竹久夢二伊香保記念館
往訪日:2025年9月21日
所在地:群馬県渋川市伊香保町544-119
開館:9時~17時(年中無休・臨時休館あり)
料金:3,000円(全館見学+黒船屋見学コース)事前予約制
アクセス:関越道・渋川伊香保ICから10分
駐車場:無料
※建物撮影OK・作品NG
※料金は往訪時のもの
《ネオバロックを模した黒船館》

竹久夢二の絵に抵抗を感じながら生きてきた。そのあからさまな哀愁や郷愁といった、どこか甘っちょろい大衆迎合趣味が鼻持ちならなかった。だがそれは“それでもどこか気になって仕方がない”という気持ちの裏返しでもあった。
昨年の今頃。たまたま夢二の《黒船屋》の所在を調べたところ、それが伊香保の記念館にあり、一年に一回、それも二週間限定で公開されると知った。それがなんと9月10日から9月23日。公開中だったのだ。11時と14時の一日二回の完全予約制。一回20人の狭き門だったが、電話してみると奇蹟的に二人分ゲットできた。
「あんまり興味がないんじゃなかったっけ?」
ヒツヒツは
他の作品はともかく《黒船屋》は別格だよ。

温泉や登山で幾度も訪れている伊香保。当然この記念館の存在も知っていたが、観光地にありがちなナンチャッテ系だと決めつけていた。実はここ。岩波書店の元専務で有数の夢二コレクターでもあった長田幹雄氏が寄贈した本格記念館だったのだ。

(坂の途中から子供の絵館などが見え隠れする)
なお記念館は、夢二の足蹠をたどる大正ロマン館、名画《黒船屋》収蔵のために建てられた黒船館、ガラス工芸を展示する新館・義山楼、子供画展示の別館・子供の絵館からなる。

(本館正面)
料金設定は複雑で、どの建物まで見るかでセット料金が変わる。なお《黒船屋》見学コース、義山楼+子供の絵館はともにガイドつきで集合時間厳守(後者は単体見学も可)。欲張りな人は旨く組み合わせることがキモになる。去年の例でいけば、全館見学+黒船屋鑑賞で3000円(全館見学2200円、黒船屋単独2200円なので1400円お得)が一番お得だった。ちなみに26年4月に料金改定。黒船屋鑑賞は(菓子付きになったが)なんと4500円!去年行っててよかった。
「お菓子はいらんにゃ」

ということで時間も限られている。9時の開館を待ってスタート。ちなみに他に並ぶ人はいなかった。
本館(大正ロマンの館・黒船館)

①9:00~(自由見学)本館・大正ロマンの館
②9:40~9:50(時間指定)オルゴール演奏 ※毎時40分から10分
②10:00~10:30(時間指定+ガイドつき)義山楼+子供の絵館
③11:00~11:30(時間指定+ガイドつき)黒船屋鑑賞
というプランを組んだ。

本館ホールの天井を見あげる。作品と資料はすべて撮影NG。但し建物や家具はOK。

黒船館一階の展示室にはVTRのほかに(直接は無関係だが)クラシックオルゴールが決まった時間に演奏される。その複雑かつ美麗な音色は聴く価値大。

階段をあがると大正ロマンの館に続く廻廊があり、長田幹雄(1905-1997)の略歴が紹介されていた。東京生まれの長田さんは戦争によって両親の郷里・諏訪に戻り、学校は高等小学校しか出ていない。そんな学歴ながら諏訪出身の岩波茂雄に見出されたのは、才能が評価されたのだろう。

岩波新書を発案し、広辞苑の第一版編纂にも関わった。そんな長田さんが本格的に夢二に入れ込むのは31歳。それ以来、絵画はもとより、関係資料を集めまくり、作品7905点、研究資料2528点ほかが当館に寄贈された。

大正ロマン館には大作《榛名山賦》と《青山河》が常設展示されている。特に前者は《立田姫》と対をなす名品。異様な腰位置がむしろ蠱惑的で観る者を魅了する。開館した1981年の翌年に「夢二の描いた群馬展」が開催され、本作も出品された。学芸員でのちに館長をつとめた小暮享氏は「あなたの居場所はここなんだよ。いつかかならず、この榛名に帰っておいで」を語りかけたそうだ。伊香保(榛名山)は晩年の夢二がその自然を愛し、美術研究所を構想した縁があった。その二年後。長田さんは「夢二が喜ぶからね」といって、所有する他の絵と交換したうえで、この《榛名山賦》を記念館に寄贈した。もちろん小暮氏は自分の気持ちを誰にも明かしてはいなかった。フシギな縁を持つ作品だった。

建物は美しいし、調度品も素敵。

こうして“撮影スポット”を撮っていて、時折ふと我に返る。

いい年こいたオッサンが、乙女よろしく何やっとんじゃという気がせんでもない。

夢二の生活はこうではなかったし、女と絵と旅だけが全てだった画家に「飾る」という考えは毛頭なかっただろう。ただ、夢二が表した大正ロマンは、確かにどこまでも借り物的で、だからこそ誰もが夢中になったのだ。

