サルヒツの温泉めぐり♪【第130回】
黒湯温泉
℡)0187-46-2214
往訪日:2022年4月9日~10日
所在地:秋田県仙北市田沢湖生保内字黒湯沢2番地の1
源泉名:【黒湯上】【黒湯下】
泉質:単純硫黄温泉
泉温:(源泉)54.7度/51.8度(浴槽)42度
臭味:極微量の酸味・苦味・鹹味/やさしい硫化水素臭
pH:4.5/5.6
その他:加水・無濾過・かけ流し
■営業時間:(IN)14時(OUT)9時30分
■料金:(旅館部)17,000円(税別)
■客室:(旅館部)16室+(自炊部)16室
■駐車場:約30台
■日帰り利用:10時~16時
≪黒湯のバージン湯と戯れた二日間だった≫
ひつぞうです。先週末は秋田まで遠征しました。目指したのは乳頭温泉郷の黒湯温泉。つげ義春がこよなく愛した、湯治宿の情緒が色濃く残る名湯です。この4月9日が冬季休業明けの営業初日でした。ということで今回の湯めぐり紀行のコンセプトは“バージン中のバージン湯を味わう”です。
「なんかやらしい響きだにゃ」
★ ★ ★
乳頭温泉郷との出逢いは12年前の五月の連休に遡る。あの未曾有の大惨事が襲う一年前だった。春の東北路は何処も多くの観光客で溢れ返っていた。宿泊した妙の湯も例外ではなく、乳頭温泉郷にあってはラグジュアリー志向の宿だけに、若いカップルや家族連れなど様ざまな客層が散見された。食事も湯も大満足だったが、つげ義春が好んだ、少し人生に疲れた人たちが集まるような、鄙びた湯治場の風情とは別の世界だった。
今年入って筑摩書房の『つげ義春の温泉』を読んだ。つげは絵も巧いが文章も達者である。《黒湯》の章を読んで無性に行きたくなった。文明の利器など無用な隔絶された自然の果てに、滾々と湧き出る大地の恵みに身をさらす。気が向けばビールで喉を鳴らし、酔い覚ましに下駄を鳴らしながら萱葺きの湯小屋のはざまを彷徨い歩く。素晴らしい。想像しただけで胸が高鳴る。調べてみると意外にも営業初日に空きがあった。
「いきゅいきゅ!」
今年は桜の開花を聞く前に真夏日の到来が報じられた。うんざりしながら日常生活を送る僕の濁った頭は、裏岩手の稜線に激しく照り映える残雪を見た瞬間、生き返った気がした。そして、初めて訪れた秋田に感じた12年前と同じ昂奮を、やはりこの時も味わっていた。雫石の町から県境を越えた。数年ぶりの秋田駒ヶ岳。その峻烈な峰峰が視界に入ってきた。
初めて秋田駒ヶ岳に登ったのは、妙の湯往訪の翌年のやはり黄金週間だった。誰にも逢わず、二人で縦走したのが懐かしい。藪漕ぎと雪稜の処理に苦労したことを思い出した。そんな想い出を振り返りながら、県道西山生保内線を北上し、休暇村のあたりで脇道に逸れた。
車一台分の道が除雪されていた。途中数箇所、離合用のスペースが切られている。
終点の駐車場には既に数台の車が停車している。この小屋にストックと長靴が用意されている。思いのほか滑るので登山靴を持っているなら持参した方が万全だろう。
二日間とも稀に見る快晴だった。登山しない日は晴れる。いつものことだ。宿に向かう道すがら、源泉池が見えた。あれが《上湯》らしい。
チェックイン開始は14時だが、電話口で「準備できているので14時前でもどうぞ」と云われた。なんと親切な宿なのだ。しかし、営業再開初日で大勢のスタッフが入り乱れて、建物の補修や配管のチェックなどに追われている。いいのだろうか。こんなところにサルとヒツジが闖入してしまって。
「いいんじゃね?そう云われたもん」
事務所と宿泊棟は別棟になっている。建物はつげの本で紹介された写真より新しくなっているが、配置は全く変わっていない。名物の混浴露天風呂はこの右隣りにある。
今回は旅館部への投宿。趣きのある萱葺きの部屋はまだ利用できない。部屋ごとに下駄箱が区切られている。ここでスリッパに履き替えて部屋まで案内頂いた。
泉質が強烈なので数年で建物をやり直す必要があるらしい。廊下も壁もやり直したばかり。素晴らしく綺麗!
