ドイツの作曲家でありピアニストとしても活躍した、グスタフ・ランゲ(1830~1889)の数少ない名曲のひとつを紹介する。


サロン風の作品ばかりを400曲余り書いたランゲではあるが、今日ではこの『花の歌』と『荒野のバラ』、『アルプスの山小屋にて』ぐらいしか演奏される機会に恵まれてはいない。


『花の歌』はその名の如く、美しい花が咲いている雰囲気を、優美にかつ華やかに表現しておりエレガントな雰囲気に終始している作品である。左手で和音を奏でながら、右手で旋律を歌うランゲのお得意の表現方法といえ、今ではピアノの発表会の定番として、ピアノ愛好家の耳には馴染みの深い作品といえる。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
クリストフ・エッシェンバッハ(Pf)[録音年不詳]
【DG:POCG-7048】

フランスの作曲家、ガブリエル・フォーレ(1845~1924)の初期の佳品『子守歌』を紹介する。

この作品を聴くと、既にフォーレの作曲スタイルは確立されていることが窺える。後の名曲『レクイエム』や『パヴァーヌ』に通ずる心安らぐ音楽といえ、まさに子どもを寝かしつけるための『子守歌』である。揺蕩う水面を思わせる穏やかな音楽であり、ヴァイオリンが淡々と子守歌を「歌って」いる。


もともとはヴァイオリンとピアノの作品であるが、ここではヴァイオリンとオーケストラによる録音を紹介したい。女傑、アンネ=ゾフィー・ムターとウィーン・フィルによる贅沢な組み合わせのこの録音は、実に心地良い。ムターの語り過ぎず、客観的にこの曲を表現しているかのように淡々と進む時の流れが実に、スムーズに聴き手に語りかけてくる演奏といえ、5分弱の短い曲ながらもある意味、説得力に溢れた録音といえる。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床

ジェイムズ・レヴァイン/アンネ=ゾフィー・ムター(Vn)/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団[1992年11月録音]

【DG:437 544-2(輸)】

今日は日本テレビのスポーツテーマを紹介する。日本テレビといえば、黛敏郎が書いたその名も「スポーツ行進曲」である。

プロレスや巨人戦の中継で馴染みのある方は多いかもしれない。あの冒頭のインパクトは計り知れない。ジャイアント馬場や、輪島大志の入場時にも使われており、一時期のプロレスには欠かすことのできない、今でも語り草になっているこの曲だ。個人的には、この曲を聞くと後楽園球場の映像が頭に浮かぶ。時代としては江川や山倉、原や松本、篠塚といった頃である。
ちなみにこの曲は日本テレビの専売特許というわけでもないようで、他の民放でもたまに耳にすることができる。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
野中図洋和/陸上自衛隊中央音楽隊[録音年不詳]
【KING RECORDS:KICW 3013】
ヨハン・ゴットリーブ・ゴルトベルク(1727-1756)の名は、J.S.バッハの作品よる逸話だけで知られている音楽家である。

バッハが不眠症で悩む伯爵のために作品を書き、当時、音楽の手解きを受けていたまだ14歳のゴルトベルクに伯爵の前で演奏させたといわれている。それがかの有名な「ゴルトベルク変奏曲」なのである。ゴルトベルクの名は、自らの作品ではなく、師であるJ.S.バッハの作品に名を残す形で今では「不当に」忘れ去られてしまっているといえ、そんな彼が残した佳品を紹介したいと思う。

彼の作風は古典派の息吹を感じつつも、バッハの影響も強く感じる時代の変遷を音で辿るに相応しい作品といえるだろう。作風はJ.S.バッハの次男、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの作品をイメージしていただけると分かりやすいかもしれない。ここで紹介する協奏曲は30分を超える演奏時間だが、その、長さを感じさせない華麗な曲調と展開の妙がそこにはある。もっと演奏される機会があっても良いような気がする作品だ。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
エミール・タバコフ/ワルデマール・デーリング(Cem)/ソフィア・ソロイスツ[1986年4月録音]
【MDG:MDG 601 0250-2(輸)】

