きっと江戸は人にも動物にもやさしかった…のです。
江戸時代にもさまざまな悩みごとがありました。
ですが江戸庶民と猫の暮らしを通して見えてくるのは、人や動物たちの“あたたかさ”だったのです。
ハートフル短編の名手が描く連作短編集です。
8編が短編が収録された連作短編集です。
「差配さん」
「川のほとりで…」
「乙女の祈り」
「初夏のできごと」
「約束」
「雨後の晴色」
「灯-ともしび-」
「旱-ひでり-」
物語の舞台は江戸の街です。
第1話「差配さん」は、浮世絵風の美女が、“一緒になりたい人がいるから”と、幼子を“差配さん”と呼ばれる面倒見のいいおやじに預け、泣き叫ぶ幼子を置いてそのまま立ち去ってしまう場面から始まります。
何て薄情な母親なんだと思いながら読んでいると、残された幼子“坊”と“差配さん”の言動がどこか変だと感じ始めます。
この違和感の理由が判明したときの驚きと納得感は圧巻でした。
というわけで何の予備知識もなく読み始めることをお勧めします。
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多少ネタバレになってもかまわないという方のみ、この先にお進みください。
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実はこのネタバレの内容は、裏表紙の紹介文で明かされています。
(私は裏表紙の紹介文を読むことなく、読み始めました。)
“江戸の市井〔しせい〕には難題がいっぱい!?
それらを土地〔ところ〕の人気もの
「差配さん」が機転を利かせて
万事解決!!人?…いいえ、
猫なんです、差配さんは――”
“差配さん”も“坊”もその母親も、人のように見え、人のように行動していますが、実は猫なのです。
人に化けているわけではなく、物語の登場する本当の人間たちの目にも、猫として見えていますし、猫同士の間でも猫として見えているのです。
猫を人の形で描いているだけなのです。
この擬人化されて描かれる猫たちが、江戸の人々の暮らしの諸問題にさりげなく関わります。
端正な画と登場人物(猫?)たちの粋な会話の取り合わせも絶妙です。
私のお気に入りは、第5話「約束」です。
この話で“差配さん”は、生まれた時から心ノ臓が悪く、寝たきりになってしまった仙太という男の子がに寄り添っています。
仙太が“みかん食べたいなぁ…”と言っていたことを忘れていませんでしたし、そして、仙太とした約束を守ろうとします。
読み終えて心が少し暖かくなる1編でした。
“差配さん”以外で複数の話に登場する人物(猫)は少ないのですが、“差配さん”が“ナゾの男”と呼ぶ銀次がなかなかいい味を出していました。
作者の人柄が推察される巻末の「あとがき」も素敵でした。
人や動物たちの暮らしを通して、江戸情緒と温かさが感じられる作品でした。
表紙には差配さんが描かれています。
なお、裏表紙には、差配さん、銀次、小萩、お伽羅、坊、関守房州の人間としての姿と猫としての姿が描かれていて楽しいです。
[2023年3月14日読了]