談話コーナーには昭和四十年代と思しき当時の写真が飾られていた。
二階の角部屋だった♪布団は敷きっぱなし。湯治宿なのでテレビはない。もし置いても硫化水素の影響ですぐに駄目になってしまうだろう。
《見取り図》
こんな感じで源泉は二箇所に分かれている。泉質はほぼ同じだ。
では探検に繰り出してバージン湯をゲットしよう。
=黒湯温泉の特徴=
●灰青色の自噴泉
・湯量豊富なかけ流し。高温なので加水されている
・単純硫黄温泉で万病に効果あり。とても温まる
●湯治場の風情残る宿
・茅葺きの湯治宿が名物
・旅館部、湯治部からなる
・浴場は新築されたばかり
●人情豊かなもてなしの宿
・とにかくスタッフの人柄が素朴で温かい
=温泉攻略法=
●源泉
・《上湯》《下湯》の二箇所
●浴場
・《上湯》を源泉にした「混浴大露天風呂」「旅館部内湯」
・《下湯》を源泉にした「男女別露天風呂」「貸切風呂」に大別される
・「旅館部内湯」「貸切風呂」は日帰り利用不可
・男女入替なし
●利用時間
・「旅館部内湯」は午前7時~8時が清掃
・それ以外の浴場は24時間利用可能
●混浴大露天風呂
・湯あみNG
・脱衣所は男女別
・半透明な湯なので女性にはハードル高い(投宿しての夜間・早朝がお薦め)
●貸切風呂
・フロントで予約
・利用:1時間
・洗い場あり
●日帰り利用
・10時~16時
(営業初日とはいえ)日帰り客が朝一から押し寄せている。そのためバージン湯は《旅館部内湯》《貸切風呂》でゲットする作戦をとった。貸切風呂を予約して、内湯と貸切風呂で上湯、下湯双方のバージン湯を心ゆくまで堪能することにした。
最初に内湯へ。誰も投宿していない。いるとすれば再開作業中のスタッフだ(笑)。
=旅館部内風呂=
天気がいい。気持ちいい風が館内を吹き抜ける。ここは日帰り客は利用不可。
脱衣所も素晴らしく綺麗で清潔。やっぱり秋田はいいっすな。
これよ。これ!
源泉は無色透明。空気に触れることで灰青色に。
どうです。析出成分が表面に層をなしているではないですか。入ってみた。確かに単純硫黄泉らしく、ヌルッともスベスベもしない。ただひたすら穏やかな硫化水素臭が漂っていた。癒されるね~。
酸味も鹹味も苦味も穏やか。もっと収斂性があるのかと思っていたけれど“優しい系”。
極楽。
「極楽♪」
適温になるように加水されている。かと言って成分が薄いと感じることはない。
ここで強烈な空腹を覚えたので食堂で麺類を頂くことに。
もちろん。クラフトビールつき。
おサルはうどん。僕は蕎麦。田舎風でとても旨かった。
★ ★ ★
貸切風呂の時間になった。
坂道をくだっていく。
まだ雪掻き終わっていないね。
間違ってこの旅館部の建物に入ってしまった。
「こっちだよ!」
左の小さな建物が貸切風呂。最近できたものらしい。右が男女別露天風呂。
眼の前に下湯の源泉池が広がっている。
ボコボコと音と立てて湧いている。
これは二階から見おろしたところ。
少し早いので男女別露天風呂に先に入った。
=男女別露天風呂=
内風呂が併設されている。
雰囲気あるね。
日帰りの客はちょっとだけ這入ると直ぐに出ていく。温泉手形で乳頭温泉郷を巡っているらしい。人ぞれぞれ。僕らは一箇所をじっくり味わう派。
女湯の内湯。少し広いよね。
「そうお?」
明らかに広いよ。
「混浴露天風呂に入れない女性のためのサービスなんじゃね」
きっとそうだね。
女湯は打たせを再開しているけれど男湯はまだだった。
では貸切風呂へ。なんか忙しいね。
「全部一日で入ろうとするからだよ」
コンプリート癖があるもので…。
=貸切風呂=
「ぜいたきゅ~!」
これを二人きりで?
