コペルニクスな呼吸器学
  • 25Sep
    • 高分解能CT(HRCT)は肺の「線維化」を可視化しているのか?の画像

      高分解能CT(HRCT)は肺の「線維化」を可視化しているのか?

      日本呼吸器学会の「特発性間質肺炎の手引き」には、間質性肺炎のCT画像所見のうち、線維化と関係のある所見として    ① コンソリデーション(浸潤影)とすりガラス影    ② 小葉内網状陰影    ③ 蜂窩肺    ④ 牽引性気管支拡張があげられている[1]。ただし、①と②は、実質性病変であっても間質性病変であっても起こるので特異性はない、とされている。③は肺胞の畳み込みと細気道の拡張による嚢胞形成、④は周囲肺組織の線維化による容積減少によって気管支壁が牽引されて拡張する、とされている。「肺胞の畳み込み」とは、具体的にどのような現象を指すのか「手引き」の中に説明はないが、肺胞壁が折り畳まれている(folding)状態を指すものと思われる。模式的に表すと、図1のようになる。隣り合う肺胞を境する肺胞壁が倒れこみ、折り畳まれている状態である。本来の肺胞腔が消失した状態、つまり、肺胞虚脱である。肺胞虚脱が高度になると肺胞管全体が虚脱する。「蜂窩肺」も「牽引性気管支拡張」も肺胞虚脱によって容積が減少したためにおこる変化、ということになる。そうであれば、線維化に特徴的なCT所見として挙げられている4つの所見は、いずれも線維化と関係なく生じうることになる。逆に、4つの所見はすべて肺胞虚脱で説明できる。             図1.肺胞の「畳み込み」 「手引き」では線維化によって肺の容積減少が起こるとされている。しかし、線維組織の増生自体では肺の容積減少は起こらない。膠原繊維は弾性線維より弾性率が高い(コンプライアンスは低い)が、最大吸気によって最大限の圧を加えた場合は、肺胞構造が保たれていれば同程度に伸展する。したがって肺活量低下の主たる原因は肺胞虚脱による含気量の減少である。 仮に、肺胞構造はそのままで肺胞壁が線維組織の増生によって厚さが2倍になったとしよう(図2)。この場合、組織の容積もほぼ2倍になるが、全体の容積は不変で、組織の増加分だけ含気が減少する。図2.線維増生で肺胞壁の厚さが2倍になった場合元の状態の組織の含有率が10%(CT値 -900 HU に相当)だったとすると、組織含有率は20%(CT値 -800 HUに相当)になり、含気量(全肺気量, TLCに相当)は89%(= 80/90)になる。他方、図1のように肺胞が虚脱すると、肺胞腔の容積(約40%)が失われるので 全体の容積は60%になる。組織自体の容積は不変であるが、全体の容積が減少した分、組織の含有率は17% (=10/60)に増加し、含気量は 56 % (50/90)になる。組織の含有率17%はCT値-830 HU に相当する。滲出性反応を伴えば、もう少し高値になる。 病変部のCT値、組織量(正常時を1とする)、含気量、組織も含めた全体の容積を下表にまとめた。肺胞虚脱の場合は組織量自体は変化しないが、全体の容積が減少しているので組織の容積の割合(組織の含有率)が増加し、CT値が上昇する。 全体の容積(正常時を1) 組織量 (正常 時を1) 含気量 (正常 時を1) 全体の容積に対する組織量 (%) CT値 (HU) 正常時 1 1 1 10 -900 肺胞虚脱(図1) 0.6 1 0.56 17 -830 線維増生(図2) 1 2 0.89 20 -800  3DCTで含気量と組織量を定量的に計測したHoggのグループの論文[2]によると、IPFでは含気量も肺全体の容積も低下しているが、組織の容積(率ではなく絶対値)は健常者と同じだったとのことである。彼らの計測結果は、上の表の肺胞虚脱の場合と合致している。 3DCTでは肺全体の容積を計測することができるが、病変部の容積がどれだけ変化したかは、発症前のCT画像が得られなければ推定することは困難である。しかし、肺胞虚脱の場合は病変部と健常部の境界が凹んだ曲面になるので、2次元画像でも容易に推定できる。肺水腫や肺胞性肺炎でh肺胞腔が水分で満たされる場合は境界が凸の曲面になるので、鑑別可能である。以上より、HRCTで観察されるIPFの「線維化」は、肺胞虚脱によって生じる2次的な構造変化を指しており、線維組織の増生によって生じる変化ではない、と結論される。1.日本呼吸器学会編. 特発性間質性肺炎診断と治療の手引き第3版.南光堂、東京、2016.2.Coxson HO, Hogg JC, et al. Quantification of idiopathic pulmonary fibrosis using computed tomography and histology. AJRCCM 155:1649-1656, 1997.

  • 22Sep
    • 抗線維化薬の臨床効果に関する疑念(3)の画像

      抗線維化薬の臨床効果に関する疑念(3)

      FVCをIPFの臨床試験のend point にすることを正当化した論文 レビューFVCによるニンテダニブの臨床試験に中心的な役割を果たしたのは英国Imperial Collegeの du Bois 教授で、2011年にFVCによるIPFの病態評価の統計処理に関する論文をAJRCCMに発表している[1]。本論文の主張は次の2点で、これらの主張がニンテダニブの臨床試験のデザインを決定したといえる。1.(VCではなく)FVCがIPFの進行の指標として適切2.%FVCのMCID(minimal clinically important difference)はSEM(standard error of the mean,標準誤差)で与えられ、その値は2-6%。1について、du Bois は Introductionに「FVCは、この数10年間、IPFの呼吸機能を計測する標準的な検査である。肺気量(FVCであれ、VCであれ)の減少が疾患の進行を反映することは広く認められており、IPFの薬効評価のprimary endpointとして用いられている」と記し、2000年のATSのGL[2]と4編の臨床試験論文を引用している[3-6]。しかし、2000年のATSのGLで標準的な呼吸機能検査とされているのはVCであり、「数10年来、FVCがIPFの標準的な呼吸機能検査である」という du Boisの見解は明白に事実に反する。また、4編の臨床試験論文のうち、3編はVCがend point で、FVCが用いられていたのは1編だけである[6]。 du Bois はその1編の共著者で、先行研究の end point がすべてVCであることに関しては言及しておらず、VCの計測結果も示されていない。ちなみに、文献[6]はピルフェニドンの臨床試験で、FVCの" centrally review"は行なわれていない。 本論文で議論されている reliability、validity, responsiveness は、ほぼそのままVCにも当てはまる。しかし、VCではなくFVCが用いられる理由については全く述べられていない。なぜ、VCではなくFVCなのか、謎のままである。MCIDとは、治療によって生じた変化が臨床的に意義があると解釈される変化量の最小値を意味し、自覚症状を数値化した指標に用いる場合(anchor 法)と定量的に計測できる指標に用いる場合(distribution 法)があり、前者が用いられることが多い。後者の場合は標準偏差や標準誤差が用いられるが、その値が臨床的にどのような意味をもつのか、吟味する必要がある。 本論文で du Bois はベースラインの%FVCの標準誤差をMCIDとしている。標準誤差は対象数を n とすると、標準偏差/√n で算出される。nが100であれば、標準誤差は標準偏差の10分の1になる。標準誤差(standard error of the mean SEM、略して standard error SE)とは、同一対象に対して同一条件下で繰り返し計測をした際の測定値のばらつきを評価する際に用いられるものである。あるいは、同一集団から限られた個数を数回サンプリングして平均値を求めた場合、その平均値の標準偏差が標準誤差である。臨床試験における個々人の検査値は、同一対象に対する同一条件下の繰り返し検査ではなく、数回のサンプリング検査でもない。標準誤差は標準偏差から自動的に算出されるが、臨床的な意味はない。 ATSのスパイロメトリのガイドラインによると、FVCの計測値のばらつきは150ml未満が容認されている。したがって、MCIDを150mlとするのが妥当である。%FVCのMCIDとして du Boisが本論文で得た 3.4% (2 – 6 %)という値は、正常肺活量を3500 mlとすると 120 ml(70 – 210 ml) に相当する。この値は、2011年に発表されたニンテダニブの第2相臨床試験で得られたFVC減少量の差が130 ml であったことと符合する。標準誤差が臨床研究においては意味のない統計量であることを前述したが、薬剤の効果を示すグラフには、エラーバーの長さとして頻繁に登場している。下図は、治療前後のFVCの差を平均値とSEで示した棒グラフ(左)と散布図(右)で、2019年のINBUILD論文[7]のAppendixに掲載されている。多くの読者は左側の図のバーをSDだと解釈しているのではないだろうか。もしも、本文にFigure S5が載せられていたら、臨床医の反応はどうなっていただろうか。たとえ統計的に有意差があったとしても有効性に疑問を持つのではないだろうか。有意差検定では、平均値の差がわずかでばらつきが大きくても、nを大きくすればp値が小さくなり、有意差が得られる。しかし、それが臨床的に意味があるかどうかは別の問題である。文献:1. du Bois RM, Weycker D, Albera C, et al. Forced vital capacity in patients with idiopathic pulmonary fibrosis: test properties and minimal clinically important difference. Am J Respir Crit Care Med 2011;184: 1382-9.2. American Thoracic Society, European Respiratory Society. Idiopathic pulmonary fibrosis: diagnosis and treatment. International consensus statement. Am J Respir Crit Care Med 2000;161:646–664.3. Azuma A, Nukiwa T, Tsuboi E, Suga M, Abe S, Nakata K, Taguchi Y, Nagai S, Itoh H, Ohi M, et al. Double-blind, placebo-controlled, trial of pirfenidone in patients with idiopathic pulmonary fibrosis. Am J Respir Crit Care Med 2005;171:1040–1047.4. Demedts M, Behr J, Buhl R, Costabel U, Dekhuijzen R, Jansen HM, MacNee W, Thomeer M, Wallaert B, Laurent F, et al. High-dose acetylcysteine in idiopathic pulmonary fibrosis. N Engl J Med 2005; 353:2229–2242.5. Taniguchi H, Ebina M, Kondoh Y, Azuma A, Ogura T, Taguchi Y, Suga M, Takahashi H, Nakata K, Sato A, et al. Pirfenidone in idiopathic pulmonary fibrosis: a phase III clinical trial in Japan. Eur Respir J 2010;35:821–829. 6. Noble PW, Albera C, Bradford WZ, Costabel U, Glassberg MK, Kardatzke D, King TE Jr, Lancaster L, Sahn SA, Szwarcberg J, et al. The CAPACITY Program: two randomised, double-blind, placebo controlled trials of pirfenidone in patients with idiopathic pulmonary fibrosis. Lancet 2011;377:1760–1769.7. Flaherty KR et al. Nintedanib in progressive fibrosing interstitial lung diseases. N Engl J Med 2019; 381:1718-27.

