電磁誘導現象の応用で、最後に自己誘導と相互誘導を扱うのは、これが一番複雑な現象だからです。しかし、科学の発見の歴史は、そんなふうに順序通りには進みません。
ファラデーが電磁誘導現象を発見したきっかけになった実験は、このプリントで最後に学ぶ(たいていの教科書も同じです)相互誘導の実験によってでした。
これが可能になったのは、ファラデーが場の理論を考えていたからに違いありません。ひとつめのコイルが作る(目に見えない)磁場の変化が、ふたつめのコイルに誘導起電力を生じさせるというイメージは、磁場という概念に気づいていたファラデーでなくてはもてないものです。
では、プリントを見て行きます。
磁石なしで、さらにコイルひとつだけでも、電磁誘導現象は生じます。
コイルにかける電圧を変化させ、コイルに流れる電流を変化させると、コイルのつくる磁場も変化します。その磁場の変化に、コイル自身が反応して誘導起電力を生じるというのが、自己誘導現象です。
自分自身のつくる磁場に自分が反応するというのは、奇異な感じがしますが、実際に起電力が生じるのだから認めるしかありません。
自己誘導は特に回路での応用が重要です。
相互誘導は自己誘導よりわかりやすい。
通常の電磁誘導現象で、コイルに近づいたり遠ざかったりする磁石のかわりに、磁場の変化する電磁石があると考えればよいのです。
厳密にいえば、相互誘導現象では、自己誘導現象も起きているので、その二つの起電力を合わせて考えないといけないのですが、高校の物理では相互誘導のケースで自己誘導が付加的に起こることは無視します。
相互誘導の応用技術が変圧器で、二つのコイルの電圧の比が巻き数の比で決まります。
ところで、変圧器の「電圧の比=巻き数の比」という式は、教科書には結果しか書いてありません。
この式は、二つのコイルを貫く磁束が共通であることにより成立します。
ファラデーが研究した装置も、実際に使われている変圧器も、二つのコイルの間に鉄心が通してあり、この鉄心が閉じた輪になっています。磁束は鉄心の中に閉じ込められる性質があるので、二つのコイルを貫く磁束の量は同じになります。もし、鉄心の一部が切れていて、閉じた輪になっていない場合は、磁束がそこから漏れ、二つのコイルを貫く磁束の量は異なりますから、「電圧の比=巻き数」の式は成り立たなくなります。
この基本を忘れた入試問題が過去、多数出題されてきましたが、ついにセンター試験でも出題されてしまいました。直線的な鉄心に二つのコイルが巻いてある例で、変圧器の「電圧の比=巻き数」の式を使う問題です。(もちろん、間違いです)
愛知物理サークルでも議論になり、有志が問い合わせして、その経緯をぼくも聞きました。入試センターからの回答は、出題ミスとまではいえないので、得点修正等は行わないというものでした。有志諸氏のお怒りはものすごいものがありました。(ぼくは、こちらの問題の議論には直接参加していないので、これ以上触れるのはやめておきます。ただ、受験生には実質的な影響がなかったので得点修正の必要はないと思いますが、やはりセンター側は、間違いは間違いとして認めるべきだったと思っています)
センター試験は複数の出題者でチェックしているはずなのですが、いったいどうしてこんな自体になってしまったのでしょうか。ちなみに、この年のセンター試験にはもう一つ、音の屈折に関する出題ミスがありました。こちらの問題の議論については、ぼくも少し関わっていますので、また別の機会に詳しい話を書きたいと思っています。
少し話が外れてしまいました。
描き込みプリントに戻ります。
1の自己誘導の式は電磁誘導の式からわりと簡単に導けます。電磁誘導の式で磁束の時間変化の部分が、自己誘導の式では電流の時間変化になります。そのため、回路について微分方程式を立てると、どういう電流が流れるかを計算することができるのですが、これは高校で学ぶ微分の知識を超えますし、そもそも高校では微分を用いて物理を教えないという方針がありますので、表だって扱うことはしません。