11時なった。玄関で待ち合わせたガイドの女性に案内されて義山楼にむかった。
義山楼

立派な数寄屋風。

どこかの数寄屋建築を移築したのだろうか。質問しても捗々しい回答が得られない。
「なんのためのガイドなのちにゃ!」
そういう凝った質問するひとはいないんだよ。きっと。

広い靴脱ぎ。旅館みたい。

明治大正期の和ガラスの展示室だった。

系統展示するとなんでも美しい。

市松模様風。

よくまあ集めたものだ。

高価なカットガラス。

こちらも。

玄関をふり返る。ステンドグラスは小川三知の作。つまり、どこかの洋館からガラスだけ移築したのだろう。

照明にも…

壁にもステンドクラス。これは小川ではないがやはり移築品らしい。
別館・子供の絵館

続いて子供の絵館へ。

「これ移築ですよね」とガイドのおばさんに訊くがやはり要領をえない。

立派な階段室。

勘定場があるのでかつてのホテルだったものか。

隣室には立派なマントルピース。

天井は木製ルーバーつき。トップライトから陽光を注いでいる。

絵画は撮れないのでこんなものばかり。

そしていよいよ夢二黒船館へ。10分前に待ち合わせの三階・喫茶室(不定期営業)へ。既に数名の客が待っていた。みんなこれだけのために来ているのかなあ。うちはそうだけど。
本館・夢二黒船館
いよいよ黒船屋とのご対面だ。2024年度に三菱財団の助成をうけて大規模修復を終えたばかり。顕著だった本紙の皺が綺麗になっている。

時間になり、頑丈な鉄門扉の前に並ばされた。もちろん狙うは最前列。扉が開き、部屋に案内されると椅子が前後計20席ほど用意され、順に座るように促された。どうしても一番に、それも中央で観たかったのだろう。肥った中年の小男がそそくさと進み出て「詰めてお座りください」の言葉を無視して前列中央に座った。
「おいおい」
順序まもれよ!
制服に身を包んだ女性ふたりが書院風の引き戸を左右から御開帳。と同時に哀愁に満ちたメロディが流れ始めた。ちょっと古い喩えだが、ヒロシのコントみたいである。

竹久夢二《黒船屋》(1919)
デフォルメされた手。S字を描く女性の身体とそれを覆う黒猫のボリューム。薄く青みがかりしっとりとした質感の黒髪。やはり名画だった。「会話を謹んでの鑑賞を」と言われて無言で観る。だが相手は一枚の絵。さすがに映画や動画と訳が違う。すべての客が一点を見据えるこの妙な緊張感に耐えきれず、思わず足許に眼を落としてしまった。狭い室内は猪首の小男の荒い息遣いだけが支配していた。
「気になゆ~」
ひとり隔てたおサルも気持ち悪かったと云うから、客全員が同じ気持ちだっただろう。そして、少し解説が加わったのち「順番に御座敷におあがりください」と促された。それと同時に小男がわれ先にと前のめり気味に立ち上がった瞬間だった。「裸足の方は靴下をお貸ししますのでお履きになってからどうぞ」と釘をさされた。小男は裸足だった。その狼狽ぶりがおかしくて「じゃお先に」と内心呟きながら立ち上がったまでは良かったが、前日靴紐を硬く結びつけたせいで靴がぬげん。そうこうしているうちに、第三の男がちゃっかり中央に座り込んだのは言うまでもない。
「まるでイソップ童話みたいだの」
欲深な人間には必ず天の制裁がくだるという好例。←自分のこと
与えられた時間は30分。短いような気もするが、同じ絵を30分観るのは決して楽ではない。それに至近距離までよれず、更には退色防止で薄暗く、老眼には辛かった。かつて学生の頃、パリのルーブル美術館でモナリザを観たことがあったが、あれと状況はさして変わらない。絵画鑑賞はむつかしい。
しかし、この絵も表具屋・彩文堂主人の飯島勝次郎が注文しなかったらこの世に存在しなかった。当時、最愛の彦乃と離別したばかりで、投げやりになっていたのだが、勝次郎はすでに絵絹まで持参していた。じゃやるかと気分が乗った夢二が仕上げたのがこの絵。勝次郎は大層感動して百円札を握らせようとしたが、受けつけず、結局75円を強引に払った。その後《黒船屋》は48年間、秘蔵の品として人目に触れないでいた。だが、92歳を迎えた勝次郎は、譲るのであれば長田先生にと輿入れを認めたのだという。
「ロマンだの」
その長田先生も老い先短いことを考えて、やはり伊香保にとこの記念館に託したのだという。記念館がこの絵のために完全無欠な展示室建設に踏み切った訳はここにある。

一枚の絵をみるのにこれだけ労力を費やした後にも先にもこれが最初で最後か。

見学を終えて駐車場脇にある小暮茶寮で食事をすることにした。

水沢うどんの天麩羅もりあわせ(2200円)を戴いた。天麩羅は素朴だったが、うどんは腰があって瑞々しく旨かった。なかなかハードルの高い《黒船屋》だが、ここで朗報。実は今年開館45周年記念として東京国立近代美術館で特別展「竹久夢二時代を創る表現者」が10月23日から開催される。館外貸与は40年ぶり!ぜひこの機会を狙っては?
「おサルはもういい」
つかれた
(つづく)
ご訪問ありがとうございました。