剣豪小説の大家として知られる作者の主に1950年代に発表され、現在は入手困難な短編を集めたオリジナル作品集です。
8編の短編が収録された短編集です。
「平家部落の亡霊」
「盲目殺人事件」
「銀座ジャングル」
「第8監房」
「三行広告」
「日露戦争を起した女」
「生首と芸術」
「神の悪戯」
各編は、飛騨の山中で故障したバスに乗り合わせた乗員と乗客が避難した平家部落の屋敷で遭遇した事件を描く「平家部落の亡霊」、戦争で失明した須藤武夫の妻の知子と密通した男が武夫を殺害する「盲目殺人事件」、手相見に銀座の裏面の生態を調べてみるように言われた疋田壮一という男が、まだ敗戦後の猥雑な雰囲気が残る銀座を訪れ、思いがけない事件に巻き込まれる「銀座ジャングル」、敗戦の混乱の色濃い街にどこからともなく現れた高森七郎と名乗る男が、密かに思いを寄せる女性のために一肌脱ぐ「第8監房」、破綻寸前の夫婦の河森亮作と頼子と、同居している亮作の姪の摩利子の3人が、男女の交際相手を紹介するクラブをそれぞれの思惑で訪れる「三行広告」、北京の日本公使館駐在武官の河田中尉とその妻の尚江が対ロシア諜報活動に巻き込まれる「日露戦争を起した女」、19世紀のパリに現れた大理石の女人の胸像の数奇な運命を描く「生首と芸術」、明治末期に東京麴町区で起きた3件の殺人事件の犯人とされた男を描く「神の悪戯」と謎解きミステリ、アウトローもの、ユーモア小説、実話風小説などバラエティに富んでいます。
各編は、1954年から1957年に発表されたもので、「平家部落の亡霊」、「盲目殺人事件」、「三行広告」の3編が『盲目殺人事件』(1957年9月)に、「銀座ジャングル」と「第8監房」の2編が『第8監房』(1963年10月)に、「日露戦争を起した女」、「生首と芸術」、「神の悪戯」の3編が『罠をかけろ』(1957年10月)に収録されています。
『盲目殺人事件』と『第8監房』に収録された5編は、いずれも敗戦の混乱期の東京を舞台となっています。
私のお気に入りは第1話「平家部落の亡霊」と表題作の第4話「第8監房」です。
「平家部落の亡霊」は飛騨の平湯から高山に向かっていたバスが嵐の中、故障して動けなくなる場面から始まります。
乗り合わせた乗客11人と運転手と車掌の合計13人のうち、10人が幽霊が出るという近くの平家部落に避難することにし、平家館と呼ばれる屋敷に泊まることになります。
一方、平湯温泉で起きた殺人事件の犯人がバスに乗っている可能性が高いと考えた
高山警察署の刑事たちもバスの乗客の行方を追っていました。
収録作の中で最もミステリ色の濃い1編で、殺人事件をめぐる謎と幽霊騒動の謎という2つの謎が一気に明らかになる結末は圧巻です。
「第8監房」は、晩秋の敗戦後の混乱の色濃い街が舞台です。
テキ屋の若者、初めてこの街に足を踏み入れたまじめな老会社員の河原藤作、美貌の男娼のリリイ、黒田美智という女性につきまとうヤラズの政というやくざ者、この街にどこからともなく現れていついた高森七郎と名乗る男、所轄署の牧田刑事などの織り成す退廃的ともいえる
人間模様が描かれます。
この高森は美智に密かに思いを寄せているようで、美智のために一肌脱ぐことになります。
作者の代表作“眠狂四郎シリーズ”を思わせるニヒリズムな結末が哀愁を誘います。
他の収録作でも、1956年から連載が始まり、作者の代表作となった”眠狂四郎シリーズ”を思わせるサディズムとマゾヒズムの加味されたエロティシズムが垣間見えました。
作者の新たな魅力を再発見できた一冊でした。
表紙のイラストは、イラストレーターのPOOLさんです。
クールな印象の表紙です。
POOLさんのツィッターはこちらです。→https://twitter.com/tasteoftest
[2022年2月9日読了]