『火の鳥』に始まり、『ペトルーシュカ』『春の祭典』の3作を立て続けに成功させ、作曲家の地位を不動のものとしたイゴール・ストラヴィンスキーの作風が、新古典主義へと移行し、『プルチネルラ』『ミューズの神を率いるアポロ』『妖精の口づけ』の次に作曲された『カルタ遊び』を紹介する。
先に列挙してもわかるとおり、ストラヴィンスキーはバレエ音楽において名声を確立した作曲家である。3大バレエとその後の新古典主義におけるバレエの数々は、タイプは大きく違えど、音楽としての魅力はどれも輝きに満ち溢れている作品といえる。
『カルタ遊び』は3つの部分から成る音楽で、まさにポーカーの勝負を描いた作品である。全3曲に亘って用いられるカードを切る音楽は実に荘重な音楽である。しかし、その序奏以外は軽妙洒脱なコミカルな音楽に溢れており、あまり堅苦しい雰囲気にはなることはない。ロッシーニやドリーブ、ヨハン・シュトラウスの音楽をパロディ的に用いているのも、当時のストラヴィンスキーの大いなる特徴といえる。
演奏は、ロシア奥地のノヴォシビリスクのオーケストラの録音が独特で面白い。弦楽器は重厚であり、管楽器はくぐもった何とも言えない焦燥感を帯びた物哀しさを身に纏っている。ロシアのオーケストラ特有の響きをより一層滋味深くしたオーケストラで聴くこのストラヴィンスキーの世界は、ポーカーゲームの空間を表現するのに適した、暗さを持っているといえる。お薦めだ。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
アーノルド・カーツ/ノヴォシビリスク・フィルハーモニー管弦楽団[1984年~1985年録音]
【SONY CLASSICAL:SMK 57 660(輸)】

もともとはオペラ『ベンヴェヌート・チェルリーニ』の第2幕の前奏曲として書かれたものの、幕間の音楽としては非常に長くかつ。単独の作品としても勝れていることから、序曲『ローマの謝肉祭』として独立して演奏されるようになったといわれている。

作品はベルリオーズらしい情景描写にすぐれた色彩感覚が特徴的で、幸福感に酔いしれる愛の二重唱や、軽快なサルタレッロのリズムの描写は色鮮やかである。

デュトワとモントリオール響の演奏は模範的ともいえるほどに、色彩感覚に優れている。華麗でありかつ流麗であるデュトワの面目躍如の演奏といえる。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床

シャルル・デュトワ/モントリオール交響楽団[1995年録音]

【DECCA:452 480-2(輸)】

ノルウェーを代表する作曲家、エドヴァルド・グリーグの組曲『十字軍の兵士シーグル』を紹介する。


『ペール・ギュント』を完成させる3年前に手がけた劇付随音楽である『十字軍の兵士シーグル』ではあるが、劇そのものはあまり評判にもならず、忘れ去られてしまった。グリーグはそこで、3曲を選び、演奏会用組曲に誂え直したものが今日演奏されている組曲である。


3曲のタイトルはそれぞれ「前奏曲~王宮にて」「間奏曲~ボルグヒルの夢」「忠誠行進曲」と題されており、劇そのものは「十字軍の遠征を舞台とする国民的英雄シーグルの活躍」を描いたものといわれている。曲は全曲に亘ってグリーグらしい、甘美でかつ優美で抒情的な旋律に富んでいる。第2曲ではさながら『ローエングリン』の「エルザの夢」をも彷彿とする美しさは白眉といえる。


ヤルヴィの演奏も、北欧音楽に手慣れているだけあり実に心地良い響きを奏でている。好演といえる。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
ネーメ・ヤルヴィ/エーテボリ交響楽団[1987年6月録音]
【DG:427 807-2(輸)】

組曲『グランド・キャニオン』やラプソディー・イン・ブルーのオーケストレーションで有名なファーディ・グローフェの隠れた名曲『ミシシッピ組曲』を紹介する。タイトルは知らずとも、耳にした事のある方は多いであろう作品だ。

作品は4つの曲から構成されており、それぞれ「父なる河」「ハックルベリー・フィン」「オールド・クレオール・デイズ」「マルディ・グラ」と題されている。雄大な流れを表現した第1曲、第3曲では暮れ往く太陽に照らされる大河を絶妙なオーケストレーションで表現しており、まさに「音の旅行」といえる。第2曲と第4曲は日本テレビ系列で一昔前に放送されていた「アメリカ横断ウルトラクイズ」の音楽として使用されていた曲である。

ロックハートの演奏は全体的に少しテンポを落としながら、ミシシッピの風景を描写している。快演である。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床

キース・ロックハート/ボストン・ポップス・オーケストラ[1996年11月録音]

【RCA:09026-67876-2(輸)】

アメリカの作曲家ルロイ・アンダーソン(1908~1975)の作品を紹介する。3分ばかしのBGM的な小品を数多く世に送り出した彼の遊び心に溢れた「クラリネット・キャンディ」を紹介する。
「トランペット吹きの休日」や「フィドル・ファドル」では、それぞれトランペットと弦楽器がここぞとばかりに奮闘するが、この「クラリネット・キャンディ」はタイトルにもある通り、クラリネットが大奮闘する曲である。オーケストラノクラリネット・パートの名人芸を披露するための作品といえ、その動きはさながら「サーカス」的な目まぐるしい展開を見せる。とにかく、その名人芸から生まれる楽しさを堪能できるアンダーソンの魅力を体感できる作品だ。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
レナード・スラットキン/セントルイス交響楽団[1993年9月~1995年2月録音]
【RCA:BVCC-37625】

