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ひいくんの読書日記

ひいくんが、毎日の通勤電車の中で読んでいる本を紹介します。
通勤時間は30分ほどなので、軽い読物がほとんどです。

7世紀のアイルランドを舞台ににして弁護士、美貌の修道女フィデルマが活躍するケルト・ミステリ修道女フィデルマシリーズ”の長編第9作です。
巡礼の旅に出ていたフィデルマは、良き友である修道士エイダルフ殺人罪で捕らえられたとの知らせに、急ぎラーハン王国に向かいます。
ラーハン王国フィデルマが治めるモアン王国とは揉めごとの絶えない隣国でした。
どうやらエイダルフは12歳の少女に対する暴行殺人容疑で捕まったようでした。
処刑は翌朝だと告げられたフィデルマは、の無実を証明すべく事件の捜査を始めます。

物語は、フィデルマとキャシェルの3人の武人が、黄昏に包まれた山道をで駆けている場面から始まります。
聖ヤコブの墓への巡礼の旅に出ていたフィデルマは、イベリアの港町でカンタベリー大司教からキャシェルへの特使として遣わされたサクソン人修道士ブラザー・エイダルフが、カンタベリーへの帰途に立ち寄ったラーハン王国殺人罪で捕らえられたことを、モアン国王コルグ―からの手紙で知らされます。
良きでありこれまで何度も事件の捜査相棒を務めたエイダルフが、殺人を犯すことなど想像できないフィデルマは、ドーリィー(法廷弁護士)としてエイダルフを弁護すべく、ラーハン王国王都ファールナに急いでいました。
ラーハン王国モアン王国とは敵対関係にあり、ラーハン王国若き王フィーナマルフィデルマに遺恨も持っていました。
途中の旅籠で、エイダルフが帰国の旅の途中で一夜の宿として滞在した修道院の12歳の見習い修道女に対する暴行殺人容疑で捕まったらしいことがわかります。

場面は変わり、ファールナ修道院無実を叫ぶ若き修道士ブラザー・イバー死刑が執行されるのを、修道院の独房の窓から眺めるエイダルフラーハン王国ブレホン(裁判官)ファルバサッハ司教の様子が描かれます。
処刑の後、ファルバサッハ司教は、エイダルフ処刑は明日の正午だと伝えて立ち去ります。
同じ頃、ラーハン国王フィーナマルに面会したフィデルマは、エイダルフ弁護を申し出ますが、既に裁判は終わっており、エイダルフ処刑は明日の正午に決まったと告げられ愕然とします。
絶望的な事態になったもののフィデルマは、フィーナマルの許可を得て、何とか処刑を延期すべく事件の捜査を始めます。
こうして、修道院を訪れたフィデルマはようやくエイダルフと再会します。

物語の背景として、アイルランド五王国がこれまで守ってきたケルト・カトリック教会派とこの時代に広がりつつあったローマ・カトリック教会派の対立が描かれています。
両派は犯罪に対する罰則の面でも対立しており、アイルランド古来のブレホン法に基づき、いかなるも“血の代償”と言われる賠償金で償われるとしたケルト教会派に対し、ローマ教会派は『懺悔規定書〔ぺニテンシヤル〕』に基づき、死刑を含む体罰を与えることによって償われるべきだとしていました。

フィデルマは、ローマ教会派に心酔する女性修道院長ファインダー修道院執事シスター・エイトロマ修道院看守を務めるブラザー・ケイチなど修道院人たちから事情を聞こうとしますが、なかなか一筋縄ではいきません。
さらに老獪なノエー前修道院長エイダルフの裁判を取り仕切ったファルバサッハ司教捜査には非協力的で、フィデルマ捜査は難航します。
しかし、事件の被害者見習い修道女ガームラエイダルフに襲われるのを目撃したと証言したガームラ友人でやはり見習い修道女フィアルが姿を消してしまったこと、夜警団団員で事件のあった晩も勤務していたダグがその後、事故死していたことなど次々と不審なことが判明し、フィデルマ疑惑は深まっていきます。