  • 21Sep
    • 抗線維化薬の臨床効果に関する疑念(2)の画像

      抗線維化薬の臨床効果に関する疑念(2)

      努力肺活量(FVC)を用いたニンテダニブの臨床試験論文レビューニンテダニブの臨床試験の論文として、IPFに対する第2相試験が2011年に[1]、第3相試験(INPULSIS)が2014年に[2]、PF-ILDに対する第3相試験(INBUILD)が2019年に[3]、いずれもNEJMに発表されている。すべて、52週間のプラセボ対照2重盲検試験で、primary end pointはFVCの年間減少率とされている。すべての試験で、ニンテダニブ投与群におけるFVC減少率の抑制が有意差をもって(第2相試験でp<0.01、第3相試験でp<0.001)認められた、という結果が報告されている。論文抄録に挙げられている数値はFVCの平均年間減少量で、2012年の論文ではニンテダニブ群 0.06 L vs プラセボ0.19 L、2014年の論文では 114.7 ml vs 239.9 ml , 2019 年の論文では 80.8 ml vs 187.8 ml となっている。そして、ニンテダニブは肺の線維化を抑制すると、いずれの論文も結論している。 これらの論文で問題になるのは以下の2点である。1.ニンテダニブ群のFVCの平均年間減少量とプラセボ群のFVCの平均年間減少量の差はいずれの臨床試験でも150ml以下である。ATSのスパイロメトリのガイドライン[4]によると、FVCでは150ml未満の計測値のばらつきが容認されている。ニンテダニブのFVC減少抑制効果は計測誤差範囲とみなすべきではないのか?2.FVCのデータはすべて、独立した第3者機関に集約されて、ATS/ERJの基準に合うようにreviewされている。第3相試験では、FVCの計測に用いられるスパイロメータもスポンサー(=べーリンガー社)が用意したと明記されている。医療機関で決定されたFVCの値を用いずに、”centrally review”して値を再決定するのはなぜなのか?1.FVCの平均減少量の差が150ml以下である件呼吸機能検査の多くは、被験者の自発呼吸でもって計測される。自発呼吸は随意運動なので、同一人、同一日時であっても、呼出気量(L)や気流量(L/s)にある程度のばらつきがあるのは当然である。前回の記事で述べたように、肺活量(VC)も努力肺活量(FVC)も、150ml未満の計測値のばらつきが容認されている。1 ㎝ごとの目盛しかない物差しで計測されたデータにとって、1㎝未満の差が無意味であることは、科学の常識である。同様に、FVCにとって150ml未満の差は、たとえ統計的な有意差があったとしても無意味とみなすのが常識的な判断である。2.FVCのデータがすべて”centrally review”される件CT画像や病理標本の評価に際しては、個々の診断医の主観的な判断が排除できないため、複数施設で行なわれる大規模な臨床試験の際は評価基準を統一することが必要になる。しかし、スパイロメトリは過去半世紀以上にわたり行われてきた呼吸機能検査であり、ニンテダニブの臨床試験は、呼吸器の診療を専門としている診療科で行なわれているので、FVCもATS/ERJのガイドラインに即して計測されているはずである。ATSのスパイロメトリのガイドラインは2019年に改訂されているが、これらの臨床試験では、2005年に出版されたガイドライン[4]が適用されている。それによると、最大努力呼気曲線の妥当性(acceptability)の評価基準が4項目、再現性(repeatability)の評価基準が3項目あり、少なくとも3回の計測データが保持される。再現性として最大値と2番目の値の差が150ml以下であることが求められる。そして最後に、妥当性と再現性が満たされたデータのなかで、最大値が採択される、とされている。ただし、再現性についてはinterpreterの裁量に委ねられると書かれており、あいまいさが残る(2019年のガイドライン[5]には、discretion of the interpreterは明記されていない)。たとえば、3回の妥当な計測によるFVCの値が3000 ml、2840 ml、2740 mlであったとしよう。最大値と2番目の値の差は160ml、2番目と3番目の差は100mlである。この場合、最大値を選択すると再現性が満たされないので、これを除外し、2番目の値(2840 ml)が採択されることになる。しかし、ガイドラインはdiscretion of the interpreterを認めているので、最大値(3000ml)が選択されることもありうる。さらに、最大値とされた計測データを再検討した結果、妥当性を満たしていないことが判明し、他の値が採択されることもありうる。仮に、すべての対象に対して最大値が採択された場合と2番目の値が採択された場合、平均値に100ml程度の差が生じても不思議はない。ニンテダニブの臨床試験の場合に話を戻すと、医療機関で採択されたFVCの値と”centrally review”されて採択された値が異なる場合が生じうる。”central review”の担当者によって採択される値が異なる場合も生じうる。VCの場合はFVCと異なり、努力呼気曲線の妥当性の検討が不要なので”central review”を行なう必要がなく、肺拡散能やTLCと同様に、個々の医療機関で決定された値が使用されると考えられる。ニンテダニブ試験はすべて double-blindで行なわれている。しかし、データセンターに集約されたFVCの全データに対してデータアナリストが blindであることは必ずしも保証されない。実際、その疑念を裏付けるかのような論文が2019年に発表されている。3. INPULSIS継続試験(INPULSIS_ON)でベースラインのFVCの差が消えている件2014年に発表されたINPULSIS試験の後で、ニンテダニブ群は投薬を継続、プラセボ群は新規にニンテダニブが投与されるopen-label試験が開始され(INPULSIS_ON)、その結果が2019年にLancet Resp Medに掲載された[6]。下図は、論文中の表1のコピーで、INPULSISとINPULSIS_ONの試験開始時のベースラインデータが示されている(赤丸は筆者が追加)。INPULSIS_ON開始時のベースラインはおおむねINPULSIS終了時のデータと一致しているはずであるが、赤丸で示したように、継続群のFVCのベースラインは新規群のベースラインより低い値になっている。INPULSISのベースラインとの差は、継続群で3.8%、新規群で2.6%である。INPULSISではニンテダニブ投与群で有意差をもってFVCの低下が抑制されたはずなのに、INPULSIS_ONの開始時には逆転してしまった、ということである。論文中にはこの件について言及はないが、おそらく、INPULSIS_ON開始時にINPULSISとは異なる人物がFVCの計測データを“centrally review”したためではないか、と推測される。INPULSIS_ONはベースラインデータが明らかになった時点で中止されるべきだった、と私は思う。                    文献6(INPULSIS_ON試験)のベースラインデータ文献:1.Richeldi L, et al. Efficacy of a tyrosine kinase inhibitor in idiopathic pulmonary fibrosis. N Engl J Med 2011; 365: 1079-87.2.Richeldi L, et al. Efficacy and safety of nintedanib in idiopathic pulmonary fibrosis. N Engl J Med 2014; 370: 2071-82.3.Flaherty KR et al. Nintedanib in progressive fibrosing interstitial lung diseases. N Engl J Med 2019; 381:1718-27.4.Miller MR, et al.; ATS/ERS Task Force. Standardisation of spirometry. Eur Respir J 2005; 26:319–338.5.Graham BL, et al. Standardization of spirometry 2019 update an official American Thoracic Society and European Respiratory Society technical statement. Am J Respir Crit Care Med 2019; 200, e70–e88.6.Crestani B, et al. Long-term safety and tolerability of nintedanib in patients with idiopathic pulmonary fibrosis: results from the open-label extension study, INPULSIS-ON. Lancet Resp Med 2019; 7: 60–68.

  • 20Sep
    • 間質性肺炎に対する抗線維化薬の臨床効果に関する疑念(1)の画像

      間質性肺炎に対する抗線維化薬の臨床効果に関する疑念(1)

      間質性肺炎に関する従来の考え方には大きな欠陥があることを本ブログで数回説明してきた(間質性肺炎,間質性肺炎と肺胞虚脱:文献的考察)。線維化は肺胞虚脱に続発する2次的な変化であり、線維化を抑制しても呼吸機能障害の進行を抑制することはできない、と私は考えている。したがって、抗線維化薬の臨床効果について疑念を抱いていたが、先月、エムスリーに抗線維化薬に関する私見を少し述べたことを契機に、詳細に臨床試験の論文を調査した結果、深刻な事実が明らかなになった。本ブログで数回にわたり、この問題を扱う。疑念1: なぜ肺活量(VC)ではなく努力肺活量(FVC)が効果判定に用いられるのか原因不明の間質性肺炎は「特発性間質性肺炎」と呼ばれ、その中で特徴的な病理所見と臨床経過をたどる病態が「特発性肺線維症 Idiopathic pulmonary fibrosis(IPF)」と呼ばれている。今世紀に入り、線維化を抑制する薬剤(抗線維化薬)の治験が行われ、2008年からピルフェニドン(商品名ピレスパ、シオノギ社)が、2015年からニンテダニブ(商品名オフェブ、ベーリンガー・インゲルハイム社)が市販されている。後者は2020年に適応をPF-ILD(progressive fibrosing interstitial lung disease; 進行性線維化を伴う間質性肺疾患) に拡大している。PF-ILDは、原因を問わず、病理学的所見も問わないため、IPFよりもはるかに多くの症例が該当する。まるで、抗線維化薬の適応拡大のために誂えられた疾患概念のようである。 IPFにしろ、PF-ILDにしろ、臨床試験で問題になるのは、線維化とその進行の程度をどのようにして評価するか、という点である。PF-ILDに対するニンテダニブの第3相臨床試験(INBUILD)の論文[1]によると、線維化は高分解能CT(high-resolution CT; HRCT)画像の所見で、進行の程度は努力肺活量(FVC; forced vital capacity)の減少率で評価することになっている。そして、ニンテダニブのprimary endpointはFVCの年間減少量と設定されている。はたして肺の線維化がHRCTで、その進行がFVCで評価できるのであろうか。そもそも、拘束性換気障害の診断はFVCではなく緩徐な呼吸で計測される肺活量(vital capacity; VC)でなされる(通常のVCをFVCと区別する必要がある場合はslow vital capacityと呼ばれることもある)。一方、FVCは最大努力呼気によって呼出される空気の総量で、1秒率の算出に用いられ(1秒率=1秒量/FVC)、FVCが単独で用いられることは2000年以前にはなかった。FVCは被験者に最大努力呼気を要請するため、肉体的負担がVCよりも大きい。また、呼気開始のタイミングや呼気持続時間など、最大努力呼気が適正に施行されたか否かを判定する基準がガイドラインで細かく設けられている。さらに、1回の検査にあたり少なくとも3回、妥当な計測が施行されることが必要で、最大値と第2番目の値の差が150ml以下であることが求められている。FVCの計測は、被験者にとっても検査実施者にとっても、きわめてストレスフルな検査である。一方、肺活量検査は、呼気に関する厳密な制約はないので、FVCに比べるとはるかに容易に実施できる。閉塞性換気障害ではない呼吸器疾患の臨床試験で、なぜVCではなくFVCがendpoint に設定されているのか、実に不思議なことである。2010年のピルフェニドンの臨床試験[2]ではVCがendpointであったのに、ニンテダニブの臨床試験では2011年の第2相試験[3]から一貫して、FVCだけが用いられている。それに呼応するかのように、2000年のATS(American Thoracic Society)のIPFのガイドライン[4]では、IPFの病態評価はVCでなされていたのが、2011年のガイドライン[5]では、FVCが用いられている。IPFの病態評価がVCからFVCに替わった理由はガイドラインに明示されておらず、VCとFVCを比較した論文も、私が調べた限りでは見つからなかった。さらに不思議なことに、ニンテダニブの臨床試験論文にはVCのデータが記載されていない。肺拡散能検査など他の検査データが公表されているにもかかわらず、である。以上の事実を総合すると、ニンテダニブの臨床試験には、VCではなくFVCでなければならない別の理由があるのではないか、と推測せざるを得ない。次の記事でニンテダニブの臨床試験の詳細を述べる。 ちなみに、下の図は、ATSのIPFのガイドラインのポケット版の表紙である(ATS Pocket Guide_v1.pdf (thoracic.org)。製薬会社のロゴが学会のロゴと同じ大きさで表紙を飾る医学会のガイドラインを見たのは、生まれて初めてである。私が知らないだけで、アメリカではこれが常識になっているのかもしれないが、日本ではきわめて非常識なことである。   文献1.Flaherty KR et al. Nintedanib in progressive fibrosing interstitial lung diseases. N Engl J Med 2019; 381:1718-27.2.Taniguchi H. et al. Pirfenidone in idiopathic pulmonary fibrosis. Eur Respir J 2010; 35: 821–829.3.Richeldi L, et al. Efficacy of a tyrosine kinase inhibitor in idiopathic pulmonary fibrosis. N Engl J Med 2011; 365: 1079-87.4.American Thoracic Society. Idiopathic pulmonary fibrosis: diagnosis and treatment. International consensus statement. American Thoracic Society (ATS), and the European Respiratory Society (ERS). Am J Respir Crit Care Med 2000;161:646–664.5.Raghu G, et al.; ATS/ERS/JRS/ALAT Committee on Idiopathic Pulmonary Fibrosis. An official ATS/ERS/JRS/ALAT statement: idiopathic pulmonary fibrosis. evidence-based guidelines for diagnosis and management. Am J Respir Crit Care Med 2011;183:788–824.

