ギター音楽の古典期を代表する作曲家であり演奏家でもあったフェルナンド・ソル(1778~1839)の代表的な作品、『《魔笛》の主題による変奏曲』を紹介する。


ソルがスペインからイギリスへと亡命したのが1813年。その2年後、ロンドンで接したモーツァルトの『魔笛』の上演に感銘を受けて書いたのがこの変奏曲と言われている。第1幕のモノスタトスと奴隷たちが歌う旋律を主題とし、5つの変奏とコーダで締めている作品である。


ギター界の巨匠、ナルシソ・イエペスの演奏は、清楚なまでに洗練されている無駄のないもの。晩年の録音ではあるが、衰えを一切感じさせず、ギターの表現力を最大限に生かした名演といえる。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ナルシソ・イエペス(G)[1989年1月録音]

【DG:POCG-7029】

ブラームスの友人としてのみ知られる(!?)ドイツの作曲家、ハインリヒ・フォン・ヘルツォーゲンベルク(1843~1900)の『ミサ曲』を紹介する。個人的にはイギリスの女流作曲家、エセル・スマイス(1858~1944)が師事していたという事でその名前は知っていたものの、作品となるとこのミサ曲以外は特段存じ上げない。

作品はおよそ60分の力作。冒頭から物々しい雰囲気で始まるコーラスがインパクト充分だが、その後は「如何にも」というようなドイツ的なサウンドが続く。作品全体はモーツァルトのレクイエムをも感じさせる古臭さと、ブラームス的な荘重さを兼ね備えている感じは無きにしも非ずだが、「Sanctus」のフーガの部分から「Benedictus」にかけては、典雅な美しさに包まれており、この作品の数少ない聴かせ所ともいえる。世界初録音となるオットーの録音だが、作品の本質は上手く表現していると言え、作品が持つエッセンスを十分に享受し得る初録音としては及第点の成果を上げているだろう。という事で、彼の他の作品を知る機会があれば、また紹介できれば幸甚である。




【推奨盤】

乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床



ラルフ・オットー/バルバラ・フレッケンシュタイン(S)/ベーベル・ミューラー(A)/ロドリゴ・オレゴ(T)/フレデリック・マルティン(B)/マインツ・バッハ合唱団/ラインラント=プファルツ国立フィルハーモニー管弦楽団[1997年3月録音]


【CPO:999 372-2(輸)】

ペッテション=ベリエル(1867~1942)はスウェーデンで活躍した作曲家であり、辛口な音楽評論家、ワグネリアンとしても有名である。ただ、他のスウェーデンを代表する作曲家に比べると極端に知名度では劣る。そんな彼が残した作品の中でも、際立って美しい作品を紹介する。


ピアノのための組曲『フレースエーの花々』である。フレースエーとはスウェーデンの山岳地帯にある湖に浮かぶ島のことであり、作曲家自身、その島に別荘を構え、その島の美しさに魅了されていた一人といえる。そんなフレースエー島に咲く花々からインスピレーションを得て書かれた作品がこの組曲である。作風は表情豊かな耳に馴染みやすい旋律が印象的だ。北欧の作曲家が持つ、独特のモノクローム的な和声も印象的であり、全21曲は飽きることなく聴ける。この様な秘曲を弾いた時の小川典子には常に頭が下がる。曲の魅力を余すことなく最大限に表現している。作曲家が感じた島の美しさをそのままに、花々の美しさも見事に花開いた一枚といえるだろう。


【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
小川典子(Pf)[1998年2月録音]

【BIS:CD-925(輸)】

メトロポリタン歌劇場でコルネットを吹き、ドヴォルザークに作曲を師事していた経歴を持つアメリカの作曲家、エドウィン・フランコ・ゴールドマン(1878~1956)の代表的なマーチを紹介する。

『On the Mall(木陰の散歩道)』と題されたこの曲は、セントラルパークを歩く人々の様子を音楽に表現したものといわれ、その明朗で爽やかな曲想が印象的だ。特にトリオ部分で聴かせる小粋な演出はこの曲の本質を射抜いているといえる。演奏者が歌声と口笛でそれぞれ旋律を底抜けに楽しく歌うのだ。実に楽しく陽気な作品といえる。

【推奨盤】
乾日出雄とクラシック音楽の臥床
武田晃/陸上自衛隊中央音楽隊[2009年7月録音]
【fontec:FOCD9453】

ヨハン・セバスティアン・バッハ(1685~1750)のコラール『目覚めよ!と、われらに呼ばわる物見らの声』を紹介する。

一般に『シューブラー・コラール集』の中の一曲として数えられるこの作品は、もともとは同名の教会カンタータの冒頭の合唱部と、第4曲のテノールのソロの部分を編曲したものであり、バッハのオルガンのための作品の中でも、人気の高い作品といえる。


