合唱ファンには馴染みのある木下牧子の名曲を紹介する。1956年に生まれた作曲家、木下牧子は今では合唱曲作曲家としてはなくてはならない存在であり、各方面で八面六臂の大活躍中といえる。


そんな彼女が1987年に作曲した『鴎』は、彼女の代表作といえる。戦後すぐに発表された三好達治の詩集の中の一編に曲を付したものだ。空に羽ばたく鴎の様子を戦後日本の姿と照らし合わせたその詩に、木下の純粋でかつ抒情的なメロディがその情景を容易く想起させてくれるのだ。単純なメロディのリフレインではあるが、劇的に変容するその情念はさすが、「木下節」といえる。もともとは無伴奏混声合唱のために書かれたものであるが、2001年に小編成のオーケストラ版が発表され、さらに2008年には2管編成のオーケストラ版が発表されており、さらにはその2管編成版を2010年に改訂を加えている、木下渾身の一曲といってもよい。


ここで紹介する2枚の演奏はそれぞれオーケストラ伴奏版によるものである。

関西で活躍する古楽に造詣が深い当間修一の演奏は、2001年の小編成版の初演のライブ盤である。比較的早めのテンポで曲は進行し、合唱と管弦楽により三好達治の世界が「淡々と」歌われていく印象だ。あまり感傷に耽ることなく、ただ劇的要素も忘れていない演奏でもあり、関西の合唱団の力量も充分に体感できる録音といえる。


ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し、一躍多忙な音楽人生となった若手指揮者、山田和樹の演奏は、2010年の改訂版の初演のライブ盤だ。管弦楽による前奏から始まる改訂版を、山田はゆったりとした抑制されたテンポで曲は進行して行く。指揮者の十八番でもあるカンタービレが存分に凝縮している素晴らしい演奏だ。東京混声合唱団と東京交響楽団の演奏も実に安定しており、感傷的でありながら劇的でもあるマエストロ山田の絶妙な「匙加減」は流石の一言に尽きる。合唱音楽に精通した指揮者ならではの熱いパッションを感じる演奏といえ、名演だ。


【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
山田和樹/東京混声合唱団/東京交響楽団[2010年3月録音]
【EXTON:OVCL-00425】


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床

当間修一/大阪ハンリッヒ・シュッツ室内合唱団/シンフォニア・コレギウム大阪[2001年3月録音]

【fontec:FOCD3483】


ドヴォルザークが残した演奏会用序曲の中で、代表的な作品といえる序曲3部作『自然と人生と愛』の中の一つを紹介する。

3部作の中では、「人生」を表現している『謝肉祭』であるが、ボヘミアの民族的な要素が色濃い作品といえる。夕暮れ時、謝肉祭が繰り広げられているボヘミアの町の人間模様を表現しており、民衆が踊りに興ずる様は実に闊達に、タンブリンとトライアングルを用いて描かれているのが特徴的な作品である。「自然」を表現した『自然の中で』や、「愛」を表現した『オセロ』とは比較にならないほどに演奏機会に恵まれており、そのリズミカルで快活な曲調から多くのファンを持つドヴォルザークの代表作といえる。

名指揮者、フリッツ・ライナーとシカゴ交響楽団の演奏は、快活なスピード感で民衆の躍動を表現した演奏といえ、数ある録音の中でも際立って勢いを感じる演奏といえる。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床

フリッツ・ライナー/シカゴ交響楽団[1956年7月録音]