スイスの作曲家、ヨーゼフ・ヨアヒム・ラフ(1822~1882)の交響曲第2番を紹介する。ヴァイオリンを嗜んだ事のある方なら、カヴァティーナという小品を作曲した人と紹介すれば分かるかも知れない。交響曲第1番を41歳で書き、実に遅咲きともいえる作曲活動を歩んできたラフだが、この第2番も40歳代半ばに作り上げている。その年齢にして、この交響曲の作品番号が「140番」ということも、彼の音楽家としての人生の苦節を感じることができるだろう。


彼の作風としては伸び伸びとした大らかなメロディ・ラインが実に特徴的である。交響曲第3番と第7番のそれぞれの副題を『森にて』『アルプスにて』と付けている事からも分るとおり、彼の音楽は常に大自然の空気を感じることができ、また四季折々の風合いを感じることができる作品に富んでいると言える。この第2番もタイトルこそ付いてはいないものの、その伸びやかな音楽的な広がりは、ここでも顕在である。メンデルスゾーンがお好きな方は、ラフの作品も好きになれるのではないかと感じる。あまり紹介される機会が少ないラフの隠れた名曲が、世に認められる日が来ることを願うばかりである。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ハンス・シュタードルマイアー/バンベルク交響楽団[2000年12月録音]
【TUDOR:7102(輸)】

誰もが一度は耳にした事があるであろうマーチ、『スポーツ・ショー行進曲』を紹介する。

NHKのスポーツ中継のオープニングで流れるあの名旋律がこのマーチであり、個人的にはこの曲を聴くと「大学ラグビー」を連想してしまうが、人それぞれ。想起させられるシーンは様々ではあるが、誰の耳にも馴染んだ曲といえる。

冒頭は誰もが聞いたことのある軽快なスタートをみせるが、古関の音楽の特徴といえる中間部の美しさも顕在だ。レコードを買わなくても、NHKのスポーツ中継のオープニングを見ればこの曲のイントロは楽しめる。

ただ最近、知らぬ間にそのNHKのオープニングで流れる音楽は、コンピューター処理された無機質な音になっている事に音楽ファンは衝撃を受けている。時代の流れかもしれないが、古関の魅力を完全に失ってしまった感がある、現在のオープニング。どうにかならないものかと思う古関ファンの自分であり、多くの音楽ファンも思っているはずである。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
野中図洋和/陸上自衛隊中央音楽隊[録音年不詳]
【KING RECORDS:KICW 3013】
約15年前、大きな話題を呼びCDのみならず映像も発売されたこの『忠臣蔵』だが、今となってはグランドオペラといっても過言ではない規模の大きさからか、風前の灯・・・。時々、アリアが歌われる位で、めっきり気配がなくってしまった気がする。



実に抒情的で、歌心にあふれた三枝ならではの「こぶし」の利いたメロディは、時に西洋音楽と日本語の「イントネーション」の違いからくら違和感を生み出しているかもしれないが、オペラを日本語で上演する難しさを三枝と台本を書いた島田雅彦が苦心していたことが音楽を聴いただけでも伝わってくる力作だ。作曲家特有のリズム感と旋律美に耳を傾け、一流のソリストの美声に日本人の「美徳」を見出しつつ、そんなに難しいことを考えないとしても、豪華なソリストが個性を存分に発揮し、その個性と美声を堪能したい。特に釜洞祐子の歌唱は艶やかで聞き応え充分だ。是非、もう一度当時の一流が結集して作り上げた「最高傑作」を体感していただきたい。こんな壮大なオペラはもう登場しないのではないか、とも思ってしまう自分である。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
指揮:大友直人
管弦楽:東京交響楽団
合唱:二期会合唱団/東京オペラシンガーズ
・・・
大石内蔵助:直野資(Br)
綾衣(遊女):佐藤しのぶ(S)
橋本平左衛門:小林一男(T)
お艶(大工の娘):釜洞祐子(S)
岡野金右衛門:錦織健(T)
夕霧(京遊郭の花魁):秋葉京子(Ms)
幇間:斎藤忠生(T)
大石主税:坂本朱(Ms)
神崎与五郎:勝部太(Br)
堀部安兵衛:福島明也(Br)
吉良上野介:蔵田雅之(T)
[1997年5月録音]
【SonyClassical:SRCR-1969~71】