ミステリとしては、犯人とその動機というフーダニット〔whodunit〕ホワイダニット〔Whydunit〕の2つのを解く謎解きミステリです。
次々と新たなが登場し、を呼ぶ複雑なストーリ展開は秀逸で、さまざまな真実が一気に明らかになる終盤の展開は圧巻です。
また、エイダルフの命を救うためにその処刑までに真実を明らかにしないといけないというタイムリミット・サスペンスでもあり、スリリングな展開の連続で読むのがやめられなくなるページターナーな一冊でした。

この作品の本筋とは別ですが、今回もシリーズとしては物語が大きく転換することになるラストの展開には驚かされました。
この続きが描かれるであろう次回作がさらに楽しみになりました。

 

 

 

表紙のイラストは、このシリーズの表紙を全て描いているイラストレイター八木美穂子さんです。
上巻は修道院で調査するフィデルマと独房に収容されているエイダルフが、下巻は修道院の全景が描かれています。
八木美穂子さんのウェブサイトはこちらです。→http://www.tis-home.com/mihoko-yagi/

[2023年3月27日読了]

修道女フィデルマシリーズ”のこれまでの長編作品を紹介したページは、邦訳の刊行順に次のとおりです。
第5作『蜘蛛の巣』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10370913466.html
第3作『幼き子らよ、我がもとへ』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10374714924.html
第4作『蛇、もっとも禍し』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10400556768.html
第1作『死をもちて赦されん』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10791236476.html
第2作『サクソンの司教冠』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-11197700341.html
第6作『翳深き谷』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-11994533833.html
第7作『消えた修道士』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-12114180312.html
第8作『憐れみをなす者』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-12660394652.html

また、“修道女フィデルマシリーズ”のこれまでの短編集を紹介したページは次のとおりです。
短編集Hemlock At Vespers』が3分冊で邦訳刊行されたもの
 第1作『修道女フィデルマの叡智』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10337209556.html
 第2作『修道女フィデルマの洞察』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10585240467.html
 第3作『修道女フィデルマの探求』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-11446258737.html
日本オリジナルの短編集
 第4作『修道女フィデルマの挑戦』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-12405157572.html
短編集Whispers of the Dead』所収の15編の中から5編が収録されたもの
 第5作『修道女フィデルマの采配』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-12727767349.html

強剛な文体とスピーディな展開、複雑なプロットと鮮烈な謎解きで、1930年代に伝説の雑誌『ブラック・マスク』を飾るも、早々に姿を消した幻の作家ポール・ケインの代表作7編を収録した傑作集です。

7編の短編が収録されています。
名前はブラック
“71”クラブ
パーラー・トリック
ワン、ツー、スリー
青の殺人
鳩の血
パイナップルが爆発

各話は、“おれ”ことブラックに歩道で倒れかかったが“マッケアリー”と言って死んでしまい、“おれ”がマッケアリー親子に会いに行く「名前はブラック」、闇酒場経営者が殺された事件の真相をシェインが明らかにする「”71”クラブ」、“おれ”ことレッドベラの部屋に行くと、フランクが死んでいて、その部屋にいたガス・シェイファー殺人を告白する「パーラー・トリック」、鉄道会社から15万ドルを騙し取ったを追ってネヴァダ州カリエンテに来た“おれ”が、ようやくそのに接触するもののが殺されてしまう「ワン、ツー、スリー」、ギャンブラー銃殺職業ダンサーにつながりを見つけたドゥーリンが、次のターゲットと目した相手にボディガードを名乗り出る「青の殺人」、ドルーズ百万長者ハナンから、別居中のキャサリンの命を守り、保険金詐欺の対象となったキャサリンのルビーの奪還を依頼される「鳩の血」、トニー・マスキオ床屋でパイナップル爆弾が爆発した事件の真相を、記者ニコラス・グリーンが追う「パイナップルが爆発」といずれも禁酒法時代アメリカを舞台にしています。

私のお気に入りは、第2話「“71”クラブ」と第4話「ワン、ツー、スリー」です。
“71”クラブ」の舞台は、禁酒法時代ニューヨークです。
主人公のシェインは、ギリシャ人チャーリー・リガスが経営する闇酒場に投資しています。
チャーリーとそのロレインにはそれぞれ別の恋人がいて、2人は離婚しようとしていました。
シェインチャーリーと口論した日にチャーリーが殺され、シェインはその真相を明らかにしようとします。
簡潔な文章と複雑なプロットが光る秀作です。
地の文での説明がほとんどないため、私はストーリー展開をしばしば見失いそうになりました。

