日本呼吸器学会のホームページによると、6月19日から6月30日まで「臨床呼吸機能検査第9版」の素案に対するパブリックコメントの募集がなされていた。会員へのメールによる通知はなく、先週末、別件でホームページを閲覧した際に知ったので、残念ながら、素案の閲覧もコメントの送付もできなかった。本書は呼吸器専門医受験に際し受講が必須とされている唯一の講習会(臨床呼吸機能講習会)に用いられるテキストで、専門医試験の受験者は強制的に購入させられる。いわば、日本呼吸器学会の看板書籍であるから、もっと入念に広く会員の意見を取り入れるべきだと思うが、パブリックコメントの募集期間がわずか11日で、メールによる周知もないとは、パブコメ募集を儀式でやり過ごしたいという編集サイドの思惑が見てとれる。

 

私は第7版と第8版を自分の意思で購入した。第7版は2008年に、第8版は2016年に改訂されているので、8年ごとに改訂される慣わしのようである。私は、第8版の改訂前に当時の編集委員長で東北大教授だった一ノ瀬正和先生(大学の同級だが研究交流は全くない)に努力呼出曲線と換気力学の章の記述を改めるよう、申し出た。「気流速度」が「気流量」に修正され、「弾性抵抗」が削除されるなど、ごく部分的な改善は見られたが、閉塞性換気障害の呼気流制限部位の誤りと強制オシレーション法の従来理論の誤りについては修正されず、従来の記述がそのまま踏襲されている。おそらく、第9版においても、抜本的な修正は行われないだろう。版を改めるのではなく、全く別の呼吸機能検査のテキストを発行する時が来ていると私は思う。

 

ちなみに、来る7月27日に閉塞性肺疾患研究会が開催される(プログラム | 呼吸生理フォーラム・閉塞性肺疾患研究会 (c-linkage.co.jp))。私は一般演題として「最大努力呼気フローボリューム曲線による末梢気道病変評価の根拠に関する文献的・理論的検討」を発表する予定である。「臨床呼吸機能検査第8版」には「Dawsonらのwave speed 理論(1977)によると努力呼出中、気道内に choke pointが形成され、V’max(当該肺気量位における最大呼気流量)を規定する。健常人では高中肺気量位においてはchoke pointは区域気管支より中枢の気道にあり、低肺気量位においてはさらに末梢に移動する」と書かれているが、Dawson論文には後半のような記述はない。そもそもwave speed 理論は高速の乱流によって生じる現象についての理論で、層流が主体の末梢気道の気流は想定されていない。結局のところ、「フローボリューム曲線で末梢気道の状態が検知できる」という言説に科学的な根拠はなく、末梢気道閉塞仮説を前提とした主張に過ぎない。

 

第9版にも同様の記述があるとしたら、誤引用によって将来の呼吸器専門医をはじめ、呼吸機能検査の勉強のために本書を購入する多くの医療従事者を欺くことになる。閉塞性肺疾患研究会には第9版作成委員会の面々も参加されるはずである。せめて、この部分だけでも修正されなければ、学術団体としての呼吸器学会の信頼性は地に落ちるであろう。