火鉢で温めて演奏したなんて話もあります。日本人のほうが気候には神経質なようです。

特に湿気には敏感で湿度が高いと音も湿っぽい感じがするのかもしれません。
楽器だけでなく音の性質や聴覚に影響があるのでしょうか?
このため「こもった音」をとても気にします。こちらでは「こもった音」を訳す言葉ありません。だから誰も「音がこもっている」ということを気にすることがありません。ヨーロッパの北と南の天候から連想するイメージでイタリアの楽器を称賛してきました。科学的にはバカバカしい話です。アルプス以北でも雨の量は日本に比べて桁違いに少なく、数字で確認すると年間の降水量はイタリアのほうが多いです。どちらで作られた楽器でも日本に持ってくれば同じです。

文化や美意識に天候が影響していると考えるかもしれません。芸術作品であればそのようなこともあるかもしれません。しかし弦楽器の製作では、音を意図的に作ることが大変に難しく、もし北ヨーロッパの人が憂いに満ちた音の楽器を作りたくても作ることができず、南ヨーロッパの人が軽やかで情熱的な音の楽器を作ることもできません。
日本のクラシックファンはむしろ北ヨーロッパの音楽を評価することが多いでしょう。それでも北ヨーロッパの楽器を買っても意味がありません。


こもっているに近い言葉は「にぶい」くらいです。
にぶいはにぶいで良いですよね。
また開放的ではないと言えます。開放的であるということは西洋人は性格的に重視します。日本人は引っ込み思案ですから。ただし開放的と言わなくても「鳴る」と言った方が簡単かもしれません。

日本に3年近くぶりに帰国してメンテナンスをすると複数のヴァイオリンでA線のナットや駒の溝が深くなっていました。やはり調弦が安定せずA線を合わせることが多いのでしょう。ペグを前後に動かすと弦に巻いてある金属が糸ノコギリのように溝を削っていくわけです。
指板が摩耗するよりも先にナットが摩耗してしまうほどです。
ナットの溝が指板よりも深くなると指板に弦が触れ低音が発生してしまいます。

普通は指板を削ると相対的にナットが高くなるのでナットも低く加工しなおします。
溝が深くなっても指板を削ることで直すことができます。
ナットを交換するのはかなりの作業で、指板を削ったほうが安く上がりますし、指板も万全にできます。

A線が狂うことが多いなら、A線にもアジャスターをつけることが考えられます。ウィットナーではA線用のアジャスターがあります。E線とは太さが違うため別に設計されています。また4弦のアジャスター付きのテールピースや、2弦にアジャスターのついたテールピースなどもあります。日本では特別に考える必要があるかもしれません。

A線にアジャスターつける場合駒の高音側が指板の方に引っ張られ、低音側がテールピース側に引っ張られてねじれていくので、マメに直す必要があります。


またペグの軸も曲がってしまいスムーズに回らなくなってしまいます。ペグの穴はだんだん大きくなっていくので、ペグを交換するたびに太いものに変えていきます。しかしいつかは太くなりすぎてしまうので穴を埋め直す必要があります。ペグを穴埋めする作業で大変なのは新しく埋めたところの塗装です。これが非常に難しいものです。このため決して安くはない修理となります。

そこで新品の楽器や修理で穴を埋め直すとできるだけ細いペグを入れます。穴を埋め直す時期を遅らせるためです。しかしどうも細いペグのほうが軸の曲がりに弱い感じもします。湿気の多い日本ではペグはあまり細くし過ぎないほうが良いかもしれません。狂ったペグを削り直すとさらに細くなり耐久性が無くなってしまうでしょう。

ペグの材質も特にツゲは狂いやすいでしょう。特に日本には向いていないと思います。まだ黒檀の方がましかもしれません。黒檀よりもさらに硬い木材もありますのでローズウッドの代用品が定まってくると良いなと思いますが、まだ業界として定まっていません。ローズウッドの代用となる濃い赤茶色のものはあご当ての種類が限られてしまうので避けたほうが無難です。
ローズウッドは国際取引ができなくなったので、今では黒檀かツゲの2種類が実質使える木材となっています。
もはや日本なら黒檀一択という状況ですね。

黒檀も上質なものは入手が難しくなってきています。


湿度は弓の毛にも大きな影響があります。
日本のほうがシビアではないかと思います。ヨーロッパでも海岸に近い方はトラブルがあると聞きます。

弦ではガット弦に大きな影響があり、今ではプロの人ほどナイロンやスチール弦を使わざるを得ないというのが実情でしょう。


表板の剥がれなどは付け直すだけで簡単なものです。
それ自体はトラブルと言うほどのものではありません。
剥がれることによって表板のストレスを逃がして割れることを防いだくらいに考えれば良いでしょう。

