小澤征爾が1996年のサイトウ・キネン・フェスティヴァルで取り上げた得意のフランスの作品、プーランクのオペラ・ブッファ『ティレジアスの乳房』を紹介する。そんなに長くなく、なんともくだらない筋立てと、豪華なキャストでリリース当時はここぞとばかりに聴きまくった。バーバラ・ボニー、ジャン=ポール・フーシェクール、ヴォルフガング・ホルツマイアー・・・なんとも素晴らしいキャスティングだ。


オペラのあらすじはこうだ。「フェミニストである妻テレーズは虐げられた生活に嫌気がさし、乳房を風船のように宙に飛ばし、男性となり、兵隊になると宣言する。それを認めない亭主。「男だけで子供は作れる!」と豪語し、1日に4万人もの子供を作り出すが、一気に人口が増えた街では、食糧難が発生。憲兵が登場し、亭主を責める。そこに突如女性占い師が登場。市民を占い、子作りに励むよう薦めるが、憲兵は占い師を逮捕しようとする。するとその占い師は実はテレーズだったのだ。亭主は大喜びだが、容姿は男性をしているテレーズに悲嘆。しかし、テレーズと亭主は日が暮れた大広場で愛のワルツを踊り出し、「子作りに励め!」と繰り返し歌い、縁りを戻して幕は閉じる。」

実に、荒唐無稽だ。当時、子供不足に陥っていたフランスの問題を、オペラといった形で表現した、真面目なプーランクの成果といえる。粗筋が訳わからなくとも、奏でられる音楽は美しい。その音楽に触れるだけでも聴く価値はあるだろう。
ちなみにプーランクは両性愛者であり、そんな観点からこの作品を客観視すると、面白い発見があるかもしれない。


【推奨盤】
ハンス・ロットをこよなく愛する『乾日出雄の勝手な備忘録』
指揮:小澤征爾

管弦楽:サイトウ・キネン・オーケストラ

合唱:東京オペラシンガーズ(合唱指揮:江上孝則)

・・・

座長:ジャン・フィリップ・ラフォン(Br)

テレーズ/女性占い師:バーバラ・ボニー(S)

亭主:ジャン=ポール・フーシェクール(T)

憲兵:ヴォルフガング・ホルツマイアー(Br)

プレスト:マーク・オズワルド(Br)

ラクフ:グラハム・クラーク(T)

新聞記者:ゴードン・ギーツ(T)

息子:アンソニー・グリフィー(T)

新聞売りのオバサン:坂本朱(Ms)

[1996年6月録音]

【PHILIPS:PHCP-11028】

ドイツの作曲家、ヘルマン・ネッケの代表作『クシコス・ポスト(別名:クシコスの郵便馬車)』を紹介する。


日本では、運動会の定番音楽として人々の耳に定着しているこの作品は、もともとはピアノのために書かれた作品である。日本では、全国的に運動会で使われていた事もありその知名度は群を抜いているものの、日本以外の国では、この作品の認知度は「ゼロ」に近く、近年、日本で作られたゲームソフト等で使用されることにより、海外でも浸透し始めてきたという、逆転現象的な状況にある珍しい曲でもある。




【推奨盤】

乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床


チャールズ・グローヴズ/フィルハーモニア管弦楽団[1988年録音]


【DENON:COCO-70610】

島国・キューバを代表する作曲家、エルネスト・レクオーナ(1895~1963)の代表曲を紹介する。


カーニヴァルの行列が遠くからやってきて、また去っていく様子を、期待と哀感というミスマッチな雰囲気を兼ね備えた表情で描き上げた作品、『ラ・コンパルサ[仮装行列]』は、今ではレクオーナを語るには、『マラゲーニャ』とともに、はずすことのできない名刺代わりの一曲といえる。

モーリス・ラヴェルが称賛したといわれるレクオーナだけあり、民衆的な色使いが特徴的で、空の色や人々の表情までもが眼前に広がるかのような描写力といえる。


モートン・グールドの演奏も、少し「ライト」な趣きになってしまっているのは否めないが、作品の表情は鮮やかに表現されている名盤といえる。


【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床

モートン・グールド/ヒズ・オーケストラ[1955年9月&10月録音]

