イギリスのジョン・アンブローズ・フレミングは1884年頃に工学系の大学で学生にファラデーの電磁誘導の法則など、電磁と磁気の空間的な関係を教えるのに、左手と右手をうまくつかって、わかりやすく教える方法を開発しました。
従ってフレミングの法則は、物理教育上の一種の便法なので、物理学の本質とは関係ありません。物理教育の観点で言うと、深い理解に至る前の段階として、初学者が覚えやすいルールを作るのも一つの方法です。フレミングの左手の法則や右手の法則は、その代表例でしょう。
ただし、フレミングがつくった右手の法則の方は、今ではほとんど使われなくなりました。左手と右手を使いわけするのは、混乱のもとですし、もともと場当たり的なルールなので、当然の結果でしょう。たぶん、この記事を読まれている方のほとんどは、フレミングの左手の法則なら記憶に残っているけれど、右手の法則がなんなのか、思い出せない(あるいは、そもそも聞いたことがない)のではないでしょうか。
一方、左手の法則の方は、中学校でも高校でも登場します。
高校では、フレミングが右手を使って説明した電磁誘導の法則も、左手を使って教えることがあります。それは、また電磁誘導の項目で説明しますね。
ところで、フレミングが、学生が覚えやすくなるための便法として考えついた左手の法則には、やがて、素粒子の研究が進むにつれ、フレミング自身が思いもよらなかった、右手系、左手系という、物理学の「パリティ」と呼ばれる性質に深く関わることになります。
それは、また、別のお話となりますが、その一部を別の鏡に関する「これ、物理?」の記事で書いていますので、興味をお持ちの方は、関連記事のリンク先をご覧ください。
では、授業プリントです。
電流が磁場から受ける力の実験は、おそらく中学校でも見せてもらったことがあるはずです。(非常に基本的な実験なので、やってなかったとしたら、中学の理科の先生の怠慢でしょうね)
とはいえ、実験を見たことがないという生徒も混じっていますので、高校でも、コイルでつくったブランコのような装置をU型磁石の間に置いて、電流、磁場それぞれに直角な方向に力を受ける様子を見せています。
でも、わりと忘れがちなのが、電流と磁場が平行なとき、フレミングの力は0になる、という事実。
直角なときの力と、平行な時の0の力をうまく使うと、磁場と電流がある角度のときに、どんな大きさの力を受けるかを、三角比を使ってあらわすことができます。こちらは、書き込みプリントを見て下さい。
高校でさらに大切なのが、磁場Hよりも磁場Bです。
高校ではBのことを「磁束密度」と呼んで、Hの「磁場」と区別していますが、本質的にはどちらも磁場です。ただ、Bの方は、磁性体内部ではHとは全然一致しません。こちらは、大学で電磁気を習うときのポイントになりますので、ご注意を。
このプリントでは、高校で扱うということを大前提にして、BとHの本質的な違いには目をつむり、「BはHを束にしてまとめたもの」というイメージで教えています。それが2の<物理的イメージ>ですね。
封筒100枚を1束として扱うようなもので、電気力線100万本を磁束1束と呼んでいるわけです。高校生が扱う物理学の内容の範囲では、むしろこの程度の理解に押さえておいた方がよいと思います。
Bは後に、電磁誘導の法則でも登場しますし、より本格的に大学で物理を学ぶときには磁場と言えばHでなくBと、Bが主役になります。
フレミングの力と、前にやった直線電流がつくる磁場を組み合わせると、電流が磁場をつくり、その磁場が別の電流に力を及ぼす様子を、調べることができます。磁場の存在を無視すれば、2本の電流が互いに力を及ぼし合うことがわかるのです。
この電流相互が及ぼし合う力には、ある秘密が隠されており、高校の物理のレベルでは解き明かすことができません。(理解するには、アインシュタインの特殊相対性理論が必要です)
しかし、フレミングの力自体が、ある意味では本質的に不思議な法則です。
なぜなら、電荷が電場から力を受ける、磁荷が磁場から力を受ける、という単純な場の理論では、電荷や磁荷はそれぞれの性質に対応する磁場を作り出し、電場や磁場はそれぞれの場に反応する電荷と磁荷に力を及ぼします。電荷←→電場、磁荷←→磁場という単純な対応がついていますから、非常にわかりやすい。後に重力についても、質量←→重力場という単純な対応をつけることができるようになります。
ところが、電流が磁場から力を受けるのは、この単純ルールから逸脱しています。
なぜ、電荷が磁場から力を受けるのか?