ただしビリつきが発生するとややこしいことがあります。
すぐに原因が見つかれば何でもないですが、どうにもならないこともあります。


夏用と冬用の駒の話を聞いたことがあるかもしれません。特にチェロやコントラバスのような大きな楽器では気候の変化で表板などが変形し弦高が変わってしまうのです。しかし私は実際に夏用と冬用で駒を変えている人を知りません。自動車ならタイヤを冬用に変えたりします。うちは特にチェロのお客さんが多い工房ですが、「そろそろ冬用の駒に変えなきゃ・・」なんて人はうちのお客さんにはいません。
したがって私は必要な状況が分かりません。
どうなんでしょうね?

楽器屋としては仕事が増えて良いですけども。
こんにちはガリッポです。
12月になりました、2022年も間もなく終わりです。

新型コロナウィルスが見つかって以来、海外への移動は著しく減少していました。当初は飛行機が飛ばなくなってキャンセルせざるを得ないということもありました。

島国である日本では他の国々に比べてもはるかに厳しい入国対策が行われてきました。

それが9月から「オミクロン株が支配的な国」に限定してワクチン3回以上接種を条件に大幅に緩和されました。オミクロン株の重症率の低さやすでに水際対策が手遅れということもあるでしょう。

それまでもPCR検査の陰性結果を提示するなど日本国籍を持つ人が入国ができないことはありませんでした。空港や自宅での待機、帰宅時公共交通機関を利用できないなど普通の休暇とは違っていました。PCR検査は日本側が認める書式でなくてはいけないため、よほどの大都市でない限り街中の検査所では難しかったです。これがEU同士であれば共通の書式で簡単だったかもしれませんが、日本はEUではありません。現実的には空港に前の日に来て検査を受けることが考えられました。しかし検査結果が出るのが24~48時間など曖昧でリスクが高いものでした。特に旅行者には厳しいですね。

それが11月の帰国では事前に手続きを済ませたスマートフォンの画面を見せるだけで入国ができました。必要なのはワクチンを3回接種したという証明で、スマホのアプリ上で紙の証明書を撮影し送付することで手続きが終わりました。パソコンでもできるはずです。EUのデジタル証明書は技術的な理由で送付できませんでした。偽造防止でしょう。

その後自宅待機などの隔離は必要ありませんでした。ピンクの紙を一枚もらい、感染対策に勤めるように書いてありました。紙を渡すだけが行政としての感染対策の仕事だと言えます。

スマホなどを使うと入国時に手続きがスムーズなだけで書面でも可能なはずです。


次にヨーロッパに戻ったときは、一切何もありませんでした。国によって違いはあるかもしれませんが、私はコロナに関する指示や係員などは何も見ませんでした。連絡先や滞在先も尋ねられることはなく、コロナ以前の入国と全く変わりません。

早い人では10月くらいには日本から観光客も来ていました。ヨーロッパに渡航する場合は各国の大使館などのホームページを見て確認してください。外国にある日本大使館のサイトでも現地の法令を日本語に翻訳して情報を提供しています。


このためヨーロッパに旅行するのは全く問題が無く、あるとすれば日本に帰ってくる場合で、ワクチン3回接種を証明しないと依然として制限があるということを知っておくべきです。
厚生労働省のサイトを参考にしてください。
https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_24332.html


もう一つの問題はロシア・ウクライナの戦争です。西側の航空会社ではロシアの上空を通過することができなくなっています。日本に向けては南回りの航路、日本からは北回りの航路でした。

日本と西ヨーロッパの間を飛行するのは通常11~13時間くらいかかるはずです。ヨーロッパから日本に行く方が時間が短く、日本からヨーロッパに行く方が時間がかかります。私の場合には行きのほうが時間が短く帰りのほうが長くなります。日本からならその逆です。
うろ覚えですが、たしか偏西風やジェット気流が北半球の中緯度から高緯度をぐるっと回っていて追い風と逆風になるからだと思います。

ヨーロッパと日本の最短距離は地球が丸いためよく見る平面の地図とは違ってちょうどロシアを通過することになります。救命胴衣などの説明を受けますが、ほとんどをロシア上空を飛んでいますので意味がありません。