【RCA:09026-68922-2(輸)】

イギリスの作曲家、グスターヴ・ホルスト(1874~1934)の秘曲といわれる『日本組曲』を紹介する。

組曲『惑星』の作曲の最中だったホルストが、その作業を中断して作曲したと言われているバレエ音楽である『日本組曲』だ。曲は全部で6曲から成っており、それぞれ「前奏曲―漁師の踊り」「儀式の踊り」「操り人形の踊り」「間奏曲―漁師の踊り」「桜の木の下の踊り」「終曲―狼たちの踊り」と題されており、各曲で日本民謡の主題が用いられているのが特徴である。特に、「桜の木の下の踊り」では「江戸子守歌」が用いられているのが印象的だ。


この作品を書くにあたって、ホルストは作曲の依頼者である日本人舞踊家から口伝で日本民謡を採譜したとされ、その「旋律だけ」を基にオーケストレーションを施したと言われている。ホルストらしい壮大さは、『惑星』ほどではないにしろこの作品でも顕在であり、日本人にももっと馴染まれてもいいであろう作品といえる。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床

エイドリアン・ボールト/ロンドン交響楽団[1970年3月録音]

【LYRITA:SRCD.222(輸)】

イギリスの作曲家・ギャヴィン・ブライアーズ(1943~)を代表する20世紀最高の傑作のひとつ、「タイタニック号の沈没」を紹介する。

曲はその名の通り「タイタニック号の沈没」を音楽で表現しており、その世界はまるで映像を見ているかのように、イメージが頭に浮かび上がってくる異様さに包まれている。沈み行く船のデッキで楽員が演奏をし続けたといわれており、その出来事をモチーフにしたかのようにひとつの賛美歌のフレーズがひたすらに繰り返されるのである。静謐な世界に終始し、弦楽四重奏の響きに船体の軋む音や、水の音、会話や賛美歌の響きなどがコラージュのように登場する。それらは一種カルト的な雰囲気も感じられるものの、自然と気持ちが浄化される不思議な安息の音楽ともいえ、個人的にはある時期、この曲をひたすらに聴き続けていたことがある。

この曲以上に「心安らぎ、気持ちの平穏を保てる音楽はない」と、常に声高に主張したい自分である。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ギャヴィン・ブライアーズ/バラネスク弦楽四重奏団/他[1994年録音]
【POINT music:446-061-2(輸)】
ハチャトゥリアンといえば、真っ先に『剣の舞』に代表されるバレエ音楽を想像する方が殆どであろう。そんなハチャトゥリアンではあるが交響曲も残しており、今日は第3番の交響曲を紹介する。
曲は単一楽章からなり、およそ25分に及ぶ作品である。とにかくこの曲の特徴は「喧しさ」にある。冒頭、15本のトランペットによる大ファンファーレに始まり、それにオルガンが加わる。互いが互いを打ち消すかのように強奏に燃えているオルガンとトランペットを聴いていると、なんだか徒労感さえ覚えてしまう位である。祝典を盾にした(?)誇大妄想癖の塊のような作品ではあるが、ハチャトゥリアンの新たな側面を垣間見ることのできる作品である。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
フェドル・グルシチェンコ/BBCフィルハーモニック[1993年8月録音]
【CHANDOS:CHAN 9321(輸)】
フランスの作曲家、モーリス・ラヴェル(1875~1937)が1928年に残した稀代の名作『ボレロ』を紹介する。


今日では、オーケストラのコンサートのレパートリーとして定着しているが、本来はバレエ音楽として作曲されたものであり、あらすじは実に簡潔明瞭だ。「セビリアの酒場で、一人のダンサーが舞台で体を解すために足慣らしをしている。気分が乗ってきたダンサーは、次第にその振りも大きくなり、客席にいた酒場の客たちもが次第にダンサーに注目し始める。そして、最後にはダンサーと客が共に踊りに興じる。」というあらすじである。

単純なリズムと旋律の反復により、使用する楽器の音色と「全曲にまたがる息の長いクレッシェンド」による変容だけで曲を演出する、ラヴェルの真骨頂ともいえ、オーケストラには各パートの技量が、指揮者にはその色彩感覚とバランス感覚が要求される難曲とも言えるだろう。

1930年に作曲者自らが指揮した演奏が録音され、今日でも耳にする事が出来る。ラヴェルが意図するテンポ設定といえ、ややゆっくりとした冒頭部は印象的である。ただ、オーケストラのレヴェルが想像以上に低いのが残念でならない。歴史的意義の深い録音として、ここに紹介したい。