20世紀初頭のスペイン楽壇の中心的人物だったといえるホアキン・トゥリーナ(1882~1949)の代表的な作品を紹介する。オペラから管弦楽曲、室内楽に至るまで幅広く作品を残したトゥリーナの作風は、伝統的なアンダルシアの民族音楽を基調としたものが、多くそれを代表する作品の一つがギターのための作品『ファンダンギーリョ』である。

5分ほどのこの『ファンダンギーリョ』は、南国情緒に溢れたファンタジーのような趣きに包まれており、当時「音によるスペインの風俗画家」と言われた彼を彷彿とする作品と納得できる逸品である。

ギター界の巨匠ナルシソ・イエペスの録音は、音楽の懐の深さを感じさせ、情緒豊かな音色を紡ぎ出している。特に後半部で聞かせるパーカッション奏法での空間の表現力はイエペスだから為せる技と舌を巻く演奏だ。とにかく、作曲家と演奏者、両者の凄みを感じる事のできる録音といえる。


【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床

ナルシソ・イエペス(G)[1971年8月録音]

【DG:POCG-7029】


日本人が作曲したオペラの中でも群を抜いて上演機会に恵まれ、録音もいくつか残されているのが團伊玖磨が作曲した『夕鶴』である。

木下順二の戯曲『夕鶴』をオペラ化したもので、日本人ならば誰もが知っている『鶴の恩返し』がストーリーである。木下順二の戯曲を一言一句変えてはならないことを条件に木下が作曲に同意したことは有名な話であり、團の渾身のオペラ処女作となったといえる。
登場人物は4人のソロと児童合唱団による子どもたちという、実に上演しやすい環境ではあり、作品の親しみやすさも相まって上演機会に恵まれているといえる。

ここで紹介する録音は上演600回の記念公演のライブ収録である。
鮫島演じる「つう」は当時の彼女の「はまり役」といえ、脂の乗った彼女の「つう」には定評があり、この録音でもそれは顕著に現れている。「与ひょう」を演じる小林は流石の存在感だ。この録音では鮫島を凌ぐ勢いで、鮫島と共に日本人の情緒を豊かに表現している。「運ず」の久岡と「怱ど」の中村はベテランらしい「アジ」を醸し出しており、上手くソプラノとテノールを引き立てている。少年合唱の頑張っているが、安定感には正直欠けている。とにもかくにも、鮫島と小林、二人の存在感は流石なものだ。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
團伊玖磨/鮫島有美子(S)/小林一男(T)/久岡昇(Br)/中村邦男(B)/鹿児島市立少年合唱団/東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団[1994年3月録音]
【DENON:COCO-78236~7】

国体の時に使われる行進曲は、その開催地の個性が垣間見えて面白い。

1997年の「大阪なみはや国体」の為に書かれた行進曲もまた「大阪らしさ」が際立っていて魅力的だ。個性派でオールラウンドプレイヤーの印象が強くなってきた宮川彬良が手掛けたこの曲は「道頓堀行進曲」「チャンピオン」「大阪で生まれた女」「大阪の女」「王将」「大阪ラプソディ」「雨の御堂筋」「どんな時も」といった大阪に因んだ曲がメドレーで登場する作品。聞き慣れた旋律がマーチのリズムに乗って次々と現れ、大阪の魅力が凝縮された作品となっている。これこそ宮川彬良のアレンジの真骨頂といえ、八面六臂の活躍を見せる宮川の魅力のひとつを体感できるマーチといえる。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
宮川彬良/大阪市音楽団[2006年2月録音]
【KING RECORDS:KICC-648】

ドラマ『西部警察』シリーズといえば石原プロが製作した『大都会』シリーズに続く、当時の日本を代表する刑事ドラマであり、ド派手な爆破シーンや大門刑事部長(渡哲也)のサングラスやショットガンをぶっ放すシーン等、印象深いシーンは枚挙に遑がない。


ここで紹介する『西部警察 PartⅡ』のオープニングシーンもその一つといえるだろう。爆破とカーアクションシーンの裏で流れていたのが、羽田健太郎(1949~2007)が作曲したメインテーマ『ワンダフル・ガイズ』である。トランペットが奏でるメインテーマは実に印象的で、劇伴音楽のプロフェッショナルである羽田健太郎を代表する楽曲の一つである。

ここで紹介する録音は、原曲の編成を活かしつつ低音域により一層の幅を持たせた木原塁のアレンジとなっている。より、ダイナミックにシンフォニックなサウンドといえる。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
竹本泰蔵/シエナ・ウインド・オーケストラ[2008年11月&2009年1月録音]
【avex:AVCL-25459】

『ご当地ソング』を数多く残している團伊玖磨のマーチを紹介する。

團のマーチといえば祝典行進曲を真っ先に思い浮かべる人は多いと思う。彼の作品に共通していえるのが、自然の憧憬、人間の心象を音楽に表現する「センス」を感じる。時として、それが「演歌チック」になってしまうのが球に傷だが、それもまた彼の魅力である。この『べっぷ』もしかり、「別府大分毎日マラソン」の第25回を記念して委嘱され書かれた作品で、そのマラソンコースを歩いて廻り、曲のインスピレーションを得たといわれている。落ち着きを払った彼のマーチの真骨頂といえる作品かもしれない。

【推奨盤】
乾日出雄の揺蕩うクラシック音楽の臥床
進藤潤/航空自衛隊航空中央音楽隊
【KING RECORDS:KICW 3013】