ルーマニアの作曲家、グリゴラス・ディニク(1889~1949)の小品を紹介する。

クラシックの作曲家ではなく、ロマの作曲家として当時は活躍しており、ジプシー楽団を率いてレストラン等で演奏していたヴァイオリニストでもある。彼の『ホラ・スタッカート』もまた、そのジプシー楽団により演奏されていたものであり、今日演奏されるヴァイオリン独奏用に演奏されているものはロシアの名ヴァイオリニスト、ヤッシュ・ハイフェッツが編曲したものが殆どといえる。

そもそも、ハイフェッツがニューヨークのレストランでディニクの演奏に接した事により興味を持ち、編曲するに至ったという経緯がある。ハイフェッツの編曲はスタッカートを駆使した技巧的なもので、難曲好みのハイフェッツらしさを窺い知ることもできる作品といえる。

ここで紹介するフェラスの録音も、安定した技巧でこの曲を難なく演奏しており、ロマの雰囲気も存分に感じる事のできる録音といえる。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床

クリスチャン・フェラス(Vn)/ジャン=クロード・アンブロシーニ(Pf)[1968年録音]

【DG:POCG-7088】

フランスの作曲家、エリック・サティ(1866~1925)は奇妙な曲名の作品を数多く残した人物として有名と言える。ここで紹介する『4つのしまりのない前奏曲』もその代表的な作品と言え、『犬のためのぶよぶよとした前奏曲』の名前でご存知の方も多い曲だ。

1912年に作曲されたこの作品は、曲名とは相反して実に真面目な作品と言えるだろう。「おふざけ」はタイトルだけといった感じで、4つの前奏曲はそれぞれ、1分少々の短い中に犬に纏わる心情を表現するかのような端的な描写となっているといえる。曲名によって作品を判断する人々に対する批判的な意味合いも込めたアンチテーゼ的な作品と言え、皮肉たっぷりの作品ともいえるだろう。

第1曲から順に、「内奥の声」「犬儒学派的牧歌」「犬の歌」「友情を持って」と題されているこの作品を、パスカル・ロジェのピアノは過度な脚色の一切を排除し、シンプルなまでにあっさりと仕上げている。サティの世界を体感するには、最適な演奏といえるだろう。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床

パスカル・ロジェ[1983年5月録音]

【DECCA:UCCD-5090】

「子供の情景」といえば数多くの演奏家が録音し、名演も多々ある。そんな中であえて紹介するのが巨匠・ケンプの録音だ。ドイツ古典派、ロマン派を得意のレパートリーとしていた彼の1971年の録音は、円熟の窮みとでも表現するのが適当かもしれないその、落ち着きと滋味深い語り口が特徴的といえる。まさに滋味である。あっさりしているわけでもないのだが、切々と語りかけてくるわけでもなく・・・。しかしながらシューマンの詩情豊かな「子供の情景」を描き分けている。聞き込めば聞き込むほどに名匠の凄さを感じられる録音といえる。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ヴィルヘルム・ケンプ(Pf)[1971年3月録音]
【DG:UCCG-5070】
自分はユンディ・リのファンというわけではないが、彼の演奏で唯一好んで聴いている曲がある。ショパンのポロネーズ第3番である。初めて聞いたときには自分が思い描いていた演奏とは大きく異なっており、それがある意味新鮮な感動だった。悠然と構えて無駄のない自然体な音楽の進行であり、ユンディ・リの『軍隊』は心地よいものだ。それが彼の魅力でもありもっと聞かなくてはならないピアニストなのだが、どうにも手を出すことができないでいる自分である。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ユンディ・リ〔李雲迪〕(Pf)[2004年6月録音]
【DG:UCCG-9539】

典雅な雰囲気に包まれた管弦楽曲として広く演奏される事の多い、ガブリエル・フォーレ(1845~1924)のパヴァーヌを合唱付きで紹介する。
最初は、管弦楽のために書かれた作品であり、オーケストラだけで演奏される機会には大変恵まれている作品だが、ここで紹介する合唱付きの管弦楽版はパトロネスの勧めで合唱を後から付け加えられたと言われている。曲は7分程度の短い作品であり、ギャラント・スタイルで書かれている。優雅な中に、どこかもの哀しい雰囲気に包まれている作品となっているのが特徴で、フォーレの作品の特徴ともいえる洗練された抒情的でかつ、水彩画的な美しい色彩感といった特徴が顕著に表れている作品と呼べるだろう。ここで紹介する小澤の演奏は、静謐で詩情溢れる空気の中に潜むパッションを感じる事ができる、フランス音楽を得意とする小澤ならではの秀演といえる。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
小澤征爾/タングルウッド音楽祭合唱団/ボストン交響楽団[1986年11月録音]

【DG:POCG-7064】

フランツ・レハール(1870~1948)が残したワルツの名曲『金と銀』を紹介する。

オペレッタ作曲家として活躍していた当時のレハールの下に、侯爵夫人からの依頼で作曲されたのが『金と銀』である。当時、侯爵夫人が催していた謝肉祭の合間の舞踏会では常に課題が課せられていたという。今回は『金と銀』ということで、会場は銀色に照らされ、天上は金色の星が輝き、壁は金銀の装飾が為され、舞踏会の参加者は金銀に彩られた服装を身に纏っていたと言われている。その舞踏会のために作曲されたのがこの曲であり、実に煌びやかなウインナ・ワルツといえる。

