副題に“修道女フィデルマ短編集”とあるように、法廷弁護士にして裁判官の資格を持つ美貌の修道女フィデルマが7世紀のアイルランドを舞台に活躍する“修道女フィデルマシリーズ”の日本オリジナルの短編集第5弾です。
5編の短編が収録されています。
「みずからの殺害を予言した占星術師」
「魚泥棒は誰だ」
「養い親」
「「狼だ!」」
「法定推定相続人」
短編集“Whispers of the Dead”(2004年5月)所収の15編の中から5編が収録されています。
各話は、占星術で自らの死を予言し、修道院長を犯人だと名指した修道士が殺害される「みずからの殺害を予言した占星術師」、ダロウの修道院で客人に供する魚料理が料理長と共に消えてしまう「魚泥棒は誰だ」、フィデルマが年端もいかない子どもが死んだ事件を裁くことになる「養い親」、フィデルマが2度虚偽の訴えをした疑いがもたれている農夫の3度目の訴えに遭遇する「「狼だ!」」、小王国の族長の跡継ぎを選定するために開かれた会合の席上で、有力な候補者が毒を盛られて死亡する「法定推定相続人」とバラエティに富んでいます。
各話でフィデルマはアイルランド各地を訪れ、その地で弁護人として(「みずからの殺害を予言した占星術師」)、あるいは裁判官として(「養い親」、「「狼だ!」」)、さらには探偵役として(「魚泥棒は誰だ」、「法定推定相続人」)事件の謎に挑みます。
私のお気に入りは、フィデルマが探偵役として謎を解き明かす第2話「魚泥棒は誰だ」と第5話「法定推定相続人」です。
「魚泥棒は誰だ」で、フィデルマは彼女の人生の師であるラズローンが修道院長を務めるダロウ修道院を訪れています。
修道院では、今まさにローマ特使の尊者サルヴィアンをもてなす宴が始まろうとしていました。
ところがそこに修道院の副料理長のブラザー・ディアンが闖入し、修道院長に不測の事態の発生を伝えます。
修道院長に頼まれたフィデルマが共に修道院の厨房に行くと、
料理長のブラザー・リルチが本日の特別料理に使うために自ら釣り、調理中だった鮭と共に消えてしまっていました。
修道院長の依頼で調査を始めたフィデルマは、厨房の貯蔵室の戸棚の中で料理長の死体を発見します。
フィデルマは厨房にいた修道士たちから魚が消えた時の様子を聞き取ります。
関係者の証言を基にしたフィデルマの鮮やかな推理が見事です。
さらに、個人的にはこのラストシーンは大好きです。
「法定推定相続人」で、フィデルマはかつてブレホンのモラン師の元で一緒に法律を学んだデクランの出身地のイー・リアハーン小王国を訪れています。
イー・リアハーンではちょうど族長のクアーンの跡継ぎを決める選挙人団の会合が開かれようとしていました。
ところが会合が始まり、クアーンから後継者として指名されたタラムナッハが所信を述べている最中に横のテーブルに置かれたマグから蜂蜜酒を飲んで亡くなります。
蜂蜜酒には毒が入っていました。
フィデルマはデクランからこの事件の調査を依頼されます。
フィデルマが関係者の証言内容から真実を明らかにするラストの謎解きは圧巻です。
謎解きミステリとしてみると、この2話を含め各話ともフィデルマの推理は非常に明快で、破綻がありません。
しかし、物的証拠を科学的に分析する手法のない時代が舞台なので、彼女が到達した結論を証明する証拠がないことがしばしばあります。
そうした状況で、フィデルマの推理にどれだけ説得力を持たせられるかもこのシリーズの見どころのひとつで、フィデルマが犯人の自白を引き出す手法も読みどころです。
しかし、この作品では証拠不十分のためフィデルマが告発を断念する話もあり、フィデルマの司法の場における合理的な証明についてのゆるぎない信念を見ることができました。
また、古代アイルランドを舞台とした歴史小説としてみると、各話で古代アイルランドにおける占星術や同性愛などに関する社会通念、子どもの養育制度や精神障害者の庇護制度、族長の選出制度などの諸制度などが詳しく紹介されて、興味深く読むことができ、読み応えがありました。
フィデルマの魅力を満喫できる短編集でした。
ただ、私としては前作(長編第8作『憐れみをなす者』)の衝撃的な最後が頭から離れず、その続きが一日も早く読みたいので、次作が長編の新作であることを願っています。
表紙のイラストは、このシリーズの表紙を全て描いているイラストレイターの八木美穂子さんです。
フィデルマと鮭が描かれています。
八木美穂子さんのウェブサイトはこちらです。→http://www.tis-home.com/mihoko-yagi/
[2022年2月17日読了]
“修道女フィデルマシリーズ”のこれまでの短編集を紹介したページは次のとおりです。
短編集“Hemlock At Vespers”(2000年3月)を3分冊で邦訳刊行されたもの
第1作『修道女フィデルマの叡智』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10337209556.html)
第2作『修道女フィデルマの洞察』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10585240467.html)
第3作『修道女フィデルマの探求』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-11446258737.html)
日本で編纂された短編集
第4作『修道女フィデルマの挑戦』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-12405157572.html)
また、“修道女フィデルマシリーズ”のこれまでの長編作品を紹介したページは、邦訳の刊行順に次のとおりです。
第5作『蜘蛛の巣』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10370913466.html)
第3作『幼き子らよ、我がもとへ』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10374714924.html)
第4作『蛇、もっとも禍し』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10400556768.html)
第1作『死をもちて赦されん』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-10791236476.html)
第2作『サクソンの司教冠』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-11197700341.html)
第6作『翳深き谷』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-11994533833.html)
第7作『消えた修道士』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-12114180312.html)
第8作『憐れみをなす者』(https://ameblo.jp/hiikun-book/entry-12660394652.html)