シェインロレインへの愛情が物語に膨らみを与えています。
なお、タイトルになっている“71”クラブというのは、リガスが経営する闇酒場の名前で、木村仁良さんの巻末の「〈解説〉ハードボイルド小説ファンが死ぬまでに読んでおくべき一冊」によると禁酒法時代ニューヨークで有名な闇酒場だった“21”クラブがモデルとのことです。

ワン、ツー、スリー」の舞台は、禁酒法時代ネヴァダ州カリエンテロスアンジェルスです。
おれ”は、ケベック鉄道会社から15万ドルを騙し取ったヒーリーという男を追って、シカゴからロスアンジェルスまでやって来ます。
同じくヒーリーを追うイースタン探偵社ガードというから、ヒーリーネヴァダ州カリエンテに行ったことを知らされた“おれ”はようやくヒーリーに近づくことに成功します。
ところが、その直後にヒーリー射殺され、近くには死体がありました。
さらに、ヒーリーの所持金も奪われていたことが判明します。
おれ”とガードは協力して、事件の真相を追うことになります。
複雑な真相とユーモラスなラストシーンが圧巻です。
ジャンプカットのようなストーリー展開が魅力的な1編です。


各話共に、ほぼ登場人物の会話と行動のみで物語が進行するスタイルと複雑で錯綜するプロットの組み合わせが絶妙です。
登場人物の内面をほとんど描かない手法はまさにハードボイルドでした。

巻末の木村仁良さんの「解説」のタイトルどおり、“ハードボイルド小説ファンが死ぬまでに読んでおくべき一冊”だと思います。

 

 

 [2023年3月20日読了]

きっと江戸にも動物にもやさしかった…のです。 
江戸時代にもさまざまな悩みごとがありました。
ですが江戸庶民の暮らしを通して見えてくるのは、動物たちの“あたたかさ”だったのです。
ハートフル短編の名手が描く連作短編集です。

8編が短編が収録された連作短編集です。
差配さん
川のほとりで…
乙女の祈り
初夏のできごと
約束
雨後の晴色
灯-ともしび-
旱-ひでり-

物語の舞台は江戸の街です。
第1話「差配さん」は、浮世絵風の美女が、“一緒になりたい人がいるから”と、幼子を“差配さん”と呼ばれる面倒見のいいおやじに預け、泣き叫ぶ幼子を置いてそのまま立ち去ってしまう場面から始まります。
何て薄情な母親なんだと思いながら読んでいると、残された幼子”と“差配さん”の言動がどこか変だと感じ始めます。
この違和感の理由が判明したときの驚きと納得感は圧巻でした。
というわけで何の予備知識もなく読み始めることをお勧めします。


※※※※※
多少ネタバレになってもかまわないという方のみ、この先にお進みください。
※※※※※


実はこのネタバレの内容は、裏表紙の紹介文で明かされています。
(私は裏表紙の紹介文を読むことなく、読み始めました。)
江戸の市井〔しせい〕には難題がいっぱい!?
それらを土地〔ところ〕の人気もの
「差配さん」が機転を利かせて
万事解決!!人?…いいえ、
猫なんです、差配さんは――


差配さん”も“”もその母親も、のように見え、のように行動していますが、実はなのです。
に化けているわけではなく、物語の登場する本当の人間たちの目にも、として見えていますし、同士の間でもとして見えているのです。
の形で描いているだけなのです。
この擬人化されて描かれる猫たちが、江戸人々の暮らしの諸問題にさりげなく関わります。
端正な画と登場人物?)たちの粋な会話の取り合わせも絶妙です。

私のお気に入りは、第5話「約束」です。
この話で“差配さん”は、生まれた時から心ノ臓が悪く、寝たきりになってしまった仙太という男の子がに寄り添っています。
仙太が“みかん食べたいなぁ…”と言っていたことを忘れていませんでしたし、そして、仙太とした約束を守ろうとします。
読み終えて心が少し暖かくなる1編でした。

