これまで知られたどの山よりもはるかに高く、光の過剰ゆえに不可視のまま世界の中心にそびえている時空の原点――類推の山。
真の精神の旅を、新しい希望とともに描き出したシュルレアリスム小説の傑作です。
「第一章 出会いの章」は、私ことテオドールが『化石評論』という雑誌に発表した〈類推の山〉についての記事を読んだピエール・ソゴルという人物から手紙をもらう場面から始まります。
その記事の中で、私は“ある山が〈類推の山〉の役割を演じることができるためには”“自然によってつくられたありのままの人間にとって、その峰は近づきがたく、だがその麓は近づきうるものでなければならない。
地理学的に実在しているはずだ。不可視のものの門は可視でなければならない。”と結論していました。
日曜日に発明家で登山家のソゴルの家を訪問した私は、ソゴルから〈類推の山〉を探す旅に出ることに誘われます。
「第二章 仮定の章」で、私とその妻のルネは、次の日曜日にソゴル師の家を訪ね、3人でひとつの会を結成し、その会にそれぞれが客を招待することを話し合います。
私の側の招待者は、フィンランド生まれのロシア人で35歳ないし40歳の言語学者のイワン・ラプス、フランス人で50歳の詩人のアルフォンヌ・カマール、フランス人で25歳のジャーナリストのエミール・ゴルジェ、妻の友だちのアメリカ人で30歳ぐらいの高山専門の画家のジュディス・パンケーキの4人、ソゴルの側の招待者は、イギリス人で45歳ないし50歳のヨットマンでもあり登山家でもある医師のアーサー・ビーヴァ―、オーストリア人でアクロバティック登攀の専門家で25歳と28歳の兄弟のハンスとカール、ベルギー人で25歳ないし30歳の女優のジュリー・ボナス、イタリア生まれで30歳ぐらいの登山家でパリの婦人服仕立師のベニト・チコリアの5人でした。
こうして集まった9人と私とその妻の前でソゴル師は、自分の考えた〈類推の山〉について話をし、その場所を特定します。
そして、探検隊を組織することになりますが、結局、4人が探検隊への参加を見合わせることになります。
「第三章 航海の章」で、8人はアーサー・ビーヴァ―のヨット“不可能号”で〈類推の山〉を探す旅に出ます。
果たして私たちは〈類推の山〉を発見することができるのでしょうか。
シュルレアリスムの形而上小説であり、ファンタジー色の濃い冒険登山小説です。
物語の中でランダムに差し挿まれるいくつかの話も暗示的です。
中でも「第三章 航海の章」中の挿話「空虚人〔うつろびと〕と苦薔薇〔にがばら〕の物語」で描かれる双子のモーとホーの物語は非常に象徴的で印象に残りました。
この作品は作者の死によって「第五章 第一キャンプ設営の章」の途中で終わってしまっています。
にもかかわらず、なぜか作品として完成しているかのようにさえ感じられます。
未完による不完全さを感じさせない不思議な魅力を持った作品です。
巻末の巌谷國士氏の「解説」によると
作者のルネ・ドーマルは、この作品を1939年に書き始めたものの、1944年5月21日に結核で亡くなってしまいますが、妻のヴェラ・ドーマルと旧友のアンドレ・ロラン・ド・ルネヴィルによって未完の原稿が整理され、1952年に出版されたとのことです。
この出版の際に盛り込まれた「後記」(ヴェラ・ドーマル)、「覚書-ルネ・ドーマルの遺稿のなかから発見された」、「初版の序」(A・ロラン・ド・ルネヴィル)も収録されています。
「後記」によると、作者はこの後、“第五章から第六章にかけて、尻ごみした四人組の遠征を描くつもりだ”ったとのことです。
しかし、その後の最終章がどうなるのかは、「覚書-ルネ・ドーマルの遺稿のなかから発見された」を読んでもよくわかりません。
作者の描くつもりだった物語の続きをぜひとも読んでみたかったです。
未完の、そして未完ゆえに深い印象を残す傑作でした。
表紙の写真は、シュルレアリスムの画家であるルネ・マグリットの油彩画『ピレネーの城』(1959年)です。
[2023年3月14日読了]