受験生のみなさんは、導出の計算を再現できるようにしておく必要があります。入試問題では、この導出過程をそのまま設問にするケースが非常に多いからです。
なお、コイルの巻き方を変えた場合に起電力の向きがどうなるかは、一度自分で確認しておく必要があります。結果的には、もちろん影響がありません。もしそうだったら、とても面倒なことになります。左巻きのコイルと右巻きのコイルを、回路の用途に応じて使い分けるなんて、やってられませんよね。
2の自己誘導の応用技術は、科学技術の進歩にしたがって、消えつつあります。
高電圧がないと動かない装置を低電圧で動かすとき、コイルを入れることで、自己誘導により一時的に高電圧を得ることができます。昔のクルマはエンジン始動時に高電圧が必要だったため「チョークコイル」と呼ばれる装置が使われていました。(今はありません)
また、古い蛍光灯は、点灯時に高電圧が必要だったので、コイルをつかって高電圧を得ていました。コイルのある回路のスイッチが切れるとき、コイルにもとの電圧の何倍もの起電力が生じるので、スイッチを入れたり切ったりする点滅管を使って、蛍光灯を点灯させていました。蛍光灯のスイッチを入れたとき、ぱかぱかと小さいライトが点滅するタイプの蛍光灯が、これです。
スイッチを入れるときはつなぐ電池の起電力以上の電圧は生じませんが、スイッチを切るときは、電流の減り方次第で高電圧が得られます。
スイッチを切ったとき、流れていた電流が瞬時に0になることはありません。最後の図の回路では、スイッチの間にごく短い時間ですが放電が起こります。この放電の継続時間の大小で生じる起電力が、電流の時間変化の大きさを決め、誘導起電力の大きさを決めるのです。
また、回路を工夫して、スイッチを切ったとき、抵抗をつないだ別の経路に電流が流れるようにすると、その抵抗の値の大小で電流の減る時間を調整することができます。(入試問題としてよく出題されています)
3の相互誘導の式も、基本的な電磁誘導の式から導けます。こちらもよく入試に出題されていますので、導出の過程をよく理解しておきましょう。
ところで3の(問)にある図は、相互誘導の一般的な装置としては問題ないのですが、さきほど指摘したように、この図を次の変圧器の問題に使うと、間違いになります。鉄心が閉じていないので、変圧器の式がつかえないのです。
ただし、鉄心が閉じていなくても、二つのコイルの位置関係が、1つ目のコイルを包むようにその上から2つめのコイルを巻きつけた図の場合は、二つのコイルを貫く磁束が共通になるので、変圧器の式が使えます。
4が変圧器。
「電圧の比=巻き数の比」の式は、電磁誘導の式と磁束が二つのコイルで共通であることから、導けます。もう一つの式はエネルギー保存則です。1次コイルと2次コイルの電力が等しいという式ですね。この二つの式を組み合わせると「電流の比=巻き数の逆比」という式もつくれます。
ところで、鉄心としてただの鉄の塊を使うと、鉄の自由電子が磁束の変動を感じて電磁誘導(渦電流)を起こしてしまい、そこで発熱して、エネルギーの大部分を失ってしまいます。
実際の変圧器では、プラスチックでコーティングした薄い鉄板を何枚も重ねて鉄心を作っています。こうすると、鉄板1枚一枚が絶縁されているので、渦電流がほとんど起きません。工夫すれば、なんとかなるものですね。
5のコイルのエネルギーについては、コンデンサーのエネルギーと同様、エネルギーの式を微積分なしに求めるのは大変ですので、結果だけを示しています。
が、結果だけ覚えて使うというのは、物理本来の学び方ではありません。補足のプリントになりますが、エネルギー式導出のプリントを配布しています。ここでも取り上げる予定ですので、より高いレベルの知識を得たい人は、そちらをご覧ください。
では、このへんで。
※ファラデーの用いた電磁誘導の実験装置の図は、『いきいき物理マンガで冒険』の一コマから抜き出しました。
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