  • 22Jun
    • 気流量と気流速度はちがうの画像

      気流量と気流速度はちがう

      本ブログ「COPDの呼吸機能検査1.スパイロメトリ」の記事で、気流量が「気流速度」と誤記されている呼吸機能検査のテキストが多いことを指摘した。フローボリューム曲線の縦軸の単位はL/secである。これは、単位時間(s)あたりに流れる空気の体積(L)を意味しており、流量(flow rate)と呼ぶのが正しい。一方、気流速度(もしくは流速; flow velocity)とは、単位時間(s)あたりに空気が移動する距離(m) であり、単位はm/s である。たとえば、小型の台風の最大風速は 20m/s 程度で、健常者の最大呼気流量は約10 L/s である。単位が異なれば意味が異なるのは当然であるが、呼吸機能検査の分野では、長い間、流量と流速が混同されてきた。その原因は、呼吸機能の専門家に流体力学の基礎知識が欠如しているためである。とはいえ、高校の物理学の授業では、量子論は教わっても流体力学は教わらない。医学部に入っても教わらないので、医学者に流体力学の基礎知識がなくともやむをえないことではある。また、従来の換気力学の理論は、気流を電流になぞらえる電気回路モデルで説明されてきたため、気流に特有の現象が誤って解釈されてきた。医学教育だけを受けてきた医学者がその誤りに気づけないでいたことも、やむをえないことだったかもしれない。管を流れる気流について考えてみよう(図1)。図1. 管の中の流れ流れが緩やかな場合、流れの向きは管に平行で、壁の中央で流速(velocity)が最大になる。壁のすぐそばでは壁面との摩擦によって速度はとても小さいが、流れの向きはそろっている。このような流れを「層流」という(図1左)。このように、移動速度が場所によって異なる物質を「流体」という。流体とは形を変えながら流れていく物質のことをいうが、形が変わるのは場所によって速度が異なるからで、気体と液体が流体に含まれる。流れが速くなると、流れの向きが乱れてきて、いたるところに渦を作るが、渦まきながらも全体としては圧力勾配に従って移動していく(図1右)。このような流れを「乱流」という。電気回路モデルが適用できるのは、層流の場合だけである。ヒトの血管内の血流はおおむね層流であり、電気回路モデルが適用できる。層流はPoisuille流れとも呼ばれるが、層流の方程式を導いたPoisuilleは循環生理が専門の19世紀のフランスの医師だった。しかし、呼吸器系の場合、上気道や気管の気流は安静時であっても乱流で、乱流が気道抵抗の主役である。流量は、単位時間あたりに管の断面を通過する流体の体積である。管の断面積をA, 流量をQ, 断面を通過する空気の速度の平均値(=平均流速)をv とすると、これらの間には、Q = A・v の関係が成立する。流れが層流であっても乱流であっても、どちらでも成立する。つまり、気流量が同じでも断面積が大きいと平均流速が小さくなる。流体を流すのに必要な圧力は、流速(流量ではない)の2乗に比例するので、断面積の2乗に反比例することになる。つまり、気道抵抗(=圧力/流量)が管径の4乗に反比例することが、流速と流量の関係から説明できる。流体は流速が場所によって異なる、と前述した。このために、流体には「移流加速度 」(もしくは対流加速度 )という、固体にはない加速度が生じ、電気回路では説明できない現象が生じる。また、流速が場所によって異なるので、流体内に含まれる物質の含有量が流れによって変化する。固体の場合は、固体をいくら動かしても固体内の物質の分布は変化しない。呼吸生理学におけるガス交換の理論は、「吸入した空気がトコロテンのように肺胞まで押し込まれ(バルク輸送)、肺胞内では拡散によって血液中に移動する」とされており、流体による輸送(移流という)が考慮されてこなかった。そのため、ガス交換に関する理論も誤ったものになっている。臨床医が流体力学を理解するのは容易なことではない。40歳過ぎてから機械工学の大学院生になった私自身、きちんと理解している自信はない。しかし、呼吸機能検査を理解するには、流体力学の難解な方程式を覚える必要はない。以下の2点を押さえておけば、正しく理解できる。    ①流体の速度は場所によって異なる。    ②気流は電気回路の電流と同じではない。乱流が主役。

  • 18Jun
    • エムスリーの新連載が始まりました

      昨年末から今年2月にかけて、医療情報専門サイト「エムスリー」に「全集中silicoの呼吸」を5回連載させていただきました。タイトルのご利益もあって、多くの方々にお読みいただきましたこと、お礼申し上げます。そして、6月16日から新しいシリーズ「新しい呼吸器病学を日本から」を始めさせていただきました(臨床ニュース | m3.com)。今回はin silico研究に限定せず、欧米で構築された呼吸生理学と主要呼吸器疾患研究が嵌まり込んだ落とし穴とそこから脱却する方法について、10回程度の連載でわかりやすく説明していく予定です。今年の2月5日、日本呼吸器学会のホームページで「呼吸機能検査ハンドブック」に対するパブリックコメントが募集されました。私が学会に送ったコメントを、皆様にも知っていただけるよう、本ブログに記事を掲載しました(「呼吸機能検査ハンドブック素案に対するパブリックコメント」)。従来の呼吸機能検査の考え方には流体力学の観点が欠落しており、誤ったデータ解釈がなされている、という趣旨で、私が約10年間にわたり主張してきたことです。残念ながら、私の主張はハンドブック作成委員の方々には黙殺されてきましたが、今回はどうやら様子が違うようです。パブコメ募集の際には、「2021年春に発刊の予定」とありましたが、6月18日現在、いまだに発刊のお知らせがありません。発刊が中止もしくは延期されたものと思われます。実は、このハンドブックについては、今年の2月24日のエムスリーの寄稿記事でも触れています(「末梢気道のフェイクを毀滅」臨床ニュース | m3.com)。呼吸器科医だけが集まる学会や研究会と異なり、エムスリーはすべての診療科の医師をはじめ医療に関わる多くの職種の方々が閲覧されます。スパイロメトリは一般診療でも用いられる臨床検査なので、従来解釈に疑問を持つ医療人は少なくないと思います。これまでは、呼吸器科医に尋ねても「権威ある欧米の教科書にそう書いてある」以上の回答がなかったところに、呼吸器医工学研究者の説明で長年の疑問が氷解したのではないでしょうか。エムスリーの広範囲の読者の反響によって、呼吸器学会自身も「権威ある欧米の教科書」の再検討に着手せざるを得なくなったのではないでしょうか。 エムスリー効果と思われることが他にもありました。今年5月に開催された感染症学会の会長講演で、琉球大学呼吸器内科の藤田次郎教授が、COVID-19肺炎における肺胞虚脱と肺サーファクタントの重要性について、私どもの論文とともに紹介してくださいました。特発性間質性肺炎とARDSのガイドラインについても、再検討が行われることを強く望みます。本ブログでは、ここしばらくは、エムスリーの新連載で説明しきれなかったことの補足や私的すぎる見解を述べることにします。引き続き、閲覧していただきますよう、お願い申し上げます。気兼ねなくコメントやご質問をいただけましたら、とてもうれしいです。

  • 17Jun
    • ARDSガイドライン2021に対するパブリックコメント

      日本呼吸器学会のホームページに、「ARDS診療ガイドライン2021」に対するパブリックコメント募集の案内が6月11日付で掲載された。日本集中治療医学会、日本呼吸療法医学会、日本呼吸器学会合同の「ARDS診療ガイドライン2016」の改訂版である。 ドラフトが6月24日まで公開されている。注意事項として「頂いたパブリックコメントは公開させて頂く場合があります」とあるので、原則非公開なのであろう。学会員の皆様のお目にとまることを願って、ここに私が送付したコメントを、背景をまじえて記す。私は、現在のARDSの疾患概念は抜本的な見直しが必要であることを、本ブログで数回論じてきた(「ARDSとは」「ARDSの本態」「間質性肺炎と肺胞虚脱:文献的考察」)。2019年12月に中国から世界中に広まったCOVID-19肺炎は急性間質性肺炎であり、重症化するとARDSに陥り、世界中のICUを満室にした。その組織像はARDSに典型的なびまん性肺胞傷害(diffuse alveolar damage; DAD)である。COVID-19肺炎の出現は、「ARDS診療ガイドライン2016」の大幅な改定を必要とする事態のはずであるが、ガイドラインのドラフトには新型コロナ肺炎について全く言及されていない。ガイドラインドラフトのA領域「診断・重症度評価」には、ARDSの原因疾患の究明目的で、肺炎球菌やマイコプラズマ、サイトメガロウイルスなどの病原体検査の必要性について論じられているが、過去20年間で日本で最も多数例のARDSを発症させた病原体であろうSARS-CoV-2が扱われていないのはまことに奇妙である。日本呼吸器学会の「特発性間質性肺炎ガイドライン」作成委員会の方々同様(特発性間質性肺炎ガイドラインに対するパブリックコメント)、COVID-19肺炎を見て見ぬふりをなさっているように見える。システマティックレビューをするための論文の集積が不足しているのかもしれないが、そうであれば、出版を延期してARDSの疾患概念と診断治療の抜本的な見直しに取り組む時間にするべきだと、私は考える。ガイドラインドラフトのE領域「薬物療法・全身管理」には、トロンボモジュリン、NO,シベレスタット(エラスポール)、ステロイドの4つの薬剤について使用を推奨するか否かが論じられている。2016年のガイドラインではもっと多くの薬剤が対象とされている(吸入β2 刺激薬,静注β2 刺激薬,顆粒球・マクロファージコロニー刺激因子プロスタグランジンE1,スタチン,サーファクタント,活性化プロテインC,N-アセチルシステイン,ケトコナゾール,リゾフィリン)。これらはすべて「使用しないことを推奨する」とされているが、そのうち、サーファクタントだけが、エビデンスの確信性が「非常に低い」となっている。「確信性の非常に低い」エビデンスは、常識的にはエビデンスではない。つまり、「使用しないことを推奨する」根拠がない、ということである。SARS-CoV-2が肺サーファクタントを産生・分泌するⅡ型肺胞上皮細胞に感染してARDSを引き起こすことが明らかになった事実を踏まえて、デリバリー方法を含めてサーファクタント補充療法をガイドラインで論じていただきたい。

  • 16Jun
    • 学会の現地開催と東京オリンピック

      第61回日本呼吸器学会学術講演会は4月23日から25日にかけて東京国際フォーラムでの現地開催とオンデマンド配信のハイブリッド形式で開催されました。コロナ禍の最中の学会の現地開催については、本ブログの4月14日の記事に懸念を表明していましたが、何ら変更はなく、最終日の25日は緊急事態宣言下での現地開催になりました。私自身はすべてオンラインで視聴しましたので、実際にどれくらいの現地参加者があったのかはわかりません。昨年と異なり、今回のオンデマンド配信では参加者の質問と演者の回答の文章がオープンにされましたので、現地での短時間の質疑応答よりもはるかに有益だと感じました。現地でのオフレコの会話を重視する方々にとっては物足りないでしょうが、学術的には充分だと私は思います。来る7月3,4日に開催される第43回日本呼吸療法医学会学術集会も、現地開催が予定されています。呼吸療法医学会は昨年度も、感染者増加中の京都で例年通りに開催されました。呼吸器学会と呼吸療法医学会はともに「呼吸」を専門とする学会で、多くのCOVID-19肺炎患者を診療している医師が所属する学会のはずです。感染者数の減少を強く願っている医師が所属する学会のはずです。ワクチン接種率が低い現在の日本にあって確実に感染者数を減少させる方法は、人流を可能な限り抑制し、人と人との接触を減らすことです。呼吸器診療を扱う学会が率先して現地開催を中止し、範を垂れるべきだと私は思いますが、呼吸器学会、呼吸療法医学会の運営に携わる方々は別の考えをお持ちのようです。日本集中治療医学会が2020年3月、2021年2月のいずれも現地開催を取りやめたのと大きく異なります。呼吸器診療という狭い枠組みの中で相互批判を行ないにくくしている学会のありようが、その原因なのではないか、と推測します。東京オリンピックの開会まであと5週間余になりました。オリンピック選手との個人的なつながりもなく、スポーツへの特段の思い入れもない、医療に関わる立場の人間としては、パンデミック下で巨大な国際イベントを開催するべきでないと思っています。パンデミックが終息し、どの国の選手もハンディなく参加できるようになってから開催すればよいのであって、現状での開催は、オリンピックの実態が崇高な理念から程遠く、営利目的のスポーツエンターテイメントにすぎないことを認めることになると思います。同じように、呼吸器関連学会の現地開催への執着は、学会の本来の目的とは異なる実態の反映のように、私には思えます。

