ヴァイオリン作りの習得法、ヴァイオリンのサイズについて | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

分かりやすくするために何かに例えると完全には同じではなくて誤解を招きかねません。
どうやってヴァオリン作りを習得するかを上手く例えられると良いのですが…。

炊き込みご飯を作るとします。
決められた材料と調味料の分量を教わって、正確に計量して具をほど良い大きさに切って炊飯器にセットしスイッチを押せばあとは炊きあがるのを待つだけです。これでおいしい炊き込みご飯ができます。これを全く教わらずに自己流や計量せずにやれば、味が薄すぎたり、濃過ぎたり、ご飯がべちゃべちゃになったり芯が残ったりして失敗することがあるでしょう。途中で調整することができないので最初に入れた分量を間違えると取り返しはつきません。

これと同じように寸法を教わって正確に加工すればヴァイオリンができます。初めて作っても十分な音のヴァイオリンができるのはこのためです。一方、途中で音を調整するような工程が無いので、最初の寸法が音を決めます。寸法は師匠もその師匠に教わったものです。どうやってその寸法が決まったかはよくわかっていませんが、その寸法に正確に加工するのが腕の良い職人です。

現実には計測をめんどくさがる不真面目な人が多いです。ヴァイオリンを作るのは炊き込みご飯と違って、はるかに手間がかかり面倒な作業が多いからです。決められた寸法に正確に加工するのさえ面倒で守られないこともしばしばです。

「正解を教わる」のが最短の教育法でしょうが、それでも正確に加工できるようになるのに何年もかかります。店頭で目にするヴァイオリンはこんな感じで作られてきました。

このためプロの教育を受ければ誰でも「プロの音」のヴァイオリンが作れるので個人の差が出ません。音の違いはあっても優劣を客観的に評価するのは難しいためそれ以上音が良いと「誰もが」思うようなものはできません。音を客観的に評価して有名になるような仕組みはありません。

先日も音大生がモダンヴァイオリンを弾き比べていました。さすがにどれを弾いても良い音を出します。自分が使っているのもモダンヴァイオリンで音の出し方も十分に習得しているようです。
代わる代わる違うヴァイオリンを弾いても音が違うことは分かりますが言葉では表せないもので明らかな優劣の差は感じられません。特徴がはっきりしているとあるものは豊かに響き、別のものは高音がクリアーで全体としてはこじんまりとしていたり、一長一短です。多くはもっと微妙な違いです。興味が無い人が聞けば「違いがあるのか?」というレベルかもしれません。ヴァイオリンの音は弾く人が9割、楽器が1割くらいのものです。

プロの教育を受けた人が作ったものなら大抵100年くらいすればよく鳴るようになっていてうまく弾きこなせば良い音が出るものです。皆さんがどんなイメージを持っていようとも現実のヴァイオリンとはそういうものです。巨匠や天才などは幻想です。日本人が見よう見まねで西洋の楽器を作っていた時代なら個人の差が出たでしょうが、過去に西洋で作られたヴァイオリンは全くそのようなものではありませんでした。今では日本でも西洋で学んだ人が楽器作りを教えて広まっています。

決められた寸法も流派によって微妙に違いますが、それに対して正確に加工しなくても好き嫌いがあるので音にばらつきがあってもたまたまそれを好む人に出会えれば良いわけです。
また寸法には表れない部分もあります。何がどう作用しているかはわかりませんが、音も微妙に違います。同じ寸法で作っても音は微妙に違いますので試奏して好みの楽器を選ばないといけません。方式や仕組みの違いはなく個体差のような音の違いがあります。

それに対して職人は、木材がどうだの、加工精度がどうだの、ニスがどうだの、ストラディバリがどうだの語るかもしれません。そのようなものも聞く必要はありません。自分が面倒な作業で作った楽器の音をえこひいきにしがちだからです。