フィンランドの作曲家、ジャン・シベリスス(1865~1957)の晩年の創作期に作曲されたピアノ曲を紹介する。

『5つのロマンティックな小品』と題された作品は、1923年、交響曲第6番と同じ頃に作曲されたいたものである。しかしながら、晩年のシベリウスの作品にありがちな晦渋な音楽とは正反対といえる程に、美しくかつ親しみやすい音楽が特徴的な小品集といえる。


第1曲目から順に、『ロマンス』『夜の歌』『叙情的な情景』『ユモレスク』『ロマンティックな情景』と題されており、第1、2、5曲目は殊にロマンティックな音楽といえる。1900年以降に作曲された作品頃から、フランス印象派の影響が見えてきた彼の作品ではあるが、この作品はまさにその典型的な例といえる。ドビュッシー的ではないにしろ、実に水彩画的な響きである。


田部京子の録音もまた、抑制された大人の色気を感じさせる雰囲気が印象的である。過度な感情表現を抑え、水彩画的な雰囲気を前面に押し出した「田部らしい」叙情性が魅力的な録音といえる。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
田部京子(Pf)[1999年4月録音]

【CHANDOS:CHAN 9833(輸)】

アーサー・サリヴァンの名前は「ギルバート&サリヴァン」として世に出た『ミカド』や『軍艦ピナフォア』に代表される13の作品が大変有名ではある。ここで紹介する『コックスとボックス』はそのヒットメーカーの二人を引き合わせる事となった作品といえる。26歳だったサリヴァンが書いた『コックスとボックス』は、3人の登場人物による演劇的小喜歌劇はであり、当時のイギリスで大ヒットを果たし、5歳年上の劇作家、ギルバートの目に留まったのである。度々、『コックスとボックス』もギルバートとサリヴァンの作品だと混同されることがあるが、それは大きな誤解である。


作品の内容自体は簡潔明瞭。『一つの部屋』に纏わる、狡賢い元義勇軍軍曹の家主と夜の住人の帽子職人(コックス)、昼の住人の印刷屋(ボックス)によるドタバタ劇である。全体で30分程の作品だが、「ベーコンの子守唄」や「ラタプランのマーチ」など、親しみやすい音楽に溢れており、演奏される機会が殆ど無いのが淋しいくらいだ。
ヒコックスが奏でる音楽もメリハリを利かせてサリヴァンの魅力を最大限に表現されている。
聴く度に、この作品とこの録音が再評価されるべきだと、感じずにはいられない自分である。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
指揮:リチャード・ヒコックス

管弦楽:BBCウェールズ・ナショナル管弦楽団

・・・

印刷屋ボックス:ジェイムス・ギルクリスト(T)

帽子職人コックス:ニール・デイヴィス(Br)

家主・元義勇軍軍曹バウンサー:ドナルド・マクスウェル(Br)

[2004年12月録音]
【CHANDOS:CHAN 10321(輸)】

バルトークのヴィオラ協奏曲は、弟子のシェルイが手稿譜を基に補完したバルトークの遺作である。バルトークが楽器編成の指示をほとんど残しておらずオーケストレーションはシェルイに拠ってはいるものの、バルトークのエッセンスは充分な程に感じられ、最晩年の充実した作曲活動を裏付ける魅力溢れる協奏曲に仕上がっている。

初演でタクトを振ったドラティが「輝かしいダイヤモンド」とこの曲を表現しているように、全体的に透明感のある響きになっているオーケストラと相反し、低弦を駆使して男性的な表現で調和を図っているヴィオラが印象的。冒頭の深遠な響きに吸い込まれ、そのヴィオラと管弦楽の駆け引きに聴き手はいつの間にか魅了されている。

ベルリン・フィルの首席を20年近くに亘って務めたクリストによる、脂の乗った演奏がお薦めである。低音域で包み込むような、奥行きのある包容力が魅力的なクリストのヴィオラは、この曲でも本領を発揮しており、小澤とベルリン・フィルのサポートも絶妙。正に快演だ。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
小澤征爾/ヴォルフラム・クリスト(Va)/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団[1989年4月録音]
【DG:POCG-1734】