サイモン・ラトルがバーミンガム市交響楽団と残した録音は、滋味ではあるものの、なかなか聴き応えがある内容といえる。サウンドはフランス的ではないにしろ、バーミンガム市響のメンバーの当時の充実した音楽活動を裏付けるべく、表情豊かな演奏といえるだろう。ラトルのタクトも淡々と奇を衒うことなく堅実にリズムを刻んでおり、その一糸乱れぬ緊張感はある種の快感とも言えるだろう。個人的にはこれは、名盤である。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
サイモン・ラトル/バーミンガム市交響楽団[1990年12月録音]
【EMI:CDC 7 54303 2(輸)】

【参考盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
モーリス・ラヴェル/コンセール・ラムルー[1930年1月録音]
【Pearl:GEMM CD 9927(輸)】

日本が世界に誇るフルート奏者、工藤重典の録音の中でも、技術と表現力が抜きん出ているものがフォンテックからリリースされている『20世紀のフルート音楽』と題されて音盤だ。その中でもジョリヴェの『リノスの歌』は白眉といえる出来栄えだ。


ジョリヴェはフランス近現代を代表する作曲家で、メシアンと共に二十世紀のフランス音楽界を支えたひとりといえる。彼の作風は、おもに呪術的な性質を併せ持った原始主義的な傾向を孕んでいる。「統一のある多様性」「大胆なダイナミズム」「自由な表現」が特徴といえる。この『リノスの歌』は古代ギリシャの物語を題材にした作品で、死者を弔う祭祀の音楽を表現している。「葬礼のための厳粛な哀歌」「狂奔な舞曲」「人々の慟哭」という3つの異なった要素が錯綜しながら曲は展開し、工藤重典の表現力の面目躍如となる演奏に圧倒される録音だ。

フランスで培った色彩感がまた、この曲の情景描写をよりいっそう際立たせており、まさに、秀逸であり至極の逸品だ。

【推奨盤】
乾日出雄の勝手なクラシック音楽備忘録
工藤重典(Fl)[1983年7月録音]
【fontec:FOCD9179/80】

スペインのマヌエル・デ・ファリャの『ペドロ親方の人形芝居』を紹介する。
あまり演奏される機会は少ないが、『三角帽子』や『恋は魔術師』を彷彿とさせる親しみやすい音楽が並ぶ人形劇の為の作品である。『ドン・キホーテ』のエピソードを基に、ファリャ自ら台本を手掛けている。全曲で30分程の短い作品だが作曲家自ら台本を書いた作品にしては(作曲家が自ら台本を書いた作品には往々にして駄作が多い)、まとまりのある作品となっている。

ここで紹介する録音は弱冠25歳のサイモン・ラトルが演奏する珍しい録音だ。バーミンガム市交響楽団の音楽監督就任直前に録音したもので、非凡な才能の片鱗を見せ付けてくれているが、意外にも大人しい印象を受けるのは気のせいか否か・・・。安価に入手できるので、ご一聴を!

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
指揮:サイモン・ラトル


管弦楽:ロンドン・シンフォニエッタ
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ドン・キホーテ:ピーター・ナップ(Br)
ペドロ親方:アレクサンダー・オリヴァー(T)
前口上:ジェニファー・スミス(S)
[1980年録音]
【DECCA:PROA-36】

吹奏楽ファンには『76本のトロンボーン』の作曲家といえば身近に感じるであろうアメリカの作曲家、メレディス・ウィルソン(1902~1984)が残したブロードウェイ・ミュージカルの傑作『ミュージック・マン』をカンゼルとシンシナティ・ポップス・オーケストラの録音で紹介する。

もともとフルートとピッコロを吹いていたウィルソンはスーザ楽団やニューヨーク・フィルでも演奏していた経歴を持つ作曲者であり、彼ならではのオーケストレーションは実に華麗だ。ピッコロの演奏効果も熟知し、随所にその魅力が存分に発揮されている。

「アメリカの田舎町で楽器や楽譜を売りつける詐欺師の物語」であり、話し自体は極めて面白いというわけではない。しかし、楽しく親しみやすいミュージカル・ナンバーにあふれており、ガーシュウィン、バーンスタインとは一風変わった、しかしながらブロードウェイの香りが「プンプンする」この作品は心から楽しめる。吹奏楽ファンもこれを聞くと、日頃演奏している『76本~』をより深く理解することができるに違いない。


【推奨盤】
ハンス・ロットをこよなく愛する『乾日出雄の勝手な備忘録』
エリック・カンゼル/シンシナティ・ポップス・オーケストラ/他[1991年4月録音]
【TELARC:CD-80276(輸)】