旅の思い出「我孫子市 鳥の博物館」で標本のクオリティに驚嘆する(千葉県) | ひつぞうとおサル妻の山旅日記

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ひつぞうです。
おサル妻との山旅を中心に日々の出来事を綴ってみます。

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我孫子市 鳥の博物館

℡)04‐7185‐2212

 

往訪日:2021年12月11日

所在地:千葉県我孫子市高野山234番地3号

開館時間:9時30分~16時30分(月曜休館) 

料金:一般300円 高大学生200円

アクセス:JR常磐線「我孫子駅」よりバス「市役所前」経由で徒歩5分

駐車場:正面の物産販売所駐車場

 

≪あまりに完成度の高い標本に度肝を抜かれてしまった≫

 

こんばんは。ひつぞうです。今夜も北関東落穂ひろい旅の続きです。鹿島神宮を後にした僕らが向かった先は我孫子市。我孫子と云えば手賀沼。天下泰平の江戸時代、人口増に懊む幕府は新田開発を推奨します。手賀沼の干拓もその一環でした。しかし、相次ぐ利根川の氾濫によって事業は難航を極め、現在の形になったのは1968(昭和43)年のことだったそうです。

 

(冬の手賀沼)

 

間もなく目的地なのに、通りすがりの看板に眼がいった。鳥の博物館。博物学が好きだった僕も、鳥だけは苦手だった。嫌いという訳ではない。色と柄の見分け、形態分類ができないのだ。それでも鳥はかわいい。縄張りを主張して一心不乱に囀るミソサザイや、冬枯れの林を飛び交うオナガ、松の実を啄むホシガラス。山歩きで見かけた鳥たちの記憶がほのぼのと甦る。

 

「おサル行ってみたい!」サル

 

そう。おサルは大の鳥好き。小さくて一所懸命なところがいいらしい。それっておサルそのものじゃ?

 

 

時間には余裕がある。入ってみることにした。

開館は1990年5月。バブルの産物にしては成功している。

 

 

駐車場は手賀沼寄りの農産物直売所の駐車場が利用できる。

 

 

ちょうど企画展が始まっていた。今回は鳥凧の紹介がメイン。

(館内の写真撮影はOKです)

 

 

佐渡出身の市川勝志郎さんが会長を務める新潟鳥凧の会では鶴、朱鷺、クマタカを模した精巧な鳥凧を制作しているそうだ。飛翔に適した構造を模する訳だから理に適っている。世の中には知らないことが沢山ある。

 

★ ★ ★

 

北関東に湖沼が点在するのは、関東平野の成り立ちが深く関わっている。(銚子ジオパークでも観察したように)終氷期に海水面がさがって深い谿が刻まれたのち、再上昇して溺れ谷ができた。それが現在の霞ヶ浦であり、印旛沼であり、そして手賀沼である。

 

 

そもそも手賀沼の畔に野鳥専門の博物館が誕生したのは自然の宝庫だったから。関東の温暖な気候と豊富な餌を求めてたくさんの野鳥が飛来してきたことだろう。

 

 

しかし(冒頭で触れたように)平仮名の「つ」の字の形をしていたものが、干拓の進展とともに少しずつ狭くなっていった。

 

 

1879(明治12)年では、上図(左下)のように「つ」の字をしている。1949(昭和24)年でも然程変わらない。しかし、全国的な都市化が加速する1967(昭和42)年の時点で既に半分になっている。我孫子がニュータウン開発の対象に選ばれたことも手伝って、水質の富栄養化が進み、生態系もかなり貧しくなっていった。

 

 

かつては泳ぐこともできたし、鴨猟も盛んだったそうだ。確かに僕らが子供の頃は、幅5㍍ほどの近所の小川でも水量豊富で水草のような甘い川本来の匂いがしていた。今の若い人たちに説明するのは難しい。形容する匂いが身近に存在しないからだ。堤を越えれば魚影が素早く斜に走る。川や沼には特別なときめきがあった。

 

 

=二階展示室 手賀沼の自然と鳥たち=

 

その時代の自然をリアルなジオラマで再現している。

 

 

これは冬の情景。

 

カモの動き、仰向き加減なところとか、よく再現されていない?

