ブログ上利きヴァイオリン会 2023年その2 | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

前回はフランスのヴァイオリンが多く出てきました。近代以降は「フランス風ヴァイオリン=ヴァイオリン」と考えられるようになりました。このため近代や現代の作者は皆フランス風のヴァイオリンを作ってきたわけです。仮に独学だとしても自分が使っていたりどこかで見たヴァイオリンのイメージがもうすでにフランス風なのです。もしフランスのヴァイオリンを否定するならそれに代わるものを提示しなくてはいけません。今ではフランスのヴァイオリンの影響を全く受けないでヴァイオリンを作ることは不可能です。しかし多くの人がこのことを自覚していません。惰性で影響が続いているというものです。

1番目





これはこの前に出てきたヴァイオリンです。

裏板の魂柱傷を修理した「ストラディバリウス」です。もちろん本物ではなく、マルクノイキルヒェンで戦前に作られた量産品です。マルクノイキルヒェンでもフランスから楽器や弓の製法が伝わりました。ストラディバリをお手本とし、アンティーク塗装が施されたのもフランス由来です。
量産品の中では中~上級品で面倒な修理をする値打ちがあるというものです。特に音が気に入っていて使い続けたいなら修理する価値は十分にありますし、修理が完了していれば中古品として販売する場合も特別マイナスと考えなくても良いでしょう。

裏板の割れ傷は写真ではかすかにわかる程度です。傷のうち中央は長く放置されていたでしょう。それ以外のところは見えなくなっています。アンティーク塗装の手法もマルクノイキルヒェンの特徴があります。

f字孔の形も加工もきれいです。アンティーク塗装の手法はパターン化しています。
全体としては雰囲気が良い方です。
ストラディバリでもそれほど完璧ではなく、平面の写真を見ているとマルクノイキルヒェンの楽器に見えてきます。それくらいストラディバリモデルの完成度が高いものもあります。立体だと全く違うのでしょうが・・・。

値段は無傷で4~50万円位でしょう。
板はかなり薄めになっていて現代の楽器よりも渋い音がすることでしょう。

2番目



これも以前出てきました。バスバーの回で出てきたものです。

表板は十分薄く作られていて隅まできれいに加工されていました。

このアンティーク塗装の手法もさっきのものと同じです。マルクノイキルヒェン特有のものです。今度のものは角が丸くなっています。
このようなものも作られていました。

ラベルはこれもストラディバリウスです。しかし中まできれいに作られていて量産品の上級品です。やはり50万円くらいしてもおかしくありません。
全体として加工はきれいに正確にできています。音が悪くなるほどの問題点はありません。

しかし輪郭やパフリングのS時のカーブが綺麗に出ていません。青の線では少し大げさですがアマティ譲りのカーブを示しました。

前回のフランスのヴァイオリンではちゃんとできています。量産品と差が出る所です。現代の機械で作られている量産品でもこのカーブが出ていないことが多いです。また腕の良い現代の職人でもこのような基礎を学んでいないでただ加工が綺麗というだけだと分かっていないこともあります。デルジェスもこの辺はいい加減です。

でも音には影響ありません。

3つ目







アーチはぷっくらと膨らんでいるものです。


このようなものと比べると近代以降ヴァイオリンとして作られたものは全然違います。ひとまとめにして「フランス風のヴァイオリン」ということになります。

さっき指摘したS字のカーブはもっと極端です。アマティやシュタイナーのオールドスタイルが健在です。ストラディバリは控えめですが、全くこのような基礎が無いものとは違うと思います。控えめのストラディバリの特徴をしっかり勉強しているのかどうかもストラディバリ型モダン楽器の完成度の差です。

このくらいの楽器になるとフランスの楽器製作の影響を受ける前のものになります。
赤いニスはおそらくオリジナルではなく、後の時代に塗られたのではないかと思います。それも100年くらい前かそれ以上でしょう。
ドイツ、ニュルンベルクのレオポルト・ヴィドハルムの1782年のものです。ヴィドハルム家の楽器もその後モダン楽器の影響を受けますが、時代から言ってもその前です。いわゆるシュタイナー型と言われるものですが厳密に比べるとシュタイナーとは違います。

値段は最大で540~630万円くらいします。この楽器はニスがオリジナルでありませんし、仕事も特別きれいではありませんがまぎれもないヴィドハルムという感じがします。
ドイツの楽器としてはかなり高価な部類に入りますが、本当のオールド楽器とすればビックリするほどの値段ではありません。

前に私が修理したものですが、駒が割れてしまったので新しくしました。駒が割れることに明確な原因はありません。他の楽器と同じように加工してもまれに割れることがあります。