ここで紹介するヘルムート・ヴァルヒャ(1907~1991)の録音は色褪せる事のない名演といえるだろう。幼い頃に視力に障害をきたし、成人前に完全に失明してしまったヴァルヒャではあるが、そのハンデをたゆまぬ努力で克服し、名演を数多く残したといえる。バッハのオルガン曲とチェンバロ曲を全て暗譜したといわれるエピソードは彼の独力を象徴する逸話とえいる。昨今のオルガニストでも超える事の出来ないヴァルヒャの精神性をこの演奏で感じていただきたい。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ヘルムート・ヴァルヒャ(Org)[1971年5月録音]

【DG:POCG-7028】

アミルカーレ・ポンキエルリ(1834~1886)はイタリアのオペラ作曲家として、ヴェルディの流れを汲み、プッチーニを育て上げた人物である。ワーグナーの研究家としても知られワーグナーをイタリア楽壇に紹介した事でも功績を残している。


そんな作曲家、ポンキエルリの名前を『ジョコンダ』以外では目にすることは殆どない今日である。特に第3幕の舞踏会のシーンでの音楽(時の踊り)は、オーケストラのコンサートピースとしても単独で演奏される機会に恵まれている。17世紀のヴェネツィアで起きた美しい歌姫ジョコンダの悲しい恋を描いた長大なオペラであるが、誰もが耳にする機会がある「時の踊り」は第3幕第2場の舞踏会のシーンで登場する。暁から真夜中までの時の移ろいを光と衣装の転換で演出しており、音楽もまさにそれを表現しているといえる。他にも豊饒な音楽に溢れており、演奏機会に恵まれないのが残念だ。

この録音ではタイトルロールをヴィオレッタ・ウルマーナが歌っているが、彼女の歌唱力は圧巻である。この作品の最も大きな障壁であるソプラノ歌手の音域の広さを、あっさりと超越してしまっているウルマーナの存在は、このオペラに限らず、多くのオペラで重宝するに違いないだろう。

【推奨盤】

乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
指揮:マルチェッロ・ヴィオッティ

合唱:バイエルン放送合唱団(合唱指揮:ウド・メールポール)

児童合唱:ミュンヘン児童合唱団(フランツ・フランク)

管弦楽:ミュンヘン放送管弦楽団

・・・

歌姫ジョコンダ:ヴィオレッタ・ウルマーナ(S)

ラウラ・アドルノ:ルツィアナ・ディンティーノ(Ms)

裁判官アルヴィーセ・バドエロ:ロベルト・スカンディウッツィ(B)

ジョコンダの盲目の母親チエカ:エリザベッタ・フィオリッロ(A)

貴族エンツォ・グリマルド:プラシド・ドミンゴ(T)

密偵バルナバ:ラード・アタネリ(Br)

ズアーネ及び歌手:パオロ・バッタリア(B)

イセポ:クリスティアン・ベネディクト(T)

水先案内人:ディム・ヘニス(B)

バルナボット:ヴォルフガング・クローゼ(B)

遠くの声:ハンス・ヴェルナー・ブンツ

別の声:ヴィルフリート・フォアボルト

[2002年7月~8月録音]

【EMI:TOCE-55562~64】

20世紀のギリシャを代表する作曲家、ミキス・テオドラキス(1925~)のバレエ音楽『その男ゾルバ』を紹介する。
もともとは、1964年に公開された同名のイギリス・ギリシャ・アメリカの合作映画をバレエ化したもので、映画をご存知の方も多いかもしれない作品だ。
バレエ化するにあたり、多少のストーリーの読み変えもあったようだが、大まかなあらすじは以下の通りだ。

「父親が遺した炭鉱を再開するためにギリシャを訪れた英国人作家バジルが、炭鉱のあるクレタ島に向かう船を待つ間にギリシャ人の男、ゾルバと出会う。気のよい頑強な風采のゾルバを、バジルは炭鉱に現場監督にするる事を決め、クレタ島で2人は安宿に泊まったが、そこのマダムとゾルバは親しくなり、バジルは村の未亡人と恋仲に陥る。」といったよくありがちな冒頭のストーリーである。
「その後、未亡人は殺され、マダムも病床に伏し亡くなってしまう。そして、ゾルバが創案した木材運搬用の炭鉱ケーブルが竣工式当日に倒壊。全てを失ったゾルバではあるが、動ずることもなくその姿に感動したバジルはギリシャのダンスの手解きを受ける」といったものだ。