ウィーンのローカル的なオーケストラではあるものの、日本にも幾度となく来ているヨハン・シュトラウス管の演奏は、なんの衒いもない「ウィーン節」が全開しており、実に心地よい楽しい気分にさせてくれる演奏といえる。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床

ウィリー・ボスコフスキー/ウィーン・ヨハン・シュトラウス管弦楽団[1980年代録音]

【EMI:CDC 7 47020 2(輸)】

ロシアの作曲家、セルゲイ・プロコフィエフが唯一残したフルート・ソナタを今日は紹介する。
プロコフィエフはこのソナタについて、「わたしは長い間、フルートのための音楽を書きたいと思っていた。この楽器は、不当に軽視されていると思っていたからである。わたしは、繊細で、流暢な古典的スタイルの作品を書きたかった。」と語っている通り、プロコフィエフにしてはかなり古典的なスタイルのアプローチになっている。この作品の前後は、バレエ音楽『シンデレラ』や交響曲第5番、映画音楽『イワン雷帝』といったプロコフィエフを代表する作品を発表した時期でもあり、それらの作品の完成度と高さと引けを取らない完成度はこのフルート・ソナタはある。プロコフィエフ特有の楽想の面白さと技巧の躍動。古典的なスタイルの中で躍動するプロコフィエフの魂をフルートの響きだけで体感する事が出来る珠玉の逸品だ。
ここで紹介する工藤重典の演奏は流石の表現力である。どことなくアンニュイな雰囲気を纏った音色が印象的であるものの、両端楽章で聞かせる迸るパワーにはきらりと光る輝きが冴え渡っている。藤井一興のサポートも燻し銀の輝きを見せている録音で、これは名盤だ。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
工藤重典(Fl)/藤井一興(Pf)[1981年12月録音]
【fontec:FOCD9179/80】

全米のヒットチャートで知られる雑誌『ビルボード』の為に1901年、トロンボーン奏者としても活躍していたジョン・クロール(1869~1956)によって作曲されたマーチの名作である。

軽快なリズムと華麗なサウンドは軍楽隊に聴くマーチの魅力とはまた別の魅力を感じる。どこか底抜けに明るいと感じるのは自分だけだろうか。
ちなみににこの『ビルボード』のトリオの有名な旋律は、プロ野球のヤクルト・スワローズで活躍した池山隆寛(通称:ブンブン丸)の応援歌としても使われていた。当時の野球ファンには懐かしい曲ともいえる。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床

稲垣征夫/NEC玉川吹奏楽団[2004年1月録音]

【CAFUA:CACG-0101】

日本の吹奏楽界を代表する気鋭の作曲家、樽屋雅徳(1978~)の魅力が凝縮した逸品を紹介する。


『マゼランの未知なる大陸への挑戦』と題されたこの作品は、変化に富んだ曲想とロマンティックな作風が魅力といえる。さながら「パイレーツ・オブ・カリビアン」を彷彿させるような曲調も登場するなど、吹奏楽ならではの音響効果にも優れた演出が見られる起伏に富んだ作品といえる。

因みに、この作品のスコアに作曲者は次のように記している。



『大航海時代、世界一周の偉業を成し遂げたマゼラン一行ですが、マゼラン本人は航海中に死んでしまいます。歴史に「if」はありませんが、「もしマゼランの魂が現生に残り、世界一周を続けたなら・・・」と“未知なる”マゼランの航海をイメージしてイメージして作り上げました。(・・・以下省略)』

・・・だそうな。

秋山和慶が指揮する大阪市音楽団の演奏はこの作品の魅力を最大限に表現してくれている。日本のクラシック界を代表する御大が駆け出しの吹奏楽作曲家の作品を熱演しているこの演奏こそ何とも言い難い感動を呼んでいる。劇的にして抑制されたパッションの表出は秋山の真骨頂であり、この演奏は古今の吹奏楽の録音の中でも際立って秀逸だと感じる。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
秋山和慶/大阪市音楽団[2006年11月録音]

【CRYSTON:OVCC-00043】

リヒャルト・シュトラウスが生涯で唯一残したヴァイオリン・ソナタは、個人的には古今の数多あるヴァイオリン・ソナタの中でも最も好きなヴァイオリン・ソナタといってもいいだろう。

「ヴァイオリン・ソナタ」と題されてはいるものの、この曲ではヴァイオリンだけが主役ではなく、ピアノもまた主役なのだ。それぞれの見せ場に溢れ、劇的にしてロマンティックなこの世界は、互いが互いを引き立て合うかのような相乗効果に満ちているといえる。ソナタ形式で書かれた第1楽章も然り、ロンド形式の第3楽章も然り、ヴァイオリンとピアノ、両者の腕を遺憾なく披露する事のできる名作といえるだろう。

残されている録音の数々もヴァイオリンとピアノ共にヴィルトゥオーゾが名を連ねるものが多い中で、チョン・キョンファとツィメルマンの演奏がお薦めである。とにかく両者が「いい意味で」火花を散らしながらも協調に協調を重ねて迎える第3楽章はシンフォニックなまでに法悦感に溢れている。彼らの凄みに溢れた演奏は絶品だ。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床

チョン・キョンファ(Vn)/クリスティアン・ツィメルマン(Pf)[1988年7月録音]

【DG:457 907-2(輸)】