音ですが

2番目のストラディバリラベルのマルクノイキルヒェンのヴァイオリンとヴィドハルムを弾き比べてみました。音は全く違います。全然違う音に共通する「ドイツの音」なんてのは全く分かりません。

ヴィドハルムのほうは引き締まった尖った音がします。もちろんオールドらしく暗く暖かみのある音です。それに対してマルクノイキルヒェンの量産品は太く豊かな音がします。暗くも明るくもなく中間くらいでしょうか。とてもよく共鳴して鳴る感じがします。ボー!っとエンジンにターボがかかったようにボリューム豊かな音がします。ただし、G線の一番低い音ではそこまでではなく少し上になってくると鳴り始めます。表板は薄くて裏板は普通くらいの厚みでした。このため私は改造する必要はないと判断しました。しかし、これなら、裏も薄くしていれば一番低い音から鳴ったかもしれません。そうやって言うと薄めの裏板が理想かと思うかもしれません。しかし多くの楽器ではこれほど鳴りませんからG線の下だけが控えめという感じはしないでしょう。多くの楽器では気にならないはずです。その代わりA線でも響きの豊かさがあります、これが板が薄いと地味な感じになるかもしれません。つまり一長一短なのです。ヴィドハルムは抜けがすっきりしてターボ感は無いです。歯切れの良さが高いアーチの特徴です。
量産品でもフラットなアーチのフランス風の楽器のいい所が出ています。そういう意味では全く違う音です。

高いアーチの楽器は細く引き締まり、尖ったダイレクトな音がして音がはっきりと感じられます。よくイメージからふんわりと柔らかい音がするとか勘違いしている人がいます。一般の人だけではなく職人も多い勘違いです。自分で作ったことが無いのでイメージが先行しているのです。もちろん高いアーチの楽器にも個体差があり、あるものはタイトすぎ、あるものは豊かに響きます。その違いがまた面白いです。

だからといってフラットな楽器が柔らかいというわけではありません。鋭いものもたくさんあります。しかし板に柔軟性があり音の出し方としては粘りがあります。普通に弾いただけでは音量に大差はありませんが、高いアーチの楽器は乱暴に弾くと音が潰れてしまいます。

高いアーチのオールド楽器のようなものは数としては圧倒的に少ないので珍しいということになります。音は面白いですね。魅力的なところもあるし、難しい所もあります。

私などは、独特の味ある音を生かしてヴァイオリンを作れないかと思うわけです。もちろんビオラやチェロも良いです。

しかし弦楽器の業界ではフランス風のヴァイオリンの作り方だけが伝えられてきました。修行しても現代的なヴァイオリンしか作れません。現代の教えでは、高いアーチの楽器は音が悪いので作ってはいけないとされています。でも実際のオールド楽器では魅力的な音がします。私もいくつも作ってみましたが完売しています。

全く違う音の楽器ができる可能性は他の工夫ではまず得られません。それくらい強力な音の違いを生み出せる可能性がアーチの高さにはあります。でも業界では「作ってはいけない」と教わります。「音について興味が無いのかな?」と思いますね。こんなに面白いものができるかもしれない可能性が目の前にあってやろうとさえしないのですから、音に興味が無いとしか思えません。そのことよりも誰が言ったかわからない「高いアーチは音が良くない」という教えを信じ込んでいるのです。特に19世紀初めのフランスの楽器は真っ平らに作られました。その時の教えが惰性で続いているのです。楽器にも興味が無いのでしょう。まあ、「音が良くない」と知識を知っていて作る私がおかしいのかもしれませんが。

4番目

今度はビオラです。



ニスは明るいオレンジ色でいかにも20世紀の感じがします。最近はうちではもっと落ちついた濃い色が好まれます。それより昔もオレンジ色で塗られていたかもしれませんが、古くなって木材が変色し汚れがたまって赤茶色になったり色があせて琥珀色に変わっているのかもしれません。
でも20世紀には好んでオレンジのニスが使われました。鮮やかな発色がヴァイオリン製作コンクールでも競われいかにも新作という感じがします。ニスを塗る仕事をすると毎日何時間も見るので目が過敏になってきます。もちろん好みの問題ですが。
木材のランクやニスのやたらピカピカした感じに高級感はありませんが、仕事の質は決して悪くありません。形も整っています。大きさは小型(39.5cm)のもので弾きやすいものです。

やはりアンティーク塗装がなされていますが、オレンジのニスにいきなり黒い点々があるので不自然です。全体的にうっすらと汚れがついていないのがおかしいですね。現代の楽器製作が抜けきらずにアンティーク塗装に走ったものにもよく見られます。
コーナーやf字孔、パフリングなどはきれいに加工されています。特にf字孔の丸が縦に長い感じがします。これは戦前のボヘミアの楽器の感じがします。