差配さん”以外で複数の話に登場する人物)は少ないのですが、“差配さん”が“ナゾの男”と呼ぶ銀次がなかなかいい味を出していました。

作者の人柄が推察される巻末の「あとがき」も素敵でした。

動物たちの暮らしを通して、江戸情緒と温かさが感じられる作品でした。

 

 

表紙には差配さんが描かれています。
なお、裏表紙には、差配さん銀次小萩お伽羅関守房州人間としての姿ととしての姿が描かれていて楽しいです。

 [2023年3月14日読了]

これまで知られたどの山よりもはるかに高く、光の過剰ゆえに不可視のまま世界の中心にそびえている時空の原点――類推の山
真の精神の旅を、新しい希望とともに描き出したシュルレアリスム小説の傑作です。

第一章 出会いの章」は、ことテオドールが『化石評論』という雑誌に発表した〈類推の山〉についての記事を読んだピエール・ソゴルという人物から手紙をもらう場面から始まります。
その記事の中で、は“ある山が〈類推の山〉の役割を演じることができるためには”“自然によってつくられたありのままの人間にとって、その峰は近づきがたく、だがその麓は近づきうるものでなければならない。
地理学的に実在しているはずだ。不可視のものの門は可視でなければならない。
”と結論していました。
日曜日に発明家登山家ソゴルの家を訪問したは、ソゴルから〈類推の山〉を探す旅に出ることに誘われます。

第二章 仮定の章」で、とそのルネは、次の日曜日にソゴル師の家を訪ね、3人でひとつの会を結成し、その会にそれぞれがを招待することを話し合います。
の側の招待者は、フィンランド生まれのロシア人で35歳ないし40歳の言語学者イワン・ラプスフランス人で50歳の詩人アルフォンヌ・カマールフランス人で25歳のジャーナリストエミール・ゴルジェ妻の友だちアメリカ人で30歳ぐらいの高山専門の画家ジュディス・パンケーキの4人、ソゴルの側の招待者は、イギリス人で45歳ないし50歳のヨットマンでもあり登山家でもある医師アーサー・ビーヴァ―オーストリア人アクロバティック登攀の専門家で25歳と28歳の兄弟ハンスカールベルギー人で25歳ないし30歳の女優ジュリー・ボナスイタリア生まれで30歳ぐらいの登山家パリ婦人服仕立師ベニト・チコリアの5人でした。
こうして集まった9人ととそのの前でソゴル師は、自分の考えた〈類推の山〉について話をし、その場所を特定します。
そして、探検隊を組織することになりますが、結局、4人が探検隊への参加を見合わせることになります。

第三章 航海の章」で、8人はアーサー・ビーヴァ―のヨット“不可能号”で〈類推の山〉を探す旅に出ます。
果たしてたちは〈類推の山〉を発見することができるのでしょうか。

シュルレアリスム形而上小説であり、ファンタジー色の濃い冒険登山小説です。
物語の中でランダムに差し挿まれるいくつかのも暗示的です。
中でも「第三章 航海の章」中の挿話空虚人〔うつろびと〕と苦薔薇〔にがばら〕の物語」で描かれる双子モーホーの物語は非常に象徴的で印象に残りました。
この作品は作者の死によって「第五章 第一キャンプ設営の章」の途中で終わってしまっています。
にもかかわらず、なぜか作品として完成しているかのようにさえ感じられます。
未完による不完全さを感じさせない不思議な魅力を持った作品です。


巻末の巌谷國士氏の「解説」によると
作者のルネ・ドーマルは、この作品を1939年に書き始めたものの、1944年5月21日に結核で亡くなってしまいますが、妻のヴェラ・ドーマル旧友アンドレ・ロラン・ド・ルネヴィルによって未完の原稿が整理され、1952年に出版されたとのことです。
この出版の際に盛り込まれた「後記」(ヴェラ・ドーマル)、「覚書-ルネ・ドーマルの遺稿のなかから発見された」、「初版の序」(A・ロラン・ド・ルネヴィル)も収録されています。
後記」によると、作者はこの後、“第五章から第六章にかけて、尻ごみした四人組の遠征を描くつもりだ”ったとのことです。
しかし、その後の最終章がどうなるのかは、「覚書-ルネ・ドーマルの遺稿のなかから発見された」を読んでもよくわかりません。
作者の描くつもりだった物語の続きをぜひとも読んでみたかったです。

