「翳深き谷」ピーター・トレメイン | ひいくんの読書日記

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ひいくんが、毎日の通勤電車の中で読んでいる本を紹介します。
通勤時間は30分ほどなので、軽い読物がほとんどです。

7世紀アイルランドを舞台にしたケルト・ミステリ修道女フィデルマシリーズ”の長編第6作です。
このシリーズの長編の邦訳は、第5作〔『蜘蛛の巣』(http://ameblo.jp/hiikun-book/day-20091022.html)〕 からスタートし、第3作〔『幼き子らよ、我がもと』(http://ameblo.jp/hiikun-book/day-20091027.html)〕、第4作〔『蛇、もっとも禍し』(http://ameblo.jp/hiikun-book/day-20091130.html)〕 、第1作〔『死をもちて赦されん』(http://ameblo.jp/hiikun-book/day-20110205.html)〕、第2作〔『サクソンの司教冠』(http://ameblo.jp/hiikun-book/day-20120319.html)〕もともとの刊行順とは異なる順番で翻訳されてきましたが、ようやくこの第6作からシリーズの順番と一致するようになりました。

短編「晩祷の毒人参」〔(短編集『修道女フィデルマの洞察』(http://ameblo.jp/hiikun-book/day-20100708.html)収録〕で描かれたある事件をきっかけにキルデア修道院を離れたフィデルマは、モアン王国であるコルグーから一つの任務を与えられます。
その任務は、未だ古の神々を信奉するグレン・ゲイシュ禁忌の谷)に赴き、国王の代理として族長ラズラと、かの地に教会キリスト教学問所を設立するための折衝をして欲しいというものでした。

しかし、サクソン人修道士エイダルフを道連れにグレン・ゲイシュに向かうフィデルマを待ち受けていたのは、生贄のごとく並べられた33人の惨殺されたキリスト教聖職者の若者たちの亡骸でした。
若者たちを殺したのは、キリスト教を拒み、古の神々を信じるグレン・ゲイシュの民なのか、疑惑を胸に、フィデルマ族長ラズリとの折衝に臨むことになります。
一方、グレン・ゲイシュの砦にはフィデルマとは教えを異にするローマ派修道士ソリンも滞在していました。
ラズリの思惑が何処にあるのか、フィデルマが悩む中、殺人事件が発生し、フィデルマは自分自身のためにもこの事件の謎解きに挑みむことになります。

前半(上巻)は、フィデルマの行動も兄の依頼を受けた政治外交的な活動や宗教議論などが中心でミステリ色はあまりありません。
また、テンポもゆっくりなので、読んでいても、物語のテーマが、猟奇的な大量殺人なのか、宗教的な対立なのか、政治的な勢力争いなのかがはっきりしません。
しかし、作者の語り口が巧みなので、良質の歴史小説を読んでいるようで、楽しく読むことができました。

後半(下巻)に入り、フィデルマ殺人事件に巻き込まれると、物語は急展開します。
エイダルフも大活躍しますし、フィデルマ謎解きも秀逸で、どんでん返しの結末まで、一気に読むことができました。
本格ミステリとしての醍醐味も満喫できる作品だと思います。

このシリーズ全体を通じて描かれる古代アイルランドの裁判手続きの先進性には驚かされますが、この作品では特にそれを感じました。
中でも殺人事件の裁判を担当するグレン・ゲイシュムルガルが、国王の特使であるフィデルマに敵意を抱きながらも、裁判を公正に進める姿が印象的でした。

この作品の中盤で、フィデルマを歓迎する族長ラズラ主催の宴席の様子が描かれますが、その中にフィデルマが美しい歌声を披露するシーンと、エイダルがお酒に弱く、酔っぱらってしまうシーンがあり、これまで明らかにされていなかった2人の一面が描かれていて興味深かったです。
シリーズ物は、登場人物の人物像がだんだん深まっていく過程も楽しめるのだと再認識しました。


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表紙のイラストは、このシリーズの表紙を全て描いているイラストレイター八木美穂子さんです。
上巻フィデルマグレン・ゲイシュに向かって険しい山道を馬で行く場面、下巻は帯があると見えませんが、フィデルマが33人の遺体を発見する場面でしょうか。
八木美穂子さんのウェブサイトはこちらです。→http://www.tis-home.com/mihoko-yagi/

[2014年1月5日読了]