それでロシアを飛べないとなると心配になりました。航空会社からは事前に何の説明もありませんでした。

航空会社では11月から新しいダイヤになって便数が増えるということでさっそく11月1日の便を予約しました。公式サイトを見ると日によって値段が何倍も違うという状況でした。今までも多少の値段の差はあってもとんでもない差がありました。しかし安い日なら以前と変わらないくらいでした。9月に考えていたころはもっと条件は厳しかったです。

最寄りの空港から羽田空港に直通の便を選んだので最短時間で済みます。ヨーロッパは都市がたくさんあるのでハブ空港のような形で国内便(EU内は国内扱い)から乗り換えて利用することが多いです。
それがもうずいぶんなりますが羽田空港が拡張して便利になりました。品川に新幹線が停まるようになったことも相乗効果です。

羽田空港が手狭になったために「新東京国際空港」として成田空港が作られました。今でも日本最大の国際空港でしょう。しかし羽田の方が便利だと思います。日本旅行に訪れる外国人には東京に二つ空港があってくれぐれも「TOKYO-HANEDA」にするように教えています。


何でも新しいものにとってかわられる世の中で旧東京国際空港が地位を逆転するというのは面白いです。
今後も羽田空港が発展しすぎるのも困ったものです。空港というのは小さい方が迷わず乗る所までの距離が短く楽です。中部国際空港はもっと小さいですが、私の住んでいる所から直通便が無いことが悔やまれます。現在はコロナの影響で飛んでさえいません。

ヨーロッパで乗り換えが必要となると、時間もかかりますが、飛行機は遅れることがよくあるので、乗り換えで間に合わない可能性もあります。乗り換え時間に余裕を持たせると空港で長い時間待っていないといけません。戻って来た時に欠航になったこともあります。とくに雪の季節は何があるかわかりません。またヨーロッパの鉄道は日本よりも時間が不正確ですからこれもリスクです。

それなら日本国内で新幹線を使った方が確実だと思います。
ヨーロッパ内で乗り換えていたころは家から家まで24時間以上かかっていました。

飛行機が飛び始めると座席の前につけられたマルチメディアの機械でフライト情報を見ることができます。フライト情報では最短距離のロシア上空がルートとして示されていますが、飛行機はそれとは違う向きで、トルコの方から黒海のあたりを飛行していきました。その方がむしろ戦場に近いのではないかというルートでした。その後も中国から北朝鮮との国境ギリギリの韓国上空を飛んで兵庫県あたりから日本の陸上を通過し伊勢湾あたりから太平洋に抜け大きく旋回し房総半島内側に沿って羽田に着陸しました。通常11時間くらいのところが12時間くらいだったので最小限のロスに努めたルートなんでしょう。

それに対して逆向きは心配です。普通でも向かい風で13時間くらいかかりますから遠回りで大幅に時間がかかるのではないかと思っていました。

飛行機に乗り込んで着席するとアナウンスで「アラスカ上空を飛行し・・・」と流れました。かつて冷静時代にはアラスカのアンカレジで給油してヨーロッパに向かったと聞いたことがあります。当時はバブルで海外旅行ブームだったでしょうが、ロシア上空を飛べるようになって便利になったものでした。

またそれがアラスカと聞くとびっくりしましたが、今の飛行機は燃料は十分で着陸する必要はありません。とんだ遠回りになるかと思いましたが、アラスカを横断するとカナダの北極海の島々をかすめ、グリーンランドを通ってヨーロッパに入って行きました。つまり北アメリカ大陸の北極圏を飛行したわけです。飛行時間は14時間ほどでこちらも普段よりも1時間多くかかったくらいです。今回の休暇で北半球をぐるっと一周したわけです。北極圏にも強いジェット気流が流れていますから追い風です。

14時間はかなり長いですが、隣の席が空席でそれだけでも疲労感には大きいです。時期のチョイスが良かったのでしょう。

飛行機の座席というのはあらゆる長距離の乗り物の中でも最悪ではないかと思うものです。1時間もしないうちに体が痛くなってきます。
私は日本の中ではよく高速バスを利用します。飛行機に比べたら問題にならないほど楽だからです。

私は神経質なので基本的に乗り物では眠れません。枕が変わると眠れないたちで旅行はしんどい感じです。しかし1週間くらい海外旅行はテンションと勢いで乗り切ってしまうでしょう。私のように里帰りだと着いた翌日はダウンしているものです。でも今回はダウンするほどではありませんでした。でも地味に疲れているので一週間はおとなしくしています。飛行機の過ごし方はいろいろコツがあります。

作者の音も神経質さとも関係してくるように思います。メカニズムは分かりませんが人によって気になることが人によっては気にならないということです。それが作業や造形に影響するのではないかと思うのです。

