小型のヴァイオリンを作り始めます | ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

ヴァイオリン技術者の弦楽器研究ノート

クラシックの本場ヨーロッパで職人として働いている技術者の視点で弦楽器をこっそり解明していきます。

こんにちはガリッポです。

ヴァイオリンを作っていく様子をお届けします。音についても製作中にどれくらい考慮できるのか説明していきます。「音を作る」というのがいかに大雑把で漠然としているか分かってもらえると思います。

まずは設計から。
ビオラなどを作る時は、お手本とする楽器がちょうどあるとは限りません。ビオラは大きさがバラバラだからです。ヴィオリンの場合には豊富な中から選べるということもありますが、ちょっとマニアックな作者になると簡単ではありません。
そこでモディファイが必要です。今回はやや小型のヴァイオリンにするため以前作ったピエトロ・グァルネリのモデルを小型化しました。小型のオールド楽器は少なくありませんが、小さければいいというのではありません。
もともと355mm程度あるものを350mmほどにしました。その時横幅はほぼそのままです。
設計図をプラバンで挟んで釘で位置を固定しあてがってみて、木枠や裏板表板などが正しく加工されているか確認できるようにします。

ヴァイオリンは設計図に対して正確に作るのが難しいものです。表板や裏板は横板よりも数ミリ大きくしないといけません。オーバーハングと言って横板よりも張り出している部分があります。ギターにはこれがありません。
横板を曲げたときに誤差が出てオーバーハングが小さくなりすぎても大きくなりすぎてもいけません。このため内枠式では初めに横板を作ってからそれを基準に裏板や表板の形を決めます。横板を正確に曲げるのは難しいため最初の設計と誤差が出ます。チェロではとても大きな誤差となり、完成品にも歪みがはっきりと表れます。左右が違ったりするのはそのためです。

同じストラディバリやグァルネリのモデルで作っているのに全くそれに見えないのはこのような誤差が原因です。ヴァイオリンの「個性」とは同じ設計図で作っても違うものが出来上がってしまう事にもあります。だから加工の正確性が重視されます。加工が正確でないと設計の通りに作れないからです。狂いが出て変な形になったものを「個性」と貴んでいると職人からするとばかげた話です。個性では無く精度が低いだけなのです。量産品と変わりません。横板を完璧に加工することが職人の腕の高さを表すわけです。横板を曲げるのが不正確だと膨らんでしまい、木枠と隙間ができます。このため設計よりもだらしなく膨らんでしまうのです。またコーナーの部分も帳尻を合わせるのが難しいものです。微妙なカーブが出ずコピーではオリジナルと別物になってしまう原因です。

この問題を解決するのは簡単ではありません。一つの方法は外枠式です。これは19世紀のフランスの楽器製作の特徴でした。外枠式の場合には型に従って裏板や表板を作っても横板は枠以上大きくならないのでオーバーハングが不足することがありません。
このためフランスの楽器は完成度が高くきれいに見えるのです。量産品でさえ、他国のハンドメイドの楽器よりも輪郭の形が整って見えることもあるほどです。これが現在では災いすることもあります。ネットで写真だけを見ると安価なミルクールの楽器が高価な楽器に見えてしまうほどです。ネットで楽器を買う怖さです。

一方で外枠を作るのが大変で、違う設計のものを作るのに向いていません。同じものを完璧に作るのに向いています。このような木枠の違いもフランスの楽器製作の思想を物語っています。逆に言えば、フランスのように突き詰められた技術的な違いが無ければどこの国でも同じようなものができてしまいます。誤差が同じように出るからです。

これに対して私は内枠でも外枠と同じくらい正確に加工できる方法を考案しています。仕様を変えるに適しています。

今回作った木枠です、木枠を設計通り正確に作るのも難しく歪みが始まります。これを作る段階でもさっきの設計図にあてがって正しく加工できている確認しながら仕上げて行けます。周辺には穴が開けてありそこにクランプを固定して横板を抑えます。その時に紹介しますが、実質的に外枠式と同じように機能し、絶対に設計図よりも横板が膨らむことがありません。

私はやってみて誤差が出やすいのはミドルバウツです。ここはカーブの向きも逆なので厚みを増して横板の誤差が生まれないようにします。これなら、横板の誤差が最小なので、型に従って裏板や表板を加工しても横板と合わなくなることが無いというわけです。裏板や表板を正確に加工しているか確認するために、設計図にあてがえるようにしました。紙がむき出しだと擦れてしまうのでプラスチックに挟んであります。

オールド楽器のコピーを作る場合には正確性が普通の新作以上に問われます。新作なら歪んでも「俺の作風だ」と言い張ればいいのですが、誤差が出るとなんだかわからなくなってしまうからです。ストラディバリは誤差だらけですが、それをアドリブで整えて作ってあります。ストラディバリにとっては設計図は目安にすぎません。しかしそれのコピーを作るとなるとアドリブの結果を正確に再現しないと違うものになってしまうのです。