指板の裏側の加工の仕方が独特で、これもボヘミアの楽器に見られる特徴です。もちろん指板は修理によって交換される消耗品ですから、いつでも指板で判断できるわけではありませんが、この楽器ではオリジナルのものでしょう。

ペグボックスの壁の内側はボヘミア特有の赤茶色の顔料ではなく、ペグボックスの彫り込みの最後も丸くなっていません。完全なボヘミアのものではありません。

察するに戦後にドイツのブーベンロイトで作られたもので、チェコのボヘミアの出身の人ではないかなというくらいです。量産品とすれば品質はかなり良い方で、下手なハンドメイドよりも良くできています。しかしニスがいかにもという感じがして損しています。

ペグボックスの後ろの加工も丸みがあってボヘミアのチェロにも同じようなものがあります。

色がオレンジであるだけでなく板の厚みを測ってみるとかなり厚めです。こうなると低音が出にくく明るい音になります。見た目も音も明るいとなると典型的な現代の楽器です。とくにビオラとしてみると少し残念です。いかにも20世紀の楽器という感じです。

それでも50年は経っていると思うので音はよく出ると思います。深みのある音にこだわりのない人なら、よく鳴って良いビオラだと思うかもしれません。量産品の上級品としてはクオリティも高いです。

「薄い板の楽器を作るべきではない」というのも20世紀の考え方ですね。はっきりそうは教わらなくても1900年以降厚めになってきます。薄い板もダメ、高いアーチもダメとなってしまうとどうやって音の違いを作り出せるのでしょうか?現代の職人は自分でモデルを設計するというよりはほとんどの人がストラディバリやデルジェスなどの形で作っています。出版物のクオリティが上がったので実物大の写真などがあります。かつてはストラディバリの型を入手するのは困難で、師匠から弟子へと受け継がれたようです。流派ごとに違うストラディバリモデルがあるというわけです。つまり「ストラディバリやデルジェスモデル以外は作ってはいけない」とされているということです。こうなるとほとんど違いを作り出すことができません。でもこれが典型的な20世紀のヴァイオリン製作です。
だから何年のストラディバリだとか、どのデルジェスだとか、そこにこだわるしかありません。でもこの前のように全くヴァイオリンの形をしていなくてもそんなに音が悪くないわけですから、微々たる違いでしかありません。また、ニスなどの材質にこだわる人もいるでしょう。すべて細かすぎる違いで音にはっきりした違いは出ません。多くの人は結果を評価することはなく「工夫した=良い音になった」と自画自賛しているのです。

このため、有名な職人も無名な職人も作っているものがほとんど変わりません。形は同じ、板の厚みは同じ、アーチの高さも同じなのですから。
でも音はなぜかわからないけどもみな違います。理由が無いないくらいですから、有名だろうが無名だろうが、量産品だろうが、どこの誰が作ったものに自分が好きな音のものがあるか全くわかりません。だからただただ試してみるしかないというのが現状です。戦前の量産品は品質管理がバラバラで考えが徹底されていないので板の薄いものもあります。

それに対して私は、高いアーチで作ることも可能性として排除せず、フラットなアーチで作ることも排除せず、厚い板で作ることも薄い板で作ることも、ストラディバリ以外のモデルで作ることも排除しません。

ウンチクというのは言った瞬間に可能性が著しく縮まりつまらないものです。それがつまらないと感じないということは興味が無いのでしょう。ものの風雅を語るには素質が最低レベルです。ミシンも使ったことが無く何の根拠もないのに自分はファッションセンスがあると信じ込んでブランドを立ち上げようとする人と同じです。


アーチの高さによる音の違いも職人は分かっていません。ほとんど誰も作ったことが無いからです。高いアーチの作り方は教わることができず初めてではうまく作れません。研究が必要です。
板の厚さによる音の違いも私は誰からも教わっていませんし、聞いたことも読んだこともありません。自分でやってみて分かりました。板の厚みくらいならやってみる人は一定の割合でいるはずです。しかし私が言うように「薄い方が低音が出やすくなる」という規則性を聞いたことが無いです。他に言っている人がいるのでしょうか?まず発想が違うんでしょうね?低い音が出やすくなるということを仕組みとして理解できないのでしょう。音楽家なら技術者ではないので理解できないのもわかります。f字孔のところの厚みを見てよくわからない自説を語る人がいます。
しかし職人でも技術的な考え方ができない人がかなり多いということですね。そもそも職人は技能者であって技術者ではありません。一方理系的な趣味の人でもかなりの割合で結果を客観的に評価をせず、仕組みや理論、パーツのメーカー名など「頭」の方が先に立っている人が多いようです。そのような理系の趣味は頭の中で考えることを楽しむ遊びなのでしょう。