【RCA:09026-62587-2(輸)】

パウル・ヒンデミット(1895~1963)が残した作品の中で、今日最も演奏される機会に恵まれている作品ともいえる『ウェーバーの主題による交響的変容』を紹介する。
全4楽章から成る変奏曲といえ、それぞれの楽章の主題をウェーバーの4つの作品から採られている。
第1楽章は、『8つの小品』作品60の第4曲より、第2楽章は劇音楽『トゥーランドット』作品75の序曲より、第3楽章は『6つの小品』作品10の第2曲より、『8つの小品』作品60の第7曲よりそれぞれ主題を採っており、ヒンデミットの作品の中では比較的取っつき易い音楽的展開を見せる。打楽器と管楽器が大活躍する第2楽章や、さながらハリウッド音楽かと思えるほどに気宇壮大な第4楽章は印象的である。また、夜想曲風の第3楽章も美しい。
この演奏を現代の巨匠、クラウディオ・アバドの演奏がお薦めだ。ロンドン交響楽団とベルリン・フィルと録音を残しており、どちらもオーケストラを存分に駆使した演奏といえる。とりわけ、オーケストラの馬力と自在性から最近のベルリン・フィルの録音がこの作品の色を描き分けているともいえる。ロンドン響との録音は「どこか模索しながら」といった演奏であり、推進力に物足りなさを感じずにはいられない。ただ、30年の時を経て「変容」するアバドの音楽観を体感する事は十二分に出来るだろう。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
クラウディオ・アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団[1995年2月録音]
【DG:447 389-2(輸)】

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
クラウディオ・アバド/ロンドン交響楽団[1968年2月録音]
【DECCA:UCCD-9133】

ウェーバーの『魔弾の射手』といえば、カルロス・クライバーが残した録音があまりにも有名であり、定番として広く定着している。そんな『魔弾の射手』の録音の中で、ブルーノ・ヴァイルが残した演奏が面白くて聴き応えがある。


古楽奏法と唱法を用い、今までに無いウェーバーの世界を表現しているといえる。無駄の一切を排除し、一音一音を丁寧に表現しているヴァイルの演奏は斬新であり、清新でもある。ロマン派の音楽を歌わせたら当代随一のゲルハーエルの歌唱もまた、ヴァイルの真意に迫る説得力に満ち、「目から鱗」の演奏を展開している。
全てにわたって、ある意味刷新を図っているこの録音は、クライバー盤に聴き慣れた方々には是非とも聴いていただきたい録音である。聞き比べるとその違いが歴然であり、それがまた面白い。
個人的にはクリストフ・プレガルディエンの演奏が聴けるこの盤は一際、愛聴している。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
指揮:ブルーノ・ヴァイル

管弦楽:WDRカペラ・コロニエンシス

合唱:ケルンWDR放送合唱団(合唱指揮:ゴットフリート・リッター)

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ボヘミアの領主オットカール:クリスティアン・ゲルハーエル(Br)

護林官クーノー:フリーデマン・レーリヒ(B)

アガーテ:ペトラ=マリア・シュニッツァー(S)

エンヒェン:ヨハンナ・ストイコヴィチ(S)

狩人カスパル:ゲオルク・ツェッペンフェルト(B)

狩人マックス:クリストフ・プレガルディエン(T)

隠者:アンドレアス・ヘール(B)

富農キリアン:クリスティアン・ゲルハーエル(Br)

花嫁に付き添う4人の娘:クリスティアーネ・ロスト(S)/アンケ・ランベルツ(S)/ガブリエーレ・ヘンケル(S)/アンドレア・ヴェイト(S)

悪魔ザーミエル:マルクス・ジョン(語り)