  • 14Apr
    • 英国型変異株の重症化率に関する私見

      現在、関西で急速に感染が拡大している新型コロナウイルスの英国型変異株(N501Y)は、イギリスをはじめ世界各国で感染率が従来型の 1.7 倍程度と報告されています。スパイク蛋白に関わる遺伝子の変異で、細胞表面にあるACE2受容体への結合能が増強するため、と説明されています。英国では、重症化率が1.6倍とする論文もあれば、従来型と同等とする論文もつい先日発表されました。日本では、きちんとマスクをして感染対策をしていたのに感染した事例があいついで報告されています。また、従来型よりも重症化率が高く、重症化までの日数が短縮しているとの報告がされています。これらのことは、N501Y株の感染と発症がエアロゾル(粒径5μm以下のマイクロ飛沫)によると考えると、合理的に説明がつくと私は考えています。感染者の呼気ととともに排出されるウイルスの量は、飛沫が大きいほど多いです。ただし、5μm以上の大きな飛沫はすぐに落下して空気中を漂うことはありません。マスクによって遮断することもできます。たとえ吸い込んだとしても、上気道(鼻や喉、気管)の壁にぶつかってしまい、肺の奥深く、肺胞にまでは到達しません。一方、粒径3μ以下のエアロゾルはしばらく空中を浮遊します。口や鼻から吸い込まれると、気流に乗って終着駅の肺胞まで到達します。新型コロナウイルスが怖いのは肺胞のⅡ型上皮細胞に存在するACE2受容体に結合して肺胞を潰し、重症の肺炎を起こすからです。ACE2受容体への結合能力が大きければ吸入したウイルス量が少なくても、肺胞での感染が成立するというわけです。なお、上気道の壁に付着したウイルスはそこで局所の炎症を起こしますが、肺炎にまでは至らずに自然治癒します。ただし、誤嚥をしやすい高齢者の場合は、上気道で増殖したウイルスが誤嚥されて肺胞に至ることが考えられます。日本では欧米に比べてマスクの装着率が非常に高いです。また、不織布自体のエアロゾル遮断効果は100%に近いです。しかし、通常の装着方法では、マスクと顔面の間に隙間ができて、そこからエアロゾルが出入りすることが知られています。それでも、従来型のコロナウイルスの結合能であれば、マスクの隙間から吸入されたエアロゾルが肺胞内の受容体に結合する確率は小さく、感染を防ぐ効果があったのですが、変異株だとその確率が1.7倍に増加していると考えられます。そのために、マスクをしていても感染しうる、ということです。肺胞の細胞が感染するとダイレクトに肺炎を起こします。つまり、短期間で重症化する確率が高くなるということです。マスクの装着率が低い地域や環境では、変異株で感染者数が増加しても病態自体は同じなので、重症化率はかわらないと考えられます。一方、マスク装着率の高い環境では、マスクでは防げない肺炎の発症が変異株によって増加するため、重症化率が高くなる、という推測が成立します。今回のコロナ禍で初めて使用されたメッセンジャーRNAワクチンの感染予防効果は驚異的で、英国における感染者の数は激減しました。日本でワクチンの接種率が50%以上になるのは、最速でも今秋以降であろうとされています。マスク会食やアクリル板でエアロゾル感染が防げると思っている専門家はいないと思います。ワクチンがいきわたるまでは、人と人との接触機会を可能な限り減少させる以外に第4波を乗り切る方法はないと、私は考えます。

    • 呼吸器学会学術講演会の現地開催(東京)について

      4月23-25日に、東京国際フォーラムで第61回日本呼吸器学会学術講演会の現地開催が予定されています。ライブ配信はなく、後日オンデマンドで視聴できるようにはなっています。東京都が蔓延防止等重点措置に指定されることが決まったのが4月9日ですが、その2日後の4月11日に学会事務局から会員宛てに、予定通りに開催をする旨のメールが届きました。4月14日現在、あらたな通知はありません。呼吸器学会はおそらく、最も多くのCOVID-19肺炎患者を診療している医師が所属する学会です。感染者数の減少を最も強く願っている医師が所属する学会です。現在の日本にあって、確実に感染者数を減少させる方法は、人流を可能な限り抑制し、人と人との接触を減らすことです。政府が要請する前に、呼吸器学会が率先して現地開催を中止し、範を垂れるべきだと私は思います。学術講演会がオンデマンドのみになるとオープンな質疑応答の機会は失われますが、日本の学会では本気モードの質疑はまれで、社交辞令的になされる場合が多いように思います(私はいつも本気モードで、顰蹙を買っていますが)。オンデマンドでも、個別の質問は可能なので、さしたるデメリットはないと思われます。学術講演会の参加は、臨床医にとっては、診療業務から解放されて自由な時間を獲得する機会でもあります。遠隔地の友人や昔の同僚との再会もできます。学術情報の収集や意見交換はWebで可能なので、むしろ、学術以外の人的交流に臨床系の学術講演会の意義があるかもしれません。しかし、そのための現地開催であれば、学生にキャンパスに来ないように要請することはできなくなります。医学系の学術講演会につきものの医療関連企業主催のランチョンセミナーが、コロナ禍にあっても多くの学会で開催されています。今回の呼吸器学会でも、なんと、34のランチョンセミナーと19のコーヒーブレイクセミナーが予定されています。黙食であっても、食べ物を口に入れる際はマスクを外して口を開けなければなりません。食事が終わった後も、数十人から数百人が1時間ほど同じ席にとどまり続けます。イギリス型の変異株であれば、感染が成立する可能性のある環境と思われます。コロナ禍を機に学術講演会をオンラインのみにしてしまえば、ランチョンも不要で、学会員の会費だけで運営する健全な学会に生まれ変われるのではないでしょうか。

  • 12Apr
    • 「特発性間質性肺炎ガイドライン改定第4版」に対するパブリックコメント

      日本呼吸器学会のホームページに、「特発性間質性肺炎 診断と治療ガイドライン 改定第4版」に対するパブリックコメント募集の案内が4月9日付で掲載された。2021年秋頃に発刊の予定で、素案のPDFが4月22日まで公開されている(ただし、学会員に限定)。間質性肺炎の病態は抜本的な見直しが必要であることを、本ブログで何度か取り上げてきた(「間質性肺炎」、「間質性肺炎と肺胞虚脱;文献的考察」、「Hの悲劇」)。第4版の素案には見直しの機運が感ぜられたが、残念ながら不十分すぎるといわざるを得ず、以下の3項目に関して再検討を要請するコメントを本日(4月12日)送付した。学会に寄せられたパブリックコメントの内容は学会員に公開されないので、呼吸器学会の皆様のお目にとまることを願って、ここに私のコメントの内容を記す。なお、2016年に出版された改定第3版の出版の際にもパブリックコメントが募集されていたようであるが、当時は募集に気付かないでいたので、特発性間質性肺炎ガイドラインに対するパブリックコメントを表明するのは今回が初めてである。1.COVID19肺炎に関する記述が全くない件現在、世界中の人々が最も関心を抱いている呼吸器疾患はCOVID-19肺炎である。COVID-19肺炎は、PCR検査や抗原検査が実施されなければ急性間質性肺炎(AIP)と診断される病態である。にもかかわらず、COVID-19肺炎もしくは新型コロナウイルスという語が素案の中に全く見当たらない。なんだか、ガイドライン作成委員の方々はコロナ禍のないパラレルワールドにお住まいのように思えてしまう。それとも、COVID-19肺炎は間質性肺炎とは別物として扱うというコンセンサスが専門家集団の中にあるのだろうか。しかし、それでは、読者のニーズには応えておらず、2021年に改訂版を出版する意義が疑われる。少なくとも、鑑別診断の項に(p.83)、COVID-19肺炎の臨床像がAIPとほぼ同じであること、これまで「特発性」とみなされてきた症例の中にはウイルスが原因である可能性があること、を明記すべきである。2.間質性肺炎の定義:間質なのか、実質なのか?第4版の素案の「特発性間質性肺炎の定義」の項(p.66)に、「現在、特発性間質性肺炎に含まれる疾患群(IIPs)は、非腫瘍性びまん性肺実質性肺疾患(diffuse parenchymal lung disease)の一群であり、炎症もしくは線維化からなる種々の病理パターンによって肺実質が傷害される多様な疾患の集まりと捉えられている」と記されている。間質なのか実質なのか、どっちやねん、と読者の誰もが混乱するところである。実質性とする根拠となる文献は2002年に出版されたアメリカ胸部学会・欧州呼吸器学会の合同ステートメントである。しかるに、第3版の「間質性肺炎の定義」の項では「肺胞壁を病変の主座として両肺にびまん性に炎症性病変が広がる病態」とされている。なぜ、間質性肺炎の定義が第4版で変わったのか、理由は説明されていない。 多くの臓器では、臓器の機能を担うのは上皮細胞(腺細胞を含む)であるので、上皮が「実質」で、上皮下組織が「間質」になる。しかし、肺のガス交換機能は気流と血流の共同作業なので、肺胞上皮だけでなく毛細血管を含む肺胞壁全体で営まれる。したがって、肺胞壁全体が実質で、それ以外の支持組織が間質になる(いわゆる「広義の間質」)。さらに、肺胞上皮の基底膜は光学顕微鏡では同定できないので、肺胞上皮と上皮下組織を区別することは通常の病理検査では不可能である。つまり、間質性肺炎の「間質」は組織学的な意味で用いられているのではなく、「肺胞壁」をさして慣用的に用いられているにすぎない。以上の点を説明すれば、読者の混乱が解消すると私は思う。3.DAD(Diffuse Alvelar Damage)滲出期の肺胞虚脱急性間質性肺炎の病理組織学的特徴の項に(p.179)、DADの滲出期の説明として「滲出期では基本的肺構造は保たれ、間質の浮腫、肺胞上皮の変性・剥離および硝子膜の形成、肺胞腔内への液性滲出などが主体をなす。肺胞管に硝子膜が形成されることが多く、周囲の肺胞は虚脱傾向を示し、肺胞管は拡張傾向を示す」と書かれている。「傾向」という語が病理学的にいかなる意味であるかはさておき、肺胞が虚脱して肺胞管が拡張するのであれば、基本構造は失われていることになり、前半の文と後半の文が矛盾する。「傾向」という語は、その矛盾を目立たなくするためのレトリックであろうと推測される。本ブログで説明したように、DADにおける肺胞虚脱はKatzensteinが1988年にすでに指摘しており(Chest 94:1309-1311, 1988.)、James C. Hoggも言及している(Am J Radiol 156: 225-233, 1991.)。Kitaokaの4D肺胞モデルによる形態シミュレーションも示されている(J Physiol. Sci. 57: 175-185, 2007)。上記の文章は、「滲出期においてすでに基本的肺構造が失われる。肺胞管に開口する肺胞が虚脱して硝子膜が形成され、肺胞管は拡張する」と修正するのが適切と考える。  