音は優劣を決めることが難しく好き好きでしかありませんが、何かのきっかけで有名になった作者の値段はヨーロッパ大陸の外でどんどん上がり、値段が高いから音が良いだろうと勘違いしてさらに値段が上がります。したがって職人が成功するための努力で誰もが真っ先に思いつくのは、楽器作りではなく有名になるためにどうするかということです。製作コンクールで賞を取ったり、有名な職人の弟子になったりすることです。人間は社会性の強い生物なので技術的な関心のほうが低いのが普通です。製作コンクールでも審査員が誰だとかウケの良い作風がどうだとかそんなうわさ話ばかりです。音の採点もよく分かりません。新作楽器だけでなく中古楽器も混ぜてやらないと評価する意味がありませんね。このようなヴァイオリンの現実を知らない記者によって新聞やテレビに取り上げられて有名になることもあります。

つまりお手本通り作られたものなら大ハズレは少なく、なぜかわからないが音は個体差のような違いがあり、知名度や理屈ではなく実際に試して楽器を選べば良いということです。プロの教育を受けていないと音以前に楽器としての使い勝手さえあやしいものです。

50年くらい経つと楽器はよく鳴るようになります。同じようなレシピで作るのなら古い楽器のほうが優れているでしょう。無名な作者のものはたくさんあり、値段は新品よりも安いので多くの中から選べば良いでしょう。職人は自分の楽器を作るよりも、このような中古品を修理する方が少ない労力で消費者の役に立つことができます。

これが現実です。
音楽のため、お子さんの教育のために楽器を選ぶならこのことをよく理解して欲しいです。でないと練習に費やした時間を無駄にしてしまいます。
音が良い楽器が欲しいなら作者の人物像などはどうでもいいです。人づてに語られてきたことは信ぴょう性もないし、私が楽器を見ても人格は分かりません。結果としての音がすべてです。


それに対して好き嫌いが音の差であるなら、分かる人にだけでもはっきりと「好き」という感情が沸くようなものを作ろうというのが私の考えていることです。つまり目指す音を表明してその作り方を見つけることで、偶然に頼らずに好みの音の楽器を購入することができるというわけです。

このような理解がなかったので、音の趣味趣向についてあまり語られてきませんでした。職人も師匠に「こうやると音が良い」と作り方が伝えられてきましたが、どんな音になるのか具体的には全く教えられませんでした。お客さんにもこうやって作ると音が良いと説明しますが、どんな音になるかは言いません。職人同士でも「こうやると音が良い」とうわさ話が回ってきます。しかし、「音が良い」というだけでどんな音なのか言いません。こうなると具体性の全くない「音が良い」という発言さえ根拠があるのか疑わしいです。
ある人は柔らかい音を好み、別の人はダイレクトな音を好みます。そうなると評価は正反対になることもありえるからです。およそ知的な考えとは思えません。到底エンジニアリングとは呼べないものです。


それに対して日本では「明るい音」という謎のワードで個人の趣味趣向を許さず、店主が音を強要してきました。好きなものを自由に選択するという当たり前のことが弦楽器の世界ではできなかったのです。うちでは「暗い音」の方が売れます。前提としている「良い音」がクラシックの歴史のある国と正反対なのですから、語られているウンチクなどは何も信じられません。

ヴァイオリンのサイズ


ヴァイオリンの大きさは現在では標準が決まっているようです。胴体の長さは3/4が33.5cm、7/8が34.5cm、4/4が35.5cmです。1cm刻みですからわかりやすいですね。しかし、過去にはいろいろな大きさで作られていました。19世紀初めにフランスで作られていたモダンヴァイオリンは36cmを超えるものでした。その後ドイツなどで大量生産されるようになっても大きさはさほど厳密には考えられておらず36cmを超えるものがあります。大きさを測るのが難しいのはアーチがあることです。アーチがあることで直線距離よりも少し長くなります。設計で35.5cmにしてもメジャーで測ると35.6~7mmくらいになります。これはアーチが高いほど長くなります。
一方オールド楽器では長年使われていたためにエッジが摩耗して小さくなっています。2mmくらいは小さくなっていてもおかしくありません。
そういう意味で数字にこだわっても意味がありません。
36cmを超える楽器を悪く言いたければ、「ビオラのような暗い音になってしまう」とウンチクを語ることができます。しかし音についてはその程度の違いは意味を成しません。音の明るさについては板の厚みの方が重要です。そもそもこちらではそのような音の方が好まれるのですから、ウンチクを語ることがどれだけ害悪か分かるでしょう。