楽器の輸送について


国外に楽器を持って行く場合にはいろいろ気を付けることがあるでしょう。これは航空会社によってルールが違います。私が以前利用したANAの場合には楽器を客室内に持ち込むことはできず、通常の預ける荷物とは別に預けなくてはいけませんでした。したがって梱包をしっかりしておく必要があります。
航空会社を選ぶのも楽器の扱いが重要な要素です。

通常の預け入れる荷物の扱いは雑で放り投げたりしますから、弦楽器を預けるのは怖いでしょう。
規定では客室内に持ち込める荷物のサイズが決まっていて、ヴァイオリンやビオラの場合には弓が長すぎるので既定のサイズを超えてしまいます。この場合本来なら追加料金が発生するかもしれません。私が利用している会社の規定では片道300ユーロほどかかるはずです。しかし、実際に料金を請求されたことはなくいつも黙認されていました。現地の空港では無人で搭乗手続きができるので楽器を持っているか調べられることもありません。
羽田空港では窓口の職員に長さを測られました。かつては「問い合わせます」とどこかに電話して「今回は例外的に室内に持ち込んで良いです、ただし早めに行って場所を確保してください」と言われることが多かったです。特例のように毎回してくれました。毎日同じ茶番をヨーロッパ向けの便でやっていることでしょう。
今回は長さを測っただけでした。開き直っている私に規定違反を指摘する抵抗もむなしいものでした。

ルールと実際が違うので事前に問い合わせても意味がないかもしれません。追加料金が発生したら支払うくらいの覚悟で臨めば大丈夫です。
ANAの場合には客室内に持ち込めないと思うので気を付けてください。

さすがにチェロなら追加料金が必要になるでしょう。二つ分の座席を取るというのは現実的ではありません。離着陸時に座席に物を置いてはいけないからです。
チェロの場合には航空会社に問い合わせるべきです。




弓について

大きな不安材料があるとすれば弓です。
https://www.asahi.com/articles/ASQ9V3WG3Q9JPLZU008.html
日本でも新聞で報道されたようですが、ブラジル政府が弓の材料となる木材の取り扱いを象牙並みに厳しくするというニュースが流れました。
これが現実になれば、弓の売買や所持が制限されます。登録されていない弓を売買したり所持することができないと言われました。
弓に使われるフェルナンブーコだけでなく、代わりに使われる木材もすべて対象なので木製の弓は違法となるわけです。

これは実質的にクラシック音楽を演奏すること自体が違法となる異様な事態です。弦楽器無しでは吹奏楽になってしまいます。

このような重大な事態になっていることが知られておらず、クラシック音楽の世界でも話題になっていませんでした。


弦楽器の弓については適用されずとりあえず今まで通りで良いそうです。一安心ですが、知らなかった人は何事もなかったというわけです。

私は出入国時にも弓を調べられることもありませんでした。麻薬などに比べたらそこまで係員も警戒していないことでしょう。

しかし抜き打ち検査などでトラブルになる可能性が無いとは言えません。高価な弓が心配ならカーボンの弓を持って行くということも考えられます。

ルールが変わる瞬間などにトラブルが起きます。ヨーロッパの楽団がアメリカの空港で足止めになったり、フランクフルトの空港で日本人演奏家の楽器持ち込みトラブルがニュースになったことがありました。このあたりもおそらく配慮されるようになったと思います。噂が独り歩きすることがありますので必要以上に怖がらないで情報収集につとめてください。
国によっては、材料の証明書を提示する必要があるかもしれません。

コロナの収束と新たな不安


音楽活動は今後も再開が進んでいくことでしょう。海外への渡航もすでに元の状態に戻っています。日本に帰る場合だけ注意が必要です。

ただし、物価高と円安があります。かなり割高に感じることでしょう。東京でも以前のイメージよりははるかにいろいろなものが高くなっていたように思います。それに対して地元や個人経営の業者は値段据置で頑張っているようでした。お客さんは当然一杯でした。繁盛しているように見えても忙しいだけで儲かっていないでしょう。それでもコロナの時に比べればお客さんも来るようになっただけましということでしょうか。

それに対して海外の観光客相手の商売ではもともとふっかけてきますから、とんでもないことになります。町のパン屋とかスーパーとかテイクアウトの売店など現地の人が多く利用する店も覗いたほうが良いかもしれません。

これからも持病があるなど高リスクの人には依然として脅威ではあると思います。誰もが一度は感染するくらいになると日本でも収束が見えてくることでしょう。

これからも随時変更があると思います。2022年12月現在ということでご理解ください。