 

「尾っぽだけ水面に出ているところがリアル」サル

 

 

とにかく剥製の完成度がすごい。見たことがないくらいだ。生態を識りつくした人でないとこうはいかない。

 

 

田植えの頃の水田。

 

 

ムナグロは東南アジアで越冬して夏のシベリアで子育てをする。その途中手賀沼で羽根を休めるという。

 

 

これは夏の葭(ヨシ)原。

 

オオバンのサイボーグのような青い肢先がちょっとブキミ。我孫子市の鳥なんだって。

 

 

東南アジアから渡ってくるオオヨシキリは葭の繁みに営巣する。そして一日中やかましく囀って縄張りを主張するのだそうだ。

 

 

よくできているね。夏の盛りにはこっそりヒナを連れ歩く姿も見られるらしいよ。

 

「みた~い!」サル

 

 

=三階展示室 鳥の起源と進化=

 

ディアトリマジャイアント・モアの骨格標本(レプリカ)が出迎えてくれる。

 

 

ディアトリマは再現剥製。6000万年前に生きていた飛べない猛禽類。というよりほぼ恐竜。

エミューの羽根を使っているそうだ。

 

 

『不思議の国のアリス』にも出てくる絶滅種ドードー。1505年、マダガスカル沖のモーリシャス島で発見された。全く人間を恐れないので乱獲で1670年頃には絶滅してしまった。これも複数種の鳥の羽根で再現されている。

 

 

絶滅種エピオルニスの卵。ラグビーボールほどの大きさがある。

 

 

在野の鳥博士&卵博士だった故・吉村卓三先生が自らマダガスカルの海岸近くで掘り当てた標本。

 

 

種類の豊富さに驚いた。その数385種。今でも蒐集を続けているそうだよ。

 

 

「こいつだよ!いつもお山で驚かすのは」サル

 

至近距離でドドドドドドドーって飛ぶからね。熊かと思うよ。ほんと。食べると美味いけどね。

 

 

ホロホロドリのモフモフの羽根の再現も素晴らしい。剥製って上手に造らないと生気が感じられない。

 

「うまそうにゃ」サル

 

なんか意味が違うくない?あせ

 

 

ダチョウの雛。小首をかしげた愛らしい表情がよく再現されているね。

 

「かわいいにゃあ。生きてるみたいにゃ」サル

 

 

細かく観察していると全然時間が足りないね(笑)。

 

≪カオグロハタオリの巣≫

 

卵や巣の標本も豊富。とにかく鳥に関するあらゆる標本が揃っている。

 

 

まさかとは思ったがハシビロコウもいるとは!

 

実は鳥の博物館の剥製の多くは持ち込まれた“斃死鳥”で制作されている。恐らくこのハシビロコウも動物園で亡くなった個体で、永遠の命と引き換えに、この第二の栖で、博物学の愉しさ、種の多様性の不可思議さを伝え続けているのだろう。

 

 

他方、寄贈された“お宝”もある。この朱鷺は1926(大正15)年に長野県佐久市で捕獲されたもの。捕獲しちゃいかんやろとは正直思うが、当時は普通に日本の田畑を飛翔していたのに違いない。歴史を解き明かす標本といえる。

 

展示された標本はごく一部。その大半は倉庫に眠っている。東京上野の自然科学博物館にも負けない素晴らしい資料館だった。これで300円は破格。将来の博士の皆さんに是非訪れて欲しい。

 

 

偶然のめぐり逢いだったけれど感は間違っていなかった。いいものを見ることができたよ。

 

「変なのが沖で踊っているよ」サル

 

河童みたいねあせ

 

(旅はつづく)

 

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