  • 27Feb
    • イベルメクチンは肺サーファクタントに作用するのかもしれない

      北里大学特別栄誉教授の大村智博士が開発されたイベルメクチンがCOVID-19の予防と治療に有効であると、世界各国で報告されています。イベルメクチンはマクロライド類の抗生物質で、経口駆虫薬として用いられています。なぜイベルメクチンがCOVID-19に対して有効なのか、そのメカニズムについても詳しく調べられています。ウイルス感染によって引き起こされた細胞内の物質移動(インポーチン)や免疫システムの異常な発動がイベルメクチンによって阻害される、とされていますが、確定的な説はまだないようです。「肺サーファクタント」推しの私としては、もっと単純に、界面活性機能を強化しているのかもしれない、と考えています。  マクロライド類がマイコプラズマ肺炎に使用されることはよく知られています(最近は耐性菌が増加しているらしいですが)。マイコプラズマは一般の細菌よりもはるかに小さく、0.2μ程度の大きさで、細胞壁もありません。そして、マイコプラズマ肺炎の多くは、通常の細菌性肺炎と異なり、すりガラス陰影を呈する間質性肺炎です。マイコプラズマの感染経路は主に飛沫感染と接触感染とされています(ただし、接触感染で口や目から上気道に取り込まれたとしても、上気道の粘液を肺胞まで吸い込むことは誤嚥以外には起こりません。ですので、ウイルスやマイコプラズマが肺胞まで届くのは、微小なエアロゾルを吸い込んだ場合だと考えられます)。マイコプラズマ肺炎で重篤な呼吸不全に陥ることはまれですが、すりガラス陰影の間質性肺炎を起こすことから、マイコプラズマ肺炎においても肺サーファクタント欠乏が推定されます。そして、マクロライドが肺サーファクタント欠乏を改善することによって有効である可能性があります。 肺サーファクタントはそもそも洗剤と同じような界面活性剤です。洗剤にウイルスの増殖抑制効果があることはよく知られています。おそらく、蛋白質の立体構造の変化といったような物理化学的な作用によるものと思われます。私は界面活性剤もマクロライドも専門外なので、以下の私見は、ウイキペディアレベルの情報にもとづいた推論ですが、マクロライド類は、もしかしたら、肺胞表面を被覆する肺サーファクタントの物理化学的な作用を増強させて、ウイルスがⅡ型肺胞上皮細胞の表面にあるACE2受容体に接着するのを阻害するように働く可能性があります。ウイキペディア(イベルメクチン - Wikipedia)によると、イベルメクチンはクリアランスがきわめて低く、長期間体内にとどまるとのことです。また、脂溶性が著しく高いとのことです。したがって、肺サーファクタントの疎水基の層の中に長期間取り込まれ、ウイルスがⅡ型肺胞上皮細胞に接着するのを防御しているのかもしれません。 昨年6月30日に、千葉県がんセンター放射線科の高野英行先生が、「肺サーファクタントが新型コロナウイルスに対する強い防御となるに違いない」という論説を医療ガバナンス学会のメールマガジンに投稿されました。高野先生は新生児の呼吸窮迫症候群(RDS)の肺サーファクタント補充療法に放射線科医としてタッチしておられたご経験があり、COVID19肺炎に対しても肺サーファクタント補充が有効ではないか、と考えられました。その根拠は、界面活性剤の抗ウイルス効果です。そして、論文を多くの著名雑誌に投稿されましたが、査読にも回らず、最後に、Medical Hypothesesに投稿し、アクセプトされたとのことです(Pulmonary surfactant itself must be a strong defender against SARS-CoV-2. https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0306987720310732)。ですので、前述した私の仮説のオリジナルは高野先生です。 昨年7月に高野先生の御論文を拝読した際には、肺サーファクタントの肺胞虚脱防止作用についての言及がなかったので、本ブログではご紹介しませんでした。その頃はまだイベルメクチンの臨床効果は明確ではなく、高野先生もイベルメクチンについては触れておられませんでしたが、イベルメクチンの臨床効果が明確になった今、高野仮説はイベルメクチンの効果を説明しうる有力な仮説ではないか、と思います。  今年の1月に、本ブログを読んでくださった呼吸器内科医の方が、欧米で肺サーファクタント補充療法の臨床試験がいくつか進んでいると知らせてくださいました(たとえば、Curosurf® in Adult Acute Respiratory Distress Syndrome Due to COVID-19 - Full Text View - ClinicalTrials.gov)。また、シミュレーション論文を採択してくれた査読者から臨床試験の論文を教えていただき、本論文(https://rdcu.be/cfFAM)で紹介しました。だんだんと、肺サーファクタント推しの声が高まっていることを感じています。また、直接的な補充以外にも、肺サーファクタントの効果を高める方法の開発が進むことを願っています。追記:新型コロナ肺炎と肺サーファクタントの関係については、医師向け医療サイト「エムスリー・コム」にも寄稿しています。興味のある方はそちらもご覧いただければ、と思います。 ・新型コロナ肺炎における肺胞虚脱 ・COVID-19肺炎と肺サーファクタント

  • 24Feb
    • COPDに対する吸入気管支拡張剤:LAMA vs LABAの画像

      COPDに対する吸入気管支拡張剤:LAMA vs LABA

      COPDの薬物療法の中心は長時間作用性(long acting)の吸入気管支拡張剤である。気道拡張の機序には抗コリン作用とβ2刺激作用の2種類がある。抗コリン薬(muscinic antagonist)はムスカリン受容体(M3)に拮抗することにより、迷走神経由来のアセチルコリンによる気道平滑筋の収縮を抑制する。β2刺激薬(beta2-agonist) は交感神経由来のβ2アドレナリン受容体を刺激することによって、気道平滑筋を弛緩させる。前者はLAMA、後者はLABAと略記される。ムスカリン受容体とβ2受容体の気道内分布 ムスカリン受容体とβ2受容体の気道内分布には顕著な違いがある。気道における迷走神経と交感神経の分布から以前より推測されていたことであるが、1980年代に英国のBarnesのグループが精力的に研究した結果、以下のことが明らかになっている。ムスカリン受容体の分布は気管に最も多く、末梢に行くにつれ減少し、細気管支ではごくわずかである1)。他方、β2受容体は気管から細気管支の全気道にわたって分布しており、中枢よりも末梢気道に多い2)。なお、ムスカリン受容体のサブタイプについては2012年に福井大学で調べられており、気道収縮に関与するM3の分布も、大気道>末梢気道であることが確かめられている3)。 COPDの従来学説によると、気流制限部位は末梢気道である。受容体の分布を考慮するとβ2刺激剤が有効だろうと誰もが思う。実際、COPDの治療薬としてβ2刺激剤の開発が精力的に進められた。末梢気道に到達するには経気道性投与よりも経皮吸収が有効であろうとの推測のもと、貼付薬の開発も進められた。臨床試験の結果はLAMA>LABA ところが、2008年に発表されたLAMA(チオトロピウム)の大規模臨床試験(Understanding Potential Long-Term Impacts on Function with Tiotropium; UPLIFT study)が、先行臨床試験のいずれにも優る臨床効果を示し、4年間の経過観察中の死亡率を減少させることが明らかになった。その前年に発表されたTORCH study(ICS+LABAによる死亡率の抑制効果 に対する研究)では有意な死亡率の減少が認められなかったのと対照的である。 末梢気道拡張効果のほとんどないLAMAの方が、末梢気道拡張効果のあるLABAよりも治療成績が良い、という事実を素直に受け止めれば、LAMAは大気道を拡張させることで臨床効果を発現していると解釈される。そして、COPDの末梢気道閉塞仮説を棄却し、COPDにおける気流制限部位が大気道である可能性を探求すべきであると結論される。しかしながら、その当時、我々以外にそのような主張をする研究者はいなかった。それどころか、受容体の気道内分布に関する知見は表明されなくなってしまった。「不都合な真実」だからであり、そのため若手の呼吸器科医でそれを知っている人はわずかしかいないようである。 COPDの気流制限部位が大気道であることは、本ブログの「肺気腫もしくはCOPD」で述べた。2000年代後半以降、学界がどのようにしてそれを隠蔽してきたかをエムスリーへの寄稿「COPDのタブーを鬼滅!」「末梢気道のフェイクを鬼滅!」で述べている。LABAには「動脈血酸素分圧の低下」の副作用がある 日本呼吸器学会が発行している「COPD診断と治療のためのガイドライン2018」には、LABAの副作用として「動脈血酸素分圧の軽度の低下」が挙げられている。図1はガイドラインで引用されている文献4)からの転載である(一部筆者の加筆)。3種類の気管支拡張剤吸入後のCOPD患者のPaO2を経時的に計測したデータである。1秒量の改善はどの薬剤も同程度で有意差はなかったが、PaO2の変化には顕著な違いが見出されている。短時間作用性抗コリン剤(SAMA)投与時のPaO2は投与直後に軽度低下するが、2時間後には投与前よりも有意に増加しており、気道拡張による換気の改善がガス交換を改善させたと解釈できる。しかし、LABA投与後20分から1時間の間にPaO2が有意に低下し、2時間後も投与前と比べ改善していない。図1.気管支拡張剤投与時のPaO2の推移(文献4より) 論文著者は、肺動脈拡張作用による換気血流不均等分布が、LABAによるPaO2低下の原因であるとしている。また、LABAによるPaO2低下の臨床的意義は不明としている。日本呼吸器学会のガイドラインも臨床的意義はないという立場をとっている。しかし、1秒量が極めて特殊な呼吸モードで計測される検査データであるのに対して、PaO2は生命機能に直結する物理量である。1秒量が改善してもPaO2が低下するのであれば、換気障害の治療薬としての適切性が疑われる。 この論文が出版された1999年以降現在まで、Salmeterolよりも強力な1秒量改善効果をもつLABAが数種類販売されている。1秒量改善効果が大きければ、PaO2低下効果も大きいのではないかと懸念されるが、私が調べた限りでは、その懸念を払拭する資料は製薬会社から提示されておらず、血液ガスに関する臨床研究論文もない。動脈血酸素分圧の低下の原因は末梢気道の拡張の可能性 安静呼吸時の吸息時間は約2秒間である。吸入気中の酸素が肺胞まで届くのに要する時間が吸息時間を越える場合は、吸入した酸素はガス交換されることなく呼気中に排出されてしまう。安静吸気中の気管での平均流速は約2m/sなので、0.1秒程度で肺内気道に至る。しかし、内径2㎜以下では、流速も10分の1以下となり、吸息時間の間に肺胞領域まで到達しないことも充分ありうる。気管支拡張剤によって気道径が拡張すると、同じ気流量であっても流速(=流量/断面積)が低下し、酸素が肺胞に到達する時間が延長する。大気道の通過時間が0.1秒から0.2秒に延長しても、ほとんど影響はないが、肺内気道の通過時間が1秒から2秒に延長すると、きわめて深刻な影響が出る。LABAによるPaO2低下の原因は末梢気道の拡張による輸送時間の延長である可能性がある。LAMAではPaO2低下が起こらないことも説明できる。我々は4次元肺モデルを用いて酸素輸送シミュレーションを行ない、末梢気道の拡張によって呼吸細気管支における酸素濃度が低下することを確かめた5)。 LABAによるPaO2低下の原因が肺血管拡張であれば、薬剤の気道平滑筋選択性を高めることでそれを軽減することが期待できるが、末梢気道拡張自体が原因であるのならば、回避することはできない。いずれのメカニズムにしろ、LABAによるPaO2低下という事実は事実である。軽度であってもPaO2低下を来たす薬剤は、換気障害の治療薬としては(やむを得ない場合を除き)不適切である。おわりに 2000年代後半の大規模臨床研究でLAMAがLABAより有効であることが明らかになった時点で、COPDにおける末梢気道閉塞仮説は再検討されなければならなかった。しかし、2010年代に製薬企業は競ってLAMA/LABA合剤を販売してきた。末梢気道をターゲットにしてLABAの開発をしてきた製薬企業は、開発資金を回収する方法として合剤戦略を用いたと推測される。末梢気道閉塞仮説を堅持したい学界重鎮の思惑と製薬企業の営業方針が合致したことが、COPD診療の不幸を増幅させたと言わざるをえない。文献:1. Barnes PJ, Basbaum CB, Nadel JA. Autoradiographic localization of autonomic receptors in airway smooth muscle: marked differences between large and small airways. Am Rev Respir Dis 127: 758-62, 1983.2. Carstairs JR, Nimmo AJ, Barnes PJ. Autoradiographic visualization of beta-adrenoceptor subtypes in human lung. Am Rev Respir Dis 132: 541-7, 1985.3. Ikeda T, Anisuzzaman ASM, Yoshiki H, Sasaki M, Koshiji T, Uwada J, Nishimune A, H Itoh H, Muramatsu I. Regional quantification of muscarinic acetylcholine receptors and b-adrenoceptors in human airways. Br J Pharm 166: 1804–14, 2012.4. Khougaz G, Gross NJ. Effects of salmeterol on arterial blood gases in patients with stable chronic obstructive disease. AJRCCM 160: 1028-30, 1999.5. Kitaoka H, Hirata H, Kijima T. Oxygen transport from the trachea to respiratory bronchioles during inspiration is worsened by bronchodilation of small airways: Simulation study by the use of 4D lung model. AJRCCM-conference.2014. A6288.

