風の谷のナウシカ(原作) 宮崎駿
「風の谷のナウシカ」映画は幼い頃から何度も見てきたけど、原作を読んだのははじめてだった。なんと壮大な物語なんだろう。読後の高揚感のままに今の思いを綴ろうと思う。「腐海は業苦ですでも敵ではありません」この言葉を読んだとき、なぜだか涙が止まらなくなった。何を心が感じたのだろう。私は自分の中にある苦しみや怒りの感情を無意識に忌み嫌い、とかく見ないふりをして遠ざけようとしてきたように思う。苦しみや怒りの感情はできれば持ちたくない。だけど、私の中に確かにある感情を認めることができたとき、心がとても軽くなった。闇だと思っていたもの、苦しみや怒りだと思っていたものは、恐れや孤独だった。そして、その恐れや孤独は、私の中にある喜びや慈愛がまとったものでもあった。「私」という内側の世界は、光がつくった闇、闇が放つ光。光が強ければ強いほどその影は濃く等しく深い闇となり存在する。光だけでは存在できない。闇だけでもまた存在しえない。光が善で、闇が悪か?いや、ちがう。善でも悪でもない。善であり悪である。光が味方で、闇が敵か?いや、ちがう。味方でも敵でもない。両方でひとつ。両方ともで「私」なんだ。光と闇の境目があいまいに溶け合ったとき、私の強ばった心もするすると弛緩して涙となって流れ出たんだと思う。破壊と再生を繰り返す人間は、でもそのひとりひとりが世界を形づくるピースのひとつ生きることは、死に向かい鮮度を保つ変動の営みでもあるんじゃないかと思った。根底に広がる普遍の愛に包まれながら。「人間の汚したたそがれの世界で私は生きていきます 」ナウシカのこの言葉が今もまだ私の中で反響している。