吃驚するほど檜の香りがする。しかし、加水されていなかったようだ。そのうち湯揉みなしでは火傷しそうなほど熱くなってきた。みればおサルも僕も臍から下は茹でダコ状態。
=混浴露天風呂=
時間を見計らって混浴露天風呂へ。さすがにおサルは遠慮して翌朝未明にチャレンジすることに。
ここは湯あみNGなので女性にはハードルが高い。
雰囲気あるね~。つげ義春が文章をしたためた昭和50年当時の写真とほぼデザインに変更はない。
手前に内風呂つき。構造はさきほどの男女別と同じだ。
湯守が定期的に温度管理しているので湯温が安定している。
成分表は御覧のとおり。
《黒湯上》
《黒湯下》
黒湯というので塩原元湯の大出館のような真っ黒の湯を想像していたが優しい泉質だった。食事の時間までは部屋で本を読んだり転寝したり。そう。湯治宿では“何もしない”がベストなのである。
=夕 食=
何もしなくても腹だけは確実に減る。
くどいようだが湯治宿なので素朴な旅館料理である。
それでも郷土色を出している点が嬉しい。
酒は昔ながらのしっかり骨格系だった。
まずは《太平山 大吟醸 天巧》をもっきりで。
ばっけ入り味噌田楽
「なにバッケって?」
フキノトウらしいよ。これ、前に一度説明した。
「どこで?」
う~ん。忘れた。どこか秋田の温泉宿だったような。
最近物事をなかなか思い出せない自分がいる。
コゴミ、椎茸、海老の天婦羅
次は《刈穂 六舟》。やはりしっかり系。
すずさやか麺
「スズサヤカってなに?」
秋田県産の大豆で、リポキシゲナーゼという大豆特有の青くささの原因酵素が突然変異で失われたものなんだって。メニューの多くに使われているね。
でも秋田名物で一番好きなのはきりたんぽ鍋かも。
「おサルは燻りガッコ」
ということでハイスピードで食って飲んだので…
おサルは早々にくたばってしまった。まだ外は明るい。
=翌 朝=
結局、僕もそのまま寝てしまった。話し相手がいないとこうなる。10時間以上も寝ていたから顔がパンパンだよ。
「温泉に入ってデトックスするだよ」
ということで混浴露天風呂へ。残念ながら同時に他の男性と一緒になってしまった。おサルはバスタオルでグルグル巻きにして、浴槽に浸かる瞬間に黒子よろしく僕がタオルを受け取った。
「なかなか役に立つにゃ」
=朝 食=
二日間で何時間入っていただろう。おかげで日常生活で倦み疲れた身体も幾分軽くなったような気がする。食欲も復活してご飯が美味くて仕方ない。
「それはそれで困ったにゃ」
やっぱりあきたこまちは旨いよ♪
食後にもう一回貸切風呂で放歌高吟。9時過ぎに荷物をまとめることにした。早めに投宿できる代わりにチェックアウトは9時30分とやや早い。
名物の黒玉子を買って帰ることにした。
憧れ続けた黒湯温泉。昭和50年当時、「乳頭温泉郷では多くの宿で増改築が進み、湯治場の風情は加速度的に失われていった」という主旨のことを、つげ義春は著書の中で嘆いた。失われゆくものに愛惜の念を覚えることに、時代や世代の違いはないようで、人々はむしろ未改修だった萱葺きの黒湯に押し寄せた。そして数十年が経過。黒湯もまた最低限の“近代化”を避けることができなかった。それでも客は押し寄せる。
黒湯の魅力とはいったい何か。投宿して感じたことは、鄙びた風情もひとつの魅力だが、それ以上に、寛ぎを約束する宿の雰囲気やスタッフの応対こそ、むしろ重要だということだった。
ただ、ひたすらに風呂三昧、酒三昧、ダラダラ三昧だったが、倖せいっぱいの二日間だった。慌ただしいさなか、投宿を許してくれた宿のご厚意に感謝しつつ、僕らは来た道を戻っていった。この日も青空がどこまでも遠く広がっていた。
(おわり)
ご訪問ありがとうございます。