毎年夏に3日間の日程で行なわれる「臨床呼吸機能講習会」は、呼吸器内科専門医の申請資格を得るために受講が義務付けられている唯一の講習会である。本講習会の前身は呼吸生理学と呼吸機能検査の勉強を目的として有志が1961年に立ち上げた「肺機能セミナー」で、2002年に日本呼吸器学会の主催となった。専門医の申請資格として受講が必修になったのは2012年からである。つまり、中堅から若手の呼吸器内科専門医は全員、本講習会を受講していることになる。私自身は1990年に書類審査で呼吸器認定医になり、1994年に診療を辞めたので、臨床医として講習会に参加した経験はないが、若い呼吸器科医が呼吸機能に関してどのような教育を受けているのかを知るために2015年に受講した。コロナ禍ではオンラインで開催されたようであるが、座学の内容は2015年の時点とほぼ同じだと思われる。

 

 本ブログで何度も説明してきたように、呼吸機能に関する従来学説は静止画像と電気回路モデルにもとづいた誤ったものである。ガス交換に関しても、80年前の初歩的な誤りが修正されないままに踏襲されている(エムスリーに寄稿した拙著「ガス交換理論の間違い」臨床ニュース | m3.comを参照いただきたい)。これからの呼吸器診療を担っていく方々に誤った学説が「必修の講習会」という形式で伝授されるのは、呼吸器疾患の患者さんにとっても、学会にとっても、きわめて不幸なことである。呼吸機能検査データの誤った解釈を「専門医」が患者さんや非専門の医師、コメディカルに伝えることが続いてはならない。講習内容を全面的に見直すにはおそらく数年かかるであろうが、専門医の申請資格から除外することはすぐにでも可能である。私は定年(65歳)で代議員を退き、形態機能学術部会の役員を退いたので、本講習会の在り様を呼吸器学会の中で発言する機会はないが、このブログを読んでくださっている方々の多くは同じ思いを抱いておられるだろう。ぜひとも、学会の中から声をあげていただきたい。

 

 ちなみに、今年度の会長である東北大学の黒澤一教授は、モストグラフ(チェスト社が製作販売している強制オシレーション法による呼吸抵抗計測装置)の共同開発者として著名である。モストグラフのパンフレットに、黒澤氏のCT画像(図1)が使用されている。

図1. 安静呼吸中のCOPDの右肺上肺野のダイナミックCT画像

   A: 吸気中、 B: 呼気中

 

この画像はCOPDの安静呼吸中の2DダイナミックCT画像で、右肺上葉の中等大の気管支が呼気時に極度に狭窄していることが示されており、2004年のNEJMに1ページの画像紹介記事として掲載されたものである(原著論文ではない)。モストグラフは2009年に販売が開始されている。私はその2年前の2007年に、呼吸生理学に関する研究会でオリジナルの2DダイナミックCTの動画を目にし、図2のように、気管の膜様部が呼気時に内側にシフトしていることを指摘した。さらに、この変化で呼気時の抵抗値が約2倍になることが推測できることも指摘した(呼気時の肺内気道の狭窄のメカニズムについては、断層映像研究会雑誌に連載された拙著http://www.jat-jrs.jp/journal_a/41-2-97103kitaoka8.pdf で説明している)。

 

図2. 図1と同一スライスの気管の動態

 

黒澤氏も私の指摘に同意されたので、氏が多数例のダイナミックCT画像を撮影し、気管膜様部と気道抵抗の関係を解明してくれることを期待した。しかし、それから16年、彼は一切、ダイナミックCTに関する続報を発表していない。それどころか、たった1例の、たった1スライスの、たった2本の気管支断面の所見があたかもCOPDに普遍的な現象であるかのように、モストグラフの宣伝パンフレットに用いた。気管の変化の方がはるかに呼吸抵抗に寄与することを知っていながらそれを無視したことは、きわめて悪質な欺瞞である。私は氏に、再三にわたり、NEJMの画像解釈の修正を発表するよう迫ったが、(私が知る限り)実現していない。ここ数年、呼吸器学会で呼吸機能に関する演題の発表も全くない。今夏の呼吸機能講習会でぜひとも、受講者とモストグラフのユーザに謝罪していただきたい。