こちらでは人々の体が大きいので36cmを超えていたからと言って何も気にしません。しかし体が小さな日本人であれば問題になるかもしれません。胴体の長さが長い場合、駒の位置が体から遠くなります。弓の先端を弦に触れるようにする場合に腕が届きにくくなります。もちろん左手も遠くなります。
それよりも弦長を気にする人が多いでしょう。駒の位置が正しくない楽器で弦長が長すぎると左手の弦を抑える間隔が広くなります。小指が届きにくくなることが感じられます。このためビオラでは胴体の割に弦長が短めになっていることがあります。

オールド楽器の相場では、サイズによって値段が違うことがあります。
これはサイズの数字が問題なのではなくて、作風も関係あります。オールドの時代にはサイズが定まっていなかったので標準よりもずっと小さなものがあります。アマティ家でもいくつか異なるサイズがあり、イタリアの職人でもどの時代のアマティの作風を受け継いだかによってもサイズが違います。1600年代には「小型のアマティモデル」のオールドヴァイオリンも多く作られました。このタイプのものはいわゆる「室内楽用」と考えられ値段も安くなります。それでも標準サイズで作られた新作楽器に比べて音が小さいとは限りません。オーケストラなどで使っても自由です。

35cm以上あれば極端に小さいとはならないでしょう。むしろ幅が狭くてアーチが高いと長さ以上に窮屈な楽器になります。一方デルジェスなどは小型のものが多いのに、値段が安くなりませんね。寸法というよりも作風の問題です。

だいたい長さを決めずにフリーハンドでヴァイオリンを設計すればたいていは細くなります。紙などに描いてやってみてください。オールドの時代には寸法など決めずに適当に作っている人もいたでしょう。大概細くなってしまいます。少なくともきれいな丸みを作ろうとすると細くなってしまいます。幅を広く取ると四角くなります。アマティ的な丸みで作ると特にミドルバウツの幅が狭くなります。駒の来る楽器の中心の幅が狭くアーチが高ければ構造は窮屈になります。
楽器の上下の丸みを綺麗に出そうとしても数ミリ長くなります。デルジェスはそのあたりが無神経です。


小型のヴァイオリンを作る

かねてから小型のヴァイオリンが欲しいという依頼がありました。それをこれから作ろうというわけです。特殊な注文だとも言えますが、体の小さな日本人にとっては例外ではなく理想のヴァイオリンとも考えられます。音が犠牲にならないのであればどうせ作るなら小型である方が望ましいヴァイオリンと言えるでしょう。西洋の人にとっては全く問題にならないことでもありますが。

私はオールド楽器を研究して作るのをよくしています。何かお手本となる理想的なオールド楽器が無いか探していました。オールド楽器にそっくりに作るとしても、値段が高い楽器を真似れば良いというのではなくて、自分が作りたいと思うものにあったモデルを探すのです。これがビオラになると作られた数も少ないし、作るサイズもいろいろなので、オリジナルに忠実に作るのではなく、多少のモディファイをしなくてはいけません。例えばアマティのモデルではf字孔がとても小さくヴァイオリンのようなサイズだったりします。そこでアマティとして違和感がないように拡大したものを私がデザインしたりします。弦長や胴体の大きさも変えたりするのもしばしばです。
ヴァイオリンでも、ストップの位置が正しくなく弦長がおかしなものはそのまま作るわけにはいきません。多かれ少なかれモディファイが必要になります。

さっきも言ったようにいわゆる「小型のアマティモデル」では窮屈な構造になります。1600年代風のアーチではフラットなものよりも成功する条件は厳しいでしょう。小型のモデルを作るならデルジェスを基にするのが一番手堅いでしょう。