テオドラキスの音楽は、20世紀における西洋のクラシック音楽の潮流とは全く無縁であり、映画のストーリーを引き立てることに徹した耳に障りのよい音楽といえる。バレエ版でも然りだ。情緒に溢れた音楽が特徴ともいえ、シーンごとに移りゆく心象の変容は劇的なまでに色を変える。とりわけ有名な終曲の『ゾルバの踊り』は、民俗的なパッションの高揚が、合唱を伴いここぞとばかりに炸裂している。
あまり聴く機会の少ない作品ではあるが、独自の文化を歩むギリシャの一つの姿を垣間見る事が出来る作品ともいえる。ギリシャの民族楽器、ブズーキが登場するのも興味深い。
なお、指揮はテオドラキスとカリティノスの二人が担当しているが、どのような役回りで振り分けていたかは不明である。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ミキス・テオドラキス/ルカーシュ・カリティノス/ソフィア・ミカエルディ(Ms)/Kostas Papadopoulos(ブズーキ)/Lakis Karnesis(ブズーキ)/ハンガリー放送合唱団/ハンガリー国立管弦楽団[1989年8月録音]
【INTUITION:INT 3103 2(輸)】
古今のオラトリオの中でも人気の高い作品といえるメンデルスゾーンの『エリア』だが、録音も人気に比してかなりの数がある。その中でも一際評価が高いのがマエストロ、サヴァリッシュが指揮する録音といえるだろう。ここで紹介するのは、録音もマエストロがゲヴァントハウスで録音した名演に負けず劣らずの名盤といえるN響との演奏である。

NHK交響楽団の第1000回の記念すべき定期公演のライブ盤は、サヴァリッシュならではの颯爽としたタクト捌きが目に浮かんでくる、洗練された演奏が聞ける。派手な演出はせずに、全体的に端正でかつスマートな音楽作りとなっている。しかしながら劇的な展開もまた、サヴァリッシュらしい、品位を極限までに保ちつつ、高揚するパッション。聴けば聴くほどにこの音楽の魅力に魅了されてしまう至極の名演といえるだろう。サヴァリッシュの真骨頂がそこにはある。N響もまた素晴らしいが、この録音で特筆すべきは合唱を国立音楽大学が受け持っていることだ。音大生によって組織されたこの合唱団がこれほどまでに質の高い音楽を聞かせるとは、目から鱗である。学生の計り知れぬ底力を見せ付けられたとともに、サヴァリッシュの牽引力の凄さをも実感せざるを得ないだろう。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ヴォルフガング・サヴァリッシュ/ルチア・ポップ(S)/アリシア・ナーフェ(A)/ペーター・ザイフェルト(T)/ベルント・ヴァイクル(B)/国立音楽大学(合唱)/NHK交響楽団/他[1986年10月録音]
【SonyRecords:SRCR-2738~9】
混声合唱の経験がある方は歌った事が多いかもしれないグノーの「聖チェチーリア荘厳ミサ曲」だが、クラシックファンにはあまり浸透していない。録音もあまりされておらず、ただアマチュア合唱団のレパートリーとして広く愛されている。

グノーの作品というと、オペラや声楽曲が数多く残されており、「ファウスト」が彼の代表作といえる。彼の晩年は戦乱を避け、イギリスに移り、王立合唱教会の指揮者も務めるほどに合唱に精通しており、そんな彼が作り上げたこのミサ曲は興味深い。曲はというと、幾度となくユニゾンで登場する合唱が妙に世俗的な壮大さを助長させ、合唱団がその都度、聞き手を圧倒する。そんな中で俄かに登場する、安らぎに満ちた聖なるハーモニーがこの作品に潤いを与えているといえるだろう。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ジョルジュ・プレートル/バーバラ・ヘンドリックス(S)/ローレンス・デール(T)/ジャン=フィリップ・ラフォン(Br)/フランス放送合唱団/フランス放送新フィルハーモニー管弦楽団[1983年12月録音]
【EMI:CDC 7 47094 2(輸)】
デンマークの作曲家、ペーター・エラスムス・ランゲ=ミュラー(1850~1926)の無伴奏合唱のための作品『聖母マリアの3つの賛美歌』を紹介する。

コペンハーゲンの裕福な役人の家庭に生まれ、大学は政治学専攻で進むも、音楽大学へと入り直している彼ではあるが、持病により途中で退学。庭師などの仕事を転々としていたが、音楽の道を捨て切れずに1874年に処女作を発表し、彼の音楽人生はスタートした。生涯で2つの交響曲を残し、室内楽やピアノ曲も残してはいるが、声楽曲の数がとりわけ群を抜いており、今日で演奏される機会に恵まれているのも、声楽を伴う作品といえる。ただ、3つ残したオペラはどれも不評であり、その失敗がきっかけともなり、晩年(1910年代以降)は作曲から手を引いていったとも言われている。

ここで紹介する『聖母マリアの3つの賛美歌(3つの聖母の歌)』は、1900年に書かれた作品でありそれぞれ、「めでたし海の星」「波の上の聖母」「サルヴェ・レジナ」と題されている。どれも2分程度の短い作品であり、素樸さと北欧的な美しさとが交錯した作品といえ、そこはかとなく愁いを帯びているのが印象的である。
あまり聴く機会の少ない作曲家ではあるが、彼の作品の中では比較的演奏される機会に恵まれている作品ではあるので、興味のある方は是非お聞きいただきたい作品の一つだ。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ステファン・パークマン/デンマーク国立放送合唱団[1995年8月録音]
【CHANDOS:CHAN 9464(輸)】