[2001年6月録音]
【DHM:BVCD-37009~10】

ハンス・ロットの『田園風前奏曲(Pastorales Vorspiel)』を紹介する。ブルックナーにオルガンを習い、マーラーの友人でもあり、ワグネリアンでもあったロットの人生は不遇の連続の25年といえる。そんな彼が22歳で書き上げたこの『田園風前奏曲』は、当時のロットの音楽家としての集大成とも言える響きといえる。冒頭のホルンは田園風景を容易く想起させるブルックナー調。その後、音楽はなんとも捉え処のないままに徐々に肥大化し、突如として轟音鳴り響き、さながらワーグナーを彷彿とさせるオーケストレーションが展開されるものの、音楽はひたすらに肥大化の一途を辿る。音楽の終着点が定まらないままに迷走する様な、彼の交響曲の終楽章のような展開をここでも見せる。しかしながら、この曲もまた何度も聴けば聴くほどに「クセ」になる麻薬のような魅力がある。それはまさにロットの作品に共通して言える「未知の可能性」を秘めているからこそ抱く、興味と好奇心からといえ、作品の随所に垣間見える「一瞬の美しさの連続」に心を奪われてしまうのだ。
ロットの人生を物語る上で、彼の交響曲は必須アイテムである。その交響曲を持って国家奨学金に応募(ブラームスに酷評されてしまったが)をしたロットだが、実はこの『田園風前奏曲』もその奨学金に応募をしている。同じ年に完成したこの2曲を聴き比べることで、彼の当時の迸る若さと情熱を感じることができるといえるだろう。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
デニス・ラッセル・デイヴィス/ウィーン放送交響楽団[1998年8月録音]
【CPO:999 854-2(輸)】
ウィーン音楽の伝統を受け継ぐ20世紀の名ヴァイオリニスト、クライスラーによって作曲されたこの協奏曲は初演当時はヴィヴァルディの作曲として演奏されていた。クライスラーは当初この作品を、『ヴィヴァルディの筆写楽譜を偶然に入手し、自分で編曲を施した』と語って演奏をしていた。クライスラーが自分の作品であると告白した後も、それを冗談としてしか受け止めず、ヴィヴァルディの作品と思い込み続けた人もいるという。それほどまでに曲はヴィヴァルディの様式に則っているのである。「ヴィヴァルディがクライスラーの作品の特徴とも言える甘美なヴァイオリンの音色を身に纏っている」とでも表現するのが分りやすい作品かもしれない。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ギル・シャハム(Vn)/オルフェウス室内管弦楽団[1993年12月録音]
【DG:UCCG-2026】

ソビエト連邦初のバレエとして大ヒットしたグリエールの『赤いけしの花』も、昨今ではその中の一曲である『ロシア水兵の踊り』が時折演奏されるくらいで、全曲を耳にすることはほとんど無くなってしまった。社会主義国において、後期ロマン派の伝統に則った書法で書かれており、曲風は実にわかりやすく、全体的に美しさが強調された実に単純明快な作品といえる。この作品を的確に表現しているのがNAXOSのリードであり、そのまま紹介しようと思う。

『政治的要素と華麗なエキゾチズムが結託したあまりにもすてきな”時代の産物”』

ここで紹介するNAXOS盤は、廉価盤の域を超えた演奏水準に達していて、かなりのお得感を味わえる。魔術師のような気功師さながらの独特の指揮スタイルのアニハーノフは、バレエ音楽のプロフェッショナルだけあり、全曲にわたり、均整の保たれた演奏を展開している。そんな中でも常に、「熱い」劇的な表現に努めているといえるだろう。バレエファンは必聴である。

【推奨盤】
ハンス・ロットをこよなく愛する『乾日出雄の勝手な備忘録』
アンドレ・アニハーノフ/サンクトペテルスクブルク国立交響楽団[1994年6月録音]
【NAXOS:8.553496-7(輸)】

「作品77」と最晩年に書かれたかのような番号が付されているこの「運命」だが、実はチャイコフスキーが28歳の時の作品である。バラキレフに献呈したものの、自らそのスコアを破棄してしまったという、あまり演奏される機会が少ない作品である。
作品自体は3部形式で書かれており、後のチャイコフスキーの大成を予感させる魅力的なフレーズが所々に聞ける作品といえる。途中、若干の中弛みも否めなくはなく、作曲者自身がこの曲に及第点を与えなかった理由も頷ける。しかし、途中で何度も登場する弦楽器による叙情的なカンタービレは、まるでオペラ『エフゲニー・オネーギン』の「手紙の場面」をも彷彿とさせるロマンティックなもので、その旋律を聴いただけでも「ホロッ」とさせられてしまう魅力がある。その響きに出会うだけでも充分に満足できる作品といえるチャイコフスキーの『運命』である。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
エフゲニー・スヴェトラーノフ/ロシア国立交響楽団[1993年or1996年録音]
【CANYON:PCCL-00574】


乾日出雄とクラシック音楽の臥床-チャイコフスキー:交響曲第2番/プレトニョフ、RNO
ミハイル・プレトニョフ/ロシア・ナショナル管弦楽団[1996年3月録音]
【DG:453 446-2】