    • COPDの画像診断の画像

      COPDの画像診断

      COPDは呼気時の気流制限を特徴とし、1秒率の低下で診断される疾患である。にもかかわらず、日本呼吸器学会の「COPDガイドライン2018」の検査の章には最初に画像診断があげられている。 気流制限を理解するためには、静止した画像ではなく呼吸中の動態画像が必要である。にもかかわらず、ガイドラインには呼吸停止下の画像だけがあげられている。一般人がスマートフォンで簡単に動画を撮影、送受信できる現在にあって、旧態依然と静止画だけが扱われているのはまことに奇妙である。 さて、ガイドラインで示されている画像の特徴は、単純X線写真では、①肺野の透過性の亢進、②肺野末梢の血管英細小粗像化、③横隔膜の低位平坦化、④滴状心、⑤肋間腔の開大、である。CT画像では、肺野の低吸収領域が定量的に評価できる。これらの所見はすべて、気腫性病変もしくは肺の過膨張の所見である。つまり、本ブログの「COPDは鬱気性肺不全」で述べたことである。学会ガイドラインには、これらの所見がCOPDの診断基準である1秒率の低下とどのようにリンクするかについては全く説明されていない。しかし、COPDを「鬱気性肺不全」とする立場からは、1秒率低下が肺の過膨張による縦郭内気道の圧迫によって起こると明確に説明できる。そもそも、単純X線写真はもちろん、CT画像でも末梢気道の形態は可視化されがたい。呼吸機能検査も画像診断も、末梢気道閉塞を標榜する必要はない。 ところが、2000年以降、吸気呼気CT画像を用いて末梢気道閉塞仮説を補強する研究が米国のCOPD研究の主要機関で盛んになり、2010年以降、JAMAやNature Medicineに論文が掲載された。私が読んだ限りでは、これらの論文は従来学説を堅持するための学界ぐるみのフェイクであり、エムスリーに「末梢気道のフェイクを鬼滅! silicoの呼吸・伍の型」として私見を述べている。本ブログにもその内容を紹介する。呼吸停止下呼気CT:学界ぐるみのフェイク 2000年以降、呼吸中の気道の動態を観察するためにダイナミックCT画像の研究がなされるようになった。とはいえ、4DCTスキャナーが実用化するのは2010年以降なので、それ以前は、同一スライス面のダイナミック撮影(2D dynamic CT)や最大努力呼気を続けたままの状態で撮影する方法(3D dynamic expiratory CT)が試みられた。図1は、努力呼気中の気管の虚脱現象がdynamic expiratory CT(図1右)で明確に観察できるのに、呼吸停止下に撮影される通常の呼気CT画像(end-expiratory CT、図1中央)では検出できないことを示している1)。論文中にはなざそうなるかの説明はなさえていないが、呼吸停止をすると声門が閉鎖して気道内圧が陽圧になるため、陥入した膜様部が元に戻るからである。ところが、奇妙なことに、この論文の対象疾患は「気管気管支軟化症Tracheobronchomalacia(TBM)」とされており、図1で示された症例は79歳の喫煙男性でありながら、COPDという診断はくだされていない。CT画像で肺気腫に特徴的なLAA(low attenuation area)があるにもかかわらず、である。図1.文献1に示された高齢喫煙男性のCT画像.左: end-inspiration, 中央: end-expiration, 右:during dynamic expiration さらに奇妙なことに、この論文以降、米国のCOPD研究の主要機関では、ダイナミック画像の代わりに呼吸停止下の呼気時画像が用いられるようになり2)、COPDにおける呼気時気管虚脱の重要性が無視されたままになっている。不都合な真実の隠蔽工作と言わざるを得ない。昨年、類似の論文がCHESTに掲載されたので、反論のLetterを投稿したところ、採択された3)。欧米でもようやく見直しが始まったようである。 吸気呼気CT画像を用いたフェイクはもう一つある。CT画像上の低吸収領域を気腫性変化によるものと、末梢気道閉塞によるエアトラップ(functional small airway disease; fSAD)に分類するという方法である。末梢気道閉塞によるエアトラップであれば、その領域は閉塞気道の支配領域に一致する多面体のはずであるが、そのような解剖学的な考慮はなされていない。COPDの初期ではfSADが多く、末梢気道病変はCOPDにとって本質的な病態であると主張している4)。 この方法は、吸気呼気CT画像の位置合わせが精度よくなされていることが前提とされている。精度が低いと、位置合わせに失敗したボクセルが多数fSADに分類される。正常の肺実質には微小血管などの組織が散在しており、それらが失敗ボクセルの原因になるが、気腫化が進むと肺実質の微小組織が消失するので、失敗ボクセルの数が減少する。COPDの初期にfSADが多いのは位置合わせ失敗ボクセルが初期に多いことを反映している可能性があり、その可能性を否定するためには画像位置合わせの精度検証をしなければならない。しかしながら、文献4にも後続の類似研究にも一切、位置合わせの精度に関する言及がない。精度検証を明示していない論文がNature Medicineに掲載されたのは、実に奇妙なことである。 この1-2年、日本においてもいくつかの施設でこのfSAD解析が行なわれている。昨年7月に日本呼吸器学会の英文誌(Respiratry Investigation)に掲載されていたので4)、上記の問題点を指摘したLetterを投稿したところ、採択された5)。少なからぬ研究者がfSAD解析に疑惑を抱いていたようである。 文献:1. Baroni RH, Feller-Kopman D, Nishino M, Hatabu H, Loring SH, Ernst A, Boiselle PM. Tracheobronchomalacia: Comparison Between End-Expiratory and Dynamic Expiratory CT for Evaluation of Central Airway Collapse. Radiology. 235:635-41,2005.2. Bhatt SP, Terry NL, Nath H, Zach JA, Tschirren J, Bolding MS, Stinson DS, Wilson CG, Curran-Everett D, Lynch DA, Putcha N, Soler X, Wise RA, Washko GR, Hoffman EA, Foreman MG, Dransfield MT; Genetic Epidemiology of COPD (COPDGene) Investigators. Association between expiratory central airway collapse and respiratory outcomes among smokers. JAMA 315:498-505,2016.3. Takimito T, Kitaoka H, Kijima T. What is tracheobronchomalacia in obstructive lung disease? Chest. 159:442-3,2021.4. Galban CJ, Han MK, et al. Computed tomography-based biomarker provides unique signature for diagnosis of COPD phenotypes and disease progression. Nat Med 18; 1711-5, 2012.5. Shima H, Tanabe N, et al. Lobar distribution of non-emphysematous gas trapping and lung hyperinflation in chronic obstructive pulmonary disease. Respiratory Investigation 58; 246-54,2020.6. Kitaoka H, Kijima T. What is “functional small airway disease” in inspiratory and expiratory CT images? Respiratory Investigation 59; 157-8, 2020.

    • 末梢気道病変を検知するとされている呼吸機能検査

      日本呼吸器学会が今年の春に出版を予定している「呼吸機能検査ハンドブック」の素案には、末梢気道病変を検知する検査として、以下の3つの検査法があげられている(広域周波オシレーション法によるR5-R20については、末梢気道病変との関係を否定している)。1. フローボリューム曲線2. ガス洗い出し法によるクロージングボリューム3. 動肺コンプライアンスの周波数依存性  フローボリューム曲線については、本ブログ「COPDの呼吸機能検査1:スパイロメトリー」で説明した。フローボリューム曲線は大気道における気流の動態を反映するものであることが、最大努力呼気4DCT画像で明確に認識できる。 クロージングボリュームについては、本ブログ「呼吸中の肺胞の動態」で説明した。健常者でクローズするのは、末梢気道ではなく肺胞口である。そして、COPDでクロージングボリュームが増加するのは、肺胞口が早期に閉鎖するのではなく、弾性収縮力低下のために肺胞が早期に収縮限界に達するためである1)。 動肺コンプライアンスの周波数依存性は、ハンドブックのフローチャートには「末梢気道病変」として記載されているが、本文には動肺コンプライアンスに関する説明自体がない。 「呼吸機能検査ハンドブック」の原本というべき「臨床呼吸機能検査」には、「一時期クロージングボリュームやフローボリューム曲線などと同じように末梢気道病変末梢気道病変の検出法のひとつとして利用されていたが、現在では臨床検査として行われている施設はほとんどない。」と書かれている。肺コンプライアンスの計測自体が、食道カテーテルを挿入する必要があり、計測値の再現性が低いという問題もあるため、臨床検査としては行なわれていない。 動肺コンプライアンスとは、本来は気流のない静的な状態で計測されるべきところを、あえて呼吸中に計測する方法である。周波数依存性とは呼吸回数が増加するとコンプライアンスの計測値が低下することを意味している。健常者でも認められ、COPDで顕著になることが知られている。実は、周波数によってコンプライアンスが低下するのは、呼吸数によって肺の弾性が変化するからではなく、末梢気道閉塞のせいでもない。連続的な呼吸をしている間は、気流量が0になる時刻に体積加速度(=気流量の時間微分)は最大になり、呼吸数が増加するにつれ増加する。そのため、弾性力が見かけ上増加し、結果的にコンプライアンスの値が小さくなるのである。    COPDで動肺コンプライアンスの周波数依存性が顕著になるのは、大気道の動的狭窄によって対流加速度による慣性力が追加されるためと考えられる。 フローボリューム曲線のVドット50(25)、動肺コンプライアンス、広域周波オシレーション法によるR5-R20は、クロージングボリュームと臨床的な相関関係が認められることから、気流の物理学的な性質を考慮した検討がなされないままに、末梢気道病変の指標と位置付けられてきた。しかし、結局のところ、それらはすべて大気道の動的狭窄に由来する現象であり、末梢気道閉塞と関連づけられる根拠は何もない。末梢気道病変を検知する呼吸機能検査はまぼろしだったのである。文献:1. Kitaoka H, Kawase I. A novel interpretation of closing volume based on single-breath nitrogen washout curve simulation. J Physiol. Sci. 57: 367-76, 2007.