この本質的な意味は、当時は誰もわかりませんでした。
それにチャレンジしたのがアインシュタインの特殊相対性理論です。その最初の論文のタイトルは「動いている物体の電気力学」です。まさに、この電場と磁場の問題に、ストレートに挑んだ論文なんですね。(岩波文庫から、相対性理論の専門家による訳本が出ていますので、ご参照下さい)
そちらの話はまた、別の機会に。
では、書き込みを見て行きましょう。
フレミングの力Fは、数学的には電流ベクトルIと磁場ベクトルBの外積を利用して定めることができますが、外積は高校の数学では扱わないので、当然、高校の物理でも扱いません。(ベクトルの内積の方は、高校の数学でも扱いますが)
外積は二つのベクトルがつくる平行四辺形の面積に相当する大きさを持つ、二つのベクトルのどちらにも垂直なベクトルとなります。
外積は大学の物理学ではよく使われるものなので、ちょっと興味のある方は、知っておいてよいかもしれません。
磁束密度B=μHは、先ほど書いたとおり、本質的には磁場なのですが、日本ではHを磁場、Bを磁束密度と訳しています。どちらも空間の磁気的な性質を表すものなので、Bを磁場と呼んでもかまわないのですが、混乱を防ぐためですね。
同じ関係は電場にもあって、電場Eに対して電束密度に相当するDという量がありますが、これは高校物理では扱いません。
BとHが単純な関係で表せるのは真空中だけで、物質中では異なります。が、高校ではメモにあるように、真空中のBだけ理解できていればじゅうぶんなので、深入りはしないようにしています。大学へ行ったら、その違いをしっかり学んでくださいね。
4の平行電流間に働く力は、応用問題として解くとよいですね。(1)の図を解説し、(2)の図は自分で解いてもらいます。また、その下の計算は、すべて応用問題として解いてもらいます。今まで習ってきた知識の組み合わせなのですが、忘れてしまった人は前のプリントを見てもよいでしょう。
最終的なFの式は、特に丸暗記する必要はありません。ただし、この式は別の意味で重要です。現在の物理学では、この式を用いて電流1(Aアンペア)を定義し、1(Cクーロン)は1(A)の電流が1(s)間に運ぶ電気量として定義しています。前に触れた通り、この国際的な取り決めによるSI単位系は、電磁気の理論がかんたんになるように考えられたものですが、本質的な決め方ではありません。例えば、この単位系を用いると、本来無次元量になるはずの微細構造定数が無次元量にはなりません。それは別の記事に書きましたので、そちらをご覧ください。
5、6の単位に関する内容は、まとめておかないと混乱するのでやっています。
磁場の単位はもともと電場の単位と対になるようにして独自に考えられたものですが、後に磁気と電気が互いに関係があるという物理現象が見つかったことで、磁場関連の単位が電場関連の単位で表せることになりました。
つまり、単位がダブってしまって、氾濫状態にあるわけです。
高校生には、電磁気の分野はさまざまな数式以上に、単位が入り乱れて混乱する分野でもあるのですね。
逆にいえば、数式から単位の関係を見つけることができれば、混乱しなくてすむ、ということでもあります。
5は、そのやりかたを少し紹介しているのです。
6の磁束Φの単位は、後に学ぶ電磁誘導のために必要なので、ここでまとめています。
記憶力の良い方は、磁束の単位(Wbウェーバー)が、磁荷の単位と同じであることに気がついたかもしれません。
その通りで、以前、電気力線に関して、ファラデーが、同じ電気量に出入りする電気力線の総数は同じになることを見つけていることを書きました。
磁力線についても同じ関係があるのですが、磁束を用いると、この関係はもっとハッキリと単純にあらわすことができるようになります。
磁荷1(Wb)出入りする磁束は1(Wb)。
ファラデーのいった内容(後のガウスの法則)が、すごく単純にあらわせますね。
(これは、電束という量を使えば、電気についても同じことがいえます)
では、このへんで。
電磁気の世界は、高校で学ぶ内容と、大学で本格的に学ぶ内容の間に結構な開きがあるため、他の分野のようにすっきりと理解することができない分野です。
そのため、授業中の脱線も、つい、より多くなってしまうんですねえ(笑)・・・
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