「設計図→型→枠→横板→輪郭の形」とすべての工程で少しずつ誤差が出ます。それを「設計図→輪郭の形」としました。これで誤差が著しく少なくなるはずです。

このような方法で横板を正確に加工しなくてはいけないというプレッシャーから解放されます。精神論ではなく技術で問題を解決するのです。
横板を正確に加工しなくてはいけないという教えは、楽器製作の態度にも影響するでしょう。0.1mmの誤差もなく作るのが至高という考え方では細かい所ばかりに意識が行ってしまいます。音に明らかな違いが出て来るには大きな違いが重要です。細かい所を「パーフェクト」に作っても全体としては的外れかもしれません。0.1mmまで正確に作ってもそれが正解かどうかわかりません。失敗したほうが音が良いかもしれません。実際には不真面目な職人の方が多く、いい加減に作られていて品質も音もバラバラでしょう。正確に作れば音のばらつきも少なくなるはずです。

そのような考え方では、好みによって音やスタイルを変えることができなくなるでしょう。工業製品としても硬直し創造性がありません。消費者に魅力的なものを作るという視点が欠けています。伝統工芸が衰退していく原因です。


裏板は一枚板です。2007年に購入したものですでに何年か経っていたはずです。当初は大きなノコギリの機械で製材したはずですが歪みが出ているのでカンナで削って平らな面を出します。

裏板には板目板の一枚板を用います。板目の一枚板は珍しい方ですが、私は多く作っています。材木の皮に近い方です。一般的な柾目板とは向きが90度違うので物理的な柔軟性も違います。野球のバットでも持つ方向が決まっていて、マークがついていて分かるようになっています。これを間違った向きに持てば飛距離も出ないというわけです。このように確実に物理的な違いがあります。つまり柔らかいということです。
これまでも板目板で作ったものは味のある音で印象深いものができました。柾目板で板の質にこだわっても違いは分かりませんが、板目板は違うようです。板目板の木目の不規則な様子が面白いものですが、几帳面で厳格な職人は嫌うかもしれません。このような板をチョイスする時点で目指すものが違うのかもしれませんが、本当に音が違うのかサンプルとなるでしょう。楽器の音が違う原因が何なのか特定するのは難しいですが、ひとつでも多く板目板の楽器を作って音に規則性があれば木目の向きの違いが有力な根拠となるでしょう。板による音の違いは法則性が分からないことの一つですが、板目板は違う音の楽器を作るためにできる数少ない選択肢の一つです。

一方オールド楽器では板目板はよく使われていましたが、アマティやストラディバリもランダムで用いたようで特に思想があったわけではなさそうです。ピエトロ・グァルネリも様々な木目の板を使っていて「らしい板」というのもありません。はっきり特徴があるのはヤコブ・シュタイナーのバーズアイメイプルで、鳥の目のような模様がたくさんあるものです。これも板目板の一種です。
一般論としては板目板はオールド楽器でよく使われ、近現代では少ないものです。一枚板自体がかつては珍重されていたようです。材木屋では一定数発生するので楽器も一定数作られてきたようです。今では好みです。少なくともヴァイオリン製作学校で教わる時には使わないでしょう。一般的ではないからです。

平面ではこんな感じですが、これにアーチが加わるとさらに場所によって木目の断面の向きが変わります。特に高いアーチでは面白い模様となるでしょう。


表板は2枚のものを張り合わせます。鉄製の大きなカンナは1950年代のイギリス製のもので調整に苦労したものですが、以前に使用したそのままで数回削るだけで接着面が完了です。ジョイント部分はトラブルの原因でもあります。指板やテールピースで隠れていて知らないうちに重大な故障が起きているものです。それがわずか数分の作業で完璧に加工できるのですから、道具の調整がいかに重要かということです。


表板は不規則で木目の幅が広い所と狭い所があります。これくらいの方が出来上がると表情が出るでしょう。一般論として木材は均質のほうがランクが高くなります。しかしきれいすぎて面白みがありません。

まだまだ続きます。
楽器の作風は気持ちや文化など精神論で決まるのではなく、技術的な根拠があるものです。今度は違うものを作ろうと思っても工程が終ってみるといつもと同じものになってしまいます。自分の意志ではなく作業の手順や使う道具によって決まるのです。加工精度が落ちるとゆがみが生じます。同じ原因で生じたものなのに、安価な製品では粗悪品と評価され、高値がついているものでは「個性」と評価されるのは技術者としては理解できません。我々にとってはそのようなウンチクは「たわごと」にすぎません。

今回の話で音について違いが出る可能性があることは、胴体のモデルと裏板の木目の向きです。
しかしながら何線のどの音がどうなるかまではわかりようがありません。小型のモデルでアーチが高くても窮屈にならないようにと設計したに過ぎないのです。音を予測して寸法を計算することなんてできません。木材の塊の段階では叩いても板が厚すぎて音は分かりませんし正確に音を予測することはできません。それを分かったような顔で語る人の方がはるかに危険です。

理屈では裏板が板目板のほうが柔軟性があり、過去の経験でも低音が出やすい「暗い音」になったイメージがあります。音も柔らかくなるでしょうが、アーチの高さによってダイレクトさを感じられるようになれば良いです。高いアーチと板目板の組み合わせがポイントです。予想通りになるのかは出来上がってみないことにはわかりません。可能だとしてもそれくらい大雑把にしかイメージできません。それでも高いアーチは作ってはいけないというのが常識ですし、板目板も珍しいものです。常識に比べたら違う音のものができる可能性がはるかにあります。