  • 21Feb
    • 肺拡散能検査(DLCO)の画像

      肺拡散能検査(DLCO)

       呼吸生理学で「拡散 diffusion」という場合、肺胞気の酸素分子が血液中のヘモグロビンに結合するまでの過程を意味している。肺胞気から血漿への酸素の移動は物理学的な「拡散」でなされるが、血漿に溶解した酸素がヘモグロビンに結合する過程は化学反応を伴なう。また、毛細血管内を肺血流に乗って移動する。そのため、欧州では物理学的な「拡散」と区別するために「輸送transfer 」という語が用いられている。私自身は「輸送」が適切だと考えるが、混乱を避けるために日本での慣例に習い、「拡散 diffusion」という語を用いる。 我々が知りたいのは酸素の輸送であるが、血液中にすでに存在する酸素と新たに摂取された酸素を区別することはできないため、肺拡散能検査では、大気中にも体内にも本来は存在していない一酸化炭素(CO)が標識ガスとして用いられる。DLCOのCOは一酸化炭素を表している。1.肺胞気から血液中への酸素の移動 従来、肺拡散能は、ガスが肺胞気から毛細血管内の血漿に移動する過程と血漿から赤血球内のヘモグロビンに結合する過程の2つに分けて考えられている。前者を肺胞膜成分、後者を血液成分と呼ぶ。膜成分は肺胞壁の表面積に比例し、肺胞壁の厚さに反比例する。肺気腫でDLCOが低下するのは肺胞壁が破壊されて表面積が減少するためであり、間質性肺炎や肺線維症でDLCOが低下するのは肺胞壁が肥厚するためである、と既存の教科書には書かれている。 しかし、このような説明は、血液が静止した状態が想定されている。「血液成分」として登場するのは血液量であって、血流量ではない。実際の肺胞では、図1のように、血液が常に流れており、肺胞気から血液中に移動した酸素は血流に乗って心臓へと運ばれる。      図1.肺胞内で酸素が運ばれる過程2.肺血流量とDLCOの関係 運動時にDLCOが増加することはよく知られている。教科書では血液量が増加するからとされているが、血液量の増加はうっ血を意味しており、運動時の血行動態と矛盾する。運動時のDLCOの増加は肺血流量の増加で説明されるべきである。教科書には、肺拡散能(DL )は次のような式で表されている。1/DL = 1/DM + 1/(θ・Vc)               式(1)DMが膜成分、Vcは血液量、θは酸素とヘモグロビンの結合係数である。この式に、肺血流量Qを加えると、    1/DL = 1 / (DM+βQ) + 1/ (θ・Vc +Q)   式(2)となる(βは酸素の溶解度)。 肺血流量が膜成分と血液成分に比べて無視できるほど小さい場合は、式(2)は式(1)と同じになる。逆に、後者が前者に比べて無視できるほど小さい場合は、式(2)は      DL = C1・Q + C2となる(C1, C2 は適当な定数)。 これは、ECMOを用いて肺血流量とDLCOの関係を調べた実験論文にも合致し1)、肺亜細葉モデルによる気流血流拡散シミュレーションの結果とも合致している2)。ただし、文献1では、肺血流量は肺血流量の基準値の2%から50%の範囲に限られ、得られたDLCOの値は臨床的な基準値の10%程度のほぼ一定の値だった。式(1)の妥当性を主張する結論であるが、なにゆえ、血流量を50%以下に限定したのか、得られたDLCOの値が過小なのかについての説明は記されていない。文献1と2より、DLCOと肺血流量の関係は図2のように推定される。DLCOは、肺胞壁の状態を反映しているのではなく、肺血流量の指標であると考えるべきである。   図2.DLCOと肺血流量の関係3. 呼吸器疾患とDLCO 間質性肺炎や肺線維症におけるDLCOの低下は、虚脱した肺胞を流れる血液が「肺内シャント」となり、有効肺血流量を減少させるためである(間質性肺炎における肺胞虚脱については、本ブログ「間質性肺炎」で解説している)。このとき、低酸素血症にはなるが高炭酸ガス血症は起こらない。教科書には「炭酸ガスの拡散係数は酸素の20倍なので、拡散障害の影響は出ない」と説明されているが、この説明は誤りである。肺動脈血と肺静脈血の酸素分圧の差は約60Torrで肺以外に酸素を取り入れる場所はない。しかるに、肺動脈血と肺静脈血の炭酸ガス分圧の差は約5Torrしかなく、重炭酸イオンの形で腎臓からも排出される。そのため、肺の血流障害の影響は酸素分圧に強くあらわれ、炭酸ガス分圧にはほとんど現れない。 肺気腫では、肺胞壁が破壊されて肺血管床が減少していることはよく知られている。肺気腫でDLCOが低下するのは肺血流量の減少が原因と考えるべきである。ただし、前述したように肺血管床の減少では高炭酸ガス血症は起こらない。肺気腫で生じる2型呼吸不全の原因は弾性力低下による換気不全である。文献:1. Borland C. et al. Can a membrane oxygenator be a model for lung NO and CO transfer ? J. Applied Physiol. 100: 1527–1538, 2006.2. Kitaoka H. Diffusion capacity of carbon monoxide (DLCO) is not related to diffusion in the alveolar membrane but an index of effective pulmonary blood flow rate: A theoretical study. AJRCCM. 197: A5841, 2018.

  • 17Feb
    • 強制オシレーション法による呼吸インピーダンス計測の画像

      強制オシレーション法による呼吸インピーダンス計測

       私は、オシレーション法はきわめて有用な呼吸機能検査法であると確信している。しかし、現状では宝の持ち腐れ状態である。電気回路モデルによる従来解釈を脱して、正しく呼吸インピーダンスを理解することが必要である1)。高校で習った物理と数学の記憶を呼び戻しながら読んでいただきたい。1. 空気を流すために必要な力 呼吸器系に空気が出入りするためには、空気を流すための力と肺が拡張収縮するための力の両方が必要である。空気を流すために必要な力には2種類ある。粘性力と慣性力である。粘性力は流体の粘性に起因し、気流量に比例する。慣性力は気流の加速度に作用する力で、質量x加速度であらわされる(高校で習った F= mαである)。高校で習う加速度は1種類だが、流体の加速度には2種類あり、体積加速度と対流加速度がある。体積加速度は通常の加速度と同じで、流量(=容積の時間微分)の時間微分である。対流加速度(convective acceleration、移流加速度advective accelerationともいう)とは、流体の部位によって流速が異なることで生じる加速度のことで、速度の空間微分である。体積加速度は流量の時間微分なので、気流量が周期的に変動する場合、例えばサイン波形で変動する場合は、サイン波形の振動数がf であると、y= sin 2πfx という式になる。これを微分すると、y’= 2πf cos 2πfx となる。つまり、体積加速度による慣性力の強さ(=振幅)は振動数に比例して大きくなり、位相は90度遅れることがわかる。 一方、対流加速度は流体内の部位によって流速が違うことで生じる加速度である。層流では生じないが、流れが速くなり乱流になると大きくなる。対流加速度の位相は流量と同じで、流量の2乗に比例する。呼吸中の呼吸抵抗が気流量と同じように変動するのは、対流加速度のせいである。電気回路モデルでは対流加速度による圧力を表現することができない。これこそが従来の換気力学が陥った落とし穴である。2.肺を拡張収縮するのに必要な力 安静吸気の際は、呼吸筋の収縮によって胸腔内圧が陰圧の度を増して肺が拡張する。呼吸筋が弛緩すると呼気が始まり、肺胞壁に蓄えられた弾性復元力によって空気が呼出され、肺が元の容積に戻る。肺の弾性力は肺の容積変化量、つまり換気量に比例する。容積変化量は気流量の時間積分なので、弾性力の位相は90度早まる(サインの積分はマイナス・コサインだから)。流量を y= sin 2πfx とし、これを積分すると、∫y= -(1/2πf )・cos 2πfx となる。つまり、弾性力の強さ(=振幅)は体積加速度による慣性力とは逆向きで、振動数に反比例して小さくなる。3. 呼吸インピーダンス 振動流によって生じる圧の変動は、1と2の総和である。流量と同期する成分は気流の粘性と対流加速度に由来する圧力である。気流の体積加速度に由来する慣性力と弾性力は、流量とは位相が90度ずれている。流量と圧力の比がインピーダンスである。流量と位相が同じ圧力との比が「レジスタンス(抵抗)」で、90度位相のずれている成分との比がリアクタンスである。 気流の粘性と対流加速度は振動数とは関係ないので、抵抗は振動数によらず一定である。他方、体積加速度由来の慣性力は振動数に比例する。また、弾性力はマイナスに作用し、かつ振動数に反比例する。リアクタンスは両者の和であるから、図1のようになり、周波数依存性を示す。図1.リアクタンスの構成要素 交流電気回路では、リアクタンスが0になる周波数を共振周波数(Fres)という。しかし、後述するように、呼吸リアクタンスには被検者の呼吸気流の慣性力が働くので、リアクタンスが0になる周波数は本来の「共振resonance」の意味とは異なる。 4. 被験者の呼吸の気流量依存性 以上の考察は、振動流だけを考えた場合である。検査中は被験者の呼吸による気流が音波振動による気流と相互作用する。呼吸の気流が層流であれば、振動流による圧力変動は呼吸の強さにかかわらず同じであるが、実際には、呼吸気流の対流加速度の影響を受けて、気流量依存性を呈する。第1節で、「乱流であると圧力が気流量の2乗に比例する」と述べた。モストグラフで、気流量の増減に追随して抵抗が増減するのはこのためである。 呼吸中の気流の対流加速度はリアクタンスにも影響する。対流加速度による慣性力が振動流に作用して、リアクタンスを下方(マイナス)にシフトさせる。車が急発進すると(加速度がかかると)、体が後ろに傾くのと同じである。この慣性力は振動流に由来するのではないから周波数依存性はなく、曲線全体が下方に平行移動する。 図2の緑線は、弾性力が増加したときに曲線で、肺線維症に相当する。弾性力の変化は、周波数に反比例するので、周波数が10Hz以上ではほとんど変化がない。そのため、X5の値は変化してもFresの変化は小さい。COPDでは呼気時に大気道が狭窄して大きな対流加速度が生じるために曲線全体が下方に平行移動する(青線)。すると、曲線は横軸付近で大きく右側にシフトする。COPDのFresが大きく増加するのはこのためである。        図2. 疾患時のリアクタンス周波数曲線 安静呼吸中の気流量は個人間で異なり、同一個人であっても変動がある。そのため、計測された呼吸抵抗やリアクタンスの値は大きくばらつく。いまだに基準値が設定されないのはそのためである。計測値を呼吸中の気流量で補正することで、基準値の設定が可能になると考えられる。5.呼吸抵抗の周波数依存性 2010年前後は、振動数が5Hzのときの呼吸抵抗(R5)と振動数が20Hzのときの呼吸抵抗(R20)の差が、末梢気道病変の指標であると喧伝されており、2012年に診療報酬が加算された際の根拠は、「呼吸抵抗の周波数依存性で末梢気道病変の程度がわかる」とのことであった。しかし、私が知る限り、いまだにそれを主張する人はほとんどいなくなった。それではなぜ、COPDの呼気時に顕著な周波数依存性があらわれるのであろうか。 健常者であっても呼吸抵抗の周波数依存性を示す場合がある。例えば、頬を固定していないと、15~20Hzで、抵抗値が軽度ながら低下する。これは、頬の軟部組織が音波振動に共鳴するためと考えられる。実際、生体の軟部組織の固有振動数は約16Hzとする報告がある2)。固有振動を外部から与えられると、共振によって振動のエネルギーがそこで吸収されてしまうので、下気道まで振動流が達しないために抵抗値が見かけ上小さい値になると考えられる。 頬を外部から固定することは可能であるが、下気道の軟部組織を固定することは不可能である。図2は、文献1よりの引用で、東北大学産業医学分野黒澤一教授よりご提供いただいた、COPD患者の安静呼気中のダイナミックCT画像である。図2.COPDの安静呼気中のダイナミックCT画像(文献1より)呼気中に内側に変位する気管膜様部の固有振動数は頬の組織と同等である。気道内に与えられた振動によって共振を起こすとそこで振動エネルギーが吸収され、固有振動数の近辺で抵抗値が減少すると考えられる。吸気中と健常者の呼気中は膜様部が外側に凸の状態なので、共振によるエネルギーの吸収は起こらず、周波数依存性も呈さないと考えられる。おわりに 以上、COPDの呼吸インピーダンスの特徴とされる呼吸抵抗の周波数依存性とリアクタンスの負の値は、いずれも呼気時の気管虚脱の程度を表していると解釈される。これらの特徴は、気管支喘息が難治化した場合にも認めれらる。それは、気道狭窄によるエアトラップが慢性化して「鬱気性肺不全」の状態になり、呼気時気管虚脱を起こしているからである。呼気時の気管虚脱は周波数依存性を調べなくとも、5Hzの呼吸抵抗とリアクタンス(の絶対値)が呼気に増加することで認識できる。広域周波の診断上の価値は低く、5Hzの単一周波で充分である。文献:1) 北岡裕子.コペルニクスな呼吸生理.第5章3節.克誠堂出版, 2015.2) Witham EM.et al.  The effects of vibration frequency and direction on the location of areas of discomfort caused by whole-body vibration. Applied Ergonomics 4;231-239,1978.

