7世紀のアイルランドを舞台に王の妹にして弁護士、美貌の修道女フィデルマが活躍するケルト・ミステリ“修道女フィデルマシリーズ”の長編第9作です。
巡礼の旅に出ていたフィデルマは、良き友である修道士エイダルフが殺人罪で捕らえられたとの知らせに、急ぎラーハン王国に向かいます。
ラーハン王国はフィデルマの兄が治めるモアン王国とは揉めごとの絶えない隣国でした。
どうやらエイダルフは12歳の少女に対する暴行と殺人の容疑で捕まったようでした。
処刑は翌朝だと告げられたフィデルマは、彼の無実を証明すべく事件の捜査を始めます。
物語は、フィデルマとキャシェルの3人の武人が、黄昏に包まれた山道を馬で駆けている場面から始まります。
聖ヤコブの墓への巡礼の旅に出ていたフィデルマは、イベリアの港町でカンタベリーの大司教からキャシェルへの特使として遣わされたサクソン人の修道士のブラザー・エイダルフが、カンタベリーへの帰途に立ち寄ったラーハン王国で殺人罪で捕らえられたことを、兄でモアン国王のコルグ―からの手紙で知らされます。
良き友でありこれまで何度も事件の捜査で相棒を務めたエイダルフが、殺人を犯すことなど想像できないフィデルマは、ドーリィー(法廷弁護士)としてエイダルフを弁護すべく、ラーハン王国の王都ファールナに急いでいました。
ラーハン王国はモアン王国とは敵対関係にあり、ラーハン王国の若き王フィーナマルはフィデルマに遺恨も持っていました。
途中の旅籠で、エイダルフが帰国の旅の途中で一夜の宿として滞在した修道院の12歳の見習い修道女に対する暴行と殺人の容疑で捕まったらしいことがわかります。
場面は変わり、ファールナの修道院で無実を叫ぶ若き修道士のブラザー・イバーの死刑が執行されるのを、修道院の独房の窓から眺めるエイダルフとラーハン王国のブレホン(裁判官)のファルバサッハ司教の様子が描かれます。
処刑の後、ファルバサッハ司教は、エイダルフに処刑は明日の正午だと伝えて立ち去ります。
同じ頃、ラーハン国王のフィーナマルに面会したフィデルマは、エイダルフの弁護を申し出ますが、既に裁判は終わっており、エイダルフの処刑は明日の正午に決まったと告げられ愕然とします。
絶望的な事態になったもののフィデルマは、フィーナマルの許可を得て、何とか処刑を延期すべく事件の捜査を始めます。
こうして、修道院を訪れたフィデルマはようやくエイダルフと再会します。
物語の背景として、アイルランド五王国がこれまで守ってきたケルト・カトリック教会派とこの時代に広がりつつあったローマ・カトリック教会派の対立が描かれています。
両派は犯罪に対する罰則の面でも対立しており、アイルランド古来のブレホン法に基づき、いかなる罪も“血の代償”と言われる賠償金で償われるとしたケルト教会派に対し、ローマ教会派は『懺悔規定書〔ぺニテンシヤル〕』に基づき、罪は死刑を含む体罰を与えることによって償われるべきだとしていました。
フィデルマは、ローマ教会派に心酔する女性修道院長のファインダー、修道院の執事のシスター・エイトロマ、修道院で看守を務めるブラザー・ケイチなど修道院の人たちから事情を聞こうとしますが、なかなか一筋縄ではいきません。
さらに老獪なノエー前修道院長、エイダルフの裁判を取り仕切ったファルバサッハ司教も捜査には非協力的で、フィデルマの捜査は難航します。
しかし、事件の被害者で見習い修道女のガームラがエイダルフに襲われるのを目撃したと証言したガームラの友人でやはり見習い修道女のフィアルが姿を消してしまったこと、夜警団の団員で事件のあった晩も勤務していたダグがその後、事故死していたことなど次々と不審なことが判明し、フィデルマの疑惑は深まっていきます。
ミステリとしては、犯人とその動機というフーダニット〔whodunit〕とホワイダニット〔Whydunit〕の2つの謎を解く謎解きミステリです。
次々と新たな謎が登場し、謎が謎を呼ぶ複雑なストーリ展開は秀逸で、さまざまな真実が一気に明らかになる終盤の展開は圧巻です。
また、エイダルフの命を救うためにその処刑までに真実を明らかにしないといけないというタイムリミット・サスペンスでもあり、スリリングな展開の連続で読むのがやめられなくなるページターナーな一冊でした。
この作品の本筋とは別ですが、今回もシリーズとしては物語が大きく転換することになるラストの展開には驚かされました。
この続きが描かれるであろう次回作がさらに楽しみになりました。
表紙のイラストは、このシリーズの表紙を全て描いているイラストレイターの八木美穂子さんです。
上巻は修道院で調査するフィデルマと独房に収容されているエイダルフが、下巻は修道院の全景が描かれています。
八木美穂子さんのウェブサイトはこちらです。→http://www.tis-home.com/mihoko-yagi/
[2023年3月27日読了]
“修道女フィデルマシリーズ”のこれまでの長編作品を紹介したページは、邦訳の刊行順に次のとおりです。
第5作『蜘蛛の巣』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10370913466.html)
第3作『幼き子らよ、我がもとへ』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10374714924.html)
第4作『蛇、もっとも禍し』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10400556768.html)
第1作『死をもちて赦されん』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10791236476.html)
第2作『サクソンの司教冠』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-11197700341.html)
第6作『翳深き谷』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-11994533833.html)
第7作『消えた修道士』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-12114180312.html)
第8作『憐れみをなす者』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-12660394652.html)
また、“修道女フィデルマシリーズ”のこれまでの短編集を紹介したページは次のとおりです。
短編集『Hemlock At Vespers』が3分冊で邦訳刊行されたもの
第1作『修道女フィデルマの叡智』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10337209556.html)
第2作『修道女フィデルマの洞察』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10585240467.html)
第3作『修道女フィデルマの探求』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-11446258737.html)
日本オリジナルの短編集
第4作『修道女フィデルマの挑戦』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-12405157572.html)
短編集『Whispers of the Dead』所収の15編の中から5編が収録されたもの
第5作『修道女フィデルマの采配』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-12727767349.html)