未完の、そして未完ゆえに深い印象を残す傑作でした。

 

 

表紙の写真は、シュルレアリスム画家であるルネ・マグリット油彩画ピレネーの城』(1959年)です。

 [2023年3月14日読了]

生誕90年記念出版第1弾、奇術師としても名高い作者が贈る、ミステリの楽しさに満ちた傑作短編集です。

7編の短編が収録されています。
ダイヤル7
芍薬に孔雀
飛んでくる声
可愛い動機
金津の切符
広重好み
青泉さん

各編は、戸根市大門組と勢力を2分する暴力団北浦組組長北浦進也殺害され、鑑識の結果、殺害後の現場で犯人が電話を使った痕跡が見つかる「ダイヤル7」、重円太郎がフェリーでの旅行中に知り合いになった関口春雄が殺され、遺体のあちこちからトランプのカードが発見される「芍薬に孔雀」、公園の向こうにある団地の部屋の声が聞こえてくることに気づいた10階建の団地の5階に住む石浜元男が、その部屋に住む女性殺害されるのを目撃する「飛んでくる声」、を殺した容疑逮捕された千枝子無実を信じる幼馴染の“”が調査を開始する「可愛い動機」、国鉄全駅の乗車券を収集している箱夫小学校同級生で当時も切手の収集を巡りトラブルになった角山時彦と10年ぶりに再会する「金津の切符」、丸の内商社に勤める多希同僚珠美が好きになるの名が皆、“重”だということに気づく「広重好み」、アトリエを購入して引っ越してきた青泉さんがそのアトリエで殺されて発見される「青泉さん」とさまざまな不可思議な事件が描かれます。

さらに、各編で描かれるも、犯行の動機だけでなく、なぜ犯人はすぐに立ち去らず、どこに電話を掛けたのか?(「ダイヤル7」)、なぜ犯人遺体のあちこちにトランプのカードを仕込んだのか?(「芍薬に孔雀」)という犯人の犯行後の行動をめぐるホワイダニット〔Whydunit〕登場人物の行動の意図がなんであるのかわからないまま物語が展開するホワットダニット〔whatdunit〕(「飛んでくる声」、「青泉さん」)、動機というより登場人物真意に秘められたホワイダニット〔Whydunit〕(「可愛い動機」、「広重好み」)とバラエティに富んでいます。

私のお気に入りは、「青泉さん」です。
喫茶店ピカール常連大学生の“ぼく”は青泉さんという40前後の男性と知り合います。
青泉さんは町に1軒だけのアトリエを購入して、最近引っ越してきていました。
11月27日に朝、青泉さんの家に朝刊を配達に行った“ぼく”は青泉さん死体を発見します。
そして、アトリエの中に青泉さんの絵が1枚もないこと気づきます。
同じくピカール常連で売れない絵描きシーソーが疑われていることを知ったピカールマスターと“ぼく”は真犯人探しを始めます。
殺人事件犯人とその動機というフーダニット〔whodunit〕ホワイダニット〔Whydunit〕2つの謎をめぐる謎解きミステリが、突然、ホワットダニット〔whatdunit〕ミステリに変わる鮮やかな展開に魅了されます。
まさに巻末の「解説」で櫻田智也さんが“殺人事件を扱ったオーソドックスな本格推理として展開されながら、終盤で主眼となる謎がスライドし、不意に〈ホワットダニット〔何が起きていたのか〕〉のミステリが姿をあらわす”と書いているとおりです。
ホワットダニット〔whatdunit〕ミステリの魅力を堪能できる1編です。

40年近い時を経ても色褪せない秀作ぞろいの一冊でした。

 

 

表紙のイラストは、イラストレーター市村譲さんです。

表題作「ダイヤル7」がテーマとなっており、今ではほとんど見られなくなったダイヤル式の電話機と突き刺さったナイフが描かれています。
市村譲さんの公式ウェブサイトはこちらです。→https://www.joeichi.com/

 [2023年3月13日読了]