  • 16Feb
    • 「呼吸機能検査ハンドブック」素案に対するパブリックコメント

       日本呼吸器学会のホームページに、「呼吸機能検査ハンドブック」に対するパブリックコメント募集の案内が2月5日付で掲載された。2021年春に発刊の予定で、素案のPDFが2月21日まで公開されている(ただし、学会員に限定)。 日本呼吸器学会がこれまで発刊したガイドラインやハンドブックは多数あるが、呼吸機能検査に関するもので2000年以降に発刊されたものは、2004年の「呼吸機能検査ガイドライン:スパイロメトリー、フローボリューム曲線、肺拡散能力」と2007年の「スパイロメトリーハンドブック」だけである。しかるに、教育研究用の教材として「臨床呼吸機能検査」が出版されており、毎年開催される「臨床呼吸機能講習会」のテキストとして使用されている。呼吸器専門医になるためには、この講習会の受講が義務づけられているので、呼吸器専門医は全員がこのテキストを所有していることになる。2008年に第7版が、2016年に第8版が改訂されている。 今回のハンドブックは、300ページ以上の分厚い「臨床呼吸機能検査」の簡易版と位置づけられるものと思われる。「臨床呼吸機能検査」第8版と比較して、最も大きな違いはオシロメトリー(広域オシレーション法の新名称)が独立した章で扱われていることである。「臨床呼吸機能検査」では「基本編・第4章・換気力学:コンプライアンスと抵抗」の中に簡単な説明が記されているだけなので、破格の扱いである。 今回のハンドブック発刊の意図や決定の経緯は、学会員に公開された素案のPDFには記されていないので、あくまでも私の推測であるが、「臨床呼吸機能検査」にはわずかな記載しかないにもかかわらず診療報酬が大幅に加算されているオシロメトリーを呼吸器学会として正式に解説することが、ハンドブック出版の主たる目的のように思われる。しかしながら、「第6章:オシロメトリー」の記述は学術団体の出版物としてふさわしくないと、私は判断した。 オシロメトリー以外の他の検査法については、本ブログの「スパイロメトリ」で指摘した誤り(流量と流速の混同、Vドット50の解釈)がそのまま受け継がれており、改めて発刊する意義は乏しいと思われた。したがって、第6章だけでなく、本ハンドブックの発刊自体を中止するべきと私は考えて、その旨のコメントを2月10日に学会事務局に送った。パブリックコメントの内容は学会員に公開されないので、呼吸器学会の皆様のお目にとまることを願って、ここに私のコメントの内容を記す。 私が「第6章・オシロメトリ―」の記述が不適切だとしたのは、以下の4点である。・ 検査機器の2つの商品名が節のタイトルとして記載されている・強制振動に関する数理的な説明が誤っている・正式な基準値がいまだに示されていない・診療報酬加算の対象である「広域」周波の診断的価値が不明  第6章は、第1節:総論、第2節:モストグラフ、第3節:マスタースクリーンIOS、という構成になっている。学術団体が発行する臨床検査のガイドラインで、検査機器の商品名が節のタイトルとして目次に並んでいるものを、私は他に知らない。しかも、「モストグラフ」「マスタースクリーンIOS」が何を意味する言葉なのかの説明は一切ないので、新たに呼吸機能検査に関わる読者は、それが商品名なのか学術用語なのかすら判別できない。類似の検査装置が他に存在することも明記されていない。中立公正を保つべき学術団体のガイドラインとしてはなはだ不適切である。 呼吸インピーダンスの計測原理と臨床的な解釈については、次ページで解説するとして、疾患時の抵抗の周波数依存性の説明として「周波数依存性は肺の力学的組織特性の不均一さ,およびそれに基づく不均等換気,動的気道狭窄,オシレーションのシャント効果,乱流など流体力学的特性の影響などで生じると考えられる。(略) R5-R20 はあくまでRrsの周波数依存性の指標として考えるのが基本である。」とあった。この説明からは、呼吸抵抗の周波数依存性を調べることにどのような診断的な価値があるのか全く不明である。 また、COPDにおいてリアクタンスの周波数特性曲線が下方にシフトしてFresが高値になる理由を「COPD では組織自体の弾性は弱いが,安静呼吸の動的状態では見かけ上の弾性は強くなる。ビニール袋の材質は柔らかいが空気を入れれば弾性が出るのと同じである。肺の特定の状況での弾性は組織自体の弾性の弱さに固執して考えてはいけない」と説明されていた。このような説明を他の文献で読んだ記憶は私にはないので、著者の独自見解であろう。これは、学術団体が発行する出版物には決して載せてはいけない、似非科学の妄言である。

    • COPDの呼吸機能検査:(2)広域周波オシレーション法

       オシレーション法(もしくは強制オシレーション法)とは、口腔に音波振動を与えてそれによって生じた口腔内圧の変動と気流量の変動の比を算出する方法である。圧力と流量の比は「抵抗」であるが、圧と流量の変動のタイミング(=位相)がずれる場合、圧力と流量の比は実数ではなく複素数になり、「インピーダンスZ」として表現される。複素数の実数部分が「抵抗R」、虚数部分が「リアクタンスX」である。 呼吸インピーダンスの値は入射する音波振動の周波数によって異なるので、R5,R20など、周波数を付記して表記される。健常者の呼吸抵抗は周波数に関わらずほぼ一定値であるが、COPDでは負の周波数依存性があることが知られている。2000年以降に開発された装置では、5Hzから40Hzまでの周波数の振動を同時に与えることができ、「広域周波」オシレーション法と呼ばれている。おおがかりな装置は不要で、安静呼吸下で計測できるのが利点で、2012年から「広域周波」に対して90点の診療報酬加算が認められている。 このように、臨床的には実施しやすい検査であるが、計測結果が複素数なのでその解釈は極めて難解である。2018年に日本呼吸器学会が発行したCOPDガイドラインでは、強制オシレーション法についての説明は半ページだけで、「本法のみでCOPDの診断や重症度の判定することはできない」とされている。呼吸抵抗の周波数依存性については「COPDでは主に換気不均等の存在を示す」となっている。2012年に診療報酬が加算された際の根拠は、「呼吸抵抗の周波数依存性で末梢気道病変の程度がわかる」とのことであったが、2018年のガイドラインにはそのような説明はない。ガイドラインの説明文では、本検査法の診断的価値がどこにあるのか、全くわからない。 オシレーション法による呼吸インピーダンスの従来解釈は、呼吸器系を交流電気回路とみなした理論に基づいてなされている。しかし、本ブログ「COPDは鬱気性肺不全」で述べたように、気流は電流と同じではない。電流と同じように扱ってよいのは流れの緩やかな「層流」の場合だけで、呼吸中の気流の主役は乱流である。呼吸器系を電気回路モデルで説明するのは根本的に間違いであり、その臨床的解釈も間違いである。そうではなく、乱流の性質を取り入れた解釈をすれば、オシレーション法はきわめて有用な呼吸機能検査法として生まれ変わるはずである(1)。日本呼吸器学会のホームページに、「呼吸機能検査ハンドブック」に対するパブリックコメント募集の案内が2月5日付で掲載された。2021年春に発刊の予定で、素案のPDFが2月21日まで公開されている。その素案には、第6章として「オシロメトリー」がたてられている。オシロメトリーとは強制オシレーション法の新しい名称で、2020年に欧州呼吸器学会で使用されたことに倣ったとのことである。こちらでは、11ページにわたって、詳しく説明がなされている。新しい解釈のもとに生まれ変わったかもしれないという期待を抱いて、素案を閲覧したのだが、、、、。 次ページでその内容を解説する。文献1.北岡裕子.コペルニクスな呼吸生理:第5章3節:強制オシレーション法に   よるインピーダンス計測. 克誠堂出版、2015.

  • 15Feb
    • COPDの呼吸機能検査:(1)スパイロメトリの画像

      COPDの呼吸機能検査:(1)スパイロメトリ

        スパイロメトリは、呼吸中に口から出入りする空気の量を連続的に計測する方法で、100年以上前から実施されている。横軸に時間(s)、縦軸に気量(L)をプロットしたものが「スパイログラム」、横軸に気量(L), 縦軸に気流量(L/s)をプロットしたものが「フローボリューム曲線」である。本稿では、COPDに特徴的な最大努力呼気時のフローボリューム曲線について解説する(図1)。  図1.最大努力呼気フローボリューム曲線 気流量は単位時間当たりに口から出入りする空気の量で、スパイログラムの曲線を時間微分することで得られる。呼出気量が全体の50%のときの気流量をVドット50、75%のときの気流量をVドット25という。ドットは微分値であることを意味する(特殊文字なので、本稿では、ドットと表記する)。 本題に入る前に、学術用語の誤用について指摘しておきたい。日本で出版されている呼吸機能検査のテキストのほとんどが、フロー(flow)の和訳語を「速度」としているが、これは誤った和訳である。流量(flow rate) とは単位時間に移動する流体の量(体積、もしくは質量)のことであり、flow と略記されることもある。一方、「速度(velocity)」は単位時間当たりの物体の移動距離で、単位はm/s である。単位をみれば、気流量と気流速度が全く異なる物理量であることがお分かりいただけるであろう。しかし、呼吸機能検査のテキストの著者のほとんどは、「気流量」と「気流速度」の違いに無自覚で、「気流速度」が「気流量」の意味で使われている。欧米の臨床論文でも、flow velocityと記されているものが散見される。まことにもって、ハズいことである。 たとえば、口から呼出される気流量が1L/sだったとする。口から出る空気の速度はいくらだろうか?口の形を変えると速度はどうなるだろうか?答えは「肺の機能(専門コース)」で後日、解説する。(追記:「気流量と気流速度はちがう」) COPDのフローボリューム曲線は、図1青線のように気流量のピークが下がるだけでなく、赤線のように下降脚が下に凸になるのが特徴である。赤色のパターンは、呼息直後に急激に気流量が低下することを示している。「肺気腫、もしくはCOPD」の記事で説明したように、気管虚脱が呼息開始直後に起こるからである。 図2は、大阪大学付属病院で2013年に撮影していただいた4例のCOPDと1例の健常者の最大努力呼気4DCT画像から、胸郭内気管と主気管支の内腔を抽出して時刻毎の容積を計測し、呼息開始直前の容積に対する比率をプロットしたものである。グラフと同色で記された数値は1秒率である。容積比率と1秒率が強い相関があることがわかる(1秒率が40%以下の2例の呼息直後のフレームは、膜様部の変形が高度で内腔の抽出が困難なために容積計測が不可能だった)。図2. 最大努力呼気中の縦郭内気道の容積の推移これらのうち、重症例(1秒率34%)と軽症例(1秒率66%)のフローボリューム曲線は図3のようになる。図3. 縦郭内気道容積の推移とフローボリューム曲線気管虚脱が呼息開始直後に起こると、気流量の急激な低下をきたす(図3左)のに対して、虚脱のタイミングが遅れると、鈍いピークをもつ、下に凸の緩やかな曲線になり(図3右)、1秒率の低下も軽度になる。仮に虚脱が起こらずにいたら、下降脚の直線が維持されて(図中の破線)、1秒率も70%以上になると予想される。 Vドット50とVドット25の低下は、従来、末梢気道閉塞によるものとされてきたが、そのエビデンスは明確でない。ダイナミックCTで観察可能な縦郭内気道の変化でCOPDのフローボリューム曲線の特徴が説明できるのであるから、観察できない末梢気道を持ち出す必要はない。観察可能な現象で説明できないときにはじめて仮説として末梢気道閉塞の可能性を議論すべきであって、末梢気道閉塞を前提にする必要は全くない。