生誕90年記念出版第1弾、奇術師としても名高い作者が贈る、ミステリの楽しさに満ちた傑作短編集です。
7編の短編が収録されています。
「ダイヤル7」
「芍薬に孔雀」
「飛んでくる声」
「可愛い動機」
「金津の切符」
「広重好み」
「青泉さん」
各編は、戸根市で大門組と勢力を2分する暴力団・北浦組の組長の北浦進也が殺害され、鑑識の結果、殺害後の現場で犯人が電話を使った痕跡が見つかる「ダイヤル7」、重円太郎がフェリーでの旅行中に知り合いになった関口春雄が殺され、遺体のあちこちからトランプのカードが発見される「芍薬に孔雀」、公園の向こうにある団地の部屋の声が聞こえてくることに気づいた10階建の団地の5階に住む石浜元男が、その部屋に住む女性が殺害されるのを目撃する「飛んでくる声」、夫を殺した容疑で逮捕された千枝子の無実を信じる幼馴染の“僕”が調査を開始する「可愛い動機」、国鉄全駅の乗車券を収集している箱夫が小学校の同級生で当時も切手の収集を巡りトラブルになった角山時彦と10年ぶりに再会する「金津の切符」、丸の内の商社に勤める多希が同僚の珠美が好きになる男の名が皆、“広重”だということに気づく「広重好み」、アトリエを購入して引っ越してきた青泉さんがそのアトリエで殺されて発見される「青泉さん」とさまざまな不可思議な事件が描かれます。
さらに、各編で描かれる謎も、犯行の動機だけでなく、なぜ犯人はすぐに立ち去らず、どこに電話を掛けたのか?(「ダイヤル7」)、なぜ犯人は遺体のあちこちにトランプのカードを仕込んだのか?(「芍薬に孔雀」)という犯人の犯行後の行動をめぐるホワイダニット〔Whydunit〕の謎、登場人物の行動の意図がなんであるのかわからないまま物語が展開するホワットダニット〔whatdunit〕の謎(「飛んでくる声」、「青泉さん」)、動機というより登場人物の真意に秘められたホワイダニット〔Whydunit〕の謎(「可愛い動機」、「広重好み」)とバラエティに富んでいます。
私のお気に入りは、「青泉さん」です。
喫茶店・ピカールの常連で大学生の“ぼく”は青泉さんという40前後の男性と知り合います。
青泉さんは町に1軒だけのアトリエを購入して、最近引っ越してきていました。
11月27日に朝、青泉さんの家に朝刊を配達に行った“ぼく”は青泉さんの死体を発見します。
そして、アトリエの中に青泉さんの絵が1枚もないこと気づきます。
同じくピカールの常連で売れない絵描きのシーソーが疑われていることを知ったピカールのマスターと“ぼく”は真犯人探しを始めます。
殺人事件の犯人とその動機というフーダニット〔whodunit〕とホワイダニット〔Whydunit〕の2つの謎をめぐる謎解きミステリが、突然、ホワットダニット〔whatdunit〕のミステリに変わる鮮やかな展開に魅了されます。
まさに巻末の「解説」で櫻田智也さんが“殺人事件を扱ったオーソドックスな本格推理として展開されながら、終盤で主眼となる謎がスライドし、不意に〈ホワットダニット〔何が起きていたのか〕〉のミステリが姿をあらわす”と書いているとおりです。
ホワットダニット〔whatdunit〕のミステリの魅力を堪能できる1編です。
40年近い時を経ても色褪せない秀作ぞろいの一冊でした。
表紙のイラストは、イラストレーターの市村譲さんです。
表題作「ダイヤル7」がテーマとなっており、今ではほとんど見られなくなったダイヤル式の電話機と突き刺さったナイフが描かれています。
市村譲さんの公式ウェブサイトはこちらです。→https://www.joeichi.com/
[2023年3月13日読了]