三枝成彰が書いたレクイエムは美しい。


この作品の初演を聴きに行っていた自分であり、この録音を聴いてその光景を鮮明に思い出してきた。皇后陛下がご臨席になり、いつもの東京交響楽団の東京芸術劇場のシリーズとはちょっと会場の雰囲気が違っていたように記憶している。その演奏会は前半にジェイムス・マクミランの作品が演奏され、それはそれで鮮烈だった。マクミランの日本初演と、三枝の世界初演。はじめて聴く二つの作品に出会えた全く異質の喜びを覚えている。
三枝のレクイエムはというと、フォーレやデュリュフレのレクイエムを意識したかのような構成になっており、普通のレクイエムにある「怒りの日」は三枝のこのレクイエムにはない。まさに安息のための音楽といえる洗練された三枝ワールドが広がっているのだ。

「平和の賛歌」と題された「神の子羊」以降に表れる各曲では、彼の代表作のオペラ《忠臣蔵》の第3幕を想起させるサウンドが展開され、劇的要素も充分に兼ね備えている。日本語における歌詞も実に自然な抑揚を持ち、「お涙頂戴」的な節回しが印象的であり、こればかりは聴く側の嗜好次第では、体中が痒くなってくるかもしれない。個人的には嫌いではないけれど・・・。


【推奨盤】
ハンス・ロットをこよなく愛する『乾日出雄の勝手な備忘録』
大友直人/佐藤美枝子(S)/吉田浩之(T)/東響コーラス/東京交響楽団[1999年3月録音]
【MAY CORPORATION:KDC-5040】]:1999年3月録音〕

ドイツの作曲家、ハンス・アイスラー(1898~1962)の作品を紹介する。若くして、シェーンベルクの弟子としてウェーベルン、ベルクと共に新ウィーン楽派の系譜を辿ることとなるが、二人とは様々な問題から決別、独自の路線を歩むこととなる。共産主義運動にも興味を持ち、音楽を用いた思想家いえる活動をした人間でもある。また、劇作家ベルトルト・ブレヒトとの協働作業は、後の彼の作品には欠かすことのできない存在と言える。ナチス台頭によりアメリカへ亡命した彼は、ハリウッドでチャップリンと協力関係だったが、終戦後は東ドイツへ移住した、歴史に翻弄された作曲家といえる。そんな彼の代表作でもある『ドイツ交響曲』を紹介する。
「反ファシスト・カンタータ」と呼ばれるこの作品は、演奏時間は60分を要し、全11楽章、4人の独唱と2人の語りも加わる正に「大作」である。重苦しい雰囲気に終始包まれたこの作品は、ファシズムへの批判に溢れた内容となっている。特に曲の後半へ進むにつれ、ファシズムへの反乱は高潮していき、第8曲「農民のカンタータ」、第9曲「労働者のカンタータ」ではクライマックスを迎え、その不満は大いに爆発するのだ。そして、終曲では悲痛な心の嘆きを静かに歌い上げ終わるというもので、当時の社会の怒りを音楽的に表現した「音楽を用いた思想家」の代表的な活動の成果といえるだろう。
終曲の歌詞はこの作品の持つ意味を表現しており、そのまま紹介したい。
「絶望して血まみれの子供たちを見てください。凍ったタンクから逃げ出して来る子供たちを見てください。狼狽する狼でさえ隠れ家を持っています。子供たちをあたためてあげてください。彼らの手足は悴んでしまっています。子供たちを見てください」
この言葉こそが、アイスラーがこの曲を通じて語りたかった当時の現実だったのかもしれない。
ここで紹介するツァグローゼクの演奏は、生々しくその悲痛な叫びを表現しており、ソリストではマティアス・ゲルネの表現力に脱帽せずにはいられない表現力といえるだろう。内容は実に暗いが、名演だ。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ローター・ツァグローゼク/ヘンドリケ・ヴァンゲマン(S)/アンネッテ・マンケルト(A)/マティアス・ゲルネ(Br)/ペータ・リカ(B)/ゲルト・ギュートショウ(語り)/フォルカー・シュヴァルツ(語り)/エルンスト・ゼンフ合唱団/ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団[1995年5月録音]
【DECCA:448 389-2(輸)】