マルクノイキルヒェンの量産品

マルクノイキルヒェンの楽器では年代を特定するのが難しいです。さすがに1700年~1800年ころのオールドはちがいます。それから1850年くらいにはフランス風を目指して見よう見まねで作ったようなものや、若い世代がフランス風の楽器を作り始め、年長者は古い作り方が抜けきらない時期もあるでしょう。19世紀の終わりごろ1870~80年くらいにはモダン楽器がかなり大量に生産されるようになったはずです。それでも1900年より前のものはちょっと古い感じがします。1900年くらいからいわゆる典型的な「ザクセンの量産品」が作られるようになったようです。それ以降は逆に戦後になっても急激には作風は変わらなかったようです。だからはっきりと1910年代とか30年代、60年代とか作風では分かりません。

戦後は東ドイツに位置し、ソ連や東欧などに輸出していたはずです。このため産地は今でも続いています。共産国だった時代には技術革新のようなものは無く、郷土や祖国を敬愛し父親が営んでいた通りに仕事を続けて、古い機械をずっと使い続けていたようです。作業は分担され一つ一つの作業では驚くべき速さで仕事をこなしていたようです。

一方終戦直後にボヘミアから引き揚げてきたドイツ人の職人や、ザクセンから西ドイツに移住してきた人たちがブーベンロイトに新しい産地を形成しました。アメリカなど世界に輸出され80年代くらいには日本にも盛んに輸入され一時代を築いたものです。新しい塗料や機械などを導入して近代工業化していきました。
今では西ドイツ時代の楽器も古くなってよく鳴るようになってきているはずです。「ビンテージ」として愛好家が生まれてもおかしくありません。「ウッドベース」にはそのようなブランドもあるそうです。大して物は良くないのに値段が高騰しているそうです。世の常ですね。
ちなみにブーベンロイトはヴィドハルムのいたニュルンベルクの近郊です。

マルクノイキルヒェンのヴァイオリンの値段は20~130万円位です。オールドから現代にいたるまで変わりません。つまりマルクノイキルヒェンのオールド楽器が注目されていないので、楽器の品質がそのまま値段となります。本当のオールドでも値段が新品と変わらないということです。先日もマルクノイキルヒェンのオールドヴァイオリンを買ったお子さんが地元のコンクールで勝ち抜いたという話も入ってきました。スポーツと同じように地方予選から全国大会があります。全国でトップレベルの学生たちはユースオーケストラに入ってチームプレイの勉強をします。ソリストなんてのは全く別次元です。

それでなくても50万円クラスの量産品の上級品でも古い分、鳴りの良さでははるかに高価な新品の楽器を上回るでしょう。普通の人の感覚では50万円でも高価ですよ。

一方で20万円以下のものは難しいです。100年も前のものなら修理も必要で修理代のほうが高くなってしまいます。数としては初心者を中心に多く売れる価格で、過去にも大量に作られました。フリーマーケットやネットオークションなどでタダ同然で手に入ります。しかし問題は修理です。

とても粗雑に作られています。「外はきれいなのに開けると中がひどい」のが常です。20万円以下では外もきれいではないので中はもっとひどいわけです。それなら機械化されている現代の量産品の方がましです。少なくとも修理の必要が無く大量に入荷して初心者の需要にこたえることができます。

つまり物理的な音に外見の美しさは関係ないのですが、中はそれ以上に雑に作られているので見た目が工芸品としてではなく「工業製品として」綺麗であることは最低条件になります。

板が厚めのビオラもありました、量産品では手抜きのために厚すぎるものがありますが、ハンドメイドの高級楽器でも20世紀には厚めのものが多く作られました。このため安い量産品だからというわけでもありません。薄い方が低音が出やすいというのは分かれば単純な理屈ですが、自分で実験するまでは私も知りませんでした。教わった先輩では厚い方が低音が出ると考えている人もいたくらいです、そう信じてビオラが作られていてもおかしくありません。弦も低音用ほど太くなっているので板も厚い方が低音が出ると考えるかもしれません。頭で考えることなんてそんなものです。音は理解できるものではないと考えるのはやめたほうが良いです。
一方戦前の品質管理は適当で薄い板の量産楽器も案外作られました。フランス19世紀の一流の楽器なら極限まで攻めた薄いものですが、ミルクールの量産品になると適当で厚いものも少なくありません。だから国名ではなく個々の楽器を弾いてみないと分からないというわけです。

21世紀にはどんな作風に変わっていくのでしょうか?