これまでに私はストラディバリ、デルジェスを元にしたものを作りましたが、定番のものです。それに対して第3のモデルを探して来ました。これまで作った中でも有力なのがマントヴァのピエトロ・グァルネリです。これはアーチが高いだけでなくぷっくらと膨らんでいます。1600代のスタイルではゆったりしていて窮屈さのデメリットは少ないでしょう。それに対して音はとても暖かみがあり弾いてるだけで思わず楽しくなるようなものです。濃い味のある音で魅力的なものです。前回作ったアマティモデルの小型のビオラでもアーチではこのような構造を心がけると独特の味のある音になりました。
それと同じような構造の小型のヴァイオリンがあればいいのですが、ピエトロ・グァルネリ以外ではなかなかありません。そこでピエトロ・グァルネリのモデルをモディファイして小型化しようと思いました。当然父親のアンドレア・グァルネリはアーチの特徴が似ていて小型のモデルですが幅が狭すぎるのです。その他にはあまり思い当たりません。フランチェスコ・ルジエリも面白いですが、特徴がアマティに似すぎていてアマティモデルに見えることでしょう。質はアマティよりも落ちるので下手なアマティのコピーに見えてしまいます。
当然デルジェスにも高いアーチのものがありますし、お兄さんのピエトロも高いアーチですが、マントヴァのピエトロのほうが調和して美しいです。ぷっくらしたアーチに丸みを帯びたモデルで全体的に球のような美しさがあると思います。現代の楽器とは全く印象が違います。また荒々しい作風よりも丁寧な方が私の感性にも近いものです。アマティ、ストラディバリに次いで美しいクレモナの作者と言えるでしょう。そのためマントヴァの宮廷楽器製作者になったのですから、単に実用品以上の魅力があると思います。

ピエトロのモデルが音響面で優れているのは、基本的にデルジェスとほとんど同じだからです。デルジェスは特に新しいモデルを考案したわけではないようです。家にあった木枠で作っていたのかもしれません。

ヴァイオリンのサイズは絶対?


現在では標準とされる胴体の長さや弦長が決まっています。胴体の長さは以上に述べたのが実用上のことです。しかし弦長には標準が決まっています。これは別のヴァイオリンに持ち替えても違和感なく弾けるためです。
いくつかのヴァイオリンを所有することも少なくありませんし何かと便利でしょう。弦長が違うと他人に譲ったり貸したりするのにも困ります。
コンサートマスターであれば演奏中にトラブルがあれば楽器を借りるなどという話も聞いたことがあるでしょう。しかしナイロン弦が主流になった現在でも考慮すべきかはどうでしょう?
この辺りは覚悟しておく必要があります。

モディファイですが、以前に1704年製をモデルにして作ったものは胴体の長さが356mmくらいありました。5mmほど縮小しますが、幅はそのままです。f字孔の位置はオリジナルはストップが長すぎてどちらにしてもモディファイが必要です。今回は標準より3mm短い192mmとします。19世紀のフランスのヴァイオリンが193mmくらいですから、4/4としても使えるはずです。ネックは通常よりも2mm短くし弦長も5mm短くなります。それでも指板の位置をずらせば標準の130mmにすることができるようにします。これで音はもとのピエトロ・グァルネリのモデルとそん色なく気持ち小さく感じるでしょう。7/8のサイズでは胴体が1㎝小さいため明らかに小さく見えます。これなら楽器が次の演奏者に移る時には4/4として考えることもできます。楽器の寿命は人間よりも長いので。
7/8の弦長はフルサイズより10mm短くなります。このためこれから作ろうとしてるものは胴体と弦長が4/4と7/8の間になります。いわば15/16というわけです。
なお、7/8のヴァイオリンは西洋ではほとんど作られておらず、滅多に見ることはありません。うちのお客さんでは東南アジア出身の女性の方が一人いるだけです。3/4を使っていた子供が成長すると4/4に移行します。
弦も7/8用は無く「1/2+3/4用」のものがありますが、それでは短すぎるでしょう。一方4/4用では設計された張力が得られません。その辺も苦労する所です。

このため正確な複製というわけではありません。一方ストラディバリモデルと言われるものも、ストラディバリをモディファイしたり、ストラディバリ風にデザインされたものです。それで言うとピエトロ・グァルネリモデルで作るのは非常に珍しいと言えます。このようなモディファイのノウハウはビオラ製作で培った部分も多いです。

ピエトロ・グァルネリモデルで作ったということが作者の特徴になるでしょう。高いアーチは珍しく21世紀前半の楽器としてはレアなものとなるでしょう。